ラヴクラフト全集〈7〉 H・P・ラヴクラフト/大瀧啓裕訳 [#改ページ] 錬金術師 The Alchemist [#改ページ]          麓近くの山腹が原生林の節くれだった木々に覆われている、なだらかに隆起した小山の草深い頂きを高だかと飾るように、わが祖先たちの古い城が建っている。高くそびえる狭間《はざま》胸壁は、何世紀にもわたって、岩の多い荒涼としたあたりの土地を脾睨《へいげい》し、苔むす城壁よりもなお古い、称えるべき血統に列なる高貴な一族の居宅および砦となっている。古びた小塔は何世代にもわたる嵐によって汚れ、緩《ゆる》やかながらも容赦ない時の圧力を受けて崩れかかっているが、封建時代にはフランス全土でこのうえもなく恐れられた手強い要塞の一つだった。撥ね出し狭間を設けたその胸壁と火器の配備された狭間胸壁からは、男爵や伯爵はもとより、王に対してさえも、公然たる反抗がなされたが、広びろとした部屋のいずれにも侵入者の足音が響くことはなかった。  しかしそうした栄光の日々以来、すべては一変してしまった。赤貧洗うがごとしの困窮が、商業に携わって貧困を和らげるのを禁ずる家名の矜持《きょうじ》とあいまって、一族の後裔たちはかつての壮麗さを維持することもままならず、城の外にあっては、城壁から崩れ落ちた石、大庭園にはびこる植物、干上がって塵芥《じんかい》のたまった濠《ほり》、舗石の剥《は》がれた中庭、傾いた塔、城の内部にあっては、落ちこんだ床、虫に食われた腰羽目、色槌せた綴織《つづれお》り、こういったもののすべてが地に墜ちた栄光を沈鬱に物語っていた。歳月を重ねるうちに、そびえたつ四つの小塔が一つまた一つと荒廃するにまかされ、ついには一つの塔だけが、かつては強大だった領主たちの悲しくも零落した子孫たちの住まいとなるまでにいたっている。  呪われた不幸なC――伯爵の末裔たるわたし、アントワーヌが、はるか九十年もまえにはじめて陽の光を見たのは、いまものこっているこの塔の広びろとした薄暗い部屋の一つでだった。こうした部屋のなかや、山腹の下方にある暗く気味悪い森、荒涼とした渓谷や洞窟で、混沌とした人生の最初の数年間をすごした。両親については何も知らない。父はわたしが生まれる一ト月前に、城の無人の胸壁からどういうわけか外れた石塊が落下して、三十二歳の若さで亡くなり、母はわたしを生んで身罷《みまか》ったので、わたしの養育はただひとりのこっていた従僕に託され、知性豊かで頼りになるこの老人は確か名前をピエールといった。わたしはひとり息子であって、この事実に強いられる遊び相手がいないことは、年老いた後見人の異常な気づかいによって一層強められ、山の麓を取り囲む平地に散在する農家の子供たちのなかに立ちまじることを許してはくれなかった。当時ピエールがこのような制限を課す理由として述べたのは、高貴な生まれの者はかような庶民と交わってはならないということだった。いまのわたしには老人の真意がわかっている。素朴な小作人が小屋の炉辺の輝きのなかで声をひそめて話すうち、夜ごと語られて尾鰭《おひれ》がついた、わが一族にふりかかった恐ろしい呪いにまつわる莫迦げた話を、わたしに聞かせまいとしてのことだった。  わたしはこのように孤立して、何の助けもないまま、城の影濃い図書室にひしめく古ぼけた大冊を読みふけったり、山麓近くの斜面を覆う森に足を向け、常に垂れこめる薄闇のなかをあてもなく漫然と歩きまわったりして幼年期をすごした。わたしの心が早くから憂愁の翳《かげ》りを帯びたのは、そのような環境に影響されてのことだろう。自然界に秘められた神秘の研究や追究に最も強く注意をひかれた。  わが家系については驚くほどわずかしか教えてもらえず、知りえたことがあまりにも少ないことで、わたしは気をめいらせたようだ。おそらく最初は、わたしの年老いた教師がわが父方の祖先について話すのをあからさまに嫌がっているというだけで、わが名家のことが口にされると不安な思いがするようになったのだが、子供から大人へと長ずるにおよび、老人の耄碌《もうろく》しかけてたどたどしくなりかけていた舌がすべるようにしむけ、かねがね不思議だと思いながら、そこはかとない不安をおぼえるようになっていた、ある種のめぐりあわせにいくばくかの関係がある話をさせて、繋がりのない切れぎれの話をまとめあげることができた。