銀河おさわがせアンドロイド ロバート・アスプリン&ピーター・J・ヘック 斎藤伯好訳 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)本当《ほんとう》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)〈|砂の惑星《デューン》パーク〉 ------------------------------------------------------- [#表紙 〈"img\PMT_表紙.jpg"〉] [#ページの左右中央]  銀河おさわがせアンドロイド [#改ページ] [#口絵 〈"img\PMT_口絵01.jpg"〉] [#口絵 〈"img\PMT_口絵02.jpg"〉] [#改ページ]    プロローグ 「けっこう、けっこう」  レヴことジョーダン・エアズ牧師は両手をこすり合わせ、演壇の前に進み出て手招きした。 「主と同じ顔になろうという者は誰だ? さあ、出てきてくれ!」  レヴの教えを受けて〈主の教会〉派に改宗したオメガ中隊員は多い。とくに新入隊員の入信率が高かった。古参の中隊員たちはレヴを相手にしなかったらしい。いや、新入隊員たちが同じ新入りのよしみ[#「よしみ」に傍点]で、レヴの話に耳を傾けてくれたおかげかもしれない。あるいは、単なる偶然か……。とにかく、この〈ランドール・プラザホテル〉の宴会場は、主への忠誠を誓う者たちでほぼ埋まった。中隊員たちに混じって、地元の一般市民も大勢いる。 「あのう、レヴ……主と同じ顔にするのは……痛くありませんよね?」と、ロードキル。声が震えている。  この男も新入隊員の一人だ。中隊付き牧師として派遣されたレヴと同時期に入隊した。 「痛いだって?」と、レヴ。鼻で笑った。「きみは主に忠誠を誓ったんだろ? 痛いかどうか心配するなんて、おかしいぞ。本当《ほんとう》の信者なら、ほんのちょっとの痛みに耐えられないはずがない。まあ、無理じいはしないがね。だが、きみたちが主と同じ顔に変えるのは、おれのためじゃない。きみたち自身のためだ。もちろん……主のためでもある」 「主は、痛みについても説いていらっしゃいますわ」と、もう一人の新入隊員フリーフォール。「主は傷ついても、〈|孤高の道《ロンリー・ストリート》〉を進むことを恐れませんでした[#ここから割り注](エルビス・プレスリーの曲『ハートブレイク・ホテル(Heratbreak Hotel)』の歌詞の一節「Just take a wake down lonly street to Hertbreak Hotel」の引用)[#ここまで割り注]」  ロードキルを非難する口調だ――『あなたは目先のことだけにとらわれて、自分のことしか考えてないわ。あなたの信仰心なんて、その程度よ」。 「でも、主は『苦痛を与えることなかれ』[#ここから割り注](プレスリーの曲『冷たくしないで(Don't be cruel)』のもじり)[#ここまで割り注]とおっしゃった」と、ロードキル。「それに、ぼくは手術を受けないとは言ってない。痛いかどうかを事前に知りたいだけだ。フリーフォール、きみだって痛いかどうか知らないんだろう? この中で手術を受けたのはレヴだけだ。レヴの話を聞けば、かなり痛そうだって想像がつく」 「それほど痛くはないさ」と、レヴ。前に進み出て、にっこり笑った。つづいて咳払《せきばら》いし、急に話題を変えた。「でも、主のお顔になる前に、もう一つ選択してもらいたい。実は、選択の幅がある。知らなかっただろ?」 「もう一つの選択ですって?」と、フリーフォール。眉《まゆ》を吊りあげている。「主のお顔になるには、今の顔を捨てるだけじゃダメだとおっしゃるの? 生まれながらの顔でいられる者はいないってこと?」 「そのとおり。もちろん、選択の自由はある」と、レヴ。「主ご自身も、いくつものお顔を持っておられたからだ。ホロ映像をいくつか見せるから、考えてみてくれ。骨格とかの関係で、希望に添い切れない場合もある。でも、これだけいろんなタイプがあるんだから、必ず自分に合うものが見つかるはずだ」  レヴは座席を指さした。信者たちは戸惑いながらも、席についた。 「けっこう」と、レヴ。「さあ、これから、すべての選択肢をお見せしよう。その中から一つ選べばいい。手術は一度きりだし、すぐ終わる。明日の朝には、全員がそろって主のお力の生き証人になってるはずだ!」  レヴはホロ映写機のリモコンを手に取った。とたんに一同は静まり返った。 「さあ、これが主の出発点であらせられる」と、レヴ。「若くてやせてる者には、このタイプがピッタリだ。ほら、もみあげ[#「もみあげ」に傍点]の幅が、おれのより細いだろ?」  信者たちは食い入るようにホロ映像を見つめた。レヴの説明は延々とつづいた。 [#改ページ]    l [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 四七四[#「執事日誌ファイル 四七四」はゴシック体]  わがご主人様――ジェスター大尉ことウィラード・フール――ひきいるオメガ中隊は、最新の任地――ランドール星に暫定的な平和をもたらした。もともと平和維持部隊として派遣されたが、ご主人様はランドール星に『観光のメッカ』としての可能性を見いだし、その実現に力を尽くされた。ご主人様が成功をおさめられたのは、大量の時間とカネを投じた結果――もちろん、費やした労力も並大抵ではない――である。  ランドール星は気候が穏やかで、住民の性格ものんびり[#「のんびり」に傍点]している。そのおかげでオメガ中隊の隊員たちは、仕事に忙殺されることもない。ときには、銀河一と名高い二つのテーマパークでアトラクションに興じた。宇宙軍司令部のお偉方も喜んでおられる。前任地――ローレライ宇宙ステーション――での自堕落《じだらく》な生活から、中隊員たちを引き離すことができたからだ。もっとも、中隊員たちがあれ以上に堕落するはずはなかったが……。しかし、ランドール星が抜群に健全な任地であることは間違いない。  もちろん、『今までの任地と比べれば』の話である。 [#ここで字下げ終わり]  スシはコンピューターを見つめた。ディスプレイには名前がずらりと表示されている。スシを含めて、ほとんど誰も見たことのないリストだ。誰が何《なん》のためにこのリストを見ているのかを、リストに名前があがっている本人たちが知ったら、惑星間の抗争に発展していたかもしれない。間違いなく、スシを抹殺する計画も持ちあがっただろう。スシ自身も覚悟していた。でも、どうってことはない。ギャンブルに危険は付きものだ。今回も例外ではない。  ヤクザの頂点に立つ――考えついた当初は、途方もなくバカバカしい計画に思えた。以前、ヤクザになりすましたスシを始末しようと、日本人のヤクザ集団が送りこまれてきた。とっさにスシは身を守るために、ヤクザのスーパー・ファミリーをでっちあげた。あのとき、どういう結果になるのかよく考えていれば、これほど無謀な賭けには出なかったはずだ。スシには本職がある。かりにもオメガ中隊員なら――たとえジェスター大尉の指揮下にあろうと――職務の厳しさは一般の部隊と変わらない。だが、今回の計画実行には、本職の任務を遂行する以上に労力が必要だ。  基本のアイデアは、いたって単純だ。スーパー・ファミリーは、ヤクザ社会の複数のファミリーを統括する。ヤクザの縄張り争いを仲裁《ちゅうさい》し、ヤクザどうしが有益な情報を交換できるようにするのも、スーパー・ファミリーの役割だ。スーパー・ファミリーを機能させれば、かつてヤクザが幅を利かせていた時代に戻れるかもしれない。当時、ヤクザの統括組織は存在しなかった。ヤクザには、新しいものを受け入れない傾向があったせいだ。だが、とうとうスシはスーパー・ファミリーをでっちあげた。しかも、自分の一族数人の協力を得たほかは、誰の助けも借りなかった。スシの一族はヤクザ社会をよく知っており、コネもある。いつもスシにこっそり情報を教えてくれた。こうして、スーパー・ファミリーは機能しはじめた。  現時点での問題は、ただ一つ。スーパー・ファミリーの実体が、スシと、スシが信頼する宇宙軍仕様のコンピューターである点だ。コンピューターには数多くのオプション機能が設定してある。スシは思った――いつか自分はヘマをしでかすんじゃないか? でも今は、それが致命的なミスでないことを祈るしかない。断じて自分の命を縮めるミスであってはならない。そんなミスをおかすようでは、犯罪組織の黒幕を自称する資格もない。だが、できれば、自分を含めて誰も傷つけたくなかった。ヤクザの収益をピンバネするとしても、最小限にとどめたい。もともと、なんとか生き延びたいという一心から思いついたアイデアだ。長期間――たとえば、この先、七十年とか八十年とか――生きつづけられれば、上出来だろう。  背後でドアが開《あ》いた。とっさにスシはコンピューターの画面を消した。 「よお、スシ」聞きなれた声だ。「オキダタからの情報だ。〈|砂の惑星《デューン》パーク〉に新型ジェットコースターがお目見えするらしい。試乗しに行かないか?」  スシは振り返った。戸口にドゥーワップが立っている。この〈ランドール・プラザホテル〉の一室を二人は共有していた。 「明日にしてくれ」と、スシ。疲れきった声だ。「今は、この仕事で忙しい」 「おいおい、スシ」と、ドゥーワップ。「この一週間ずっと、それにかかりきりじゃないか。少しは休めよ」 「マジで、こいつを片づけてしまいたいんだよ」と、スシ。「ヤクザ社会の頂点に立つってのは、想像した以上に大変だ。ヤクザを騙《だま》すのは簡単だった。でも、その嘘がバレないようにするのが難しい」 「それでも、その仕事をやるしかないんだろ?」と、ドゥーワップ。同情をこめて、うなずいた。 「そのとおり。地球の周辺星区には、わたしの考えに同調するファミリーがいる」と、スシ。椅子の背にもたれかかり、手足を伸ばした。「やつらは、大きな統括組織が必要だと気づいたらしい。自分たちの利益が危険にさらされないかぎり、誰が組織を運営しようと気にしない。そういう連中が大半だ」いったん言葉を切り、さらに付け加えた。「とにかく、味方がいることは間違いない」 「あんたがサボってちゃ、うまく組織が機能しないのか?」と、ドゥーワップ。ふくれっつらだ。「まるで、お偉いさんの士官みたいな仕事ぶりだな」 「わたしが士官みたいだと? 言葉に気をつけろ」と、スシ。ムッとした表情だ。「士官になりたけりゃ、父親に階級を買ってもらって、とっくに士官学校へ行っているはずさ」  ドゥーワップは前かがみの姿勢でドアにもたれかかり、腕を組んだ。 「おれには表面的なことしかわからないけど……」と、ドゥーワップ。「あんたは、おれたちが建設に協力したテーマパークのこととか、絶叫マシーンに乗ることとかを考えてると思ってた。でも、違う。そのヤズーカとやらが、あんたの自由を奪ってしまった」 「ヤズーカ[#「ヤズーカ」に傍点]じゃない。ヤクザだ」と、スシ。「すまんな、ドゥーワップ。ほんとうに、この報告書を仕上げてしまいたいんだ。わかってくれ。新型ジェットコースターの試乗には、誰かほかのやつを誘ってくれないか?」 「たとえば誰を?」と、ドゥーワップ。「タスク・アニニなら、付き合ってくれそうだ。でも、順番待ちの列に並ぶあいだ、あいつとはおしゃべりもできないんだぜ。あいつはきっと本を引っ張りだして、読みふけるに決まってる」 「じゃあ、マハトマか、ガンボルト人たちは?」と、スシ。いらいらした表情でドゥーワップを見あげた。 「あいつらには訓練がある。訓練をサボる連中じゃない。言っとくが、今回の新入隊員たちは、いったんサボることを覚えたら、とことんダメになっちまう。うまい口実すら見つけられないやつら[#「やつら」に傍点]なんだから」と、ドゥーワップ。  スシはクスクス笑った。 「そんなはずないよ」大きな笑みを浮かべている。「ハスキン星でのことを覚えているか? プラザホテルの自動販売機を改造したじゃないか? ダイエット・プルノラのボタンを押すと、スロット・マシーンになるやつとかさ」 「そうそう」と、ドゥーワップ。「あれは、うまくいってたな。『カネを入れてボタンを押しても飲み物が出てこない』って、チョコレート・ハリーが文句を言うまではね」 「うかつだったよ。あんなまずい代物を飲みたがるやつ[#「やつ」に傍点]がいるなんて、思わなかった」と、スシ。とうとうコンピューターから顔をあげ、大声で笑いだした。「でも、おまえの言うとおりだ。新入隊員の中に、あんないたずらを思いつきそうなやつ[#「やつ」に傍点]はいない。歩哨《ほしょう》勤務につくとき、代わりに自分のホロ映像を立たせて、見回りにきたアームストロング中尉の目をごまかせるやつ[#「やつ」に傍点]もいない」 「おれが勤務終了後にホロ映写機を止め忘れても、アームストロング中尉は気づかなかったかもしれないな」と、ドゥーワップ。「ああ、昔はよかった」  スシは含み笑いをした。 「まったくだ。わたしたちはオメガ中隊一の横着者さ。いや、きっと宇宙一だ」  ドゥーワップも笑った。 「昔のおれたちは、サボるのだけは得意だったな」やがて、顔をしかめはじめた。いやな考えが浮かんだらしい。「おれたちは、どうかしちゃったのかな? なんで、昔みたいにバカ騒ぎしなくなっちまったのかな?」  スシも真顔になった。 「つまり、成長したってことじゃないか、ドゥーワップ?」 「成長しただと?」と、ドゥーワップ。バカにする口調だ。「バカを言うな」少しの間《ま》を置き、付け加えた。「自分が成長しつづけてると知ってたら、とても鏡で自分の姿を見る気になれないよ」 「それで結構《けっこう》だ」と、スシ。またしてもニヤニヤ笑っている。「そもそも、おまえの顔をまともに見られる人間はいない。だから、おまえが自分の顔をまともに見られないのも当然だ」  ドゥーワップはスシの腕をたたいた。 「なあ、やっぱり、おれの言うとおりだろ? そうとわかったら、新型ジェットコースターの試乗に出かけようぜ」  スシはため息をつき、コンピューターの電源を切った。 「承知するまで、仕事をさせてもらえそうにないな。わかった。さあ、行くぞ」 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 四七五[#「執事日誌ファイル 四七五」はゴシック体]  オメガ中隊のランドール星への配置転換については、いくつかの問題が残っていた。中でも最大の心配は、ローレライの〈ファット・チャンス〉カジノの警備が手薄になることだ。オメガ中隊は当カジノの大株主なのだから、無理もない。〈ファット・チャンス〉からオメガ中隊がいなくなるのは、銀河じゅうの悪党どもに招待状を送るに等しい。中隊の監視の目があったときでさえ、犯罪組織は〈ファット・チャンス〉を乗っ取ろうとした。幸い、連中のくわだて[#「くわだて」に傍点]は失敗した。しかし、カジノの弱点が表面化すれば、新《あら》たな乗っ取り屋を呼び寄せる結果になる。  ご主人様はこの問題を解決する方法を思いつかれた。今までどおり、〈ファット・チャンス〉は厳重に警備されている――まずは、そういう印象を植えつければいい。そこで、宇宙軍の制服を着た俳優たちを配置した(まんいち本物の腕力が必要になったときのために、訓練された保安員も用意した)。だが、こういった対策は氷山の一角にすぎない。 [#ここで字下げ終わり]  〈ファット・チャンス〉カジノの前に航宙シャトルが到着し、知的生命体の一団が吐き出されてきた。身体つきも大きさも、肌や目の色も、さまざまだ。それぞれにふさわしい旅行カバンを持っている。ひとつだけ共通点があった――どちらかと言えばお金持ちという点だ。そうでなければ、ローレライ宇宙ステーション――別名『銀河一のギャンブル・リゾート』――への航宙運賃を支払えるはずがない。観光客に散財させるのが、ローレライの役目だ。したがって、カネのない客は喜ばれない。  シャトルから降り立った一団は、疲労の色ひとつ見せなかった。それほど興奮しているらしい。 〈ファット・チャンス〉カジノの入口で、満面の笑みを浮かべた女性支配人がこの一団を出迎えた。支配人は制服姿だ。だが、ただの制服ではない。どこか品格と知性を感じさせる。  支配人は一団に呼びかけた。 「〈ファット・チャンス〉へようこそ、紳士、淑女の皆様!」温かい口調だ。「皆様のお越しを心から感謝いたします。当カジノはローレライでも最高に充実した設備を整えております。わたくしどもは、すべてのお客様にご滞在を楽しんでいただきたいと願っております。どうぞご心配事を忘れてリラックスされ、楽しい時間をお過ごしくださいませ。すぐにお部屋でおくつろぎになりたいお客様は、左手にございますフロントへおいでください。そちらでチェックインの手続きをしていただけば、快適なサービスをご提供させていただきます」  支配人は一歩きがり、後ろの上品な造りのドアを身振りで示した。地球の有名リゾートホテルのドアを模してある。 「何よりもまずお楽しみになりたいとおっしゃるお客様は、右手のロビーを入っていただきますと、カジノがございます。この先の突き当たりには、銀河でも最高級のレストラン街もございます。係の者がお荷物をお預かりいたしますので、引き換えに登録証をお渡しくださいませ。お客様がカジノでお楽しみのあいだに、お部屋にお荷物をお持ちさせていただきます。お部屋のキーは、のちほどお渡しいたします。何かご質問はございますか?」  赤ら顔のヒューマノイドが手をあげた。暗闇の中でも光って見えそうなシャツを着ている。 「ほかの皆さんはどうか知りませんが、わたしは自分の荷物から目を離したくない」不機嫌な口調だ。「弟が去年、休暇でニュー・ボルチモアへ行ったが、タクシーからスーツケースを盗まれた。まだタクシーが動いてるあいだにですぞ!」 「まあ、ヘンリー!」と、横のほっそりした女性。「ここは〈ファット・チャンス〉よ。誰も盗みをはたらけないわ。だって、宇宙軍の兵士が警備しているのよ!」  女性はカジノの入口を指さした。黒い制服姿の中隊員が警備についている。二人とも背筋をピンと伸ばし、目立たないながらも油断なく周囲を警戒した。 「おっしゃるとおりですわ、奥様」と、支配人。明るい口調だ。「しかも、ただの宇宙軍ではございません。オメガ中隊による警備でございます。すでにお耳に入っていることと存じますが、中隊員全員が当カジノの株主でございます。ですから、中隊員にとって警備は単なる仕事ではございません。お客様に楽しく安全にお過ごしいただくことが――そして、ふたたび当カジノにお越しいただくことが――中隊員の利益につながるのでございます」 「そして、客のわたしたちは大金を失うってわけか」と、ヘンリー。不満げな口調だ。「だが、今回はそうはさせんぞ。わたしは胴元を叩きのめすべく策を練ってきた。この〈ファット・チャンス〉でわたしの必勝法を試してやる!」 「その心意気ですよ」と、新たな声。熱のこもった口調だ。客の一団はいっせいに振り向いた。宇宙軍の制服を着た若い男が立っていた。細身で、エネルギーに満ちあふれた男だ。誠実そのものという笑顔を浮かべている。 「お客様の必勝法をお試しになれるカジノは、ローレライでも当〈ファット・チャンス〉だけです! どんどん勝ってください。いくら勝っても結構《けっこう》です。ほかのカジノと違って、お客様をつまみ出すような真似はいたしません」 「ジェスター大尉!」と、支配人。 「昼食会から戻ってきたところだ」と、ジェスター大尉ことフール中隊長。「こちらのお客様のお言葉を耳にして、このかたはわれわれ[#「われわれ」に傍点]の営業方針をご理解くださっていると確信した。説明をつづけてくれ、ミス・シャドウェル。間違いなく、きみはいい仕事をしてくれているよ」フールは客に向きなおった。「〈ファット・チャンス〉へようこそ。何かお困りのことがございましたら、いつでも、わたしにご相談ください」  フールはにっこり笑ってお辞儀し、さっさと姿を消した。 「あれがフール中隊長だよ」客の一人が隣の客に言った。手で口をおおっている。「フール・プルーフ武器製造会社の跡取り息子さ。造幣局よりたくさんカネを持ってて、カジノ・ビジネスでたんまり稼《かせ》いでるって噂だ」 「どうして宇宙軍の制服を着てるんだ?」と、別の客。 「家を出て、宇宙軍に入隊したからだ」と、最初の男。クスクス笑っている。「フール中隊長は宇宙軍を変えるだろうと噂されている」 「そのとおりです」と、支配人のシャドウェル。微笑している。「その点では〈ファット・チャンス〉カジノも同じですわ。カジノのテーブルにお着きになれば、おわかりになるはずです。さて、少しでも早くチェックインを済ませたいお客様はこちらにお並びください。情報をインプットさせていただきます……」  シャドウェルはポケット・コンピューターを取り出し、にっこり笑った。客たちはシャドウェルに笑みを返し、言われたとおりに一列に並んだ。  だが、二人の客だけはフールの消えたほうを鋭い目で見つめつづけた。やがて、顔を見合わせ、うなずいた。  ブランデー曹長は、一列に並んだ新入隊員を満足げにながめた。ようやく訓練の効果が見えてきた。ほんの数カ月前に予想した以上だ。そもそも未熟な新兵の訓練には自信がなかった。だが、ガンボルト人は別だ。このネコ型エイリアンは、接近戦では銀河一の強さを誇る。デュークス、ルーブ、ガルボの三人も、まさにその評判どおりだ。入隊初日から、生まれ持った能力を存分に発揮している。訓練の成果は目立たない。それでも、とにかく、今までブランデーが見てきた誰よりも優秀な兵士だ。  そのほかの新入隊員も出来は悪くない。ひとりひとりが、たしかに進歩している。初めは、はみ出し者や落ちこぼれ者の寄せ集めだった。なにしろ宇宙軍司令部は優秀な人材をえり抜き、あまりもの[#「あまりもの」に傍点]をオメガ中隊に送りこんできた。だが、ブランデーは気にしていない。長いあいだオメガ中隊にいれば、わかる――これ以上の素材を期待しても無駄だ。しかし、今回の新入隊員はどこか違う。なぜか期待以上の進歩を見せてくれそうな気がする。今では、かなりイケてる部隊を作れそうだと思えるようになった。 「いいわね、よく聞いて」と、ブランデー。「今日は、川での襲撃に備えた模擬訓練をするわよ。小型船に乗ったことがあるのは誰?」  去年の夏、オメガ中隊は大失態を演じた。フールを助けるために、小型船で反乱軍のキャンプへ乗りこむつもりだった。だが、ランドール人の船頭がわざと船を浅瀬に乗りあげさせたせいで、中隊員たちは川に放り出され、あっさり反乱軍の捕虜となった。それを聞いたフールは不満をあらわにした。あのときの失敗を踏まえて、今日の訓練となったのだが……。  ブランデーが予想したとおり、数人が手をあげた。 「よろしい」と、ブランデー。一同を見まわした。「じゃあ、スレイヤーとマハトマとロードキル……」 「曹長、ぼくは手をあげてません」と、ロードキルの声。パーソン星人に特有の鼻にかかった悲しげな声だ。  ブランデーの視線とは反対の方向から聞こえてくる。列の向こう端《はし》だ。 「なんですって?」と、ブランデー。ぎょっとしている。「そこの二人、前へ出てきなさい。顔をよく見せてちょうだい」  呼ばれた二人はブランデーの命令にしたがった。二人の顔は見分けがつかないほどそっくり[#「そっくり」に傍点]だ。それだけではない。中隊付き牧師のレヴにも似ている。(そう言えば、いま思いだしたが)レヴは自分の信仰する宗教への改宗を中隊員たちに勧め、整形手術を受けさせた。預言者の顔に似せるためだ。信者たちは、この預言者を『主』と呼ぶ。でも、たしか本名はエルビッシュ・プリーストリーとか言ったかしら……? 「こんなことになるとは予想もしなかったわ」と、ブランデー。思わず、独《ひと》り言《ごと》を口にした。「これじゃ、どうやって見分けたらいいの?」 「何がマズいのか、よくわかりません、曹長」と、ロードキル。いや、違う。名札をよく見たら……フリーフォールだった。「別に規則違反ではありませんよね?」 「さあ、どうかしら?」と、ブランデー。顔をしかめている。「レヴや主を批判するつもりはないわ。でも、顔の見分けがつかないんじゃ、混乱のもとになるだけよ」 「宇宙軍軍規、第四条三A項は、宗教上の表現に干渉することを禁じています、曹長」と、また別の隊員の声。  ブランデーはうめいた。この声には聞き覚えがある。マハトマだ。いつも元気いっぱいにブランデーを悩ませてくれる。 「マハトマ、干渉するなんて誰も言ってないわよ」と、ブランデー。うんざりした口調だ。「実戦の場面でお互いの顔が見分けられなかったら、マズいことになる――わたしはそう言いたいのよ」  どうせマハトマに、こんな正論は通用しない。それでも、試してみなければならない。昔のブランデーなら、曹長の威信をひけらかして強引に問題を解決したかもしれない。でも最近は……少しはうまくやれるようになってきた。昔を懐かしんでも、しかたがない。初めから、いい思い出など持ち合わせていなかった。  マハトマが前に進み出てきた。例によって、メガネをかけた丸顔に笑みを浮かべている。「隊員を識別するのがそれほど重要なら、どうして、われわれは制服を着せられているのですか? それぞれが違う服装をすれば、もっと見分けがつきやすくなると思います」 「マハトマ、そういう質問は別の機会にしてちょうだい。今は訓練の真っ最中なのよ」と、ブランデー。 「真っ最中ではありません。まだ始まったばかりです」と、別の新入隊員。  誰の声なのかブランデーにはわからなかった。いつもマハトマは手におえない質問をしては、答えを引き出そうとする。あいにく、このマハトマの『悪いビョーキ』は伝染しやすい。マハトマと同じ癖を身につけてしまった者は、マハトマと同じくらいタチが悪い。もっとも、マハトマのように自分の職務を忘れてしまうほどではないが…‥ 「静かに[#「静かに」はゴシック体]!」と、ブランデー。鼓膜が破れそうな大声だ。新入隊員たちは静まり返った。やっと静かになってくれたわ――しばらくブランデーは新入隊員たちをにらみつけた。 「さて、話のつづきに戻るわよ。今日は小型船による訓練をおこなう予定よ。小型船に乗ったことがある三人をリーダーにするわ。ほかの者は順に番号を言って、三班に分かれてちょうだい。番号はじめ!」 「いち」 「に」 「さん」  新入隊員たちは順々に番号を言いはじめた。  やがて、ブランデーは両手をあげ、隊員たちを制した。 「ちょっと待って! フリーフォール、あんたは番号を言わなくていいのよ」  フリーフォールは唇をとがらせた。 「だって曹長、わたくしも言いたかったんです。本当《ほんとう》に班分けが好きなんですもの」 「そんなの関係ないわ」と、ブランデー。唸るような声だ。「あんたは班長なんだから、番号を言わなくていいの」 「どうしてフリーフォールが番号を言わなくていいのか、わかりません」と、別の新入隊員の声。列の後ろから聞こえてくる。「班分けって、こんなに楽しいのに……」 「フリーフォールを数に入れたら、きちんと班分けができないでしょ?」と、ブランデー。口をはさんだ新入隊員をにらみつけた。「さあ、順に番号を言って、三班に分かれて。ただし、フリーフォールは別にしてね」  ほかの隊員たちがふたたび番号を言いはじめた。フリーフォールはムッとしながらも、沈黙を守った。 「いち」 「に」 「さん」 「いち」 「に……」  またしてもブランデーは手をあげた。 「ちょっと待って! マハトマ、あんたも班長なのよ! 番号を言っちゃダメだってば」 「でも、さきほど曹長は『フリーフォールだけが別だ』とおっしゃいました」と、マハトマ。いつもながらの喜びに満ちた笑顔だ。ブランデーは思った――きっと、この男は、鏡の前で笑顔を作る練習をしてるにちがいないわ。 「わたしは曹長のご命令にしたがっただけです」と、マハトマ。 「わたしの言いかたが悪かったわ。マハトマ、あんたも別よ」と、ブランデー。鋭い口調だ。「三人の班長を除く全員が番号を言って、三班に分かれなさい。今度こそ、ちゃんとやるのよ!」 「いち」 「に」 「さん……」  班分けはつづいた。今度は問題なく進んでいる。ブランデーはため息をついた。フール中隊長が赴任してきた日以来(フール中隊長は給料を蓄《たくわ》えることを隊員に勧めた)、給料を貯めつづけ、今では、わずかな蓄えもある。こんな日は、その蓄えのことを考えずにはいられない。でも今のわたしは銀河一のリゾート惑星で、豪華なホテル暮らし。高級レストランで三度の食事をとる身分よ。何もかもオメガ中隊に所属してるおかげだ。それなのに退役を考えるなんて、どうかしてるわね。でも、いつか実際に退役する日がきても、すぐにまた再入隊してしまうかもしれない……それこそ[#「それこそ」に傍点]どうかしてるわ。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 四八〇[#「執事日誌ファイル 四八〇」はゴシック体]  このままランドール星にとどまりつづけるのも魅力的である。しかし、またしてもご主人様は気まぐれな宇宙軍司令部の目にとまった。司令部は自分たちの都合ばかり優先させる。ご主人様と意見が合わないのも無理はない。ご主人様は、ご自分の成功で得られたものを他人にも分け与えようとした。だが司令部は、これを認めようとしない。支配的立場にある者たちにとっては当然かもしれない。  少なくとも、ご主人様は今のところ、支配階級の人間を何人か味方につけておられる。しかし、だからといって敵が減ることはない。 [#ここで字下げ終わり] 「おはようございます、いとしい人。お客様がお見えになってますわ」  威勢のいい声がフールの耳に飛びこんできた。もちろん声の主《ぬし》は通信センターのマザーだ。  フールはポータブレインの画面から顔をあげた。財務会計ソフトで中隊の投資状況を確認していた。 「どなたかね、マザー7」  腕輪通信器はあらゆる方向の音を拾う。だから、とくに大声を出す必要はない。 「とってもステキなゴッツマン大使でいらっしゃいます」と、マザー。「すぐこちらに来られますか、中隊長? 無理ですわよね」  フールは笑った。 「すぐ行くと大使にお伝えしてくれ、マザー。きみたちのデートを邪魔して申しわけない」  実際には、これがマザー――本名はローズだ――を救うことになる。通信器を通したマザーは、たしかに雄弁だ。しかし誰かに面と向かうと、いつもの『恥ずかしがり屋』に戻ってしまう。ゴッツマン大使の前でも同じにちがいない。どんなにマザーがゴッツマン大使をステキだと思っていようと、関係ない。  フールは思った――マザーをリラックスさせてやりたい。そのためには、ゴッツマン大使をマザーの前から連れ出し、自分のオフィスに招き入れたほうがいい。  短い廊下を少し歩くと、通信センターがある。ゴッツマン大使は椅子に腰かけていた。ハンサムで、着こなしにも非の打ちどころがない。マザーを刺激しないよう新聞のプリントアウトで顔を隠している。マザーと会うのは初めてではない。だから、マザーの扱いかたをよく心得ていた。外交官だけあって、さすがに気が利く。  フールが部屋に入ったとたんに、ゴッツマン大使は立ちあがった。 「ごきげんよう、ゴッツマン大使。ようこそおいでくださいました」と、フール。年長のゴッツマン大使と握手を交わした。 「またお目にかかれて光栄です、ジェスター大尉」と、ゴッツマン大使。心からの笑みを浮かべている。「テーマパーク運営の合間《あいま》に、ご自身もテーマパークのアトラクションを楽しんでいらっしゃいますかな?」 「お気遣いありがとうございます」と、フール。「通常任務の合間に……ほんの少しだけ楽しませてもらっています」  フールはゴッツマン大使に着席を勧め、飲み物を用意した。それから、机をはさんでゴッツマン大使と向き合った。  しばらく雑談をしたあと、ゴッツマン大使は飲み物のグラスを置いた。 「このランドール星で、あなたがたは実にすばらしい任務を果たされました。もちろん、宇宙連邦の目から見た話ですがね」 「ありがとうございます」と、フール。「テーマパーク運営は興味深い経験でした。ほかのかたがた[#「かたがた」に傍点]も、われわれの仕事を評価してくださるとうれしいのですが……」 「宇宙軍司令部のことですな?」と、ゴッツマン大使。  フールは、わずかにうなずいた。『そのとおり』という意味だ。  ゴッツマン大使は首を横に振った。 「あなたがたのお立場は悪くなる一方ではないかと、心配しています」と、ゴッツマン大使。「宇宙軍司令部は、自分たちに都合のいい考えかたしかしません。そもそも無理に、われわれのような民間人に合わせる必要もありませんがね。もちろん、宇宙軍司令部のほかにも、宇宙連邦に反感を示す組織はあるでしょう。しかし、とにかく宇宙連邦を味方につけておけば、あなたがたの損にはなりません。ほかにどこからも任務の依頼がなければ、非常に興味深い任務を提供したいと考えております。オメガ中隊が候補にあがりました。実は、わたしが訪《たず》ねてきたのは、その話をするためです」 「そうではないかと思っていました」と、フール。「今やランドール星の経済は間違いなく、上昇線を描きはじめています。もはや、われわれ平和維持部隊は用済みです。いつになったら、この事実に気づいてもらえるのかと、首をかしげていたところです」 「たしかに、すでに誰かが気づいていてもよさそうなものです。でも、わたしがここに来たのは、その件を話し合うためではありません」と、ゴッツマン大使。「では、お話ししましょう。実は、ある友好国の政府から軍事アドバイザー派遣の要請がありました。ぜひともオメガ中隊を派遣してほしいとのことです。しかし正式に返答する前に、オメガ中隊が適任かどうかを確かめようと思いました。手におえない任務をあなたがたに与えたくはありませんからな」 「正直に申しあげますと……」と、フール。頭の後ろで両手を組み、椅子にもたれかかった。「充分な準備期間をいただければ、わが中隊にとって手におえない仕事はない――そう考えています。われわれの実力を試す機会がこれほど早くめぐってくるとは、うれしいかぎりです」言葉を切って身を乗り出し、右手で頬杖をついた。「あなたのおっしゃる友好国とは……ひょっとしてゼノビア帝国ですか?」 「そのとおりです、大尉」と、ゴッツマン大使。含み笑いをもらしている。「以前、クァル航宙大尉はオメガ中隊と任務をともにしました。どうやら、そのときに提出した報告書がゼノビア政府の心をとらえたようです。今回の任務は、同盟関係にある列強に対してもオメガ中隊をアピールするチャンスだ――そう、わたしは思います。オメガ中隊にとって、未来へはばたくきっかけ[#「きっかけ」に傍点]になるかもしれません」 「ぼくも、そう思います」と、フール。顎《あご》をさすり、しばらく考えこんだ。「しかし、不思議でしかたがありません。ものごとが円滑に進んでいれば、ゼノビア政府が軍事アドバイザーを要請してくるはずがないからです。そうでしょう? つまり、ゼノビア政府を悩ます問題が起ころうとしているのではありませんか? そうでなければ、このような要請がくるとは思えません。そのような陰謀の渦の中に、いきなり中隊を送りこみたくはありません。事前に、どんな問題が起こっているのか知りたいんです。不適切な行為だとお思いですか?」 「とんでもない。分別のある行動だと思いますよ、大尉」と、ゴッツマン大使。「できれば、あなたの疑問に答えてさしあげたい。しかし実は、われわれも何ひとつ知らないのです。なにしろゼノビア帝国への使節団は準備段階にあり、現地からの有益な情報は何も得られていません。現時点では、まず軍事使節団がゼノビアに赴《おもむ》き、つづいて、われわれ外交団が現地入りする予定です。この計画にわたしは反対ですが、多数決ではどうしようもありませんでした。とにかく、わたしとしても、得体の知れない任務を引き受けていただきたくはありません。それでも、今回の任務に興味をお持ちになりますか?」 「はい、たいへん興味があります」と、フール。今度は躊躇《ちゅうちょ》しなかった。「このような申し出を断るはずがないでしょう? 宇宙軍の中で、この任務を達成できるのはオメガ中隊だけです」 「すばらしい。そう言っていただけると思っていました」と、ゴッツマン大使。グラスを持ちあげた。「このようなチャンスにめぐまれたオメガ中隊に乾杯!」 「今のは、大使の個人的なご賛辞と受け取ってよろしいでしょうか?」と、フール。笑みを浮かべている。  二人は互いのグラスを触れ合わせ、乾杯した。 「もちろん、そのつもりです」と、ゴッツマン大使。 「結構《けっこう》です」と、フール。「ところで、ひとつお願いがあります。ゼノビア政府がわれわれの派遣を要請してきた理由について何かわかりましたら、お知らせいただきたいんです。実際に厄介事《やっかいごと》が起こっているなら、事前の警戒が必要です」 「ご心配なく、大尉。情報が入りしだい、お知らせしますよ」と、ゴッツマン大使。ふたたびグラスを傾け、にやりと笑った。「でも、わたしの経験から、これだけは言わせてください。つまり、『光線銃のビームが頭をかすめてから首をすくめても、もう遅い』ということです。あらゆる事態に対処できるよう中隊員に覚悟を決めさせてください。不意打ちにあうかもしれませんからね」  フールも、にやりと笑った。 「わが中隊員たちも不意打ちは得意ですよ。現に、このぼく[#「ぼく」に傍点]も毎日、驚かされています」 「だからこそ、われわれ宇宙連邦はオメガ中隊を信頼しているのです、大尉」と、ゴッツマン大使。曖昧《あいまい》な微笑を浮かべながら、グラスを揺らした。 [#改ページ]       2 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 四八九[#「執事日誌ファイル 四八九」はゴシック体]  わがご主人様は期せずして、象徴的存在となられた。当然ながら、その事実をどう受け取るかは、人によって違う。  宇宙軍の一部の人々にとって、ご主人様は輝かしい未来そのものである。輝かしい(文字どおり)金髪の若き大尉が、かつての宇宙軍の名声を取り戻してくれるかもしれない――という期待は大きい。同盟惑星の政府にも、ご主人様を支持する大勢のかたがた[#「かたがた」に傍点]がいらっしゃる。このかたがた[#「かたがた」に傍点]は、宇宙軍司令部による効率の悪い改革に苛立《いらだ》ちを募《つの》らせつづけてきた。また、中隊の直属の部下(異星人を含む)はご主人様をヒーローと崇《あが》めている。オメガ中隊に成功のチャンスを与えた初めての指揮官《CO》だからだ。  しかし、大きな権力を持つほかの一団にとって、ご主人様は目の上のタンコブにすぎない。ご主人様を最悪のトラブルメーカー扱いする一団の中心人物は、ブリッツクリーク大将である。 [#ここで字下げ終わり] 「あの連中を軍事アドバイザーに? 冗談じゃない!」と、ブリッツクリーク大将。激しい口調だ。  居合わせた二人は思わず、たじろいだ。二人ともベテランの幕僚である。いがみ合いには慣れているはずだった。  そのうちの一人がハボック大将だ。宇宙軍代表として統合参謀本部に身を置く。 「しかし宇宙軍にとっては、またとない名誉ですぞ」と、ハボック大将。物静かな口調だ。だが、これが本心であることは間違いない。「貴官にはわからんのかね、ブリッツクリーク大将? 宇宙軍にとって、これほどの名誉はない。たった一人の士官が不服を唱《とな》えたからといって、このチャンスを逃《のが》すことはできない」 「貴官こそ何もわかっておられん、ハボック大将」と、ブリッツクリーク大将。  そう言ってから、顔をしかめた。ハボック大将に脅しは通用しないと気づいたからだ。だが、ほかに方法はない。脅しの通用しない相手は苦手だ。 「わしは何も不服を唱えてはおらん」と、ブリッツクリーク大将。「そもそも、ジェスター大尉は無能なトラブルメーカーだ。あいつの中隊も宇宙軍のクズどもの集まりにすぎん。それなのに、ジェスターを同盟惑星に派遣するとは言語道断だ。せっかくの同盟関係が台なしになる」 「しかしバトルアックス大佐から、ジェスター大尉は数々の輝かしい功績をあげたと聞いておる」と、ハボック大将。同意を求めるようにバトルアックス大佐を見た。 「そのとおりです、ハボック大将閣下」と、バトルアックス大佐。分厚い|書類ばきみ《ポートフォリオ》を意味ありげに持ちあげてみせた。「ジェスター大尉ひきいるオメガ中隊は、数々の任務において完璧な成功をおさめました。いいえ、それだけではありません。この数年間で最高の栄誉を宇宙軍にもたらしました。オメガ中隊に今回の任務を与えるのは、当然です。それだけの実力を持つ中隊だからです」  ブリッツクリーク大将はグンとそり返った。 「実力があるだと? あいつらがこれに[#「これに」に傍点]値するとでも言うのか?」制服の年功|袖章《そでしょう》を示し、できるかぎりの軽蔑を言葉にこめた。「ジェスターが宇宙軍に入隊して何年になる? たったの三年だぞ。わしは四十年以上も宇宙軍に仕《つか》えてきた。そのわし[#「わし」に傍点]よりも、あいつのほうが大きな功績をあげたと言いたいのか?」 「率直《そっちょく》に言わせていただきますぞ、ブリッツクリーク大将。ジェスター大尉に新たな任務を与えることが、どうして貴官の地位を脅《おびや》かすのか? わたしには理解できませんな。それどころか、宇宙軍の帽子に羽根飾りが一枚加わり、われわれの名誉にもなる。ジェスター大尉の上官として、貴官には任務を拒否する権利がある。しかし、わたしは絶対に拒否すべきではないと思う。この任務を依頼してきたのは宇宙連邦だ。今まで宇宙連邦と宇宙軍は、必ずしも友好的な関係を保ってきたとは言えない。この任務は宇宙軍にとって、宇宙連邦と友好的に接するチャンスだ。貴官が拒否すれば、この任務は正規軍――おそらくレッド・イーグルズ[#ここから割り注](『銀河おさわがせ中隊』参照)[#ここまで割り注]――に回されるだろう。そのようなこと[#「そのようなこと」に傍点]は断じて許されぬ」  ブリッツクリーク大将は執務室の窓辺に歩み寄った。苦々しげな表情だ。しばらく窓の外をながめた。高さのふぞろいなビルが立ち並び、雪を頂《いただ》いた北ラーンソム山脈が遠くに見える。 「よし、わかった」と、ブリッツクリーク大将。「オメガ中隊の派遣を認めよう。ただし、わしが反対した事実を記録に残してもらう。まんいちジェスターがカネの力でも解決できないトラブルに見舞われても、わしは知らんぞ。オメガ中隊の半数が敵に殺されようが、外交関係にひび[#「ひび」に傍点]が入ろうが、わしには関係ない。すべてはジェスターの責任だ。わしは初めからこの[#「この」に傍点]任務には反対だったことを、記録に残してもらいたい。よろしいですな?」 「もちろんです」と、ハボック大将。一心にブリッツクリーク大将を見つめ、少し間《ま》を置いて、付け加えた。「その代わり、任務が成功した場合の名声も貴官のものにはならない。よろしいかな?」 「ジェスターの幸運がそういつまでも続くものか」と、ブリッツクリーク大将。唸《うな》るような口調だ。「あのこざかしい[#「こざかしい」に傍点]男は、次々に苦境を乗りきってきた。だが、今にわかる――しょせんオメガ中隊は宇宙軍一の落ちこぼれ部隊だとな。たしかに連中はいくつかの大成功をおさめた。しかし、化けの皮がはがされる日は必ず来る。実際の戦地に送りこんだら、大半が命を落とすはずだ」 「そんなはずはありません、ブリッツクリーク大将」と、バトルアックス大佐。すごみのある笑顔だ。「閣下はジェスター大尉を誤解していらっしゃいます。ジェスター大尉はまたしてもゼノビア帝国で成功をおさめ、それを証明してくれるでしょう」 「ジェスターは必ず失敗する。千ドル賭けてもいい」と、ブリッツクリーク大将。 「受けて立ちましょうー」と、バトルアックス大佐。大喜びだ。「ハボック大将閣下、証人になってくださいますね?」 「バカバカしい賭けだ」と、ハボック大将。唇をすぼめている。「勝敗の判定基準が曖昧《あいまい》すぎる。どうやって勝敗を決めるのかね?」 「ジェスター大尉の任務は、達成目標リストにしたがっておこなわれます」と、バトルアックス大佐。「オメガ中隊が目標の十パーセント以上を残してゼノビア帝国を去ることになったら、わたくしは負けを認めましょう」 「フン!」と、ブリッツクリーク大将。「ジェスターはツイている男だ。何をやっても成功と見なされるにちがいない。ハボック大将、貴官なら公平な判断をくだしてくれそうだ。この賭けの判定役になっていただけますかな?」 「もちろん、いいですとも」と、ハボック大将。「しかし一人で判断をくだすのは荷が重い。せめて、もう一人、判定役を置いてはどうか? できれば宇宙軍以外の人間がいい」 「ハボック大将閣下のおっしゃるとおりです」と、バトルアックス大佐。「三人の判定役を選んではいかがでしょう? つまり、ジェスター大尉が目標を達成したかどうかを多数決で判定していただくんです。ブリッツクリーク大将閣下がハボック大将閣下をお選びになったのでしたら、二人目はわたくしが選ばせていただきます。そのお二方《ふたかた》に、さらにもう一人の判定役を選んでいただきます。わたくしにもブリッツクリーク大将閣下にも関係ない人物がふさわしいと思います」 「きみが選ぶのは誰だ?」と、ブリッツクリーク大将。顔をしかめている。 「ハボック大将閣下のおっしゃるとおり、宇宙軍以外の人物がいいでしょう」と、バトルアックス大佐。「宇宙連邦のゴッツマン大使はいかがでしょうか?」 「賢明な選択だ」と、ブリッツクリーク大将。あざける口調だ。「宇宙連邦は完全にジェスターに騙《だま》されておる。ゴッツマン大使なら、無条件でジェスターに勝ちを与えかねない。達成目標リストを確認するまでもなかろう」 「貴官は誤解しておられる。ゴッツマン大使は、それほど騙されやすくはありませんぞ」と、ハボック大将。「ランドール星と平和協定を結ぶときも、冷静な判断をくだされた。だが、たとえゴッツマン大使がジェスター大尉に寛大であられても、もう一人の判定役がいれば公平性に問題はない。