一万一千本の鞭
G・アポリネール/須賀慣訳
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序 文
ギョーム・アポリネールがレジオン・ドヌール勲章をほしがり、そして彼が勲章を手に入れたということは事実であり、そのためにはヨーロッパ戦争が必要だったということもまた同様に事実である。やや調子の狂った愛国詩の行列は、――これはその直後に、この『腐ってゆく魔術師』(アポリネール)がゴテゴテと飾り立てられて横たわることになる霊柩台《れいきゆうだい》の姿となって現われるのである。――その詩自体がまったく無用で、道草をくっている。彼のためにも、またそれらの詩のためにもなんらかの口実を探して回ることは、わたしの任ではない。ところで、アポリネールを愛国者などと考えないように気をつけなければならない。また彼としては、ドイツの勝利によって、キュビスムの勝利を期待したのであるから、ドイツの勝利を願ったものとみなすことのないように注意しなければいけない。彼は、自分が身を置いている状況の中で予期される言辞を、つねに口にするあの冒険家のひとりであり、これを譬《たと》えれば、カーニバルの女王に向かって帽子を振って挨拶《あいさつ》したからといって、彼らが洗濯屋《せんたくや》の偉大さを信じた、という意味にはならないと同様である。彼らはユーモアのセンスを失っているとも、失ってはいないとも言える。われわれの仲間にとって重要なことは、成功だった、いや、なんと言おうか、むしろ彼の詩、彼の詩的な人格の勝利とでもいうものであった。じつはわたしはその反対のことをしているのだが、警戒しなければならないのは、情状酌量の余地のある状況を弁護したり、そのために、彼をひとりの出世主義者とみなしてはならない、ということだ。モンテ・カルロのカジノの中を、重要人物面をしてうろつき回り、金をすっかりすってしまったときにはバーテンに金を貸してもらおうとして、赤リボン(レジオン・ドヌールの略称)をつけた男に話しかけたりする、例の紳士連中に驚くほど彼は似通っていた。よきにつけ悪しきにつけ、アポリネールという男を考えさせるには、モンテ・カルロ以上にうってつけのところはない。この町の風俗壊乱について抱いている威信、そのテラス、無蓋《むがい》馬車を駆っての崖《がけ》っぷちの散策、バクチで金を儲《もう》けた男を惨殺するために、遊戯場《スポルテイング》からホテル・ド・パリに通じている地下道、さらにまたそればかりか、豪華さや、大砲や、インチキ政体を備えたモナコ的な装飾のすべて、公認の淫売買《いんばいが》いの前でウロチョロするお仕着せを着たボーイの金ピカ衣装、砂糖のような賭が光明を逆さに見せる生活、音楽、そして例の背信、現代ではこうしたものがわれわれには欠けているのだ。諸君の時代には、ムッシュウ、白ロシア人の肩書をつけた人間の屑《くず》が、ここではよそよりもいっそう下劣に、制服姿の、さまざまな感情を描いた一幅の版画をはっきりと対置させてくれる。この絵の中ではボルガ河の渡しの船頭と、マルセイユ女やウィーンのお嬢さんとが調和するのだ。いま、われわれが迷い込んでいるこの岸辺から離れて本題に戻ることにしよう。
すでにギョーム・アポリネールは、自転車のランプが輝く夜の一部になっている。彼を理解するためには、現在では理解しにくいその時代の風俗、基準を添えて、彼の時代、つまりズバリと言えば彼の生涯の中世紀の中に彼を置かなければならない。もしこのちょっとしたぶらんこの曲芸に手をつけようとしたところで、この『ティレシアスの乳房』の作者に唯一の非難を浴びせようとしても、もう手の施しようがない。もとよりそれは三色旗の恋人たちの場合と同じようにその是非がはっきりしたケースであって、わたしはそのために、自分の白髪をうすくするような気苦労をする必要はないだろう。モーリス・バレス(一)がかつてわたしにこう言った。「アポリネールだって? ちょっと待ってくれたまえ。あの男についてわたしが知っていることを、すっかりきみに言ってあげよう。あれは好色本の再版をしている男だが……」。この老いぼれ野郎め。しかしわたしは、自分の話相手を心得ているので、べつに驚きもしなかった。「考えてもくださいよ、彼は詩人ですよ」「ヘーん!」とバレスが言葉を続けた。「あの男でも詩なんか書いてるのかね?」。『魂の愛好家』の作者の悪意と愚かさが、アポリネールという人間の性格を決めるまったく独自の精神《エスプリ》の、偉大な好奇心や知性を完全に浮彫りにしてくれる。一方また、祖国のために死すこととか、文章の駆引《かけひき》、時代の下品さという面で、物に動じない顔付の二人の道化者のあいだにある種の近似性を見つけて楽しむこともできるにちがいない。比較対照を好む者への警告である。
アポリネールの偉大さをなすものは、おそらく、しばしばこのイメージというすばらしい形をとって現われる、こうした好奇心であろう。彼の詩については次のように極言することもできる、すなわち、彼の詩は、なによりもまず不可知なものへの好奇心である、と。そしてまたおそらく、彼の最大の好奇心といえば、風俗に対する好奇心にちがいない。はじめはためらいがちで、月並なこの男が、ほかの話題ではなにひとつ、これほど驚嘆すべき話し方を心得てはいなかった。彼という人間の他の残りの部分はすべて、きっとまやかしものだったろうが、しかしまた、これこそアポリネールそのひとだったのである。禁じられた書物のためを思って彼が発揮したこんな行動性には大きな価値を与えなければならない。一ジェネレーションの手に手足をもがれたものとはいえ、サド(二)を渡したのは彼であり、バッフォー(三)の翻訳から、たくさんの自分の詩の調子の秘密を採り入れたのも彼であった。ネオ=クラシック運動がボードレールの弁解をし、彼をフランスの大作家の血統のうちに書き加えようと努力していたときに、「愛の巨匠」叢書《そうしよ》の中に『悪の華』を加えて、こんなふうにしようとしたのもきっと 彼である(四)。ジャンヌ・デュヴァル(五)の恋人の肖像を掲げたのもおそらく彼であるが、これこそ未来が認めてくれる唯一の肖像となるだろう。詩と性欲との関連についてのこれほど明確な意識、背徳者と予言者についての意識、これこそアポリネールを歴史の特異な一点に置くものであり、ここにこそ、韻と不条理な行為の数限りない見せかけものを激しく打ち壊《くだ》くものがあるのだ。おそらく、彼が自分自身について抱いていたさまざまな底意を、もっとも充足した気分で表現したのは『サド選集』の序文であり、『悪の華』の序文である。彼がみずからを新しい科学の錬金術師とみなしたかどうかはだれもわからないし、「科学」というこの言葉は、名前もないものの面前で人間を捉える大きな困惑を、その不明確さによって曝露《ばくろ》するものである。これはつねに言えることだが、『カリグラム』の中の戦争を歌いあげた詩と『一万一千本の鞭《むち》』を一致させようと願うような妥協を試みようなどとするものは、いつかは、勝手な見方によって、解釈やモラルの面でさまざまな異常な脇道に引き込まれるであろう。
アポリネールがその位置からしきりに逃げようとしていたこの世界を、あたうる限りの激しさで嫌悪するひとびとがいる。いまだに自分の頭を飾り立てているかつら[#「かつら」に傍点]を楽しみたいばかりに、ひとしずくの血にそっくりなレジオン・ドヌールをつけた豪勢なブルジョワどもを、腹の底から笑いとばすのすらやめてしまった連中もいる。アポリネールのような男たちが、自分の道を歩み続けながら、犠牲に供したイデオロギーの決定的な失格を準備するひとびとは、『一万一千本の鞭』のごとき本が、敵の戦列中にすら、調子外れと曖昧《あいまい》さをもたらすものだということを、余儀なく理解するだろう。この点から、これは大衆化してしかるべき作品である。わたしは、あまりよく理解されないのではないかという不安を抱く。ということは、わたしがこの本を「エロチック」な本、偽善のみがよく寄せ集めることができるたくさんのものと混同する種類の、俗悪な表現とは思っていない、ということなのである。勃起する[#「勃起する」に傍点]という言葉が出てくるたびに、正義と潔白さが警告をつげる。絵画の主題。ところがサドの哲学的な作品と、ピエール・ルイス(六)の、適切に言ってエロチックな書き物と、フランス文学にあるマスターベーション用の小話集などを、厚顔にも混同するものがあるだろうか? その分類に手を出したらどれほどかかるかわからない。こうしたすべてのことを、新しい視点から眺められることが、人間の独立にとっては不可欠である。下劣きわまる老人どもを勃起させることしか能のない マダム・ド・セギュール(七)などは禁止すべきだ。
『一万一千本の鞭』は好色本ではない、この本のいちばんの欠点といえば、まあそのくらいのことだろう。これは遊びであり、アポリネールという人間のおかげで、彼が手を染めたということが原因になって、この本が彼の詩集とはまったく関係が薄いというところから考えても、詩的なものすべてが、ここでは賛嘆すべきものになっている。例えば『ライン詩編』にこめられた一切のロマンチスムが、過ぎ去ってゆく景色《けしき》を眺《なが》めようと、糞《ふん》や血が足を止めている例の列車のシーンの背景をなしていようとも、これこそ、『アルコール』や『カリグラム』の詩編の生まれた原因について考えさせるものなのである。これこそアポリネールの器用さがすべて、心の平静を乱すある種の下劣さ――その最高の表現が絵はがきであるが――についての彼の認識が、真面目《まじめ》さとか、人生とかを踏台にして明るみに現われ出た、そういった本なのである。しかしもしかしたら、これこそユーモアがもっとも純粋なかたちで出たアポリネールの本かもしれない。
「この手紙は、彼がクロパトキン将軍の連隊で、外国人として、ロシア軍の中尉に任命されたことを、プリンス・ヴィベスクに知らせたものだった」
「プリンスとコルナブーは、おたがいにおかまを可愛がることによって、彼らの情熱を表明した」
こうした一節が真面目なものではない、という注意を、読者に喚起するのを許していただきたい。
*
マルキ・ド・サドについての ニコラ・レチフ(八)の憤激ぶりと、腹立ちまぎれに彼が書いたつまらない本を、ユーモアによって説明しようと試みようとしたところで無駄である。祖国についてアポリネールが書いたものにも同じことが言える。ひとびとは、ムッシュウ・ニコラが筆にしたいくつかの副詞についていつまでもきりもなく熟考する。例えば、「無邪気に」などという副詞がそれだが、こんな言葉を筆にすることによって、彼はみずからさまざまな錯乱の物語の事件の中に荒々しく飛び込んでしまう。アポリネールが得意の鼻をうごめかすのは、こうした種類の美徳ではない。その時代の事件なのである。からくりも同じである。いろいろな教会の中で、これから処女を犯そうとするお嬢さん方の傍で示したニコラの憐憫《れんびん》の情は、ジョコンダ盗難事件(九)で入牢中《じゆろうちゆう》に見せたギョームのヴェルレーヌばりの態度と、そしてまたそのおかげで、その時うまく身を護ることのできた、心臓に手を当てての律気《りちぎ》さに匹敵するものである。ひとびとは、『異端教祖株式会社』からとったその名前を、そのままドルムザンに残そうとして、「ドルムザン男爵」の書簡類を思い出すかも知れない。彼はこの事件では、まったくぴったりの役どころを正確に演じていた。人生にユーモアを見せる人間と、彼自身ユーモアによってできた人間とのあいだの相違、また冒険者と、ただ冒険に趣味をもつ人間との相違をこれ以上みごとに設定できるものはほかにはない。ひとびとはきっと、男爵がどうなるか知りたがるにちがいない。が、おそらく大したものにはなるまい。
ところで、世に言う彼の「みだらな」作品の中で、ギョーム・アポリネールは万人の言葉となる、あの言葉で語っただけでは充分ではない。たとえそれが、彼という男がただもうおそらくわれわれがちょっと首を振向くだけで事足りるかもしれない外界の、例の田舎者《いなかもの》にならないためだけに、ユーモラスなプロットを利用するためだったとしても、そうした言葉で語っただけでは充分とはいえないのだ。彼は、自分の国籍の正統さのうしろに、秘密の、実にさまざまな思想を巧妙に隠していたこの男は、そんなことを恥とは思っていなかった。こうした偽善とシニスムは、あちこちで光を放ち、そのおかげで彼のものであるヒューマンな面とか、この世紀の卑劣さの曝露者という面をべつに記憶する必要もないと言っていい。
アポリネールの同時代人の何人かの意見に従って、危なくこの本が作者の傑作だ、などと思い込みそうだったが、この点からみて、わたしは、事実、『一万一千本の鞭』よりも、『月曜日クリスチーヌ街』のような詩編を無限の高さに置くであろう。なかでも、ピカソの口からわたしはこうした気紛《きまぐ》れな言葉を聞いた。大多数の者が、結局はギョーム・アポリネールのもっとも美しい詩編として、『ラロン』からこの詩以後、みずから、特異な一種の高揚を見せる、『名誉の歌』をとる、という趣味を考えてみれば、こうした気紛れがたわいないものだということを認めることもできるだろう。
*
その後に残っているのは、さまざまな、気取った誤りから解放することである。ひとも言うように、社会に生きる男は自分の敵は知っているが、家庭については説明しかねるものである。いまわたしがこの口で語っているのは、アナーキーではない。これは演説家が客の耳目を集めようとする前口上とは反対のものである。わたし自身が少しも共犯関係にならないこの人生を飾り立てているものの権威を根こそぎに失墜させることは、ひとの軽蔑《けいべつ》を買う危険を冒さずには心を決めかねる仕事であり、この仕事をもはや芝居がかりと思わせないのは、ただにかかってわたし次第である。わたしとしては、ほとんどすべての知的な道程がだれかのイニシアチブによって道具立てされる時代を想像することは、ただの夢だなどとは思わない。してみれば、彼らの手を借りたいと思うひとはすべて、みずから目論む、望むべくもない、遠大な目的を思いとどまるだろう。それに彼らがいかに利己的な努力をしたところで、不可能という十字路へ連れ込まれてしまい、ここへ入ったらばもはや彼らには、明白な彼らの運命に従うより道は残されていないだろう。この文章は、文章が長いわりには、それほど曖昧ではない。だれも自分が脅迫された、などと思い込む必要はない。だれもこれに先立って書かれたものを笑う必要もない。だれも、最小の注意さえこれに払う必要もない。
[#地付き] ア ラ ゴ ン(一〇)
一九三〇年五月
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訳 注
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一 モーリス・バレス。一八六二〜一九二三。作家、政治家。三部作『野蛮人の目のもとで』『自由人』『ベレニスの園』で、スタンダールのエゴチスム的な「自我崇拝」を説き、フランス青年層に多くの共鳴者を生んだ。「ドレフュス事件」以後、反ドレフュス派の指導者となり、代議士となるや保守的な民族主義を鼓吹した。ここに引用されている当時のバレスは、カトリック擁護者、右翼的な政党人として活躍した頃のバレスであろう。
二 一九〇九年七月、アポリネールはビブリオテーク・デ・キュリユー社のブリフォー兄弟の依頼により、その「愛の巨匠」叢書の第一巻に『サド侯爵作品集』を編集し、序文を付して出版した。
三 バッフォー(ジョルジオ)。一六九四〜一七六八。イタリアの詩人で、ヴェニス方言で多くの淫蕩な詩を残す。
四 アポリネールは、この『悪の華』の序文を、一九一七年五月号の「ノール・スュド」に再録している。
五 ジャンヌ・デュヴァル。一八四二年頃、義父の監督から独立したボードレールは、小劇場で端役をつとめていた黒白混血の女優ジャンヌ・デュヴァルを知り、『悪の華』の多くの詩編のミューズとした。一方その後に知ったサロンの女王サバチエ夫人にも熱烈な崇拝を捧げ、前者は「黒いヴェヌス」、後者は「白いヴェヌス」と呼ばれて『悪の華』に多くの詩を提供している。
六 ピエール・ルイス。詩人、作家。一八七〇〜一九二五。二十四歳にして、サッフォの同時代女性のギリシア詩の翻訳と偽って、エロチックな詩集『ビリチスの歌』を発表してセンセーションを捲き起した。ほかに『アフロディド』『女と人形』『ポーゾール王の冒険』などの官能的な小説があるが、最近好色本『母と三人の娘たち』も出版された。
七 マダム・ド・セギュール。一七九九〜一八七四。モスクワ総督の娘でロシア人であるが、ルイ・フィリップ伯の孫、ウージェーヌ・ド・セギュールと結婚後、フランス語で多くの童話を書く。当時はサロンで大人用にも読まれたが、現代ではまったく子供用の小説として扱われている。
八 ニコラ・レチフ。レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ。一七三四〜一八〇六。作家。印刷工として自分の小説を印刷出版、放蕩無頼の生活を送り、その見聞をもとに二百巻以上の小説を書いた。作風、多作ぶりなどによりバルザックに比せられるが、自伝小説『ムッシュウ・ニコラ』のほか『堕落した百姓』『パリの夜』などが有名。同時代人としてボーマルシェと親交を結んだが、サドに対しては敵対的な姿勢をとり、サドの作に対抗して多くの好色小説の筆をとった。十九世紀以後、レチフの評価は落ち、わずかにG・ド・ネルヴァールのみが高く買った程度だったが、アポリネールはレチフの小説を愛読したと言われる。
九 一九一一年五月、アポリネールの秘書、ピエレがルーブルより古代の彫像を盗み、これを知ったアポリネールはパリ・ジュルナル社を通じて盗品をルーブルに返そうとしたが、かえってパリ・ジュルナルでこの事実を素破抜かれた。同年八月にルーブルでジョコンダ盗難事件があった折で、九月アポリネールは盗品隠匿罪と窃盗共犯として逮捕、ラ・サンテ監獄に投獄さる。九月に釈放、翌年一月に免訴になったが、この折、彼は詩編『ラ・サンテ監獄にて』を創作す。「ヴェルレーヌばりの態度」とは、ヴェルレーヌの獄中の詩編に表われた不安や苦悩などを指すものと思われる。
一〇 一九七〇年版では、署名はたんに***となっているが、オランダ版ではアラゴンの署名があるので、ここにアラゴンの名前を入れたことをお断りしておく。(解説参照)
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T
ブカレストは、東洋と西洋が渾然《こんぜん》一体となって混じり合ったように見える、美しい町である。ただ地理的な立場だけに気を留めれば、まだヨーロッパにいるような気がするが、ひとたび、まるで絵に画いた見本のような街路の中で見かける、この国のさまざまな風俗や、トルコ人、セルビア人、その他のマケドニアの諸民族の姿に信を置くとなれば、すでにアジアのうちにいるような気になる。けれども、ここはあくまでラテン民族の国である。この国を植民地としたローマの兵士たちは、おそらく四六時中ローマのほうに考えを向けていたにちがいない。ローマといえば、当時は世界に冠たる首都であり、優雅を誇るものすべての中心地だった。西洋に対するこうしたノスタルジーは、彼らの子々孫々にまで伝えられた。ルーマニア人たちは、奢侈贅沢《しやしぜいたく》が日常茶飯事のように当り前で、楽しい生活を送れる町をたえず念頭に置いている。ところがローマはそのはなばなしい栄華から凋落《ちようらく》して、町々の女王という地位を落ち、パリにその王冠を譲ってしまった。一種の隔世遺伝的な現象から、ルーマニア人たちの思考が、たえず、じつにみごとに世界の首長の座をローマと交代したパリの方向に向かったことは、まことに驚くべきことである!
ほかのルーマニア人と同じように、美貌《びぼう》のプリンス・ヴィベスクも、女性という女性がすべて美しく、また女性がこぞって尻《しり》の軽い光の都、パリに思いを馳《は》せていた。彼がまだブカレストの大学に籍を置いていた当時も、彼はひとりのパリジェンヌを思い描き、パリジェンヌという言葉を聞いただけで、じゅうぶん彼の男性が天を衝《つ》いて固くなり、いわん方なきしあわせな思いを噛《か》みしめながら、ゆっくりゆっくりとマスターベーションにふけったものだった。ずっと後になって、彼はその味の良いことえも言われぬほどのルーマニア女の多くのコン(女陰)や臀《しり》の中に精を洩らしたものだった。彼にとってそれは実に快適であったが、しかしそれだけにどうしてもパリジェンヌがひとり必要だったのである。
モニイ・ヴィベスクは大金持の家系の出身であった。彼の曾祖父というのが太守《オスポダール》だったが、これはさしずめ、フランスの郡長に相当するタイトルである。しかしこの顕職は彼の家系にその名を伝えて、モニイの祖父も父もそれぞれ太守のタイトルを名のっていた。モニイ・ヴィベスクも同様に、自分の祖先に敬意を表してこのタイトルを名のってしかるべきであった。
しかし彼はフランスの小説を相当に読んでいたので、郡長などは軽蔑すべきもの、ということを心得ていた。
「まったくのはなしが」と彼は言った。「祖先がそうだったからと言って、自分まで郡長などと呼ばせようなんて噴飯ものではないか? こいつはただグロテスクなだけだぞ!」
こうしたわけで、いくらかでもグロテスクでないようにと思い、彼は太守、すなわち郡長のタイトルをプリンスの称号に代えたのである。
「サテ、こんなところでどうだ」と彼は叫んだ。「ある称号は子から孫へ世襲して伝えることができる。なるほど太守というのは、行政上の役職にはちがいないが、行政機構の中で頭角を現わしたものが、ある称号を名のる権利を持つのは当然のはなしだ。わたしはみずから自分に爵位を授けよう。つまりは、わたしがご先祖さまになるわけだ。わたしの子供たちや孫どもは、わたしに感謝してくれるだろう」
プリンス・ヴィベスクはセルビアの副領事とひじょうに親密だった。副領事というのはバンディ・フォルノスキーだが、町の噂《うわさ》によれば、彼は喜んでチャーミングなモニイを男色のお相手にしている、ということだった。ある日のこと、プリンスは正装して、セルビアの副領事の邸のほうへ出かけた。街へ出ると、みんなが彼の姿を見つめて、女たちはこんなことを言いながら彼をじろじろと眺めるのだった。
「あの方って、まったくパリジャンみたいね!」
なるほど、プリンス・ヴィベスクは、パリジャンがブカレストの町を歩いたら、さぞかしこんな歩き方をすると思われるような歩きぶりをした。つまり、小きざみにこちょこちょと、そうかと言ってべつに急ぐでもなく、尻を振り振り歩くのである。まったくいかす[#「いかす」に傍点]姿だった! ある男が、ブカレストでこんな歩き方をしたら、たったひとりだって、女性は彼に抵抗できない、おそらく、総理大臣の奥方にしたってとうてい抵抗できなかっただろう。
セルビアの副領事の邸《やしき》の門前までくると、モニイは邸の正面に向かってながながと小便をし、それから呼鈴を鳴らした。白い、ギリシア風のスカートをはいたアルバニア人の下男が出てきて、彼のためにドアを開けてくれた。プリンス・ヴィベスクは大急ぎで二階へ上った。副領事のバンディ・フォルノスキーは、まっ裸でサロンにいた。肌ざわりのよいソファの上に身を横たえて、彼の男性はこちこちに勃起していた。かたわらには、褐色《かつしよく》の膚のモンテネグロ女のミラが控えていて、彼のホーデンをくすぐっていた。彼女も同じようにすっ裸だったが、ちょうど体をかがめていたので、美しい、みごとに丸々とした、褐色の、うぶ毛に被《おお》われた臀が高く持ち上った姿勢になり、そのおかげで皮膚がぴんと張りきって、キュッキュッと音でもたてそうだった。両方の円い丘のあいだに、グッと切れ込んだ、褐色の芝生の萌《も》えた筋が一条のびて、そこからまるでボンボンのように円い、禁断の祠《ほこら》がのぞいていた。その下に、逞《たくま》しい、長い二本の腿《もも》がすんなりとのびていたが、ちょうどミラが二本の腿を開けっ拡げなければならないような姿勢になっていたので、真黒な厚い草むらの影を作った脂ののったコンを眺めることができた。モニイが入ってきても、彼女は仕事をやめようとしなかった。サロンの別の一隅では、臀の大きな二人のきれいな女が、肉感的な「アア!」という声を洩らしながら、レズ遊びにふけっていた。モニイは急いで洋服を脱ぐと、みごとに硬直した一物を宙におっ立てて、二人の女を引き離そうとしながら、レスビエンヌたちにとびかかった。しかし彼の両手は、蛇がとぐろを巻くようにからみ合った二人の、湿ったすべすべした体の上で滑ってしまった。そこで、二人の女が口に泡を浮べて肉欲にふけっている姿を目のあたりにしながら、女たちを引き離すことができなかったのですっかり腹を立てた彼は、片手を開いて手近にあった白い大きな臀を、音をたててピシャリピシャリとひっぱたきはじめた。そのおかげで、この大きな臀を持った女がとても興奮したように見えたので、彼は力いっぱいたたきはじめた。あまりひどくたたいたために、苦痛のほうが欲望よりも強くなり、その美しい女は、白いきれいな臀をバラ色に染めて、怒りに燃えながら身を起すとこう言った。
「ごろつき、オカマのプリンスめ、あたしたちの邪魔をしないでよ、あたしたちはね、あんたのそのうすでっかいおちんちんなんか欲しくないのよ。ミラのところへ行って、その大麦糖をあげたらいいわ。あたしたちにはかまわないで、黙って楽しませてちょうだい。そうでしょ、ズルメ?」
「そうですとも! トネ」ともうひとりの娘が答えた。
プリンスはその巨大な道具を直立させたまま、叫んだ。
「なにを言うんだ、この下司な娘ども、もう一度お前たちのうしろをこの手で攻めてやるぞ、これからずーっとな!」
それから彼は、そのうちのひとりを捉えて、口にキスをしようとした。これがトネで、褐色の髪のきれいな娘だった。体は真白で、両方の尻に美しいほくろがあり、それが彼女の体の白さをいちだんときわだたせていた。顔もまた白皙《はくせき》で、左の頬にポツンとあるほくろが、この優雅な娘の表情をとても男心を唆《そそ》るように見せるのだった。彼女の胸は、まるで大理石のように固い、すばらしい二つのふくらみで飾られ、その周りは青く隈取《くまど》りされて、上にはバラの色の、軟らかいいちごがちょこりと乗っていた。右側のふくらみの上には蠅《はえ》のように、叩き殺された蠅のようについたほくろが、かわいらしいシミをつけていた。
モニイ・ヴィベスクは彼女を抱きかかえながら、まるで真夜中の太陽の下で育った、みごとなメロンのような大きな臀に両手を入れた。その臀は、それほど白く、はちきれんばかりだったのである。両方の円い丘はそれぞれ、一点|疵《きず》もないカララ産の大理石の石材から切りとったように見え、その下に伸びる両方の腿は、あたかもギリシア神殿の石柱のように丸かった。とはいえ、なんという違いだろうか! 腿のほうは生暖かかったが、その上の丘は冷たい、これこそまさに健康のしるしである。さきほどそこを打たれたので、両方の臀がほんの少しバラ色になっていたが、その様子といったら、まるで木いちごを混ぜたクリームでできているんじゃないか、と思われるくらいだった。この眺めに接して、哀れなヴィベスクは極度に興奮してしまった。彼の口は、トネの両方の固いミルク壺《つぼ》を代る代るに吸い、さらに喉《のど》や肩を吸って、そこここにキス・マークを残していった。彼の両手は、固い果肉をいっぱいに含んだ西瓜《すいか》のように大きな、しっかりした臀をがっちりと抑えていた。彼はこの堂々とした臀に触り、心を奪うように狭くきゅっと締まった尻を可愛がった。ますます固く直立した彼の大きなものは、漆黒《しつこく》に輝く毛皮で上を覆《おお》った、チャーミングなサンゴ色をしたコンに襲いかかった。彼女はルーマニア語で、彼に向かって叫んだ。
「ダメよ、あたしに手を出さないで!」
こう言うと同時に、彼女は丸い、むっちりしたきれいな腿を動かした。モニイの大きな一物は、すでにトネの湿った容器《いれもの》に触れて、先が赤くなり、カッカと燃えていた。彼女のほうはまだ身をもがいていたが、身をもがく身振りをするうちに、おならを一発放った。とは言ってもお品の悪いおならではなく、彼女を激しく、ヒステリックに笑わせるたぐいの、澄んだ音をたてるおならであった。彼女の抵抗が弱まり、両方の腿が開くと、モニイの見事な道具は容器の中にすでにその頭部を隠してしまった。するとそのとき、トネの友だちで、レズ遊びのパートナーのズルメがいきなりモニイのホーデンを乱暴に掴《つか》み、手の中でギュッと握りつぶした。彼はおそろしい苦痛を感じて、そのはずみに湯気を立てていた一物がその容器からとび出すような始末だった。これは彼のしなやかな体の下で、すでにその大きな尻を揺すりはじめていたトネにとっては大きな失望の種であった。
ズルメは、たっぷりした髪の毛がかかと[#「かかと」に傍点]まで届くほど長いブロンド女であった。彼女はトネよりも小柄だったが、その身のこなしのしなやかさといい、優雅さといい、いささかもトネにひけをとるところはなかった。彼女の両眼は黒く、縁《へり》には隈が見えていた。彼女がプリンスのホーデンを離すと、プリンスはこう言いながら彼女にとびかかった。
「それならいいぞ、トネの代りにお前に払ってもらおうじゃあないか」
そして美しいオッパイにかぶりつくと、その先をチュウチュウと吸いはじめた。ズルメは身をよじり始めた。モニイをバカにしてやろうとして、彼女は、みごとにウエーブのかかった、感じのよいブロンドのおひげ[#「おひげ」に傍点]が踊っている下腹部を揺すると、波のようにくねらせた。それと同時に、丸々として美しい|小高い丘《モツト》に裂け目を見せている魅力的なコンを高々と持ち上げた。このバラ色のコンのあいだにダイヤモンド・ポイントがぴくぴくと動いていたが、この代物《しろもの》は相当な長さで、彼女の女性同士のお楽しみの習慣を証明して余りあるものだった。プリンスは、この容器の中に入ろうといろいろ試みたが徒労だった。結局、両方の腿をつかんで、いままさに突入しようとしたところ、そのとき、みごとな一物によって精の一斉射撃を受けそうになりながら、その期待を外されてすっかりむくれたトネが、孔雀《くじやく》の羽根で青年の両方のかかと[#「かかと」に傍点]をくすぐり始めた。彼は身をよじって笑い出した。孔雀の羽根は相変らず彼をくすぐり続けた。羽根はかかと[#「かかと」に傍点]からだんだん上にあがって、両方の腿、腿のつけね、さらに一物までくすぐったので、さしもの強者《つわもの》も急にぐんなりとしてしまった。
トネとズルメの二人のあばずれ女は、自分たちの道化芝居がすっかり気に入ってしばらくのあいだ笑い痴《し》れていたが、そのうち顔を赤らめ、息を切らせて、再びレズ遊びにもどり、茫然《ぼうぜん》としてあっけにとられているプリンスを前にして、おたがいに抱き合ったり、愛撫しあったりし始めた。二人のうしろの丘陵は調子を合せてぐっと持ち上り、おひげ[#「おひげ」に傍点]は入り乱れて混じり合い、歯はたがいにぶつかり合ってカチカチと音をたて、固くしまって、動悸《どうき》を打つ、サテンのような肌ざわりの乳房も、たがいにもみくちゃになった。最後には、欲望のために体をくねらせ、呻《うめ》き声をあげながらたがいに体を濡《ぬ》らしてしまったが、その間に、プリンスのほうは再び元気を回復しはじめた。しかし相手の女が二人とも、レズ遊びですっかり疲れきったと見るや、プリンスは、相変らず副領事の一物をいじくり散らしているミラのほうを振り向いた。ヴィベスクはゆっくりと近寄ると、このきれいな娘の半ば口を開いた、湿った容器の中ヘ一物を沈めた。自分の体の中に、プリンスの体を感じるやいなや、彼女は臀部をグンと突き出して、一物をすっぽりとくるみ込んでしまった。それから彼女は途方もない運動を続けたが、そのあいだにプリンスは、一方の手で彼女のダイヤモンド・ポイントを可愛がってやり、もう一方の手では彼女のオッパイをくすぐってやった。
実にしまりのよいコンの中の運動は、ミラに激しい快感を与えたようにみえたが、それは彼女の口から洩れる肉感的な叫び声によっても、優に証明された。ヴィベスクの腹はミラの丘陵に突き当り、ミラの尻の冷たさがプリンスにとってまことに気持のよい感じを抱かせる原因《もと》となったが、これは相手の娘にとっても同様で、彼の腹の熱っぽさが彼女の快感の原因《もと》となったのである。やがて二人の運動はいっそう激しくなり、いちだんとせわしくなった。プリンスは息を切らせているミラに体を押しつけた。プリンスは彼女の肩にガブリと噛みつき、こうして彼女の体を支えてしまった。彼女が叫び声をあげた。
「アア! いいわ……そのままにして……もっと強く……もっと強くして……そうよ、そうよ、そのまま。ネエ、欲しいわ、あたしの中であなたのを出してちょうだい……すっかり、すっかりよ……そうよ、そうよ!」
こうしていっしょに昇天してしまうと、二人はぐったりとして、しばらく虚脱したようになってしまった。長椅子の上でからみ合っていたトネとズルメは、笑いながら二人を眺めていた。セルビアの副領事は、オリエント煙草《タバコ》の、細巻のシガレットに火をつけていた。モニイが再び身を起すと、副領事が彼に言った。
「さて、親愛なるプリンス、今度はわしの番だよ。わしはきみが来るのを待っていたんだよ、まあ、ミラにわしの一物をおもちゃにさせるのがせいぜいというところでな、けれども、きみのためにお楽しみはとってあるんだよ。さてきれいなわしのハートよ、愛すべきお稚児さんよ、来るがよい! きみをかわいがってやりたいんでな」
ヴィベスクはしばらく彼を眺め、それから副領事が自分の前につき出した一物に唾《つば》をひっかけて、こんな言葉を口にした。
「まったくのはなし、あんたとおかま遊びをするのはもうたくさんですよ、町中の噂の種ですからね」
しかし副領事は体の一部を硬直させたまま立ち上り、拳銃を手にとった。
彼が銃口をモニイのほうに向けると、モニイは体を震わせて、こんなことを口ごもりながら、副領事のほうにうしろを差し出した。
「バンディ、愛するバンディ、わたしがあなたを愛していることはご存知でしょう、どうぞ使って下さい、わたしの体を使って下さい」
バンディは微笑しながら、プリンスをうしろ抱きに抱きかかえた。そして態勢をととのえると、三人の女たちが見つめているあいだに、まるで悪魔につかれたように、こんな言葉を口走りながら、激しく動かした。
「すばらしいよ! いい気持だ、締めろ、わしの可愛いいお稚児さんよ、締めるんだ、いい気持だよ。きみの可愛いい尻を締めてくれ」
目をうつろに開いたまま、きゃしゃな肩の上に置いた手を震わせて、彼は精を放出した。続いてモニイが立ち上り、服を着ると、夕食後にまた来るから、と言い残して出ていった。しかし、家へ帰ると、彼は次のような手紙を書いた。
[#ここから1字下げ]
親愛なバンディ
わたしはもうあなたの男色相手になるのはごめんです。ブカレストの女性たちにももうあきあきしました。わたしの財産をここで浪費するのももうごめんこうむります。この財産があれば、わたしはパリでしあわせになれることと思います。二時間後には、わたしは出発します。パリで大いに豪遊できるよう祈ると同時に、あなたにお別れを申します。
モニイ・プリンス・ヴィベスク、世襲の太守
[#ここで字下げ終わり]
プリンスは手紙に封をして、もう一通の手紙を自分の公証人宛に書き、その中で自分の財産を処分して、住所を知らせたらすぐに、全財産をパリの自分のもとへ送って欲しい、と頼んでおいた。
モニイは五万フランにのぼる、手許にあった現金をそっくり持って、駅へ向かった。二通の手紙をポストに投函《とうかん》すると、彼はパリ行のオリエント特急の列車に乗った。
[#改ページ]
U
「マドモワゼル、あなたに気がついたとたんに、わたしは恋の虜《とりこ》になって、わたしの生殖器があなたのこの上ない美しさに向かって突っぱるような感じがしたんですよ。それに、アラック酒を一杯飲んだよりはるかに自分の体が熱くなる思いがするんです」
「どなたの家で? どなたのところでお会いしたかしら?」
「わたしは、自分の財産も愛情も、あなたの足許に投げ出しますよ。もしわたしがあなたをベッドにお連れしたら、続けて二十回も情熱を証明して見せられるんですがねえ。もしこれが嘘《うそ》だったら、一万一千人の処女の罰を受け、いや、一万一千本の鞭でたたかれてもかまいませんよ!」
「で、どうだとおっしゃるの?」
「わたしの気持に嘘いつわりはありません。わたしはどんな女性にもこんなことを話すわけじゃあないんです。道楽者じゃあありませんからね」
「いいお天気ですこと!」
この会話は、陽光のさんさんと輝く朝の、マルゼルブ通りで交わされたものだった。五月という月は森羅万象をよみがえらせ、パリの雀は緑をとり戻した木々の上で、ピイピイと愛の調《しらべ》を囀《さえず》っていた。プリンス・ヴィベスク・モニイは、優雅に服を着こなして、マドレーヌ寺院のほうに降りてゆくしなやかな体つきのきれいな娘に、こんな言葉を上品に語りかけていた。彼女の歩き方がとても早かったので、彼女に追いつくには骨が折れた。とつぜん、彼女は激しく振り返って、大きな声で笑いはじめた。
「あなたの口説《くぜつ》もまもなくおしまいですわ。あたし、いま時間がないのよ。デュフォ街のお友だちに会いに行くんだけれど、もしあなたが贅沢|三昧《ざんまい》な生活と愛情を求めていきり立っている二人の女性の相手をする覚悟をお持ちなら、つまり財産といい、あのほうの力といい申し分のない男性ならば、あたしといっしょにいらっしゃい」
彼は美しい体をピンと立てて、大声でこう言った。
「わたしはルーマニアのプリンスで、世襲の太守です」
「あたしは、キュルキュリーヌ・ダンコーヌ」と彼女が言った。「十九歳よ、今までにもう、色事でずば抜けた男の方十人ばかりのホーデンを空《から》にし、十五人ほどの百万長者の懐を空にしてやったわ」
取るに足りない話題や、心をワクワクさせるような四方山《よもやま》のはなしを楽し気に語らいながら、プリンスとキュルキュリーヌはデュフォ街に着いた。二人はエレベーターで二階まで上った。
「こちらはプリンス・モニイ・ヴィベスク……あたしのお友だちのアレクシーヌ・マンジュトゥよ」
日本のまくら絵の版画で飾り立てた、淫蕩《いんとう》な居間で、キュルキュリーヌはいとも厳かな調子で紹介した。
二人の女友だちは、舌を差し込んでキスを交した。彼女らは二人とも上背があったが、高すぎるというほどでもない。
キュルキュリーヌはいたずらっぽく輝く灰色の目をした、褐色の髪の主《ぬし》で、毛の生えたほくろがひとつ、左の頬の下のほうを飾っていた。肌の色はくすんでいて、皮膚の下には血がたぎっていたが、頬と額には軽くしわ[#「しわ」に傍点]が刻まれ、いかにもお金と愛情に関心が強い証《あか》しを見せていた。
アレクシーヌは、パリでしかお目にかかれない、灰の上から今引き出したような色のブロンドだった。明るい肉の色は、透きとおっているように見えた。このきれいな娘がピンク色の部屋着姿でいると、前世紀のみだらな侯爵夫人のようにデリケートな、またしたたかな感じがした。
やがて一同が打ちとけてくると、むかしルーマニア人の恋人があったというアレクシーヌが、寝室へ恋人の写真を探しに行った。プリンスとキュルキュリーヌは彼女の後を追った。二人はアレクシーヌに襲いかかって、キャッキャと笑いながら彼女を裸にむいてしまった。部屋着が肩からすべり落ち、白麻のシュミーズの下からポッチャリした、お尻に溝《みぞ》のできた、チャーミングな肉体がすけて見えた。
モニイとキュルキュリーヌは彼女をベッドの上に仰向けにして、彼女のバラ色の、大きな、固い、美しいふくらみを楽しみ始めたが、モニイはその先を吸った。キュルキュリーヌが身をかがめて、シュミーズをまくり上げると、髪の毛と同じように灰色がかったブロンドの草叢《くさむら》の下で合流している、二本の丸々した、太い腿がむき出しになった。アレクシーヌは、感にたえたような喜びの叫び声を小声で連発しながら、小さな足をベッドの上にのせたので、スリッパが脱げ落ちて、床の上で乾いた音をたてた。彼女は脚を大きく拡げて、キュルキュリーヌに可愛がってもらおうと尻を高く持ち上げたが、モニイの首にかけた両手は痙攣《けいれん》していた。
あまり時間はかからなかった。あっけなく効果が現われて、彼女のうしろの丘陵がキュッと締まり、動きがますます激しくなると、こんなことを言いながら、彼女は果ててしまった。
「このろくでなし、二人であたしをこんなに興奮させてしまったんだから、満足させてくれなければだめよ」
「このひとったら、二十回もやってみせるって約束したのよ!」とキュルキュリーヌが言って、自分も着ているものを脱ぎ捨てた。
プリンスも彼女にならった。二人は同時に裸になると、アレクシーヌが恍惚《こうこつ》となってベッドに横たわっているあいだに、それぞれ、相手の体に感心して見とれていた。キュルキュリーヌの大きな臀部《でんぶ》は、じつにスラリとした胴の下で優雅に揺れていたし、モニイのみごとなホーデンは、キュルキュリーヌがしっかりと掴んでいる一つ目の巨人の下で、ふくれ上っていた。
「この女《ひと》を相手にしてやってよ」と彼女が言った。
「あたしはあとでいいわ」
プリンスの体がアレクシーヌに近づくと、男のものが近づいた気配にコンはピクピクと震えた。
「あたし、死んじまうわ!」と彼女が叫んだ。
しかしプリンスの体は、ホーデンのところまで深々と探訪し、はげしく往復した。キュルキュリーヌはベッドに乗り、アレクシーヌの口の上に自分の草叢を押しつけ、一方モニイはキュルキュリーヌを舌でもてあそんだ。アレクシーヌは狂った女のように、尻を揺り動かした。彼女はモニイのうしろ[#「うしろ」に傍点]に手をやったが、彼のものはそんな愛撫を受けて、いっそう奮い立った。彼がアレクシーヌの腰の下に手をやると、彼女は、火のように熱くなったコンの中に、もうそこで身動きもとれぬほど巨大になったプリンスを締めつけながら、信じられないほどの力で体を震わせていた。
やがて、三人の体の動きが最高潮に達し、息もたえだえになった。アレクシーヌは三度も果ててしまった。さて次はキュルキュリーヌの番になった。アレクシーヌは、あたかも地獄の責苦を味わってでもいるような叫び声をあげ始めて、モニイが彼女の胎内に、ルーマニア産のミルクを放出したときには、蛇のように身をよじっていた。キュルキュリーヌはただちに体を離すと、流れ出すルーマニア・ミルクを飲もうとしたが、そのあいだにアレクシーヌのほうは、モニイの体の汚れをとりながら、もう一度彼を興奮させようとした。
一分後に、プリンスはキュルキュリーヌにとびかかったが、彼の体は入口のところにとどまったまま、真珠の核をくすぐっていた。彼は相手のいちごの実をひとつ、口にくわえていた。アレクシーヌは二人を愛撫していた。
「あたしの相手をして、もう我慢できないわ」とキュルキュリーヌが言った。
しかし一物は相変らず外にあった。彼女は二度も体液を放射し、もう絶望したように見えたが、そのときプリンスが、激しい勢いで突っ込んだ。すると、その刺激と喜びに気違いのようになった彼女が、口の中にかけら[#「かけら」に傍点]が残ってしまうくらい強く、モニイの耳に噛みついた。彼女は声を限りに叫び声をあげながら、そのかけらを飲み込み、そして大仰に尻を揺すった。この傷を受けて血がドクドクと流れ出すと、モニイの興奮はたかまったらしい。というのは、彼はいっそう激しく体を動かし、三回も放射してから、やっとキュルキュリーヌから身を離す始末だったからである。一方キュルキュリーヌはといえば、十回も果ててしまった。
二人の体が離れたとき、二人とも、アレクシーヌの姿が見えないのに気がついてびっくりしてしまった。彼女はまもなく、モニイの傷の手当て用の薬品類と、辻馬車《つじばしや》の御者のでっかい鞭《むち》を手にして戻ってきた。
「あたしね、五十フランでこの鞭を買ってきたのよ」と彼女が叫んだ。「都市馬車会社3269の御者からね、この鞭は、きっとこのルーマニア人のあれを、もう一度固くするのに役立つわよ。このひとには自分で耳の手当てをしてもらいましょうよ、キュルキュリーヌ、あたしたちは、お互いに興奮するように69をしましょうよ」
傷の血止めの手当てをしているあいだ、モニイは心を燃えたたせるようなこのスペクタクルを見物していた。キュルキュリーヌとアレクシーヌは、頭を鋤《すき》のように突っ込んで、夢中になっていた。白くむっちりしたアレクシーヌの大きな腰が、キュルキュリーヌの顔の上で左右に揺れていた。男の子のあれ[#「あれ」に傍点]ほどの長さの舌が、しっかりと這《は》い回り、唾とスペルムが入り混じって、濡れた草叢がはりついていた。そして、もしこれが愛欲の溜息《ためいき》でなければ、魂もはりさける声とも聞えかねない溜息が、二人の美しい娘の心地よい重みでカチカチ、ギシギシときしみ声をあげるベッドから聞えてくるのだった。
