最近は男が弱くなった、と言われる。
俺は別に、そうは思っていなかった。
思っていなかったんだけど……。
地面にヘタりこんだ俺を見下ろす瞳。
その眼差しは研ぎ澄まされた刃のように。
俺を叩き伏せた張本人である彼女は
ネクタイの3本ラインから見るに、年上の3年生。
春の陽光をその背に受けながら
上級生 乙女
「だらしがないぞ、お前」
上級生 乙女
「根性無しが」
なんて澄んだ声で叱ってきやがった。
彼女が上、俺は下。
それは俺達の関係そのままだった。
凛とした表情、堂々とした立ち姿。
短く揃えた髪が風に揺れている。
……俺は“この事件”をきっかけに痛感したね。
最近は男が弱くなったっていうよりさ。
女のコが強くなったんじゃない?
―――― 2日前
俺には、朝起こしてくれる幼馴染がいる。
だから恵まれた立場だと思う。
そいつは飯も作ってくれたりする、
近所に住むおせっかい焼きなんだ。
声 スバル
「ほら、起きろ坊主。朝だぞ」
……ま、その幼馴染っていうのは。
レオ
「ん……く、おはようスバル」
男なんだけどね、悲しい事に。
スバル
「おはようさん」
気だるい体を起こして、ベッドから立ち上がる。
スバル
「っておい、起きてっかテメェ?」
レオ
「んー。大丈夫です! 対馬レオ(つしま れお)
しっかり起床しました」
スバル
「どーにも怪しいねぇ。二度寝とかすんなよ」
レオ
「ギク」
スバル
「したら襲っちまうぞ」
レオ
「冗談でもそういうのはやめてくれ……」
跳ね起きる。
スバル
「んじゃ学校で。先行ってるぜ」
俺は私立の学校に通い、今2年生。
昔は喧嘩とかしてた時もあったが、
今は大人しくフツーの学校生活を楽しんでる。
勉強とかだってそこそこやってるし。
……彼女はいないけどさ。
1階に降りてテレビをつける。
アナウンサー
「なおもニューヨーク市民は癒えぬ傷痕とともに
テロの不安に怯えています」
西暦2005年、5月23日。
世界情勢は、相変わらず暗い話題が多いけど。
アナウンサー
「次のニュースです。東京都では、ヒートアイランド
現象防止として屋上に樹木を植える建造物が……」
日本は平和そのものだった。
でも俺は中間試験の結果が返ってくるんだよな。
テーブルの上には、スバルが作ってくれた
朝飯がおいてある。
あいつ朝はいいって言ってるのにお節介な奴だな。
外に出る。
隣の蟹沢(かにさわ)家へ。
玄関前を掃除している蟹沢家の奥さんに挨拶。
レオ
「お姉さん(←社交辞令)お邪魔します」
マダム
「レオちゃんいつもすまないねぇ
あんな出涸らしの為にいつもいつも」
レオ
「俺が見捨てると、あいつ人生終わりそうで」
マダム
「良かったら嫁にもらってくれない、アレ?」
レオ
「耳かきにハマりすぎて、外耳炎になったような
アホな娘はちょっと勘弁願いたいです」
マダム
「そうよねぇ。私がオトコでも絶対イヤだもん」
2階へ上がる。
レオ
「おい、朝だぞ蟹沢きぬ」
きぬ
「Zzz」
今日もまた凄い格好で寝てるな。
レオ
「おい起きろ出涸らし。朝だぞ」
きぬ 共通
「Zzz」
レオ
「馬鹿そうな顔で寝てやがる……」
この家は2人子供がいるんだけど、
1人は優秀な兄で大学院で勉強中。
きぬ
「……やっぱ……ボクって可愛いよねー」
んで、もう1人が寝言言ってるこのバカ。
出来が悪いので両親から出涸らしと言われ
すでにあきらめモードに入られている哀れなコだ。
まぁ兄の出来が良い分、あんたはもう好きなように
生きろって言われてんだからある意味羨ましいかも。
レオ
「さて、普通にやっても起きないから
どうやって起こすかだが……」
今日はどうしようかなぁ。
息を止める
清めの一撃を叩き込む
ぶっかける
レオ
「よっと」
カニの口と鼻をふさぐ。
きぬ 無音
「……」
レオ
「さぁ目覚めろ」
きぬ 無音
「……」
こ、こいつ意地でも目覚めないつもりか。
慌てて手を離す。
あっぶね、危うく××してしまう所だった。
(伏字がちょっと同人的な手法)
お、カニがもぞもぞと動き出した。
レオ
「やっぱりこの起こし方に限るな」
カニの腰をつかんで、くい、と腰を持ち上げる。
レオ
「置いてあるこの木製バットで尻を叩く、と」
ワキを締めてバットをコンパクトに振る。
バスン!
きぬ
「いでっ!」
レオ
「お姉さん、水かりるね」
マダム
「熱湯でもいいわよ」
レオ
「いや、さすがにそれは。茹で蟹になってしまう」
レオ
「ほら起きろ。故郷の水だぞ」
バケツから水をぶっかけた。
きぬ
「うぶっ、つ、冷たっ……」
レオ
「てこずらせやがって。起きろコラ」
寝ぼけているので、この間は好き放題できるのだ。
きぬ
「んん? ん……ん……」
きぬ
「んん―。ふぁーーーーあ。うー、おはよ」
ここまでしてようやく目を覚ますのだ。
レオ
「おはよさん」
レオ
「じゃ、また20分後に下でな
2度寝したら置いていくからな」
きぬ
「ふあーあー。分かってるって〜」
カニを起こしてから、いったん家に帰り朝飯。
スバルが作ってくれたメシと(パンとか目玉焼き)
ヨーグルトで栄養補給。
アナウンサー
「野生のクマが餌につられて民家に迷い込みましたが
無事に山へ帰されました」
ちょっと和んだ。
5月とはいえ、朝から結構暑い。
ガッコも先週から夏服だ。
レオ
「……時間。カニは来ない」
結論、当然置いていく。
俺の通う学校は、家から歩いて10分だ。
近くて、レベルもまぁまぁなので選んだ。
きぬ
「って、ちょっと待てやーーーーー!
あまりにも大事な忘れ物をしてるぜ!」
ブオッと弾丸のように俺を抜き去るバカが1人。
レオ
「サイフなら持ってるぞ?」
きぬ
「ボクだよ、ボク! ボク忘れてどーすんのさ!」
ビシビシ、と手ではたいてくるカニ。
きぬ
「はぁはぁ、はぁ……朝デッドしてたら
つい時間が(↑朝にデッドのCDを聴くこと)」
レオ
「年頃の娘が犬みたいに舌を出すな、はしたない」
きぬ
「ボクを置いていった本人が何を言うのか!」
レオ
「朝起こしてやってるだけでもありがたく思えよ」
こいつもスバルが起こしてくれりゃいいのに。
この馬鹿が限界まで寝たいとか言うから俺が
起こす事になってしまっている。
きぬ
「くぅ……ボクがきちんと玄関を開けて“やぁ”って
可愛い笑顔で爽やかな挨拶をするまでが、
朝起こすって行事なんだよっ 手ぇ抜くなよなっ」
レオ
「何様のつもりだ、カニの分際で」
ぐいーっとほっぺを引っ張る。
きぬ
「くはー、いはいいはい!」
じたばた暴れるので、放してやる。
きぬ
「くぅ……痛いなぁ」
レオ
「お前って、涙腺ゆるいよなぁ。
ほっぺ引っ張るだけで涙出るなんてさ」
きぬ
「な、泣いてない、泣いてないもんね!」
きぬ
「つか、朝からいきなりご挨拶だよね
この痛み、記憶したからなっ!」
きぬ
「そっちも泣かせてやる!」
やっぱ泣いたのか。
きぬ
「お前ボクを結構イジメるよね
好きな娘には素直になれないタイプ?」
レオ
「イジメてるんじゃねぇ、しつけてるんだ」
うるさいから、ダマらせよう。
レオ
「カニ、早口言葉で勝負だ。アカマキガミのやつな」
きぬ
「ヤダよボク早口言葉苦手だもん。知ってるクセに」
レオ
「じゃあ行くぞ」
きぬ
「ちょっ……人の話を聞かないと帰りの会で
議題にとりあげられるって小学生の時に
学ばなかったのかオイ!」
レオ
「赤巻紙(あかまきがみ)、青巻紙(あおまきがみ)
きぬ負け組」
きぬ
「うっ…ちゃんと言えてる。レオって微妙にスゲェ」
レオ
「はい、お前のターン」
きぬ
「うっ……あおまききゃみ、あ、あか、あかまき
がみっ!?」
きぬ
「あだだだだ、舌、舌噛んだ」
舌を押さえているカニ。
これで当分ダマってるだろう。
――5分後。
きぬ
「あ、ボク。ちょっとコンビニで
ジュース買ってくるから待っててね」
レオ
「んじゃあ先に行ってるぞ」
きぬ
「待ってろよ! 犬だって待つぐらいできるぜ!」
レオ
「すぐ怒る……背も小さいけど、器も小さいよな」
きぬ
「背は関係ないだろ、背はーっ!」
レオ
「割と遅刻ギリギリだしな」
きぬ
「別にいーじゃん。のんべんだらりと生きていこう」
レオ
「人をダメ人間共同体に巻き込むな」
きぬ
「知ってるよ、遅刻したくないワケを。
今日は朝礼があるもんねー
生徒会長のカッコイイ演説が聴けるもんねぇ」
きぬ
「憧れのお姫様の演説姿を見たいもんねぇ」
レオ
「うるせーな、はたくぞ」
きぬ
「くぅ〜、も、もうはたいてるだろ!
み、見てよ、ココ。コブになってるよ」
レオ
「何? そんなに強く叩いたか? どこよ」
きぬ
「でやっ」
レオ
「ぐぅ……ヘッドバットかよ……」
ちょっといい匂いがしたので、それに
一瞬だけ気をとられてしまった。
きぬ
「腹たった、お情けで一緒に行ってやってるのに!
もうレオなんかと登校してあげないもんね!」
レオ
「や、別に構わないが……」
パンツが見えないギリギリのラインで
カニはダッシュして逃げていった。
レオ
「ち…痛ぇ…中に何も入っていないくせに、石頭め」
新一
「相変わらず騒がしいなー、お前とカニは」
レオ
「よぉ、フカヒレ」
こいつの名前は鮫氷新一(さめすが しんいち)。
鮫だけにシャークと呼ばれたいらしいが、
皆からフカヒレと呼ばれてしまってるヘタレだ。
新一
「聞いてくれよ。俺、昨日ケイコちゃんと
公園でデートする所まで行ったんだ」
レオ
「そっか。良かったな?」
ちなみに今の、ギャルゲーの話です。
新一
「所でレオの両親ってずっと外国行ってるよね
帰ってくるメドとかつかないの?」
レオ
「あぁ、仕事だか何だか知らないけど
一人っ子を置いといて、いい身分だよ」
新一
「ギャルゲーの主人公ってそういう
シチュエーション多いんだぜ。
ギャルゲー野郎って呼んでいい?」
レオ
「そのギャルゲーの主人公は
男友達がメシをつくったりするのか?」
新一
「いや、それは違うかな。普通は
隣に住んでる幼馴染とか。コレ王道よ」
レオ
「カニは何もできんぞ」
新一
「まぁ、あいつは極上のバカだからな」
レオ
「あぁ、それ以上でもそれ以下でもない」
私立、竜鳴館(りゅうめいかん)。
微妙な名前のこの学校が、俺の学び舎。
昔は竜胆館(りんどうかん)という
伝統ある女子校だったんだが、5年前に
共学になって名前も一新。
校舎も殆どが木造から鉄筋コンクリートに
なったから、とっても綺麗で気に入っている。
元々女子校だっただけあって、女子の数も
権力もかなり高い学校だ。
生徒会長も女子だしな。
新一
「おい、後ろから自転車来てるぞ」
噂をすれば生徒会長だ。
男子生徒X
「姫だ」
女子生徒B 真名
「姫やね」
女子生徒A 豆花
「ニーハオ、姫」
生徒会長 エリカ
「おはよー」
レオ
「姫、おはよう」
生徒会長 エリカ
「チース」
新一
「姫、今日は会長の挨拶があるのに
こんな時間に登校してきていいの?」
生徒会長 エリカ
「余裕」
男C 洋平
「姫はいつも綺麗だな」
女子生徒B 真名
「ああ見えて気は利いてるで」
女子生徒A 豆花
「気楽に話せるし、面白いネ」
3年男生徒
「何様のつもりなんだろうな」
3年女生徒
「家が大金持ちだからって」
女子生徒C
「でもそういうの全然自慢しないよね」
良くも悪くも、通るだけで話題になる人だ。
新一
「最近の金持ちは折り畳みのMTBで登校なんかね」
レオ
「姫は体を動かすのが好きだからな」
新一
「でも、誘拐とかされそうじゃねー?」
レオ
「米軍を敵に回す馬鹿はいないだろ」
新一
「超弩級と言われている空母も停泊してるしなー」
日米ハーフの姫は米軍基地の中に家があり、
そこから登校しているらしい。
校門をくぐる。
風紀委員 無音
「……」
レオ
「?」
なんかここを通る時、いつも微妙に視線を
感じるんだよなー。
生徒会長 エリカ
「我が校で試験的に続けている紙パックリサイクルは
1キロ約2円という額が国際連合児童基金に
送られており、評価を高めています」
生徒会長 エリカ
「周辺地域7校全てが、私達の考えに賛同し
リサイクル活動を始めています。松笠市も
テレビでこの様子を取り上げ――」
思わず、その壇上での姿に見惚れてしまう。
彼女のよく通る声が、広い体育館に響く。
生徒会長 エリカ
「――以後も、社会に貢献している事を誇りに、
他校の良き道標になるよう日々の活動を続けます。
皆さんの協力を望みます」
きぬ
「普段はロクな事してねーのに、こーいうトコ
だけはきっちりまとめてるよね、姫は」
生徒会長 エリカ
「以上、報告を終わります。竜鳴館 生徒会長
霧夜(きりや)エリカ」
皆から、拍手が起こる。
生徒会長 霧夜エリカ。
俺が、異性として憧れている人物で、
学園での人気も極めて高い。
高いのだが、嫌っている人間も同じぐらい多いので
“アイドル”とはちょっと言えないかも。
性格がいろんな意味で強烈なので
皆からは敬意と皮肉をこめて“姫”と呼ばれている。
めくれたトコを、誰も見た事が無い姫の
スカートは七不思議の1つ。
副館長
「えぇ〜続きましてぇ、館長、橘平蔵からのぉ、
訓示でありまぁす」
皆がピタリと音を止める。
ここで騒ぐやつは、馬鹿か自殺志願者かの2択だ。
すっ、と館長が姿を現す。
産まれるのが遅すぎた竜、と言われた豪傑が
我らの館長なのだ。
平蔵
「男子は男気を! 女子は女気(おんなぎ)を
磨き、青春を謳歌せよ!」
平蔵
「竜鳴館 館長 橘平蔵(たちばな へいぞう)!」
この館長は挨拶が一瞬で終わるので人気がある。
イガグリ
「へへへ、館長の言葉はいつもこう、胸にズンッて
しみるよな……さすがだべ」
男子生徒 洋平
「あぁ、また一週間頑張ろうって気になるよな
勝負事にも力が入るってもんだ」
体育会系のやつらは、この言葉を励みにしている
みたいだしな……。
レオ
「ふぁ……」
朝礼が終わると同時に眠くなってきた。
エリカ
「でっかいあくびねー、みっともない」
レオ
「!」
げ、姫に見られた。
エリカ
「そんなテンション低い人は見てて
うざったいから消えて欲しいかなー」
笑顔できっつい事を言うんだよな。
エリカ
「ふふっ……まぁいいわ」
エリカ
「はい、薔薇をあげる。香気で目を覚ましなさい」
どこからともなく取り出した薔薇を手渡された。
レオ
「あ、相変わらず妙な特技を持ってるね」
エリカ
「お嬢のたしなみよ。
ポーズをとったら薔薇ぐらい出せなくちゃ」
エリカ
「というか、対馬クン
みるみる顔赤くなってるわよ」
レオ
「え、そ、そう?」
エリカ 無音
「(じーっ)」
…そんな日本人離れした美貌で見つめないでくれ。
エリカ 無音
「(にやにや)」
俺が照れてるの分かっててからかってるな。
エリカ
「ま、朝からあんまりいじめても可哀想だから
こんな所で勘弁してあげるわ」
姫は俺が困ってるのを見て満足そうに
笑うとスタスタと去っていった。
レオ
「……ふぅ……」
俺と姫はこれぐらいの距離。
つまり、ただのクラスメートで
たまに話しかけられてはからかわれる程度。
なめられてるというか、見下されているというか。
っていうか今、声かけられて嬉しかったし。
レオ
「情けねぇなー我ながら」
惚れた弱みというべきか。
女の子相手に普通に話せるんだけど。
姫だけは、話す時に緊張してしまう。
思わずため息。
きぬ 無音
「(にやにや)」
カニが今の俺の様子を見て嘲笑っていた。
……あいつは後で1回泣かしておこう。
………………
2−Cの教室へ帰還し、定位置である窓際の席へ。
基本的にうちのクラスは、問題児が多い。
モラルが低く先生が来るまでは、
席を立って好き放題に行動してる。
生徒会長が在籍しているクラスなのにモラルが
低いのは、生徒会長自身が好き放題やってるからだ。
委員長 良美
「みんなー、あんまり騒いだら他のクラスに
迷惑だよぅ」
ざわざわざわ。
委員長 良美
「……聞いてないしぃ」
良識を持った人が苦労するクラスなのだ。
誰も言う事を聞いてくれないので、
委員長(佐藤良美)はとぼとぼと日誌をつけ始めた。
カラン……
委員長 良美
「あぁ、シャーペン落っこっちゃった
……えーと……どこいったんだろ」
レオ
「っ!」
カニは見慣れてるから何も感じないけど
これはさすがに強烈だ。
この委員長は、どこか無防備なんだよなぁ……。
しょっちゅうパンツ見えちゃってる気がする。
他の皆は“そんなラッキーな事、ねぇよ”と
否定してるんだが、それは嘘だろ。
……………………
中間テストの結果が次々と返ってきている。
クラスは阿鼻叫喚の世界に変わった。俺は……
古典はほどほど。
現国はそこそこ。
歴史はまぁまぁ。
我ながら、なんて無難な出来なんだ。
きぬ
「フカヒレ、歴史で勝負だもんね!」
イガグリ
「せめてフカヒレには負けねぇべ」
女子生徒B 真名
「負けたら人間として終いやからな」
新一
「はいはい、一列に並んで……」
きぬ
「だぁっ、押すなボケが! フカヒレの列、
最後尾のプラカード回して」
レオ
「行列が出来てるぞ。大人気だな、フカヒレ」
新一
「うれしかねぇよ!」
新一
「お前らも点数勝負ならスバルと比べろよな。
もっと低いんだから」
きぬ
「スバルは陸上で期待されてるんだから別に
点数低くてもいーんだってばさ」
イガグリ
「……つうか、伊達君に聞くのは怖ぇべ」
頭がカンバしくない連中は、最低ラインとして
フカヒレと勝負している。
……俺は、まぁこいつらよりは上なのだが。
良美
「エリー、また満点? ……勝てないなぁ」
エリカ
「当然でしょ。何、よっぴーは1問間違え?」
良美
「記述問題ってあんまり得意じゃなくて。
4行以上とかの指定が意地悪だよね」
エリカ
「月白先生のクセでしょ、記述が多いのは」
エリカ
「で、どこ間違った? 皇帝教皇主義の確立に
ついてか。ビザンツ帝国での聖像論争のあらましも
書いておけば4行埋まったんじゃない?」
こっちはハイレベルすぎる。
中間試験の結果は思ったより良かったので
安堵しつつ、昼休みに突入。
女子生徒A 豆花
「カニち、お昼学食だよネ?」
きぬ
「その通りだぜ豆花(トンファー)!」
豆花
「それなら、いつもどおりネ」
きぬ
「マナ、早く学食行って海側の席をとろうぜー」
真名
「ほないくでぇ、レッツゴーッ」
ぞろぞろ……
エリカ
「よっぴー、私達もお昼行こ」
良美
「うん」
すたすた。
スバル
「女子のヤツラは…昼となると元気なこったな」
レオ
「お前午前中ずっと寝てただろ」
スバル
「残念ながら、お前は夢に出てこなかった」
レオ
「そういう発言は疑われるから勘弁」
ガタガタと机を寄せてくるガラの悪いこいつは
伊達昴(だて すばる)。朝俺を起こしたやつだな。
こんなナリでも、陸上部800メートルランナー。
その外見と粗暴な言葉使い、腕っ節に
皆からは怖がられているが、俺やカニとは幼馴染だ。
レオ
「ほら行くぞフカヒレ、昼飯パシリ決めジャンケン」
新一
「よし、今度こそ負けねぇぞ」
スバル
「テメェはそう言っていつも負ける」
レオ
「ほら、ジャンケンポン」
新一 無音
「……」
レオ
「相変わらず弱いなフカヒレ。俺コロッケパンと
ヤキソバパンとジュースね」
スバル
「オレはカツサンドとコーヒー。
いつも通り砂糖抜きで頼むぜ」
新一
「くそっ……何故勝てないんだよぉ……
しかもいっぱい頼みやがって。
急がなきゃ間に合わないじゃねぇか」
フカヒレはダッシュで学食に向かった。
その後ろ姿は健気なパシリそのものだった。
スバル
「相変わらずフカヒレは、ジャンケンする直前から
すでに手の形決まってるよな。学ばねぇ野郎だ」
スバル
「あ、そーいや今日は朝一からカニがオマエに
迫害されたって騒いでたぞ、何、またケンカ?」
レオ
「ほっとけ」
スバル
「ま、いつものことだけどよ」
オレとスバルとフカヒレの3人でメシ。
これが、いつもの昼飯風景だ。
蟹沢きぬは、学校では普通に
女子とつるんでるので、昼飯は別。
新一
「スバルは朝からずっと眠そうだったよな」
スバル
「しゃあねぇだろ。昨晩はバイトしてたんだ」
新一
「……またか。お前も大変だねー、若い身空で
うらやましいような、うらやましくないような」
レオ
「気をつけろよ。犯罪と同じようなモンなんだから」
スバル
「まぁ、オマエには迷惑かけねーからさ」
レオ
「お前の心配してんの、俺は」
――んで、午後の授業。
窓際の俺は、ボーッと外を眺める。
俺の後ろに座ってるスバルは爆睡している。
隣のきぬは携帯を凄い速度でいじっている。
誰かにメールでもしてるんだろ。
俺の1つ前にいる新一、つまりフカヒレは
新一
「バッカ。そこは“心配して見に行く”を選ぶと
CG回収できるんだぜぇ?」
イガグリ
「フカヒレはこういうトコはスゲーなぁ。
尊敬するべ」
隣のヤツとギャルゲートークしてた。
霧夜エリカは――。
席にいなかった。
そう、彼女は成績トップだが時々授業サボるので
授業態度は良好とはいえないのだ。
姫の名前は伊達ではない。
しかし、彼女いつもどこでサボってるんだろう。
(保健室にも屋上にもいないらしい)
ミステリアス――そこもまた人気のひとつ。
………………
午後の授業も終わり、いざ帰りのHR。
――なんだけど、俺達の担任教師が来ない。
きぬ
「祈ちゃん、まだ来ないのかなぁ……」
レオ
「先生が来ないとHR終われないもんなぁ」
新一
「来るの遅いよな、おおかたまた
職員室でくっちゃべってるんだろうけど
現実の女はこういう所がイヤだよなー」
きぬ
「その発言、フカヒレは人生終わってるね」
スバル
「よっぴー、帰っていい?」
良美
「き、気持ちは分からないでもないけどダーメ」
新一
「よっぴー! もうHRを終わらせようよ」
良美
「だーかーらー! よっぴー言わないでってばぁ!」
学級委員長の佐藤良美さん(通称・よっぴー)が
皆の不平不満を一斉に浴びていた。
いつも余計な苦労して、わたわたしてるが、
なんかそんな雰囲気が似合う人なのだ。
きぬ
「ラチがあかねーな。生徒会長、決断してくれい」
生徒会長 エリカ
「結論を下す。帰る」
エリカ
「――と言いたいのは山々なんだけど」
良美
「だ、駄目だよ。先生がまだなのに
勝手にHR終わらせるなんて」
エリカ
「――ね?」
姫が苦笑していた。
姫も佐藤さんには弱い、というか甘いのだ。
スバル
「やれやれだ……寝るか……」
スバルは再び机に突っ伏した。
エリカ
「仕方ない、そこの、ええと名前忘れた。イモ顔」
イガグリ 無音
「?(きょろきょろ)」
エリカ
「あんたよあんた」
レオ
「同じクラスなんだから名前覚えてあげなよ……」
レオ
「そいつはイガグリって言うんだ」
イガグリ
「それ、本名じゃねーべ」
エリカ
「職員室行ってきて祈センセイ呼んできなさい」
イガグリ
「わ、分かったよぅ」
良美
「ごめんね、なんか頼んじゃって」
イガグリ
「そ、そんなことねーだ」
レオ 無音
「(さすが姫……普通に人に命令してるよ)」
新一 無音
「(いつもの事だけどね……)」
きぬ 無音
「(ボクも子分欲しいなぁ)」
皆、色々考えているようだった。
………………
ガララッ
祈
「皆さん申し訳ございません、
遅れてしまいましたわ」
全然申し訳なくない顔で先生が現れた。
大江山 祈(おおえやま いのり)。
俺達の担任であり、本職は英語教師。
美人、胸大きいということで
男子生徒達の掴みはバッチリだ。
媚びた態度をとらず飄々(悪く言うとボーッ)と
してるので、女子生徒からも人気者。
大江山、という苗字は地名で紛らわしいので
皆は祈先生と呼んでいる。
新一
「祈センセ、何してたのさ?」
祈
「職員室でお茶をしてましたら、いつの間にやら
このような時間でしたの」
土永さん
「ま、お前達若造は忍耐ってモンを知らねぇからな。
たまには待ってみる、というのもいい経験だろう
これも教育の一環だよ」
祈
「……と、土永さんが言ってますわ」
……今のは祈先生の肩にとまっている
オウムの“土永さん”だ。
祈先生のペットで、いつもは空にいるが
時々ああして一緒に行動している。
祈
「それでは早速HRを始めますわ。
プリントを配りますので、回して下さいな」
……これは進路希望調査か。
祈
「2年生は、1年より幾分早い時期に
進路希望調査を始めます。皆さん、
自分の夢を記入して、提出して下さいね」
土永さん
「いいか、お前達はとっくに義務教育終わってんだ。
進学しないものは、もうすぐ世間の荒波に揉まれて
生きていかなきゃいけねぇ」
土永さん
「たまには、そのとろろみてぇな脳ミソ真面目に
使って、自分の将来について考えてみろ。
分かったな? ジャリ坊どもが」
祈 共通
「……と、土永さんが言ってますわ」
祈
「スパルタですわね、土永さん」
土永さん
「これも生徒達を思ってのことよ。愛は痛いもんだ」
きぬ
「くぅ……好き放題言ってくれるなぁ」
豆花
「とはいえ土永さんオウムだもんネ」
新一
「あぁ、オウムじゃどうしようもねぇよな……」
レオ
「……」
――放課後。
きぬ
「どっかで遊んで帰ろーっ」
ピョンピョン跳ねる。
元気が有り余ってるな。
新一
「帰宅部の活動開始と行きますか」
スバル
「んじゃ、オレは陸上部行くとすっか」
レオ
「頑張れよアスリート」
スバル
「……テメェらも部活頑張れよ」
きぬ
「おうよ。全身全霊をかけて帰宅してやんよ」
新一
「帰宅部には帰宅部で辛い所あるんだぜ?
陸上部の連中には分からねぇだろうがな」
スバル
「は、そりゃあ分かりたくもないがよ。
一応聞いてやるよ。なんの苦労があんだ?」
新一
「あるね。陸上部や空手部……部活の連中が
一生懸命やってる中、俺達は悠々と帰宅、
そして家に帰ってふと、ある考えがよぎる」
新一
「俺はこのままでいいのか? 青春をダラダラ無駄に
していないか? いや、まだ本気出してないだけ。
俺はやれば出来る子って言われてるんだからな」
新一
「うーん、でも真面目に自分の将来を
考えるとハッキリ言って怖いぞ、とりあえず
ゲームでもして気を紛らわせよう!」
新一
「……って、こんな自分に気付かないフリ。
で、ごくまれに自己嫌悪するわけよ。
苦労というより苦悩ね」
スバル
「……あぁ、そりゃあツレーな。
せいぜい悩んでくれよ。じゃあな」
新一
「あれ、俺の意見ダメだった?」
レオ
「いや、ダメ人間の象徴みたいでステキだった」
豆花
「伊達君再見(ツァイツェン)」
真名
「伊達君、部活頑張ってやー」
スバル
「はいはい」
新一
「くそっ、スバルの野郎、男子からは怖がられている
クセに、女子の人気が高いんだよなぁ。
アウトロー気取っちまってさぁ」
新一
「あ、ひとつ断っておくけど、
うらやましくなんかねぇよ? 本当だよ?」
レオ
「実はうらやましいんだろ」
新一 無音
「(……コクリ)」
素直なヤツだった。
きぬ
「まぁ、スバルは顔がいいからね。クラスNO1」
新一
「結局顔なんだよなぁ。でも俺だって
悪くないと思わない? 眼鏡っ漢(こ)だしさ」
きぬ
「フカヒレは遠まわりに言うと、ブサイクの
カテゴリーに入ると思うよ」
新一
「……それ近道で言うとどうなるんすか?」
きぬ
「言って欲しいんなら言うけど、遠慮無く」
新一
「あ、やっぱやめて下さい、勘弁して下さい」
きぬ
「まぁ、黙ってればそれほどでもないんだけど
喋るとダメオーラを発散するんだよねぇ君は」
レオ
「おいおい、あんまいい気になるなよカニ」
新一
「いいんだ。俺には2次元があるもん。
結構いいもんだぜ」
いや、そんな綺麗な瞳で言われても。
良美
「カニっち、対馬君、鮫氷君、ばいばい」
きぬ
「グッバーイ、よっぴー」
レオ
「さよなら」
新一
「うぉぉぉーす! BYEBYEーっ」
新一
「よっぴーっていい娘だよねー。
やっぱ現実は暖かみがあるよ。
ようし、また明日も頑張ろうっと」
ほんと分かりやすいヤツだ。
新一 無音
「……?」
レオ
「どうしたキョロキョロして」
きぬ
「何、ついに妖精見えちゃったん? 病院行くか」
新一
「いや、何か視線感じない?」
レオ
「……別に」
新一
「誰かが俺を見ている気がするんですが」
きぬ
「誰もフカヒレなんか見ないよ、時間の無駄じゃん」
新一
「いや、この鋭い視線……確かに感じる……」
きぬ
「なんていうんだっけコレ水産試験場?」
レオ
「自意識過剰。全然かすってないからな」
他愛のない話をしながら、学校の外に出る。
俺達が住む街の名は、松笠(まつかさ)。
連合艦隊の旗艦であった戦艦「松笠」が
固定保存されているので、この名前がついている。
関東の南東部に位置し、東京湾入口にあたる。
米海軍・自衛隊の基地が存在し
異国情緒溢れる街として発展している。
人口は、確か姫の話では45万人とか。
ゲーセン、カラオケ、ビリヤード、ダーツ、
ボーリング、クラブなど何でもあって……
まぁ遊び場には困らない。
レオ
「カラオケやビリヤードは
この前行ったしな、となると」
新一
「クラブでのライブは週末だしなー」
意外と音楽にだけは熱心な男フカヒレ。
きぬ
「んじゃゲーセン、ゲーセン!」
レオ
「分かったから飛び跳ねるな」
松笠駅には、帰宅途中の竜鳴館生徒が結構いた。
ゲーセンは、駅ビルの中にあり、1〜5階までが
全てゲーセンという本格的なゲームプラザだ。
きぬ
「ボクはストフォーやってくるね」
レオ
「頼むから無限コンボして相手と揉めるなよ」
新一
「んじゃ、俺はギターやってくっか」
…………
1200円……割と使っちまったな。
きぬ
「じゃ、後でまたいくから」
新一
「10時くらいかな」
レオ
「あいよ、んじゃまた」
俺達は家も超近所だった。
で、帰宅。
………………
スバル
「お帰りなさい、あなた」
レオ
「……やめれ、疑われるから」
スバル
「オレが即興で演じてみた若妻が気に入らないとは。
オマエ、人妻萌えじゃなかったっけ?」
レオ
「それはお前です」
スバル
「それにしてもまーた遊んできたのか。
定期的にバイトしてるわけじゃないのに
よく金が持つモンだな、オイ」
レオ
「春休みの短期集中バイトが効いてんだよ」
テレビをつける。
アナウンサー
「野生のクマが再び餌につられて民家に
迷い込みましたが、なんとか山へ帰されました」
ちょっと和んだ。
スバル
「オラ、坊主。メシ出来たぞ。今日は野菜も
こんもり入った牛カルビと、ネギの味噌汁、
きくらげとフキのごまネーズだ」
食卓にテキパキと並べていくスバル。
レオ
「ううっ、いつもすまないねぇ」
スバル
「いーから、さっさと食え食え」
レオ
「相変わらず美味そうじゃねぇかコラァ」
スバル
「そんじゃ、頂きマス」
レオ
「頂きましょう」
俺は料理できない。
が、このスバルは見た目によらず料理の達人だ。
いつも俺の夕飯はこいつが作ってる。
……いや、変な関係じゃないですよ?
スバルの家は、両親がもめて母親は家を出ており
こいつも父親のいる家になるべく居たくないそうだ。
(スバルの家は3つ隣)
スバルの父親は陸上で将来を超期待されていた
人材だったのだが、色々あって挫折、酒と女びたり。
だから、ある意味スバルはここが自分の
居場所だとも言っている。
俺はキッチンや米や調味料、食う場所を提供し。
スバルは食材を買ってきて、ここで料理して食う。
(ついでに俺の分も作ってもらう)
分かりやすいギブ・アンド・テイクな関係だった。
毎日ってわけじゃないが、週に3、4日はこうだ。
外国に行ってる両親にはちゃんと自炊してるって
言ってるけど。
まぁ嘘ではないので良しとする。
レオ
「これでお前が可愛い女のコだったら
最高なんだけどな」
スバル
「現実見ないフカヒレみたいな発言すんなよ」
……傷ついた。
スバル
「ま、現実ってのはこんなモンだ、対馬クン」
レオ
「厳しいねぇ、伊達クン」
きぬ
「そこで美少女のテコ入れですよ」
スバル
「おいおい、玄関の鍵は閉めておいたぞ、オレは」
レオ
「……2階の窓から入りやがったな」
カニがひょっこり現れてから揚げを横取りする。
きぬ
「む。こいつぁ味が染みてらぁ。
あんたいいお嫁さんになるぜ」
スバル
「そいつはどうも」
レオ
「ったく、人の飯をかっさらうクセ治せよな。
一応レディだろ。はしたないぞ」
きぬ
「いーじゃんこれぐらい。レオってさ
微妙にケチだよね」
レオ
「手ぇ洗ったんだろうな」
きぬ
「細かいなぁ、じゃあハシ貸して」
人から箸を奪い、味噌汁を飲み始めやがった。
きぬ
「ふぅ、美味しかった。じゃあ2階あがってんね」
出来の悪い子犬と接している気分だ。
スバル
「まーまー、おかわりもあっからよ」
レオ
「スバルはカニに甘いよな」
スバル
「まぁな。でもカニだけじゃなくて
オマエやフカヒレにも甘いつもりだぜ」
レオ
「そう思うなら緑黄色野菜を減らしてくれよな」
レオ
「カルビはいいけどこの野菜の山、
まるで馬の餌みたいだぜ」
スバル
「バカか、バランス考えてるんだよ
オマエ、普段は炭水化物ばっかだろ。
いいから文句言わずに食べちゃいなさい」
レオ
「ちっ……母親見たいなコト言うな」
確かに、栄養不足にならないのはコレの
おかげなんだけど。
俺は一気に飯をかきこんだ。
レオ
「ふぅ、食った食った」
夕食後は、所定の位置につく。
家が超近所の俺達は、夜もよくツるんでいた。
フカヒレはたまに来る程度だけど。
きぬ
「所でスバル、今日返ってきたテストは
どうだったの?」
スバル
「んー? あーっと、どれもギリギリ赤点回避って
レベルだな。歴史なんか31点。
ほんとスレスレだったぜ」
新一
「スバルはそんなのばっかだよな。レオも
いつもどおり可も無く不可も無く、か?」
レオ
「どれも平均点よりちょい上ぐらいだ。ほれ」
きぬ
「うわ、歴史79点? ボク46点だよ、
この裏切り者! スカタン! でくの坊!」
レオ
「スカタンはお前だ、ちっこいの」
きぬ
「なっ……この世紀末野郎、人の身体的特徴を
指摘してきやがって……信じられねーよ……
マジデビルだよ」
レオ
「うるせぇバカ。黙ってゲームやってろ」
きぬ
「んー。ちょっと飽きた。
なんぞボクがやってないゲームない?」
レオ
「机の中探してみる」
で、俺が椅子に座ろうとしたら。
レオ
「……あら、うおっ、椅子がねぇっ」
ドサッ
床にシリモチをついてしまった。
きぬ
「くっ……くくっ……」
新一
「ドジっ漢(こ)属性だなレオ」
……カニぃ、座る瞬間に椅子を蹴って
移動させやがったな……。
きぬ
「あはははーっ、散々ボクをバカバカ
言ってたけど自分自身がイカレポンチだとは
思いもよらなかっただろうねーっ」
レオ
「な……」
きぬ
「……あら、うおっ、椅子がねぇっ……」
きぬ
「あはは、ねぇのはレオの頭の中身だって」
俺のベッドの上で笑い転げるカニ。
俺はそのまま、ベッドのシーツを
くるくると巻いて、真ん中にいたカニを
包みおさえた。
きぬ
「ちょっ……ちょっと……!?」
ぐるぐるぐる。
レオ
「カニの布団蒸し、一丁あがり」
シーツにくるまれたカニが中で
ジタバタともがく。
シーツ きぬ
「だ、出せコラ、呼吸できないじゃろがい!」
レオ
「何だこのシーツ喋りやがるぞ」
しばらく俺の下に、ほどけないようにして
転がしておこう。
………………
新一
「ってわけでさ、外国では高速道路は無料だったり
するんだよね、日本はこういう所がおかしいよ
もっと外国を見習うべきだね」
シーツ 無音
「……」
スバル
「おい。さっきからそのシーツ、
ぐったりして動かねぇぞ」
あ、忘れてた。
レオ
「ほれ、大丈夫か、カニ」
きぬ
「だ、大丈夫なワケあるかこのボケが……よくも
人に臨死体験させやがって……変なバアちゃんに
手招きされて船に乗る所だったじゃないか……」
スバル
「乗るなよ」
きぬ
「とにかく、絶対復讐してやるからな。
それはもう、すっごい復讐だからな。
とりあえず、トイレ借りるからな」
レオ
「さっさと行って来い」
新一
「あれ? まーた泣いてないカニ?
すぐ泣く野郎だな」
きぬ
「野郎じゃねぇよ!
とりあえず、トイレ借りるからな」
レオ
「早く行けよ!」
スバル
「ほれ、ティッシュ。涙出てるぞ」
きぬ
「な、泣いてないもん、泣いてないもんね!
とりあえず、トイレ借りるからな」
レオ
「お願いです、早く行って下さい」
くそ、地味な嫌がらせだったな今のは。
野郎じゃない、か……。
まぁ皆、カニは異性として意識してないからな。
このフカヒレでさえ、普通に接しているし。
男4人でムサいよりは、こっちの方が
いいとは思うけど。
レオ
「そういえば、進路希望調査の紙、書いた?」
きぬ
「書いた書いた。ボクもらったその場で書いたよ」
スバル
「ああいうの、早く提出しないと祈ちゃんは
うるさいからな」
新一
「……進路とか、そういう単語はリアルで嫌だよな」
フカヒレがピーンと、弦を鳴らす。
こうやって4人で集まって、くっちゃべって遊ぶ。
これが毎日の俺達のありのままの生活だった。
惰性。
だけど、楽しい毎日。
こんな感じの生活がずっと続く。
俺達はそう思ってた。
夜が更けていく。
学校の連中は皆寝ているだろうか。
皆がこういう時間に何をやってるのかは
興味がある。
………………
現在時刻、午前1時ジャスト。
ネオン、騒音、街の空気。
どの感覚にもノイズのようなものがかかってる。
あたしの“線の外側”の世界。
つまんない世界。
すれ違う4人グループが、下劣な声で笑っている。
どいつもこいつも、何がそんなに楽しいのか。
その能天気さが羨ましい。
信号を待っていれば、隣でベタつく
バカップルどもが、いきなりキス。
気持ち悪い。
駅へ続く階段を上がる。
定期的に流れるヘッドライト。
路上ミュージシャンの歌声。下り終電の音。雑踏。
それらに包まれながら街を見下ろす。
行く所が無い。
帰る所があるにはあるが、帰りたくない。
“線の内側”を侵そうとするヤツがいるから。
男
「ねぇ、ちょっといいかな」
声をかけてくる、くだらない男。
今まで何度も似たような男に話しかけられたから
目的なんか聞かなくても分かる。
どうも自分は男の目から見れば美人の方に
ランクインしているらしい。
迷惑な話。
男
「ねぇってば」
なごみ
「消えろ……潰すぞ」
男
「う」
目で威嚇すれば、たいていの奴は
こういう風に尻尾を巻いて逃げていく。
小者が。
空を見上げる。
松笠市の空は意外とキレイだ。
なごみ
「……つまらないな」
つぶやく。
つぶやいた所で何も変わらない。
――そして、1日が終わる
声
「起きてくださぁい。朝ですよぅ」
レオ
「……まだ空が真っ暗ですぞ」
時刻は、――午前3時!?
カニめ……午前3時に目覚ましセットして
いきやがった……これが布団蒸しの復讐か。
アイドルの音声録音入り目覚まし時計を切る。
人の神経を逆撫でするのが巧いヤツだ。
再び寝る。
レオ
「うぉお……正直眠い」
夜中、中途半端に起こされたからだ。
スバルからのモーニングコールに対応し、1階へ。
テレビをつける。
アナウンサー
「今日のてんびん座の運勢は、良好ですか?」
疑問文で言われてもなぁ。
で、隣の蟹沢家へ。
(表札も蟹なんだよな、この家)
レオ
「今日もお邪魔します、お姉さん」
マダム 共通
「良かったら嫁にもらってくれない、アレ?」
レオ
「タイタニックごっこをして海に落ちたような
頭の悪い娘はちょっと勘弁願いたいです」
マダム 共通
「そうよねぇ。私がオトコでも絶対イヤだもん」
2階へ上がる。
レオ
「おい、朝だぞ生ゴミ」
きぬ
「くかー、よっぴーって…実は…脱いだらゴイスー」
何か気になる寝言を言ってやがるな。
きぬ
「すー、レオは……」
俺は?
きぬ
「くー、ちょっと頭が悪くて、ボクが面倒を
見て……やってるけど…最近、勘違いしてる……」
レオ
「なめんなよ?」
きぬ 共通
「いでっ!」
俺はカニをベッドから蹴落とした。
きぬ
「うー、おはよ」
レオ
「おはよさん。じゃ、また20分後に下でな
朝デッドもするなよ」
きぬ
「いや、それはするよ。
デッドを聴いて1日が始まり
デッドを聴いて1日が終わる」
きぬ
「これがボクのライフスタイルだもんね」
レオ
「はいはい、勝手になさい」
………………
レオ
「あーっ、また遅刻ギリギリかよ
胸の発育が遅い奴は、準備も遅くなるのか?」
きぬ
「胸は関係ないだろ、胸はさあっ!
