イソップ寓話1
イソップ/亀山龍樹訳
目 次
木像売り
ワシとキツネ
ワシとカブト虫
ワシとカラスとヒツジ飼い
羽を切られたワシとキツネ
矢にあたったワシ
サヨナキドリとタカ
借金をしたアテナイ人
アテナイ人とテーバイ人
エチオピア人
ネコとネズミ
黒いネコ
ヤギとヤギの番人
ヤギとロバ
ヤギ飼いと野生のヤギ
二羽のオンドリとワシ
オンドリとシャコ
笛を吹く漁師
山の猟師と海の漁師
マイアンドロス川のほとりのキツネたち
腹のふくれたキツネ
キツネとイバラ
キツネとブドウ
キツネとリュウ
キツネときこり
キツネとヒツジ飼い
キツネとイヌ
キツネとヒョウ
キツネと、王さまになったサル
家がらのじまんをしあうキツネとサル
キツネとツル
猟に出たキツネとライオン
キツネとヤギ
しっぽを切られたキツネ
できないことを約束する男
アリにかまれた男とヘルメス
夫と、おこりっぽいおかみさん
ずるい男
ほらふき
難船した人
うそつき
炭屋と洗たく屋
人間とキツネ
道連れの人とライオン
人間とサテュロス
像をこわした男
黄金のライオンを見つけた男
若者と馬
クマとキツネ
天文学者
王さまをほしがるカエルたち
医者のカエルとキツネ
牛と車の軸
ヒキガエルと牛
三頭の雄牛とライオン
牛追いとヘラクレス
北風と太陽
ウシ飼いとライオン
カナリヤとコウモリ
雌ネコとアプロディテ
イタチと|やすり《ヽヽヽ》
老人と死神
農夫と、彼の子を殺したヘビ
農夫と寒さにこごえたヘビ
農夫と息子たち
女と農夫
農夫と木
農夫の、仲のわるい息子たち
くわをなくした農夫
農夫と息子とカラス
おばあさんと医者
女と大酒飲みの夫
女と召使いたち
女とメンドリ
魔法使いの女
雌の子牛と雄牛
おくびょうな猟師ときこり
ブタとヒツジたち
イルカとクジラとハゼ
ディオゲネスとはげ頭の男
きこりと松の木
モミの木とイバラ
泉のほとりのシカとライオン
雌ジカとブドウ
シカとその母
病気になったシカ
片目のシカ
屋根の上の子ヤギとオオカミ
子ヤギと笛を吹くオオカミ
ヘルメスと彫刻家
彫刻とヘルメス
ヘルメスと犬
敵同士
マムシと水ヘビ
ヘラクレスとアテナ
ヘラクレスとプルトス
半神〔ギリシア神話で、神と人のあいだの子〕
祭りの日とつぎの日
やぶ医者
医者と病人
鳥刺しとマムシ
老いた馬
馬と馬丁
馬とロバ
アシとオリーブの木
川にふんをしたラクダ
二ひきのカブト虫
カニとその母
クルミの木
庭師と犬
ギリシア琴を弾く男
どろぼうどもとオンドリ
胃袋と足
小ガラスと大ガラス
鳥とけもの
カラスと鳥たち
カラスとハトたち
カラスと白鳥
カラスとキツネ
カラスとヘルメス
カラスとヘビ
病気のカラス
ヒバリ
ヒバリと農夫
小ガラスと大ガラス
小ガラスと犬
カタツムリ
二ひきの犬
飢えた犬たち
ごちそうにまねかれた犬
犬と主人
犬とオオカミ
たたかうための犬と、ふつうの犬
犬と肉屋
居眠り犬とオオカミ
肉をくわえた犬
鈴をつけた犬
ライオンを追いかけた犬と、キツネ
蚊《か》とライオン
蚊《か》と牛
ウサギとカエル
ウサギとキツネ
雌ライオンとキツネ
年をとったライオンとキツネ
とじこめられたライオンと農夫
ライオンとクマとキツネ
ライオンとイルカ
ライオンとイノシシ
解説
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木像売り
ある男が、ヘルメス〔ギリシア神話のオリンポス十二神の一人。商業や使節や盗賊の神にもなっている。美術ではふつう、美青年で、幅広の帽子をかぶり、|つえ《ヽヽ》を持ち、つばさのついたサンダルをはいている〕の木像をこしらえて、市場で売ろうとしました。けれど買い手がつきません。男は客をよびよせようと大声をはりあげました。
「金をもうけさせてくださる、ごりやくあらたかな福の神さまだよ、さあ、買った買った」
すると、そばにいた人が、男にいいました。
「おいおい、おまえさんのいうことがほんとうなら、福の神さまを売ったりなんかしないで、自分でそのごりやくにあずかったらいいじゃないか」
男は答えました。
「わたしは、すぐにも金がほしいんでね。ところが、この神さまは|ぐず《ヽヽ》で、ごりやくがおそいんだよ」
◆神さまをとうとぶよりも、目さきの利益にがつがつする人にぴったりの話。
ワシとキツネ
ワシとキツネが仲よしになり、おたがいに近くに住んで、もっとしたしくつきあうことにしました。そこで、ワシは高い木の上に巣をつくり、キツネはその根もとの|やぶ《ヽヽ》にはいって、子どもをうみました。
ある日、キツネが|えさ《ヽヽ》をさがしに出かけたあとのことです。食べ物がなくてこまったワシは、やぶのなかにはいって、キツネの子どもたちをさらい、自分の子どもたちにも分けて、食べてしまいました。やがてキツネがもどってきて、そのできごとを知り、子どもたちの死を悲しみました。そして、それより、ワシにかたきうちができないことを、もっと悲しみました。キツネは地上の動物で、空を飛ぶ鳥を追いかけることはできません。キツネは遠くから、敵を呪うだけでした。無力な弱いものには、そんなことしかできないのです。
しかし、ほどなく、ワシは友情をやぶった罰をうけることになりました。人びとが野原でヤギを殺して、神にささげる儀式をしていたときに、例のワシが飛びおりてきて、燃えているヤギのはらわたを祭壇からかすめとり、自分の巣に持ってもどったのです。
ところが、風がはげしく吹きつけて、はらわたについていた火が、巣の古い|わら《ヽヽ》にうつり、巣は燃えあがりました。ワシの|ひな《ヽヽ》はまだ羽がはえそろっていなかったので、焼けて地面に落ちました。キツネはさっそくかけよって、ワシの見ている前で、そのひなをみんな食べてしまいました。
◆友情をやぶると、相手が弱いせいで、仕返しをうけないでも、そのうちに天罰がてきめんというわけ。
ワシとカブト虫
ワシがウサギを追いかけていました。ウサギは、助けがほしかったものの、カブト虫〔コガネムシ科に属していて、けものの|ふん《ヽヽ》を玉にして運ぶタマオコシコガネなどがあり、その生態はファーブルの『昆虫記』でゆうめい〕が一ぴきしか見つかりませんでした。カブト虫は、しっかりしろとウサギをはげまして、追ってきたワシにいいました。
「わたしにすくいをもとめているこのウサギを、さらっていかないでください」
しかしワシは、なんだ、このちびめが、とカブト虫をばかにして、目の前でウサギを食べてしまいました。
それからというものカブト虫は、ワシにうらみをいだいて、ワシの巣をたえず見張っていました。そして、ワシが|たまご《ヽヽヽ》をうむと、そのたびに飛んでいって、たまごをころがして割ってしまうのでした。
ワシは、どこに巣をつくってもカブト虫におそわれるので、とうとうゼウス〔ギリシア神話のオリンポス十二神の主神。宇宙の支配者〕にすがりました。というのは、ワシはゼウスにつかえている鳥だったからです。ワシはゼウスに、安心してたまごをうめる場所をつくってください、とねがいました。そこでゼウスは、自分のひざの上でたまごをうんでいいと、許可しました。
そのことを知ったカブト虫は、けものの|ふん《ヽヽ》でまるい玉をつくり、それをゼウスのひざの上に落としました。ゼウスは、ふんの玉をはらいのけようと立ちあがりましたが、そのひょうしに、ワシのたまごを地上に落としてしまいました。そのときから、ワシはカブト虫があらわれる季節には、巣をつくらなくなったそうです。
◆どんなものでも、あなどられた仕返しをしないほどの弱虫はいない。
ワシとカラスとヒツジ飼い
ワシが高い岩の上から舞いおりて、子ヒツジをさらっていきました。それを見ていたカラスは、うらやましくなって、よし、おれもまねをしてやろう、と思いました。で、大きな羽音をたてて、一頭の雄ヒツジに飛びおりたところ、|つめ《ヽヽ》がヒツジの巻毛にからまって、ぬきとることができなくなりました。羽をばたばたやっていると、ヒツジ飼いがそれに気づいて、走ってきてカラスをつかまえ、羽のはしをちょんぎってしまいました。
夕方になり、ヒツジ飼いはそのカラスを子どもたちのみやげに持って帰りました。子どもたちが、それはなんという鳥なの、たずねたので、ヒツジ飼いは答えました。
「わしにいわせりゃ、まちがいなしのカラスだがね。ご本人は、自分は『ワシじゃ』と、おっしゃるだろうよ」
◆身のほど知らずのふるまいは、なんにもならないばかりか、ひどいめにあって、もの笑いにされるということ。
羽を切られたワシとキツネ
一羽のワシが、ある男につかまりました。男はワシの羽を短く切って、自分の家にニワトリといっしょにしておきました。ワシは悲しくてたまらず、頭をうなだれて、なにも食べようとしません。まさに、とらわれの王といったありさまでした。
このワシを、べつの男が買いとって、まず、羽をぬきとり、そのあとを香油でこすって、新しい羽をはやしてやりました。ワシは飛んでいって、|つめ《ヽヽ》でウサギをつかまえると、その男へ贈物として持っていきました。
キツネがそれを見て、いいました。
「贈物をするなら、二番めの人でなくて、はじめの人にしなくちゃあな。二番めの人は、生まれつきよい人だからさ。それよりも、はじめの人の気にいるようにしておかなくちゃあ。またぞろ、つかまって、羽を切られたらこまるじゃないか」
◆キツネの知恵ではそうだろうが、恩人にはりっぱに恩返しをせよ。わるいやつには用心して近づくな。
矢にあたったワシ
ワシが岩の上にいて、ウサギをねらっていました。ある人がそのワシに矢を射かけました。矢はワシをつきとおしたので、矢の根もとの矢羽が、ワシの目の前につき立っていました。ワシはそれを見てさけびました。
「こいつは二重のつらさだ。自分の羽で殺されるとはな」
◆自分自身にかかわりのあるもののせいで危難におちいると、なおさらつらい。
サヨナキドリとタカ
サヨナキドリ〔ウグイスに似た小鳥。ナイチンゲール〕が高いカシの木にとまって、いつものようにうたっていました。それを見つけたタカが、食べ物に不自由をしているときだったので、おそいかかってつかまえました。サヨナキドリは、
「わたしなんかでは、あなたのおなかはふくらみはしません。食べ物になさるなら、もっと大きな鳥をねらってください」
と、けんめいに命ごいをしました。
ところが、タカはこう答えました。
「なんの。つかんでいるごちそうをすてて、見えてもいないものを追いかけるなんてえのは、とんだまぬけのすることだよ」
◆人間でも、大きい利益をのぞんで、手の中のものをすてるのは、かるはずみ。これによく似た話に『漁師とカマス』がある。その話では、タカが漁師に、サヨナキドリがカマスになっている。カマスは漁師に、『自分がもっと大きくなってから、つかまえてくれ』とたのむ。
借金をしたアテナイ人
アテナイ〔ギリシア王国の首都〕で、ある男が、借金とりから金をかえせとさいそくされて、はじめは、金がないので待ってくれ、とたのみこみました。しかし、承知してもらえないので、たった一頭だけ残っていた雌ブタを、借金とりの立会いで売りに出しました。
買い手がやってきて、このブタは子をよくうむかとたずねました。売り手はいいました。
「そりゃもう、信じられないくらい、よくうみますぜ。秋のミュステリア祭には雌の子を、夏のパンアテナイア祭には雄の子をうみまさあ」
買い手が、このことばにびっくりしていると、借金とりがそばから口をそえました。
「おどろくことはありませんよ。このブタは、春のディオニュシア祭には、あなたのために、子ヤギさえうんでくれますとも」
◆人間はよく、自分に利害がからんだら、平気でありもしないうそを証言する。
アテナイ人とテーバイ人
アテナイの男が、テーバイ〔古代ギリシア、ボィオティアの都市〕の男と旅の途中で連れになって、おしゃべりをかわすようになりました。やがて英雄の話になって、はじめはなんのこともなかったのですが、そのうちにテーバイ人が、いちばんの英雄はアルクメネの息子のヘラクレス〔ゼウスとアルクメネの子で、ギリシア神話中の最大の英雄。猛獣や怪物をたいじする〕で、彼こそ、人間だったときはもっともすぐれた人物、そしていまは、神のなかでもっとも偉大である、とほめたたえました。
アテナイ人は、テセウス〔ギリシア神話でアテナイの国民的英雄、クレタ島の迷宮で、怪獣ミノタウロスをたいじするなど、ヘラクレスにおとらぬかずかずの冒険がある〕のほうがもっとえらいんだ、といいかえして、ヘラクレスは|どれい《ヽヽヽ》の暮らしをしたこともあるが、テセウスは神にふさわしい生きかたをつらぬいたんだぞ、とゆずりません。
議論をしているうちに、アテナイ人のほうが優勢になりました。なにしろ、アテナイ人のほうは口がたっしゃで、しゃべりまくります。それにひきかえ、テーバイ人のほうは、ボィオティア地方の住人だし、いいあいでは負けてしまいます。そこでテーバイ人は、気のきいたことばの一ぱつで、終わりにしました。
「もう、よそうや。とにかく、あんたは正しいだろうさ。それよりも、こんないいあいをしていたら、しまいにはテセウスが、おいらテーバイ人にはらをたてるだろうし、ヘラクレスは、アテナイ人をけしからんやつ、と思うだろうからね」
◆くだらぬおしゃべりや、けんかへのいましめ。これに似た話に、『神についてあらそう男たち』がある。二人の男が、テセウスとヘラクレスのどちらが大きいかを、あらそった。この神がみは、二人にはらをたて、それぞれ、自分を小さいといった男の土地に復讐をした。
エチオピア人
ある人が、エチオピア人を|どれい《ヽヽヽ》として買いました。色が黒いのは、まえの主人がこのどれいを、よごれほうだいにほうっておいたからだろう、と思いました。
そこで、家に連れて帰ると、洗い粉やみがき粉をありったけ持ち出してきて、水をかけ、湯をかけ、あらゆる方法でどれをあらい、白くしようとしました。
しかし、どれいの色はいっこうに変わらず、かえって、あらっぽくあつかわれたせいで、病気になってしまいました。
◆この話は、生まれつきのものは変わらないというたとえ。
ネコとネズミ