「サア、あたしのバックを使って!」とアレクシーヌが叫んだ。
ところがモニイのほうは、すっかり冷静さを失くしてしまって、もう勇躍これに応じようなどという気がなくなってしまった。アレクシーヌは身を起すと、辻馬車3269の鞭、えのき[#「えのき」に傍点]でできたすばらしい、ま新しい鞭を手にして振りかざし、モニイの背中といわず尻といわずピシャリピシャリと打ちはじめた。モニイはこの新しい苦痛に、血まみれになった耳のことなどすっかり忘れて、大声でわめき始めた。しかしヌード姿で、あたかも神がかりになったバッカスの巫女《みこ》に似たアレクシーヌは、いさいかまわず相変らず叩き続けた。
「あたしのも打ってちょうだい!」と彼女はキュルキュリーヌに叫んだ。すると彼女は、燃えるような眼付きで、大きな、左右に揺れ動くアレクシーヌの臀部を腕でピシャンピシャンとたたくのだった。間もなく、キュルキュリーヌまで興奮してしまった。
「あたしを叩いて、モニイ!」と彼女が哀願するように言った。
ひとを打つことなら慣れていてお手のもののモニイは、自分の体が血まみれなのに、リズムをとって開いたり閉じたりする褐色の美しい丘陵をたたき始めた。彼のエネルギーがみなぎり始めると、血はただ耳からだけではなく、酷《きび》しい鞭打ちで残った傷跡からも流れ出した。
その時、アレクシーヌが向こうむきになって、美しく赤らんだ尻を一つ目の巨人のほうに突き出した。一物はその中にすっぽりと入り、串刺《くしざ》しにされた女は尻と乳房を振りながら大声で叫んだ。しかしキュルキュリーヌが笑いながら二人を引き離した。二人の女は再び舌で楽しみ始めた。一方モニイは、全身血まみれになって、もう一度アレクシーヌのバックにホーデンまで突撃して、激しく揺すったので、相手は恐ろしいほどの喜びようだった。彼のホーデンは、まるでノートルダムの鐘のように揺れ動いて、キュルキュリーヌの鼻にぶっついた。その時、アレクシーヌの尻は、もう身動きもならないモニイの坊主頭のもとを、力いっぱいに締めつけた。こうして、彼はアレクシーヌ・マンジュトゥの貪欲《どんよく》なうしろの祠《ほこら》の中で、ミルクのような長々とした噴水を放射してしまった。
そのあいだに、街頭の、御者が鞭を持っていない辻馬車3269のまわりには、ヤジ馬がうようよたかっていた。
巡査が御者に向かって、鞭をいったいどうしたんだ、と訊《たず》ねた。
「あっしゃあね、デュフォ街のご婦人に売りましたんで」
「鞭を買い戻してくるんだ、でないとお前を違反行為でしょっぴいてやるぞ」
「行きまさあね」と、めったにお目にかかれないほどの精力家のノルマンジー人の御者は言った。そして管理人の女に訊ねてから、二階の呼鈴を鳴らした。
アレクシーヌはすっ裸のまま、ドアを開けに行った。御者はこの姿を見て目もくらむような思いだった。彼女が寝室へ駆け込んだので、彼女の後を追って走り、彼女の手をつかまえて、どれほど敬意を表しても余りある巨大な一物で、彼女のうしろを征服した。
やがて彼は、こんなことを叫びながら果ててしまった。
「このブレストのかみなり女郎《めろう》め、お女郎《じよろう》め、けちな淫売女め!」
アレクシーヌは彼を何度も尻で押し、彼といっしょに果ててしまったが、そのあいだ、モニイとキュルキュリーヌは体をよじって笑い続けていた。御者は、二人が自分をバカにしているものと思い込み、恐ろしい勢いで怒りはじめた。
「アア、こいつめ! 淫売女、ヒモ野郎め、やくざ女め、腐った野郎め、コレラめ、お前たちはオレ様をこけにしやがって! オレの鞭は、オレの鞭はどこにあるんだ?」
そして鞭があったと見るや、鞭をとってあらん限りの力をこめて、モニイ、アレクシーヌ、キュルキュリーヌを打ちすえたので、彼らのすっ裸の体はひと打ちごとにとび上り、血まみれの傷痕を残した。それから彼の一物は再び固くなり始めて、モニイの上にとびかかるや、うしろからことを始めた。
入口のドアは開けっ放しになっていた。御者が戻ってこないことがわかると、お巡りが二階へ上ってきて、ちょうどその瞬間に寝室へ入ってきた。彼がスタンダード版の並製品を取り出すには、それほど手間暇はかからなかった。彼がそれをキュルキュリーヌの尻に突っ込んだので、彼女は制服のボタンの冷たさを感じて、牝鶏のようなクックッという声をあげ、体を震わせた。
アレクシーヌは手持ちぶさたになって、巡査の脇腹のところで鞘《さや》に収まったままブラブラしていた白い警棒を手にとった。彼女はその警棒でみずから慰み、やがて五人の男女は恐ろしいほどの快楽にふけり始めたが、傷から流れ出た血は、絨毯《じゆうたん》や毛布や家具を染めていた。そのあいだに、見棄てられた3269の辻馬車の馬は、馬の繋留場へ連れ去られたが、道々ずっとおならをたれつづけで、胸をムカムカさせるような悪臭をふんぷんとふりまいていった。
[#改ページ]
V
辻馬車3269の御者と巡査がじつに奇妙なやり方で大詰を迎えた、あの一幕があった数日後のこと、プリンス・ヴィベスクはようやく例の感動からやっと平静をとり戻した。鞭で打たれた痕は癒着したが、彼はグランド・ホテルの部屋のソファにじだらくな様子で横になっていた。彼はみずから気力を奮い立たせるために、新聞の雑報欄に目を通していた。あるはなしが彼の情熱をあおり立てた。事件は恐るべきものだった。レストランの皿洗いが走り使いの少年の尻を焼いて、若者の尻から切れ落ちた焼けた肉の塊に食いつき、血だらけになって、まだホカホカの尻を犯したというのだ。コックの卵が大声をあげたので、近所のひとたちが駆けつけて、このサディストの皿洗いを取りおさえたという。このはなしは微に入り細をうがって紹介されていたが、プリンスは取り出した一物をゆっくりとみずから慰めながらこのはなしを味わっていた。
このとき、だれかがドアをノックした。ボンネットとエプロン姿がいかにもよく似合う愛想のよい、ピチピチした部屋付の女中が、プリンスに用事があって入ってきた。彼女は手に一通の手紙を持っていたが、モニイのしどけない姿を見て、顔にもみじを散らしたので、モニイはモゾモゾと半ズボンを引っぱり上げた。
「いやいや帰ってはいけない、きれいなブロンドのマドモワゼル、ちょっときみに話したいことがあるんでね」
と同時に、彼はドアを閉め、かわいいマリエットの胴をとらえて、むさぼるように彼女にキスをした。彼女もはじめのうちは、唇《くちびる》をキュッと結んで体をもがいたが、彼が抱きしめているうちに、まもなくすっかり諦《あきら》めはじめて、口を開いた。すかさずプリンスは舌をさし入れたが、すぐにマリエットに噛みつかれてしまった。彼女のこまめに動く舌は、モニイの舌の先をくすぐるのだった。
青年は、片手を彼女の胴に回し、もう一方の手でスカートを持ち上げた。彼女はズロースをはいていなかった。彼の手はすばやく丸々と肥った両腿のあいだに入ったが、もともと彼女は上背はあっても、痩形《やせがた》だったので、彼女がこんなグラマーだとはとうてい想像もつかなかったろう。彼女のコンはとても毛深かった。それにとても暖かかったが、マリエットがすっかり身を委せきって、腹を突き出すあいだに、彼の手は湿った祠にはいりこんだ。彼女の手はモニイのズボンの前を探っていたが、やっとのことでそのボタンを外すことに成功した。彼女は、部屋に入るときに垣間見《かいまみ》た、素晴しい彼の一物をようやくズボンから取り出した。二人はお互いにやさしく愛戯をし合った。彼はダイヤモンド・ポイントをつまみ、彼女は鈴口を拇指《おやゆび》で押えた。彼は彼女の脚を持ち上げ、両肩に乗せた。すると彼女が胸のホックを外したので、固く緊ったみごとな二つのいただきがとび出して、彼は燃えるような性器を彼女に差し込みながら、両方の山頂を代る代る吸いはじめた。やがて彼女が大声で叫びはじめた。
「いいわ、いいわ……あなたって、なんてお上手なんでしょう……」
そのとき、彼女はめちゃめちゃに尻を突き出し、そして彼には彼女がこんなことを言いながら果てるのがわかった。
「アア……いくわ……すっかり溶かして」
そのすぐ後で、彼女はとつぜん彼の性器を握りしめてこう言った。
「そこはもうそれでたくさん」
彼女は彼を引き出すと、もう少し下にある、白いピチピチした二つの尻っぺたの間の、一眼巨人《キユクロペス》の目のような、まん丸なべつの目玉にそれを押し込んだ。女性の体液がついて滑《なめ》らかになった一物は、いとも容易にスッポリと入ってしまったが、激しく尻を揺すると、プリンスはかわいい部屋付女中のメロンの中に、スペルムをいっぱいに放出してしまった。それから、瓶《びん》の栓を抜いたときのような、「ポン」という音をたてて一物がとび出ると、その先には少しばかりうんち[#「うんち」に傍点]の混じった体液がついていた。そのとき廊下で呼鈴の音が聞えたので、マリエットが言った。
「あたし、行って見てこなければいけないわ」
そして彼女はモニイにキスをして出て行ったが、彼は彼女の手に二ルイ握らせてやった。彼女が出てゆくとすぐに、彼は体を洗い、例の手紙の封を切った。手紙にはこんな文句が書いてあった。
[#ここから1字下げ]
「あたしのすばらしいルーマニアのお方
どうなさっていらっしゃるかしら? きっとお疲れもすっかりとれたことでしょうね。でも、あなたがあたしに、もし続けて二十回あれができなければ、一万一千の鞭であなたを打ってもかまわない、とおっしゃったことを覚えていらっしゃるかしら? あなたにとっては残念至極なことですけれど、あなたは二十回あれをなさいませんでしたわ。
このあいだは、デュフォ街のアレクシーヌの隠れ家にあなたをお迎えしましたわね。でも今では、あたしたちあなたとすっかりお知り合いになったんですもの、あたしの家へお訪ね下さってけっこうですわ。アレクシーヌの家ではとうてい無理でしたけれども。あのひとの家ときたら、あたしでさえも訪ねるのをはばかるくらいですわ。もともと隠れ家なんていうものを持っていたのも、そんなわけだったからですの。あのひとの彼氏の上院議員ときたらとても嫉妬《やきもち》やきなんです。あたしのほうならおかまいなくどうぞ。あたしのいい男《ひと》は探検家で、今ごろは、象牙《ぞうげ》海岸の黒人女たちを相手に、真珠の糸通しにでも精出している最中ですわ。プロニイ街二一四番地のあたしの家へいらしってね。あたしたち、四時にお待ちしておりますわ。
キュルキュリーヌ・ダンコーヌ」
[#ここで字下げ終わり]
この手紙を一読するとすぐに、プリンスは時間を見た。午前十一時だった。彼はマッサージ師を呼ぶために呼鈴を鳴らしたが、マッサージ師は彼の体を揉みほぐしただけでなく、手際よく彼をうしろから楽しませてくれた。そのおかげで、彼は意気|軒昂《けんこう》としてきた。風呂《ふろ》に入って、さっぱりと爽快《そうかい》な気分になり、呼鈴を鳴らして床屋を呼んだが、床屋はしごく美術的に彼のおかま[#「おかま」に傍点]を抜いてくれた。次に呼ばれたのは|足の指みがき《ペデイキユール》とマニキュアを専門とする男で、この男は彼の爪を磨いてから、彼のうしろから激しく突っ込んだ。そこでプリンスは、すっかり寛《くつろ》いだ気分になった。彼は大通りを下って、どっさり昼食をとると、辻馬車に乗ってプロニイ街までやってもらった。この家は小さな建物で、建物全部をキュルキュリーヌが使っていた。年とった女中が彼を案内した。この住居はなかなか高雅な趣味で家具を飾りつけてあった。
続いて彼は、銅作りの、低い、そして広々としたベッドのある寝室へ案内された。床は足音が響かないように獣の毛皮で覆われていた。プリンスは大急ぎで服を脱ぎ、心をとろかすような部屋着姿のアレクシーヌとキュルキュリーヌが部屋に入ってきたときには、すっ裸だった。彼女らは笑い出して、彼にキスをした。彼ははじめに腰を下ろし、二人の女をそれぞれ左右の脚に乗せたが、彼女らがきちんと服を着たまま、自分の腿に裸の尻がじかに感じられるように、二人のスカートをまくり上げた。次に彼は、二人の女が彼のあそこをくすぐっているあいだに、彼女らひとりひとりを指で慰めてやった。二人がじゅうぶんに刺激を受けたとわかると、彼は二人にこう言った。
「サア、これから勉強《レツスン》をしましょう」
彼は自分と向かい合った椅子に二人を坐らせて、ちょっと考えてから、こう言った。
「お嬢さん方、わたしが今感じたところでは、お二人ともどうやらズロースをはいておりませんな。恥ずかしい、と思わなければいけませんよ。サア、早く行ってはいていらっしゃい」
二人が戻ってくると、再び勉強が始まった。
「マドモワゼル・アレクシーヌ・マンジュトゥ、イタリアの王様は、なんというお方ですか?」
「あたしが一所懸命そんなことを考えているとお思いなら、とんでもないはなしよ!」とアレクシーヌが言った。
「サア、ベッドの上に乗りなさい」と先生が叫んだ。
彼は彼女をベッドの上にひざまずかせて、背を向けさせ、スカートをまくり上げると、白く輝くお尻の二つの球が姿を現わした。そこで彼は、その上を手のひらでピシャリピシャリとたたきはじめた。やがてそこが赤くなりだした。そのためにアレクシーヌはすっかり興奮して、丘陵がとてもきれいに照り映えてきたが、まもなくプリンスのほうももうとうてい我慢しきれなくなった。女の上体に両腕をまきつけ、部屋着の下からオッパイを握り、さらに片手をもっと下へずらせてみると、彼女のコンはもうすっかり濡れていた。
彼女の両手にしても、動かないでいたわけではない。両手でプリンスのものを握り、ソドムの狭い小径《こみち》にそれを持っていった。アレクシーヌは自分の臀部ができるだけ突きでるようにして体をかがめ、モニイの一物が楽に入れるようにした。
やがて鈴口が中に入り、残りの部分もあとに続いて、ホーデンが女の腿のつけ根に当った。退屈してうんざりしていたキュルキュリーヌも同じようにベッドの上にあがり、アレクシーヌのコンと戯れていたが、両側から祝福を受けたアレクシーヌは、感きわまって泣き出す始末だった。喜びに体を揺り動かし、まるで苦痛にのたうつように、体をくねらせていた。喉からは欲望のあえぎを吐き出していた。巨大な一物は彼女の尻の中でいっぱいになり、前後に動きながら粘膜にぶつかるのだったが、キュルキュリーヌの舌が一物と粘膜のあいだに入って両者をへだて、この暇つぶしのお楽しみが誘いの水になって流れ出た小便を受けとめていた。モニイの腹はアレクシーヌの丘陵に突き当り、やがてプリンスがグッと強く押し込むと、彼は女の首筋を噛みはじめた。アレクシーヌは、もうこんな喜びをとうてい我慢しきれなかった。彼女は、プリンスが相変らず体を合せたまま、彼女を攻め続けているうちに、とうとう今は舌の戯れをやめたキュルキュリーヌの顔の上でのびてしまった。さらに何回か運動すると、モニイは放出した。彼女はベッドの上にそのまま横たわっていたが、そのあいだにモニイは体を洗いに行き、キュルキュリーヌはおしっこをしようとして立ち上った。彼女はバケツを持って、その上に立つと、両脚を開いてスカートをめくり、たっぷりとおしっこをした。それから草叢に残っていた最後のしずくを吹き落そうとすると、しごく優しい、つつましやかな可愛いらしいおならが出たので、これを聞いたモニイは途方もなく興奮してしまった。
「わたしの手の上にうんこをしてくれ、手の中にうんこをしてくれ!」と彼が大声で言った。
彼女はニヤリと笑った。彼は彼女のうしろへ回り、一方彼女は彼女で腰をちょっと下げていきばり始めた。彼女は白麻の透きとおるようなかわいいズロースをはいていたが、そのズロースを透して太く美しい腿が見えた。黒いレース編みのストッキングが膝の上まで届き、太すぎもせず、また痩せすぎてもいない、較べものもないほどの輪郭の二本のみごとなふくらはぎの形が見えた。こんな格好をすると、ズロースの裂け目にみごとに縁どられたお尻が突っ張り出た。モニイはこの茶色がかったピンク色の生毛《うぶげ》におおわれたっぷりした血液のおかげでつやつやした臀部を、しげしげと見つめた。ちょっと突き出た脊柱の下のほうに目をやると、さらにその下から双曲線がはじまっていた。まずはじめは広く口をあけ、それからだんだんと狭くなり、臀部の厚味が増すにつれて奥深くなってゆく。こうして、とうとう褐色の、一面のひだのできた丸いソドムの洞まで目が映った。女が一所懸命にりきむと、そのためにはじめは通路が大きく拡がり、内部にある、滑らかなピンク色の皮膚が少しばかり顔をのぞかせた。「サア、うんこをするんだ!」とモニイが叫んだ。先のとがった、ごくわずかなかわいいうんこの先が現われたが、一度頭をのぞかせて、またすぐ元の古巣におさまってしまった。次に今度は、ゆっくりと、堂々と、ソーセージの余りをあとにしたがえて姿を現わしたが、このソーセージこそ、腸が今までに作り出した最高傑作ともいうべき産物であった。
軟らかいソーセージが、あたかも船のケーブルのように繰り出してきた。だんだんと間隔の開いてゆく美しい尻のあいだで、優雅にブランブランと宙に揺れていた。まもなくいちだんと大きく揺れて、尻はさらに大きくふくれ上り、ちょっと体を動かすと、うんこは、それを受けとめようとして伸ばしていたモニイの手の中に、ホカホカと暖かいまま、湯気をたててポツンと落ちた。そこで彼は大声で叫んだ。
「そのままにしていてくれ!」
そして体をかがめると、手の中でうんこを転がしながら、彼女の菊座を懸命になめはじめた。次に欲望を抑えきれずにうんこをつぶして、体中にそれを塗りつけた。アレクシーヌがすっ裸になっていたように、キュルキュリーヌも着ているものを脱ぎ捨てて、ブロンドの、透きとおるような大きな腰をモニイに見せつけた。
「この上にうんこをするんだ!」
モニイが床の上に横になりながら、アレクシーヌに向かって叫んだ。彼女は彼の上にしゃがみ込んだけれども、すっかりしゃがんだわけでもなかった。だから彼は、彼女の菊の花が展開してくれるこのスペクタクルを楽しむことができたのである。最初にいきばると、その結果、先刻モニイが中に放出したミルクが少しばかり出てきた。続いて、黄色い、柔らかいうんこが出てきて、彼女が笑いながら体を揺するので、モニイの体の両脇に落ち、やがてモニイの腹を、馥郁《ふくいく》と香りを上げるなめくじまがいの代物で飾り立ててしまった。
それと同時にアレクシーヌはおしっこを漏らしてしまい、熱い噴水がモニイの上に降りそそいで、彼の動物的精神を喚びさましてしまった。彼のくさびが頭をもたげ、いつもの大きさになるまでだんだんとふくらみ始めて、女の目が注《そそ》がれているうちに、まるで大きなすもも[#「すもも」に傍点]の実のように、先端が真赤になって張り切ってきた。女はそばに近寄ってきて、大きく拡げたコンの茂みのあいだに、せがれを突っ込んだ。モニイはこの見世物を楽しんでいた。アレクシーヌの臀部が下へ下りながら、食欲を唆るような肉の円味を、だんだんと伸ばしてきた。おいしそうな尻の円みが固くなり、左右の丘陵の間隔がだんだんと際立ってきた。尻がすっかり下へ降りるやいなや、せがれはすっぽりと呑み込まれて、臀部が再び上に持ち上り、上ったり下ったりの心地よい運動を始めたが、そのおかげでそのせがれのボリュームがものすごい大きさに変り、まことにえも言われぬ見物《みもの》であった。体中うんこまみれのモニイは、心ゆくまで楽しんでいた。しばらくすると、彼は女性の部分がぐっと締まったような感じがして、アレクシーヌが喉をしめられたような声で言った。
「ひどいひと、あたしいくわ……いいわ!」
そして彼女は体液を放出した。ところがこの一幕を目《ま》のあたりにしていたキュルキュリーヌは、串刺しになった串の上から荒々しく彼女を引っこ抜くと、自分まで同じようにうんこまみれになるのもものともせずに、モニイの上に襲いかかり、満足しきったような溜息を吐きながら、彼のくさびをコンの中に打ち込んだ。彼女はひと突きするごとに、「アアッ!」という声をあげながら、激しい勢いで動きはじめた。アレクシーヌのほうは宝物を取り上げられてすっかり口惜しがり、抽出《ひきだし》を開けると、革紐《かわひも》でできた鞭を取り出した。そしてキュルキュリーヌの尻をたたきはじめると、キュルキュリーヌの尻の動きはますます活発になってきた。アレクシーヌはこの光景を見て、強く、確実に鞭を振った。みごとな丘陵の上に、鞭が雨あられと打ちかかった。モニイが、頭をちょっと脇へ傾けると、ちょうど向かい合ったところにあった鏡に、キュルキュリーヌのしぐさがそのまま映って見えた。持ち上げると尻っぺたが半開きになり、一瞬花模様の穴が顔をのぞきかけ、下げるとまた姿を隠すのだが、すると美しくふくらんだ尻っぺたが、キュッと締まるのだった。下では、茂みに覆われ、いっぱいに口を拡げた洞が、巨大なせがれを呑み込んでいたが、腰を持ち上げているあいだは、せがれのほとんど全身の姿が現われた。アレクシーヌの鞭は、しばらくすると、今では欲望に震えている哀れな尻を完全に真赤に染めてしまった。やがて一打ちした鞭が、尻の上に血が滲み出るほどの傷痕を残した。鞭を振っている女も、鞭打たれている女も、二人ともまるでバッカスの巫女のような狂乱状態になり、両者とも劣らず快楽に堪能《たんのう》しきっているように見えた。とうとうモニイにまでも二人の狂乱状態がのりうつって、キュルキュリーヌの繻子《しゆす》のような背中に爪を立てて傷つける有様だった。アレクシーヌはキュルキュリーヌを打つのに都合がいいように、二人のそばに膝をついた。彼女のふくれ上った、鞭をひと振りするたびに揺れ動く臀部が、モニイの口のすぐ前のところにあった。
やがて舌が中へはいり込んだ。そして激しい欲望に援けられて、彼は彼女の右の尻に噛みつきはじめた。女が苦痛の叫び声をあげた。歯が喰い込んで、鮮やかな、真紅《しんく》の血が、モニイが体を押しつけている花形の穴に注いだ。彼はちょっと塩辛い、鉄分を含んだ味を味わいながら、血をすすった。そのとき、キュルキュリーヌの体の動きが不規則になった。ひきつった両眼には白目だけしか見えなかった。モニイの体中についていたうんこを口につけたまま、彼女は、呻《うめ》き声をあげて、モニイと同時に放出してしまった。アレクシーヌは喉を鳴らし、歯ぎしりしながら、疲れ果てた二人の上に倒れかかった。彼女のコンに口を当てていたモニイは、やっとのことで、彼女の体液を受けとめた。それから数回体を痙攣させると、はりつめた神経が弛《ゆる》んで、この三人《トリオ》は糞と、血と、体液の中に、伸びてしまった。こんなふうにして彼らは眠り込んでしまって、目をさました時には、寝室の柱時計が夜中の十二時を告げていた。
「体を動かさないで、なにか音が聞えたわ」とキュルキュリーヌが言った。「うちの女中じゃあないわ、女中ならもうすっかり慣れっこになっていて、あたしのことなんかかまわないから。きっと寝ているはずだわ」
モニイと二人の女の額に、冷汗が流れた。頭の上で髪の毛が逆立つ思いで、すっ裸の、糞まみれの体に戦慄《せんりつ》が走った。
「だれかがいるわよ!」とアレクシーヌがつけ加えた。
「だれかいるな!」とモニイも認めた。
そのときドアが開いて、夜の街からさし込んできたうす明りが、コートを着た二人の人影を浮びあがらせた。二人は襟を立てて、山高帽をかぶっていた。
とつぜん、最初の男が、手に持っていた懐中電灯をパッと照らした。明りが部屋中を照らしたが、強盗の目は、はじめは床に横になっている三人のグループに気がつかなかった。
「なんだかひでえ匂いがするぜ!」と最初の男が言った。
「それにしても、中へ入ってみようぜ。抽出の中にゃぜに[#「ぜに」に傍点]があるはずだからな!」と第二の男があとを引きとった。
そのとき、電灯のスイッチのほうへ体をひきずっていったキュルキュリーヌが、急に部屋をパッと照らし出した。
強盗どもはこの裸の群像を目のあたりにして、すっかり狼狽《ろうばい》してしまった。
「糞たあ幸先《さいさき》がいいぜ!」と第一の男が言った。「コルナブーの信仰だぜ、お前さんの趣味にピッタリだあな」
男は、両手が毛むくじゃらな、褐色の髪の大男だった。ぼうぼうに伸びた顎鬚《あごひげ》が、彼をいっそう嫌《いや》らしい姿にしていた。
「イヤハヤ大した冗談だぜ」と第二の男が言った。「オイラのほうは、糞と聞いたらごきげんだぜ、こいつはしあわせを運んでくるからな」
この男は蒼白《あおじろ》い、目っかちの宿なしで、火の消えたヅケモク[#「ヅケモク」に傍点]をもぐもぐとやっていた。
「オメエの言うとおりだあな、ラ・シャループ」とコルナブーが言った。「オイラはちょっと中をひと回りしてくるけれどな、オイラの見たところ、最初のしあわせというやつは、どうやらこのお嬢さんに一発お見舞いすることにありそうだぜ。けれど、まず手始めに、この青二才のことを考えようぜ」
こう言うと、強盗どもは恐怖におののいているモニイの上にとびかかり、彼に猿ぐつわを噛ませると、手と脚を縛ってしまった。それから、身をわななかせてはいるものの、少々興味を抱いてきた二人の女のほうを向いて、ラ・シャループがこんなことを言った。
「サテ、お前さんたちだ、姐《ねえ》ちゃんたちよ、お手柔らかにおねげえするぜ、でねえとプロスペル(シェークスピア『テンペスト』の作中人物で魔法に通じたミラノの公爵)のおやじさんに言いつけてやっからな」
この男はステッキを手にしていたが、このステッキをキュルキュリーヌに渡し、力いっぱいモニイを撲《なぐ》りつけろと言いつけた。それから彼女のうしろへ回ると、まるで小指みたいに貧弱な、だが長さだけはおそろしく長いせがれを引っぱり出した。キュルキュリーヌはそろそろ面白くなりだした。ラ・シャループはまず彼女の尻っぺたを撲りつけながら、こう言った。
「サアテ、ゆこうぜ! オイラのふくれ上った大《で》っけえせがれを、オメエは尺八を吹いて楽しむんだ、オイラのほうは、黄色い穴ッコを掘らしていただくからな」
彼は生毛の生えたこの広々した丘を触ったりいじったりしていたが、片手を彼女の前に回してダイヤモンドの感触を楽しみ、とつぜんに、痩身長躯《そうしんちようく》のせがれをグイッと突っ込んだ。キュルキュリーヌはモニイの体を撲りつけながら、尻を揺すりはじめた。ところがモニイのほうは身を護ることも、叫び声をあげることもできず、ステッキのひと振りを受けるごとに虫けらのように脚を動かした。ステッキはとうとう彼の体に真赤な傷痕を残し、その傷はまもなく紫色に変ってしまった。臀部の運動が激しくなるにつれて、キュルキュリーヌは興奮して、いっそう激しく撲りつけながら大声で叫んだ。
「ならず者、あんたのきたないすべた女を相手にしていると思うのよ……ラ・シャループ、あんたの揚子《もの》を元まであたしの中へ突っ込んでちょうだい」
モニイの体は、しばらくたつと血だらけになってしまった。
その間《かん》、コルナブーはアレクシーヌを引っ捉えて、彼女をベッドの上に放り上げた。彼はすでに固くなりはじめた彼女のふくらみを噛み出した。それからだんだんと体をずらせて、口いっぱいにコンを頬ばってしまい、一方、彼女の|前面の丘《モツト》の縮れたきれないブロンドの毛を引っ張った。再び立ち上ると、頭巾が紫色になった、太いがちんちくりんのせがれを引っぱり出した。アレクシーヌの向きを変えると、彼女のバラ色の大きな尻っぺたをひっぱたき始めた。ときどき、彼は相手の二つの丘のあいだの渓谷に手を差し込んだ。それからコンがちょうど右手の届く位置にくるようにして、左の腕に彼女の体を抱えた。左手で彼女のおひげを掴んだ……これが彼女にはとても痛かった。彼女は声をあげて泣きはじめ、コルナブーが腕を振って尻っぺたをひっぱたき始めるころになると、彼女は大きな唸《うな》り声をあげた。彼女のバラ色の太腿が激しく動き、強盗の太い脚が突き当るたびに臀が震えるのだった。とうとう彼女も身を護ろうとした。空いた小さな手で、彼女は相手のひげ面を弘っ掻きだした。ちょうど相手が彼女のコンのおひげを引っ張っているように、相手の顔の髭を引っ張った。
「こいつあいかすぜ!」とコルナブーが言って、彼女の向きをもう一度変えた。
このとき、彼女は、ラ・シャループがキュルキュリーヌのうしろから穴を掘り、キュルキュリーヌが、すでに全身血にまみれたモニイを打ちすえている光景を眼にした。これが彼女を刺激した。コルナブーの巨大な大黒柱が彼女のうしろにぶつかってきたが、突き損じて、右に左に、あるいは高すぎたり低すぎたりした。ようやく的を探し当てると、彼はアレクシーヌの生毛の生えたポッチャリした腰に両手をやって、力いっぱいその腰を自分のほうに引きつけた。なにしろ巨大なので、彼女の臀を引っ裂いてしまい、そのため彼女はひどい苦痛を感じたが、もし今しがた起った光景でこんなに興奮していなかったならば、彼女は大きな苦痛の叫び声をあげたにちがいない。うしろの的を射抜くとすぐに、コルナブーはまたそれを引き出して、べッドの上でアレクシーヌの向きを変え、彼女の腹の中に自分のお道具をグイッと突っ立てた。いかにも大きさが大きさなので、この器械が入るのにはたいへんな苦労をしたが、苦労が実るやいなや、アレクシーヌは強盗の腰に脚を十字に巻きつけて、彼が引っ張り出したくても、とうてい引っ張り出せないくらい強く、彼をしめつけた。尻の運動はめちゃくちゃに熱をおびてきた。コルナブーの手は彼女の胸をもてあそび、彼のおひげが彼女の体をくすぐって、彼女を刺激した。彼女は彼の長ズボンの中に片手を入れると、強盗のうしろの洞に指をやった。次に二人は、尻の運動を続けながら、まるで野獣のように相手の体に噛みつき始めた。二人は狂乱状態で放出した。ところがアレクシーヌの内部で締めつけられたコルナブーのせがれが、再び勃然《ぼつぜん》として固くなりだした。アレクシーヌはこの二度目の圧迫を、いっそうよく味わおうとして両眼をつぶった。コルナブーが三回達するあいだに、彼女のほうは十四回も昇天してしまった。意識をとり戻してみると、彼女は自分のあちこちが、血まみれになっているのに気がついた。コルナブーの巨大な大黒柱によって傷を受けたのだ。彼女は床の上で痙攣的に体をひっつらせているモニイに気がついた。
彼の体は全身これ傷という有様だった。
キュルキュリーヌは、目っかちのラ・シャループの言いつけで、彼の前にひざまずいて彼の笛を吹いていた。
「サア、立つんだ、淫売め!」とコルナブーが叫んだ。
アレクシーヌは彼に言われたとおりにしたが、彼が彼女の尻をひとつ蹴とばしたので、彼女はモニイの上に倒れてしまった。コルナブーは彼女が哀願するのもおかまいなく、その手脚を縛りつけて、猿ぐつわを噛ませると、見た目には痩せて見える彼女の美しい体をステッキで、打ちすえて、縞模様をつけ始めた。ステッキをひと打ちするたびに、臀部が震えたが、次に背中や腹や腿や胸に雨あられとステッキが浴びせられた。体を激しく動かし、手足をバタバタしているうちに、アレクシーヌの体が、まるで死体のそれのように固く突っ立っているモニイの大黒柱に触れた。偶然、女の腹がその大黒柱にひっかかり、そして中に突っ通った。
コルナブーは今までに倍してステッキを浴びせかけ、恐ろしいやり方で楽しんでいるモニイとアレクシーヌの上に、無差別にステッキをとばした。やがてブロンド娘のきれいなバラ色の肌も、縞模様をなして流れる血の下でもう見えなくなってしまった。モニイはすでに失神していたし、しばらく後には彼女も気を失った。とうとう腕に疲れを覚えたコルナブーが、キュルキュリーヌのほうを振り返ってみると、彼女は一所懸命に舌を使ってラ・シャループを楽しませようとしていたが、めっかちは放射することができなかった。
コルナブーが美しいブリュネット女に、太腿を開け、と命じた。そしてうしろから突きさそうとして、彼は大骨を折ってしまった。彼女は、これをりっぱに、ストイックに我慢して、吸っていたラ・シャループのせがれをそのまま放さなかった。コルナブーがようやくキュルキュリーヌを自分のものにするとすぐに、彼は彼女の右腕を持ち上げさせて、とても深々とした茂みをなしている、腋毛《わきげ》を少しずつ噛んだ。快感の頂点がやってきたが、その快感があまり激しかったので、キュルキュリーヌはラ・シャループの大黒柱に強く噛みつきながら、失神してしまった。彼は恐ろしい苦痛の叫び声をあげたが、先端はすでにちぎれていた。いま放射したばかりのコルナブーが、とつぜん、気を失って床にひっくり返っているキュルキュリーヌから彼の短剣を引き抜いた。意識を失ったラ・シャループは体中の血を流していた。
「あわれなやつだな、ラ・シャループよ」とコルナブーが言った。「オメエも一巻の終りだぜ、それならこのままくたばったほうが、気がきいてらあな」
それからナイフを抜くと、一物からたれている最後の数滴を、キュルキュリーヌの体の上にふるっているラ・シャループめがけて、致命的な一撃を加えた。ラ・シャループはうんともすんとも言わずに往生した。
コルナブーは注意深くズボンをはくと、抽出から有金全部あけて、衣類もちょうだいした。同様に、宝石類や時計類も盗った。それから、失神したまま床に横たわっているキュルキュリーヌを見て、こう考えた。
「ラ・シャループの仇を討たなきゃなるめえ」
そしてもう一度ナイフを抜いて、まだ気を失ったままのキュルキュリーヌの両方の尻っぺたのあいだに、恐ろしい一撃を加えた。コルナブーは臀のあいだに、ナイフをそのまま突っ立てておいた。柱時計が朝の三時を告げた。それから彼は、血と精液と名状し難いほど散らかった部屋の床に横たわった、四人の体を残したまま、闖入《ちんにゆう》してきたときと同じように出ていった。
通りへ出ると、彼はこんな歌を歌いながら、愉快そうにメニルモンタンのほうへ向かっていった。
おケツがケツの、匂いを嗅ぐのは当りめえ
オーデコロンの匂いじゃ とうてい釣り合いがとれやしめえ
さらにまたこんな歌も歌った。
屁《へ》をこけ
屁をこけ
おいらのかわいいこちゃん 火をつけろ 火をつけろ
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ごうごうたるスキャンダルがまき起った。新聞は一週間にわたって、この事件を報道した。キュルキュリーヌ、アレクシーヌ、それにプリンス・ヴィベスクは二ヵ月もベッドで安静にしなければならなかった。回復期に入ると、モニイはある晩、モンパルナス駅に近い一軒のバーに入った。ここではみんなブランデーを飲んでいたが、他の酒に無感覚になってしまった口腔にとっては、これこそまさにこよなき美酒である。
恥ずべき、下等なブランデーを味わいながら、プリンスは客たちの顔をジロジロと見つめていた。客のうちのひとりに、中央市場《レ・アール》の人足の服装をした髭《ひげ》もじゃの大男がいたが、粉にまみれたその大きな帽子は、今にもヒロイックな仕事をやりとげようとしている寓話中《ぐうわちゆう》の半神のようなおもかげを彼に与えていた。
プリンスは、これこそ例の強盗のコルナブーの感じのよい顔にちがいないと思った。とつぜん、その男が、万雷が一時に落ちるような声でブランデーを注文する声が聞えた。まさしくコルナブーの声だった。モニイは立ち上ると、手を拡げてその男のほうへ歩いていった。
「ヤア、コルナブー、きみはいま中央市場で働いているのかね?」
「あっしかね」とその人足がびっくりして言った。「どうしてあっしのことをご存知なんで?」
「プロニイ街の二一四番地できみに会ったのさ」とモニイがくだけた調子で言った。
「あっしじゃあねえやね」とコルナブーが、ひどく怖気《おじけ》づいて返辞をした。「あんたなんか知らねえな、あっしゃ、三年前から中央市場で人足をしてましてね、ちったあ知られた顔でさあ。あっしのことなんか、放っておいておくんなさいよ!」
「バカも休み休み言えよ」とモニイが言い返した。「コルナブー、お前はもうこっちのもんだぜ。お前を警察に引き渡すことだってできるからな。だけど、お前はわたしの気に入った、もしわたしについてきたいと言うなら、わたしの下男にしてやろう、あちらこちら、わたしといっしょについてくるんだな。わたしの楽しみに、お前も一枚加えてやろう。わたしに手を貸して、必要とあればわたしの身を護ってもらおう。それにもしわたしに忠実に仕えてくれれば、お前に財産を分けてやってもいい。すぐに返辞をしてもらおうか」
「あんたはなかなか好いおひとでさ、それに話し方のツボも心得ておいでだ。ようがす、ひとつあんたの子分になりましょう」
数日後のこと、下男に昇進したコルナブーがスーツ・ケース類のバンドを締めていた。プリンス・モニイが緊急にブカレストに呼ばれたのである。彼の親友のセルビアの副領事が先頃|逝《な》くなり、彼に全財産を残してくれたが、これがまた莫大なものだった。つまり、ここ数年来非常に産出量のいい錫《すず》鉱山であるが、産出額が直ちに減少するので、すぐそばでしっかり見張っていなければならない、という代物だった。すでに読者もご承知のように、プリンス・モニイは自分自身のためにお金を愛したのである。なるほど彼はできる限りの富を欲しいと思っていたが、ただ黄金のみがよく手にしうるあらゆる快楽を楽しむために富を欲したのである。彼は、彼の祖先のひとりが吐いたこんな名言を、たえず口にしていた。すなわち、『すべてが売られるもので、すべてが買われるものなり。価をつけるだけで充分である』
プリンス・モニイとコルナブーは、オリエント超特急の座席についていた。汽車の震動は、ただちにその効果を発揮しないではいなかった。モニイの持物はコサックのように勃々として固くなり、彼は情炎に燃える眼差《まなざし》をコルナブーに投げかけた。窓の外には、東部フランスのハッとするように美しい景色が、清潔で静かな壮麗なパノラマを繰り広げていた。一等の客室はほとんどガラガラに空いていた。金のかかった身なりをした、痛風病みの老人が、読もうとしている「ル・フィガロ」の上に涎《よだれ》をたらしながらブツブツと愚痴をこぼしていた。
ゆったりしたラグランのコートに身を包んだモニイは、コルナブーの手をとり、便利にできたこの服のポケットにあけてある隙間《すきま》からその手を通すと、自分のズボンの前にその手を持っていった。大男の下男は、自分の主人の望むところをよく理解した。彼の大きな手には毛が生えていたが、ポッテリしていて、思いもよらないほど軟らかかった。コルナブーの指が、プリンスのズボンのボタンをそっと外した。そして逆上しているせがれをつかんだが、せがれのそんな様子は、アルフォンス・アレ(十九世紀のユーモア作家)のこんな二行詩を、あらゆる点で証明してくれるものであった。
列車の震動は興奮を誘《いざな》い
腰髄にまで欲望を忍ばせる
ところが寝台車の乗務員が入ってきて、夕食の時間で、たくさんのお客さまが食堂車にみえております、と伝えた。
「こいつはグッド・アイデアだぞ」とモニイが言った。「コルナブー、まず夕食に行こうじゃないか!」
かつての人夫の手が、ラグラン・コートの割れ目から出た。二人とも食堂車のほうへ向かった。プリンスのせがれは相変らずいきり立って、ズボンをはいていないと同じように、服のおもてに出っぱりが突き出ていた。鉄路の響きと、皿類や、銀器や、ガラス器の触れ合うさまざまな音に揺られて、ときにとつぜんアポリナリス(鉱泉飲料の商品名)の瓶の栓を抜く、ポンという音に驚かされながらも、夕食は混乱もなく始まっていた。
テーブルへつくと、プリンスが食事をしているテーブルと向かい合った奥のほうに、ブロンドのかわいい女性が二人席をとっていた。二人の正面に坐ったコルナブーが、モニイにそのことを知らせた。プリンスが振り向いて見ると、二人のうちの粗末な衣装を着た娘が、あのグランド・ホテルのすばらしい部屋付女中のマリエットだということがわかった。彼はすぐに立ち上って、二人の女性のほうへ歩み寄った。彼はマリエットに挨拶《あいさつ》してから、きれいな、お化粧をしたもうひとりの女性に話しかけた。オキシフルで脱色した彼女の髪がじつにモダンな様子を与えて、モニイはすっかり魅惑されてしまった。
「マダム」と彼が彼女に言った。「わたしのこんなやり口をお許しください。こんな列車の中で、わたしたちの仲を取りもつきっかけをつくるのは、なかなか困難なことだと思いますので、わたしは自己紹介をいたします。わたしは世襲の太守、プリンス・モニイ・ヴィベスクです。こちらにみえるマドモワゼルは、つまりマリエットのことですが、彼女はおそらく、あなたにお仕えするためにグランド・ホテルの仕事をやめたのだと思いますが、わたしの彼女に対する感謝の気持の借りを、そのままわたしに残していってしまいました。そこで今日は、わたしはその借りを返済したいと思っております。わたしとしては、わたしの下男と彼女を結婚させて、二人のそれぞれに五万フランの持参金を持たせてやりたいのです」
「あたくしのほうには、まったく不都合はございませんわ」と相手の婦人が言った。「でもここになにかがございましてよ、この坊やもなかなか恰幅《かつぷく》が悪くないように見えますわ。この坊やのお相手はどなたがすればよろしいんですの?」
プリンスは器械を引っ込ませようとして顔を赤くしているのだが、モニイの大黒柱のほうは出口を見つけて、二つボタンのあいだから、赤い顔を出してしまっていた。相手の婦人が笑い出した。
「どなたにも見られないように、席をおとりになったのが幸運でしたわ……でもなんてかわいい子チャンでしょう……そこでご返辞していただけません、この恐ろしい器械はどなたのためにございますの?」
「失礼でございますが」とモニイが丁重に言った。「あなたのこの上もない美しさにこの器械で敬意を表しようと思いまして」
「いずれわかることでございますわ」とその婦人が言った。「あなたがご紹介なさいましたので、あたくしも同じように自己紹介させていただきますわ……エステル・ロマンジュでございます……」
「テアトル・フランセのあの大女優のですか?」とモニイが訊ねた。
婦人が頭をちょっと傾けて頷《うなず》いた。
モニイは有頂天になって叫んだ。
「エステル、あなたのことをわたしが知らないでどうしましょう。ずいぶん前から、わたしは熱烈なあなたのファンでした。あなたが恋人役を演じている姿を見ようと、いく夜重ねてテアトル・フランセに通ったことでしょう? そして興奮を鎮めるために、まさか公衆の面前でマスターベーションもならず、しかたなく鼻に指を突っ込んで、くっついていた鼻糞を掘り出し、食べちまったもんでしたよ! まったくすばらしい! まったくすばらしい!」
「マリエット、あんたのフィアンセといっしょにお食事していらっしゃい」とエステルが言った。「プリンス、サアどうぞ、ごいっしょにお夕食を」
二人が向かい合ってしんねこ[#「しんねこ」に傍点]になるやいなや、プリンスと女優はさもいとしげに顔を見合すのだった。
「どちらへいらっしゃるんです?」とモニイが訊ねた。
「ウィーンヘですの、皇帝の御前で公演するんですわ」
「で、それはモスクワからの勅令ですか?」
「モスクワからの勅令ですの、うんざりいたしますわね。あたくしね、クラルシー(ジュール。十九世紀の作家。コメディ=フランセーズの主幹となる)に辞職願をたたきつけてやりましたの……あたくしをみそっかす[#「みそっかす」に傍点]にしようというんですのよ……あたくしに端役を演《や》らせようとするんですの……あたくしが、ムーネ・シュリイ(十九〜二十世紀初頭の名優。古典派ロマン派演劇で不朽の名を残す)の新作のエオラカ役を演るというのに、だめだなんて申しますのよ……で、あたくし出て参りましたの……あたくしの才能を殺すことなんかできませんわ」
「なにかわたしのために朗読していただけませんか……なにか詩句でも」とモニイが頼んだ。
ボーイが料理の皿を代えるあいだに、彼女が朗読をはじめた。「旅への誘い」であった。ボードレールが、自分の恋の悲しみと激しいノスタルジーを、そこはかとなく歌い上げたこのすばらしい詩が朗々と流れるうちに、モニイは女優の可愛いらしい両足が、自分の脚に沿ってだんだんと上に昇ってくるのを感じた。その両足は、ラグランコートの下の、ズボンの前の外側へ出て、しおたれてぶら下っているモニイの一物にまで達した。ここへくると両足はピタリと止まり、足のあいだに一物を優しくはさみ、じつに巧みに前後運動を始めた。たちまちにしてコチコチになった青年の一物は、エステル・ロマンジュのデリケートな靴によってこよない楽しみを味わっていた。やがて彼が快感を感じはじめると、次のようなソンネを即興で作り、女優のためにこれを朗読したが、彼女の足は、最後の詩句が終るまで動きをやめなかった。
頌 詩
そなたの両手は 太腿《ふともも》のあわいに開く聖なる娼家《しようか》に
わがロバのごとくに逞《たくま》しき男性をいざなわん
アヴィナンの言葉に背きて われは告白す
そなたの喜ぶかぎり われそなたとともに愛を語らんと!