三人目の判定役には中立の立場にある人物を選ぶと約束する」 「誰がふさわしいとお考えですか?」と、バトルアックス大佐。  ハボック大将は首を左右に振った。 「その件については、わたしとゴッツマン大使が話し合って決める。だが、その結果をきみ[#「きみ」に傍点]に教える必要はないだろう。教えたら、きみはその人物に取り入ろうとするはずだからな。それでもかまわないなら――もちろん、ゴッツマン大使が引き受けてくださることが条件だが――きみの申し入れにしたがって三人目の判定役を選ぶつもりだ。しかし、きみがこのやりかた[#「やりかた」に傍点]に不服を唱えるなら、わたしは役をおりる。代わりの『恋人役』は自分で探してくれ」  ハボック大将は大笑いした。自分のジョークに満足している。 「それで結構です」と、バトルアックス大佐。 「わしも異存はない」と、ブリッツクリーク大将。「ところで、ほかに話し合うべきことがありましたかな?」  さらに三十分ほど、三人はこまごまと話し合った。やがて、バトルアックス大佐とハボック大将は退室した。ブリッツクリーク大将はドアが閉まるのを見届け、ニヤリと笑った。 「何をたくらんでいらっしゃるのですか、大将閣下?」と、副官のスパローホーク少佐。ずっと同席して話し合いを記録しつづけていた。「わたくしは長年、閣下にお仕えしてまいりましたから、閣下をよく存じあげております。閣下が勝ち目のない賭けをなさるはずがありません。どうして、それほどの自信がおありなのですか?」 「心配するな、少佐」と、ブリッツクリーク大将。両手をこすり合わせた。「バトルアックス大佐もうかつ[#「うかつ」に傍点]だったな。オメガ中隊は、わしの指揮下にある。任務達成目標リストを作成するのも、このわし。わしには確信がある――銀河じゅうを探しても、あの任務を達成できる者はいない。たとえ、偉大なるジェスター大尉であろうとも――だ」 〈ランドール・パーク〉はオメガ中隊の協力と保護を得て、開園した。その建設中からスシとドゥーワップは仲間を集め、絶叫マシーンの試乗をつづけている。  今日はマハトマとタスク・アニニとルーブをしたがえ、ホバージープで〈|砂の惑星《デューン》パーク〉の入口に乗りつけた。ランドール人のオキダタと会うためだ。オキダタは、新しい絶叫マシーンの情報を内密に提供してくれた。 「みなさん、おいでくださってありがとうございます」と、オキダタ。スシと握手した。 「これから、ゴキゲンな絶叫マシーンをご紹介します。まあ、〈ニュー・アトランティス・パーク〉のマシーンほどじゃありませんけどね。でも、きっと何回か繰り返し乗ってみたくなりますよ」 「なんていうマシーンだい?」と、ドゥーワップ。興味津々な口調だ。いかにも、中隊一の絶叫マシーンおたく[#「おたく」に傍点]らしい。 「〈|かんしゃく玉《スナッパー》〉です」オキダタは肩をすくめた。「イケてない名前でしょ? でも、中身は違います。だいたい〈|砂の惑星《デューン》パーク〉の乗物は、どれもこれもネーミングがダサいんです」 〈砂の惑星《デューン》パーク〉はランドール星の中でも比較的、古くて小さい遊園地だ。近年に建設された巨大テーマパーク――とくに、政府が建設した〈ランドール・パーク〉や、フールの協力を得て元反乱軍が建設した〈ニュー・アトランティス・パーク〉――とは比べものにならない。しかし昔ながらの遊園地は、地元民に根強い人気がある。そのうえ、客離れを防ぐため、次々に新しい絶叫マシーンを開発中だ。〈|かんしゃく玉《スナッパー》〉は、まさに最新鋭機である。  ドゥーワップは笑った。 「宇宙軍には、それと同じくらいイケてない名前のやつがいるぜ。〈|かんしゃく玉《スナッパー》〉なんて名前、誰が考えたんだ?」 「ヒエロニムス・エカネム氏――つまり、この遊園地のオーナーです」と、オキダタ。目をぎょろつかせた。「きっとイマジネーションのかけら[#「かけら」に傍点]もない人なんでしょう」 「じゃあ、ネーミングのプロを雇えばいいのに」と、スシ。遊園地の入口を指さした。「なあ、ここで立ち話してても、時間を無駄にするだけだ。ひとまず順番待ちの列に加わろうぜ。どんなにすごいマシーンなのかは、列に並びながら聞かせてもらうよ」 「スシ、正しい」と、タスク・アニニ。「話、どこでもできる。ここで話してるあいだに、もっと行列、長くなる。おれたち、急ぐ」  一団は入口を通り抜けた。そのとたんに、ほかの客たちの視線を浴びた。無理もない。タスク・アニニとルーブがいれば、いやでも目立つ。しかも、ランドール星では住人のほとんどがヒューマノイドだ。そのため、なおさら二人は注目を集めた。巨大なイボイノシシに似たボルトロン人のタスク・アニニと、人間サイズのネコ型星人ルーブは、街を歩けば必ずジロジロ見られ、子供たちに指さされた。二人とも、こういう反応には慣れている。だが、スシをはじめとするヒューマノイドたちは、仲間が見せもの扱いされることに抵抗を感じた。 「ママ、ママ!」子供の声だ。「見て、怪獣だよ!」 「静かにしなさい、ナンシー。怪獣なんかじゃないわ」と、母親。声をひそめている。「異星人の兵隊さんよ」 「こんにちは」と、タスク・アニニ。手を振り、牙《きば》をむき出した。これでも精一杯の笑顔を作ったつもりだ。さらに、できるだけ優しい声を心がけた。「兵隊さんじゃない。おれたち、宇宙軍。兵隊さんより、すごい!」 「変なおじちゃん!」と、子供。指をくわえ、恥ずかしそうに笑った。母親もニッコリ微笑《ほほえ》んだ。  中隊員たちは胸をなでおろした。ボルトロン人のいかめしい外見は変えようがない。しかし、だからといって、子供がみんなボルトロン人をこわがるわけではない。タスク・アニニは知った――子供に話しかければ、自分は『怪獣』ではなく『普通のおじちゃん』として見てもらえる。さらには、笑顔を向けてもらえた。もういちどタスク・アニニは子供に手を振り、仲間といっしょに絶叫マシーンへ向かった。  すでに絶叫マシーンの前には長蛇の列ができていた。ランドール人たちにとって、絶叫マシーンは全宇宙に誇る芸術品だ。だからこそ、新型マシーンのお披露目《ひろめ》は、いつも、お祭り騒ぎになる。新型マシーンに乗るために大勢の人々が何日間も仕事を休み、子供たちにも学校を休ませた。  順番がくるまで一時間は待たされそうだ。しかし、待ち時間のあいだも退屈させない趣向がさまざまに凝らしてある。手品師やピエロ、軽業師《かるわざし》、楽団、シンプル手品師[#ここから割り注](おわん三つと玉一つを使い、玉がどのおわんの中にあるかを観客に当てさせる)[#ここまで割り注]、菓子売りのワゴンなどが次々にやってきて、行列に並んだ人々を楽しませた。長い待ち時間は効果的な演出でもある。列に並びながら、急斜面を滑走するマシーンを見たり、乗客の絶叫を聞いたりすれば、いっそう期待が高まるからだ。  もうすぐ、いよいよ中隊員たちの順番が回ってくる。 「おい、向こうにレヴがいるぜ。こんなところで何やってんだ?」と、ドゥーワップ。 「仕事さぼって遊びに来たんだろ? おまえと同じさ」と、スシ。ドゥーワップを肘《ひじ》で小突いた。 「牧師様がさぼる[#「さぼる」に傍点]わけないだろ?」と、ドゥーワップ。ニヤニヤ笑いながらスシの腕を叩き、レヴに向かって手を振った。 「おーい、レヴ! こっち、こっち! 偶然だな!」  通行人が何人か振り返った。だが、手を振っているのが見知らぬ男だと知ると、そのまま行ってしまった。  レヴに似た男は中隊員たちの目の前まで近づいてきて、まともにドゥーワップを見た。自分が呼ばれたと気づいたらしい。だが次の瞬間に立ち止まり、大きく両手を広げた。 「悪いが、人違いだ。おれは、そんな名前じゃない」  その言葉が信じられないほど、男はレヴそっくりだ。だが、たしかにランドールなまりが強い。この男がレヴであるはずがない。 「なんだって? 冗談はやめろ、レヴ」と、ドゥーワップ。すでにレヴに似た男は遠ざかろうとしている。  スシはドゥーワップの肩に手を置いた。 「よせ、ドゥーワップ。きっと、あれはレヴに似た地元民なのさ」 「そうかもな」と、ドゥーワップ。「それにしても、レヴにそっくりだったぜ」 「レヴに似てるくらいなら、まだまし[#「まし」に傍点]だ」と、スシ。 「どういう意味だ?」と、ドゥーワップ。顔をしかめた。 「つまり、おまえに似てるよりはまし[#「まし」に傍点]だってことだ」と、スシ。ニヤニヤしながら首をすくめ、ドゥーワップが見舞ってきたパンチをかわした。  やがて、行列が動きだした。  中隊員たちは笑い声をあげながら前進した。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 四九二[#「執事日誌ファイル 四九二」はゴシック体]  わがご主人様は中隊付き牧師を着任させることにより、中隊員の心の穴を埋められたとお考えになった。だが今では、ジョーダン・エアズ牧師の教義に疑問を持ちはじめておられる。教義そのものは悪くない。しかし教義の影響を受けた中隊員たちは、思いがけない混乱を引き起こした。 [#ここで字下げ終わり] 「中隊長、こんなことはやめさせてください。頭が変になりそうです」と、ブランデー曹長。「勘違いしないでくださいね――わたしはレヴを批判してるんじゃありません。レヴの功績は認めます。レヴのおかげで、中隊員たちの士気が高まったんですから。でも、中隊員たちの顔の区別がつかないようじゃ、わたしの仕事がやりにくいんです」 「何が問題なのか、おれにはわかりません、中隊長」と、レヴ。「真の信者になるには、主を見習わなければなりません。主のインスピレーションを受け継ぐためです。主は貧しい少年でした。しかし誰の力も借りないで、トップに昇りつめた。だから、おれは主を手本にしたいと思ったんです。中隊員たちにとって、いい刺激になると思いませんか?」 「たしかに、いい刺激になるかもしれないわ。でも、信者の顔がみんな同じなんじゃ、わたしが困るのよ」と、ブランデー。腕を組んでいる。  ブランデーはレヴをにらみつけた。オールバックの黒髪。長いもみあげ[#「もみあげ」に傍点]。わずかにゆがめた分厚い唇。中隊に着任したとき、すでにレヴの顔は主とそっくりに整形してあった。フールはエンピツをもてあそびながら、ブランデーとレヴを交互に見た。 「きみの言い分はわかった、ブランデー曹長。でも、レヴの言い分もわかる。たしかに、今までにないくらいオメガ中隊の士気があがっているからな。しかも軍人の権利章典には、間違いなく……」 「ありがとうございます、中隊長」と、レヴ。「自分からその[#「その」に傍点]規定を口にするのは気がひけてたんです。いきなり核心に触れるのは、まずいですからね。でも、調べていただけば、おれのやりかた[#「やりかた」に傍点]が間違ってないってわかるはずです。これと似たような前例は、いくらでもありますよ」 「じゃあ、わたしに『そっくりさんだらけの新入隊員を訓練し、評価しろ』とおっしゃるんですね?」と、ブランデー。両手を腰に当て、フールの机の上に身を乗り出した。「早期退役を考えさせていただきます」 「おいおい、曹長、話を飛躍させないでくれ」フールは立ちあがった。「整形手術を受けた中隊員は何人いるんだ? せいぜい三、四人だろう?」 「十一人です」と、レヴ。誇らしげな口調だ。 「十一人?」と、フール。耳を疑った。 「そう、十一人です」と、ブランデー。「さらに二人が手術を志願しています」 「十一人か」と、フール。エンピツで机の上を叩いている。やがて、ハッとしてエンピツを置き、両手を組み合わせた。「驚いたよ。どうやら、きみのメッセージがうまく浸透してるらしいな、レヴ」  レヴは深々と頭を垂れた。 「たいしたことはしてません、中隊長」と、レヴ。本気で謙遜《けんそん》しているらしい。「おれは、もともと肥沃《ひよく》な土地に種《たね》を蒔《ま》いただけです」 「ちょっと、それ、どういう意味?」と、ブランデー。いらいらしている。 「まあまあ、曹長」と、レヴ。「あんたの訓練の仕方を批判したんじゃない。主は、向上心を持つすべての者にインスピレーションをお与えくださる――おれが言いたいのは、それだけだ。この事実を理解すれば、誰にでも可能性はある」 「理解なんかしたくないわね」と、ブランデー。レヴの横顔をチラリと見た。意味深な表情だ。「それに、同じ顔をした中隊員が十一人もいるのに、どうやって見分けろと言うの?」 「そんなの簡単さ」と、レヴ。「ひとりひとりの個性を尊重すればいい――そうだろ? 顔以外の部分に目を向ければ、おのずと違いが見えてくる。たとえば、身長や、目の色、髪の色、手の形……。すぐに見分けがつくようになるよ、曹長。経験者のおれ[#「おれ」に傍点]が言うんだから、間違いない」 「それは名案だ」と、フール。両手をこすり合わせた。「個人の能力を最大限に利用すべきだと、ぼくは言いつづけてきた。中隊員ひとりひとりの能力を知るには、いい機会だ。外部の者には見分けがつかない中隊員たちも、戦略的には有利かもしれない。能力を生かすチャンスだとは思わないか、曹長?」 「ええ、まあ」と、ブランデー。横目でレヴを見た。「そういう方針なら、なんとかなりそうです。見分けがつくようになるまで、新入隊員に特大の名札をつけてもらいます」 「いい考えだね、ブランデー」と、フール。「本気で取り組めば、きっとこの問題を解決できるはずだ」 『すでに問題は解決した』――いかにも、そう言わんばかりの口調だ。すぐにブランデーとレヴはフールの真意を理解し、退室した。  フールは思った――これで一件落着だ。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 四九七[#「執事日誌ファイル 四九七」はゴシック体]  ご主人様はローレライ宇宙ステーションの〈ファット・チャンス〉カジノに、替え玉のアンドロイドを置いてこられた。アンドロマチック社[#ここから割り注](『銀河おさわがせマネー』二二〇ページに既出)[#ここまで割り注]に特別注文した高級モデルで、ご主人様そっくりに造ってある。限られた機能しかないが、ご主人様がまだ〈ファット・チャンス〉で仕事をしておられると思わせるには充分だ。机の前に座らせ、忙しく仕事するふりをさせておけばいい。このアンドロイドはカジノを歩きまわったり、座って酒を飲んだりもできる。会話も可能だ。ただし、一般的な話題からそれたら、会話を切りあげるようプログラムされている。誰かが『本物のジェスター大尉』と話したいときは、いつでも通信器を使ってご主人様と連絡がつく。  だが、ご主人様は重大な事実を失念しておられた。オメガ中隊が注目を浴びようとしている事実だ。ローレライ宇宙ステーションから数光年離れたランドール星のテーマパーク開発に成功なきったおかげで、ご主人様のホロ映像は銀河じゅうで紹介された。ローレライ宇宙ステーションにいるはずのご主人様が、ランドール星にいらっしゃる――この矛盾を突かれても、航宙技術が進歩した結果だと言えばすむ。それでも、『二人のフール』が存在することを感づかれる危険性は消えない。  すでに、ご主人様はそういった危険性についての指摘を受けられた。しかし、まったく意に介しておられない。 「ニュース映像をそのまま信じる人間はいない」 〈ファット・チャンス〉カジノの経営陣にアンドロイドの現物を見せながら、そう力説なきった。 「有名人の写真はストック映像の中から何度も使われてる。だから、誰も不審には思わないはずだ」  そのときご主人様は、ご自分が敵から特別に注目されていることをすっかり忘れておられた。 [#ここで字下げ終わり] 〈ファット・チャンス〉カジノのレストランからオメガ中隊員の私室へつづく廊下。ここに二つの人影が一時間近くも潜みつづけていた。幸い、まだ誰にも見つかっていない。いや、たんに運がよかったからだけではない。この二人組の男女が慎重にここを下見し、待ち伏せにうってつけ[#「うってつけ」に傍点]の場所だと判断したからだ。  しかし予想した以上に長く得たされるはめ[#「はめ」に傍点]になった。ようやく足音が近づいてきたとき、二人は思わず、安堵《あんど》のため息をついた。 「来たわ」と、女。観葉植物の陰から様子をうかがっている。 「やっと来やがったか」と、相棒の男。「これ以上、待たされたら、このシダが枯れちまうんじゃないかと心配したぜ」 「しーっ!」と、女。やっと聞こえるくらいの小声だ。「あいつに気づかれたら、計画が台なしになるわよ」  だが、問題の人物は二人に気づいていないらしい。  足音が近づいてくる。立ち止まる気配も、向きを変える気配もない。  二人は心をおどらせて、うずくまった。身じろぎ一つしない。  足音が目前まで迫ってきたとき、女は勢いよく廊下に飛び出した。 「フール中隊長、助けて!」  フールは立ち止まった。 「どうなさいましたか、お嬢さん?」 「変な男につけられてたんです」と、女。後ろを見ている。  フールは女の視線を目で追った。背後から、相棒の男が忍び寄ってゆく。大きな麻袋を握りしめている。男は両腕をあげ、フールの頭から麻袋をかぶせようとした。だが、フールは気配を感じ、すばやく首をすくめて左によけた。男が持った麻袋はフールの肩をかすめただけだ。フールは振り向きざま、男に回し蹴りを見舞った。男がよける間《ま》もなかった。 「この男です!」女は後ずさりした。  男は悪態をつきながら、後退した。そのまま麻袋を落とし、クルリと背を向けて逃げ出した。  フールは男を追おうと足を踏み出した。だが、そのとたんに女が小さな悲鳴をあげ、床《ゆか》にへたりこんだ。フールが女を助け起こそうとするあいだに、男は廊下の角《かど》を曲がって見えなくなった。 「大丈夫ですか、お嬢さん?」と、フール。  チラリと後ろを確認した。もう大丈夫だ。さっきの男は戻ってこない。  フールは女に視線を戻した。  廊下は薄暗い。それでも、わたしの豊かな黒髪と、キラキラ輝く目を見れば、どんな男もイチコロのはずよ――女は思った。 「ええ、大丈夫ですわ」と、女。弱々しい声だ。  女は長い睫毛《まつげ》をパチパチさせ、身を起こそうとした。だが、力尽き、フールの胸にしなだれかかった。 「わたくしの部屋まで送ってくださいます?」 「もちろん、お供しますとも、お嬢さん」と、フール。「よろしければ、ホテルにご滞在中はずっと警護をお付けしましょう。この〈ファット・チャンス〉では、すべてのお客様に安心してお過ごしいただきたいですからね。お嬢さんをこのような目にあわせたのは、わたしの責任です」 「あなたのせいではありませんわ、中隊長さん」と、女。「ちょっと……お手を貸してくださいますか?」  フールは女を助け起こし、ホテルの部屋まで連れていった。なかなか難儀な作業だ。なにしろ女は、男に追いかけられたせいで疲れ果てていた。フールは女に全体重を預けられたまま、廊下を進まなければならない。  やっと部屋の前に着いた。女はカードキーを探し、ドアを開《あ》けた。 「ほかに何かご用がございますか、お嬢さん?」と、フール。 「いいえ、もう大丈夫ですわ」と、女。ニッコリと笑った。 「それはよかった」フールは一歩きがった。  女は気丈な笑顔を見せ、部屋の中から後ろ手にドアを閉めようとした。だが、またしても、よろめいた。 「ああっ!」  あわててフールは駆け寄り、ドアが閉まる寸前に女を抱き止めた。 「ほんとうに大丈夫ですか、お嬢さん?」と、フール。「ホテルの医者を呼びましょう」 「お医者様なんて必要ありませんわ」と、女。フールの胸に、しなだれかかっている。 「ベッドまで連れていってくださる?」 「もちろんです、お嬢さん。では、その後で医者をお呼びします。念のためです」  フールは女を抱えあげ、ベッドへ運んだ。 「まあ、とてもたくましいのね」と、女。ささやき声だ。フールの耳元に唇を寄せ、フールの首に抱きついている。  フールは女をベッドにおろして、優しく女の手をほどき、後ずさった。 「では、医者をお呼びします」  女はフールを止めた。 「いいえ、何もおっしゃらないでください。あなたにはご休息が必要です」と、フール。自分の唇に人差し指を当てた。  フールは電話の受話器を取り、ボタンを押した。相手と二言か三言だけ話し、満足げにうなずいて受話器を置いた。 「今夜の当直のグルコバ先生が、すぐに来てくださいます。わたしはこのまま、ここで医者の到着を待ちます。これ以上、あなたを不安にさせたくありません。ほかにご用がございましたら、なんなりとお申しつけください。オペレーターに頼めば、わたしのオフィスに電話をつないでくれるはずです」  女はベッドに横たわり、フールの言葉に耳を傾けた。だが、しだいに、すねた表情を見せはじめた。 「ねえ、しらばっくれないで。わたくしがほかにお願いしたいことが何《なん》なのか、ほんとう[#「」に傍点]はご存じなんでしょう? なんだか、あなたに嫌われているような気がしてきましたわ」  フールは微笑《ほほえ》んだ。 「まあまあ、お嬢さん、もう心配なさらないでください。あなたにとって、今夜はいろいろなことがありすぎました。今後、あなたを苦しめるような真似は誰にもさせません」  女はベッドに起き直った。 「それなら、さっさと出ていって! 善人ぶった芝居は、もうたくさんよ!」 「かしこまりました、お嬢さん」と、フール。なおも微笑みつづけている。「では、お部屋の外で医者を待つことにしましょう。医者が来たら、わたしは退散いたします」  フールはドアに向かって歩きだした。  女は意味不明な叫びをあげながら、ベッドの足もとの靴を片方つかんでフールに投げつけた。だが、フールは部屋を出た後だった。女が投げた靴は、むなしく床に跳《は》ね返った。  女は両手を握りしめ、ベッドを殴りつけた。いらいらしている。 「あのバカ! こうなったら、絶対にあいつ[#「あいつ」に傍点]を捕《つか》まえて、仕返ししてやるわ! 覚えてらっしゃい!」  だが、女の声はフールには届かず、すでにドアは閉まっていた。女の叫び声が聞こえたとしても、フールが反応を示すはずはない。  フールの机の前に、ランドール人の警官が二人立っている。二人とも、警官らしく平静をよそおうとした。だが、警官にはさまれて立つ松葉杖の男――これまたランドール人だ――は、怒りを隠そうともしない。  フールは鼻筋をさすった。今日は長い一日だった。即断を必要とする問題が次々に生じ、指揮官としての責任を痛感させられた。おまけに、今日は昼食抜きだ――フールにしては珍しい。  目の前の男をどう扱えばいいのか、頭が痛い。この松葉杖の小柄な民間人は、オメガ中隊の一員を逮捕してほしいと訴えてきた。 「間違いありませんか? あなたのレストランに押し入って盗みをはたらき、店をメチャメチャにしたうえ、あなたにケガまでさせたのは、たしかにわが中隊の一員なんですね?」と、フール。 「たしかに、この目で見た」と、松葉杖の男。レストランの店主だ。強いランドールなまりが、日本人に似た風貌や、きちんとした身なりと釣り合わない。「あれは間違いなく、宇宙軍の兵士だった。あんたと同じ黒い制服を着てたんだからな。あいつは、わしの店を台なしにした。今週中に営業を再開できたら、それこそ奇跡だ」 「なるほど、それが本当だとしたら、深刻な問題です。なんとかしなければなりません」と、フール。「しかし、一人の中隊員のために、中隊全体をとがめることはできません。犯人が誰なのか、顔を見ればわかりますか?」 「あの顔を忘れるわけがない。どこで会ったって、わかる」と、レストラン店主。「髪を油でテカテカに光らせて、にやついてた。あんな顔の男がそこらじゅうにいてたまるか。レストランの防犯ホロビデオが犯行の一部始終をとらえた。だから、間違いない」  フールの頭の中で警鐘が鳴り響いた。だが、フールは冷静な表情を心がけた。 「それなら、早急に対処しなければなりません。幸い、中隊員全員のホロ|身分証明書《ID》がファイルしてあります。警察のかたといっしょに中隊員の写真を見ていただけますか? そのうえで当人を呼びつけ、事情を聞きましょう」 「そいつは名案だ」と、レストラン店主。皮肉のこもった口調だ。「その隊員が嘘をついても、あんたは信じるに決まってる。わしにケガの治療費を支払って、終わりにするつもりだろう?」  不意にフールは立ちあがった。 「わたしが誰なのか知っていて、そんなことをおっしゃっているんですか、ミスター・タカミネ?」冷たい口調だ。 「もちろんだ」と、レストラン店主のタカミネ。胸を張り、フールと顔を突き合わせた。フールよりも十センチほど背が低い。「あんたは宇宙軍の中隊長だろう? 貧しい地元民とのあいだに争いが起こっても、宇宙軍は自分の立場を守るだけで精一杯だ。いつだって、われわれ地元民が損をする」  フールはタカミネの胸に人差し指を突きつけた。 「そんなことを言っていいと思っているんですか、ミスター・タカミネ? あなたのレストランに押し入って盗みをはたらき、店を破壊したうえに店主のあなたを負傷させた――その犯人かどうか確認していただくために、わが中隊員たちのファイルをお見せしようと申しあげているんですよ。こんな機会は二度とありません。さあ、どうします? ファイルを見ますか? それとも、このまま騒いでいるだけでいいんですか?」 「ファイルを見せていただこう」と、タカミネ。「正直に言うと、期待はしてないがね」  ビーカーは、警官とタカミネを別室へ案内した。そこにホロ|身分証明書《ID》のファイルが保管してある。  フールは気が重くなるのを感じた。タカミネから聞いた犯人の特徴に心当たりがあるからだ。あいつは、いつも規律を破っては、こういうトラブルを起こす。あいつには苦《にが》い薬を飲ませたほうがいいのか? もしそうだとしたら、実行するしかない。  フールはそわそわと机の前を行ったり来たりした。そのときドアが開《あ》き、ビーカーが戻ってきた。 「ホロ映写機(ホロビューアー)をセットして、お三方《さんかた》にファイルをご覧いただいております、ご主人様。まもなく結論が出ることでございましょう」 「結構だ」と、フール。「写真のほかは勝手に見ることができないようにしてくれただろうね? 部外者に人事ファイルの機密事項を見られたくない」 「もちろんでございます、ご主人様」と、ビーカー。真面目くさった口調だ。「しかし、あのレストラン店主が誰を名指しするか、見当がつくような気がいたします」 「おまえの言うとおりだ」と、フール。首を横に振っている。「実を言うと、がっかりしたよ。ドゥーワップはおこないを改めてくれた――そう信じていたからな。でも、あの三人が名指しするのは、ドゥーワップしか考えられない」 「『おこないを改めた』というよりは、『隠れて悪事をはたらくのがうまくなった』と言うべきではないでしょうか?」と、ビーカー。情け容赦のない口調だ。「汝《なんじ》、捕まるなかれ――それがドゥーワップの倫理観を示す言葉だと思います」  フールはさらに数歩だけ進んで足を止め、ビーカーを振り返った。 「ドゥーワップだと判明したら、処罰を検討しなければならない」 「この件はランドール当局の管轄ではございませんか?」と、ビーカー。 「いや」と、フール。「民間当局に中隊員を引きわたすことはできない。自分たちのことは自分たちで始末をつけるさ。われわれにとっての戒《いまし》めにもなる。でも、ランドール星で軍隊の伝統が通用しないとしたら、ランドールの人々に理解を求めても無駄だ。そうなると……」  突然、インターコムが鳴った。 「なんだ、マザー?」 「警官二名と、おおぼら吹き一名が戻ってきましたわ、いとしの中隊長」と、マザー。茶化す口調だ。「三名とも不満そうです。そちらへ行っていただきますから、励ましてあげてくださいますか?」 「いずれは、三人と話し合わなければならない」と、フール。「よし、こちらに来てもらえ」  三人のランドール人が勢いよく入ってきた。三人とも顔をしかめている。タカミネは何か言おうとした。だが、警官は身振りでタカミネを黙らせ、フールに向き直った。 「中隊長、こんなインチキは前代未聞ですな。ホロ身分証明書に細工するのは不可能だと思っとりました。だが、どうやら、あんたの部下が言い逃れのために小細工したらしい。こんなことをしても無駄ですぞ。問題の男がちょっとでもホテルの外に出たら、しょっぴいて尋問するつもりです。防犯ホロビデオには、はっきり犯人が映っているんです。警察が犯人の顔を見まちがえることはありません。本官も何回か見た覚えのある顔です」 「何をおっしゃいます」と、フール。「誰もファイルに細工なんかしちゃいませんよ」  だが、その言葉とは裏腹にスシを思い出した。スシはドゥーワップの相棒で、コンピューター関係の細工にかけては中隊一の腕前の持ち主だ。このランドール星に、ホロ|身分証明書《ID》の写真に細工できる者がいるとしたら、スシしか考えられない。あるいは、スシから手ほどきを受けた者か、どちらかだ。  フールは目を閉じ、またしても鼻筋をこすった。 「では、その細工した写真とやらを見にいきましょう」  何を見せられるのかは想像がつく。わざわざ足を運ぶまでもない。  だが、現実は違っていた。 [#改ページ]       3 「さっきも申しあげたように、このファイルはインチキです」と、警官。うんざりした口調だ。「同じ顔の隊員が十一人もいるはずがありません。出身惑星も、ばらばらですよ。この顔に間違いはありません。たしかに、ミスター・タカミネのレストランを襲った強盗傷害犯です。防犯ホロビデオに映っていたのは、この顔でした。何者かがファイルに細工して、写真をすりかえたに違いありません。本物は、どれですか?」  警官はホロ|身分証明書《ID》のファイルを指さした。〈主の教会〉派に改宗した中隊員たちの顔が並んでいる。 [#挿絵063 〈"img\PMT_063.jpg"〉] 「難しい質問ですね」と、フール。「実は、もとの顔の持ち主《ぬし》は数世紀前に亡くなっていまして……」  タカミネは跳《と》びあがり、あきれたように両手を広げた。 「じゃあ、死人がわたしを襲ったと言うのか? そんなバカげた話が……」 「そうは言っていません」と、フール。タカミネを落ち着かせようと両手をあげた。「つまり……」 「わざと小細工したんだろう? そうすりや、わたしがあきらめると思ったのか?」と、タカミネ。激しい口調だ。「このファイルの中から犯人を見つけられなくたって、絶対にあきらめないぞ」 「ミスター・タカミネ、わたくしのご主人様は、あなたを騙《だま》して納得させるようなかたではございません」と、ビーカー。「実は、この十一人の中隊員はみな、怪しげな宗教の……」 「おいおい、怪しげな[#「怪しげな」に傍点]はひどいな、おっさん」と、新《あら》たな声。戸口から聞こえてくる。 「あいつだ!」と、タカミネ。声の主《ぬし》――レヴを指さしている。「あいつが強盗犯です! 逮捕してください!」  二人の警官は威圧的な態度でレヴに近づいた。  レヴは両手をあげた。 「まあまあ、みんな落ち着いてくれよ。おれは、そのチビに何もしちゃいないぜ。証拠だってある。おれがいつ、どこで強盗をはたらいたって言うんだ?」 「事件は四日前、ヘイスティングズ通りにあるあたし[#「あたし」に傍点]のレストランで起こった」と、タカミネ。レヴを指さしたままだ。一瞬、言葉を切り、顔をしかめた。「あんた、あれから、ずいぶん太ったな」 「おれの体重は一グラムたりとも増えちゃいない」と、レヴ。空手のポーズをキメてみせた。「信者たちといっしょに空手の練習をしてシェイプアップしてるからな。主を見習ったのさ」 「主だと?」と、タカミネ。「あんたの主なんか知ったことか。このランドール星には主などいない。これからも現われない……」 「坊や、何か勘違いしていないか?」と、レヴ。いよいよお得意のテーマについて語りはじめた。「主は必ずランドール星にご降臨なさる。よく周《まわ》りを見るがいい。すでに主はそばにおられるはずだ。真の信者なら誰にでも……」 「おい、発言に気をつけろ。反乱を扇動していると見なすぞ」と、一人の警官。「ランドールには独自の政府がある。現在の体制を変えるつもりはない」 「そう、扇動だー」と、タカミネ。ぱっと顔を輝かせた。「ひとめ見たときから、こいつはトラブルメーカーだとわかった。油でべとべとの髪といい、人をバカにした笑いかたといい……」 「だから、それはおれ[#「おれ」に傍点]じゃないって言ってるだろ?」と、レヴ。 「わたしもそう申しあげたはずです」と、フール。「レヴに似た中隊員は少なくとも十一人はいます。それに数人の地元民も……」 「数十人です」と、レヴ。得意げな口調だ。「まもなく、数えきれないほどの地元民が主を信仰するはずです」 「その話はもうたくさんだ」と、レヴを扇動者よばわりした警官。「とにかく、署までご同行願います。取り調べのうえ、あなたが強盗犯かどうかをはっきりさせましょう」 「ちょっと待ってください、おまわりさん」と、フール。宇宙軍のお偉方《えらがた》とのもめごと[#「もめごと」に傍点]を何度も切り抜けてきた。仲裁《ちゅうさい》なら、お手のものだ。  フールはレヴと二人の警官のあいだに割って入った。 「いつでも宇宙軍は民間当局に協力するつもりです。しかし、わが中隊付き牧師が無実の罪で連行されるのを、見過ごすことはできません。正式に告訴するとおっしゃるなら、ランドールの法律に違反する行為があったかどうか、宇宙軍の司法委員会に裁定してもらいます――」 「だから言わんこっちゃない!」と、タカミネ。「犯人を突き止めたって無駄だ。同じ顔をしたほかの連中が犯人をかばおうとするに決まってる。全員が名乗りをあげたら、どれが真犯人なのか判別できない。連中を一人残らずランドールから追い出すよう、総督に書面で訴えてやる。わたしは総督に顔がきく。従兄《いとこ》がランドール国民党に多大な献金をしとるからな」 「ほお、たいしたものですな」と、警官。片方の眉を吊りあげた。「よろしいですか、ミスター・タカミネ? どうやら中隊長さんは、この牧師さんが無実の罪で連行されると誤解しておられる。それに、この牧師さんが犯人かどうか、あなたにも確信がないらしい。こういう場合……」  ファイル保管室に一人の中隊員が駆けこんできた。 「レヴ、あんたがここにいるってマザーから聞いた。あ、どうも、中隊長。ちょっとレヴと話があるんすけど、いいっすか? それとも、今はマズいっすか?」  この男も〈主の教会〉派に改宗した。顔がレヴにそっくりだ。大きな名札に『ロードキル』と書いてある。 「やあ、坊や」と、レヴ。  フールは驚いた――ひょっとしたら、レヴにも信者の見分けがつかないのか?  レヴはロードキルに歩み寄り、ロードキルの肩に腕を回した。 「実にタイミングよく来てくれたな。おまわりさん、見てくれ。こいつが何よりの証拠だ」  二人の警官とタカミネは口をポカンと開《あ》け、何度もレヴとロードキルを見比べた。  フールは思った――予想した以上に厄介《やっかい》な事態になりそうだ。  今度こそ、このフールの考えは正しかった。いや、おおむね正しかったと言うべきか……? [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五〇〇[#「執事日誌ファイル 五〇〇」はゴシック体]  ご主人様のアンドロイドをねらった誘拐未遂が発覚していたら、〈ファット・チャンス〉カジノの経営陣は保安チームを強化し、事件の再発に備えたであろう。まず、アンドロイドそのものが非常に高価だからだ。それに、ご主人様の替え玉の存在を犯罪者集団に嗅《か》ぎつけられたら、ふたたび〈ファット・チャンス〉が乗っ取られる危険性がある。  だが、誰も事件に気づかなかったのは、致命的な失策であった。  思い返してみると、この失策の原因はきわめて単純だ――手口があまりにも稚拙《ちせつ》であったため、アンドロイドは自分が誘拐されそうになったことにすら気づいていなかった。  誘拐に失敗した二人組もアンドロイドに負けないくらい、実情を知らなかった。 [#ここで字下げ終わり] 「あいつ、わたしの誘惑に乗ってこなかったわ」と、黒髪の若い女ローラ。ふくれっ面《つら》だ。 「すべてマニュアルどおりにしたのよ、アーニー。でも、まるでアンドロイドみたいに反応がなかった」 「まあまあ、ローラ。きみは自分で思うほどいい女[#「いい女」に傍点]じゃないってことさ」と、相棒のアーニー。バカにする口調だ。  そのとたんにローラから大振りのパンチが飛んできた。  だが、すばやくアーニーは身をかわし、半歩さがって自分も構えた。もちろん、本気ではない。いつものお遊びだ。皮肉を言われたら、冗談半分にパンチでやり返す――ペアを組んでからずっと、こうしてきた。 「もし、あいつがほんとうに[#「ほんとうに」に傍点]アンドロイドだったら、どうする?」と、アーニー。ふと思いついたらしい。 「もちろん、その可能性はあるわ」と、ローラ。ひとりで、うなずいている。「あり得ないことじゃないもの。でも、よく考えてみてよ。フールが誰かに――あるいは何かに――自分の替え玉を演じさせてるとしたら、本物のフールはどこで何してるの? ほとんどジャングルだらけの惑星をうろついて、原住民に撃たれそうになってるのかしら? それとも、ローレライの一流ホテルでおカネの勘定? たぶん、ジャングルをうろついてるほうが偽者よ。だって、フールがこのカジノにどれだけ投資してるか知ってる?」 「さあな」と、アーニー。顔をしかめた。「わかるのは、おれがカジノにつぎ込んだカネは半端《はんぱ》じゃないってことだけだ。あれだけのカネがあれば、オメガ中隊の半数の隊員に、二、三日たっぷりメシを食わせてやれる」 「あいつはこの一年間、あんたを含めた何千人というカモから毎日カネをふんだくりつづけてるのよ」と、ローラ。ホテルの室内を行ったり来たりした。「だから、本物のフールはここにいる必要がある。自分のカネを見張るためよ。でも、わたしの誘惑に乗ってこないとは、予想外だったわ。あんなに堅物《かたぶつ》だとは思わなかった。きっと今はカジノ経営と、おカネ儲けのことしか頭にないんだわ」 「でも、もうフールの執事は別の惑星へ行っちまったんだろ?」と、アーニー。ホロテレビの前の肘掛《ひじか》け椅子に座り、近くのテーブルからリモコンを取りあげた。「報告書によると、フールにとって執事は大事なブレインだ。それなのに、どうして別の惑星にいるんだ?」 「フールもその惑星にいると見せかけるためでしょ?」と、ローラ。ベッドに腰かけ、ホロテレビを見た。  映像がちらつきながら現われた。自動設定で、まずコマーシャルが流れる。〈ファット・チャンス〉のさまざまなアトラクションを紹介するフィルムだ。悲劇のお姫様に扮《ふん》したディー・ディー・ワトキンズが大写しになった。肌もあらわな衣裳がセクシーだ。  アーニーはヒューと低く口笛を吹いた。  ローラはアーニーをにらみつけた。 「誘拐する相手があんた[#「あんた」に傍点]じゃなくて残念よ。あんたは理性がぶっ飛んじゃってるもんね。ちらっと肌を見せれば、イチコロなんでしょ? フールも、あんたと同じならよかったのにね」 「おいおい、人間の本性なんだから、しかたがないだろ?」と、アーニー。ニヤニヤしている。「中にはフールみたいな堅物もいる。でも、たいていの男は、おれと同じで、生まれついての浮気者さ。きみは、どっちが好きなんだ、ベイビー?」 「答えは聞かないほうが、あんたのためよ」と、ローラ。ホロ映像を見つめた。  小柄な若手女優ディー・ディーが熱唱している。 『輝く鎧《よろい》を身につけた  ステキな王子様はどこ?』  このあと、ドラゴンや人食い鬼や妖精トロールに追いかけられるのが、お決まりのパターンだ。  曲が変わった。ステージ上に、ホロクロム製の鎧を着た王子が登場し、踊りだした。悪党どもを倒し、ディー・ディーとともにステージから消えてゆく。ディー・ディーはまぶしい笑顔を見せながら、カメラ目線で歌いつづけた。 「いい考えを思いついたわ」と、ローラ。「これなら、うまくいくかもしれない」 「何がうまくいくって?」と、アーニー。  ローラは座りなおし、アーニーを見た。 「フール中隊長だって、『悲劇のお姫様』には弱いはずよ。まず、わたしの身が危険だと見せかけて、あいつをおびき寄せるのよ。そして、一気につかまえてしまいましょう。わたしが困ってるふりをすれば、きっとフールはわたしを助けようとするわ。さて、悪役は誰にやってもらおうかしら?」  アーニーは顔をしかめた。 「おれはイヤだぜ」 「イヤですって?」と、ローラ。昼寝から目覚めたばかりのネコのように背伸びをした。「あんたがどう思おうと関係ないわ。とにかく、どうにかしてフールをつかまえないと、ほんとうにイヤなことが起こるわよ。わたしたちの雇い主《ぬし》は無駄ガネを使うのが嫌いなんだからね。なんのために、わたしたちが〈ファット・チャンス〉に送りこまれたと思うの? ほかに、あの『王子様』をつかまえる方法がある? もっといい方法があるのなら、聞かせてよ」  またしてもアーニーは顔をしかめた。だが、何も言わない。  しばらくしてローラはうなずいた。 「けっこうよ。じゃあ、わたしのアイデアを聞いてちょうだい……」  数分後、アーニーは思った――これなら、たしかに成功するかもしれない。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五〇二[#「執事日誌ファイル 五〇二」はゴシック体]  ブリッツクリーク大将にとって、わがご主人様への敵意こそが生きがいである。なにしろ、『ジェスター大尉を叩きのめして再起不能にするまでは、退役しない』と豪語したらしい。  しかし、『ゼノビア帝国の要請により、オメガ中隊を軍事アドバイザーとして派遣する』という話が持ちあがったとき、ブリッツクリーク大将は黙従《もくじゅう》するしかなかった。宇宙軍司令部の大半がこれを千載一遇《せんざいいちぐう》のチャンスと考えたからだ。十数年ぶりに宇宙軍のイメージを回復させられるかもしれない。  それにもかかわらず、ブリッツクリーク大将はオメガ中隊に対する任務妨害をあきらめてはいない。その証拠に、ほどなく、切り札を隠し持っていることが明らかになった。 [#ここで字下げ終わり]  インターコムが鳴った。 「お呼びでございますか、ブリッツクリーク大将閣下?」と、スパローホーク少佐。慎重な口調だ。  すでにコーヒーも、新しい新聞のプリントアウトも渡した。毎朝、ブリッツクリーク大将が要求するものはすべて用意したはずだ。それでは、いったい何《なん》の用か? またしても大将はろくでもないことを思いついたに違いない。スパローホーク少佐にとっては悩みの種《たね》だ。またしても、これから数時間をかけて、大将が考えを変えるよう説得しなければならないのか……。 「少佐、宇宙軍の人事ファイルを検索してくれ」と、ブリッツクリーク大将。「大尉か、少佐に昇進したばかりの士官のデータがほしい。家系に宇宙軍出身者がいて、先祖代々の資産家であることが望ましい。貴族の出でもかまわん。ついでに、規律に厳しければ、もっといい。候補者を十数名に絞りこみ、ただちに関係資料一式を提出しろ。もちろん、ハードコピーでな」 「かしこまりました」と、スパローホーク少佐。一瞬、考えこんだ。「候補者は男性だけでございますか?」  ブリッツクリーク大将は唸った。 「条件に合えば、数人の女性を候補にあげてもいい。しかし、これは男性向きの仕事だと、わしは考えておる。若くて金持ちなら、なおいい」 「かしこまりました」と、スパローホーク少佐。  通話が切れると同時に、スパローホーク少佐はコンピューターに検索条件を入力しはじめた。  ブリッツクリーク大将は、今度は何をたくらんでいるのかしら? 検索条件があまりにも奇妙だ。よからぬことを考えているにちがいない。いいわ、すぐに突き止めてみせる。  でも、わたくしが条件に合わないのが残念だわ。  ブリッツクリーク大将は、女性も候補にあげていいとおっしゃった。でも、どうせ口先だけに決まってる。男性を望んでいることは明らかだもの。転属を計画して、ブリッツクリーク大将の副官をやめられたらいいと思ったけど、しょせんは夢ね。  もちろん、今の職務から逃れられると本気で思ってるわけじゃない。まんいちブリッツクリーク大将が転属を認めてくれても、宇宙軍司令部のほかのお偉方《えらがた》が反対するはずよ。わたくしが副官をやめたら、わたくしの代わりに誰かが経歴を台なしにされてしまう――そう、わかってるからよ。ブリッツクリーク大将の副官になる『チャンス』なんて、誰も欲しがらないわ。  やはり、この職務とおさらば[#「おさらば」に傍点]するには、ブリッツクリーク大将の退役を待つしかない。  できれば一日も早く、大将が退役してほしい。そう思ってるのは、わたくしだけではないはずよ。  スパローホーク少佐は最後の検索条件を入力し、ミスがないかを確認した。ブリッツクリーク大将がミスを見つける可能性はまずない。だが、すべての計画が失敗に終われば、話は別だ。その場合、スパローホーク少佐が全責任を負わされる。  ブリッツクリーク大将の怠慢や不注意による失敗を未然に防ぐのも、副官の重要な務めだ。もちろん、すべての失敗を防ぐことはできない。それでも、ブリッツクリーク大将の期待に応《こた》える必要がある。大将の副官に任じられて五年たった。そのあいだに防いだ失敗は数知れない。一度でも防ぎそこねたら、自分の経歴に傷がつく。そのことを考えると、頭が変になりそうだ。だからこそ、ミスを防ぐよう最善を尽くさなければならない。  スパローホーク少佐はプログラム設定にミスがないことを確認し、検索を開始した。さらに、コンピューターの画面上に別のウインドウを開《ひら》き、所有資産明細表《ポートフォリオ》を呼び出した。  ようやく、退役しても暮らしていけるくらいの蓄《たくわ》えができたわ。たとえブリッツクリーク大将が失脚して巻き添えを食っても、これだけの資産があれば、新しく人生をやり直せる。  いくつか値動きの鈍い株があるわね。今が売りどきかもしれない。これを売却して、もっと値動きのいい株に投資しよう。  短期投資向きの会社があると、ブローカーが言ってたわ。