ラヴクラフト全集〈7〉 H・P・ラヴクラフト/大瀧啓裕訳 [#改ページ] 恐ろしい老人 The Terrible Old Man [#改ページ]          恐ろしい老人を訪ねるというのは、アンジェロ・リッチ、ジョウ・チャネク、マヌエル・シルヴァの企《たくら》みだった。この老人は海に近いウォーター・ストリートの大層古びた家にひとりきりで住み、並外れた金持ちであるとともに、ひどく衰弱していると噂されており、これはリッチ、チャネク、シルヴァの稼業についている者には実に魅力的な状況であって、その稼業とはまさしく強盗にほかならない。  いかほどとも知れない財産が黴《かび》臭い古びた家屋のどこかに隠しこまれているという、ほぼ確実な事実があるにもかかわらず、リッチ一味のような者たちに目をつけられても安全でいられる、恐ろしい老人にまつわる数多くのことについて、キングスポートの住民は口にしたり思いをめぐらしたりしている。実際のところ、老人はすこぶる異様な人物であって、若いころには東インド会社の快速帆船の船長だったが、ずいぶん昔のことなので、若かったころのことをおぼえている者はいないし、老人は寡黙《かもく》なので、本名を知っている者もほとんどいないありさまである。古さびて、かまわれずにいる土地の前庭には、節くれだった木々が立ちならんでいるが、老人はそこに大きな石の不思議な収集品を保管しており、奇妙に配置されて彩色されているので、何やらん辺鄙《へんぴ》な東洋の神殿にある偶像にも似ている。恐ろしい老人の長い白髪や顎鬚《あごひげ》を嘲《あざけ》ったり、小さなガラスのはまった住居の窓を石つぶてで割ったりするのを好む少年たちも、その大半がこの異様な石をこわがって近づかないが、ときおりこっそり家に近づいてくすんだ窓から覗きこむ、詮索好きの年長者をこわがらせるものがほかにもある。彼らの話によれば、ほとんど家具もない一階の部屋のテーブルに、妙な瓶が数多くあって、それぞれ小さな鉛が振り子のように糸で吊られているという。恐ろしい老人はこれらの瓶に話しかけ、ジャック、スカー・フェイス、ロング・トム、スパニッシュ・ジョウ、ピーターズ、メイト・エリスといった名前で呼ぶのだが、老人が声をかけると、瓶のなかの振り子めいた小さな鉛が、応えるかのようにはっきり揺れるものらしい。長身|痩躯《そうく》の恐ろしい老人が異様な会話をしているのを見た者は、二度と老人を目にすることがない。しかしアンジェロ・リッチ、ジョウ・チャネク、マヌエル・シルヴァの三人は、キングスポートの住民ではなく、ニューイングランドの生活や伝統を備える特権社会からはみだした、あの新しい雑多な人種集団の一員であったし、彼らの目に映《うつ》る恐ろしい老人は、節のある杖なしには歩くこともできず、肉の薄い弱よわしい手を哀れに震わせる、ほとんど無力な老いぼれでしかなかった。誰もに毛嫌いされ、どんな犬にも吠えたてられる、孤独で受けのよくない老人を、彼らも彼らなりに気の毒がりはした。しかし仕事は仕事であり、根っからの強盗である三人にとって、銀行に口座もなく、ごくわずかな必需品を村の店で買うにも、二世紀前に造られたスペインの金貨や銀貨で支払う、きわめて高齢で虚弱な老人は、つきせぬ魅力と張りあいを感じさせる対象にほかならない。  リッチ、チャネク、シルヴァは四月十一日の夜に老人の家を訪れることにした。リッチとシルヴァが哀れな老人に面会するかたわら、チャネクはシップ・ストリートに屋根つきの自動車を停めて、老人の住居の高い塀に設けられた裏口の近くで、二人とおそらく金属であろう積荷を待つという段取りである。思いがけない警察の介入でいらざる釈明をするのを避けるため、計画は静かにさりげなく進めなければならない。  三人の強盗は事前に取り決めたように、あとでよからぬ疑惑を招かないよう、それぞれ別個に行動した。リッチとシルヴァはウォーター・ストリートの老人の家の門のまえで落ちあい、節くれだった木々の芽吹いた枝ごしに、月が彩色された石を照らしだすありさまを気に入らなかったが、つまらない迷信よりも思案しなければならない重要なことがあった。年老いた船長はことのほか頑固で偏屈なので、ためこんだ金貨や銀貨のありかをしゃべらせるのは、不快な仕事になるかもしれなかった。しかしきわめて高齢でよぼよぼになっているし、訪問客は二人いる。リッチとシルヴァは口を割ろうとしない者にしゃべらせるわざにたけており、よぼよぼの老いぼれの悲鳴はたやすく消すことができる。そこで二人はただ一つ灯りのついた窓に近づき、恐ろしい老人が子供のように振り子のついた瓶に話しかけているのを耳にした。そして覆面をすると、風雨に汚れた樫のドアを上品にノックした。  チャネクはずいぶん長く待っているように思い、シップ・ストリートに面する恐ろしい老人の裏口に停めた屋根つきの自動車で、そわついて気をもんでいた。チャネクは普段は心のやさしい男であって、取り決めてあった一時間がすぎた直後、古びた家から聞こえた凄まじい悲鳴が気に入らなかった。仲間二人には、哀れな老船長をできるだけ手荒にはあつかわないでくれといっておいたというのに。チャネクは神経を高ぶらせ、蔦《つた》に覆われる高い石塀に設けられた狭い樫の戸口を見た。何度も腕時計に目をやり、二人が手間取っているのを不思議に思った。老人がお宝の隠し場所を明かすまえに死んでしまい、徹底した家探しをしなければならなくなったのか。チャネクはこういう場所の暗がりで待っているのが気に入らなかった。するうち戸口の内側の小道でひっそりした足跡か、こつこつたたくような音がするのを感じとり、錆びついた掛金がそっとまさぐられるのを耳にして、狭いどっしりした扉が内側に動くのを見た。そして一つきりのぼんやりした街灯の青白い輝きのなかで、背後間近にぼうっとうかぶ不気味な家から、仲間二人がもちだしてきたものを見ようと目をこらした。しかし目にはいったのは、期待したものではなかった。そこに仲間はおらず、恐ろしい老人が節のある杖をついてひっそりと立ち、ぞっとするような笑みをうかべていた。チャネクはその老人の目の色に気づいたことがなかったが、いまや黄色であることを知った。  小さな町を興奮の坩堝《るつぼ》にさせるようなものはあまりなく、だからこそキングスポートの住民は、波に打ち寄せられた身元不明の三つの死体が、船乗りの短剣でめった切りにされたような恐ろしい傷があって、靴の踵《かかと》で残忍に踏みつけられたように恐ろしくもずたずたになっていたことについて、その年の春から夏にかけてあれこれ話しつづけた。そして一部の住民は、シップ・ストリートで見つかった無人の車や、おそらく迷った動物や渡り鳥なのだろうが、夜遅く起きていた者が夜中に聞いた人間ばなれした悲鳴といった、ごくささやかなことを口にすることさえあった。しかし恐ろしい老人はこうしたとりとめもない村の噂にはまったく興味を示さなかった。生まれつき無口であるし、歳を取ってよぼよぼになると、ますます無口になるものである。それに高齢の元船長は、記憶にものこっていない若いころの遙かな日々に、もっと刺激的なものを数多く目撃しているにちがいない。