スイス・チーズの如き 白皙《はくせき》の乳房に当てしわが唇は
邪心を去りて つつましきキスマークを捧げん
掛樋《かけひ》に黄金《きん》を流す如く わが男性のシンボルより
そなたの女性のコンの中に わがスペルムを流し込まん
おお わが優しき娼婦よ! 汝《な》が尻こそ
あらゆる果肉の神秘な味にたち勝る
大地のつつましき円みには性の喜びなく
回《めぐ》り来る月の円みは 尻の如く円けれど無為に終らん
たとえそなたが覆《おお》おうとも 汝が眼差《まなざ》しからは
星より落つる あの小暗き輝きが流れ出ず
一物が興奮の頂天に達すると、エステルは両足を下ろしてこう言った。
「ネエ、プリンス、食堂車の中であれを放出したりしたらいけませんわ。だいいち、みなさんあたくしたちのことをなんと思うでしょう?……あなたのソンネにはどこか、コルネイユヘの賛辞のようなものがあったので、あたくし感謝にたえませんの。今まさにコメディ=フランセーズにおさらばしようとしてはいるものの、あの劇場に関係のあるものはすべて、やっぱり絶えずあたくしの関心の的になるんですもの」
「けれどねえ」とモニイが言った。「フランソワ=ジョゼフ(一八三〇〜一九一六 オーストリア皇帝)の御前公演をすましたら、あなたはいったい何をなさるおつもりですか?」
「あたくしの夢はね」とエステルが言った。
「音楽喫茶《カフエ・コンセール》のスターになることでしょうね」
「用心が肝腎ですよ!」とモニイが言葉をついだ。
「相手はなにしろ、スターと見たら蹴落そうというムッシュウ・クラルシーですからね、きりもなくあなたの悪口を言いますよ」
「そんなことご心配には及びませんわ。モニイ、ねんね[#「ねんね」に傍点]をする前にもう一度あたくしのために詩の朗読をしてくださらない」
「いいですとも」と言って、モニイは次のような微妙な意味の神話的な詩を即興で吟じた。
ヘラクレスとオンファーレ(ヘラクレスの妻)
オンファーレの
おいど
征服されて
ゆーるんだ
「感じはどうだい
オレの尖った
一物は?」
「ほんとに男性的だわ!
ワンワンが
あたしのあそこを引き裂くわ!……
なんていう夢でしょう?……
……あなたはいいの?」
|ヘラクレス《エルキユール》が
|ものにする《ランキユール》
ピラームとティスベ(バビロンの恋人たち。相思相愛だったが、ある日ティスベが獅子に追われる所を見て、恋人が死んだと思いこみ、ピラームは自刃、無事逃れたティスベも後を追って自殺する)
マダム
ティスベが
失神する
「アア、かわいい子チャン!」
体をかがめた
ピラームが
サテ行動開始
「アア、恋の女神チャン!」
美神のたまわく
「エエ、どうぞ!」
そして彼女は
歓喜の絶頂
恋しい男と
同じように
「うっとりするわ! お見事だわ! すばらしいわ! モニイ、あなたって全く最高の詩人だわ、ネエ、寝台車へ行って、あたくしを愛して、あたくしのほうは、もうその気充分よ」
モニイは勘定を払った。マリエットとコルナブーは悩ましげにたがいに顔を見合せていた。通路へ出て、モニイが寝台車の乗務員のポケットヘ五十フランそっと入れてやると、相手はこの二組のカップルを、同じ車室に案内してくれた。
「税関のほうはきみがうまくやってくれたまえ」とプリンスが制帽をかぶった乗務員に言った。「わたしたちは、申告するようなものは、なにも持っていないんでね。ただね、国境を通過する二分ほど前に、ドアをノックしてくれないかね」
車室に入ると、一同は四人|揃《そろ》ってすっ裸になった。最初に裸になったのはマリエットだった。モニイは彼女のこんな姿は一度も目にしたことはなかったが、丸ポチャな太腿や、はちきれそうなコンに影を落している森には見覚えがあった。彼女の両方のオッパイは、モニイやコルナブーの一物に負けず劣らずの張りきりようだった。
「コルナブー」とモニイが言った。「わたしのおかまを使ってくれ、そのあいだにわたしはこのかわいい子チャンに磨きをかけておくからな」
エステルが衣装を脱ぐにはずいぶんと手間どった。彼女が裸になった時には、モニイは、すでに感じを出しはじめて、大きな尻を揺すってはモニイの腹にペタンペタンとぶつけているマリエットに、うしろから差し込んだ。コルナブーはすでに、ちんちくりんだが太っちょの出っぱりを、モニイの大きくふくれた尻に当てていたが、するとモニイが大声でどなった。
「鉄道のバカ野郎め! これじゃ体の平均がとれないじゃないか!」
マリエットは牝鶏のようにクックッという声を洩らし、ブドウ畑の黒つぐみ[#「黒つぐみ」に傍点]さながらに体をよろよろと動かした。モニイは彼女の体に両腕を回し、オッパイを押しつぶした。彼は一目みて巧妙な美容師の手にかかったことがはっきりわかる、かたい髪をしたエステルの美しさにほれぼれと見とれていた。彼女こそ、文字どおりあらゆる意味からみて、モダンな女性であった。ベッコウの櫛《くし》でとめた波打つ髪の色は、いかにも見事に脱色してあった。体はじつにチャーミングな愛らしさをたたえていた。臀《しり》は太く、心を唆《そそ》り立てるように高く持ち上っていた。器用にお化粧をした顔は、贅《ぜい》をつくした娼婦のように刺激的な感じだった。両方の乳はいくらか下り気味だったが、またそれがいかにも彼女に似つかわしかった。乳房は可愛いらしく、小じんまりして、梨《なし》の実のような形をしていた。乳房にさわったりすると、柔らかく、絹のような感触がして、乳をとるための牝山羊《めやぎ》の乳房に触っているんじゃないかと思われるくらいだ。彼女が振り向いたりすると、乳房は、手の上でもてあそんでいる、玉になって丸まった白麻のハンカチのように、跳びはねるのだった。
|前の丘《モツト》の上には、絹糸のような、小じんまりした毛の束があるだけだった。彼女は寝台の上に昇ると、もんどり打って倒れながら、長い太い腿をマリエットの首に投げかけた。こんな具合になるとマリエットの口の前に女主人の草叢《くさむら》がくるので、尻っぺたのあいだに鼻を突っ込んで、むさぼるようにうしろを探り始めた。エステルはすでに小間使の火のように熱いコンの内部と、その中で懸命に運動を続けているモニイの太い柱を同時に吸っていた。コルナブーはこの上ないしあわせな気持で、この光景を楽しんでいた。彼のみごとな一物は、プリンスの体にかかりきりで、ゆっくりと往来していた。彼は二、三発みごとなおならをぶっ放したが、これが車室の空気の中に匂いを漂わせ、プリンスと二人の女の喜びをいやが上にもかき立てた。とつぜん、エステルが恐ろしい勢いで脚をバタバタ始めた。彼女の腰がマリエットの鼻っ先でダンスを始め、マリエットのクックッという声も、腰の回転も同様にいっそう激しくなった。エステルは、黒い絹で縁どられたルイ十五世風のハイヒールをはいた両足を右に左に投げ出した。こんなふうに脚を動かしているうちに、彼女はコルナブーの鼻に恐ろしい一撃をくらわせ、彼はこの一撃にびっくり仰天して、ドクドクとものすごい鼻血を出しはじめた。
「このあばずれめ!」とコルナブーがわめきたて、仇討とばかりに、モニイの尻に強く噛みついた。今度はモニイが憤然としてマリエットの肩を恐ろしく強くガブリとやったので、彼女は大声をあげながら放出した。その痛みがあまりに激しかったので、その結果、彼女は女主人の下腹部に歯を立ててしまった。すると、エステルはマリエットの首に回した太腿をヒステリックにキュッと締めつけた。
「苦しいわッ!」と、マリエットはこの言葉を口にするのもやっとだった。
ところがそんな声はだれも聞いていなかった。太腿はいちだんと強く締めつけられた。マリエットの顔は紫色になり、泡を吹いている口は、女優の下腹部に食いついたまま離れなかった。
モニイはわめきながら、すでに生気のないマリエットの中に放射した。コルナブーは目をむいて、だらけた声でこんなことを叫びながら、モニイのうしろで果てた。
「もしお前がはらまなかったら、お前は男じゃあねえぞ!」
四人の男女はグッタリしてしまった。寝台の上に横になって、歯ぎしりしながら、エステルは脚をバタバタやり、拳固であちこちを撲りつけていた。コルナブーは窓のカーテン越しに小便をしていた。モニイはマリエットから体を引き離そうとしていた。ところが、なんとも方法がなかった。小間使の体はもはや身動きもしなかった。
「わたしのアレを出してくれ」とモニイが彼女に言い、彼女を愛撫してから、彼女の尻っぺたをつまみ、噛みついてみたが、何の反応も起らなかった。
「こっちへきて、腿を拡げてくれ、この娘《こ》は失神しちまったぜ!」とモニイがコルナブーに言った。
おそろしいほどきつく締まったコンから、モニイがようやく開放されるまでにはたいへんな苦労が要った。次に一同はマリエットの意識をとり戻そうとしてみたが、何の効果もなかった。
「クソ! こいつはくたばっちまいましたぜ!」とコルナブーが言った。
まさにそのとおりで、マリエットは女主人の腿で首を絞められて死んでいた。とっくに死んでいたのだ。とうてい生き返らせることもできないように、死んでしまったのだった。
「えらいことだぞー」とモニイが言った。
「こいつはみんなこのあばずれ女が原因でさあ」とコルナブーが、ようやく落着きを取り戻したエステルを指で差しながら言った。
そしてエステルの旅行道具の中からヘアー・ブラシをとると、彼女の体を上から激しくたたき出した。一打ちするごとにブラシの絹が彼女の体にチクチク刺さった。こうして打ちすえているうちに、彼はひどく興奮してきたように見えた。
そのとき、ドアにノックの音がした。
「前からはなしてあった合図だぞ」とモニイが言った。「数秒後には、国境を通過するんだ。誓って言うが、半分フランスで、半分ドイツにかかったときに一発やらなければならん。死んだ女をものにしろ」
モニイは一物を勃然と怒らして、エステルの上にとびかかった。彼を迎え入れて彼女は叫んだ。
「もとまでね、そう!……そうよ!………」
彼女の体の運動にはなにか凶暴な感じがあった。口からはよだれが流れて、これが白粉《おしろい》と混じり合って、顎や胸にいやな匂いを漂わせながらダラダラと流れた。モニイは舌を彼女の口に押し込み、うしろにブラシの柄を突っ込んだ。この新奇な快感がきいて、彼女がモニイの舌に激しく噛みついたので、彼は舌を離させようとして、血がにじむほど彼女をつねらなければならなかった。
その間《かん》に、コルナブーは紫色になった、恐ろしい顔付をしているマリエットの死体をひっくり返した。彼は大骨を折ってやっと、ソドムの口に彼の巨大な一物を詰め込んだ。そこで彼は、彼の天性の残忍さに、自由な捌口《はけくち》を作ったわけである。彼の両手は、死んだ女のブロンドの髪を、一束また一束とむしり取っていた。彼の歯は北極のような雪白の背中を引き裂き、ほとばしる鮮血は、すぐに凝固して、雪の上に流れ出したような景観だった。
歓喜の絶頂に達する前に、彼はまだ生暖かい前の方に片手を差し込んで、片腕をいっぱいに突っ通してしまうと、不幸な小間使いの腸を引っ張り出し始めた。絶頂に達したときには、彼はすでに二メートルばかり内臓を引っ張り出して、あたかも救命帯の如くに自分の胴回りに巻きつけていた。
彼は食べた食事を吐きながら放射したが、これは列車の震動が原因であると同時に、彼が感きわまっていた興奮のためでもあった。そのすぐ前に昇天したモニイは、自分の下男が痛ましい死体の上に、へどを吐き出しながら激しくしゃっくりをしているのを、ただ茫然《ぼうぜん》として見つめていた。血まみれな髪と、腸と、血の中に吐瀉物が入り混じっていた。
「きたならしい豚め!」とプリンスが叫んだ。「わたしとの約束どおりに、結婚しなければならないこの死んだ娘をやっつけたその罪は、ヨシャパテの谷(聖書に現われた最後の審判の場)でお前に重くのしかかってくるぞ。わたしがこんなにお前を可愛がっていなければ、犬みたいに殺してやるところだ」
コルナブーは血まみれになって、最後のへどを口の中に押し戻した。彼は、目を大きく見開いたまま、恐ろし気にこの不潔なスペクタクルを見つめているエステルを指差した。
「みんなこの女《あま》っ子のおかげですぜ!」と彼が思いをぶちまけるように言った。
「そいつはちょっと酷じゃないか」とモニイが言った。「なにしろ、死体をやっつけるお前の趣味を満足させるチャンスを作ってくれたのは、この女《ひと》だからな」
そして、列車がちょうど鉄橋を渡ろうとしていたところだったので、プリンスはデッキのドアのところへ行き、緑なす豪華な眺めを繰り拡げ、横につづら折れに地平線まで流れてゆく、ライン河のロマンチックなパノラマを眺めていた。朝の四時だった。牝牛は牧場を横切り、子供たちはすでに、ドイツ風の菩提樹《ぼだいじゆ》のかげで踊っていた。死者を葬《とむら》うような、単調な横笛の音楽が、どこかにプロシアの連隊がいることを告げ、そのメロディが鉄橋を渡る鉄の音と、走り去る列車に伴う鈍い響きと悲しげに入り混じっていた。百年もたった古城から見晴せる両岸に、しあわせそうな村々が色をそえて、生命《いのち》の息吹《いぶ》きを与えていた。ライン地方のブドウ畑が、きちんと仕切った几帳面なモザイク模様を見渡す限り拡げていた。
モニイが振り向いてみると、エステルの顔の上に腰を下ろしている不吉なコルナブーの姿が見えた。巨人のような彼の臀が女優の顔を覆っていた。彼は大便をたれ、臭気ふんぷんたる軟らかい糞があちこちに落ちていた。
彼は大きなナイフを持っていて、鼓動している腹にそれを突き立てた。女優の体が断末魔のひきつけをした。
「待てッ、そのまま坐っていろ」とモニイが言った。
そして瀕死の女の上に横になると、息もたえだえなコンの中に、固く突っ立った一物を差し込んだ。彼は、惨殺された女の最後の痙攣《けいれん》をこうして楽しんだが、彼女の臨終の苦痛はおそろしいものだったにちがいない。彼は、腹からほとばしり出る熱い血の中に両腕を浸した。彼が放射したときには、女優はもう身動きもしなかった。彼女は硬直して、カッと見開いた目は糞まみれになっていた。
「サアテ」とコルナブーが言った。「とにかくずらからなくちゃいけませんぜ」
二人は体を洗い、服を着た。朝の六時だった。二人は昇降口のドアを跨《また》いで、全速力で走ってゆく列車のデッキに沿って、勇敢に体を横たえた。それからコルナブーの合図で、二人は線路の砂利の上にそって飛び降りた。しばらくボッとしていたが、べつにどこも痛いところもなく、すでに遠ざかりながら小さくなってゆく列車に、厳然とした身振りで敬礼した。
「まさにチャンスだったな!」とモニイが言った。
二人は最初の町にたどりつき、ここで二日ばかり休息して、再びブカレスト行きの列車に乗った。
オリエント超特急内の二重殺人事件は、半年ものあいだ新聞に話題を提供した。殺人犯はとうとう発見されずに、この犯罪は「腹裂きジャック」のせいにされてしまって、おかげで彼はごうごうの非難を浴びた。
ブカレストで、モニイはセルビアの副領事の遺産を受けとった。セルビアの植民地とさまざまなつながりができたので、彼はそのため、ある晩、オブレノヴィッチ王朝(一八一七〜四二、及び一八五八〜一九〇三、セルビアの専制王朝で、カラジョルジェヴィッチ家と抗争す)に敵対した罪で投獄されている大佐夫人の、ナターシャ・コロヴィッチの家で過すべく招待を受けた。
モニイとコルナブーは夜の八時頃に着いた。美貌《びぼう》のナターシャは、黒幕を張りめぐらし、黄色いロウソクで照らし出された、死者の脛骨《けいこつ》とされこうべで装飾した客間にいた。
「プリンス・ヴィベスク」と貴婦人が言った。
「あなたはこれから、セルビアの反王朝委員会の秘密集会に立ち会われるのです。おそらく今夜は、卑劣なアレクサンドル(一八七六〜一九〇三。セルビア王、技師の寡婦、ドラガと結婚、両者ともに暗殺され、王位はカラジョルジェヴィッチ家に移る)と、娼婦のような彼の妻、ドラガ・マシーヌの死が票決されるにちがいありません。これはピエール・カラジョルジェヴィッチ王を、彼の祖先の王座に返り咲いていただく問題なのです。もしあなたが見聞されたことを洩らしたりなさいますと、目に見えぬ手があなたを殺すでしょう、たとえあなたがどこへ行っても」
モニイとコルナブーは身をかがめて礼をした。陰謀家たちがひとりまたひとりと到着した。パリのジャーナリスト、アンドレ・バールがこの陰謀の首謀者だった。彼は陰惨な様子で、スペイン風のケープに身をくるんで到着した。
奇妙なカップルが案内されてきた。燕尾服《えんびふく》を着て、両脇に帽子をかかえ、どうみても八歳以上にはなっていない輝くばかりの美少女を連れた、十歳ほどの少年である。彼女は花嫁衣装を着て、白いサテンの服はオレンジの木の花束で飾られていた。
司祭が一席演説をぶち、結婚指環が交換されて二人を結婚させた。次に二人は姦淫《かんいん》の罪を犯すべし、という誓いを立てさせられた。少年は小指に似たオチンチンを引っ張り出した。花嫁のほうは、ひだ飾りのついたスカートをめくりあげて、白く可愛いい腿を出して見せた。その上のほうにまだ下草も生えていない小さな裂け目が口を開けていた。それはいま生まれたばかりのかけす[#「かけす」に傍点]の、開いた嘴《くちばし》の内部のようなピンク色をしていた。宗教的な静寂が会衆の上に流れた。少年は少女を犯そうとして一生懸命に努力してみた。どうしても彼にはうまくゆかないので、一同は少年の半ズボンを脱がせ、少年を興奮させようとして、モニイは優しく尻をひっぱたき、そのあいだにナターシャのほうは、少年のかわいらしいお道具を軽くくすぐってやった。少年のオチンチンもようやく固くなりだして、こうして少女の水上げをすることができた。十分ばかりのあいだ、二人の懸命の努力が終るとすぐに、一同は二人を分けた。コルナブーは少年を捉えると、彼の力強い短剣《もの》を使って、少年の尻からグサリと突き立てた。モニイはこの少女に対する欲望に逆らいきれなかった。彼女をつかまえると彼女の腿の上に馬乗りになり、思いをとげた。二人の子供は恐ろしい叫び声をあげて、モニイとコルナブーの一物のまわりに血がドクドクと流れた。
次いで一同は、少女をナターシャの上にのせ、いまミサを終ったばかりの司祭が少女のスカートを高々とまくり、こじんまりした白い、チャーミングな臀をたたきはじめた。その時、ナターシャが再び立ち上って、肱掛椅子《ひじかけいす》に坐っているアンドレ・バールの頭を抱え込み、陰謀の首魁《しゆかい》の巨大な一物を自分の体の中に押し込んだ。二人はイギリス人流に言う、力強いセント=ジョージ法を始めたのである。
少年はコルナブーの前にひざまずいて、熱い涙を流して泣き叫びながら彼の槍《もの》を含んだ。モニイは、まるでいま首を絞められようとする鬼のように、手足をバタバタさせている少女を犯した。他の陰謀加担者たちも、恐ろしい顔付でたがいに犯し合っていた。それからナターシャが立ち上り、振り向きざま、臀を陰謀者一同に突き出し、彼らは順番にやってきてそれをものにするのだった。そのとき、聖母《マドンナ》のような顔付をした乳母が連れ込まれたが、その巨大なオッパイは気前よく湧きでる乳でいっぱいにふくれ上っていた。彼女は四つん這《ば》いにさせられて、司祭は牝牛を相手にしているように、乳母の乳をミサ用の聖器の中にしぼりとった。モニイはたたけばピシャンと音がでるくらい張りきった、輝くように白い臀をもったこの乳母を犯した。一同は聖杯がいっぱいになるように、少女にオシッコをさせた。そこで陰謀者たちは、聖パンとブドウ酒の代わりに乳とオシッコを捧げてミサをあげた。
次に脛骨をつかむと、一同はアレクサンドル・オブレノヴィッチとその妻、ドラガ・マシーヌの死を神にかけて誓った。
その夜の行事は破廉恥きわまるやり方で大詰を迎えた。いちばん若いものでも七十四歳という老婆たちが準備されて、陰謀者たちはあらゆるやり方で老婆たちを犯した。モニイとコルナブーは、朝の三時頃になるとすっかり食欲をなくして引き上げてきた。家へ戻ると、プリンスは裸になって、その美しい臀を残忍なコルナブーのほうに突き出し、コルナブーはそのまま続けて何回も主人のうしろを犯した。二人はこの日課になっている行事を、「差し込みたのしみ」という名で呼んでいた。
しばらくのあいだ、モニイはブカレストで例の単調な日々を過していた。セルビア王とその妃はベルグラードで暗殺された。彼らの暗殺は歴史に属する事件で、すでに種々雑多な批判が下されている。ついで日本とロシアとのあいだに戦争が勃発した。
ある朝のこと、プリンス・モニイ・ヴィベスクはベルベデールのアポロン(バチカンにある前四世紀頃の彫像)のような、みごとな全裸の姿で、コルナブーを相手に69を楽しんでいた。二人とも尊敬すべき大麦糖《あめんぼ》をむさぼるように吸っていたし、淫《みだ》らな楽しみを味わいながら、艶出しの棒の重さを衡《はか》っていた、といってこの艶出し棒は、べつに写真の艶出しローラーとはなんの関係もないが。二人は同時に昇天したが、ちょうどそこへじつに几帳面なイギリス人の下男が入ってきて、真紅の盆にのせた一通の手紙を差し出したとき、プリンスは口の中じゅうスペルムでいっぱいだった。
その手紙は、プリンス・ヴィベスクに、彼が外国人という名目で、クロパトキン将軍|麾下《きか》の陸軍中尉に任命された、ということを伝えたものだった。
プリンスとコルナブーは、お互いに愛し合うことによって、自分たちの熱狂ぶりを表明した。続いて二人は、身仕度を整えて、彼らの軍隊に合流する前にひとまず、サン・ペテルスブルグヘ出かけた。
「戦争ときたら、こちとらはご機嫌だね」とコルナブーが言った。「日本人どもの臀ときたら、きっと味は満足ですぜ」
「日本ムスメのコンときたら、まちがいなく具合がいいぞ」と、口髭をひねりながらプリンスがつけ加えた。
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ココドリヨフ将軍閣下は、ちょうどそのとき面会謝絶だった。ちょうど彼は、うす切りのパンに半熟卵を浸していたところだった。
「しかし」とモニイが門番に答えた。「わたしは将軍の副官なんだぞ。どうもお前たち、ペテルスブルグ人というのは奇妙なやつらだ、たえずひとを見たら泥棒と思えといったあんばいだからな……わたしの制服を見てみろ! わたしはサン・ペテルスブルグヘ呼び寄せられたんだぞ、わたしの見たところ、これは門番にピシャリとはねつけられるのを我慢すべし、という目的ではないと思うが、どうだい?」
「身分証明書を見せていただきます!」と、大男のタタール人の|地獄の門番《ケルベロス》が言った。
「ホラ、これがそうだ!」と、プリンスは門番の鼻っ先に拳銃をつきつけたので、相手は恐れ入って身をかがめると敬礼して、士官を通した。
モニイは拍車をガチャガチャいわせながら、ココドリヨフ将軍の邸《やしき》の二階へ大急ぎで上った。この将軍に同行して、彼は極東へ出発するはずになっていた。邸にはまったく人気《ひとけ》がなく、ほんの昨夜、ツアーの宮殿で将軍と会っていたモニイは、この応接ぶりにびっくりしてしまった。なにしろ彼と待ち合わせると指定したのは将軍のほうで、今は約束どおりの正確な時間だったのである。
モニイはひとつのドアを開けて、人っ子ひとり見えない、うす暗い広いサロンへ入り、こんなことを呟《つぶや》きながら横切った。
「なんだか具合が悪そうだが、どうやら橋を半分渡っちまったらしい、今さら引き返しもなるまい。とにかくもう少し調べてみるとするか」
もうひとつ新しいドアを開けると、ドアは彼の背後でひとりでに閉まった。前の部屋よりも、さらにいちだんと真暗な部屋だった。
女の甘い声がフランス語で言った。
「フェドール、あなたね?」
「そうともお前、ぼくだよ!」とモニイは、低いがしっかりした声で言ったが、その実、心臓ははり裂けんばかりに高鳴っていた。
声が聞えたほうに急ぎ足に進むと、ベッドを見つけた。ひとりの女が、その上に正装をしたまま横になっていた。彼女は情熱をこめてモニイを抱きしめ、彼の口の中に舌をすべり込ませた。モニイは愛撫で相手に答えた。彼は女のスカートをまくり上げた。彼女の両脚は、なにも着けない裸のままで、くまつづら[#「くまつづら」に傍点]のすばらしい香水が、「|女 の 体 臭《オドウール・デイ・フエミナ》」に混じって、サテンのような肌触りの皮膚から立ち昇ってきた。彼が手を触れてみると、コンはしっとりしていた。彼女が囁《ささや》いた。
「ネエ、しましょうよ……もう我慢できないわ……意地悪ね、お顔を見せなくなってからこれでもう一週間よ」
ところが、モニイは返辞をする代りに、すっかり武装の整った威嚇《いかく》するように威勢のいいせがれをとり出して、見知らぬ女に、たけり狂った短剣《もの》を押し込んだ。と、直ちに相手はこう言いながら尻を揺すった。
「しっかり収めて……あなたって、ステキだわ……」
それと同時に彼女は、手を、祝福しながら歓迎した短剣の下のほうに持ってゆき、例の二つの小球を触りはじめた。この小球というやつは、体外付属品の役割をしていて、「お下《しも》の頭」と呼ばれているが、これは一般に言われているように、なにもちんちんかもかも[#「ちんちんかもかも」に傍点]の遂行の証人となっているから、というわけでもない。むしろ、つまり頭があらゆる精神作用の本拠となっている脳髄を含んでいると同様に、「お下の頭」が、吸玉、あるいは小知識から放射する脳髄状の物質を隠している小さい頭、という意味でこう呼ばれるのである。
見知らぬ女の手がモニイの「お下の頭」に注意深く触れた。とつぜん彼女は叫び声をあげると、身体をグンと持ち上げて、彼の発射管を外してしまった。
「うそをおつきになったのね、ムッシュウ」と彼女が大声で言った。「あたしのいいひとには、これが三つあるのよ」
彼女はベッドから跳び降りて、電灯のスイッチをひねると、パッと明りがついた。
部屋にはいたって簡素な家具しかなかった。ベッドひとつ、数脚の椅子、テーブルひとつ、化粧台にストーブ。何枚かの写真がテーブルの上にあって、その一枚には、プレオブラジェンスキイの連隊の制服をまとった、獰猛《どうもう》そうな顔付をしたひとりの士官が写っていた。
見知らぬ女は大柄だった。栗色の美しい髪は、ちょっと乱れ気味だった。前をはだけた胴着から、レースの巣の中で安らかに休息している青い縞の入った真白な乳房でいっぱいに張り切った胸が、のぞいていた。スカートはいかにも貞淑そうに長く下げてあった。突っ立ったまま、怒りと茫然自失の形相で、彼女は、せがれを宙にオッ立てて、両腕をサーベルの柄のところで組んだままベッドに坐っているモニイの前に立った。
「ムッシュウ」と若い女が言った。「あなたの失礼ななさり方は、あなたが仕えている国にふさわしいやり方です。フランス人だったら、あなたのように、こんな降って湧いたような思いがけない立場を利用しようなんていうお下劣な考えは、けっして起さなかったはずですわ。サア、出ていってください、あたくしが命令いたします」
「マダムかマドモアゼルか存じませんが」とモニイが答えた。「わたしはルーマニアのプリンスで、ココドリヨフ公の司令部付の新任士官なのです。つい最近サン・ペテルスブルグヘ着いたばかりで、この町の風習というものを存じません。わたしの上官とお会いするよう打ち合せがしてあったのですが、門番のやつを拳銃で脅しつけてようやくここへ入れたような始末ですから、いかにもヴァギーナの中に男性のものを感じる必要があるようにお見受けする女性を見て、それを満足させないでいるなんて、そんなバカげたことをしなければならないとおっしゃるんですか」
「いずれにしてもせめて」と見知らぬ女は、拍子をとって動いている男根を見つめながら言った。「あなたがフェドールでないと、おっしゃるべきでしたわ。サア、お帰りになって」
「ヤレヤレ!」とモニイが叫んだ。「あなただってパリジェンヌでしょ、だったら貞女面をして喜ぶおすまし屋じゃあないはずですがね……アーア! だれかわたしのところへ、アレクシーヌ・マンジュトゥと、キュルキュリーヌ・ダンコーヌをよこしてくれないかな」
「キュルキュリーヌ・ダンコーヌですって!」と若い女が感嘆したように叫んだ。「キュルキュリーヌをご存知なの? あたし、妹なのよ、エレーヌ・ヴェルディエですわ。ヴェルディエっていうのは、あのひとにとっても本名なのよ、あたし、将軍のお嬢さんの家庭教師なの。あたしには、恋人のフェドールがいるの。あのひと、士官なのよ。それにホーデンが三つあるの」
そのとき、街のほうから騒々しい物音が聞えた。エレーヌが見に行ったので、モニイは彼女のうしろから眺めた。プレオブラジェンスキイの連隊が通るところだった。音楽が古い曲を奏《かな》で、それに合せて兵隊たちが悲しそうに歌っていた。
エーイ クソッ! おめえのおふくろくたばっちめえ!