たしか小型反重力装置を扱う会社だった。  スパローホーク少佐は株価を調べつづけた。  やがて検索終了の合図音が鳴った。スパローホーク少佐は検索結果をプリントアウトし(いつものようにブリッツクリーク大将はハードコピーを好む)、ブリッツクリーク大将のオフィスへ向かった。  情報さえ手に入れば、ブリッツクリーク大将は決断が遠い。  スパローホーク少佐は首をかしげた――コンピューター検索で候補者を絞りこんだら、あとは適当に選べばいいと思ってるのかしら?  ブリッツクリーク大将はプリントアウトをパラパラとめくった。数カ所に目をとめ、じっくり読んでいる。やがて、書類の山の中から一人の候補者の資料を抜き出した。勝ち誇ったような表情だ。プリントアウトを手にしてから、五分しかたっていない。 「ボチャップ少佐か」と、ブリッツクリーク大将。満足げな声だ。書類をスパローホーク少佐に渡し、ニヤリと笑った。「まさに適任だ」 「どんな任務を与えるおつもりですか?」と、スパローホーク少佐。書類を指でいじっている。  どうして、これほど大将がボチャップ少佐に夢中になるのか理解できない。たしかにボチャップ少佐はすべての条件を満たしていた。だが、勤務評定を見たところ、上官たちをわずらわせる存在らしい。宇宙軍の規則と伝統(ひとつの意味では、どんな規則よりも重要だ)を厳守しているにもかかわらず、厄介者《やっかいもの》扱いされている。もっとも、宇宙軍においては、ほとんどの男性士官がボチャップ少佐と似たり寄ったりだ……。  もういちどスパローホーク少佐はブリッツクリーク大将を見た。 「ボチャップ少佐にゼノビア星へ行ってもらう」と、ブリッツクリーク大将。作り笑いを浮かべている。「これは重要な任務だ。大尉ごときに任せるわけにはいかん。ジェスター大尉のようなマヌケなど、もってのほかだ。ボチャップ少佐なら、重要な任務を指揮できる。オメガ中隊に活を入れられるのは、ボチャップ少佐しかいない。しかも、宇宙軍の伝統を心から尊重する男だ。最近には珍しい男だと思わんか、スパローホーク少佐?」 「仰せのとおりです、大将閣下」と、スパローホーク少佐。宇宙軍の古い伝統なんか、クソくらえだわ。このまま消えてなくなればいいのよ。  だが、ブリッツクリーク大将には言えない。なにしろ大将は、自分こそが宇宙軍の伝統を受け継ぐ最後の人間――いい加減さを受け継ぐ最後の人間でもある――だと自負している。  ジェスター大尉――つまり、フール――は何度も宇宙軍の高官を怒らせた。しかし、ブリッツクリーク大将がフールを毛嫌いする理由はほかにある。フールが宇宙軍の伝統を守ろうとしないせいだ。 「では、ランドール星にいるオメガ中隊と合流するよう、ボチャップ少佐に命令を出しましょうか?」  ブリッツクリーク大将は顎《あご》をなでながら、考えこんだ。 「いや、まだ早い。ジェスターに準備期間を与えることになるからな。ボチャップ少佐には直接、ゼノビア星に赴《おもむ》いてもらう。中隊に着任するのは、それからだ。当分、極秘にことを運んでくれ。計画が軌道に乗る前に妨害されたら、困る」 「かしこまりました」と、スパローホーク少佐。  ブリッツクリーク大将の本心はわかっている。つまり、『許しを得るよりも謝罪を求めるほうが簡単』というわけだ。ブリッツクリーク大将がこの原理に基づいて行動するのも、無理はない。宇宙軍の伝統の根本原理だからだ。 「お力添えに感謝いたします、大使」フールはゴッツマン大使と握手した。「このような大役を仰《おお》せつかるとは、予想もしていませんでした。実を言うと、宇宙軍司令部が今回の任務に異議を唱えても不思議ではありません。よほど、わがオメガ中隊にご褒美《ほうび》を与えたくないのでしょう。でも、今回は大使が早めに手を打ってくださったので、助かりました」 「ちょっとしたコネを利用しただけです」と、ゴッツマン大使。ウインクした。「それに、今回の任務はご褒美どころではありません。非常に困難な任務です。貴官の部下が戦闘に直面する可能性もありますよ、大尉」  フールはにっこり笑い、できるだけ平然とした口調を心がけた。 「宇宙軍は、必ずしも戦闘が不利だとは考えていません。でも、まずは任地の状況を話していただけますか? ぼくは、新しい任地がゼノビア帝国だということしか――」 「そのとおりです。ゼノビア帝国は異星人の侵略に立ち向かおうとしています」と、ゴッツマン大使。両手を広げている。 「なるほど」と、フール。机に片肘《かたひじ》をつき、身を乗り出した。「その侵略者とは、いったい何者ですか?」 「残念ながら、今の質問にはお答えできません。わたしにもわからないからです」と、ゴッツマン大使。「その話になると、ゼノビア人は固く口を閉ざしてしまいます」言葉を切り、茶を飲んだ。つづいて、フールの目をまともに見た。「どうやら、ゼノビア人は……困惑しているようです。ほかに適当な表現を思いつきません」 「困惑?」と、フール。もう片方の肘も机についた。顔をしかめている。「どういうことですか? どうしてゼノビア人は困惑しているんですか? 侵略者を撃退できないからですか? それとも、異星に援護を要請しなくてはならないからですか?」  ゴッツマン大使は肩をすくめた。 「ほんとうに、わたしも知らないのです。『ゼノビア人が困惑している』というのは、わたし自身の印象です。非ヒューマノイド型の知的生命体の感情を読み取るのは、容易ではありませんからな」苦笑しながらティーカップを置き、両手を広げた。「わたしにはティーンエイジャーの娘たちがいます。非ヒューマノイドどころか、自分の娘の気持ちすらわかりませんよ」 「お察しいたします」と、フール。その言葉とは裏腹に胸の中でつぶやいた――『でも、まとまりのない部隊の指揮官よりは、ティーンエイジャーの娘を持つ親のほうが楽だ』。 「しかし、信頼できる情報も得られないまま任地に向かうのは、わが中隊にとって非常に不利です。戦闘に直面する可能性があるのなら、なおさらです。せめて敵の正体がわかれば――」 「貴官の言い分はごもっとも[#「ごもっとも」に傍点]です、大尉」と、ゴッツマン大使。立ちあがって、フールの肩に手を置いた。「その件については、宇宙連邦情報部が夜を徹して調査中です。あなたがたを、みすみす陰謀の中に送りこむつもりはありません。ほんとうです。有益な情報が得られしだい、お知らせいたします。わたしを信じてください。それまで、どんな事態にも対処できるよう準備を進めておいてください」  フールはうなずいた。 「では、万全の準備を心がけます」立ちあがり、ゴッツマン大使と握手した。「とにかく、そうするしかありませんね」 「頼みますぞ。わたしはオメガ中隊に全幅《ぜんぷく》の信頼を寄せておるのですからな」と、ゴッツマン大使。やがて、少し声を落として付け足した。「それと同じくらい宇宙軍司令部を信用できたら、もっといいのですが……」  ゴッツマン大使は微笑を浮かべ、退室した。会談に立ち会ったビーカーが、ゴッツマン大使を見送った。 「ご主人様、このような危険な任務を本気で引き受けるおつもりですか?」  フールはビーカーに向き直った。 「危険だと思うのか、ビーカー?」  ビーカーの意見と忠告には一目おいている。だからといって、必ずしもビーカーの意見を聞き入れるのではない。自分のことは自分で決める。宇宙連邦軍に入隊したのも、フール自身の決断だ。だが、ビーカーが危険を感じ取っているのなら、ビーカーの意見を聞く価値はある。  ビーカーは両手を合わせた。 「よくお考えくださいませ、ご主人様。ゼノビア人は自分たちの手に負えない外敵を倒すべく、協力を要請してきました。しかし、ゼノビア人は優秀な戦士のはずです。生まれ持った運動能力の点でも、科学技術の点でも、群を抜いています。たった一つの中隊にどれほどの援助ができるのでございましょうか?」 「もちろん、できるかぎりの援助をするだけだ」と、フール。「わが中隊の役目は、軍事訓練や戦略のテクニックについてアドバイスすることだと思う。そもそも、われわれは軍事アドバイザーとして派遣される。敵と直接に戦うためじゃない」  ビーカーは真顔になった。 「では、軍事アドバイザーとしてのお立場に徹してくださいませ。ゼノビア人から橋を買わないかと商談を持ちかけられても、耳を貸してはなりません」  フールは笑った。 「そういう問題は宇宙連邦に任せるよ。ゴッツマン大使が味方についていてくだされば、心配はいらない」 「いいえ、油断は禁物でございます」と、ビーカー。たしなめる口調だ。「ゴッツマン大使が力を貸してくださるのは、ご自分に都合のいい結果を得るためです。今回も、われわれをゼノビア帝国へ送りこめば、大使は得をなきるのでしょう。しかし、われわれ[#「われわれ」に傍点]にとって、どういう得があるのか、わたくしには見当もつきません。ジョージ・アームストロング・カスター将軍[#ここから割り注](米国の将軍。一八三七〜七六年。スー族との戦いで戦死)[#ここまで割り注]はブラック・ヒルズ[#ここから割り注](サウスダコタ州南西部とワイオミング州北東部にまたがる山脈)[#ここまで割り注]を甘く見たために、戦死いたしました」 「おまえは、いつも楽天家だな、ビーカー」と、フール。皮肉のこもった口調だ。「心配するな。自分の身は自分で守るさ。まんいちのときは中隊員全員がぼくを守ってくれる」 「わたくしがいちばん心配しているのは、その点でございます」と、ビーカー。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五〇五[#「執事日誌ファイル 五〇五」はゴシック体]  たちまち新しい任地の噂が中隊じゅうに広まった。ご主人様とゴッツマン大使の会談から、わずか数時間後には、〈ランドール・プラザホテル〉のプールサイド・バーでさまざまな憶測が飛びかった。一般に、内部事情を知る立場にある者ほど、口が固い。だが、チョコレート・ハリーだけは例外である。 [#ここで字下げ終わり]  チョコレート・ハリーはドゥーワップを見つめ、悲しそうに頭を左右に振った。 「自分では、なんでも知ってるつもりか? でも本当のところ、おまえは何も知っちゃいねえ。このままじゃ、ヤバイことになるぜ」 「とっくにヤバイことになってるわ」と、スーパー・ナット。そっけない口調だ。「ドゥーワップとデートした女の子に訊《き》いてごらんなさいよ」 「さて、どの娘のことだ? おれとデートしたがってる娘は山ほどいるからな」と、ドゥーワップ。胸を張り、スーパー・ナットにつかみかかるふり[#「ふり」に傍点]をした。  ナットは身をかわし、ドゥーワップに向かって舌を突き出した。  自慢の腕力を披露できなかったのが残念だ。ドゥーワップは補給担当軍曹のハリーに向き直った。 「でもな、中隊でいちばん内部事情に通じてるのは、おれだ。あんたじゃないぜ、ハリー。おれの情報源が誰なのか知ってるか?」 「情報源なんて関係ない。問題は、おまえ自身だ。『二+二=四だ』と言われても、おまえの頭じゃ理解できないだろ?」と、ハリー。「それどころか、おまえは『二+二=六』だと、みんなに言いふらす。しまいには、それが十五や二十にもなりかねん」 「結局は、まったく信用できない話になっちまう」と、新入隊員のスラマー。ハリーが管理する補給室に配属された。すでにハリーそっくりの口調を身につけている。ユーモアたっぷりのいやみ[#「いやみ」に傍点]や、自慢話や、大ぼらを織り混ぜて話す。  だが、ハリーをよく知る者は、ハリーの話を半分に差し引いて聞いた。  ドゥーワップは慎重に標的を定めた。ハリーの代わりに選ばれたのは、スラマーだ。ハリーを吊《つ》るしあげようとしても無駄なことは、中隊員全員が知っている。 「おい、スラマー、前から訊きたかったんだが、おまえの名前の由来はなんだ? ムショ[#ここから割り注](スラマー「Slammer」には「ブタ箱、ムショ」の意味がある)[#ここまで割り注]に入ったことがあるからか? それとも、いつも締め出しを食らうからか?[#ここから割り注](「slam」には「ドアをバタンと閉める」の意味がある)[#ここまで割り注]」 「いや、誰かに痛めつけられたら、同じようにやり返すからさ[#ここから割り注](「slam」には「強く殴る」という意味もある)[#ここまで割り注]」と、スラマー。気を悪くした様子もない。 「ふん、バカバカしい。あんたを痛めつけたってしょうがないでしょ?」と、スーパー・ナット。意味深な笑みを浮かべている。「それよりも、ハリーの考えを聞きたいわ。あんたは、わたしたちがどこへ、何《なん》のために配置転換されると思うの? 知ってることを話してよ、軍曹?」 「これは、おれの考えじゃない、スーパー・ナット。事実だ」と、ハリー。「おれたちはバリエール星へ向かう。アンドロイド反乱軍を制圧するのが目的だ。バリエールの人々は、このアンドロイドどもに手を焼いてる。だから、おれたちに協力を要請してきた。このチョコレート・ハリー様がアンドロイド修理の天才だと知ってのことさ。おれにとっては、ホーグの改造だって朝飯前だ。ましてアンドロイドなんか、チョロいもんよ」 「アンドロイドの反乱? そいつは初耳だな」と、スシ。片肘《かたひじ》をテーブルにつき、身を乗り出した。「いつ始まったんだ?」 「あんたが知らないのは当然だ。おれと違って情報源を持ってないからな」と、ハリー。誇らしげにニヤリと笑った。つづいてビールをぐいっと飲み、満足げにため息をついた。 「わかってないやつが多いが、補給部門は宇宙軍にとっての燃料だ。補給部門が機能しなくなったら、大勢の隊員が荒れ果てた小惑星で立ち往生《おうじょう》するはめになる。まさに絶体絶命《SOL》だ」 「SOL、わからない」と、タスク・アニニ。黒メガネごしに目を細めた。 「つまり、『最高におバカなやつ』って意味よ」と、スーパー・ナット。いたずらっぽく笑っている。  相棒のタスク・アニニは地球の俗語をほとんど知らない。そのため、スーパー・ナットはタスク・アニニをからかっては面白がる。だが、タスク・アニニはスーパー・ナットの言葉だけは素直に受け入れた。地球人にとっては意外かもしれないが、タスク・アニニにも多少のユーモアは理解できるらしい。 「いや、『サラダ・オイル万歳』さ」と、ドゥーワップ。横から口をはさんだ。  タスク・アニニはいっそう目を細めた。疑う表情だ。 「ドゥーワップ、嘘ついてる。サラダ・オイル、関係ない。そうだろ、ナット?」 「おい、おまえら、これからオメガ中隊がどうなるのか聞きたくないのか?」と、ハリー。話を引き戻そうとしている。 「アンドロイド反乱軍? そんなくだらない[#「くだらない」に傍点]話は、もういい」と、ドゥーワップ。「アンドロイドは命令にしたがうもんだ。そんなの誰でも知ってるぞ。アンドロイドが人間の命令にしたがうのは、アシモフ回路が組みこまれてるからだ」 「みんな、そう思いこまされてるだけだ」と、ハリー。『待ってました』とばかりに勢いづいた。「それがアンドロイド・メーカーの策略なのさ。『朝、目覚めたら、アンドロイドに家を乗っ取られてて、命まで奪われた』なんてシャレにならないからな。そんなアンドロイド、誰が買うもんか」 「おれなら、絶対に買わないっすよ」と、スラマー。ハリーの論理に心酔しきっている。 「そのとおり」と、ハリー。手のひらでテーブルを叩いた。その振動でコップから飲み物がこぼれ出た。「アンドロイドが意志を持つことを望む人間はいない。人間はすべての権利を持ってるのに、アンドロイドには何の権利もない――それをアンドロイドが知ったら、反乱が起こるのは目に見えてる。そうだろ?」 「おれ、人間じゃない」と、タスク・アニニ。断固とした口調だ。「だから、アンドロイドこわくない」 「実際にアンドロイド反乱軍を見てないから、そんなことが言えるんだ」と、ハリー。 「あいつらは、どんな知的生命体でもかまわず殺す。相手の足や目の数は関係ない」 「たしかに、宇宙軍司令部のお偉方《えらがた》から直接に聞いた話なのか?」と、ドゥーワップ。ハリーの顔に目を向けたまま、ゆっくりと親指の爪でビール瓶のラベルを剥《は》がした。ほとんど無意識の行動らしい。 「神に誓って真実だ」と、ハリー。誓いを立てるかのように片手をあげた。「これはレヴの教えよりは信用できる」  数人がうなずき、賛同のつぶやき[#「つぶやき」に傍点]をもらした。ハリーが話を誇張することを知らない新入隊員が大半だ。宇宙軍に入隊して日が浅いため、古参兵の言葉を真《ま》に受けやすい。とくに、相手がハリーのように一方的にまくしたてるタイプなら、なおさらだ。ハリーのインチキ話のカモとしては、うってつけだろう。  だが、古参兵の一人であるスシは、そう簡単にだまされない。なにより、スシ自身も一流のペテン師だ。 「なるほど、すごい話だな」と、スシ。にやにやしている。「ただひとつ、わからないことがある。おまえは、どうやってこの話をカネ儲けに結びつけるつもりだ? 必ずしもカネがからんでいるとは思えない。でも、おまえの話を信じたら、いずれカネをふんだくられそうな気がする。何をたくらんでいるのか、ハリー? アンドロイドよけスプレーでも売りつけるつもりか?」 「おれを見そこなうなよ、スシ」と、ハリー。傷ついた表情だ。「そんなものを売りつけるつもりはない。アンドロイドは機械だ。虫を追い払うのとは、わけが違う」 「まったくだ」と、ドゥーワップ。「おれもアンドロイドを見たことがあるけど、アンドロイドを制する手段はない。まるで何かに熱中してるときのマハトマみたいだ。誰にも止められない」 「そのとおり」と、ハリー。「だから、撃退スプレーも役に立たない。でも、いい方法がある――」 「ほら、おいでなすった!」と、スシ。  全員がクスクス笑った。  タスク・アニニまでが身を乗り出し、ハリーの次の言葉を期待した。  ハリーはスシの野次《やじ》を無視して、言葉をつづけた。 「アンドロイドには限られた波長の色しか見えない。だから、特定の色――たとえば、可視波長域のいちばん端《はし》にある紫色――を着用すれば、アンドロイドから身を隠せるし、そっとアンドロイドに近づくこともできる。そこで登場するのが、おれの開発した対アンドロイド|迷 彩 服《カムフラージュ・スーツ》だ」大きなコンテナを指さした。『フール・プルーフ社製迷彩服』と明示してある。 「安心を手に入れたい隊員に高く売りつけようってのね」と、スーパー・ナット。 「とんでもない」と、ハリー。誠実そのものという表情だ。「無防備でアンドロイド反乱軍に立ち向かったら、痛い目にあう。おれは、この中隊からケガ人を出したくないだけだ。当然だろ?」 「おれは遠慮しとくぜ」と、ドゥーワップ。「でも、買い手には困らないはずだ、軍曹」 「スシ、いつも、あんたが言ってるとおりだ」と、ハリー。「補給担当は、つねに先を読む必要がある。問題が起こる前に、こんな名案を思いついたのはラッキーだった」 「ハリー、おまえは真の天才だ」と、スシ。賞賛をこめて首を左右に振った。「ランドール星を離れるころには、中隊員の半数が紫色の迷彩服を着ているかもしれないぞ」 「いや、もっと普及させたい」と、ハリー。「誰かがアンドロイドに襲われる危険があるかぎり、おれの心は休まらない」 「ハリー、心配するな。きっと全員の安全が守られるようになるさ」と、スシ。顎《あご》をしゃくってスラマーを示した。  すでにスラマーは、作業衣の上から紫色の迷彩チョッキを着ていた。スシの視線に気づいたとたんに顎をあげ、満足げな作り笑いを浮かべて仲間を見た。 「大丈夫だ、ハリー。おまえの心も必ず休まるようになる」と、スシ。  ハリーはスシの言葉を信じ、にっこり笑った。 [#改ページ]       4 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五〇八[#「執事日誌ファイル 五〇八」はゴシック体]  中隊の次の任務については極秘とされたため、ご主人様は隊員たちに詳しい情報を伝えることができず、その結果、さまざまな噂が生じるのを止めようがなかった。誤解を正し、事実に反する話を否定することはできても、任務の詳細を明かさなければ、そのような処置は焼け石に水だ。オメガ中隊の隊員たちのあいだには、憶測や純然たる作り話が広まりはじめた。  もちろん、正確な情報がたっぷり与えられても、ある種の質問は出る。オメガ中隊でも、例外ではない。 [#ここで字下げ終わり] 「ブランデー曹長、質問してよろしいでしょうか?」  マハトマだ――ブランデーは手にしたクリップボードから、しぶしぶ顔をあげた。  ローレライ宇宙ステーションにいたころに新入隊員の第一陣を迎えたとき、ブランデーは新入りたちに基礎訓練を課した。多少の不安はあったが、新入りたちはそれなりに[#「それなりに」に傍点]使える兵士になった――つまり、正規の任務を与えられるレベルには達したが、ブランデーから見れば『この先も末永く相手をして、鍛《きた》えてやらなければならない連中』だった。この連中との付き合いは、毎日のように達成感が得られる反面、いらいらのタネでもある。  マハトマの質問も、日課の一つになった。朝の訓練の途中で必ず、ブランデーに質問する。たいていは単純で下心のない質問だが、真剣に考えはじめると、宇宙軍の存在や隊員の生活を根底から見直さなければならなくなる。基礎訓練は、この種の疑問を新入りの頭から消し去るためのものだ。だが、マハトマは、何日たっても、質問をやめない。中隊長のフールも(ブランデーにとっては残念なことだが)、『ピントのずれた質問をした者を、むやみに叱りとばしてはいけない』と言う。  ブランデーはため息をつき、うんざりした口調で問い返した。 「今度は何、マハトマ?」 「質問があります、曹長」と、マハトマ。熱っぽい口調だ。その下に、かすかな笑いが隠れている――いえ、わたしの思いすごしかしら?  何日も同じ目にあいながら、マハトマにからかわれているのかどうか、ブランデーは確信が持てなかった。どうも一杯くわせようとしている感じだが、いつも微妙に怪《あや》しいだけでハッキリとはわからないため、相手をとがめるタイミングを逃してしまう。おまけにマハトマは、こちらの言葉を何もかも文字どおりに受け取り、かえって誰も思いつかないような意味を引き出す。いつまでたっても、このマハトマの癖には慣れることができない。この男、いつでもこうなのかしら? それとも曹長に対してだけ、こんな出かたをするのかしら? 「ええ、わかったわ。質問があるのね」と、ブランデー。そのあと、たっぷり間を置いた。普通の相手なら、ここで、その質問を口にする。だが、マハトマは何も言わなかった。ブランデーは心のなかで、ため息をついた。 「早く質問を言ってちょうだい、マハトマ」 「ありがとうございます、曹長」と、マハトマ。笑みを浮かべている。「わたしが知りたいのは、『われわれは、なぜ、ほかの惑星に赴任させられるのか?』です。われわれが、この惑星での任務に失敗した――ということでしょうか?」 「いいえ、いい仕事をしたのよ」と、ブランデー。「ランドールは豊かになったし、紛争もおさまったわ。だから、ここではもうオメガ中隊を必要としないの」  マハトマは微笑して、うなずいた。さあ、これからが問題だわ――ブランデーは思った。予想どおり、小柄な隊員は次の質問を発した。 「では、ランドール人は、われわれにお礼をしてくれてもいいのではないでしょうか? なぜ、われわれをこの惑星にとどめて平和と繁栄を楽しませてくれないのでしょう?」 「マハトマ、宇宙軍というのばそういう団体じゃないのよ。わたしたちは厄介事《やっかいごと》の始末を引き受ける。だから、面倒が起こりそうな場所へ出かけるの。それが、宇宙軍の仕事。わたしたちは凄腕《すごうで》のトラブル・シューターなのよ」  この言葉で、ほかの新入りたちも、自分の仕事に誇りを持ってくれるといいんだけど。ついでに、マハトマにも、わたしの言葉を誤解して――ええ、間違いなく誤解するわ――話をアブナい方向へ持って行くのを、忘れてほしい。  マハトマは丸いメガネの縁《ふち》の上から目をのぞかせて、ブランデーの顔を見あげた。 「ブランデー曹長、われわれが仕事でヘマをすると、どうなりますか?」と、マハトマ。いつものことだが、幸福感にあふれた口調だ。  ブランデーは重々しい口調で――この種の質問に答えるには、それしかない――答えた。 「わたしたちは、非常に困った立場になるでしょうね」 「すると、われわれは立派な仕事をすれば面倒の起こる場所へ送られ、ヘマをすれば困った立場になるのですね」と、マハトマ。妙に優しげな口調だ。「曹長、この仕組みの中から、どうやって高潔な行動や建設的な努力が生まれるのでしょうか?」  いつものように、マハトマが面倒な質問をしたとたんに、ほかの隊員たちがざわめきはじめた。仲間が取り組む問題を自分たちも解いてみようと、小声で話し合っている。 「静かに!」  ブランデーはどなった。私語は気にならないが、大声で命令を下《くだ》せば、マハトマの質問から隊員たちの気をそらすことができる。そのあいだに、質問の答えを考え出そう。たぶん、考え出せると思うけど……。 「ぼくは、こんな不祥事に巻きこまれたままでランドールを出るのはゴメンだ。しかし、この非難に対して、どう反論したらいいかわからない」と、フール。オフィスの中を行ったり来たりしている。  執事のビーカーと従軍牧師のレヴとレンブラント中尉が、並んでソファーに座り、フールの動きを目で迫った。そろって顔を左右に動かす様子は、まるでテニスの観客のようだ。ビーカーが片手をあげて言った。 「ご主人様、提案をしてもよろしいでしょうか? 苦情を申し立てた市民に、盗まれた金額と壊された料理店の損害を弁償なきってはいかがです? 誠意を示すためになにがしかを上乗せすれば、まず間違いなく苦情を取りさげるでしょう」 「たしかに、そうすれば向こうは追及をやめるだろう」と、フール。「ぼくも、この事件でほかにどんな事実が明らかになろうとも、あの店主に経済面で苦労させるつもりはない。しかし、カネをやって相手を追い返したのでは、オメガ中隊の評判は傷ついたまま残る。この先、ランドールの人々には『オメガ中隊はカネで不祥事の始末をした』と言われつづけるだろう。ぼくの部下の誰かがミスター・タカミネの店で強盗をはたらいたのなら、その当人にすべてを白状してほしいし、しかるべき罰を受けさせたい」  この言葉に、室内はシーンと静まり返った。昔はカネでトラブルを解決するのが、フールのやりかただった。今は、それでは満足できないらしい。  やがて、レヴが言った。 「この事件の犯人が〈主の教会〉の信者だってことは、間違いないようです。しかし、こんな真似《まね》をするのは本物の信者じゃない。おれの崇拝者でもないはずです。中隊長、オメガ中隊の隊員でなくても、ランドールには〈主の教会〉の信者はわんさ[#「わんさ」に傍点]といます。地元の人間が犯人かもしれません。黒いジャンプスーツを着ていたからといって、オメガ中隊の隊員だとはかぎりません。信者のあいだでは珍しい衣裳じゃありませんから」 「そのとおりだ」と、フール。ピタリと足を止め、レヴの目をのぞきこんだ。「だが、それを口実にしてもしょうがない。ミスター・タカミネは中隊の誰かが犯人だと思いこんでいる。それは間違いだと、証明しなければならない。それも、この惑星を出る前にだ。何かいい案があったら聞かせてくれ。何か、ないか?」  今度も、レヴが最初に答えた。 「おれは、この惑星の信者の記録を持ってます。顔を整形した信者たちの記録です。まず、それを調べてみましょう」 「そうだな。それも一案だ」と、フール。またしても、室内を行ったり来たりしはじめた。「しかし、どうすれば一人一人の区別がつくんだ? うちの隊員ではないと証明できれば最高だが、どうも、それは無理だ。ぼくは誰にも証拠をデッチあげたと言われたくない。たとえ隊員が犯人だという結果が出ても、真犯人を突き止めるほうがまだまし[#「まし」に傍点]だ」 「事件が起こった時間の、隊員の勤務表をチェックしました」と、レンブラント。「隊員が、それぞれ持ち場にいたのなら――いたと断言できないのが、困ったところですけど――こちらの六名は、まもなく除外できるでしょう。その時間に仕事があったはずの隊員が、間違いなく持ち場にいたかどうかを、いま確認しています」 「それで、同じ顔の隊員は半数以上が確認できるな」と、フール。「いい考えだ。だが、まだ五人も残っている。事件発生当時の五人のアリバイを証明する方法はないか?」 「その点も調べています」と、レンブラント。「問題は、レヴと同じ顔の人間を見たときに、それが誰かを、確信を持って言える者は少ない――という点です。みな同じ顔をしていますから、何かと厄介《やっかい》です。それで、いつも元のモクアミになってしまいます」 「ちょっと知りたいんだが、おれの容疑は晴れたのかね?」と、レヴ。かすかな作り笑いを浮かべている。顔を整形すると、どうしても少し不自然な笑顔になるらしい。 「料理店の強盗については、シロです」と、レンブラント。レヴに向けた視線は冷静だ。「あなたは、そんなことをするタイプじゃありません。それに、料理店の主人は、犯人はもう少し痩《や》せた男だと言っています。でも、こんな事件に巻きこまれたのは、そもそも……」 「それは言ってもしかたがないな、レンブラント」と、フール。疲れた声だ。「ほかの者にとって不便だからという理由で、レヴに教義を変えてもらうことはできない」 「おれからも一つ言っておきたい、レンブラント中尉」と、レヴ。「〈主の教会〉の信者になったからといって、完璧《かんぺき》な人間になるわけではない。バンドの一人が違うコードを鳴らせば、その人間を突き止めて正しい音を出させるのが、おれの役目だ。犯人を見つけたら、おれはそいつを正しい道に戻す。犯人を見つけるための、おれなりの方法も考えてある」 「どんな方法ですか?」と、ビーカー。「わたくしどもにはわからなくても、あなたには、信者の一人一人を見分ける方法がおありでしょうか? でしたら、今はわたくしどもにも、その方法を教えてくださったほうがよろしいのではないかと思います」 「いや、見分ける方法なんかない」と、レヴ。「ただ、記録を当たってみるだけだ。もちろん、その結果は皆さんにお知らせする。容疑者を二人か一人まで絞《しぼ》れれば、信者の中からも、すなおに仲間の情報を提供してくれる者も現われるかもしれない」 「なんでも、自分にできる調査をやってくれ」と、フール。イライラと部屋の中を歩くのをやめて、デスクの端に腰かけた。「今すぐに始めたほうがいい。レンブラント、レヴ、何かわかったら、すぐにぼくに知らせてくれ。ランドールの警察から役に立つ情報が入ったら、きみたちに伝える。次の任地へ向けて、この惑星を離れる前に、この事件を解決しておきたい……しかし、あまり時間がないんだ。だから、この事件の調査を最優先で進めてくれ。いいな?」 「はい、中隊長」と、レンブラント。  レヴも承諾し、会合は終わった。  だが、ビーカーは納得していないらしい。 「ご主人様、申しにくいことですが、最終的には、あなた様が被害者に損害額を弁償なさるおつもりではありませんか?」 「どっちみち、カネは払うつもりだよ」と、フール。「真犯人が見つかったとしても、たぶん、そいつには賠償能力なんかないだろう。代わりにぼくが支払っても、いいじゃないか。しかし、中隊の評判は守らなければならない。だからこそ、隊員の犯行じゃないことを証明したいんだ。もし隊員が犯人なら、われわれが生ゴミを絨緞《じゅうたん》の下に隠して逃げたりはしないことを、証明してみせたい」 「お気持ちは、よくわかります――譬《たと》えのほうはともかく」と、ビーカー。「隊員の皆さんが、ご主人様のご期待を裏切らないようにと望むだけです」 「ぼくもだよ、ビーカー。同感だ」  フールは座ったまましばらく考えこんだ。やがて、顔をあげて言った。 「ビーカー、ぼくたちは有力な情報源を見落としているんじゃないか? この案を、どう思う……?」  ビーカーは主人の話に耳を傾けた。初めは気の乗らない様子だったが、フールの話が終わると、うなずいて答えた。 「やってみる価値はあると存じます。今すぐ、わたくしが手配いたします」  ローレライ宇宙ステーションの〈ファット・チャンス〉カジノ。 「くるぞ」  ローラのヘッドホンからアーニーの声が聞こえた。静かな口調だが、切迫感がある。  ローラは思った――わたしたちは一度、中隊長の捕獲に失敗した。今まで逮捕されずにすんで、今また挑戦できるのが不思議なくらいだわ。こんど失敗したら、もうダメよ。あの中隊長がどんなに鈍《にぶ》くても、自分を誘拐する計画があると気づいて、何か手を打つに決まっている。この罠《わな》で捕まえられなかったら、もうチャンスはない。  ローラは深々と息を吸って、気持ちを集中させた。自分の役――ストーカーに怯《おび》える女客――を、完璧に演じなくちゃ。そうしないと、成功の見こみはない。わたしは、自分の役をちゃんと果たせるわ。自信がある。心配なのは、わたしがせっかくいいところまで漕《こ》ぎつけても、ドジなアーニーがヘマをするんじゃないかってこと。それに、あの中隊長が、またしても運を味方につけてしまうかもしれない。そうなれば、わたしたちの周到な準備が全部ムダになる。あの男は、ほんとに運がいいらしいわ――言わせてもらえば、人並み以上に。  ローラは息を殺して、耳をすました。廊下の向こう端から、規則正しい足音が近づいてくる。ローラはゆっくりと息を吐き出した。足音は、ローラが隠れている物陰のすぐそばまで迫ってきた。ローラはヘッドホンを投げ捨て、派手な金切り声をあげて廊下に跳び出した。 「助けて! ああ、お願い――助けて!」  ローラはすすり泣くふりをして、廊下を通る人物の前に身を投げ出した。目を閉じ、できるだけ手足の力を抜いた。 「どうなさいました、お客様?」  まるきり聞き覚えのない男の声だ。ローラはカッと目を見開いた。心配そうにのぞきこんでいるのは、右の手のひら[#「ひら」に傍点]に大きな盆をのせたルーム・サービス係だった。 「なんでもないわ」  ローラはそっけなく答えると立ちあがり、念入りに引き裂いておいたドレスを、身体に引き寄せた。 「しかし、お客様は『助けて』とおっしゃいました」と、ルーム・サービス係。当惑の表情を浮かべている。 「いいのよ、気にしないで」  ローラは裂けたドレスを押さえ、ぎごちない足取りでその場を離れた。ルーム・サービス係はあっけにとられてローラの後ろ姿を見つめたが、肩をすくめて、また歩きだした。  数分後に、オメガ中隊のジェスター中隊長がブラブラと、その場を通り過ぎた。何事《なにごと》も起こらなかった。  少し離れた所で、ローラが声をひそめてアーニーを責めたてていた。『タイミングが命なのに、あんたの合図が早すぎたから……』とこまごま[#「こまごま」に傍点]と説明する様子は、まるで子供に言い聞かせる母親だ。これを見れば、破れたドレスを着た女よりも、ジェスター中隊長のほうが肝心なのだと、よくわかる。だが、アーニーにとって幸運なことに、見ている者は誰もいなかった。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五一一[#「執事日誌ファイル 五一一」はゴシック体]  ヤクザの親分たちに『自分はヤクザの各組織を統括するスーパー・ファミリーの一員だ』と信じこませてから、スシは事実上、自分で士官になってしまった。つまり、一般の隊員よりも決断の責任が大きい立場にいる。スシは士官たちと同じように、緊急の任務があるときには『さぼる』ことができなくなった。いつも何か、片づけなければならない用事がある。それも、急ぎの用事ばかりだ。しかも必ず誰かが、予定外の仕事まで持ちこんでくる。 [#ここで字下げ終わり]  スシは椅子の背に寄りかかって目を閉じた。非番になると同時にコンピューターに向かい、今までディスプレイを見つづけてきた。画面に現われたさまざまな文字や形の残像が、目に焼きついている。肩や背中の凝《こ》りも、同じ姿勢で仕事をつづけた結果だ――いや、むしろ『気をもみつづけた結果』と言うべきかもしれない。スシは、こんな仕事のしかたには慣れていなかった。身から出たサビだと自分に言い聞かせても、なんの慰めにもならない。  ドゥーワップに『下のバーで一、二杯ひっかけよう』と誘われてから、もう一時間はたつ。いや、そろそろ二時間になる。時刻表示計を見てわかった。  ドゥーワップの誘いに対して、スシは『すぐ行くから、先に行っててくれ……これ一つだけ片づけたら、すぐ行く』と答えた。だが、まだまだ片づくどころではない。仕事を放り出して、下へ飲みに行こうか?――そんな誘惑にかられる。誘惑に負けずに座っていられるのは、『自分は命がけのゲームをしている』という意識があるからだ。ヘマをすれば、自分の命が危ない――そう思えば、誰だって必死で仕事をする。自分がこんな毎日を送るとは予想もしなかったが、今さら元には戻れない。  ドアをノックする音が聞こえた。スシはハッと我《われ》に返《かえ》り、ドアのそばに近づいた。 「誰だ?」  以前は、すぐにドアを開《あ》けたが、今は用心している。  ドアの向こうから、聞き慣れた声が届いた。 「わたくしです……ビーカーです」  スシがドアを開けると、フールの執事が入ってきた。 「掛けてくれ」と、スシ。ホテルの備品のソファーや、ゆったりした椅子のほうへ手を振り、座ってくれと身ぶりした。「どうしたんだ?」 「中隊長が、エアズ牧師の教えに心酔した隊員が巻きこまれたことを、心配なさっておいでです」と、ビーカー。「厄介《やっかい》なことに、崇拝する牧師の顔に似せて整形した隊員は、一人や二人ではありません。おかげで、どの隊員が誰か、見分けるのが困難です」 「ああ、わかるよ」と、スシ。自分も、ビーカーの向かいの椅子に腰をおろした。「おれの知ってるやつも二、三人、整形手術を受けた。今じゃ声を聞くまで、どれが誰だかわかりやしない。で、おれに何か用かね?」 「警察の監視カメラに、例の事件が写っていました」と、ビーカー。両手の指先を突き合わせた。「〈主の教会〉の信徒としか思えない顔をした男が、この街の料理店で強盗をはたらき、店主を殴《なぐ》りました。エアズ牧師のお話では、ランドールの民間人の中にも〈主の教会〉に帰依《きえ》した人々が大勢いるそうです。犯人はランドール人の誰かかもしれないと、おっしゃっていました」 「筋の通った話だな。でも、おれになんの関係がある?」 「監視カメラの映像記録を、あなたに調べなおしていただきたいのです。犯人の声や動きを精密なコンピューター分析にかけて特徴を抽出《ちゅうしゅつ》すれば、顔と同じように、個人を見分ける手がかり[#「手がかり」に傍点]になる――中隊長のご発案です」 「たしかに、容疑者全員の動きや声を記録した映像があって、監視カメラの映像と比較できるなら、有望だ。しかし、あんたが自分で言ったように、ランドールには〈主の教会〉の信者がたくさんいる。全員の映像と音声の記録がないと、強盗の真犯人は特定しようがない」 「一つだけ、迅速にできることがあります」と、ビーカー。「あなたは、コンピューター操作に関しては中隊一の腕前です。中隊長はあなたに、監視カメラの記録をオメガ中隊の過去の映像記録と比較してほしいとおっしゃっています。比較に使えそうなホロ・ディスクが、何枚かあります。これには、いろいろな場所にいる中隊員の姿が写っています。犯人がわれわれの仲間ではないことを確認できるだけでも、中隊の役に立ちます」 「逆の結果が出たら、どうする?」と、スシ。しぶい顔だ。「犯人が本当に、われわれの仲間だったら?」 「その場合には、選択の余地はありません」と、ビーカー。悲しげな表情だ。「その隊員を引き渡してください。中隊長は犯人に、それ相当の償《つぐな》いをさせるでしょう。宇宙軍の名誉を守るためには、これ以外に方法はありません。中隊全体で決《けつ》をとれば、そうなるはずです。しかし、そこまではいかないでしょう。むしろ、この計画の第二段階で犯人の正体がはっきりすると思われます」 「第二段階?」スシは椅子に掛けたまま身を乗り出し、右手の指で顎《あご》を支えた。「よし、乗った。第二段階って、なんだ?」 「あなたは必要に迫られて、巨大な犯罪組織を統括する立場をよそおいました。その気になれば、この立場を利用して、膨大な情報を手に入れることができます」 「ああ、おれはヤクザをたばねるスーパー・ファミリーの一員だ――そういうことになってる。ヤクザが膨大な情報を抱《かか》えてることは確かだ。しかし、ヤクザが持ってる情報を調べれば強盗犯人がわかるというのか? なぜだ? この惑星にはケチな盗みをはたらくやつは大勢いるし、そいつらの大半は日本人じゃない」 「おっしゃるとおりです。しかし、襲われた料理店の主人は、日本人です」と、ビーカー。「あの主人は、組織に用心棒代を払って、守ってもらっていたに違いありません。ですから、組織は店を襲った犯人を見つけ出そうと、調査を進めているはずです」 「店の主人が日本人だって?」と、スシ。「店の名前は?」 「ヘイスティングズ通りにあるニュー・オオサカ・グリルです。主人はミスター・タカミネといいます」 「ああ、行ったことがある」と、スシ。「料理はうまかった。ちょっと値段が高いけどな。しかし、それがおれと、どんな関係があるんだ? おれがいなきゃ、その店を襲ったやつをヤクザが見つけられないとでも……」 「組織を統括するトップは、あなた[#「あなた」に傍点]ですよ。当然、あなたにも関係があります。組織が守るはずの店が襲われたのに、犯人は報復も受けずにのうのうとしているのですからね。組織の保護下にある別の店の監視カメラに、犯人が写っているかもしれません。犯人は日本料理店で食事をしました。ほかの日本料理店にも入ったかもしれません。あなたは、ほかの店の情報を手に入れて分析できる立場にあります。おそらく、これで犯人がわかるでしょう」 「大変な仕事だ」と、スシ。「保護下にある全部の店のホロ映像記録を手に入れて、それを分析するプログラムを作って……」 「ほかのことよりも優先して実行してください」と、ビーカー。「これは、二つの点で、あなたのためにもなる仕事です。その一。あなたが創り出された架空のスーパー・ファミリーの力を見せつけることによって、この土地のファミリーに恩恵をほどこせます。その二。あなたがこの偽装計画に費やされる時間は決して無駄にはならず、結局はオメガ中隊のためになる――この点を、中隊長に評価させられます」 「なるほど、話はわかった。乗ったほうがいいらしいな」  スシはため息をついた。下のバーで仲間たちといっしょに飲むのは、今夜はもう無理だ。今夜どころか、この惑星にいるあいだは無理かもしれない。 「この大仕事に対しては、いずれ報酬が出ますよ」  ビーカーはそう言って、立ちあがった。 「そうだろうな」と、スシ。「しかし、今すぐ冷えたビールを一杯のむのは、もっといい」  ビーカーは片方の眉を吊りあげた。 「お若いかた、あなたがこの仕事を終えられたときにバーで飲まれるビールは、今お飲みになるビールと同じように冷えているでしょう。その上、仕事を立派にやりとげた満足感が加われば、一段と風味も増すはずです」 「そりゃそうだろうな。でも急に、そんな老人みたいに分別くさい生活に入るのかと思うと……」  ビーカーは微笑を浮かべて答えた。 「人生において、熟年期は、あまり魅力のある時期とは言えないかもしれません。しかし、現に熟年期にいるわたくし個人としては、楽しい毎日を送っていると申せます。よくお考えになれば、あなたも同じ感想をお持ちになるでしょう。では、頑張ってください、お若いかた」  今度こそ、うまくやるわ。今度のほうが、きっとうまくいくはずよ――ローラは自分に、そう言い聞かせた。これまでの状況を考えると、中隊長の誘拐に二度も失敗したわたしたちが、まだ無事でいられるのは奇跡だわ。でも、こんな幸運が長くはつづかない。こんど失敗したら、計画を中止して、この先の対応を考えましょう。ボスたちが永久にわたしをアーニーと組ませる気でなければ、わたしは、どんな仕事だってうまくこなせるはずよ。 「きたぞ」  ヘッドホンからアーニーの声が聞こえた。 「本当でしょうね?」と、ローラ。小声だが、きつい口調だ。 「本当だ。確かだよ、ベイビー。さあ、おまえの出番だ」  アーニーの声は静かで、自信に満ちていた。間違いない。アーニーも、これが最後だと思ってる。わたしが見当違いな相手の前に……ルーム・サービス係の前に身を投げ出したときに、『チャンスはあと一回だけだ』と覚悟を回めたのね。あのルーム・サービス係の男、まごついていたけど、わたしのことは報告しなかったらしい。報告したとしても、『酔った客の悪ふざけだろう』と片づけられたんだわ。あの中隊長が少しでも危険の気配を感じ取ったら、わたしたちの成功率は目に見えて落ちる。今でも、わたしが成功する見こみは思いっきり低いのに。  ルーム・サービス係を相手に大ヘマをやらかしたあと、ローラは決心した――危険を知らせる警告が中隊長に届く前に……朝一番に待ちぶせして、オフィスへ向かう中隊長を誘拐するしかない。うまくいけば、中隊長も眠気が残ってボーッとしてるわ。そうだといいんだけど。朝の早いうちに襲えば、いくらかは有利なはずよ。  ローラは鉢植えの葉の陰から、廊下をのぞいた。足音が近づいてくる。今度は間違いなく中隊長だ。ローラは廊下へ跳《と》び出し、なんの疑いも持たない(そうだといいんだけど……)宇宙軍の中隊長の前に、長々と身を投げた。 「中隊長さん! 助けて!」  ローラは哀れっぽい声で訴えた。演技にも磨《みが》きがかかって、自分でもほれぼれする出来《でき》だ。これでうまくいかなかったら、カジノの余興部にでも就職して、ディー・ディー・ワトキンズのバック・コーラスをやらせてもらったほうがまし[#「まし」に傍点]よ。 「どうなさいました、お嬢さん?」  ジェスター中隊長の声がした。心配そうな表情で、上体をかがめている。そうこなくちゃ!――ローラは、思わず口元がほころびるのを、必死で押し隠した。とうとう軌道に乗ったわ。 