てゆーか、ボクが気にしている事言うのやめれっ」
……気にしているらしい。
レオ
「間に合って良かった」
なんか人だかりが出来てるぞ。
中間試験の上位20名発表か。
1位 霧夜エリカ 800点
……相変わらず完璧だな。
2位の村田洋平ってヤツに思いっ切り差つけてる。
9位 佐藤良美 680点
おー、佐藤さんも頑張ってる。
もちろん俺の名前はどこにも無い。
エリカ
「ハロー、諸君。何か面白いものでもあった?」
レオ
「おはよ。凄いな、またトップだったぜ」
エリカ
「あぁ、試験の結果発表ね。
生徒会長の威厳はこういう所で
見せつけておかないとね」
エリカ
「対馬クンは試験どうだったの?」
レオ
「俺、全部平均点ギリギリって感じ」
エリカ
「何ソレ。特徴なくてつまんない男ねー」
う……。
一言で斬り捨てられた。
うーん、もう少し勉強した方がいいのかな。
祈
「ごきげんよう、対馬さん、廊下で
立ち往生してどうしたんです?
朝のHR始めますよ」
レオ
「あ、祈先生」
姫や他の生徒達は教室に入っていた。
レオ
「すいません。ボーッとして」
祈
「まぁ……熱でもあるのかしら」
うわ。
おでこをくっつけられる。
祈
「大丈夫のようですね、安心しましたわ」
胸元がクッキリ見えた。
祈先生……胸大きいよなぁ。
健全な男子には犯罪級の大きさだ。
土永さん
「おい、むっつり小僧。早く教室入らないと
祈に欠席にされちまうぞ」
レオ
「……」
今日は1時間目から英語だから気合入れないと。
祈先生の授業はキツいからな。
祈
「それでは、まず中間試験の
答案から返却していきますわ」
祈
「伊吹さん。まずまずですわね。さらに上を
目指して下さいな」
祈
「フカヒレさん。のんびりしてますわね。
このままですと、2年生をもう1回、ですわ」
祈
「伊達さん。貴方ならもっと出来るはずです
期待していますわ」
祈
「対馬さん。点取り問題を逃して勿体無いですわ
毎日の復習はおこたらないように」
くおっ……点数微妙だぜ。68点か。
ジャスト平均点ぐらいだな。
祈
「続きまして女子。浦賀さん。この調子ですわ
(それでも悪いですけど)」
祈
「カニさん。期末には一寸の虫にも五分の魂、を
期待してますわ」
祈
「霧夜さん。言う事無しです、
相変わらず素晴らしいですわ」
祈
「よっぴー。ひっかけ問題にひっかかって下さって
ありがとう。点数自体は素晴らしいですわ」
良美
「先生までよっぴー言わないで下さいよぅ……」
新一
「祈先生って人によってコメント露骨に違うね……」
丁寧な言葉づかいなんだが、言ってる事は
結構キビシイ。
“くそっまたフカヒレの点数見て心の傷を癒すぜ”
“フカヒレ君は何点だったのかなぁ、彼には
負けたくないなぁ”
点数が悪かった人間達のうめき声が聞こえる。
レオ
「はい、フカヒレと点数勝負したい人の列は
ここです。押さないで下さーい」
きぬ
「前から5人、右手あげてくださーい、
はい列通りまーす」
レオ
「全く人員整理も大変だぜ」
レオ
「テスト返ってきた時だけは
ほんと、大人気だなフカヒレ」
新一
「だから……嬉しくねぇってばよ」
祈
「はいはい、傷の舐めあいは後。
今は着席して下さい。授業を再開しますわ」
………………
祈
「ですので、ここの和訳は
“やはりそういうことか!”になります。
アクセントに注意、ですわ」
祈
「それでは次の例文を、今は
9時31分ですので……鮫氷さんお願いしますわ」
フカヒレ、9時31分とどういう
関係があるんだろう。
祈先生の当て方はワケが分からないので、
皆気が抜けない。
………………
祈
「では、今日はここまでにしましょうか。
期末試験は、より筆記問題を
増やしますので、皆さん頑張ってくださいね?」
周囲からええーっという声が漏れる。
祈
「なお、通常は30点以下なら赤点追試ですが
英語のみ、50点以下の場合から追加プリントを
やって頂きます」
きぬ
「ええぇーっ」
祈
「その課題をやってこなかった方は……
残念ながら“島流し”にしますわ」
笑顔で処刑宣言。
教室の空気が凍る。
祈
「分かってください。これも皆さんを想っての
愛のムチ……ですわ。私のクラスから留年の
生徒など出しては、担任の面目も丸つぶれですし」
新一
「祈先生、いいでしょうか」
祈
「はい、どうぞフカヒレさん」
既に教師からもフカヒレと呼ばれている
男が席を立ち上がった。
新一
「愛のムチ、大いに結構だと思います」
新一
「むしろ、祈先生になら本当にムチで
打たれても自分は全く困らない次第であります」
何を言ってるんだこの馬鹿は。
新一
「ですが、飴とムチ……というふうに、ムチだけでは
俺達現代人は繊細ですんで壊れてしまいます。
何かと保護されてるんで、ヤワくなってますから」
新一
「要するに頑張った生徒には甘い“飴”も
必要だと思います!」
祈
「ええ、ですから飴は定期的に差し上げてますわ」
新一
「そっちの本当の飴じゃなくて……なんていうか
青少年の渇望を満たすようなですね
熱く甘くとろけるような飴をですね……」
豆花
「(ヒソヒソ……また鮫氷君ネ……)」
真名
「(ヒソヒソ……ちょい……気持ち悪いで)」
また女子の中で、あいつの株が下がっていく。
土永さん
「おいおい、甘ったれんじゃねーぞジャリが。
本当ならお前なんか見捨ててもいい所を
救済してやろうってんだ、ありがたく思いな」
新一
「え……」
祈
「あらあら、土永さん」
土永さん
「ご褒美が欲しいだぁ? 何かをすれば
何かが帰ってくる、なんて見返りを求めているから
まずアウトなんだよ」
土永さん
「ま、図々しく褒美を要求するってなら
姫みたいに、満点とってからにするんだな
ったく、曇ってるのは眼鏡だけにしとけよ」
祈 共通
「……と、土永さんが言ってますわ」
新一
「ご、ごめんなさい」
オウムに謝る人間って前代未聞だよな……。
きぬ
「くぅ、好き放題言ってくれるなぁ土永さん」
豆花
「でも鳥だからネ。どうしようもないネ」
新一
「チクショウ、土永さんめ……」
レオ
「……」
……………………
新一
「あーあ、英語の時間はひどい目にあったぜ」
スバル
「それより今日は火曜日だろ。学食行くぞ坊主」
レオ
「全品30円引きだからな」
スバル
「どうせなら海側で食うぞ」
俺達は大学食(だいがくしょく)へ
向けてダッシュした。
校舎の2階が俺達の教室だ。
スバル
「よっとぉ!」
スバルはためらいなく、窓から飛び降りる。
俺とフカヒレにあの技は危険なので
ちゃんと階段から行く。
きぬ
「あばよ、臆病者(チキン)どもが!」
すれ違いざま、カニも2階の窓から飛び降りた。
きぬ
「飛んでる、飛んでるぜぇ!」
あれで身軽なヤツなのだ。
新一
「また視線を感じるよ。ほら昨日言ってたアレだよ」
レオ
「今はそんな事言ってる場合じゃないだろう
いい席をとられちまうぜ」
新一
「スバルなら、スバルならきっと何とかしてくれる」
レオ
「頼りっきりにするなって」
…………
レオ
「ふー、なんとか座れたな」
スバル
「やっぱり、大学食で食うならこっちじゃないとな
メシがより美味くなるってもんさ」
海を一望できる、カフェテリアの存在。
これが竜鳴館のウリの1つでもある“大学食”の
特徴だ。
元々、学食が美味しいと評判のうえにこの
施設である。生徒達に大人気だった。
(建物の中にも、普通の席が多くある)
1階で勉強している3年生がこの場所をとりやすく
3階で勉強している1年生が最も遠いのは、
まぁ年功序列とも言えるだろう。
新一
「それにしても……島流しか……流されるのは
性欲だけで充分だよね」
レオ
「あぁ、お前もロクでもない事ばっか言ってると
あの島に流されるぞ」
ここから良く見える島は、ウチの学校が所有する
無人島、“烏賊島(いかじま)”だ。
祈先生が言っていたように、成績不良者や
素行不良者は、あの島に流される。
そこで性根を鍛えなおされるのが、“島流し”
大学食と並ぶ竜鳴館の名物だった。
ヤンキー
「へぇ……クス。島流し? このオレが?
ジョートーじゃん? オレの魂(ソウル)は
誰にも染められないよ?」
そう言っていた生徒が、島流しから帰ってくると。
ヤンキー
「私は間違っておりました、この偉大なる竜鳴館に
入れた事を誇りに思い、少しでもこの学校のために
お役に立とうと思います。何も怖くありません」
と、いう“聞き分けの良い子”になっているのだ。
こんな例があれば、島流しが恐怖の象徴と
なるには充分だろう。
まぁ、めったな事では流されないけどな。
フカヒレは女のコを見ながら食事していた。
海風が強いとパンチラスポットになるからだ。
こいつは一度流されてもいいかもしれない。
食うもの食ったし、集会だ。
いざ、屋上へ。
レオ
「こんちゃーす」
親衛隊長
「よく来ましたね。これで90人、
さぁ皆々方っ、そろそろ始めますよ」
ざわ……ざわ……
親衛隊長
「霧夜エリカ――姫のファンクラブ。その集いを」
親衛隊長
「まずは広報部隊。先週〜今日までの姫っぷりを
報告して下さい」
広報 新一
「うす。相変わらずテストはオール100点。
2位に影も踏ませずぶっちぎりトップっす」
隊長が3年生なのでフカヒレ敬語。
親衛隊長
「まぁ全国模試でも1位ですからね。
校内に敵なんかいないでしょう」
広報 新一
「また、喉が渇いたといってそこら辺の男をパシリに
つかったり、生徒会執行部で使う重い
荷物を運動部の連中に運ばせてました」
広報 新一
「さらに、いくつかの授業をエスケープ。
男子同士の喧嘩も見ていて面白いからという
理由で全くとめずに観戦してました」
広報 新一
「また、部員が2名しかいない男子シンクロ部も
校則を無視し、活動を快く許可。文句を言ってきた
先生は、私が許したからいいんです発言で撃退」
広報 新一
「所属しているテニス部にも顔を出してるようで
試合形式で練習しています。当然勝ってます」
親衛隊長
「ううむ、相変わらずの唯我独尊っぷりが
素晴らしいですね」
親衛隊長
「いいですか。我々はあくまで健全なファンクラブ。
万人の知る程度の情報を交換するのみで、決して
姫のプライベート部分には触れないように」
親衛隊長
「もちろん、盗撮とかそういうのは言語道断です。
まぁ、盗撮されるような人じゃないですけど
たくらんだだけでも、死刑なので忘れずに」
……姫は、万人に好かれる性格ではないが。
その分、ファンは男女問わずかなり“濃い”。
1年生で生徒会長になったように、彼女には
ひきつけたものを離さない何かがある。
カリスマというものだろうか。
俺は、悪いものはハッキリ悪い! と
言えるような姫だから憧れている。
あそこまで自分を貫き通せるなんて凄いから。
しかも実力が備わってるし。
姫は外見だけじゃなくて、とにかくキレイなんだ。
親衛隊長
「それじゃあ、恒例の姫写真販売ですね。
今回は昨日の体育館演説時の写真でーす
写真部隊、これ本人の許可取りましたね?」
写真係 紀子
「(こくこく)」
エリカ
「あら、今回はこの時の写真なんだ。
いいわ、一番私が好きな角度で写ってるしね。
1枚だけサインしてあげるから、レアにしなさい」
写真係 紀子
「くー♪」
新一
「ハァハァ」
レオ
「写真係にさりげなく萌えるな」
写真係 紀子
「これ……が、さいん、つき、しゃしん」
写真係は口下手だった。
親衛隊長
「ノーマル500円。レアは……平仮名で
適当に書いてあるタイプなので1万円からですね
この前の猫の絵付きサインは10万でしたが」
親衛隊長
「いつも通り、売り上げはこの会の維持費に
あてますからね」
新一
「よっしゃ大人買いだ!」
レオ
「お前大奮発だな」
新一
「バイトで稼いだ金を、こういう所で使わなくて
どこで使うってんだ!」
色々あると思うが……俺も1枚欲しいな。
なんて考えてたら、あっという間に
売りさばかれていく。
ま、マズイ俺も……。
レオ
「1枚くれ」
男子生徒 洋平
「僕にも1枚頼むよ」
レオ
「む」
こいつとかぶった。
親衛隊長
「はいはい、残り1枚ですよ
規約にしたがい、クイズで白黒つけてもらいます」
男子生徒 洋平
「お前、確か2−Cの生徒だろう?
姫と同じクラスなんだ、
いいじゃないか、僕に譲れよ」
レオ
「それとこれとは別だ」
男子生徒 洋平
「へぇ……」
男がこっちをギロッと睨み付けてくる。
レオ
「なんだよ。俺は引く気は無いぞ」
姫ならともかく、男のガンつけにビビる俺か。
男子生徒 洋平
「…仕方ない、クイズで勝負を決めてやる。
勝負事は心が躍る」
親衛隊長
「えー、姫が佐藤さん以外に信じている人物は?」
男子生徒 洋平
「ん。これは難しいぞ……ご両親かな」
レオ
「自分自身に決まってるだろ」
親衛隊長
「はい、ナンバー68、対馬君正解」
男子生徒 洋平
「……例えクイズとはいえ僕が負けるとはっ!」
レオ
「悪いな、もらったぜ」
男子生徒 洋平
「くっそぉ……我ながら難儀な性格だ
クイズ1つ負けただけで腹立たしい」
レオ
「そんな悔しがらなくても」
新一
「良かったじゃんレオ」
新一
「でもあの村田は執念深いからな。
今の一件根にもつかもよ」
レオ
「村田? あいつ村田ってのか」
新一
「村田洋平。知らないの? 2−Aの秀才で
地獄で育った男として有名じゃん」
レオ
「地獄って何が」
新一
「村田洋平には12人の妹がいて、全員
あいつに懐いているらしい」
レオ
「それ、天国じゃないのか?」
新一
「ただ全員すんごくブスなんだ」
レオ
「地獄だ!」
何て意味の無い設定なんだ……村田洋平恐るべし。
新一
「で、写真係の可愛い女の子が西崎紀子。
2−Aのマスコットみたいな娘で写真が趣味で
広報委員会所属」
レオ
「お前、やたら詳しいのな」
新一
「村田とは1年の時同じクラスだったし
西崎さんは可愛い系として名を馳せている」
新一
「つまり2人とも2−Aの有名人なんだよ
お前がそういうの無頓着なんだ」
レオ
「別にどーだっていいや」
西崎さんねぇ、可愛いとは思うけど。
姫の前では色あせる。
洋平
「結局写真が手にはいらなかった……難儀だな」
紀子
「どん……まい」
洋平
「フカヒレと一緒にいたあいつの名前は
対馬レオと言うのか。その名前記憶に刻んだぞ」
………………
午後は、体育、野球。
5月も後半だけど今日は過ごしやすい気温だった。
レオ
「すとらーいく、ばったーあうと」
新一
「ち、審判なんて美味しいポジションとりやがって
楽でいいよなー、かったりぃ」
きぬ
「あ、男子は野球じゃん」
エリカ
「次はフカヒレ君? よし、
松笠公園まで飛ばしちゃえーっ」
新一
「……姫の応援補正が加わった今の俺は
岩熊が投げるイークルスよりも強いぜ?」
レオ
「ストライクッ、はい空振り三振!」
きぬ
「うわ、カッコ悪」
エリカ
「応援してあげたのに。ま、こんなもんか」
新一 無音
「……」
イガグリ
「はん、野球部がここで魅せずにいつ魅せる!
フォークのキレをナめんじゃねぇべ!」
スバル
「おい、相手チームどうしたーっ! センターまで
球が飛んでこねぇぞコラァーっ!」
レオ
「おーおー、皆女子が見てると張り切ってまぁ」
……………
レオ
「体育だと時間の流れが早いからいいよな」
Yシャツをだらだらと着ながらくっちゃべる。
良美
「対馬君、審判やってたよね」
きぬ
「レオは楽するポジション見つけるの得意だから」
レオ
「失礼な、省エネしてると言ってくれ
無駄に発熱しないから、地球環境に優しいんだよ」
女子は更衣室から戻ってきてるが、まぁ下は
制服に戻しているし問題ないだろう。
ブチッ
レオ
「……っと、うおっ」
きぬ
「あらら、Yシャツのボタンとれてやんの」
レオ
「……ま、いっか」
良美
「あ、つけてあげるよ」
レオ
「いいの?」
良美
「うん、すぐ終わるから」
さっ、とソーイングセットを取り出す佐藤さん。
良美
「じゃ、じっとしててね。対馬君」
レオ
「む……」
近い。
俺の領域に踏み込んできている。
スバル
「これはこれは、心温まる光景だ」
外野うるせーぞ。
しかし、なんだ佐藤さん……
凄くいい匂いがする。
佐藤良美さん、通称よっぴー。
……本人、よっぴー言われるの嫌がってるけど
姫が気に入ってるんで、言われ続けている苦労人。
彼女は、いつも姫と行動を一緒にしてる。
だが、姫の金魚のフンとかそういうんじゃなくて、
姫の暴走をいつも制御してくれている
アブソーバーって感じだ。
優しい温和な性格なので、男女問わず人気がある。
すんなり話せるし勉強も教えてくれるし。
甘い性格なので“砂糖さん”なんて呼ぶ人もいる。
俺も、クラスメイトとして好きだ。
……普通に可愛いし。
顔つきとかはもちろん、髪をかきあげる
何気ない仕草とか、ガキのカニと違って
すっごい女の子らしいというか、なんというか。
落ち着け、一時のテンションに流されるな。
つうかボタンつけてもらってるだけで
こんなに動揺している俺自身がムカツク。
スバル
「オレがつけてやる時より嬉しそうというのは
複雑な心境だ」
きぬ
「はっ、レオめデレデレしやがって」
感じるよ、好奇の目を。
あぁ、1秒1秒が長い……。
良美
「はい、終わったよ」
レオ
「あぁ、ありがと」
新一
「佐藤さん、俺の心のボタンもつけてよ」
寒っ!
良美
「あはは、ごめん、どうボケていいか
分からなかった」
新一
「いい、俺を否定しなかっただけで嬉しい」
そのままフカヒレの相手をしてる佐藤さん。
よし、このスキに体勢の建て直しだ。
窓の外でも見て照れ隠ししよう。
土永さん
「青臭せぇなぁ、小僧。クールじゃないぜ?」
レオ 無音
「……」
オウムが羽ばたいていた。
きぬ
「あ、あの2人また仲良さそうにしてる。
っしゃ、尋問タイム!」
きぬ
「これこれ、君達2人。
最近やけに距離が近いよ?
付き合ってんじゃないの?」
男子生徒Y
「……実は、そうなんだ」
きぬ
「あらま」
女子生徒Z
「ちょ、ちょっと、何言ってるの? みたいな」
男子生徒Y
「もう隠しておく必要ないじゃないか」
女子生徒Z
「嬉し恥ずかし、みたいな……」
きぬ
「図星だったんだ」
良美
「えっ、いつ告白したの?」
豆花
「どちが先に告白したカ?」
レオ
「廊下側はヤジ馬だらけになったな」
新一
「幸せな奴見てると、むかつかね?」
レオ
「俺に同意を求めるな」
新一
「俺もイチャイチャしてぇなぁ……
んで、その行為を愛とか呼びてぇなぁ」
レオ
「ほんと、素直なやつだ」
で、そのカップル騒動も収まりつつある時、
皆は1つの事実に気が付いた。
良美
「もう他のクラスは帰りのHR終わってるのに。
祈先生、今日も遅いね……」
エリカ
「対馬クン。呼んできなさい」
レオ
「え、俺?」
エリカ
「体育の時審判だったでしょ体力温存されてない?」
……ま、いいか。
きぬ
「オラ、ダッシュで行け、ダッシュで!
のんびりしてんじゃないぞ、ダボが!」
あいつは後で泣かそう。
いざ、職員室。
祈 無音
「……」
と、思ったら廊下にいたし。
レオ
「祈先生」
祈 無音
「……」
レオ
「先生?」
祈
「対馬さん。今日はたいそう暖かですね
立ちながら眠ってしまいそうでしたわ」
レオ
「いや、あの……」
祈
「ここでお日様の光を浴びながら、
雲の形を観察する。風流ですわ」
祈
「ほら、例えばあのひときわ縦に長い雲……
対馬さんの目には、どう映ります?」
レオ
「え……うーん、大根」
祈
「うぅん、今いち雅がありませんわね」
レオ
「先生はどう見えるんですか」
祈
「鉄パイプみたいじゃなくって?」
え、そっちの方が雅なくない?
祈
「それから、隣の雲は何となく断頭台を
想起させますわ」
レオ
「すっごい想像力豊かですね」
祈
「内緒の話ですけど、私美術教師になろうかとも
思ったんですよ?」
レオ
「いや、英語教師で正解だと思いますよ……」
って、こんな事やってる場合ではない。
祈
「風があるので、すぐに次の雲が流れてきますわ」
レオ
「いや、あの俺は……」
祈
「飴を差し上げます、2人で鑑賞しましょう
たまには芸術も悪くないですわ」
にこにこ。
レオ
「はぁ……」
まったり。
レオ
「先生、あの雲はカブトムシに見えます」
祈
「男の子らしい考え方ですわね。私には
戦車に見えますわ」
そっちの方が男らしいってば。
エリカ
「って何をしてんのよ、対馬クン!」
レオ
「わっ」
エリカ
「まさかミイラ取りがミイラになってるとはね」
しまった、まさか姫君直々に出陣してくるとは。
エリカ
「祈センセイ、帰りのHRをお願いします」
祈
「あらあら。うっかりですわ。
皆さんに悪い事してしまいましたわね」
エリカ
「対馬クンも、安定感あると思ったけど
結構ペースに巻き込まれやすい型なのね」
レオ
「それは誤解だ」
エリカ
「何? まさか対馬クンごときが私に反論するの?」
レオ
「……いや、言う通りかな……」
祈先生、歩くの遅いんだよなぁ……
優雅といえば優雅なんだけど。
おかげで教室までの間、姫にチクチクと
文句を言われ続けてしまった。
………………
祈
「それでは、今日はここまでにしましょうか」
祈
「あ、今から呼ぶ方々は特に学力が
低下してきている傾向が見られますので、
補習を行いますわ、このまま残ってください」
ふーん、不運な奴もいるもんだ。
祈
「今日は対馬さんとフカヒレさんの
馴れ合いお友達ペアですわ」
新一
「な、何ぃ! い、異議ありですよ、
おかしいですよ!」
レオ
「そうですよ先生、友達と決め付けないで下さい」
新一
「そっち突っ込むのかよ! ってか友達だろ?」
レオ
「なんか面と向かって言われると嫌な気分だった」
新一
「な、なんという事を……オォォ……」
出た、変な泣き方(もちろん泣いたフリ)。
祈
「ちなみに明日はお馬鹿さんコンビの
蟹沢さんと日焼け娘さんですわ。お楽しみに」
きぬ
「げぇっ!」
真名
「あはっ、カニっち頭悪ー」
豆花
「日焼け娘とは、誰がどう見てもマナのことネ」
真名
「げっ!」
………………
祈
「ですので、ここの訳は“今度は何を理由に
期限を延ばすのかな? ”になりますわね」
レオ
「なるほど……」
祈先生って……こうやってみると反則的に
胸が大きいよなぁ。
祈
「対馬さん、私の胸より教科書を見てください」
レオ
「う! あ、いや、その」
祈
「集中ですわ。集中」
レオ
「そうですね、集中します」
祈
「土永さん。対馬さんが集中力を乱したら、
そのクチバシで流血するまで突いて下さいな」
土永さん
「分かったぜ祈。お前のためなら我輩は
猛禽類のような荒々しい鳥となろう」
レオ
「いや、俺集中したら、他に意識いかないし」
祈先生が体を揺らす。
たぷん、とその巨乳が揺れた。
レオ
「ウ……」
土永さん
「スコスコスコスコ!!!」
レオ
「あ痛痛痛!!」
祈
「ほら、集中が乱れてますわ」
レオ
「それちょっと詐欺じゃないですかね?」
祈
「クンフーが足りないだけですわー」
レオ
「……ちくしょー。今度こそ集中してみます」
祈
「シャーペンのシンがきれましたわね」
レオ
「な……」
すっ、と胸の谷間からシャーシンを出す祈先生。
土永さん
「コラァーー! デンジャーにいくぞ!!!」
レオ
「あいてててててて!!!!」
ちくしょー、からかわれている!
……集中! 集中しなくては
祈
「小腹が空きましたわね…ふがしでも食べますか?」
出た、駄菓子マニアめ。
だが、いろんな駄菓子を出して俺の
気を散らそうとしても……。
レオ
「な!?」
胸の谷間から、ふがしを取り出す祈先生。
あの胸はどうなってるんだ!?
土永さん
「お前は! 鳥並みに学習能力の無ぇ奴だな!」
レオ
「痛い痛い、鳥のクチバシって意外と超痛ぇ!」
………………
レオ
「あーあ、遅くなっちまった」
でも、祈先生はなんだかんだで後半は熱心に
教えてくれたので助かった。
補習ってみっともないけど、たまにはいいな。
最近少し英語じゃ遅れ気味だったし。
ボーッとしているようで、良く見ている。
陸上部のスバルと合流。
スバル
「腹ぁ減ったな。カニ、今日バイトだろ?
オアシスで食ってこうぜ」
新一
「そうだな、それもいいかも。町興しに貢献するか」
きぬ
「いらっしゃいませーっ」
きぬ
「って、何だフカヒレ達か」
この松笠市の名物はカレー。
キャッチフレーズは“カレーの街 まつかさ”
街中にはカレー屋が数多く点在し、
この“オアシス”も例外ではない。
ちなみにカニのエプロンに描いてあるのは
店長の顔だ。
きぬ
「ご注文はお決まりですか?
“可愛いウェイトレスの気まぐれオススメコース”
なんていかがでしょうか?」
新一
「そのコースは福神漬け大盛りとか来るからイヤだね
ビーフカレー甘口」
スバル
「チキンカレー辛口、ライス大盛り」
レオ
「きのこカレー中辛」
きぬ
「ちっ……ノリの悪い……日本人は
これだからちょっとはインド人のテンチョーを
見習えってんだ」
店長
「HAHAHA」
……本当にインド人か?
きぬ
「店長の名前はアレックスって言うんだ」
インド人でアレックス…いや名前で差別はいかん。
レオ
「ところでそのポーズ固定なの?」
きぬ
「この手にどこか悠久のインドを感じるだろ。
これ崩したら減給なんだよね」
カレー好きのコイツが、まかない目的でバイトに
入っただけあって、この店のカレーは美味い。
レトロな味がまた、いい感じなのだ。
きぬ 共通
「いらっしゃいませーっ」
女 無音
「……」
新一
「おっ、美人(←そういうとこには目がない)」
きぬ
「ぬぉぉぉぉぉぉ! 来た――っ! テンチョー!
辛口キングだ!」
店長
「OH! 落ち着きマショウ、カニさーん。
まずはオーダー デース」
きぬ
「……ご注文は?」
キング なごみ
「超辛スペシャルカレー、チャレンジ」
きぬ
「超辛スペシャルカレー入りましたー!」
スバル
「超辛スペシャル……おお、完食すればタダ
何度でもチャレンジ可能ってコレか」
新一
「以前俺、あれにチャレンジして一口で
ダウンしたんだけど……変な汗出たよ」
店長
「シィィィット! おそらくまた食べられて
しまいマース。ここは白旗あげまショウ!」
きぬ
「……くっ……それしかねーのか……
だから何度でもチャレンジ可能は
無限コンボくらうからやめようって言ったのに」
キング 無音
「(にやり)」
きぬ
「笑いやがったなあのアマぁ!
ちょっと胸がデカそうだからって
いい気になりやがって!」
きぬ
「構わないやテンチョー。完食されたら
ボクの給料から差っ引いていいから
勝負を受けよう!」
店長
「そこまで言い切るならいいデスけどー
既に一回完食されてるのに勝算とかソウイウノ
あるんデスかー?」
きぬ
「なぁに、香辛料を限界まで入れれば
大丈夫、火ぃ吹くから」
店長
「ソレ、普通に致死量デスよー」
きぬ
「構わないっしょ、別に」
店長
「味を落とさずに、コレ以上辛くするの大変
なんデスけどねー、分かりましター」
きぬ
「ってわけで、超辛カレーお待たせしましたー」
キング なごみ
「頂きます」
キング 無音
「(もぐもぐ)」
キング 無音
「(むぐむぐ)」
スバル
「おいおい、平然と食ってるぞ何者だありゃあ」
新一
「よっしゃ、今こそ俺がやりたかった事を
実行してやる、おいバカ面してるウェイトレス!」
きぬ
「んだよ、ダメ人間」
新一
「あの美人に、セイロンティーを奢ってやってくれ」
新一
「その出来の悪い脳みそでも、“あちらのお客様から
です”って言うのだけは忘れるなよ!」
きぬ
「いいよ、セイロンティーね」
レオ
「やけに笑顔で引き受けたな」
新一
「所詮は雇用されている身さ。お客様第一」
きぬ
「サービスのホット・セイロンティーです!
ちなみに、あちらの眼鏡をかけたお客様からです」
新一
「ばっ……辛いもん食ってんだから
普通アイスだろ、なんで湯気でてんだよ」
キング なごみ
「ン……グツグツしてていい、カレーに良くあう」
きぬ 無音
「!!」
レオ
「普通に飲んでるぞ」
きぬ
「そんな馬鹿な……喉を火傷させて
殺すつもりで熱したのに」
ガックリとうなだれるカニ。
キング なごみ
「美味しかった。全部食べたから無料ね」
店長
「ウゥ……その通りでス。
ありがとうございましターっ」
キング なごみ
「セイロンティーごちそうさま」
すっげぇぶっきらぼうにそんな事を言った。
新一
「あっ、いえいえどういたしまして」
女が店を出て行った。
新一
「へへへ、あのコと会話しちゃったよ」
きぬ
「くぅっ……負けた……完食された……」
レオ
「……泣いてる?」
きぬ
「泣いてない! 泣いてないもんね!!」
きぬ
「くぅっ、本場インド育ちのテンチョーお手製
超辛カレーを食いきるとは……マジで何者……」
店長
「スイマセーン。実はワタシ、アメリカ育ちデース」
きぬ
「ウソだったのかよ!」
きぬ
「バイトやめよーかな」
店長
「なな、なーんてね! ジョーダンよ。
ワタシの産まれニューデリーよ」
大丈夫かこの店。
まぁ、国籍はどうだろうと美味いから問題ないか。
………………
夜、俺達はいつものようにたむろってた。
新一
「やっぱり今日のカップルはうらやましいなぁ
俺も欲しいぜ、女がよぅ」
新一
「なぁ、皆で勝負しない? 早く恋人作った方が
勝ちっての。やりがいありそう」
きぬ
「やだよ、そんなスピードレースみたいなの」
新一
「うーん、じゃあもうすぐ6月、夏だろ?
このひと夏で恋人ゲットして、
うらやましがらせたら勝ち」
きぬ
「それ、勝った所で何か得るものあるの?」
新一
「潤いのある人生かな」
スバル
「ま、それも面白いんじゃねぇの」
レオ
「意外なこと言うな」
スバル
「オレはレオのそういう恋に浮かれた姿っての
見てみたいからな」
きぬ
「想像できないね。それは」
レオ
「……」
スバル
「オマエは一時のテンションに
流されるのは否定派だろ」
レオ
「……ロクなもんじゃないぞ
そういうのは中学生までで充分だ」
レオ
「その時の感情に流されたら……それまで
積み上げたモノが決壊しちまうコトがある」
レオ
「もろいもんだ」
レオ
「だから俺は熱くなりすぎず、クールになりすぎず。
ニュートラルに生きていくんだ」
きぬ
「いつものジロンだね」
きぬ
「でも、姫と仲良くなりたいと思わないの?」
姫、か……。
レオ
「……そりゃ、まぁ……」
きぬ 無音
「……」
レオ
「って、何ニヤニヤ笑ってんだコラ」
新一
「じゃあ勝負な」
スバル
「ハイハイ」
新一
「お前、微妙にやる気ねーだろ」
きぬ
「スバルがそれだと、なんか勝者ナシで終わりそうな
気もするね」
新一
「悲しいコト言うなよ……」
レオ
「お前がガッツき過ぎなだけだ」
恋人か。
そうすりゃ、毎日ももっと楽しくなんのかな。
分からん。
………………
………………
レオ
「ふわぁ、眠ぃ」
時計を見る、8時30分。
一気に目が覚めた。
レオ
「まずい、目覚まし時計セットしてなかった」
スバル
「Zzz」
あぁ、こいつと夜遅くまで
くっちゃべってたからだ。
レオ
「おい、起きろ。普通に遅刻コースだぞ」
スバル
「……あ? マジで?」
スバル
「でも、それならそれでいいんじゃねーか?
3時間目ぐらいからノンビリ行こうぜ」
レオ
「走ればギリギリ間に合う時間帯ってのが
タチ悪い、俺は行くぞ」
スバル
「しょーがねーなぁ、んじゃオレも着替えてくるから
5分後に下に集合だ、カニ起こしとけよ」
急いで朝飯(買い置きのパンとか)をかきこむ。
テレビをつけてみた。
アナウンサー
「野生のクマがまたも餌につられて民家に
迷い込みましたが、今度は射殺されました」
クマ調子乗りすぎ。
ダッシュで隣の蟹沢家へ。
レオ
「今日もお邪魔します、お姉さん」
マダム 共通
「良かったら嫁にもらってくれない、アレ?」
レオ
「コーラ1、5リットルを一気飲みするような
娘はちょっと勘弁願いたいです」
マダム 共通
「そうよねぇ。私がオトコでも絶対イヤだもん」
レオ
「つうか、遅刻寸前なんだから娘さん
起こしてあげてくださいよ」
マダム
「嫌だよめんどくさい。時間の無駄さね。
もういいトシなんだから、自分の面倒は自分で
見なくちゃあね」
あかん、完全に見捨てられている。
………………
きぬ
「……眠い……」
レオ
「見捨てなかっただけでも感謝しろ」
つか、寝起きのカニがノロい
おかげで結局、遅刻確定しそうだ。
レオ
「……担当する先生の性格や、状況により
門を閉められるのは日によって、
3〜4分違うこともある」
レオ
「走るだけ走ってみよう」
スバル
「よし、行くか」
新一
「地球よ、俺に力を分けてくれーっ」
レオ
「なんだお前もギリギリか」
結局、いつもの4人でダッシュ。
――結果は。
ああ無情。
きぬ
「くぅ……見事に校門閉まってるじゃん
こうなると、遅刻届をもらうしかないんだよね?」
新一
「いや、俺は納得しないぞ、せっかく頑張って
走ったのに。よし、フォーメーションBを
使って裏側から入ろう」
レオ
「そうだな、久しぶりにやるか」
俺達4人は、いったん元来た道を戻った。
学校の外をぐるりと囲う高い壁。
このポイントで壁を乗り越えれば、
校舎の裏側に侵入できるのだ。
新一
「人通り、なし。今ならヤリ時だぜ」
レオ
「よし、行くぞ」
普通なら壁が高すぎて、乗り越えられない。
だが、俺達は4人いる。
まずスバルが壁と向かい合い、壁に手をつく。
俺達はスバルの肩にのぼり、そこからジャンプして
壁によじ登る。
で、スバルは単体のジャンプ能力が高いので
伸ばした手を掴んで、上まで俺が引っ張りあげる。
この時、俺が落ちないようにフカヒレとカニが
両肩をグッと押さえて固定させる。
これで4人全員が壁に上がれたわけだ。
校舎の裏側に潜入成功。
きぬ
「ちょろいもんだね」
レオ
「さぁ、教室へ行こうぜ」
声 乙女
「そこの4人、待て」
後ろから、凛とした声が聞こえた。
俺達4人がビクッ、と反応する。
だが後ろは見ない。
顔を見せないためだ。
レオ
「おい、見られてたぞ」
新一
「――どうする?」
きぬ
「そりゃ当然、逃げるっ!」
カニが猛然とダッシュした。
そうだな、このテのは現行犯でなければ
さほど問題にはなるまい。
油をしぼられるのもバカらしい。
逃げるが勝ちだ。
俺達4人が走り出す。
声 乙女
「止まれ。止まらないと制裁を加える」
レオ
「おい、何か言ってるぞ……」
きぬ
「止まれって言われて止まるバカいねぇよ」
新一
「俺も逃げ足だけなら自信あるぜ」
頼もしい仲間達だった。
声 乙女
「……警告に従う気は無いと判断した」
声 乙女
「実力行使だ」
はるか後ろから、怒気をはらんだ言葉が
聞こえてきた。
だが距離も開いてるし、何が出来る……。
現に俺達は、今も駆けているのだ。
スバル
「校門のトコまで来たぞ、道はいくつも別れてるぜ」
レオ
「よし、ここで散ろう」
と、皆が走りを緩めた瞬間。
新一
「あれ?」
バチン!
痛々しい音とともに、フカヒレが宙に浮いた。
というか、足払いをされて“浮かされていた”
フカヒレの足を蹴りで薙ぎ払ったのは、女の子。
さっきの声と同一人物だとすぐ分かった。
あの凛とした声と、この信じられない動き。
まさしく同一人物。
レオ
「フカヒレがやられた?」
きぬ
「見捨てようぜ!」
スバル
「――おいテメェ、いくら何でもいきなり」
その女の子は、スバルに襲いかかった。
スバル
「チィ、迅ぇ――」
俺とカニは我が目を疑った。
貫手がスバルの腹部に命中している。
スバル
「ぐっ……!」
頭悪い分、ケンカ超強いんだぞそいつ……。
そのままガクリと膝をつくスバル。
声 乙女
「次」
きぬ
「馬鹿な、ボクは絶対逃げ延びて!」
きぬ
「あ、あぁっ、あぁぁーっ! うぎゃ!」
カニが投げ飛ばされて、地面に叩きつけられた。
やられる時もやかましい奴だった。
声 乙女
「お前で最後だ」
レオ
「ちょっ……待っ……」
声 乙女
「反省しろ」
剛速球がキャッチャーミットに入ったような
音がした。
同時に、俺の右脚に凄い衝撃が走る。
ローキック? 食らった? 俺が?
脚がビィィンと痺れ立つ事が出来ない。
その場でヘタリ、と座ってしまった。
声 乙女
「一撃で終わりか」
つまらなそうな声。
追いかけてきた女のコが仁王立ちする。
地面にヘタりこんだ俺を見下ろす瞳。
その眼差しは研ぎ澄まされた刃のように。
俺を叩き伏せた張本人である彼女は、
制服から見るに、年上の3年生。
春の陽光をその背に受けながら
上級生 乙女 共通
「だらしがないぞ、お前」
上級生 乙女 共通
「根性無しが」
なんて澄んだ声で叱ってきやがった。
彼女が上、俺は下。
それは俺達の関係そのままだった。
凛とした表情、堂々とした立ち姿。
短く揃えた髪が風に揺れている。
俺達は校門の前へ連れてこられた。
乙女
「竜鳴館 風紀委員長 鉄 乙女(くろがねおとめ)
校則違反のカドにより、簡易制裁を執行した」
乙女
「何か言いたい事は?」
きぬ
「色々あるよ! 体罰かよ!!」
乙女
「生徒手帳17ページ。風紀委員特別権限。
委員の注意・警告に従わない生徒がいた場合
処罰しても良い、ただし怪我はさせない事」
きぬ
「くぅ……何が怪我させない、だ。
背中から落としやがって……
シャレになんないぞ、これ……」
きぬ
「ってあれ、あんまり痛くない」
乙女
「地面に落ちる瞬間に引っ張り上げたからな。
衝撃はあれど痛みは無いはずだ」
乙女
「で、だな。
お前達がやってる事は立派な校則違反だ
それは分かっているな?」
乙女
「登校下校の際は、所定の出入口より
出入すること。校舎を囲む壁は乗り越えないこと
この2つ」
俺達4人を横に並べて、説教を始めた。
新一
「すいません、俺注意したんだけど
こいつら聞き分けが無くて!」
新一
「出来心なんです、悪いやつじゃないんです!」
……ステキな友人を持ったな。
新一
「後で俺から良く言っときますんで、じゃ!」
乙女
「それは嘘だろう」
新一
「……え?」
風紀委員が、スッ、と鋭い瞳で
フカヒレをにらみつける。
新一
「ひぃっ!?」
乙女
「ここ最近、お前達の動向を監視していたが
軽い校則違反を山ほどしていたぞ」
新一
「あっ、日頃感じてた視線はこの女のだったのか!」
乙女
「この女?」
新一
「間違えました、鉄(くろがね)先輩であります!」
乙女
「で、だな」
新一
「ちょっと、鉄先輩」
乙女
「人が話している時に口を挟むな」
新一
「ひぃぃぃっ!?」
乙女
「何かある場合は挙手すること」
レオ
「じゃあ、はい」
乙女
「うん、発言を許可しよう」
軍隊みたいだ……。
レオ
「俺達そんな校則違反してました?」
きぬ
「そうだよね、ボクら歳をとった政治家ぐらい
清く生きてきたつもりだけど」
乙女
「とりあえず今週見た限りでは。
屋上への侵入、廊下の爆走、図書館での飲食
下校時間の超過、漫画持ち込み……だな」
乙女
「つまり、お前達は校則違反常習者というわけだ」
乙女
「ゆえに、今回の違反は出来心とは言えないな。
手並みもなれたものだったしな。違うか?」
新一
「うっ……そうです、ご、ごめんなさい……」
フカヒレが急にブルブルと震えだした。
命令口調により姉のトラウマが発動したらしい。
こいつには綺麗な姉が一人いるのだが、いつも
プチ家庭内暴力を受けて恐怖症になっているのだ。
(今、姉は東京で働いてる為に収まっていたのだが)
レオ
「でも、それって細かい事ばかり、というか
言い出したらキリが無いって言うか」
乙女
「むろん、私も細かい事まで口うるさく言いたくない
皆、結構やってしまう範囲内だからな
だから今までのものは見逃していた」
乙女
「だが今回だけは流石に勝手が違う。遅刻者は
ここ、つまり正門の登竜門(とうりゅうもん)から
入り遅刻届をもらわなければならないからな」
きぬ 無音
「……」
乙女
「そう不機嫌な顔をされても困るな。
お前達は悪い事をしたんだ、違うか?」
新一
「……はい、すいません」
乙女
「ああ。良く認めたな」
乙女
「己の非を認めるのは、良い事だ」
新一
「褒められちった」
早くもアメとムチで調教されかけてるアホが1人。
新一
「で、でも何で俺達を見てたんですか?」
乙女
「本来、こういうものは同じ学年の風紀委員が
注意するのが筋なのだがな、あいつはもう
自分では抑えられないと言っている」
それで御大将の出番という事か。
乙女
「で、問題がありそうな生徒達を
チェックしていたわけだ」
乙女
「風紀委員という考えに縛られずとも私は年上だ。
となれば、後輩を悟してやるのが
先輩としての役目だろう?」
きぬ 無音
「……」
乙女
「そこの小さいの、随分不満そうな顔をしているな」
小さい、という言葉が決め手だったようだ。
ブチッという音がした。
きぬ
「は、余計なお世話だね説教好きが!
黙っていればいい気になってペラペラと。
ババアの小言なんて聞きたくもないぜ!」
ピッと中指を立てる、蟹沢きぬ。
乙女
「私はお前達のためを思って言ってるんだぞ」
きぬ
「頼んでねーだろ!」
きぬ
「ってゆーか、誰も言わないみたいだから
ボクつっこむもんね! その刀はなんなのさ」
乙女
「銘刀なんだぞ。代々風紀委員長が館長より
授与される治安を守るシンボル、地獄蝶蝶だ」
乙女
「……それよりお前、目上の者に対して
随分な口を聞くんだな」
どんな教育されてるんだ? という顔をしている。
きぬ
「あー上等な口利いたね。だからどーしたクソが?