哀れなどん百姓は戦争行きだ
おめえのかあちゃん 牛小屋の牡牛に
グサリと一突きお見舞いされらあ
おめえはおめえでシベリアの蠅《はえ》に
竿《さお》をコチョコチョくすぐってもらえ
だんども金曜日はお精進だ
繩めに竿を渡すじゃねえぞ
その日は砂糖もなめさせちゃいけねえ
なにしろ材料は死人《しびと》の骨だぞ
おいらの兄弟の百姓どもよ
士官の牝牛をやっつけろ
牝牛のコンは タタールの女《あま》っ子よりも
グッと狭くて締りがいいぞ
エーイッ クソッ! おめえのおふくろくたばっちまえ!
音楽がバッタリやんで、エレーヌが叫び声をあげた。ひとりの士官が頭を向けていた。先程写真を見たばかりのモニイには、大声で叫びながらサーベルで礼を捧げているのが、フェドールにちがいないとわかった。
「エレーヌ、さようなら、ぼくは戦争に出かける……もうぼくらは会えないだろう」
エレーヌが死人のように蒼白《そうはく》になって、モニイの腕の中に失神して倒れ込んでしまったので、彼はベッドまで彼女を運んでやった。
まずコルセットを外してやると、乳房がもり上った。先がピンクの、二つのみごとなオッパイだった。彼はそれをちょっと吸ってから、次にスカートのボタンを外して脱がせ、ペチコートも胴着も同じようにした。エレーヌは今やシュミーズ一枚になった。すっかり興奮したモニイは、疵《きず》ひとつない両腿のあわいの、較べもののない宝を隠している白い布を持ち上げてみた。腿の半ばまでストッキングが届き、腿はあたかも象牙の塔のように円々としていた。腹の下のほうには、秋の色のようなフォーブ色の聖なる森の中の神秘を蔵した洞窟《どうくつ》が隠されていた。この毛皮は厚く、その硬く緊った唇は、インカ地方で暦代りに使う柱に、記憶用につけた刻み目に似た割れ目だけがほの見えていた。
モニイはエレーヌの失神を奇貨として、彼女のストッキングを脱がせて、ちょっとした卑猥《ひわい》ないたずらを始めた。彼女の両足は可愛いらしく、赤ん坊の足みたいにムッチリしていた。プリンスの舌は右足の指からとりかかった。彼は拇指の爪を丹念に磨き、次の指の股《また》にかかった。彼は小っちゃな、小っちゃな小指の上に長いあいだ止っていた。右足は木苺《きいちご》の匂いがするような気がした。食い意地のはった舌は次に左足のひだ[#「ひだ」に傍点]を探り、モニイはそのひだがメイエンヌのソーセージを思い出させるような味がすると思った。
そのときエレーヌが目を開き、身動きした。モニイはわるさの動作をやめて、大柄な、ぼってりした若い女が、伸びをするように体を突っ張らせるのを見つめていた。欠伸《あくび》をしようとして開いた口の中の、短い、象牙のような歯のあいだからピンク色の舌が見えた。それから彼女が微笑した。
エレーヌ――プリンス、あたしをどうなさいましたの?
モニイ――エレーヌ! あなたが寛《くつろ》げるようにしましたが、これもあなたのためを思ってのことですよ。あなたにとっては、わたしはよきサマリヤ人(聖書、ルカ伝。病める旅人を看病した故事より、親切な男の代名詞となっている)みたいなもんですな。親切というものはけっして無駄にはなりませんな、わたしは、あなたの魅力を観賞するという、じつにえもいわれぬ褒美にありつきましたよ。あなたという方はうっとりするように美しい方だ、そしてフェドールというのは、まったく恵まれたやつですよ。
エレーヌ――もう彼には会えないのよ、悲しいわ! 日本人たちが彼を殺してしまうわ。
モニイ――彼の代役をつとめたいものですな、しかし不運なことに、わたしには玉が三つもありませんのでね。
エレーヌ――そんなふうにおっしゃらないで、モニイ、たしかに、あなたは三つもお持ちになっていないわ、でもあなたの持ちものだって、彼のと同じようにすばらしいわ。
モニイ――そりゃほんとうですか、かわいい女《ひと》? お待ちなさい、いまバンドを外しますから……オーケーですよ。あなたの臀を見せてください……なんて大きく、円々して、張りきっているんでしょう……まるでいま口をふくらまして息を吹きかけようとしている天使みたいだ……サア! あなたのお姉さんのキュルキュリーヌを讃《たた》えて、臀を打たなければいけませんな……ピシャッ、ピシャッ、パン、パン……
エレーヌ――イタイ! イタイ! イタイ! 体が熱くなってくるわ、すっかりしびれちまったわ。
モニイ――あなたの茂みはなんて深いんだ……ピシャン、ピシャン……どうしても、このうしろの顔を赤面させてやらなければ。サア、べつに怒ってはいませんよ、あんたがちょっと体を動かすと、臀がふざけて笑ってるみたいだな。
エレーヌ――あなたのボタンを外してあげるから、近くへきてちょうだい、その太った坊やをあたしに見せて、坊やったらママのオッパイで体を暖めたがっているんでしょう。まあきれい! 頭は真赤で可愛いいし、髪のない丸坊主なのね。ところが下のほうのふもとのところにはおひげが生えてるわ、固くて真黒なおひげね。このみなし児の坊やったら、なんて美少年でしょう……あたしに渡して、ネエ! モニイ、坊やをいいこいいこして、ミルクを出させてやりたいのよ……
モニイ――待ちたまえ、きみの、バラの花びらを可愛がってあげるからね……
エレーヌ――アア! いいわ、あなたの舌が遠足にでかけるのがわかるわ、感じちゃうわ……歩いてきて、花形の洞《ほこら》のひだを探っているのよ。かわいそうな洞のひだを、あんまり伸ばしすぎないで、いいわね、モニイ? サア! あなたのうしろをおめかししてあげるわ。腿のあいだに顔を突っ込んだのね……アラ、おならをしちまった……ごめんなさいね、もうこらえきれなかったのよ……アア! あなたの口髭《くちひげ》がチクチクするわ、あなたったらよだれを流しているのね……いやなひと……よだれがたれてるわよ。ネエ、あたしにあなたの太い柱をくださらない、……喉が渇《かわ》いているのよ……
モニイ――アア! エレーヌ、きみの舌はなんて器用なんだい。きみが尺八を吹くくらい、上手に綴字法《ていじほう》でも教えたら、きみはすばらしい教師になれるよ……アア! 舌で鈴口をコチョコチョやってるんだな……今度は舌がその先へ行ったような感じだな……熱い舌で折目のところをきれいに掃除《そうじ》しようというわけだな。アア! まったく類のないフリュートの名人だよ、きみときたら、舌を使うのがなんてうまいんだい、較べるもののないくらいだよ……そんなに強くやらないでくれ。小っちゃい口いっぱいに、わたしのさきを、全部くわえちまったぜ。痛いよ……ア! あれをすっかりくすぐっちまったよ……ア! ア! 玉をつぶさないでくれよ……きみの歯はずいぶん尖ってるぜ……そう、もう一度出っぱりの頭のほうを頼むよ、どうせするならそこでなけりゃあいけない……きみはこいつが好きなのかい、この坊主頭が?……この牝豚め……ア! ア!……ア!……もう……いく……牝豚め……すっかり飲んじまったんだな……きみの大きなコンを貸してくれ、こちらがもう一度武装するあいだにきみを舌で慰めてやるから……
エレーヌ――うんと強くして……あたしの蕾の上で動かしてちょうだい……あたしのあちらの小指のこと、厚ぼったい感じがする? ネエ……つまんでちょうだい……そうよ……拇指を片一方の中へ、人差指をもう一方へ出張させてちょうだい。アア! いいわ!……いいわ!……サア、あたしのお腹が気持よくてゴロゴロいうのが聞えて?……そうよ、左の手はあたしの左のオッパイの上へ置いて……苺をつぶしてちょうだい……感じちゃうわ……あなた、お尻を回しているのがわかる、腰を動かしてるのを感じる? いやなひと! いいわ……ねえ早くして。早くあなたの坊やをちょうだい、固く元気になるように可愛がってあげるわ、69の形になりましょうよ、あたしの上にあなたの体をのせてちょうだい……
坊やはりっぱになったわ、悪い子ね、そう手間はとらなかったわ、あたしのポケットに入れて……待って、おひげがついているのよ。オッパイを吸って……そう、いいわ!……底まで届かして……そこで、そのままとめておいて……あなたをきつく緊めてあげるわ……お尻を締めるのよ……とてもいいわ……死ぬわ……モニイ……お姉さんのことだけど、あなたお姉さんもこんなに喜ばせたの?……うんと押して……お腹の底まで感じちまうわ……そうやるとほんとにいい気持、まるで死んじまうみたい……もう我慢できないわ……愛するモニイ……いっしょにいって。アア! もう我慢できないわ、すっかり出ちまうわ……いくわ……
モニイとエレーヌは同時に放射した。次に彼は彼女を舌の先で後始末し、彼女は彼の体を同じようにきれいにした。
彼が身なりをととのえ、エレーヌが服を着ているうちに、苦痛の悲鳴をあげる女の声が聞えた。
「べつになんでもないのよ」とエレーヌが言った。「ナデージュのお臀を打ってるのよ。将軍の娘で、あたしの生徒のワンダの小間使いなのよ」
「ひとつその景色を拝ましてもらおうじゃないか」とモニイが言った。
エレーヌは服を半分着かけたまま、モニイをうす暗い、家具のない部屋へ案内した。部屋の内側にはガラスをはめためくら窓が、娘の部屋に面してついていた。将軍の娘のワンダは、十七歳のなかなかきれいな娘だった。彼女はコサック騎兵用の鞭を振り回し、彼女の前に、スカートをまくり上げたまま四つん這いになっている、ブロンドのすごい美女を、腕をふり上げてピシャピシャとひっぱたいていた。これがナデージュだった。彼女の臀は実にみごとで、大きく、はちきれんばかりだった。この世のものとも思われぬほっそりした胴の下で、それが左右に揺れていた。コサック鞭がひと打ち当るたびに、彼女の体がはね上り、臀がふくれ上ってゆくように見えた。その上に、恐ろしいコサック鞭がつけた痕が、サン・タンドレ(十二使徒の一人で、アカイアのパトラスで福音を説くうち殉教し、X形の十字架にかけられた)のX形の斜十字の縞模様をつけた。
「お嬢さま、もうだめです」と打たれている女が悲鳴をあげた。臀がぐっと高くなって、もつれたブロンドの森が影を落している、大きく口をあけたコンが姿を覗《のぞ》かせていた。
「サア、お行き」
ワンダがナデージュをひと蹴りしながら叫んだので、彼女はわめきながら逃げていった。
それから少女が小部屋を開けると、その部屋から、十三か十四歳ぐらいの、痩《や》せた、褐色の髪の、いかにも淫蕩《いんとう》な顔付をした少女が出てきた。
「あれはイダ、オーストリア・ハンガリア大使館付通訳官の娘さんよ」とエレーヌがモニイの耳許で囁いた。「あの娘《こ》はね、ワンダとレズ遊びをするのよ」
事実、彼女はワンダをベッドにほうり上げて、まだ処女林の、恥毛の森を明るみのもとにさらした。その森からは小指ほども長さのある角が突き出ていて、彼女は熱狂的にそれを吸いはじめた。
「うんと吸って、あたしのイダ」と、ワンダがいとしそうに言った。「あたしとっても興奮しているのよ、きっとあなたも同じように興奮してるはずね。ナデージュのみたいな大きい腰を鞭で打つほど興奮することはないわね。サア、もう吸うのはやめて……あなたにあれをしてあげるわ」
小柄な娘がスカートをめくり上げて、大柄な娘のそばへいった。大柄な娘の太い脚が、小柄な娘の痩せこけた、褐色の神経質な腿と奇妙な対照をなしていた。
「おかしなはなしじゃない」とワンダが言った。「あなたのほうはあたしの角で処女を失っているのに、あたしのほうはまだ処女なんですものね」
こう言いながらも二人は行動を開始した。ワンダは狂おしい様子で彼女の年下のアミイを締めつけた。彼女はしばらくのあいだ、まだほとんど草の生えていない小さなコンを愛撫した。イダが言った。
「あたしの可愛いいワンダ、あたしの夫、なんてすばらしい草叢があるの、あたしをやって!」
やがて角がイダの草叢に入り込み、ワンダの美しい、むっちりした臀が激しく動いた。
このスペクタクルを見てすっかり我を忘れたモニイは、片手を使って、いかにも色の諸訳《しよわけ》を知りつくしたように巧妙に、エレーヌを慰めてやった。彼女のほうも、彼の大きな棒を手いっぱいに握って同じようにお返しをして、二人のサッフォの弟子たちが半狂乱の様子で抱き合っているあいだ、士官の大きな棒をゆっくりと指で愛戯した。息子が帽子を脱いで、湯気を立てて猛りたっていた。モニイは両膝をピンと伸ばして、エレーヌの小さな蕾を力をこめてつまんだ。とつぜん、真赤になって、髪をおどろに振り乱したワンダが、ロウソク皿の中のロウソクをつかんで、アミイの上に立ち上り、こうして将軍の娘のみごとに発達した角によって始まったお楽しみは終りをつげた。ワンダはドアのところへ行き、ナデージュを呼ぶと、彼女はおずおずと戻ってきた。ブロンドの美女は、女主人の命令で胴着のボタンを外すと、大きなオッパイがとび出したが、さらにスカートを持ち上げて臀を突き出した。ワンダの勃起したダイヤモンド・ポイントがまもなくサテンのような波のうねりにのみこまれて、その中で、男のような運動を始めた。今や、すでに可愛らしい、しかし平らな胸をむき出しにした小娘のイダは、ナデージュの脚のあいだに坐り込んで、ロウソク遊びを続けていた。このとき、モニイはエレーヌの指がグッと加えた圧力で放射してしまったが、ミルクは二人のレズ女の間に、横っ腹の上までとびはねてながながと流れた。二人は自分たちがそこで覗いているのを気付かれては、と心配になったので、早々に退散した。
二人はからみ合ったまま廊下を通り過ぎた。
「門番のやつがね」とモニイが訊ねた。「わたしにこんなことを言ったんだけれど、ありゃどういう意味だい。つまり、『将軍は、いまうす切りのパンを半熟の卵に浸していらっしゃる最中です』というんだがね?」
「ごらんなさいよ」とエレーヌが言った。
将軍の書斎を見通せる半開きになったドアを通して、モニイの目に、突っ立ったまま、いまや可愛らしい少年のおかまを愛している最中の自分の上官の姿が見えた。少年のカールした栗色の髪の毛が、肩にハラリと落ちかかっていた。青い、天使のような目には、神々が愛《め》でしため、あたら若い命を花と散らせた青年たち(ラテン詩人プラウッスの『神々の愛でし人々は夭逝する』の句より)の無垢《むく》な光が宿っていた。彼の雪白の固く緊った臀は、ソクラテスにそっくりな将軍の差し出す男の贈物を、羞《はじ》らいながらようやく受けとめているような感じだった。
「将軍はね」とエレーヌが言った。「十二歳になる息子さんをご自分で教育しているのよ。門番が言ったあてこすりはあんまりうまい説明とはいえないわ、だってね、将軍は自分に栄養をつけるというより、男の子孫の精神の糧《かて》を養い、りっぱにするにはこの方法に限ると思っていらっしゃるのよ。将軍はお臀を通じて、息子にある学問を教え込んでいるわけでしょ、あたしのみたところ、これはしごく確実なやり方だわ、いずれ将来は、あの若いプリンスも恥などかなぐり捨てて、帝国閣僚の大立物になるにちがいないわ」
「なるほど、近親相姦が奇跡を生む、というやつだな」とモニイが言った。
将軍は歓喜の絶頂に達すると、赤い筋のはいった白目をむいた。
「セルジュよ」と彼は、途切れ途切れの声で言った。「どうじゃ、このお道具の味がわかるかな? こいつはお前という子供を生んでくれただけでは満足せず、同様に、お前をりっぱな青年に育てる義務まで背負っておるのだ。よく心に留めておくがよいぞ、ソドムというやつは文明のシンボルなのじゃ。ホモというやつはな、男を神々に似たものに仕立ててくれるにちがいないのだ、それに異性同士がたがいに主張しておるあんな欲望などは、すべての不幸の原因になっておる。現在、不幸な、聖なるロシアを救う道はただひとつ、すなわち、ホモを愛する男どもが、臀を愛するためにソクラテス的な愛情をはっきりと歌い上げることがそれじゃ、そのあいだに、女どもはサッフォばりの勉強を習いにルカードの岩(ギリシア、ルカード島南端の岬の名。アポロンの神殿があるが、レスビアンの元祖サッフォーは、情夫のパオンに捨てられ、ここから投身して死んだと伝えられる)へでも行くがいいのじゃ」
感きわまって喉をゴロゴロと鳴らすと、将軍は息子の美しい臀の中で放射してしまった。
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旅順港の包囲戦がすでに火ぶたを切っていた。モニイとその従卒のコルナブーは、勇敢なステッセルの部隊といっしょにここに包囲されていた。
日本軍が鉄条網で補強した要塞《ようさい》を攻撃しているあいだ、要塞の守備軍は一瞬ごとにロシア兵を殺戮《さつりく》する威嚇砲撃にすっかり諦めた表情で、まだ店を開いている音楽つきのカフェや淫売屋に、辛抱づよく入り浸っていた。
その晩、モニイはコルナブーや数人の新聞記者を相手に、たっぷりと夕食を平げた。彼らはすばらしい馬のヒレ肉、港で釣れた魚、パイナップルの罐詰を食べ終えた。一同は極上のシャンパンで喉をうるおしていた。
ほんとうのところを言えば、デザートは、思いがけないときに砲弾がとんできて、たびたび中断されたものだった。砲弾が破裂するとレストランの一部を破壊し、数人のお客が斃《たお》れた。モニイはこの冒険にすっかり陽気になって、冷静に、火がついて燃え上ったテーブル・クロースで葉巻に火をつけた。彼はコルナブーといっしょに、一軒の音楽バーのほうへ出かけた。
「あのココドリヨフ将軍ときたら」と、みちみち彼が話しだした。「きっとたいした戦略家だよ。なにしろ旅順の包囲戦がすでにわかっていたくらいだし、やっこさんが自分の息子と近親相姦をしている、その関係の現場を見ていたわたしに復讐《ふくしゆう》しようとして、ほんとにこんなところまで島流しにしたんだからな。オヴィディウスと同じように、わたしもわが目の罪の罪ほろぼしというわけだ。けれどわたしは、『悲嘆』も書かなければ『黒海愁記』も書かないよ(オヴィディウスは『アルス・アマトリア』のラテン詩人。黒海沿岸に流刑になり『悲嘆』によって減刑嘆願するも許されず、流刑地で客死する)。『げにわれは、われに残りし生くべき時を謳歌せんと欲す』という心境だな」
何発かの砲弾がヒューッと唸《うな》りながら二人の頭上を通り過ぎた。彼らは砲弾で真二つになって横たわっている女を跨《また》ぎ、こうして「お父ちゃんのお楽しみ」の前へ着いた。
ここは旅順の第一級の寄席《よせ》だった。二人は中へはいった。ホールには煙がもうもうとたち込めていた。赤毛で、肉がブリンブリンしたドイツ女が、ひどいベルリンなまりで歌い、観客のうちのドイツ語のわかる連中に熱狂的な拍手を浴びていた。次にイギリス人の四人の「ガールズ」、ごくありきたりの「なんとかシスターズ」と称する女たちが舞台に出て、アメリカふうのケーキ・ウォーク・ダンスに、タンゴに似たブラジル流の踊りを混じえた、跳んだりはねたりのメチャクチャダンスを始めた。なかなかいかす[#「いかす」に傍点]娘たちだった。つまらない飾りがビラビラついたズロースを見せびらかそうとして、衣ずれの音のするスカートを高々とまくり上げたが、ズロースに割れ目があったのがもっけのさいわいで、ときには、ズロースの白麻で縁取りされた大きな尻っぺたや、腹部の白い肌の上におぼろに浮んだ草叢がちらついたりした。脚をあげると、びっしり苔《こけ》むした女たちのコンがぐっと口を開けるのだった。女たちはこんな歌を歌った。
マイ・コージ・コーナー・ガール
そして彼女らは、あの前座に出た滑稽な|お嬢さん《フロイライン》よりいっそう拍手喝采《はくしゆかつさい》を浴びた。
ロシアの士官たちは、おそらくあんまり貧乏すぎて、女を買う金がないのだろう、両眼をカッと見開いて、マホメット流の意味でいえば天国のようなこのスペクタクルを眺めながら、丹念に指でみずから慰めていた。
ときどきミルクの噴水が勢いよくふき上げて、隣りに坐った客の制服やら、おひげの中にまではりついた。
「ガールズ」のあとで、オーケストラが勇壮なマーチを演奏し、センセーショナルなショーが舞台に現われた。このショーはスペイン女とスペイン男の一組から成っていた。二人の闘牛士の衣装が、観客の上に強烈な印象を喚び起こして、その場かぎりの「クラニイ皇后ばんざい」の声が万雷のように湧き上った。
スペイン女は適当に体の崩れたすばらしい娘だった。漆黒《しつこく》の両眼は、完全な卵形の蒼白な顔にキラキラと輝いていた。彼女の腰はまことにカッコよく、チカチカ光る衣装が観客の目にまばゆかった。
トレアドールはしなやかながら逞しい体つきで、同じように臀をよじっていたが、その男性的な姿の中には、おそらくなにかの美点が蔵《かく》されていたにちがいなかった。
この興味津々たる一組の男女は、まず、左手を軽く弓形に反った腰の上に当てがい、右手でホールにそれぞれ投げキッスを送ったが、この投げキッスは猛烈なものだった。次に、二人は彼らのお国柄のいかにも淫蕩なダンスを始めた。さらにスペイン女はへそまでスカートをまくり上げて、こうしてへその形までむき出しになるような具合に、スカートのホックを外した。彼女の長い脚は、太腿の七分目まで届く、赤い絹のストッキングで覆われていた。ここで、ストッキングは、絹のリボンが結びつけられている金色のガーターでコルセットにつながり、絹のリボンは、尻の穴を隠すようにして、両方の尻っぺたにはりつけられた黒いビロードのカバーを留めていた。まえは細かくカールした青黒い毛皮で隠されていた。
トレアドールが歌いながら、おそろしく長い、カチカチに固くなった一物をとり出した。二人は腹を前に突き出し、お互いに探り合ったり、逃げ合ったりするような振りをしながらダンスを続けた。若い女の腹がとつぜんに湧き上った海のように波を打っていた。こうして地中海の泡が凝縮して、アフロディトの腹が生まれた。
にわかに、そしてまた魔法のように、二人の道化役者の一物とコンが合体して、一同は二人がごく単純に舞台の上で性交をするにちがいないと思った。
ところがそうではなかった。
管にしっかり接合された一物で、トレアドールが女を支え、女が脚を折りまげたので、もう足が床につかず宙に浮いた形になった。彼はしばらくブラブラと歩いた。次に舞台係が、観客の頭の上から三メートルばかりの針金を差し出した。すると彼はその上に乗った。この猥褻《わいせつ》な綱渡り芸人は、こうして群がる観客たちの上を横切って、自分の相手役の女を散歩させたのである。彼はその後に、あとじさりして舞台に戻ってきた。観客たちは割れんばかりの拍手喝采を浴びせ、ちょうど隠れた尻が、えくぼが掘れていたために微笑でもしているようなこのスペイン女の魅力に賛嘆を惜しまなかった。
さて次は女の出番だった。トレアドールは相棒のコンの中にしっかりと柄を突っ込んだまま、膝を折って、ぴんと張った綱の上を同じように散歩させてもらった。
この幻想的な綱渡りはモニイをすっかり興奮させてしまった。
「淫売屋へ行こう」と彼はコルナブーに言った。
「ゆかいなサムライたち」。これが旅順港包囲中に、流行した淫売屋の楽しい名前だった。
この店は二人の男の手で経営されていたが、二人ともむかし象徴詩を書いた詩人である。彼らはパリで恋愛結婚し、しあわせな夫婦生活が人目につかぬようにと、極東へ流れてきたのだった。二人は淫売屋の経営者という金になる仕事に手を出して、なかなかよい仕事だと思っていた。二人は女装をしていたが、口ひげも剃らずに、男名前を名のったままみずからレスビアンだと自称していた。
そのひとりはアドルフ・テレであった。彼が年上のほうである。若いほうは、ひところパリで有名だった。トリスタン・ヴィネーグルの灰色がかった真珠色のマントや、白てん[#「白てん」に傍点]の襟巻を思い出さない者がいるだろうか?
「女がほしいんだ」とモニイが、会計係にフランス語でいった。この会計係こそ、アドルフ・テレそのひとであった。会計係は彼の詩のひとつを朗読しはじめた。
ひと夜われ ベルサイユとフォンテーヌブローのあわいの
さんざめく森の中でひとりのニンフのあとを慕いゆく
機会は稔《みの》りなく 優しくもひたすらに過ぎゆくものなれば
好機逸し難しと わが一物にわかに固く天を衝《つ》く
かのニンフを三度《みたび》犯し 続く日を二十日ほど酔い痴《し》れぬ
われしもの病[#「しもの病」に傍点]に犯されど 神々は詩人に加護をたまわりぬ
ふじの木がわが恥毛の身代りにたち
ウェルゲリウスはわが上にこのベルサイユの二行詩を生みぬ……
「たくさんだ、たくさんだ」とコルナブーが言った。「ちきしょうめ、こっちは女がほしいんだ!」
「ちょうど代理のママが参りました!」とアドルフがうやうやしく言った。
ママ代理、すなわちトリスタン・ド・ヴィネーグルはしゃなりしゃなりと進み出て、モニイのほうに青い眼差しを投げかけながら、歌のような声でこんな歴史的な詩を口誦《くちずさ》んだ。
春を盛りの年頃には
ぼくのせがれは歓喜で紅を散らせました
籠《かご》を探してキョロキョロする 重いくだものさながらに
ぼくの大事なきんたまは ブラリブラリと揺れました
ぼくのせがれを取り囲む 見るもみごとな密林は
尻から腿のつけ根まで つけ根をこえてへそまで続き
厚く横に茂っています(つまりはどこもかしこもです)
高すぎるテーブルや 凍りついた紙の上に
ぼくの思想の熱い糞を たれなければならないときは
動かず 震える きゃしゃなお尻を
いたわりながらいきばりましょう
「ヤレヤレ」とモニイが言った。「ここは淫売屋なのか、それとも共同便所なのかい?」
「ご婦人方はみなサロンにお揃いですよ!」とトリスタンが叫び、それと同時にこんなことをつけ加えながら、コルナブーにタオルを一枚くれた。
「お二人でタオル一枚ですよ、だんな方……おわかりでしょう……なにしろいまや包囲されているんですから」
アドルフは三百六十ルーブルを受け取ったが、これが旅順港で娼婦を相手にする通り相場だった。二人の友はサロンへ入った。ここには、較べもののない見世物が二人を待ちかまえていた。
明るい赤や、真紅や、青や赤紫の部屋着姿の娼婦たちが、金色の巻タバコをふかしながらブリッジに打ち興じていた。
そのとき、恐ろしい大音響がとどろいた。天井に穴をあけて落ちてきた砲弾がズシンと床に落ちてきて、ブリッジに興じていた女たちのちょうど真中に、まるで大きな隕石《いんせき》のように突っ込んできた。さいわい砲弾は不発だった。女たちはみんな、叫び声をあげながらあおむけにひっくり返った。女たちは足を高く持ち上げ、二人の軍人のみだらな視線の前にスペードのエースをさらしてしまった。これはちょうど、あらゆる国籍を持った尻のすばらしい店開きのようなものだった、それというのも、この模範的な淫売屋は、あらゆる人種の娼婦どもを抱えていたからである。フリースランド女の梨のような形をした臀が、パリジェンヌのはちきれそうな尻、イギリス女のすばらしい尻っぺた、スカンジナビア女のおいど、カタロニア女のぐっと下ったけつ[#「けつ」に傍点]とみごとなコントラストを見せていた。ひとりの黒人女が、女の尻というより、むしろ火山の噴火口そっくりな、凹凸《おうとつ》の多い肉の塊をさらけ出した。女たちが立ち上るとすぐに、彼女らは、敵陣は大勝利をおさめていると明言した、つまりみなこれほど早く、戦争の恐怖に慣れっこになっているのだった。
「おいらはあの黒人女をいただきだ」とコルナブーが言った。そのあいだに、このシバの女王は自分がお名指しされたのを聞いて、こんな手きびしい言葉を吐いて、彼女のソロモン王に挨拶した。
「あたしの大きなポテトをつっつこうとおっしゃるのね、将軍閣下?」
コルナブーは彼女にやさしくキスをした。しかしモニイのほうは、こんな国際展覧会にも満足しなかった。
「日本娘はどこにいるんだ?」と彼が訊ねた。
「そちらは五十ルーブルの割増を頂きますよ」とママ代理が、濃い口髭をひねりながら公言した。「おわかりと思いますが、なにしろ相手は敵方ですからね!」
モニイが金を払うと、お国ぶりの着物を着た、二十人ほどのムスメが案内されて入ってきた。
プリンスはその中からチャーミングなひとりを選び、ママ代理がこの二組のカップルを、あちらのほうの目的で部屋を飾った私室に案内した。
黒人女はコルネリーと呼ばれ、ムスメのほうはキリエムというデリケートな名前で、いかにも名前に釣り合った感じだった。つまりこれは、ビワの花の蕾のことだったが、二人は、ひとりはトリポリ訛《なま》りの、もうひとりはビッチュラマール訛りのちんぷんかんぷんの言葉で歌を歌いながら着物を脱ぎはじめた。
モニイとコルナブーも洋服を脱いだ。
プリンスは自分の下男と黒人女を一隅に残して、もうキリエムひとりにかかりっきりだった。彼女の子供っぽい、そしてまた重厚な感じの美貌が、ふたつながらプリンスを魅了してしまった。
彼は彼女に甘いキスをしたが、この美しい愛の夜のあいだにも、ときどき砲撃の音がとどろいてきた。砲弾はやさしく輝き渡った。まるで東洋のプリンスが、グルジアの乙女のプリンセスの名誉をたたえて花火でもあげているような感じだった。
キリエムは小柄だがとても姿がよく、体はまるで梨のように黄色く、可愛いい胸は、先が尖っていて、テニス・ボールのように固かった。コンの草叢はザラザラした、黒い可愛いい房をなして集り、まるで濡れた絵筆のようだった。
彼女は仰向けになって、太腿を腹のほうに近づけ、膝を折り曲げて、本のように脚を拡げた。
ヨーロッパ女にはとても不可能なこのポーズにモニイはびっくりしてしまった。
やがて彼は彼女の魅力を満喫した。彼の一物はすっぽりと、弾力のある彼女の体の中にはまり込んだ。そのコンははじめは広かったが、しばらくすると驚くべきやり方でギューッと締まった。
ようやく結婚適齢期にさしかかったように見えるこの少女は、すばらしい収縮力の持主だった。モニイは欲望の最後の痙攣《けいれん》を感じてのち、ようやくそのことに気がつき、気も遠くなるように強《きつ》く締まり、一物を最後の一滴までしぼりつくすような東洋の壺の中で放射した。
「お前の身の上を話しておくれ」とモニイはキリエムに言ったが、そのあいだ部屋の隅では、コルナブーと黒人女のひとをバカにしたようなシャックリの声が聞えてきた。
キリエムは腰を下ろして言った。
「あたしはサミセン(三味線)弾きの娘です。これはギターのようなもので、芝居の伴奏にこれを弾いて聞かせるのです。父は合唱隊(浄瑠璃《じようるり》)で、悲しい曲を弾きながら、舞台の前面の柵《さく》を張った席で、調子のよい叙情的な物語を語って聞かせるのです。
母の文月《ふづき》桃は、日本の劇作法好みの長ったらしい脚本のなかで、いろいろな主役をつとめたものでした。
『四十七人のローニン』(忠臣蔵)、『美貌の重の井』(重の井子別れ)とか『タイコー』(太閤記)などが上演されたのを思い出します。
あたしたちの劇団は町から町へ巡業して歩き、あたしが成長したすばらしい自然は、恋に破れたときどきにあたしの記憶の中によみがえってくるのです。
例の巨大な針葉樹のマツの木にあたしはよく登ったものでした。美男子のサムライたちが川で水浴びをしているのを、よく見物に出かけたものでした。その当時は、サムライたちの巨大な男根もあたしにとってはなんの意味もありませんでしたし、あたしは彼らの体を拭きにきたきれいな、よく笑う女中たちといっしょに笑ったものでした。
アア! いつも花咲いているあたしの国で恋をする! サクラの木の下でずんぐりした武士を愛し、抱き合ったまま丘を下りる!