いまそれとなく触れためぐりあわせというのは、わが家系に列なる伯爵がすべて夭逝《ようせい》していることである。それまでわたしは短命な者からなる家系の生まれながらの特性にすぎないと考えていたが、早すぎる死について長ながと考えこみ、老人のうわごとに結びつけるようになった。老人がよく呪いのことを口にして、何世紀にもわたってわが爵位をひきついできた者たちの生涯が、三十二年の長さを超えるのをさまたげるといっていたからである。そしてわたしの二十一歳の誕生日に、何世代にもわたって父から息子に手渡され、代々受け継がれているものだといって、老いたピエールが家の記録文書を差しだした。その内容は実に驚くべき性質のものであり、一読するや、さまざまな不安のなかで最も由々しいものが裏書きされた。神変怪異に対するわたしの信仰は、このとき確固とした根深いものだったにちがいなく、そうでなければ目のまえに展開する信じがたい物語を、蔑むように撥ねつけていただろう。  文書はわたしのいる古い城が難攻不落の砦として恐れられた十三世紀へとわたしをひきもどした。記録によれば、ある老人がわが一族の領地に暮しており、かなり教養のある人物だったが、身分は小作人とさしてかわらず、その名をミシェルといって、悪評がつきまとうことから、「悪」を意味するモヴェの通り名で呼ばれていた。同類の手合の習いを超える研究にいそしみ、賢者の石あるいは不死の霊薬といったものを探し求め、黒魔術や錬金術の恐ろしい秘密に通じていると噂された。ミシェル・モヴェには息子がひとりいて、名をシャルルといい、秘められた学問に父と同様に熟達していることから、妖術師と呼ばれた。この二人はまっとうな者たちから忌み嫌われ、極悪非道を働いているのではないかと疑われた。老ミシェルは悪魔への生贄として妻を生きたまま火あぶりにしたといわれ、農民の幼児が大勢行方不明になったのは、恐れられるこの二人のせいだとされた。しかし父と子の邪悪な本性にも埋め合わせをする一筋の人間性があり、邪悪な老人は熱烈に子を愛し、若者は孝心をしのぐ愛情を父に寄せた。  ある夜、伯爵アンリの嫡男《ちゃくなん》である幼いゴドフレの行方が知れなくなったことで、小山の頂きにある城がひどい混乱に陥った。逆上した父親の率いる捜索隊が妖術師たちの小屋に押し入り、激しく煮えたぎる大釜にかがみこむ老ミシェル・モヴェを目にした。確たる理由もないまま、激怒と絶望の抑えがたい狂気に囚われて、伯爵は年老いた妖術師に手をかけ、これをついに絞め殺した。一方、嬉々とした従僕たちが、城の奥まった使われていない部屋で幼いゴドフレを見つけたことを高らかに述べたて、哀れなミシェルがむなしく殺されたことを遅まきながら伝えた。伯爵と随行が錬金術師の粗末な住居からひきあげようとしたとき、妖術師シャルルの姿が木々のなかにあらわれた。まわりにいる下僕たちの興奮した話から、何があったかを耳にしていながら、最初は父の運命にも動じていないようだった。するうち、ゆっくりと歩みでて、伯爵を見すえ、陰にこもった恐ろしい口調で、それ以後伯爵家に取りつくことになる呪いを発した。   [#ここから2字下げ] 汝、殺人者の血をひく貴人の誰ひとりとして、 汝の齢《よわい》を超えて生きながらえることなし。 [#ここで字下げ終わり]    妖術師シャルルはそう告げるや、急に背後の黒ぐろとした森にとびこんだが、上着から無色の液体の入った小さなガラス瓶を取りだし、父を殺した伯爵の顔に投げつけると、夜の漆黒の闇に姿を消した。伯爵はひとことも発しないまま亡くなり、翌日葬られたが、享年わずかに三十二歳だった。小作人たちが容赦なく近隣の森や山を取り巻く牧草地を捜しまわったが、下手人の行方はついにわからなかった。  