優等生特有の、センセーに密告(チクッ)てやる、
でちゅかぁー?」
レオ
「何でそんなキレてんのお前」
きぬ
「ボクは説教されるの大キライなんだよっ
何か負けたみたいじゃん!」
子供だ。
きぬ
「しかも人を小さいとか何とか、身体的特徴で
侮辱してさ……何様のつもりだよ、お前は
そんなに立派なのか! 強いのか! 偉いのか!」
乙女
「……どうやら懲りていないようだな」
乙女
「もう少しきつい処罰が必要なようだ
私は、やる時はとことんやるぞ」
乙女
「こう見えて体育会系の風紀委員だからな」
いや、目つきとかもう侍みたいなんですけど。
きぬ
「やれるもんならやってみなさいな、
全くいい歳して出来る事と出来ない事の
区別すらつかないのかな?」
きぬ
「ほらスバルッ! 出番だぜっ! 今度は本気で!
アンパンのゴマおごっちゃうから、この
偉そうな女に世の中の厳しさを教えてやってよ」
スバル
「ワンパスで」
きぬ
「……えええ!?」
レオ
「アンパンのゴマじゃ誰だってやらないよ」
きぬ
「ボクはやるね」
飢えた獣じゃあるまいし……。
乙女
「世の厳しさを知るのはお前の方だな
人を頼る性根は感心しないぞ」
きぬ
「な、な、殴るのかーっ?
そしたら、その足で職員室に
駆け込んでやるからなぁ」
乙女
「同じ女性相手に拳を使うなどしない
蹴りも頭突きも同様だ」
乙女
「何より処罰する時に怪我はさせないのが
規則だ、私は規則は守る」
きぬ
「ちっ、こうなったらレオ……フカヒレ!
ボクの盾になってくれ!」
レオ
「……だめだ、体がしびれて動けねぇ」
新一
「俺達は見ている事しか……できないのか」
きぬ
「つっかえねぇゴミ供ですねぇ、オイ!」
レオ
「いや、そんなお前を助けたくないだけ」
乙女
「根性無しが、ホラ行くぞ」
きぬ
「ふ、ふん、ただでボクがやられるもんか!」
カニは風紀委員の目の前で、パァンと手を叩いた。
いわゆる猫だまし。
そしてダッシュで逃げようとする。
だが風紀委員は猫だましで瞬きひとつしなかった。
グッ、とカニの首根っこを掴まえる。
カニは、そのまま片手でひょいっと
持ち上げられた。
乙女
「軽いんだな」
きぬ
「何をする、は〜な〜せ〜」
乙女
「力を抜け。力むと余計痛いからな」
そのままカニを自分の元へ
“コブラツイスト”
きぬ
「あだだだだだだ!!!
痛い痛い痛い痛い!!!」
グキキキ、という嫌な音がする。
乙女
「反省しているか?」
きぬ
「ヴァ、ヴァーカ。誰が……するか……」
乙女 無音
「……」
めききっ
きぬ
「ぐっ……ぁぁぁぁっ……ううっ」
レオ
「おい、泣いてるぞ無理するな」
きぬ
「な、泣いてないもん……ぐすっ」
乙女
「次はもっと痛くするぞ、謝れば解放してやる」
新一
「ほら、カニ。ごめんなさいって言うんだよ」
きぬ
「……ふ、ふんっ……こんなもので、ボク
なんとも……ないからな」
乙女
「次はキツいぞ」
きり……めきゃ……ギシギシ……
きぬ
「ひ……ぐ……うぅぅぅっっ……」
ボロボロ泣いている。
なんか見てて可哀想になってきた。
乙女
「どうだ、謝るか?」
きぬ
「ペッ」
地面に唾を吐く。
こいつ、ある意味カッコイイな。
乙女
「困ったな、これ以上やると流石に骨がへし折れる」
どさっ、と解放されるカニ。
レオ
「お前、意地張りすぎ」
きぬ
「当たり前だろっ……ボクは意地だけは
貫き通すんだっ」
乙女
「……うん、それは立派だ」
乙女
「本当に、立派な事なんだぞ」
乙女
「言葉遣いがなっていないうえに
理論がメチャメチャとはいえ目上の者にしっかり
意見できるその気概も良し、だ」
乙女
「それらを間違った使い方をしているのが惜しい」
平蔵
「ほう、派手にやっているようだな、良いぞ良いぞ」
乙女
「館長。おはようございます」
平蔵
「おはよう」
平蔵
「鉄、今日も指導か?」
乙女
「はい、先輩として後輩を導いていました」
平蔵
「うむ!
な ら ば 良 し
ビシビシ鍛えてやれ」
平蔵
「では皆、今日も勉学に励めよ!」
橘館長はノシノシと歩いていった。
乙女
「これが館長の意向だ」
レオ
「さすがに竜鳴館なんて、微妙な名前を
つけるだけあって、感性が古いというか……」
風紀委員がスッ、と俺を見据える。
なんか目があうと緊張するな。
乙女
「対馬レオ(つしま レオ)。久しぶりだな。
こちらから話をしに行こうと思っていた所だ」
レオ
「?」
乙女
「こんな形で話す機会が訪れるというのも
皮肉な話だが、なるほどご両親のお話どおり
お前少々たるんでいるようだな」
淡々と何か言ってる。それより気になるのは……。
レオ
「何で俺のフルネームを?」
乙女 無音
「!」
レオ
「?」
乙女
「お前わざと言ってるのか?」
不思議そうに首をかしげる風紀委員。
レオ
「はい?」
スバル
「オレ達の事をチェックしてたんなら、
フルネームぐらい知ってて当然だろが
名簿みりゃ一発だぜ、住所とかまでな」
レオ
「そっか」
乙女 無音
「……」
乙女
「こいつ、私を忘れてるのか」
乙女
「お前は随分失礼なんだな」
なんかすごい威圧しながらこっちを見てるぞ。
乙女
「学年も違うし。お前はお前で仲間達と
仲良くやっているわけだから、
差し出がましいマネはしまいと思ったのだが」
レオ
「え? え?」
話がかみ合わない。
乙女
「いや、もういい」
レオ
「言っている意味がさっぱ……」
きぬ
「おい黒豆おかめ!」
乙女
「……鉄と書いて鉄(くろがね)だ。鉄乙女」
きぬ
「ボクの特技はリベンジなんだ。
この赤っ恥の礼はかならずしてやる!
いつか逆に泣かせてやるからな」
乙女
「あれだけやられてまだ懲りないか」
乙女
「本当にいい根性をしているな、気に入った」
レオ
「(結構しゃべるねこの人)」
スバル 無音
「(あぁ、説教好き=おしゃべり、か
苦手なタイプだね、俺は)」
乙女
「私が仕返しされる理由は何1つないのだが
その燃える闘志を無下にするのも悪いな」
乙女
「いいだろう。私は3−Aに在籍している。
逃げも隠れもしない。休み時間や放課後、暇な時に
相手してやる、いつでも来い」
きぬ
「ふん、覚えてやがれ! 夜道で後ろから
足音が余計に1つ聞こえてきたら、
それボクだからな!」
乙女 無音
「……」
乙女
「さて、もう一回りできるか……」
乙女
「……ん? また壁越えしてる奴がいるな」
エリカ
「よっと、セーフティー! 壁越えクリアッ」
乙女 無音
「……」
エリカ
「ほら、よっぴー! 急いで急いで」
良美
「か、壁を登るのって誰かに見られたら
すっごく恥ずかしいと思うな……
エリー、パンツ見えてたよ」
エリカ
「周囲に誰もいないからやったんでしょ。
恥ずかしがることないって」
乙女
「姫! 生徒会長がそれでは困る!」
エリカ
「乙女センパイ! うわ、マズ!
こんなポイントを張ってるなんて」
良美
「あぁ、やっぱり……悪いことするから
こうなる……」
………………
エリカ
「てへへ、ギリギリで間に合わなかった、って
いうのもシャクだから禁じ手使っちゃった」
乙女
「舌を出して可憐さを演じても私には通じないぞ」
乙女
「姫の事だ。他の者に目撃はされてないだろうが
だからといってこの行為を
許容するわけにはいかない」
エリカ
「あ、やっぱり駄目?」
乙女
「規則は規則。姫といえども……いやむしろ
生徒会長だからこそ、示しをつけてもらわねば
ならない」
乙女
「佐藤も、しっかり姫を教育してくれ」
良美
「うぅ……私は精一杯反対したんですけど
エリーさっさと行っちゃうもんですから」
エリカ
「ふむ」
乙女
「何が“ふむ”だ」
エリカ
「分かった、降参。正式にそこで
遅刻届けもらってくる」
良美
「くすっ、鉄先輩とエリーって時代劇に出てくる
将軍さまと家老のお爺さんみたいですね」
乙女
「上様、そんな事では困りますぞ、というヤツだな
私もあのシーンを見ると家老の心中を
察してしまうぞ、胃に穴が空きそうだな」
エリカ
「? 時代劇は見ないから分からないケド」
エリカ
「上様って呼ばれ方、結構いいかも」
乙女
「……早くしないとHRが始まるぞ」
良美
「急ごう、エリー」
エリカ
「ん。じゃあご迷惑かけました乙女センパイ!」
乙女
「あぁ、以後気をつけてくれよ」
良美
「失礼します」
ぺこっ
すったかたー!
乙女
「全く、慌しい事だ……2年生は元気がいいな」
土永さん
「ま、そんな朝もあるってことよ」
乙女 無音
「……」
土永さん
「どうだ、我輩、キマってるだろう」
乙女
「サングラスを校内でかけるのは違反だ」
没収。
土永さん
「5万円もした我輩のオシャレアイテムがぁぁっ!」
乙女
「やれやれ。飼い主はまた遅刻か……?」
良美
「エリーも鉄先輩には弱いよね」
エリカ
「そりゃね。今回も全面的に悪いのは私だし」
エリカ
「でも頼もしく思うわ、あの実直さ。
いい人材よ乙女センパイ」
………………
朝のHR。
土永さん
「祈は寝坊して遅刻している。我輩だけ
先に飛んできた」
レオ
「先生も派手に遅刻してるのか……」
つうか昨日早く来てたのが珍しいんだよな。
きぬ
「遅刻多いぞ祈ちゃん!」
土永さん
「まぁまぁ落ち着けヒヨコども。我輩は
ピーピー鳥みたいに騒ぐやつは嫌いなんだ」
土永さん
「ありがたい話でも聞かせやろう
いいか、川で雷魚というのが良く釣れるぞ」
いつの時代の鳥なんだ、あれは……。
昼休み。
きぬ
「あれ、体が凄く軽い……」
レオ
「どうしたんだカニ。痛いの治ったの?」
きぬ
「うん、なんか体の調子逆に良くなったみたい」
きぬ
「って事であの黒豆を叩きのめしてやろうと
思うんだよね」
レオ
「黒豆って鉄? お前本当にリベンジする気なの?」
きぬ
「当たり前だよ。お礼は三倍返し」
レオ
「まぁ初対面で泣かされたしな、そりゃ怒るよな」
きぬ
「泣いてないもん!!」
良美
「またぁ、カニっちイジいじめちゃダメだよ対馬君」
きぬ
「聞いてよよっぴー。今日校門でさぁ……
(中略)……ってことがあったんだ」
レオ
「こいつが5分間の死闘の末に敗れた、というのは
大嘘だけど、たいがいはあってる」
きぬ
「報復措置をとろうと思うんだよ」
良美
「や、やめようよカニッち。鉄先輩に報復なんて……
鉄の風紀委員っていう異名を知ってるでしょ、
容赦無いんだよ?」
あぁ、このバカの身を案じてくれてありがとう。
きぬ
「なんか同級生の3年にはそう言われて
恐れられているらしいね。どうりで3年ってなんか
大人しいな、と思ってたさ」
きぬ
「まぁ、そんなお堅い風紀委員はボクが
鉄クズにしてあげるよ」
レオ
「なんつーか、完璧にやられ役のセリフだな」
良美
「鉄先輩は拳法で全国大会優勝か何かの
腕前だよ、すっごく強いんだよ」
レオ
「スバルが倒されるわけだ」
レオ
「そんな強い人にどうやってリベンジするの?」
きぬ
「馬鹿だなぁ、そんなの正攻法じゃなくても
頭使えばいいのさ」
きぬ
「周りから痛めつけて精神的に苦しめるとか
色々あるじゃん?」
レオ
「その考えとっても陰湿だからな」
きぬ
「当然ボクを手伝ってくれるよね?
ボク達フレンドだもんね?」
レオ
「断る。理由は嫌な予感するから」
きぬ
「使えねーなぁコイツ。じゃあフカヒレでいいや」
新一
「は、俺? やだよ、ああいうツンツンしたタイプ
ねーちゃんに似てて怖いんだよ」
きぬ
「いや苦手だからこそ克服でしょ?
やられっぱなしの君でいいかい?」
新一
「……そ、そうだよな。確かに俺のイズムに反する」
きぬ
「フカヒレがいつも主張している事は何さ」
新一
「女の子は男に尽くすべし! これは古来からの
鉄則である!」
新一
「勘違いしている女には教育してやるッ!」
きぬ
「おー燃料投下で燃えてきた燃えてきた。
さすが女を憎んでるだけあるね」
――昔。
フカヒレはクラスのアイドル的女の子を
自分のガールフレンドにしようと頑張っていた。
だが、彼は気づいた。
新一
「俺は今まで、あの子をガールフレンドに
すれば皆に自慢できる、とかそんなショボイ事
ばっか考えていたけど、そうじゃない!」
新一
「俺は、あの子が心から好きになったんだ!
好きだから、大好きだから告白するんだ!」
レオ
「そうだ、それだよフカヒレ!」
レオ
「できるさ。だってお前、彼女の事本気だもん
きっと気持ち伝わるさ」
新一
「よし、当たって砕けろだ!」
――フカヒレ・実行フェイズ
新一
「――というわけで、貴方が好きです」
可愛い娘
「フカヒレ君ってザリガニの匂いがするからイヤ」
砕けた。
現実は、ま、こんなモンだ。
新一
「そんな……俺本気だったのに……」
可愛い娘
「何泣いてるの……やだ、気持ち悪い……」
フカヒレはレベルが上がった!
女を殴れるようになった!
新一
「ま、そんなわけで俺は女子供には容赦しねぇ」
きぬ
「言ってることは最低だけど、今はそんな
フカヒレが頼もしいなっ!」
きぬ
「よし行くよ。あのツンツンした娘が
ボクに泣いて謝るところを想像しただけで
頬がゆるむよね」
新一
「ねーちゃんのトラウマをここで断ち切ってやる
女は、弱くあるべきだ! 男に尽くすべきだ!」
良美
「行っちゃった。大丈夫かなぁ」
死にゃしないだろう。
エリカ
「カニっち何か妙に殺る気だったじゃない。
誰を仕留めに行ったの?」
良美
「鉄先輩だって」
エリカ
「ありゃ返り討ちか」
レオ
「判断早っ」
エリカ
「乙女センパイはさすがに相手が悪いでしょう」
レオ
「姫は知ってるの?」
エリカ
「生徒会長と風紀委員長の間柄だから」
レオ
「そっか。実はカニが注意されて逆恨みしてんだよ」
エリカ
「カニっちと乙女センパイか。相性悪そう」
良美
「鉄先輩はビシバシ言うもんね」
レオ
「佐藤さんも鉄先輩を知ってるの?」
良美
「私、生徒会執行部の書記だよ」
レオ
「あ、そっか」
俺は日頃、生徒会なんぞとは無縁の学校生活。
誰がどの役職についてるか何てほとんど知らん。
………………
新一
「3年生のフロアってちょっと緊張するよな」
きぬ
「全然? ジジババの集まりさね」
乙女
「早速来たな。その日に呼び出しとはな
朝はあれだけ泣いていたのにな」
きぬ
「今は元気一杯だもんね! 体の調子いいし。
それから泣いてないもんね!」
乙女
「あぁ、体の調子が良いのは技をかけついでに
私が整体しておいたからだろう」
乙女
「お前、少し背骨が曲がり気味の兆候が
あったぞ。椅子に座る時は姿勢正しくな」
きぬ 無音
「……」
新一
「ははは、逆に説教されてらぁ。間抜けだぜ」
きぬ
「くぅ……まずは弱点でも調べようと思ったけど
まわりくどい事はもうヤメだ……直接叩く」
きぬ
「フカヒレ、4つに折りたたんじゃえ!」
新一
「俺は何があろうと綺麗な女性には手を出さないよ」
きぬ
「今度ボクの可愛い友達紹介してあげる」
新一
「って事でうらむなよお嬢さん」
乙女
「朝の事を学んでいないのか?」
新一
「あれは不意打ちだったからね」
新一
「本気になった俺は絶対に食い止められんぞっ!」
新一
「どんな女豹でも子猫に変わるのさ」
乙女
「何が言いたいのか良く分からんがまぁいい」
乙女
「口で言って分からない相手に実力行使、というのは
嫌いじゃない、こう見えて体育会系だからな」
新一
「ふふ、足かけて転ばせて横四方固め……うふふっ」
きぬ 無音
「(うわ、こいつキモ)」
新一
「全国大会だからといっても所詮は女子!
男子の筋力の前には屈するのみだぜ!
いただきまーす!!!」
乙女
「私も男相手なら脚を出すぞ」
乙女
「ふっ!」
ボグシャーン!
新一
「ぐふっ、ごほっ……がはっ、ナイスキック」
乙女
「……弱すぎる」
きぬ
「おい、今のケガしたんじゃないの?
違反じゃねーの?」
乙女
「まぁ腹にアザぐらいできるかもな」
乙女
「それぐらい、ケガの範疇に入らないが」
新一
「へ……へへ……俺、精一杯頑張ったから友達……
紹介してくれよ……できればバスト90以上……」
きぬ
「はぁ? バカですかオメーは。地面にキスしてな」
新一
「かふっ!」
きぬ
「ちっ、それにしても一発かよ……
つっかえねぇゴミですねぇ! えぇオイ!?」
ガスガスガスガス!!!!
乙女
「もう気絶しているぞ……というか、そいつは
お前の仲間じゃないのか?」
きぬ
「お前じゃないやい、蟹沢っていうちょっと
微妙な苗字があるんだからなっ!」
きぬ
「ま、ボクが本気を出すに値する相手だって事だね
お互い健闘を誓う握手でもしようよ」
きぬ
「あ、もちろん手に画鋲なんて仕込んでないから」
乙女
「普通は礼だが、まぁ握手したいというなら
握手してやろう」
きぬ 無音
「(こいつバカだねぇ、ボクがレオやフカヒレ
相手に関節技を練習をしてるの知らないでさ)」
きぬ 無音
「(拳法の達人だろうと何だろうと。
関節極めればボクの勝ち。握手に応じた瞬間が
チャンスさ)」
乙女
「ほら、握手」
きぬ
「今だ! 右手をつかんで、ひねりあげるっ!」
乙女 無音
「……」
きぬ
「はははっ、ほぅら決まったちゃったよ!
あぁ、どうしよう? 大変だ!?
自信満々だったのに関節極められちゃったよ!?」
乙女
「黙ってやらせてみれば、関節技か。
まぁ、こんなのものか」
きぬ
「……あれ? ばっちり極まってるんだけど
痛くないの?」
乙女
「私に関節技は効きにくいぞ、こんな風に」
きぬ
「こ、この手応え、まさか自分で関節を外した!?」
乙女
「そう。大抵の関節は自由に外せるし、
すぐに元に戻せる。脱出完了だ」
きぬ
「な……そんな馬鹿な
たいていのヤツはこうやって処刑してきたのに」
乙女
「ふふ、体育会系だと言ったろ?」
きぬ
「くぅ、体育会系って微妙にスゲェ」
乙女
「今度は私の番だ、気合を入れてやる
私の技からは逃げられないぞ」
きぬ
「ちょっ……タイ……むぎゃああああ!!!」
コキッ ゴリッ
3年女生徒
「ねぇねぇ、まだてっちゃんに
制裁されてるヤツがいるよ」
3年男生徒
「ありゃ2年生だろ。鉄の風紀委員の怖さを
知らんとは愚かなり」
ゴキゴキゴリグリッ!
どさぁっ
きぬ
「くぅ……うぅぅ……はは、退屈な攻撃だね
あくびと一緒に……涙が出ちゃったよ……ぐす」
乙女
「その意気だ。また来い、蟹沢」
乙女
「あぁ、それから対馬レオに後で
私の所に来るように言っておいてくれ」
きぬ
「くぅっ……本当に……また……来るからなっ
あいる……てぃーばっく!」
乙女
「やれやれ、元気があるのはいいが」
乙女
「確かにあれでは後輩の手には余るな」
乙女
「私が先輩として言葉遣いから、正しく
指導してやらねば」
レオ
「よお、どーだっ……っ」
きぬ 無音
「……」
レオ
「いや、顔を見ればだいたい分かるからいいや」
レオ
「フカヒレは?」
きぬ
「置いてきた。邪魔だから」
レオ
「置いてきたって……ま、いっか」
きぬ
「なんかあの女がレオに会いたいから
放課後来いってさ」
レオ
「げ」
レオ
「嫌な予感するから行かねえ」
きぬ
「まぁ言ったところで説教だろうけどさ
ボク、一応伝えたからね」
レオ
「相変わらず変な所で義理固いヤツだな」
まぁそういう子に教育したのは俺達だが。
今日はさっさと帰ろう。
………………
レオ
「……寄り道せずに帰ってきちまった」
なんか、あの鉄乙女ってのは苦手だ。
頭が上がらないというか、なんというか。
目をつけられないように遅刻とかはやめておこう。
今夜は静かだ。
カニは補習くらってたし、スバルは陸上の練習か。
フカヒレは……まぁゲームでもやってるんだろう。
テレビをつけてみる。
キリヤコーポレーションのCMがやっている。
姫の親御さんの会社、超有名だよな……。
“成り上がりのキリヤ”と呼ばれているぐらい
急成長してきた会社なのだが。
テレビを消す。
たまには勉強するかな。
いや、こういう時は趣味に没頭するのもいいな。
ボトルシップでも作成するか。
レオ
「……ハァハァ」
レオ
「このマストの質感が……たまんねぇな……
こりゃ傑作になりそうだぜ」
レオ
「まったく……ハァハァ……ボトルシップってヤツは
俺を狂わせるぜ……」
新一
「……アレ、ここはどこよ?」
新一
「学校かよ! つうか、夜かよ!
何で俺がここで寝てたの!?」
新一 無音
「?」
変な声
「ハンサムはいねがぁぁぁぁぁ」
新一
「うわぁ、俺を呼んでる? ってか何かいるぞぉ!」
………………
………………
よし、今日は遅れずに学校着いたぜ。
スバル
「今日はなんだかムラムラするから雨だな」
レオ
「最悪な天気予報だよなそれ」
まぁ意外にもこれが当たるんだけどさ。
スバル
「あ? そういえば今日フカヒレ休みか?
あいつワリとサボるなー」
レオ
「どうせ家でゲームでもやってんだろ」
昼休み。
祈
「霧夜さんは皇帝、世界、魔術師、どれも
正位置ですわね」
きぬ
「おー、やっぱそれいい結果なんだ」
真名
「姫は、いっつもええカードひいとるなー」
エリカ
「占い結果より、皇帝や世界のカード
引いたのが気分いいかも」
きぬ
「ん? 何でさ?」
エリカ
「響きがいいじゃない、皇帝とか世界とか」
きぬ
「よーし、ボクもやる! お願いしまっす!」
祈
「それじゃ始めますわ。カードを選んでくださいな」
きぬ
「あっ何これデビル? 死神? 塔?
絵柄かっこいいじゃん」
祈
「全部不吉なカードですわ、それ」
きぬ
「え、そうなの祈ちゃん? ボクどうすればいい?」
祈
「この霊験あらたかなビーダマを買えば
カニさんは救われますわ」
良美
「それは霊感商法ですよぅ」
きぬ
「い、いくらっ? ボク250円までなら何とか」
豆花
「カニち、バイトしてるわりに貧乏ね」
真名
「ドカドカとデッドグッズ買うとるからや」
祈先生の占いは相変わらず大人気だ。
歳も近いからと友達感覚のヤツが多い。
それぞれ普通の生活をエンジョイしてる。
よし俺もエンジョイしよう。
良美
「対馬君、鉄先輩が呼んでるよ」
どうやらその夢はかなわぬようだ。
良美
「な、何か分からないけど怒ってたから
謝ったほうがいいよ?」
レオ
「あぁ」
レオ
「スバル、悪いが1分後に作戦Tで頼む」
スバル
「ったく世話が焼ける奴だなオマエ」
スバル
「でも、そこがいいんだけどな」
聞こえない聞こえない。
乙女
「昨日呼び出したと思うが――まぁそれはいい」
ジャスト1分!
乙女
「既にご両親に話は聞いているだろうが
私が今週末から――」
レオ
「待って、電話がかかってきた、失礼」
レオ
「何々、ふむ、ふむふむ、妖怪まくら返しが
現れてカニの枕が返された、それは村の一大事」
レオ
「すいません、急用だから失礼します」
乙女
「む、よく分からないが急用なら仕方ないな」
乙女
「それでは、放課後にゆっくり話そう
教室で待っていてくれ」
ふぅ、危なかったぜ。
レオ
「スバル、電話サンキュ。助かった」
作戦T=作戦テレフォン。
メル友とかと初めて会う時も使う手だ。
あらかじめ決まった時間に電話をかけさせ
気にいらない相手なら携帯を口実に急用が
出来た、といって帰ってしまう。
ああも簡単に信じてくれるとちょっと罪悪感。
スバル
「何か用があんだろ? まぁ説教だろうが、
その場しのぎしても、意味ねーと思うけどな」
レオ
「もうすぐ土日で休みだ」
レオ
「連休経てば時が解決してくれるさ」
スバル
「そうかねぇ」
放課後ゆっくり話したい、とか言ってたな。
エスケープしよう。
あの心の奥を見抜かれるような鋭い視線は苦手だ。
なんか話してると威圧感するし。
新一 無音
「……」
レオ
「あれ、来てたの」
新一 無音
「……」
レオ
「どうした? ギャルゲーで選択肢間違えて
嫌われちゃったか?」
レオ
「それとも現実の方の女の子になんか
嫌な事でも言われたのか?」
新一 無音
「……」
なんだ、こいつ?
まぁ放っておこう。
……………………
さあ、放課後だ。
レオ
「さーて、雨も降ってきたしとっとと帰ろうぜ」
レオ
「あ、佐藤さん。鉄先輩と知り合いって事で
悪いんだけど」
レオ
「もし先輩が来たら俺は帰ったって言っておいて」
レオ
「――あ、でも何か言い訳が無いとマズイな」
きぬ
「そろばん塾の日とかどうよ? ハイソだろ?」
レオ
「あー、なんか遠まわしに皮肉が効いていて良いな
じゃあ、そういうことで」
良美
「え? え?」
ちょっと混乱している佐藤さんには悪いけど
仕方ない。
風紀委員に目をつけられちゃたまらないからな。
…………
乙女
「佐藤、対馬はどこにいるか知っているか?」
良美
「そ、そろばん塾の時間とか言ってましたけど」
乙女
「そろばんか……確かにそろばんは効果的な
学習方法だが」
乙女
「それなら昼休みの時に私に言えばいいものを
またすれ違ってしまったではないか……」
乙女
「邪魔したな」
良美
「は、はぁ……」
エリカ
「あーあ、信じちゃった。普通はダマされないけど
まぁ真面目な乙女センパイだからね」
エリカ
「嘘がバレたらタダじゃ済まないわね、対馬クン」
良美
「でも何で鉄先輩は対馬君にこだわるんだろうね」
エリカ
「しっかりしてそうで抜けてるからね、彼は。
そういうトコ注意するんじゃない?」
良美
「ふーん……」
エリカ
「あ、そうだ。それより、よっぴー傘持ってきた?」
良美
「いざという時に折り畳みは常備してるって
知ってるでしょ?」
エリカ 無音
「……」
良美
「まさか……」
エリカ
「うん、そう」
良美
「天気予報ぐらい、ちゃんと見ようよ」
エリカ
「今日は私、晴れて欲しい気分だったし
晴れたままかなーと思ってたけど」
エリカ
「よっぴーと帰るって、もう決めたから」
良美 無音
「……」
レオ
「しかし俺とスバルしか傘持ってきてないとは」
きぬ
「んだよ、傘入れから適当なモノをパチろうとしたら
レオが止めたんじゃん」
レオ
「めーなの、そういうのは。窃盗ですよ」
レオ
「っておい、あんまり押すなよ、俺が濡れるだろ」
カニの野郎がぐいぐいと体を押し付けてくる。
きぬ
「傘あんまり大きくないし、遠慮してたら
ボクが濡れるもん」
レオ
「歩きにくいんですけど」
きぬ
「あ、そうだ、ボクおんぶされてみる
そうすれば横に広がらないから
濡れる面積が狭まるかも」
レオ
「楽したいだけだろ。って、うお」
いきなり背中におぶさってきやがった。
きぬ
「くぅ、ダメだ。これだと縦に長くなって
ボクのかばんが濡れてしまう」
ストッと地面に着地する。
水が跳ねた。
レオ
「お前、落ち着き無さ過ぎ!」
きぬ
「んだよ、ボクが2人濡れない方法を
考えてるんだろ。レオが前方を行くスバル
みたいにすれば、こんな手間省けんの!」
レオ
「あぁ、あれか」
スバルのビニール傘に、フカヒレが入ってる。
フカヒレは全く濡れていない。
だが、そのフカヒレを濡らさないように
傘を持っているスバルの体右半分は結構濡れている。
自分は濡れても友は完全ガード。
そういうヤツだ。
だから俺は、スバルが皆から怖がられるのが
分からなかった。
きぬ
「ねーねーレオー」
レオ
「あん?」
こっちはこっちで元気なカニの相手するのが
大変なんだけど。
レオ
「あ、そういえばお前、風紀委員に
リベンジはいいのか?」
きぬ
「正攻法じゃ勝てないから、精神面とか
弱点とか、そこらへんを攻める事にするんだ」
きぬ
「だから、今は情報収集の最中だね」
レオ
「で、なんか鉄センパイの弱点は見つかったのか?」
きぬ
「それが、武闘伝というか、勇ましい話ばっかり。
勉強も出来るし、3年からは尊敬されて、
恐れられているって。アネゴとか呼ばれてるって」
レオ
「勝ち目ナシだな」
きぬ
「な、なぁに、どんな人間だろうと弱点はあるよ
見つけたらそこをネチネチと責めてやるんだ」
やっぱダメ人間は言う事が違うなぁ……腐ってる。
俺は素直に感心した。
………………
家に到着。
さて、有意義にドラマの再放送でも見ようっと。
ちっと小腹が空いたが、夜になれば食材買いこんだ
スバルがやってくるだろう。
………………
スバル
「ネギにアスパラガス、後は
小松菜とセロリももらうぜ」
おばちゃん
「あいよ」
スバル
「それにしてもおばちゃん、なんだか今日は
一段と輝いてるな」
スバル
「オレが後10年早く生まれてたら
絶対口説いてたんだけどなぁ」
おばちゃん
「お世辞でも嬉しいよ、梨1個おまけでつけたげる」
スバル
「やっぱ買い物はオバちゃんの時に限るぜ」
良美
「伊達君。こんばんわー」
スバル
「おー、よっぴーじゃないの」
良美
「もう、よっぴー言わないでよぅ」
お互い、買い物袋を手に下げている。
スバル
「……主婦だなぁ、オレ達」
良美
「自炊組の悲しい所だよね」
スバル
「田舎から出てきて1人暮らししてるんだよな」
良美 共通
「うん」
スバル
「ま、寂しかったらレオなりカニなりを
派遣すっからいつでも言ってくれよな」
良美
「ありがとう」
スバル
「んじゃ、オレ行くからよ」
良美
「うん、また明日学校でね」
………………
スバル
「夕飯は魚メインだ。さぁ、餓えたライオンの
子供のように食らいやがれ」
レオ
「いただきまーす」
荒々しく食べ始める。
スバル
「おい、それはあまりにもガッツキ過ぎだろ。
そのカツオ高いんだぞ」
レオ
「がうがうがう!」
スバル
「ちっ、しゃあねぇな育ち盛りが
アスパラガスのきんぴらもしっかり食えよ」
スバル
「あ、そういえば八百屋によっぴーがいたぞ」
レオ
「よっぴー? あぁ、佐藤さんか」
スバル
「やけに買い物姿が似合ってたぜ。ヨコシマな
米屋に狙われそうな若奥さんって感じだな」
レオ
「そりゃスバルが長ネギ入った袋持って
歩いてるのなんて、超違和感だからな」
レオ
「それに比べりゃ誰だって絵になる」
レオ
「……で、お前は佐藤さんみたいな
タイプはどうなの?」
スバル
「あー、男を立ててくれそうなのはいいけどな
何か物足りなそうな気がしねぇか?」
レオ
「お前、いくら顔いいからってそれは贅沢だよ」
レオ
「佐藤さん、めっちゃ人気高いんだぞ」
スバル
「オマエこそどうなんだ少年。
狙うんだったら心底応援してやるぜ。
よっぴーでも姫でも、橘館長でも」
レオ
「……さぁな、俺はどうだろ」
スバル
「やれやれ。ボケをいれたんだから突っ込めよ」
スバルが帰ってから、ベッドでウトウトしていた。
レオ
「……眠」
レオ
「……」
レオ
「うおっ」
きぬ
「ちぇっ、気づかれたか。ま、充分かな」
レオ
「お前。声ぐらいかけろ。目を開けたら他人が
家の中にいたって結構怖いんだぞ」
きぬ
「あははっ、そんな顔で怒っても迫力ないよーだ」
レオ
「なっ……俺の美顔にラクガキしたのか?」
きぬ
「んー、なんか面白い顔で寝てたから
しばらくボクも横で観察してたのさ」
きぬ
「そしたらマジックが視界に入っちゃって」
きぬ
「そうしたらやる事は1つでしょう」
レオ
「てめっ、何イバってんだ!」
きぬ
「あらよっとー!」
窓から身軽に隣の蟹沢家へ飛び移った。
なんつーすばしっこい。
力はないので捕まえてしまえば
こっちのものなんだが……。
きぬ
「それじゃ、グッナイ!」
レオ
「はぁ……」
ほんと出来の悪い子犬を相手にしている気分だ。
不幸中の幸い、水性で良かった。
あいつと付き合う男は可哀想にな。
気分転換にボトルシップでも作成しよう。
レオ
「いいよなぁ、このビンの中の世界っていうか……
ほんとたまらない魅力だぜ……愛しいヤツだ
お前は……俺を狂わせる……」
この趣味は、フカヒレ達3人しか知らない俺の
秘密だぜ。
………………
………………
今日も学校――。
平蔵
「うむ全員出席か。実に結構。いつの世になっても
体が資本であるのに変わりは無いからな」
平蔵
「それではこの間の試験を返却する!
全員、戦場で敵を倒す兵士のように
元気良く答案を受け取るように」
週に1度だけ、この館長の授業がある。
“心”を学ぶ我が校独自のカリキュラムだ。
新一
「俺、これだけは点数いいんだよな」
フカヒレは、試験の名前を書く欄の男・女の
男の部分に斜線を引き、“漢”と書くアホである。
だが、これをすると館長は5点アップしてくれる。
そんなんでいいんかい、この授業。
問題も面白い。
問1 お前の主張を書け。
とか。
問2 100人の命と1人の命、どっち助ける?
とか。
きぬ
「とりあえず100人って書いたら○もらったよ」
エリカ
「気分にもよるけど、もちろん両方助けるわよ。
私、結構欲張りだし」
スバル
「1人と100人、その100人が他人で
1人がダチだったとしたら、オレは1人だね」
新一
「美人だけ助ける。後は自力で生き延びてくれ」
良美
「うーん、私分からないって書いたらバツだった……
どっちが正しいか分からなくて……」
ま、人それぞれだ。
平蔵
「ま、若い内は色々やってみるが良い。恋愛、旅、
スポーツ、勉学、何でも構わん」
平蔵
「いずれそれがお前達の“力”になるだろう
例えば、儂のように体を日々鍛えていれば
熊9頭までなら素手で倒す事も可能になる」
レオ
「(それはアンタだけだ)」
平蔵
「もし、日々がつまらぬ。毎日が同じ事の繰り返しで
何か刺激を求めている者がいたら、儂の所へ来い」
平蔵
「儂が色々鍛え、面倒を見てやろう」
………………
で、昼休み。
レオ
「館長の授業は精神的に疲れる」
スバル
「寝たの見つかったら、男なら鉄拳制裁
女ならグラウンド10周だからな」
きぬ
「このリップいくら? 2000円ぐらい?」
豆花
「そう。わりといい感じネ」
豆花
「カニちは素肌が綺麗だからいいけどネ
日焼け防止にパウダーぐらいやるべきネ」
真名
「ウチは油断すると鼻の所血管浮いて見えるから
コンシーラー必須なんや」
きぬ 無音
「(そんなに黒いのに!?)」
レオ
「おうおう、華のある会話だこと」
スバル
「お前もオシャレせにゃあな。このままじゃ
オレのエンディングになるぜ?」
レオ
「分けのわからん脅しは勘弁して下さい」
レオ
「オシャレねー。フカヒレみたいに、
まゆ毛抜いてコロンつけろってか?」
そういうの、あんま好きじゃねーんだけど。
つか、めんどくさい。
山田君
「あの、対馬君。3年の人が呼んでるよ
すごい美人だけど、なんか怖そうな人」
な、なんでそんなに俺にこだわる?
スバル
「連日のテレフォンは無理だぜ坊主。
いい加減、覚悟を決めたらどうだ?」
もう連休は目の前だというのに。
レオ
「ったく……」
乙女
「ようやく話す機会がもてたな」
乙女
「しかし習い事をしているとは初耳だ
話ではそんな事聞いていなかったが」
レオ
「習い事?」
乙女
「そろばん塾に行っているのだろう」
レオ
「あぁ、あんなもん冗談に……」
乙女
「何?」
乙女
「……お前嘘をついたのか」
レオ
「いや、嘘と言うか皮肉と言うか」
乙女
「昔から、軽々しく嘘はつくなと教えてるだろう」
乙女
「何故嘘をついた。私の目を見て言ってみろ」
レオ
「ちょっと……初対面なのに俺に構ってくる
鉄さんがウザッたかったって言うか」
乙女
「初対面では無い! 失礼だぞ!」
レオ
「ぐはっ」
レオ
「……こ、この蹴りは……」
瞬時に脳が覚醒する。
レオ
「乙女姉さ……ん……?」
思わず口から出たこの言葉。
“昔から”軽々しく嘘はつくなと教えてる……。
昔から……そう“昔”から。
俺はこの人を知っている、この蹴りを覚えている。
俺は昔、ガキ大将を喧嘩で倒し、
腕には自信のあるわんぱく坊主だった。
だが、そんな自信はこの人に
一瞬で砕かれたんだ。
乙女
「コンジョーナシ!」
レオ
「いたいっ!」
乙女
「うまはもっと、はやくはしる!」
レオ
「うまにだって、しゅじんをえらぶ
けんりがある!」
乙女
「うるさい! コンジョーナシ!」
レオ
「りふじんだっ!」
乙女
「ちからがあれば、じゃくしゃをしたがえて
よいと、とーさまもいってたもん」
乙女
「だから、おまえはわたしのものだっ!」
レオ
「くそっ……なんてちからしてやがる!」
乙女
「れお、それにしてもおまえは
コンジョーナシだからしんぱいだ」
乙女
「おまえはわたしがきたえなおしてやる」
レオ
「いや、ケンカおれよわくないし」
レオ
「かてないのはおとめねーさんだけだ!」
乙女
「ええい、くちごたえするなこのだば(駄馬)!」
レオ
「ぐは! で、でも」
乙女
「まだわからないか?」
レオ
「はぐっ」
乙女
「おとこのコは、これからカコクなんだって」
乙女
「だからわたしがおまえをいじめられないように
きたえてやる」
レオ
「だから、これがすでにいじめなんだっ」
レオ
「乙女姉さん!」
乙女
「む、思い出したか」
レオ
「うん……今の蹴りで思い出した……」
乙女
「蹴られたので思い出しても困るが」
レオ
「あぁ、どんどん思い出してくる
思い出したらもうとまらない」
乙女
「そうだ、お前の従姉妹にあたる。
鉄(くろがね)家と対馬家は親戚関係だからな」
乙女
「幼い頃、お前がこっちに引っ越す前は
一緒に遊んだろう」
レオ
「まだズキズキする」
レオ
「この臓物に響く蹴り、間違いなく乙女姉さんだ」
レオ
「ガキ大将を喧嘩で倒し、俺は強いと思ってたのに
その俺を一瞬でひねりふせた乙女さん!」
乙女
「失礼だな」
レオ
「や、よく人を馬にして遊んだじゃんか」
乙女
「あれは武門に生まれたもののサガというものだ」
レオ
「というか、もはや乙女さんが
ガキ大将だった気がする」
乙女
「……本当に失礼だなお前」
レオ
「同じ学校だったなんて……」
乙女
「鉄(くろがね)という苗字は珍しいものだろう
気が付かなかったのか」
レオ
「昔はずっと乙女姉さんって呼んでたから」
乙女
「うん……そうだ」
乙女
「一人っ子だったお前の姉代わりだった」
乙女
「せめて顔を合わせた時に気づけ」
レオ
「そうだね、ごめん」
乙女
「親戚同士とはいえ、引っ越してからは疎遠になって
いたからな。葬式なども無かったから顔も合わせ
なかった、確かに忘れるのも分かる話ではある」
レオ
「約10年、ぐらいだもんね」
乙女
「だが私はとっくに気づいていたぞ」
レオ
「う」
レオ
「声かけてくれれば良かったのに」
乙女
「成長しているお前を見た時に、
なんだか別人みたいに思えてな」
レオ
「……そっか」
乙女
「しかしな」
乙女
「お前のだらしなさには正直失望したぞ
中身はまったく変わってないな」
レオ
「な……」
乙女
「大きくなって、正義の味方に
なるんじゃなかったのか?」
レオ
「ちょっと待て、子供時代のアヤだ」
レオ
「あの頃は俺だって、純真というか」
レオ
「っていうか、俺そんなこと言った?」
乙女
「本当に記憶から抜け落ちていたようだな」
乙女
「あれほど昔はなついていたのに冷たいものだ」
乙女
「今よく分かったが忘れられる、というのは
結構傷つくものだな
ローランサンの鎮静剤の意味が分かる」
レオ
「……?」
乙女
「今のは冗談だ」
レオ
「と、とにかくごめん」
イガグリ
「どう? 何話しているか聞こえるべか?」
きぬ
「この距離じゃ良く分からないなぁ……
ただローラさんの鎮静剤がよく効くらしい
その単語だけは拾えた」
イガグリ
「さすが3年ともなると外人の
知り合いもいるんだべか」
きぬ
「姫だってハーフじゃん」
スバル
「盗み聞きは良くねぇな」
きぬ
「まぁいいや、ただの説教みたいだし
これ以上聞く気もないね」
レオ
「あれ。って事は弟の琢磨(タクマ)も
この学校?」
乙女
「琢磨(おとうと)は北海道の学校だ。サッカーが
好きだったろう? 推薦で名門に入り喜んでいた」
レオ
「ふーん」
親戚の近況なんか、全然知らないからな。
そりゃ顔見ても分からないって。
レオ
「あ、チャイム……」
乙女
「む、授業が始まるな、また話そう」
レオ
「分かった、じゃ」
乙女
「あぁ、待て」
レオ
「?」
乙女
「またシャツがはみ出ている。だらしがない」
乙女
「本当に変わってないな」
ぐっ、と直してくれる乙女さん。
そう昔と同――
レオ
「くっ」
乙女 無音
「?」
いや、昔と違う。
昔はこんなにドキドキしなかった。
乙女さんが美人になったからだ。
水に濡れた日本刀のように澄んだ美しさ。
レオ
「ま、まぁチャイムなんでこれで」
乙女 無音
「……」
乙女 無音
「!」
乙女
「……しまった。思い出話に気をとられて
肝心の用件を忘れていた」
乙女 無音
「(今日は放課後忙しいな。今夜電話するか。
対馬の電話番号は……電話帳の親戚カテゴリに
あったな、確か)」
スバル
「どうだった坊主、みっちり叱られたかい?」
レオ
「いや、今日家で話す」
スバル 無音
「?」
そうか、あの人乙女姉さんだったのか……。
どんどん昔の思い出がよみがえっていく。
……………
祈
「中間考査の総合結果、私達2−Cは
2年7クラス中4位と、まずまずではありました」
祈
「ですが、仇敵である2−Aには及びませんでした」
祈
「霧夜さんのワンマンクラスと言われては
皆さんも心外でしょうし。ここはひとつ期末で
順位昇格を狙おうではありませんか」
祈
「ここで土永さんから一言ありますわ」
土永さん
「いいか、テストなんてただの記号だ。
生きるための知識として通用するのは多くない」
土永さん
「だが、しっかりやっといていい点とってりゃ
進路も増える、くだらねぇがこれが
日本のシステムだ、ま、頑張れや」
祈 共通
「……と、土永さんが言ってますわ」
祈
「あくまで私が言ったのではなく
オウムが鳴いただけ、というのお忘れなく」
祈 共通
「それでは、今日はここまでにしましょうか」
レオ
「……」
エリカ
「対馬クン、掃除したら?