ニッポン・ヨーセン・カイシャ(日本郵船会社)を休暇で帰ってきた、あたしの従兄《いとこ》に当る水夫が、ある日あたしの処女を奪いました。
父も母も『大盗賊』(楼門五三桐)を演じていて、客席は満員の盛況でした。従兄があたしを散歩に連れ出しました。あたしは十三歳でした。彼はヨーロッパを航海してきて、あたしの知らない世界のすばらしいものについて話してくれました。彼はあたしを、菖蒲《しようぶ》や、沈んだ紅の椿《つばき》や、黄色いゆりや、じつにみごとな桃色をしていて、あたしの舌にそっくりな蓮《はす》がいっぱい乱れ咲いた、人気《ひとけ》のない庭に連れ出しました。そこで、彼はあたしにキスをして、今までにあれをしたことがあるかどうかとあたしに訊ねました。あたしは、いいえ、と申しました。そこで彼はあたしのキモノを脱がせて、乳をくすぐったのであたしは笑ってしまいました。しかし彼が固くて太く長い彼の伝家の宝刀をあたしの手に握らせたときには、あたしは生真目面《きまじめ》になってしまいました。
『なにをなさろうというの?』とあたしは彼に訊ねました。
それには答えず、彼はあたしを横にすると、あたしの脚を裸にむいて、口の中に舌を突っ込み、あたしの処女地に入り込んできたのです。あたしにも、広い人気のない庭の稲や、みごとな菊の花をざわめかせるだけの叫び声をあげる力ぐらいじゅうぶんありましたが、すぐにあたしの身内に欲望が目覚めたのです。
その次にひとりの武器商人があたしを連れ去りました。まるでカマクラのダイブー(大仏)のような美男で、金箔を塗ったブロンズにも似た、疲れを知らぬ彼の鞭《もの》を語るときには、宗教的な気持にならずにはいられないくらいでした。毎晩、愛の営みをする前には、あたしは自分が飽くことを知らない女のような気になるのでしたが、あたしの身体の中に熱いたねが十五回も流れ込むと、あたしは彼に満足してもらえるようにと、自分の疲れた尻を彼に提供しなければなりませんでした、それにあんまり疲れてしまったときには、あたしは彼の鞭を口に含み、もうやめろと命令されるまでそれを吸ったものでした! 彼はブシドーの命令に従うために自殺してしまい、この騎士道的な行為を全うするために、ただひとり、慰める者もないままにあたしを残していってしまったのです。
ヨコハマのイギリス人があたしを拾い上げてくれました。あたしにはすべてのヨーロッパ人と同じように、彼に死体のような匂いを感じて、長いあいだそれに慣れることができませんでした。ですから、赤い頬髯《ほおひげ》を生やしたけだものじみた彼の顔を目の前に見ないでもすむようにと思って、彼にあたしのお尻を使ってくれ、と哀願いたしました。けれどもとうとう、あたしも彼に慣れてしまいました。彼はあたしの言うままになっていたので、あたしは彼に、あたしの体液に濡れて、舌がもう動きがとれなくなるほど蓮の実をなめるように強要したものでした。
トーキョーで知り合いになり、気が狂うほど愛したひとりの女性が、あたしを慰めにきてくれました。
彼女はまるで春のように美しく、乳房の先にはいつも二匹の蜜蜂がとまっているように見えました。あたしたちは、両側を一物の形にして切った黄色い大理石を使って、お互いに欲望を満たし合いました。あたしたちは飽くことを知らず、おたがいに腕に抱きあい、狂おしいほど口に泡をため、大声をあげながら、同じひとつの骨を取り合ってかじる二匹の犬さながらに、狂気のように体を揺り動かしました。
ある日、そのイギリス人は気が触れてしまいました。自分のことを将軍だと思い込み、ミカドのお尻を借りたいなどと言う始末でした。
彼は連れ去られて、あたしのほうはその女友だちといっしょに娼婦になりましたが、それもひとりのドイツ人に首ったけになる日までのことでした。このドイツ人は上背があり、逞しく、髭はなく、大きな疲れを知らぬ一物の持主でした。彼はあたしを撲り、そして泣きながらあたしにキスをしたものでした。最後には、あたしをぶちのめして、あたしに一物を施してくれるのですが、あたしは力の限り彼を締めつけて、まるで悪魔に魅入られた女のような快感を味わいました。
ある日、あたしたちは船に乗り、彼はあたしをシャンハイに連れてゆき、人買いの女に売りとばしたのです。それから彼は、あたしの美しいエゴンは、ふり返りもせずに、あたしのことをあざ笑う淫売屋の女たちといっしょに、絶望に沈んだあたしを残して去って行きました。女たちはあたしに商売のやり方をりっぱに仕込んでくれましたが、あたしがどっさりお金を稼いだら、りっぱな女に返り、世間に出てあたしのエゴンを見つけ、もう一度あたしのヴァギーナの中に彼の一物を感じ、日本の桜の木に思いをはせながら命を断つために、いずこともなく去るでしょう」
心の真直な、生真面目な日本の少女は、目に涙を浮べて、人間の情熱の脆《もろ》さについて沈思黙考しているモニイをそこに残したまま、影の如くに姿を消した。
そのときモニイにはぐうぐうといういびきが聞えたので、振り向いてみると、お互いに抱き合ったまま、しごく清潔に眠り込んでいる黒人女とコルナブーに気がついた。しかし二人とも怪物じみた感じだった。コルネリーの大きな臀が、開けっ放しの窓からさし込む月の光に映えて、突き出していた。モニイは鞘《さや》からサーベルを引き抜くと、この大きな肉の塊を突っついた。
ホールでもみんな大声をあげていた。コルナブーとモニイは黒人女を連れて出た。ホールには煙がもうもうとたちこめていた。数人の酔いどれた、乱暴なロシア士官たちが入ってきて不潔な悪罵《あくば》をわめき散らしながら、淫売屋のイギリス女たちにとびかかった。女どもはこの兵隊やくざたちの下卑た顔つきに尻込みして、くちぐちに|残忍なやつら《ブルーデイ》だとか|いやらしいやつら《ダムド》などと呟《つぶや》いていた。
コルナブーとモニイは、しばらく娼婦たちが強姦《ごうかん》される情景を眺めていたが、この途方もない集団暴行のあいだに、すっかり絶望しているアドルフ・テレやトリスタン・ド・ヴィネーグルを置き去りにして家を出た。二人は懸命にもとどおりにしようとして、女装したスカートに足をとられてドタバタしていたが、なんの役にもたたなかった。
と同時にステッセル将軍が入ってきたので、黒人女まで含めて、一同その場に直立不動の姿勢をとった。
いましがた日本軍が、包囲されたこの町に第一波の攻撃をしかけてきたところだった。
モニイはほとんどその場で、自分の上官がどうするか見に戻ってみたかったが、防壁のほうから荒々しい叫び声が聞えてきた。
兵隊たちが捕虜を連れてやってきた。捕虜は大柄な若いドイツ人の男で、防御軍の最前線で、さかんに死体の服をはいでいるところを発見したのだという。彼はドイツ語で叫んだ。
「わたしは泥棒じゃない。わたしはロシア軍が好きで、勇敢に日本軍の戦線を抜け、男色のお相手に、ゲイ・ボーイになろうとして、おかまを貸すすためにやってきたんですよ。きっとみなさん女が足りないだろうから、わたしを手に入れたところで腹も立つまいと思いましてね」
「死刑だ」と兵隊たちが叫んだ。「死刑にしろ、こいつはスパイで、盗っ人で、死体のはぎとり屋だぞ!」
兵隊たちには士官はひとりもついていなかった。そこでモニイが進み出て、弁明を求めた。
「きみは勘違いしているな」と彼がその外国人に言った。「われわれには女どもはワンサといるんだ。きみのほうでそれがお望みなんだから、きみはきみを捕えた兵隊たちにおかま[#「おかま」に傍点]を使わせることになる、その後に串刺しの刑にしてやろう。こうして、きみは今まで生きてきたと同じような死にざまをするんだ、それにモラリストたちの証言によれば、これこそ世にまたとない美しい死にざまだからな。で、きみの名前は?」
「エゴン・ミューラーです」と男が震えながら言った。
「なるほど」とモニイがぶっきらぼうに言った。「きみはヨコハマからやってきた、恥ずべきことには、きみはほんとうの女衒《ぜげん》らしく、自分の恋人、キリエムと呼ばれる日本の娘を売物に出した。オカマ野郎で、スパイで、女衒で、死体のはぎとり屋ときたら、きみはもう言うところなしだ。サア諸君、兵隊たち、柱を立てたまえ、こいつのおかまをつっついてやりたまえ……こんなチャンスはそう毎日あるもんじゃないぞ」
一同はハンサムなエゴンを裸にした。賛嘆を禁じえないほど美しい若者で、彼の胸は|おとこおんな《エルムアフロデイテ》のように円くふくらんでいた。こうした魅力を一見すると、兵士たちは彼らのみだらな一物をとり出した。
コルナブーは感動して、目に涙を浮べどうかエゴンを勘弁してやってくれと主人に頼んだが、モニイは頑固に気持を曲げず、ただ彼の命令によって、このチャーミングな青年に、コルナブーの一物を吸わせる、ということを許しただけだった。青年はといえば、臀を突き出して、口を拡げたその穴の中に、まったく獣じみた様子で、自分たちの獲物《えもの》を祝福しながら、賛美歌を歌う兵士たちのきらきら輝く大黒柱《もの》を受け容れていた。
スパイは、三人目の放射を受け入れて後は、狂おしいほど快感を感じ始めて、コルナブーの一物を吸いながら臀を揺すっていたが、その様子たるや、あたかも彼の前にまだ三十年も生きる歳月があるような感じだった。
その間《かん》、一同はこのゲイ・ボーイの席になるはずの鉄の串をおっ立てた。
兵隊一同が囚人のおかまを掘り終ると、モニイは、一物にフリュート演奏のお楽しみを受けて、まだ茫然自失しているコルナブーの耳もとに二こと三ことなにか囁いた。
コルナブーが淫売屋へ出かけて、まもなく、自分がなにをされるのかふしぎに思っている日本の若い娼婦、キリエムを連れて戻ってきた。
とつぜん、彼女は猿ぐつわを噛まされたまま、いま鉄の串に突っ通されたばかりのエゴンに気がついた。彼は身をくねらせ、槍の先は少しずつ、彼の体の芯のほうまで突き刺さっていった。前についたせがれは、はち切れんばかりに奮い立っていた。
モニイは兵士たちにキリエムを指さしてみせた、そして哀れな可愛いい女は串刺しにされた恋人を見つめていた。男を見つめるその目には、恐怖と、愛情と、同情が入り混じってこの上ない悲嘆の影を宿していた。兵士たちは彼女を裸にすると、串刺しにされた男の上に、彼女の哀れな、小さな、小鳥のような体を持ち上げた。
彼らは不幸な女の脚を拡げると、彼女があれほど欲しがっていた膨張した一物を、再び彼女の体の中に刺し込んだ。
単純な、哀れな、小さいこの魂はこうした野蛮な行為の意味を理解しなかったが、彼女の体の中でいっぱいに拡がった一物はあまりに激しく彼女の欲望をかきたててしまった。彼女は気違いのようになって体を揺すったので、彼女の恋人の体は、串に沿って少しずつ下へ下へとさがっていった。男は息を引きとりながら放射した。
この猿ぐつわを噛まされた男と、口が裂けたまま、男の上で体を揺すっている女とでできた旗は、まことに奇妙な旗だった!……黒ずんだ血が、串の下のほうに池をなした。
「兵士諸君、死にゆく者に敬礼」とモニイが叫び、それからキリエムに話しかけた。
「わたしはお前の願いをかなえてやった……今頃は、日本では桜の花が満開だろう、恋人たちは舞い散る桜の花吹雪の中をそぞろ歩いているだろう!」
こう言って拳銃をつきつけると、彼女の頭を撃ち砕いた。そして可愛いい、あそびめの脳みそが士官の顔にとび散った。まるで彼女が、死刑執行人の顔に唾を吐きかけでもしたように。
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スパイのエゴン・ミューラーと、日本娘の娼婦キリエムの即決死刑執行ののち、プリンス・ヴィベスクは旅順港でとても有名になってしまった。
ある日ステッセル将軍が彼を呼びによこして、こう言いながら彼に封筒を渡した。
「プリンス・ヴィベスク、きみはロシア人ではないが、それにしても要塞中でいちばんりっぱな士官のひとりだ……われわれは救援軍を待っておるが、クロパトキン将軍は急いでくれなければいけない……もし将軍がおくれたら、開城しなければならんだろう……日本の犬めときたらわれわれを見張っておるし、彼らの狂信ぶりには、いつかはわれわれも当然抵抗しなければならんだろう。きみは日本軍の戦線を横断して、この文書を総司令官に届けなければならない」
気球が準備された。一週間というものモニイとコルナブーは気球の操縦を練習したが、ある晴れた朝、気球がふくらまされた。
二人の旅行者はゴンドラに乗り、昔ながらの、
「気球を離せ!」
という命令を叫び、やがて雲の圏内へ到達した。二人にとっては大地はもはや小っちゃなもの[#「もの」に傍点]のようにしか見えなかった。戦場や、陸軍や海に浮ぶ艦隊もはっきり見えた。タバコに火をつけようとしてすったマッチが、交戦軍が射ち交している巨大な砲弾より強い光を放って尾をひいていった。
和やかな微風が気球をロシア軍のほうに押し流してくれたので、数日後には、二人は着陸して、二人を歓迎するためにやってきた背の高いひとりの士官に迎えられた。これが三つのホーデンの持主、キュルキュリーヌ・ダンコーヌの妹、エレーヌ・ヴァルディエのかつての恋人、フェドールだった。
「中尉」とプリンス・ヴィベスクが、ゴンドラから跳び下りながら言った。「あなたはほんとうに親切な方だ、そしてあなたがわれわれを歓迎して下さったので、われわれの疲労もすっかりふっとんでしまいましたよ。わたしはあなたに許しを乞いたいことがあるのですが、つまり、あなたの恋人のエレーヌ、ココドリヨフ将軍のお嬢さんのフランス人の家庭教師と、サン・ペテルスブルグで、あなたをコキュにしてしまったことを、お許しください」
「あなたはりっぱなことをなさいましたよ」とフェドールが言い返した。「あなたにご想像がつきますか、ぼくはここで、彼女の姉のキュルキュリーヌに会ったんですよ。あれはすばらしい娘で、われわれ士官が入りびたりになっている、女のいるビヤホールのウエートレスをしているんです。彼女はね、極東で大金をガッポリ稼ごうとしてパリを飛び出してきたんですな。ここでずいぶん金を儲けていますよ、それというのも、士官たちは、ほとんど生きる時間も残されていない連中ですからね、女を相手に飲めや歌えのバカ騒ぎ、といったあんばいですからな。それに友だちのアレクシーヌ・マンジュトゥも彼女といっしょですよ」
「なんですって!」とモニイが叫んだ。「キュルキュリーヌとアレクシーヌがここにいるんですか!……大急ぎでわたしをクロパトキン将軍のところへ連れていっていただけませんか、なにはともあれ、自分の使命をすましてしまわなければ……その後にそのビヤホールヘ連れていっていただきましょう……」
クロパトキン将軍は彼の宮殿で愛想よくモニイを迎えた。宮殿というのは、じつに器用に飾りつけをした客車のことであった。
総司令官は通牒を読んで、彼に言った。
「われわれは旅順港を開放するために、できるだけの手を打とう。そのあいだに、プリンス・ヴィベスク、わたしはきみをサン=ジョルジュ騎士に任命してあげよう……」
半時間後には、新しい叙勲者はフェドール、コルナブーといっしょに、「眠れるコサック兵」というビヤホールに顔を出した。彼らの注文を聞こうとして、二人の女が急いでやってきた。じつに魅力たっぷりの、キュルキュリーヌとアレクシーヌだった。二人はロシア兵の軍服を着て、長靴の中にむりやり押し込んだ裾の広いパンタロンをはき、前にはレースのエプロンをかけていた。お尻もオッパイも気持よく突き出して、軍服がふくらんでいた。髪の上にはすかいに乗せた小さな軍帽が、この軍服姿の刺激的な感じに、さらにいっそう効果を与えていた。二人ともオペレッタの可愛いいダンサーのように見えた。
「あーら、モニイ!」とキュルキュリーヌが叫んだ。プリンスは二人の女にキスをして、その後の身の上ばなしを聞きたい、と頼んだ。
「それはこういうわけよ」とキュルキュリーヌが言った。「でもあとで、あなたもどうしてここへ来るようなことになったのか、話してちょうだいね。
あの強盗たちが、仲間のうちのひとりの死体のそばに、半死半生のあたしたちを置去りにしたあの運命の夜以来はね、もっとも仲間のひとりといっても、あたしが気違いみたいに感じちゃった瞬間に、歯で一物を噛み切ったんで死んじまったんだけれど、あたしがようやく息を吹きかえしたときには、大勢の医者に取り巻かれていたのよ。あたしが発見されたときには、お尻のあいだにナイフが一本ささったままだったわ。アレクシーヌは彼女の家で看病されたでしょ、だからあたしたち、あなたの噂《うわさ》がもう耳に入ってこなかったのよ。でも、どうやら外出できるようになったときになって、あなたがセルビアヘ発ったというはなしを聞いたのよ。あの事件はたいへんなスキャンダルの種だったわ、あたしの探検家は帰ってくるなりあたしをお払いばこにするし、アレクシーヌのだんなの元老院の議員ときたら、もう彼女を囲っておくのはごめんだ、というわけなのよ。
あたしたちの星も、パリでは落ち目になり始めたのね。ロシアと日本のあいだで戦争が始まったわ。あたしの友だちのひとりの用心棒が、ロシア軍のあとをついてゆく、ビヤホール兼淫売屋で働く女たちを連れてゆく準備をしていたのよ。そこであたしたちがスカウトされた。まあこんなわけね」
続いてモニイが自分の身の上に起ったことを語ったが、オリエント超特急の中で起った事件は話さないでおいた。彼は坐っている二人の女にコルナブーを紹介したが、この男がキュルキュリーヌの尻のあいだにナイフを突き立てた、問題の強盗だということは言わずにおいた。
こんな身の上ばなしがすべて終る頃には、飲みもののほうも大いにはかどった。ホールは軍帽をかぶった士官たちで満員になり、彼らはウエートレスを愛撫しながら声を限りに歌を歌っていた。
「出ようじゃないか」とモニイが言った。
キュルキュリーヌとアレクシーヌが彼らに続き、五人の軍人は防御陣地を出て、フェドールのテントのほうへ向かった。
星が降るような夜がやってきた。モニイは総司令官の客車の前を通りかかったときに、ふと気紛《きまぐ》れを起した。大きなお尻がパンタロンの中でいかにも窮屈そうに見える、アレクシーヌのズボンを脱がした。そして他の連中が歩き続けているあいだに、彼は蒼白い月の光に映える蒼白な顔に似たすばらしい尻を、手で探ってみた。それから手のつけられないせがれを引っ張り出すと、それをしばらく尻の割れ目にこすりつけ、時には尻の穴をコチョコチョいたずらしたりしたが、ドロドロという太鼓のひびきにつれて高鳴るトランペットの乾いた音を聞きながら、とつぜん心を決した。せがれはひんやりした尻っぺたのあいだに入り、コンまで続く谷間にさしかかった。若者の手が前に回り、茂みを探ってちょっかいを出した。彼は彼の鋤《すき》の先でアレクシーヌの畝《うね》を掘りながら、往ったり来たりした。アレクシーヌは、月に似た尻を揺すりながら感きわまっていた。空にかかった月がその光景を鑑賞しながら微笑しているように見えた。とつぜん、歩哨の単調な点呼が始まった。夜の闇《やみ》を通して、彼らの叫び声が繰り返された。アレクシーヌとモニイは無言で楽しんでいたが、深い息を吐きながら、ほとんど同時に放射した。そのとき、砲弾が宙で炸裂《さくれつ》し、塹壕《ざんごう》で眠っていた何人かの兵隊を殺した。兵隊たちは、母を求めて叫ぶ子供たちのように、悲しそうな声をあげながら死んでいった。モニイとアレクシーヌは大急ぎで身なりをととのえて、フェドールのテントへ駆けつけた。
そこで、二人は、ズボンを脱いだコルナブーが、パンタロンを脱いで、尻を見せているキュルキュリーヌの前にひざまずいている姿を見た。コルナブーが言った。
「イヤ、ぜんぜんわからねえよ、お前さんがこの中にナイフの一撃を受けたなんてまったく思えねえな」
そして立ち上ると、すでに覚えてしまったロシアの言葉を叫びながら、彼女のおかまを使った。
フェドールは彼女の前に席を占めて、戦闘を開始していた。キュルキュリーヌは、あたかも自分の一物を女性の中に突っ込みながら、ひとに尻を貸している美少年のように見えた。事実彼女は男装をしていたし、フェドールのものが彼女の持物のように見えた。しかし彼女のお尻があまり大きすぎるので、そう長いあいだこんな気持を抱くのは無理というものだった。同様に、すらりとした胴、胸の|ボインボイン《ふくらみ》が、これがゲイ・ボーイだということの反証になっていた。このトリオは調子をとって体を揺すっていたが、アレクシーヌはフェドールの三つのホーデンをくすぐろうとして近寄った。
そのとき、ひとりの兵隊がテントの外から、プリンス・ヴィベスクはいらっしゃいますかと大声で訊ねた。
モニイが外に出てみると、兵隊がムーニィヌ将軍からの伝令書を持ってきた。将軍はただちにモニイに来てほしい、と呼んでいた。
彼は兵隊のあとに続いて、野営地を横断して、一両の有蓋車《ゆうがいしや》のところまで行き、その中に上った。するとその間に兵隊が、
「プリンス・ヴィベスクをお連れしました」と報告した。
有蓋車の中は婦人の寝室、それも東洋の婦人の寝室のように見えた。訳もわからぬような贅沢が中を支配し、五十がらみの大男のムーニィヌ将軍は、丁重きわまる態度でモニイを迎えた。
彼は無造作にソファの上に横になっている女を示した。はたちぐらいの美女だった。
彼の妻のサーカシア女である。
「プリンス・ヴィベスク」と将軍が言った。
「わしの家内は今日きみの武勲の噂を耳にして、どうしてもきみにお祝いしたいと言うんでな。それはそれとして、家内は三ヵ月の身重《みおも》の体でな、孕《はら》み女の欲望というやつのおかげで、どうしてもきみといっしょに寝てみたいという気分になって、これが我慢できんというあんばいなのじゃよ。フウ、このとおりだ! ひとつきみのおつとめを果していただけんものかな。わしのほうはべつのやり方で満足させていただくからな」
なにも言い返しもせずに、モニイは裸になり、美女ハイディンの着ているものを脱がせにかかった。彼女は類を見ないほどの興奮状態だった。モニイが彼女の服を脱がせているあいだ中、ずっと彼の体に噛みついていた。彼女はうっとりするほど姿がよく、まだ妊娠はそう目立たなかった。優雅の女神に形どられたような乳房は、まるで砲弾のように円く高まっていた。
彼女の体はしなやかで、脂が乗りながらもほっそりしていた。臀部の大きさとほっそりした胴が不釣合な感じだったが、かえってこれがじつにみごとで、そのために彼の一物はノルウェーのもみ[#「もみ」に傍点]の木のように突っ立つのを感じた。
彼が、つけ根のほうが太く、膝のあたりでグッと細くなっている腿をピシャリとたたいているあいだ、彼女は彼の宝物を握っていた。
彼女が裸になると、彼は種馬さながらに、いななきながらおつとめにとりかかった。一方彼女のほうは、両眼をつぶって、この無限の悦楽を味わっていた。
ムーニィヌ将軍は、そのあいだに小さな、まったく可愛らしい、おずおずしたシナ人の少年を呼び入れていた。
糸のように細い少年の目が、愛戯に夢中になっているカップルの方を向いて、パチパチと目ばたきをした。
将軍は少年の着ているものを脱がせて、ようやくなつめ[#「なつめ」に傍点]の実ぐらいの大きさになった勲章を少年に吸わせた。
次に少年の向きを変えさせると、痩せた、黄色い小さな尻をひっぱたいた。将軍は自分の大きなサーベルをとると、少年のそばへ置いた。
それから彼は少年のおかまを使ったが、この満州国の文明の眼を開いたやり方を、少年のほうは充分心得ていたはずである。それというのも、彼は自分のシナのお稚児風な体を、経験をつんだやり方で揺すっていたからである。
将軍が言った。
「わしのハイディン、大いに楽しめよ、わしのほうも楽しむからな」
そして彼のせがれはシナの少年の体からほとんど全部抜け出たが、すばやくまた中に収まるのだった。彼の喜びが頂点に達すると、サーベルを手に執り、歯を噛みしめて、おかまを使うことは止めずに、可愛いいシナ人の首を斬り落した。血が、まるで泉から湧き出る水のように、少年の首から流れ落ちるあいだに、少年の最後の痙攣が将軍にすばらしい快感を喚び起した。
将軍は身を離すと、ハンケチで一物を拭いた。それからサーベルの血糊を拭い、首をはねられた少年の頭を手にとり、今ではすでに態位を変えたモニイとハイディンにその首を見せびらかした。
サーカシア女は熱狂してモニイに馬乗りになっていた。彼女の乳房はブランブランと踊り、尻は狂おしげに持ち上った。モニイの両手はこの大きな、すばらしい尻っぺたに触れていた。
「見るがよい」と将軍が言った。「この可愛いいシナ人は優しく微笑しているようじゃないか」
その首は恐ろしいほど顔をしかめていたが、その様子が愛戯に酔っている二人の激しい淫蕩な気分を倍加して、二人は前にも増した熱心さで体を動かした。
将軍は手にしていた首を放すと、妻の腰をつかみ、彼女のうしろに一物を突っ込んだ。この一事によってモニイの快感はいちだんと強くなった。二人のせがれが狭い隔壁でようやく分けられ、鼻っ先をぶつけながら若い女の歓喜をいやが上にも昂《たか》めていった。女はモニイの体に噛みつき、まむしのように体をくねらせていた。ほとんど時を一にして、三人が放射した。このトリオが体を離すと、直ちに将軍がすっくと立ち上り、こんな叫び声をあげながらサーベルを振り回した。
「さーて、プリンス・ヴィベスク、きみには死んでもらわなければならん、きみはあまりにも見すぎたからな!」
ところがモニイはなんの苦もなく将軍の武器を奪い取った。
次に彼は将軍の両足と両手を縛りつけ、有蓋車の隅の、シナ人の少年の死体のそばへ彼を横にした。それから朝まで、彼は将軍夫人と気持のよい愛戯を続けた。女から離れたとき、彼女は疲れきって、眠り込んでいた。将軍も同じように、両足、両手首を結わかれたままグウグウ眠っていた。
モニイはフェドールのテントへ戻った。ここで一同は一晩中同じように愛し合っていた。アレクシーヌ、キュルキュリーヌ、フェドール、それにコルナブーがマントの上にざこ寝して、裸のまま横になっていた。星のしずくが女たちの茂みにはりつき、男たちの一物はもの悲しそうにブラ下っていた。
モニイはそのまま一同を眠らせておき、野営地ヘブラブラと散歩にでかけた。みな近々起る日本人たちとの戦闘を見込んでいた。兵隊たちは兵器の手入れや、夕食に余念がなかった。騎兵たちは自分の馬の毛を櫛ですいてやっていた。
ひとりのコサック騎兵が、手が冷たいあまりに、牝馬のあそこに手を突っ込んで暖めている最中だった。馬はやさしくいなないていた。とつぜん、すっかり勢いづいたコサックが、馬のうしろに置いた椅子の上に乗っかると、まるで槍の柄さながらに、長く大きな一物をとり出し、馬のヴァギーナの中に、恍惚としてそれを突っ込んだ。このひとでなしの獣のような男は、大きく尻を動かして、一物を引き抜く前に三回も放出したので、馬はこのさかりのついた愛馬家を蹴とばした。
こうしたけだものじみた行為を目撃したひとりの士官が、モニイといっしょにその兵隊のほうへ近寄った。士官は情熱に身を任せてしまったことについて、兵隊を激しく叱責して、こう言った。
「オイお前。マスターベーションは軍人たるものの資格だ。
優秀な兵隊というものはすべて、戦時においては、オナニスムこそ唯一の許された愛の行為だと知らなくてはいけない。自分で慰めるんだ、しかし、女に触れることも、動物を相手にすることもご法度《はつと》だぞ。
いずれ近々、決定的に男と女とは袂《たもと》を分つものだが、男にも女にもこの別離に慣れさせるという意味で、もちろん、マスターベーションというやつは、しごく高く買ってよいものだ。男女両性の風習、精神、服装、趣味、だんだんと変ってきておる。地上を征覇《せいは》し、いずれ幅をきかせるこの自然の法則を考慮に入れたいと思うならば、今こそこれに気付く絶好の時であり、また必要なようにわたしには思えるんだ」
士官は、考え深そうな様子で、再びフェドールのテントに戻ってゆくモニイを後に残して、遠ざかっていった。
にわかにプリンスの耳に奇妙なざわめきが聞えてきた。まるでアイルランドの泣き女が、見も知らぬ男の死を嘆き悲しんでいるような感じだった。
近寄るうちにざわめきが変って、ものをたたく乾いた響でリズムをとっているように聞えてきた。それはあたかも、オーケストラが低い声で演奏を続けているあいだに、気の狂った指揮者が、譜見台を指揮棒でたたいているように聞えた。
プリンスが急いで駆けつけると、彼の目の前に奇妙な光景が展開した。ひとりの士官に指揮された一団の兵士たちが、長いしなやかな杖で、ベルトのところまでむき出しになった受刑者の背中をたたいているところだった。
この杖打ちの刑の指揮をとっていた男より、階級の上だったモニイは、自分で彼らの指揮をしてやろうと思った。
新しい罪人が引き出された。ロシア語のほとんど喋《しやべ》れないハンサムなタタール人の若者だった。プリンスは若者をすっかり裸にむかせて、兵隊たちは彼を痛撃した。彼をたたきのめす鞭と同時に、朝の寒気が若者の肌を刺すように、と考えてのことだった。
若者は少しも動ぜず、そうした平静さがモニイをいら立たせた。モニイがひとりの士官の耳にひと言ささやくと、士官はやがてビヤホールのウエートレスを連れて現われた。女は豊満な給仕女で、その尻と胸は、彼女の体を締めつけている制服を、いかにも淫《みだ》らな感じでふくらませていた。この美しい、大きな娘は、いかにもその服装が窮屈そうに、あひるのような足どりで歩いてやってきた。
「お前は淫らな女だぞ」とモニイが彼女に言った。「女がお前みたいになったら、とても男装などできたものではない。それを思い知らせるためにも、鞭で百たたきの刑だ」
不幸な女は体中を震わせていたが、モニイの身振りで、兵隊たちは女の衣装をはいだ。
彼女のヌード姿は、タタール人の裸形《らぎよう》と奇妙な対照をなしていた。
彼のほうはひょろ長く、やつれた顔付で、小さく、意地悪な、それでいて落着いた目付をしていた。四肢は痩せていて、しばらくの間、荒野でいなごを食べて生きてきた後のジャン・バチスト(洗礼者ヨハネ)そのままの姿だった。彼の両腕、胸、そしてひょろっとした両脚は毛深かった。割礼を受けたペニスは、鞭をくらったおかげで固くなり、その先端は真紅で、酔いどれの吐瀉物のような色をしていた。
例のウエートレスは、ブランシュヴィック生まれのドイツ女の美しい見本のようで、いかにも重い尻をしていた。それは一見して、種馬どもの中に放たれたリュクサンブールの逞しい牝馬のようだった。もつれたブロンドの髪の毛が彼女をとても詩的な姿に見せ、ライン河の水の精そのものと言ってよかった。
とても明るい色のブロンドの草叢が太腿の真中までたれ下っていた。そのもじゃもじゃな毛は、はちきれんばかりの|前の丘《モツト》を完全に覆っていた。この女の息吹きは逞しく健康そうで、兵隊たちはみな、彼らの男性の象徴がおのずから担《にな》え銃《つつ》をするのを感じていた。
モニイが拷問用の笞《むち》を頼むと、笞が運ばれてきた。彼は笞をタタール人の手に持たせた。
「このブタ野郎め」と彼が大声で言った。「もしお前が自分の肌を打たれるのが嫌なら、この娼婦を容赦なく打ちすえろ」
タタール人はそれには答えずに、やすりの屑鉄《くずてつ》をはりつけた革紐でできた拷問道具を、いかにも扱いなれたように試してみた。
女は泣き叫んで、ドイツ語で憐れみを言った。白とピンクの体が震えていた。モニイは彼女をひざまずかせると、足でひと蹴りして、強引に大きな尻を持ち上げさせた。タタール人はまず笞を宙にひと振りして、それから腕をうんと持ち上げて打とうとした。そのとき、体中をわななかせていたウエートレスが、大きな屁《へ》を一発放ったので、見物の一同は大笑いし、笞が下に落ちた。モニイはふつうの革の鞭《むち》を手にすると彼の顔を撲りつけながらこう言った。
「バカ者め、お前に打てと言ったが、笑えとは言わなかったぞ」
それからもう一度彼にその鞭を持たせると、まず初めは慣れさせるために、これでドイツ女を打てと命令した。タタール人は規則正しく打ち始めた。受刑者の大きな臀のうしろにあった彼の一物が臀にぶつかったが、彼の情欲とは関係なく、彼の腕はあるリズムをもって振り下ろされた。鞭はとてもしなやかだったので、ひと打ちごとに宙でヒューッと鳴った。そして、縞を描いて、張り切った皮膚の上に無情に浴びせられた。
このタタール人はなかなかの芸術家で、彼の振り下ろす一撃一撃は集まって、達筆なデッサンを描いて見せた。
背の下のほう、尻っぺたの上に、まもなくはっきりと「娼婦《ピユタン》」という語が現われた。
一同激しく拍手喝采したが、そのあいだにドイツ女の叫び声は相変らずますますかすれてゆく一方だった。彼女の臀は鞭をひと打ちするたびに、しばらく揺れて、次にぐっと高くなった。キュッと緊っていた尻もすぐに力が抜けてしまった。そのとき、一同の目に尻の穴と、その下のほうに半分口を開いた、湿ったコンが見えた。
だんだんと、彼女は鞭の衝撃に慣れていった。鞭がヒューッと音をたてるたびに、背中がふわりと持ち上り、尻が半開きになって、コンは喜びのあまり口を開いたが、その様子はあたかも、思いがけない快感が彼女を訪れたかのように見えた。
間もなく彼女は快感に息もたえだえになったように倒れ、モニイは、そのときようやくタタール人の手をとめた。
彼は再びタタール人の手に拷問用の笞を持たせたが、すでに激しい刺激を受けた男は、欲望のために気が狂ったようになって、この残忍な武器でドイツ女の背をたたき始めた。ひと打ちごとに、血まみれな深い傷痕を何条か残した。それというのもタタール人は、彼女を打ちすえたあとに、もう一度鞭を振り上げる代りに、革紐にぬりつけたやすりの鉄屑が、ぼろ切れのように皮膚や肉を掻き取れるような具合に、自分のほうに引っ張ったからである。そうすると皮膚や肉は、あちこちにとび散り、兵隊風の制服に血しぶきを散らして血まみれのしみをつけるのだった。
ドイツ女はもう苦痛など感じなかった。彼女はのたうち回り、体をよじって、快感のあまりヒューという声をあげた。顔は真赤になり、よだれをダラリと流していたが、モニイがタタール人に、もう止めろ、と命令した頃には、背中はもうただ一面の傷になっていたので、「娼婦《ピユタン》」という語の跡はすっかり消えてしまった。
タタール人は、血まみれの笞を手にしたまま、シャンとして立っていた。どうやら彼は讃《ほ》めてもらいたい様子だったが、モニイはいかにも軽蔑した態度で彼を見つめた。
「お前は初めのうちはなかなかうまくやったが、終りの頃はカラッペタだったぞ。この女の仕上りぶりを見るといやになるぞ。お前はなにも心得のない者のような打ち方をしたな。兵隊ども、この女を連れて行け、そしてこの女の仲間のひとりを、ここにあるテントへ連れてこい。ちょうどテントは空だ。わたしはこのくだらぬタタール人を連れてそっちへ行っているからな」
彼は兵隊たちを解散させたが、兵隊たちのうちの幾人かがドイツ女を連れてゆき、プリンスは自分の囚人を連れてテントへ入った。
彼は二本の鞭で、力いっぱいタタール人を打ち始めた。彼が今しがた目前にしたあの光景にすっかり興奮しきったタタール人は、自分がその主役だっただけに、ホーデンの中で煮えたぎっていたスペルムを長く押えきれなかった。モニイに打ちすえられて、彼の一物は立ち上り、ほとばしり出た体液が、テントの布に当って砕け散った。
そのとき、べつの女が連れられてきた。ベッドにいるところを不意に襲われたので、彼女はシュミーズ姿だった。顔には茫然自失と、深い恐怖の表情が拡がっていた。女は唖《おし》だったので、喉から言葉にならないしわがれた音が洩れていた。
女はスエーデン生まれの美女だった。ビヤホールの支配人の娘で、父親の共同経営者の、デンマーク人とすでに結婚した身だった。女は四ヵ月ほど前にお産をして、自分で子供を育てていた。女はおそらく二十四歳ほどになるはずだった。ミルクではちきれんばかりの乳が――それというのも彼女は乳の出がよかったからだが――シュミーズをふくれ上らせていた。
モニイは、女を一見するとすぐに、彼女を連れてきた兵士たちを追い返して、彼女のシュミーズをまくり上げた。スエーデン女の逞しい太腿はまるで柱の柱身のように見え、その上の堂々たる体を支えていた。彼女の茂みは金色で、やさしくカールしていた。モニイは、自分が口で彼女を弄《もてあそ》んでいるあいだに、彼女を打ちすえるようにタタール人に命令した。美しい唖女の腕に鞭が雨あられと浴びせられたが、プリンスの口は、下のほうでこの北極女の泉から滴る愛液を受けとめていた。
次に彼は、ポッポと熱くなっている女からシュミーズをはぎとり、自分も裸になってベッドの上に上った。彼女はモニイの上になり、一物は目もくらむように白い両腿のあいだに深々と突き入った。どっしりした、固く緊った彼女の尻が、調子をとって上に持ち上った。プリンスは相手の乳房を口にくわえて、芳醇なミルクを吸い始めた。
タタール人は為すところなく手をつかねているだけではなかった。鞭をヒューッと鳴らしながら、唖女の両半球に皮膚を裂くような痛撃を加え、それが彼の快感に油を注ぐのだった。彼はまるで魅入られた男のように、この上なくすばらしい臀に縞模様をつけ、白い脂の乗ったみごとな肩にも容赦なく傷をつけ、背中に溝を残して打ちすえるのだった。すでにあまりに体を使いすぎたモニイは、快感を覚えるまでに長い時間を要したが、鞭を受けて興奮した唖女のほうは、馬乗りになって旅を続けているあいだに、およそ十五回も感きわまっていた。
そこで彼は再び立ち上り、絶好調にでき上っているタタール人を見ると、まだ物足りぬように見える乳呑児を育てている母親のうしろから犯すように、彼に命令した。そして彼みずから拷問用の笞を手にすると、兵隊の背中を血まみれになるほど打ちのめしたが、タタール人は恐ろしい叫び声をあげながらも歓喜していた。
タタール人は命令された持場を離れなかった。恐るべき鞭によって与えられる痛撃を、ストイックに耐え忍びながら、彼は休みなく、自分が腰を据えている愛の容器《いれもの》の中を探り続けた。彼は熱いプレゼントを、その容物の中に五回も捧げた。それから、欲情の戦慄《せんりつ》になお体を揺すっている女の上で、じっと動かなくなった。
しかしプリンスは彼をののしり、巻タバコに火をつけると、タタール人の肩のあちこちを焼いた。さらに、焔《ほのお》をあげているマッチをホーデンの下に持っていったので、その熱さのおかげで、この疲れを知らぬ一物は生気をとり戻した。タタール人は再び奮起して新しい放出の努力を始めた。モニイは鞭を手にすると、タタール人と唖の女の一体になった体を力いっぱい撲りつけた。血がほとばしり、鞭がパチッと音をたてて落ちた。モニイはフランス語と、ルーマニア語とロシア語で口汚なく罵《ののし》った。タタール人は恐ろしいほど歓喜したが、モニイに向けた憎悪の眼差が彼の両眼にひらめいた。彼は物言わぬ女の言葉をよく心得ていて、自分の相手の顔の前に手をやり、唖の女にもりっぱに理解できるような合図を送った。
この楽しみが終りかけた頃になって、モニイは新しい気紛れを考え出した。彼は火を吹いた巻タバコを差し出して、唖の女の湿った乳の先に押しつけた。しずくが、丸く盛り上った乳房に真珠の粒のように流れ出していたので、タバコの火は消えたが、女は恐怖の呻《うめ》き声をあげながら放射してしまった。
彼女は、タタール人に向かって、すぐに体を離すように合図をした。すると二人ともモニイの上にとびかかり、彼の武器を奪った。女が鞭を持ち、タタール人は拷問用の笞を手にした。憎悪に溢《あふ》れる眼差で、復讐の希望に元気を取り戻して、二人は今まで自分たちを苦しめていた士官に無残な鞭の雨を降らせた。モニイがいかに叫ぼうと、体をもがこうと無駄だった。鞭は彼の体のどこといわず、見境いなく浴びせられた。ところが、タタール人のほうは、士官に対してこんな復讐をしたら、致命的な結果になるのではないかと不安になって、間もなく拷問用の笞を投げ出して、女と同じように、ふつうの鞭で打ちすえるだけにした。雨あられと浴びせられる鞭の下で、モニイははね回り、女は、とくにプリンスの腹、ホーデン、一物を夢中になって打ちすえた。
その間《かん》に唖の女の亭主のデンマーク人が、娘が母親の乳を欲しがって泣いたので、女房の姿が見えなくなったことに気がついた。彼は乳呑児を腕に抱くと、女房を探しに出かけた。
ひとりの兵隊が、彼女がいるテントを教えてくれたが、彼女がなにをしているかは言わなかった。デンマーク人は嫉妬《しつと》に狂って駆けつけ、布を持ち上げてテントの中に入った。その場の光景はありきたりのものではなかった。血まみれになって、すっ裸の女房が、これもまた裸で、全身血だらけのタタール人といっしょになってひとりの青年を鞭で打ちすえていた。
拷問用の笞が地面に落ちていた。デンマーク人は子供を地上に置いて、笞を手にとり、力の限り女房とタタール人を打ちすえたので、二人は苦痛の叫び声をあげて地べたに倒れてしまった。
鞭で打たれるうちに、モニイの一物は頭をもたげて、この夫婦喧嘩を見ると雄心勃々となってきた。
赤ん坊は地面の上で泣き叫んでいた。モニイは赤ん坊を抱き上げ、産衣《うぶぎ》を脱がせると、小さな桃色の臀を抱えて、そこヘ一物を当てがいながら、赤ん坊の口を片手でふさぎ、赤ん坊を犯した。モニイが喜びに達するまで、そう長くはかからなかった。父親と母親がこの犯罪に気が付き、彼に向かって殺到したとき、少々時期がおそすぎて彼はすでに放射していた。
母親が子供を奪い取った。タタール人は急いで身じまいをすると、目をかすめて逃げようとした。しかしデンマーク人が血走った目で、笞を振り上げた。彼はまさにモニイの頭上に致命的な一打を振り下ろそうとしたが、そのとき、地面に士官の制服があるのに気が付いた。彼の振り上げた腕が下った。というのは、彼は、ロシアの士官というものは神聖にして侵すべからざるものであり、暴行も略奪も自由にできるものだが、士官にあえて手を上げようとした従軍商人などは、たちどころに絞首刑にされるにちがいない、ということをじゅうぶん心得ていたからである。
モニイはデンマーク人の脳髄に浮んだことをすべて理解した。彼はそれをうまく利用して、大急ぎで拳銃をとり出した。相手を軽蔑しきった様子で、デンマーク人にズボンを脱げ、と命令した。それから拳銃を突きつけたまま、自分の娘を犯せと命じた。デンマーク人がいかに哀願しても徒労だった。彼は、いまは気を失った乳呑児の愛くるしい臀に、貧弱な一物を突っ込まなければならなかった。
その間に、鞭を手にして、左手に拳銃を持ったモニイは、唖の女の背中に雨のように鞭を浴びせたので、彼女は泣きじゃくりながら、苦痛に身をよじっていた。鞭は、さきほどの打撃で腫れ上った肉の上に降り、哀れな女が苦痛をこらえている光景は、まったく恐ろしい見物《みもの》だった。モニイは賞賛すべき勇気をもって、この光景に耐え、彼の腕は、不幸な父親が自分の娘に放射するまで、変らぬ強さを保っていた。
そこでモニイは服を着て、デンマーク女にも同じく服を着るように命じた。それから、優しく夫婦に手を貸して、子供の息を吹き返らせようとした。
「お前はずいぶん無情な母親だな」と彼が唖の女に言った。「お前の子供は乳を吸いたがっている、お前にはわからんのか?」
デンマーク人が女房に合図すると、彼女はつつましく乳を出し、乳呑児に乳を吸わせた。
「サテ、お前のはなしだが」とモニイがデンマーク人に言った。「お前はわたしの目の前で自分の娘を犯したんだぞ、気をつけることだな。いいか、わたしにはお前を破滅させることもできるんだぞ。だから慎重にするんだな、わたしの言葉はつねにお前の言葉なんかより千鈞《せんきん》の重味があるんだ。おとなしくしていろ。今後は、お前の商売のいかんは、わたしの善意ひとつにかかっているわけだ。もしお前が慎重にしていれば、わたしはお前を保護してやるが、ここで起ったことを喋りでもしたらお前は絞首刑にされるだろうからな」
デンマーク人は感謝の涙を流しながら、この颯爽《さつそう》とした士官の手に接吻し、急いで妻と子供を連れ去った。モニイはフェドールのテントのほうへ向かった。
眠っていた連中もすでに目をさましていて、身じまいをすまし、服をきちんと着ていた。
一日中みな戦闘準備をしていたが、夕方ごろから戦いが始まった。モニイと、コルナブーと二人の女は、前哨戦へ戦闘に出かけたフェドールのテントに閉じ込められてしまった。やがて最初の砲声が何発か響き、担架手たちが負傷兵を乗せて戻ってきた。
テントは救護所に早変りした。コルナブーと二人の女たちは、瀕死《ひんし》の兵隊たちを集める仕事に徴発された。モニイはしきりに譫言《うわごと》を言っている、三人の負傷したロシア兵といっしょに、テントの中に残っていた。
そのとき、赤十字の看護婦がやってきた。いかにも優雅な服の着こなしだったが、とりわけなんの飾り気もない衣装、右腕にまいた腕章が雅《みや》びて見えた。
ポーランド貴族の、すばらしい美貌《びぼう》の娘だった。彼女はまるで天使もかくやと思われるばかりの甘い声の持主で、その声を聞くと、負傷兵たちは瀕死の眼差を彼女のほうに向け、マドンナを見たような気分にひたるのだった。
彼女は、甘い声で、モニイに簡潔な命令を下した。彼のほうは、この美貌の娘のエネルギーに、そしてときにその蒼い目からほとばしる奇妙な輝きにびっくりして、子供のように彼女の言いなりになっていた。
ときどき、清浄なその顔がいかつくなって、許し難い悪徳の雲が彼女の額を曇らせるように見えた。この女性の純真無垢な心に、間歇的《かんけつてき》な罪を犯そうという意志が宿るように思われるのだった。
モニイは彼女の様子を観察していた。やがて彼は、彼女の指が必要以上に傷口の上にぐずぐずと止っているのに気がついた。
見るも恐ろしい負傷者が運び込まれた。顔は血まみれになり、胸はパックリと口を開けていた。
看護婦は、楽し気な様子でこの負傷者の手当をした。彼女は口をあけた傷の穴に手を当てて、ピクピク動く肉の感触を楽しんでいるように見えた。
とつぜん、人の生血を吸う女悪魔は目を上げて、彼女の目の前、担架の向う側に、軽蔑したような微笑を浮べながら彼女に見入っているモニイの姿に気がついた。
彼女はサッと赤面したが、彼は彼女を安心させてやった。
「マアマア落着きなさい、なにも心配することはありませんよ、わたしにはだれよりもよく、あなたが感じることのできる情欲がわかるんですよ。わたし自身にしても、手は汚れていますしね。その負傷兵たちを相手にせいぜいお楽しみなさい、しかしわたしの抱擁もいやとは言わせませんよ」