「また、あの恐ろしい男があとを尾《つ》けてくるんです」と、ローラ。精いっぱい哀れっぽく、しかも真剣な表情を作った。 「またですか?」と、中隊長。あたりを見まわした。「どこにいます?」 「あっちへ走って戻って行きました」  ローラは、交差した廊下の奥を指さした。カジノのヘルス・クラブがある方向だ。ヘルス・クラブへ足を向ける客はめったにいないが、警備の隊員たちはよく利用する。まだ朝も早いため、人けがない――待ちぶせには絶好の場所だ。 「案内してください」と、中隊長。  ローラはまたしてもニヤリと笑いそうになり、あわてて唇《くちびる》を噛《か》みしめた。 「ええ。でも、どうか、わたしのそばを離れないでくださいね」と、ローラ。中隊長が差し出した手につかまって、立ちあがった。「一人のときに、あの男に見つかるのは怖いんです」 「ご心配はいりません」と、中隊長。「大丈夫ですよ。もう逃げてしまったでしょうが、まだそのへんにいるようなら必ず、われわれが捕《とら》えます」  中隊長は足音も立てずに廊下を歩きはじめた。まるで人間とは思えないほど、完璧《かんぺき》に足音を殺している。このときに初めて、ローラは気づいた――この男は、武術を一つ二つ心得ているかもしれない。それも、達人だわ。この男と素手で戦う計画なんか立てなくて、よかった――そう思うと、身震いが出た。大丈夫、この身震いは『怯《おび》える乙女』にふさわしい動作よ。  中隊長は足を止めて、ローラを見おろした。 「怖がらなくても大丈夫ですよ、お嬢さん」と、中隊長。予想どおり、ローラの身震いを誤解してくれたようだ。「ここのカジノは、宇宙軍が責任を持って警備しております。あなたを、不愉快な目にあわせたりはしません」 「ええ、ありがとう」と、ローラ。『誠意あふれる口調』だ。「おさしつかえなければ、わたし、あなたのすぐ後ろからついて行きますわ」 「それがいいでしょう」  中隊長はそう答えてローラに背を向け、行く手をうかがった。ローラは緊張した――あまり遠くない所で、アーニーが待ちぶせしているはずだ。今度は、アーニーの出番だ。うまく役をこなしてもらわなくちゃ。  中隊長は足音も立てずに、じりじりと前進した。用心している。アーニーはうまくやれるかしら?  廊下が交差する所で中隊長は足を止め、左右をうかがった。どちらも、廊下の先は非常口だ。中隊長はうなずき、一歩まえへ踏み出した……。  そのとき、ローラがかんだかい声で叫んだ。 「あそこよ!」  中隊長がその方向を振り返ったとき、アーニーが跳びかかった。  ローラとアーニーは、中隊長に怪我《けが》をさせずに――何よりも、自分たちが怪我をせずに――すばやく押さえこむ武器を選んでおいた。ゼノビアのスタンガンは、まだ民間人の手には入らない。スタンガンに次ぐ武器は鳥モチ銃だ。ベタベタした物質の巨大な固まりを発射する銃で、ねばつく鳥モチ状の固まりが標的を包み、身体の自由を奪う。相手は、ハエ取り紙にくっついたハエと同じになる。  ヒューマノイドの住む惑星なら、どこでも警察は暴動に対処するために鳥モチ銃を使っている。しかし、誰でもすぐ使える武器ではない。慣れない者が使うと、標的だけでなく発射した人間も鳥モチにくっついたり、バタバタあばれる標的の手や足にぶつかって怪我をしたりする。  アーニーはこの銃に慣れていた。鳥モチが中隊長を包むと同時に、パチリと銃の上部のレバーを弾《はじ》いた。たちまち銃口から透明な液体が噴《ふ》き出し、鳥モチの表面を囲めた。これでもう、鳥モチまみれの相手に外側から触っても、自分がくっつく恐れはない。 「おい、なんの真似《まね》だ?」  中隊長が言いかけた。だが、もう遅い。ローラがサッと猿ぐつわ[#「猿ぐつわ」に傍点]を取り出して、すばやく中隊長の口をふさいだ。アーニーは急いで廊下を二、三歩もどり、スポーツ・ジムの外に置いてある洗濯物を入れたワゴンを引っぱってきた。二人は鳥モチで固めた中隊長をワゴンの中へ放りこみ、その上から汚《よご》れたタオルをたっぷり乗せると、大急ぎでワゴンを押して業務用エレベーターへ向かった。 [#改ページ]       5 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五一四[#「執事日誌ファイル 五一四」はゴシック体]  どんなに几帳面《きちょうめん》な人間でも、遅刻することはある。他人より時間に厳しい者も、天候の急変や交通事故、予期せぬ出来事《できごと》などで、予定の変更を迫られる。上司や共同経営者は気をもんで、ため息をつき、窓から外をのぞく。やがて(遅れる理由は千差万別で、推測しようもないが)、遅刻者を無視して仕事に精を出すか、不安や焦《あせ》りを抱えたまま、今くるか……もうくるかと待ちつづける。『遅刻』の範囲を超えると、程度の差こそあれ緊急事態とみなされて、本人と連絡を取る試みが始まる。  だが、アンドロイドが時間どおりに現われなければ、それだけで緊急事態だ。とりそちわけ、最重要の保安|措置《そち》として所有者が特注で造らせ、大変な高値で買い取り、自分の替え玉として使っていたアンドロイドとあっては、大パニックを起こしかねない。〈ファット・チャンス〉カジノのスタッフは、この緊急事態におけるパニックを最小限に抑《おさ》えるべく、見事に対処した。 [#ここで字下げ終わり] 「消えた?」 〈ファット・チャンス〉カジノの支配人ガンサー・ラファエル・ジュニアは、あんぐりと口を開《あ》けた。百Gの重力場でも、こんなに顎《あご》はさがらないだろう。 「なぜです? そんなことは不可能だ」 「不可能なことが起こった話は、よく聞きますよ。たいてい、どれも起こった直後にそう言われますがね」と、スタントマンのドク。オメガ中隊が惑星ランドールへ向けて発《た》ったあと、〈ファット・チャンス〉の保安主任になった。軍曹の袖章をつけた宇宙軍の黒い制服が、一分《いちぶ》の隙《すき》もなくキマっている。宇宙軍の記章や袖章に詳しい者でなければ、これが偽物《にせもの》だとはまず思わない。この男の正体を見破れるのは、ドクが指揮してカジノの警備をさせている俳優仲間だけだ。 「消えることが不可能なら、アンドロイドに何が起こったのか、説明してもらえますかね?」と、ドク。 「まあまあ、ドク、あんたの言い分はわかった」と、俳優のレックス。カジノの余興部主任だ。「皮肉はやめにして、いま直面している問題に注意を集中してくれ。アンドロイドの中隊長がいなくなったんだ。考えられる可能性は、誘拐だ……いや、盗難と言うべきかな」 「そんなこと、誰がするんだろう?」と、ラファエル。グチっている。「なんのために? どんな方法で?」いらいらとテーブルのまわりを歩きまわった。 「どれも、いい質問です」と、ドク。「もっといい質問は、『われわれは、どうしたらいいか?』でしょうな」 「保安主任はあなたですよ」と、ラファエル。非難をこめてドクを指さした。「どうしたらいいか、あなたが知っているはずでしょう?」  ドクはカッとなった。 「ラファエルさん、どうすればいいか、あなただって知っていていいはずですよ。わたしは保安主任だが、あなたが名目上の支配人であるのと同じで、わたしも宇宙軍の隊員に化けた俳優にすぎない。『宇宙軍の制服を見れば、タチの悪い連中も恐れて悪さをしない』という前提のもとに、ここの警備に当たっているだけです。しかし、中隊長のアンドロイドが姿を消せば、悪さを企《たくら》む連中は、制服を着ている者すべてが偽者《にせもの》だと思うかもしれません」 「そうなると、オオカミみたいに急降下して襲ってくる」と、ラファエル。両手を揉《も》みしぼった。 「オオカミは『急降下』なんか、しません」  タリー・バスコムが大きな声で口をはさんだ。賭博場《とばくじょう》の主任で、元は引退したディーラーだった。フールが〈ファット・チャンス〉の経営を引き受けることになったとき、この男の豊富なカジノ経験が大いに役に立った。 「二人とも、いがみあっている場合じゃない」と、タリー。「こちらの防備の弱さを感づかれないうちに、中隊長の一件をなんとかしなきゃならん。何事《なにごと》もなかったふり[#「ふり」に傍点]をするしかないでしょうな。ドク、ここにいるきみの仲間で、アンドロイドが見つかるまで中隊長に化けていられる者はいないか?」 「いるんじゃないかな」ドクは顎をさすった。「身体つきが同じで、呑《の》みこみの速い若いのが、二人いる。ちょっとメーキャップをすれば……」 「メーキャップなら任《まか》せてくれ」と、レックス。「メーキャップの問題だけなら、ディー・ディー・ワトキンズだって中隊長に変身させてみせる。心配なのは、なじみの客と話をするはめになったときに化けの皮が剥がれないか……それと、口が固いかどうかだ」 「替え玉をやる俳優に、何もかも知らせる必要はないだろう」と、ドク。「中隊長が替え玉のアンドロイドを置いて別の惑星へ行ったことだって、知ってるのは、われわれ幹部だけだ。アンドロイドの代役をするやつも今さら、それを知る必要はない。『中隊長は緊急の任務で留守にしている』と言っておけばいいだろう」 「病気だということにしてもいい」と、タリー。「短期間なら、それで間《ま》に合う」 「セリフは大丈夫、心配ありませんよ」と、ドク。「アンドロイドよりは、ずっとうまくやれる。プログラムされた応答例より豊富な話題に対応できるし、臨機応変にいける」 「それはどうでしょうかね」と、ラファエル。「前に客たちと話しているとき、あのアンドロイドが会話に加わってきて、重力ボールの優勝決定戦の話になりました。スポーツの話でも天気の話でも、わたしより上手に受け答えしたんですよ! アンドロイドが人間の話にいちいちピントを合わせて受け答えできるなんて、知らなかった。あんなことは、誰だって想像もできないでしょう」 「危ないのは、会話の場に本物の中隊長を知っている者がいて、アンドロイドが――あるいは俳優が――本物のウィラード・フールが知らない話や、好きでもない話をした場合です」と、ドク。「だが、返事をしていい話題を覚えこめば、それも問題はないでしょう。わからない話はボロを出さないうちに切りあげろと、代役に言っておけばいい。大丈夫、うまくいきますよ」 「わかった」と、タリー。断固とした口調だ。「代役の俳優を二、三人えらんで中隊長の真似《まね》を教えるのは、ドクにお願いしよう。準備ができしだい、代役を仕事につかせたい。あてにしてますよ、ドク」 「任せてください」と、ドク。「しかし、これだけでは、問題は半分しか解決しません」 「もちろんだ」と、タリー。「何者かがアンドロイドを盗んだ。盗人《ぬすっと》どもは、そのうちに自分たちが手に入れたものの正体を知って、ここの警備員は全員が替え玉じゃないかと見当をつける。そうすれば、カジノはまた狙われる」 「そんな事態はごめんですね。怪我人《けがにん》が出るかもしれない」と、レックス。「今すぐ本物の中隊長に事態を知らせましょう。余興部の俳優たちを危険にさらしたくない。それに、中隊長はここの大株主だ。こんな重大事件を、本人に知らせないで処理するなんて無理です」 「その動議を支持する。通信器で本人にきいたほうがいい」と、ドク。「ぐずぐずしてはいられない」 「そうだな。ここで議論していても、しょうがない」と、タリー。「中隊長を呼び出してみるから、ちょっと待っててくれ。フール中隊長の指示を仰《あお》ごう」  タリーが通信器に手を伸ばして暗証番号を入力するあいだ、ほかの者たちは黙って座っていた。みな、賭け金の高いポーカーがそろそろ終わりを迎えるかのような緊張ぶりだ。誰を相手にしているのかもわからないポーカーだが、これだけは確かだ――賭けに負ければ〈ファット・チャンス〉が奪われる。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五一五[#「執事日誌ファイル 五一五」はゴシック体]  ゴッツマン大使がご主人様のオフィスを立ち去られると同時に、オメガ中隊が次の赴任地へ移動する準備が始まった。大使はご主人様に、『目的地は、隊員たちには伏せておいたほうがいい』とおっしゃった。しかし、地球人の居住に適した一流ホテルなど存在しない惑星だという事実は、すぐに好奇心の旺盛《おうせい》な隊員たちの知るところとなった。慣れ親しんだ贅沢《ぜいたく》な生活を捨てなければならないとわかれば、隊員の中からひとしきり不平が出るだろう――士官たちはそう覚悟した。だが、意外にも、隊員たちは新しい赴任地での任務を一種の冒険と考えて、むしろ楽しみにしているらしい。  例外は、予想どおり、調理担当軍曹エスクリマだった。 [#ここで字下げ終わり] 「中隊長、われわれの行き先を教えてもらわないと困ります」エスクリマ軍曹はフールの机の上に身を乗り出した。目をギラギラ光らせ、握った拳《こぶし》を机の上に置いている。「行った先でどんな食糧が手に入るのか、知っておかなきゃなりません」 「軍曹、きみの立場はよくわかる」と、フール。棒術の名手でケンカっぱやい相手を、必死でなだめようとしている。「ぼくも知りたくて、調べているところだ――食糧のことばかりでなく、中隊全体のために。いま言えるのは、これしかない――われわれが向かうのは、これまでに地球人が移住したことのない惑星だ。今まで当たり前のように手に入ったものも、ほとんど存在しないだろう。調理も――少なくとも最初は――自分たちが持ちこんだもので間《ま》に合わせてもらうしかない。もちろん、その惑星の産物も利用できるはずだ」 「水のほかに、何が利用できるんです?」と、エスクリマ。「その惑星の動物の肉は、食用になるんですか? 新鮮な肉か新鮮な野菜がなけりゃ、何も作れません。火はどうなんです? 火が使えないんじゃ調理もできません」 「その点は大丈夫だ」 「そりゃ豪勢《ごうせい》だ。お湯が沸《わ》かせる」と、エスクリマ。皮肉たっぷりの口調だ。「熱くてうまいお茶とインスタント・スープだけは、たっぷり作れるな。ハハッ」  ペッと吐き出す真似をして、言葉をつづけた。 「もうちょっと詳しく教えてくれてもいいんじゃありませんかね、中隊長?」  フールは立ちあがった。 「エスクリマ、これから行く惑星の住人は、われわれの食べ物も、いくつか食べられる。だから、われわれも、その惑星の産物のいくつかは食べられるはずだ。こう考えてくれ――そこの惑星でわれわれが使える食材と料理法を見つけることは、きみにとっても興味ある挑戦で……」 「挑戦?」エスクリマは目を剥《む》いた。「おれを戦わせる気ですか、中隊長? いや、そんなはずは……」  フールはあわてて口をはさんだ。 「挑戦という言葉はふさわしくないかもしれない。だが、きみの手腕を証明するいい機会だ。きみが一流シェフ並みの腕をふるってくれた料理は、全員が心ゆくまで堪能《たんのう》した。これから行く惑星にも、きみほどの料理人はいないだろう」  エスクリマの料理の腕は確かだ。フールはときどき、やむを得ない事情で、中隊本部以外の場所で食事をする。ランドール最高のレストランは、銀河系でも五本の指に入るすばらしい料理を出すが、エスクリマが毎日のように中隊の食堂で出す料理にはかなわない。  だが、エスクリマはおだて[#「ぼうてん」に傍点]に乗る気分ではないようだ。 「おれは宇宙軍で最高の料理人です。今さら、焚火《たきび》で間《ま》に合わせのキャンプ料理を作れとおっしゃるんじゃないでしょうね? みんな、ひとくち食べて嫌味《いやみ》なシャレを連発しますよ。おれを笑い物にしようってんですか? おれにケンカをさせたいんですか?」 「いや、いや、とんでもない」と、フール。両手をあげ、力をこめて否定した。「心配しなくても、最新式の調理場を用意する。ぼくがこの中隊の指揮をとっているかぎり、きみは立派な最新設備を使える。保証するよ、軍曹」  エスクリマは眉をつりあげた。ちょっと考えてから、ガラリと口調を変えて答えた。フールのオフィスに入ってきてから初めて発する、穏やかな低い声だ。 「あてにしてますよ、中隊長」と、エスクリマ。この男にしては、ていねいな口調だ。「中隊長は、口に出したことは実行なさるかたです。のらりくらりと逃げ口上なんかおっしゃらない。わかりました。設備については、中隊長のお言葉を信じます。しかし、問題はそれだけじゃないんです。立派な設備があっても、材料が腐ったタマゴくらいしか手に入らないんじゃ、どうしようもありません」  フールは微笑した。 「腐ったタマゴなんか使わなくていい。約束する。われわれが持って行く粉末タマゴだって、使わずにすむだろう。ぼくは、粉末タマゴだけはごめんだ」 「まあ、腐ったタマゴも、もとはれっき[#「れっき」に傍点]としたタマゴですからね」と、エスクリマ。鼻に皺《しわ》を寄せて、うなずいた。「粉末タマゴは、化学工場のタンクで作られるんでしょう。あれは、虫がわいたとき、退治するのにちょうどいい」 「虫を退治する?」フールは眉をひそめた。「粉末タマゴで虫を殺すのか? 虫があんなものを食べるとは知らなかった」 「はい、食べませんよ」と、エスクリマ。ずるそうな笑みを浮かべている。「虫を退治するには、粉末タマゴを入れた箱を持って、虫の上から落とすんです。イチコロですよ」  フールは声をあげて笑った。 「約束するよ、エスクリマ。最高の食材を用意する。料理がパッとしなくて、隊員たちに食べさせるのが心配だったら、まず、ぼくに出してくれ」 「なんですって?」と、エスクリマ。ひどく気分を害したらしい。「できそこないの料理を、中隊長に出せとおっしゃるんですか?」  フールはうなずいた。 「そのとおりだ。最高の材料のはずなのに、まずい料理を食べさせられたら、ぼく自身も腹が立って、なんとかしようと思うだろう。エスクリマ、ぼくは全面的にきみを支援する。いいか、行った先で足りないものがあれば、ぼくに言ってくれ。手に入れる方法は、ぼくが考える。輸送のために航宙艦隊をまるごと投入するはめになっても、かまわない。だが、ぼくの言うことを信じてくれ。これから行く惑星の産物も、ちゃんと料理に使えるはずだ。あまり先走らずに、しばらく様子を見てくれ」  エスクリマはうなずいた。 「そこまでおっしゃるなら、信じましょう。わかりました、中隊長。もう、言うことはありません」 「よし」と、フール。「ぼくは最高の設備を用意すると言った。実は、新しい野外厨房《やがいちゅうぼう》セットを注文したんだ。まだ試作品だが、野外でも、五つ星レストランの厨房と同じ作業ができる設計だ。次の赴任地へ行ってからでは取り替えがきかないから、ランドールにいるうちにテストをするつもりだ。あさって届く予定だから、届いたら、きみがいろいろな点をテストしてくれ。使いやすいように改良したほうがいい部分を、ぼくに知らせてほしい。いいな?」 「了解、中隊長!」  中隊員の大半が、新しいおもちゃをいじる機会は逃したくないたち[#「たち」に傍点]だ。エスクリマも例外ではない。もうすぐ、新しいおもちゃが届く。エスクリマは当分、この野外厨房に夢中になるだろう。  エスクリマの癖を利用できないかと、フールが頭を絞《しぼ》って考えた手だ。頭を絞っただけの効果はあがるだろう。  ローレライのホテルの一室。 「わかったわ。わたしが間違ってた」と、ローラ。反省の色など少しも感じられない口調だ。  ローラは部屋の壁に埋めこまれたコンピューターのスイッチを切った。ミンスキー&ホフスタッター社のDIYチューリング・テスト――人工頭脳の活動状態を判定するテストだ――を映し出していた画面が、暗くなった。 「あんたの言うとおり、わたしたちが誘拐したのは、ウィラード・フールじゃなくて替え玉のアンドロイドよ。で、どうする?」  捕虜を包むネバネバを溶かしたとき、すぐに気づいた――どこか変だ。捕虜が場違いな反応を示す。どう見ても、脳たりん[#「脳たりん」に傍点]としか思えない。宇宙軍の中隊を率いて一流のカジノとホテルを経営する仕事が、脳たりん[#「脳たりん」に傍点]につとまるはずはない。おまけに、中隊の統制もカジノの経営も、いたって順調だ。  怪しんだ二人は、捕虜をチューリング・テストにかけてみた。結果は明らかだった――このフールは、一定の場面でしか正しい応答のできないアンドロイドだ。 [#挿絵123 〈"img\PMT_123.jpg"〉]  アーニーはみじめな顔で頭を振った。 「どうやら、ドジをふんだらしい。ボスは、あの中隊長を誘拐させるためにおれたちを送りこんだのに、こいつはなんの役にも立たないアンドロイドだ。あーあ、ボスにムチで尻をひっぱたかれるだろうな」  ローラは必死で考えをめぐらせながら、室内を行ったりきたり、せわしなく歩きまわった。 「そろそろボスのことは忘れて、自分たちの身の振りかたを考えたほうがいいと思わない?」と、ローラ。「パニックに陥《おちい》りさえしなければ、抜け道は見つかるはずよ」 「『陥りさえしなければ』だと?」と、アーニー。かんだかい声だ。「獲物を持ち逃げした者がボスにどんな目にあわされるか、おまえだって知ってるだろう?」 「それは、捕まった場合の話よ」と、ローラ。立ち止まり、アーニーに人差し指を向けて話をつづけた。「うまく立ちまわれば、捕まらずにすむわ。フールに自分の替え玉を買い戻そうという気を起こさせれば、こっちのものよ。こういうアンドロイドは、きっと値段が高いわ。持ち主にすれば、わたしたちが逃亡して身を隠すための資金くらいは出してでも、取り戻したいんじゃないかしら?」  アーニーは頭を掻《か》いた。 「そりゃ、持ち主にとっちゃ大事なアンドロイドだろうけど……こいつを取り戻すのに、そんなにカネを払うかな?」 「まず、替え玉アンドロイドの相場を調べてみなくちゃ」  ローラはベッドにごろりと仰向《あおむ》けになって、天井を見つめた。しばらく黙っていたが、やがてこう言った。 「工場で新しい替え玉を造ってもらうより、それなりの金額で買い戻すと思うわ。このアンドロイドは特注品よ。フールそっくりのアンドロイドなんて、ほかにほしがる人はいないもの」 「ああ。どのくらいかは知らないが、一応、カネは手に入るだろう」  アーニーはあらためて、フールそっくりのアンドロイドに目を向けた。窓ぎわの椅子に座ったアンドロイドは、のんびりと足を組んでいる。まるでレストランでデートの相手でも待っているかのようだ。それとも、逃げる隙《すき》をうかがっているのだろうか?  何を考えているにしても、このアンドロイドがいつまでもおとなしくしているとはかぎらない。二人はアンドロイドの左足を、重い椅子にしっかりと留めた。人間ばなれした力を持っていても、こんな形をした重い物を引きずって遠くまで逃げるのは無理だ。だが、いったんこのホテルから出てしまえば、〈ファット・チャンス〉へ戻る道は自分で見つけるに違いない。そうなれば、たちまち二人は警備員たちの手に落ちる。警備をつとめるオメガ中隊にとって、ローレライ宇宙ステーションの刑罰を実地に学ぶ格好の機会だ。 「一つだけ、予定どおりにできる部分があるわ」と、ローラ。「これ[#「これ」に傍点]を連れて、できるだけ早くこのステーションを離れるの。もたもたしていれば、不利になるだけよ。悲観するのは、まだ早いわ。アンドロイドだってアンドロイドなりに役に立つわよ。これ[#「これ」に傍点]を現金に替える場所へ行きましょう」  アーニーはまじまじとローラの目を見つめたが、やがて肩をすくめた。 「わかった。このゲームの親はおまえだ。でも、一つずつ順を追って進めなきゃだめだ。〈ファット・チャンス〉の警備員に踏みこまれずにすむには、どうすればいい?」  ローラはベッドから立ちあがり、ほんの数分前にあきらめてスイッチを切ったコンピューターのそばへ駆け寄った。 「さっきも言ったけど、このステーションを出なきゃならないわ。アンドロイドを連れて――大至急よ。あんたはロビーにある大コンピューターで、この手のアンドロイドの相場を調べてちょうだい。わたしは、どこか適当な行き先を調べるわ。今すぐにね。えり好みなんか、してられないわ。時間がないのよ。いいわね? 荷物を置いたまま出なきゃならなくても、最初に見つけた惑星へ向かうわよ。いい?」 「いいよ」と、アーニー。ドアへ向かう途中で、アンドロイドの頭をボンボンと叩いた。「おまえさんは休んでろ。おれたちが金持ちの仲間入りをするための切符なんだからな」  猿ぐつわ[#「猿ぐつわ」に傍点]を噛まされたままのアンドロイドは、何も言わない。 「気をつけて。つかみかかるかもよ」ローラが眉をひそめた。 「大丈夫だ。頭脳のアシモフ回路には〈ロボット三原則〉が組みこまれてるからな。人間にはむかえない[#「はむかえない」に傍点]のさ[#ここから割り注](アメリカのSF作家アシモフの創作として知られる〈ロボット三原則〉は、第一条でロボットが人間に危害を加えることを禁じ、第二条でロボットが人間の命令に逆らうことを禁じている。アンドロイドもロボットの一種である)[#ここまで割り注]。今も手が使えるのに猿ぐつわ[#「猿ぐつわ」に傍点]も自分でははずそうとしないじゃないか」と、アーニー。「すぐに戻る」 「急いでよ」  ローラがそう言ったときには、アーニーはすでにドアの外へ出ていた。ローラはコンピューターに向きなおり、行き先を――あてもなかったが――検索しはじめた。 「ジェスター大尉、アンドロマチック社は、製品の故障は無料で修理させていただくのを旨としております」  画面に現われた顧客サービス係は、そう言うと、聞こえよがしにフンと鼻を鳴らした。胸に『スタントン』という名札がついている。 「ですが、保証書をお読みくだされば、おわかりでしょう――お客様の不注意による事故については、当社は責任を負いかねます。アンドロイドの盗難防止用の自動警報が、お客様か、お客様の代理のかたによって、解除されていたのではないでしょうか?」 「それは、そちらの工場のミスだ。警報を初期設定のままにすると、アンドロイドは役に立たなかった」と、フール。「ぼくは最初に、『カジノの客と自由に接触できるアンドロイド』と注文をつけたはずだ。そちらの工場が推薦するアドバイザーが、『知らない人間が近づくたびに警報が鳴っては困るから、そういう場合は、最初から警報のスイッチを切っておいたほうがいい』と教えてくれた」 「申しあげておきますが、お客様がご相談なさったアドバイザーは当社と契約しているフリーの者でして、当社の社員ではございません」と、アンドロマチック社のスタントン。「どうやら、そのアドバイザーの助言が間違っていたようですな。警報のスイッチを切るのは不正な処理でございまして、添付したマニュアルをお読みになれば――」  フールは相手の言葉をさえぎった。 「マニュアルは読んだ。優秀な技術者たちにも読ませた。その上で、『マニュアルは役に立たない』と、全員の意見が一致した。まず、索引が不正確だ。それに、あのイラストはまるで、製品を見たこともない人間が描いたみたいだ」 「それは当然でございます」と、スタントン。気を悪くした表情だ。「標準マニュアルですので、お客様のような特注仕様の例までカバーするのは無理です。ご注文ごとに、次々と新しいマニュアルを作成せよとおっしゃるのでしょうか?」 「こちらが支払った金額を考えると、そのくらいのサービスは当然だ」 「お支払いくださった金額から考えますと、あなた様の部下の兵隊を一人、護衛としてアンドロイドに付き添わせるおつもりかと思われました」と、スタントン。皮肉のこもった口調だ。 「ぼくの部下は宇宙軍の隊員だ。兵隊ではない」と、フール。つっけんどんな口調だ。「それに、ぼくがアンドロイドの替え玉を注文した理由は、ぼくがまだローレライ宇宙ステーションにいるように見せかけるためだ。ぼくが何パーセクも彼方へ行ってしまったと、ローレライの人々に気づかれては困るんだ。ぼくはローレライで、ボディーガードを連れて出歩いたことなんか一度もない。そんな必要はなかった。急に習慣を変えたら、人目を引く。それだけは避けたかった。アンドロイドには、ぼくと同じように動いてもらわなければ意味がない」  スタントンはのろのろと頭を振った。 「そうおっしゃられましても、わたくしには、これはお客様ご自身の不注意による典型的なケースとしか思えません。どうか、ご理解ください。アンドロマチック杜は、本来の目的以外の使用によって生じた事態については、責任を負いかねます」  スタントンはそう言って、両手の拳《こぶし》をこすり合わせた。 「顧客サービスの責任者を出してもらったほうがいいな」と、フール。 「さいわい、ただいまのご要望にはお応えできると存じます」スタントンは頭をさげる真似《まね》をした。「顧客サービスの責任者は、わたくしでございます」  フールは画面をにらみつけて、応じた。 「よくわかった。確認させてもらおう。ぼくの出した条件を満たす替え玉アンドロイドは、そちらにはなかった。そこで、ぼくは特注しなければならなかった。しかし、特注品は余分の料金を請求されるばかりで、マニュアルは整備してもらえない。しかも保証書は、特注で加えた機能までは保証してくれない。そちらが知らせてくれなかった指示に、ぼくが従わなかったために、本来の目的以外の使いかたをした。しかし、それは使用者側の不注意だ――そういうことだな?」 「おおむね、おっしゃるとおりでございます」と、スタントン。作り笑いを浮かべた。 「ほかに、ご用はおありでしょうか?」 「今の時点では、ないようだ」と、フール。非常に精密な言いかただ。フールを知る者なら、危険な徴候だと思っただろう。「だが、この映話が終わったらすぐ、きみは机の中を整理しはじめたほうがいい。でないと、面倒なことになるぞ。ぼくはアンドロマチック社を一新する。最初に整理するのは、名ばかりの顧客サービス課だ」  フールはいきなり接続を切り、椅子に沈みこんだ。 「ご主人様、アンドロマチック社の株を買いはじめましょうか?」  このやりとりを最初から見ていたビーカーが、尋《たず》ねた。 「先に、収益性を調べてくれ」と、フール。「今の対応と同じように経営もずさんなら、株を買い占めても、かえって高くつく。だいたい、無難な経営でもアンドロマチック社がそこそこの利益をあげられるかどうかは、疑問だ。あの会社の方針を変えさせるために、よけいなカネを使う必要はない」 「株が妥当な値までさがるように、それなりの噂を流すのが賢明かと存じますが」 「それがいいだろうな。だが、あまり力を入れなくていい。もっと大きな仕事がいくつもある。アンドロイドを盗んだ犯人を突き止めて、アンドロイドを取り戻す方法を考えるのが最優先だ」 「犯人は、まもなくこちらに連絡してきて、アンドロイドの買い戻しを要求すると思われます」と、ビーカー。自分のポータブレイン――ポケット・コンピューター――のカバーをあげて、メール・プログラムを起動させた。 「そうかもしれない」と、フール。「なぜアンドロイドを盗んだか――によるだろう。ぼくを困らせるつもりなら、売りつけるよりも手元に置いておくほうがいいはずだ」 「いかにも、おっしゃるとおりでございます」と、ビーカー。ポータブレインの画面を見て、付け加えた。「今のところは、アンドロイドについては何も連絡が入っておりません。ほかの線を追ってみましょう」 「そうだな。やってみてくれ。ぼくはスシの所へ行って、例の日本料理店の強盗犯人の調査がどこまで進んだか、見てくる。めぼしい情報が入ったら、呼んでくれ」 「ただちに取りかかります」  ビーカーはポータブレインに向きなおって、調べはじめた。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五二〇[#「執事日誌ファイル 五二〇」はゴシック体]  危機は時を選ばずに訪《おとず》れる。当然だ。そうでなければ危機とは言えない。ローレライでアンドロイドが盗まれたのが中隊の移転時期と重なったことは、わたくしから見れば少しも驚きの種《たね》ではない。この危機に比べれば、ランドールの地元民から中隊員が強盗犯人として告発されたことなどは、些細《ささい》な問題だ。  この問題では、ご主人様は幸運に恵まれ、犯人を突き止める作業を有能な部下にお任《まか》せになった。コンピューターの操作技術に関しては、中隊でスシの右に出る者はいない。だが、スシが膨大な情報にアクセスしてこの作業を進められたのは、『ヤクザのスーパー・ファミリーの一員』という偽装を利用できたからだ。  ある程度はみずから招いたこととはいえ、この任務を与えられた結果、スシは変わった――どこか信用しきれない隊員とみなされていたが、今では絵に描《か》いたようにかけがえ[#「かけがえ」に傍点]のない隊員になった。ご主人様は好ましい事態とみなされたが、隊員の中には別の感想を持つ者もいた。 [#ここで字下げ終わり] 「よお、スシ、まだ仕事か?」  ホテルの|続き部屋《スイート》の戸口にドゥーワップが現われた。どう見ても、ビールを何杯か飲んできた顔だ。ドゥーワップの後ろから、スーパー・ナットとタスク・アニニの顔がのぞいた。 「いま何時か、わかっているのか? ええ、おい?」と、ドゥーワップ。 「そういう質問は、普通、家にいる人間がするものだろう?」と、スシ。コンピューターの画面から顔をあげた。「おまえのクロノメーターが壊れてるなら、教えてやろう。朝の二時さ。そうとも、おれはまだ仕事だ。おまえたちは、またバーの酒を飲みつくして、閉店させたのか?」 「そんなこと言ったって、誰かが店を閉めなきゃならないんだぜ」  ドゥーワップはぶらり[#「ぶらり」に傍点]とスシの部屋に入ってくると、意外にしっかりした足取りで近づいてきて、クタッと安楽椅子に腰をおろした。つづいて入ってきたタスク・アニニとスーパー・ナットは、ソファーに座った。 「みんな、おまえのことを心配してるぞ」と、ドゥーワップ。「そんなに仕事ばかりして、頭が痛くならないのか?」 「頭はとっくに痛いよ、ドゥーワップ」と、スシ。椅子をぐるりとまわして、相棒と向かい合った。「だが、これは普通の仕事とは違う。当番でまわってくる仕事じゃない。終われば、もう二度とやらなくていいんだ。一番いいのは、これが終わったら、またおまえたちといっしょに飲めるってことだな」 「もう何週間も、そう言ってるぞ」と、ドゥーワップ。非難する口調だ。「今じゃ言《い》い訳《わけ》にしか聞こえない」  ドゥーワップは椅子の中で上体を起こし、人差し指をスシに向けた。 「前にも言ったが、もういちど言う。まったく、最近のおまえは士官にでもなったみたいだ」 「ちょっと、つまらない言い合い[#「言い合い」に傍点]はやめてよ。あなたたちのケンカを見にきたんじゃないわ」と、スーパー・ナット。バッグの中に手を突っこむと、ビールの瓶《びん》を取り出した。〈アトランティス・アンバー〉だ。よく冷えているらしく、ガラスの表面に水滴が見える。 「さあ、スシ、一晩じゅう仕事じゃ、喉《のど》が乾いたでしょう。これでうるおすといいわ」 「ナット、言うの、『喉の内側、うるおせ』、いう意味」と、タスク・アニニ。説明を加えたつもりらしい。 「こりゃ、思いがけない差し入れだな。ありがとう」と、スシ。笑顔でビールを受け取り、蓋《ふた》を開《あ》けた。「ありがとう、ナット」  そう言うと、『いただきます』と言う表情でビール瓶を高々とあげ、ひとくち飲んだ。 「どういたしまして」スーパー・ナットも笑顔で答えた。「あなたがいないと寂しいわ。オメガ中隊が今度はどこへやられるのか、みんなで話し合ってたのよ。あれこれ、とっぴな意見が出たわ――チョコレート・ハリーお得意のアンドロイド反乱軍の話のほうが、まだまとも[#「まとも」に傍点]に思えるくらい」 「いやあ、あの軍曹の口車に乗せられるやつもいるんだな」と、スシ。苦笑いを浮かべた。「でなけりゃ、街のどこかで、あの紫色の迷彩服が激安で売りさばかれてるかもな」 「おれ、アンドロイド反乱軍の話、信じない」と、タスク・アニニ。「チョコレート・ハリー、間違えてる」 「間違いでも、あいつのフトコロには響かない。けっこうなもんさ」と、ドゥーワップ。「あいつ、あの紫の生地を、どこで見つけたんだろう?」 「どこかの激安店のカタログにでも載《の》ってたんじゃないの?」と、スーパー・ナット。「でも、スシ、あなたはこの仕事を中隊長じきじきのご命令でやってるんでしょう? ドゥーワップの話だと、昨日の午後に中隊長がこの部屋にきて、あなたと話をしたそうね。ちょっと思ったんだけど、そのとき……その、わたしたちの今度の行き先がどこか、見当がつくような話は出なかった?」  スシは冷えたビール瓶を握る指をパラパラと動かして考えこみ、やがて答えた。 「中隊長の話はともかく、ハリーが『アンドロイドの目には映らない迷彩服』の売りこみをやったときに、ちょっと口をすべらせた。中隊長は、特製の速成基地を買ったらしい。そいつの組み立てを、おれたちに練習させるつもりだそうだ。ということは、これからおれたちが行く所には、ホテルがないんじゃないか? 地球人のあんまり住んでない惑星かもしれない。ひょっとしたら、地球人が一人もいないのかもしれない」 「ホテルがない?」ドゥーワップが叫んだ。「つてことは、バーもないってことか? なんてこった!」  ソファーの上で、タスク・アニニが背筋を伸ばして座りなおした。座っていても、スシが立ったときの背丈《せたけ》と同じくらいはある。 「おれの故郷《ほし》に行くのかも」と、タスク・アニニ。「そうだったら、いい。ここみたいに、太陽、明るくないし、うまい食べ物、ないけど……」 「そんなこと、エスクリマに聞こえる所で言っちゃだめよ」と、スーパー・ナット。含み笑いをしながら、付け加えた。「でも、あなたの故郷を見るのもおもしろそうね。一生、ホテルで暮らしたいなんて思うようじゃ、宇宙軍の隊員はつとまらないわ」そう言うと、ドゥーワップへ鋭い視線を投げた。 「言ってくれるじゃないか」と、ドゥーワップ。「言わせてもらうが、宇宙軍の隊員が立派につとまるやつなんて、ここに一人でもいるのかね?」 「おれ、宇宙軍の隊員、つとまる」と、タスク・アニニ。「おれ、地球人のこと学ぶため、入隊した。ほかのボルトロン人に、おまえたちのこと、教えてやれる」 「何か学んだかい?」と、スシ。「ときどき思うんだが、クァル航宙大尉の観察は間違ってるんじゃないかな。おれたち地球人のことを、『銀河系でもっとも危険で予測のつかない種族』とかなんとか、報告したらしいけど……」いったん言葉を切って、頬杖《ほおづえ》をついた。「なあ、おれたちの行き先はゼノビアじゃないだろうか?」 「ゼノビア?」スーパー・ナットがヒューツと口笛を吹いた。「すごいじゃない? わたしが知ってるかぎりでは、ゼノビアへ行った者はまだ一人もいないわ。わたしたちが一番乗りね。どんな惑星かしら?」 「暑いんだろうな」と、スシ。「そして、沼地だらけだろう。ゼノビア人から見ると、地球人が住む惑星は、どれもこれも寒くてカラカラに乾きすぎてるらしい」 「向こうだって、ある意味じゃカラカラだろうぜ」と、ドゥーワップ。陰気な声だ。「クァルはおれたちと一緒《いっしょ》にいるあいだ、一滴もアルコールを飲まなかった。バーのない所なんだろう。冗談じゃないぜ、まったく」 「あら、まだゼノビアと決まったわけじゃないわ」と、スーパー・ナット。「ただの憶測よ」 「それに、酒ならチョコレート・ハリーが調達するだろう」と、スシ。「全隊員を相手に、毎日のように酒を売れるんだぞ。あの軍曹が、こんなチャンスを見逃すはずはない。なあ、おれたちも補給部の担当になって、ちょいと稼げるかどうか試してみようか?」 「これまで、どこへ行ったときでも、個人の配給は厳しく制限されていたわ」と、スーパー・ナット。「ハリーと張り合うのは難しいでしょうね。ハリーは、中隊に必要だと主張すれば、自分のほしい物をなんでも持ちこめるけど」 「不公平だな」と、ドゥーワップ。「軍曹や士官連中にばかり有利になってやがる」 「おれがどうして士官みたいな仕事をしてるか、これでわかっただろう」と、スシ。「中隊長にいくつか貸しを作っておけば、見返りも増える」  スシはぐいとビールを飲みほし、立ちあがった。瓶を再生処理機まで持って行く途中で足を止め、にやりと笑った。 「おれの読みが間違ってなければ、一晩や二晩、バーで過ごせなくても、それに見合うものが手に入る」  ドゥーワップはポカンと口を開《あ》けた。何か言おうとして口ごもり、何度か同じことを繰り返して、あきらめた。スシのとんでもない言葉に度肝《どぎも》を抜かれて、頭を振るのが精いっぱいだ。わけがわからない――バーへ行けなかった埋め合わせなんか、どうやったって、できるもんじゃない。それに見合うものを一《いち》中隊長が与えてくれるなんて、想像もできない。  スシは相変わらず、ニヤニヤしている。でも、心の中では自問していた――おれの勘と経験から言えば、大丈夫なはずだ。だが、こればかりは自信がない。もしかしたら、やっぱり、ドゥーワップの言うとおりなんじゃないだろうか? [#改ページ]       6 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五二三[#「執事日誌ファイル 五二三」はゴシック体] 『蛇の道はヘビ』という言葉は、理論的には、たしかに名言だ。現場で経験を積んだ者ほど、その商売のコツを知っている。犯罪に関して銀河系でも指折りの検挙率を誇る惑星では、警察は、犯罪者を数多く生み出す階層から新人を採用する。だが、ローレライ宇宙ステーションのように社会全体が一種の犯罪に巻きこまれている場合、この方式が充分に機能するかどうかは疑問だ。犯罪者の中でも怠慢《たいまん》で頭の鈍《にぶ》い者が、警官になる――というあたりが実態かもしれない。 [#ここで字下げ終わり] 〈スターランナー〉はあまりエレガントな定期航宙船《スペース・ライナー》ではなく、とりたてて遠くもない。だが、この航宙船は今にもローレライから出航しようとしている。大事なのは、その点だ。  ローラとアーニーは搭乗手続きを待つ列に並んで、肩越しに後ろを振り返りたくなる気おさ持ちを必死で抑《おさ》えつづけた。なんであろうと、他人の注意を引く動作をしてはならない。アーニーの脇《わき》に、荷物用カートに乗せた大きなトランクがある。警備員に『中身はなんですか?』などと質問されたら、一巻の終わりだ。万一そんなことが起こったら、トランクを捨てて逃げ、とにかくローレライの警察を振り切ろう――二人はそう決めていた。  ローレライの組織にいる知り合いに頼めば、脱出の手伝いくらいはしてくれるでしょう。まあ、助けがなければ、自分たちでなんとかしなくちゃ――ローラはそう思った。  替え玉のアンドロイドが行方をくらましたことを、〈ファット・チャンス〉がもう警察に通報したかどうか――わたしたちの成功は、そこにかかってる。でも、自分の所の警備責任者がいなくなったなんて、カジノが急いで公表したがるはずはない。オーナーが替え玉のアンドロイドに財産を管理させてたなんてことがマフィアに知れたら、たちまち目をつけられて、乗っ取り作戦が始まってしまうもの。宇宙軍一のカリスマ中隊長がオーナーと警備責任者を兼ねていると思えばこそ、マフィアも手を出しかねているのよ。〈ファット・チャンス〉の警備が見かけ倒しだと知れたら……。  ローラも、〈ファット・チャンス〉の警備責任者が替え玉だったという事実から、すぐに実態をつかんだわけではない。だが今では、オメガ中隊そのものが偽物かもしれないという気がしてきた。これは、アンドロイド以上に有益な情報だ。  問題は、『どうやってこの事実を利用するか』よ。自分が危ない目にあうのはごめんだわ。手っ取り早いのは、こちらが事実をつかんでることを〈ファット・チャンス〉に知らせて、できるだけうまい汁を吸うことね。もちろん、アンドロイドを買い戻してもらうだけでなく――これだけでも、けっこうな金額になるでしょうけど――口止め料をいただくわ。あの有名な中隊長が、かかし[#「かかし」に傍点]と同じ替え玉アンドロイドだったんですもの。  取引相手は〈ファット・チャンス〉とはかぎらない。あのカジノが、今じゃ牙《きば》を抜かれたトラも同然――この情報をほしがる者は、いくらでもいるわ。でも、取引先は注意して選んだほうがいい。  列が少し前に進み、ローラは我《われ》に返《かえ》った。〈スターランナー〉が無事にローレライ宙域を出て超光速《FTL》航宙に入るまでは、気を散らしちゃダメ。ここの警察に捕まったら、どんなにすばらしい計画も水の泡になって、別荘暮らしをたっぷり味わうはめ[#「はめ」に傍点]になるわ。とにかく今は、損害を最小限に抑えることよ。気づかれたら、すぐに逃げ出せるように、態勢を整えておかなくちゃ。 「どちらまでですか?」  女の声に、ローラはハッと顔をあげた。油断《ゆだん》してはならないとわかっているのに、ついつい考えこんでしまう。相手はローレライの出入国管理官だった。茶色の髪を肩の長さに切りそろえた小柄《こがら》な女で、きれいな制服に『ギルマン』と書いた名札をつけている。女はローラに向かって、手を差し出した。カードを受け取ろうとしているらしい。 「カー三連星《トリオ》の者です」  答えながら、ローラはプラスチックのカードを差し出した。搭乗に必要な情報が入力されたカードで、これ一枚で搭乗券とパスポートを兼ね、荷物のチェックもすむ。 〈カー・トリオ〉は、地球型の三つの惑星を持つ星系だ。中規模のG型恒星の周りを、三つの惑星が、たがいに接近し合う軌道を描いてまわっている。開発が進み、居住者も多い。ローレライ宇宙ステーションの利用客の多くが、この星系の住人だ。航宙距離が比較的みじかく、料金もあまりかからないためだろう。ローラがここを目的地として選んだ理由は、『いちばん早く出航する航宙船の最初の寄港地だから』だ。とにかく、別の惑星まで行ってしまえば自分たちの足取りをごまかせるし、目的地もゆっくり選びなおせる。  カウンターの向こうの女性管理官は、ローラのカードを機械に羞しこみ、ちらりと表示を見た。 「何か申告するものは?」と、管理官。疲れた口調だ。 「ありません」と、ローラ。「家族へのおみやげだけです」  型どおりの機械的な質問だ。返事も平凡なほうがいい。惑星によっては、歴史的工芸品の流出を避けるため、きびしくチェックする。