こうして不幸を思いださせるものもないまま歳月が流れ、伯爵の遺族たちの心から呪いの記憶も薄れていたので、何も知らぬまま悲劇の原因となり、いまでは爵位を継いでいるゴドフレが、狩猟の際に流れ矢にあたり、三十二歳で亡くなったときには、その逝去を深く悲しむ思いがあるだけだった。しかしさらに歳月を重ね、次の若い伯爵ロベールが、これという原因もなく近くの草原で死んでいるのが発見されるや、小作人たちが囁き声で、領主さまもこのまえ三十二歳でお亡くなりになられ、早すぎる死に驚いたものだと話しあった。ロベールの息子のルイは同じ運命の年齢に達した年、濠で溺死しているのが見つけられ、こうして何世紀にもわたって凶《まが》まがしい記録がつづき、アンリ、ロベール、アントワーヌ、アルマンの名をもつ伯爵たちが、不幸な先祖が殺人を犯した年齢に達するや、幸福で高潔な人生に終止符を打ったのである。  わたしは読みおえた文書から、余命がせいぜい十二年でしかないことを確信した。以前には軽んじていた人生が、いまや日ごとひとしお大切なものになり、黒魔術の秘められた世界をますます深く探究した。孤立して暮しているので、現代科学にはさしたる感銘も受けず、老ミシェルや若いシャルルが悪魔学や錬金術をきわめたときのように没頭して、いまが中世であるかのように精を出した。しかしどれほど書物に目を通そうが、わが一族にふりかかった奇怪な呪いを究明することはできなかった。珍しく理性が立ち勝っているときには、道理にかなった解釈を見つけようとして、祖先たちの夭折《ようせつ》を悪辣《あくらつ》な妖術師シャルルやその子孫の所業だと思いさえしたが、入念な調査をしてみたところ、錬金術師には子供もいなかったので、オカルトの研究に立ちもどり、わが家系を恐ろしい苦しみから解放する呪文を見つけるべく奮闘した。そしてただ一つのことについて、断固たる決意をかためた。わが一族にはもはや分家もなく、わたしがこの身をもって呪いを断ち切れるので、結婚してはならないという決意である。  三十歳の誕生日が近づいたころ、老ピエールが天に召された。故人が生前好んでぶらついていた中庭の敷石の下に、わたしがひとりで埋葬した。こうしてわたしは巨大な城にただひとりいる者として、わが身の上をつらつら考えるようになり、まったくの孤独のうちに、心が差し迫る運命にむなしく抗議するのをやめはじめ、祖先たちの多くが遂げた最期を甘受しようとするまでになった。多くの時間を古い城の荒廃して使われなくなった広間や塔を調べてすごしたが、いずれも幼いころにはこわくて近づけなかったところであり、かつて老ピエールがいったところによると、その一部は四世紀以上にもわたって人間が足を踏み入れたこともないらしい。目にした品物の多くは異様で恐ろしかった。長い歳月の埃をかぶり、久しい湿りで朽ちた家具が目に入った。見たこともないほど数多くの蜘蛛の巣がいたるところにあって、ほかに棲《す》むものとてない暗闇の四方で、巨大な蝙蝠が骨ばった不気味な飛膜をはためかした。  正確な年齢を日数や時間にいたるまで丹念に記録するようになったのは、図書室の堂々たる時計の振り子が揺れるたびに、運命の定まったわたしの余命を数え分けるからである。そしてついに久しく不安を胸に思いめぐらしていたときが近づいた。祖先の多くはアンリ伯爵が亡くなったときの年齢に達する直前に死んでいるので、わたしは未知の死の訪れをいまかいまかと待ちかまえた。呪いがどのような奇怪な形で急に襲いかかるとも知れなかったが、少なくとも意気地のない犠牲者や無抵抗の犠牲者になりはしないと心を決めた。そして新たな気力をかきたてながら、古い城とその内部にあるものを調べにかかった。  そんなわたしがはからずも特筆すべき事件にでくわしたのは、この世にいられる極限と見定めていたにちがいない、それ以後は生きつづけられる希望とてないと思っていた運命の時間まで、あと一週間たらずというある日、城の放棄された箇所へと発見の旅をおこない、いつもより長く時間をかけて調べていたときのことだった。古びた小塔のなかでも荒廃の著しいところで、崩壊しかかった階段をあがりくだりすることで、午前中の大半の時間を費やした。午後が深まるにつれ、地下を調べようと思い、中世の牢獄か、それよりも新しく掘り抜かれた火薬庫とおぼしきところにおりていった。