彼女は黙って目を伏せた。やがてモニイは彼女のうしろへ回った。彼女のスカートをめくると、えもいわれぬ臀が現われたが、両方の丘は実にきっちりと緊っていて、どんなことがあろうとぜったいに離れまいと誓っていると思えるほどだった。
今ではもう、彼女は熱に浮かされたように、そして唇には天使のようなほほ笑みをたたえながら、負傷者の恐ろしい傷口を引き裂いた。彼女が体をかがめたので、モニイは彼女の臀のすばらしい絶景をさらに心ゆくまで楽しむことができた。
そこで彼は、彼女のコンのサテンのような唇のあいだに彼の短剣《もの》をうしろから差し込んだ。そして右手では彼女の尻を愛撫し、そのあいだに左手はペチコートの下を探りにゆくのだった。看護婦は、恐ろしい声でゼイゼイと喘《あえ》いでいる瀕死の兵隊の創口《きずぐち》に入れた両手を痙攣させながら、静かに楽しんでいた。兵隊はモニイが放射すると同時に息を引きとった。看護婦はすぐにモニイをどけて、死者のズボンを脱がせた。その一物は鉄のように固く、彼女は相変らず黙々として快感を味わいつつ、今までよりいっそう天使のような顔付になって、自分の中に死者の一物を差し込んだ。
モニイは初めは左右に揺れるこの大きな臀をたたいていたが、彼女のコンの唇は死体の柱を吐き出すと、また急いで呑み込んでしまった。彼の一物はまもなくもとの固さを取り戻したので、快感を楽しんでいる看護婦のうしろへ回ると、憑《つ》かれたように彼女のうしろを犯した。
続いて二人が身なりを整えると、霰弾《さんだん》に両腕、両脚をもぎとられたハンサムな青年が運ばれてきた。この木の幹のようになった人間はまだみごとな一物を持っていて、その固さはまさに理想的だった。看護婦は、モニイと二人だけになるやいなや、息もたえだえに喘いでいる木の幹のような人間のせがれの上に坐った。そして気ままなこの女騎士は、モニイのせがれを吸い、モニイはまもなくカルメル会の修道僧のように放射してしまった。木の幹のような人間は、まだ死んではいなかった。四肢の残った部分からは、ドクドクと大量の血が流れていた。吸血の魔女は、彼の一物を吸い、この恐るべき愛撫によって彼を殺してしまった。彼女がモニイに告白したところによると、このフリュート演奏の結果放射されたスペルムは、ほとんど冷たくなっていたというが、彼女はすっかり興奮しきっていて、疲労|困憊《こんぱい》したモニイが、彼女にホックを外してくれと頼むような始末だった。彼は彼女の乳房を吸い、次に彼女がひざまずいて、その山あいの谷間にプリンスのせがれをはさんで慰め、もう一度活気をとり戻そうとした。
「イヤハヤ!」とモニイが叫んだ。「負傷者の息を引きとらせる使命を負わせて、神がつかわした残酷な女め、お前はいったいだれなんだ、いったいどこのどいつだ?」
「あたくしは」と彼女が言った。「あの卑劣なグルコ(一八二八〜一九〇一、クリミヤ戦争で勇名を馳せ、後にサン・ペテルスブルグの総督さらにポーランド総督となり暴政を布く)がトボルスクに追いやって死なせた、革命のプリンス、ジャン・モルネスキイの娘です。
あたくしの復讐のために、そして母なるポーランドに復讐するために、あたくしはロシアの兵隊どもに止めを刺すのです。あたくしはクロパトキンを殺したいと思っていますし、ロマノフ朝のひとびとの死を願っているのです。
あたくしの兄は、同時にあたくしの恋人でしたし、ワルシャワでロシア人がユダヤ人を虐殺したあの期間に、あたくしの処女を奪いました。あたくしの男を知らぬ体がコサックの餌食になりゃしないか、と心配してのことだったのですが、この兄にしてもあたくしと同じ気持を抱いておりましたわ。兄は自分が指揮をとっていた連隊をわざと迷わせて、とうとうバイカル湖で連隊を沈めてしまいました。兄は出発前に、自分の意図をあたくしに知らせてくれたのです。
あたくしたちは、モスクワの暴虐な圧制に対して、こうして復讐してやるのです。
愛国的なこうした怒りは、あたくしの感覚に影響しました、そしてあたくしのもっとも高貴な感情は、残忍という感情に一歩を譲ったのです。おわかりでしょ、あたくしはチムール(十八世紀、アフガニスタン王、兄弟を殺すなどの暴政で有名)やアッチラ(五世紀、フン族の王でヨーロッパに侵寇、暴虐の限りをつくす)やイワン雷帝(十六世紀、イワン四世の異名で最初の皇帝)のように残忍ですわ。あたくしは、むかしは聖女のように清純でした。今になってみると、メッサリーナ(一世紀、ローマ、クラウディウス帝の妃で淫奔残忍で有名)やカトリーヌ(この名の女性は多いが、ここではフランス十六世紀、アンリ二世妃のカトリーヌ・ド・メディシスと思われる。サン・バルテルミィの大虐殺の首謀者)にしても、あたくしのそばへ来ては、優しい小羊みたいなものでしょう」
モニイは、この上品な娼婦の告白を聞いて、戦慄を感じないではいられなかった。彼は、ポーランドの名誉にかけても、どうしても彼女の尻をなめてやろうと思い、また彼女に、ベルグラードでアレクサンドル・オルレノヴィッチの生命をおびやかすような陰謀に、彼も間接的に加担したことを打ち明けた。
彼女は感嘆したように、彼の打ち明けばなしに耳を傾けた。
「いつか、ツアーが窓から放り出される姿を見たいものだわ!」と彼女が叫んだ。
モニイは根が誠実な士官だったので、この追放の希望に抗議を申し立てて、合法的な専制主義への自分の愛着を打ち明けた。
「あなたはりっぱだと思うよ」と彼はこのポーランド女に言った。「しかしもしわたしがツアーだったら、そういうポーランド人はすべて、ひとまとめにして叩きつぶしてしまうにちがいない。あの能なしの酔いどれどもときたら、爆弾作りをやめないし、この地球を人間の住めないところにしてしまうんだ。パリですら、ラ・サルペトリー(パリの老婆の収容施設であるが、一種の精神病院としても軽症の患者を収容した)から出たものでも、重罪裁判所から出てきたものでも、同じようにあのサジストな連中は、平和な住民の生活をおびやかしているんだからな」
「おっしゃるとおり」とポーランド女が言った。「あたくしの国のひとたちは、あんまり浮かれて騒ぐことの好きなひとたちではありませんわ。でも、あのひとたちに自分の祖国が返してもらえれば、あのひとたちに自由に自分の国の言葉が話せるようになれば、ポーランドは騎士道的な名誉を重んじる国になり、物も豊かに、女性も美しくなりますわ」
「あなたのいうとおりだ!」とモニイが叫んだ。そして彼女を担架の上に押し倒すと、この怠惰な女性の体を開発し、愛戯に打ち込みながら、今は遥《はる》かに遠い、色恋の四方山《よもやま》ばなしにふけるのだった。それはあたかも『デカメロン』調とも見え、また二人の周囲をペスト患者たちがとり巻いているようにも見えた。
「可愛い女性だ」とモニイが言った。「わたしの信条をこの魂とともに交換しようじゃあないか」
「いいわ」と彼女が言った。「戦争が終ったら結婚しましょう、そしてあたしたちの残酷な行為の噂を、世界中にとどろかしてやりましょう」
「そいつは望むところだ」とモニイが言った。「ただ、残酷と言っても法にかなってなければいけないよ」
「きっとおっしゃるとおりね」と看護婦が言った。「公けにされていることをやってのけるくらいすばらしいことはありませんもの」
こう言うと、二人は恍惚として、たがいに固く抱き合ったり、噛み合ったりして心ゆくまで喜びを味わった。
そのとき、叫び声があがって、支離滅裂になったロシア軍が日本軍のためにさんざん打ち破られていた。
負傷者の恐ろしい叫び声や、大砲の炸裂音、軍用車の転がる不吉なひびき、パン、パンという連続的な銃声が聞えてきた。
とつぜんテントが開かれて、一団の日本軍がテントを襲った。モニイと看護婦は身なりをととのえるのがやっとだった。
ひとりの日本の士官がプリンス・ヴィベスクのほうへ進み出た。
「きみは捕虜だ!」と彼が言った。ところが拳銃を一撃して、モニイは士官を即死させてしまった。それから、茫然としている日本兵たちの目の前で、サーベルを膝に当てて折ってしまった。
そのとき、べつの日本軍の士官が進み出て、兵隊たちがモニイを取り囲んだので、彼は甘んじて捕虜になった。小柄な日本の士官と連れ立ってテントを出たとき、遠く、平原に、逃げおくれて、やっとのことで潰走《かいそう》するロシア軍に追いつこうとしている敗兵たちの姿を認めた。
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モニイは、捕虜になっても逃亡しないという宣誓をしたので、自由に日本軍の陣地の中を歩き回れた。彼はコルナブーを探し回ったが、徒労に終った。陣地を行き来するうちに、自分が、はじめに彼を捕虜にしたあの士官に監視されていることに気がついた。彼はその士官を友だちにしたいと思ったが、この思惑はうまくいって、彼と友情を結ぶことができた。この男はなかなか享楽好きの神道家で、日本に残してきた細君について、いろいろすばらしいことを彼に話してくれた。
「家内は箸《はし》が転げても笑いころげる、可愛いい女ですよ」と彼が言った。「ぼくは彼女を崇拝しておりますが、それはちょうど、三神一体のアメノ=ミノ=カヌシ=ノ=カミ(天御中主神)を崇拝するのと同じようなものなんです。家内ときたら、大地をお作りになった、人類の産みの親イザナギ、イザナミのように多産で、このお二方の神の娘であり、太陽そのものであるアマテラスのような美人なのです。ぼくの帰国を待ちながら、家内はぼくの身に思いを馳せつつ、ポローニア帝国産の木でできた、十三絃の琴を弾じたり、十七管の笙《しよう》を吹いたりしているんです」
「で、あなたはどうなんです」とモニイが訊ねた。「あなたが出征して以来、あれをやりたいとしんから思ったことは一度もないんですか?」
「ぼくはですね」と士官が言った。「そんな欲望にあまり悩まされるような場合には、猥褻《わいせつ》な絵を見ながら手淫をすることにしているんです!」
こう言って、彼はモニイに、木版の驚くべき春画がいっぱいにのった小さな本を見せてくれた。その本の中の一冊には、あらゆる種類のけだもの、猫や、鳥や、虎や、犬や、魚などと痴戯にふけっている図がのっていたが、中には、ヒステリックなムスメの体に、いかにも嫌らし気に、吸盤のついた触手を巻きつけていた蛸《たこ》の絵まであった。
「わが軍の将校はすべて、兵隊もみんな」と士官が言った。「このテの本を持っているんですよ。連中は女なしですますこともできます、そして、こんな淫猥《いんわい》なデッサンを眺めながら自分で慰めるんですよ」
モニイはしばしばロシアの負傷兵を見舞に出かけた。ここで彼は、フェドールのテントの中で、彼に例の残酷なお稽古をつけてくれたポーランドの看護婦に再び会った。
負傷兵の中に、アルハンゲルスク生まれの大尉がいた。彼の傷はひどい重傷というほどでもなかったので、モニイは、大尉の枕許に坐って、しばしば彼とお喋りをした。
ある日のこと、カターシュという名のこの負傷兵がモニイに一通の手紙を差し出して、これを読んでくれと頼んだ。その手紙の中には、カターシュの妻が毛皮商人と通じて、彼を裏切っている、と書いてあった。
「ぼくは家内を熱愛しているんですよ」と大尉が言った。「この女をぼく自身よりも愛しているんです、そしてこの女が他人の持ち物になったと知って、おそろしい苦しみを味わっているんです。でもぼくはしあわせだ、とてもとてもしあわせなんです」
「あんたは、その二つの感情をどうやって両立させているんだい?」とモニイが訊ねた。
「それは両方とも矛盾したものじゃないか」
「ぼくの中では両者がうまく融け合っているんですよ」とカターシュが言った。「苦悩のない情欲なんて、ぼくにはとても抱くことはできませんね」
「それじゃあ、あんたはマゾヒストというわけだな?」とモニイが激しい興味を感じて、質問した。
「お望みならそう考えてくださってもけっこう」と士官が同意した。「もともとマゾヒスムというやつはキリスト教の教義と合致しますからね。どれ、あなたはどうやらぼくに興味をお持ちなようなので、ひとつ身の上ばなしでもいたしますかな」
「ぜひそう願いたいね」とモニイがたたみかけるように言った。「けれどもその前に、喉を冷やすためにこのレモンジュースでも飲みたまえ」
カターシュ大尉はこんな調子で話しはじめた。
「ぼくは一八七四年に、アルハンゲルスクで生まれたんです、そして少年時代から、罰を受けるたびに苦い喜びを味わったものでした。ぼくの家族の上に襲いかかった不幸のすべてが、ふしあわせを享楽するというぼくの能力を発展させ、それに磨きをかけてゆきました。
たしかに、これはあんまり気が優しすぎるというところからきたものでしたね。ぼくの父親は虐殺されましたが、いま思い出してみると、その頃十五歳だったのに、ぼくは、父のこの最後のおかげで、最初の快感を味わったんです。ショックと恐怖のおかげで、ぼくは射精してしまいました。ぼくの母親は気違いになりました、そして精神病院へ見舞にいって、母がひどく不潔な言葉でわけのわからないことを喋っているのを聞くと、ぼくの性器は勃起したものでした。というのは、母は自分が肥桶《こえおけ》に変ってしまったと信じ込んで、自分の体の中に大便をする臀を想像して、話して聞かせるんですよ、ムッシュウ。母が、便所の溝がいっぱいになった、と想像したような日には、母を監禁しなければならなかったんです。母は危険性を帯びて、大声で汲取屋を呼び汲み取ってくれと頼む始末でした。苦しい思いを味わいながら、ぼくは母の声を聞いておりました。母にはぼくがわかりました。『息子や』と彼女はよく言ったものです。『もうお前は自分の母親を愛していないんだね、いつもよその便所へゆくんだろ。あたしの上に坐って、お前の勝手にうんこをするんだよ。
うんちするならかあちゃんの胸の上なららくちんだ!
それにねえ息子や、忘れないでほしいね、あたしの便所の溝がいっぱいでね。なにしろきのう、ビール商人のやつがあたしの上へうんこをしにきてね、腹痛《はらいた》を起したくらいだよ。あたしゃもう溢れそうだよ、もうたまらないよ。どうしたって汲取屋を呼ばなきゃだめだよ』
ぼくは強制的に軍隊にやられましたが、ぼくにもいくらか勢力があったので、それがものを言って北部に止まっていることができました。ぼくは、アルハンゲルスクに腰をすえていたプロテスタントの伝道師の家へ入りびたりになっていました。彼はイギリス人で、娘がひとりおりましたが、その娘はなんともすばらしく、実際の彼女の美しさの半分も、ぼくの表現ではあなたにお話しすることはできないくらいでした。ある日、ごく内輪のパーティーで、ワルツが終ったあと、彼女と踊っているうちに、フロランスは、まったく思いがけなかったように、片手をぼくの太腿のあいだに差し込んで、こんなことを訊ねました。
『あそこが固くなってるのね?』
彼女は、ぼくが激しく勃起していたのに気がついたのです。しかし彼女はこんなことを言いながら、微笑しました。
『あたしもそうなの、すっかり濡れてしまったわ、でもね、べつにあなたが相手っていうわけじゃあないのよ。ディールのためにこうして楽しんでるのよ』
そして彼女は、ノルウェー人のセールスマンの、ディール・キッシールのほうへ甘ったれた様子で歩いてゆきました。二人はしばらくふざけていましたが、ダンス曲が演奏されると、さも愛《いと》し気に顔を見合せて、抱き合ったまま出てゆきました。こちらは殉教の苦しみを味わっていました。嫉妬がぼくの心をさいなみました。かりにフロランスのほうで望んだとしても、ぼくは、自分で彼女がぼくを愛していない、とわかったときのほうが、いっそう彼女の体を欲しいと思ったでしょう。ぼくはライバルと踊っている彼女を眺めながら、射精してしまいました。ぼくは心の中で、二人がたがいに抱き合っている姿を思い描いたものです、そして、涙を見られないように、顔をそむけなければなりませんでした。
そのとき、情欲と嫉妬の悪魔に駆られて、彼女こそぼくの妻たるべき女だ、とわれとわが心に誓いを立てました。このフロランスというのはふしぎな女で、四ヵ国語を喋りました。つまり、フランス語、ドイツ語、ロシア語に英語です。でも実際のところ、彼女は現在自分が使っている陰語の味なんていうものは全然わかっていないのです。ぼくにしても、フランス語はすこぶる流暢《りゆうちよう》に喋りますし、フランス文学については充分に知りつくしております、とくに十九世紀末の詩人についての造詣は深いんです。ぼくはフロランスに捧げる詩を作りました、自分ではこれを象徴派風と呼んでいますが、自分の淋しさを単純に反映させたものなんです。
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天使《アンジユ》たちが|しもやけ《アンジユリユール》に悩みて涙を流すころ
アルハンゲルスクの名のもとに アネモネの花開きたり
フロランスの名は梯子《はしご》の段の上に
名残りを止めし誓いの言葉を終らんと欲す
アルハンゲルの名を歌いし明るい声は
しばしばフロランスの挽歌を優しく歌えり
その花はかえりがてらに 雪解け水のしたたる
壁に天井に重き不安を打ち鳴らす
おおフロランスよ! アルハンゲルスクよ!
かたやは月桂樹の実 されどかたやはアンジェリカの草
女たちは交る交るに井戸の縁に身をかがめ花と残骸に覆われし黒き井戸をみたす
大天使《アルカンジユ》とアルハンゲルスクの花の残骸に
覆われし井戸を!
[#ここで字下げ終わり]
ロシア北部の守備隊の生活は、平和なときにはたっぷり暇がありました。狩猟や社交的な礼儀と、軍隊生活が半々というところでした。ぼくにとって狩猟というやつはほとんど魅力を感じませんでしたし、ぼくの社交的な雑務といったところで、簡単に言えば二言三言で片づけられるくらいのものでした。つまり、こちらでは愛していても、ぼくを愛していないフロランスを手に入れることでした。これは辛い仕事でした。ぼくは千回も死の苦悩を味わったものです。なんといってもフロランスときたら、だんだん激しくぼくを嫌うようになりましたし、白熊狩りの猟師や、スカンジナビアの商人とふざけ散らしたりしました。ある日、オペレッタの惨めなフランス人のドサ回り劇団が、この遥かな霧の中まで巡業にきたときには、ぼくは、北極のオーロラの輝くうちに、テノール歌手の、カルカソンヌ生まれの嫌味ったらしい不潔な男と手に手をとってスケートをしているフロランスを見て、びっくりしてしまったくらいですから。
でもぼくは金持だったんですよ、ムッシュウ、ですからぼくが奔走してみればフロランスの父親だってそう情《つれ》なくもできずに、ついにはぼくは彼女と結婚しました。
ぼくらはフランスへ出かけましたが、その途中にも彼女はぜったいに、キスひとつするのすらぼくに許してくれませんでした。二月の、カーニバルの最中にニースへ着きました。
ぼくらは一軒の別荘を借りましたが、花合戦の日になって、彼女は、今夜こそ処女を失う決心をしたとぼくに洩らしたのです。ぼくの愛情もやがて酬われると思いました。ところが、まったく残念なはなしです! ぼくの情欲の責苦が始ったのです。
フロランスがつけ加えて言うには、この役目をやり遂げるために彼女のお目がねにかなったのは、ぼくではないというんです。彼女はこんなことを言いました。
『ほんとにおかしなひとね、あなたって、もっともあなたにはわからないでしょうけれどね。あたしはフランス人がいいのよ、フランス人って伊達者《だてもの》だし、色事のことならお手のもので心得ているわよ。あたしね、祭りのあいだに、あたしの体を拡げてくれるひとを、あたしの手で選んでやるのよ』
服従には慣れっこになっていたので、ぼくは頭を下げました。ぼくらは花合戦に出かけました。ニースか、モナコ風なアクセントの青年がフロランスを見つめていました。彼女は微笑しながら振りかえりました。ぼくは苦しみました、それはダンテの地獄の環のどこにいるよりも、もっとひどい苦しみでした。
花合戦のあいだに、ぼくらはまた彼に会いました。彼は珍らしい花を溢れるように飾りたてた車に乗っていました。ぼくらは屋根のない四輪馬車に乗っていましたが、ここにいると頭がおかしくなりました、それというのも、フロランスが、馬車いっぱいにオランダ水仙で飾りたがったからです。
青年の車がぼくらの車と行き違ったとき、相手はフロランスに花を投げつけ、フロランスはフロランスで、オランダ水仙の花束を投げながら、愛情をこめて青年を見つめておりました。
すぐそばから、彼女はいらいらして花束を強く投げつけたので、軟らかい、ネバネバした花や茎が色男気取りの相手のフランネルの服にしみをつけました。と、すぐにフロランスは謝って、気さくに馬車から降りて、青年の車に乗りました。
この男は、父親から残されたオリーブ油の商売で成金になったニースの青年でした。
プロスペロ、というのがこの青年の名前ですが、彼はさり気なく妻を乗せて、花合戦が終ってみると、彼の馬車が一等賞で、ぼくのほうは二等でした。音楽が演奏を始めました。ぼくには、ぼくのライバルが手に入れた優勝旗を持って、口をしっかり押しつけて男にキスをしている彼女が目にとまりました。
その夜、彼女はどうしても、ぼくと、彼女が別荘へ連れてきたプロスペロを交えて夕食をしたいと言うんです。すばらしい夜でしたが、ぼくは悩みました。
寝室へ、ぼくら二人とも入れと妻が言うんです、死ぬほど悲しんでいるぼくと、あまりの幸運にすっかりびっくりして、やや当惑気味のプロスペロの二人です。
彼女がこう言いながら、肱掛椅子を示しました。
『あなたはお楽しみの授業参観でもしていらっしゃい、せいぜいこれを利用することね』
それから、プロスペロに向かって、自分の服を脱がせてくれと言いました。彼はなかなか優雅な物腰で脱がせました。
フロランスはチャーミングでした。固い肉付は、想像していたよりもずっとよく脂がのっていて、ニース男の手のもとでピリピリ震えていました。彼もまた服を脱ぐと、彼の男根は固く起っていました。ぼくはそれがぼくのものよりも大きくないことに気がついて喜んでいました。むしろそれはとても小っぽけとさえいえましたし、先は尖っていました。まあ、要するに処女の水揚げ用にはピッタリといった一物でした。二人とも美男美女でした。彼女は髪をきれいに手入れして、目は欲望のためにキラキラ輝き、レースのシュミーズの下はバラ色に見えました。
プロスペロは、クークー鳴いている鳩にそっくりな彼女の乳房を吸い、片手をシュミーズの下にやって、ちょっと彼女の体を手で可愛がりましたが、そのあいだ彼女のほうは彼の一物を下に押し下げ、離すとパチンと音を立てて青年の腹にはねかえってくるのを楽しんでおりました。ぼくは肱掛椅子の中で泣いていました。にわかにプロスペロが家内を腕に抱いて、シュミーズのうしろをまくりました。盛り上ったきれいな臀が凹みの影を落して現われました。
プロスペロは、彼女が笑い声をあげているあいだに彼女の尻を叩いていました。バラ色の尻の上にゆりのような白い縞が混ざりました。やがて彼女が真面目になって、こう言ったのです。
『あたしをものにしてちょうだい』
彼は彼女をベッドの上へ運び、ぼくの耳に家内があげる苦痛の叫び声が聞えましたが、このとき、破かれた処女膜が征服者の一物の前にその通路を開いたのです。
二人はもうぼくの苦悩を楽しみながらも、すすり泣いているぼくなどには注意も払いませんでした。もう我慢しきれずに、ぼくはまもなく自分のをとり出して、二人の栄光を祝ってみずから慰んだのです。
二人はこうして十回ばかり楽しみました。それから家内は、ようやくぼくがそこにいることに気付いたように、ぼくに言いました。
『ねえあなた、ここへきてごらんなさいよ、プロスペロってほんとにりっぱにやってくれたのよ』
ぼくは一物を宙におっ立てたままベッドに近寄りました。ところが妻は、プロスペロのものより大きいぼくの一物を見て、彼をすっかり軽蔑してしまいました。彼女はこう言いながらぼくの一物をいじりました。
『プロスペロ、あなたのものなんて、ぜんぜん能なしなのね、だってあたしの主人のものときたら、人間はバカだけれど、あなたのより大きいじゃない。あなたはあたしを欺したのね。あたしの主人があたしの仇を討ってくれるわ。アンドレ――つまり、ぼくのことです――この男を血まみれになるまで鞭で打ってちょうだい』
ぼくは彼にとびかかり、ナイト・テーブルの上にあった犬を打つ鞭を手にするや、彼を力いっぱい打ちすえました。この力は嫉妬のおかげで生まれたものです。ぼくは長いあいだ彼を鞭で叩き続けました。ぼくのほうが彼よりずっと強かったので、妻は彼が憐れになりました。彼に服を着るように言うと、決定的な決別の言葉を投げつけて彼をお払いばこにしました。
彼が出てゆくと、今度こそぼくの不幸は終ったのだと思いました。ところが、まったく悲しいはなしです! 彼女はぼくにこう言うんです。
『アンドレ、あなたのあれをちょうだい』
彼女はぼくのものを慰みましたが、彼女に触れることは許してくれませんでした。その後に、彼女は彼女の犬、美しいデンマーク犬を呼んで、しばらく犬のものを手でいじっていました。犬の先の尖ったものが固くなってくると、彼女は自分の上に犬を乗せて、舌をダラリと垂らして、欲望に息をはずませている犬に手を貸すようにと、ぼくに命令するのです。
ぼくはあまりひどい苦悩を味わったので、発射しながら失神してしまいました。ぼくが息を吹き返したとき、フロランスが大声をあげてぼくを呼びました。犬のあれは、ひとたび中へ入るやもう出ようとしないのでした。女と犬と両方とも、三十分も前からそれを抜きとろうとして、意味のない努力を続けていたんです。ふくれ上った節が、妻の締まった体の中にデンマーク犬のはしらをしっかり抑え込んでしまったんです。ぼくは冷たい水を使ってみましたが、おかげでまもなく二人は自由になりました。この時以来、ぼくの家内はもう犬を相手にあれをしようという望みはなくしたようです。ご褒美だといって、彼女はぼくのものを手で慰めてくれましたが、それがすむとぼくの部屋で寝ろと言って追い出してしまいました。
翌日の夜、ぼくは家内に、夫としての権利を使わせてくれと哀願しました。
『きみをしんから愛しているんだよ』とぼくは言いました。『だれだって、ぼくみたいにきみを愛しているものはいないよ、ぼくはきみの奴隷なんだ。ぼくを、きみの望みどおりにしてくれたまえ』
彼女は裸でしたが、じつに魅力に溢れていました。髪の毛がベッドの上に乱れ散り、両方の乳房の上のいちごがぼくの心を唆《そそ》り、ぼくは涙を流しました。彼女はぼくの一物を引っぱり出すと、ゆっくりと、小きざみに手で慰めてくれたのです。それから呼鈴を鳴らすと、ニースヘ来てから傭い入れた小間使がシュミーズ姿のまま入ってきました。というのは、小間使はすでにベッドヘ入っていたからですが。家内は、ぼくを肱掛椅子へ戻すと、ぼくは、息をはずませて、涎《よだれ》をたらして、狂ったように歓喜する二人のレズ女の楽しみを目のあたりにしました。二人は愛撫し合い、たがいに腿で慰め合っていました。そしてぼくは、若いニネットの大きな固い臀が、情欲に目をうるませている家内の体の上で持ち上るのを眺めていました。
ぼくは二人に近寄ろうと思いましたが、フロランスとニネットはぼくなどバカにして相手にせず、指でぼくのものを弄ぶと、次には自然の法に反する彼女らの情欲の中に沈み込んでゆくのでした。
翌日は、家内はニネットを呼びませんでしたが、今度ぼくを苦しめにきたのは、アルプス猟歩兵の士官でした。彼のしろものは巨大で黒ずんでいました。相手は粗暴な男で、ぼくに罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせかけて、ぼくをひっぱたきました。
こいつが家内と寝るときには、ぼくにベッドのそばへ来いと命令し、犬の鞭を手にするや、ぼくの顔を叩きつけるのです。ぼくは苦痛の叫び声をあげました。悲しいことです! 家内が大声で笑い出すと、ぼくは今までに感じていた例の刺激の強い情欲をまた新たに感じるんです。
残酷な軍人はぼくの服を脱がせましたが、彼が興奮するにはぼくを鞭で打つ必要があったのです。
ぼくが裸になると、アルプス兵はぼくを侮辱し、寝取《コ》|られ《キ》亭主《ユ》だの、うすばかだの、角《つの》を生やした畜生(コキュの額には角が生えるといわれる)とぼくを呼び、鞭を振り上げてぼくの尻に叩きつけるんです。最初数回の鞭打ちは激しいものでした。しかしぼくにはわかっていたんですが、家内はぼくが苦しむのに対して趣味をもっているし、彼女の楽しみはとりもなおさずぼくの楽しみにもなるのでした。ぼく自身が、苦しむことに喜びを感じていたんです。
鞭のひと打ちひと打ちが、ちょっと激しい欲望にも似て、ぼくの尻っぺたの上に落ちかかってくるのでした。最初のヒリヒリするような痛みは、すぐにえもいわれぬくすぐったい感じに変り、ぼくの一物は固くなるのでした。やがて鞭の打撃がぼくの皮膚を引きちぎり、ぼくの尻っぺたから流れ出る血が、異常なほどぼくの体に生気を与えてくれました。血がぼくの快感をとても昂めてくれました。
家内の指は彼女の美しいコンを飾る苔《こけ》の上で動き回っていました。彼女のもう一方の手は、ぼくの処刑執行者のものを慰めておりました。とつぜん、鞭打ちが倍加し、ぼくは自分の絶頂に達する瞬間が近づいたのを感じました。ぼくの脳髄は熱狂しました。ローマ教会がその栄光を讃える殉教者たちも、きっとこうした瞬間を持ったにちがいありません。
ぼくは立ち上り、血まみれになり、固く直立したまま、家内の上にとびかかりました。
家内も相手の色男もぼくを邪魔だてすることなどとうていできませんでした。ぼくは家内の腕の中に倒れ伏し、ぼくが彼女のコンの金色の茂みに触れるか触れないうちに、ぼくは恐ろしい叫び声をあげながら放出してしまいました。
ところが、すぐにアルプス兵がぼくのいた位置からぼくを引き離しました。家内は、怒りで真赤になって、どうしてもぼくを罰しなければいけない、と言うのでした。
彼女はピンをとると、一本一本、いかにも楽しそうにそれをぼくの体に刺し込むのでした。ぼくは恐ろしい苦痛の叫び声をあげました。男ならだれだって、ぼくを憐れに思うでしょう。ところがぼくの見下げ果てた妻は、赤いベッドに横になったまま、両脚を拡げて、色男のロバみたいな巨大なやつを引っぱって、自分のコンの茂みや唇をかき分けながら、グイッとホーデンまで押し込み、一方色男のほうは彼女の乳房に噛みついて、ぼくはといえば、気違いのように床の上を転げ回り、あの痛いピンをさらに深く体の中に突っ通すという有様でした。
ぼくはきれいなニネットの腕の中で目を覚ましました。彼女はぼくの上にしゃがみ込んで、ぼくの体からピンを抜いていました。隣の部屋では、家内が士官の腕の中で歓喜しながら、誓ったり、叫んだりしている声が聞えました。ニネットがぼくの体からピンを抜きとるときの苦痛と、家内の歓喜のために感じる苦痛が、ぼくのものをものすごく勃起させてしまいました。
前にも言ったように、ニネットはぼくの上に乗っていましたが、ぼくは彼女のコンのひげをつかみ、指の下に湿った割れ目を感じました。
ところがなんと残念なことでしょう! そのときドアが開いて、恐ろしい Botcha、つまりピエモン生まれの石屋の下職人が入ってきました。
この男はニネットの情夫で、彼はものすごく怒りだしたのです。色女のスカートをめくり上げると、ぼくの目の前で彼女の尻をたたき始めました。そして、革のベルトを外して、それで彼女を打ちさいなむのです。彼女が叫びました。
『あたし、ご主人とあれをしていたんじゃないのよ』
『どういたしましてだ』と石屋が言いました。
『やつがお前の尻の毛を引っ張っていたのはそのためだぜ』
ニネットが自分の身を守ろうとしても、無駄でした。彼女の褐色の大きな臀は、あたかも身をとばして襲いかかる蛇のように、ヒューッと音をたてて宙に舞う革紐に叩きのめされてとび上るのでした。やがて彼女の尻がほてってきました。きっと彼女はこうした罰を受けるのが好きだったに違いありません。というのは、彼女は振り向いて、情夫のズボンの前をつかむと、男のズボンを脱がせて、一物とホーデンをとり出したからですが、この一物とホーデンときたら、両方で少くとも三キロ半もありそうな代物《しろもの》でした。
この助平男の一物はまるで犬畜生のように硬直していました。彼はニネットの体の上に横になりましたが、彼女は労働者の背中のところで、すんなりした神経質な足を組んでいました。ぼくの目に、大きなさおが毛の生えたコンの中に入り込むのが見えましたが、コンはボンボンでも呑み込むようにそれを呑み込み、ピストンのようにそれを吐き出すのでした。二人が頂点に達するまではなかなかでしたし、二人の叫び声に家内のわめく声が入り混じって聞えるのです。
二人が終るやいなや、赤毛の石工は再び起き上り、ぼくがマスターベーションをしているのを見ると、悪罵《あくば》を浴びせて、彼の革紐を手にとると、ぼくの体のどことなく、めったやたらに打ちすえるのでした。革紐はとてもひどい痛さでした。それというのもぼくは弱っておりましたし、もうとても情欲を感じるだけの体力もなかったのです。バックルが激しくぼくの肉の中に喰い込んだので、ぼくは大声で叫びました。
『かわいそうだと思ってくれ……』
ところがこのとき、家内が情夫といっしょに入ってきて、部屋の窓の前で、まるで野蛮人の乱痴気のさわぎさながらにワルツを踊りはじめ、だらしのない格好をした二組のカップルがホーデンや、鼻を踏みつけながらぼくの体の上で踊り始め、体中から血をほとばしらせるのでした。
ぼくは病気になりました。でもぼくは復讐をしてもらったのです。というのは石工のやつは足場から落ちて頭蓋骨を打ち砕き、アルプス兵の士官のほうは同僚のひとりを侮辱して、決闘したあげく相手に殺されたからです。
『皇帝陛下の命令があったので、ぼくは兵役につくために極東へ呼ばれました。そして相変らずぼくを裏切り続ける家内と別れたのです』」
カターシュはこんな調子で彼の物語を終った。このはなしが、ちょうどこの身の上ばなしが終る頃に入ってきて、内に秘めた情欲に身を震わせながら、彼のはなしに耳を傾けていたポーランドの看護婦の体に焔を燃えたたせた。
プリンスと看護婦は不幸な負傷兵の上に殺到すると、彼の着ているものをひんむいて、最後の戦闘で奪われ、地面に散らばっていたロシア軍の軍旗の柄をとるや、不幸な男を撲り始めた。彼の尻はひと打ちごとに飛び上り、うわ言を言い続けた。
「アア、愛するフロランス、きみの清らかな手はまたぼくを打つのかい? きみのおかげでぼくのあれは固くなりそうだ……ひと打ちひと打ちがぼくに歓喜を与えてくれるよ……ぼくのあれを、手で慰めるのを忘れないようにね……アア! ほんとにいいよ。肩をちょっと強く打ちすぎるよ。……アア! いまのひと打ちで血が噴き出る……血が流れたのはきみのせいだよ……ぼくの妻……ぼくのはと[#「はと」に傍点]ちゃん……ぼくの可愛いい蠅……」
娼婦のような看護婦は、いままでにないほど激しく叩きつけた。蒼白い、不幸な男の臀が持ち上り、あちこち色褪《いろあ》せた血痕をつけていた。モニイの心臓はキュッと緊る思いだった。そして改めて彼女の残忍さに気がつくと、彼の怒りはこの不届きな看護婦のほうに向かった。彼は女のスカートをまくり上げて、打ち始めた。彼女は地べたに倒れると、下司女のような尻を動かしたが、そこにあるほくろがひときわ目立って見えた。
彼が力の限り叩きつけたので、繻子《しゆす》のような肉から血が噴き出た。
彼女は憑かれた女のように、体の向きを変えた。そのとき、モニイの棒が鈍い響をあげて、彼女の腹の上を叩いた。
彼は天才的なインスピレーションを感じ、看護婦が投げ捨てたもう一本の棒を手にすると、ポーランド女の裸の腹の上を太鼓のように叩き始めた。めくるめくような早さで、ラの音のあとにフラの音が続き、栄光の記憶に輝くあの少年バラも、アルコール橋(イタリア、ベロナ近郊の橋。一七九六年十一月十五日、一万五千のナポレオン軍が四万のオーストリア軍を破り、ナポレオンみずからこの橋の上に軍旗を立つ。少年バラはそのときの英雄的な鼓手)でこんなみごとに突撃太鼓を打てなかったくらいであった。
とうとう腹は裂けてしまった。モニイは相変らず腹を叩き続けた。救護所の外では、これを戦闘開始の太鼓と聞きちがえた日本兵たちが集合していた。陣野にラッパが鳴り響いて急を告げた。あちこちに部隊が集まったが、彼らがそういう処置をしたのはまことに幸運であった。というのは、ロシア軍はちょうど攻撃を開始したところで、日本軍の陣地に向かって進軍していたところだったから。プリンス・モニイ・ヴィベスクの太鼓の音が響かなかったら、日本軍の陣地は占領されていたろう。もちろん、これはニッポン人たちの決定的な勝利だった。この勝利はひとえにひとりのサジストのルーマニア人に帰するものである。
とつぜん、負傷者を担った数人の衛生兵が部屋の中へはいってきた。彼らは、ポーランド女の口の開いた腹を叩いているプリンスの姿に気がついた。彼らの目に、ベッドの上に裸のまま、血をしたたらせている負傷兵が映った。
彼らはプリンスの上にとびかかり、彼を縛り上げて連行した。
軍法会議は彼に、鞭打ちによる死刑を宣告したが、なにひとつ日本の裁判官の同情を惹《ひ》くものはなかった。ミカドに対して特赦請願をしてもまったく成果は現われなかった。
プリンス・ヴィベスクは、勇敢にも甘んじてその判決に従おうと決心して、真のルーマニアの世襲太守としてみごとに死ぬための準備にとりかかった。
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処刑の日がやってきた。プリンス・ヴィベスクは懺悔《ざんげ》をして、聖体拝授をすませ、遺書をしたためてから、両親に宛てて手紙を書いた。と、その後に彼の牢獄に十二歳ばかりの少女が入れられた。これを見て彼はびっくりしてしまったが、自分たちだけになったのを知ると、彼は少女を愛撫し始めた。
彼女はチャーミングだった。そしてルーマニア語で、自分はブカレスト生まれで、ロシア軍の後尾で日本軍の捕虜になったのだ、と彼に向かって言った。彼女の両親はロシア軍の従軍商人だったという。
彼女は、ルーマニアの死刑囚に処女を捧げたいと思わないか、と訊ねられて、それを引き受けたのだった。
モニイは彼女のスカートをまくり上げて、丸々した、まだ下草の生えていない、小さなコンを吸った。それから少女が彼のものを手で慰めているあいだに、優しく尻っぺたを叩いた。最後に、この可愛いいルーマニア娘の子供っぽい腿のあいだに一物の頭を当ててみたが、なかなか中へはいらなかった。彼女は臀を強く突き出してみたり、みかんのような円い小さな乳房を差し出してプリンスにキスさせたりして、あらゆる努力を払って彼を援けた。彼はエロチックな気分になってきた。心は激しく燃え、一物はとうとう少女の体内に入り、ようやくこの処女を犯して、けがれのない血が流れ出た。
そこでモニイは立ち上ったが、彼にはもうなにひとつ、人類の正義について希望をかけるものがなかったので、少女が恐ろしい叫び声をあげているあいだに、彼女の目をくり抜き、絞め殺してしまった。
そのとき日本兵が入ってきて、彼を外へ連れ出した。伝令使が牢獄の中庭で判決文を読み上げた。この牢獄はすばらしい建築の、古いシナの|寺院の塔《パゴード》だったのである。
判決文は短かった。すなわち、処刑囚はこの地に陣を敷いた日本軍の各兵の鞭打ちを受けるべし、というものだった。この軍隊はちょうど一万一千人の部隊だった。
判決文を朗読しているあいだに、プリンスは波瀾万丈の自分の生涯の追憶にふけっていた。ブカレストの女たち、セルビアの副領事、パリ、寝台車の殺人、旅順港の日本の少女、こうしたすべてのことが、彼の記憶の中で踊っていた。
ある事実がはっきり頭に浮んだ。彼はマルゼルブ通りを思い出した。春の晴着を着込んだキュルキュリーヌがマドレーヌ寺院のほうに小きざみに歩いてゆき、モニイは彼女にこんなことを話しかけていた。
『もしわたしが続けて二十回できなかったら、一万一千人の処女の罰を受け、いや一万一千本の鞭でたたかれてもかまいませんよ』
彼は連続二十回の行為をしなかった、そしてきょうその日がやってきて、一万一千本の鞭が彼に罰を下すのである。
彼の夢がここまできたとき、兵隊たちが彼の体を揺すり、死刑執行人の前へ連行した。
一万一千人の日本兵が、向かい合って二列に並んでいた。ひとりひとりが手にしなやかな鞭を持っていた。モニイは裸にむかれて、死刑執行人たちが両側に居流れるこの残酷な道を歩かなければならなかった。最初の数撃はただ彼の身を震わせただけだった。鞭は繻子のような皮膚の上に振り下ろされて、赤黒い傷痕を残した。彼は最初千回の打撃にはストイックに耐えたが、次には一物をおっ立てたまま、血の中に倒れ込んだ。
そこで彼は担架に乗せられ、腫れて血まみれになった肉を叩く杖の、仮借のない打撃に調子を合せながら、この痛ましい行進が続いた。やがて彼の一物は、もはや精の放射を抑えることができずに、何回も突っ立ち、このボロ切れのようになった人間に、さらにいちだんと強烈な打撃を加えた兵隊どもの顔に、白い液体を飛ばした。
二千回の鞭打ちで、モニイの魂は昇天した。陽光がさんさんと照り輝いていた。小ざっぱりした朝を、満州の子供たちの歌声がいっそう楽しいものにしていた。判決の通り刑が執行されて、最後の兵隊は、体もなにもなくなったボロ切れの上に杖の一撃を打ち下ろした。注意深く、打つのを避けた顔以外は、もうなにひとつ識別できないモニイの体はソーセージの肉のようになっていたが、大きく見開かれた両眼は見はるかす彼方の神聖なものを眺めているように見えた。
そのとき、処刑場のそばをロシア軍捕虜の護送馬車が通りかかった。モスクワの連中に感銘を与えるようにと、馬車が止められた。
ところが叫び声があがり、さらにべつの叫び声が二つあとに続いて聞えた。三人の捕虜がとび出して、まるで鎖でつながれていないかのように、ちょうど一万一千回目の鞭を受けたばかりの罪人の体の上に殺到した。彼らは身を投げかけるやひざまずいて、献身的な様子で、涙を流しながらモニイの血まみれの首をかき抱いた。
しばし茫然となった日本兵たちは、まもなく、捕虜のひとりが男で、しかも雲つくような大男であり、他の二人は兵隊に変装したきれいな女ではないか、ということに気付いた。事実それは、ロシア軍潰走の後に捕虜となったコルナブーとキュルキュリーヌとアレクシーヌだった。
日本兵たちは最初は彼らの苦しみに敵意を表したものの、二人の女に魅せられて、二人をからかい始めた。彼らはコルナブーを主人の死体の傍に残したまま、無益に体をバタバタさせているキュルキュリーヌとアレクシーヌのズボンを脱がせた。
きれいなパリジェンヌの、美しく、白い、そしてもがいている臀部が、まもなく兵隊たちの驚嘆したような目の前に現われた。彼らは優しく、べつに夢中にならず、ほろ酔いの月のように動く、このチャーミングな尻を鞭で打ち始めた。きれいな女たちが立ち上ろうとすると、下のほうに口をあけた茂みの下草が姿をのぞかせた。
鞭が宙に鳴り、たいらに打ち下されたが、といってあまり激しいわけではなかった。鞭はパリジェンヌの脂ののった、緊った臀にしばらく痕をつけ、その痕はすぐ消えて、再び鞭の当った個所に、もう一度痕を残すのだった。
二人の女がほどよい刺激を受けたところで、二人の日本軍の士官が彼女らをテントの下に連れ込み、ここで、ずいぶん長いあいだ禁欲して飢えていたので、十回ばかり二人を犯した。
この日本の士官たちは、名門の貴族たちだった。彼らは以前フランスでスパイ活動をしたことがあったので、パリの消息に詳しかった。キュルキュリーヌとアレクシーヌは、プリンス・ヴィベスクの死体を自分たちに下げ渡してもらうように、なんの苦もなく彼らに約束させた。二人はプリンスを自分たちの従兄《いとこ》ということにしておき、二人とも姉妹になりすましていた。
捕虜たちのうちに、地方新聞の通信員をしていた、フランス人のジャーナリストがいた。戦争前には、彼は彫刻家で、まんざら才能がないわけでもなく、ジャンモレイという名前だった。キュルキュリーヌは彼に会いにゆき、彼に、プリンス・ヴィベスクの記念碑を彫刻してもらいたい、と頼んだ。
ジャンモレイの唯一の情熱というのは、鞭で叩くことだった。彼がキュルキュリーヌに要求したのは、ただ彼女を鞭で叩くことだけだった。彼女はそれを承知して、指定の時間にアレクシーヌとコルナブーを連れてやってきた。二人の男と二人の女は裸になった。アレクシーヌとキュルキュリーヌはベッドの上にのぼり、頭を下げ、臀部を立てた。鞭を手にした二人の逞しいフランス人が、女たちの姿勢のおかげでみごとに突き出ている尻の割れ目とコンの上に、ほとんど鞭が飛ぶような具合にして二人を打ちすえた。彼らは叩きながら、お互に興奮してしまった。二人の女は殉教者の苦痛に耐えていたが、しかし自分たちの苦悩が、ありし日の彼にふさわしい彫像をモニイに捧げられる、という気持のおかげで、この奇妙な試練を最後まで頑張り抜けたのである。
次にジャンモレイとコルナブーは、体液のいっぱい流れ出た彼らの大きな一物をたがいに吸い合い、そのあいだにも二人は、きれいな娘たちの震える尻の上へ、相変らず鞭を浴びせていた。
翌日、ジャンモレイは制作にとりかかった。やがて彼は、途方もない喪の記念碑を完成した。碑の上には、プリンス・モニイの騎馬像がそびえ立っていた。
台石の上に浅い浮彫があって、プリンスの赫々《かつかく》たる武勲が描かれていた。片側には、封鎖された旅順港を気球に乗って脱出する彼の姿、もう一方の側には、パリヘ勉強にきた、芸術の庇護者としての姿が描かれていた。
奉天と大連のあいだ、まだ骨のばらまかれた戦場からほど遠からぬところで、満州を遍歴する旅人の目に、とつぜん白い大理石の記念の墓がうつる。
付近で畑仕事をしているシナ人たちはこの墓を崇めうやまい、満人の母親は子供の質問に答えてこんなことを言う。
「あれはね、西洋や東洋の悪魔どもから満州を護ってくれた巨人の騎士なんだよ」
ところがたいてい、旅人は進んで、満州縦断鉄道の踏切番に声をかけてみる。この踏切番は日本人で、糸のような細い目をしていて、P・L・M線(パリ=リヨン=マルセイユ線)の鉄道員のような服装をしている。彼は謙虚な調子でこんな返辞をする。
「ありゃあね、奉天の合戦に決定的な勝利をもたらした日本の鼓手隊長でさあね」
しかし、正確なことが知りたいと思って、旅人が彫像に近づいたならば、台石に刻まれた次のような詩句を読んで、長いあいだ瞑想《めいそう》に沈むであろう。
ここにプリンス・ヴィベスク眠る
彼こそ一万一千本の鞭の唯一の恋人なりき
たとえ一万一千の処女を犯せし証しありとも
よきかな旅人よ!