ある家に、ネズミがたくさんいました。そのことを知ったネコがやってきて、一ぴき、また一ぴきと、つかまえては食べました。ネズミどもは、こう殺されてはかなわない、と、みんな穴の中にかくれてしまいました。これではネコは、手が出せません。ひとつ、計略をもちいなければなるまい、と考えました。
そこで、ネコは、ものをかける木|くぎ《ヽヽ》のところまでのぼって、木くぎにぶらさがり、死んだまねをしていました。すると、ネズミが一ぴき、穴からのぞいてネコを見て、こういいました。
「ネコやい、たとえ、おまえが皮袋になったって、おれたちゃ近よりはしないぞ」
◆考えぶかい人間は、相手が悪者であると知ったのちは、そいつがどんなにねこっかぶりをしようと、だまされはしない。
〔『ネコとネズミ』には、このほか、ネズミが協議をして、知恵のあるネズミが、ネコの首に鈴をつけたらいいといったものの、ネコの首に鈴をつけに行くものはだれかとなると、知恵のあるネズミも、自分が行くとはいいださなかった、という有名な話が、イソップの物語としてつたわっている。この鈴をつける話は、ローマ時代のほかの本からのものといわれている。訳者が照合した数種の外国本、また、『天草本伊曾保物語』にはない〕
黒いネコ
皮なめしの職人が、白いネコを飼っていました。〔皮なめし屋をくつ屋に、ネコをイタチにした本もある〕ネコは、その家にたくさんいるネズミを、毎日一ぴきずつとっていました。ある日、ネコはうっかりして、皮なめし屋が皮を黒く染める染料のおけの中に、落っこちました。やっとはいあがったものの、全身まっ黒に染まってしまいました。
すると、ネズミたちは、あのネコもお坊さまの黒衣を着たのだから、もう肉食はしないだろう、と考えました。そこで、安心して、家じゅうをわがもの顔に、食べ物をあさってまわりました。
ところがネコは、目の前に大好物がいっぱいあらわれ出たので、全部つかまえたかったものの、一度にそうもできず、二ひきだけつかまえて、ごちそうにありつきました。
ほかのネズミは、あわてふためいて逃げました。そして、あのネコめは坊さまの服を着てから、どうして、いままでよりなお残酷になったのだろうと、首をひねりました。
ネコとニワトリ
ある鶏舎《とりごや》で、ニワトリたちが病気にかかっている、といううわさをきいたネコが、医者になりすまし、診療の道具を持って出かけていきました。
さて、鶏舎の前にきて、ニワトリさんたちや、ご気分はいかがですかな、と、ネコが声をかけると、ニワトリたちは答えました。
「ありがとうさんです。あんたが立ち去ってくれたら、気分はずっとよくなるんですがねえ」
◆悪人が、どんなにしんせつそうにふるまっても、かしこい人はだまされぬ。
ヤギとヤギの番人
ヤギの番人が、ヤギの群れを小屋に連れてもどろうとしていました。しかし、一頭だけ、おいしそうに草を食べていて、ついてきません。そこで、番人が石を投げると、あたってしまって、そのヤギの角が折れました。番人はヤギに、どうか、主人にないしょにしておいてくれと、たのみこみはじめました。ヤギは、こう答えました。
「たとえ、わたしがだまっていても、かくすことができましょうかい。角がいいつけてしまいます」
◆あやまちがはっきりしていると、かくそうたってできはしない。
ヤギとロバ
ある男が、ヤギとロバを飼っていました。ヤギはロバのえさが、自分の食べ物よりもごちそうなので、いまいましくてならず、こういいました。
「きみは、臼をひいたり、重い荷物を運んだりして、ひっきりなしにつらいめにあわされてるね。|てんかん《ヽヽヽヽ》にかかったふりをして穴に落っこちて、ゆっくり休養したらどうだい」
ロバは、それもそうだと、穴に落ちたところ、からだじゅうをすりむいてしまいました。飼い主は医者をよんで、手当をたのみました。医者はいいました。
「ヤギの肺をせんじて飲ませたら、元気になりますよ」
で、ヤギはロバの薬にされて、あの世へいくはめになり、ロバは全快しました。
◆わるだくみをたくらむと、自分にわざわいをまねく。
ヤギ飼いと野生のヤギ
ヤギ飼いが、ヤギたちを放牧地へはなしていると、自分のヤギのなかに野生のヤギが数頭、まじっているのに気づきました。夕方、ヤギ飼いは、自分のヤギも野生のヤギもいっしょに、自分の岩穴へ入れて休ませました。
あくる日、はげしい|あらし《ヽヽヽ》になりました。ヤギ飼いは、ヤギを放牧地へ連れ出すことができません。岩穴の中でヤギの世話をしました。自分のヤギたちには、飢死しないていどに、牧草をほんのちょっぴり、まぎれこんできた野生のヤギたちには、どっさりやりました。手なずけて、自分のものにしようというこんたんからでした。
あらしがやんだので、ヤギ飼いはヤギたちを放牧地へ連れていきました。すると、野生のヤギたちは、さっさと山のほうへ行ってしまいそうです。ヤギ飼いはなじりました。
「とくべつにもてなしてやったのに、行ってしまうなんて、恩知らずだぞ」
野生のヤギたちは、ふりかえっていいました。
「だから、よけいに用心してるんですよ。あなたはゆうべ、新参者のわたしたちを、つきあいの長いあなたのヤギたちよりも、だいじになさった。だから、あなたはきっと、このあと、べつのヤギがやってきたら、古いつきあいにはそっけなくして、またぞろ、新しいほうをだいじになさるにちがいないですからね」
◆古い友人より、新しい友人をだいじにする人間の友情は、信用するな。さらに新しい友人ができたら、そっちのほうをだいにするだろうから。
二羽のオンドリとワシ
二羽のオンドリが、メンドリのことでけんかをして、一方のオンドリが勝ちました。負けたオンドリは、物かげに逃げこみました。勝ったオンドリは、飛びあがって高い|へい《ヽヽ》の上にとまり、たからかに|勝ちどき《ヽヽヽヽ》をあげました。とたんに、一|羽《わ》のワシがおそいかかって、へいの上のオンドリをさらっていきました。ひっそりとかくれていたオンドリは、じゃまものなしでメンドリとおつきあいができるようになりました。
◆いばるものは、こらしめをうけ、ひかえめのものは、恵みをうける。
オンドリとシャコ
オンドリを何羽も飼っている男が、よくならされたシャコ〔ウズラに似ているが、もっと大きい〕が売りに出ていたので、家のオンドリといっしょに飼うつもりで、買ってもどりました。ところがオンドリどもは、シャコをつついて追いまわします。シャコは、自分がニワトリ族ではないから、こんなにいじめられるのだと思って、しょげていました。
そのうちに、オンドリどもがけんかをはじめて、血を流すまではやめませんでした。シャコはひとりごとをつぶやきました。
「もう、いじめられたって、くよくよするまい。ニワトリは仲間うちでだって、ひどいことをしあうんだもの」
◆かしこいと、はたから侮辱《ぶじょく》をうけても、そいつらが身内のあいだでもやりあっていることを知れば、がまんができる。
笛を吹く漁師
笛のじょうずな漁師が、網と笛を持って海辺へ出かけました。そして、つき出した岩の上に立って、まず笛を吹きました。
美しい笛の音につられて、サカナたちがひとりでに海からとび出してくるだろう、と思ったからです。
ところが、長いあいだけんめいに吹いても、サカナはいっこうにとび出してきません。そこで、笛をおいて網をとり、海に投げ、サカナをたくさんとりました。サカナを網からはずして浜辺にほうって、サカナがはねているのを見ると、漁師はいいました。
「こいつらは、おれが笛を吹いたときにはおどらないで、笛を吹くのをやめているときに、おどりやがる」
◆けんとうはずれのことをする人たちに、ぴったりの話。
山の猟師と海の漁師
山の猟師が、えものをとってきました。海の漁師も、|かご《ヽヽ》にいっぱいサカナをとってきました。二人が途中で、ばったり出会いました。山の猟師は、海のサカナのほうがいいと思い、海の漁師は、山のけもののほうがいいと思ったので、えもののとりかえっこをしました。
それからのち、二人はいつもえものをとりかえて、よろこんでいましたが、ある人が二人にいいました。
「そのうちに、他人のごちそうにはあきがきて、自分のものがよくなるさ」
◆気むずかしい人は、いまはよろこんでいるものにも、やがてあきがきて、べつのものをほしがるようになる。
マイアンドロス川のほとりのキツネたち
おおぜいのキツネが、マイアンドロス川〔エーゲ海にそそぐトルコの川。かつてトロイアがこの川の近くにあった〕の岸に集まってきました。水を飲みたかったのです。ところが、水の流れがはげしいので、たがいに、おさきにどうぞ、とすすめあうばかりで、川のなかにはいるものはありません。そのうちの一ぴきが、おまえたちは腰ぬけだといってあざ笑い、おれさまは|きもったま《ヽヽヽヽヽ》がすわっているんだ、とじまんしながら、水のなかにとびこみました。
流れは、そのキツネを川のまん中へさらっていきました。岸にいたキツネたちはさけびました。
「おれたちを、ほったらかしにしないでくれよ。ひきかえしてきて、あぶなくない岸を教えてくれ」
押し流されているキツネは、答えました。
「おれは、川下のミレトス〔河口に近いギリシアの都市〕の町に、ことづてをたのまれているから、行ってくる。帰ってきてから教えてやろう」
◆からいばりで、自分に危険をまねくやつがいる。
腹のふくれたキツネ
おなかのへったキツネが、カシの木の|うろ《ヽヽ》の中に、ヒツジ飼いがおき忘れていったパンと肉を見つけて、うろの中にもぐりこんで、食べてしまいました。ところが、おなかがふくれて出ることができなくなり、うめいたり、なげいたりしていました。
べつのキツネが通りかかって、その声を聞きつけ、そばにきてわけをたずねました。わけを知ると、通りがかりのキツネはいいました。
「なあんだ。じゃあ、そこにもぐりこんだときと同じくらい、おなかがぺちゃんこになるまで、待っているんだね。そうしたら、やすやすと出られるよ」
◆困難は時が解決。
キツネとイバラ
キツネが垣根から足をすべらし、落っこちそうになったので、イバラにすがりつきました。ところが、イバラの|とげ《ヽヽ》で足をさされて、血を出してしまい、痛くてたまりません。イバラにもんくをいいました。
「おまえにすがったら、かえってひどいめにあわされたぞ」
イバラはいいました。
「そりゃ、考えちがいだよ。もともとわたしは、だれかれなしにとげをさす性分なんだから」
◆生まれつき、たちのわるいやつに助けをもとめるのは、まぬけのすること。
キツネとブドウ
おなかのすいたキツネが、ブドウ棚からブドウの房がさがっているのを見て、とろうとしましたが、とどきません。で、立ち去りながらつぶやきました。
「あれは、まだ|うれて《ヽヽヽ》いないや」
◆能力がないのを、時節のせいにする人がいる。
キツネとリュウ
キツネが眠っているリュウ〔龍〕を見て、リュウの長いからだがうらやましくなりました。なにくそ、自分も長くなるぞと、そばに寝そべって、けんめいにからだをのばそうとやってみましたが、あんまりむりをしたので、とうとうからだが、ぷちんと切れてしまいました。
◆自分がよりすぐれたものときそうと、こんなめにあう。相手のようになるまえに、こっちがのびてしまうから。
キツネときこり
猟師たちに追われて逃げているキツネが、|きこり《ヽヽヽ》に出くわしたので、かくまってくれとたのみました。きこりは、自分の小屋にはいってひそんでいろ、とすすめました。まもなく猟師たちがやってきて、キツネを見なかったか、とたずねました。
「見なかったねえ」
と、きこりは口でいいながら、手で、キツネがかくれている場所をしめしました。しかし、猟師たちは、手のほうには気がつかないで、ことばのほうを信用しました。
猟師たちが去ってのち、小屋から出てきたキツネは、なにもいわないで行ってしまおうとしました。きこりが、おまえは助けてもらいながら、ひとことのお礼もいわないのか、とキツネをなじると、キツネはこう答えました。
「あなたの手や身ぶりが、あなたのことばと同じだったら、わたしもお礼をいったでしょうがねえ」
◆口ではいいことをいいながら、おこないはぎゃくのことをする人にむく話。つぎの『キツネとヒツジ飼い』に、似ているところがある。
キツネとヒツジ飼い
ライオンに追われたシカが、草むらにかくれました。ライオンがやってきて、ヒツジ飼いに、ここらにシカがかくれていないか、とききました。ヒツジ飼いは、見なかったといいながら、手で、シカのかくれているほうをしめしました。
それを見ていたキツネが、ヒツジ飼いにいいました。
「あんたは、おくびょうで、いじがわるいんだね。ライオンにはおくびょうで、シカにはいじがわるいんだから」
キツネとイヌ
キツネが、ヒツジの群れのなかにはいってきて、小ヒツジをかわいがっているようなふりをしました。イヌが、なにをしているんだ、ととがめると、キツネは、かわいがってやっているんです、と答えました。すると、イヌはいいました。
「小ヒツジをはなせ。はなさないと、おまえに、イヌふうのかわいがりようをしてやるぞ」
◆いんちきをするやつや、ばかな|どろぼう《ヽヽヽヽ》に、聞かせてやるといい話。
キツネとヒョウ
キツネとヒョウが、それぞれ、自分のほうがきれいだ、といって、あらそっていました。ヒョウは、自分の毛なみの色どりがさまざまであることを、じまんしました。キツネはいいかえしました。
「わたしのほうが、よっぽどきれいだね。からだではなくて、頭のなかに、色どりがさまざまの知恵があるからな」
◆見かけよりは知恵。
キツネと、王さまになったサル
けものたちの集まりで、サルがおどりをおどって人気をとり、王さまにえらばれました。しかし、キツネはそのことをいまいましく思って、|わな《ヽヽ》の中に肉がおいてあるのを見つけたものだから、サルをそこへ連れていき、
「わたしは、宝を発見いたしましたが、これは王さまのものと考えましたので、自分のものにはせず、見張りをいたしておりました」
といい、サルに、それをとるようにすすめました。
サルは、うかうかと近づいて、わなにかかり、
「きさま、わなにかけたな」
と怒ると、キツネはいいました。
「おや、サル公、まぬけなくせに、それでもけものの王かねえ」