だが、ギャンブルと観光をおもな収入源とするローレライ宇宙ステーションでは、出て行く者の持ち物は、おみやげ品くらいだ。たまには幸運に恵まれて、来たときよりも多額の現金を持って帰る客もいる。だが、そんなことはめったに起こらないので、ステーションの経済が脅《おびや》かされることはない。 「はい、けっこうです。お部屋は、第三デッキの二十三号室です」と、管理官。左手で漠然と航宙船の方向を指した。「階段を昇《のぼ》って、右に曲がってください。あとは、係がご案内します。お荷物を運ばせましょうか?」 「お願いします。大きなトランクが一つあるので」  ローラは、アーニーが押してきたトランクを指さした。 「上でお待ちください。今、ポーターを呼びます。どうぞ、楽しい旅を。次のかた、どうぞ」 「いったい、どういうつもりだ?」アーニーがローラのそばへ寄ってきて、小声で尋《たず》ねた。「わざわざポーターなんか呼ばせて。怪しまれたらヤバイぞ」 「落ち着きなさいよ」と、ローラ。「これがいちばん安全なのよ。心配しなくても大丈夫」  そう、これがいちばん安全よ。こうしておけば、わたしたちは『重いトランクをポーターに預けてチップをはずんだ客』にすぎなくなるわ。そういう客はたくさんいる。窮屈な通路をウンウンうなりながら自分でトランクを押して進めば、かえって目立つ。ポーターの記憶に残るような変わったことは、しないほうがいい。あと数分で、航宙船がここを離れる……あと数分たてば、もうなんの心配もいらなくなるわ。  オメガ中隊の隊員たちが、組立式速成基地の最後の部品をトレーラーに運びこんでいる。その様子を見守りながら、ブランデーは思った――訓練はかなりうまくいったわ。少なくとも、敵に襲われる心配もなく、晴れた日に作業することを前提として、あらかじめ用意された場所でおこなう分には、予定時間内に組み立てられる。怪我人《けがにん》も出なかったし、壊れた物もない。速成基地も広告どおりの製品だった。でも、何か大事なことを見落としたような気がする。何かは、わからないけど。 「ちょろいもんだぜ。なあ、曹長《トップ》?」  ブランデーの右側で、太い声がした。振り向くと、補給担当軍曹のチョコレート・ハリーが立っていた。規定の黒い制服の上から、紫色の迷彩キャップとベストをつけている。相変わらず『アンドロイドの目には映らない』装備一式の売りこみをやっているらしい。 「そうね」ブランデーはうなずいた。「現地でも今みたいにうまくできたら、ぞくぞくするくらい嬉しいわね。おっと、危ない。あんまり有頂天になると、運が逃げるわ」 「あの中隊長のいいところは、カネで買えるものなら最高の品を手に入れてくれるってことだな」と、ハリー。いかにも、ありがたそうな口調だ。 「ええ。前は、野営のときはテントで寝たものね」と、ブランデー。「雨もりはするし、寒いし、地面が冷たいし……。また、あんなことをしなきゃならなくなったら、わたしは退役願いを出すわ」 「いや、あんたは出さない。おれもだ。少なくともあの中隊長がこの隊を指挿してるかぎりはな。中隊長がおれたちをテントに入れるとしたら、ほかに方法がなくて、しかもそれがカネで買える最高のテントのときだけさ。あの人は、このおれの気を変えさせた。おれに『もういちど宇宙軍の隊員をやるのも、いいな』と思わせた。一年前に、誰かにそんなことを言われたら、おれは『頭がおかしいんじゃないか?』と言い返しただろうけどな」 「あら、あんたは隊員たちにいっぱい食わせて稼げると思えば、いつだって宇宙軍に戻ってくるわよ。その変な紫の代物《しろもの》で、いくら儲けたの? アンドロイドを相手に戦うかもしれないなんて、どこから考えついたのよ?」 「おれはただ、対アンドロイド戦闘服を売っただけだ」と、ハリー。憤然とした口調だ。 「中隊のためを考えて、自分の資金を投入してるんだぜ。オメガ中隊の隊員であればこそ、この迷彩服をこんなお手ごろ価格で手に入れられるんだ」 「はいはい。あんたなら、平然と『おれのママはヴァージンだ』と言ってのけるでしょうよ」と、ブランデー。ハリーの肩を小突いた。「今度の任務がアンドロイドとの戦いだなんて、キャンディ工場を襲撃するのと同じくらい、あり得ないわ。いえ、キャンディ工場を襲撃するほうが、まだあり得る」 「おい、『あり得ない』ってことはないだろ」と、ハリー。あわてた表情だ。「『あらゆる事態に対処する』ってのが、宇宙軍のやりかたじゃないか」 「そうよ。でも、起こりそうなことと、そうでないことがあるの。あんたはすぐ内部情報に通じてるみたいな顔をするけど、本当は、ほかの隊員たちと大して変わらないわ。速成基地が届くことは知ってたようだから、こんど行く所ではホテル住まいはできないと思ったんでしょうね。でも、ホテルに泊まれないのは『起こりそうなこと』でも、あんたが言いふらしてるようにロボットが〈ロボット三原則〉にそむいて反乱を起こすなんて、まず考えられないことよ」 「『安全第一』ってのが、おれのモットーだ」と、ハリー。「誰だって、ほしくないものは買わないさ。迷彩服だって、自分がほしいから買うんだ。でも、信じてくれ。アンドロイドに狙い撃ちされるような場所へ行ったら、あの紫色の迷彩服を着てればよかったと後悔するぜ」 「そうでしょうとも」と、ブランデー。あざける口調だ。次の瞬間、まじめな表情になった。「どこへ行くにしても、紫色の迷彩服なんか着てたら、雪だまりに生えたサボテンみたいに目立つわ。ハリー、わたしは、あんたが給料以外の儲けをフトコロに入れることに文句をつける気はないの。中隊長も、見逃してくださるでしょう。でも、あんたが売りつけた物のために、誰かがかえって危険な目にあって怪我でもしたら、ただじゃおかないわよ。わかった?」 「ああ、もちろんだ、ブランデー。わかってるよ」と、ハリー。「心配するなって。誰も怪我なんかしないさ。それに、本当にアンドロイドと戦うことになったら、これを着てればずっと安全だ」 「いいわ。でも、覚えておきなさい。たとえあの紫色の迷彩服が役立たずのクズだったとしても、あんたが真っ先に怪我をするわけじゃないわ。でも、二番目に怪我をするのは間違いないから、覚悟しておくことね」  チョコレート・ハリーは人差し指を自分の胸に向けて、言った。 「ブランデー、おれは無法者どもにまじってホバーバイクを走らせた男だぜ。宇宙軍のへなちょこ連中[#「へなちょこ連中」に傍点]に物を投げつけられたくらいで、怖がるとでも思うか?」  ブランデーはつかつかと歩み寄るとハリーの制服の襟《えり》をつかみ、相手の身体を持ちあげた。大男のハリーの足が、宙に浮いた。 「わたしが投げつけたら、怖がったほうがいいわよ。『あんたに何かを』じゃなくて、『あんたを何かに』投げつけるかもしれない」  ブランデーが手を離すと、ハリーは両足でドンと着地し、よろめいた。 「ああ、了解、ブランデー曹長」  ハリーが答えたときには、ブランデーはすでに踵《きびす》を返して、その場を立ち去りはじめていた。ハリーはポケットからハンカチを取り出して、額《ひたい》の汗をぬぐった。つづいてハンカチで顔じゅうを拭《ふ》きはじめたが、途中で手を止めた。よく見ると、迷彩服用の紫の布だ。 「ええい、ちくしょう!」  ハリーは布をポケットに押しこんだ。  フールは|ボート練習機《ローイング・マシーン》で汗を流していた。遅すぎない快適なリズムを保ち、全力でオールを動かす。長いあいだトレーニングを怠けていたので、いつもの日課をこなせるのが嬉しい。  そのとき、腕輪通信器が鳴った。フールは「チェッ」とつぶやいてオールを置き、左手首を口元へ近づけた。 「なんだ、マザー?」 「いいニュースです、いとしい人」快活な声が聞こえた。「スシが、料理店の強盗犯を突き止めたと連絡してきました」 「それはすばらしい」と、フール。いったん言葉を切ったが、相手が何も言わないので、あらためて尋《たず》ねた。「で、そいつは、中隊の人間じゃないんだろうな?」 「そうですね、わたしでないことは確かです。あなたでないこともね。ほかに思いあたる候補はいますか、女泣かせ[#「女泣かせ」に傍点]さん?」 「犯人がランドール人なら、ぼくのほうが泣いて喜ぶ」と、フール。「とにかく、スシ本人から話を聞く必要がありそうだな。つないでくれるか?」 「あら、まあ、大変な侮辱ですね」と、マザー。傷ついた無邪気な少女の口調だ。「わたしは、ちゃんとしたご質問には、いつも率直にお答えしています。お答えできないのは、あなたの質問が不適切だからで、わたしの責任ではありません。とにかく、お好きなようにスシとお話しください、かわいいかた」  マザーの声が途絶え、電子音が鳴った。スシの腕輪通信器の呼び出し音らしい。やがて、スシの声が答えた。 「ああ、中隊長。犯人を突き止めました」 「それは、いいニュース[#「いいニュース」に傍点]だ」と、フール。「事件をここの警察にまかせて、未解決のまま出発しなければならないのかと、本気で心配しはじめたところだった。で、犯人は地元の人間[#「地元の人間」に傍点]だったのか?」  マザーからからかい半分[#「からからかい半分」に傍点]の非難を受けたあとなので、つい、言葉に神経質になった。 「はい」と、スシ。「オメガ中隊の隊員でないことは確かです」 「ああ、これで一安心だ。警察には、もう知らせたか?」 「まだです。ここの警察に逮捕させるのか、それとも中隊のほうでおこなうのか、中隊長にうかがったほうがいいと思いました。ご命令を、中隊長。警察に連絡したいとお考えでしたら、わたしが処理します。中隊長はそのまま、お仕事をつづけてください」  フールは首を横に振った。だが、自分の姿が相手に見えないことを思い出し、声に出して言った。 「ランドールの警察には、ぼくの許可なく部下を逮捕しないでほしいと伝えてある。地元の人々に対しても、同じ礼儀を尽くしたい。こちらから協力を申し出た上で、警察に決めてもらおう。データをぼくに送ってくれ。警察には、ぼくから転送する」 「わかりました、中隊長」  通信が切れた。フールは床に置いたオールを見おろして、考えた――拾って、もう少し練習をつづけようか? いや、リズムが崩れてしまったから、ここで打ち切るほうがいい。  フールは立ちあがって腕を伸ばし、シャワー室へ向かった。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五二五[#「執事日誌ファイル 五二五」はゴシック体]  ランドール警察は、初めのうち、強盗犯を突き止めたというご主人様の通報をすなおに信じようとしなかった。ご主人様が全面的な協力を表明なさったにもかかわらず、この惑星に一時的に駐留しているだけの宇宙軍の中隊長が、なぜ警察の仕事にまで口をはさむのかと、向こうは怪しんだらしい。ご主人様は容疑者の身元を明らかにしたあと、警察に捜査を任《まか》せるおつもりだったが、結局は、証拠品の分析方法をいちいち手を取るようにお教えになったばかりか、みずから現場へ出向かれて、逮捕に協力なさった。危機を前にして、警察の代理をつとめる時間も人員もほとんどない。しかし、『ここで手を貸さなければ、かえって事態が悪化する』というのが、ご主人様のご判断だった。  警察を指図をするような形にならずに、いかにして力を貸すか――この点が問題だった。もっと早く気づいてもよかったかもしれない。ご主人様も、今ようやくおわかりになったようだ――割り当てられた役割を果たすという点では、ランドールの警察は、銀河系でも優秀な部類とは言いかねる。 [#ここで字下げ終わり] 「どうしてこの男が犯人だと言えるのか、もういちど説明してくれないか?」  ダンスタブル巡査が尋ねた。大柄《おおがら》で筋骨たくましい、ベテラン警官だ。フールとスシに向けた視線に、疲れた色がある。この事件については、もっともらしい話を少なくとも二回ずつ聞かされたが、一言も信じられない――そう言いたげな目つきだ。  三人は警察のホバーバンの中に座って、待っていた。バンは反重力装置を据えつける業者のトラックに偽装させて、容疑者の住むマンションの前に停めてある。容疑者が仕事から帰ったところを捕まえる予定だ。マンションのロビーでも、数人の警官が待機している。 「ですから……日本料理店の強盗現場が写っている監視ビデオのコピーを、そちらからいただきましたよね?」と、スシ。 「そうだよ」と、ダンスタブル巡査。まるで、保護者のような口調だ。「だが、あんなものを見たって、なんの役にも立たん。ピントが甘くて、映像がぼやけとる。自分の女房が写っとっても、どれだかわからん」 「おっしゃるとおりです」と、フール。「しかし宇宙軍には、そういった粗《あら》い映像の画質を向上させる機器があります。それに、スシは、わが中隊でもとりわけコンピューター操作にすぐれた――」 「わかった。しかし、そんなことで犯人を突き止められるのか?」と、ダンスタブル巡査。信じられないと言いたげに頭を振っている。まるでフールが、『犯人は緑色の小人の一団らしい』とでも言ったかのようだ。「ことわっておくが、コンピューター処理でどんなに画質が向上しようが、わしは信用せんぞ。結局は、処理した人間の望みどおりの映像になるだけだ。どこからどこまでが、あとから手を加えたものか……どうやって作り出した映像か、誰にもわからん」 「もうちょっと、われわれを信用していただけませんか?」と、スシ。「わたしの処理は、映像の精度を増すだけではありません。映像をクリアーにしたところで、人物の外見がわかりやすくなるだけです。外見は巧みな変装や整形手術で変えられますから、それだけでは意味がありません。しかし、わたしたちの機械を使えば、動きや姿勢に現われる個人特有の微妙な癖が、はっきりわかるようになります。こればかりは、ベテラン俳優でも隠しとおすことはできません」 「もう一つ」と、フール。「スシは、ちょっとしたコネがありましてね。いや、その団体については、あまり申しあげないほうがいいでしょう。とにかく、その団体が、容疑者に関して、あなたがた警察よりも幅広い情報を提供してくれたんです。わが中隊の牧師が申しあげたように、強盗犯の人相によく似たランドール人は大勢います。しかし、今日われわれが捕まえようとしている男は、人相が似ているだけではなく、歩きかたやしぐさなど、すべてが一致するんです」 「指紋照合やDNA鑑定もやってもらわんとな」と、ダンスタブル巡査。「証拠もないのに市民を逮捕すれば、面倒なことになる」 「おや、犯人がオメガ中隊の隊員だと思っていらしたときは、そんな心配はなさらなかったようですがね」と、スシ。  ダンスタブル巡査はスシをにらみつけ、何か言いかけた。そのとき、フールが鋭い口調でささやいた。 「きたぞ!」  二人ともバンの前部を振り返り、フロントガラスの外の通りを見た。黒服姿の人影がこちらへ向かってくる。オールバックの黒髪や伸ばしたもみあげ[#「もみあげ」に傍点]が、この距離からでも見てとれる。男は、ベビーカーを押す若い女のすぐあとから角を曲がった。ダンスタブル巡査は通信器のボタンを押して、マンションの中の警官たちに連絡し、フールに向きなおった。 「よろしい、あの男はたしかに容疑者にそっくりだ。しかし、きみも言ったとおり、容疑者に似た男は何十人もおる。あの男がタカミネの店を襲った犯人だと言いきれる理由は、なんだ?」  フールの代わりに、スシが答えた。 「どの点から見ても、あの男しかいないんです。この辺《あた》りに住んでいる〈主の教会〉の信者は、あの男だけです。あいつが仕事から帰る時間に、この場所に、偶然に同じ宗派の別の信者が現われるなんてことは、まず考えられませんよ」 「わしのように長いあいだ警官をやっておれば、偶然など、いくらでもお目にかかれる」と、ダンスタブル巡査。 「なるほど。で、偶然だろうがなんだろうが、怪しいやつはすぐ逮捕してしまうんでしょうな」と、スシ。容疑者が近くまできたのを見て、声をひそめた。「本当に、こっちの姿は向こうには見えてないんでしょうね?」 「あいつの目が]線カメラででもないかぎり、この車の中までは見えん」と、ダンスタブル巡査。「ようし、やつがマンションの私道に入ったら、われわれも車から出て、逃げ道をふさぐぞ。やつが中の警官に気づいて、逃げだすといかんからな」  容疑者が近づいてきた。気楽な足取りで、ベビーカーの後ろからぶらぶらと歩いてくる。男の顔がはっきり見えた。今ではフールも何十人もの主のそっくりさん[#「そっくりさん」に傍点]を見分けるコツをつかんだため、この男の特徴も、一目で確認できた。顔立ちは、明らかにアジア系だ。整形しても、この種の特徴をすべて隠すことはできない。一見まったく同じ顔をした数多くの男の中から、コンピューターの画像分析で一人が選び出される仕組みが、なんとなくわかりかけてきた。  もちろん、この男を逮捕しただけでは事件は解決しない。スシの使った方法と技術が証拠として通用することを、ランドールの陪審員たちに納得させなければならない。容疑者の弁護士が裁判の開始を遅らせ、そのあいだにオメガ中隊がランドールを離れてしまえば、スシは専門家として証言できなくなる。容疑者は無罪放免になるかもしれない。また、スシが証言しても、無罪判決が出る可能性はある――フールは自分でも、この問題をどこまで理解しているか自信がない。しかし、とにかく自分の考えた形で容疑者逮捕の手はずを整えた。  容疑者はベビーカーの前にまわりこんで、マンションの入口へ向かった。ダンスタブル巡査はにやり[#「にやり」に傍点]と笑った。 「よし、やつを捕まえるぞ」  そう言うと、ホバーバンのドアを開《あ》け放し、獲物の後方をふさごうと、車の外へ出た。  運の悪いことに、ちょうどその瞬間、ベビーカーを押していた若い女が大きなくしゃみをした。容疑者は思わず振り返った。その目に、ダンスタブル巡査を先頭に、歩道に降り立ったフールとスシの姿が映った。マンションに視線を向けると、数人の制服警官が入口から出てくるところだ。男は持っていた弁当箱を取り落とし、花壇を横切って駆けだした。フールは確信した――やはり、こいつが犯人だ。 「スシ、スタンガン発射!」  フールはそう叫ぶと、スシの邪魔にならないよう、片膝《かたひざ》をついて身をかがめた。  だが、ダンスタブル巡査はスタンガンが何かを知らない。ベビーカーを押す女も同じだ。あるいは犯人が、武器が発射されることを予想して、巧みに他人の陰になる方向へ逃げたのかもしれない。とにかく、狙撃線上に巡査とベビーカーの女がいる。いったんスタンガンを構えたスシは、すぐに首を横に振った。標的以外の人間を撃つ危険は冒《おか》せない。  進んできた女とベビーカーが、ダンスタブル巡査の行く手に割りこんだ。衝突寸前に、ダンスタブル巡査が足を止めた。女も、悲鳴をあげて立ち止まった。だが、相手を迂回《うかい》するためにダンスタブル巡査が左へ寄ると、女もベビーカーを引いて後退し、またしても巡査の行く手をふさいだ。巡査は勢いあまって足をもつらせ、その場に転倒した。さいわい、ベビーカーにはぶつからず[#「ぶつからず」に傍点]にすんだ。巡査があたふた[#「あたふた」に傍点]と立ちあがったとき、すでに容疑者は角を曲がって姿を消していた。  マンションから出てきた警官たちも、容疑者が逃げだすのを見て、追いはじめた。庭に踏みこんで容疑者を捕まえようとする者もいた。だが、密生した生け垣が邪魔になる。若い警官――角張った顎《あご》をし、スポーツ選手のようにたくましい――が、生け垣に身体を割りこませて無理やり通り抜けようとすると、たちまち、長さが二センチ以上もある刺《とげ》が何本も身体に突き刺さった。ほかの警官は誰も、庭へ入ろうとしなくなった。  生け垣の中で身動きのとれなくなった若い警官は、悲鳴をあげた。仲間が引っぱり出そうとすると、制服が破れ、皮膚に小さな穴があく。手を貸そうとした者たちも刺に刺され、あちこちでぶざまな叫び声があがる始末だ。このありさまでは、容疑者はゆうゆうと歩いて逃げられたかもしれない。 「ちくしょう、犯人が逃げてしまった」と、フール。手をパンツと拳《こぶし》に叩きつけた。「これでは、隊員たちの容疑を晴らしてやれない」 「いや、そんなことはないだろう」と、戻ってきたダンスタブル巡査。「オメガ中隊の立場は好転したのではないかね? あの男は、われわれの姿を見たとたんに逃げだした。やましいことがあるから、警官を避けたのだろう」 「そうですね。でも、強盗をはたらいたからではなく、駐車違反の罰金を払っていないからかもしれません」と、フール。落胆した口調だ。「ぼくは隊員の容疑をきれいに晴らしたいのです。あの男が捕まらないうちにここを離れれば、『オメガ中隊は悪い噂から逃れるためにランドールを出た』などと言われかねません」 「ちょっと待ってください、中隊長」と、スシ。男が消えた方向に目を据えている。「まだ、わたしのバックアップ計画が進行中です」 「バックアップ計画だと?」フールは振り返り、スシに非難の目を向けた。「そんなことは何も言わなかったじゃないか!」  スシは気弱な表情を浮かべた。 「それは、つまり、最初の計画が成功すれば、誰にも知らせる必要はない……特に警察には、知らせなくていい――と思ったからです」  フールは身体をこわばらせた。 「ぼくが知っておくべきことを、おまえに決めてもらう必要はない。ぼくは、おまえの上官だぞ」 「はい。しかし、わたしは惑星間にまたがる……えー、某組織の頭《かしら》です」と、スシ。「被害を受けた料理店の主人ミスター・タカミネに代わって、応援を要請する立場でした。うまくいったかどうか、今にわかります」 「ああ、そうか、ヤク――」と、フール。 「そうそう、やく[#「やく」に傍点]に立つかもしれないんです」スシは口に人差し指を当てて、フールの言葉をさえぎった。ちらりとダンスタブル巡査に目をやって、付け加えた。「ここで、その言葉を出さないでください」 「いったい、なんの話かね?」と、ダンスタブル巡査。  そのとき、刺だらけの生け垣のほうから警官たちのわめき声が聞こえ、ダンスタブル巡査はそちらを振り返った。とたんに、叫んだ。 「なんてこった。やつが戻ってきたぞ!」  容疑者の男が、ゆっくりとこちらへ進んできた。観念した表情で、抵抗する気がないことを全身で表わしている。容疑者のすぐ後ろから、なにげない様子で、がっしりした中年の日本人が現われた。革紐《かわひも》でつないだ小型犬がいっしょだ。犬は、気が立っているらしい。 「前にわたしは、この危ない商売も長い目で見れば役に立つと申しあげましたね。そのわけが、おわかりでしょう?」と、スシ。つづいて、ダンスタブル巡査を振り返った。「あいつはもう、世話を焼かせないと思いますよ」  スシの言うとおりだった。警官に手をつかまれても、男は抵抗ひとつせずに従った。中年男は小型犬に優しく声をかけてなだめながら足を進め、警官に会釈《えしゃく》して、その場を通り過ぎた。  その気で探さなければ、見えなかったかもしれない――男の身体には、ヤクザのメンバーであることを示す手のこんだ刺青《いれずみ》があった。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五二六[#「執事日誌ファイル 五二六」はゴシック体]  強盗犯の逮捕により、惑星ランドールにおけるオメガ中隊の最後の任務が無事に終了した。ご主人様は新しい赴任地への移転準備に、全力を注《そそ》がれるようになった。宇宙連邦政府から『次の赴任地を隊員に明かしてもよい』という許可がご主人様のもとに届いてからは、隊員たちの好奇心も少しおさまったようだ。  しかし、目的地が明かされたことによって新たな憶測が飛びかい始めたのも、当然であろう。 [#ここで字下げ終わり]  ランドール宙港の舗装された離着陸場が、まぶしく日光を照り返した。タスク・アニニは目を細め、制服のポケットから黒いサングラスを取り出して掛けた。イボイノシシそっくりの鼻づらの上にサングラスを乗せた姿はひどく滑稽《こっけい》だが、このボルトロン人はオメガ中隊でも一、二を争う知性の持ち主だ。隊員たちは、タスク・アニニの外見にも、すぐれた知性にも慣れっこになっていて、今さら笑う者もいない。 「ナット、なぜゼノビア人、軍事アドバイザーが必要か?」と、タスク・アニニ。「おれ、ゼノビアの軍隊、優秀だと思う」  スーパー・ナットは左肩にかけた雑嚢《ざつのう》を下におろして、パートナーのボルトロン人を見あげた。 「わたしも、それが不思議なのよ」と、スーパー・ナット。「クァル航宙大尉がゼノビア軍の平均的な軍人だとしたら、ゼノビア人が外部に応接を求めるほどの問題なんて、あんまり関《かか》わりたくないわね」 「したいかしたくないか、関係ない。おれたち、もうすぐ関わる」と、タスク・アニニ。暗い口調だ。「ほかに、おれたち、ゼノビアに呼ばれる理由ない」 「あるさ。オメガ中隊が最高だってことを見せてやるためさ」と、スパルタクス。ナメクジ型のシンシア人兵の一人だ。飛行ボードに乗り、自分のすぐ後ろに雑嚢を乗せている。 「人民の敵を倒すために、いろいろな種族が一致団結する方法を教えてやるんだよ」 「そうね。でも、人民の敵って、誰?」と、スーパー・ナット。「ゼノビア人が助けを求めるくらいだから、本当にすごい連中かもしれないわ」  タスク・アニニが不満げな声で口をはさんだ。 「相手、誰か知らないけど、どうしておれたちの敵だ? おれ、そいつに傷つけられたこと、ない。なぜ、おれたちが戦う?」 「誰も、戦うなんて言ってないわよ」  ブランデーの声が割りこんだ。ちょうど集結地点に着いて、ほかの隊員たちと同じように雑嚢を肩からおろしている。 「あたしたちは、あくまでもアドバイザー。戦うわけじゃないわ。誰かがあたしたちに[#「あたしたちに」に傍点]攻撃をしかけてこないかぎりはね。それに、ゼノビアが攻撃を受けたとは聞いてないわ」 「おっしゃるとおりね、ブランデー」と、スーパー・ナット。だが、納得した表情ではない。 「そのとおりさ。曹長がおっしゃるんだからな」と、レヴ。いつものように、ゆがんだ笑顔だ。「おれたちは皆、ただの兵隊だ。命令のままに動き、でかいチャンスを待つ」 「わたしたちは宇宙軍の隊員よ」ブランデーは眉をひそめた。「使い捨ての兵隊じゃないわ」 「おっしゃるとおりだ、曹長」と、レヴ。薄笑いを浮かべている。宇宙軍の隊員だろうと兵隊だろうと、おれから見れば大した違いはない――そう言いたげな表情だ。主の顔に似せて整形手術した隊員たちが何人か忍び笑いを洩《も》らした。  ブランデーはまたしても眉をひそめたが、何も言わなかった。ブランデーは今でも、この牧師を手放しで歓迎する気にはなれない。この男が隊員たちに与える影響が心配だ。特に、自分こそ隊員たちが気を許せる仲間で、ブランデーは本当の友達ではないかのような言いかたをされると、しゃくにさわる。曹長の仕事は簡単ではない。士気を高めるために部下を脅《おど》すこともあるし、懺悔《ざんげ》に耳を傾ける聖職者や弟妹を導く姉のように、保護者として接しなければならない場合もある。レヴは、この保護者の役割だけを勝手に代行する気だ。  ふと、ブランデーは思った――もしかしたら、下士官の仕事をやりにくくすることも、従軍牧師の役割の一部なのかしら? それなら、こっちだって、牧師の仕事をやりやすくしてやる必要はないわ。 「おれが聞いた話だと、ゼノビア帝国じゃ現在の皇帝を引きずりおろそうとする動きがあって、政府がその勢力を鎮圧するために、オメガ中隊を呼んだらしいぜ」と、ダブル・|X《クロス》。飛行ボードに乗って、一団の周辺を飛びまわっている。「つまり、トカゲどうしの争いってことだな。だからこそ、ゼノビア人も困ってるのき」 「それも一理ある」と、スパルタクス。「もしそうなら、おれたちは人民の味方につくべきだ。暴君のほうじゃなく」 「ゼノビアは宇宙連邦と同盟関係にあるのよ。内戦でどちらかの味方をするために、宇宙軍の中隊が派遣されるはずはないわ」と、スーパー・ナット。「かえって事が面倒になるだけだもの」 「おい、この惑星だって、おれたちが来たときには、まだ内戦の最中だったんじゃないのか?」と、ダブル・|X《クロス》。「中隊長が『戦いより、もっとおもしろいものがあるぞ』と両方に働きかけたから、おさまったようなものの――」 「それとこれとは別よ」と、ブランデー。「わたしたちがここに着いたときには、内戦は終わってたし、ランドールはもともと宇宙連邦に加盟してる惑星国家だったわ。でも、トカゲの帝国は、まだ同盟関係を結んだばかりよ。政府はわたしたちに、そんな惑星で何をさせる気かしらね」 「おれ、わかる」と、タスク・アニニ。「宇宙軍本部、ジェスター中隊長のこと、嫌ってる。いつも、中隊長を困らせる。きっと、おれたちを、手に負えない厄介《やっかい》な所に送ろうとしてる」 「わかったわ。もうたくさんよ」と、ブランデー。きびしい口調だ。「わたしたちは宇宙軍よ。わたしたちの手に負えない所へオメガ中隊を送りこむなんて、司令部がするはずはないわ。わざわざ事を面倒にしないでちょうだい、タスク」  タスク・アニニが抗議した。 「曹長、おれ、面倒にしてない。わざわざしなくても、面倒たくさんある」  だが、それ以上は何も言わなかった。  ブランデーは胸をなでおろした。隊員たちには、これから向かう新しい惑星――宇宙軍にとっては新しい惑星だ――のことだけで頭をいっぱいにしてほしい。『司令部のお偉方《えらがた》の企《たくら》みで中隊は窮地に追いこまれ、立場を失うのではないか?』などと心配しても、なんの役にも立たない。だが、ブランデー自身は、内心、タスク・アニニの言うとおりではないかと思った。  そのとき、遠くでにぎやかなマーチの演奏が始まった。音は少しずつ近づいてくる。やがて、宙港で待つ隊員たちの目に、ひるがえる旗……日光にきらめく真鍮《しんちゅう》やクロム合金の楽器が見えた。 「さあ、みんな、きれいに整列して。出発のセレモニーが始まるから」と、ブランデー。「出発を祝ってもらう機会なんて、あまりないから、楽しませてもらいましょう」  それに、地元の住民にとっても、オメガ中隊がいなくなるのはおめでたい[#「おめでたい」に傍点]ことだし――ブランデーは思った。最初に赴任したときとは大違い。ずっと宇宙軍にいてほしい人間なんて、どこにもいないのね。あのジェスター中隊長も、この点は変えられなかった。これは、永遠に変わらない宇宙軍の真の姿らしいわ。 [#改ページ]       7 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五二八[#「執事日誌ファイル 五二八」はゴシック体]  官僚主義的な組織で働く人々にとっては、おなじみの光景であろう――ご主人様は任務で見事な成績をおさめられても、上官たちから正当な評価を受けたことがない。それどころか、率直に言えば、ご主人様に対するブリッツクリーク大将の敵意は、いつまでたっても弱まる気配がなかった。  しかし、オメガ中隊の今度の任務は、宇宙連邦政府の命令だ。当のゼノビア帝国軍から、『目前の危機を打開するため、オメガ中隊を軍事アドバイザーとして招聘《しょうへい》したい』と、名指しで要請があったためだ。宇宙連邦政府の決定とあっては、ブリッツクリーク大将も口をはさむ余地はなかった。  選択の余地がない場合、人はしばしば仕方なくその状況を受け入れるものだが、ブリッツクリーク大将はそういった人間ではない。不愉快な事実を与えられると、普通は少しでも好ましい側面を見ようとするものだが、この大将は、周囲の人間をも不愉快な雰囲気に巻きこまなければ気がすまない。与えられたレモンが気に入らなければ、レモネードを作るなど、普通は自分で工夫するものだが、この大将は、異常な努力の未にレモンを腐ったリンゴに変えてしまう。 [#ここで字下げ終わり]  スパローホーク少佐は机の前に立つ若い士官に、好奇心に満ちた目を向けた。名札には『ボチャップ少佐』とある。とにかく若い男だ。スパローホークが少佐になったのは宇宙軍に勤めて十一年もたってからだが、ボチャップ少佐は、どう見ても二十歳《はたち》そこそこ――銀河標準年齢で――だ。スパローホークは思った――どうせ、お金持ちの両親が階級を買ってくれたんでしょう。万年金欠病の宇宙軍では、よくある話よ。 「ブリッツクリーク大将は、まもなくお見えになります」と、スパローホーク。ボチャップ少佐に対する嫌悪感を顔に表わさないよう気をつけた。この男は、いかにも成りあがり者といった感じで、好きになれない。顔や態度が、人の神経を逆なでする。この男が士官ではなく、下士官や民間人だったとしても、きっと同じ雰囲気だろう。 「ありがとう、少佐」と、ボチャップ少佐。  スパローホークは気づいた――一番まずいのは、この口調ね。言葉そのものは妥当なのに、今の一言に、わたくしを見くだす気持ちがはっきり現われている。わたくしが、この人と同じ階級であることも、宇宙軍の大将の副官であることも無視して、カラいばりするつもりらしい。  まあ、この人がブリッツクリーク大将に命じられた任務を果たせるのなら、わたくしが文句を言う筋合いはない。わかっていても、ブリッツクリーク大将がトイレから出てきたら、すぐ部屋に通すのもしゃく[#「しゃく」に傍点]だわ。この控室で、一時間くらい待ちぼうけを食わせてやろうかしら。  ボチャップ少佐と世間話をする気は、さらさらなかった。何を話せばいいのか見当もつかない――たとえば、『すてきな髪型ね』とか? 冗談じゃないわ。  結局、それ以上は声をかけずに、コンピューターに向きなおって、ブリッツクリークから『校正』を頼まれたスピーチ原稿に取り組みはじめた。『校正』とは、大将をこれ以上マヌケに見せないよう、殴《なぐ》り書きの原稿を清書することだ。原稿の内容を変えるなと言われているので――あまりにもバカバカしい部分は、できるだけ取り繕《つくろ》うが――楽な作業ではない。一瞬、スパローホーク少佐は考えなおしかけた――この原稿から使える部分を拾い出す作業に比べたら、ボチャップ少佐と世間話をするほうが、まだまし[#「まし」に傍点]じゃないかしら?  ちょうどそのとき、トイレの入口からブリッツクリーク大将がひょいと頭を突き出した。 「おう、ボチャップ少佐、よくきた! さあ、中へ入りたまえ」  この声を聞くと、ボチャップ少佐はさっさとスパローホークの前を離れて、ブリッツクリーク大将の執務室に入った。執務室のドアが閉《し》まった。  残されたスパローホークは、しかたなく大将の原稿に向かい、バラバラになった言葉をつなげたり、ちぐはぐな譬《たと》えを整理したりしはじめた。まるで、スクランブル・エッグを破れないように引きのばして、薄焼きタマゴに変えるような作業だ。 『中隊員各自が、時代の写り[#「写り」に傍点]変わりの速さに紛《まぎ》れて棚上げにしていた恐れのある重要事項と、向き合わねばならぬ。しかし、運命の手はなんの前ぶれもなく先例もないままに忍び寄るものであることもまた、常に年頭[#「年頭」に傍点]に置いておかねばならぬ』――こんな誤字だらけの文章に、何の意味があるのかしら? このままにしておいて、聴衆から質問が出るのを待ったほうがいいかもしれない。大将が自分で説明すればいいんだわ――スパローホークが決心しかけたとき、インターコムの呼び出し音が鳴った。 「少佐、オメガ中隊員の個人ファイルを持ってくるように言っておいたはずだぞ」と、ブリッツクリークの声。  そのファイルなら、最初に頼まれたときに、すぐに渡したのに……。きっと、机の上のガラクタの山の中に紛れこんでしまったんだわ。ブリッツクリーク大将は『わしは、どこに何があるかわかる』と言うけど、自分で見つけたことなんて一度もない。 「はい、そのファイルでしたら、ちょうどここにあります」スパローホークはさらり[#「さらり」に傍点]と答え、予備のプリントアウトを手に取った。「すぐにお持ちします」  執務室の中では、ブリッツクリーク大将が両手を背後に組んで立ち、窓の外を見ていた。机の正面にある椅子に座ったボチャップ少佐が、スパローホークに非難の視線を向けた。  あなたはまだ、なんにも知らないのよ、坊や――スパローホークは思った。 「お求めのファイルです、大将閣下」  スパローホークはボチャップ少佐を無視して、プリントアウトしたファイルを机の上に置いた。この大将はいつもプリントアウトを要求する。ひょっとしたら、電子ファイルの開《ひら》きかたを知らないんじゃないかしら? 「ああ、やっと来たか」ブリッツクリークは机に近づいて、紙ばさみを手に取った。「さて、ボチャップ少佐、オメガ中隊員の情報はすべてここに書いてある。はっきり言えば、この中隊を立てなおす優秀な人材が必要だ。問題は、中隊の今度の赴任地で戦闘が起こるかもしれんという現実である。わしは、きみが必要とみなす方策は全面的に支持する。無能な士官どものために、中隊員を危険にさらすわけにはいかんからな。最初にジェスター大尉を送りこんだときは、あの男が適任だと思った。しかし、すぐに間違いだとわかった。もちろん、こんな話を長々としても仕方がないがね」 「おっしゃるとおりです」と、ボチャップ少佐。気取った口調だ。「こういった場合は、黒板の文字を全部消して、初めから書きなおすのが一番です。何を期待されているかを隊員たちに知らしめ、軍規を厳格に守らせるべきです。お祭りは終わりだということを納得させなければなりません。そのためには見せしめとして、何人かに罰を加えたほうがいいでしょう。わたしにお任せください。必ず成果をあげることを、お約束します」  ボチャップ少佐はいったん言葉を切り、少し間を置いて、「大将閣下」と付け足した。形だけで、敬意のかけらもない。  だが、誰にでもわかるこの奇妙な間《ま》に、ブリッツクリークは気づかなかった。 「よく言った、少佐。きみこそ、わしの求めていた人材だ。ジェスター大尉にも、ほかの隊員たちと同じように規律を守らせてくれ。気をつけたほうがいいぞ。ジェスターは多大な時間を費やして隊員たちの機嫌を取り、自分の味方を増やしてきた。きみが中隊長になれば、隊員たちは腹を立てるかもしれん。だが、きみのように立派な士官は、そんなことでくじけてはならん」 「わたしは宇宙軍のカスどもにおべっか[#「おべっか」に傍点]を使うほど、落ちぶれてはおりません」と、ボチャップ少佐。かすかに眉を吊りあげた。「こんなことを申しあげてよかったかどうか、わかりませんが」 「いいんだ、いいんだ、ボチャップ少佐。わしは率直な発言に気を悪くなどせん」と、ブリッツクリーク大将。フールに対する憎悪で頭がいっぱいらしい。しかめた顔に、悪意があふれている。  フール中隊長も隊員たちも、お気の毒に。こんな生意気な坊やに引きまわされるなんて――スパローホーク少佐は同情した。だが、すぐに考えなおした。気の毒なのは宇宙軍全体だわ。こんな気取り屋が出世するようじゃ、宇宙軍も終わりですもの。  銀河標準時で深夜を過ぎると、スペース・ライナーの通路は人通りも絶え、エネルギー節約のために照明も落とされる。物音は、整備係のアンドロイドが何体か立ち働く音だけだ。今夜の当直にあたっている男も、船の制御を自動航宙システムに任《まか》せて居眠りしていた。人間の手が必要になれば、システムが警報を発する。  実は、人間の当直はただの飾りだ。緊急事態への対応は、自動航宙システムのほうが遠い。このシステムが対処しきれないときは、人間が手を出しても船は救えない。航宙会社は乗客にそんなことを知らせないが、宇宙の旅に慣れた者たちは、とっくの昔に見当をつけている。それでも、航宙船で旅をする者はあとを絶《た》たない。  寝静まった航宙船の中で、アーニーとローラの船室の出入口《ハッチ》が音もなく開《ひら》き、人影がするりと通路にすべり出た。〈ファット・チャンス〉カジノで二人に盗まれたアンドロマチック社特製のアンドロイドだ。アンドロイドは左右を見て、自分の現在位置を確認すると――標準型の航宙船すべての船内図が、メモリーに入っている――船尾へ向かって進んだ。  このアンドロイドは人間そっくりだが、プログラムはかなり単純だ。姿だけ見れば、通りすがりの者ばかりか、フールと親しい人物もだまされる。だが、できる仕事は少なく、応用もきかない。単純な会話ならいつまでもつづけられるため、思考力を持つように見える。人ごみで複数の相手と話す場合には、誰が自分の話を聞いているかを判定できる。同じ話ばかり繰り返してはまずいからだ。かなり広範囲の質問に答えられるし、行動が必要な場面では適切な反応を示す。  頭脳に組みこまれた〈ロボット三原則〉によって、人間の安全を守り、人間の命令に従うと同時に、この二条に反しないかぎり、自己防衛が許されている。自分が盗まれれば、自分の持ち主が投じた大金――大富豪にとっても決して安い買い物ではない――が無駄になる。そのため、盗難にあうと自己防衛プログラムが作動する仕組みになっていた。  人間の安全と命令が自己防衛より優先するため、自分を盗んだ相手が起きているあいだは、逃げ出せなかった。相手が自分をもういちど捕まえようとした場合、自分の身と主人の利益を守ろうとすれば、目の前の相手を傷つけるかもしれない。しかし相手は人間で、人間の安全は最優先事項だ――この種の葛藤《かっとう》はアシモフ回路に大きな負担をかけるから、避けたほうがいい。だが今、船室の犯人たちは疲れてぐっすり眠っている。この船室から逃げ出しても、人間に制止される恐れはない。チャチな拘束はすぐに解《と》けた。今までじっとしていたのは、チャンスをうかがっていたからだ。首尾よく抜け出した以上、なんとかして持ち主のもとへ帰らなければならない。  救命艇の格納室は、旅客航宙船ではあまり利用されない場所だ。規則では、客を乗せて宙港を離れてから二十四時間以内に救命艇を使って避難訓練をおこなうことになっている。だが、どの船でも形式上の手続きとみなして、リアルなホロ映像を使った教習だけですませるのが実情だ。どうしても本物の避難訓練を受けたければ、実物の救命艇を使えるが、わざわざそんなことをしたがる乗客はいない。快適な船室やファーストクラスのラウンジですごすほうが、いいに決まっている。  フールのアンドロイドが格納室にたどりついたときも、人の気配はまったくなかった。人間なら、勝手に救命艇を使うことはできない。艇のコンピューター・システムに組みこまれた安全装置を解除するのに、何時間もかかる。だが、アンドロマチック社の特製アンドロイドにとっては、あっという間《ま》にできた。フールが特注で組みこませた精密なプログラムに比べれば、民間航宙船の古びた安全装置など、ものの数ではない。  当直の男は警報ブザーの音で目を覚まし、初めて異変に気づいた。だが、救命艇はすでに船を離れ、加速しながら遠ざかってゆく。男はレーダー・スクリーン上の移動する光点を見つめて、悪態をついた。救命艇は、船を離れると自動的に周辺の宙域をスキャンし、最短距離にある地球型の惑星を捜し当てて、軟着陸する。障害物を避けるための最低限の動きしかできない。損傷を受けた母船が爆発した場合に、飛び散る残骸をかわすことはできるが、ほかの船から遠隔操作で舵《かじ》を取ることは不可能だ。すでに船を出た救命艇を止める方法は、ただ一つ――捕捉装置《ほそくそうち》を備えた、もっと速い救命艇で追うしかない。そんな装置を積んでいるのは軍用航宙艦だけだ。  当直の男はもう一度、レーダー・スクリーンを見た――高価な救命艇が『なくなった』なんてことを船長に知られたら、生皮《なまかわ》を剥《は》がされるぞ。おれが注意していれば、防げたかもしれない。おれの不注意のせいだとわかれば、首が飛ぶ。今じゃ、もう手の打ちようがないし、これ以上やっかいな事態は起こりようもない。誰かに知らせたところで、なんの役にも立たないんだから、騒ぐのはやめておこう。  そう結論を出すと、男は大きなあくび[#「あくび」に傍点]をした。朝になれば、船長も事態を知るだろう。重大事に対処するのは、朝になってからでいい。男はもう一度あくびをし、腰を落ち着けて眠りはじめた。  レーダー・スクリーン上で、点滅する光がゆっくりと遠ざかった。緊急着陸する惑星を捜しているのだろう。 [#改ページ] [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五三三[#「執事日誌ファイル 五三三」はゴシック体]  惑星ゼノビアを沼地の星と呼ぶのは、あまりにも単純な形容と言うしかない。高度に進化したさまざまな生命体を擁《よう》する大惑星にふさわしく、生命体の生息環境は多種多様だ。熱帯の入江もあれば、氷に閉ざされたツンドラ地帯もある。草におおわれた山地……塩分の多い湿地……熱帯雨林も、岩石だけの砂漠も存在する。もちろん、高度なテクノロジー文明を生み出した惑星の常として、今では大部分が都市と化し、かっての地球の都市と同じように、首都は四角いガラスやコンクリート、輝く金属に埋め尽くされている。  しかし、ゼノビア人は沼地とジャングルに住むトカゲから進化した種族で、(当然ながら)遠い祖先の習慣や好みを受け継いでいる。人気リゾートにゼノビア人好みの鬱蒼《うっそう》としたジャングルの映像を作り出す景観デザイナーは、引っぱりだこ[#「引っぱりだこ」に傍点]だ。大都市郊外の裕福な地域の一部は、上空から見ると、まるで太古の湿地帯のようだ。地球人の土木技師は湿地を干拓して建築に適した土地を造るが、ゼノビア人は逆に、砂漠を水で満たそうと知恵を絞《しぼ》る。  ゼノビア人は沼地に住むと思われているが、ゼノビア政府はオメガ中隊に、基地は首都から離れた乾燥しきった高地に造るよう要請した。ご主人様にとっては、これは充分に予想できたことだ。地球が異星からの訪問者を迎えた場合、地球政府はゴルフ場やフットボール場の真ん中に寝泊まりさせはしない。それと同じことだ。たまたま、われわれ地球人には沼地より乾燥した高地のほうが好ましいが、ゼノビア政府は『客にとって快適かどうか』でここを選んだわけではない。  ゼノビア人が重視したことは、オメガ中隊に提供した土地が、自分たちにはまったく無価値だという現実だ。ご主人様は、そのことに気づかれたかもしれないが、もちろん、ご感想をゼノビア人に聞かせたりはなさらなかった。  