ボーッとしてると目障りなんだけど」
レオ
「あ、ゴメン。今日当番だった」
スバル
「なんか昼休みからずっとこうなのよコイツ」
エリカ
「ふーん」
どうでもいい、といった感じの発言。
エリカ
「黒板は私がやるから、カニっちとかと床の方ね」
レオ
「了解」
きぬ
「邪魔だァー!」
レオ
「ホウキをふりまわすな」
遊んでいるバカにはもう慣れているのか、
佐藤さんは1人黙々と掃除を続けていた。
乙女
「そうじをしっかりできないから、
じぶんのへやがもらえないんだぞ!」
レオ
「ぐは」
過去の思い出がフィードバックしてきた。
叱られてばっかり。
忘れたというより、忘れようとしてたのかもな俺。
……手伝おう。
…………………
いつもの夜のダベり。
きぬ
「ねぇ、いい加減通常の電話回線やめようよ
アクセス遅くて困るんだけど」
レオ
「俺の家でネットサーフィンしなきゃいい」
きぬ
「履歴チェーック、どっかHなとこ見てないかなー
幼馴染陵辱とか見てたらもう口聞かないね」
レオ
「やめれ」
スバル
「で、今日は風紀委員さんと何のお話だったんだ」
レオ
「あ、それがさぁ!」
レオ
「――って事で親戚だったんだ」
きぬ
「ふーん、可愛いボクと会う前の知り合いなんだ」
スバル
「気づくの遅すぎだな、まだ若いのに」
レオ
「記憶障害みたいに言うな。
恐怖の記憶を無意識に封印してたんだ」
レオ
「乙女さんは優しいけど、それ以上に
厳しかったからな……怖かった」
レオ
「スバル、俺達が初めて出会った時
俺、お前にビビらなかったろ?」
スバル
「あぁ、幼い時のオレは当時フカヒレみたいな
ノーマルなヤツラにはシカトされてたしな」
新一
「〜♪(←口笛)」
スバル
「話しかけてくるのはお前とカニぐらいだった
それから、オレは惚れたんだ」
レオ
「だから、そういう冗談はやめれ!」
レオ
「当時さ、あの乙女さんに比べたらスバルは
全然怖くなかったってわけだ」
スバル
「なるほどね。じゃあ乙女さんに感謝だ」
きぬ
「レオを人質にとればあの女にリベンジできるかな」
レオ
「俺を人質にしてどうするの?」
きぬ
「動くんじゃねぇーって言いながら蹴り地獄ですよ」
レオ
「そういう人質とかはね、めーなの」
レオ
「映画や漫画で人質とった人って
ロクな結末迎えてないでしょ」
きぬ
「ボクはあんな間抜け達とは違うよ」
やられる確率100%なセリフだった。
きぬ
「レオだってフカヒレ人質にとられたらどうよ?」
レオ
「テロには屈さない」
新一
「ねぇ、それ俺見捨てるって事?」
きぬ
「じゃあレオが作ったボトルシップ人質に
とられたら嫌でしょ?」
レオ
「やってみろよテメェ!」
きぬ
「うわぁ、地雷踏んじゃった!」
スバル
「あーあ、切れちゃった、ダメだろカニ坊主。
ボトルシップのことに触れちゃあ」
新一
「俺の時と全くリアクション違うよね……」
きぬ
「まぁ人質はなんか報復が恐ろしいからいいや
何かカッコ悪いし」
スバル
「そういや、いとこ同士って結婚できるんだよなァ」
レオ
「何だよ」
スバル
「姉さん女房ってのも似合いそうだ」
レオ
「やめてくれ」
乙女さんの姿を思い浮かべる。
レオ
「俺にとって乙女さんは、畏敬のシンボルだ」
レオ
「美人だし、カッコイイと思うけど」
レオ
「恋愛感情は無い」
レオ
「あんな規則正しい人と一緒になったらハゲそうだ」
新一
「そうそう、分かる分かる。姉ってさぁ、
怖いだけなんだ。人の体、平気で実験に使うしさ
背中に爆竹いれたりするんだぜ」
レオ
「……それはお前ん家のねーちゃんだけじゃない?」
新一
「あ……あ……あ……やべぇ記憶が蘇ってきた」
新一 無音
「……!」
震えだした……。
スバル
「あーあ、トラウマ発動しちまった」
きぬ
「こうなると放置しておくしかないね」
新一
「うわーん! やめてよお姉ちゃん、
そこは出すトコだよう!
キュウリなんか入らないよう!」
スバル
「難儀なヤツだな」
きぬ
「なんか面白いサイトないの?」
レオ
「あー、この焼きそばチェッカーズとかいう
サイトは面白いぞ」
レオ
「情報量もなかなかだが、掲示板荒らしているヤツが
いると管理人がムキになって抗弁してくるんだ」
きぬ
「じゃあボクも荒らす。ハンドルネーム、
デスマスクが降臨するぜ」
レオ
「あのね、荒らすとかそーいうのはめーなの
見て楽しみましょう」
新一
「ただいま」
レオ
「あれ、今日は回想世界から帰るの早かったじゃん」
新一
「うん、新記録かも。言いたい事あって」
新一
「俺水曜日の夜、何故か学校で目が覚めたんだよ」
新一
「辺り真っ暗だけど俺を呼ぶ声が聞こえてくるんだ」
新一
「ハンサムはいねがぁぁぁぁって」
きぬ
「ぼ、ボクを脅かしているの? こ、怖くない
怖くないもんね」
レオ
「腕にしがみつくな、暑っ苦しい」
スバル
「カニチャーハンは怖い話だけはダメなんだよな」
きぬ
「あんたら霊感低すぎなんだよ!」
きぬ
「ボクなんとなく分かるんだよ、そーいうのはさ」
新一
「つーことで、俺らの学校は出るぜ幽霊」
スバル
「つか、フカヒレが聞いた声って青森から出てきた
広瀬りんご先生33歳独身のものなんじゃねー?」
新一
「うっ、声似てるかも」
レオ
「もう解決したわけだ。謎なんてそんなもんだ」
スバル
「でも竜鳴館の幽霊話は結構あるぜ
夜中に屋上から女性の嬌声がするとかよ
なんか いい、いい! とか言ってるらしい」
きぬ
「いいって何がいいんだよ、うわ、何か
不気味な話だねソレ」
レオ
「それはガッコに忍び込んで快楽にふける
カップルなんじゃないの?」
レオ
「つうか、お前は俺にはりつくな、
怖いのは分かるが離れろ」
きぬ
「ご、語学力ねーの? 怖くないって言ってる!」
今度は俺の布団にくるまりやがった。
レオ
「確か幽霊の中には、布団の中に出てくる
タイプもいるんだよなぁ」
きぬ 無音
「!」
レオ
「ビビッてるやつほど狙われやすいんだよなぁ」
きぬ 無音
「……!」
これくらいにしておくか。
ほどほどに痛めつけておくのが一番だ。
スバル
「んじゃオレは明日、午前中部活あるんで帰るわ」
レオ
「頑張れ陸上部」
新一
「俺も帰ろ。また明日の夜来るわ」
レオ
「あいよ、じゃあな」
レオ
「おい、カニ。皆帰ったぞお前も帰れ」
布団をはぎとる。
きぬ 共通
「Zzz」
爆睡していた。
仕方ないな。
レオ
「軽いヤツ」
そっと抱き起こしてやる。
レオ
「柔らかい体……お前も女の子なんだな」
丁寧にあつかってやるからな。
そのまま優しくお姫様抱っこして、
部屋から運びだす。
そして、そのまま――
レオ
「じゃあ、おやすみ」
中庭の芝生にそっと寝かせてやった。
レオ
「俺って少し優しすぎるかもな」
さて、俺も寝よう。
ベッドから、フローラルなカニの匂いがした。
………………
………………
天気は快晴。朝11時。
さて、今日も平穏な一日が始ま――。
ピンポーン
レオ
「はーい」
乙女
「おはよう」
レオ
「お、おはよう」
思わず返事。
乙女
「盟約どおり、私は今日からここで暮らす」
乙女
「よろしくな、レオ」
レオ
「WHAT?」
乙女
「――その間の抜けた顔は寝起きだな」
乙女
「私は勝手にやるから。顔でも洗っていろ」
乙女
「私の部屋は1階の客間を使う、という話だったな」
ズカズカと家の中に入っていく乙女さん。
レオ
「……顔洗お」
――洗顔、終了。
レオ
「ふぅ」
思考もクリア。
結論――夢じゃない。
レオ
「ってちょっと待った!」
何でいきなりそんな話になってる?
姫か、気まぐれな姫のドッキリなのか?
乙女
「私は、ここに卒業まで逗留する」
レオ
「そっ、卒業するまで逗留!」
逗留……しばらくの間宿泊すること。
マジですか。
乙女
「ご両親から話を聞いていなかったのか?
これはそっちからの頼みだったハズだが」
レオ
「頼みって何の……?」
乙女
「疑問文の応酬だな」
乙女
「レオはどうにも頼りないから
ビシバシ鍛えてやってくれ、と言われてな」
レオ
「なっ……」
乙女
「私もお前は鍛錬の必要ありと感じた。
だからここに来た」
レオ
「そ、それだけのために?」
キッ、と真剣な顔をする乙女さん。
乙女
「自分の事をそれだけ、と言うのは良くない」
乙女
「本来ならお前が鉄(くろがね)家に
来れば話は早いのだが。爺もいるからな」
乙女
「だが、私の実家は東京だ。通学には遠すぎる」
乙女
「実際、私も朝早くから電車を乗り継いで
通学していたが、家が遠くて不便だったからな」
乙女
「だが、ここなら徒歩10分だ。私だって
空いた時間を好きに使えるし
お前も引っ越さなくてすむ」
乙女
「家賃もないし、正直悪くない話だとは思ったぞ」
レオ
「受験勉強もここでするの?」
乙女
「私は推薦狙いだ。成績は問題ない」
乙女
「むしろ学校が近くなり、より風紀委員や部活に
精が出せる。推薦狙いには丁度良い」
レオ
「推薦狙いが男と同居してるってマズクない?」
乙女
「私とお前が赤の他人なら
それこそ大問題だがな。
親戚同士で何が問題なものか」
乙女
「両親も同意の上だしな」
レオ
「オレは同意してないんだけど」
乙女
「……なんだ、嫌なのか私が」
レオ
「あ、いや、ほら男女が1つ屋根の下なのに」
乙女
「私は1階、お前は2階。さほど気にならん」
乙女
「というかお前だからこそ、この話を
受けたんだがな、普通は断るぞ」
レオ
「え、それって?」
乙女
「幼い頃の面識もある、そしてやはり親族だからだ」
乙女
「血族は大切に。鉄(くろがね)の掟だ」
あぁ、そう……。
レオ
「でも、もし間違いがあったら」
乙女
「……」
一瞬固まった後……。
よほど可笑しかったのかフフ、と笑い出した。
乙女
「間違いなど起こらない」
乙女
「お前を男として見るのは到底不可能だ安心しろ」
乙女
「私にとっては弟という感じだな」
それはそれで何かフクザツな男心。
レオ
「俺が野獣のように襲ってきたらどうする?」
乙女
「お前は軟弱な分、そんな事はしないだろう」
乙女
「ま、襲ってきても一向に構わんが。
当然迎撃はするぞ」
乙女
「男に押し倒されるようなヤワな鍛え方は
していないからな、絶対に無理だ」
乙女
「そういう行動をとった場合代償として
そうだな、指を1本もらおう」
レオ
「……いえ、襲いませんので安心して下さい」
乙女
「うん、それが賢明だな。お前は弱い」
レオ
「でも、こんなドッキリみたいな方法で来るなんて
前もって言ってくれれば」
乙女
「何度も言おうとしたぞ、その度に
お前逃げていただろう」
う……。
乙女
「しかも、昨晩は電話をかけたがずっと話し中だ」
カニがインターネットやってたからだ。
乙女
「いつもあんなに長電話しているのか?」
レオ
「ごめんネットやってた。まだアナログ接続だから」
乙女
「……む、ネットとかは……良く分からん」
レオ
「とにかく、事情の方は分かった」
レオ
「ちょっと両親に電話して確認とってみる」
頼む、何かの間違いであってくれ。
………………
乙女
「どうだった?」
レオ
「伝えるの忘れてた、せいぜい鍛えてもらえ、と」
なんつー両親だ。
乙女
「問題は無いわけだな」
レオ
「俺の意思以外は」
乙女 無音
「……」
乙女
「嫌なのか?」
レオ
「嫌じゃないよ」
乙女
「それでは構わないな?」
うーん、気ままな一人暮らしが……。
乙女 無音
「……」
レオ
「(悩むな)」
乙女 無音
「……」
乙女
「……決めたぞ私は」
乙女
「やはりここに滞在する」
乙女
「物事をはっきり言えない。私は不安だ」
レオ
「……」
乙女
「私が鍛えなおしてやる」
レオ
「……いや、世の中そういうのも必要じゃない」
乙女 無音
「?」
レオ
「何でもホイホイ感情のままに
はっきり言っていくなんて、それは愚かな事だ」
レオ
「テンションに身を任せるのは、良くない」
レオ
「俺はそんなの理解できない」
乙女
「だが、今は互いの為にもはっきり言っていい
場合だと思うが、違うか?」
レオ
「!」
乙女
「なるほど、テンションに身を任せるのはやめて
己を抑える、いい事だ。忍耐は必要だからな」
乙女
「だが、それと言いたい事を言わない、というのは
少しケースが違う場合もある」
乙女
「お前は臆病者なんだ
テンションに身を任せた後の変化を恐れている」
きっぱりと言われた。
レオ
「な……」
レオ
「何だそりゃ」
レオ
「いきなりやってきてズケズケ人の事を……
臆病者だの何だの」
レオ
「正論かも知れないけどさ。頑強な乙女さんと
違って俺は繊細なんだよ」
乙女 無音
「……」
レオ
「本当、いつもそうだよね、俺昔から乙女さんに
怒られた記憶ぐらいしかないもん」
嘘をついた。
でも、これぐらいは言わないと気がすまない。
乙女
「それはお前がだらしないからだろう
私は血族として……!」
そこまで言いかけると、乙女さんはブンブンと
首を振った。
レオ 無音
「……」
乙女
「……すまん、いきなりキツかったな」
乙女
「昔からの癖かどうもお前にはズバズバ
言ってしまう」
乙女さんは年上だけあって大人だ。
口論になりそうな所を引いてくれた。
このバツの悪い空気。
――ほら、テンションに身を任せると
ロクなもんじゃない、ちょっとだけでもコレだ。
乙女
「でも、今のお前は気持ちをしゃべってくれた」
乙女
「おかげで、何を考えているのか良く分かったし
私も自省できたぞ」
うわ、なんて前向き。
でも、そう考えれば確かに気は楽だ。
乙女
「とはいえ、やはり私は口うるさいみたいだな」
レオ
「え……」
乙女
「ハッキリ決めてくれレオ。お前が嫌なら
私は帰ろう。嫌われるのは勘弁だからな」
乙女
「そして、お前が嫌がっても私は恨まない」
乙女さんと一緒に暮らす事――。
俺は……。
一緒に暮らす
乙女さんとは暮らさない
レオ
「暮らさない、かな……」
乙女
「ふむ。もう1度考え直しても構わないぞ」
レオ
「?」
まさかこれ、無限ループでは……
レオ
「……一緒に暮らす、かな」
乙女 無音
「……」
レオ
「そっちがそれでいいなら」
乙女
「あぁ、私としては家も綺麗だし住む気
充分だったからそれは嬉しいが」
乙女
「てっきり断られるものかと思っていた」
レオ
「まだ良く分からないけど、一緒に暮らせば
何か見えてくるものがあるかもしれない」
乙女
「……うん」
レオ
「ただ、さっきみたいのは嫌かな」
乙女
「私だって喧嘩を売りに来たわけじゃない
同居する以上、仲良くやれれば、と思う」
乙女
「ただ、間違ってると思う場合はやはり叱るぞ」
レオ
「うん」
乙女
「ならば、これから宜しく頼む」
乙女
「レオとは昔、仲良くやれた
だから今も大丈夫だろう」
正直言って、これだけは口に出せないが。
美人度でいったら俺の学校で3本の指に
入るだろうこの人と一つ屋根の下だ。
何かこう、嬉しくなってしまう。
受け入れたのはそういう理由もあった。
10代真っ盛りとはいえ男ってバカだ。
乙女
「何だ、まだ質問があるのか?」
レオ
「俺、そっちのコトなんて呼ぶ? いや呼びます?」
乙女
「敬語はいらない」
乙女
「お前の家なんだ、もっと気軽でいい」
そういってくれると助かる。
今まで自分が住んでいた領域に異邦人が
入るのだ。
カニやスバルで慣れているとはいえ
そこの部分はかなりの抵抗があった。
乙女
「だから、私は小さい頃と同じで
姉代わりと思ってくれていいぞ」
レオ
「姉」
乙女
「呼び方は乙女姉さんもしくは乙女さんを希望する」
乙女
「苗字だと、一緒に暮らすにしては
他人行儀すぎるからな」
レオ
「……分かった」
乙女
「どうした、気の無い返事だな」
レオ
「分かった!」
乙女
「うん、やはり返事はそうでないとな」
すっかりいつもの状態に戻っている。
スバル
「あー、土曜の部活はどうも身が締まらねぇ」
新一
「それでも出てるあたりお前は真面目だよ」
スバル
「オマエはドブ坂で何をしてたんだ?
外人のナンパはやめとけよ?」
新一
「ちょっとライブの日付確認をね」
きぬ
「くふしゅ〜、出ーたーぞーっ
弱い子はいねがぁーっ」
新一
「なにそのフザけた格好、殺すよマジで」
きぬ
「地方妖怪マグロ。人間との適応を望み
現代社会に上手に溶け込んだ知性派さね」
きぬ
「でも上司からの抑圧など、人間世界のしがらみに
むかついて弱いものイジメしては
スッキリして帰っていく狡猾な妖怪さ」
新一
「微妙に共感してしまうな」
スバル
「いや、ダメダメだろう」
きぬ
「追い払う方法は、現れたら
マグロさん、俺空手やってるんだ、とか言えば
ビビって逃げていくのさ」
新一
「んで、そのしょーもないカッコでどこ行くの」
きぬ
「レオの部屋を強襲し、脅かしてくる」
きぬ
「あいつあれでバカだからビビりまくりさ」
新一
「俺は君こそがバカだと思うよ」
きぬ
「レオが怯えた写真を撮影してくるからさ。
皆であざ笑って心を犯してやろうよ」
スバル
「オマエ達、微妙に会話成立してなくね?」
新一
「ってか何でそんなに復讐に燃えてるの?」
きぬ
「あいつは昨日ボクを散々ビビらせた。
その報復にビビらせる」
きぬ
「というか、朝起きたら湿り気のある中庭に
放置されていた、理由はこれだけで充分ですよ!
あいつもっとボクを大切に扱うべきだ!!」
スバル
「妖怪がこんな昼下がりにでていいのかよ?」
きぬ
「地方妖怪マグロは、のどかな昼下がり、
閑静な住宅街、一人暮らしを狙って現れるからね」
きぬ
「それじゃ行ってくる。消防署の方から来たぜ!」
スバル
「チャイムぐらい鳴らせや……って、一応妖怪か」
きぬ 無音
「(さーて、何と言って脅かしてやろうか)」
きぬ 無音
「(やーっぱり、でーたーぞーとかかな)」
きぬ
「で……出たぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
乙女
「曲者が!」
ズガーーーーーーーーーーン!!!
レオ
「な、何だ何だ!」
レオ
「うお、地方妖怪マグロ?」
シーツをはぎとったら、ただのカニだった。
乙女
「家にチャイムも押さず入ってくるとはな」
乙女
「幼馴染と言うのは聞いているが
親しき仲にも礼儀があるだろう」
乙女
「掌底をいい角度で顎に入れてしまったじゃないか」
きぬ 無音
「……」
レオ
「完全に気絶してる」
新一
「で、どーなってんのよこの状況」
レオ
「いつの間に。まぁいいや実は」
………………
乙女
「……という訳で、しばらくの間私はこの家で
生活する事になった」
新一
「驚きっス」
スバル
「親戚ってのは聞いてたけど、そうか……」
乙女
「そろそろ業者が荷物を持ってくる時間だ」
乙女
「私は自分の荷物を配置してしまおう」
レオ
「じゃあ手伝うよ」
レオ
「男手も必要だろうし」
乙女
「いや、そこまで頼む気は無い、それは悪い」
レオ
「姉なんでしょ。そこで遠慮してどうするの」
乙女
「……そうか」
乙女
「なら頼もう」
新一
「そんじゃ俺達はいったん帰るぜ」
レオ
「ああ」
スバル
「気絶して泡吹いているカニを連れて行かないとな」
新一
「引きずっていこうぜ」
ずるずるずる……
スバル
「おいおい。こっから先、土だぞ」
新一
「別に俺が汚れるわけじゃねーし。いいんじゃね?」
ずるずるずる……
レオ
「カニにも事情話しておいてくれ」
スバル
「ま、適当にな」
………………
男手なんぞ必要なかった。
何でもホイホイ運んでいくぞ、この人。
乙女
「重いものは私がやろう、お前は
そっちのを運んでくれ」
レオ
「オス」
なんか逆だ……。
レオ
「花が多いね」
乙女
「あぁ、私は花が好きだからな」
乙女
「何だその意外そうな顔は」
レオ
「食べるの?」
乙女
「お前は失礼だ」
乙女
「愛でるに決まっている」
乙女
「私はこれでも乙女という名前なんだからな」
そう言いながら重いソファを軽々と運んでいく。
乙女
「コンセントはここか」
机の下にもぐり、コンセントにコードを
差し込んでいる。
そうすると、こっちに乙女さんのお尻が
突き出される形になる。
短いズボンとあいまって、白い肌が見える
割合が大きい。
健康的な色気があった。
こんなんで意識してしまう俺が嫌になる。
乙女
「ちっ、コンセント周囲が汚れてるな
乾いた雑巾を頼む」
レオ
「はい」
乙女
「細かい所で少し汚れがあるな」
汚れをふいているので、乙女さんの体が揺れる。
こっちに突き出されたお尻も揺れる。
あぁ、もう目の毒とはこのことか。
なんつーか、意識させずにはいられない
魅力があるというか。
ラインが綺麗だからかな。
乙女
「おい、何をしている、手伝うなら
ちゃんと手伝ってくれ」
レオ
「はいはい」
乙女
「ソファの金具の調節もこの際やっておくか」
レオ
「乙女さんA型?」
乙女
「そうだ」
レオ
「だと思ったよ」
乙女
「几帳面だといいたいのか?
お前がラフすぎるんだ」
乙女
「その“すだれ”はそっちにかけてくれ」
そう言いながら、今度はソファの下に
仰向けで侵入する乙女さん。
そうすると今度はソファからにょっきりと
彼女の脚が見える。
瑞々しそうで、まぶしい。
鍛えられたしなやかな足首は、
引き締まっていて美しかった。
……俺はムッツリスケベかも知れない。
余計な事は考えず作業に集中した。
………………
乙女
「完成だ、思ったより早くできたな」
レオ
「なんていうか、あっというまに自分色だね」
レオ
「日本刀まで……」
乙女
「枕が違うと寝れないからな、枕や布団も
持参してきたんだぞ」
乙女
「お前の家とはいえ、ここに入る時は
ノックするんだぞ」
ノックする手振りをしながら、そんな当然の事を
注意してきた。
乙女
「さて、夕飯だが……」
レオ
「あ、その心配は無いよ?」
乙女 無音
「?」
きぬ
「なんでボク達があの女の歓迎会を
やらなきゃならないのさ」
新一
「ブツブツ言いなさんな。いいか甲殻類」
新一
「俺は美人には優しい。
すっごい美人には超優しい。
だから乙女さんには超優しい」
きぬ
「じゃあボクにももっと優しくするべきだね」
新一
「お前はただの海の生き物だ、バブルでも吹いてな」
きぬ
「鮫に言われたくないねぇオイ!
それに沢にだってカニはいますね!」
新一
「なにっ!? サメとカニだったら
当然サメの勝ちだろ!」
スバル
「不毛な争いしてんじゃねーよ、みっともねぇ」
きぬ
「だってこいつ、ボクを引きずってたんだよ!
摩擦熱で目を覚ます体験なんかさせやがって」
スバル
「ほら、でっかいフーセンガムやるから黙ってろ」
きぬ 無音
「(あーん)」
きぬ 無音
「(ムグムグ)」
スバル
「惣菜は買い込んだな。乙女先輩は酒なんか飲むの
認めねぇから、ドリンクはウーロンでいいだろ」
きぬ
「スバルもあんな女に気を使うなって」
スバル
「オレだって、実はあまりいい気がしないんだぜ?
レオの家はオレら3人の溜まり場なんだからな。
だがよ、もう決まっちまったならしょうがねぇ」
きぬ
「なんか面白くねーの」
スバル
「それにレオと乙女先輩、恋愛感情なさそうな
2人がくっついたらどうなるか見てみたいな」
きぬ
「レオが? 掌底で人を気絶させるような女と?
それはありえないっしょ」
スバル
「ま、乙女先輩は義理堅そうだ、ここで恩を
売っておくのも手だ、と考えろや」
きぬ
「それで納得かなぁ。後はお腹いっぱい
食べれればいいや」
くー
きぬ
「おぉ、ガム食べてたらボクのお腹が
本格的なメシよこせって咆哮したよ」
スバル
「本能に忠実なやっちゃ。よし帰るぞ」
……………………
レオ
「かんぱーい!」
新一
「っというワケでささやかな歓迎会っス!
そこらへんの惣菜しかありませんけど
味はいいものを選んできました」
スバル
「まぁ、これからヨロシクっつー事で」
きぬ 無音
「もぐもぐ(←ただ一心に食う)」
乙女
「……お前達」
乙女
「ありがとう」
ペコリ、と頭を下げる乙女さん。
乙女
「嬉しいぞ」
乙女
「お前達の事少し誤解していた。許せ」
きぬ
「どーせちゃらんぽらんな人間だと思ってたんでしょ
失礼だよね淑女に向かって」
スバル
「淑女は口の中にモノいれたまましゃべらねぇぞ」
新一
「まぁ一杯どうぞ。ウーロン茶ですけど」
乙女
「あぁ。すまない」
新一
「美人のお酌が出来て光栄っス」
乙女
「てっきり調子に乗って酒でも
買ってくるかと思ったぞ」
新一
「やだなぁ、俺たち常識は守りますよ」
乙女
「助かる。こういう席で固いことは言いたくない」
新一
「いえいえ、乙女さんの説教は心に響きますから」
きぬ
「あいつの卑屈さ100万馬力だね」
レオ
「まぁフカヒレだからね」
きぬ
「強いものにすがって生きていくしかないもんね
フカはフカでもコバンザメ」
新一
「俺としては、身近に美人の女性が越してきたのは
嬉しい限りっス」
新一
「周りに女ッ気なかったからなぁ」
きぬ
「何だよソレ、ボクが目の前にいるだろ!」
新一
「……ハッ!」
きぬ
「んだよ?」
新一
「小さい子ならいいけど、その歳でバスト
80いってねぇ生物を俺は女と見ないんだ」
きぬ
「しっ、身体的特徴を指摘しやがったな……
ブサイクのクセしやがって」
新一
「ブッ……ブサ……? 男子の面体を何だと
思っていやがる」
乙女
「おい、喧嘩はやめろ」
スバル
「そうだぜ。メシがまずくなる」
乙女
「鮫氷(さめすが)。女の子に向かって
そういう事を言うのは良くない事だ」
乙女
「嫌われてしまうぞ?」
新一
「うっ、嫌われるのはキツイっス」
乙女
「蟹沢も。ブサイクは無いだろう」
レオ
「そうだぜ、本当の事を言ってんじゃねぇよ!」
スバル
「ハゲにハゲっつーのは、いけないことだろ?」
新一
「お前達の優しさに目からしょっぱい水が出るぜ」
きぬ
「気にしている事言った報いだね。
ボク、悪いなんて思ってないからな」
がるる、と威嚇するカニ。
乙女
「そんなに気にする事は無いぞ
顔がそれだけ可愛ければ良いじゃないか」
乙女
「お前は瞳も大きくて綺麗な色をしているしな
うらやましい」
きぬ
「……」
レオ
「あ、電話」
乙女
「ああ、おそらく私の自宅だ
8時に電話をかけると言っていたからな
ちょっと出てくるぞ」
きぬ 無音
「……」
きぬ
「乙女さんってさ、なんかカッコイイね」
スバル
「ちょっと褒められただけで
いきなりさん付けかよオイ」
きぬ
「でも、ボクにそんな事言ってくれた人
初めてだよ、いつも皆バカにしててさ
何度枕を濡らしたことか」
レオ
「お前クチあけて寝てるからだよ」
きぬ
「ヨダレじゃないって! ボクみたいな
雪の結晶で出来たような可愛い女の子は
そんなもの分泌しないの!」
レオ
「痛ぇな、蹴るなよ」
きぬ
「なんか今までの罪は許してあげて
先輩らしく扱ってあげようと思ったわけさ」
レオ
「そもそもあの人は罪なんかやらかしてない
気がするけどな」
きぬ
「これだけ野郎がいて、ボクをときめかせたのは
乙女さんだなんて、情けない連中だね」
スバル
「はっ、言ってろ」
新一
「つーか、俺に対するフォローが無いんですけど」
レオ
「男は顔じゃねぇ!」
新一
「違う! 否定するトコからはじめてくれ!」
あーもう、騒がしい。
……………………
新一
「よし、宴もたけなわという事で隠し芸行こうぜ」
きぬ
「はーい! 1番蟹沢きぬ、モノマネいきまーす」
きぬ
「俺、対馬レオ」
きぬ
「その時のテンションに身を任せるなんて
愚かなことだ……くだらない」
きぬ
「あぁ、姫、姫キレイだなぁ〜 たまらないな〜
でもテンションに身を任せたくないしな〜」
レオ
「それが、この俺だというのか?」
カニの頬をグイッと引っ張る。
きぬ
「ふは、はひほふるははへ(うわ、何をする離せ)」
スバル
「いやコレ似てるぜ」
新一
「っていうかそっくりで面白(おもしろ)!」
乙女
「特徴をよくとらえているな」
え、俺ってこんなんだったん?
ショック。
乙女
「よし、それでは私が行こう」
きぬ
「ええ!? 何かできるの?」
レオ
「意外だ」
乙女
「2番、鉄乙女」
レオ
「はいどうぞ」
乙女さんにりんごを手渡した。
乙女
「? なんだこのリンゴは」
レオ
「リンゴを片手で握りつぶす、とかじゃないの?」
乙女
「“乙女”がそんな事できるか!」
乙女さんがグッ、と手に力をいれると
リンゴはグシャッと砕け散った。
きぬ
「うわ、スッゲェ……」
乙女
「……まぁこれは置いといてだな」
乙女
「私がやるのは手品だ。そうだな……この
10円玉でやるとしよう」
乙女
「この10円玉が2つに増える」
手のひらに10円玉をグッ、と握る。
乙女
「ワン、ツー、スリー!」
手のひらを開く。
乙女
「……む」
レオ
「一枚のままだよ?」
乙女
「く、また失敗か」
乙女
「本当は増えるはずなんだが……
なぜ増えないんだ」
いや、逆ギレされても……
乙女
「すまん、修行不足だ」
乙女さんが無念そうに10円玉を握り締める。
……10円玉は2つにへし曲がった。
きぬ
「うわぁ、またまたスッゲェ! 2つに折れた」
スバル
「底知れない人だな……俺には出来ないぞソレ」
レオ
「っていうか」
レオ
「手先が不器用なのに手品なんて何故?」
乙女
「む。……それは秘密だ」
うーむ、ミステリアス。
乙女
「いつか成功したものを見せてやるからな」
盛り上がったのに乙女さんは悔しそうだった。
そんな感じで宴は続く。
乙女
「レオ、お前は彼女とかいないのか?」
新一
「いませんよ」
レオ
「何故お前が答える、しかも嬉しそうに」
新一
「というか、俺達全員フリーです」
新一
「レオは霧夜エリカファンクラブ会員ですけどね」
レオ
「……口の軽いヤツ」
乙女
「霧夜エリカ。つまり姫か」
乙女
「ほう、レオは姫のようなタイプが好みか」
レオ
「好みというか……憧れというか」
新一
「俺達、応援してるんだけどね。レオの恋路」
スバル
「相手が姫だから仕方ない部分もあるが
こいつ奥手だからさ、やきもきしてるんだよ」
乙女
「……ふむ」
しばらく考えるような素振りをした乙女さんが
顔をあげる。
乙女
「お前達はなんだかんだで仲が良くていいな」
乙女
「……月曜の放課後、ちょっと連れて行きたい所が
あるんだが教室で待っててくれないか?」
新一
「どこスか?」
乙女
「それは行ってのお楽しみだ」
なんか微妙に気になるな。
……こうしてそれなりに楽しい歓迎会は終わった。
時間は夜9時。
スバル
「そんじゃ、今夜はオレら帰るわ」
レオ
「頼む1人にしないでくれ」
新一
「初夜」
レオ
「だからやめてくれ」
新一
「まぁ、このコったら緊張してますわ」
レオ
「意識せずにはいられないんだ」
きぬ
「あはは、なんか今のレオ初心(ウブ)で可愛い♪」
何が嬉しいのかカニがまとわりついてくる。
レオ
「うっせ」
きぬ
「いつもそんな感じならボクの子分にしてあげるのに
残念ですたい」
レオ
「何故か夜になると意識が高まる」
きぬ
「ボクで美人には耐性ついてないの?」
レオ
「お前でつく耐性は子犬だけだ」
きぬ
「可愛い系ってコトかな?」
遊んでーってうるさくても我慢できる。それだけ。
スバル
「カニは例外として、こんな時間まで女が
いた事はねぇからだろ?」
レオ
「……」
スバル
「1階と2階、明鏡止水だ純情少年」
新一
「ああ羨ましい……」
きぬ
「どーでもいーよ」
好き勝手な事を言うとアイツらは去っていった。
新一
「あ、そういえばさ」
レオ
「な、なんだよ帰ってなかったのか」
新一
「お前が持ってるエッチな本どうする?
ゲームとかも。
あずかってやろうか?」
レオ
「……」
新一
「数はそんなんじゃないけど
見つかったら困るだろ」
レオ
「そうだな、悪いが頼めるか?
最初の部屋チェックが終わるまでで充分だ」
新一
「OK」
レオ
「お前、気が利くな」
新一
「この恩は覚えておいてくれよな」
フカヒレは俺からエログッズをふんだくると、
大事そうに抱えて帰っていった。
レオ
「意識するなって言われても」
昼は2人きりでドキドキとか言っておきながら。
夜に2人きりは気まずい、勝手に緊張してしまう。
あぁ、俺は乙女さんの言うとおり
確かに臆病(チキン)なんだな。
喉が渇いたので、水分を求めて一階へ。
――ん?
お風呂場の方から声がする。
乙女さんが呼んでるのかな?
レオ
「……確かに声がしたはず」
乙女
「〜〜〜♪」
風呂で歌ってる!?
引っ越してきたばっかなのに?
乙女
「〜♪」
やっぱりただもんじゃねぇ。
………………
乙女
「風呂が空いたぞ、入ったらどうだ」
レオ
「――あ、ああ」
湯上りの姿。
白い肌が、ほんのり上気して紅くなっている。
なんか色っぽいぞ……。
これが3年生、年上の人!
レオ
「でも俺、冬以外はシャワーで済ませてるんだ」
乙女
「風呂は疲れをとってくれる、入ったほうがいい」
レオ
「分かった」
乙女さんは気にしていない様子。
やってきたのはそっちなのに不公平だ……。
乙女
「何だ? まだ何かあるのか?」
レオ
「あ、いや。テレビとか勝手に見ていいから」
乙女
「ありがとう。まぁこの時間は勉強するが」
真面目だなぁ、この人。
乙女
「何かあれば部屋にいるからな」
レオ
「うん」
わざわざ風呂洗って湯をいれてくれたのか。
じゃあ入るかな。
……俺の使っていないシャンプーの匂い。
甘い匂いがする。
うーん、フクザツな気持ち。
レオ
「シャンプー、ボディソープ、etc……」
俺の横に乙女さん用のがズラリと並んでる。
久しぶりの湯船でリラックスする。
乙女
「レオ聞こえるか」
レオ
「は、はい?」
乙女
「肩までつかり、100まで数えるんだぞ」
レオ
「……あ、あぁ」
な、何だあの人は、何のつもりだ。
――姉と思って構わない。
ああそうか、姉のつもりか。
……一瞬背中流してくれるかと思ってしまった。
フカヒレじゃあるまいし、反省。
………………
風呂からでて、さっぱりして歯磨き。
あ、乙女さんの歯磨きもすでに設置してある。
すげぇ手際いいな。
乙女
「隣、邪魔するぞ」
レオ
「あ、俺終わるから」
乙女
「待て」
乙女
「歯磨きの時間、短くないか?」
レオ
「んーそうかな」
乙女
「いつも歯をどう磨いているかやってみろ」
レオ
「こんな感じで磨いてるけど」
乙女 共通
「……ふむ」
乙女
「犬歯の磨きが甘いな。ちょうどカーブする所に
あるから犬歯は磨きずらいんだ」
乙女
「こういう風に、歯ブラシを縦にして磨く」
レオ
「わ、分かった」
乙女
「ちょっとやってみろ」
レオ
「こんな感じ?」
乙女
「もっと力強くだ」
レオ
「こう?」
乙女
「うん、よく出来たな」
乙女
「後は一番奥の歯の裏側だ、普段どう磨いている?」
レオ
「一番奥は……こうかな」
乙女
「そのやり方では手ぬるい」
乙女
「奥歯の裏側は歯ブラシが当たりにくい。
だから。親知らずとかは虫歯になりやすい」
乙女
「ちょっと歯ブラシ貸してみろ」
乙女さんに歯ブラシを渡す。
乙女
「口を開けろ、思い切りでなくていい」
素直に俺を開ける俺。
乙女
「こうだ。頬の骨に当たるぐらい奥まで入れろ」
ぐお、歯ブラシ口の中にいれられた。
乙女
「また自分で磨いてみろ」
ごしごし。
乙女
「どうも生ぬるいな」
乙女
「しゃがめ」
勝手に体が動いてしゃがんだ。
乙女さんがスッ、と後ろにまわる。
乙女
「また歯ブラシ貸せ。こうだ、こう磨く」
しゃこしゃこ
乙女
「やはりお前はだらしない、世話が焼ける」
ちょっと嬉しそうに聞こえたんだけど気のせいか?
なんか他人に歯ブラシしてもらうって
フクザツな気持ち。
気持ち良いけどバツが悪いっていうか。
乙女
「磨き方分かったか?」
レオ
「う、うん」
歯ブラシ1つとってもこの騒ぎか。
乙女
「口うるさく言いたくないがな。
これも虫歯防止のためだ我慢しろ」
夜の11時か……。
レオ
「乙女さんは何時頃寝るの?」
乙女
「私は6時間寝れば充分なタイプだからな
11時に寝て5時起きぐらいだ」
レオ
「ごっ……」
乙女
「だが、ここで引っ越してきた益が生まれる。
6時起きで充分という事になるからな」
乙女
「つまり12時に就寝という事だな」
乙女
「大人だろう」
レオ
「いや、俺それぐらいまで余裕で起きてるけど」
レオ
「ガッコがある時は1時寝、8時起き」
乙女
「――む、そうなのか?」
乙女
「同学年の友人からは、寝るの早い方だと
良く言われるが、まさか年下にも負けているとは」
レオ
「起きるのが早すぎ」
乙女
「早朝トレーニングは日課だからな」
乙女
「冬などはランニングする時に霜柱を
踏むわけだが、サクサクしてて気持ちいいぞ。
朝は空気もクリアだしな」
レオ
「なるほど……」
レオ
「それじゃあ俺は部屋へ上がるよ」
乙女
「少し時間いいか」
レオ
「?」
乙女
「明日は日曜だしな。少し夜更かしするんだ」
乙女
「部屋を見せてもらうのがまだだったろう」
乙女
「それによってお前の明日のスケジュールが決まる」
レオ
「それ、散らかってたら片付けろ、という事?」
乙女
「無論だ」
乙女
「部屋は衛生的であることに越したことはない」
レオ
「分かった、じゃあ見てもらいましょう」
乙女
「――お、ここがお前の部屋か」
乙女
「ふむ、ふむ」
乙女
「なんだ、思ったより片付いているな。問題ない」
なんか少し残念そうなのは何故?
乙女
「好きなアイドルのポスターが1つや
2つ、貼ってあるものかと思ったぞ」
レオ
「いや、貼ると何故かカニが」
きぬ
「グラマーか! お前グラマーがいいのか!
おっぱいだろ、この脂肪の塊がいいんだろ?
男はそんなんばっかやね!」
レオ
「とか、胸への嫉妬丸出しのキレ方をするんで
貼らないようにしてる」
乙女
「ふふ、懐かれている証拠だ」
乙女
「書物の棚は、ほとんど漫画だな」
レオ
「これぐらいの歳ならそんなもんだよ」
乙女
「まぁそうだろうな、別に悪いとはいわん」
乙女
「だが、もうちょっと普通の文学も
読んだほうがいいぞ。武者小路実篤などがいい」
レオ
「はぁ……」
乙女
「む」
ピキューン、と目が光ったように見える。
乙女
「この箱は何だ?」
レオ
「あぁ、それパソコン」
パソコンを箱と呼ぶとは。
乙女
「パソコンはこっちじゃないのか?