◆考えがたりないでものごとをやれば、ひどいめにあい、笑いものになる。
家がらのじまんをしあうキツネとサル
キツネとサルが旅をしながら、家がらのじまんをしあいました。どちらも、いろんなことをならべたてていましたが、ある場所までくると、サルはある方向をながめて、おいおい泣きだしました。
キツネがそのわけをきくと、サルは、たくさんならんでいる墓を指さして、いいました。
「おれの先祖たちにつかえていた解放|どれい《ヽヽヽ》や、どれいたちの墓なんだよ。昔は、わが家は、すばらしい暮らしをしていたんだもの。それを思えば、泣かないでいられようか」
するとキツネは、サルにいいました。
「かってなうそをならべるがいいさ。墓から出てきて、きみのうそをすっぱぬくものはいないからね」
◆うそつきは、あばくものがいないと、大ぼらをふく。
キツネとツル
キツネが、平べったい皿に油っこい豆のスープを入れて、ツルに、「おあがり」といいました。ツルがこまっていると、キツネは笑いました。ツルの細い|くちばし《ヽヽヽヽ》では、皿からスープはすえません。
べつの日、こんどは、ツルがキツネを食事にまねいて、細長い首の|つぼ《ヽヽ》にごちそうを入れて出しました。ツルは、つぼにくちばしを入れて食べましたが、キツネは食べることができませんでした。
◆学者たちが、食事のときに、むずかしい問題をもちだしても、学者でない人には、それは食べられないごちそうだ。学者でない人が、歌や、ばかげた話や、品のわるいことばをならべてたのしむと、これまた、せっかくのごちそうもだいなしになり、ディオニュソス〔ギリシア神話の酒の神〕の怒りをうける。
猟に出たキツネとライオン
キツネがライオンのおともをして、猟に行き、えものを見つけてはライオンに知らせました。ライオンが、そのえものをつかまえます。そして、えものは分けあうのですが、キツネは、ライオンがいつも大きなほうをとるので、いまいましくてなりませんでした。
それで、ライオンと組むのをやめて、キツネだけで猟に出ました。ところが、ぎゃくに、猟師につかまってしまいました。
◆危険な主人役より、安全なおともの役がまし。
キツネとヤギ
キツネが井戸に落ちて、あがれないでいました。そこに、のどのかわいたヤギがやってきて、キツネを見て、ここの水はおいしいかい、とききました。
キツネは、しめたとよろこんで、こんなにおいしい水はないよ、とほめちぎって、きみもおりてきたまえ、とすすめました。
ヤギは、水が飲みたくてたまらず、あとさきも考えないで、とびこみました。
さて、水を飲み終わると、ヤギはキツネに、井戸からあがる方法を相談しました。キツネはいいました。
「二人とも助かる方法があるさ。きみが、前足を壁につっぱって立ちあがり、そして、角をまっすぐに立てる。するとぼくが、きみを足場にしてかけあがる。そのあとで、ぼくがきみをひきあげたらいいだろう」
ヤギはよろこんで、キツネのいうとおりにしました。キツネは、ヤギの足、背中、角をかけあがって、井戸をぬけだすと、行ってしまおうとしました。ヤギが、約束がちがうと、キツネをなじると、キツネはふりかえって、いいました。
「おいヤギ君、きみの|あご《ヽヽ》の|ひげ《ヽヽ》の数ほどの知恵をもっていたら、あがる方法を思いつかないかぎり、井戸にとびこんだりはしなかったろうにね」
◆かしこければ、結果まで考えてからとりかかれ。
しっぽを切られたキツネ
|わな《ヽヽ》にかかって、|しっぽ《ヽヽヽ》をぶち切られてしまったキツネが、これでは恥ずかしくて生きていけないと思い、ほかのキツネたちもしっぽなしになったら、みんなが同じだから、自分だけが恥ずかしい思いをすることもなくなるし、ぜひともそうしなくてはならぬと決心しました。
そこで、キツネ全員をよび集めて、しっぽというものは、ぶかっこうなだけではなく、だいいち、こんなよけいのものがついていては、重いばかりだから、切っちまえ、とすすめました。
すると、一ぴきのキツネが口をだしました。
「なあんだ、こいつ。自分の得にならなかったら、おれたちにそんなことをすすめるものか」
◆しんせつからではなく、自分のつごうで忠告をする人がいる。
できないことを約束する男
まずしい男が病気にかかって、はかばかしくなく、医者に見はなされました。男は神に祈って、もし、病気をなおしてくださったら、百頭のけものをささげ、おそなえの品物もとりそろえます、と約束しました。
そばにいたおかみさんが、
「まあ、あんた、どこから、そのためのお金をくめんするんですか」
と、ききました。そこで、男はいいました。
「おまえは、いったい、おれが神さまに、ささげ物やおそなえ物をとりたてられるために、全快するとでも思っているのか」
◆人は、はたすつもりのない約束を、かんたんにする。
アリにかまれた男とヘルメス
あるとき、一そうの船が、乗っている人すべてを道連れにして、沈みました。それを見ていた男が、神は、船のなかのたった一人がけしからんというので、罪のない者までいっしょくたに殺してしまうのだから、神の裁きは正しくない、といいました。
こういっているとき、男のまわりにいたアリどものなかの一ぴきが、男をかみました。男は、まわりのアリ全部を殺してしまいました。
そのとき、ヘルメスがすがたをあらわして、|つえ《ヽヽ》で男を打ちながらいいました。
「どうだ、おまえは、一ぴきのアリを裁けばよいのに、全部を殺した。それでいて、神が、おまえと同じような裁きようとするのに、不服をいうのか」
◆災難のときに、神をわるくいうな。自分のあやまちの反省がかんじん。
夫と、おこりっぽいおかみさん
ある男のおかみさんは、家族のだれにもひどくあたりちらします。男は、おかみさんが、自分の父の家でも同じようにふるまうかどうか知りたくて、用をいいつけて父の家へやりました。
数日後に、おかみさんがもどってきたので、父の家でのいごこちはどうだったかい、とたずねました。おかみさんはいいました。
「牛飼いやヒツジ飼いどもが、わたしをいやな目で見るんですよ」
そこで、男はいいました。
「なるほどねえ。朝はやく、牛やヒツジを追って家を出て、日が暮れてから帰ってくる連中にも、おまえがいやらがられるようじゃ、まる一日、おまえといっしょに暮らしている者には、どうだろうねえ。はっきりしているよ」
◆小さなことから大きな事実、目に見えていることから、かくれていることがわかるもの。
ずるい男
ずるい男が、ある人に、デルフォイ〔古代ギリシアの都市。アポロンの神殿があった〕の神のお告げはいんちきであることを証明してみせる、と約束しました。その日がくると、男は一羽のスズメをつかんで、マントの下にそれをかくして神殿へ行きました。正面に立って、自分の手の中のものは、生きたものか、生命のないものですか、と神にたずねました。もし、神が、生命のないものだ、と答えたら、スズメを生きたままで見せるし、生きたものだという答えだったら、にぎりつぶして殺して出そうという、こんたんでした。
ところが、神はそのたくらみを見やぶって、こう答えました。
「このふとどき者め。よさぬか。おまえの持っているものが、死んだものか生きたものかは、おまえの手がきめることじゃ」
◆神は、ぺてんにかけられない。
ほらふき
つねづね、力のない選手といわれている、五種目競技をする男が、よその地方へ旅をしました。しばらくして帰ってくると、自分はほうぼうで競技をしていい成績をおさめ、ことにロードス島では、オリンピックのどんな選手もおよばないほどの、すばらしい跳躍をやった、といいました。そして、そのことについては、ロードス島の人たちが証人になってくれる、とつけくわえました。
すると、聞いていた一人がいいました。
「それがほんとなら、証人はいらないよ。ここをロードス島だとしよう。さあ、とんでみたまえ」
◆事実で証明。ことばはいらない。
難船した人
金持のアテナイ人が、おおぜいの人たちといっしょに航海していました。ところが、はげしい|あらし《ヽヽヽ》に見まわれて、船は沈んでしまいました。人びとはみんな、けんめいに泳いで助かろうとしていましたが、金持のアテナイ人だけは、アテナの女神〔ギリシア神話のオリンポスの十二神の一人。知恵の女神、軍神で、アテナイの守り神〕のお助けを祈って、もし助かりましたら、たくさんのおそなえ物をいたします、と約束をしているだけでした。泳いでいる一人が、彼のそばにきていいました。
「アテナの女神の力もいいけれど、自分の腕にも助けてもらいなさい」
◆神だのみばかりでなく、自分も努力すること。
うそつき
まずしい男が病気になって、容態《ようだい》がよくないので、神がみに、わたしをおすくいくださったら、百頭の牛をいけにえとしてささげます、と約束しました。神がみは、この男をためしてみようと、すぐに病気をなおしてやりました。しかし、男は牛を持っていないので、|ねり《ヽヽ》粉で牛を百個こしらえて、
「どうか、神さまがた、約束のものをおうけとりください」
といって、祭壇で燃やしました。
神がみは、こんどは、こちらでだましてやろうと思って、男に夢を見させ、夢のなかで、海岸へ行け、おまえはアテナイの金で千ドラクメー〔貨幣の単位〕を見いだすだろう、と告げました。
男は大よろこびで、いそいで海岸へ行きました。ところが、海賊につかまって、連れ去られ、千ドラクメーの値段で|どれい《ヽヽヽ》として売られました。たしかに、千ドラクメーの金を見るには見ました、とさ。
◆うそつきによい話。
炭屋と洗たく屋
炭屋は、洗たく屋が近所にひっこしてきたので、たずねていって、二人が一軒の店で商売をしたら、安あがりだし、なお仲よくなるだろうから、自分の家にきなさい、とすすめました。けれど、洗たく屋はこういいました。
「そいつはむりというものですよ。だって、わたしが白くするものを、あんたはまっ黒にしてしまうでしょうからね」
◆性質がちがうと、だめなこともある。
人間とキツネ
ある男が、キツネは田畑をあらしてこまる、と、めのかたきにしていました。そして、あるとき、キツネをつかまえたので、こっぴどく仕返しをしてやろうと、油にひたした布をキツネの|しっぽ《ヽヽヽ》にむすびつけ、それに火をつけました。
それを神さまが見ていて、キツネを、火をつけた男の畑のなかへ逃げこむようにはからいました。畑は、ちょうど収穫の時期で、男は収穫がだいなしになるので、泣きわめきながら、キツネのあとを追うばかりでした。
◆心をひろくもって、やたらにはらをたてぬこと。怒りで災難をまねくこともある。
道連れの人とライオン
一頭のライオンが、人間と連れだって旅をしていました。彼らは、じまん話をしあっていました。歩いていくうちに、道ばたに、人間がライオンをしめ殺しているさまを刻んだ石碑がありました。人間は、それを指さしながらいいました。
「ごらんのとおりだよ。人間はライオンよりずっと強いのさ」
するとライオンは、にやにやしながら答えました。
「もし、ライオンに彫刻ができたら、ライオンに人間がふみつけられている彫刻が、たくさんできたろうね」
◆口では、自分は勇気あるとか、大胆だとかじまんしても、いざとなればぼろがでる。
人間とサテュロス
ある男が、サテュロス〔ヘルメスの子といわれている。美術では、ヤギのすがたであらわれる。酒や快楽をこのむ〕と友情をむすんだそうです。冬がきて寒くなったとき、その男は両手を口にあてて、息をはあはあふきかけました。サテュロスが、なにをしているのかとききますと、男は、手がつめたいからあたためているのだ、といいました。
そのあとで、食事をいっしょにしました。料理が熱かったので、男は、すこしずつすくって、口のそばでふうふう息をかけていました。サテュロスが、なにをしているのかときいたので、男は、食べ物があんまり熱いから、こうやってさましているのだ、と答えました。サテュロスはいいました。
「これはなんと。きみとの友だちづきあいは、もうやめた。きみは同じ口から、熱いのも、つめたいのも、ふきだすんだからね」
◆えたいの知れない人とは、友だちになるな。
像をこわした男
ある男が、木の神像を持っていました。男は貧乏だったので、その木像《もくぞう》に、ごりやくをおねがいします、と、いつも祈っていました。それでもますます貧乏になるいっぽうなので、男はとうとうはらをたてて、木像の足をつかむと、壁にたたきつけました。すると、木像の頭があっさりと割れて、その中から金の|つぶ《ヽヽ》がいくつも出てきました。男は、金のつぶをひろい集めてさけびました。
「あなたさまはつむじまがりで、がんこ者ですね。わたしがあなたさまをあがめていたときには、なんのごりやくもくださらないで、ぶんなぐったら、こんなにいいものをくださるんだから」
◆ひねくれ者は、だいじにするより、なぐったほうがまし。
黄金のライオンを見つけた男
おくびょうで、欲の皮のつっぱった男が、黄金のライオンを見つけていいました。
「こりゃ、とんでもないこっだ。わしはどうなるだろう。頭がでんぐりかえって、なにがなんだか、どうしたらいいやら、分らない。金《きん》はほしいし、こわさはこわし、きめられない。いったい、金のライオンなんて、偶然にできたんだろうか。わしはつらくてかなわん。金は大好きだが、金でできてるあいつはこわい。欲の虫は、はやくものにしろというし、こわがり虫は、やめとけという。
好運が目の前にあるというのに、それがつかめぬとは。宝の山で指をくわえていなきゃならんとは。これでは神さまのお慈悲も、かえってあだじゃ。なんてこっだ。どうしたらいいか。家にもどって、召使いどもを連れてこよう。あいつらに、つかまえさせよう。わしは、はなれて見るんじゃ」
◆財産をしまいこんで、使うことをこわがる金持のこと。
若者と馬
若者が、あばれ馬に乗りました。馬がくるったように走りだしたので、若者は、おりることもできません。通りがかりの人が、どこへ行くのか、ときくと、若者は馬を指さしていいました。
「こいつの行きたいところへ、です」
◆多くの人が、楽しみや、見栄や、欲や、ときには怒りや、おそれや、それにおとらぬはげしい感情にまかせて、つっぱしっていく。
クマとキツネ