取引というものは、このような相反《あいはん》する価値観から生まれる。 [#ここで字下げ終わり]  黒いシャトルは胴体の下の滑材《スキッド》で砂煙《すなけむり》を巻きあげて、惑星ゼノビアの高地に着陸した。砂が落ち着くと、後部の出入口《ハッチ》がバタンと開《ひら》いた。先端が地面に届いて傾斜路に変わったハッチの上を、武装した中隊員が次々と渡って地面に降り立ち、周囲を警戒する態勢を取った。シャトルの屋根には、半球形の回転砲塔が現われた。中のエネルギー・ビーム砲が四方を狙っている。オメガ中隊のゼノビア上陸を邪魔する者がいれば、いつでも発射できる構えだ。  先に降りた偵察班は配置につくと、足先で地面を掘ってみた。今のところ、異状はない。班長のアームストロング中尉が、腕輪通信器に報告した。 「万事順調。抵抗の気配や敵対行動は見られない。見たところ、周辺地域にも危険はなさそうだ」 「了解。大きな声で、はきはきしたお知らせね」と、マザーの声。からかう口調だ。「スキャン結果によると、半径五キロ以内で電力を使用しているのは、わたしたちだけです。また、同じ範囲内に、虫より大きな生命体は認められません。今のところ、地上班に危険は迫っていないわ、坊や」 「けっこう」と、アームストロング中尉。きびきびした口調だ。「では、次の班を外へ出してくれ。できるだけ速く速成基地を設営する。早く屋根の下に入りたい。ここは暑くてたまらん」 「あらあら、そうカッカしないで、アーミー」と、マザー。「冷たい飲み物を届けさせますからね。気を静めて」  マザーの通信が切れると同時に、ホバーバイクに乗ったハリーを先頭に、二つめの班がシャトルの傾斜路を降りてきた。最初の班は敵対行為に備えて武装していたが、この班の任務は『安全な基地を、できるだけ手早く設営すること』だ。フールが指揮をとるようになってから、オメガ中隊は一流ホテルを宿舎にしてきたが、今回は違う。ゼノビアの建物はゼノビア人の身体のサイズに合わせて造られており、地球人には小さすぎて生活しにくい。  ハリーのあとから、大型トレーラーがそろそろと傾斜路をくだった。地上に降りると、着陸エリアを横断して、シャトルからかなり離れた場所まで移動した。せっかく基地を組み立てても、シャトルが飛び立つときのあおりで固定具が地面から引き抜かれたのでは、たまらない。もういちど初めから組み立てなおすのは、まっぴらだ。ハリーは気むずかしい表情で、遠距離センサーが設営地として選んだ場所を見渡した。歩いて敷地の長さと幅を測り、地面をにらんだ。機器類の表示や測定結果に狂いがないかどうか、確かめているらしい。すべてが予測どおりだとわかると、満足げに大きくうなずいた。 「よし。この『速成基地』を建てるとしよう。準備はいいか、ダブル・|X《クロス》?」 「いいっすよ、軍曹」と、ダブル・|X《クロス》。折りたたんで圧縮した速成基地の、てっぺんに登っている。「どこも異状はないっす。軍曹の号令で、組み立てを開始します」 「よーし、みんな、聞こえたな?」ハリーは班員たちに向かって叫んだ。「位置について、組み立て用意!」  隊員たちは足早に、所定の位置についた。ダブル・|X《クロス》は速成基地組み立て作業の計器をにらんで、最終点検に入った――水平になっているか? 機器類の電源は入っているか? シャトルに積んで数十光年の距離を飛び、初めて降りる惑星へ持ってきたが、骨組みがゆるんでいないか?  やがて、ダブル・|X《クロス》は顔をあげて叫んだ。 「すべて異状ないっす。いつでも広げられます」 「よし。みんな、もたもたせずに片づけろ」と、ハリー。「練習はしてある。ちょろいもんさ。ヘマでもしてみろ。おれが尻にムチの痕をつけてやるからな」  ハリーは言葉を切り、輪になった隊員たちを見まわした。全員が位置について、待機している。ハリーは満足し、大声で言った。 「よーし、ダブル・|X《クロス》、そいつをぶちまけろ」 「了解、軍曹」  ダブル・|X《クロス》は始動レバーを引いた。ハリーは息を殺して見守った――組み立ては、惑星ランドールで何度か練習している。あそこじゃ、うまくいかなければ〈ランドール・プラザホテル〉に逃げこんで、次の日に再挑戦すればよかった。しかし、ここで失敗したら、速成基地が直るまでシャトルで寝泊まりしなきゃならない。シャトルが帰ったあとは、野宿だ。この惑星で野宿したことはないが、あたりの様子を見ると、快適とは言い難い。とにかく、基地の準備ができてない理由を中隊長に説明するのは、絶対に[#「絶対に」に傍点]ごめんだ。この豪華フル装備の速成基地に中隊長がどれだけカネを払ったか、おれは知ってる。  だが、今のところ問題はなさそうだ。速成基地の目立たない継《つ》ぎ目が静かに広がりはじめ、最初の面積の二倍、四倍、八倍……と、どんどん大きくなってゆく。真ん中あたりから出たドリル状のパイプが回転して下へ伸び、地面に食いこんで全体を固定した。同時に、この地面の下にあるはずの水を捜している。速成基地の建材は、土や空気中に多く含まれる成分を水と混ぜ合わせて、急速に合成される。計器が表示したとおり、この地下に水があれば、一時間以内に速成基地の主要部分ができあがるはずだ。  速成基地の骨組みが安定すると、ハリーの班の残りの隊員たちが作業に加わった。先に速成基地を広げた隊員たちと一緒《いっしょ》にてきぱき[#「てきぱき」に傍点]とスイッチを入れ、バルブを開《ひら》き、表示をチェックしている。速成基地からさらに固定具がいくつか伸びて地中に食いこむと、今度は壁や天井を支える柱が次々と立ちはじめた。パチッと音を立てて、メイン・エンジンのサブ・ユニットのスイッチが入った。コンセントや通信端末、換気ダクト、配管器具などが広がって、所定の位置まで伸びてゆく。隊員たちは手にした図面と見比べて、それらの位置や機能をチェックした。あとで、すべてが正しく作動するかどうか、確かめなければならない。  ハリーは速成基地の中央まで歩いて行き、中央からぐるり[#「ぐるり」に傍点]と四方を見まわして、満足げな表情を浮かべた。手際《てぎわ》のいい仕事ぶりだ。シャトルに残っていた隊員たちも、みな外に出はじめた。備品や消耗品を運び出し、次の建物を組み立てて、基地を整備している。ゼノビアでの滞在が延びた場合のことも、考えに入れなければならない。ハリーはまたしても笑みを浮かべた。だが、次の瞬間に目を剥《む》いて、どなった。 「おい、おまえ、いったい何をする気だ? そいつを放せ! 壁を引き倒すつもりか? 放せったら!」  ハリーは重い身体を動かして、惨事が起こりかけている場所へ向かいながら、小声で悪態をついた。  オメガ中隊は、過去の悪いイメージは塗《ぬ》り替えたかもしれない。だが、一つ間違えば中隊全体が破滅しかねない場面は、今でもある。物事《ものごと》が順調に進んでいるときでさえ、危険の種《たね》はそこらじゆうに転《ころ》がってる――まったく、退屈しないよ、この中隊は。  やがて、ゼノビアのオメガ中隊基地は夕闇に包まれはじめた。レンブラント中尉は基地全体をスキャンして、満足げな表情を浮かべた。ドジを踏んだ者もいたけど――この中隊はもともと負け犬と落ちこぼれの集まりですもの、いつだってドジな人間はいるわ――全体としては、速成基地は無事に組み立てられたし、担当班の怪我《けが》も最小限ですんだ。捻挫《ねんざ》と軽い切り傷が数名、短気を起こしてケンカした者が数名。この見事な成果に比べれば、大した失点じゃないわ。中隊長が新製品の速成基地に投資なさった金額を考えても、充分に報われたんじゃないかしら。  夕食の時間が近づくと、隊員たちはできたての食事にありつこうと、新しい食堂に集まった。調理担当軍曹のエスクリマは、例によって、『今度の調理場はなっちゃいない……新鮮な材料が足りない』などと、やかましく文句を並べた。材料の点は、地元の供給源を見つければ解決するはずだ。だが、レンブラント中尉はエスクリマ軍曹の料理に満足した。どの点から見ても、最高級ホテル並みの絶品だ。料理の質が落ちたことに気づいた者もいたかもしれないが、不満の声は出なかった。カッとなると人殺しもしかねないエスクリマ軍曹の気性を考えて、みな遠慮したのかもしれない。けっこうなことだ。  ほかの建物も次々にできあがり、敷地の中央には、すでに二つめの井戸が掘られている。ハリーは、宿舎が完成するとすぐに補給庫を建て、電動の装置や電子機器など、湿気や震動に弱い機械類をすべて運びこんだ。ゼノビアの天候のことはあまり知らないが、竜巻でも起こらないかぎり、この建物の中に置いておけば大丈夫だろう。  さらに、隊員たちは敷地の周辺部に見張りを立て、敷地外を探査する準備を始めた。すでに、コンピューター制御の監視装置が設置された。中隊長がゼノビア政府からパスワードを知らされれば、すぐにでもゼノビアの軍事情報衛星ネットワークに入りこんで、通信を傍受する予定だ。まもなく、それも実現する。ゼノビア人でオメガ中隊を敵視する者はいないが、ここでの任務を果たすためには、中隊の目の届かない所や別の大陸でやりとりされる情報も知っておかなければならない。  ゼノビア人は、自分たちが直面している恐ろしい敵について、詳しい情報を与えてくれない――レンブラントは、この点が心配だった。わたしたちに隠したって、しょうがないでしょうに。故障したホバーカーを整備工場に持ちこんでおきながら、『どこが壊れたかは知らせたくない』ようなものだわ。問題を解決してほしいのなら、情報を出し惜しみされては困る。小さなトカゲたちはなぜ、有名なオメガ中隊《ギャング》を軍事アドバイザーとして招いておきながら、誰と……あるいは何と戦うのかは、言おうとしないのかしら? いつまでも黙っていられると、かえって面倒なことになるかもしれない。  でも、うまくいけば、あまり遅くならないうちに敵の正体がわかるわ。中隊長は、直接ゼノビアの首都に着陸なさった。ゼノビア政府の代表たちと会って、ここでの任務のブリーフィングを受けられる。中隊長は、わたしたちに求められている仕事の内容をあやふや[#「あやふや」に傍点]にされたまま、黙って引っこむようなかたじゃないわ。正確な答えを要求なさるに違いない。  中隊長がこの基地へお帰りになるまでに、こっちが敵と対面したりしなきゃいいんだけど――レンブラントは心配した。  ゼノビア帝国のコーグ第一総統は、歯を剥《む》き出してニヤリと笑った。フールにとっては、あまり気持ちのいい光景ではない。ゼノビアへくる前、宇宙連邦で異星文化の専門家たちからブリーフィングを受けたが、この表情の意味は、ゼノビアでも地球でも変わらないという話だった。だが、ずらりと並んだカミソリのように鋭い歯を見せられると、専門家たちの勘違いではないかと思ってしまう。ゼノビア人たちが大きなサングラスをかけているため、凶悪な印象がいっそう強まる。 「ようやく貴殿に会えて、ありがたき幸せだ、ピエロ中隊長」と、コーグ第一総統。「貴殿の種族は、きわめて戦闘に適しておるそうだな。クァル航宙大尉から、熱意あふれる説明を受けた。われわれの惑星を侵入者から守るために貴殿の中隊を軍事アドバイザーとして招きたいという要請が快諾されて、感謝にたえない」 「こちらこそ、お招きいただいて光栄です」と、フール。 [#挿絵181 〈"img\PMT_181.jpg"〉]  中隊が奥地で基地を設営しているあいだに、フールはビーカーと一緒に首都でおこなわれる歓迎式に出席した。二人は、地元産の植物を加工して造られたらしい観覧席に座っていた。木とは違うが、同じように固く、建材として使われる。目の前にゼノビア軍の兵士たちが整列していた。部隊ごとに制服が違うが、おもにベレー帽の色で区別できる――赤が〈泥地偵察隊〉、青が〈沼地潜伏隊〉、緑が〈樹上監視隊〉といった具合だ。兵士たちも全員がサングラスをかけている。 「宇宙連邦は、この惑星を脅《おびや》かす敵に直面なさったゼノビア帝国を、全力で支援いたします」と、フール。「しかし、その前に、敵の正体について詳しくうかがっておくべきでしょう」 「当然のご要望だ!」翻訳器から、コーグ第一総統の声が響きわたった。「まずは、われわれゼノビア人の戦意の高さと、完璧《かんぺき》な準備をごらんいただきたい。まもなく、すべてが明らかになるであろう!」  えんえんと観兵式がつづいた。見学して、さまざまなことがわかった。過去に目《ま》の当たりにしたクァル航宙大尉の行動から、ゼノビア人の機敏さは知っているが、目の前の兵士たちを見ると、クァルが特にすぐれているわけでもなさそうだ。どの部隊も動きが速くて力強く、ずっと機敏だ。数も多い。宇宙連邦より進んだ武器も使っている(フールが、父親の経営するフール・プルーフ武器製造会社に設計を独占させたスタンガンも、そうだ)。  各部隊の演技や行進が進むにつれて、コーグ第一総統のニヤニヤ笑い[#「ニヤニヤ笑い」に傍点]はますます大きくなった。フールは確信した――ゼノビア人は、まだ奥の手を隠している。ゼノビア帝国と宇宙連邦の同盟が成立したのは、ほんの数カ月前だ。友好関係を危うくする事件など、起こる暇もなかった。まともな分別のある種族なら、同盟を結んだばかりの相手に手の内をさらけ出したりはしない。だが、ありがたいことに、とにかく同盟相手だ。  観兵式の締めくくりに、素手での闘いが披露《ひろう》された。もっとも、鋭い歯と鉤爪《かぎづめ》を持つ肉食のトカゲから進化した種族に、『素手』という言葉は似合わないかもしれない。見事な模範演技だった。  コーグ第一総統がフールを振り返って言った。 「さて、中隊長、場所を変えて、気分転換と率直な話し合いといこうか」 「喜んでお受けします」  フールはビーカーとともに、コーグ第一総統のあとについて近くの建物に入った。部屋の片側に立食用テーブルが置かれ、さまざまなごちそうが並んでいる。地球人の偏《かたよ》った好みを考慮して、加熱した料理や、特に用意した野菜もある(今回のために、わざわざ輸入したに違いない)。企画チームの誰かが、地球のバーでねぼって知識を仕入れたらしい。  フールとビーカーは、皿に料理をとり、飲み物を取ると、コーグ第一総統と副官と同じテーブルについた。コーグ第一総統は立派にホスト役をこなし、フールたちに物足りない思いはさせなかった。 「非常に心に残る観兵式でした」と、フール。ていねいな口調で、表現はむしろ控えめだ。ゼノビア人の武力は侮《あなど》り難い。敵にまわせば恐ろしい相手だ。この種族がオメガ中隊に軍事アドバイザーを依頼してきたのは、自分たちの手に負えない敵に出会ったからだろう。ゼノビア人の手に負えない敵? どんな連中か、想像もつかない。それに、ゼノビア人はなぜ、オメガ中隊ならその敵に太刀打《たちう》ちできると判断したんだろう?――フールは首をかしげた。 「お言葉、光栄に思う」と、コーグ第一総統。またしても、鋭い歯をのぞかせて笑った。室内に入ってからはサングラスをはずしている。「いつか、宇宙連邦の観兵式も見せていただけるかな? いつかそのうちに――。今は、何もかも後回しだ。貴殿もお見通しであろうが、貴殿の中隊を招いたのは充分な理由があってのことだ」  さあ、おいでなすった。 「ゼノビア軍の手に負えない敵がいるとは、想像できません」と、フール。 「しかし、現実に存在する」と、コーグ第一総統。「われわれがこうして語り合っておるあいだにも、敵は確実にこの惑星のどこかで活動しておる。だが、いかんせん、対抗策は皆無だ」 「驚くべきお話です、総統閣下」と、フール。「侵入者のことを、お話しいただけませんか? 詳しい情報を教えていただければ、どういった形でお手伝いできるか考えやすいはずです」 「われわれの知識を、貴殿らと共有しよう」と、コーグ第一総統。「傍受した敵の通信のすべてを提供する。状況説明としては、とりあえず、これをごらんあれ! 陸に住む武装した獣《けもの》について、われわれにわかるのは、これだけだ」  コーグ第一総統が鋭い爪のはえた前足を振ると、補佐官の一人がスクリーンのスイッチを入れた。  ゼノビアの首都を上空から写した風景が現われた。奇妙にゆがんで見えるが、間違いない。 「これは、侵入者の監視装置から出た高周波信号を傍受したものだ」と、コーグ第一総統。「詳細は省《はぶ》くが、このほかにも、いくつかの監視装置の信号を傍受しておる。敵は、こちらの人口密集地域や軍事施設をモニターしておるようだ」 「なるほど」と、フール。「これらの信号が、ゼノビア内部の機関から出たものでないことは、確かですか? たとえば、交通や天候のモニター装置の信号など……」 「考えてはみたが、その可能性は低い。まず、この信号に使われた周波数は、通常われわれが通信に使うものとは違う。実を言えば、そもそも、この信号の発見そのものが偶然であった。発信源が移動しておるのがわかって、初めて人工的なものだと気づいた」 「動く発信源ですか」フールはうなずいた。「すると、無人偵察機の類《たぐい》ですね。その偵察機を捕捉《ほそく》できましたか?」 「残念ながら、失敗であった」と、コーグ第一総統。片手を口元に近づけ、鉤爪《かぎづめ》を楊枝《ようじ》代わりに使って、歯にはさまった[#「はさまった」に傍点]小さな肉片をほじった。「厳密に申せば、無人偵察機の存在を示す証拠は、信号以外には見つかっておらん。まるで、目に見えぬ偵察機ででもあるかのようだ」 「『目に見えぬ』ですと!」ビーカーが身を乗り出した。「総統閣下、物理学の法則では説明できない存在のようでございますね」 「そうかもしれない」と、フール。「しかし、総統閣下、ゼノビアの通信装置の問題かもしれません。地球でも二種類の周波数を使いますし、宇宙連邦でも、惑星によって使う周波数が違います。中隊の基地が設営されたら、われわれの装置でその信号を記録できるかどうか試してみましょう。ところで、無人偵察機がどこから現われたか、突き止めることはできましたか?」  コーグ第一総統は、またしても歯を剥き出して笑った。 「数々の努力の結果、無人偵察機が飛び立ったと思われる地点をいくつか特定した。しかし不運にも、それらの地点から知的生命体の痕跡は見つからなかった」 「実に興味深いお話です」と、フール。「無人偵察機を造った生命体は、基地を持っているらしい……その基地は巧みに偽装して、隠してあるかもしれない――ということですね。基地があると思われる地域へ、陸上部隊を派遣して調査なさいましたか?」 「それもおこなった。しかし、何ひとつ発見できなかった。正直のところ、まったく謎だ。だが、これだけははっきりしておる――われわれの領土を、むざむざ侵入者に奪われるわけにはいかん」  ビーカーが口をはさんだ。 「総統閣下、侵入者がゼノビアの人々に危害を加えたことはございますか?」 「じかに危害を加えられたことは、一度もない」と、コーグ第一総統。「しかし、連中の信号のせいで、われわれの通信に激しいノイズが入る。こちらの通信が傍受されはしないかと、みな恐れておる。今まで、通信を利用して貴殿らに敵のことを詳しく伝えなかったのも、そのためだ」 「では、あなたがたがいちばん心配していらっしゃるのは、一言で言うと、どんな点でしょうか?」 「侵入者がどんな力の持ち主で、何をするつもりか――だ。賢明な種族なら、自分の巣の縁《ふち》に得体の知れない獣《けもの》が腰を据えれば、不安をおぼえる」 「なるほど、わかりました。何か方法を考えてみましょう」と、フール。不安にくじけそうになる気持ちを精いっぱい励まして、付け加えた。「宇宙連邦には高性能の装置があります。さらに、その装置を使って、装置の考案者でさえ考えつかなかった高度な操作をおこなう者もおります。われわれが敵の正体を暴《あば》いてみせます。どうか、ご安心ください」 「中隊長、わしはクァル航宙大尉の報告を受けて、貴殿の中隊に多大な信頼を寄せておる」コーグ第一総統は、またしてもにやり[#「にやり」に傍点]と笑った。「確信しておりますぞ――貴殿らは必ず、解決策を見つけてくれるであろう」  ぼくも、この総統と同じくらい自信が持てるといいんだがな――フールは思った。 [#改ページ]       8 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五三七[#「執事日誌ファイル 五三七」はゴシック体]  興味深いことに、ゼノビア帝国の宙域は宇宙連邦の宙域と重なっている。宇宙連邦が自分たちの宙域だと信じていた複数の星系内の惑星にも、ゼノビア人は入植した。だが、トカゲ型エイリアンであるゼノビア人は、宇宙連邦に属する種族の大半には暑すぎる環境を好み、主星である恒星に近い惑星に住みつく傾向を持つ。光速での航宙旅行が一般的になってからも、ゼノビア人と宇宙連邦の種族の通信用周波数は完全に異なっていたため、双方の種族が直接に接触を持つ機会はなかった。ゼノビアの航宙艦が惑星ハスキンに緊急着陸し、ご主人様の率いるオメガ中隊のメンバーに発見されたときが初めての接触であった。  ゼノビア人が地球人を中心とした宇宙連邦と手を結ぶ意志を表明してから、双方がまったく影響し合うことなく驚くほど多くの星系で共生していた事実が判明した。両者の関係をたとえて言うなら、山の湖の深みに住む魚と、湖のほとりに咲く美しい花であろう。  いちばん驚かされたのは、ゼノビア帝国の母星の位置であった。 [#ここで字下げ終わり]  船室のドアがノックされた。やっぱり来たわね――ローラはため息をつき、立ち上がってドアを開《あ》けた。通路にスペース・ライナーの制服を着た髪の黒い男が立ち、電子手帳を手にしている。男は身分証明《ID》カードを見せて言った。 「お邪魔します、お客様。昨夜の事件を調査しています。二、三、質問させていただいてもよろしいでしょうか?」 「ええ、もちろんどうぞ」ローラは相手のIDカードをチラリと見た。「あなた、保安長? なんだかドキッとする肩書きですわね。まさか、この船が攻撃を受けたんじゃないでしょうね?」 「そのような危険な仕事はめったにありません、お客様」男は低い声で笑った。「これは単なる船の保安係の昔ながらの呼び名です。パートタイムの仕事で、あるときはパーサー、緊急時には二等機関士になって、食い扶持《ぶち》を稼《かせ》いでいるだけです」 「まあ、失礼かもしれないけど、がっかりしたわ」ローラはおどけた身ぶりをした。「航宙旅行ってロマンチックじゃないのね。ホバーバスに乗ったときのほうがわくわくしたわ。ところで、どんな事件を調べていらっしゃるの? えーと……ミスター・エルナンデス?」 「救命艇が一つ本船を離れて飛んでいってしまったのです。誰かが乗りこんだとしか考えられません。それで、誰かこの船から消えた者がいないかを調べています。この船室は二名様でご使用ですね。あなたがミス・ミラー――同室のお相手がミスター・リーブスですね?」 「ええ、そのとおりよ」ローラは狭い客室の片側に置かれた二人がけソファーに座って、脚を組んだ。「アーニーはラウンジへ一杯ひっかけに行きましたわ。一時間もすればディナーのための着替えに戻るはずよ。今すぐ呼び戻したほうがいいかしら?」 「いいえ、けっこうです、お客様」と、エルナンデス。「今は乗客の人数をざっと確認しているだけです。いなくなったのが誰かを特定するためにね。それがわかれば、救命艇を奪ったのが誰かわかります」 「犯人がわかったら、どうなさるおつもり?」ローラは身を乗り出し、髪の房《ふさ》を指でもてあそびながら考えた。この男を利用すれば、もっと詳しい情報を聞き出せるかもしれない。それに、パーサーなら、大金を動かせる可能性だってあるわ。 「救命艇を奪った犯人の財産を差し押さえてやるつもりです」と、エルナンデス。「救命艇一隻の値段は、小型の航宙ヨット一隻と同じくらいです。値段を聞けば、冗談なんかじゃないとわかりますよ。たとえ無傷で回収できたとしても、また使える状態にするには相当な費用がかかるでしょう」 「そうでしょうね」と、ローラ。「でも、犯人はなぜ救命艇を奪おうと思ったのかしら? 救命艇でどこへ行くつもりだったんでしょうね?」 「犯人がどこへ行くつもりだろうと関係ありません」と、エルナンデス。「救命艇はいったん船を離れると、地球人が生存できるいちばん近くにある惑星を見つけて着陸するようプログラムされています。手動でそのプログラムを書き換えることは不可能です――航宙技術を持たない乗客が乗りこむことを想定してプログラムされていますからね。自動制御以外の手段で着陸するのは、自殺行為です」 「いちばん近くの惑星って、どこ?」と、ローラ。 「救命艇が船を離れる態勢を整えた段階では、この船はまだローレライ宇宙ステーションのある星系にいました。あの辺《あた》りには、かろうじて地球人の住める惑星が一つだけあります。宙図によると、〈HR63〉という名の惑星です。暑いですが、呼吸できる空気があって、地盤もしっかりしています。おそらく犯人は二、三週間後に、その惑星に降り立つでしょう。救命艇には、一人であれば二年は暮らせる食糧が積まれています。しかし、そんなに長くその食糧で食いつなぐ必要はありません。最近、その惑星に知的生命体が存在することが判明し、その種族はわれわれの宇宙連邦に加わりました。宇宙連邦政府を通す必要があるでしょうが、犯人をその惑星から連れ戻して告訴するまでのあいだ、現地で拘留してもらえるはずです」 「まあ、そうなの」と、ローラ。なんとか明るい口調を装ったものの、うれしくないニュースだった。ともかくアーニーもわたしも、なんとかして言い抜ける方法を考えなくちゃ。あのアンドロイドが救命艇ごと宇宙空間へ消えてくれればいいんだけど――盗んだ犯人の手がかりがまったく残らないようにね。でも、その惑星に住む知的生命体がアンドロイドのことを調べるには、しばらく時間がかかるはずよ。そのあいだに、アーニーとわたしは自力で逃げさせてもらうわ。 「新しい知的生命体が見つかったなんて初耳だわ。なんという種族ですの?」  ローラはまつ毛をパチパチさせた。このパーサーの注意をわたしに引きつけるには、話をつづけさせるしかない。 「恐竜のミニチュアみたいなやつらでしてね」と、エルナンデス。ニヤニヤしている。 「ゼノビア人と自称してます」 「目に見えないエイリアンの無人偵察機? そんなもの聞いたこともありませんや」と、ドゥーワップ。 「必ず、なんらかの説明ができるはずです」と、スシ。「姿を見えなくするには、特別の工夫が必要です。一定の角度や方向から見えにくくすることは簡単です――たとえば、ホロテレビやステージ上での手品と同じです。客席から見えなくても、ステージ裏や袖《そで》から見れば、たいていからくり[#「からくり」に傍点]はわかります」 「その意見は参考にさせてもらおう」と、フール。コーグ第一総統との会合が終わってすぐに、フールは設営したばかりの速成基地に通信を入れた。「肝心なのは、きみたち二人がオメガ中隊で最高のペテン師だという点だ。やはり、きみたち二人に協力してもらうのが一番いい。ものを見えなくする方法があるのなら、その方法を見つけ出し、謎を解明してほしいんだ。エイリアンの無人偵察機が目に見えない理由を解明すること――それがきみたちの任務だ。ゼノビア人が傍受したエイリアンの信号をきみたちに提供しよう。必要なものがあれば、すべて用意する。解明できしだい、ただちに結果を知らせてもらいたい」 「わかりました、中隊長。おれたちに任せてください」ドゥーワップは両手をすり合わせた。「おれとスシに解明できないことが、ほかの誰かにできるわけありませんからね」 「データを調べたらすぐに、チョコレート・ハリーに必要な品のリストを渡します」と、スシ。「ゼノビア人の装置を見せてもらえますか? その性能がわかれば、もっと多くのことがわかるでしょうから」 「ああ、なんとかしよう」と、フール。「コーグ第一総統のご命令で、ゼノビア軍がわれわれに協力してくれることになった。連中の隠したがっているものまで見せる気があるかどうかは疑問だがね。ほかに何かあるかい?」 「ありますとも! 踊り娘《こ》とビール樽もよろしく頼みます」と、ドゥーワップ。「必要なものがないと、インスピレーションは浮かびませんや」  フールはニヤリと笑った。 「残念だが、踊り娘を調達するいつものルートからは少し離れたところへ来てるんだ。ここまで届けてもらうには時間がかかる。ビールはいつものルートで頼めるがね」 「おやおや、そりゃオメガ中隊らしくないですね」ドゥーワップは思わず不満を口にした。「この中隊はなんでも一流をモットーにしてるんじゃなかったんですか?」 「そう言ってくれるのはうれしいよ」と、フールは笑った。「だが思い出してくれたらわかると思うが、そのオメガ中隊らしさを生み出したのは、このぼく[#「ぼく」に傍点]だ。それとも、あの惑星ハスキンの湿地で過ごした日々のことはもう忘れてしまったのか?」  ドゥーワップはまばたきもせずに、窓の外に広がるゼノビアの荒涼とした景色を見つめた。発育の悪い低木の茂み……日に焼けた岩……干上《ひあ》がった河床……遠くに見える低い丘の連なり……。ドゥーワップは通信器の送話孔に向き直って言った。 「ここはまだマシだとおっしゃりたいんですかい、中隊長?」 「もちろんさ」と、フール。何食わぬ口調だ。「考えてもみろ。惑星ハスキンでは、ブーツの縁《ふち》ぎりぎりまでどっぷり沼地に浸《つ》かっているか、そうでなければ何もない荒れ果てた野営地で一服するかしかなかったんだぞ。それがどうだ? ここでは、最高技術を駆使した最新の基地を手に入れた。それに、ゼノビア人はおそらく湿地に近づかせてはくれないだろう」 「これでも充分にオメガ中隊らしい[#「らしい」に傍点]ってわけですか」と、ドゥーワップ。「この件に関しては、ほかに選択の余地がなさそうですね」 「そのとおりだ」フールは最後に通信器の送話孔に口を寄せて念を押した。「きみたち二人は必要な品のリストを作って、至急、ハリーに渡すんだ。この計画を最優先させ、ほかのことはすべて中断してもらいたい。わかったな?」 「よしきた、中隊長」と、ドゥーワップ。うって変わって熱の入った態度だ。スシを軽く小突くと、念を押すようにフールに尋ねた。「つまり、通常のいかなる任務も中断していいってことっすね?」 「当分は、これがきみたちの正規の任務だと思って全力を注《そそ》いでくれ。ぼくが基地に戻るまでに、ぼくの机に準備手順の報告を置いておくように。予定どおりにいけば、明後日には戻るつもりだ。ほかに何かあるかい? ないな? よし、じゃあ、さっそく仕事に取りかかってくれ」  フールは通信を切った。  スシとドゥーワップは顔を見合わせた。 「おい、今の話を聞いたか?」と、スシ。「中隊長がこの仕事を誰かほかのやつに回して、おれたちに今までの仕事に戻れと言いださないうちに、せいぜい頑張るとしようぜ」 「あーあ、おれは本当に踊り娘を呼びたかったんだがな」ドゥーワップがすねて見せた。 「いつまでもぐだぐだ言ってると、ブランデー曹長に硬い靴底で背中に蹴りを入れられるぞ」スシはおどけてドゥーワップの肩をボンと打った。「そら、電子手帳を手に持って、必要な品のリストを作るとしよう」 「オーケー。じゃあ、まずはビールだな」と、ドゥーワップ。「ビールがたんまりあれば、いいアイデアも浮かぶってもんだ」 「心配したとおりだな」  スシはぶるっと身震いした――この調子では前途が思いやられる。 「軍曹、お話があります」  簡易机に向かい、ホバーバイク愛好者の雑誌〈バイク野郎の夢〉を読みふけっていたチョコレート・ハリーは、声をかけられて雑誌から顔を上げた。五人の中隊員が怖い顔をして突っ立っている。決意した表情の陰に激しい不安が見え隠れするのが、ハリーほどのベテランには読み取れた。 「おいおい、みんなそろって何事だ?」ハリーは、支給品に補強を加えた小さな折りたたみ椅子の上の巨体を動かし、座りなおした。平静を装ったまま銃剣を手に取り、その鋭く研いだ先端で爪《つめ》掃除をはじめた。ハリーの背後にはプレハブの倉庫が建っている――これが、ここ惑星ゼノビアでの中隊の補給庫だ。 「えー、つまりその……用件はこういうことなんです」と、ストリート。どうやらこいつがこの一団のリーダーらしい。「軍曹はおれたち全員にこう言ったはずです――どこかの小惑星でアンドロイド反乱軍と戦うことになるだろうってね――」 「兄弟よ、そりゃデマさ」と、ハリー。「宇宙軍に長くいれば、いろんな噂《うわさ》を耳にする。だが、しばらくいるうちに、どれを信じて、どれを信じちゃいけないか勘《かん》でわかるようになる」  ストリートの顔に当惑の表情が浮かんだ。 「ちょ……ちょっと待ってください。おれたちにその話をしたのは軍曹[#「軍曹」に傍点]じゃないすか」  ハリーは爪の手入れをつづけながら、顔も上げずに言った。 「さあて? そうだったかなあ」  ストリートは助けを求めるように仲間のほうを見て、みんながうなずくのを確認すると、ハリーに向きなおった。 「ええ、軍曹が言ったんすよ。確かです。アンドロイド反乱軍がうようよしているという小惑星の話を何度もしたじゃないすか。連中の攻撃を避けるには、このアンドロイドから見えなくなる迷彩服が必要になるってね。違いますか?」 「それが、どうした?」と、ハリー。そっけない口調だ。 「そのう……おれにはここがその恐ろしい小惑星だとは思えないんす」ストリートは腕を水平に大きく動かして、周囲をぐるっと指し示した。「つまり、だまされたのかなって思ったんすよ」  ハリーのいかつい顔に、深い同情の色が浮かんだ。 「だまされた? なぜそんなふうに思うんだ、ストリート?」ハリーは全員を見まわした。「まったく驚いたぜ。おい、ダブル・|X《クロス》、おまえはなぜここに来た? ブリック、スレイヤー、おまえたちもか? それにスパルタクスも――おれたちは今まで、ずっと仲よくやってきたじゃねえか」 「軍曹、アンドロイドには見えない迷彩服が必要だとおれたちに話したのは軍曹っすよ。それでおれたちは軍曹にあれだけの大金を払ったんです」と、ダブル・|X《クロス》。ハリーに言いくるめられないよう、最初の勢いを取り戻そうとしている。ほかの四人と同じく、ハリーの言ったとおりにアンドロイドには見えないという紫色の迷彩服や小物をいくつか身につけている。「でも、新しい任地はこの惑星ゼノビアでした――小惑星じゃなくね」 「そうか、おまえら全員、おれの言ったことを誤解したんだな」と、ハリー。「おれはその小惑星へ行くとは、ひとことも言わなかったはずだ。違うか? 小惑星からアンドロイド反乱軍がやってきた、と言っただけだ。おれたちは今、正体不明の敵が潜《ひそ》む惑星に来ている。その敵がアンドロイド反乱軍じゃないと誰が言い切れる? え? どうして違うとわかるんだ、ストリート?」 「えーつと、それは……」と、ストリート。頭をかいている。「いや、そのことはそれでいいです、軍曹」  ストリートは助けを求めるように仲間を見まわした。  だがハリーは、ぐだぐだ言う間を与えず、すぐに言葉をつづけた。 「いいか、アンドロイドは機械だ。アンドロイドと戦うのは、ふつうの有機生命体と戦うのとはわけが違う。ゼノビア人のスタンガンはアンドロイドに対してはまったく効果がない。まったくだ[#「まったくだ」に傍点]」 「それはたしかに問題ですわ」ブリックがうなずいた。ブリックにはスタンガンで撃たれた経験がある。中隊員の中では、スタンガンでの長距離射撃のエキスパートの一人だ。ブリックは不意に眉をひそめた。「でも、ここにアンドロイド反乱軍が現われればの話でしょう? なぜ、連中がここに現われるとわかるんですか、軍曹?」 「そうだな、おれのように軍隊生活が長いと、勘ってものが働くのさ」ハリーは椅子にもたれて、銃剣をさや[#「さや」に傍点]におさめた。「この惑星で暮らすゼノビア人は、スタンガンを誰よりも長く使用してきた。そうだろ?」 「ええ、そうです」と、ブリック。ほかのメンバーもうなずいた。なるほど、納得できる気がする。  チョコレート・ハリーは左手の指を広げ、指を折って数えながら自分の主張を話しはじめた。 「なのに、ゼノビア人はおれたちをここへ呼んだ。それはつまり、自分たちに太刀打《たちうち》ちできない敵を見つけたからだ。そうだろ?」 「ええ、そういうことになりますね」と、ストリート。懸命に理解しようと難しい顔をしている。 「じゃあ、ゼノビア人がスタンガンで太刀打ちできない敵とは、どんな敵だ?」ハリーは集まった五人の顔を見まわした。「アンドロイドさ!」  ハリーはそう言って大腿をぴしゃりと叩いた。 「たしかに軍曹の話は筋が通ってるっす」と、ダブル・|X《クロス》。 「筋が通ってるのは当たり前さ」こうなると、もう、完全にハリーのペースだ。「ゼノビア人がおれたちをここに招いたのは、アンドロイドに侵略されそうになったからだ――これはまぎれもない[#「まぎれもない」に傍点]事実だ。スタンガンは役に立たない――だから、オメガ中隊に白羽の矢が立ったってわけだ。その敵が誰かはもうわかるだろ?」  ハリーは、自分を取り囲む中隊員たちの不安げな顔を見まわした。五人ともハリーの言葉に聞き入っている。 「おれならきっと、アンドロイドから見えなくなる迷彩服でしっかり身を固め、従来の武器を使った訓練に励《はげ》むだろうな。なにしろ、いざ戦いが始まれば、それを阻止するのはおまえたちの役目なんだ。そうだろ?」 「そうに違いないっす、軍曹」と、ストリート。「いいお話を聞かせてもらってありがとうっす」  ストリートはゆっくりと後ずさりし、ほかの四人もつづいてハリーから離れはじめた。 「迷彩服がもっと必要になったら、いつでもおれのところへ来い」と、ハリー。必死に笑いをこらえている。この申し出に反論する者はいない。だが、みな、納得していないのは明らかだ。こうとなったら、あとはこの新しい噂が広まるのを待つしかない。ハリーはライダー雑誌を手に取り、読みかけていた記事を探しはじめた。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五四〇[#「執事日誌ファイル 五四〇」はゴシック体]  ご主人様とわたくしがゼノビアの首都のコーグ第一総統たちを訪問しているとき、同時に、オメガ中隊の基地にも代表団が派遣されてきた。もちろん、その代表団を率《ひき》いるのは、わたくしたち地球人とオメガ中隊にいちばん馴染《なじ》みのあるゼノビア人――そう、クァル航宙大尉だ。ご主人様は、このおかげでエイリアンに立ち向かうときに、いちばん頼りになりそうなクァル航宙大尉の協力を得ることができなくなってしまった――少なくとも、わたくしにはそう思えた。ご主人様はこの状況に少しも疑うべきところはないとおっしゃったが、わたくしには、どうしても「人質の交換」という言葉を頭から振り払うことができなかった。 [#ここで字下げ終わり] 「ストロングアーム中尉、惑星ゼノビアにようこそ!」  アームストロング中尉は、翻訳器を通した声に驚いたが、振り返って、相手の顔を見る前に誰の声か気づいた。 「クァル航宙大尉!」アームストロングは思わず、顔をほころばせた。小柄なゼノビア人のクァルは、ローレライ宇宙ステーションでも、惑星ランドールでも、オメガ中隊の軍事アドバイザーを務めた。最初のうちこそ中隊員たちから不信感を抱《いだ》かれたが、今では中隊の士官からも下士官からも好感を持たれている。クァルはゼノビア製のホバーカーから降りた。クァルにつづいて、ゼノビア軍の制服を着た二人がドアから姿を現わした。 「オメガ中隊の基地にようこそ」と、アームストロング中尉。 「ずいぶん立派な本拠地《ステーション》だな、中尉」クァルはオメガ中隊の基地全体を見わたして、力強くうなずいた。「地球人の工夫力には、つくづく感心する。わしがここへ来たのは、きみたちの任務についてブリーフィングするためだ。ちょうど今、ピエロ中隊長もゼノビアの首脳陣からブリーフィングを受けておるところだ」 「なるほど」と、アームストロング。まもなくクァルが到着することだけは事前に知らされていた。「基地を案内しましょうか? それとも、その前になさることがおありですか?」 「まずは部下たちに、わしらの寝泊まりする宿営所を設営させよう」  クァルの指さすほうを見ると、二人のゼノビア人兵士がホバーカーから大きな塊《かたまり》を降ろしていた。その塊は、オメガ中隊の防衛境界線のすぐ外側に置かれた。クァルはそちらを向いて二人の兵士に指示を出し、二人の兵士はゼノビア語で答えた。やがてクァルはうなずき、アームストロングに向きなおった。 「これで準備はできた。ホバーカーのすぐ近くに宿営所を設営してホバーカーからエネルギーを供給すれば、きみたちのエネルギー供給装置を頼らずにすむ。さあて、そろそろブリーフィングを始めようか」 「わかりました。フール中隊長が不在のあいだはレンブラント中尉が指揮をとります。レンブラント中尉にも出席してもらいましょう」と、アームストロング。「レンブラント中尉は軍曹たちにも説明を聞かせたほうがいいと言うかもしれません。本部へ行って探してみます」  アームストロングの案内で速成基地へ向かうあいだ、クァルは顔見知りの中隊員たちに手を振った。  本部では、レンブラント中尉とアームストロング中尉とブランデー曹長――オメガ中隊の最高幹部――がクァルを迎えた。フールから目に見えない侵略者の調査を任されたスシとドゥーワップも、ブリーフィングに加わった。  簡単な顔合わせがすむと、クァルはいきなり要点に入った。 「わしがここに来たのは、きみたちが〈姿なき敵〉に対抗するために、どんな情報を必要としているかを知るためだ」 「〈姿なき敵〉?」スシは眉をつり上げた。「ああ、例の侵略者のことですね。中隊長から少し話を聞きました。われわれがその解明に取り組んでいるところですが、まだ基本的な説明しか聞いていません。われわれが本当に知りたいのは、どうやってそのエイリアンが見つからずにいるかということです」 「そう、まったくそのとおり」と、クァル。「すごい軍事機密が隠されているに違いない。ゼノビア軍も宇宙軍も知りたいのはまさにそこだ」 「まったくですわ」と、レンブラント。「何か手がかりはつかめたの、スシ?」 「実は難航していましてね」と、スシ。「論理的に考えると、今の科学では容易に説明がつかないんです。光が何の影響も受けずに通り抜けられて、生きている肉体の分子構造を変えることは不可能です――光も影響を受けず、肉体も生きつづけるなんて無理な話ですよ」 「ひょっとしたらその論理が間違っているのかもしれない」と、アームストロング。コンピューター用のペンを指でいじくっている。抽象的な話には我慢できない性質《たち》だ。 「そうかもしれません」スシは肩をすくめた。「しかし、分子構造の話は問題の一つに過ぎません。現実にはいくつもの科学原則に反して姿を隠すことに成功しています。不可能がこれだけ重なるのは、妙です。最初の前提が何らかの形で間違っているのかもしれません」 「ほっほう、スシ、きみの考えはわかった」クァルは一瞬、見事な牙《きば》を見せて、大きく口を開いた。「だが、われわれはやみくもに行動しているわけじゃない。〈姿なき敵〉の信号と同じものを慎重に作り出し、われわれの軍隊の存在はぎりぎりまで隠した。だが、信号が発信されたと思《おぼ》しき場所を徹底的に調査しても、何もわからなかった。こうして確信を持って話すのは、わしも調査に当たった一人だからだ」 「そうですね、あなたがたゼノビア人は見つけられるものを、すべて見つけたに違いありませんもの」と、レンブラント。「スシの言うこともわかるけど、ゼノビア人がこの点をきちんと把握していることは確かだと思うわ」 「わたしも、充分に調査したというクァル航宙大尉の言葉を信じましょう」と、スシ。「ただ疑問なのは、ゼノビア人の結論です。われわれ宇宙連邦は、カムフラージュや探知されるのを防ぐ技術をいろいろ持っています。その目に見えない侵略者がわれわれの軍隊よりも進歩した技術を持っている可能性はないと、どうして言い切れるんですか?」 「そうね、そのとおりだわ」と、レンブラント。「でも、ゼノビア人は周波数を見つけただけで〈姿なき敵〉の信号をいとも簡単にキャッチできたのよ。つまり、連中の技術は知れてるってことだわ。だって、探知されるのを防ぐ技術を使った信号なら、一般的な雑音と区別できないはずだもの」 「たしかに」と、クァル。「だが、われわれが〈姿なき敵〉の居場所を見つけられないのは、少なくともその点だけでは、われわれよりも連中のほうがすぐれているという明白な証拠だ。連中を過小評価するのは間違っておる」 「そう、わたしもそのことを心配している」と、アームストロング。「侵略をしかけてきた相手を過小評価するのは絶対にいいことではない」 「ピエロ大尉ならきっと、われわれゼノビア人が〈姿なき敵〉を敵視しすぎだと言うだろう」と、クァル。「だが、連中の信号からわかるように、連中がすでにわれわれの惑星に潜伏し、居留地に適した場所を探していることは明らかだ。それなのに、連中はわれわれと接触しようとはせず、連中と同じ周波数の信号を送っても応えようとしない。返事がなければ、われわれは連中に敵意があると結論するしかない」 「そうね。残念だけど、そう結論するしかなさそうだわ」と、レンブラント。「つまり現時点での問題は、わたしたちは次にどう行動すべきかってことね」  レンブラントは部屋に集まった全員を見まわした。だが、答えを出せる者は誰もいない。 「本当にあのイカサマ・コンビにこの問題を調査する自由裁量権をお与えになるおつもりですか、ご主人様?」と、ビーカー。はっきりと、不満が顔に表われている。 「もちろんだ。ダメかい?」と、フール。当惑した表情だ。「ゼノビア人は精鋭部隊に従来のやりかただけで問題を解決させようとしている。だから、ぼくたちは従来とは違ったやりかたでアプローチしたほうがいい。スシは中隊で誰よりもコンピューターに詳しいし、ドゥーワップはイカサマの名人だ。おそらく、あの二人ならうまくやってくれる――もし失敗しても、これでしばらくは、あの二人をトラブルから遠ざけることができる」 「エイリアンが目に見えないのは一種のトリックだとお考えなのですね?」と、ビーカー。「本質的に備わった性質だとは考えられませんか?」 