学校にあるのはこういうタイプだが」
レオ
「モニターはね。本体はこっち
学校のはノート型なんでしょ」
乙女
「そ、そうなのか? 箱が本体なのか?」
乙女
「……どうもそっち方面は疎くてな」
乙女
「これはゲーム機だな、知ってるぞ」
レオ
「まぁ世界的に発売されてるからね」
乙女 無音
「……」
レオ
「随分ジロジロ見るね」
乙女
「男子の部屋なんて弟や祖父のぐらいしか
知らないからな」
レオ
「男と付き合ってた、とかないの」
乙女
「そんなものはない。文句あるか?」
いや、威張るように言う事じゃないだろう。
隅々まで観察する乙女さん。
乙女
「引き出しの中はノートや教科書か?」
レオ
「まぁね、調べてもいいよ」
乙女
「そこまではしない」
乙女
「教科書で思い出したが。勉強、
私は1つ下に教えてやるぐらいの学力はある」
乙女
「せっかくの機会だ、わからない事は
私に聞いて学力を伸ばせ」
レオ
「うん、じゃあ次の機会でも」
乙女
「遠慮はするな、姉なんだからな」
そして、再び物色再開。
フカヒレにエログッズ預けて良かった。
乙女
「これは随分と古いがケン玉だな」
レオ
「実は隠し特技なんだ。小さい頃
さりげなく練習してたから」
乙女
「ふむ、これはボトルシップというヤツか?」
レオ
「ちょっとタイム」
乙女 無音
「?」
レオ
「俺、何ていうかその、ボトルシップ製作が
趣味で……」
レオ
「うっかりそれをけなされたり注意されたり、
触られたりするとキレるから気をつけて」
乙女
「人の趣味をけなしはしないが、触るところだった」
乙女
「分かった、以後これには触れぬことにしよう」
レオ
「助かる」
乙女
「お前にも夢中になれるものがあって良かった」
乙女
「他にはそういうのないか?」
レオ
「うん、多分大丈夫」
レオ
「乙女さんはどう? 触れちゃいけないものとか」
乙女
「私は大丈夫だ」
そう言って再び部屋を見回す。
乙女
「総括して衛生状態はセーフだな」
……日頃片付けておいて良かった。
乙女
「では、そろそろ私は寝よう」
乙女
「おやすみ」
レオ
「おやすみ」
颯爽と去っていく。
寝る直前までキビキビした人だ。
携帯が震えた。
レオ
「もしもし、どうしたフカヒレ?」
新一
「いや、様子はどうかと思って……」
新一
「緊張して眠れないんだよ」
レオ
「いや、何でお前が勝手に緊張してるの?」
新一
「だってあんな美人が1つ屋根の下なんてズルイよ」
レオ
「そうだ。エログッズ明日返してくれていいぞ」
新一
「ええ、もう?」
レオ
「あぁ、さすがに机の引き出しを調べたりする人
じゃなかった」
新一
「分かったよ、明日持ってく」
新一
「……なぁなぁ、乙女さんもう寝たの?」
レオ
「あぁ」
新一
「そ、そうかもう寝たのか……ハァ……ハァ……」
俺は電話を切った。
あんなエロ男の相手はしてられない。
今日は激動の一日だったな。
明日はどうなるんだろう――――。
気ままな日曜日。
――のハズが!
乙女
「おい、起きろ」
乙女
「もう9時だぞ。いつまで寝ている」
レオ
「あぁ……おはよう……」
乙女
「8時間ぐらい寝ているはずだぞ」
レオ
「いや、休日だから惰眠をむさぼろうかと」
乙女
「疲れが溜まっているのか? マッサージするか?」
レオ
「そーいうワケじゃないけど休日はなんとなく」
乙女
「そんな理由では寝かせてはおけないな」
乙女
「さぁ起きろ。人生はやる事がいっぱいあるんだぞ」
レオ
「あー、もう。なんでそんな元気なんだよ」
乙女
「お前寝起きは少し言葉遣い荒いな」
乙女
「顔を洗ってスッキリしてこい」
乙女
「それとも、本当に辛いのか? それならそう言え」
レオ
「や、大丈夫。起きるよ」
乙女
「お前、いつもそんなフラフラしながら
階段を下りてたのか……危なっかしい」
すっ、と体を支えてくれる。
口うるさいがいい人だった。
顔を洗って、ようやく現状を把握する。
洗濯物が……無い。
乙女
「洗濯はとっくに済ませておいたぞ」
乙女
「洗濯機がウチと同じ型で助かった
血の滲む特訓で覚えたからな」
レオ
「むむ」
お、俺のパンツまで干してある……
レオ
「乙女さん、いいよ洗濯は俺がやるって」
乙女
「私の衣服はやはり私が洗いたいのだが?」
乙女
「ことのついでにお前のも洗ってやる、何が不満だ」
レオ
「いいけど、男物のトランクスなんて乙女さん
平気なの?」
乙女
「あぁ、私はいつも家族のを洗ってるからな」
乙女
「そんなことでいちいちキャアキャア
言っていられるかアホらしい」
たくましい人だな。
乙女
「さぁ、朝食にしよう。正直私は腹が減った」
レオ
「構わず食えばいいのに」
乙女
「食事はできるだけ大勢の方が楽しいだろう」
乙女
「これは我が校、生徒会長のお言葉だぞ
私もそう思うしな」
レオ
「生徒会長って姫……そんな事も言うんだ」
乙女
「食事をしながら、家事の役割分担についても
決めておこうと思う」
レオ
「そうだね」
でも乙女さんが作った朝飯か。
ちょっと楽しみだ。
レオ
「……」
乙女
「さぁ食べよう」
乙女
「……恥ずかしながらな、私は料理できないんだ
勉強不足というのも勿論あるがそれ以前に、その」
レオ
「その?」
乙女
「……不器用でな。直そうと努力はしているんだが」
レオ
「あれま」
乙女
「だが、そんな私でもこれだけは作れる」
レオ
「おにぎり?」
乙女
「何故疑問系なんだ」
乙女
「どこからどう見てもおにぎりじゃないか」
レオ
「まぁ……ね」
乙女
「少しいびつかもしれんが、味は保証する」
レオ
「頂きます」
もぐ……
乙女
「……どうだ?」
レオ
「あ、美味い……昆布入り」
乙女
「そうか! 良かった! どんどん食べてくれ」
乙女
「その握りには春菊が、こっちには三つ葉が
入っている、野菜分はそこで補給しろ」
レオ
「へぇーこんなのでも具になるんだ」
乙女
「あぁ、何でも具になるもんだぞ」
えへん、と乙女さんは胸を張って言った。
乙女
「で、家事分担の話だがな」
乙女
「洗濯や掃除は私が引き受けた。
というか、自分でやらねば性に合わん
これらは不器用でも何とか出来るしな」
これで衛生的な家が約束された。
乙女
「私の食費は、ご両親からの仕送りが増えるという
話になっているから大丈夫だと思う、
問題あれば言ってくれ」
レオ
「了解」
乙女
「さて残る炊事だが、これは交代制で行こう」
レオ
「――いや、実は、俺も料理さっぱり」
乙女
「何? 話では自炊していると聞いたが」
レオ
「あ、あぁ、あれは嘘というか――」
乙女
「嘘……だと。また嘘をついたのかお前」
射殺すような視線で見られる。
どうやら嘘は真面目な乙女さんにとって
禁句ワードの予感。
レオ
「い、いや、親を安心させるためだよ。ほ、ほら
心配かけちゃ悪いでしょ?」
乙女
「それでは今までは何ですませていた?
いわゆるコンビニ弁当なのか?」
レオ
「……あー、それは」
レオ
「それじゃ、その答えは今日の夕飯で
お目にかけます。夕飯は任せて。
食材の買い物とかも必要ないから」
乙女
「……? まぁいい」
乙女
「買い物で思い出したが。
都合のいい時にでもこの辺、案内してくれ」
レオ
「いいよ、今からでも行く?」
乙女
「学校から近いからな。
大まかな事は把握しているから急は要さない」
乙女
「それよりも今日は家の掃除だ
細かい所が汚れているからな
大掃除して気持ちよく住もう」
真面目な人だな……。
乙女
「ところで、こっちの握りも食べてみろ」
差し出される。
レオ
「これは具は何?」
乙女
「切り干し大根だな。ヘルシーだろ」
ほんと何でも具になるな。
………………
真面目に大掃除。乙女さんは庭の雑草むしり。
乙女
「細かい作業は苦手だからな。
こういう単調な力仕事が性に合ってる」
レオ
「それじゃ俺はどうする?」
乙女
「床を磨いておけ」
仕方ないな……。
雑巾につける洗剤の予備は、洗面所か。
………………
新一
「乙女さんに見つかるとマズイから
窓から侵入したぜ!」
新一
「……って、レオいないじゃん」
新一
「せっかく人がエログッズ返品しに来たのに。
まぁいいや、机の上にでも置いとくぜ」
新一
「……」
新一
「それにしても男と女が1つ屋根の下なんて、
俺が持ってるエロゲーだったら確実に
CG回収ポイントだぜ」
新一
「はっ、まさか昨晩レオのベッドで
乙女さんが寝たのではあるまいな!?」
新一
「クンクン!」
新一
「うげぇ! レオの匂いしかしねぇ!!」
コンコン。
乙女
「おいレオ、ちょっといいか?」
新一 無音
「(まずい! 窓から退散だ!)」
乙女
「入るぞ」
乙女
「……なんだ、ここにいないのか?
あいつ床掃除さぼって何をしているんだ」
乙女
「ん、この本は“世界の建築学を考察”?」
乙女
「ふふ……真面目な本を読むじゃないかあいつ」
ペラ……。
乙女
「“淫肉がグイッと押しひろげられると、先端の
部分がぬめった粘膜に包まれた。その甘い感覚に
舌なめずりをしながら腰を突き出していく”」
乙女
「……なんだ、これ?」
ペラ……
ペラ、ペラ…………
………………
レオ
「乙女さーん、床を磨く時のやり方なんだけど」
レオ
「あれ、いない」
レオ
「どこや」
レオ
「ここや」
レオ
「って うぉぉ! 何でその本がここに?」
乙女 無音
「……(ジロ)」
レオ
「う……」
ここで気圧されてはいけない。
レオ
「乙女さんちょっと! 何見てるんだよ!」
乙女
「お前、随分と奇抜な建築学を学んでいるようだな」
カモフラージュが逆に興味を引く結果になるとは。
乙女
「まぁ、お前も年頃の男だから仕方ないか」
菩薩のような笑み。
レオ
「そ、そうそう」
乙女
「――なんて言うと思ったか」
真顔で言われた。
乙女
「内容が見るに耐えない。汚らわしい」
乙女
「お前、スケベなんだな」
軽蔑した眼差し。
レオ
「そんな言われるほどじゃないさ」
レオ
「フカヒレん家なんて、部屋の中で
手を伸ばせば必ずエロ本がとれるぐらい
腐敗してるんだぞ!」
乙女
「うるさいスケベ!」
レオ
「……ぐ」
乙女
「女同士がからみあってるこの本なんぞ、
理解できん。非生産的で良くない」
パラパラとページをめくる乙女さん。
ペリッ
乙女
「なんだ、ノリがはられてるぞ」
ペリペリ。
乙女
「ん、こっちもだな」
……フカヒレの野郎……!
人の本汚すか普通!
レオ
「乙女さん、もう本を読むのはやめてくれ」
乙女
「言わずとも読むものか、こんなもの」
レオ
「俺、ちょっとある男を殴りに行ってきます」
乙女 無音
「……」
……………………
レオ
「ふぅ、あの野郎寝てたからキツイパンチを
顔面にめりこませてやったぜ」
レオ
「……って、あの本は?」
乙女
「ゴミに出しておいたぞ」
レオ
「な!」
乙女
「ゴミだからだ」
乙女
「ゴミに出す時、通常の雑誌を上に乗せ
カモフラージュせねばならなかった」
乙女
「その行為自体が惨めだったぞ、全く」
レオ
「人の物を勝手に捨てるのはどうなんすか乙女さん」
乙女
「お前あれが宝物だったとでもいうのか」
レオ
「う」
乙女
「捨てられて怒り狂うほど大切だったのか」
レオ
「い、いや……」
乙女
「くだらん、あんな本は読むな」
レオ
「あのね」
乙女
「うるさいスケベ」
レオ
「はい、すいません」
乙女
「暇を持て余している証拠だぞ。体を動かせ」
ちくしょー、乙女さん分かってないよ。
俺達、年頃の男の飢え加減を。
まぁいいや。
レオ
「本当に大事なH本は、机の引き出しの中を
2重底にしてストックしてあるからな……」
ダミーとはいえ、結構な損害だったが。
まぁフカヒレ汁がついた本だし仕方あるまい。
乙女
「おいボサッとするな、床磨きをしろ」
レオ
「押忍!」
乙女
「しっかりな」
……しっかり、ねぇ
しっかりやる
適度にやる
よし、やるからには気合をいれよう。
俺は頑張って掃除した。
床を丁寧に磨き。
壁に汚れがあれば、洗剤をかけてふきとった。
乙女
「どうだ、はかどっているか?」
レオ
「ばっちり」
乙女
「うん、綺麗になっているな」
乙女
「良く出来た。この調子だ」
褒められました。
レオ
「……はっ!」
今、俺かなり嬉しかった。
この調子で頑張ろうと思った。
恐ろしい、これが教育というものか。
レオ
「ま、それなりにノルマをこなそう」
乙女 共通
「どうだ、はかどっているか?」
レオ
「うん」
乙女
「む、まだ細かい汚れが残っているな
見ろ、例えばここの壁の汚れ」
乙女さんは洗剤をかけて、そこを
雑巾でゴシゴシとこすった。
乙女
「こうやって丁寧にやっていけば綺麗になる」
乙女
「自分の住む家だろう、気合をいれてやれ」
くそう、妥協は許されないのか。
はぁ、午前中は働いたな。
乙女
「手は石鹸をつけてしっかり洗ったな?」
レオ
「うん」
乙女
「じゃあ昼食にしよう」
また、おにぎり……。
レオ
「乙女さん、本当におにぎり好きだね」
乙女
「ああ、大好きだ」
満面の笑顔で言われた。
乙女
「完全に別腹だ。いつでも何個でも食べれる」
……ひょっとして朝、昼、晩ずっとコレ?
俺は恐怖した。
いや、確かに美味しいのだが。
さすがに握り飯を主食にする気は無い。
確かに家事は交代制がベストのようだ。
乙女
「その中にはピーマンのつくだ煮が入っている」
乙女
「こっちは、わさびだ。肉を食いたかったら
のりの巻いているこっちだな、中に
食材であったから揚げをいれておいた」
レオ
「うん美味い」
乙女
「気合いれて握ったからな」
レオ
「乙女さんはどの味が好きなの?」
乙女
「良く聞かれるが困った質問だ」
乙女
「みんな好きではダメか?」
乙女
「こんな美味いものを1つに選べとは
酷というものだぞ……」
レオ
「そんなマジにならなくても」
………………
食後はまったり。
乙女 無音
「……」
良かった、さすがにこの人も1日中
俺に構い続けるわけではなさそうだ。
常時うるさく言われてはハゲてしまう。
乙女さんがいれてくれた緑茶を飲む。
レオ
「これ渋くない?」
乙女
「渋いな」
乙女
「……分量は間違えなかったつもりだが
すまん、手先には自信が無い」
レオ
「やってもらった手前文句を言うのは
申し訳ないんだけどね」
乙女
「黙って心の中で文句を言われるよりずっといい」
乙女
「ところで、これはさっき庭を手入れしていたら
近所から回ってきたものだが」
レオ
「あぁ、回覧板」
乙女
「近所でコソ泥が2件ほどあったようだな」
レオ
「へぇ、こんな事件は珍しいな」
レオ
「ここら辺は治安いいのに」
乙女
「……もし盗人など入ってきても
交戦しようなどとは考えるなよ。
自分の命だけを考えて逃げろ」
乙女
「盗人は私に回せばいい。刺身にしてくれる」
レオ
「それは危ないよ」
乙女
「何を言う、お前に任せた方がよほど危ない」
レオ
「乙女さん女のコ」
レオ
「俺、男のコ」
レオ
「男、戦う。OK?」
乙女
「何を言うかと思えばくだらない」
乙女
「弟は姉の後ろに隠れていればいい。守ってやるぞ」
レオ
「それは情けない」
レオ
「男のプライドにかけて女のコに
そんな事はさせられない」
乙女
「プライドとは己を鍛錬し続ける事で
初めて出来上がる気高いモノだ」
乙女
「お前ごときがその台詞を口にするのは
10年早いんじゃないのか」
レオ
「うわーすげー言われ放題だ」
乙女
「文句あるようだな」
乙女
「よし、この家での上下関係をハッキリさせる
丁度良い機会だ」
乙女
「私と勝負しろ。勝ったほうが地位が上だ」
レオ
「別にタテの関係なんて必要ないよ」
乙女
「おおいにある!」
レオ
「おおいにあるのですか?」
乙女
「有事の際に、私の命令にスムーズに
従ってもらうためだ」
レオ
「……種目は?」
乙女
「腕相撲にしよう。男が有利な種目だろ」
レオ
「なんでわざわざそんな不利なもので」
乙女
「私を姉だと思う心が欠けているからだ」
乙女
「お姉ちゃんは強いという所をみせてやらないとな」
乙女
「現在、お前が思ってるこの家における
ヒエラルキーはこんな感じだろう?」
乙女=レオ=スバル > カニ=フカヒレ
レオ
「おお、なかなか的を射てる」
レオ
「……でも友人関係じゃなくてこの家の
ヒエラルキーでしょ?……正確には」
乙女=レオ=スバル >>> 冷蔵庫 >>>
カニ >>> ボディソープ >>>>フカヒレ
レオ
「こんな感じ」
乙女
「石鹸より低い奴がいるのは驚きだが……
こうしてもらう事が理想だ」
乙女>>>(超えられない壁)>>>
>>(断崖絶壁)>レオ=スバル>>>>(以下略)
レオ
「乙女さん居候なのにトップに立とうというの?」
乙女
「当然だ。私はお前より年上なんだぞ」
乙女
「何度も言うが、姉が弟の上に立つのは当たり前だ」
乙女
「来い。私は片手だがお前は両手で勝負していいぞ」
レオ
「乙女さんさ、俺を舐めすぎ」
乙女
「いいから来い。瞬殺してやる」
ガシッ! と手を握る。
こんな繊細な手で何が出来るというのだ。
レオ
「いくよっ、はっけよい!」
ドゴッ!
レオ
「……え?」
両手なのに、俺はあっという間に敗北した。
乙女
「これが現実だ。私が上、お前は下」
レオ
「も、もう1度!」
ドゴッ!
レオ
「そんな……乙女さん片手なのに……」
乙女
「ふん、弱すぎる」
レオ
「認めないぞ! もう1度!」
乙女
「フッ、その心意気は買おう! 何度でも来い」
ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!
レオ
「ぐ……う……そんな……女に負けるなんて」
何度も叩きつけられた手の甲が痛い。
乙女
「涙が出るほどショックならやらねばいいだろう」
乙女
「お前は腕相撲で私に勝てた事が無い
昔も今もだ」
レオ
「……乙女さん、本当に女?」
乙女
「失礼だなお前は! 乙女という名前が
それを雄弁に物語ってるだろう」
乙女
「毎日の鍛え方が違う。お前が惰眠を
むさぼっている間に私は体を鍛錬し続けた」
乙女
「男だから、とか女だから、とかは関係ないんだ」
乙女
「お前は弱いから私が守ってやる、それだけだ」
レオ
「く……」
乙女
「年上なんだ、別にいいじゃないか」
くそ、こんな白くて柔らかい手なのに、どこに
そんな強大なパワーが。
乙女 無音
「……」
しかし、キレイな手の形してるな乙女さん。
乙女
「おい、人の手をあまり撫で回すな
種も仕掛けもないぞ」
レオ
「ご、ごめん」
乙女
「まぁ悔しかったら鍛錬すればいいさ」
乙女
「それと、とにかくおにぎりを食べろ。
案外それが強さの秘訣かもしれないぞ」
レオ
「それはないと思うけど……」
乙女
「何だと」
レオ
「え、そこでキレるの!?」
レオ
「はぁ、腕相撲で女の子に完敗かぁ」
乙女さんが女子プロレスラーみたいな、
頑強なイメージがあるならともかく。
スラッとした感じの美人だから
こんなに悔しいんだよな。
レオ
「体、少し鍛えてみようかな……」
キュピーン!
レオ
「(げぇっ!)」
乙女さん目が獲物を狙う鷹のような目になる。
自分の失言に気づいた。
レオ
「あの、やっぱり俺」
乙女
「よし、早速始めよう」
確かに聞こえる。
俺が頼んでもいないのに。
よし、私がコーチをしてやろう、という
乙女さんの心の声が――。
乙女
「まずは基礎体力がどれくらいあるか見せてもらう」
レオ
「本格的だね」
乙女
「安心しろ、つきっきりで見ていてやるから」
レオ
「いや、でも」
乙女
「見ていてやるからな」
回避不能らしい。
……………………
レオ
「はぁ、はぁ、はぁっ」
腹筋やら腕立てやら走りこみやら、色々やった。
乙女
「平均より上の体力だというのは良く分かった
これを参考にメニューを組もう」
乙女
「これぐらいは、こなせるようになれよ」
逆立ちして、片手で腕立てをはじめた。
レオ
「……それは多分無理なんじゃないかな」
レオ
「あ――動いたら腹へった」
乙女
「そろそろ夕飯にとりかかってもいい時間だが」
乙女
「夕飯はお前に任せてもいいんだったな?」
レオ
「まぁね」
俺は携帯でいつものヤツに電話した。
レオ
「……あぁ、今日はもう1人いるから、そう、頼む」
レオ
「もうすぐシェフが来る」
乙女 無音
「?」
20分経過。
スバル
「オッス。オラスバル」
乙女
「シェフ?」
レオ
「いつものお任せコースで」
スバル
「あいよ。それじゃ腕をふるいましょうか」
テキパキと作業するスバル。
乙女さんと俺はテーブルでその後ろ姿を見ていた。
スバルが タタタ、と慣れた手つきで野菜を刻む。
乙女
「おおっ、鮮やかじゃないか、なぁ?」
感心していた。
レオ
「乙女さんだと、まな板割っちゃいそうだね」
乙女
「失礼だな、3回に1回ぐらいだ」
割ってたのかい。
乙女
「凄いな、伊達は陸上部だろうに。意外だ」
スバル
「料理に部活は関係ない……ぜっ」
勢い良くフライパンでジャッ、ジャッと
かきまぜる。
乙女
「……斬新な光景だな」
乙女さんは驚きっぱなしだ。
レオ
「ふふふ、どうだすごいだろ参ったか」
乙女
「あぁ、たいしたものだ」
乙女
「だが何故お前がそんな得意気なんだ、
お前を褒めてるんじゃないぞ」
スバル
「ヘイ、お待ち。カリフラワーと豚肉の甘酢炒めを
メインに和風っぽくいってみたぜ」
乙女
「頂きます」
乙女
「む……美味い」
レオ
「そんなに豪勢な食材じゃないのに美味いっしょ」
乙女
「だからお前を褒めてるわけじゃないぞ」
乙女
「野菜サラダもあって栄養バランスもとれている。
見事だがこれでは、女として立つ瀬が無いな」
乙女
「丁度良い機会だ。少しずつ料理を覚えてみよう」
乙女
「お前もだぞ」
レオ
「は、オレ?」
乙女
「友人までこう料理が得意なんだ、覚えてみようと
思わないのか?」
レオ
「うーん」
スバル
「それがいいんじゃねーかなぁ?」
レオ
「?」
スバル
「オレも陸上の練習忙しくなってきたし
もっと遅くまで練習してーし
作りに来る頻度、ぐっと減るぜ」
今までそんな事1回も言って無かったんだが。
スバル
「だからテメーも料理覚えてみろよ、役に立つぜ」
レオ
「そっか、スバルの夕飯が無いとすると
確かに自分で作るしかねぇな」
スバル
「掃除もな」
レオ
「あ、バカ……」
乙女
「まさか、とは思うが……」
乙女
「この家がある程度の清潔さをしっかり
保っていたのも伊達が掃除していたからなのか?」
スバル
「こう見えてもキレイ好きでね、
暇みちゃやってたぜ」
乙女
「面倒を見ていたのは料理だけじゃなかったのか」
乙女
「……お前と伊達はどういう関係なんだ?」
レオ
「どういう関係って、なぁ?」
スバル
「あぁ……照れるよな……」
乙女
「何!?」
レオ
「お前キモイからやめろって」
乙女
「愛の形は様々だし、口出しするのは無粋と
分かっている。しかしさすがにそれは――
姫は逆に喜びそうだが――」
レオ
「ほら本気にしちゃった」
スバル
「冗談だって、乙女さん」
乙女
「な、何だと?」
スバル
「ダチだよ、ディア マイ フレンド」
乙女
「そうか……」
レオ
「あれ、怒らないの?」
乙女
「性根を叩きなおすのは良いが、
そちら方面は知識皆無だからな」
乙女
「伊達昴(だて すばる)」
スバル
「急に改まってなんスか?」
乙女
「血族のレオが世話になっているみたいだな
改めて礼を言う」
スバル 無音
「――」
スバル
「あぁ、いや、えーと。どういたしまして?」
スバルも乙女さんのペースに乗せられてるな。
スバル
「まぁつーことでよ、2人になったんだ。
これからは自分達で何とかしてくれや」
スバル
「もちろん困った時は呼んでくれて構わないがな」
スバルはそれだけ言うと帰っていった。
…………食後。
2人で食器を洗いながら話す。
1人だとメンドくさいけど2人だと楽しかった。
乙女
「なぁ、なんで伊達はあんなに料理が上手なんだ?」
レオ
「覚えたんでしょ、母親家から出ていっちゃったし」
乙女
「そうなのか? 大変なんだな」
レオ
「ついでに、父親と仲悪い」
レオ
「家に帰りたがらない」
乙女
「だからここで食事を作っていたのか……贅沢だな」
レオ
「贅沢?」
乙女
「帰る家があるんだ。そこで楽しく暮らせるように
頑張ればいいじゃないか、父親が嫌いといっても
それは反抗期というものではないのか?」
レオ
「多分、それは乙女さんがいいご両親に
めぐまれたから言える意見なんだよ」
レオ
「世の中、どうしようもないヤツなんて
いくらでもいるんだからさ」
乙女
「それでも自分の親なんだぞ。血族だ」
レオ 無音
「……」
乙女
「――やめとこう、また口論になりそうだ」
レオ
「そうだね、テンションに身を任せるのは
好きじゃない」
……………………
あー、今日も疲れた。
そういえば、乙女さん明日の何時くらいに
学校いくんだろう。
朝、俺と一緒に行くつもりなのかな?
聞いてみよう。
ノックは忘れずに。
俺はそういうのは守るモラリストだ。
レオ
「(コンコン)乙女さーん、入るよ?」
ガラッ
乙女
「あぁ、ちょっと待……」
レオ
「……」
フスマを開ければ、そこは雪国だった。
白い肌に白い下着。
清楚な純白がいかにも乙女さん。
なんていう見事な体……
サラシという所がまた風情があるというか……。
ぺったんこはカニで耐性があるが、こっちは
皆無だった。
キュッ、と引き締まっていてとにかく美しい。
乙女 無音
「……」
胸やお尻のラインは、魅力的にふくらんでるし。
鍛え上げているせいか、胸から腰のラインとか
くびれていて色っぽい。
獣のような筋肉のしなやかさが俺でも分かる。
乙女
「お前」
レオ
「ハッ!」
レオ
「ノ、ノックはした! 俺ノックしたよ?」
違う、もっと違う事を言わないと俺は助からない。
レオ
「96点!」
――俺、パニくるとダメみたいだ。
レオ
「それじゃ、そういうことで」
もう逃げることしか出来ない。
乙女
「ちょっと待ってみようか」
もう着替えていらっしゃる。
レオ
「い、いや、俺確かに見ちゃったけど」
レオ
「乙女さん、綺麗だったよ」
乙女
「えっ……」
乙女
「――なんて照れると思ったか?」
乙女さんスマイル。
そっか、この人怒ると笑うタイプなんだ。
レオ
「……思わないです」
ドグシャーン!
レオ
「……ほんとすみませんでした」
俺は強烈な正拳突きをボディにもらい、
立つ事ができなくなってしまった。
だから、正座しながら(うずくまりながら)
乙女さんに謝った。
レオ
「俺も、ちょっと馴れ合っていたというか
配慮が足りなかったっていうか……」
レオ
「でも、ちゃんとノックはしたんですよ?」
乙女
「だから……」
乙女
「ノックしながら入ってきたら
何の意味もないだろうが! この間抜けが!」
がぁーっ! とまくしたてる乙女さん。
乙女
「どれ逝く? 好きな指を選べ」
レオ
「……は?」
乙女
「私を襲った場合指をもらう、と言っただろう
折れてもいい指をセレクトしろ」
レオ
「そんな、ただの事故じゃないか!」
レオ
「乙女さんらしくないよ」
乙女
「何を言うかお前、どうすれば私らしいんだ」
レオ
「うーん、そうですな」
こんな感じでは――?
ガラッ
乙女
「む……なんだ、何か用か?」
乙女
「あぁ、この格好か? 別に気にするもの
ではあるまい」
乙女
「これで体育会系だからな、全然平気だぞ
ははっ、はははは!!!」
………………
乙女
「……左手の薬指を出せ、そこなら
弊害も少ないだろう」
レオ
「うわ、更に怒ってる!?」
乙女
「お前は私のキャラクターを大いに誤解している」
レオ
「ぐふっ! ナイスキック」
乙女
「鉄……“乙女”だぞ。花も恥らう10代の少女だ」
レオ
「ちょ、少女はそんな上段足刀蹴りなんて……」
ズガシャーン!
レオ
「……ほんとすみませんでした」
レオ
「この償いは、俺も下着になればいいの?」
乙女
「誰が男のものなんか見たがるか! ふざけるな」
乙女
「ランニングして頭を冷やして来い!」
レオ
「どこを走ってくれば……」
乙女
「左ハンドル10台見つけるまで帰ってくるな」
過酷な事をおっしゃる。
乙女
「……ったく」
レオ
「はぁ、はぁ、はぁ……」
くそ、意外と国産車は多いぞ。
レオ
「はぁ、はぁ、はぁ……5月末はもう暑いぜ」
頭が冷えるというか、逆に蒸してしまった。
レオ
「ぐぅ……疲れた……」
たちまち睡魔が襲ってくる。
あぁ、明日から学校だってのにダリーぜ。
……眠くなって……きた……
声
「起きてくださぁい。朝ですよぅ」
レオ
「……」
乙女
「音声つきの目覚ましか」
声
「早く起きてくださぁい、朝ですってばぁ」
……朝か……。
声
「テメェ、さっさと起きろやタコスがぁーっ!
3数えるうちに目ぇ覚まさんとガラスを引っ掻いた
音立てるぞチンカス野郎が、3、2、1……」
あぁ、うるせーからスイッチ切らなきゃ。
乙女
「やかましいな、これは」
パチッ。
……なんだこれ、柔らかいぞ。
乙女
「お前が目覚ましのスイッチだと思って
握ってるのは私の手だ」
ふりほどかれる。
乙女
「なんだこの目覚ましは、くだらん
こんなものなくても、これからは私が毎日
起こしてやる」
レオ
「うーん……乙女さん?」
乙女
「起きろ、朝だぞ」
レオ
「……眠い」
無視して顔を背ける。
乙女
「起きないと軽く蹴りをくわえていく」
乙女
「どんどん蹴りは強くなる、いずれ起きる」
乙女
「こう見えて体育会系だからな」
レオ
「わ……分かった分かった、起きる……」
レオ
「おお……眠いぜ」
乙女
「私は風紀委員の仕事があるから先に行くぞ」
レオ
「むにゃ?」
乙女
「もういいから私についてこい」
手を掴まれて引っ張られる。
乙女
「ほら階段通るぞ、気をつけろ」
レオ
「ふわぁ……」
乙女
「ったく、危なっかしい」
がしっ、と肩を組まれた。
乙女
「ほらここで顔を洗え」
レオ
「んー(バシャバシャ)」
レオ
「た……タオルタオル」
乙女
「もうしょうがないな、これだ」
乙女
「ほら、しっかり拭け」
レオ
「んー」
レオ
「あー、やっと本調子」
乙女
「お前今まで良く1人でやってきたな」
レオ
「その答えは」
携帯が鳴る。
それをとる。
スバル
「運命の赤い糸ってよぉ〜。なんで見えないのに
赤いって分かるんだ? 緑だったら
どうするんだよ。イラつかねぇ?」
レオ
「赤いほうが情熱的だからだろ」
スバル
「しっかり起きてるみたいだな。んじゃ、学校でな」
レオ
「こいつが面倒見てたから」
乙女
「……はぁ。本当にお前と伊達は
どういう関係なんだ」
乙女
「やはり私はここにきて良かった」
乙女
「これからは私が管理してやる
伊達には部活の朝練に集中しろ、と伝えろ」
レオ
「……あれ、乙女さん制服?」
乙女
「さっきも言ったが風紀委員の仕事があるからな。
遅刻してきたら容赦しないぞ」
レオ
「分かりました」
乙女
「朝飯はそこに用意してある」
レオ
「おにぎりだね」
乙女
「良く分かったな」
レオ
「はははは(どこか乾いた笑い)」
乙女
「それから、ことのついでにお前の分の
弁当も作っておいた」
レオ
「わざわざ?」
乙女
「だから私のついでだ」
乙女
「お前の制服やくつ下は
そっちに出しておいたからな」
レオ
「う、うん」
乙女
「ハンカチとチリ紙はテーブルの上だ。
ハンカチは柄が気にいらなかったら替えろ」
乙女
「それでは、先に行くぞ」
レオ
「行ってらっしゃーい」
……乙女さんは背筋をピシッ! と
立てて学校へ向かった。
レオ
「何を食えばあんなにパワフルになるんだ」
レオ
「……ん?」
よく見ると俺の革靴がピカピカになっている。
本当、朝から元気な人だった。
……それに比べて。
レオ
「お前はどうなんだ、この小犬系が!」
ぐにっ、とほっぺを引っ張った。
きぬ
「う〜ん……ボクもうザリガニ食べないよ」
レオ
「よし、いかにもバカ丸出しの答えでよろしい」
何故か俺は安心した。
下には下が、上には上がいる。
レオ
「気持ち早足で行くぜ」
きぬ
「ねーねー」
カニが俺のシャツの裾を指でつまんで、
クイクイと左右に振る。
レオ
「ん、どした?」
きぬ
「乙女さんとの同居生活は息苦しくない?」
レオ
「息苦しい、まではいかないな」
きぬ
「ふーん、辛かったらボクの部屋で寝ていいからね」
レオ
「悪いもんでも食ったの? 優しいじゃん」
きぬ
「宿泊料は一晩2000円で」
レオ
「……それがとりたいだけか、けっ!」
きぬ
「夏を前に出費がかさみそうだからねー」
レオ
「いかがわしい店にパンツ売るなよ」
きぬ
「売らないよ、失礼だなぁ!
ボクその手の冗談は好かないよ、清純派だから」
レオ
「清純派は男を部屋に泊めて2000円とろうとする
行為に及んだりしないぞ」
きぬ
「男はレオじゃなきゃ泊めないっつーの!」
レオ
「……お前、さりげなく過激なコト言ってないか」
きぬ
「勘違いすんなよな、レオならボクは
気配りしないですむってだけなんだからな」
レオ
「ま、そっちに世話になるまでもないさ」
レオ
「ガミガミ言われながら何とかやってるよ」
きぬ
「そうだね、何かその光景目が浮かぶようだよ」
レオ
「目が浮くのか、お前はさすがカニだな」
きぬ 無音
「?」
きぬ
「そういえば乙女さんの好きな音楽とか聞いた?」
レオ
「いや、まだその話題は出てない」
きぬ
「これといった趣味がないならデッドの曲でも
薦めてあげようかな」
レオ
「噂をすれば、ほら校門を見ろ」
きぬ
「こうやって見ると存在感あるね」
レオ
「あぁ、不審者なんか逃げていくぞ」
レオ
「あんなに絵になるのに今まで俺達
気が付かなかったな」
きぬ
「いつも校門はダッシュで駆け抜けてるか
くっちゃべってたからね」
レオ
「お前といると、いかに周囲が見えないかが
良く分かった」
きぬ
「それはボクの顔ばっか見てるから?」
レオ
「お前の世話が大変だからだ!」
乙女
「おい、待て」
風紀委員長に呼び止められた。
レオ
「遅刻はしてないけど?」
乙女
「シャツが出ているぞ、ほら」
レオ
「う」
サッと直される。
乙女
「ピシッとしろ」
乙女
「お前達ハタから見てるとカップルみたいだな」
きぬ
「あはは、冗談はその日本刀だけにしてよ乙女さん。
こいつなんかボクの理想からは遠く離れてるもん」
乙女
「まぁいい、行け」
エリカ
「ドブリジェン、諸君」
きぬ
「ボルシチ」
レオ
「それ食い物の名前だからな」
エリカ
「乙女センパイって朝から元気よね」
レオ
「本当、何を食ってるのやら」
きぬ
「一緒に住んでんなら食ってるものぐらい……」
レオ
「ボディが甘いぜ!」
カニの腹にフックを打ち込む。
きぬ
「ぐふっ……く……う……うぅぅぅ……」
エリカ
「……何やってるの?」
レオ
「外国式のじゃれあいかな、はやってるんだ」
エリカ
「随分過激な国ね。まぁいいわ、私先に行くから」
レオ
「あいよ」
きぬ
「淑女のレバー穿(うが)つなよ! 痛かったぞ」
レオ
「乙女さんと住んでる事は秘密だ」
きぬ
「出ましたよ、ええかっこCが」
きぬ
「まぁいいけどね、レオの心次第だよ
カニ心あれば水心あり、だよね」
カニは袖の下をクイッとひろげた。
しまった……これをネタにたかられる。
祈
「今週は、教育強化週間で土曜日も授業があります
皆さん、間違えないように気をつけて下さいね」
迷惑な週間だぜ。
教室からもため息が漏れる。
祈
「まぁまぁ。たまにはこういうイベントも
悪くないではありませんかー」
……そんな事を言っている祈センセイが
一番タルそうだ。
祈
「皆さん、今週も楽しい学校生活を送りましょう」
祈
「have a pleasant Time」
生活目標は、“楽しい日々を過ごそう”。
いかにもこのクラスらしい生活目標だった。
――昼休み。
レオ
「ふっ、やっぱりおにぎりだったな弁当」
新一
「――まさか、乙女さんが握ったの?」
レオ
「そうだ」
新一
「ギュッ! て! 乙女さんが手でギュッ! て」
新一
「その最後の1つ俺のカツサンドと交換してくれ!」
レオ
「まぁいいけど、ほらよ」
握りを手で掴んで差し出してやる。
新一
「お前が触ったらもう無価値だろうがオイ!」
レオ
「そうなの?」
――放課後。
新一
「今日はそれなりに頑張ったぜ」
レオ
「あぁ、それなりにな」
乙女
「約束通り、全員集合してるな。それでは出発だ」
きぬ
「どこへ行くの?」
乙女
「ついてくれば分かる」
そういうと乙女さんは一階へ下りた。
そしてグラウンドへ。
レオ
「この方角は――」
スバル
「ここから先は体育館をこえて拳法道場、
剣道場、合気道場、柔道場と続いてるぞ」
竜鳴館は、道場が充実している。
離れにある弓道場なんて改築してないから木造だ。
きぬ
「ま、まさか道場でボク達に気合をいれようとか
そーいう……」
乙女
「そんなことはせん。道場の先だ」
きぬ
「そこって学食かな」
乙女
「待ち合わせしているのは学食の隣の主だがな」
レオ
「学食の隣って、まさか竜宮のこといってるの?」
竜宮――生徒会執行部の独立した木造建物。
代々の生徒会長(女性)がそこで生徒会の
運営を行っているのでその名がついた。
つまり、そこにいるのは――
エリカ
「乙女センパイ、こっちこっち」
良美
「あれ? もしかして?」
エリカ
「――みたいね」
エリカ
「それにしても対馬ファミリーと来たか。
これはちょっと盲点だったかな」
何を言ってるんだこの人達?
優雅にアフタヌーンティーなぞしてる。
そんな姿まで絵になるんだけど。
乙女
「姫、昼休み言っていた件だ」
乙女
「私は彼等4人を執行部のメンバーに推薦する」
レオ
「は!?」
エリカ
「うーん……軽く思考中……」
エリカ 無音
「……」
エリカ
「ま、いいんじゃない」
きぬ
「うわ、なんか軽っ!」
エリカ
「軽いワケじゃないわよ。むしろ納得」
エリカ
「そうかぁ、対馬クン達かぁ、その手が
あったわねって感じ?」
乙女
「良かったな。少し驚いたぞ、合格だ」
レオ
「……だから何が?」
乙女
「姫なら断るかと思って、とりあえず
連れてきてみたんだが、意外だぞ」
乙女
「聞いての通り生徒会執行部のメンバーに推薦した」
レオ
「なんで?」
乙女
「生徒会のメンツを紹介しよう」
乙女
「生徒会長 霧夜エリカ」
乙女
「生徒会副会長、鉄乙女(兼 風紀委員長)」
乙女
「生徒会書記、佐藤良美」
乙女
「以上3名」
乙女
「人手が足らないんだ、助力が欲しい」
エリカ
「ま、そういう事ね。頼めばたいていの人は
ヘルプに応じるんで、それで済ませてたけど
やっぱり正式なメンバーは欲しいってワケ」
新一
「他にメンバーいなかったっけ?」
エリカ
「目障りなんでクビにしちゃった」
出た、姫必殺 やりたい放題。
スバル
「おいおい、勝手にクビにしちまったら
マズイんじゃないか姫」
エリカ
「知らない、私が決めた事は絶対だから」
きぬ
「わお、かっくいー」
乙女
「それでも姫は人望はあるからな。面接には
何人も来る。能力は悪くないはずだが
片っ端から落としていく」
エリカ
「気にいればとるわよ、気にいらないだけ」
スバル
「じゃあ何でオレ達4人合格なんだ?」
エリカ
「推薦した乙女センパイにその理由を聞いたら」
レオ
「何で?」
乙女
「伊達は例外として、基本的に暇そうだったからだ」
きぬ
「あはは、暇人だって。バカ丸出しー」
レオ
「お前も含まれている事を忘れるなこの甲殻類」
乙女
「だが、大きな理由は違うぞ。お前達は何だかんだで
普段罵り合いながら、信頼しあっている。
欲しいのはチームワークだからな」
エリカ
「だ、そうよ」
エリカ
「私の方は楽しそうだから、が一番の理由かな」
レオ
「安直な」
エリカ
「でも重要なコトでしょ。
have a pleasant Time」
乙女
「佐藤も異論ないか?」
良美
「はい、4人増えれば助かります」
ニコッと優しい笑顔。
……ちょっと癒された。
エリカ
「4人の了解はとってなかったわけね。
どうする、手伝う?」
スバル
「オレ、陸上部に所属してるんだが」
エリカ
「そこらへんは考慮するわ、要するに頭数だから。
もちろん少しは仕事してもらうけどね」
きぬ
「うーん、かったるそー」
さすがダメ人間、堅苦しいものには拒否反応。
エリカ
「ふーむ。私がOK出したのに断られるのも
腹が立つわね、いいわ竜宮――職場環境を
見てから決めてもらうから」
乙女
「私は道場に顔を出してからいく。さっきチラッと
見たら部員達め、気合が入っていなかった」
鬼の居ぬ間に休んでいたんだろう。
エリカ
「私達は執行部アジトへ行きましょう」
新一
「どうせボロボロなんでしょ?」
良美
「それはちょっと違うよ」
大人しい佐藤さんにしては、えへんといった
感じで否定してきた。
つまりボロくはないってことか。
執行部の建物、“竜宮”は2階建て。
1階ははっきり言って物置だった。
イベントで使う色々なものが積み上げられていた。
エリカ
「はい、ここが職場」
きぬ
「なにぃ、ほとんど一軒家じゃん!」
エリカ
「私とよっぴーで色々手を加えているからね」
スバル
「凄いな台所があるぞ」
エリカ
「それは昔から。良くお茶会とかもしてたみたいよ」
スバル
「コーヒーやら茶菓子やら、揃ってるな」
新一
「こっちにはソファ、奥にはパソコンだ」
エリカ
「パソコンは生徒会のデータが入ってるわ
正式に入るまで触らないでね」
きぬ
「海が一望できるねー、こりゃ気持ちいい」
良美
「学食の隣っていうポジションだもん」
きぬ
「うわ、雑誌や漫画も置いてあるじゃん、
好き放題ですねオイ」
レオ
「もしかして、姫が時々授業中いないのって」
エリカ
「そ。ここに来て寝てるわ。先生も来ないしね」
スバル
「それは美味しいな……オレ達も使っていいのか」
エリカ
「いいわよ、条件はバレない事」
新一
「え、でも姫もここで寝てるんじゃないの?」
エリカ
「私はさらに奥の部屋で鍵かけてハンモック
吊るして寝てるから」
乙女
「結論は出たか?」
エリカ
「乙女センパイが来たし、丁度いいわね
結論を聞かせてくれない?」
新一
「は、答えは出ているんだぜ! 最初からな」
スッ、と姫の方に行くフカヒレ。
新一 無音
「(こんな美人揃いの執行部、聞いた事がないね
絶対入る、お前達は入んなくてもいいぞ)」
スバル
「おい嫌な気分だぜ。フカヒレが
考えている事、だいたい分かっちまう」
レオ
「単純なヤツだからな」
きぬ
「ボクもやるよ、条件が気に入ったからねっ」
こいつは茶菓子と昼寝につられたな。
スバル 無音
「……」
スバル
「そんじゃ、どこまで力になれるか微妙なモンだが
オレもやってみるかな」
レオ
「何っ」
あのスバルを動かすとは。
意外だった。
エリカ
「残りは対馬クン1人。さぁどうするこの一手?」
ここでテンションに身を任せるのはマズイ。
乙女
「まったく。優柔不断だな」
少し考えて行動しているだけだっつーに。
エリカ
「ホント優柔不断ね。まどろっこしいから
来いって命令していい?」
きぬ
「ゆーじゅー♪ ゆーじゅー♪」
くそ、優柔不断の漢字が分からないヤツにも
バカにされるなんて。
霧夜エリカと一緒に仕事できる。
――それで充分か。
レオ
「OK、やってみる」
乙女
「まとまったわけだな」
エリカ
「一気に四人追加か、景気良いわね」
エリカ
「それじゃお茶会でもやりますか。よっぴー、お茶」
良美
「ちょっと待っててね」
佐藤さんが席を立って、台所へ向かう。
スバル
「スゲェな、今の一連の仕草。
違和感なかったぜ。よっぴーがメイド扱いだ」
命令する姫と、言われるとおりにする佐藤さん。
確かに絵になっているというか、違和感無し。
新一
「手伝うぜ」
エリカ
「いいからいいから。今日だけはゲスト扱い」
良美
「うん、楽にしてていいよ」
そう言いながら、テキパキとした仕草で
ティーカップに紅茶を入れている。
相当慣れてる感じだった。
良美
「お待たせ」
シズシズと運んでくる。
まずはカップが音を立てずに姫に差し出され、
俺達の前にも優雅に運ばれてきた。
ムードあるな。
茶菓子も高級品っぽいし。
“姫”もいるし、さしずめ中世のお茶会――
きぬ
「うわー、なんかいい匂いする、美味しそうーっ」
きぬ
「いっただきマルチーズ!」
ぐびぐびぐび!!