クマが、自分は死んだ人間を食わないから、人間を愛しているんだと、鼻たかだかでいいました。すると、キツネがやりかえしました。
「あんたが、生き人間でなくて、死体をひきさいてくれていたら、そうもいえるがね」
◆偽善者で、うわべをとりつくろう、腹の黒いものもいるということ。
天文学者
ある天文学者は、星を観察するために、毎晩、外へ出ることにしていました。あるとき、郊外を歩いていて、空ばかりながめていたので、うっかりして井戸に落ちてしまいました。泣きわめいていると、通りがかりの人が聞きつけて、やってきました。そして、わけを聞いて、いいました。
「おやおや、先生、あんたは、空にあるものは見ようとなさっても、地上にあるものは見ないんですね」
◆なみはずれたことを得意がっていて、人なみなことはやれない人に、ぴったりの話。
王さまをほしがるカエルたち
自分たちに王さまがいないのはこまる、と考えたカエルたちが、使いをゼウスのもとに送って、王さまをください、とたのみました。ゼウスは、カエルたちがばかなのがわかっていたので、木ぎれを一本、カエルたちの沼に落としました。カエルたちはその音にびっくりして、沼の底にもぐりこみました。
しかし、いくらたってもその木ぎれが動かないので、浮きあがってきて、やがては、王さまをばかにして、その上にあがって、すわりこんだりするようになりました。
カエルたちは、こんな王さまではしようがない、と思い、ふたたびゼウスに、あの王さまは|のろま《ヽヽヽ》だから、とりかえてください、とたのみました。ゼウスは、かってなやつらだと思い、こんどは水ヘビをやりました。
カエルたちは、この水ヘビにみんな食べられてしまいました。
◆のろまでも、らんぼうな、わるい支配者よりはまし。
医者のカエルとキツネ
沼の一ぴきのカエルが、動物たちに大声でわめきました。
「わがはいは、よい薬を知っておる医者だぞ」
キツネが、それを聞いていいました。
「おまえさんは、自分のわるい足もなおさないでいるくせに、他人さまをなおすというのかい」
◆知識がなくては、教えもできない。
牛と車の軸
牛たちが、車をひいていました。車の軸がキイキイきしむので、牛たちはふりむいて車の軸にいいました。
「おい、たいしょう、ひいているのはおれたちだぜ、それなのに、おまえさんが悲鳴をあげるなんて」
◆他人が苦労しているのに、自分が苦労しているような顔をする人もいる。
ヒキガエルと牛
ヒキガエルの子どもが、牛にふみつぶされて死にました。その場にいあわせなかった母ヒキガエルがやってきて、べつの子どもたちに、あの子はどこにいるんだい、とききました。子どもたちはいいました。
「ついさっき、ものすごく大きな四つ足のけものがやってきて、|ひづめ《ヽヽヽ》であの子をふみつぶしちゃった」
そこで、ヒキガエルはからだをふくらませて、
「そのけものは、このくらいの大きさだったかい」
子どもたちは、母親にいった。
「やめておくれよ。むりしちゃだめだ。あいつと同じ大きさになるまえに、母ちゃんのからだが、まん中からはじけちまう」
◆小ものが、大もののまねをするのは危険。
三頭の雄牛とライオン
三頭の雄牛が、いつもいっしょにいました。一頭のライオンが、すきをうかがっていたのですが、雄牛たちがいつもいっしょなので、近づけません。そこでライオンは、うまい|つくり《ヽヽヽ》話をして、三頭が仲たがいをし、はなればなれにすごすようにさせました。そのあとで、一頭ずつ食べてしまいました。
◆敵よりも友を信じ、友を失うな。
牛追いとヘラクレス
牛追いが、ある村へいこうと、車をひいていたら、車輪が深い|みぞ《ヽヽ》にはまりこんでしまいました。牛追いは、自分で車をひき出そうとはせず、ただつっ立って、日ごろとりわけ信仰しているヘラクレスに、助けてください、と祈りました。
すると、ヘラクレスがすがたをあらわして、いいました。
「車を押せ。ウシに|むち《ヽヽ》をあてろ。自分がなにもしないで、神だのみをしても、助けはしないぞ」
北風と太陽
北風と太陽が、自分の実力をじまんしあっていました。そして、道を歩いている旅人の着物をはいだほうを勝ちにしよう、ときめました。はじめは北風です。はげしく吹きつけました。旅人は、着物をしっかりとおさえました。北風はいっそうつよく吹きつけました。旅人は、寒くてたまらず、かえって、もう一枚着物を着こみました。いや、まいったと、北風は太陽に番をまわしました。
太陽はまず、暖かい光をおくりました。旅人は、よけいに着こんだものをぬぎました。そこで太陽は、日ざしをつよめて、じりじりと照りつけました。旅人は暑くてたまらなくなって、着ていたものをすっかりぬぎすてると、そばの川にはいって、水浴びをしました。
◆いい聞かせるほうが、むりに押しつけるよりも、ききめのあることが多いもの。
ウシ飼いとライオン
ウシ飼いが、子牛を一頭、見失いました。さがしまわったのですが、見つかりません。そこで、ゼウスに祈って、もし|どろぼう《ヽヽヽヽ》を見つけさせてくださったら、子ヤギを一ぴき、おそなえします、と約束しました。
そのあとで、森にはいって行くと、ライオンが彼の子牛を食べていました。牛飼いは、おどろいたのなんの、天に手をさしのべて祈りました。
「ゼウスさま、さっき、どろぼうを見つけさせてくださったら、あなたに子ヤギを一ぴき、と約束いたしましたが、それはやめにして、このどろぼうからあっしが逃げることができましたら、牛をおそなえいたします」
◆方法がないといっていたくせに、方法がわかるとしりごみする連中に、ぴったりの話。
カナリヤとコウモリ
窓のそばの|かご《ヽヽ》の中で、夜、カナリヤがうたっていました。その声をコウモリが聞きつけて、そばにきてたずねました。
「あんたはなぜ、昼はだまりこんでいて、夜になってうたうのかい」
カナリヤは、これにはわけがあります、といい、わたしは昼間、歌をうたっているときに、つかまったので、それからは用心ぶかくしているのです、と答えました。
コウモリはいいました。
「いまになって用心したって、しようがない。つかまるまえに用心しなきゃな」
◆後悔は役にたたない。
雌ネコとアプロディテ
一ぴきの雌ネコが、一人の美青年を好きになったので、アプロディテ〔ギリシア神話の美と恋愛と豊穣の女神〕に、どうか自分を、人間の娘のすがたに変えてください、とお祈りしました。女神は雌ネコの心をあわれんで、きれいな娘のすがたに変えてやりました。
青年は、この娘を好きになって、お嫁さんにしました。二人が眠っているとき、アプロディテは、雌ネコがすがただけでなく、心も変わったかどうかをたしかめようと、一ぴきのネズミを二人の部屋にはなしました。すると雌ネコは、なにもかも忘れてベッドからとび起き、ネズミを追いまわしました。
アプロディテはたいへんおこって、もとの雌ネコのすがたにもどしてしまいました。
◆生まれついての悪人は、すがたを変えても、本性は変わらない。
イタチと|やすり《ヽヽヽ》
イタチが、|かじ《ヽヽ》屋の仕事場にしのびこんで、|やすり《ヽヽヽ》をなめはじめました。なにしろ、やすりで舌をこするのですから、やがて血が流れてきました。ところがイタチは、血はやすりが流しているのだと思いこんで、よろこんでいました。そのうちに、イタチは、舌をすっかりなくしてしまいました。
◆他人をいじめているつもりで、じつは、自分をだいなしにする人にむく話。
老人と死神
一人の老人が、|まき《ヽヽ》をきって背負い、遠いわが家へもどっていきました。そのうちに、ひどくつかれてしまい、まきをおろして死神をよびました。死神がすがたをあらわして、なんで自分をよんだのか、とたずねると、老人はいいました。
「荷物を持ちあげてくださっしゃれ」
◆人間は、どんなにみじめなときにも、生きていたいもの。
農夫と、彼の子を殺したヘビ
ヘビが、農夫の子どもを殺しました。農夫はひどく悲しんで、|おの《ヽヽ》をつかむと、ヘビの穴のそばで待ちかまえ、出てきたらたたききってやるぞ、と見張っていました。
ヘビが首を出しました。農夫は、おのをふりおろしました。しかし、手もとがくるって、そばの岩にひどく傷をつけただけでした。農夫は、ヘビに仕返しをされることがこわくなって、仲なおりを申しこみました。
すると、ヘビはこう答えました。
「そりゃ、むりでしょう。わたしは、岩の傷をみるたんびに、あんたをにくむだろうし、あんたも、子どもの墓を見るたんびに、わたしをにくむでしょうからね」
◆はげしいにくしみは、かんたんには消せない。
農夫と寒さにこごえたヘビ
ある農夫が、冬のさなかに、寒さでこちこちにこごえているヘビを見つけました。農夫は、これはかわいそうに、と、ヘビを自分のふところに入れました。ヘビは、あたたまると本性をとりもどして、恩人にかみつきました。農夫は、死にぎわにさけびました。
「死ぬのは、悪人に情をかけた自分のあやまちのせいだ」
農夫と息子たち
死の床についている農夫が、息子たちに、農業をしていくうえでのたいせつなことを、さとらせたい、と考えました。そこで、息子たちをよびよせていいました。
「せがれたちや。わしは、もうこの世をおさらばするでな。おまえたちは、わしがブドウ畑にかくしておいたものを、さがすんじゃぞ。全部見つかるはずじゃから」
父が死んだのち、息子たちは、ブドウ畑を、すみからすみまで掘りかえしてみました。宝物がうずめてあると、思いこんでいたのです。しかし、宝物は出てきませんでした。そのかわりに、ブドウ畑は念をいれて掘りかえされたので、数倍もの収穫をあげました。
◆労働こそ財宝。
女と農夫
ついせんだって、夫に死なれた女が、毎日、墓にきて泣いていました。その女をおかみさんにしたくてたまらない農夫が、近くに牛車をおいたまま墓地にはいってきて、ひざまずいて泣きはじめました。女が農夫に、あなたは、なんで泣いておいでです、ときくと、農夫は、おいらは女房に死なれたんで、こうして泣いてると、悲しさがいくぶんやわらぐんですよ、といいました。
女は、わたしも同じ身のうえです、といいました。農夫は、おいらもあんたも、同じ不幸にあったんだから、これからは夫婦になって、たのしく暮らそうじゃないか、といいました。
女は農夫にときふせられて、賛成して、連れだって墓地を出ました。ところが、二人が墓地にいるあいだに、農夫がおいておいた牛車から、盗人が、牛をぬすんでしまっていました。農夫は、してやられた、とじだんだをふんで泣きだしました。
女が、あんたはまだ泣くのですか、ときくと、農夫はいいました。
「うん、こんどの涙はほんものだあ」
農夫と木
ある農夫の土地に、一本の木がありました。実がならずに、スズメや、やかましく鳴くセミどもの集会所になっているだけでした。農夫は、こんなろくでもない木はいらない、と、|おの《ヽヽ》で切りたおしにかかりました。
セミやスズメたちは、どうかわたしらの集会所をとりあげないでください、わたしらが歌をうたって、あなたをたのしませてあげますから、このままにしておいてください、とたのみました。しかし、農夫は聞きいれずに、二度、三度とおのをふりおろしました。
ところが、木の幹に穴が見つかって、そこにミツバチの巣とハチミツがありました。農夫はハチミツをなめてみるなり、おのを投げすてました。それからのちは、その木を神木であるかのように、たいせつにしました。
◆正義などより、もうけが第一。
農夫の、仲のわるい息子たち
ある農夫の息子たちが、しょっちゅう兄弟げんかをしていました。農夫は、いくらいって聞かせても、だめなので、はっきりと目で見てわかることでさとさなければ、なおりはしない、と考えました。
そこで、息子たちに、木の枝を一束持ってこさせました。そして、たばねた木の枝を、折ってみろ、とわたしました。息子たちは、力をだしてうんうんりきみましたが、折れません。つぎに農夫は、束をほどいて一本ずつわたしました。こんどはやすやすと折れました。農夫はいいました。
「ほれ、このとおり。おまえらも同じだ。みんなが心を合わせたら、どんな敵にも負けぬが、たがいにそっぽをむいておったら、すぐに負けてしまうぞ」
◆不和は負けのもと。団結は強い力になる。
くわをなくした農夫
ブドウ畑をたがやしていた農夫が、|くわ《ヽヽ》をなくしました。ほうぼうをさがしたあげく、いっしょにいた農夫たちに、わしのくわをぬすまなかったか、とききました。けれど、だれも、ぬすんでいない、と答えたので、男はこまってしまいました。
農夫は、彼らを、神さまの前でちかわせてみようと決心して、みんなを町へ連れていきました。ごぞんじのように、人びとは、いなかに住んでいる神さまは、いくぶんまのぬけたところがある、と思っています。町の城壁のなかに住んでいる神さまは、ぬけめがなくて、なにひとつ見のがしはしない、と信じているのです。
農夫たちは、城門をくぐるまえに、泉の水で足を洗おうと、荷袋を地上におきました。そのとき、おふれの役人があらわれて、
「神殿をあらした|どろぼう《ヽヽヽヽ》を見つけた者には、千ドラクマーの賞金をあたえるぞ」
と、大声でつたえました。
このおふれを聞いて、くわをなくした農夫はさけびました。
「こんなところまで、わざわざやってくるなんて、ばかをしたもんだ。ここの神さまに、くわをぬすんだやつがわかるはずはないよ。なにしろ、自分の神殿をあらしたどろぼうさえ、けんとうがつかないで、賞金まで出してさがすくれえだから」
◆能力以上のことを約束する人には、ご用心。
農夫と息子とカラス
スバルの星〔牡牛座にあるプレアデス星団。肉眼では六つの星しか見えないので、六連星ともいわれた〕が地平線に近くかがやいて、種をまく季節になりました。麦をまき終わった農夫は、朝から晩まで畑の見張りをしていました。というのは、やかましく鳴きわめくカラスどもや、種をほじくり出す名手のムクドリどもの大群が、畑でわがもの顔にふるまうからです。農夫のそばには、農夫の幼い息子が、がんじょうな石弓を持ってひかえていました。けれど、わるい鳥どもは用心ぶかくて、農夫が息子に、石弓をよこしなさい、というと、それをちゃんと聞いていて、たちまち遠くへ逃げてしまうのでした。