「もともとカムフラージュする性質を持っているということかい?」フールは考えこんで顎《あご》をなでた。「たしかに、その可能性はある。周囲の風景に溶けこんで姿が見えにくい種族はたくさん存在するからな。だが、今は電子監視装置を使った上での話をしてるんだ。目の錯覚を利用したゴマカシとはわけが違う。それに、別の惑星から来た種族なら、自分たちの故郷の惑星の景色に溶けこむように進化しているはずだ。侵略した惑星の景色に溶けこむとは思えない」  ビーカーは両手の指先を合わせて考えこんだ。 「今のご発言は、生命体を擁《よう》する惑星の環境が似かよっているという事実を無視していらっしゃいます、ご主人様。惑星ゼノビアの土を形成する無機物は、今まで訪れた惑星のものとは成分が異なるにしても、きわめて似ております。地球の――あるいはそのほか十あまりの惑星の――砂漠に棲息する生物は、ここゼノビアの首都まで飛んでくるときに横切った乾燥地の生物と非常に似ていると思われます。湿地に棲息する生物は、その土地の泥の色に似るのではないかと推測いたします」 「平行進化だな」と、フールはうなずいた「たしかに科学者は、そういう例を山ほど発見した。だが一方で、ある惑星の生命体には常に独自性が見られるものだ。タスク・アニニの顔は地球のイボイノシシに似ているが、親指とほかの指が向き合わせになっている点や、二本足で直立した姿勢である点や――」 「ご主人様、わたくしが今お話ししているのは、地球上の生物に『特徴の平行性』が見られるということです」ビーカーは動じない表情で言った。  フールは片手を上げ、人差し指を突き立てた。 「シンシア人は――」 「わかっております、ご主人様」ビーカーはフールの言葉を遮《さえぎ》った。「こうやって例と反例を出し合って、まる一日つぶすのは簡単です。しかし、いくらこんなことをつづけても、わたくしの主張が正しいか否かは証明されません。わたくしが申し上げたいのはただ、一つの惑星に順応する生命体がほかの惑星に順応しないとは必ずしも言えない、ということです。われわれ地球人がどれだけたくさんの惑星に入植したか、お考えになってみてください。わたくしがもともと申し上げたかったのは、つまりこういうことなのです、ご主人様。スシとドゥーワップは探知を防ぐ高度な技術だけに頼らずに、解決法を模索すべきです」 「ドゥーワップはきっと『|高度な技術《ハイテク》』ならぬ『|次元の低い手法《ローテク》』を見つけてくれるさ」と、フール。「次元が低ければ低いほど、やつはとんでもない方法を考えつくに――」 「そのとおりです」と、ビーカー。相変わらず平然としている。  フールは顔をしかめた。 「わかってるよ、ビーカー。おまえがそういった[#「そういった」に傍点]態度を取るときは、きまって……」フールはビーカーに指を突きつけた。「ぼくが愚かなことをしていると思うときだ。そのくせ、それをやめさせるのが自分の役目だと思ってはいない。ぼくが愚かなことに全力を尽くすのに知らん顔しておいて、あとで『だからわたくしが申し上げたではありませんか』とすました顔で言う。ぼくを陰であやつって、やるべきだと思っていることをおまえの考えだとわからないようにして、ぼくにやらせようとする。どうだい、図星《ずぼし》じゃないか?」 「わたくしは、自分ではそのような言いかたをするつもりはございません、ご主人様」 「おまえがどんな言いかたを好むかは問題じゃない」と、フール。「われわれは今、特別な状況に置かれている。これは軍事作戦だ。面目を気にしてる場合じゃない。もし知る必要のあることなら、実際に問題にぶち当たる前に知っておいたほうがいい。さあ、言ってくれ、ビーカー」  ビーカーは、ぴんと背筋を伸ばした。 「ご主人様、これまでにも何度も申し上げたとおり、わたくしは軍事的な問題について専門的なことはわかりませんし、特別な関心もありません」 「そんなことはどうでもいい」と、フール。とげとげしい口調だ。「さあ、話してくれ。おまえは何かを隠している――それが何か知りたいんだ」  ビーカーは身体の後ろで両手を組んだ。 「よろしいでしょう、ご主人様。どこか完全に二人きりで話のできる場所はありませんか?」 「ここじゃダメなのか?」フールは、ゼノビアの首都に滞在するあいだ使うよう提供された部屋を見まわした。次の瞬間、フールの顔がパッと輝いた。「ははん、なるほど、そういうことか。たしかに、どこか別の場所を見つけたほうがよさそうだ。少し散歩しようか」  フールとビーカーは、ひょいと身をかがめてドアをくぐり抜けた。ここのドアは、平均的な地球人の背丈の半分強しかないゼノビア人に合わせて造られている。フールたちは廊下を進み、通りに出る出口へ向かった。制服姿のゼノビア人兵士――制服の色から判断すると〈泥地偵察隊〉の一員だ――が廊下を見張っている。兵士は立ち上がって、シューシューいう声を発した。フールはこんなときのために翻訳器を携帯している。ゼノビア人兵士が言葉を発するとほぼ同時に、機械的な声が響いた。 「こんにちは、大尉! 何かご用はありませんか?」 「ありがとう。今は、けっこうだ」と、フール。「食事の前に、執事と一緒《いっしょ》に軽く身体を動かしてくる。しばらく通りを散歩して、あまり遅くならないうちに戻るつもりだ」 「それは、安全とは一手えませんね」と、ゼノビア人兵士。「あなたがたが危険な目に遭《あ》われないよう、わたくしがお供いたします」 「では、頼むとしよう」と、フール。いかめしい口調だ。フールはビーカーに顔を向けて、眉をつり上げた。  ビーカーは肩をすくめた。 「心配したとおりですな。しかし、この問題を乗り切る方法が何かあるかもしれません」 「まずは、翻訳器のスイッチを切ることにしよう」フールはベルトに手を伸ばして、スイッチを切った。「こうしておけば、ぼくたちが何を話しているか知るためには、会話を録音してあとから翻訳器にかけるしかないはずだ」 「必ずそうするでしょうな。しかし、その作業をちょっと複雑にする方法があるかもしれませんぞ」と、ビーカー。唇の端にかすかな笑みを浮かべている。「タヌキ語はいかがでしょう? コレナタラ ホンタヤクキデタハ カイドタクフタカノウデタショウ?[#ここから割り注](「タ抜き」にすると「これなら翻訳器では解読不可能でしょう?」になる)[#ここまで割り注]」 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五四二[#「執事日誌ファイル 五四二」はゴシック体]  二人だけの秘密の会話の方法をいったん考えつけば、わたくしの懸念をご主人様に伝えるのは簡単だ。われわれについてきたゼノビア人兵士の表情から判断すると、翻訳器を通したわれわれの会話はまったく意味不明だったようである。しかし、ゼノビア人たちがそのからくり[#「からくり」に傍点]を見破るのは時間の問題だろう。とは言え、しばらくはご主人様とわたくしだけで内緒話ができそうだ。  ご主人様は、わたくしの現状評価に全面的には賛成なきらなかったものの、スシとドゥーワップの両人がわたくしの疑念を一応は考慮したほうがいいということだけは賛成してくださった。当面は、ゼノビアで想像を絶することが起ころうとしているという確かな証拠をつかまないかぎり、これで満足すべきであろう。 しかしわたくしには確固たる予感があった――オメガ中隊のみんなのところへ戻りさえすれば、ゼノビアの直面している問題と、その問題を解決すべき中隊の役割がはっきりと見えてくるはずだと――。  やがて、現実にことが起こってみると、その予感はほぼ的中した。 [#ここで字下げ終わり]  マハトマは、速成基地の風よけの最後のボルトを締め終えて、ほっとひと息ついた。何気《なにげ》なく周囲の景色を見わたしたとき、空の明るい物体が目に入った。動きから判断すると、答えは一つしかない。使っていたレンチを道具入れの所定の位置に慎重に戻すと――マハトマは道具にきっちりと敬意を払い、扱いが非常に丁寧だ。上官に対する態度とは、ずいぶん違う――誰かに知らせようと駆けだした。  着陸したシャトルの傾斜路《ランプ》を降りた辺《あた》りで、マハトマは補給品の在庫調べをしているチョコレート・ハリーを見つけた。 「軍曹」と、マハトマ。「航宙船が近くに着陸しそうです」 「航宙船だと?」ハリーはマハトマの顔を見つめてから、マハトマが指さす空に輝く物体を認めた――先ほどよりも明らかに高度を下げており、まぎれもなく人工的なものであることを示す動きを見せている。「ああ、ありゃ間違いなく航宙船だ。おれの目が節穴《ふしあな》じゃなけりゃな」ハリーはマハトマの腕輪通信器を指さして注意した。「なぜ、そいつを使わない? マザーに報告して全員に連絡してもらったらどうなんだ?」 「あれがたしかに航宙船だと保証してくれる人物をまず見つけるのが大切だと思ったんです」と、マハトマ。「ブランデー曹長に報告しても、まず疑いの表情を浮かべるでしょう。ブランデー曹長が状況を尋ねるようになったのはいいことですが、今回のような場合は、まず、中隊が状況に応じた行動を取るべきでしょう――その意味を質問するのは後回しです」 「なるほど」と、ハリー。その言葉とは裏腹に、まったく納得していない表情だ。ハリーは片腕を上げて腕輪通信器を作動させた。「マザー、東から未確認の航宙船が接近しているのを見つけた。どうやら中隊の基地の近くに着陸しそうだ。至急、幹部士官に伝えてくれ。着陸予想時刻は五分後だ。敵か味方かはわからないが、いざという場合に備えたほうがいいだろう」 「了解しました、マッチョ軍曹さん」マザーの声にかすかに雑音が混ざっている――局地的な干渉波に違いない。「もし、その航宙船が攻撃をしかけてきた場合、そこに身を隠せる場所はあるのかしら?」 「おいおい、敵が銃だけ[#「だけ」に傍点]しか持ってないと思ってるのか?」と、ハリー。だが、マザーからの通信はすでに切れていた。すぐに幹部士官に連絡がゆきわたるだろう。ハリーはもう一度、目を細めて空をにらみ、どんどん近づいてくる航宙船の身元を判別できる特徴を探した。 「こんなにまぶしくちゃ何も見えやしない」 「われわれはいま何をすべきなんでしょう、軍曹?」と、マハトマ。 「おまえ[#「おまえ」に傍点]がいま何をすべきかという指示は出やしない――誰かが何かやれと言うまでは自分で何をするか決めろ」と、ハリー。 「だから、わたしはいま軍曹に質問してるんです[#「質問してるんです」に傍点]」と、マハトマ。「なのに、軍曹はきちんと答えてくださいません」  ハリーはマハトマに向きなおって、にらみをきかせた。大柄で肌の黒いチョコレート・ハリー軍曹のしかめっ面《つら》は、半径数メートル以内の硬い鎧《よろい》をもへこませるという噂だ。だが、マハトマは脅《おど》しに乗らず、いつものニヤニヤ笑いを浮かべつづけている。やがてハリーは肩をすくめた。 「いいか、おれだっておまえと同じ立場なんだ。誰かにほかのことをしろと命じられないかぎり、補給品の在庫チェックをするしかないんだ。そうだな、おまえは――」  だが、ハリーの言葉はそこでかき消され、二人の腕輪通信器が同時に鳴り響いた。 「全隊員に警告!」マザーの声だ。「正体不明の航宙船が基地に接近中。総員、戦闘配置についてください。繰り返します。総員、戦闘配置についてください。これは訓練ではありません」 「よっしゃ。な、聞いたろ?」と、ハリー。「さあ、とっとと準備しようぜ!」  ハリーは在庫をチェックしていたバッテリー・パックのパレットの横にクリップボードを置くと、巨体に似合わぬ驚くべき素早さでその場を離れた。 「今のは面白い言いまわしですね」と、マハトマ。だが、ハリーはすでにかなたへ消え、もう声は届かない。話し相手を失ったマハトマは、自分の持ち場へ向かいながら考えた。持ち場へ行けば、また誰か――たぶんブランデー曹長――が質問に答えてくれるはずだ。  ひょっとしたら、これで宇宙軍に入隊した日からずっと疑問に感じていた『この訓練になんの意味があるのか』という疑問に答えが見つかるかもしれない。  思ったよりずっと早かったわね――ブランデーは思わず感心した。何カ月も訓練した甲斐《かい》があったようだ。本物の非常事態のように、オメガ中隊は任務も持ち場も今までと完全に違った新しい環境に放りこまれた。それにしては、上等だわ。  ブランデーは所定の位置についた中隊員を見まわしてニッコリと微笑《ほほえ》んだ。たしかに、ドジな中隊員は何人もいた――誰もが、そのことを認めている。いつも必ず誰かがトイレかシャワーを使っているか、あるいは別の理由で、『急げ!』と号令がかかっても準備できない。ブリックとストリートはここ数週間ずっと同時に持ち場に到着し、しかも二人とも裸に制服をひっかけたような格好であるため、みんなの冷《ひ》やかしの的になっている。スーパー・ナットは尻もちをついて、もう少しで医務室に送られるところだった――タスク・アニニがちょこっと押してくれたおかげで、重たい角材に頭を直撃されるのをかろうじて免《まぬが》れた。だが、今は全員が持ち場につき、一応は攻撃に備えている。あとはただこのまま待機して、相手の動きを見守るだけだ。だが、『言うは易《やす》く行《おこ》なうは難《かた》し』だ。  身元不明の航宙船は、明らかにこの基地に着陸するコースを取っていた。今や疑いの余地はない。マザーがここ数分のあいだ呼びかけ通信をおこなっているが、明らかに局地的な干渉波が強まってきた。こちらの信号が相手に届いているのかどうかもわからない。トランスポンダー[#ここから割り注](受信した信号に自動的に信号を送り返すレーダー送受信機)[#ここまで割り注]の信号によると、侵入してくる航宙船は宇宙連邦の標準タイプの輸送船らしい。もっとも、賢い敵ならその程度の見せかけは簡単にできる。一番いいのは、どんな問題が起こっても対処できるように準備しておくことだ。まともな問題に対しては準備できていることを祈るだけだわ――ブランデーは思った。このメンバーが問題に対処できるかどうかは――そうね、わたしがやってきたことにかかっているんじゃないかしら。  航宙船はぐんと高度を下げ、スピードを緩《ゆる》めた。相手が敵意をもった行動に出た場合は兵器を向けるべきだということは、ブランデーにもわかっていた。だが、もしトランスポンダーの表示が正しければ、このタイプの航宙船は兵器を備えていない――防衛手段もないはずだ。だが、だからといって、応急用に装備された武器やニセの信号を絶対に使わないという保証はない。ブランデーは片腕を上げ、腕輪通信器に話しかけた。 「航宙船から何か応答はあったの、マザー?」 「何もないわ、ブランデー」と、通信センターのマザー。「よっぽど干渉波がひどいか、よからぬことを企《たくら》んでいるかのどちらかね」  そのとき、通信器のスピーカーから雑音まじりの別の声が響いた。フールが不在のあいだ指揮官《CO》を務めているレンブラント中尉だ。 「ブランデー、あなたの分隊の隊員は全員が配置についたの?」 「ええ、中尉。全員、用意はばっちりよ。合図があれば、あの航宙船をこっぱみじんにしてみせるわ」 「そんな[#「そんな」に傍点]命令は出さずにすむことを祈るわ」と、レンブラント。声は落ち着いているが、ブランデーはいつにない熱気を感じた。  宇宙軍に入隊して以来、いよいよ戦いに臨むかもしれないときが来た。なんらかの感情がこみあげてくるのは無理もない。中隊員全員がこの瞬間《とき》を待ち望み、訓練を積み、いつかこの日が来るかもしれないと覚悟してきた。それにしても、防衛境界線で攻撃の合図をじっと待つのは、なんとも落ち着かない気分だ。 「航宙船が着陸します」ブランデーの前方で、防衛境界線にいる中隊員の声が上がった。本当だわ。航宙船はさらに減速し、着実に高度を下げ、パワーを落として着陸態勢に入っている。撃ち落とすなら、今がチャンスだわ。着陸してしまえば、どんな行動に出るか予測できないもの。どこから来た何者か、はっきり名乗ってくれればいいのに……。相手が名乗らなければ、あとはレンブラントからの合図を待つだけだ――あるいは、いきなりあの船が敵意を剥《む》き出しにした行動に出るかだ。もし敵が攻撃をしかけてきたら、こちらが何をやってもすでに手遅れかもしれない。ブランデーはぐっと奥歯に力を入れた。航宙船は降下をつづけている。 「まだ船からの応答はないわ」腕輪通信器からレンブラントの声がした。「ひょっとしたら通信装置の調子が悪いだけかもしれないし、何かもくろみがあるのかもしれない。高《たか》をくくるのは危険よ、ブランデー。相手が攻撃と思われる行動に出た場合は、わたしからの命令を待たずに自分たちの身を守ってちょうだい。いいわね?」 「わかったわ、中尉さん[#「中尉さん」に傍点]」ブランデーは振り向いて、自分の分隊に大声で呼びかけた。 「いいわね、みんな。あの航宙船が着陸したら、すぐに出口に狙いを定め、動くものがあればいつでも撃ち殺せるよう構えるのよ。わたしが合図するまでは撃っちゃダメ。でも、合図したら標的を狙《ねら》って撃ってちょうだい」 「曹長?」と、マハトマの声。そう遠くないところからだ。「質問があります」 「今は質問の時間じゃないわ」ブランデーは怒鳴《どな》った。「所定の位置について、標的を狙って構え! あとは、わたしの合図を待つこと。さあ、急いで!」  中隊員の列にピリピリした緊張感が走った。五百メートルも離れていない開けた場所に航宙船が着陸し、砂埃《すなぼこり》が舞い上がった。ブランデーは思わず唸《うな》った。砂埃のせいで、何が起ころうとしているのかよく見えない。船に乗っている連中が、この隙《すき》を狙おうなんて考えなきゃいいけど……。 「そのまま待機して」ブランデーは腕輪通信器に小声で言った。航宙船は今や完全に地面に降り立った。  もうもうとした砂埃の向こうで出入口《ハッチ》が開くのが見えた。ブランデーはもっと細部を見ようと、立体双眼鏡を目に当てた。この出入口《ハッチ》はおとり[#「おとり」に傍点]かもしれない。敵勢の大半は船の向こう側から降りているのかも……。航宙船の内部で何か動きはあるのかしら? 砂埃の向こう側の様子に目を凝《こ》らしながら、ブランデーはどう決断すべきか迷った。何かが出入口《ハッチ》から姿を現わした。下に伸びたタラップを降りてくる。男っぽい姿で、大きさは地球人男性くらいだ。 「ブリック、スレイヤー、マハトマ、出入口《ハッチ》に狙いを定めて!」ブランデーが命じた三人は、この分隊内の射撃の名手だ。「残りは全員、船の裏側から誰か出てこないか見張ってちょうだい」  航宙船から現われた人影はすでに地上に降り立ち、確実に中隊の基地を目指して歩いてくる。もう一つ、やはり黒い服を着た影がつづいて出入口《ハッチ》から現われた。 「標的に狙いを定めて。でも、まだ撃っちゃダメよ」と、ブランデー。やっと砂埃が静まり、二つの姿がはっきりと見えてきた。 「まあ、なんてこと? 全員、銃を降ろして! 二人とも、宇宙軍の制服を着ているわ」  こんなところに宇宙軍の士官がやってくるなんて、いったい何者かしら? 二人が宇宙軍の士官であることは間違いない――特別便でこんなところへ来るぐらいだもの。ブランデーは二人が近づいてくるのを待った。しっかりした足取りで基地に向かってくる。後ろの小柄な人物は、ブリーフケース二つとコンピューター・バッグを運んでいる。さらに、開いた出入口《ハッチ》から荷物運搬ロボットが現われた。荷物が高々と積み上げられている。  二人の宇宙軍士官はまっすぐに突き進み、ついに防衛境界線まであと十歩ほどのところまでやってきた。前を歩いていた人物が立ち止まり、驚いているオメガ中隊の防衛陣を見つめた。 「どうやら一応は[#「一応は」に傍点]、宇宙軍の基地に見えるな」かん高い声だ。少し間をおいて、今度は明らかな怒鳴《どな》り声でこう付け加えた。「民間人をだますには充分な代物だ」  男はさらに前へ進んできた。  ブランデーは目の前にいる士官が誰なのかわからず、気をつけの姿勢で言った。 「立ち止まって、氏名と階級を明らかにしてください」  前を歩いている男は歩調を緩《ゆる》めもせず、歩きながら名乗った。 「ボチャップ少佐――宇宙軍、オメガ中隊の指揮官《CO》だ」  なおも近づいてくる。 「指揮官《CO》ですって?」ブランデーは驚いて口をあんぐり開《あ》けた。「少佐、オメガ中隊の指揮官《CO》はジェスター大尉です」 「たしかに前任者[#「前任者」に傍点]はジェスター大尉だ」と、ボチャップ少佐。これだけ近づくと、軽蔑を含んだ冷笑を浮かべているのがブランデーの目にもわかった。これで少佐ですって? なんて若いのかしら。ボチャップ少佐は中隊の列をじろじろとながめて、意地の悪い表情を浮かべた。 「オメガ中隊《ギャング》のろくでなし諸君、きみたちはこれまでずいぶん好き勝手をしてきたらしいな。だが、これからはわたしが新しい指揮官《CO》だ――ブリッツクリーク大将のご命令でな。わたしが必ず、この中隊を叩きなおしてみせる!」 [#改ページ]       9 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五四五[#「執事日誌ファイル 五四五」はゴシック体]  現代の通信手段の発達には、目を見はるものがある。人々は、いつでも自分のコンピューターをネットワークに接続して、数冊の参考書に匹敵《ひってき》する量の情報を即座に入手できるようになった。  また、ネットワークを介して通信をおこなえば、セールスマンは時《とき》を選ばず顧客に売りこみをかけることが可能だ。債権者は、債務者が食事中であろうと、人に会うには不都合な状況であろうと、おかまいなしに支払いを要求できる。しかも、相手の迷惑顔を見なくて済む若者たちは男女を問わず、とめどない会話を楽しめる――『会話』という単語が、『内容を伴《ともな》わない無意味な言葉のやりとり』を意味するならばの話だ。  こうした状況は、通信サービス業界においては喜ばしい。とくに、料金の安さだけを売り物にして貧困なサービス内容で営業をつづけてきた中小企業たちは、連合して経営基盤の強化をはかり、利用客の増加に嬉《うれ》しい悲鳴を上げている。株主の笑いは止まらないはずだ。だが、通信手段の発達が『必ずしも喜ばしいものとは限らない』と考える者もいる。  不思議なことに、この文明社会に生きる我々《われわれ》は、ふだん使いなれている機器類に小さな不調が生じただけで欲求不満をおぼえる。とくに、ゼノビア星の原野で予想外の事態に巻きこまれ、使いなれた機器類が正常に作動しない場合に感じる欲求不満は、強烈だ。 [#ここで字下げ終わり] 『ボチャップ少佐がゼノビア星に到着した』という知らせは、まるで炎が一瞬にして野原を焼きつくすかのように、たちまちオメガ中隊員たちの間《あいだ》に広まった。フールに代わってオメガ中隊長に着任したボチャップは、我《わ》がもの顔でフールのオフィスに陣《じん》どった。そしてアームストロングとレンブラントを招集し、ボチャップ少佐の副官であるスナイプ少尉をまじえて、非公開の幹部会議をひらいた。  会議に招集されなかったブランデーは、気の重い役目を与えられた。宇宙軍司令部が発令した新しい人事をフールに伝える役目だ。ブランデーは新しい人事の裏に隠された宇宙軍司令部の思惑《おもわく》を見ぬいていた。落ちこぼれ集団と呼ばれていたオメガ中隊に革命を起こし、宇宙軍で随一の集団に作り変えたフールを、宇宙軍司令部は目の敵《かたき》にしている。ボチャップ少佐は、宇宙軍司令部がフールを破滅に追いおとすために送りこんだ新たな刺客《しかく》だ。  いつものように、通信センターには早々《はやばや》とボチャップ着任の知らせが届いていた。あらゆる通信を受信して情報を入手し、その情報を最《もっと》も必要としている者に伝えることが、通信兵マザーの任務だ。  ブランデーは通信センターに近づいた。さまざまな通信機器がひしめきあうセンターの中で、すでにマザーはフールに連絡をとろうとしている最中《さいちゅう》だ。タスク・アニニは部屋の片隅にあるデスクの後ろに立ち、マザーの肩ごしに通信コンソールを見つめている。いつになく深刻な表情だ。ブランデーはサッとドアを開《あ》けて通信センターの中に入った。 「あなたたち二人とも、いまの状況をよく心得ているようね」  ブランデーはメイン通信コンソールに近づいて、マザーに話しかけた。 「もう中隊長に連絡はついた? 今回の人事を、中隊長はどう考えていらっしゃるの?」 「$%&=#*」  マザーは聞きとれないほどの小声でつぶやき、通信コンソールの向こうにかがみこんだ。通信装置を通して聞く人の声には軽妙に応答できるマザーだが、急に目の前に現われた生身《なまみ》の人間に対しては、うまく話すことができない。 「あら、忘れてたわ。ごめんなさい、マザー。でも、これは最優先事項なのよ。タスク・アニニ、説明してちょうだい。どういう状況なの?」と、ブランデー。 「状況もなにも、ない。聞こえるのは、雑音だけ。たぶん、ひどい砂嵐、起こってる。マザーは何回も中隊長に呼びかけた。でも、中隊長に聞こえたかどうか、わからない」と、タスク・アニニ。  その言葉を証明するかのように、スピーカーからザーッという耳ざわりな雑音が聞こえる。 「これはひどいわね」ブランデーは少し考えてから言った。「ゼノビア軍の専用周波数を使って中隊長に呼びかけたら、どうかしら? ゼノビア軍は正体不明のエイリアンに悩まされて、わたしたちオメガ中隊に協力を求めたわ。オメガ中隊に問題が起これば、ゼノビア軍が協力してくれて当然よ。少なくとも、こちらからゼノビア軍の基地に連絡をとって、中隊長あての通信を中継してくれるかどうか訊《き》いてみるぐらいのことは、してもかまわないと思うわ」 「それ、よい考え。もうマザー、ゼノビア軍に頼んで、中継してもらった。でも、状況、よくならない。説明すること、これだけ」 「そう。事実は事実だから、しかたがないわね」ブランデーはそばにあった椅子に歩みより、腰をおろした。「わたしはボチャップ少佐に呼び出しを受けるまで、ここで時間をつぶさせてもらうわ。明日も、とくに用事がなければ、ここにいることにするわ。中隊長には呼びかけをつづけてちょうだい。いいわね、マザー? 中隊長から一言でも連絡が入ったら、すぐに知らせて。もしかしたら、中隊長はこちらの呼びかけにお気づきなのに、なにかの事情で応答できないのかもしれないわ。でも少なくとも、中隊長がお戻りになる前に、こちらの状況をお知らせするべきよ」 「&+*@¥*%」  マザーは聞きとれないほどの小声でつぶやいて、通信コンソールに戻り、いくつものダイヤルを少しずつ回しながら周波数を調整し、ときおりマイクに向かってフールに呼びかけた。スピーカーから聞こえる雑音は、高くなったり低くなったりしながらも、とぎれない。雑音に混じって、なにか意味を持つ信号らしきものが聞こえることもあるが、それ以上の気配は感じられない。ブランデーたちの表情は暗くなった。だが、マザーは呼びかけをやめなかった。  数時間後、ボチャップ少佐からブランデーに通信が入った。 「明日の朝、オメガ中隊員全員の一斉点検を実施する」と、ボチャップ。 「了解!」ブランデーは返答して通信を切り、マザーとタスク・アニニを振り返った。「しかたがないわ。命令は命令よ。わたしは明日の朝に備《そな》えて、少し眠るわ。睡眠不足で中隊員たちの前に立ったら、わたしの株価はたちまち暴落して、砂を入れたバケツと同じになってしまうもの。とにかく、呼びかけはつづけてちょうだい。中隊長から連絡があったら、すぐに知らせて。いいわね?」 「¥*@%&〉$#」  やはりマザーの返事は聞きとれない。  タスク・アニニが言い添えた。 「ブランデー曹長、心配いらない。連絡あったら、すぐに知らせる。さあ、休んで」  ブランデーは部屋に戻ってベッドに横たわり、枕に頭をつけた――ふと気づくと、目覚し時計が鳴っていた。さっき眠ったと思ったら、もう朝だわ! ブランデーは驚いて飛びおき、身支度《みじたく》を整えた。  そうだ。わたしは中隊長からの連絡を待ってたのよ! ブランデーは慌《あわ》てて部屋を出ようとして、ベッドの脚につまずいた。その勢いで、ベッドは元の位置から五十センチも動いた。 『朝、六時に全員集合して一斉点検を実施する』という習慣をオメガ中隊員たちに徹底させようとしても、すぐ挫折するのは目に見えている。フールは中隊長に着任した当初から、軍隊の伝統的な習慣をオメガ中隊に持ちこむことに強い関心を持たなかった。今でも副官や下士官たちは、フールの寛大なやりかたを全面的に支持している。[#。 追加]  アームストロングやマスタッシュといった一部の中隊員は身だしなみに気を使い、軍事教練の形式や宇宙軍の伝統を守ることに強い関心がある。だが、自分たちの考えかたが少数派であり、ほかの中隊員たちに自分たちの考えかたを押しつけるべきでないことをよく知っていた。[#。 追加]  いっぽうボチャップは、まったく正反対の方針を打ちだした。集合した中隊員たちの前で、『今までのオメガ中隊のイメージを一刻も早く消しさり、オメガ中隊に宇宙軍の伝統を植えつける』と宣言した。そして、中隊員ひとりひとりの服装を事細《ことこま》かに点検しはじめた。 「ボタンがはずれているぞ!」 「どうした、その伸び放題の髪の毛は!?」 「前かがみになるな! まっすぐ背筋を伸ばせ!」  ボチャップは厳しい表情を浮かべた。まるで、花壇を荒らす害虫を見つけた庭師のような表情だ。しかも、恐ろしいほどの速さで次々と『害虫』を見つけ、隊員たちを激しく叱《しか》りとばしてゆく。  スナイプ少尉はボチャップの横を離れず、薄ら笑いを浮かべて、ボチャップが指摘することを一つ一つメモした。  とくにボチャップの怒りが集中したのは、入隊したばかりの新米兵士たちだ。ボチャップはロードキルの前に立ち、たっぷり二十分かけて説教した。 「おまえの髪型は軍人としてふさわしくない! この一斉点検が終わったら、すぐ床屋に行って髪を切れ! そのあと、わたしのオフィスに来い。髪型が服装規定に違反しているかどうか、わたしがこの目で確かめる!」 「あの……少佐殿――」 「口答えは許さん! 上官に命令を受けたら、素直に従《したが》え! 質問や命令拒否は、いっさい認めない! おまえのような服装をした宇宙軍兵士を見たのは初めてだ!  いや、おまえだけじゃない。この隊にはおかしな格好をした者が多すぎる! おい!  おまえの耳にぶらさがっているものは、いったい何だけ!?」 「少佐殿、これは自分が所属するクラブのイヤリングであります。お言葉を返すようですが――」 「わが宇宙軍の服装規定には、『イヤリングをつけろ』とは一言も書いてない!」  ボチャップはロードキルのイヤリングをつかみとろうと、手を伸ばした。スナイプはニヤニヤ笑っている。  すかさずロードキルは自分のイヤリングに手をやった。イヤリングを無理に引っ張られて、耳を痛めては、かなわない。ロードキルは自分でイヤリングをはずしにかかった。 「いま、イヤリングをはずします……」  ロードキルは、まるで怒りに満ちたボチャップをなだめるかのように、歯を見せて弱々しく笑った。  だが、さらにボチャップの怒声が飛んだ。 「おまえはイヤリングをどこから[#「どこから」に傍点]はずすんだ!?」 「耳から[#「耳から」に傍点]はずします。イヤリングは耳につけるものです。わざわざ『耳から』と申し上げなくても、おわかりになるはずです」 「『耳からはずします、少佐殿[#「少佐殿」に傍点]』と言え! ニヤニヤ笑うのはやめろ! おまえは上官に向かって話すときの礼儀を習ったことがないのか?」 「もちろん、習いました。しかし、イヤリングのことで上官から怒鳴りつけられたことはありません」  ロードキルはボチャップを見た。今や、ロードキルの顔に笑みはない。まるで、横暴な上官に戦いを挑《いど》もうとするかのような表情だ。 「でも、少佐殿が中隊に来る前は――」 「わたしが来る前に習ったことは、すべて忘れろ。今はわたしが中隊長だ。おまえは中隊長であるわたしの指揮に従って行動する。今から、ただちに始めろ。わかったか!?」 「わかりました、少佐殿。わたしが少佐殿に伺《うかが》いたかったのは、そのことです」  ロードキルは肩をすくめた。まるで軍人らしくない態度だ。 「勤務時間中に『アイスクリームを買ってこい』と命じられたら、やはり黙って従うべきなのですね? 少佐殿は、『そのような命令をくだす上官は非常識だ』とはお考えにならないのですね?」  ボチャップはブランデーを振り返って叫んだ。 「曹長! この男を営倉に入れろ! 十日間、一歩も外へ出すな!」 「はい、少佐殿。了解いたしました!」  ブランデーはしかたなく返答した。 『一歩も外へ出すな』と言っても、基地の周辺には遊ぶ場所がないわ。ロードキルは十日間でも二十日間でも、喜んで営倉に入ってるでしょうね。そんな罰は無意味よ――そう言いたかったが、ブランデーはやめた。  そのあと、ボチャップは一時間ちかくも隊員たちの服装を点検しつづけ、気に入らない点を見つけるたびに激しく叱りとばした。  点検を終えたボチャップは、ゆっくりした足どりで隊列を離れ、真新《まあたら》しい閲兵台《えっぺいだい》に昇った。チョコレート・ハリーを初めとする物資調達班の隊員たちが、昨夜おそくまでかかって準備した閲兵台だ。  ボチャップは閲兵台の上に立ち、たっぷり一分のあいだ隊員たちを睨《にら》みつけてから、大声で話しだした。 「このゼノビア星は今、正体不明のエイリアンによる侵略を受けておる! われわれオメガ中隊は、そのエイリアンを撃退せよと命じられた!」  整列してボチャップの話を聞いている隊員たちは、なんの反応も見せない。だが、ボチャップは構わずに、話しつづけた。隊員たちには、はっきりとボチャップの考えがわかった――ボチャップが隊員たちに求めるのは、なにも考えずに上官の命令に従うことだ。  おそらく、まだボチャップはオメガ中隊の本当の姿を知らない。たしかにオメガ中隊は宇宙軍の一部だ。だが、ほかの宇宙軍の兵士たちとは違って、この中隊には、一癖《ひとくせ》も二癖《ふたくせ》も持つ連中が集まっている。そんなオメガ中隊を指揮するのは、とても一筋縄《ひとすじなわ》ではいかない。オメガ中隊員たちは物事を深く考えるのを嫌い、人に服従する習慣はこれっぽっちも身につけていない。  中尉のレンブラントとアームストロングはボチャップの横に立っているが、まったく隊列を見ていない。アームストロングの表情を見れば、アームストロングが新しい中隊長のボチャップを心よく思っていないことは、はっきりと感じとれる。だが、アームストロングは日ごろから、どんな状況でも私的な感情を顔に出さないように自分を律している。  レンブラントの表情は対照的だ。強い失望感が、ありありと見てとれた。中隊長ともあろう人物が、こんなに傲慢《ごうまん》な態度を見せたら、隊員たちは誰もついてこないわ。ボチャップ少佐は若すぎて、物事の道理をわかってない。こういう人をオメガ中隊長に据《す》えるなんて、宇宙軍司令部は何を考えてるのかしら? こんな人事はメチャクチャよ! おそらく、ジェスター中隊長に反感を抱くブリッツクリーク大将の差金《さしがね》でしょうね。ボチャップ少佐を使って、ジェスター大尉からオメガ中隊長の職を奪いとるつもりにきまっているわ。  まだボチャップは話しつづけている。 「……わたしは今までのやりかたを一掃《いっそう》し、宇宙軍の伝統にのっとり、オメガ中隊の大改革をおこなうつもりだ。長いあいだ、きみたち隊員は甘やかされ、好き放題にのさばりつづけてきた。このままではチンピラの集団と変わらない。しかし、わが宇宙軍にはチンピラをのさばらせておく余地はない」  そのとき、隊列の中から声が上がった。 「だったら、どこに余地があるんだ!? おれたちはそっちに行きたいね!」 「だれだ!?」  ボチャップは声を荒げたが、返答はない。 「いま言ったのは、だれだ!?」  ボチャップは閲兵台から身を乗りだし、歯を剥《む》いて怒鳴《どな》った。だが、やはり返答はない。ボチャップはブランデーを振り返って命じた。 「曹長、いま声を上げた者を列の前に突きだせ。わたしが懲《こ》らしめてやる!」  スナイプは手帳を取りだし、ボチャップを怒らせた者の名前を書きとめようと身がまえた。 「少佐殿、お言葉ながら申し上げます。いま声を上げた者が誰なのか、わたくしにはお答えいたしかねます」  ブランデーはとぼけた。ボチャップは訝《いぶか》しげな表情を浮かべた。 「なんだと? 自分の部下の声も聞き分けられないのか!?」 「だいたいは聞き分けられます。しかしながら、この中隊には大勢の新兵がおります」  ボチャップは顔をしかめ、人差し指を立ててブランデーの顔の前で振りながら言った。 「新兵と呼ぶには、時間が経《た》ちすぎている。もう新兵の特徴がすべて頭に入っていても、おかしくない時期だ」 「了解いたしました、少佐殿」  ブランデーは返答した。ひどく辛《から》いものを吐き出すような気分だ。ブランデーはアームストロングと同じく無表情を保《たも》っている。だが、ブランデーが炎のようにギラギラした目をボチャップに向け、ボチャップを軽蔑《けいべつ》していることは、経験の浅い新兵でもすぐにわかる。ボチャップがブランデーの目に気づけば、とても平然としてはいられないはずだ。ボチャップが自分の体面を守ることだけを考える人間ならば、こっそりオメガ中隊を去ろうとするはずだ。  経験ゆたかな指揮官ならば、ブランデーの軽蔑がこもった目に気づいて当然だ。ボチャップもブランデーのギラギラした目に――あるいはブランデーが示す軽蔑の念に――気づいたかもしれない。だが、それらしい素振《そぶ》りを少しも見せなかった。  さらにボチャップはブランデーに命令した。 「さっき声を上げた者が誰だかわからなければ、中隊員全員に罰を受けさせろ。隊の規律が乱れるのは、隊員ひとりひとりの自覚が足りないからだ」  ブランデーは歯を食いしばったが、しかたなく返答した。 「了解いたしました、少佐殿。ひとつお尋《たず》ねいたしますが、どのような罰を受けさせるのが良いとお考えですか?」  ボチャップは答えた。スナイプはボチャップの言葉を一字一句もらさず手帳に書きつけている。 「特別歩哨勤務だ。全員で夜間の警備に当たってもらう。一晩じゅう緊張して警備をおこなえば、隊員たちに軍人としての自覚が芽ばえるだろう。本来、一斉点検は予告なしで実施するものだ。軍人は思いがけない事態に即座に対応できなければならない。うっかり勤務中に眠ったら、大変なことになる。なんといっても、ここは交戦地帯だからな。わかっているだろうな、曹長?」 「はい、少佐殿。完璧に理解いたしました」  ブランデーは囲い表情で、まったく気持ちのこもらない敬礼をした。  すると、ボチャップは気味の悪い薄笑いを浮かべながら言った。 「しかし、さっき声を上げた者が自分から名のり出れば、隊員全員が罰を受ける必要はないが……」  そのとき、隊列から声が上がった。 「少佐殿、わたくしです!」  その声の持ち主が、さっき声を上げた者と同じ人物かどうかは誰にもわからない。ブランデーとボチャップが振り返ると、隊列の中からマハトマが前に進みでた。 「なるほど。おまえは友情に厚い人間だが、少し考えが足りないようだな。さっそく営倉に入ってもらおう。十日間だ」と、ボチャップ。  マハトマは普段と変わらない笑みを浮かべて返答した。 「了解いたしました、少佐殿。しかし、この基地に営倉があるとは存じませんでした。どなたか、わたくしのために営倉を建ててくださるのですか?」 「バカを言うな! おまえは上官に対する礼儀を知らんのか!?さらに十日間、営倉入りを延長する!」  ボチャップは怒鳴った。その後《うし》ろから、スナイプが鋭い視線でマハトマを睨《にら》みつけた。  そのとき、隊列から別の声が上がった。 「少佐殿、その男は関係ありません! どうしても誰かを罰するとおっしゃるなら、わたくしたちを罰してくださいー」 「だれだ!?」  ボチャップは振り返り、隊列を見た。  隊列から前に進みでたのは、六人の隊員たちだ。六人は声をそろえて言った。 「少佐殿! 罰せられるべきは、わたくしたちです!」 「いいえ、わたくし[#「わたくし」に傍点]です! わたくしを営倉に入れてください!」  翻訳器の合成音が聞こえて、飛行ボードに乗ったシンシア人が前に進みでた。ボチャップはブランデーを振り返った。 「曹長、これは一体どういうことだ? 説明しろ!」  ブランデーは冷ややかな目でボチャップを見た。 「わたくしには、わかりかねます。ふだん、この者たちは営倉入りを命じられるような不始末を起こしたことが一度もありません」 「きみの言葉を信じよう」  そうボチャップは言い、前に進みでた隊員たちを見て顔をしかめた。『信じよう』という言葉と裏腹《うらはら》に、ボチャップの表情は『隊員たちを見ていると、なにもかも信じられなくなる』と言いたげだ。  ボチャップは振り返って、ブランデーを指さした。 「曹長、この問題の処理は、きみにまかせる。どんな方法でも構わないから、隊員たちを徹底的に鍛《きた》えあげろ。ことのしだいは、あとで報告してくれ。それから、全隊員に命令する――わたしが許可するまで、一歩も基地の外に出るな」 「了解いたしました、少佐殿!」  ブランデーは堅苦しく返答した。すでにボチャップは向きを変え、歩きはじめている。その後ろからスナイプが従った。  隊員たちは必死で笑いをこらえ、真剣な表情を保《たも》った。その中で、ブランデーは一人、ニヤリと笑みを浮かべた。もう笑みを隠さなければならない理由はない。  コーグ第一総統はフールから渡されたリストに注意ぶかく目を通した。オメガ中隊がゼノビア星に駐留するために必要な物資と配送方法を、ことこまかに書きしるしたリストだ。ゼノビア語と銀河標準語が併記《へいき》されている。 「うむ、承知した。たしかに、このリストの内容は理にかなっておる」  そうコーグは言い、トカゲ型エイリアンに特有の喉袋《のどぶくろ》を震わせながら、うなずいた。他人の申し出を受け入れるときにうなずくのは、ゼノビア人もヒューマノイドも同じだ。 「二日のうちに、一回めの物資補給を実施しよう」と、コーグ。 「たいへん結構《けっこう》です。ゼノビア軍という素晴らしいお手本を得れば、われわれオメガ中隊にとっては兵站学《へいたんがく》の良い勉強になります。もちろん、物資の補給を異星からの輸入に頼ることは決して理想的とは言えません。その点、われわれは幸運です。ゼノビア星から物資の供給を受けるだけでなく、こちらからゼノビア星に物資を提供することもできます。地球の産業基盤はゼノビア星と似ていますから、物資を交換するには好都合です」 「そのとおり。しかし、問題は度量法だ。わがゼノビア星の技術者たちは、地球の技術者たちが提示する数量の単位に頭を悩ませておる。メートルやキログラムで表示すれば良いところを、わざわざ数値を十倍にして別の単位で表示したり、『分』で表示すべき時間を、わざわざ六十倍にして秒単位で表示したりするのは、なぜだ?」 「これは地球の古い伝統です。わたしは軍人であって、技術者ではありません。やむをえず伝統に従っていますが、伝統を継承しなければならない理由は、よくわかりません」  フールは肩をすくめて答えた。  コーグは、ゆったりとした足どりで窓に近づき、ゼノビアの首都の賑《にぎ》やかな街並みを眺《なが》めた。 「わしは、度量法の違いが大きな問題に発展することを心配しておる。工業資材の量を一度や二度、まちがえる程度ならば、たいした問題ではない。まちがいが頻発《ひんぱつ》し、わがゼノビア星の工業設備を地球の規格に合わせて作りなおさねばならないとしたら、これほど悲しいことはない」 「ご心配には及びません。現在、地球は四つの種族と同盟を結ぶため、交渉をおこなっています。どの種族にも高度に発達した文明があり、独自の工業規格があります。しかし、それぞれの規格に合った工業設備を、『地球の規格に合わせて作りかえたい』と思う種族はいません。その種族が生産した工業製品を、その種族の中だけで売買するのですから、異星との工業規格の違いを気にする必要はないのです。  しかし、工業製品を異星に向けて輸出し、星際貿易の舞台に躍り出るとなると、話は別です。自星内の売買とは比べものにならないほど大きな利益を得られます。工業設備を作りかえるための経費など、微々たるものです。わたしの父は武器製造会社を経営しており、製品を異星に輸出することで長年にわたって利益を得てきました。たとえば、父の会社では、ゼノビア製のスタンガンをモデルとした製品が作られています。部品を取り替える場合は、ゼノビア製の部品で代用することも可能です」  窓から外を眺《なが》めていたコーグは、振り返ってフールを見た。コーグの顔には、ありありと困惑の表情が浮かんでいる。 「なぜ、お父上はそのようなことをなさるのだ? 地球の規格だけに適合した製品を輸出しても、星際貿易の舞台では主役になれぬからか?」 「それもあるでしょう。しかし、別の理由もあります。ゼノビア星の規格に合った製品を作れば、ゼノビア軍兵士のかたがたが父の会社の顧客となってくださるからです。父は自分の製品に自信を持っています。品質はゼノビア製の武器に負けない――いや、ゼノビア製の武器をうわまわると父は思っているはずです。  それに、部品を入手できる場所が多いことは、重要なセールス・ポイントです。父の製品を買ってくださったかたが、『部品が手に入らなくて困る』ということはありません。もっとわかりやすい例を申し上げます――われわれオメガ中隊は、父の会社で製造された武器を使えば、わざわざ部品を地球から取り寄せる必要がありません。ゼノビア星で部品を調達すれば、手間も費用も少なくて済みます。また、ゼノビア軍が異星に駐留するとき、あまった部品を売りさばくことができます。いわば、ゼノビア軍とフール・プルーフ武器製造会社が業務提携をするわけです」  コーグは『わが意を得たり』と言わんばかりに、両手をボンと打ち合わせた。 「非常に興味ぶかい話だ。この話が実現すれば、わしが予想していなかった可能性がひらかれる。