きぬ
「ぷはーっ、ちょっと苦いけど美味しいね!」
きぬ
「茶入れ上手いじゃん。いいOLになれんよ!」
良美
「あはは、ありがとう」
レオ
「……(赤面)」
カニ、行儀悪すぎ。
何故か俺が恥ずかしい。
スバル
「子供をしつける親の気持ちが分かったな」
レオ
「あぁ。教育しないと、こういう所で恥かくからだ」
エリカ
「いい飲みっぷりね。どんどん飲(や)っちゃって」
姫や佐藤さんはそんなに気にしてないようだ。
俺が気を回しすぎか。
乙女さんも、カニのマナーに突っ込みたそうだが
スルーだった。
スバル 無音
「……」
エリカ
「ところで、乙女センパイって何で対馬クン達
グループを詳しく知ったの? 親戚だからじゃ
今イチ納得いかないんだけど」
レオ
「あ――」
乙女
「私とレオは一緒に住んでいるからな」
はい、割り込む暇なし。
乙女
「先週土曜日からレオの家で過ごしている」
エリカ
「ワーオ、過激」
レオ
「みんな、心をひとつにして事情を聞いてくれ」
きぬ
「こいつ必死だよ、みっともね」
きぬ
「痛っ!」
テーブルの下から蹴りをいれておいた。
レオ
「実は――」
レオ
「――というわけで」
エリカ
「へーえ、同居ねぇ。学生で。いい身分ねぇー」
自慢の金髪を指でいじくりながら揶揄してくる。
良美
「でも鉄先輩だし、問題になる心配は無いね」
レオ
「問題は無いけど内密に頼む」
エリカ
「別にいいわよ。内密にしてあげる」
エリカ
「でも乙女センパイみたいな
スレンダーと一つ屋根の下」
エリカ
「対馬クン的にはウハウハ?」
スバル
「獣のような目で乙女さんを見てたぜ」
レオ
「だから、そういう笑えない冗談はよせ」
レオ
「べ、別にウハウハなんてわけじゃない」
レオ
「ただ日頃の行動良く注意されて。それが
助かるときもあるけど、うるさい時もあるかな」
くそ、やっぱ姫だけには知られたくなかった。
良美
「ええと、部屋とかどうしてるの?」
乙女
「私が一階でレオが二階だ」
良美
「や、やっぱり別なんだねぇ」
エリカ
「お茶受けには丁度良い話ね」
……………………
きぬ
「ふーっ、美味しかったよ。満足満足」
エリカ
「まぁ、今日はこんな所ね。
なかなか楽しかったわ
仕事があるから、明日も来て頂戴」
ボスの一言で流れ解散となった。
エリカ
「対馬クン、ちょいこっち」
クイクイ、と手招きされた。
何だろう……
エリカ
「あのさ」
内緒話らしい。
だから距離も縮む。
ドクン、と心臓が高鳴る純な俺。
エリカ
「……乙女センパイの胸、見た?」
レオ
「はぁ?」
エリカ
「同居してるんでしょ。覗きでもバッタリでも
いいから胸見たかって聞いてるの」
レオ
「ちょっと待ってくれ。俺は覗きなんかしないぞ」
エリカ
「別にどっちでもいいわ。それより剥き出しの乳
見たかどうか聞いてるんだけど」
レオ
「むっ……そ、そんなの見てるわけないだろ」
エリカ
「ちっ……やっぱり乙女センパイ鉄壁か」
レオ
「そんなの聞いてどうすんの?」
エリカ
「いやイマジネーションしようかな、と思って」
レオ
「なんで胸を」
エリカ
「私、女の子の胸好きだもん、見るのも揉むのも。
女子の間じゃ結構有名よ?」
レオ
「……そっちの気が?」
エリカ
「それはそれ、これはこれ」
エリカ
「恋愛感情は普通に男だと思うわよ、多分」
エリカ
「とにかく私は胸が好きなの。文字で乳って
書くだけで興奮できるの」
こんな主張まで胸を張っていう所がステキだ。
エリカ
「乙女センパイは性格お固いから、
揉ませてくれないけどいい肉体してるでしょ?」
エリカ
「一回思いっきり揉んでみたいのよ。
ま、決めたからには必ずやるけど
無理やりやると嫌われるからねー」
わきわきと指を動かす。
……姫?
俺の中で姫のイメージが少し変わるというか。
女のコの胸が好き。
しかし、それはそれでまた妖しい魅力というか。
……一歩間違えればセクハラオヤジだが。
レオ
「?」
気がつくと、姫は俺の事をジッと見ていた。
レオ
「……っ」
瞬間沸騰し、思わず顔を逸らす。
それを見ると、姫は意味ありげにニヤッと笑った。
エリカ
「対馬クン達をいれた理由の1つはね」
エリカ
「からかうと面白いから」
レオ
「か、からかう?」
エリカ
「そ。今も顔真っ赤だしねー」
エリカ
「ま、今日の所はこれでカンベンしてあげるわ」
エリカ
「帰って良し」
もう飽きた、という風に手をサッ、サッとやる姫。
エリカ
「私は仕事」
そう言いながら、パソコンを起動させる。
なんて気まぐれで勝手な女なんだ。
だが、その振る舞いさえもキレイに思える。
パソコンのデスクトップが可愛い猫だったので
何故か安心した。
……………………
――夜7時30分。
乙女
「いや、それにしても今日の放課後は面白かったな」
乙女
「話も無しに紹介するのもどうかと思ったが、
ここまで上手くいくとはな」
レオ
「料理も上手くいけば良かったのにね」
乙女
「お前辛辣なツッコミ入れるな、気にしてるんだぞ」
早速今日から乙女さんは料理の練習。
だが、失敗して結局夕食は“おにぎり”だった。
乙女
「うん……料理は失敗したが、おにぎりは美味い
そうだろう?」
レオ
「さすがに3食おにぎりは……」
乙女 無音
「……」
レオ
「う、美味い! 美味いぜおにぎり!」
乙女
「ふん、機嫌が悪いな。
姫に一緒に住んでいる事を告白したからか?」
乙女
「遅かれ早かれ分かってしまうだろう、なら今
言っておいた方が絶対いい、その点は
年上のお姉さんである私を信じろ」
レオ
「うん」
乙女
「霧夜エリカと同じ執行部になった。
これからは、お前の手腕次第だぞ」
レオ
「それって俺を応援したってこと?」
乙女
「それもあるが、人手不足だったのも事実。
恩には着せんさ」
レオ
「男女交際、賛成なの?」
乙女
「節度を保てば別に構わないだろう」
レオ
「乙女さんは無いとか言ってたよね、そういう話」
乙女
「私か?」
指についたご飯を舐めとる乙女さん。
乙女
「付き合った事は無いが、恋文は沢山もらっている」
レオ
「そうなの?」
乙女
「女子からな」
まぁ、そういうタイプだろうなとは思った。
………………
パソコンで調べ物をしていると、
カニが漫画を持ってきて俺のベッドで読み始めた。
きぬ
「今日はスバルもフカヒレも来ないねー」
レオ
「みたいだな」
スバルは夜のバイトだろう。
レオ
「フカヒレは姫と佐藤さん目当てとして
何でスバルは生徒会入ったのかね」
きぬ
「別に、深く考えずにメンドかったら
やめればいいや、と思ってるんじゃないの?」
レオ
「それはお前だろ」
きぬ
「まぁね。退屈しのぎになればいいけど」
レオ
「つかお前、俺の枕を抱きしめるな」
きぬ
「ぬいぐるみとか1つも無いんだもん
その代わりだって」
レオ
「カニ臭くなるだろ」
きぬ
「はいはい、説得力ないですよ」
レオ
「……ちっ、勝手にしろ」
きぬ
「んで、何調べてるの?」
レオ
「紅茶知識」
きぬ
「うわーでたよ。姫が紅茶好きだからでしょ?」
レオ
「それもあるけどな」
レオ
「まぁたまたま今日飲んだのが美味しかったから」
レオ
「そういやお前、今日のお茶会行儀悪すぎ」
きぬ
「何言ってんだよ、ダチ相手に気取ったって
しょうがないじゃん」
レオ
「お前はダチじゃなくてもあの態度をとった」
きぬ
「んだよ、そんな事言われてもボク上品な
場所なんて行った事がないし分からないもん」
レオ
「あれ、お前パーティとか行ってないの?
オヤジさん高名な学者じゃん」
はい、そうなんです実は。
きぬ
「ボクは来る必要ないってさ、いつも留守番だし」
……こいつ本当に親から見捨てられているな。
レオ
「そういえば姫って女子の胸好きなの?」
きぬ
「あぁ、良く着替えの時間とかに襲ってるね」
きぬ
「幸い、ボクはまだ襲われてないけどね」
やや大きめなのが好きなんだな。
きぬ
「女子の間じゃ時々やるけど、姫はそういうの
特に好きみたい」
裏がとれた。
珍しいな、女でおっぱい星人か。
で、乙女さんの胸を狙ってると。
そりゃ無理だろ姫。
レオ
「俺はそろそろ寝るぞ」
レオ
「お前ベッドからどけ。というか帰れ」
きぬ
「乙女さんってあんまりレオの部屋に遊びに
こないんだね」
レオ
「下で勉強してるんだろうさ」
レオ
「越してきて3日だしな」
きぬ
「そっかー。じゃあボクも寝よ。おやすー」
そういうとカニは窓から出て行った。
あいつほんと身軽で跳躍力あるな。
歯を磨くか。
乙女さん入ってるな。
乙女
「〜〜♪ 〜〜♪」
……歌唄ってるよ。
しかも演歌だよ。
乙女
「〜〜♪……?」
あ、歌が止まった。
リズムが分からないのかな?
乙女
「〜〜♪、んんっ、んんっ♪〜♪」
あ、適当にごまかした。
……案外お茶目な人かもしれない。
電気を消す。
……ベッドがカニの体温で暖かかった。
乙女 共通
「おはよう」
乙女 共通
「起きろ、朝だぞ」
情け容赦ない声が朝一で届く。
乙女
「起きないのなら、足で踏みつけるぞ」
……うーん……
起きる
起きねぇよ、朝は貴重だよ
レオ
「お、起きるってば、おはよう」
そうそう起きないぞ。
朝のまどろみは貴重なものなんだ。
それをないがしろにされてたまるか。
グリッ
レオ
「痛っ」
俺の肩に乙女さんの足の裏が乗っかっている。
分かりやすく言うと、踏まれている。
乙女
「聞こえなかったのか、朝だぞ起きろ」
そのまま足でグリグリと肩をこねまわされた。
レオ
「いだだ、その起こし方キツイ」
乙女
「起きないともっときつくなるぞ」
レオ
「分かった、お、起きるよ」
朝から暴力振るわれてはかなわない。
乙女
「よしよし、良く起きられた。偉いぞ」
ガシッと手を握られた。
乙女
「洗面所まで誘導してやろう。階段があるからな」
グイグイと引っ張っていく。
――――洗顔中。
乙女
「タオルだ」
レオ
「んー」
乙女
「もっとしっかり拭け、貸してみろ」
ふきふき。
タオルが顔からどくと、乙女さんの笑顔が
飛び込んでくる。
乙女
「うん、これでいつものレオだな」
居間では、テレビがついていた。
乙女
「今日は弁当いらないんだったな」
レオ
「うん。学食で食うから」
アナウンサー
「関東甲信越の梅雨入りは、まだ先となりそうです」
レオ
「梅雨か……」
乙女
「雨も必要だが、ジメジメした気分は嫌だな」
乙女
「天気予報も終わったし、チャンネル変えるぞ?」
レオ
「いいよ」
何のチャンネルにするか興味があった。
……時代劇?
ナレーションが、いつの世にも悪は絶えないとか
言っている。
乙女
「この曲を聞いてから学校に行くと
風紀委員として、身が引き締まる」
レオ
「それはそれは」
で、朝食は当然の事ながらおにぎりだった。
……………………
きぬ 無音
「Zzz」
カニはすやー、と寝ている。
英語――つまり祈先生の授業なのにだ。
俺は優しいからそっとしておいた。
きぬ
「ふぁ……よく寝た」
祈
「お目覚め? ではお仕置きの時間ですわ」
きぬ
「げぇっ!!」
祈
「約20分寝ていたので、20P分の宿題を
ご用意しますわ」
きぬ
「えぇえ、20P!? ま、負けてください先生」
祈
「ダメといったらダメですわ」
あくまで笑顔。
祈
「それをやってこない場合……島流しになります」
きぬ
「や、やる、ボクよろこんでやります!」
祈先生は自分の授業で勝手なことする人間を
決して許さない。
そんなヤツには、厳しい刑罰が待っているのだ。
穏やかな顔して行動キツイからな。
…………………
レオ
「今日も快晴だな」
新一
「買ってきたぜ、日替わりオススメセット」
新一
「おにぎり七色にぎりだってさ」
レオ
「かふっ!」
これで5連続おにぎり……。
新一
「レオ、今日は姫のファンクラブの集いに行く?」
レオ
「行かない」
レオ
「生徒会入ったなんて知られたら妬みパワーで
殺されそうだ」
新一
「まぁ、普通は入りたくても姫との面接で片っ端から
落とされてたらしいからね」
新一
「いいじゃん、自慢しようぜ」
レオ
「気まぐれな姫の事だ、いきなりクビなんて
事もありえる」
レオ
「確信がもてるまで、うかつに口外するのは
避けようぜ」
新一
「そっか……生徒会に入った事を皆に言っても
クビにされたらカッコ悪いしな」
新一
「姫って、え、昨日そんなコト言ったっけ? とか
真顔で言ってきそうで怖いし」
レオ
「ああ、もう少し様子を見よう」
レオ
「ファンクラブに行くと、うっかりボロが
出ちまいそうだしな」
新一
「レオって用心深いな」
レオ
「お前がツッコミ過ぎるんだ」
…………………
――放課後、生徒会室に集まる。
良美
「はい、どうぞ」
新一
「サンキュー、シェリ」
新一
「いやぁ、しかしくつろげるねここ」
スバル
「全くだ。いい昼寝拠点だぜ」
席で茶菓子を頬張るフカヒレとカニ。
ソファで横になっているスバル。
悠々自適といった所だ。
姫と乙女さんがやってきた。
エリカ
「ブエナス タルデス、諸君」
きぬ
「パエリア」
レオ
「食い物にかけては国際的だな」
エリカ
「くつろいでるみたいね。まぁこの部屋は
生徒会の特権みたいなものだから、仕事以外は
その調子でリラックスしてていいわよ」
新一
「話が分かるなーっ、さすが姫だ」
きぬ
「よっぴー、おかわりーっ」
なんか無法者の集まりみたいだ。
エリカ
「さて、それじゃ今日の生徒会始めるわよ」
エリカ
「じゃあ、対馬クン達4人ならだいたい
能力分かってるから役職割り振っちゃうわね」
エリカ
「対馬クン、副会長」
レオ
「……は?」
レオ
「生徒会の副会長?」
エリカ
「そ。乙女センパイも風紀委員兼
生徒会副会長だから、仕事は乙女センパイに
教えてもらってね」
乙女
「安心してくれ姫。私がしっかり教育しよう」
いつの間にか俺の横に仁王立ちしてる乙女さん。
あぁ、なんかしらないけどヤル気まんまんじゃん。
きぬ
「姫、ボクは?」
エリカ
「カニッちは会計監査、フカヒレ君も同じ会計監査」
きぬ
「へぇー、何するのさソレ」
良美
「会計の仕事が平等かどうか審査する係だよ」
エリカ
「私が会計兼任してやってるから、
はっきり言って仕事ほとんどないけどね」
エリカ
「遊びたい盛りのカニっちやフカヒレ君には
適任だと思うけど」
きぬ
「そうだねー、正直あんまりメンドくさいの
やりたくないし、それでいいよボク」
新一
「俺は姫のためならもっとキツい仕事でもいいぜ」
エリカ
「ううん、キツイ仕事だとあんまり役に
立ちそうもないしこれでいいわ」
新一
「そっか。じゃあこっちで頑張るぜ!」
笑顔を崩さないフカヒレ。
こいつ別の意味で凄いな。
エリカ
「スバル君はよっぴーの補佐、書記ね」
スバル
「書記か……」
エリカ
「粗っぽいかと思えば結構几帳面だからね」
スバル
「は、なるほど。よく把握しているな」
エリカ
「これで4人とも決定ってわけね」
エリカ
「それじゃあ、早速仕事に入ってもらうわ」
早いな……。
きぬ
「生徒会の仕事ってどういうのがあるの?」
スバル
「今まで無縁だっただけに分からねぇよなぁ」
エリカ
「よっぴー、説明してあげて」
良美
「諸行事の企画運営、陳情の処理
予算の執行、各委員会の統率及び補佐……
結構大変だよ」
エリカ
「陳情なんて人生相談じみたものまであるしね」
新一
「それで俺達の仕事は?」
エリカ
「ファーストミッション・人材登用」
エリカ
「せっかく4人入ったんだし、
ここで一気に生徒会の頭数を揃えたいのよ」
エリカ
「会計のポジションが1つ空いてるの。
私はあくまで生徒会長がメインだから
1人専門のが欲しいわね」
エリカ
「だから、その会計に相応しい人間を
スカウトしてきて頂戴」
レオ
「スカウトか……」
エリカ
「会計って事で私のパートナーになるわけ
生半可な人材じゃ納得しないわよ」
レオ
「やっぱり優秀な人材?」
エリカ
「美人で、胸が大きそうなのがいいわ」
良美
「はぁ……」
なんか佐藤さんが溜め息ついてるぞ。
新一
「そんなん言われなくても
分かってる! って感じ?」
エリカ
「そう、じゃあお願いね」
レオ
「やっぱり2年生から探すのか?」
エリカ
「ううん、1年生がいい」
スバル
「しかし何でオレ達なんだ、好みがうるさそうだから
自分で探せばいいじゃねぇか」
エリカ
「私は忙しいの」
エリカ
「それじゃ、士気向上のために
霧夜スタンプ帳を授けます」
レオ
「なんだいこれ」
エリカ
「成果を挙げる毎に、スタンプ1個押してあげる」
エリカ
「全部溜めると、どんな願いでも1つかなう
というスゴイ特典があるわよ」
きぬ
「ど、どんな願いでもかなう!?」
エリカ
「ええ。私が出来る範囲だけど、まぁ私は
たいてい出来るから」
きぬ
「ど、どんな願いでも……」
きぬ
「ち、チキンカレーお腹いっぱいになるまで!」
スバル
「新品のフライパンが欲しいな」
新一
「姫とデートしてぇ!」
レオ
「お前達、安上がりでいいな」
エリカ
「デートか……ええ、考慮してあげるわ」
エリカ
「今ならオトク期間でよっぴー付き」
良美
「ええっ!?」
ポテトみたいな手軽さでつけられた佐藤さん。
新一
「メッサすげぇ、両手に花かよ!」
新一
「もうその日は帰れねぇよ!」
エリカ
「面白いわねー、フカヒレ君て」
新一
「うへへ」
動物園の猿を見る目だぞ、気付けフカヒレ!
しかも“考慮”だぞ。
政治家らしくて何かキナ臭い。
エリカ
「こういう分かりやすいご褒美があれば
頑張りやすいかなって」
新一
「最高だぜ!」
きぬ
「ボク、頑張るよ!」
すっごい物欲主義な人達だな。
エリカ
「対馬クンは何か望みは無いの?」
レオ
「俺は……」
俺の願いは……
フライドチキン食い放題
よっぴーをもらう
姫といろいろする
レオ
「フライドチキン食い放題とか」
俺もカニ達と同列だった。
きぬ
「いいねー、ボクにも頂戴ねー♪」
レオ
「皮だけやる」
きぬ
「サクサクしててウメーんだよね、これが」
え、皮で喜んでるよこの娘!?
エリカ
「育ち盛りな意見ねー」
エリカ
「でも期待してたリアクションと違ってつまんない」
そっちが期待してるリアクションなんて知るか。
レオ
「佐藤さんを1日借りようかな」
良美 無音
「!」
一瞬でボッ、と赤くなる佐藤さん。
スバル
「おおっ、オマエにしちゃ前向きな意見だぜ」
何故かスバルが嬉しそう。
エリカ
「いいわよ、でも私のだから後でちゃんと返してね」
きぬ
「スゲェまるで物のように扱われてるぜよっぴー!」
良美
「あはは、いいの。エリーだって本気じゃないから」
良美
「多分……60%……そう思いたい……」
レオ
「冗談だって、そこまで深刻にならなくても」
レオ
「姫と、色々する」
きぬ
「うわ、ムッツリ! ユア ムッツリーニ!」
……誰?
エリカ
「あら、こりゃ何を要求されるのか見物だわ」
ニヤニヤ笑う姫。
ナめられているなぁ。
エリカ
「それじゃ頼んだわよ。タイムリミットは1週間」
新一
「任しといてよ!」
エリカ
「対馬ファミリーって面白いわね」
エリカ
「美人連れてきたらもうけものだわ」
良美
「エリー、なんで1年生なの?」
エリカ
「ピチピチしている方がいいじゃない」
良美
「エリー…… オジサンじゃないんだから」
エリカ
「揉みごたえがあるといいわね」
乙女
「女と女でもセクハラは成立するんだぞ、姫」
乙女
「女性の胸を揉むのが楽しい、などという悪癖は
いい加減なおせ」
エリカ
「じゃあ乙女センパイ揉ませてよ」
乙女
「断る、じゃあって何だ。何でそうなる」
エリカ
「女性のおっぱい星人って理解者が少ないのよね」
乙女
「間違ってるからだ」
エリカ
「私が言う事、やる事は正しいの」
乙女
「これだ……」
良美
「全くもう」
乙女
「私は部活に行くぞ」
良美
「はい、頑張ってくださいね」
良美
「あっ、そういえば私にも頂戴、霧夜スタンプ」
エリカ
「よっぴーにはあげなーい」
良美
「エリー、いじわる……」
エリカ
「まぁ聞きなさいな、何でも願いがかなうったって
いつソレをかなえるかなんて言ってないでしょ」
エリカ
「100年先か、3億年先か……」
良美
「エリー、それ詐欺」
エリカ
「私だってこんなセコイ手使う気は無いわよ。
無理難題ふっかけてこなきゃかなえてあげるわ」
エリカ
「でね、その無理難題じゃない願いごとってのはね
よっぴーが言えばスタンプなんか集めなくても
かなえてあげるレベルなの」
エリカ
「今日はとりあえずよっぴーの胸を
揉んでおこうかな」
良美
「とりあえずなんて言い方じゃやだもん」
エリカ
「ケチケチ言いなさんな、減るもんじゃないし」
良美
「も〜、これのどこが姫なの……」
エリカ
「よっぴ―……」
良美
「あ、シリアスはずるいって」
エリカ
「いいでしょ?」
良美
「あ……エリーのアップは反則だよ……」
良美 無音
「……」
良美 無音
「(こくん)」
スパーン!
祈
「こくん、じゃありませんわ。アブノーマルな」
良美
「わわっ」
エリカ
「祈センセイ、珍しいですねこの時間に」
土永さん
「エリカ、お前のソレは全く病気だな。バッドだぜ」
エリカ
「胸の無いヤツは黙ってなさい」
土永さん
「おおう、オウム差別! アンビリーバブル!」
エリカ
「というか、あなたなんで土永さんって名前なの?」
土永さん
「祈、このブロンドにサクッと教えてやりな」
祈
「オウムの顔を見れば分かりますわ」
エリカ 無音
「?」
エリカ 無音
「(じーっ)」
土永さん
「先に言っておくが、己(オレ)は惚れた女が
いるんでなそんなに見つめても、
溶かすことはできないぜ?」
祈
「どうかしら? 顔の輪郭など見ると
どこか語感的に“土永さん”って感じ、
しませんこと?」
エリカ
「語感的っていうなら私はどっちかっていうと
“笹山さん”って感じがする」
良美
「分からない、この人達の会話が分からない……」
土永さん
「それでいいんだ、良美と我輩はせめて
常識コンビとしてシリアスにやっていこう」
土永さん
「我輩は非現実的な事が嫌いだからな」
良美 無音
「……」
……………………
レオ
「という事で人材の登用が俺達の仕事だ」
新一
「本来なら飼い犬になどならない俺達だけど」
きぬ
「霧夜スタンプは是非とも欲しい」
きぬ
「ってコトで、気合入れて探そうよ!」
スバル
「ここまで意見が一致するのも珍しいな、オイ」
レオ
「人を動かすのは物欲で釣るのが一番ってコトだ」
スバル
「ま、オレだけ抜けるのは寝覚めが悪いからな。
部活が始まる時間までは協力すっからよ」
きぬ
「一年の可愛い子を連れて行けばいいんでしょ?
どういう風に動こうか」
新一
「それだったら俺に任せてよ」
いきなり不安になった。
とりあえずフカヒレに従い校門の前に移動する。
新一
「ここで1年が来るのを待つわけだ。
で、その娘がイケてるようなら俺が声をかける」
新一
「そのままキャッチして、生徒会室に連れて行く
シンプルだけど有効な作戦だろ?」
きぬ
「不可能という点を除いてはね」
きぬ
「ナンパ作戦なら、美形のスバルでしょ」
新一
「いや、カニは慣れてるだろうけど、スバルだと
初めて見た人は怖がる可能性が極めて高い」
新一
「レオは初対面相手にペラペラ喋れる性格じゃない
つまりここは俺に任せておけ、ってコト」
レオ
「……そこまで言うならやってみろ」
新一
「任せな。カッコイイとこ見せてやるよ」
新一 無音
「(スバルは女子に人気あるし、レオも
油断ならないからなぁ)」
新一 無音
「(俺の女にするんだから、先にあいつらに
惚れられちゃ厄介だぜ)」
新一 無音
「(恋愛とは戦争だぜ、抜け駆け上等よ)」
きぬ
「あっ、早速来たよ。アレなんてどうよ?」
新一
「魅力度たったの5……ゴミだ」
レオ
「え、あれで5? そこまで悪くないだろ」
新一
「姫が53万ぐらいあるから、せめて4万ぐらいは」
きぬ
「オメー自分がオゲチャのくせに好き放題言うなぁ」
新一
「男なんてそんなもんさ」
スバル
「次のはどうだ?」
新一
「太ももがムチムチしてていいな。でも唇が
あつぼったいからボツだ」
レオ
「さらにその次、今来たのは?」
新一
「アゴがしゃくれてる」
レオ
「贅沢すぎるぞお前」
新一
「じゃあアレぐらいにしておくか」
なかなか可愛い2人組だった。
完璧自分の趣味で選んでるなアイツ。
新一
「ねぇ、君達ちょっといいかな?」
1年女子A
「はい?」
新一
「生徒会って興味無い?」
1年女子A
「生徒会長には興味があります」
新一
「そっか、あのさ、生徒会長がキミ達
みたいな可愛い娘と一緒に仕事したがってるんだ」
1年女子B 無音
「!」
新一
「だからさ、生徒会に入る気ない?」
1年女子A
「あ、あなたも生徒会の一員なんですか?」
新一
「そう。鮫氷っての。シャークって呼んでね」
新一
「鮫だけどキミ達を食べたりしないから」
新一
「食べるっていやらしい意味と違うぜ?」
レオ
「まずいぜ、少し脱線している」
きぬ
「何であいつはああも自爆するかね?」
1年女子B
「あ、あのぉ……」
新一
「だからさ、ハァハァ……ちょっと来るだけでも
……な、いいだろ」
1年女子A
「え、遠慮しておきますっ……」
新一
「それとも何だ。先輩の頼みは聞けないってのか?
竜鳴館はワリと縦社会なんだぜ?」
1年女子B
「そ、その」
新一
「いいじゃないか、なな? 親には内緒だぜ?」
きぬ&スバル きぬ
「アホかテメェは!」
ツープラトン・ミドルキックがフカヒレに命中。
ヤツは校門の柵まで吹っ飛んでいった。
レオ
「キミ達ごめんな、今起こったことは忘れてくれ
ほら、ビスケットあげるから」
謝礼の印にカニ対策のビスケットをあげた。
1年生達は足早に去っていった。
新一
「おぉ……痛ぇ、何するんだお前達」
新一
「邪魔すんなよな、あと少しだったのに」
きぬ
「どこがじゃーい!」
これ以上ないほど完璧な角度で
ツッコミを入れたカニ。
レオ
「お前ただの危ない人だったぞ」
きぬ
「完全に怯えてたじゃん、1年生」
新一
「分かった分かった、興奮してた事は認めてやる」
新一
「なんか俺、女の子を見るとすぐに頭の中で
そいつを裸にしてるんだよな」
レオ
「それ以上しゃべるな……自分の立場を危うく
するだけだ」
新一
「次は真面目にいくさ。よし単独で行動してる
あの娘を狙うぜ」
レオ
「その言動からして不安だなぁ」
新一
「HEY彼女、今1人?」
1年女子G
「何コイツ。キモ〜イ」
はい秒殺。
新一
「だめでした……」
きぬ
「つっかえねぇヤツだなぁ、このキモ野郎」
新一
「お前、チビのクセに態度でかいんだよ!」
きぬ
「んだよ、相手にされなかった腹イセにボクの
悪口を言おうってんだ! サイテー!!」
レオ
「いちいち反応するな。器も小さいって言われるぞ」
きぬ
「なにぃぃぃ!? 器もって何さ、もって?
他にどっか小さい所でもあるんか。タコスが!」
いや、胸とか尻とか身長とか精神年齢とか。
レオ
「元気ありあまってるみたいだから
お前が勧誘行ってくれば」
きぬ
「おうよ! 白いご飯がお腹一杯食べれるよ、とか
そういう説得方法でいいんだよね」
レオ
「やっぱお前行かなくていいや」
新一
「ねぇねぇキミ達、ちょっといいかな?」
レオ
「俺達が話してる間に他の1年娘に声をかけてる!」
1年生D 無音
「……(無視)」
新一
「あの……キミ話聞いてる?」
1年生D 無音
「……(無視)」
新一
「てめぇ! それほど美人でもないくせに
お高くとまってるんじゃあないぞ!」
1年女子G 無音
「あいつで〜す(ヒソヒソ)あいつがなんかワタシを
飢えたケダモノの目で見てるんです(ヒソヒソ)」
乙女
「ほう」
レオ
「まずい。距離をとれ、乙女さんが来た」
乙女
「おい鮫氷」
新一
「うるせぇっ、俺は女でもグーで殴れるんだぞ」
新一
「……って乙女さん!」
乙女
「制裁!」
新一
「ありがとうございますっ!」
………………
新一
「俺も仕事のためとはいえちょっと
はしゃぎすぎたっていうか……スイマセンでした」
乙女
「以後、気をつけるようにな
生徒会の問題にもなりかねんのだぞ」
ズカズカと去っていく乙女さん。
新一
「怒られちゃった、うふふ」
何故か嬉しそうなフカヒレ。
スバル
「このやり方は効率悪ぃな。悪評も立っちまう」
レオ
「いったん本部へ引き上げよう」
……………………
レオ
「あれ?」
祈
「あらあら」
祈先生が我が家のごとく、くつろいでいた。
新一
「何で俺の祈先生がここにいるの?」
エリカ
「さりげなく大胆な発言ね」
祈
「私、フカヒレさんみたいな人は仕事でない限り
声もかけたくありませんの。ごめんなさいね」
壮絶な言われ方だった。
新一
「ま、こんな状態で始まる愛もあるさ」
こいつもしぶとい。
エリカ
「祈センセイは生徒会執行部の顧問なの」
祈
「よしなに」
祈
「顧問といっても運営方針に口出しはしませんわ。
生徒の自主性を尊重し、全てをお任せします」
そう言いながら祈先生はゴロゴロしている。
要するに投げっぱなしというのではなかろうか。
まぁガミガミ言われるよりよっぽどマシだ。
良美
「誰かいい人見つかったの?」
レオ
「残念ながらまだなんだ」
良美
「まぁ初日だしね。ちょっと気が早かったかな」
レオ
「佐藤さん、全1年生の名簿とかある?」
良美
「名簿ね。はいこれ」
ファイルをもらう。
良美
「この棚にあるのが資料だから、好きに見ていいよ」
さすが生徒会、資料が揃っている。
良美
「読み終わったら元の場所に戻しておいてね
私に返してくれてもいいし」
レオ
「了解」
さっきから軽快なタッチタイピングの
音が聞こえている。
姫が何か資料を作っていた。
まぁ邪魔するのはよそう。
スバル
「1年生の名簿見て適当に決めようぜ、作戦か?」
レオ
「まぁこっちの方が効率はいいだろ」
レオ
「見ろよ。所属の部活まできっちり網羅している」
レオ
「体育会系の1年なんて、縦社会のリューメイで
暇なんてないだろうしな」
レオ
「そんな風に消去法しつつ、名前見て選んでいこう」
新一
「それいいな。ちょっと知識ひけらかして
悪いけど、名は体を露にするって言うじゃない?」
きぬ
「うわ、博学だねフカヒレのくせに」
レオ
「カニ、お前少し勉強しようぜ。
ついでに名は体を表す、な」
新一
「大人しそうで、かつ可愛くて
先輩の命令だったら何でもしてくれそうな
名前の子を選ぼうよ」
レオ
「可愛くかつ何でもって……どんなんだソレ」
新一
「まずは語尾に“〜モン”とかつけるんだよ。
で、何かドジすると、えへへ、とか
照れ笑い浮かべてペロッと舌を出すの」
レオ
「それは千葉の妖怪か何かか?」
きぬ
「あやまれ! 千葉の人にあやまれ!」
新一
「後はさ、そうだな」
きぬ
「先輩、先輩! ジュース買ってきました」
きぬ
「先輩先輩! 先輩の仕事全部やっておきました!」
きぬ
「先輩、先輩! 一緒に帰りましょう!」
きぬ
「先輩、先輩! 今日は……家に誰もいないんです」
きぬ
「先輩……いいんです、先輩のなら汚くないから」
新一
「って、カンジ?」
祈
「ステップ4からステップ5の
急激な展開が気がかりですわ……」
何故か祈先生が真剣に考えている。
スバル
「いかにも読み切りH漫画のストーリーだよな」
レオ
「そんな漫画ばっか読んでっから発想が貧困になる」
きぬ
「つかどーしてイメージがボクなのさ!」
土永さん
「そりゃ、このボウズの脳内では
学校の女で具体的なイメージといったら、嬢ちゃん
ぐらいしか思いつかなかったからだ。哀れな奴だ」
祈
「……って、土永さんが言ってますよ」
新一 無音
「……」
スバル
「オイ、名簿で面白い名前があったぞ。
これどうよ? 北海道牛子。所属は手芸部」
新一
「おぉいいねぇ。でっかそうだねぇ。
胸なんかきっとホルスタインだぜー」
レオ
「とりあえず偵察してくるか」
たったかたー。
祈
「対馬ファミリーは元気があってよろしいですわね」
良美
「先生、ほっぺにクリームついてますよ」
エリカ
「よっぴー、そういう時は舌で舐めとるように
調教したでしょ?」
良美
「されてないよぅ!」
――偵察フェイズ。
スバル
「オージーザス。顔までホルスタインだ」
レオ
「失敗だったな」
新一
「スバルのカンはアテにならんって事で」
スバル
「ちっ、悪かったな」
きぬ
「もうすぐ陽が落ちるね。ね、ね、どうせ4階に
いるんだし屋上いかない?」
きぬ
「こっから見える夕陽キレイだからさ」
レオ
「別にいいけど」
………………
屋上は、眺めがとにかく良い。
前方に大きく広がる海。
後ろを振り返れば、松笠の町並みが一望できる。
その全てが赤に染まっていた。
きぬ
「うわぁ、キレイキレイ」
海からくる強い風に短いスカートを
揺らしながらカニがはしゃぐ。
その影が長く伸びている。
なんとなく幻想的な風景だ。
新一
「夕陽見てるとギター弾きたくなるんだよな」
レオ
「いいのかスバル? 部活始まってるだろ」
スバル
「まぁちょっとぐらいは構わねぇさ
気分屋で通ってるしな」
きぬ
「あれ、ボク達以外に誰かいるよホラ」
屋上の隅で、沈みかけた太陽を眺めている人影。
背は高いぞ。170センチぐらいある。
きぬ
「あれも1年の女子だね」
その人影がこっちをじっ、と見た。
1年生E なごみ
「……」
レオ
「!」
ドクッとした。
風になびく黒髪。
強気そうな切れ長の瞳。
あんな美人がまだウチの学校にいたのか。
でもどこかで見た事があるような。
一瞬俺と目があった。
だが興味無い、という風に顔を戻す。
何を見てるんだ、太陽か?
いや、海の波でも見てるのか?
分からないが……
スバル
「おい、何震えてるんだカニ」
きぬ
「あれカレー屋を荒らしてくれた女だ……
ボク達と同じ学校だったんだ」
レオ
「あぁ、一週間前のオアシス(カレー屋)の」
そうか、そこで見たんだ。
きぬ
「気にいらないヤツだけど、同じ学校だったとはね
これは楽しくなってきたなぁ」
カニが指をバキボキと鳴らす。
きぬ
「先輩として色々教えてあげたい気分だねぇ」
スバル
「しかし、あれで1年か……なんか貫禄ねー?」
新一
「よし、決めたあいつを生徒会にスカウトだ」
きぬ
「おいおい正気ですか?」
新一
「1年だし、美人じゃん。胸大きそうだし」
きぬ
「オメー外見しか見てねーだろ」
新一
「今、神が俺に囁いたんだよ、この娘にしろとっ!」
きぬ
「それ邪神?」
新一
「だってあの後ろ姿見てみろよ」
レオ
「黒髪が綺麗だな」
新一
「なんか寂しいからだれか私を抱いて
光線を放ってると思わない?」
スバル
「えーそうかぁ? オレには逆、他人は
近づくな光線に見えるんだがなぁ」
多分、スバルの方が正しい。
新一
「なんたって俺は彼女にセイロンティーを
おごったんだからさ、面識はある。余裕だぜ」
新一
「400円から始まる恋もあったっていい」
新一
「よし、お前達はここで待機。
キスまで行っても指をくわえてみてるんだぞ」
スバル
「どこをどう計算したらキスまで行くんだよ」
新一
「自分もとうとう彼女持ちかぁ。おい、カニ。
帰ってきたら自分の顔、携帯で撮影してくれよな
一仕事やり終えた男の顔だからさ」
フカヒレは勇み足で歩いていった。
――――さぁ、解決編です。
新一
「ねぇ、ちょっといいかい」
1年生E 無音
「……」
新一 無音
「(うお! 間近で見るとより美人!
1年の中では最高素材じゃねぇか?)」
新一
「パワー計測!」
フカヒレが眼鏡のフチをグイッと押した。
新一
「78……79……81……83……85…」
新一
「馬鹿な、まだ上昇していくだと!」
新一
「バ……バスト87……だとぉ?」
新一
「最近の1年生はなんたる…なぁんたぁる発育か!」
新一
「おっとだめだめ平常心だよ新一」
新一
「俺は2−Cの鮫氷新一。シャークって呼んでくれ」
新一
「趣味は天体観測。割と自然好きなんだ。
好きな昆虫はコーカサスオオカブト。
あの威風堂々とした角になんか親近感」
1年生E 無音
「……」
新一
「あのさ、君生徒会って興味ある?」
1年生E なごみ
「ありません」
プイッと視線を戻す。
新一
「うっ……」
新一
「実は生徒会では明日の学校を担う
フレッシュな人材を募集しているんだ」
新一
「カリスマ生徒会長、霧夜エリカの下で
頑張ってみる気はない?」
1年生E なごみ 共通
「ありません」
新一
「う……く」
新一
「でもほら、生徒会の名簿見たけど
部活無所属なんでしょ?」
新一
「青春を有意義に使う意味でも、生徒会どうかな?」
新一
「仕事内容は簡単だよ難しく考えないでいい」
1年生E なごみ
「消えてください、興味無いです」
新一
「ぐ……だ……」
新一
「だったらさぁ!」
新一
「俺と付き合ってみればいいじゃない!」
新一
「新たな世界が生まれるかもしれないじゃない!」
新一
「俺についてこい!」
レオ
「……何でいきなり告白してるんだアレ」
スバル
「テンパって前後不覚になってるな」
1年生E なごみ
「……気持ち悪い」
新一
「キモ……?」
新一
「ちょっと待って、俺のどこが気持ち悪いんだよ」
1年生E なごみ
「しつこい」
新一
「ひっ」
1年生E なごみ
「潰すぞ」
新一
「ひぃぃっ」
レオ
「おいおい、なんか小走りで帰ってきたぞ」
新一
「うっ、うわぁぁぁぁんっ! チクショー!」
きぬ 無音
「(カシャッ)」
新一
「なぁに写真とってんだよ、このメス豚がぁ!」
きぬ
「んだよ、そっちが撮れっつったんだろっ!」
新一
「スバルぅ! スバルゥ! あいつシめてくれよ!」
スバル
「落ち着け」
きぬ
「おやおや精神的に参っちゃいましたかこのゴミは
ほんっと使えないクズだよね」
レオ
「女の子に厳しい事を言われると、姉へのトラウマが
発動してしまうんだな」
難儀なヤツだ。
きぬ
「ちょっとボク行ってくるよ」
レオ
「説得?」
きぬ
「まさか、あんな胸デカそーな女いらねーよ」
それはお前の私見だろ……。
きぬ
「フカヒレはカスだけど、一応2年だよ?