そこで農夫は、いいことを思いついて、息子にいいました。
「いいか、坊ず。あんなわるがしこい鳥には、計略を使わにゃな。やつらがきたら、父さんが、『パンをおくれ』というから、そしたら、おまえは石弓をわたすんだぞ」
またも、ムクドリやカラスどもがやってきて、畑にむらがりました。農夫は、しめしあわせておいたとおりに、パンをおくれ、といいました。わるい鳥どもは、飛び立ちませんでした。息子は、石弓に石ころをつめて、父親にわたしました。農夫は石を飛ばして、鳥どもの頭にぶちあて、足をへし折り、肩に命中させました。カラスもムクドリも、こりゃたまらん、と、畑から逃げだしました。
逃げていく鳥どもに出会ったツルが、どうしたのかい、とたずねると、一羽の鳥がいいました。
「人間には気をつけなさいよ。あんなたちのわるい動物には近づかないこっだ。あいつらは人間同士で、口でいうこととは、まったくちがうことをするんだからね」
◆人間も、策略をもちいる者にはご用心。
おばあさんと医者
目をわずらったおばあさんが、お礼をはらう約束をして医者をよびました。医者は、薬をぬっているあいだ、おばあさんが目をとじているそのすきに、いつも家の置物を一つずつくすねて持っていきました。おばあさんの目がなおったときには、家の置物もすっかりなくなっていました。
医者は、約束のお礼を請求しました。ところが、おばあさんは、はらいません。医者は、おばあさんをうったえました。役人の前でおばあさんは、わたしは目をなおしてもらえたらお礼をすると、たしかにいいましたが、治療をうけたら、まえよりもわるくなっちまいました、といって、
「その証拠には、まえは家の中の置物が全部、わたしに見えたんでございますが、いまでは、なにひとつ見ることができないのでございますからね」
◆悪人は、自分の欲で、気づかないうちに、自分に不利な証拠をつくってしまう。
女と大酒飲みの夫
大酒飲みの主人をもったおかみさんがいました。おかみさんは、夫のこのわるいくせをなおそうと、一計を案じました。夫がぐでんぐでんに酔いつぶれて、なにもわからなくなっているときに、墓所へ運んでいって、お堂の中においてもどってきました。
そして、夫が酔いからさめているころを見はからって、おかみさんはお堂へ行って戸をたたきました。夫が、だれだ、戸をたたいているのは、といったので、おかみさんは、
「死んだ人に、食事をもってきました」
と答えました。すると夫は、
「そりゃ、ごしんせつなことだが、おれは食事よりも酒のほうがいいなあ。酒じゃないなんて、そりゃむごい」
といいました。
おかみさんは、胸をかきむしってさけびました。
「ああ、わたしゃ、なんて不幸な女だろう。せっかく知恵をしぼったのに、うちのひとには、ききめがないどころか、なおわるくなってるよ。死んでも酒がほしいんだね」
◆わるいことは習慣になる。
女と召使いたち
夫を亡くしたあるおばさんが、若い召使いたちを家においていました。おばさんは、ニワトリが鳴くと、朝まだ暗いのに召使いたちを起こして、仕事をさせました。召使いたちは、つかれてやりきれないので、家のニワトリをしめ殺してしまうことにしました。というのは、ニワトリめは、夜も明けないうちから|とき《ヽヽ》をつくって、女主人の目をさまさせるので、自分たちのわざわいのもとだと思っていたからでした。
しかし、召使いたちは、ニワトリをしめ殺したあと、まえよりもなおみじめなことになりました。ニワトリの|とき《ヽヽ》の声で時刻を知ることができなくなったおばさんは、まえよりも、もっとはやくから召使いたちをたたき起こして、仕事をさせるようになったからです。
◆自分のしたことで、わが身に不幸をまねくことが多い。
女とメンドリ
ある未亡人が、タマゴを毎日うむメンドリを飼っていました。このおばさんは、うちのニワトリに、もっとたくさん麦を食べさせたら、日に二度タマゴをうむだろう、と考えて、えさをふやしました。ところがニワトリは、ふとりすぎて、一日に一回、タマゴをうむことができなくなりました。
◆欲は、きまったとり分まで、だいなしにする。
魔法使いの女
ある魔法使いの女が、自分は神がみの怒りをしずめる|まじない《ヽヽヽヽ》ができる、と宣伝していました。そして、まじないを他人にしてやって、たんまり金をかせいでいました。ところが、あの女は宗教を変えるこんたんなのだ、と、人にうったえられました。裁判所は女に、死刑の判決をくだしました。刑場へひったてられていく女に、ある人がいいました。
「おい、おまえさん、あんたは、神がみの怒りをしずめることができるといいふらしていたのに、どうして、たかが人間をときふせることができなかったのかい」
◆大口をたたいても、ふつうのことはなにもできない人に、うってつけの話。
雌の子牛と雄牛
雌の子牛が、労働をしている雄牛を見て、さぞくたびれることでしょう、と雄牛をあわれみました。ところが、祭りの日がくると、人びとは雄牛を、その日は農機具をひかせずに、のんびりとさせてやり、雌の子牛をつかまえて、神へのおそなえとして殺すことにしました。雄牛は、笑いながら雌の子牛にいいました。
「若い雌牛さん、あんたが仕事をしないでよかったわけが、わかったかい。あんたは、いけにえのための牛だったんだからね」
◆らくな暮らしには、危険がひかえている。
おくびょうな猟師ときこり
猟師が、ライオンの足あとをさがしていました。|きこり《ヽヽヽ》に出会ったので、ライオンの足あとを見ませんかい、そして、ライオンの寝る場所を知りませんかい、とたずねました。きこりはうなずきました。
「知ってるよ。いますぐに、ライオンを見せてやろう」
猟師はきもをつぶして、まっさおになり、歯をがちがち鳴らしながら、いいました。
「いいや、ライオンじゃない。おれは、ただ、足あとだけをさがしてるんだ」
◆口さきは大胆で、おこないは腰ぬけ。
ブタとヒツジたち
ブタが一ぴき、ヒツジの群れにまじって草を食べていました。ヒツジ飼いがそれを見つけて、ブタをつかまえました。ブタは泣きわめき、あばれました。ヒツジたちは|まゆ《ヽヽ》をひそめて、ブタをたしなめました。
「わたしたちは、しょっちゅう、この人につかまえられるけれど、あんたみたいに泣きわめきはしない」
ブタは答えました。
「だけど、きみたちとぼくでは、つかまえられるわけがちがうんだ。きみたちは、毛や乳を人間にやればすむ。ところが、ぼくがつかまえられるのは、人間はぼくの肉がめあてだからね」
◆人間も、苦しみようが、金と生命ではまったくちがう。
イルカとクジラとハゼ
イルカたちとクジラたちが、戦争をしていました。戦争は長びき、ますますはげしくなりました。そこに一ぴきのハゼ――このちっぽけなサカナがしゃしゃり出てきて、イルカとクジラに、仲なおりの話をもちだしました。すると、イルカのうちの一ぴきが、ハゼにむかっていいました。
「いや、きみに仲なおりをとりもってもらうくらいなら、たたかって両軍とも死んでしまったほうが、まだがまんできるよ」
◆値うちのないやつのくせに、世がみだれると、自分は重要人物だと思いこむ人がいる。
ディオゲネスとはげ頭の男
キニク学派の〔ソクラテスの弟子アンティスネスがはじめたギリシア哲学の一派。犬のような、物ごい生活をしたから、犬儒《けんじゅ》学派ともよばれる。ギリシアの哲学者〕の哲学者ディオゲネス〔物ごいのような生活をおくり、|たる《ヽヽ》の中に住んでいたとつたえられている〕が、頭のはげた男に悪口をいわれて、こう、やりかえしました。
「わしは、あんたをののしるような、ばかげたことはしないよ。いや、それどころか、わしは、あんたの頭の毛はたいしたものだと思うね。なにしろ、そのろくでもない頭に見きりをつけて、おさらばをしたんだからな」
きこりと松の木
|きこり《ヽヽヽ》たちが、松の木を割っていました。まず、その松の木から|くさび《ヽヽヽ》をつくって、それを打ちこんで、作業をうまくはかどらせていました。松の木はいいました。
「わしを切りたおす|おの《ヽヽ》よりも、わしからつくられたくさびをなじりたいわい」
◆他人のひどい仕打ちより、身内の仕打ちがこたえる。
モミの木とイバラ
モミの木とイバラが、じまんをしあっていました。モミの木はいいました。
「ぼくは美しくて、すらりと背が高くて、神殿の屋根や船をつくるのに役だっているんだぞ。きみなんか、ぼくの足もとにもおよばないやつだよ」
すると、イバラはいいました。
「きみが、きみをたおす|おの《ヽヽ》や、きみを切りさく|のこぎり《ヽヽヽヽ》のことを考えたら、ああ、イバラに生まれたかった、と思うだろうよ」
◆名声を誇るな。ふつうの人の暮らしは、平和なのだから。
泉のほとりのシカとライオン
ひどくのどのかわいたシカが、泉のほとりにたどりつきました。そして、水を飲んだあと、水にうつっている自分の影に気づきました。角は大きくて、形よく枝わかれしています。シカは、ひじょうに誇らしく思いましたが、さて、足は、と見ると、ひょろ長くて、いかにも弱そうです。シカは、なさけなく思いました。
そんなことを思っているうちに、一頭のライオンがあらわれました。シカはいちもくさんに逃げて、追ってくるライオンを遠くひきはなしました。
シカのすぐれているところは、速い足で、ライオンのすぐれているところは、しっかりした心臓なのです。
木のない平原がつづいているあいだは、シカはライオンをひきはなしていて、だいじょうぶでした。ところが、木がしげっている場所にさしかかると、シカは角が木の枝にひっかかって、ろくに走れなくなり、とうとうライオンにつかまってしまいました。シカは、死にぎわにつぶやきました。
「なんということだろう。役にたたないと思っていた足は、わたしを助けてくれたのに、誇りにしていた角のせいで、死ぬなんて」
◆危難のさい、役たたずと思っていた友人がすくってくれて、信じていた友がそっぽをむくこともある。
雌ジカとブドウ
猟師たちから追われている雌ジカが、ブドウの木のかげにかくれました。猟師たちが知らずに通りすぎたので、雌ジカは、やれやれ安心、と、ブドウの葉を食べはじめました。葉がざわざわゆれたので、猟師たちは、おかしいぞ、さては、そこにかくれているんだな、と、矢を射こみました。雌ジカは息をひきとりながらいいました。
「こんなめにあうのも、あたりまえです。わたしは、命の恩人を食べるようなことをしたんですから」
◆恩人にわるいことをする人は、神の罰をうける。
シカとその母
シカの母親が、息子をしかりました。
「おまえは、身を守るための角を、神さまからさずかっているし、からだだって、たいていの動物よりも大きいのに、犬がくるといちもくさんに逃げるなんて、なんてことです」
そこまでいったとき、遠くで猟犬どもが走っているけはいがしました。たちまち、母ジカはとびあがって逃げだしました。
◆忠告はやさしいが、実行はむずかしい。
病気になったシカ
シカが病気になって、草原で寝ていました。動物仲間がひっきりなしに見まいにきては、近くにはえていた草を全部食べてしまいました。やがて、シカは病気はなおったものの、食べ物がなくて、飢死にしてしまいました。
◆考えのない友だちがたくさんいても、よいことはない。かえってひどいめにあう。
片目のシカ
片目の雌ジカが海辺にやってきて、見えるほうの目を陸地にむけて、猟師がこないか警戒をし、見えないほうの目は、危険のなさそうな海のほうにむけ、草を食べはじめました。
ところが、近くを船で通りかかった人びとが、そのシカをみたので、弓で射とめました。シカは息をひきとりながら、つぶやきました。
「わたしは、運がわるいわ。陸のほうがゆだんがならないと思って、用心していたのに、信頼していた海のほうから、やられてしまった」
◆信じていても、しばしばうらぎられる。
屋根の上の子ヤギとオオカミ
子ヤギが屋根の上にいて、オオカミが通って行くのを見ました。子ヤギはオオカミに、悪口をあびせかけました。オオカミはいいかえしました。
「この弱むしめが。おれをあなどっているのは、きさまではなくて、きさまのいる場所なんだ」
◆時と場合によっては、弱い者も、強い者にはむかう勇気をさずかる。
子ヤギと笛を吹くオオカミ
仲間にはぐれた子ヤギが、オオカミに追いかけられていました。子ヤギはうしろをふりむいて、オオカミにいいました。
「オオカミさん、わたしはもう、あなたに食べられるってことは、はっきりしています。だから、オオカミさん、食べられるわたしのために、せめて、あなたの得意の笛を吹いて、わたしにおどらせてくださいな」
それで、オオカミが笛を吹いて、子ヤギをおどらせていると、笛の音を聞きつけた猟犬どもが走ってきました。
オオカミは逃げだしながら、子ヤギにいいました。
「これも、自分のせいだ。おれの本職は殺し屋なのに、笛吹きのまねなんぞしたのが、まちがいだった」
◆調子にのって時期を失うと、手の中のものも失ってしまう。
ヘルメスと彫刻家
ヘルメスが、人間は自分をどのくらい尊敬しているものか、知りたくなりました。そこで、人間にすがたを変えて、ある彫刻家の仕事場をたずねました。そして、そこにあったゼウスの像を指さして、いくらだとききました。彫刻家は、一ドラクメーだと答えました。ヘルメスはにやにやして、では、ヘラ〔ギリシア神話で最高の女神。夫はゼウス〕の像はいくらだ、とききました。彫刻家は、もっと値がはりますよ、といいました。
つぎにヘルメスは、自分の像を見て、自分はゼウスの使者でもあり、商売人へのごりやくもあらたかなんだから、人間どもにはさぞ値うちのあることだろう、と考えました。そして、ヘルメス像のはいくらだ、とききました。すると、彫刻家は答えました。
「そうですね。さっきの二つの像を買ってくださるなら、この像は、おまけにさしあげますよ」
◆他人はなんとも思っていないのに、うぬぼれのつよい人がいる。
彫刻とヘルメス
ある彫刻家が、白大理石にヘルメスの像を彫っていました。お客が二人やってきて、一人は、死んだ息子の墓標にしようと思い、もう一人は、その像を神としておがもうと思いました。しかし、夜になったので、彫刻家は、あすの朝、もういっぺんおいでになって、ゆっくりごらんになってからにしてください、といいました。