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解 説
1 アポリネールの生涯
天性は二つだろうか? 三つだろうか? いくつあるのだろう?
彼の顔の周囲で全世界が回っていたというほうがいい……
[#地付き]アンリ・エルツ
少年時代(1880―1899) 三十八年のアポリネールの生涯は目を見張るような数奇な一生であった。「現代詩の始祖」と呼ばれる彼が、詩人、作家としてさまざまな芸術上の波瀾を経験したことにふしぎはないが、私生活においてもその奇矯な、矛盾を孕んだ性格から短い生涯を数倍も生きたような感を与える。そもそもの出生から彼にはそんな生涯を暗示するような奇妙な状況にあった。
詩人の母親はアンジェリック・アレクサンドリーヌ・ド・コストロヴィツキー。古いポーランド貴族の出身で、有名な法官、ワルシャワの国会議員、将軍などを出した名家だったが、詩人の祖父は兄弟をあげて一八六五年のポーランド独立運動に参加し、事破れて妻の実家のイタリヤに亡命し法王庁侍従になった。アンジェリックは父の配慮により修道院で教育を受けることになったが、後年詩人を悩ませ続ける一種の悪女である彼女が厳格な宗教教育になじむわけもなく、ついにここをとび出す結果となった。そこで父親は良縁を求めて彼女を社交界に出し、ここで詩人の父となる相手と知り合うことになる。
詩人の父はフランチェスコ・フルジー・ダスペルモント。父方も古くからチロルの城主として伝わる名家で、フランチェスコの父はシチリヤの将軍、彼もまた大尉として軍籍にあったが、後に退役した。現在残っている写真を見ても、モーパッサンそっくりの、いかにも|良き時代《ベレポツク》の蕩児を彷彿させる風貌だが、事実カトリック系のきびしい家庭に似合わぬ遊び人で、奔放なアンジェリックとは似合いのカップルだった。二人は正式の手続をせずに同棲し、共にカジノを渡り歩く遊民生活を送っていた。
父親四十五歳、母が二十二歳のとき、正確には一八八〇年八月二十六日、詩人はローマ、マスタイ広場八番地で生まれた。このとき、母親は奇妙な処置をした。つまり自分の名前を隠して産婆に違う名前で市役所に届けさせ、自分が子供の養育を依頼された形にしたのである。十一月に到ってようやく子供を認知し、当然詩人は母親の姓を名乗ることになる。ギヨーム=アルベール=ウラジミール=アレクサンドル=アポリネール・コストロヴィツキーがフルネームで、つまりこんな母親の処置によって彼は生涯私生児の烙印を押されるはめになる。彼の父親にまつわるさまざまな秘密めかした伝説、ローマ法王庁の高僧の私生児だとか、モナコ司教のかくし子だとか、はなはだしくはモナコ国王のご落胤説、さらには後年の母の情夫、詩人と十一歳しか年の違わないジュール・ウェールが真の父親である、などという説が、まことしやかに囁かれたのも、出生時のこんな事情が原因であろう。もっとも元来ミスティフィカシヨンの好きなこの母と子が、こうした説を肯定しないまでも、正面切って否定しなかったために、伝説の真実味が増したとも言えないことはない。
暗いスラブの血と明るいラテンの血が詩人の体の中で混り合っている。両親の家系の厳格なカトリック、革命家、軍人、そしてこれと対蹠的な淫蕩な堕落貴族とばくち打ち的な性格、こうした遺伝形質を考えずにはアポリネールの矛盾にみちた生涯を理解することは不可能だろう。
二年後に弟のアルベールが生まれた。父親は不明である。すでにフランチェスコは殆んど家へ足踏みをせず、姿を隠していたからである。一八八七年母は完全に離別したので、生活費を得るためにも、一家はカジノのあるモナコヘ転居した。兄弟はここのサン・シャルル学院へ入学したが、詩人はここで生涯の友人となるルネ・ダリーズと同級だった。アポリネールはつねにルネと首席を争う秀才ぶりだったというが、注目すべきは、彼はここで熱烈な聖母崇拝ぶりを示し、当時の感動が後年『アルコール』の巻頭詩「地帯」に結晶している。九五年にこの学院は閉鎖され、カンヌのスタニスラス学院へ転校、さらに二年後にはニースの高等学校に移り、大学入学資格《バカロレア》試験を準備しているが、彼はついにこの試験は受けずじまいだった。ただこの高校で、やはり終生の友人となったトゥッサン・リュカと知り合い、また初めてギヨーム・アポリネールの名で象徴派的な詩作に手を染めている。
一八九八年には、ゾラの「われ弾劾す」の記事で有名なドレフュス事件が起っている。フランス全土を震撼させたこの事件で、詩人の若い魂が動揺したことにふしぎはないが、ツァーの圧制にあえいだポーランド人の血が流れているアポリネールが――元来彼が妙にユダヤ人に共感を示しているという事実を除いても――熱心なドレフュス主義者となったのは当然だろう。
さて母親のアンジェリックは、小柄で、甘い情欲的な声で喋り、しかも挙措には貴族的な気品を失わなかったという。当時の写真を見てもいかにもセックス・アッピールの溢れる女性であった。夫との離別によっていわば糧道を断たれた彼女にとって、カジノは賭博の場というよりも、天性の男好きのする容姿によって、好色なブルジョワ紳士たちを引っかける漁場であったろう。そのカモのひとりにジュール・ウェールと呼ばれるユダヤ人がいた。どこかうさん臭い、やはりカジノを渡るセミプロの賭博師だったらしいが、彼女とはうまが合って同棲し、詩人の義父役となる。病的に嫉妬深いといわれた詩人がこの母の情人とは妙に打ちとけて、こうして奇妙なこの四人の家族はパリヘ出、マクマオン街のホテルに居を定めた。
スタヴロ事件(1899―1900) 賭博以外に収入のない一家にとって、生活のためにもカジノが必要だった。そこで一家はアルデンヌ地方のスタヴロヘ行き、コンスタン・クルー経営のパンションに足場を定め、母とその情人はスパのカジノヘ出かけた。勝負はさんざんの裏目に出て、母親はそうそうに引き上げたが、兄弟二人は一夏をスタヴロで過すことになる。いくつかの河が流れるこの大森林地帯の風物は詩人の北方系の血を喚びさまし、彼はこの土地の魅力のとりことなって短篇集『腐ってゆく魔術師』の下書や、短篇『ク・ヴロヴ?』などの筆を執った。アンドレ・ビイはこの短篇を読んだおりの感慨を、「この時のアポリネールのベルギー領アルデンヌ地方での逗留が、彼のポエチックな感受性に深い影響を及ぼしたとわたしは信じている」と書いているが、詩人の短い生涯で、この時の田園生活はもっとも幸福な一時期だったろう。
常識的な青年だったら冷汗ものの、当時の彼の財政状態、その後に続く事件も、冒険好きな彼にはむしろ楽しいお慰みだったかもしれない。母親からの送金が途絶えた兄弟の財布にはもう五フランしか残っていない。母親は早くパリヘ帰れというものの、帰路の汽車賃しか送ってこないし、下宿代は三ヵ月もたまっていた。一八九九年十月五日の夜明けがた、兄弟は下宿をそっと抜け出して数キロの道を歩き、ロアンヌ・コーから汽車に乗りパリヘ帰った。母はパリの娼婦たちが好んで住む、コンスタンチノープル街の貸間に窮迫した生活を送っていた。名前もオルガ・カルポフという偽名を使い、二人の子供たちも甥として警察に登録した。アルベールはオペラ座の切符売りに雇われて家計を助け、詩人は連日職を探して歩き回るような貧乏な一家に、スタヴロの下宿の主人の下宿料踏み倒しの告訴は泣っ面に蜂の図だったろう。母子は予審判事の訊問を受け、結局は示談となったが、この「スタヴロ」事件のために支払う金も工面しなければならなかった。
さてこの頃、詩人は元弁護士で今は作家、といっても文字通りの三文作家になっている、友人のエスナールに耳よりなはなしを持ち込まれた。これより先、どうした風の吹き回しか、日刊紙の「ル・マタン」が連載小説の依頼をした。エスナールは喜んで『なにをなすべきか?』という小説を書き出したが、途中でどうしても筆が進まず、アポリネールにその代作を依頼してきたのだ。喉から手が出るほど金の欲しい時期でもあり、彼はこれを引き受け、一九〇〇年二月より、五月二十四日まで書き続けたが、ついに未完のまま終った。エスナールの名の陰に隠れて名前は出なかったが、これが公表されたアポリネールの最初の小説ということになる。しかも約束の報酬は払ってもらえなかったので、この仕事はまったく無料奉仕に終ったが、存分に詩人の趣味を盛り込み、通俗的新聞小説としては型やぶりで、のちの『異端教祖株式会社』の萌芽をうかがうことのできる作品だった。
ライン地方(1901〜1903) 貧窮のどん底にあった詩人は一九〇〇年新聞広告によって株式取引所の書記になるが、翌年辞職、取引所の同僚の母親の紹介で富豪のドイツ系貴族、ミロー子爵夫人の娘ガブリエルのフランス語の家庭教師になり、その資格で同家のライン河畔のホンネッフとノイ・グリュック別荘に同行することとなった。当時詩人は友人のユダヤ人、フェルディナン・モリナの妹のランダに熱烈な思慕を捧げ、毎日彼女に宛てて詩を書いていた。これらの詩は、詩人の死後「ランダ詩篇」となってまとめられたが、相手のランダはまったく彼の愛情に応えず、詩人の結婚の申込みには明らかな拒絶の返辞をし、つまり詩人は失恋の傷手を胸に抱いていたわけで、彼が北の国ドイツに行くことになったのは、その思い出を忘れるためだったかもしれない。
さきのアルデンヌ地方滞在によって開花を見た詩人の北欧人としての血は、この約一年間にわたるライン地方での生活によって著しく刺戟された。彼はこのあいだかなり自由にケルン、デュッセルドルフなどドイツ各地を歩き回り、のちに「ライン詩篇」に纏められる多くの詩を執筆している。
ライン河 ブドー畑のうち続くライン河はうっとりと酔っている
黄金なす夜毎の星は震えつつ降りそそぎ 水の流れに照り映える
などの詩句は、「序文」にも指摘されているように『一万一千本の鞭』の中にも点景として再現されている。この期間はアポリネールに少なからぬ影響を与えたばかりでなく、彼に新しい恋をもたらすことにもなる。相手は彼と同じ家庭教師の資格で滞在していたイギリス娘アンニー・プレイデンである。
……きみの眼差はその花に似て
眼のくまさながらに この秋の日々さながらに すみれ色
きみの眼差ゆえに ぼくの生命《いのち》はゆっくりと毒されてゆく
という「犬さふらん」の一節も、明らかにアンニーヘの思慕の歌と見ていいだろう。しかし、「愛されぬ男の歌」の詩人は、ここでもまた愛する女に逃げられる。一九〇二年家庭教師の契約期間のきれたアポリネールはパリヘ帰り、アンニーは詩人に一顧だに与えず海峡を渡り、のちにわざわざ彼女を追って二度までもロンドンヘ渡った詩人をも追い帰してしまった。
さてパリに帰ったアポリネールはショッセ=ダンタン街の銀行に職を得た。この頃から、「グランド・フランス」、「ルヴュ・ブランシュ」などの雑誌に詩や、のちに『異端教祖株式会社』に収められる短篇を発表して、特異な作家として若いボヘミアンからアポリネールの名が注目されるようになる。
文壇デビュ(1903〜1907) 詩人がいわゆる「呪われた詩人」と呼ばれる仲間と交際を始めたのは、サン・ミッシェル広場のある地下のカッフェでの夜会に出席してからで、とくにアンドレ・サルモン、マックス・ジャコブ、ジャリなどはアポリネールに大きな影響を与えた。そして、彼が主筆になり、サルモン、ジャコブが加わって、彼らの同人雑誌「イソップの饗宴」を発刊し、これを舞台として『腐ってゆく魔術師』『ク・ヴロヴ?』などのほか、多くの詩を発表した。一九〇四年に、当時の文壇の登竜門ともいうべき、雑誌「メルキュール・ド・フランス」が初めて彼のエッセイを掲載したのは、「イソップの饗宴」での活躍が踏台になったものだろうが、とにかくこれをアポリネールのデビュと見てもいいだろう。
さて同じ年、母のコストロヴィツキー夫人は情人と共にパリ郊外ヴェジネに転居し、詩人も共に移った。またこの年の終りに、勤め先の銀行が不振になり、「投資家の手引」なるPR雑誌を出し、彼はその編集長となっている。一方、「イソップの饗宴」は九号で廃刊となり、彼は新しく金主を見つけて、前と同じメンバーで「背徳雑誌」を創刊、のちに「近代文学」と改称したが、この雑誌も一号でつぶれた。一九〇五年九月には彼は別の銀行に移り、この間いくつかの詩篇を発表しているが、特筆すべきはこの頃から彼は無名の画家ピカソの才能に注目して、「画家ピカソ」を発表し、またこれが数多い彼の美術批評の最初のものとなると同時に、彼をキュビスムの画家たちに近づける奇縁となったことである。
二十世紀初頭の美術運動を語るときに、かならず引用されるラヴィニョン街の「洗濯船」にアポリネールが初めて足を踏み入れたのもこの頃である。A・ビリイは短いが、活々した文章で、アポリネールとピカソとの偶然の初対面の様子を紹介して、パリの一酒場でひとりのポーランド人とひとりのスペイン人が顔を合わせたという事実に較べれば、いわゆる歴史と呼ばれるものなどずっと重要ではないとまで極言しているが、実際この偶然がなかったら、キュビスムという二十世紀を革新する美術は生まれなかったかもしれない。ともあれ「洗濯船」で彼がピカソ、ヴァン・ドンゲン、ユトリロ、ブラック、ドラン、ヴラマンクなどと知り会ったのは、アポリネールにとっても、新美術にとっても劃期的な事件と言ってもよいだろう。
しかし詩作のほうはこの時期は彼にとってひと息ついたかたちで、一九〇六年、七年にはほとんど作品を書いていないが、同時代人を瞠目させた、アポリネールの面目躍如たるふしぎな小説を二篇書いた。これが『一万一千本の鞭』と、『若きドン・ジュアンの冒険』である。
シャルル・モーラスが主宰した晩餐会の席で彼がちょっとしたいたずらをしたことから、マックス・デローの怨みを買い、「政治と文学の批判者」という雑誌にアポリネールを中傷する記事を載せたため、決闘さわぎになったが、この雑誌の編集者だったA・ビイの仲介で事なく収まった。詩人の体に流れる南国イタリヤの血は、この後も何回か彼を決闘沙汰にまき込んだものである。
マリー・ローランサン(1907―1911) アポリネールはこの頃ほとんどヴェジネの家に帰らず、アムステルダム街のホテルに泊りっきりだったが、一九〇七年春からはレオニー街に部屋を借りて完全に母親から独立した。ある画廊で開かれたピカソの個展で、ある画塾に行っていた画学生の女性に紹介されたのもこの頃のことである。この画学生こそ、マリー・ローランサンだった。
ミラボー橋のしたセーヌは流れる
そしてぼくらの恋も
苦しみののちには喜びありと
せめて心に思い起そう
日本でも好んで口誦まれる絶唱「ミラボー橋」ほか、かずかずの佳篇の詩神となったのがこのローランサンである。ローランサンは利口そうな顔つきで、意地もあれば知性のひらめきもあり、いきいきと、そして思いがけない時に口を開き、「ロクロで引いたような体つき」(ビイ)をしていたと言うが、とくに男好きのするタイプだったらしい。アポリネールは一目惚れした。もともと激し易い彼のことで、こうなると情熱は奔流のような勢いで止まるところを知らない。アポリネールがオートゥイユヘ転居したのも、ここが彼女の住居のラ・フォンテーヌ街に近いという理由だった。マリーは詩人より一歳年下で、奇しくも彼女も混血だった。彼はまだ充分に開花しきれないマリーの個性を開放してやり、到るところへ彼女を伴って現われて美術家や作家仲間に紹介してやり、さらに美術批評に取り上げたりして、女流画家マリー・ローランサンを売り出してやった。
「小さな太陽だ」とまで言っていた詩人の情熱にも、しかし彼女のほうはあまり応えてくれない。当時の事情を実見しているビイは、当時彼はずいぶん煩悶《はんもん》したが、マリーのほうはどうしても本気にならなかった、と書いている。とにかく、詩人のほうでは、すでに夫婦きどりだったのだろう、自分のアパートヘ来て、彼女に家事の面倒までみるように要求したが、マリーのほうではこれを嫌がったという。
創作活動のほうは、沈滞期を終って再び活発になり始めた。一九〇八年に「ラ・ファランジュ」に「四季を売る娘」を発表、これが後にデュフィの木版を添えて出版された『動物詩集』で、この古典的な木版画がデュフィの今日の地位を築くきっかけになった。翌年アンデパンダン展に発表されることになるアンリ・ルッソーの「詩人に霊感を与えたミューズ」の原画となったアポリネールとローランサンの肖像は同じ年の秋の制作であるが、この頃が二人の交情がもっとも細やかな時期で、ルーヴル事件を機に彼女はしだいに彼を離れてゆくことになる。
ルーヴル彫像事件(1911〜) アポリネール自身が混血であり、また奇を好むその性格から、彼は非常なコスモポリットであった。一九〇四年、「投資家の手引」の編集長時代にジェリ・ピエレというベルギー人と知り合った。数年前、ピエレはルーヴルから古代の彫像二個を盗み出して、これをピカソに売って、どこかに姿を隠していたが、この頃パリに舞い戻って、アポリネールの雑用をしていた。一九一一年の五月、彼は再びルーヴルから彫像を盗み出し、これを詩人のアパートの煖炉の上に置いた。折から、八月二十一日、フランスが世界に誇るダヴィンチのジョコンダが盗難にあい、全世界の話題となって、全新聞がパリ警視庁に非難を浴びせるという有名な事件が起った。この事件の波紋が拡がるにつれて、ピエレの盗みに気がついていたアポリネールも不安になり出して、ピカソと相談した。二人は夜にまぎれてこれらの彫像をセーヌに投げ込もうとして出かけたものの、それもできず、途方に暮れて帰った。結局、以前に『オノレ・シュブラックの失踪』を掲載したことのあるパリ=ジュルナル社に持ち込み、盗品を返してもらおうということに話が纏った。新聞としても、そうすれば宣伝効果があるだろうという狙いだった。ところが新聞社は約束に反してこの事実を公表し、アポリネールのアパートは家宅捜査を受け、「ジョコンダ」泥棒との共犯という容疑を受けて逮捕、ラ・サンテ刑務所にぶち込まれた。ピカソもこの時召喚されたが、理由は不明であるが彼のほうはべつに容疑者にはならなかった。
アポリネール逮捕の数日後、すでにパリを逃走していたピエレは予審判事宛に詩人の無罪を証明した手紙を出したので、アポリネールの刑務所生活も一週間で終ったが、この事件のために彼はすっかり意気銷沈し、加えてこれをきっかけにしてマリー・ローランサンの態度もよそよそしくなった。フェルナン・オリヴィエによれば、オリヴィエが、ローランサンに、彼女の恩人とも言える詩人に見舞いの手紙を出すように頼んでも彼女は冷淡な態度を変えず、また事件以来、詩人のとりまき連中もまったく顔を見せず、ただM・ジャコブ、J・テリーだけが彼を励ましに顔を見せるだけだったという。
ぼくの苦しみをご存知の神さま いったいぼくはどうなるのでしょう
この苦しみは あなたが与えてくださったのです
この一週間のうちに執筆された「ラ・サンテ刑務所にて」には、「叡智」に現われたヴェルレーヌ、「大遺言書」のヴィヨンに似た感懐を読み取ることができ、いかにも頼りな気な詩人の姿を彷彿させる。翌一九一二年二月にこの事件の免訴は正式に決まり、その夏にはオートゥイユの家を出て、友人S・フェラの家に同居しているが、例の「ミラボー橋」が発表されたのもこの前後で、こうしてみると詩人とマリー・ローランサンはこの頃から決定的に破綻したと見るべきであろう。
ソワレ・ド・パリ(1912〜) ルーヴルの彫像事件に完全にピリオドが打たれた直後に、A・ビイが中心となってR・ダリーズ、A・サルモン、A・テュデスク、そしてアポリネールが集まり「ソワレ・ド・パリ」が発刊された。この同人誌の発刊には、二つの大きな意義がある。そのひとつは、「ミラボー橋」をはじめ、後に詩集『アルコール』に集録される佳篇のほとんどが、この誌上に発表されたことで、また一エポックを劃するほどの斬新さをもった、句読点のまったくない詩篇、「ブドーの月」が発表されたのもこの誌上だったからである。もともとこの雑誌は文学と共に美術にも重点を置いたものだったが、一九一三年五月、財政上の都合で廃刊、約半年後に、今度はアポリネールが主宰して第二次「ソワレ・ド・パリ」として発足した第一号にピカソの口絵を掲載したことでも判るように、以後完全に美術雑誌に性格を変え、マチス、ローランサン、アンリ・ルッソー、ドラン、ブラック、ヴラマンク、レジェなど新時代の芸術の旗手をつぎつぎに紹介して、まさに前衛芸術の牙城となった。これが第二の意義である。
一九一三年四月、ピカソのアポリネールの肖像をそえて詩集『アルコール』が出版された。この詩集では、句読点はすべて取り除かれている。ビイによれば、これには特別な意図があったわけではなく、ただなんとなくこんな形になったものだ、と言っているが、しかしこの新しい詩体はまさに二十世紀以上にわたる詩の歴史を変えた。「アポリネールこそ真の詩人だ、このタイトルにふさわしい作家だ、その上に、ひとの意表をつく物見高い精神《エスプリ》の持主だ」というカルコの讃辞は、当時の青年たちに共通したアポリネール評だったろう。
さらにこの終刊号に載せたカリグラム「大洋=手紙」も読者たちを瞠目させた。当時は意想文字《イデオグラム》の名で発表されたが、絵画と文字の組み合せによるこの表現形式は、二十世紀の後半の現代でもその新しさを失っていない。「これこそほんとうにたいへんな革命だ。しかもこの革命はまだ一歩踏み出したばかりだ」(アルブアン)という驚きはわれわれの驚嘆にも通じるものである。
第一次大戦(1914〜) アポリネールの伝記を読むものは、だれでもこの詩人の魂の振幅の大きさにふしぎな感慨を抱くだろう。「ミラボー橋」のリリックな詩人、そして「ラ・サンテ刑務所にて」の落魄《らくはく》の境涯を嘆いた彼がとつぜん愛国者に変り、みずから前線を志願してぞくぞくと戦争詩を発表するために、詩人の魂はどんな推移を辿ったのだろう。ある批評家は、アポリネールは戦争とはそれ自身神聖なものである、というのはこれが世界の法則だからだというJ・メーストルのような正統な思想家に共鳴した、と言っているが、こうした通り一遍の説明で詩人の精神の軌跡を解明できるだろうか。ビイによれば、開戦直後、彼はB少佐の夜会で「全ヨーロッパでもっとも由緒正しい家柄の貴族の娘」ルイーズ・ド・コリニー=シャーチヨン、通称ルーと知り会い、例のように熱狂的な思慕を捧げたが、斥けられてやけっぱちな気分で兵役を志願したというが、この説明もやや安直にすぎるような気がする。
ともあれ、開戦とほとんど同時に彼はパリで兵役を志願した。再三の拒否にもくじけず、ついにニースで受理されて、一兵卒としてニームの三十八砲兵連隊に入隊した。この間にも彼はせっせとルーに恋文を送っているが、兵隊生活はあんがい彼の気質に合ったらしく、軍隊では模範兵だったといわれる。
部隊にとどまれと愛が言った だが前線では
砲弾がたえずはげしく 目標にとび込む(「ニームにて」)
恋は気紛れだった。一度は詩人を袖にしたルーがニームまで詩人を追ってきたのだ。ニームでの彼女と暮した休暇の日々は彼を有頂天にした。『カリグラム』の中のルーを歌った詩、そして一年間書き続けたルーヘの恋文が彼の情熱を物語っているが、この恋も彼の愛国心を消さなかった。しかし彼は結局愛されぬ男だった。ここでもルーは彼を捨てて逃げ、彼は前線を志願した。再び恋は気紛れ、という言葉を使おう。ルーと甘い休暇を過した帰りの車中で、詩人はアルジェリアのオラン近郊に住む少女マドレーヌ・パジェスと識りあった。ルーに恋文を書く一方、マドレーヌとも文通していたが、ルーとの恋に破れて後、二人の仲は急に親密の度を増す。部隊にとどまれと愛が言った、というこの恋の相手は、どうやらこのマドレーヌだったらしい。このあいだ彼は幹部候補生試験に合格、伍長に昇進、創作活動のほうも旺盛でのちに『カリグラム』に集録される詩篇を書き続けたが、発表機関の少ない時代のことで、これらの作品はほとんど友人たちのもとへ送られた。
マドレーヌに対する慕情はいよいよつのり、両親宛てに結婚許可を求め、許されて晴れて婚約の仲になった。この頃彼は軍曹に昇進したが、早く士官になりたくてたまらず、かねてから士官になり易い歩兵への転科を希望してついにこの願いもかない、一九一五年の末には歩兵九十六連隊の少尉となった。その直後休暇を得て、オラン近郊のマドレーヌの家で過し、翌年三月には、詩人の部隊は最前線に移動した。
負傷から死まで(1916〜1918) 文芸誌「メルキュール・ド・フランス」は開戦以来休刊していたが、前年六月に復刊し、アポリネールは復刊第一号以来『生活逸話』を寄稿し続けていた。一九一六年三月十七日の暮、彼は当時の最前線、ベリー=オ=バック附近のビュットの森の塹壕の中で、自分の寄稿した「メルキュール・ド・フランス」の記事を読んでいた。そこへ飛来したドイツ軍の砲弾の破片が額の右側に喰い込んで、彼は倒れた。ただちに野戦病院に収容され、手術を受けたが、傷口が化膿してパリの陸軍病院に護送され、二度目の切開手術を受けた。五月に到って傷口が悪化し、三度目の手術を受けてのち、ようやく徐々に傷は快方に向った。
七月頃になると、前衛芸術家が集まるカッフェ・ド・フロールやモンパルナッスに頭に繃帯を巻いた痛々しい詩人の姿が見られるようになった。しかしアポリネールはもう昔日のアポリネールではなかった。「軍隊ラッパの調子で」口をきく、戦争と戦場のヒロイスムに憑かれたアポリネールで、一部のひとびとには彼の発狂説が囁かれたほどである。発狂しないまでも、頭部の裂傷は詩人を一種の記憶喪失に陥らせたらしい。あれほど情熱をたぎらせた婚約者マドレーヌと、みずから手を切ったのもそのためだろう。小説的なアポリネール伝『アポリネールの情熱的生涯』は、「一〇五砲弾が一匹のりす[#「りす」に傍点]とマドレーヌに対するギュイ(詩人)の恋を殺した」と書いている。
しかし入院生活中に、彼は新しい恋を知った。体は傷つき、面会も制限された彼に献身的な看護をしたジャックリーヌ・コルブで、『カリグラム』の最後の詩「美しい赤毛の女」と歌われた女性がそれである。
執筆は禁止されていたが詩人は再びさまざまな芸術活動を企画していた。一六年の十月には『虐殺された詩人』を刊行、後に『坐せる女』となる『エルヴィールの道化師たち』、『カリグラム』に纏められる戦争詩の発表、さらにシュルレアリスム演劇と銘打った『ティレシアスの乳房』がルネ・モーベル座で上演され、一八年四月には『カリグラム』が刊行された。生涯「愛されぬ男」の悲哀を悩み続けたアポリネールも、晩年に到ってようやく魂の安息をみたされる結婚生活に入る。『カリグラム』発表の翌日、ピカソと、印象派画家たちの生活を綴って有名な画商ヴォラールの立ち会いのもとで、サン=トマ=ダカン教会でジャックリーヌとの結婚式を挙げた。しかしこの夫婦にとっては蜜月とは、病苦の晩年を意味した。結婚後三月にして、詩人は肺充血に倒れ、翌々月パリを襲ったスペイン風邪に犯されて、詩人の数奇な三十八年の生涯は終った。一九一八年十一月九日午後五時であった。
ここかしこのひとびとよ ことさらここにいるひとびとよ
笑いたまえ このぼくのことを笑いたまえ
きみたちには言えないことが たくさんあるのだから
きみたちがぼくに喋らせてくれないことがたくさんあるのだから
ぼくに同情してくれたまえ(「美しい赤毛の女」)
この新精神を体現した詩人は、まだ喋り足りないことがあるのだろうか? 友人たちに送られて葬られたペール・ラシェーズの墓地から、いまなおこう語りかけているだろうか?