最後の階段をおりきったところからつづく、硝石のこびりつく通路をゆっくり進んでいると、敷石がじっとり湿りを帯びるようになり、まもなく松明《たいまつ》の揺らめく光によって、水に濡れた壁が行く手をさえぎっているのがわかった。ふりかえってひきかえそうとしたとき、ちょうど足もとに、輪のついた小さな落とし戸があるのに気づいた。立ちどまって、てこずりながらもひきあげてみると、黒ぐろとした開口部があらわれ、不快な蒸気を吹きだして、松明がはぜるとともに、激しく揺れる火明かりで石段の一番上があらわになった。不快な穴におろした松明の炎が落ちつくようになるや、わたしは石段をくだりはじめた。段の数は多く、板石敷きの狭い通路へと通じており、地下深くにちがいないことがわかった。この通路はかなりの長さがあって、どっしりした樫の扉までつづいており、あたりの湿気を帯びて水滴をたらす扉は、どうやっても頑として開かなかった。しばらくしてからこの方向に進もうとするのはやめ、石段のほうへ少しひきかえしたとき、人間の心に受け入れられる強烈で気も狂わんばかりになる衝撃のなかでも最たるものを、突如としてまざまざと味わうことになった。いきなり背後の重たげな扉が、錆びついた蝶番《ちょうつがい》をきしませ、ゆっくりと開く音が聞こえたのだ。わたしが咄嗟《とっさ》にどう思ったのかは分析しようもない。古い城と同様にまったく人気がないと思っていた場所で、人間か霊が存在する証拠を突きつけられ、鮮烈きわまりない恐怖が脳裡に生まれた。ついにふりかえり、音のするほうに顔を向けたとき、目が眼窩《がんか》からとびだしそうになるほどのものが見えた。古さびたゴティック様式の戸口に、人影が一つあった。頭にぴったりあうスカル・キャップと、黒っぽい色の中世の長い衣服を身につけている男だった。長い髪と垂れた顎鬚《あごひげ》はぞっとするほど黒ぐろとして、信じられないほど豊かで長く伸びていた。額は並外れて広く、頬は深く落ちくぼんでくっきりと皺が刻まれ、鉤爪のような長くて節ばった手は、見たこともないような、死体を思わせる大理石さながらの白さだった。骸骨のように痩《や》せさらばえた体が奇妙に曲がり、風変わりな衣服のゆったりした襞《ひだ》のなかにほとんど隠れていた。しかし何よりも異様なのは目だった。深淵の黒さをたたえた二つの洞窟のような目は、深い叡智《えいち》を示していながらも、その邪悪さの程度において人間ばなれしていた。その目がいましもわたしを見すえ、わたしの心まで射し貫き、わたしをその場に立ちつくさせた。そして男がついに低く重おもしい声でしゃべりはじめ、その鈍い虚ろな響きと潜在する悪意がわたしを骨の髄までぞっとさせた。男の使った言語は、中世の学識者が使っていた品下ったラテン語で、わたしも昔の錬金術師や悪魔論者の著作を長ながと調べたことで精通していた。亡霊じみた男はわが一族につきまとう呪いについて語り、わたしの最期が迫っていることを告げ、わたしの祖先がミシェル・モヴェに犯した悪事をくわしく述べたて、妖術師シャルルの復讐にふれながらほくそえんだ。若いシャルルがどのように夜の闇に逃げこみ、何年も後にもどってきて、父親が殺されたときの年齢に近づいた世継ぎのゴドフレを、どんなふうに矢で射殺《いころ》したかを語った。ひそかに城内にもどるや、当時でさえ放棄されていた地下に人知れず入りこみ、いましも立っている戸口の奥の部屋に住みついて、ゴドフレの息子のロベールを野原で捕え、無理矢理毒を飲ませて三十二歳の身空で殺し、復讐心みなぎる呪いの忌《いま》わしい規定を維持したのだという。わたしはこの時点で、妖術師シャルルが自然の成行きで死んだにちがいないとき以来、どのようにして呪いが果たされたのかという、最大の謎が解けたように思った。男が話をかえて、父子二人の魔術師が錬金術を深くきわめたことにふれ、服用すれば不老不死の身となる霊薬に関して、妖術師シャルルがおこなった研究のことをもっぱら述べたてたからである。  