その夜、彫刻家が眠っていると、夢にヘルメスがあらわれて、いいました。
「わしの身のふりかたは、どうなったんだ。おまえは、わたしを墓番にするのか、それとも、神さまにするのか」
ヘルメスと犬
十字路のまん中に、ヘルメスの像が立っていました。方角をしめす道しるべにもなっていて、頭の上に、小石をたくさんのっけられていました。
あるとき、犬が一ぴきやってきて、いいました。
「ごきげんはいかがですか、ヘルメスさま。さて、あなたのおからだに香油をぬってあげますよ。〔ギリシアでは、レスリングをするときには、からだじゅうに油をぬった〕神さまの前を素通りしちゃわるいものですから。それに、あなたは、スポーツマンの神さまでもあるんだから、香油はお似あいだ」
ヘルメスはいいました。
「いや、よしてくれ。おまえの鼻づらをわたしにこすりつけたり、小便をひっかけたりするのはやめて、さっさと行ってくれたほうが、よっぽどありがたいよ」
◆どうせ、いいことのできない悪人は、わるい|くせ《ヽヽ》をだせないでいたら、それだけでも、まだまし。
敵同士
にくみあっている二人の男が、一そうの船に乗って航海していました。一人は船尾に、一人は船首にいました。
あらしが見まいました。船は沈みかけました。船尾にいた男が船頭に、船のどの部分がさきに沈むか、とたずねました。船首です、と船頭が答えると、男はにやりとしました。
「おれは死んでも、悲しくはないぞ。にくいあいつのほうが、おれよりさきに死ぬんだからな」
マムシと水ヘビ
一ぴきのマムシが、ある泉へ、水を飲みに行きました。ところが、そこに住んでいる水ヘビは、マムシのやつ、自分のなわばりだけでまんぞくしていないで、ひとさまの土地にまでしゃしゃり出てくる、とふんがいして、マムシを入れるまいとしました。
あらそいは、はげしくなって、とうとう、決闘をやって勝ったほうが、水陸どちらも支配することにしようと、とりきめました。決闘の日時もきめました。
さて、日ごろ、水ヘビをにくんでいたカエルたちが、マムシに面会して、おれたちはあんたに加勢するから、しっかりやってください、とはげましました。
いよいよ決闘がはじまって、マムシと水ヘビは、はげしくたたかいました。カエルたちはなにもしないで、ただ大声でわめくだけでした。ついにマムシが勝ちました。マムシはカエルたちにむかって、おまえらはわたしに加勢するとちかっておきながら、加勢するどころか、たたかっているときに、歌をうたっていたじゃないか、となじりました。すると、カエルたちは答えていいました。
「マムシさん、わかってくださいよ。われわれの加勢というのは、手でやるんじゃなくて、声でやるんです」
◆手がほしいときに、口だけの加勢では、なんにもならぬ、ということ。
ヘラクレスとアテナ
細い道をヘラクレスが歩いていました。見ると、地上にリンゴのようなものが落ちているので、ふみつぶそうとしました。ところが、つぶれないで、二倍の大きさにふくれあがりました。ヘラクレスは、いっそう力をいれてふみつけ、いきりたって、|こん《ヽヽ》棒でなぐりました。すると、それは、なお大きくふくらんでいって、道いっぱいになり、とおせんぼうをしてしまいました。
さすがのヘラクレスも、あっけにとられて、こん棒を投げすててつっ立っていると、アテナがあらわれていいました。
「およしなさい、ヘラクレス。それは、けんかの精ですよ。人が相手にしないでほうっておくと、リンゴくらいのものでしかありませんが、手をだすと、いくらでもふくれあがるのです」
◆けんかは、大きな災害のもと。
ヘラクレスとプルトス
ヘラクレスが、神さまの仲間にくわえてもらうことになって、ゼウスにごちそうにまねかれ、どの神さまにも、ていねいにあいさつをしました。そこへプルトス――つまり富の神がやってきました。
するとヘラクレスは、そっぽをむいて、見ないふりをしました。
ゼウスは、ヘラクレスの態度におどろいて、プルトスだけには、なぜそっぽをむくのか、とたずねました。
ヘラクレスは答えました。
「わたしがあの神から目をそらすのは、こういうわけです。わたしが人間のあいだで暮らしていたとき、あのプルトスが、ほとんどいつも、わるい人間といっしょにいたのを、見ているからです」
◆運がよくて、金持になっているが、心はよこしまな人に聞かせるといい話。
半神〔ギリシア神話で、神と人のあいだの子〕
男が、家にある半神をまつって、高価なおそなえ物をしていました。いつもそのおそなえ物のために、お金をふんだんに使います。半神はある夜、男の前にあらわれて、いいました。
「おい、おまえ、財産をむだ使いするのは、もうやめなさい。金を使いはたして貧乏になったら、わたしをなじるだろうからな」
◆自分のおろかさで不幸になっても、責任を神になすりつける。
祭りの日とつぎの日
『祭りの日』に、『つぎの日』が、いばっていいました。
「おまえの日には、人はみんないそがしくて、ひどくくたびれるが、おれの日には、みんなが、まえにつくっておいたごちそうを食べて、ゆっくり休めるんだ」
すると、『祭りの日』はいいました。
「いかにも、おまえのいうとおりだよ。だが、わたしがこないことには、おまえというものもないわけだ」
やぶ医者
やぶ医者が、一人の病人を診察しました。ほかの医者の見たてでは、その病人は、命にかかわることはないが、全快するには長くかかる、ということでした。しかし、このやぶ医者だけは、あんたは、あすまでもちそうにないから、身のまわりの整理をしとくんじゃね、といい残して帰りました。
いく日かたって、病人はいくぶんよくなったので、あおい顔をして、ふらふらしながら外出しました。すると、例のやぶ医者にばったり出会いました。やぶ医者は、おちつきはらっていいました。
「やあ、こんにちは。ところで、あの世の人たちは、どういうふうにしておりますかな」
で、病人はいいました。
「死人たちは、もの忘れの川〔レテ川。死の国にあって、この水を飲むと、過去のことすべてを忘れる、といわれている〕の水を飲んだものですから、みんなやすらかにしていますよ。けれど、最近、死の神〔名はタナトス〕と死の国の神〔名はハデス〕が、『どうも、死人のきようがすくない、それは、医者どもが病人を死なせないからだ。よし、医者どもをひどいめにあわせてやろう』と、すごいけんまくです。そして、医者の名まえを全部、書きとめることにしました。
じつは、あなたの名まえも、書かれるところだったんです。それで、わたしは、死の神と死の国の神の前にひれふして、『とんでもない、あの人は、自分では医者だといっていますが、ほんものの医者ではありません。医者だときめつけるのは、それこそ、無実の罪というものです』と、ちかってさしあげましたよ」
◆知識も|うで《ヽヽ》もない、やぶ医者どもにむく話。
医者と病人
ある医者が、一人の病人を治療していましたが、病人はとうとう死んでしまいました。葬式に集まった人たちに、医者はいいました。
「この人が、酒をやめて、浣腸をちゃんとやっておったら、死なずにすんだのにのう」
すると、それを聞いていた一人がいいました。
「お医者さまや。いまになって、そんなことをおっしゃっても、むだでしょうがな。やはり、酒をやめたり、浣腸のできるときに、いってやらないことにはねえ」
◆こまっているときに助けること。だめになったあとで、かっこうをつけるな。
鳥刺しとマムシ
ある鳥刺しが、鳥|もち《ヽヽ》と|さお《ヽヽ》を手にして、鳥をとりに出かけると、ツグミが一羽、高い木の上にとまっていました。鳥刺しは、さおをつぎ合わせて長くして、注意を空に集中して、じっとねらいをつけました。そんなわけで、見あげてばかりいたので、足もとがおるすになって、眠っていたマムシをふんづけてしまいました。マムシはからだをねじって、彼にかみつきました。鳥刺しは、死をまえにしてつぶやきました。
「なさけない。えものをねらっていたのに、自分が死神のえものになっちまった」
◆他人をねらって、自分がさきにわざわいにはまるたとえ。
老いた馬
年をとった馬が売られて、|ひき《ヽヽ》臼をまわすことになりました。ひき臼につながれたとき、馬はなげきのことばをつぶやきました。
「りっぱな競馬場を走りまわったわたしが、まあ、なんという決勝点にたどりついたことだろう」
◆若さや名声は、年をとってまで、ついてはこない。
馬と馬丁
馬丁が、馬のえさの大麦をくすねては売っていましたが、馬の世話はよくして、一日じゅうみがきをかけて、美しくしてやるのでした。そこで、馬がいいました。
「わたしをほんとうにきれいにしたいんだったら、わたしをやしなってくれる大麦を、ぬすまないでくださいませんか」
◆貧乏人をおせじでまるめこむいっぽう、生きるために必要なものをまきあげる人に、ぴったりのたとえ。
馬とロバ
ある男が、馬とロバを連れて旅に出ました。その途中で、ロバが馬にいいました。
「わたしの命を助けると思って、わたしの荷物をすこしとってください」
ところが、馬は知らないふりをしていました。ロバはつかれて、そのために死んでしまいました。すると主人は、荷物を全部と、おまけにロバの皮まで馬につんだので、馬はため息をついてさけびました。
「ああ、なさけないことになった。とんだばかをしてしまった。すこしばかりの荷物をひきうけてやらなかったばっかりに、全部背負わせられて、おまけに、ロバの皮まで運ぶことになるとはなあ」
◆強い者も弱い者も、力を合わせたら、どちらにもよく、この世はうまくゆく。
アシとオリーブの木
アシとオリーブの木が、しんぼうづよさと、体力と、たじろがないということについて、議論をしていました。オリーブの木はアシにむかって、おまえさんは、風がちょっと吹けば、すぐにまがってしまう、とけなしましたが、アシはだまっていて、いいかえしませんでした。
そののち、ほどなく、つよい風が吹きはじめました。アシは風になびき、まがって風をやりすごして、ぶじでした。しかし、オリーブの木は、風にさからってがんばっていたので、へし折られてしまいました。
◆さからわないのは、すぐれたこと。
川にふんをしたラクダ
ラクダが、流れの早い川をわたっていました。そして、水のなかで|ふん《ヽヽ》をしました。すると、ふんが流れにのって、自分よりさきに流れていきました。ラクダはいいました。
「ほほう、わしのうしろにあったものが、わしを追いこしたじゃないか」
◆かるがるしいやつが、しっかりした人をさしおいて、しゃしゃり出て、のさばっている国もある。
二ひきのカブト虫
ある小島で、牛がはなし飼いになっていました。その牛の|ふん《ヽヽ》を、二ひきのカブト虫が食べて暮らしていました。冬がちかづいてきたので、一ぴきのカブト虫がもういっぽうにいいました。
「きみは、一ぴきでここにいたら、食物はじゅうぶんだろう。ぼくは、むこうの陸のほうへわたって、冬をすごすことにするよ」
そして、
「陸に食物がたくさんあったら、きみに持ってきてあげるからね」
ともいいました。
そのカブト虫が、陸へいってみると、新しい牛のふんがたくさんあったので、よかった、ここで暮らそう、と腰をおちつけました。
冬がすぎると、彼は島にもどりました。島にいたカブト虫は、陸へいった友だちがつやつやしくふとっているのを見て、きみは、食物がたくさんあったら、持ってきてやるなんて、約束しておきながら、なにも持ってきてくれなかったね、となじりました。すると、陸へいったカブト虫はいいました。
「なじるなら、ぼくでなくて、あの土地をなじってくれ。あの土地は、食べ物はあるけれど、持ち出せないんだからね」
◆友だちを、ごちそうにまねくていどのことはしても、それ以上はふかくつきあわず、助力をしない人もいる。
カニとその母
お母さんガニが、子ガニにいいました。
「横にはったらいけませんよ。それから、ぬれた岩におなかをこすりつけてはいけません」
すると、子ガニがいいました。
「じゃ、お母さん、まっすぐに歩いて見せてよ。お手本にするから」
◆お説教をするまえに、自分がまっすぐに生きること。
クルミの木
道ばたにはえていて、実をたくさんつけるクルミの木がありました。通る人が、実を落とそうと石をぶつけます。クルミの木はため息をついて、こぼしました。
「毎年、わしは自分の実のせいで、痛いめをさせられ、みじめだわい」
◆自分の長所のせいで、他人から苦しめられる人がある。
庭師と犬
庭師の犬が、井戸に落っこちました。庭師は助けようと思って、井戸へおりていきました。すると犬は、主人が自分を沈めるためにやってきたのだと思いこんで、かみつきました。
「あいたた、こいつめ」
庭師は井戸をあがると、いいました。
「こりゃ、わしのあやまりだで。死にたがっているやつを、けんめいに助けようとするばかもないもんだ」
◆恩知らずにむく話。
ギリシア琴を弾く男
天才とはいえないギリシア琴弾きが、がっちりした壁にかこまれた家の中で、しょっちゅう、うたっていました。声が壁によく反響するので、自分の声はなんといいんだろうと、すっかりうぬぼれてしまいました。そして、劇場に出ることにしました。
ところが、いざ、舞台でうたってみたら、たいへんなへたくそだったので、石をぶつけられて、追いはらわれてしまいました。
◆学校では、なかなかできると思われていても、いざ世の中に出たら、さっぱりだめという人もいる。
どろぼうどもとオンドリ
|どろぼう《ヽヽヽヽ》どもが、ある家にしのびこんだのですが、オンドリ一羽しか見つけることができませんでした。それで、オンドリだけぬすんで逃げました。さて、オンドリは首をひねられそうになったとき、命ごいをしました。
「わたしは、暗いうちに|とき《ヽヽ》をつくって、人の目をさまして、仕事ができるようにしてあげる、役にたつ鳥なんですから」
どろぼうどもは、さけびました。
「そう聞いちゃあ、なおいけねえ。おめえは、人の目をさまさして、こちとらのぬすみのじゃまをするってことになるからな」
◆善人に役だつものは、悪人にはつごうがわるい。
胃袋と足