目上の者に対するハウトゥーを語ってあげるのさ」
きぬ
「平たく言えばヤキ入れかな」
カニはテクテクと歩いていった。
スバル
「揉め事になったら止めるぞ」
レオ
「あぁ、間違いなくそうなるだろうけどな」
きぬ
「よっ、辛口キング」
1年生E 無音
「?」
きぬ
「ボクの事は当然覚えてるよね」
1年生E なごみ
「あぁ……」
1年生E なごみ
「鈴木さん」
きぬ
「誰それ? ねぇ誰?」
きぬ
「ボクだよ、カレーハウス“オアシス”の
可愛いウェイトレス!」
1年生E 無音
「………………………………」
1年生E なごみ 共通
「あぁ……」
きぬ
「言葉遣いには気をつけなさいよ、ボク2年だから」
きぬ
「縦社会とか嫌いなんだけどね? それでも
先輩に対する最低限の“敬い”は社会でやっていく
上でとても必要だと思うんだよね」
きぬ
「そこをいくとキミはまだまだそういう所が
欠如してると思うんだよな〜ボクは」
きぬ
「いや、これは心配してるんだよ先輩として」
1年生E 無音
「……」
きぬ
「まぁここは1つボクがキミの淀み腐った精神を
叩き直してあげるよ、だからとりあえず大学食で
ジュースでも買って来――」
1年生E なごみ
「うるさいな」
カニがほっぺを引っ張られた。
きぬ
「んは!?」
1年生E なごみ
「お似合い」
きぬ
「ははへははへ!」
1年生E なごみ
「聞こえない、しっかりしゃべって“先輩”」
きぬ
「ぐおおおおお!」
咆哮している……。
1年生E なごみ
「ふっ」
解放された。
カニは涙腺がもろいので、あれはキツいだろう。
きぬ
「うくっ……う……」
ほら涙目になった。
1年生E 無音
「……」
レオ
「うわ、なんだアイツ。カニのはんべそ顔を見て
うっすらと笑ってるぞ」
スバル
「やだやだ、オレ苦手なタイプだね
それよりカニ止めようぜ。2秒後にキレるぞ」
レオ
「そうだな」
きぬ
「てめぇ……夕陽の中で死ねるとはなかなか
オツだなぁ、オイ」
カニを俺とスバルが両サイドから抱えた。
レオ
「鈴木さーん、しっかりしてよぉ」
スバル
「そうだぜ鈴木さん」
きぬ
「誰が鈴木さんじゃボケ! いいから放せ!
こいつの命(タマ)だけは殺(と)ったる!」
まさに荒ぶる獣。
1年生E なごみ
「騒がしいので、失礼します“先輩”」
最後に嫌味を言ってドアの方に去っていく。
は、進行方向にはフカヒレが。
新一 無音
「……」
1年生E なごみ
「(ジロ)邪魔」
新一 共通
「ひっ」
ガンつけられて道を譲るフカヒレ。
レオ
「ありゃだめだ」
スバル
「取り付く島が無いな」
きぬ
「ボクが……ボクがコケにされたままなんて」
カニが手元から手帳を取り出して、
スラスラと何か書き込んでいる。
何故かそのページには俺の名前が書いてあった。
その下に1年生のクソ生意気な女、と書かれる。
レオ
「それ何の手帳?」
きぬ
「ボク的 殺したるリスト」
レオ
「ねぇ俺まで載ってたよ?」
こいつ俺に殺意さえ抱いていたのか。
なんと恐ろしい。
きぬ
「殺すというより屈服させるっていうのが目的かな」
きぬ
「乙女さんはいい人だったけど、あれは絶対悪だね」
きぬ
「いずれボクの子分にしてイジメまくってやる」
きぬ
「次回! ボクの ものすごい 復讐!」
レオ
「勝手に次回予告するな」
今日は成果無しか……。
最後で一気に疲れたな。
ま、明日があるさ。
……………………
晩飯。
乙女
「……握り飯だ」
レオ
「頂きます」
また料理が上手くいかなかったらしい。
もはや定番になりつつあった。
かにマヨネーズが具になっているおにぎりを
食べながら会話する。
レオ
「副生徒会長の仕事って何があるんだろ」
乙女
「あぁ、基本的に姫のサポートだ」
乙女
「姫は仕事完璧なので本来、副会長は
飾りのようなものだな。だから私は
風紀委員と掛け持ちできるんだ」
乙女
「基本的には姫の言う事を聞けば問題ない」
乙女
「分からない事があれば、その都度私に聞け」
レオ
「分かった」
乙女
「で、人材は見つかりそうか?」
レオ
「今日は収穫ナシ。明日も頑張ってみる」
乙女
「そうか、色々考えてやってるようで安心した」
乙女
「私を頼ってもいいが、それは最後の最後まで
頑張ったけど、上手くいかなかった時にしておけ」
レオ
「……了解」
厳しくも優しい(?)乙女さんだった。
今日は早めに寝よう。
さっさと歯を磨いて――と。
しゃこしゃこ。
乙女
「おい、そっちは私の歯ブラシだぞ」
レオ
「ぐあ! ごめん!」
素で間違えた。
乙女
「お前、“乙女”の歯ブラシを間違えて
使ってしまうなんてな。嫌われるぞ」
レオ
「コンビニで新しいの買ってこようか?」
乙女
「熱湯消毒すれば使えるだろう」
レオ
「え、意外と豪胆」
乙女
「馴染みの深いお前だから言ってやってるんだが」
乙女
「本音を言わせてもらうと」
レオ
「言わせてもらうと?」
乙女
「これはもう使えないな」
レオ
「ごめん、そっちの方が傷つく」
乙女
「本当に繊細だな、お前は」
レオ
「だから優しくあつかってくれ」
乙女
「いや、世間の荒波に揉まれる時の事を
考えるとここは厳しくいこう」
乙女
「しっかり励んでいれば、優しくするさ」
って事で今日も無事終了。
なんか放課後からは意外と充実してたな。
ちなみに乙女さんの歯ブラシは
熱湯消毒したら形状が変化してしまったらしい。
朝起きる。
乙女
「朝飯は、なんと握り飯だ」
レオ
「わはー」
なんかもうホント慣れそう。
具のバリエーションが豊富だから助かる。
乙女さん出発。
昨日俺の着たYシャツがビシッ! と干してある。
俺のトランクスも干してあるので、ちょっと照れ。
さらに、その横には何か純白めいたものが。
レオ
「これは……乙女さんの下着……」
ハイソに言うとパンティ。
なんというか、縞もなければ何もないというか。
ただ純白という清さが乙女さんらしい。
ここでとるっべき行動は1つ
俺もそろそろ学校へ行く
もう少し眺めていく
顔にかぶる
そうだな、それが当然だ。
眺めてどうする。
風に揺れる。
ちょっと和んだ。
俺ってムッツリスケベなのかも。
ありえねぇだろ……
かぶってどうする?
とりあえずかぶるけどさ。
……これは?
少しだけ幸せになった。
どこか遠くで何かのフラグが立った音がした。
朝のHR。
土永さん 共通
「祈は寝坊して遅刻している。我輩だけ
先に飛んできた」
レオ
「またかよ」
きぬ
「遅刻多いぞ祈センセー!」
土永さん 共通
「まぁまぁ落ち着けヒヨコども。我輩は
ピーピー鳥みたいに騒ぐやつは嫌いなんだ」
土永さん
「ありがたい話でも聞かせやろう
いいか、桃は高価なデザートでな」
いつの時代の鳥なんだ、あれは……。
………(時間経過中)…………
さて、体育。
水曜と火曜は体育があるのだ。
鉢巻先生
「皆、笑顔かい? 笑顔は大切だよ?」
鉢巻先生
「僕は柔軟な授業制度がモットーでね。
どうだろう今日はやけに暑いし、もう女子の
見学ってことで。日々の潤いになると思うんだ」
新一
「異議ナーシ!」
鉢巻先生
「それでは早速 応援に行こうじゃないか
いいかい、笑顔で応援するんだ」
体育館へ移動する男子。
バレーボールとやらに興じていた。
女子の熱気がこもっている。
鉢巻先生
「やぁいい眺めだ。職権って素晴らしい響きさ」
レオ
「いまだにブルマだよな、ウチの学校」
スバル
「ナイスブルマ」
新一
「ナイスブルマ」
ガシッと手を合わせるバカ2人。
メガネ
「やれやれ、ブルマのどこがいいんだか
正直、理解に苦しみますね
スパッツこそが」
スバル
「テメェ、ブルマ馬鹿にするんじゃねェよ!」
メガネ
「うわぁぁっ、だ、伊達さんスイマセン」
レオ
「やめとけ、怯えてるだろ」
豆花
「あいや、視線を感じると思たら男子がズラリネ」
エリカ
「やれやれ、鉢巻センセイもいい加減な人ね」
きぬ
「エマーニエルーショッ!!」
カニがサーブを撃ち込む。
良美
「はいっ」
ボムッ、とレシーブする佐藤さん。
そしてトスが上がり……
エリカ
「それっ」
姫のスパイク!
きぬ
「たぁぎるぜぇぇぇぇー!」
カニが凄まじい勢いでつっこんでボールを
拾い上げる。
あがったボールをトスし、
女子生徒Z
「ウチも本気、みたいな!」
スパイクする女子生徒Z。
良美
「えいっ」
だが、これも上手くレシーブする佐藤さん。
何気にいい仕事をしていた。
そしてトスが上がり……
エリカ
「今度は本気……でっ!」
姫のスパイク!
きぬ
「駄目だ、ガッツが足りない!」
ダーン! と床に叩きつけられるボール。
きぬ
「くそっ……姫強ぇ」
女子生徒Z
「歯が立たない、みたいな!」
レオ
「おーおー。カニもいい感じでかませ犬だな」
スバル
「なまじ運動神経が結構いいから、ある程度は
姫の相手が出来るってのがより難儀だな」
新一
「よし、そろそろトイレ行ってくる」
俺達はブルマを鑑賞しながら、
有意義にその時間を終えた。
……………………
――――放課後。
エリカ
「対馬ファミリーは引き続き人材の捜索、登用」
新一
「サー・イエッサー」
その場で1年生の名簿を広げる。
新一
「さて、どいつから勧誘してやろうかな」
新一
「こういうのはシックスセンスで調べるんだよ。
……おっ、いい名前はっけーん!
1−Bのこいつはどうよ?」
“椰子 なごみ”
きぬ
「きこなごみ?」
スバル
「オマエ、ほんと良くココ受かったな
オレでも読めるぞコレ」
レオ
「ヤシ、だろ。椰子なごみ(やし なごみ)」
新一
「なごみだなんて、きっと癒し系だぜ?
その名前だけで俺の心も和んだもん」
レオ
「部活はどこよ」
新一
「無所属。帰宅部だな」
レオ
「部活が忙しいって理由が無い分、引き受けてくれる
確率も増えるわけだ」
レオ
「これで行ってみるか」
祈
「それなりに頑張って下さいね。
問題は起こさないように」
新一
「椰子って何か南国のイメージだよね。きっと
ぽかぽかとあったかい心を持った子なんだぜ」
新一
「そして、その名のとおり体は果実のように甘い」
新一
「んで、このゴミのような世の中で
疲れている俺の心をクリーニングしてくれるの」
きぬ
「ゴミのような世の中っていうか、
フカヒレがゴミそのものなんだけどね」
新一
「うっさいよ、お前」
ポカッ
きぬ
「くぅっ、淑女をグーで殴るなよう!」
レオ
「さっさと行こうぜ。今ならまだ帰宅部とはいえ
教室にいる可能性も高い」
祈
「ご武運をお祈りしますわ」
俺達は生徒会室から出陣した。
エリカ
「さーて、どんな仕事ぶりかちょっと見てくるかな」
良美
「気になるの、エリー」
エリカ
「そりゃあね。昨日校門で眼鏡をかけた猿顔の
2年生が1年生女子を獣の目で見てた、なんて
届け出が来れば仕事ぶりも不安になるわよ」
エリカ
「ま、声はかけないで後ろから様子見てるわ」
1−Bの前に到着した。
きぬ
「おーい、1年坊。椰子なごみって来てる?
いたら教えなさいな」
きぬ
「一番窓側の一番後ろね、あんがとさん」
新一
「でも何で椰子なごみって名前を聞いた瞬間
眉をひそめたんだろね?」
スバル
「さぁねぇ。どれどれ……」
なごみ 無音
「……」
きぬ
「げっ、あいつが椰子かよ」
レオ
「うわ偶然だな」
レオ
「しかし……」
あいつの周囲に人はいない。
キレイな容姿もあってか完全に周囲から
浮いている存在だ。
誰も彼女に話しかけない。
いや、彼女が誰にも話しかけない。
レオ
「入学二ヶ月で完全に孤立している」
新一
「いじめられたってタマじゃないだろうしね
そういう性格なのかな」
きぬ
「どこにでもいるよねぇ、社会不適格者ってさ」
スバル
「あの女はやめよーぜ? なんか危ねぇよ」
レオ
「まーそうだな」
乙女さんに姫、それにカニ、顧問は祈先生。
色々な意味でお強い女性が揃っている。
だから佐藤さんのような優しい女性を狙うべきだ。
新一
「でもやめるとなると惜しい。
鶏肋 鶏肋(けいろく けいろく)」
レオ
「いや、だってお前ビビってたじゃないか」
新一
「確かにねーちゃんに少し雰囲気似てて怖いけど」
新一
「それをおいて余りある美人だし、俺のトラウマ
克服のチャンスなんだよ」
新一
「しかも、上手くいけば仲良くなれる
かもしれないだろ!」
新一
「メジャーで新記録樹立した偉大な男は言ったぞ」
新一
「可能性を捨てるなって……!」
レオ
「0%を可能性とは言わないだろ」
新一
「いいや、0はありえないね!
少なくとも俺の命ある限り0じゃないね!」
あれ、今の何気に名言?
レオ
「でもよ。あいつはやめとけ」
新一
「だって俺、……女の子に触りたいんです……」
レオ
「……なんて、無垢なヤツなんだお前」
ここまで剥き出しの心の叫びを発するとは。
失うモンは何も無いな。
新一
「しかも出来るだけ美人でグラマーがいい
あの女、背はちょっと高いけど適格者
まるで熱帯魚のような美しさ!」
レオ
「いや、ハリセンボンじゃん。刺々しいじゃん」
新一
「じゃあ花に例えるとバラとか」
レオ
「キレイな薔薇には棘があるって台詞知らないの?」
レオ
「それにお前……今思い出したけどアレじゃん?」
そう、あれは3年前――。
よく晴れた夏の日、確かテスト休みの時だった。
レオ
「どうしたんだ、フカヒレ。
こんな小学校に呼び出して」
新一
「見ろよ。小学生の女の子達が柔軟やってるぜ」
レオ
「それがどーした?」
新一
「実はさ、実は……」
新一
「俺、ロリコンなんだ」
レオ
「……」
新一
「だからといって、どうって事はないんだよ?
俺は俺のままさ」
新一
「でも、お前だけには知っていてほしくてな。
あるだろ? 懺悔を聞いて欲しいってやつ」
そんな夏の日のこと。
新一
「あぁ、アレか」
新一
「アレは、お前を真の友と認めたからこそ告白した」
レオ
「すっごい認めて欲しくないんですけど」
新一
「だが勘違いするなよ。ロリコン“でも”ある
ということをな。ノーマルだって余裕だよ
もちろん、祈先生みたいな爆乳大歓迎だし」
レオ
「要するに何でもいけるんじゃねぇか」
新一
「ある程度顔が良くて穴が開いてればな」
レオ
「……」
スバル
「おっ……あの女席を立ったぞ」
どこへ行くつもりだ。
その向かう先は屋上だった。
レオ
「また屋上へ行ったのか」
きぬ
「完璧決まりだね。あいつ友達いないね、
間違いないよ」
何故か中国人っぽいイントネーションで喋るカニ。
とんとん。
肩を叩かれたので振り返る。
ぷす。
指を立てられた。
エリカ
「話は聞かせてもらったわ」
レオ
「姫」
エリカ
「今の娘を勧誘しようと狙ってるんでしょ」
エリカ
「すごくいい人材よ。あのフテブテしそうな
態度が最高ね」
エリカ
「美人だし。1年生にあんなレアものが
いるとは思いもよらなかったわ」
エリカ
「是非とも登用成功させてね。バッチリ決まったら
霧夜スタンプ一気に3つあげる」
そう言うと、姫は足取り軽く去っていった。
スバル
「……オイ、どうすんだお姫様えらく
気に入ったらしいぜ」
新一
「スタンプ3個となりゃ、行くしかあるまい」
きぬ
「生徒会に入れてコキ使いまくるのも悪くないね」
新一
「でも、俺は多分悪評しかないと思うんだよ
カニだってそうさ」
スバル
「って事はオレかレオが行くしかねぇのか……」
新一
「カニ、真面目な話、レオは会話するヤツに安心感を
与えると思わない?」
きぬ
「そうだね、あーいうタイプならレオがサシで
行った方が無難だとボクは思うよ」
スバル
「だ、そうだ頼んだぜ」
レオ
「俺があんなの説得すんの?」
レオ
「怖いんですけど」
新一
「バッカおめぇ姫にいいカッコ見せたいんだろ」
レオ
「そりゃ見せたいさ、本心言うならね」
新一
「だったら分かりやすいじゃないか
あいつスカウトすりゃ姫喜ぶんだから」
レオ
「喜ぶ……かな」
新一
「カニ、モノマネ行け」
きぬ
「さすが対馬クン。やるわね! チュッ」
新一
「最後の投げキスはありえないとして
手ぐらいギュッ! と握ってもらえるぞ」
レオ
「手かぁ……そりゃいいな」
新一
「だったら行け! 手柄にして来い!
決して俺が楽しようってワケじゃないんで
そこんとこヨロシクな?」
レオ
「よし、行ってくる」
スバル
「オマエも結構単純だよなぁ」
何故か嬉しそうに言われた。
何、年下の女の子1人スカウトするのぐらい
わけの無いことだ。
そう自分に言い聞かせる。
俺は屋上の扉を開けた。
新一
「これでレオが説得すりゃ労せずスタンプ3つか」
海風がビュウッと吹き抜ける。
相変わらず、屋上は風が強い。
……あの女は。
いた。
ごほん、と息を整える。
一対一なんだ、恐れる事は無い。
行け、攻めろっ、先輩の威厳を見せてやれ。
レオ
「……やぁ」
俺は意を決して話しかけた。
なごみ 無音
「……」
返事は無い。
レオ
「あの、俺、君に言ってるんだけど、椰子……さん」
なごみ 無音
「……」
嫌そうな顔をして、振り返ってきた。
レオ
「俺は2−Cの対馬レオ(つしま れお)
生徒会で副会長をやっている」
レオ
「名簿で名前調べてさ」
椰子は俺をジロリと見つめた。
思わず、一瞬目を逸らした。
怖いよこの人。
思わず財布を出しそうになった。
レオ
「や、椰子さんが生徒会を手伝って
くれないかなって事でお願いに来たんだけど」
なごみ
「拒否します」
そう言うと、クルッと俺に背を向ける。
んんん、コレをどう登用するんだ?
とりあえず会話を進めて、突破口を見出そう。
レオ
「屋上って気持ちいいよね?」
レオ
「放課後、ここには良く来るのかな?」
無言。
ええい、気圧されるな。
レオ
「俺も時々来たりするんだ、昼だけど」
……シーン……
沈黙がここまで辛いとは。
風に、髪がサラリと揺れた。
レオ
「そ、その黒髪綺麗だな」
もうストレートに行こう。
レオ
「やっぱ手入れは大変か?」
くるっ、と振り返る。
なごみ
「これ以上あたしに話しかけないで下さい」
なごみ
「気持ち悪いです」
レオ
「な……」
圧倒的な拒絶感。
一応、敬語を使ってるあたり最低限の礼儀は
あるようだが。
逆にこの敬語がさらなる壁を感じさせる。
なごみ
「くっくっく……」
レオ
「?」
なごみ
「今の情けない顔は少しだけ笑えました、センパイ」
なごみ
「失礼します」
バタン、と屋上の扉が閉まる音がする。
――完敗した。
思わず膝をつく。
スバル
「……駄目だったみたいだな」
くそ、今日は無駄骨か――。
気がつけば夕焼け。
俺の心も夕焼け。
見たいドラマの再放送があったのに。
乙女さん、先に帰ってるかな?
電話して録画してもらおう。
………………
乙女
「夕飯だ」
やはり、握り飯が運ばれてきた。
焼きほたてが入っている。
レオ
「こっちは何? サーモンで米を包んであるの?」
乙女
「あぁ、美味いぞそれも」
バリエーションに驚かされる。
レオ
「――ごちそうさま」
乙女
「すまんな。明日こそは上手く作ってみせる」
レオ
「いやいや別に、無理しないで」
レオ
「すぐに上達、なんて期待してないしね」
乙女 無音
「……」
言い過ぎた?
乙女
「文句があるなら、お前も料理を練習すればいい」
来た、究極のこの意見。
これを弾き返してこそ万夫不当の大丈夫。
レオ
「それは正論だけど、俺の考え言っていい?」
乙女さんはコクリと頷き、真面目に聞く
姿勢をとってくれる。
だが、生面線を張っておかないと。
レオ
「約束1つだけしてくれ」
レオ
「今から何を言っても決して怒らないこと」
乙女
「それは約束できない、怒る時は怒る」
レオ
「そういう時は嘘でも約束すべきだと思うんだけど」
乙女
「嘘はつかん主義だ」
乙女
「では、譲歩して善処しよう」
レオ
「じゃあそれで」
レオ
「バリエーション豊かな食事はしたい」
レオ
「でも自分で作るのは大変」
レオ
「つまり、乙女さん頑張れ!」
レオ
「俺は応援してる」
乙女
「……つまりお前は自分では作るのが面倒臭い
しかし、美味い物は食べたいから文句だけは
言おうというのだな」
レオ
「文句というか激励ね」
レオ
「だめ、かな?」
年下っぽく甘えた声を出して上目遣いで見てみた。
乙女
「し、仕方が無いな、甘ったれめが」
ふっ、何が鉄(くろがね)だ。チョコより甘い。
乙女
「――何て言うと思ったか?」
……甘かったのは俺のようだ。
乙女
「お前のそういう所を直して欲しいと言われ
私はここに来たんだ」
乙女さんが拳を鳴らす。
話題を逸らそう。
レオ
「そ、そういえば俺が言ってたドラマ
撮っといてくれた?」
乙女
「……運が良ければな」
レオ
「え?」
ビデオを確認してみる。
……ザーッ……
砂嵐だった。
レオ
「あの〜?」
乙女
「だから……機械は苦手なんだ私は」
レオ
「……乙女さんって……意外と……」
乙女
「意外と……なんだ?」
乙女
「て、テレビの録画なんて、こ、
高等技術を要求したお前が悪いんだぞっ」
レオ
「あのね、ここのボタンをね
プチッと押せばいいんでちゅよー」
乙女
「気のせいか侮辱された気がするな」
俺は逃げるが勝ちと判断した。
レオ
「おやすみなさいっ」
乙女
「待て!」
うわ、2階まで追ってきたし。
俺は慌てて部屋へかけこみ、扉を閉め――
ガッ。
扉の間に乙女さんの指が挟み込まれる。
レオ
「怖っ! これ怖っ」
ホラー系の主人公の気持ちが分かった。
廊下側からもの凄い力でこじ開けられる。
乙女
「ご対面」
レオ
「ひぃーっ」
ガシッ! と腕をとられた。
乙女
「ふふ、捕まえたぞ」
レオ
「へ、部屋まであがりこんできて人権蹂躙だ」
乙女
「ふ、それがどうした。体育会系をなめない事だ
というかな、今指痛かったぞ!」
ギリギリと締め上げられた。
レオ
「痛ぇっ!?」
乙女
「逃げればすむ、と思っている所が気に食わん
この根性無しが!」
レオ
「痛い痛い痛……」
新一 共通
「……」
スバル
「……」
レオ
「な、なんだお前たち来てたのか」
新一
「いちゃつき、いいな」
乙女
「違う、制裁だ」
新一
「俺も、強がってるけど本当は生身の女の子と
付き合ってみたいんだ」
レオ
「何言ってるのお前キモイよ」
スバル
「邪魔しちゃ悪ぃから帰るわ」
乙女
「おい、玄関から帰れ……ったく」
新一
「――ってなコトがさっきあってさ
うらやましくてタマラんかった」
スバル
「なんか邪魔者は退散って気分だよな」
きぬ
「だからってボクの部屋でくつろぐのかよ!」
スバル
「まぁいいじゃねぇか」
きぬ
「別に悪くはないけどさ」
きぬ
「こんな可愛い娘の部屋で遊ぶなんて、自分の
幸せ噛み締めなよ」
きぬ
「もうボクの甘い匂いが充満してるもんね」
新一
「おい、ゴキブリがいるぞ!」
きぬ
「ぬぉぉーっ、ついにでやがった! 今年初だぁっ」
新一
「任せろ、エアガンで撃ち殺してやる」
きぬ
「ばかっ……よせぇっ」
ズキューン!
きぬ
「痛っ」
新一
「な、こいつ……ゴキをかばって自分が
撃たれやがった……」
新一
「ゴキブリをかばったヒロインなんて
聞いたことねぇよ……」
新一
「世界から必要とされていないもの同士
親近感が沸いたのかな……」
きぬ
「エアガンで狙撃したらボクのベッドに
破片が散らばるんだよ、ブサイク!
フカヒレシカトって紙を授業中回すぞ!」
スバル
「おい、もうオレが仕留めたぞ……」
レオ
「ギブギブギブ!」
乙女
「聞こえないな」
乙女
「次はキャメルクラッチだ」
レオ
「いや、本当に痛いんだって!」
乙女
「ならば抵抗してみせろ」
俺は思いっきりもがいた。
だが、乙女さんの剛力には全く
かなわず、ベッドにグイッと押し倒される。
乙女
「少しは上下関係が分かったか?」
レオ
「ハイ」
我ながらいい返事だった。
……夢を見ていた。
エリカ
「対馬クン、良くやったわ」
エリカ
「ご褒美にファーストキスあげる」
んちゅー。
レオ
「……ふっ、夢だって事はわかっていたさ」
レオ
「ただ目が覚めたコトだけが悔やまれる」
……恐ろしく都合のいい夢だ。
まだ姫がファーストキスを済ませてないと
決め付けてるあたり、さすが俺童貞。
乙女
「おい、ニヤニヤしてないで早く起きろ」
グリグリと異物感。
レオ
「あ、乙女さんおはよう」
いつの間にか部屋に侵入していた。
乙女
「おはよう、お前なかなか起きないので
攻撃させてもらってる」
なるほど、俺の肩を踏んづけている。
レオ
「分かった起きる」
レオ
「よいしょ」
ベッドから飛び出る。
乙女 無音
「!」
ふいっと目線を逸らす乙女さん。
乙女
「……まぁ元気なようで何よりだな
…………はじめてみた…………」
乙女さんはスタスタと部屋を出て行ってしまった。
レオ
「なんだ、急に」
ふと下を見る。
俺はどうやら昨晩暑かったので
トランクス一枚で寝ていたらしい。
で、今は見た夢が姫のだから。
レオ
「マジかよ……」
股間がすんごく元気になっていた。
レオ
「まぁ、生理現象だからしょうがないさ」
そう自分に言い聞かせて学校の準備。
ちょっと気まずいかと思ったけど
乙女さんは普通だった。
乙女
「ほら、弁当だ」
レオ
「具は何?」
もうおにぎりだと分かりきっているので具で質問。
乙女
「塩昆布、納豆、千枚漬け、ま、後は食べての
お楽しみだ。それも1つの醍醐味だぞ」
――――授業中。
フカヒレはこそこそと漫画を読んでいた。
――――放課後。
レオ
「今日は、そんな感じで攻めようと思う」
スバル
「ま、やってみなきゃ何ともいえねーな」
きぬ
「何を相談してるん?」
レオ
「重大な事だ」
きぬ
「ま、まさかボクを取り合う四角関係に
発展してドロドロの修羅場になってるんじゃ!?」
スバル
「安心しな、ありえねぇ」
レオ
「もし、そうなっても喜んで辞退する」
新一
「俺も! 女より友情をとっちゃうもんね!」
きぬ
「君達仁義に厚いね……」
レオ
「椰子なごみの説得方法だよ」
きぬ
「ンマー驚き。昨日こてんぱんにやられて
懲りたんじゃないの?」
レオ
「なぁに、まだあきらめるのは早いさ」
レオ
「野球でいうとまだ4回表ぐらいだ。
9回まで分からんぜ」
きぬ
「コールドは5回からだよ、気をつけな」
レオ
「ちっ、可愛げのないやつ」
良美
「どういう作戦で行くのかな?」
レオ
「食い物で釣ってみる。餌付けさ」
レオ
「女ってこういうものに弱い時あるからな」
新一
「なんか微妙にセクハラ臭い発言だよね、佐藤さん」
良美
「そ、そこまでは行かないんじゃないかな」
エリカ
「ほら、このサイトに載ってるニャンコの写真
可愛いでしょー」
きぬ
「おっ、ほんとだ撫でてー」
エリカ
「やっぱり猫よねー」
きぬ
「よっぴーってドッグとキャットどっち派?」
良美
「私は犬かなぁ」
エリカ
「よっぴーと犬って何か卑猥な響き」
良美
「もうね、何が卑猥か知らないけどエリーの方が
ずっとセクハラだから」
レオ
「それじゃ行って来る」
………………
誰もついて来てないのかよ。
くそ、俺がやるしかねぇ。
教室にはいなかった。
スバル
「あの女は屋上に行ったみたいだぜ、レオ」
レオ
「お前、来たのか」
スバル
「テメェ、意外とチキンだからな。女1人に
ビビッてんじゃないかって思って援軍だ」
レオ
「けっ、言ってろ」
レオ
「……来てくれたのは嬉しいが俺1人で何とかなる」
レオ
「かといって帰られると心細い」
スバル
「贅沢なやっちゃな、まぁオレはここで待機してる」
スバルを置いて屋上へ。
ギギギ、と扉を開ける。
そこには、やはり彼女が1人。
レオ
「よぉ、また会ったな」
なごみ 無音
「……?」
なごみ
「昨日、ナンパがしつこいから張り手した男?」
レオ
「違う!」
というか、平気で手も上げるのか。
まぁ、いかにも暴力振るいそうな雰囲気だが。
レオ
「対馬レオだ。昨日もここで会った」
なごみ
「……で、何の用ですか」
餌付け作戦、開始。
レオ
「また話があるんだ」
レオ
「大学食の方で話さない? あそこなら
海を見ながら飯が食える」
なごみ
「結構です」
なごみ
「消えてくださいませんか?」
レオ
「まぁまぁ、先輩の話なんだから
聞いてくれ、真面目な話なんだよ」
レオ
「あまりにも不快だったらビンタでも
何でもしてくれて構わないから」
なごみ 無音
「……」
レオ
「まぁ、学食に行かないにしても
ジュースでもどうだ」
オーソドックスなオレンジジュースを差し出した。
なごみ
「今はオレンジな気分ではないです」
レオ
「じゃあどんな気分?」
なごみ
「グレープフルーツかな」
レオ
「そっか、そんな日もあるさ」
レオ
「大丈夫、用意してある」
学食で手に入るものは全部用意しておいた。
やる時はやる、資金は惜しまない。
ジュースをカバンから取り出し、差し出す。
なごみ
「おごってもらう理由がありませんけど」
レオ
「とらせる時間のワビという事で深く考えずに
飲んでくれ」
なごみ
「そこまで言うならセンパイの顔を立てます」
嫌そうな顔だが、もらってくれた。
とにかく、まずはこいつに好印象をもたれる事だ。
レオ
「隣、いいか」
なごみ
「嫌です」
レオ
「じゃこの間合いで話す」
レオ
「この学校には慣れた?」
なごみ
「さぁ」
レオ
「どう、何か困ってる事はない?」
なごみ
「無いです」
レオ
「……東京と山口県ぐらいかな」
なごみ 無音
「?」
レオ
「いや俺とお前の距離。すっげぇ離れてると思って」
なごみ
「国内なんて生ぬるい」
なごみ
「日本と南米ぐらい離れてます」
レオ
「そうか、なんか嫌われてるな」
なごみ
「別に。あたしは誰に対してもこんな感じです」
レオ
「……そのタフネスな精神を見込んで頼みがある」
レオ
「生徒会に入ってくれ」
なごみ
「嫌ですね、つまらなそうだし」
はっきりとした拒絶。
俺をキッ、と見てきた。
切れ長の瞳で鋭い眼光。
迫力あった。
つうか、俺はつい目を逸らしてしまった。
レオ
「そ、それじゃあ椰子さん」
さん付けだし。
まぁいい。ココは搦め手に。
レオ
「椰子さんの好きなものって何?」
レオ
「ほら、趣味が合うやつが生徒会にいるかも」
レオ
「そうすれば皆でワイワイ楽しいだろ?」
なごみ
「馴れ合いですか」
なごみ
「キモいですね」
レオ
「ぐ……」
なごみ
「あたしが好きなものは静寂です」
なごみ
「ついでに嫌いなものは、干渉です」
レオ
「外見通り、キッツイな……」
思わず苦笑した。
なごみ
「センパイは、冷静そうに見えて小者ですね」
レオ
「っていうかホントに俺以外にもそんな態度?」
なごみ
「センパイはあたしを何かに引き込もうとしてるから
今、攻撃的になっているだけです」
なごみ
「普段、必要最低限のコミニュケーションは
とってます。ご心配なく」
なごみ
「それでは、失礼します」
……な、なんだよありゃあ。
椰子はツーンとした態度で去っていった。
スバル
「よぉ、2連敗みたいだな」
スバルが笑いながら近付いてきた。
スバル
「オレ、階段で思い切りガンつけられたぜ。
怖い怖い」
レオ
「俺に娘が出来たら、
のびのび育てるって決めたけど……」
レオ
「礼儀作法だけはうるさくしようと思ったね」
レオ
「あんな娘に育ってしまって、同じ家で
暮らすと思うと父さんはタマらん」
スバル
「美人だけど性格がマズ過ぎるよな。諦めれば?」
レオ
「せめて今週だけはトライを続ける」
スバル
「テメェ、意外と根性あるじゃねぇか」
レオ
「いや、確かに今日もボロボロだったけど
昨日に比べれば進歩した感じはする」
レオ
「……って感じだった」
レオ
「スバルにはああ言ったけど、
冷静に考えて見ると無理っぽいよなぁ」
新一
「恋も野球も2アウトからだぞ」
レオ
「わけわからん」
新一
「あきらめるな、って事だ」
きぬ
「まぁレオも姫の為とはいえ、そこまで
躍起にならなくてもいーんじゃないの?
いきなり大手柄狙わなくてもさ」
きぬ
「身の程を知りなさい、身の程を」
レオ
「お前に身の程とか言われたく無いわ、バカ」
きぬ
「バッ……バカとは何だこのメンクイ野郎!」
レオ
「それはお前だ」
きぬ
「テメェの心配してやってんだろっ!」
レオ
「頼んでないだろ」
グイーッとほっぺを引っ張る。
きぬ
「た……頼んでないとは何だよっ!
せっかくボクが……!」
レオ
「お前、ほっぺ引っ張るとすぐ涙出るよな」
涙腺ゆるすぎ。
きぬ
「泣いてない! 泣いてないっつの!」
レオ
「分かったよきぬ。悪かった」
きぬ
「名前で呼ぶなって言ってんだろぉぉ!
このダボがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
切れた。
レオ
「すまん、わざと間違えた」
きぬ
「……ボクは、深く傷ついた……。いたいけな
エンジェルのハートをレイプして……
テメェ人間としてどんな責任とってくれんだよ」
きぬ
「具体的に言うとカレーでも食べないと
この胸の穴は塞がらないよ
こいつ、たかる気でいやがる。
レオ
「分かった、じゃあ隠し芸としてピリリと辛い
絶叫手品を見せてやる」
きぬ
「? ボク、特盛りカレーニンジン抜きでいいけど」
レオ
「まぁ、いいからそこのロッカーに入ってみろ。
ほんと、絶叫間違い無しの手品だからさぁ」
きぬ
「おお、何かスゲェ」
カニは関心しながら、ロッカーの中に入る。
きぬ
「痛いのはヤダよ、ボク」
レオ
「いいから、ほら閉めるぞ」
レオ
「こうして俺がモップで入り口につっかえ棒をする
これでロッカーは中から開かないわけだ」
きぬ
「うん、この状態でボクを脱出させるマジック?」
レオ
「さらに、俺は帰る。皆なかなか来ないって事は
今日は生徒会の活動が無いんだろう」
きぬ
「え、ちょっとボクは?」
レオ
「出れるわけねーだろ。よく考えろよバーカ」
きぬ
「え? え?」
レオ
「じゃあな、カニ」
新一
「はは、こいつ焦ってるぜ」
きぬ
「ちょっと、ちょっとちょっとちょっとー!」
レオ
「お前今日、俺の弁当盗み食いしただろ。
そのお返しだ」
きぬ
「うっ……バレてたか。
んだよ、少しぐらいいいじゃん!」
レオ
「良くないね。食い物の恨みは怖いぞ」
レオ
「おにぎりだけ残して、惣菜とか全部食いやがって」
レオ
「ついでに言うなら、ハシぐらい洗っとけ」
きぬ
「ふ、ふざけるなぁコラァ! 出せぇ」
レオ
「ほら絶叫したろ?」
カニをいじめたら少しは気が晴れた。
さぁ、帰ろう。
まぁ、あのバカの事だ、何かしらの報復手段に
出るだろうが。
そしたらまた倍返しだ。
………………
祈
「すっかり遅くなってしまいましたわ」
土永さん
「夜は何も見えなくなるからウツだな
祈、仕事終わったなら早く帰ろうぜ」
声 きぬ
「ぼ……す……けて……」
祈
「何か聞こえませんこと?」
土永さん
「幽霊だったりしてな」
祈
「まぁ幽霊」
祈
「私、1度お会いしたいと思っていたので
丁度良いですわ」
祈
「見世物にしてお金稼ぎたいですわねー」
土永さん
「幽霊より怖いぜお前は」
祈
「声はこちらからでしたわね」
声 きぬ
「た〜す〜け〜て〜」
祈
「まぁまぁロッカーが何か喋ってますわ」
ロッカー きぬ
「いいから助けてくれ〜」
土永さん
「つっかえ棒みたいのとってやれ」
カタン。
きぬ
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……やっと出れた」
祈 無音
「……」
祈
「いじめはありません」
きぬ
「どこ見て行ってんのさ、誰もいないっしょ!」
………………。
結局、今日は成果無しで引き上げた。
乙女
「なにやら冷蔵庫に色々とジュースが
入っているが、何だアレ」
リンゴを丸かじりしながら聞いてきた。
レオ
「あぁ、気にしないで。自由に飲んでいいよ」
乙女
「ま、喉が渇いたらもらおう」
乙女
「お前もリンゴ食べるか?」
丸かじりとはうーん、ワイルドだ。
さすが体育会系。
レオ
「今はいいや」
乙女 無音
「……」
乙女さんはリンゴを食べながらこっちを見ていた。
レオ
「……?」
乙女
「お前、何しているのかなと思ってな」
レオ
「見ての通り漫画読んでリラックスだけど」
レオ
「まさか、注意するの?」
乙女
「……いや休息も必要だ、何も言うまい」
乙女
「ただ、10時からトレーニングするからな」
レオ
「うげー」
乙女
「体を動かして、風呂で体の疲れをとり
ぐっすり寝る、健康の秘訣だぞ」
元気だなぁ……。
乙女
「体を鍛えるにこしたことはない」
レオ
「老後の寝たきりにならないためにも、だね」
乙女
「そうだ。それにいざという時に
筋肉をつけておく事は必要だ」
レオ
「理屈は分かるけど、メンドイんだよ」
乙女
「ふふふ……根性無しめ。鍛え甲斐があるなお前は」
素直に言ってもコレだし嘘つけば怒られる。
何か最善の方法はないのだろうか?
――そして、トレーニング中。
レオ
「ロ、ロードワークも疲れるな」
乙女
「お前、私は両足に重しをつけているんだぞ
贅沢を言うな」
レオ
「そりゃそうだけど」
乙女
「よし、今日はお前がストップと言うまで
このまま走り続ける根性試しで行こう」
すぐにでもストップと言いたい気分。
なごみ 無音
「……」
あれ、あいつ椰子なごみじゃないか?
思わず立ち止まる。
前を行く乙女さんは俺に気付かず先に
行ってしまった。
なごみ 無音
「?」
椰子と目が合った。
レオ
「やぁ何してんの椰子さん、もう結構な時間だよ」
なごみ
「……あんた誰だっけ?」
俺の方が年上、怒らない怒らない。
レオ
「ははは」
とりあえず笑って大人をアピール。
レオ
「今日屋上で話した対馬レオ」
なごみ
「……うーん?」
レオ
「お前ってさ、わりとバカ?」
なごみ
「人を馬鹿呼ばわりするな。潰すぞ」
またガンつけられる。
何故か反射的に目を逸らす俺。
なんて眼光してやがる。
レオ
「待て」
なごみ
「待たない」
なごみ
「目障りだから消えな」
レオ
「……はぁ、分かったよ」
レオ
「でもさ、女の子はマジで危ない時間帯だよ」
レオ
「変なのに絡まれる前に帰ったほうがいいと思う」
なごみ 無音
「……」
俺は大人なんだ。
そのまま帰宅。
あれ、乙女さんがいない。
寝たのかな?
俺も寝よう。
朝、朝食。
乙女
「いただきます(怒)」
レオ
「い……いただき……ます」
レオ
「なんか、すんごい怒ってるね」
レオ
「乙女とかいう名前なのに、今日、安らかに
寝ている俺をあびせ蹴りで起こしたよね?」
乙女
「お前が、いつの間にか消えたからだろう!
後ろのお前がいつまでもストップを
かけないから私は黙って走り続けたんだぞ」
乙女
「気が付けば東京都を通り過ぎて
埼玉県だった時の気持ち、お前に分かるか?」
レオ
「分かりたくも無いです」
乙女
「そんなお前は、今日は弁当抜きだからな」
正直、おにぎり以外が食いたいので逆に
ありがたかった。
これ以上おにぎりを連続して食うと
洗脳されてしまいそうだ。
乙女
「眠い……さすがに睡眠時間2時間は辛いな」
乙女さんって勉強できるけどアホ?
なんて、口が裂けても言えない。
乙女 共通
「それでは、先に行くぞ」
レオ
「うん」
乙女
「ほら……これ」
何故か弁当を手渡される。
乙女
「若いのに弁当無しはキツイだろうからな……
温情を持って弁当抜きだけは許してやる」
レオ
「……ONIGIRI?」
乙女
「あぁ、そうだ」
余計な所でいい人だった。
――放課後。
エリカ
「どう、あの娘は。登用できそう?」
レオ
「とっても無理そう」
エリカ
「あら、弱気じゃない」
エリカ
「対馬クンには期待してるから、頑張って」
レオ
「……なんて言われたら行くしかないじゃろがい」
新一
「お前も忍耐強いよな」
きぬ
「けっ、死んで来いタコ」
カニはまだ怒っていた。
屋上。
なごみ
「いい加減しつこいんですけど」
顔は覚えてもらってるみたいだ。
(つうか、これで忘れてたらさすがに馬鹿だ)
一歩前進している。
なごみ
「……昨晩も遭遇した記憶が」
レオ
「あぁ、あれは本当に偶然だけどね」
レオ
「無駄話嫌いみたいだからストレートを投げるぜ」
レオ
「生徒会に入って欲しい」
なごみ 共通
「嫌です」
打ち返された。
なごみ
「ここまで露骨に断られたら、普通
次に行きませんか?」
レオ
「そこまで椰子さんに入って欲しいんだ」
少し甘い声で言ってみた。
なごみ
「気持ち悪」
なごみ
「1年生はあたし以外にも大勢いるでしょう
そちらを当たって下さい」
レオ
「だから、お前……察しろよ」
なごみ 無音
「?」
レオ
「それでもお前に入って欲しい理由が
あるんだよ」
しかし、生徒会長がお前の体(というか胸)を
狙っているからだ、なんて言えない。
一気にラッシュをかけてやるぜ。
レオ
「いいか? お前の物事をはっきり言える
態度が素晴らしいんだ、NOと言える日本人だろ」
レオ
「俺達生徒会はそんな人材を探している。これは
1年の中でもお前が光ってるんだよ」
レオ
「それだけじゃない、お前綺麗だろ?」
レオ
「スラッとしてて格好いいし。
生徒会ってのは学校のパンフレットとかにも載る」
レオ
「嫌な言い方かもしれないが、お前みたいのが
入ってくれるとそれだけ見栄えも良くなるんだ」
レオ
「それに頭も良さそうだ。成績も悪くない、だろ?