熱心に語りつづけることで、つかのまあの恐ろしい目から、最初に宿っていた憎悪が消えたが、にわかに凶まがしいぎらつきがもどり、蛇の威嚇音のような慄然たる音を発して、六百年前に妖術師シャルルがわが祖先にしたのと同じく、まさしくわたしの生命を奪うつもりで、ガラス製の小瓶を掲げた。わたしはいくらかのこっていた自衛本能に促され、それまで身動きできなかった呪縛から脱すると、わたしの生命を脅かす者に消えかかっている松明を投げつけた。ガラス瓶が無害に通路の舗石に落ちて割れる音が聞こえるとともに、男の上衣に火がついて、恐ろしい光景をぞっとするほど明るく照らしだした。わたしを殺そうとした男の発した、恐怖となすすべのない悪意のこもる悲鳴が、既にくじけている神経には負担にすぎたらしく、わたしは完全に気を失って、ぬらぬらした敷石に俯《うつぶ》せに倒れこんだ。  ようやく意識を回復したとき、あたりは恐ろしくも闇に包まれ、何があったかをおぼえているわたしの心は、もっとよく見るという考えにたじろいだが、好奇心がすべてに打ち勝った。わたしは自問した。この邪悪な男はいったい誰なのか、どうやって城の内部に入りこんだのか。どうして哀れにも殺されたミシェル・モヴェの仇を打とうとしたのか、どのようにして妖術師シャルルの時代以来何世紀にもわたって呪いが実行されつづけたのか。わたしが倒した男こそ、呪いによる危険すべての元兇だったことがわかったので、積年の恐怖が消えた。そして呪いから解き放たれたいま、何世紀にもわたってわが一族に取りついて、わたし自身の青春を長ながとつづく悪夢になさしめた不気味なものについて、多くを知りたいという思いが燃えあがった。もっとよく調べようと心を決め、ポケットに手を入れて火打ち石と鉄を探りあてると、携えてきた新しい松明に火をともした。まずもって、新たな光は得体の知れない男の歪んで黒ずんだ姿を照らしだした。恐ろしい目はいまや閉じられていた。目にしたものに嫌悪をおぼえ、顔をそむけてゴティック様式の戸口から部屋に入った。ここで見いだしたのは、錬金術の実験室によく似たものだった。片隅には輝く黄色の金属が堆《うずたか》く積まれ、松明の光を受けて絢爛《けんらん》ときらめいた。黄金なのかもしれないが、わたしは自分のしたことに不思議と動揺して、足をとめて調べようともしなかった。部屋の奥には、山腹の暗い森に数多い、荒涼とした渓谷へと通じる開口部があった。ただもう驚くばかりだったが、男がどうやって城内に入りこんだのかがわかったので、ひきあげることにした。顔をそむけて男の骸《むくろ》のそばを通りすぎるつもりだったが、近づくにつれ、かすかな音が聞こえるように思い、まだ死に絶えてはいないかのようだった。わたしは愕然として、床に横たわる黒焦げになって縮んだ体に顔を向けて調べた。そのとき突然、あの恐ろしい目、焼け焦げた顔よりもなお黒い目が大きく開き、うかがい知れない表情をたたえていた。ひびわれた唇が言葉を告げようとしたが、わたしにはよく理解できなかった。一度、妖術師シャルルの名前を耳にしたし、「歳月」や「呪い」という言葉が歪んだ口から発しられたような気もした。それでもなお男の切れぎれの言葉が何を伝えようとしているのかはつかみきれなかった。わたしが明らかにわかっていないのを見てとるや、黒ぐろとした目がふたたび悪意もあらわにぎらつき、わたしはなすすべもない敵を見つめているうち、わなわなと身を震わせるようになった。  突然、哀れな男が最後の力をふりしぼって元気づき、じっとり濡れて沈みこんだ敷石から凄まじい顔をもたげた。そしてわたしが恐ろしさのあまりすくみあがっていると、どうにか声を出して、その後わたしを昼も夜も悩ませることになる言葉を、いまわの際に叫びたてた。「莫迦者」男は金切り声でいった。「わしの秘密がわからんのか。六世紀もの長きにわたって、おまえの家への恐ろしい呪いを実現しつづけた意志が何なのか、それがわかるだけの頭もないのか。大いなる不老不死の霊薬のことをいったではないか。錬金術の秘密が解き明かされたことがわからんのか。ええい、わしだ。六百年生きながらえて復讐を果たしつづけたのは、このわしなのだ。わしが妖術師シャルルなのだからな」