胃袋と足が、自分の力をいつもじまんしあっていました。足が、おれさまは、力があって、おまえのいるおなかでも、おれがささえてやっているんだぞ、といったので、胃袋はいいかえしてやりました。
「しかし、ぼくがおまえさんに栄養をくれてやらなかったら、おなかをささえていることはできないだろうさ」
◆指揮者がすぐれていないと、手足となって働く者は、役にたてない。
小ガラスと大ガラス
小ガラスたちのなかで、とりわけ大きかった一羽の小ガラスが、自分たち小さな同族をけいべつして、大ガラスのところへ行って、仲間にしてくれ、とたのみました。しかし、大ガラスたちは、なんだ、このへんなやつ、と、つついて追いはらいました。そこで、小ガラスたちのところへもどってきました。しかし、小ガラスたちは、きさまはおれたちを、けいべつしたじゃないか、といって、むかえいれてくれません。で、その小ガラスは、どちらからもしめだしをくってしまいました。
〔この主題の話は、イソップふうの話のなかに、いくつかある。日本でゆうめいなコウモリの話を、『天草本イソポのハブラス』から、つぎにのせる〕
鳥とけもの
鳥と、けものの仲がわるくなって、たたかいました。鳥軍の形勢がわるいとき、コウモリが鳥軍をぬけだして、けもの軍のほうにつきました。ところが、鳥軍はワシにはげまされ、けもの軍のゆだんをついて、勝利を得ました。平和会議が成立して、鳥とけものは広い野原で仲なおりの集会をしましたが、そのときに鳥たちがいいました。
「こんどの戦いで、両軍のなかでむほんをおこしたのは、コウモリだけだ。重い罪であるから、コウモリはきょうから、鳥の仲間からはずす」
コウモリは鳥の衣装をはぎとられ、昼のあいだはうろつくことを禁じられ、命だけは助かって、追いたてられました。
カラスと鳥たち
ゼウスが、鳥の王さまをきめたいと思って、鳥たち全員を集める日をきめました。彼らのなかでいちばん美しい鳥をえらんで、王にするつもりでした。そこで、鳥たちは川へいって、からだをけんめいにあらい清めました。
さて、カラスは、自分の見かけがさっぱりだめなことを知っているので、その川へ出かけていって、ほかの鳥たちからぬけ落ちた羽をひろい集め、自分のからだにくっつけました。それでカラスは、どの鳥よりもきれいになりました。
いよいよ、きめられた日がきて、鳥たちはみんなゼウスのもとに集まりました。カラスも、きれいな身なりで、出かけて行きました。ゼウスは、カラスがいちばん美しいと思って、王にえらぼうとしました。すると、ほかの鳥たちはふんがいして、カラスのからだから、それぞれ自分の羽をはぎとりました。それでカラスは、もとのカラスにもどってしまいました。
◆借りものは、本人のものではない。
カラスとハトたち
一羽のカラスが、ハトたちがハト小屋の中で、おいしいえさを食べているのを見て、こりゃひとつ、おいらもごちそうにあずかろう、と思い、黒い羽を白く染めてやってきました。ハトたちは、カラスがだまっているあいだは、ハトだと思って、仲間入りをさせておきました。ところが、ふとしたはずみで、カラスはうっかり鳴いてしまいました。ハトたちは、こいつはへんなやつだぞと、カラスを追い出しました。
カラスは、もう、ハトのおいしいえさにありつけません。カラス仲間のほうへもどってきました。さて、こんどはカラスたちのほうですが、やってきた鳥が白い羽をしているので、こんなやつは知らんなあ、いっしょに暮らすのはごめんだぜ、と、これまた追いはらってしまいました。
で、このカラスは、よそさまのえさまでほしがったせいで、どちらの仲間にもはいれなくなってしまいました。
◆欲ばりは、なにもつかめず、かえって、自分が持っているものまで、なくしてしまうことがある。
カラスと白鳥
カラスが白鳥を見て、あいつは白くてきれいだな、とうらやみました。そして、あんなに白いのは、いつも水でからだをあらっているからにちがいない、と思いました。そこで、いつもおそなえ物があるので、えさの心配のない神殿そばのすみかをはなれて、湖や川のほとりにひっこしました。カラスは、せっせとからだをあらったものの、黒い色はいっこうに変わらないばかりか、食べ物にこまって死んでしまいました。
◆暮らしを変えても、生まれつきは変わらない。
カラスとキツネ
あるカラスが、肉のかたまりをかっさらって、木の枝にとまっていました。キツネがそれを見て、肉をせしめてやろうと思いました。
キツネは木の下にきて、おまえさんはスタイルがよくて美しいねえ、とほめました。
「あんたは、鳥の王さまとして、もっともふさわしいよ。もし、声さえよかったら、とっくに王さまになっていなさるだろうな」
カラスは、自分の声のよいところをごひろうしようと、カアカアと鳴いたものだから、くわえていた肉が落っこちてしまいました。
キツネは肉にとびついて、自分のものにしてからいいました。
「やれやれ、カラス君、おまえさんが、さえた頭をもっていたら、鳥の王さまにもなれるだろうがね」
◆おろか者へのいましめ。
カラスとヘルメス
カラスが|わな《ヽヽ》にかかりました。カラスはアポロンの神〔ギリシア神話のなかの神で、音楽や弓術、予言をつかさどる。また、光明の神として、太陽と同じと見られることもある〕に、お助けくださいましたら、あなたのおよろこびなさいます香をたいて、お礼いたします、と約束しました。
ところが、助けてもらったら、約束のほうはすっかり忘れてしまいました。そして、ほどなく、べつのわなにかかりました。カラスは、こんどはアポロンはやめにして、ヘルメスに、いけにえのおそなえをいたしますから、お助けを、とおねがいしました。するとヘルメスはいいました。
「このろくでなしめ。まえに助けてくれた神をないがしろにしたおまえを、わたしが信用するとでも思っているのか」
◆恩を忘れたやつは、つぎには助けてもらえない。
カラスとヘビ
食べ物がなくてこまっていたカラスが、日なたぼっこをしながら眠っているヘビを見つけました。カラスは飛びおりて、胴をしっかとつかんだものの、ヘビは首をまわしてカラスにかみつきました。
カラスは、死にぎわにいいました。
「せっかく、うまい食べ物にありついたのに、そのせいで死ぬとは、なんと運のわるいっこっだ」
◆宝物を発見するために、命を失う人もある。
病気のカラス
病気になったカラスが、母親にたのみました。
「母さん、泣いていないで、神さまにお祈りしてくださいよ」
母親は答えました。
「なにをいってるんだね。どの神さまが、おまえをあわれんでくださるんだい。おまえが祭壇から肉をぬすんでいない神さまなんか、いないじゃないか」
◆日ごろ、敵をたくさんつくっておくと、いざというときに、味方をさがすのにこまる。
ヒバリ
あるヒバリが、|わな《ヽヽ》にかかって、なげいていいました。
「ああ、わたしはみじめだ。わたしは、金や銀や、値うちのあるものをねらったことはないのに、たった麦の一つぶのせいで死ぬなんて」
◆わずかな利益をもとめて、大きな危険をまねくこともある。
ヒバリと農夫
夜明けとともに、チドリにも負けない、美しい歌をさえずるヒバリの群れの一羽が、麦畑のなかのすみかでヒナをうみました。
麦畑だから、えさはたっぷりあります。ヒナドリたちはすくすく育って、羽毛もそろってきました。
ある日、畑の持主が見まわりにやってきて、麦の茎が黄金色になっているのを見て、つぶやきました。
「友だちに手伝いにきてもらって、そろそろ、刈入れをせずばなるまいな」
ヒバリのヒナの一羽がそれを聞いて、母親に報告しました。
「ぼくたちみんな、よそへひっこししようよ」
母親はいいました。
「だいじょうぶですよ。まだ逃げだすことはありません。自分の仕事なのに、友だちをあてにしているのは、まだ本気になっていない証拠だからね」
何日かすぎて、畑の持主がふたたびやってきました。彼は、麦の穂がかんかん照りの太陽の下でうなだれているのを見て、いいました。
「あしたは、刈入れの男たちと、束つくりの男たちに、前金をはらわずばなるまいて」
そこで、親ヒバリは子どもたちにいいました。
「子どもたちや、さあ、逃げましょう。友だちをあてにしないで、身|ぜに《ヽヽ》をきって、自分自身をあてにする気になったからね」
◆他人をあてにしないで、自分で仕事をしようと腹をきめて、はじめて仕事がはじまるもの。
小ガラスと大ガラス
大ガラスが人間に、吉になるか凶になるかを、いろんなことがらから予言するので、人間は、カラスの鳴き声はこうだったなどと、おもく見ます。小ガラスがそれをねたんで、自分もそうなってやろうと思いました。
小ガラスは、旅人たちが通りかかっているのを見たので、木にとまって大声で鳴きました。旅人たちはぎょっとして、小ガラスをふりあおぎました。なかの一人がいいました。
「ちぇっ、行こうじゃないか。あれは小ガラスだよ。あんなやつが鳴いたからって、なんの予言にもなりはしないんだ」
◆身のほど知らずは、笑われるだけ。
小ガラスと犬
ある小ガラスが、女神アテナにいけにえをささげて、そのさい、犬をごちそうにまねきました。犬は小ガラスにいいました。
「なんてこっだい、おそなえをするなんて。あの女神さまは、おまえさんを好きではなくて、おまえさんの予言を人間が信用しないように、なさったじゃないか」
すると、小ガラスは答えました。
「だからこそ、わたしは女神におそなえ物をするんだよ。きらわれていることを知っているから、その気持をときほぐしてもらおうと思ってね」
◆相手がこわいから、相手にサービスをすることが多い。
カタツムリ
農夫の子どもが、カタツムリを焼いていました。そして、カタツムリがパチパチと音をたてているのを聞いて、いいました。
「なんてやつらだい。自分の家が火事になってるのに、歌をうたってらあ」
◆その場にふさわしくないことをすると、わるくいわれる。
二ひきの犬
ある人が、犬を二ひき飼っていました。一ぴきは猟犬として、もう一ぴきは番犬として、仕込みました。
飼主は、猟犬を連れて猟にいって、えものを番犬にも分けてやりました。
猟犬は、それが不満です。番犬にくってかかかりました。
「おれは、苦労してえものをとってるんだぞ。それなのに、きみは、なにもしないでのんびりしていて、おれのほねおりのおかげのうまいものを食っているのは、けしからんじゃないか」
番犬は答えました。
「そのもんくは、ご主人にいいたまえよ。そうするようにしつけたのは、ご主人だからね」
◆しつけたほうに責任がある。
飢えた犬たち
腹ぺこの犬たちが、川の水にひたしてある、けものの皮を見つけました。しかし、皮は川のなかの遠くにあります。そこで犬たちは、川の水を飲みほして、皮のあるところへ行こうときめました。ところが犬たちは、皮にありつかないまえに、水で腹がはちきれて、死んでしまいました。
◆欲に目がくらむと、危険も忘れてしまい、身をほろぼす人がいる。
ごちそうにまねかれた犬
ある人が、したしい友だちをもてなすための、ごちそうの用意をしていました。ところで、その男の飼犬が、友だちの犬を、
「ぼくのところに食事にきたまえ」
と、まねきました。まねかれた犬は、よろこんでやってきましたが、その家でみごとなごちそうがしたくしてあるのをながめて、
「こりゃ、たまげたなあ。あすになっても、おなかがすかないくらい、たらふくごちそうになろう」
と、とんだ思いちがいををして、おれはいい友だちをもったもんだと、わくわくしながらしっぽをふっていると、料理人がその犬を見つけて、いきなり足をつかんで窓からほうり出しました。
犬は、大声でキャンキャン鳴きながら逃げました。すると、むこうからほかの犬たちがやってきていて、そのなかの一ぴきがききました。
「ごちそうは、どうだったかい」
ひどいめにあった犬は、答えました。
「うん、飲みすぎてしまったらしいや。どこからどうやって出てきたものやら、さっぱりわからないくらいだよ」
◆他人のものをあてにして、気まえのいいことをいう人を信用するな。
犬と主人
ある人が、旅に出るしたくにきりきりまいをしていて、自分の犬がそばでのっそりとしているのを見ました。
「おい、おまえ、なんでぼんやりしているんだ。おまえも行くんだぞ」
犬は、しっぽをふって答えました。
「わたしは、いつでも出かけられますよ。出かけられないのは、ご主人さまのほうです」
◆自分のことはたなにあげて、まわりの人をせかせる人に聞かせるといい話。
犬とオオカミ
オオカミを追いかけている犬が、自分は強いし、足も速いんだ、といい気持になっていると、オオカミがふりかえっていいました。
「おれは、おまえさんのうしろからやってきている、猟師がこわいんだよ」
◆自分についている人がえらいのを、自分がえらいのだとまちがえて、得意になる。
たたかうための犬と、ふつうの犬
ある家に飼われている犬は、野獣とたたかうように仕込まれていました。ある日、たくさんの野獣がせいぞろいをしているのを見た、この犬は、首輪をこわしてすたこら逃げて、すがたをかくしました。
ほかの犬たちが、雄牛のようにがっちりとたくましいその犬に、おまえさんはなぜ逃げたんだ、とききました。すると、たたかうための犬はいいました。
「それはな、諸君。おれはたしかに、ぜいたくに暮らして、ごちそうをふんだんに食ってはいるさ。だが、クマやら、ライオンやらとたたかわされて、いつも死ととなりあわせにしているんだからね」
そこで、ほかの犬たちは、おたがいにこういいました。
「おれたちは、まずしい暮らしをしているけれど、ライオンやクマとたたかうことはないんだから、こっちのほうこそ、けっこうな生活をしているんだね」
◆ぜいたくをしたり、名をあげるために、わが身を危険にさらすのは、おろかなことだ。むしろ、さけなくてはならない。
犬と肉屋
ある犬が、肉屋の店にはいりこんで、肉屋がいそがしく働いているすきに、心臓をくわえて逃げました。肉屋はふりむいて、その犬を見てどなりました。
「こいつめ、おぼえていろ。おまえにはいつも目をつけて、こんりんざい忘れないからな。おまえは、心臓をかっぱらうのに成功したつもりだろうが、じつは、ぎゃくに、おれに、おまえをやっつける心をうえつけていったんだぞ」
◆災難はしばしば、いい教えになる。