つまり求められる知力もクリアしてるって事だ」
褒め殺し。これでどうだ。
なごみ
「……んー、事情が少しだけ分かりました」
なごみ
「それでも、お断りします」
しっしっ、と手で払われる。
レオ
「ナンデ?」
なごみ
「あたしは基本的に一人が好きですし」
なごみ
「という事でセンパイ、消えてください」
レオ
「……もう何も言うまい」
なごみ
「あたし、これでも丁寧に断っていた方ですよ」
レオ
「へー、そうなんだ」
なごみ
「センパイが汗臭い男だったら、
見苦しいから潰してました」
そんな事を言って椰子は再び海の方へ
向き直ってしまった。
コレはキツ過ぎるよ、取り入るスキなし。
………………
新一
「この生徒会室って姫やよっぴーが
いるからかもしれないけど、雰囲気いいじゃない」
良美
「だから、よっぴー言わないでってば」
新一
「分かった、よっぴー」
良美 共通
「はぁ……」
新一
「まぁまぁ。家から絵持ってきたんだ。飾ってよ」
新一
「俺からのささやかなプレゼント」
エリカ 無音
「?」
新一 無音
「(ふふふ、これはオヤジが大枚はたいて
買った正真正銘の名画、我が家の家宝)」
新一 無音
「(家に火がついたら、俺なんかよりまずこれを
持って逃げろと言われてるぐらい高価な代物だ)」
新一 無音
「(俺も結構、この絵には感銘を受けたからな)」
新一 無音
「(バレたら両親に殺されるけど、まぁそんなん
いいっしょ、これで好感度大幅アップでしょ)」
エリカ 共通
「ふーん」
エリカ
「なんか、ここに描かれている女の人ちょっと
太りすぎね。肥満は危険だからもう少し
痩せたほうがいいんじゃない?」
新一
「えっ、あっ、あぁ……そうだね」
エリカ
「それじゃ、私今日用事があるんで
先に帰るわね」
良美
「うん。決裁の判子押すのも私がやっておくね」
エリカ
「さすがよっぴー。それじゃ再見!」
良美
「……あれがエリーの感想なんだよ、絵の」
良美
「それって有名な“収穫祭の秋”でしょ?
でもエリーって芸術オンチなのか
感性が特殊なのか全く分からないの」
新一
「そうだったのか……知らなかった」
良美
「彼女に悪気があるわけじゃないから
気を悪くしないでね」
新一
「よっぴーって姫に甘くね?」
きぬ
「うん、まぁ誰にでも甘いよね。だから
砂糖さんなんて言われるんだよ」
きぬ
「でもそこがよっぴーの良いところだからね」
きぬ
「ボク達も帰って良いかな? ちょっとドブ坂で
夕方からライブやるんだよね」
良美
「うん、いいよ後は私で充分だから」
きぬ
「さすがよっぴー。話せる! じゃあこれで」
新一
「大丈夫? 何なら俺手伝おうか?」
きぬ
「ハイハイ、露骨にポイント稼ごうとしない、
心の声が聞こえそうで見苦しいですよ
今日はフカヒレがおごるハズでしょ」
新一
「だぁっ、引っ張るなってば!」
…………………
すっかり夕暮れ。
レオ
「ただいまー」
良美
「お帰りなさい」
なんか夫婦みたいなやり取り。
レオ
「他の人達は?」
良美
「帰ったよ。鉄先輩と伊達君は部活」
あぁ、カニ達はライブ見に行ったのか。
俺はそういうの、あんまり興味ないからな。
レオ
「どう、あいつら本部でちゃんと仕事してる?」
良美
「言えばやってくれるよ」
レオ
「そっか、じゃあ良かった」
レオ
「こっちはボコボコだ、あんなキッツイの
登用しろなんて、姫も人が悪いよ」
良美
「そんな辛いんだ」
レオ
「気持ち悪、とか平気で言われるんだ」
レオ
「佐藤さん、俺気持ち悪い?」
良美
「全然。安心していいよ」
レオ
「そっか、楽になったありがと」
良美
「対馬君。もうすぐ終わるから、一緒に帰らない?」
レオ
「うん、それじゃ待ってる」
良美
「ここからの夕陽の眺めも抜群だと思うんだ
紅茶でも飲んでまっててね」
レオ
「ありがと」
こう思ったら失礼だがメイドさんみたいだ。
紅茶を一気に喉に入れる。
レオ
「ぬお、熱っ!」
思わずこぼしてしまった。
良美
「わ、大丈夫?」
良美
「ごめんね。ちょっと熱すぎた?」
レオ
「いや、一気飲みしようとした俺が悪い」
良美
「早く拭かないとシミになっちゃうよ」
佐藤さんがハンカチでゴシゴシと
俺のズボンを拭きはじめた。
レオ
「い、いやいいって、自分で出来るって」
良美
「いいから、ほら」
そういって、俺のズボン(フトモモの辺り)を
拭いてくれる
レオ
「うっ……」
重要なのは、股間にまで
紅茶が零れていたことだ。
このままでは、股間まで拭かれて……
ゴシゴシ
レオ
「!」
拭かれてるし。
思わず反応してしまいそうになる。
だが、ここは意識を鋼鉄に。
ゴシゴシ。
恥ずかしがるというより力強い。
佐藤さん全然気付いてないみたいだ。
意識すらしてないのか。
ゴシゴシ。
何故か丁寧に拭かれ続ける。
まずい、落ち着け俺。
良美
「はい、これで大丈夫だよ」
レオ
「う、うん。ありがとう」
こうやって夕陽に照れされる佐藤さんもキレイだ。
良かった、こんなシーン姫に見られないで。
レオ
「さよならー」
平蔵
「うむ。気をつけて帰れよ」
校門で生徒達を見送る館長。
頼もしい父親的な感じがした。
良美
「6月といえば、もうすぐ体育武道祭だよね」
レオ
「平たく言って運動会ね」
良美
「対馬君は格闘トーナメント出るの?」
レオ
「いや、あれはスバルに任せる」
良美
「体育武道祭の人気行事だよ。テレビに映るのに」
レオ
「あんま格闘向きの体じゃないでしょ、俺」
レオ
「せいぜい、賭ける方に精を出すさ」
良美
「トーナメント戦は、賭け事禁止だけどね
それを守れって言っても無理な話だよね」
レオ
「去年はスバルめ、テコンドーに屈したが
あの3年はもう卒業したし。今年こそ
優勝して儲けさせてもらわないと」
そんな学校行事の他愛も無い事を話してるうちに
別れ道になった。
良美
「それじゃ、対馬君。私はこの先だから」
レオ
「そっか」
なんだか別れるのが惜しい。
レオ
「……うん。じゃあね」
良美
「ばいばい、また明日」
ふぅ。
椰子によって荒らされた精神がメッチャ和んだ。
さすが佐藤さんだ。
乙女
「レオ、お前は直帰か?」
レオ
「うん」
乙女
「じゃ帰ろう」
乙女さんはグイグイと俺を引っ張るようにして
前進して行く。
こっちはこっちで“この人に任せておけば大丈夫”
的な安心感があるな。
………………
台所に煙幕がはられていた。
レオ
「うわ、火事の一歩手前だぞこれ」
乙女
「凄いな、このフライパンここまで火を噴くと
中華料理人の気分だ」
レオ
「いやこれ絶対油の分量間違えてるから」
乙女
「……黒こげだ、また失敗か……」
乙女
「しかし、試しでも食べてみないと
食材に対して申し訳がない」
そんな事を言うと、乙女さんはサクサクと
原型が分からない炭を食べ始めた。
乙女
「……まずい」
レオ
「ってことは」
乙女
「……そういうことだな」
夕飯はおにぎりだった。
乙女
「今日は公園〜駅前あたりを回って来い」
レオ
「あれ、乙女さんは?」
乙女
「今日は実家から荷物が届く日だ
だから、ロードワークだけは1人でいけ
そろそろ宅配業者が来る時間だからな」
レオ
「はいはい、分かりました俺1人で行きます」
ちょっと楽できるぞ。
きぬ
「おっ……家を出ていったな」
きぬ
「ライブも楽しかったし気分のいい所で
今こそ究極の仕返しターイム、チェキラ!」
きぬ
「レオの机の構造なんて時々あさってるから
把握してるもんね、えーと」
きぬ
「おっ、あった二重底の下にエログッズ!」
きぬ
「……あいつ巨乳のお姉さん系ばっか!」
きぬ
「なんかムカツキますね、容赦なく行きますよ」
きぬ
「乙女さーん」
乙女
「ん、なんだ蟹沢か。お前いくら親しき仲とはいえ
2階から入ってくるのは流石に……」
きぬ
「それより、これ見てよレオが溜め込んでる
エロエロな本を!!」
乙女
「……あいつまだ持ってたのか」
乙女
「しかし、まぁ良くこれだけ種類が出てるな」
きぬ
「しかもほら本の題名。巨乳革命、
乳首の中のルネッサンスってあいつアホですわ」
乙女
「ふーん、大きいのがいいのかアイツは」
乙女
「ま。これは私から叱っておこう」
きぬ 無音
「(よーしリベンジ完了! 我ながら卑劣ですね)」
スバル
「こんちゃーす、レオいますかね?」
乙女
「駅前の方にロードワークに行かせた」
スバル
「駅前ねぇ……あいつサボッてそうだなぁ」
スバル
「オレも走るついでに様子見てくっか」
レオ
「へくし!」
うーむ、クシャミとは珍しい。
ま、どっかの誰かが俺の影口でも
たたいているんだろう。
しかし、体作りとはいえ何故俺がランニングなぞ。
レオ
「ん?」
あれは、椰子なごみ。
また街中で発見したぞ。
あいつ、いつもこんな時間に街ふらついていて
何してるんだ?
……ちょっと遠くから観察してみよう。
椰子のキツさには参ったが、あんな女が
普段何しているのか気になった。
まさか売春とかそういうのじゃないだろうな?
いや、性格上そんなのは絶対やるまい。
じゃあ何だ?
…………
な、何も動きが無い。
ただああやってボーッと街を見ているだけだ。
時計とか見てるんだったら待ち合わせだろうが
そんな気配などゼロ。
レオ
「……分からん、何を考えているのか」
というか、暇人か?
いい加減飽きたので俺が行こうとした所……
男A
「ねぇちょっといいかい?」
なごみ 無音
「……」
男A
「キミだよ、ロングの美人のお姉さん
に言ってるんだよ」
男A
「なぁ、さっきからずっとそうしてる
みたいだけど暇なら俺達と遊びにいかね?
ちょうど女の子捜してたんだ」
なごみ
「興味無い」
男C
「ははっ、タクちゃん、フラれてやんの」
男B
「こりゃ罰ゲームだYO!」
男A
「う、うるせーな、まだ勝負はついてない」
男A
「ね、お姉ちゃん。こっちで話さない?」
なごみ
「消えろ、ウザイ」
男B
「うわぁ、すっげぇ美人じゃんかYO!」
男C
「キツそうな所がまたグーだぜー
おい、タクちゃん、どうしたんだよ
何がナンパの魔術師だよ、駄目じゃん」
男A
「バッカ、まだこれからだよ
な、バンドやってるいい男もいっから
とりあえず話だけでもしようよ」
男B
「いい男がいなかったら帰ればいいYO!」
なごみ
「……消えろと言ってる」
男A
「ううん、つれない」
男A
「あ、この服ってドブ坂で買ったでしょ
すげ、この模様のやつってなかなかないんだよね」
男は普通のナンパだった。
別に暴力的ではなく、しつこいだけ。
だが、男は椰子の服――体に触ってしまった。
ゴスッ!
なごみ
「あたしに触るな」
男A
「超痛ぇぇぇえええええええ!!!」
すねを思い切り蹴られた男は、ゴロゴロと
のたうちまわった。
なごみ
「ち、キモい連中だ」
男B
「てめぇ、ふざけんじゃねぇYO!
いきなり蹴るこたねーだろYO!」
完全にからまれてる。
しっかし、なんでああいう手合いは
ああも一方的にキれるかね?
ま、放っておくか。
あの女なら問題無いだろう。
ちょっと心配だけど。テンションに身を
任せるのは愚かな事さ。
――――だけど。
相手は集団だ。
1人の女の子相手に。
いやいや、それでもテンションに
身を流されるのは良くない。
巻き込まれるのは……ゴメンだぜ。
男B
「ちょっと、おいシカトしねーでこっち来いYO!」
なごみ
「ウザイな」
なごみ
「こんなのバッカリ寄って来る」
レオ
「待てよ」
あーあー、体が勝手に動いちまった……。
こいつなんか放っておいてもいいのによ。
レオ
「連れが失礼したな、そんじゃな」
なごみ
「ちょっと……」
レオ
「いいから!」
椰子の手をとってその場を逃げようとする。
男C
「待てよテメー、タクちゃんの脚蹴っといて
このまま帰ろうと思ってるのか?」
レオ
「あー、こんな所で騒ぎ起こすほどお前らも
馬鹿じゃないだろ? 他の娘を探しなよ」
男C
「舐めた口聞いてんじゃねぇ! ウラァ!」
衝撃。
いきなり殴られた。
レオ
「痛ー……なんで殴るかなぁ」
後ろの方で喝采が聞こえる。
あぁ、仲間に対してアピールしてるのね。
ったく和平的にやってんのに。
メンドくさいなぁ……。
尾を引くの嫌だけど、倒しちゃおうかな。
なごみ 無音
「……」
男C
「なんだこいつ? 弱いくせにでしゃばんなよ」
男D
「なになに喧嘩?」
ゾロゾロ来ましたね。
スバル
「こっちも選手交代といこうか」
レオ
「スバル」
スバル
「ヨォ。テンションに身を任せた気分はどうだ?」
レオ
「なんで俺体が動いちまうんだろう……最悪だよ」
スバル
「だろうな、目がちょっとヤベぇぞお前」
スバル
「任せときな、後はオレがやってやる」
スバル
「それでなくても今日はイライラしてんだ
喧嘩上等だぜ」
スバルは疾風のごとく男達に突っ込んで行った。
男C
「ぐはぁっ!!!」
男B
「なんだこいつ、メチャクチャ強いYO!
おい、誰かヒザキさん呼んで来いYO!」
男D
「っていうか俺たち殴られるような事したか?」
スバル
「オレのダチ殴ったろ」
スバル
「それだけで充分だ。文句あるなら来いよ」
レオ
「ほら、さっさと行こうぜ」
なごみ 共通
「……」
レオ
「ここまで来れば、もう安全だろ」
なごみ
「2年の伊豆大島さん、でしたっけ?」
レオ
「対馬だ、対馬」
なごみ
「鼻血出てますけど」
レオ
「あー、くそ、あいつ指輪なんてはめてるからだ」
なごみ
「ハンカチぐらい持ってないんですか?」
そう言ってハンカチが差し出される。
レオ
「なんかファンシーな柄だな、こういうのが
好きなのかお前」
なごみ 無音
「……」
にらまれたので、目を逸らす。
なごみ
「あの程度、自分で切り抜けられますから」
レオ
「うるせーな! 俺だって見殺しにしたかったよ!
お前なんか知るか! でも体が動いちまったんだ」
なごみ 無音
「……」
レオ
「あーくそ、痛ぇ、ズキズキする。
今後の教訓にしてやる……
もうテンションには流されねーぞ」
レオ
「ハンカチは洗って返す」
なごみ
「いらないです。汚いから。もうあげます」
レオ
「はぁ……そうかよ」
なごみ 無音
「……」
なごみ
「……偽善者?」
レオ
「一応、後輩だろ」
なごみ 無音
「……」
レオ
「それに助けたの心から後悔してるから
少なくとも正義はきどってないぞ」
なごみ
「助けられたと認識してないけど」
レオ
「あー、はいはい、悪かったね弱くて!」
レオ
「でもさぁ、集団はヤバいぞ。
世の中で一番怖いのは人間なんだからな」
レオ
「断るのは、もう少し穏便にやった方がいい」
レオ
「例えば、あの集団にヒステリックな女がいたら
お前カッターで顔を刻まれるかもしれない」
なごみ
「ドラマや漫画の読みすぎじゃありませんか?」
レオ
「それに近いのを実際に見た事があるんだよ」
なごみ 無音
「……」
レオ
「だからな、俺はテンションに身を任せず
余計な事にはクビ突っ込むまいと決めてるんだ」
レオ
「だってヤだもんな、わけのわからん
バカに自分の人生狂わされるのは」
なごみ
「危険だと思うなら、何故あたしを」
レオ
「さっきも言ったように体が動いちまったんだ
どうにもならない」
なごみ
「ただの馬鹿、ですね」
レオ
「もういいよ。何とでも言え」
なごみ
「じゃ言わせてもらいますけど」
レオ
「あ、やっぱり的確で痛いことはやめてくれ
体が痛いのに心も痛いのはツライ」
なごみ 共通
「嫌です」
こいつ悪魔だ。
なごみ
「でも、今言いたい事はそれじゃないです」
なごみ
「……余計な事でも借りは借りだと思います」
レオ
「?」
なごみ
「勝手に間に入ってきて出血されたら、
後味悪いです。さっさと返したい」
なごみ
「どうすればいいですか?」
なごみ
「学食で飯1回ぐらいなら、奢らなくもないと
いった所ですけど」
レオ
「つまり、何? 一応恩は感じてるんだ」
なごみ
「ここで何もせずに帰ったら最低だと思うんですが」
レオ
「……それを平然とやりそうな気がするが」
なごみ
「ともかく。何かないですか?」
レオ
「俺は、お前に恩を着せるために
助けたんじゃない」
レオ
「だから、別にいいよ」
なごみ
「ま、それでいいなら別に」
ん、ちょっと待て! これは好都合だ。
レオ
「待て、やっぱり1つあるぞ」
なごみ 無音
「?」
レオ
「生徒会執行部に入れ」
なごみ 無音
「……」
レオ
「入ってくれると嬉しいなぁ」
なごみ 無音
「……」
なごみ
「あのお姫様がいるところですよね」
レオ
「そう」
なごみ
「……いいですよ」
なごみ
「ただし、代わりが見つかるまでの
あくまで代打、ということでなら」
レオ
「おお!」
なごみ
「……お礼は言いたくありません、その分
借りになってしまった以上、返します」
レオ
「なんか意外だ」
レオ
「もっと社会不適格者の馬鹿女だと思った」
なごみ
「……潰すぞ」
レオ
「ど、どこを? 何を?」
なごみ
「まずは喉から」
声の自由を奪ってからいたぶる気か。
なんと恐ろしい……。
なごみ
「……といっても。生徒会の連中が
不愉快ならやっぱり仮でも入りませんけど」
なごみ
「とりあえず、明日屋上にいますから」
そう言って、椰子は去っていった。
一応、それなりに感謝はしてくれてるみたいだ。
お礼は言わない、しかし借りは返す、か。
らしいというか、何というか。
助けた甲斐があったぜ。
後はスバルか。
レオ
「もしもし。そっち大丈夫か?」
スバル
「あぁ、全部倒したぜ。ダメージも無い」
レオ
「そっか。良かった」
本当に良かった。
レオ
「悪いな、なし崩し的にこうなって」
スバル
「別に……暴れたいからやっただけだ」
スバル
「こいつらだって似たようなもんだぜ
日々退屈で暴れたかった感じだろ」
レオ
「陸上部は大丈夫かな?」
スバル
「はっ、これぐらいで問題になるんだったら
喜んで辞めてやるさ。夜のバイトの方が
よっぽど危ない橋だぜ」
スバル
「そんじゃ切るぞ」
ピッ
スバル
「ったく、あいつも細かい事気にしやがる」
スバル
「おい、こそこそしてるテメェ、倒れてる
仲間見捨てて逃げるのかよ?」
男B
「ひぃぃぃっ」
スバル
「……情けねーの」
スバル
「はぁっ……帰りたくもねーけど帰って寝るか」
スバル
「お、美人発見」
スバル
「……って、よっぴーか?」
スバル
「おいオマエ何してんの、こんな時間に」
良美
「あっ、伊達君」
良美
「ちょっと眠れなくてね、散歩してるの」
スバル
「やめとけ。アブネェぞ」
良美
「え? でも人通り多いし。
皆、結構平気で歩いていると思うけど」
スバル
「オマエ、自覚してねぇだろうが目立ってるんだよ」
良美 共通
「え? え?」
スバル
「ウブで無防備……オレはオマエが心配だ」
スバル
「ウチに帰んなさい。近所だろ。送ってやろうか?」
良美
「大丈夫だよ、別に誰かに狙われてる
ワケじゃないんだから」
良美
「……ね、ねぇ伊達君」
スバル
「あんだよ」
良美
「……ううん、なんでもない」
スバル 無音
「?」
良美
「それじゃ言われた通り帰って寝るね
おやすみ」
スバル
「……やれやれだぜ」
………………
レオ
「たーだいま」
乙女
「レオこっちに来い、話がある」
乙女
「――って、どうしたその傷は」
レオ
「ヤンキーから女の子を助けた」
レオ
「あ、いやナンパ男からヤンキーを助けた、かな?」
乙女
「何……」
あ、なんか驚いている。
乙女
「そうか、良くやったな」
レオ
「別に、相手を倒したわけじゃなくて
殴られながら逃がしただけだし
スバルが来なくちゃ危険だったし」
乙女
「謙遜するな」
乙女
「お前がやった事は、本当に偉い事だ
なかなか出来ることじゃない」
乙女
「よしよし」
う、ちょっと照れる。
乙女
「で、外傷はそれだけか? 他は大丈夫か?
ちょっと脱いでみろ」
レオ
「だぁっ、もう大丈夫だってば」
乙女
「そうか……それなら安心だ」
優しい笑顔。
――だが。
乙女
「それでお前に傷をつけたヤツは何処にいるんだ?」
レオ
「な」
背筋が凍った。
凄い迫力だ。
乙女
「伊達が交戦中なのか?」
なんか駆けつける気マンマンだぞこの人。
レオ
「いや、もう全部やっつけたってさ」
乙女
「なんだ、そうなのか……」
あ、なんか元に戻った。
……椰子のガンつけも迫力あるけど。
さっきの乙女さんは殺気そのものだった。
鉄(くろがね)は一騎当千といわれた
武家の一族だったという。
戦場でこそ、己の生き甲斐がある。
乙女さんは、相当薄れたと思うけど
そういう武人の血を引いてるんだな。
レオ
「喧嘩した事は怒らないんだね」
乙女
「そういう場合こそ男は拳を振るうべきだ
お前だって私の親戚、鉄縁(ゆかり)の者だろう
遠慮せず叩きのめしていいんだぞ」
乙女
「で、褒美として、この本は返してやろう」
レオ
「……何故俺のブツが」
そうか、カニだな……これが復讐ってわけだ。
それにしてもあのアホめ、男のエロ本を身内に
告発するなぞ鬼畜すぎる行為だぞ。
レオ
「でも本当の本当に好きなものは天井裏に隠して
あるから別にいいんだけどね」
フェイクのフェイク。
カニもまだまだ甘いぜ。
しかし、乙女さんにまた呆れられたのは許せん。
また明日からかってやろう。
……寝るか。
………………
――朝
昨日の夜はなかなか寝付けなかった。
乙女
「昨晩の大活躍をたたえて、握り飯を多く
サービスをしておたいぞ」
乙女
「……なんか複雑な顔してる」
バチーン!
背中を叩かれた。
レオ
「痛ーっ」
乙女
「気合を入れてやったぞ。ありがたく思え
根性無しが」
この人は……。
……………………
そして、朝のHR。
土永さん 共通
「祈は寝坊して遅刻している。我輩だけ
先に飛んできた」
レオ
「良く解雇されないな、あの人」
きぬ 共通
「遅刻多いぞ祈センセー!」
土永さん
「まぁまぁ落ち着け青二才。すぐピーピー
鳴くのはただのヒヨコ。鳴かずに心でツメを
研ぐのが訓練されたヒヨコだ」
ワケが分からん。
土永さん
「ありがたい話でも聞かせやろう
いいか、テレビのある人の家に皆で
押しかけてプロレスを見ていた時にな……」
だからいつの時代の鳥なんだ、あれは……。
――――放課後。
土曜日はあっても昼までなので助かる。
レオ
「やぁ、約束どおりきたぜ」
なごみ
「来ちゃったんですか、夢の島センパイ」
レオ
「対馬だ」
レオ
「お前、なんちゃら島って感じで覚えてるから
忘れるんだ」
なごみ 無音
「……」
シカトかよ。
レオ
「そんじゃ、気が変わらないうちに。こっちこっち」
なごみ
「その前に……」
なごみ
「昨日殴られた部分は大丈夫なんですか?」
レオ
「心配してくれるんだ」
ニヤッと笑う。
なごみ
「……帰ります」
レオ
「待て待て! 分かった、ちょっと痛むが
別に後に残るわけじゃない、なんてことはない」
なごみ
「分かりました」
―――――移動中。
椰子は俺と距離を開けてはいるが
しっかりついて来た。
うーん、後ろにあれが歩いてると迫力あるな。
しかし見事登用に成功したぜ。
きぬ
「やったね、これでスタンプ3つゲットだよ」
新一
「おいおい、お前恥ずかしい写真でも
撮影して脅したんじゃないだろうな」
レオ
「バーカ、普通に説得したよ」
新一
「写真、俺にもくれよっ!」
レオ
「人の話聞けよ!」
ドン、と突っ込みをいれる。
ヨロヨロとフラついたフカヒレがボスッと
拳法部の方々の肩に当たった。
拳法部
「てめぇ、気をつけろ!」
新一
「す、スイマセン!」
拳法部
「ん? 猿顔に眼鏡……てめぇ今週校門の前で
オレの妹にコナかけやがった野郎か!
ここで会ったが百年目だ、ちょっと来い!」
新一
「え? え? え?」
スバル
「殺さない程度にお願いしますよ先輩」
拳法部
「だ、伊達か。あ、あぁ分かってるぜ……」
新一
「どうせなら助けろよお前ぇぇぇぇーーっ!」
スバル
「自業自得だから助けねェ」
レオ
「……という事で連れてきました椰子なごみ、1年」
なごみ
「代理」
レオ
「そうそう、正式なメンバーが見つかるまでの
代理って話なんだけど」
エリカ 無音
「(うわ、やっぱりバスト90近くある)」
エリカ
「合・格!」
レオ
「相変わらず早い決断ですな」
エリカ
「よっぴー、色々教えてあげて」
良美 共通
「うん」
レオ
「姫、代理だけど……いいの?」
エリカ
「逆を言えば私が正式なメンバー採用しなかったら
あの娘はいつまでも代理でここにいるってコト」
うわー。出たよこの人。
レオ
「でもそれっていつか辞めちゃわない?」
エリカ
「大丈夫。私が逃がさないって決めたから
生徒会に居続けて貰うわ」
エリカ
「欲しいものは手元に置いておくタイプだから」
……この自信と断言、そして現実させる実行力。
やっぱり姫は、格好良い。
エリカ
「何はともあれ、これで揃ったわけね頭数が」
良美
「本当、何だかんだ言って早かったね」
エリカ
「それじゃピザでも出前とってパーッといきますか」
乙女
「……姫。気持ちは分かるがそれは禁止だ」
エリカ
「あ、やっぱり? さりげなく言ってみたけど
さすがは乙女センパイ」
エリカ
「じゃ、学食にしましょう
昼のピークは過ぎたからね空いてるはずよ」
エリカ
「なごみんも行くわよ」
なごみ
「……なごみんって……誰ですか?」
レオ
「お前だお前」
きぬ
「ナゴミンだってさ、あはは怪獣みてー!」
なごみ
「……ここ辞めます」
エリカ
「まぁまぁ、3年生の乙女センパイがおごって
くれるってさ」
乙女
「こういう時は年上の私が出すのが筋だろうな」
体育会系を利用するとは、流石だった。
スバル
「良かったな、オマエ。この執行部ハーレムだぞ」
レオ
「お前とフカヒレがいるだろ」
スバル
「オレは平気でサボるぜ。
フカヒレは焦って墓穴しか掘らないだろ……
カワイソーだけど」
スバル
「男はオマエがメインなんだぜ、副会長」
スバル
「恋人、こん中なら出来るんじゃねーの?」
レオ
「そうかな」
スバル
「応援してるぜ。安心しろ、テメェなら
姫でも乙女さんでもよっぴーでも、祈ちゃんでも
椰子だっけか? あいつでも、オレは身を引く」
レオ
「それはそれはお優しいご友人で」
スバル
「いやぁ、早くテメェがテンションに
身を任せて恋に突っ走る姿が見たくてよ」
スバル
「んじゃ、悪いがオレは部活行くからよ」
エリカ
「あら、そぉ? んじゃ頑張って」
エリカ
「一匹狼ってヤツかしらね。
ま、その姿が似合ってるから別にいいケド」
レオ
「どうだろうな」
きぬ
「多分、知らない人多いから照れてるんじゃねー?」
エリカ
「ま、それじゃこれからヨロシクって事で。
フルーツジュースだけど乾杯!」
乙女
「乾杯!」
きぬ
「カンパーイ!」
祈
「乾杯ですわ」
良美
「かんぱーい」
レオ
「乾杯」
なごみ
「…………乾杯」
エリカ
「あれ? そういえば私誰か忘れてない?」
レオ
「気のせいだろ」
新一
「ホントすいませんでした……俺、反省してます……
なんであんな調子こいちゃったんだろう」
拳法部
「本当かよテメェ!」
新一
「ほ、本当です! これからは先輩を見るたびに
主語に“カッコイイ”をつけますよ!」
拳法部
「ほうほう、殊勝な態度じゃねーか鮫氷ぁ!」
新一
「はい、先輩には絶対服従ですよぉ!」
新一
「誰が服従するか、腕力ゴリラが。死ね、
今すぐ死ね、くそ、もし俺がライダーだったら
お前達なんて一瞬でローストビーフだぜ」
拳法部
「あん、何か言ったか鮫氷ぁ!」
新一
「何も言っておりません、かっこいい先輩」
拳法部
「ようし、お前もう帰っていいぞ」
新一
「寛大な処置に感謝します、かっこいい先輩!」
洋平
「情けない姿だなフカヒレ……そこまでして
殴られたくないもんかね」
新一
「うるせ、ゴリラとまともに喋るバカがいるか」
洋平
「あぁーっ、こいつ先輩の悪口を言ってますよぉ!」
新一
「村田テメェ!」
洋平
「ふん、根性を叩き直してもらえ。
本当に怪我しそうになったら助けてやるさ」
新一
「これだから2−Aのヤツラは気に
食わないんだぁー!」
新一
「はぁー。今日のバイトは疲れたなぁ」
レオ
「だが悪くねー。ガードマンの真似事を1日で
1万オーバーだからな」
新一
「まぁね、夏休み遊ぶ金が無い、なんて事態を
防ぐためにもにも資金貯めなきゃね」
こうやってコツコツと金を貯める。
この日々の積み重ねがあればこそ、外食やら
遊びにいくやら出来るのだ。
新一
「あー。昨日拳法部のやつらにからまれた傷が痛む」
レオ
「なんか道場で土下座だってな」
レオ
「情けねー。俺だったらどんな状況でも
頭だけは下げないね」
新一
「けっ、よく言うぜ。お前結構口だけだからな」
新一
「んじゃ俺帰るわ。眠くなっちまった」
レオ
「あいよ」
いつの間にか俺のベッドで熟睡しているカニを
たたき起こして、ようやく部屋は静かになった。
レオ
「俺も眠い……」
頭がボーッとする。
しかし風呂には入らねば。
風呂入れば目は覚めるでしょ。
乙女
「〜〜♪」
フラフラと洗面所の中に入った。
乙女
「〜〜〜♪♪」
――ガチャ
乙女
「〜〜♪ ……………」
レオ 無音
「……」
すっ、素っ裸。
生まれたまま。
全裸。
一糸まとわぬ姿。
はい、他に表現ありませんか、
無ければ次のリアクション行きますよ。
レオ
「き、きゃあああああ!!」
乙女
「それは私の台詞だ、このスケベがぁぁぁ!」
ボグシャ――ン。
レオ
「――すいませんでした」
2時間が経過していた。
体育会系のクセに、説教長すぎ。
乙女
「おい、聞いているのかお前」
レオ
「ぐはっ、はいっ、聞いています」
レオ 無音
「……」
乙女
「何か言え」
レオ
「はぐっ」
乙女
「誰にも見せた事が無かったんだからな」
レオ
「大丈夫、これはノーカウントで行けば」
乙女
「爽やかに言うな、お前!」
レオ
「げはぁっ……」
何か言えば蹴られる。
無口だと叩かれる。
どうしろというんだ。
乙女
「言っておくがな、お前だからこんなもので
済ませてやってるんだぞ」
乙女
「これが見ず知らずの侵入者だったら
どうだったと思う?」
乙女
「まずは目を潰す」
乙女
「そして、床に叩き伏せてから
仰向けにして、アバラ折りだ」
乙女
「もちろん股間も蹴り砕く」
乙女
「それをお前……感謝しろ!」
俺の腕を掴んだと思ったら、
そのままバッと腕に足をからめてきた。
レオ
「と、飛び関節――!」
そのまま床に倒される。
さらに乙女さんに体の上に乗っかられた。
乙女
「荒っぽいが体の整体も兼ねて
お仕置きしてやる」
レオ
「痛ーーーーー!!!」
乙女
「疲れをとるマッサージだ」
レオ
「か、家庭内暴力だ!」
乙女
「外傷は残らない案ずるな」
ゴキボキグキメキ……
あぁ、思えば
今まではノンビリ過ごしてたけど。
この人が越してきてから、なんかおかしくなった。
さらに騒がしくなったというか……。
乙女さんが、俺の上に乗り好き放題。
まさに尻に敷かれまくってる状態。
だ、だからってこんな所で
ダメージ受けてどうするんだ、俺。
――意識が薄くなって……きた……。
寝覚めは爽やか。
レオ
「何故か体が軽い」
乙女
「ふん、それは私のおかげだ感謝しろスケベ」
レオ
「くっ……」
根に持っているようだった。
乙女 共通
「ほら、弁当だ」
怒っているけどいい人だった。
――――登校。
土永さん 共通
「祈は寝坊して遅刻している。我輩だけ
先に飛んできた」
レオ
「つうか、何でそんな毎日遅れてるんだ?」
きぬ 共通
「遅刻多いぞ祈ちゃん!」
土永さん
「ありがたい話でも聞かせてやろう
いいか、子供の時から小さなナイフで
鉛筆を削ったりしていると器用になるぞ」
だからいつの時代の鳥なんだ、あれは……。
――――放課後。
生徒会室へ集合する俺達。
エリカ
「うん、フルメンバーともなると壮観壮観。
個人技と攻撃力に定評がありそうなチームね」
レオ
「チームワークが絶望っぽいけど」
エリカ
「そんな事無いわよ。お互いを理解してるわ。
私なんて、よっぴーの体にある
ホクロの数まで知ってるもん」
きぬ
「ボクなんてレオがくすぐりに弱いとか
知ってるよ。わき腹が致命的なんだよね」
乙女 無音
「(ほう……)」
エリカ
「よっぴー、私が眠れなくて午前3時頃電話しても
相手してくれるのよ」
きぬ
「レオなんてボクが寝ている間にRPGの
レベルをあげておいてくれるんだー」
レオ
「お前、レベル低いのにガンガン突っ込むんだもん」
祈
「判定が難しい勝負ですわね」
良美
「何で張り合ってるの、もう」
なごみ
「……仕事ないなら帰りますけど」
乙女
「見ろ。1年生が戸惑っているではないか」
なごみ
「呆れていると言って下さい」
エリカ
「じゃあなごみん、今日はデータの整理だけ
お願いできる?」
なごみ 無音
「……」
きぬ
「おい、黒髪。なごみんってオメーしかいないぞ」
なごみ
「その呼ばれ方は不快なんですけど。
普通に“椰子”で」
エリカ
「ゴメン、もう決めちゃったから。直す気なし」
なごみ 無音
「……」
なごみ
「さすがお姫様ですね、噂には聞いてましたが」
エリカ
「まぁね。私のことは霧夜先輩でいいわよ」
なごみ
「いえ」
エリカ
「ふふ、お姉様って呼びたいならご自由に」
なごみ
「いえ、尊敬の念とか色々こめてお姫様で」
何か随分と皮肉がこめられてないか?
エリカ
「そ? じゃあそれでもいいや。
私は姫っていうより皇帝とか王とか
呼ばれたいんだけどね」
なごみ 無音
「……」
お、ちょっと困ってる。
さすが姫、ガラの悪い椰子相手に余裕だ。
きぬ
「ボクはなごみんなんて呼ばないから安心しなよ」
なごみ
「……あなたは誰でしょうか?」
きぬ
「あったま悪いなテメェ! ボクだよボクボク!」
なごみ
「あぁ」
きぬ
「やっと思い出したか鳥頭」
なごみ
「昨日、公園で泣いてた子供?」
きぬ
「子供じゃねぇよ! テメーわざと言ってんだろ!」
きぬ
「そんなお前は椰子なんてカッコつけた苗字は
もったいないね」
きぬ
「よし、じゃあこれからボクは
ココナッツって呼んでやるよ」
ポン、と椰子の肩を叩くカニ。
良美
「あ、あの……あんまりそう、1年生を
イジメるのは良くないと思うよ、カニっち」
なごみ
「ご心配なく。イジメるのはこっちですから」
椰子がカニのほっぺをグッと掴み、
横にグイッと引っ張った。
きぬ 共通
「ふは、はひほふるははへ(うわ、何をする離せ)」
なごみ
「泣きをいれろ」
きぬ
「は、はれはなふは!(だ、誰が泣くか!)」
なごみ
「くっくっ……いつまで持つかな」
エリカ
「なんかいきなり仲良しね」
レオ
「いや、険悪だよ? なんで仲良く見えるのアレ」
乙女
「おい、その辺にしておけ。可愛い顔に
アトがついたら可哀想だろう」
なごみ 無音
「……」
きぬ
「う……うぅ……イタタ」
なごみ
「いい顔」
乙女
「……元気が良さそうな1年で実に結構だな」
乙女さんも半ばあきれたカンジだ。
スバル 無音
「Zzz」
スバルはソファで寝ていた。
こいつも好き放題というか、何というか。
新一 共通
「……」
レオ
「で、お前は何泣いてるの?」
新一
「感涙さ……こんな学校の美女を寄せ集めたような
集団が俺のモノになるなんて」
レオ
「すっげぇ飛躍した意見だな
いくつか空間をワープしないとそんな思考にゃ
たどり着けないぞ」
エリカ
「あ、フカヒレ君は学食でジュース
買ってきてくれない? 冷蔵庫のストック
尽きちゃってね。私オレンジ」
なごみ
「グレープフルーツ」
きぬ
「ボク牛乳」
祈
「緑茶お願いしますわ」
乙女
「ウーロン茶だ」
新一
「あぁ、いいぜ!」
新一
「ほぅら女のコ達、俺に興味を示してるだろ?」
レオ
「パシリにされてるだけにしか見えない……」
エリカ
「よっし。じゃ対馬クンは副会長の仕事ね」
レオ
「何をする?」
エリカ
「とりあえずカニッちと一緒にコレ見て。
学校の規約と生徒会の構成ぐらいは
頭に入れておいて」
すっ、と規約の本を渡される。
レオ
「了解、確かに今まで全然興味なかった」
乙女
「分からない事があれば聞け」
きぬ
「よーし、ソファで見ようよ。
……オラどきなさいなスバル」
カニが熟睡してるスバルをソファから蹴り落とす。
スバル
「痛ぇな」
きぬ
「なんか文句あんの、このボクに?」
スバル
「……なんだテメェか」
スバルは大人しくソファの端に引っ込んだ。
なごみ
「……どういう関係?」
きぬ
「まぁボクの舎弟マーク3だね」
なごみ
「マーク2?」
レオ
「断じて違う」
良美
「エリー、準備できたよ。椰子さんに教えてあげて」
エリカ
「さーて、プライベートレッスンの開始ね」
なごみ
「……よろしく」
エリカ
「眼鏡っ娘だ」
良美
「眼鏡っ娘だねぇ」
なごみ
「視力、あまり良くないんで」
きぬ
「あはは、ココナッツが頭良さそうに見える」
なごみ
「……ち。これだから馬鹿は」
エリカ
「ふふふ、眼鏡っ娘だったってワケね。
――――なるほどなるほど。これは面白い」
エリカ
「そんな属性までつけてくれるなんてね。
くー、飼いてーネコミミつけてー」
なごみ 無音
「?」
良美
「時々変になるの。発作と思って気にしないでね
人間として必要なネジが何本か欠けてるから」
祈
「対馬さん、真面目ですわね」
祈先生は今日出たジャソプを
見ながらくつろいでいた。
レオ
「職員室行かなくていいんですか?」
祈
「私はここで生徒と同じ視点に立ちながら
見守っているんです、気にしないで」
胸の谷間を強調するように読まないでくれ。
エリカ
「へぇ、飲み込み早いわね。助かるわ」
なごみ
「……さりげなく胸を触ろうとしないで下さい」
乙女
「陳情を見るに、クレームが来ているな
囲碁部と百人一首部のイザコザだ」
エリカ
「どう、乙女センパイそれ解決できそう?」
乙女
「あぁ。部室棟の巡回ついでに様子を見てくる」
乙女さんは張り切って出動した。
エリカ
「乙女センパイ、姉御肌ってヤツでね。
揉め事の仲裁とか上手いのよ」
容易に想像できる。
良美
「部室棟のイザコザも尽きないね
来年は配置変えとか考えた方が
いいかもしれないね」
エリカ
「んー。まとめといて。
決裁ナンバー、2、8、19、21、31、42、
52辺りがそこらの陳情を扱ったヤツだから」
エリカ
「後はこのついでに、あやふやになってる
それぞれの部活の正・副部長、書記、
会計係をそれぞれ明確にリストアップ」
エリカ
「同好会の活動内容とそれぞれの顧問も
問題よね、多いのは結構だけどユーレイも
あるみたいだから」
良美
「うん、すぐリストできるよ」
バババ、と書類を揃える佐藤さん。
きぬ
「おぉ……ビジネスマンみてーだ」
レオ
「マンじゃない」
新一
「ジュース買ってきたぜー」
エリカ
「冷蔵庫に入れておいてね」
ナチュラルに冷蔵庫にいれるフカヒレ。
おかしい、違和感が無いのがおかしい。
エリカ
「後は足りないの何だっけ、よっぴー」
良美
「んーと、弁論大会に使う板とか
色々あるねホームセンターに行かないと」
エリカ
「じゃ、フカヒレ君はよっぴーが持ってるメモ見て
そこに書いてあるの揃えてきて」
パシリだ、ただのパシリだ。
新一
「ひ、姫!」
そうだぞ怒れフカヒレ。
エリカ
「領収書は竜鳴館執行部でもらっておいてね
お金は当然、学校持ちだから」
新一
「あー良かった。それじゃ行って来るぜ」
エリカ
「フカヒレ君、頼もしい」
新一
「ははは、俺って必要とされてるなぁ
悪いな、ひがまないでくれよ」
本気で嬉しそうだった。
新一
「女は男に尽くすべきだけど、こういう時は
男も優しさを見せないとね」
俺は特にやりたい事も無かったし。
これが学校生活の思い出ってヤツにでもなれば、と
軽ーい気持ちで始めた。
しかし……
高飛車わがまま生徒会長、霧夜 エリカ。
規律にうるさい侍娘で俺の姉、鉄 乙女。
幼馴染、そして悪友もかねる 蟹沢 きぬ。
孤立し、我が道を行く、椰子 なごみ。
天然だが押しが強い女教師、大江山 祈。
なんて凶悪なラインナップ、女帝政治そのものだ。
強気な女のコばっかり。
マトモなの俺と佐藤さんだけ?
良美
「頑張ろうね、対馬君」
疲れた時はこの人に癒してもらおう……。
でもこんな面子での生徒会。
スバルのセリフを思い出す。
スバル 共通
「良かったな、オマエ。この執行部ハーレムだぞ」
スバル 共通
「恋人、こん中なら出来るんじゃねーの?」
どうなんだろうな……恋人とはかけ離れた
イメージの人ばっかりなんだけど。
美人揃いなのは素直に嬉しいけどね。
――空はどこまでも快晴だった。
明日から、波乱に満ちた学校生活が
幕を開けるというのに――。