2 「一万一千本の鞭」について
アポリネールのすべての作品は情欲の証言である。
[#地付き]ロベール・デスノス
ロマン・エロチックにはいろいろなパターンがあるが、大別すれば二つになると思ってよいだろう。ひとつは、ひとりの娼婦をとり上げて、彼女が無垢な少女から倫落の淵へ堕ちてゆく過程を、閨房描写を織りまぜて語る、という形式で、『ファニー・ヒル』、『ジュスチーヌ』がこれである。もう一方は、終始閨房での性描写に限られ、物語とかプロットなどそれほど問題にしない作品で、ピエル・ルイス『三人の娘とその母』とか、日本でまぼろしの名作といわれた荷風散人の『四帖半襖の下張り』、さらにやや前者に近いが『ガミアニ』などもこれに属するかもしれない。ところが『一万一千本の鞭』はそのいずれにも属さない。一章ごとに舞台が変り、ルーマニア=パリ=サン・ペテルスブルク=旅順と、パノラミックに背景が移る。ここにこの小説の、ありきたりのポルノでは味わえない楽しさがある。東奔西走色道遍歴を続け、各地で女を犯し殺人を重ねる主人公は、好色小説の主人公というよりは、スペイン風な悪漢小説《ロマン・ピカレスク》のヒーローに近く、つぎつぎと異常な事件が連続するところは、たしかにフェアバンクス流の映画を連想させる。しかも一九三〇年の「序文」も指摘するように、この作品はあくまでも遊び[#「遊び」に傍点]であって、サドや現代のエロチスム文学のように深刻な哲学もない。そして作品に思想を盛り込まなかったところに、悲壮感と裏返しの滑稽感が生まれる。三つホーデンの男だとか、主人公が女の腹づつみを打って、これが日本軍を勝利に導いたとかいうふざけたユーモアは別としても、女衒の串刺し、看護婦のサジスムなど、一歩誤れば目も当てられぬ凄惨な場面になるところを、むしろ抱腹絶倒させるコミックな後味にしたのは、思想や哲学には目もくれず、遊び[#「遊び」に傍点]として突っ放した作者の姿勢にある。
背景が転々と変ると同時に、この作品にはじつにさまざまな女性が登場する。フランス女、ルーマニヤ女、イギリス女、ロシヤ女、ドイツ女、デンマーク女、ポーランド女そして日本ムスメに黒人女。この小説は、こうしてみると世界女性コンテストの感がある。戦争という極限状況にとじ込められた男たちのまわりに、砂糖にたかるアリのように女たちが集まるのはすでに常識だが、こうした人種展覧会がこの小説にいっそう滑稽感を添えていることは否めない。前項の評伝に、アポリネールはコスモポリットだ、と書いたが、ここでも作者の性格がこの小説に新奇な面白さを加えている。
この作品に盛り込まれたアポリネール好みの暗示の効果も見落してはならない。キュリキュリーヌ、マンジュトゥー、辻馬車3269などという、一読してそれと判るものもあるが、もっとも効果的なのは大詰の『一万一千本の鞭』についてのそれである。キュビスムやフォーヴの画家たちと親しかった作者が、作中にもしばしば語られるウタマロやクニサダの枕絵を数多く見てきていることは疑いない。この枕絵の影響による日本男児の巨根伝説[#「巨根伝説」に傍点]は、最近まで一般のフランス人に信じられていたところだが、アポリネールがこれを信じたか否かは別としても、これをこの作品に利用しないはずはない。鞭《ヴエルジユ》という字は、もともと男性器の隠語として一般に用いられているものだし、『一万一千本の鞭』とは、日本軍兵士の一万一千本の男根を暗示しているものではなかろうか。満洲の荒野に日本男児が向い合って二列に並び、一万一千本の巨根を振りたてている図は、いかにもアポリネール好みのブラックユーモア趣味にピタリで、しかも壮大な図ではないか。石像を嘲弄したドン・ジュアンがその石像に圧し潰されて死んだように、その男根によって悪業を重ねた主人公が、一万一千本の巨根による懲罰を受けて果てると考えれば、この幕切れのパノラマはいっそう生彩をまし、滑稽感を昂めるといえないだろうか。
エロチスム文学を、大ざっぱにサド以前、以後に分類する方法をよく見かける。サド以前のものは、時代が遡るに従ってエロチスムより、むしろ滑稽譚的な要素が強い。古い時代のものは圧倒的にコキュが多く、さらに女体談義、性器の優劣論、糞尿譚《スカトロジー》などが主な題材であった。ことに最後の糞尿譚はルネッサンスの旗手、ラブレー大人などの好む話題で、ブラントーム、ベルヴィルなどもさかんにとり上げている。
加虐趣味の代名詞になったサドの小説以来、サジスムがこの種の文学にクローズアップされ、さらに『毛皮を着たヴィーナス』によって白日にさらされたマゾヒスムが出現して以来、エロチスム文学は哲学的な、あるいはフロイト流の潜在心理学の領域に足を踏み込んだ。さらに男・女性の同性愛も加えなければなるまい。もちろんここに言う同性愛とは、古代のそれとは違った、意識的に教会倫理に背を向けた背徳的なものを言う。そして獣姦、屍姦など、およそ背教的なものはすべて、旧道徳に対する挑戦として臆面もなく語られるのがサド以後のエロチスム文学である。
ところで『一万一千本の鞭』は、こうした観点からすると、まさにエロチスム文学のあらゆる題材を披露した集大成と言っていい。すでに紹介した人間の愛情発露の姿があらゆる形態で紹介され、詳述される。この意味で、この小説は「色道宝典」とも呼ぶべきものだが、ただユーモアとコミックで味つけされた味わい深い色道宝典と呼ぶべきだろう。
3 底本その他
今から二十数年前、ある会合の流れで某酒亭に先生方のお伴をして末席に連なったおり、フランス文学の泰斗で、座談の名手と言われたX先生が、「アポリネールという詩人が若い頃『一万一千まら物語』という小説を書いてね、こいつが実に傑作なんだ……」と話し出されて、先生一流の話術で内容を紹介された。
学生時代からアポリネールを愛読していた訳者はぜひこの作品を読みたいと思ったものの、当時の世相ではそれも不可能で、とうてい実現できなかった。数年後、ある基地に近い大学に手伝いに出た訳者は、その帰路、この町の小さな本屋を選んで足を運んだ。GI相手の英語の海賊版をこうした店でしばしば見かけたからである。そしてある時、『ファニー・ヒル』や『バルカン戦争』に並んでついに問題の本を見つけた。黄色い表紙の、ザラ紙でいかにも安っぽい本だったが、外観はともかく、内容を読んでがっかりした。訳者の乏しい英語力でもそれとわかるひどい英文で、いかにも筋を追ってでっち上げたという感じのしろものであった。
十数年前の滞仏中、パリの国立図書館の『地獄《アンフエール》』と呼ばれる階を訪れて実物を見るつもりだったところ、ある日、親しいモンパルナッス駅近くの古本屋の親爺が、「売物ではないが面白いものがあるよ」と言って大事そうに見せてくれたのが、待望久しかった、『一万一千本の鞭』であった。発行所も、年月もなく、ただオランダとあるところからオランダの秘密出版だと判るだけだったが、飯島耕一氏が渋沢龍彦氏に借覧されたというのも、おそらく同じ版だったろう。
フランスは図書検閲ではヨーロッパでもっとも厳格な国であるが、ここ数年 L'Or du Temps 社から続々とこの種の作品が出版された。そしてその中に、本書と『青年ドン・ジュアンの冒険』が入っていた。オビに「六九年一月三十一日、内務省に登録して……」出版許可をえた、とあるところを見ても、さすがのフランスも最近の世界的な性の自由化の波には抗しきれなかったのだろう。とにかくこうして、晴れて本書を手にして読んでみると、なるほどアポリネールの面目躍如とした奇書で、前の英訳本などとは比較にならない傑作である。本訳書の底本は従ってこの版である。
さきのオランダ版には「序文」にアラゴンの署名があったが、この版では★★★の印だけしかない。しかしこれがシュルレアリスト時代のアラゴンの筆になることは明らかで、それだけに、いかにもシュルレアリストらしい唐突な比喩や、抽象的な表現にみちた難解な文章で、元来日本語に置き換えるのは無理といっていい。(本書の校正中、ポーヴェール社より新版が発行されたことを附記する)
なおこの一九七〇年版にはトゥッサン・メトサン=モリニエの「あとがき」が載っている――この筆者については全く不明で、あるいは匿名かとも思われる――。いろいろな都合で、考証も綿密な、論旨もまた明快なこの「あとがき」を訳出できないのが残念だが、その梗概を紹介しよう。
(1) アポリネールの生前、『一万一千本の鞭』に二種類の版があった。すなわち一九〇七年版と、その四年後の版だが、この両書に筆者の名はG・Aとしか書いてなかった。しかし『女騎士エルザ』『霧の波止場』の作家で、アポリネールと親交のあったピエール・マッコルランがアポリネール自身の献辞の入った一部を持っていたところをみても、これがアポリネールの作品であることはまちがいない。
(2)『一万一千本の鞭』をアポリネールの作品として公言したのは、雑誌「イマージュ・ド・パリ」の一九二四年一、二月のアポリネール特集号である。この記事を書いたのはフロラン・フェルス、関係書誌の中に彼の作品として発表したのは編集長エリ・リシャールであった。
(3) ルイ・ペルソオ編集「エロチック小説書誌」一九〇七年版には、『一万一千本の鞭』は最新刊として特筆されて、次のような宣伝文句がのっていた(これには詩人自身も手を加えた形跡がある)。
「サド侯爵よりもいっそう強烈」、パリや外国のもっとも贅沢なサロンで小声で語られている新しい小説、『一万一千本の鞭』について、さる著名な批評家がこんな意見を吐いた。
「本書は、その新しさによって、そのみごとなファンテジーによって、ほとんど信じられないその奔放さによって好評を博した。
「かの聖なる侯爵《サド》の最も恐るべき作品も、本書には遠く及ばない。しかし作者は、恐るべきものに魅力を混ぜ合わすことができた。
「ついには二重の惨殺事件で幕を閉じる寝台車での大饗宴より身の毛のよだつものは、かつてなにひとつ書かれたことがない。その情夫が公衆の面前で鞭打ち、生きながら串刺しの刑にあう日本娘キリエムのエピソード以上に、感動的なものはまたとあるまい。
「先例のない吸血鬼のかずかずのシーン、その主人公は、あたかも天使のごとく美しい赤十字の看護婦で飽くことなく死者や負傷者の生血を吸い、かつ犯すのである。
「旅順港の下等な寄席や淫売屋が、この本の中でそのランタンのうす暗い焔を赤々と燃えたたせる。
「ホモ、レズ、屍姦、糞尿譚、獣姦などの情景が、もっとも調和を保った手伝で混ぜ合わさっている。
「サヂストにしろ、マゾヒストにしろ『一万一千本の鞭』の登場人物は、今後は文学の世界に生きる。
「『鞭を振う愛情』、これを知らぬ者は愛を知らぬ、とも言いうるこの情欲の技術が、ここではまったく新しい方法で扱われている。
「これこそ、まったく文学的な形式で書き上げられた近代恋愛小説である。作者は勇を鼓してすべてを言い尽している、これはまさしく事実だが、ただ一片の俗悪さもない。
(4) この謳い文句以上に重要なのは、この作品のパロディ的な性格で、作者は平然と実在の人物に近い名前を用いている。
主人公プリンス・ヴィベスク[#「ヴィベスク」に傍点](Prince Vibescu)は、実際に十九世紀に存在した太守、プリンス・ビベスコ[#「ビベスコ」に傍点](Prince Bibesco)をもじったものであろう。彼はヴァラキア太守となり、プリンス・ギガと対抗してこれを追い、その後を継いだ。さらにちょうど本書が書かれた時代に、プルーストの友人のルーマニア人ビベスコ[#「ビベスコ」に傍点]もパリにいた。作者がこの二人の名前を念頭において主人公の名付親となったことは疑いない。
キュルキュリーヌ・ダンコーヌ、は CulCul(尻)を連想させるし、アレクシーヌ・マンジュトゥー(Alexine Mangetout)は Mange-tout(すべて貪欲に食いつくす)という卑猥な語を連想させるが、当時彼女らにそっくりな高級娼婦エミリエンヌ・ダランソンとかリヤーヌ・ド・プジイとかが一般に知られていた。二人の女主人公のモデルにこれらの娼婦が宛てられてもふしぎではない。
フランス座の女優として登場するエステル・ロマンジュが、ボードレールの「旅への誘い」を朗誦するのも興味深い。というのは実在のフランス座の女優で、彼女と同じくクラルシーと不仲になって辞表を出し、「旅への誘い」の名吟で有名だったマルグリット・モレノがいるからだ。彼女はほかにもジロドゥ『シャイヨの狂女』のヒロイン役としても名高く、またクリスチャン・ジャック『カルメン』(一九四二)の映画でわが国にも知られている。とにかく、その状況の相似からいっても、マルグリット・モレノを念頭にこの寝台車の殺人のヒロインを考え出したものであろう。
オヴレノヴィッチ朝に対する陰謀の主謀者は、パリのジャーナリスト、アンドレ・バールということになっているが、当時バルカン諸国の紛争について、名記者としてフランス中でその探訪記事を読まれたアンドレ・バールとはまったく無縁だろうか?
旅順の淫売屋の主人はホモのサンボリスト詩人で、年上のほうはアドルフ・テレ[#「テレ」に傍点]という名前だった。ところが同じサンボリスムの詩人で、酔いどれ詩人として有名な(のちカトリックに改宗)アドルフ・レテ[#「レテ」に傍点]との符合は、ただの偶然と言いきれるだろうか?
最後に登場する「戦前は彫刻家」だったというジャーナリストの名前はジャンモレイ(Genmolay)であった。アポリネールの終生の友人で、雑誌「ラ・プリューム」「イソップの饗宴」などの同人ジャン・モレ(Jean Mollet)との相似はどうであろうか。
(5) その他にもアポリネール的な手掛りを提供する登場人物は多い。ニース風なアクセントの若者、石屋の下職などは、『異端教祖株式会社』『虐殺された詩人』などのコントの登場人物と、余地のない類似点がある。『一万一千本の鞭』"Les Onze Mille Verges"という題名については、詩人がノイ・グリュック滞在中しばしば訪れたケルンの守護神聖ユルシュールから思いついたものではなかったろうか。聖ユルシュールといえば、三世紀頃の殉教者で、元来ブルターニュ王の娘であった。異教徒の王と政略結婚を迫られてケルンに送られたが、供の一万一千人の処女を連れてローマに巡礼したのちに、フン族に包囲されたケルンに帰った。しかしフン王との結婚をいさぎよしとせず、一万一千人の処女とともに殉教した。この「一万一千人の処女」"Les Onze Mille Vierges"の伝説はこの地方のひとびとには耳なじんでいて、中世以来多くの芸術作品の題材となっていたくらいだから、当然アポリネールも知っていたはずである。この作品の題名がこれをもじったこともじゅうぶん考えられる。
(6) まったく支離滅裂とも思えるようなこの作品の筋のうちに、作者は二つの歴史的事実を織り込んで、その背景的な年代を設定している。すなわちアレクサンドル王と、その妃ドラガ暗殺の陰謀であるが、事実二人は一九〇三年六月十日から十一日の夜にかけて暗殺され、これは日露戦争勃発の数ヵ月前のことである。つまりこの作品は一九〇二、三年より一九〇五年末の旅順陥落までが時代的背景であろう。
(7) 一七二四年の紹介記事で、フロラン・フェルスは「この小説はつねにその懲罰を見出すから」、カトリック的小説であると説いているが、これは牽強附会な暴論であろう。また彼は、器用な映画監督がダニエル・フェアバンクスを主人公に、カトラン、グラヴォンヌ、メイ・マレイ、ユゲット・デュフロなどを脇役に駆使したら、「この小説からなんとすばらしい映画ができるだろう」、と力説している。しかし「あとがき」の筆者は、新しい社会的秩序が生まれるまでは、この映画の実現はとうていむりだという意見を加えている。
「あとがき」の結論となった「新しい社会秩序」とは性の開放とか、猥褻の定義とかいうむずかしい議論に発展しそうで、訳者はあえてこうした問題を取り上げるつもりはない。しかしこの作品を映画化する、という大胆な構想はべつとして、フランス人でさえ、この小説を「大人の童話」として公認したところを見ても、徐々に「新しい社会秩序」が生まれようとしているのではなかろうか。
邦訳は現在までに二、三あるが、英訳によるものか、抄訳で、ほぼ完全な形での邦訳は本書が初めてである。なお新版にはないが、一九三〇年版には「ある太守の色道遍歴」"Les Amours d'un Hospodar"の副題があるので、本書にもこれを採用した。
なお、本訳は昭和四十七年、二見書房より単行本として刊行されたものである。このたび新たに角川文庫の版を起こすに当って、ご理解とご好意を示された二見書房の方々には、このページを借りて衷心から感謝の意を表したい。
一九七三年初秋
[#地付き]須 賀 慣
[#改ページ]
年 譜
一八八〇年八月二十六日
[#地付き]一歳
ギョーム=アルベール=ウラディミール=アレクサンドル=アポリネール・コストロヴィツキー、ローマに生まる。八月三十一日、ローマ市庁に出生届出されるも、父母の名前は秘される。九月二十九日、サン・ヴィト教会で洗礼を受く。十一月二日アンジェリック=アレクサンドリーヌ・コストロヴィツカ(二十二歳)、息子として認知す。父親は不明であるが、シチリア王国退役大尉フランチェスコ・フルジー・ダスペルモント(四十五歳)であることは、その後の調査によりほぼ確実。
一八八二年
[#地付き]二歳
六月十八日、弟アルベール、ローマに生まる。戸籍名はゼヴィニ、両親不明として届け出される。
一八八五年
[#地付き]五歳
フランチェスコ、アンジェリック・ド・コストロヴィツキーと別れ、家族を残しヨーロッパ中を旅行に過す。
一八八七年
[#地付き]七歳
マダム・ド・コストロヴィツキー、二児を連れてモナコに移る。長男ウィルヘルム《アポリネール》、同地のサン=シャルル学院入学。
一八八八年
[#地付き]八歳
一月二十七日、マダム・ド・コストロヴィツキー、ローマでアルベールを認知。
一八八九年
[#地付き]九歳
マダム・ド・コストロヴィツキー、パリに移る。
一八九一年
[#地付き]十一歳
一月、マダム・ド・コストロヴィツキー、モナコのラ・コンダミーヌ地区に住む。
一八九二年
[#地付き]十二歳
アポリネール、サン=シャルル学院の礼拝堂で最初の聖体拝授。七月、賞状授与式に初めてのちに詩人の生涯の友となるルネ・デュピイの名前現われ、アポリネールはドイツ語で首席、他の学科ではすべてルネ・デュピイが一番となる。
一八九五年
[#地付き]十五歳
モナコ国王の命により、サン=シャルル学院閉鎖さる。九六年の新学期より、アポリネールはカンヌのスタニスラス学院に転校。
一八九七年
[#地付き]十七歳
ニースの高校《リセ》の修辞学級に入学、半寄宿生となる。
ここでトゥッサン=リュカと知り合う。はじめギョーム・マカブル、のちにギョーム・アポリネールの名前で詩作を始める。七月高校退学、モナコに帰るも、大学入学資格試験には不合格か、受験しなかったらしい。
一八九八年
[#地付き]十八歳
読書を続け、イタリヤ文学の翻訳を企てる。新文学、政治に関心強く、とくに当時のドレフュス事件ではドレフュス派となる。
一八九九年
[#地付き]十九歳
一月、マダム・ド・コストロヴィツキー、二人を連れモナコを出て、エクス=レ=バンよりリヨンに滞在、四月にパリへ着く。アポリネール、パリ生活に強い影響を受く。五月、マダム・ド・コストロヴィツキー、ユダヤ人ジュール・ウェール(一八八九〜一九一九?)と同棲、子供たちには叔父として紹介す。七月、アポリネール兄弟は、母とジュール・ウェールが滞在中のアルデンヌ地方のスタヴロに着き、コンスタンの下宿に泊る。母とウェールはスパのカジノに行くも、二人を残してパリへ帰る。アポリネール兄弟はスタヴロで快適な夏を過すが、とくに詩人は、この地方の風景、言語、風俗に興味を惹かれ、この時期に小説『腐ってゆく魔術師』の草稿を書き上げ、またこの時の生活は『異端教祖株式会社』の多くの短篇の想を与える。またスタヴロのレストランの娘マリア・デュボワに恋し、数篇の詩を捧げる。十月五日、下宿料が払えずに、弟と共に「夜逃げ」をする。夜中に森を横切り、ロアンヌ=コーより列車に乗り、パリ、コンスタンチノープル街の母の許へ帰る。十一月、ヴェルヴィエ裁判所の要請あり、下宿料不払いの件につき、母子は予審判事に召喚され、マダム・ド・コストロヴィツキーは未払い代金の支払いを約束す。
一九〇〇年
[#地付き]二十歳
一月、ヴェルヴィエ裁判所、スタヴロ事件について公訴棄却の決定。二月、「ル・マタン」紙の新聞小説『なにをなすべきか?』について、エスナールの代作者となる。この小説は四月十六日より発表されたが、五月二十四日をもって打ち切られる。六月、速記講座の講義を受ける。七月、新聞広告により、「パリ株式取引会社」の秘書となる。ルネ・ニコジアと知り合い、その伯父ラゴアネールがブッフ=パリジャン座の支配人だったので、スタヴロ事件をテーマにした一幕劇『夜逃げ』を持ち込むも、没となる。十月、イスラエル青年、フェルディナン=モリナ=ダ・シルヴァと知り合い、その妹ランダに恋をす。図書館通いをするうち、マザラン図書館でレオン=カーンを知り、執筆を続けるよう激励される。
一九〇一年
[#地付き]二十一歳
一月、「パリ株式取引会社」給料不払いのため、辞職。生活苦のため、某書店の依頼で好色小説『ミルリイ、安価な小さい穴』執筆。また小説『オリーヴの栄光』の執筆を始めるも、電車の中に原稿を置き忘れる。五月、友人ニコジアの母の紹介でミロー子爵夫人の娘ガブリエルのフランス語家庭教師となる。七月、モリナ家の家族、カブールへ行き、ランダに熱烈な恋文を送るも拒絶さる。八月十八日子爵夫人とともに車でホンネッフのミロー家の所有地へ行く。九月ホンネッフを出て、ミロー家の別荘ノイ・グリュックへ移る。ライン地方の環境は詩人に深い影響を与え、多くの作品の想を与える。九月十五日、パリの多くの雑誌に作品を送り、とくに「ラ・グランド・フランス」誌にヴィルヘルム・コストロヴィツキーの名で『月のもの』『結婚』『都会と心』の三篇の詩が掲載される。アポリネールの初めての印刷された作品となる。十月、エスナールの代作者ガイエ編集の雑誌に『ドイツの悪路』発表。十一月十二月、ライン地方を題材にした多くの詩を書く。
一九〇二年
[#地付き]二十二歳
一月「ラ・グランド・フランス」に劇評。三月、同じミロー家の家庭教師のイギリス女性アンニー・プレイデンに恋し、執拗に迫る。二月休暇を得てドイツ、オーストリアの旅に出、ケルン、ベルリン、ドレスデン、プラーグ、ウィーンなどを遍歴し、ミュンヘンでミロー家の家族と落ち会う。三月「ラ・ルヴュ・ブランシュ」誌に『異端の教祖』発表。ギョーム・アポリネール名での最初の作品。四月二十七日、「ラ・プリューム」誌のロシア問題のアンケートに答え、同誌への寄稿を申し込む。五月、再びニュールンベルク、シュツッツガルト、スパイエル、ハイデルベルヒ、ダルムシュタット、フランクフルト、ヴィスバーデン、マインツ、コブレンツ、トリール、エムスを遍歴してホンネッフに帰る。アンニーへの恋は報いられそうもなく、メランコリックな詩『五月』を執筆。「ラ・グランド・フランス」誌に、『脚を傷つけし旅人の悲歌』、「タバラン」誌に『柳とおうむ』発表、六月一日、「ラ・ルヴュ・ブランシュ」に『プラーグへ立ち寄った男』。八月二十四日、契約期限が切れ、家庭教師をやめ、パリの母の許へ帰る。九月、ショッセ=ダンタン街の銀行に就職。十月、「ウーロッペアン」誌にデュッセルドルフでの展覧会評を寄稿、「ラ・ルヴュ・ブランシュ」に『三つの神罰の物語』、十一月、同誌に『ヒルデスハイムのバラ』、この発表により定期寄稿者となる。十二月、「ラ・ルヴュ・ブランシュ」に『隠者』、「ウーロッペアン」に『ニュールンベルクの博物館』
一九〇三年
[#地付き]二十三歳
一月十五日、「ラ・ルヴュ・ブランシュ」に『オトミカ』、三月ナポリ街のアパルトマンの隣室に住むイヴォンヌとの情事、数篇の未発哀詩を残す。四月二十五日、サン=ミッシェル広場のカヴォ・デュ・ソレイユ・ドールにて「ラ・プリューム」の夜会、アポリネールはここでライン詩篇を朗読、A・サルモン、モンフォール、ジャリその他の詩人と知る。五月、「ラ・プリューム」に『未来』を発表、寄稿家となる。八月、「ラ・プリューム」に『盗賊』。アルフォンス・セシェの「演劇雑誌」の雑誌評を担当、一九〇四年二月まで続ける。ギリシャで発刊される「サロニカ新聞」に『ゲイ・ボーイ』、翌月同紙に『ヒルデスハイムのバラ』。十月、サルモン、ジャン・モレ、ドニッケル、アメールと共に「文芸雑誌イソップの饗宴」を創刊。十一月、アンニーに会うためにロンドンに渡るも、冷たくあしらわれて帰国。「イソップの饗宴」第一号発行、『ク・ヴロヴ?』を発表。同誌は一九〇四年八月まで定期に刊行さる。
一九〇四年
[#地付き]二十四歳
マダム・ド・コストロヴィツキー、ヴェジネに移り、アポリネールもしたがう。この間、ドラン、ヴラマンクなどと知る。勤めていた銀行破産し、『投資家ガイド』を創刊、その編集長となる。一月、「イソップの饗宴」に『ユダヤ教会堂』『女たち』。二月、ストラスブールに小旅行。三月、「饗宴」に最後の一章を除いて『腐ってゆく魔術師』を一挙に発表。五月、再度渡英、アンニーに会い結婚を迫るも、彼女は渡米を口実に断る。この失恋からアポリネールの傑作のひとつ『愛されぬ男の歌』が生まれたものと思われる。ピカソ、M・ジャコブと知り合い、モンマルトル及び「洗濯船」の常連となる。七月、初めて「メルキュール・ド・フランス」に寄稿、A・フランスの『舞姫タイス』についての長い批評を発表。八月「饗宴」、第九号をもって廃刊。
一九〇五年
[#地付き]二十五歳
四月、H・ドロメルを金主として、「背徳雑誌」を発刊、同誌に『乞食』を発表。また「ノート」の中でセリュリエ画廊で個展を開いたピカソの名を初めて紹介す。五月、「背徳雑誌」第二号より「近代文学」と名前を変えるも、この号で廃刊。「ラ・プリューム」にアポリネール最初の美術評論『画家ピカソ』。八月、アムステルダムヘ小旅行。ショッセ=ダンタン街のシャートーフォール・エ・ポワトヴァン銀行に就職。「詩と散文」誌に初めて寄稿、『ランダー街の移民』『サロメ』『鐘』『五月』を発表。
一九〇六年
[#地付き]二十六歳
銀行勤務に時間をとられモンマルトルの仲間と会う時間なく、その上給料安し。『一万一千本の鞭』『若きドン・ジュアンの冒険』を執筆、翌年G・Aの匿名で秘密出版す。八月、オランダのロッテルダムに小旅行。
一九〇七年
[#地付き]二十七歳
三月、「政治と文学の批判者」誌上、マックス・デロー、アポリネールを中傷、アポリネール決闘を申し込むも、同誌編集者アンドレ・ビイの仲介で和解す。四月アポリネールひとり、母と弟と別居、レオニー街へ移る。五月、ピカソの紹介で画商サゴの店でマリー・ローランサンと知る。日刊紙「太陽」に短篇『過去帳』及び二篇の短篇を発表。『過去帳』はのち韻文『死者たちの家』に改められて『アルコール』に集録。「すべてを語る」誌に、初めて画家ルッソーを紹介。十月、「太陽」に『アイゼンベルク伯夫人』。十一月、初めて「ラ・ファランジュ」誌に寄稿、『ジプシーの娘』『犬サフラン』『リュール・ド・ファルトナン』の詩を発表。十二月、「ラ・ファランジュ」にマチス論。
一九〇八年
[#地付き]二十八歳
一月、「ラ・ファランジュ」にジャン・ロワイエール論を発表。「ラ・ファランジュ」の夜会にマリー・ローランサンを同伴。このころローランサンを熱愛す。二月、「ラ・ファランジュ」に『腐ってゆく魔術師』の最後の章となる『夢判断』。三月、「ラ・ファランジュ」の小説月評担当。四月、アンデパンダン展で『新しき詩人集団』と題して講演、その文学的立場を「新しく、また同時に人間的なリリスムの探究」にありと説く。六月、「ラ・ファランジュ」に『四季を売る娘、新しい動物詩集』。八月、ベルギー、クノックに過す。「詩と散文」にアンドレ・サルモン論。ルッソー、アポリネールにローランサンと二人の肖像を描きたしと申し出る。この作品は翌年アンデパンダン展に、『詩人に霊感を与えるミューズ』という題名で出品さる。十一月、ピカソの家でルッソーのための夜会を開く。十二月、ブラック展。アポリネール、そのカタログの序文を書く。
一九〇九年
[#地付き]二十九歳
一月「レ・マルジュ」誌に、ルイズ・ララーヌの匿名で女流文学評。「塔」誌に、ルイズ・ララーヌ名儀の詩『現在』。「レ・マルジュ」に三篇の詩を発表するも、そのうち二篇はローランサンの作品。五月、「メルキュール・ド・フランス」に『愛されぬ男の歌』、「緋のヴェール」誌にライン詩篇六篇。七月、「レ・マルジュ」に『同時代人の肖像』を連載、第一回はラウール・ポンション論。出版商ブリフォー兄弟よりの依頼を受け『愛の巨匠叢書』の編集にかかり、第一巻は当時あまり知られていなかったサドを採り上げ、『サド侯爵作品集』とす。同年、アレッチノの作品にかかり、この仕事はアポリネールの死まで続く。十月、オートゥイユに移転。十二月二十七日、アポリネール編纂の最初の作品、『腐ってゆく魔術師』画商カンヴーレルにより百部限定で発行。
一九一〇年
[#地付き]三十歳
一月、サルモンのあとを受けて、日刊紙「ラントランシジャン」の美術批評担当。二月、「パリ・ジュルナル」紙に『オノレ・シュブラックの失踪』。三月、画家メッツァンジェ、アンデパンダン展に「キュビスト風な」アポリネール像を出品。五月、P・V・ストックと短篇集『幻覚』の契約にサイン、この作品をのちに『異端教祖株式会社』と改名す。九月二日、アンリ・ルッソー没。十月二十日、『異端教祖株式会社』ストック書店より発行。十二月八日、ゴンクール賞銓衡委員会で、エレミール・ブールジュの強力な推薦により『異端教祖株式会社』が第一回目で最高の三票を得るも、決戦投票によりルイ・ベゴーの『きつね[#「きつね」に傍点]からかささぎ[#「かささぎ」に傍点]まで』に決定。
一九一一年
[#地付き]三十一歳
三月十五日、『動物詩集』を百二十部限定出版。四月、「メルキュール・ド・フランス」にモンタードの匿名で『生活逸話』を連載。その執筆はアポリネールの死まで続く。五月、『投資家ガイド時代』に知り合ったジェリイ・ピエレ、ルーヴルの彫像を盗み、アポリネールの部屋に隠す。六月、『生活逸話』に初めてアポリネールの署名をす。七月、「ル・マタン」に『死後の婚約者』。八月二十一日、ルーヴルのモナリザ盗難事件。ジェリ・ピエレの彫像に気付いたアポリネールは、「パリ・ジュルナル」の編集者エチエンヌ・シシェに事情を打ち明け、その返還を依頼するも、八月二十日同紙上にすっぱ抜かれる。九月七日、ジョコンダ事件共犯容疑で逮捕され、ラ・サンテ檻獄に収監さる。九日、ピエレ、予審判事に手紙を書き、アポリネールの無実を証明する。十二月、一週間の獄中生活後、無罪となり釈放。「パリ・ジュルナル」に『わが獄中記』を発表。十月、ラ・フォンテーヌ街に移る。『生活逸話』にキュビスト擁護論を書き、近代画家の第一の理解者とされる。十二月、ユルバン・ゴーイエ、「作品」誌でアポリネールをポルノ作家ときめつける。アポリネールはこれをルーヴル事件の影響と見、事件の弁護に当った友人トゥッサン・リュカにその釈明を依頼す。初めて「パルテノン」誌の寄稿者となり、『黄昏』『サロメ』の二篇の詩を発表。
一九一二年
[#地付き]三十二歳
一月、「ル・プチ・ブルー」誌の寄稿家となり、美術批評を担当。ルーヴル事件公訴棄却。バロー男爵家のサロン常連七作家で、一人一回の連作小説を企画、アポリネールはその第一回『並木路の仮面』を「パルテノン」に発表するも、他の作家が続かず一回で終る。二月、アンドレ・ビリイ、ルネ・ダリーズ、サルモン、チュデスクなどと「レ・ソワレ・ド・パリ」を創刊、アポリネールは創刊号に『近代絵画論』と、『ミラボー橋』ほか一篇の詩発表。三月、「パリ・ジュルナル」に短篇『神様になった不具者』、のち五月まで一連の短篇を発表。八月、画家ピカビアと共に渡英。十月発効の、サン=ジェルマン街のアパルトマンの賃貸契約。オートゥイユを去ったことは、ローランサンとの恋の完全な終りを示すものと思われる。十月、「レ・ソワレ・ド・パリ」に『マリー』。ピカビアその他と、ジュラ地方エチヴァルのビュッフェの別荘に過す。ここで『オー・ド・ヴィー』という詩集刊行の予定を語る。十一月、「レ・ソワレ・ド・パリ」に初めて句読点をすべて省いた詩、『ブドー月』を発表。同時に校正中の『アルコール』の諸篇の句読点もとる。十二月、ベルリンで発行のドイツ語雑誌「デル・シュツルム」に初めて寄稿。ロベール・ドローネイの展覧会のカタログ中に、詩『窓』を発表。
一九一三年
[#地付き]三十三歳
一月、ブールヴァル・サン=ジェルマンのアパルトマンに定住。ドローネイと共にベルリン旅行、ここで『新しい絵画』と題する講演。三月、『立体派の画家たち、美的省察』出版。四月、小説『ボルジア家のローマ』出版。ただしその大部分はルネ・ダリーズの執筆。四月二十日、最初の本格的詩集『アルコール』出版。六月、「メルキュール・ド・フランス」で『アルコール』、デュアメルに酷評さる。『未来派の反伝統主義、綜合的宣言』ミラノより出版。八月、ルイズ・フォール=ファヴィエ、アポリネールとローランサンの仲直りをさせようと、ビリイ、ダリーズを伴いノルマンディーに旅行するも、成功せず。十一月、セルジュ・フェラ・デッチンゲン男爵夫人、「レ・ソワレ・ド・パリ」の権利を買い、第二次「レ・ソワレ・ド・パリ」発刊。十二月、「詩と散文」、アポリネール、サルモン、カルコを『幻想派詩人』と名付け、その作品を発表。
一九一四年
[#地付き]三十四歳
一月、「レ・ソワレ・ド・パリ」、ルッソー追悼号を刊行。二月、「レ・ソワレ・ド・パリ」に『虐殺された詩人』の予告出ず(刊行は一九一六)。三月、「ロマネスク歴史叢書」のうち『バビロンの終末』を刊行、ただしその大部分はルネ・ダリーズが執筆、同叢書中の『ドン・ジュアン三種』刊行。同月、「現在」誌中のアルチュール・クラヴァンの中傷記事に対して決闘を申し込む。またアンリ・オットマンの批評に対しても決闘によって黒白を決めようとしたが、いずれも相手の謝罪により和解。四月、イタリア雑誌「ラチェルバ」に『月並なこと』、「メルキュール・ド・フランス」に『過去の王、未来の王アルチュール』。ソルボンヌ言語記録所で、象徴派詩人として『ミラボー橋』『マリー』『旅人』を録音。六月、「レ・ソワレ・ド・パリ」に初めてカリグラム詩『手紙=大洋』。マリー・ローランサン、ドイツの画家フォン・ワットエンと結婚。七月、「レ・ソワレ・ド・パリ」の最終号に「意想詩《イデオグラム》」を発表。「コメディア」誌の委嘱により、ルーヴェイルとともにドーヴィルに取材旅行。七月三十一日、総動員令発令され、パリへ戻る。八月三日、第一次世界大戦。十日、パリにて兵役志願。九月三日、再び兵役志願のためニースへ。二十七日、ルイーズ・ド・コリニー=シャーチョンと知り、熱烈な思慕を捧げる。十一月、ニースでさらに兵役志願、十二月五日受理され、ニームの第三十八砲兵連隊に入隊。七月、ルー(ルイーズ)、ニームにアポリネールを訪ね、結ばる。十五日、ルー、ニースヘ、三十一日、休暇をニースでルーと共に過す。
一九一五年
[#地付き]三十五歳
一月二日、ニームの連隊へ帰る途中、ニース=マルセイユ間でマドレーヌ=パジェスを知る。十二日、幹部候補生を志願し、合格、同時に帰化願いを出す。二月、軍務の余暇に友人たちにたくさんの手紙を書き、また「兵隊生活」を楽しむ。三月、マルセイユでルーと会うが、彼女はこの恋の終りを告げる。アポリネール前線を志願。四月、シャンパーニュの第四十五砲兵中隊に派遣さる。伍長に昇進。ルーとの文通を続けるも、同時にマドレーヌにも手紙を書く。五月、オラン近郊ラミュールに住むマドレーヌより返辞あり、このころよりルーヘの愛情薄らぐ。当時執筆された多くの詩は、のちに『カリグラム』の中に集録され、また死後『わが恋の影』『思い出のごとく優しく』の中に発表される。七月、中絶されていた「メルキュール・ド・フランス」の『生活逸話』を執筆、軍隊生活の酷しさを書く。『カーズ・ダルモン』を二十五部限定出版。マドレーヌヘの愛情つのり、彼女の母親に結婚の許しをこう手紙を書く。返辞あり、結婚を許し、ラミュールヘ招かる。ルイズ・フォール=ファヴィエを通じて、マリー・ローランサンに宛てた一連の詩、『つねに閉されたメダイヨン』を送る。九月一日付、砲兵軍曹に昇進。十月、マドレーヌ、ルーに毎日手紙を書くかたわら友人に多くの手紙、詩を送る。ドラン宛てに、すばらしい感動をたたえた小説を書き始めたという手紙を書く。十一日、歩兵を志願、第九十六連隊付少尉に任ぜらる。十二月二十六日、オラン着、マドレーヌの許で休暇を過す。
一九一六年
[#地付き]三十六歳
一月十日、オランより帰り、丸一日パリで過し、母、弟、友人に会い、直ちにダムリイの連隊へ戻る。マドレーヌヘの手紙で疲労を訴えるが、その手紙は以前のように情熱的でもエロチックでもなくなる。二月一日、パリで休暇。ストック書店との『虐殺された詩人』出版契約破棄。三月、帰化願い受理され、ウィルヘルム・アポリネール・ド・コストロヴィツキーことギョーム・アポリネールの名「官報」に載る。十四日、連隊と共に最前戦へ。マドレーヌに短い手紙を書き、所持品全部を遺贈する旨書く。三月十七日、午後四時、ベリー=オ=バック近郊ビュットの森で砲弾炸裂、アポリネールの鉄兜を通して右のこめかみを傷つく。三月二十日、I五五野戦病院で最初の手術、シャートー・チエリイの病院に移送。三月二十九日、パリ、ヴァル=ド=グラース病院に移送。四月六日、イタリア政府病院看護婦セルジュ・フェラの懇望で、ケー・ドルセイの同病院、第九病棟に移送。傷痕は経過良好なるも、化膿による痲痺の徴候現われ、五月、ブールヴァル・ド・モンモランシイのヴィラ・モリエールに移送され、ボーデ博士の手術を受く。六月、連隊長の感状と、戦功十字章を受く。七月、「メルキュール・ド・フランス」に一連の戦争詩、『発射光』。マドレーヌに宛て、婚約破棄をほのめかす短信。八月、頭に繃帯を巻き軍服姿でモンパルナッスその他に現われ、画家や詩人たちと談笑するも、執筆は禁止される。十月、アルベール=ビロ、「SIC」誌に、新しい芸術についてのアポリネールのインターヴュ発表。「レ・ソワレ・ド・パリ」の再刊の希望を友人たちに打ち明ける。十月二十六日、戦前の作品『虐殺された詩人』をエディシオン社より発行。十一月、マドレーヌヘの最後の手紙。十二月、ポール・デルメの発意により、メーヌ通り、パレ・ドルレアンでアポリネールを讃える夜会開かる。
一九一七年
[#地付き]三十七歳
三月、ルヴェルディの「ノール・シュド」、ピカビアの「391」、アルベール=ビロの「SIC」などに「メルキュール・ド・フランス」の『生活逸話』に集録された詩、及び従軍中、負傷後の詩を続々発表す。小説『エルヴィールの道化師たち、ベローナの気紛れ』(のちに『坐せる女』と改題)を完成。五月七日、ルネ=ダリーズ戦死。六月二十四日、オリアン街のルネ・モーベール座で、シュルレアリスム演劇『ティレシアスの乳房』を上演。アポリネール、検閲官となる。ブルターニュ、ベノデで休暇、この間に『カリグラム』の編集。十一月十日『ヴィタム・インペンデーレ・アモーリ』メルキュール・ド・フランスより発行。十一月二十六日、ヴィユー・コロンヴィエ座で、『新精神と詩人たち』講演、同時にランボオ、ジッド、ロマン、サルモン、ジャコブなどの詩を朗読す。
一九一八年
[#地付き]三十八歳
一月、肺充血に浸され、ヴィラ・モリエール病院に入院、手術を受ける。三月初旬までここに入院。『ティレシアスの乳房』、SIC書店より発行。ピカソ=マチス展のカタログ序文。三月、スイスの雑誌「扇子」に、ジャックリーヌ・コルブを歌った詩『美しき赤毛の女』を発表。のちに「エクセルシオール」紙に連載する一連の短篇、『影の散歩者』。四月、植民相、アンリ・シモンの推薦で同省に奉職、検閲官辞任。「視学官」の匿名で「新ヨーロッパ」紙の時評担当。十五日、『カリグラム』、メルキュール・ド・フランスより刊行。五月二日、サン=トマ=ダカン教会でジャックリーヌ・コルブと結婚、立会人は画商ヴォラールとピカソ。七月、中尉に仮進級。八月、モルビアン湾のケルヴォワイヤルに休暇。オペラ『カサノヴァ』執筆。この間、絵画についての詩集編纂を計画、さらにクレオパトラ、ニノン、メッサリーナなどの女性の評伝の出版を計画す。戯曲『時代色』ほとんど完成、絶筆となる。十一月九日、パリ中に猖獗していたスペイン風邪にかかり、数日病床についたのち、午後五時息を引きとる。十三日、ペール・ラシェーズ墓地に埋葬さる。二十四日、ルネ・モーベール座に『時代色』上演。十二月、「メルキュール・ド・フランス」に『新精神と詩人たち』
一九一九年
[#1字下げ]三月七日、シャトゥーにて、マダム・コストロヴィツキー死亡、数日後弟アルベール、メキシコにて死す。またジュール・ウェールも前後して死亡した模様。
(マルセル・アデマの年譜による)
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本書には今日の人権意識に照らして不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品執筆時の時代背景や作品の文学性などを考慮しそのままとしました。
[#地付き](角川書店編集部)
角川文庫『一万一千本の鞭』昭和49年7月30日初版発行