居眠り犬とオオカミ
一ぴきの犬が、農家の前で居眠りをしていたので、オオカミがおそいかかったところ、犬は、自分を殺さないでくれ、とたのみました。
「いま、ぼくはこのとおり、やせ細っていますから、しばらく待ってください。ぼくの主人が、結婚のお祝いをするんですよ。そのときにぼくも、ごちそうの分けまえをたっぷりいただいて、ふとりますからね。そうなったら、あなたはぼくを、おいしくめしあがることができますよ」
オオカミは、犬のことばにうなずいて、去って行きました。
しばらくたったある日、オオカミがふたたびやってきたら、犬は家の上の階のテラスで居眠りをしていました。
オオカミは、約束によってやってきたぜ、おりてこい、とよびかけました。すると犬は、オオカミを見おろしていいました。
「こののち、ぼくが家の前で居眠りをしているところをあんたが見つけたら、もう、主人の結婚を待つことなんか、いりませんよ」
◆かしこい人は、一度あぶないめにあえば、一生、それを忘れないで用心する。
肉をくわえた犬
犬が、肉をくわえて橋をわたっていました。
そして、ひょいと、川を見おろして、水にうつっている自分の影を見ました。犬は、影を、自分よりも大きな肉をくわえているべつの犬だと思いこみました。さっそく、くわえていた肉をはなし、おどりかかったのです。そして、どちらの肉も、|ふい《ヽヽ》にしてしまいました。影がくわえていた肉は、もともとなかったものだし、自分がくわえていた肉は、川に流されていってしまったのでね。
◆欲ばりの人にむく話。
鈴をつけた犬
そっとよってきて、いきなりかみつくくせのある犬がいました。飼い主は、人びとにそいつがきたことがわかるように、犬の首に鈴をつけました。犬が広場へ出かけて、得意になって鈴を見せびらかしていると、年とった雌犬がいいました。
「なにを、うちょうてんになっているんだね。えらいから鈴をいただいたんじゃないんだよ。おまえさんがわるい犬だってことを、みんなに知らせるためのものじゃないか」
◆うぬぼれや、いばり屋は、そのせいで、自分のかくれたわるい根性まで、つい、ばくろしてしまうもの。
ライオンを追いかけた犬と、キツネ
猟犬が、ライオンを追いかけていました。ところが、ライオンがむきなおって、ひと声ほえると、犬はおびえあがって逃げだしました。
それを見て、キツネがいいました。
「なさけないこっだねえ。ほえ声だけで、きもったまをつぶすくせに、ライオンを追っかけていたのかい」
◆はるかに力のある人のことを、かげではこきおろしていても、ひとたびその人が目の前にあらわれると、たちまち小さくなってしまう人びとに、聞かせたい話。
蚊《か》とライオン
蚊が、ライオンのそばにきていいました。
「ぼくは、きみなんかこわくないよ。それに、きみはぼくより強くはないのさ。そうじゃないというんなら、きみにどういうことができるんだい。ひっかいたり、かみついたりかい。そんなことは、女だって、けんかをするときにはやってるよ。ぼくはきみなんかより、ずっと強いんだ。なんなら、一戦やってみよう」
蚊は、ぶんぶんとラッパを吹き鳴らして、ライオンにおそいかかって、鼻のあなのまわりの毛のないところを刺しました。ライオンは、自分の|つめ《ヽヽ》で自分をかきむしって、じたばたと大そうどうをやったあげく、とうとう、こうさんしました。
蚊は、ライオンを負かしたので大いばりで、勝利の歌をかなでながら飛んでいきました。ところが、クモの網にひっかかってしまったのです。蚊はクモに食われながら、百獣の王とたたかって勝利をおさめるほどの自分であるのに、クモのようなけちなやつのえじきになるなんて、なんということだ、と、ひどくなげきました。
蚊《か》と牛
一ぴきの蚊が、牛の角にとまって、長いあいだ休憩をしてから、そろそろ出かけようと思って、牛に、どうだね、わがはいに、はやく立ち去ってもらいたいと思っているかね、とたずねました。牛は答えていいました。
「おや、わしは、あんたがそこにとまっていたのに気づかなかったから、あんたが行っちまっても、なんとも感じないだろうな」
◆いても、いなくても、毒にも薬にもならない、まるっきりの役たたずの人間に、あてはまる。
ウサギとカエル
ウサギたちが、ある日、よりあいをして、深刻な話をとりかわしたあげく、こういうことになりました。――つまり、われらはいつも、びくびくして、心ぼそい生活をおくっている。人間、犬、ワシ、そのほかいろんなやつらに、ねらわれている。こんなにふるえあがって暮らしているよりは、いっそ死んだほうがましだ、と。
こう決心したウサギたちは、いっせいに沼のほうへ走りました。池に身投げをして自殺するつもりです。すると、沼のまわりにいたカエルたちが、その足音を聞きつけて、大あわてで沼のなかにとびこみました。
これを見た、ウサギのなかの学者がいいました。
「お待ちなされ、みなさん。死ぬのはやめよう。われわれよりもっとおくびょうな動物が、いるんだからね」
◆不幸な人は、自分よりも不幸な人を見て、自分をなぐさめる。
ウサギとキツネ
ウサギがキツネにいいました。
「きみが、よくかせいでいるというのは、ほんとうかい。なにしろきみは、『ちゃっかり屋』とよばれているんだからね。教えておくれよ」
キツネは答えました。
「『ちゃっかり屋』ってあだ名が、ぴんとこないなら、おれの家にきたまえ。ごちそうをしてあげよう」
そこで、ウサギはキツネについて、彼の家に行きました。ところが、家にはキツネの食べ物なんか、これっぽっちも――いや、ついてきたウサギをのぞいては、なにもありませんでした。ウサギはいいました。
「きみがなぜ、『ちゃっかり屋』とよばれるのか、わが身とひきかえにして、わかったよ。そのあだ名は、かせぎぐあいからきているんじゃなくて、ずるいってことからきているんだね」
◆なんでも知りたがって首をつっこんでいると、とんだ不幸につかまってしまうことがある。
雌ライオンとキツネ
キツネが雌ライオンに、あんたは一回に一頭きりしか子どもをうまない、とけちをつけました。雌ライオンはいいました。
「たしかに一頭です。だけど、それはライオンです」
◆数で値うちはきまらない。どのようなものであるかが、かんじん。
年をとったライオンとキツネ
おじいさんライオンがいました。もう力づくでえものをとらえることができなくなったので、これからは頭をつかってえものを手に入れなければならん、と考えました。で、洞穴の中によこたわって、病気にかかったふりをしていました。こうしていて、ようすをうかがいにきた動物をつかまえて、食べていました。
たくさんの動物が殺されたあと、ライオンのやりくちに気づいたキツネがやってきました。キツネは、洞穴からはなれた場所で立ちどまって、ご気分はいかがですか、とたずねました。
ライオンは、どうもよろしくない、と答えて、どうして洞穴の中にこないのだ、とたずねました。すると、キツネはいいました。
「洞穴にはいっていった動物の足あとはたくさんついていますがね、洞穴を出た足がひとつもないもんでして。そうでなかったら、わたしもはいりますがね」
◆考えのある人は、あることから危険の証拠をさきにつかんで、危険をさける。
とじこめられたライオンと農夫
ライオンが一頭、農夫の家畜小屋にしのびこみました。農夫はライオンをとらえようと思って、庭の戸をしめました。出られなくなったライオンは、まずヒツジどもを食い殺したのち、牛どもをおそいました。
農夫は、つぎは自分がやられる番だ、とおびえてしまって、戸をあけました。ライオンが去ったあと、農夫はひどくくやしがりました。おかみさんは、農夫にいいました。
「あたりまえのことですよ。ライオンなら、遠くにいても用心しなくちゃならないのに、なんであんたは、身近にとじこめようなんて思いついたんです」
◆自分より強いものにちょっかいをだすなら、そのむくいをがまんするのは、あたりまえのこと。
ライオンとクマとキツネ
ライオンとクマが、子ジカを見つけて、うばいあいのけんかをはじめました。どちらもひどい手傷をおって、目はくらむし、生きているのがやっとというかっこうで、たおれていました。
そこにキツネが通りかかって、ライオンとクマがのびており、そのあいだに子ジカがおいてあるのを見ると、子ジカをさらって、ゆうゆうと立ち去ろうとしました。ライオンとクマは、起きあがることもできないで、うめきました。
「なんてことだ。キツネのために、わしらがこんなに苦労をしたのか」
◆苦労のあげく、いいものをよそにさらわれては、くやしいのはあたりまえ。
ライオンとイルカ
ライオンが海岸をぶらぶら歩いていると、イルカが水のなかから頭を出していました。ライオンはイルカに、同盟をむすぼうじゃないか、といいだしました。
「友人になって、助けあうのさ。まったく、われわれはいい相棒になるぞ。なぜかというと、きみは海の動物の王だし、こう申すわしは、陸の動物の王だからね」
イルカはよろこんで、ライオンの申し出をうけいれました。
ところで、ライオンは、ずいぶんまえから野牛と戦争をしていたので、イルカに応援をたのみました。よろしいとも、と、イルカは海からあがろうとしましたが、どうしてもあがれません。そこでライオンは、きみはうらぎり者だといってなじりました。イルカはいいました。
「わしをせめることはないよ、『自然』にたいしてもんくをつけるんだね。わしを海の動物につくって、陸にあがれないようにしたのは、『自然』なんだから」
◆友情をむすぶなら、いざというときに、すけだちをしてくれる人をえらぶこと。
ライオンとイノシシ
夏、暑くてのどがかわいたライオンが、小さな泉に水を飲みにやってきました。ちょうどイノシシも、のどがかわいてやってきました。そして、どちらがさきに飲むかということで、けんかをはじめました。
いいあいは、はげしくなり、そのあげく、どちらかが殺されなければおさまらない、はたしあいにまでなってしまいました。
そのうちに、どちらもたがいにひと息いれるために、ちょっと目をそらしたところ、一羽のハゲタカが、どちらかたおれたほうを食べてやろうと、待ちかまえているのが見えました。ライオンとイノシシは、あらそうのをやめていいました。
「ハゲタカやカラスの食い物になるくらいなら、仲なおりをするほうがましだ」
◆つまらぬけんかや、いじっぱりは、さっさとやめたほうが得。そうしないと、危険をまねく。
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解説
作者のイソップは、ギリシア名ではアイソーポスとよばれているが、じつはこの人のことは、よくわかっていない。ヘロドトスというギリシアの歴史家が紀元前五世紀にいて、その人の著作『歴史』に、イソップは紀元前六世紀にサモスの市民イアドモンの奴隷であった、としるされている。生まれた国については、ヘロドトスもふれていない。
しかし、イソップという名や、彼が奴隷であったことなどから、今の地図でいうと、エーゲ海の北東岸、ダーダネルス海峡の北部地方で、ギリシア、トルコにまたがるあたり、という説がある。イソップは奴隷だったけれど、機知にあふれていたおかげで解放されて、リュディアの王クロイソスにみとめられ、デルフォイに国使として派遣された。しかし、彼のことばがデルフォイ人の怒りをかいデルフォイ人に殺された、と伝えられている。
ところで、イソップが寓話を書きつづって本にしておいてくれたわけではない。たぶん実在したイソップという人が、まえからあったたとえ話や自分のつくったものを、人びとに語り聞かせ、それが口伝えに残った。なかにはイソップとかかわりなかったものも、まじっているとも考えられる。だから、厳密には、イソップふうの物語といったほうがよさそうである。
これらを紀元前三〇〇年ごろに、アレクサンドリアのデメトリオスが散文で、また二世紀にバブリオス〔小アジア生まれのローマ人らしい〕が詩の形で編纂した。このバブリオスのものが、今ではいちばん古いものとして残っている。十五世紀の末には、英訳やドイツ語訳ができ、日本でも一五九三年に『天草本|伊曾保《いそぽ》物語』が天草キリシタン学寮から出版された。
イソップは、ひどくみにくい、ぶかっこうな人だったといわれるが、それはたしかではない。十四世紀に、イスタンブールの修道僧ブラヌーデースがイソップ寓話集を編纂して、その前文にイソップの伝記を書いたとき、歴史の霧のかなたに見えなくなったイソップの顔や姿をつくりあげた――または、漠然と伝えられていたものを、文字にして定めてしまった、といえる。おもしろい寓話の作者を、つよく印象づけ、さらに意味をもたせるためだったと考えられる。人に顔をそむむさせる外見をしていながら、じつはかがやく知恵があった、と設定すると、これも一つの寓話になるからだ。
この本には、ラ・フォンテーヌによるイソップの伝記から、彼の言動を寓話としてひろい、付けておいた。ラ・フォンテーヌのしるした伝記は、プラヌーデースによっている。すばらしい知恵の持ち主のイソップは、口もろくにきけなかったが、神のはからいで自在に話せるようになり、その話す力で国の運命さえ左右するようになる。ところがイソップは、彼の話したことがもとになって、殺されてしまう――これもまさに寓話だ。
イソップは弱い奴隷であったから、人びとに対等に意見をのべることはできない。動物たちを利用してたとえ話をし、相手にさとらせ、反省させるのがただ一つ方法だった。そのための機知にあふれた物語のなかには、弱い者は強い者にはむかったら損をするから、服従が第一だ、といったような、世を無難にすごす教えをふくんだものがある。ときには、卑怯、卑屈でなければ生きていられなかった弱い人びとへの、知恵のある者の諭し、なだめがたいせつだった時代の反映ともみられる。
そういったことから、イソップの寓話は、決して子どものためのものではなかった。しかし、動物たちや植物を巧みに使いこなした機知のある明快な物語は、児童文学の古典として、光りかがやくものになった。
イソップの寓話は、骨組を簡潔に語るのがいちばんよく、さまざまに描写をつけたすことは無用である、とぼくは思う。(訳者)