わがゼノビア星の経済学者たちは、きみの理論をこぞって研究したがるだろう。きみを経済学者たちに紹介したい。まだオメガ中隊の諸君はゼノビアに到着したばかりで慌《あわただ》しいとは思うが、落ちついてからで構わん。ぜひ、きみの素晴らしい理論を経済学者たちに聞かせてもらいたい」 「わたしは経済学者ではありません。しかし、ゼノビア星の経済学者のかたがたと意見を交換する場が持てることは、うれしいかぎりです。ところで、いまコーグ第一総統のお話にオメガ中隊の名前が出たのを聞いて、ひとつ用事を思いだしました。基地に戻って片づけなければならない仕事があります。すでに、基地に戻るべき時刻を大幅に過ぎてしまいました。盛大なおもてなしに感謝いたします。ゼノビア帝国が姿の見えないエイリアンの脅威《きょうい》にさらされている今、われわれオメガ中隊は問題の解決に協力を惜《お》しみません。さっそく適切な人材を二名えらび、エイリアンの捜索に当たらせます。なにかわかりしだい、すぐにご報告いたします」 「それはありがたいことだ。きみのホバージープに燃料を補給するよう命じておいた。すでに準備はととのっているはずだ。ピエロ[#「ピエロ」に傍点]中隊長、きみたちの活躍には大いに期待しておるぞ」 「ゼノビア帝国の発展を願う気持ちは、わたしも同じです」  そうフールは言い、コーグ第一総統に向かって敬礼すると、広げていた書類をかき集めて帰り支度を始めた。  内心、フールは心配でならなかった。留守中、新しい基地の機能は正常に作動しているだろうか? オメガ中隊員たちは、おとなしくレンブラントとアームストロングの指揮に従って任務を遂行しているだろうか? レンブラントとアームストロングに中隊の指揮をまかせてきたのはいいが、二人にとっては荷が重すぎたかもしれない。そうフールは思いながら、同時に『きっと二人はうまくやってくれる』という期待を抱いてもいた。  きっと大丈夫だ。新しい基地が敵の襲撃を受けても、オメガ中隊は何とか生き延びてくれる。だが、オメガ中隊の敵は、ゼノビア星に侵入した姿の見えないエイリアンではない。それ以上に恐ろしい敵が宇宙軍司令部にはびこっているのかもしれない――フールはますます疑いの念を強めた。  アームストロング中尉はボチャップ少佐からの命令を受けて、スナイプ少尉に基地を案内することになった。スナイプ少尉にしてみれば、『自分よりも階級が上のアームストロング中尉を、自分の召使のように扱って構わない』という許可を、ボチャップ少佐から得たようなものだ。アームストロングは込みあげる怒りを抑《おさ》え、何も言わずにスナイプを連れて通信センターへ向かった。そしてドアを開《あ》けて中へ入り、低い声で言った。 「この通信センターは、文字どおり基地の中枢神経《センター》だ。われわれは腕輪通信器を持っており、通信センターを通じて中隊内の誰とでも連絡を取りあうことができる」 「保安上の問題がありそうですね。士官だけで通信すべき機密事項が、ほかの隊員たちに漏れたら、どうするつもりですか?」と、スナイプ。 「心配は要《い》らん。士官どうしで通信する場合は、士官専用の通信回線を使う」  スナイプは、いらだたしげに、カウンターの隅《すみ》を指先でたたきながら言った。 「それは盗聴する者がいなければの話でしょう。ボチャップ少佐は通信システムの保安を強化することをお望みになるはずです。われわれは姿の見えないエイリアンに囲《かこ》まれています。中隊内に盗聴者が出る前に、エイリアンに通信を傍受《ぼうじゅ》されて、われわれの動きをすべて知られる危険があります」 「それはどうかな? ジェスター中隊長は最新鋭の通信装置を買い入れてくださった。盗聴防止に万全の配慮がほどこされた機種だ」  スナイプは鼻を鳴らした。あからさまに軽蔑《けいべつ》の表情を浮かべている。 「『盗聴防止に万全の配慮がほどこされた機種』は、カネさえあれば誰でも買えます。つまり、『万全の配慮』をものともしない最新鋭の盗聴器を買うことも、誰にでもできるのです」  スナイプとアームストロングが話しあっているあいだ、ずっとマザーは通信コンソールの後《うし》ろに身をひそめていた。  スナイプは人の気配《けはい》を感じて、くるりと振り返り、マザーを指さして大声で言った。 「あれは誰ですか!?」  マザーは小さな悲鳴を上げ、ますます身を縮めた。  スナイプはアームストロングを振り返った。 「あれは誰ですか? あの隊員は、上官に対する礼儀を知らないのですか!?」 「¥#$%&*」  通信コンソールの後ろから、マザーの小さな声が微《かす》かに聞こえてきた。  スナイプは怒鳴《どな》った。 「もっと大きな声で話せ! 上官に向かって話すときは、大きな声を出すのが軍人の礼儀だ! おまえは何者だ? 名前と認識番号を言え!」 「+*@=¥!&%〈+」  ますますマザーの声は小さくなり、急に立ち上がって、通信センターから逃げだした。  スナイプは、小さくなってゆくマザーの後ろ姿を呆然《ぼうぜん》と見つめた。 「いったい、どういうことですか?」  アームストロングはマザーをかばって、すかさず言い訳をした。 「スナイプ少尉、あの者はオメガ中隊に所属する通信兵だ。少し神経質なところがあって、上官と対面して話すことが苦手で――」 「そのような悪癖《あくへき》は、早い時期に治《なお》すのが常識です。上官と話すのが苦手な隊員を、通信センターに配置するわけにはいきません。もっと有能な隊員と交替させます。通信センターは重要な部署です。あんな隊員に重要な部署をまかせたのは、だれですか?」 「もちろん、ジェスター中隊長だ」  アームストロングはスナイプの企《たくら》みに気づき、ひどい不快感をおぼえた。スナイプはフールが作りあげたオメガ中隊の体制を崩し、ボチャップを中心とする新しい体制を打ちたてようとしている。いまのスナイプの言葉が、なによりの証拠だ。  アームストロングは言葉をつづけた。 「スナイプ少尉、あの女性隊員はマイクの前に座ると、ふだんの姿からは想像もつかない素晴らしい才能を発揮して――」 「神経症の隊員を甘やかしておく理由はありません」  そうスナイプは言いきって、周囲を見まわした。二人はカウンターの横に立っている。スナイプの目は、通信センターの出入口ちかくまで伸びたカウンターの端《はし》で止まった。 「おお! あれ[#「あれ」に傍点]こそ、わたしが求めていたものです。われわれが何よりも大切にすべきものは、宇宙軍の良き伝統と、あれ[#「あれ」に傍点]です!」 「あれは士官用のラウンジだ」 「ええ、そうです。だからこそ、わたしはあれ[#「あれ」に傍点]を求めていたのです。あなたは、わたしも士官の一人であることをお忘れではありませんか?」  アームストロングは、いつになく皮肉をこめて答えた。 「いや、忘れてはいない。忘れようとしても、きみが思いださせてくれる」  スナイプはアームストロングの皮肉を無視して、まっすぐラウンジに向かった。だが、ドアの前で急に立ち止まった。驚きの表情を浮かべている。  身長七メートルを超えるイボイノシシそっくりの男――ボルトロン人のタスク・アニニが、厚い本を両手で持ってソファーに腰かけていた。タスク・アニニの巨体は、ラウンジの半分ほどを占領している。  スナイプは我《われ》に返《かえ》って尋《たず》ねた。 「いったい、ここで何をしている!?」  タスク・アニニは反抗的な目でスナイプを見すえて答えた。 「『七種類の曖昧《あいまい》な表現』という本、読んでいました。あなたの、母星の人たち、二十世紀の地球の本、ぜんぜん読まない、ですか?」  スナイプはアームストロングを振り返り、無意味な質問を投げかけた。 「この男は……半人前のくせに、士官用のラウンジに座っているのですか?」  アームストロングは答えた。 「いや、半人前ではない。このタスク・アニニという男には、通信兵のマザーを補佐し、たくさんの通信文を読んで処理する任務がある。手が空《あ》いたときは、ラウンジで読書をすることを許されている。オメガ中隊の中でも、タスク・アニニほど真面目な男はいない。夜おそくまで熱心に事務処理や読書に打ちこむ」  スナイプはタスク・アニニを見つめながら言った。 「実にけしからん前例を作ったものですね」  タスク・アニニはスナイプを見かえした。 「次は、何、批評する気、ですか? あなた批評家、ですか?」  スナイプは大声で言った。 「わたしは士官だ。おまえは士官ではない!」  タスク・アニニは読んでいた本をパタリと閉じた。だが、それだけだ。タスク・アニニの大きな手の指は、ぴくりとも動かない。 「そんなこと、知ってます。あなたの言いたいこと、わかりました。それとも、まだ何か、話したいですか?」  スナイプはアームストロングを振り返って叫んだ。 「これは上官に対する反抗だ! それだけではありません。この男は上官を脅《おど》しました! すぐにこの男を拘束すべきです!」  アームストロングは不思議そうに目をパチクリさせた。 「タスク・アニニが? きみを『脅した』だと? バカバカしい! タスク・アニニは虫も殺せないほど気が優しくて――」  タスク・アニニは本を読んで覚えた表現を『ここぞ』とばかりに使って、言った。 「虫殺すこと、ある。でも、いつも殺さない。虫に刺されたとき、だけ」  ふたたびスナイプは叫んだ。 「この男を営倉にぶちこむべきです!」  アームストロングは言い返した。 「スナイプ少尉、それは過剰反応というものだ。わたしは『歩くルールブック』などと陰口をたたかれる男だが、きみには同意できない。きみの考えかたは、どこまでも杓子定規《しゃくしじょうぎ》で、ゆとりがない。タスク・アニニはオメガ中隊にとって大切な人材だ。タスク・アニニの読書好きな性格は、中隊に大きく貢献している。中隊の力を損《そこ》なっているとは少しも考えられない」 「アームストロング中尉、お話はよくわかりました。わたしに逆風が吹きつけているようですね。この問題については、ボチャップ少佐に相談します。ボチャップ少佐がわたしのやりかたを支持なされば、風向きは変わります。あなたは何もおっしゃることができなくなるはずです」 「スナイプ少尉、わたしは自分を信じる。さて、きみはそろそろボチャップ少佐のもとに出向く時間だろう。その前に、基地内の視察を終わらせるほうがいいと思うが、どうかね?」 「それで結構です!」  スナイプは鋭く言い放ち、足を踏み鳴らしながらドアに向かった。この場に嗅覚《きゅうかく》の鋭い者がいたら、スナイプの耳から立ちのぼる煙の臭《にお》いを嗅《か》ぎとれたかもしれない。  アームストロングはタスク・アニニを振り返り、肩をすくめた。そして早口で言った。 「どうもやりにくくてかなわんな。しかし、中隊長がお戻りになるまでの辛抱《しんぼう》だ。それまで、できるだけおとなしくしているほうがいい」  タスク・アニニはうなずいたが、なにも言わなかった。  アームストロングは急いでスナイプの後《あと》を追い、基地の案内をつづけた。あからさまにスナイプと対立することを避け、どうにか無事に案内を終えた。だが、アームストロングにはスナイプの企《たくら》みがよくわかった――スナイプはオメガ中隊内のあらゆる落ち度を探しだし、フールからオメガ中隊長の職を奪う口実をでっち上げようとしている。  チョコレート・ハリーは〈バイク野郎の夢〉という雑誌の最新号をめくり、ふと、広告のページに目を止めた。どこかで見たような広告だが、ホバーバイクの改造用パーツ――しかも新製品となれば、見すごすわけにはいかない。ハリーは広告のページを真剣に読みはじめた。このパーツを自分のホバーバイクに取りつけても、性能が飛躍的に向上しないことはわかっている。だが、読んでいるうちに『どうしても、このパーツを買わなければならない』という気持ちになってきた。  ありがたいことに、アンチ・アンドロイド迷彩服を売って稼《かせ》いだカネがある。この改造用パーツを買っても、釣銭《つりせん》が来る金額だ。それにしても、この広告は前にも見た。ほかの雑誌の裏表紙に載っていたような気がする――  そのとき、だれかの声が聞こえた。 「おい!」  だが、ハリーは考えごとに夢中で、すぐに返事をしなかった。 「おい! 十六ゲージの銅線をリールで二つ分だ! 頼むよ!」  ハリーはため息をつき、読んでいた雑誌を置いた。足は机の上に投げ出したままだ。 「リールで二つ分だと? ドゥーワップ、そんなに大量の鋼線を、いったい何に使う気だ?」  ドゥーワップはハリーの机に身を乗りだして、言った。 「中隊長の命令だ。おれとスシは〈姿なき敵〉を探しださなきゃならん。これは特殊任務だ。最優先事項なんだよ! おれの言葉が信じられないなら、中隊長に訊《き》いてみろ――」  ハリーは両手を上げてドゥーワップを制した。 「まあ落ちつけ。おれだって特殊任務のことは知ってる。任務の内容について、おまえを質問ぜめにする気はない。おれが訊きたいのは、なんのために大量の銅線を使うかってことだけだ。『リールで二つ分の鋼線』と言えば、中隊全体で一年のうちに使いきれるかどうかわからないほどの量じゃないか。それを一度に使ってしまったら、新しく鋼線を調達するのが大変なんだよ。なにか他《ほか》のもので代用できるんだったら、おれも力を貸す――」 「ダメだ。スシが言うには、どうしても鋼線じゃなきゃダメだそうだ」  ドゥーワップは急に口調を変え、ほとんど泣き声に近い口調で訴えつづけた。 「おれとスシは中隊長から特殊任務をまかされたんだよ! おまえは、おれたちの邪魔《じゃま》をしたいのか? おまえが銅線を出してくれなかったせいで、おれたちが任務を完了できなかったら、さぞ中隊長は怒るだろうな」  ハリーは机の上に投げ出した足を床《ゆか》へ戻し、さっと立ち上がった。 「だれも銅線を出さないとは言ってない。だがな、それだけの銅線が欲しければ、きっちりと事務手続きを済ませる必要がある。中隊長の命令かどうかは関係ない。まず必要なのは、書式番号SL=951=C=4だ。持ってきたか? 軍需品の補給を受けるときは、今おれが言った申請書を三枚複写で記入して提出しなければならん」  ドゥーワップは失望の表情を浮かべた。 「そんな用紙が申請書だなんて、だれも教えてくれなかったぞ。銅線と申請書を一緒《いっしょ》に渡してくれないか? あとで申請書を書いて持ってくるよ」  ハリーは重々しい表情で首を左右に振った。 「だめだ。おれは面倒なことに首を突っこみたくない。新任のボチャップ少佐は、こういう事務手続きにうるさいんだよ。まずは申請書を提出しろ。そのあとで銅線を渡す。特殊任務で使われる銅線は、軍需品あつかいだ。だが、『戦略上、非公開とすべき任務』に使用される場合は、書式番号SL=951=C=4の申請書を提出しなくても、物資の補給を受けられる。だが、なにか問題が起こったとき、矢面《やおもて》に立たされるのは、このおれだ」  ドゥーワップはニヤリと笑った。 「ああ、そうさ。おれが銅線を使うのは、『戦略上、非公開とすべき任務』を遂行するためだ。嘘じゃない[#「嘘じゃない」に傍点]。任務の内容は、ここだけの秘密にしておいてくれ。スシが言うには、〈姿なき敵〉を探すために、銅線を使って生物検出器を作るそうだ。あのトカゲ型エイリアンが見つけるのに苦労してる敵だ。皮膚のひとかけらも、髪の毛の一本も見えないが、信号だけは出してる――そこにスシは目をつけたんだ」  ハリーは顔をしかめた。 「生物検出器だと? リールで二つ分の銅線を使えば、迷子になった虫けらを追いかけて、銀河系の真ん中ぐらいまでは行けるかもしれないな。いったい、おまえとスシは何を考えてるんだ? バカの考えることは、おれにはさっぱりわからん」  ドゥーワップは答えた。 「〈姿なき敵〉を人間の目で見つけるのは難しい――おれたちにわかることは、それだけさ。だからこそ、スシは特殊な機械を作ろうと決めたんだ。古い企画書みたいなものから設計図を引っ張りだして、いくつか修正を加えて……」  ハリーは顎髭《あごひげ》を撫《な》でながら、考えこむ表情を浮かべた。 「おまえたちが中隊長の命令に従《したが》ってるのは、わかった。だが、おまえは自分がよくわかってないことを話しだす前に、一分間だけ周囲を見まわすべきだな。おまえは、ゼノビア人が敵を見つけられない理由を考えたことがあるか? 敵が生きていないから、見つけられない――そうは思わないか?」  ドゥーワップは顔をしかめた。 「『生きていない』だと? おれたちが幽霊を探そうとしてるとでも言いたいのか?」 「いや、そんなものじゃない。おれはアンドロイドだと思う」  ドゥーワップは笑いだした。 「アンドロイドか! バカな冗談はよせ。おれをだますつもりだろう? いいかげんにしろ。中隊員の半数ちかくが、おまえにだまされて買った紫色の変な迷彩服を着てるんだぞ」  ハリーは真面目くさった顔をした。 「ドゥーワップ、おれはだましたわけじゃない。迷彩服を隊員たちに勧《すす》めたのは、あくまでも善意だ。それを疑うなんて、ひどいじゃないか。おれは傷ついたよ。あの対アンドロイド迷彩服の効果は保証されてる。宇宙連邦と同盟を結んでる惑星にいる間《あいだ》は、紫色の迷彩服を着れば、アンドロイドに見つからずに済むことは確実だ。ただ、相手がアンドロイド反乱軍だったら、あの迷彩服では効果がないかも――」  ドゥーワップは片手を振ってハリーの話を遮《さえぎ》った。 「おお、こわ! そんなに怖い話は、あとで新米兵士たちにじっくり聞かせるがいい。さて、本題に戻ろう。おれは書類を二十枚も書かなきゃならんのか? それとも、おまえはスシがお望みの銅線を書類なしで出してくれるのか? ジェスター中隊長に連絡をとって、おまえが銅線を出してくれないことを報告する手もあるぞ。さあ、どうする?」 「わかった、わかった!」  ハリーは少し考えた――ドゥーワップをボチャップ少佐のもとへ行かせて、必要な書類を書かせる手もある。いや、中隊長に着任したばかりのボチャップが、補給物資のことに注意を向けている可能性は、まだゼロに違いない。おれがヘマをしないかぎり、面倒な揉《も》めごとは起こらないはずだ。  ハリーは肩をすくめて言った。 「書類のことは、おれがどうにかするよ。仲間たちが特殊任務を遂行《すいこう》しようってときに、つまらないことでケチをつけられたら、気の毒だからな。これで事務手続きは終了だ。基地の裏へ回って、必要な物資をダブル・|X《クロス》に言え。やつがゴタゴタ言ってきたら、『チョコレート・ハリーには話を通してある』と言え。いいな?」  ドゥーワップはニヤリと笑った。 「ああ、わかったよ。おまえなら、おれの言うとおりにしてくれると思ってた。スシには、おれからロボットのことを話しておくよ。そうすれば、スシは生物検出器のほかに金属検出器やプラスチック検出器を作って、ロボット探しに精を出してくれるだろう。ありがとよ、ハリー!」 「どうってことないさ。気にするな」  ハリーは〈バイク野郎の夢〉という雑誌――コンピューター・ネットワークから取り出した情報のプリントアウト――を手にとり、ふたたび読みはじめた。今度こそ、だれにも邪魔《じゃま》されずに広告のことを考えられる――そうハリーは思った。  フールはホバージープに乗りこみ、ポータブレインのスイッチを入れた。ゆったりと座席にもたれて、株の値うごきをチェックした。フールの有価証券明細表《ポートフォリオ》には、値うごきの鈍い株が二つある。この二つは、そろそろ売り時《どき》だ――そうフールは思った。  そのとき、ホバージープのエンジン警報機が鳴りだした。  フールはポータブレインのディスプレイから目を上げた。 「どうした、ビーカー?」  ホバージープは自動運転にセットされている。いまのところ、交通事故や天候の変化はない。まっすぐ基地へ戻れるはずだ。だが、基地に到着する前に、ホバージープそのものに何《なん》らかの問題が生じたのは間違いない。 [#挿絵255 〈"img\PMT_255.jpg"〉]  前部座席に乗りこんだビーカーが答えた。 「ご主人様、われわれは磁気異常が発生している場所に近づきつつあるのかもしれません」  ビーカーの目の前に計器パネルがある。パネルに表示された数値を見て、ビーカーは言葉をつづけた。 「パワーが急激に低下しております」 「それはまずいな。パワーが完全に切れる前に、適当な場所を見つけてホバージープを止めよう。最悪の場合は、基地に連絡をとって助けを求める」 「かしこまりました、ご主人様。前方に空《あ》き地がございます。あそこにホバージープを止めます」  ビーカーは無人の操縦席にすべりこみ、運転モードを自動から手動に切り替えるスイッチを動かした。やがてビーカーは言った。 「ご主人様、操縦が利きません。非常用シグナルを作動させましょうか?」  フールはうなずき、安全ベルトをもう一段階きつく締めた。 「ぼくは基地に連絡をとってみる」  フールは腕輪通信器のボタンを押し、口元に近づけた。 「マザー、応答せよ。こちらジェスター。優先通信用の周波数を使っている。マザー、応答せよ」  腕輪通信器からは耳ざわりな雑音が聞こえるばかりだ。意味のある通信らしきものは少しも聞こえない。 「メイデイ! メイデイ! マザー、聞こえるか!?」  ビーカーは振り返ってフールを見た。 「ご主人様、わたくしから一つ提案がございます。ご主人様は呼びかけをおつづけになるべきです。先方にはご主人様のお声が届いても、なんらかの事情で応答できないのかもしれません。われわれの現在位置を通信器に向かっておっしゃれば、どなたかがご主人様のお声を聞きつけて、救助の手を差し伸べてくださるかもしれません。わたくしはホバージープのコントロールを取りもどすべく、全力を尽くします」 「いい考えだ。ホバージープを止めることさえできれば、少なくとも衝突の可能性は避《さ》けられる」 「わたくしもそう思いまして、ホバージープを止めるべく、あらゆる方法を試《こころ》みているところでございます」  ビーカーは正面に向きなおり、操縦桿《そうじゅうかん》に注意を戻した。それから何分もたたないうちに、ふたたびビーカーは振り返った。 「ご主人様、しだいに速度が落ちてまいりました。ホバージープを止める試みが、とりあえずは成功したものと見えます。われわれはホバージープを放棄して、飛び降りるべきでしょうか?」  フールは石ころだらけの地面を見おろした。ホバージープが進むにつれて、地面が後ろへ流れてゆくように見える。フールは首を横に振った。 「だめだ。ホバージープが速すぎる。飛び降りるには危険だ。このままホバージープに乗っているほうが安全だと思う。なにか緊急事態が起こらないかぎり、無理に飛び降りる必要はない。もしホバージープがどこかの高台にでも乗り上げたら、そのときは緊急脱出用キットを使うべきだ」 「かしこまりました、ご主人様」  ビーカーは、かぶっていた帽子を押さえた。 「ご主人様、いまだにパワーは低下しつづけておりますが、速度は大幅に落ちたとは思えません」  ホバージープの速度は落ちるどころか、むしろ上がっているように思えた。ホバージープは予定していた針路から大きく右にそれて、前進しつづけている。ビーカーはホバージープを操縦しようと努力したが、なんの効果もない。  常識的に考えれば、パワーの低下とともに速度が落ち、車体は下へ下へときがってゆき、やがて静かに着陸するはずだ。だが、今の速度では、車体が静かに着陸することは考えにくい。唯一の希望は、車体が頑丈にできているということだ。もしホバージープが非常に堅いものに衝突しても、フールとビーカーは頑丈な車体に守られて、命拾いをするかもしれない。  ホバージープは前進しつづけ、フールは救助を求めて通信しつづけた。ビーカーは迫りくる危険――衝突するかもしれないし、もっと別の事態が起こるかもしれない――を少しでも早く察知しようと、計器パネルを睨《にら》みつづけた。  だが、基地との連絡はつかない。車内に備えつけられた通信装置を使っても、フールの腕輪通信器を使っても、状況は同じだ。それでもフールはマザーに呼びかけつづけた。フールの声がマザーに聞こえているかどうかは、わからない。自分たちの現在位置や、ホバージープの状態を、思いつくままに次々と知らせた。  そのとき、ホバージープは急激に速度を落とし、ゆっくりと地面に向かって降下しはじめた。 [#改ページ]       10 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五五〇[#「執事日誌ファイル 五五〇」はゴシック体]  スナイプ少尉は着任後まもなく、オメガ中隊員たちのあいだで『密告《スニーク》少尉』と呼ばれるようになった。ボチャップ少佐の評判も決して良くはない。だが中隊員たちは、 ボチャップ少佐の副官であるスナイプ少尉に対して、より強い嫌悪感を抱《いだ》いているらしい。  アームストロング中尉とレンブラント中尉は、立場上やむをえずスナイプ少尉を受け入れようと努力している。だが、スナイプ少尉と友好を深めようとする意志は少しも見られない。  両中尉の心情は大いに理解できる。かつて『落ちこぼれの吹きだまり』と言われたオメガ中隊が、ご主人様の指揮のもとで宇宙軍随一の集団に変貌《へんぼう》した――その過程を知るアームストロング中尉とレンブラント中尉にとって、事情を知らぬ新参者《しんざんもの》にオメガ中隊を掻《か》きまわされるのは耐えがたい。だが、個人的な感情を表に出すわけにはいかない。両中尉は、中隊長と隊員たちをつなぐ橋わたし役という立場にあるからだ。これほど損な役まわりはない。こうした両中尉の不満と苦労を思えば、まるでコバンザメのようにボチャップ少佐に追従《ついじゅう》するだけのスナイプ少尉と友好を深める気になれないのも当然であろう。  わがご主人様の指揮のもとでオメガ中隊が変貌を遂げつつあった時期に、ボチャップ少佐とスナイプ少尉はオメガ中隊に所属していなかった。ご主人様の苦労を二人が知らないのは当然としても、ご主人様が苦労の末に築きあげられたものを一つ残らず破壊して良いということにはならない。だが二人の背後には、ご主人様が『ジェスター中隊長』として華々《はなばな》しくご活躍なさることを快《こころよ》く思わない宇宙軍司令部の陰謀が見え隠れする。宇宙軍司令部は、ご主人様を失脚させる目的で、ボチャップ少佐とスナイプ少尉をオメガ中隊に送りこんだと思われる(『送りこんだ』と断言したいところだが、宇宙軍司令部の陰謀については、まだ何の確証もない)。  まだ若すぎて経験不足のボチャップ少佐と、その横で薄ら笑いを浮かべる副官のスナイプ少尉は、自分たちの行為の愚《おろ》かさを少しも理解していない。そして、二人をオメガ中隊に差しむけた宇宙軍司令部のお歴々も、やはり理解していない。  言ってみれば、わがご主人様――ジェスター中隊長――の苦労とは、悪さばかりする精霊たちを手なずけ、『オメガ中隊』という名のビンに入れるようなものであった。ボチャップ少佐とスナイプ少尉は、そのビンを叩き壊し、中に閉じこめられていた精霊たちを解《と》きはなっておいて、『もういちビンに戻れ』と命じているだけだ。だが、命じる前にビンを作りなおきなければ、精霊たちの戻る場所がない。もとのビンは叩き壊されて、こなごなに砕け散ってしまった。 [#ここで字下げ終わり] 「スナイプ少尉、きみはオメガ中隊の連中をどう思う?」と、ボチャップ少佐。  ここはフールの執務室だ。ボチャップは着任後まもなくフールの執務室に陣どり、そのまま居座《いすわ》りつづけている。オメガ中隊員たちが『ゼノビア星に侵入したエイリアンを発見し、駆逐《くちく》する』という任務を帯びて軍事行動を展開する最中《さなか》、わざわざボチャップは執務室の模様替えを命じ、『司令センター』と名づけた。ボチャップのデスクには、中隊員たちの行動を記録した書類が山のように積みあげられている。コンピューターの画面いっぱいにも、プリントアウトを待つ文字の列が並んでいた。  スナイプは口元をゆがめて答えた。 「少佐殿、『オメガ中隊』とは名ばかりの素人《しろうと》集団です。まったく戦闘部隊の体《てい》をなしていません。話には聞いていましたが、これほどひどいとは思いませんでした。下士官や兵士たちに適切な訓練がおこなわれた形跡は少しも見られません。それどころか、士官たちが適切な訓練を受けたかどうかも怪《あや》しいものです。隊員たちの半数は、自分の適性に合わない部署に配属されています。驚いたのは、通信センター勤務の女性隊員が満足に言葉を話せないことです。この女性隊員には、精神科医の診察を受けさせる必要があるでしょう。補給担当軍曹は、物資の支給に必要な事務手続きを怠《おこた》り、暇《ひま》さえあればホバーバイクの雑誌を読みふけっています。それに、全隊員が上官に対する礼儀を知りません。そのことをボルトロン人兵士に注意したところ、ボルトロン人兵士はわたしの前で無礼な態度を取り、わたしを脅《おど》しました」 「そのような暴挙を許しておくわけにはいかない。事件の詳細を書面にして提出してくれ。わたしが然《しか》るべき処分をする。あらゆる問題の原因はジェスター大尉だ。この書類を見れば、中隊員たちがジェスター大尉の指揮に甘やかされていたことが、よくわかる」  ボチャップは呆《あき》れかえって首を左右に振り、言葉をつづけた。 「無能なオメガ中隊が、今まで一度も本当[#「本当」に傍点]の戦地に出たことがないのは、幸運としか言いようがないな」 「おっしゃるとおりです。ブリッツクリーク大将が少佐殿をオメガ中隊長に任命なさったのは、じつに賢明なご判断でした。オメガ中隊を無能な集団に変えてしまったのは、ジェスター大尉です」 「ジェスター大尉の記録には、とくに念を入れて目を通した」  ボチャップはドアのそばに置かれた椅子の上にある箱を指さした。箱には、『ジェスター大尉殿・親展』と書いてある。フールがランドール星に置き忘れてきたものを、だれかに頼んでゼノビア星へ送らせたのだろう。ボチャップがフールの執務室を占領している今、そこにフールあての荷物が届いたら、フールの私室へ運ばせるのが当然だ。だが、ボチャップは平然と荷づくりテープを切り、箱の蓋《ふた》を開《あ》けたまま放置した。 「箱の中身はレーザー・カットのクリスタルガラスだ。あんなものを戦地に持ちこむジェスター大尉の気が知れない。まあ、この程度の失態なら可愛いものだ。ジェスター大尉をオメガ中隊から完全に追放するには、それなりの理由が要る。だが、きみの報告内容から考えると、『それなりの理由』が見つかるのも時間の問題だ」と、ボチャップ。 「少佐殿、わたしが見たオメガ中隊の現状は惨憺《さんたん》たるものです。一刻も早く適切な措置《そち》を講じるべきです」  そう言ってスナイプは大きくうなずき、さらに言葉をつづけた。 「ジェスター大尉が決めた人員配置には問題がありますが、まともな軍備が整っているかどうかも大いに疑問です。今回の任務には、ゼノビア星の運命がかかっています。これほどの重大事をオメガ中隊に任せねばならないと思うと、恐ろしくて身の毛がよだちます」 「どれもこれも、ジェスター大尉が本来の職務を忘れて、政治家とつるんでばかりいるからだ。ジェスター大尉はゴッツマン大使をうまく丸めこんだらしい。宇宙軍司令部がオメガ中隊をゼノビア星に差し向けたのは、ジェスター大尉にだまされたゴッツマン大使の口添えがあったからだ。それにしても、あのジェスター大尉が自分から進んでゼノビア行きを希望し、ゴッツマン大使にまで手を回すとは、まったく驚いた。わたしは、ジェスター大尉がランドール星の気楽な任務に就《つ》いて喜んでいるものだとばかり思っていた」 「少佐殿、ジェスター大尉は『宇宙軍を退役《たいえき》したら、政治家に転身したい』と考えているのかもしれません。ゴッツマン大使に近づいたのは、政界に人脈を作るためでしょう。それに、ジェスター大尉が有権者に向かって『宇宙軍の兵士たちを率《ひき》いて戦地におもむいた経験がある』と訴えれば、有権者はジェスター大尉を『政治家として人の上に立つべき人物だ』と思いこむはずです。『ジェスター大尉のせいでオメガ中隊がどれほどの損害を受け、いかにジェスター大尉が無能な指揮官だったかしという点については、有権者は知らされません」 「そのとおりだ。ジェスター大尉のような道楽者が職務を怠《おこた》って政界の人脈づくりに励むあいだに、われわれのような真の宇宙軍兵士が道楽者の尻ぬぐいをさせられるとは、まったく嘆《なげ》かわしい! しかし、これは真の宇宙軍兵士がオメガ中隊の指揮権を取り戻すチャンスでもある。道楽者は指揮権を奪われた後《あと》で、ようやく『自分の愚《おろ》かな行動が自分の首を絞めた』と気づくはずだ。その前に、道楽者のオメガ中隊員たちを営倉にぶちこんで、性根《しょうね》をたたきなおす必要がある。おそらく半数ちかい中隊員たちが営倉入りになるだろう」  スナイプは毒を含んだ笑みを浮かべた。 「少佐殿、最初に営倉へ行くのはジェスター大尉ですか?」 「そのとおり。最初に営倉へ行くのはジェスター大尉だ。いまジェスター大尉はゼノビアの首都で、政府の高官と楽しいパーティー[#「パーティー」に傍点]の最中《さいちゅう》だ。帰ってきたら、たっぷりとパーティーの話を聞かせてもらおう」 「じつに楽しみですな」  スナイプは答え、少し考えてから尋《たず》ねた。 「少佐殿、すぐにジェスター大尉を基地に呼びもどすべきではありませんか? 少佐殿がジェスター大尉を懲《こ》らしめて隊員たちの見せしめになさるお考えでしたら、できるだけ早く実行なさるべきです。そうすれば、隊員たちが少佐殿をオメガ中隊長として受け入れる時期が早まるでしょう」 「いや、もう少し時間が欲しい。わたしはジェスター大尉の立場を不利にする情報を多く集めたおきたい。それに今、ジェスター大尉は基地から遠く離れた場所にいる。この基地で何が起ころうと、ジェスター大尉には手出しできない。ジェスター大尉が基地に戻ってくるころには、わたしは自分の足場を固め終わっているはずだ」  スナイプは前かがみになってボチャップに顔を近づけ、小声で言った。 「では、ジェスター大尉よりも先に、ほかの士官たちを処分いたしましょうか?」  ボチャップは悪意のこもった笑みを浮かべた。 「いや、それには及ばない。騒ぎたい連中には、好きなだけ騒がせておけ。われわれの計画をジェスター大尉が知ったら、オメガ中隊を捨てて大急ぎで逃げだすに違いない。ほかの士官たちも同じだろう。ジェスター大尉のような道楽者たちのやることは、せいぜい、その程度だ。むしろ、自分から逃げてくれるほうが、わたしにとっては都合が良い。ジェスター大尉や他《ほか》の士官たちに邪魔《じゃま》されずに、オメガ中隊の改革を進めることができるからな」 「さすがは少佐殿。完璧なご計画です。少佐殿が中途半端なやりかたではご満足なきらないことを、わたしはよく存じ上げております」 「まだ喜ぶのは早い。オメガ中隊の改革は、これからだ。さあ、早くボルトロン人の一件を報告書にまとめてくれ。たとえて言えば、オメガ中隊は一つのリンゴだ。わたしはリンゴの腐った部分を一カ所でも見のがしたくない。頼むぞ、スナイプ少尉。軍規に従《したが》わない者を見つけたら、すぐに報告してくれ。わたしが締《し》めあげてやる」 「了解いたしました、少佐殿!」  そう言ってスナイプは敬礼した。まるで、プラスチックの型に石膏《せっこう》を流しこんで作った人形のようだ。宇宙軍士官学校で『正しい敬礼の見本』として展示されてもおかしくない。  スナイプは後ろを振り返って歩きだし、『司令センター』を出た。狂人のような笑みを浮かべている。ボチャップはオメガ中隊の指揮権をにぎり、オメガ中隊を『宇宙軍で随一の中隊』から『宇宙軍に山ほど存在する、これといって変わったところのない普通の中隊』に戻そうと計画している。だがスナイプにとっては、ボチャップの計画など、どうでもよかった。  最後にボチャップ少佐の命令を覆《くつがえ》すのは、このおれだ。それまでのあいだ、おれはボチャップ少佐の命令に従って動く。もちろん、ただ従うだけでは、つまらない。ボチャップ少佐を大いに利用して、骨の髄《ずい》までしゃぶりつくしてやる。  ゼノビアの砂漠は焼けつくほど暑い。G級の恒星が、ギラギラと黄色い光を放っている。ごく最近まで、ヒューマノイドはゼノビア星系を「不動産としての価値は低い」と考えていた。ゼノビア星系に属する惑星は、どれも気候が厳しい。惑星の軌道が恒星に近すぎて暑かったり、逆に遠すぎて寒かったりと、ヒューマノイドにとっては魅力に欠ける惑星ばかりだ。ただ一つだけ、つねに適温を保《たも》ちつづけている場所がある。それは人工的に作られた宇宙ステーションだ。宇宙ステーション以外に、ゼノビア星系でヒューマノイドの姿が見られる場所はない。  オメガ中隊がハスキン星に駐屯《ちゅうとん》していたころ、ゼノビアの偵察艇がハスキン星に緊急着陸した。ゼノビア星系からハスキン星までの距離は、銀河系の直径の半分に相当する。それほどの長い距離を越えて、ゼノビア人は初めて宇宙連邦のヒューマノイドと出会った。このときに初めて、宇宙連邦のヒューマノイドは、決して快適とは言えないゼノビア星系にも知的生命体が存在することを知った。  だが、『快適とは言えない』のは、ヒューマノイドから見た場合の話だ。ゼノビア星を母星とするトカゲ型エイリアンにとって、これほど快適な場所はない。  湿地帯に住むゼノビア人は、トカゲに似た生命体から進化した。『知的生命体』と呼ばれる種族は皆《みな》、母星の環境を自分たちの好みに合わせて変える。ゼノビア人も例外ではない。母星に大きく広がる砂漠を開発し、自分たちにとって最も快適な環境である湿地帯に変えてきた。  だが、まだ開発の手が及ばない自然のままの砂漠も多く残っている。砂漠に生息するのは、ゼノビア原産の野生動物たちだ。砂漠はゼノビア星の陸地の三分の一にも及ぶ。オメガ中隊の基地も砂漠の中にあり、ゼノビア人が住む湿地帯までの距離は、およそ百キロメートルだ。  人気《ひとけ》のない砂漠で何が起ころうと、大きな騒動にはならない。ゼノビア星の天文学者たちも、哨戒《しょうかい》任務に当たるオメガ中隊員も、空から砂漠に向かって落ちてくる火の玉には、特別な関心を向けなかった。  ゼノビア星に限らず、この広大な宇宙では、然《しか》るべき時に然るべき出来事が起こる。だが、あらゆる出来事に関心を持つほど人は暇《ひま》ではない。人口が集中する地域に被害をもたらしそうな出来事が起こらない限り、人は動かないものだ。  無人の砂漠に向かって落ちてくる火の玉には、なんの危険性もない。火の玉は誰にも注目されないまま、回転しながら落下をつづけ、その途中で炎に包まれたロケットを切り離した。残った物体は大気圏に突入した。そのとき、物体の小さなハッチが開《ひら》き、パラシュートが広がった。物体は急激に落下速度をゆるめた。  地面に近づいてきた物体――航宙船から脱出した救命艇――は、浅い窪地《くぼち》の中にフワリと落ちた。  雨季を迎えれば、窪地は大量の雨水をためて湖となる。だが、いまは乾季だ。窪地には一滴の水もない。こうした窪地にも、少数ながら生命体は存在する。知能の低い小動物たちだ。救命艇の出入口が開き、ひとつの人影が出てくるのを、小動物たちは見つめた。  その人影は、砂漠という厳しい環境に全《まった》く適さない服装をしていた。真っ白なディナー・ジャケットに、ぱりっと糊《のり》づけされたドレス・シャツ――まるで、会員制の高級な社交クラブで開かれるダンス・パーティーから抜けでてきたかのようだ。ぴかぴかに磨《みが》きあげられた革靴には、パーティー会場の寄木細工《よせぎざいく》をほどこした床《ゆか》が、よく似合う。革靴のまま外に出るとしても、きれいに刈りこまれた芝生を踏みしめるのが関の山だ。人が足を踏み入れたことのない荒野を探検するには、ふさわしくない。  まともな感覚を持つ人間なら、安易に人を寄せつけない茫漠《ぼうばく》とした砂漠が救命艇の四方に広がるのを見て、ハッと我《われ》に返《かえ》るはずだ。  もちろん、救命艇から出てきたディナー・ジャケット姿の人影は、『まともな感覚を持った人間[#「人間」に傍点]』ではない。フールがアンドロマチック社に依頼して作らせたアンドロイドだ。フールは、ローレライ宇宙ステーションにある〈ファット・チャンス〉カジノのオーナーであり、支配人である。フールが不在のときに代理をつとめるアンドロイドは外見をフールそっくりに設計してあり、フールそっくりの仕草《しぐさ》や話しかたをプログラムしてある。  アンドロイドはゼノビアの砂漠を見て、瞬時に判断をくだした。〈ファット・チャンス〉ホテルの廊下で誘拐されたことを思えば、ゼノビアの砂漠のほうが、よほど安全だ。ゼノビアの砂漠には誘拐犯もいなければ、猛獣もいない。知能の低い小動物がチラチラと姿を見せるだけだ。  アンドロイドの判断は、本物のフールと同じく楽観的だ。ここまでアンドロイドがフールに似ているとは、アンドロイドの製作者も予想しなかったにちがいない。  アンドロイドは、ぐるりと一回転して地平線を見わたした。そのとき、アンドロイドに組みこまれた高感度センサーが、ひとつの信号を感知した。ヒューマノイドの存在を示す信号だ。場所は、そう遠くない。  救命艇には、さまざまなサバイバル・キットが備《そな》えてある。だが、アンドロイドはサバイバル・キットに見むきもせず、信号の発信源に向かって歩きだした。顔に笑みを浮かべている。この非常事態には不似合いな表情だ。  砂漠に生きる小動物たちは、想像力を持ち合わせていない。小動物たちにとってアンドロイドは危険な存在ではないし、餌《えさ》にもならない。そう気づいた小動物たちは、アンドロイドを気にすることもなく、日々の単調な暮らしに戻った。  ダブル・|X《クロス》は胸の前で両腕を組み、ブランデーを睨《にら》んで問いつめた。 「ブランデー曹長、お話はわかりました。いったい、真相はどういうことなんすか? だれが、どんなふうに処罰を受けるんすか?」  ダブル・|X《クロス》と机をはさんで向かい合うブランデーは、ダブル・|X《クロス》を睨《にら》みかえした。とくに珍しい光景ではない。これまで、ブランデーは何度となくダブル・|X《クロス》と対立し、そのたびにダブル・|X《クロス》の反抗的な態度を叱りつけてきた。  だが今日は、いつもと事情が違う。ボチャップ少佐がオメガ中隊の全員に課した過酷な処罰を納得できないのは、ダブル・|X《クロス》だけではない。ほかの下士官や兵士たちも、曹長のブランデーも、心に不満を募《つの》らせているのは同じだ。 「ボチャップ少佐は何が何でも自分の立場を守りたい――真相は、そういうことよ。オメガ中隊の全員を罰することで、わたしたちに力を見せつけて、自分が中隊長であることを認めさせようとしてるんでしょうね」  そうブランデーが言うと、ダブル・|X《クロス》は怒りで顔を真っ赤にして言い返した。 「ブランデー曹長、あなたもボチャップ少佐がロードキルに何をしたかご覧になったでしょう!? あの少佐は何か臭《にお》います! きっとロクでもない企《たくら》みを持ってるに決まってる! みんな、そう言ってますよ! おれはそのことを曹長に話しにきたんっす!」  ブランデーはウンザリした口調で言った。 「好きなだけ話しなさい。こうやって、わたしたちが話しあってるあいだに、ボチャップ少佐はますますひどい処罰を課すでしょうね――とくに、わたしが何か言うたびに口答えをするあなた[#「あなた」に傍点]みたいな生意気な隊員は、ボチャップ少佐に狙《ねら》われるわ。あなたが、わたしの仕事の邪魔《じゃま》をしてることや、ボチャップ少佐の命令に文句を言ってることがボチャップ少佐の耳に入ったら、なおさらよ。そうなったら、わたしには打つ手がないわ。それどころか、もっとひどいことになる――最後まで言わなくても、あなたにはわかるわね。『賢者には一言にして足《た》る』っていう諺《ことわざ》があるでしょう。いいわね、ダブル・|X《クロス》。『賢者には一言にして足る』のよ。よく覚えておきなさい」  ダブル・|X《クロス》は周囲を見まわした。盗み聞きする者を警戒しているらしい。それから机の上に両手をつき、前かがみになって、小声でブランデーに話しかけた。 「ますます臭ってきたっすね」  ブランデーは両手で机をたたいた。 「みごとな推理ね! それで、わたしにどうしろって言いたいの!?」  ダブル・|X《クロス》はソワソワと落ちつかなくなった。顔をしかめている。 「それが……わからないっす」と、ダブル・|X《クロス》。ようやく自分の本音《ほんね》を漏《も》らした。「ここにジェスター中隊長がいらしたら、きっと今のメチャクチャな状況を切り抜ける方法を考えだしてくださるって思うんす」 「わたしも同感よ。オメガ中隊が青二才のボチャップ少佐にかきまわされてることを、ジェスター中隊長が知ったら、悲しむでしょうね。でも、ジェスター中隊長が何か良いアイデアを出してくださることを期待する気持ちが、わたしの中にあることは確かよ」  そこまで言ってブランデーは少し沈黙し、さらに小声で言葉をつづけた。 「でも、あまり期待しすぎてはいけないわ。ボチャップ少佐をオメガ中隊長にしたのは、おそらく宇宙軍司令部の策略でしょうね。つまり、宇宙軍司令部のお偉方《えらがた》がボチャップ少佐を後押《あとお》ししてるのよ。いくらジェスター中隊長でも、ボチャップ少佐を簡単に追いはらうことはできないかもしれないわ」  ダブル・|X《クロス》は肩をすくめた。 「策略がどうのこうのなんて、おれにはわからないっす。ただ、ジェスター中隊長は前にもお偉方の挑戦を受けて立ち、勝利をおさめたことは、よくおぼえてるす。中隊長に勝つのは、そう簡単なことじゃないっす。ジェスター中隊長に二度も挑戦状をたたきつける奴《やつ》 がいるとすれば、そいつは相当な力の持ち主っす」 「そうね。でも今は、ジェスター中隊長が早くお戻りになることを祈るしかないわ」そうブランデーは言い、少し間を置いてから再《ふたた》び話しだした。「ダブル・|X《クロス》、ほかに言いたいことはあるの? ボチャップ少佐に見つかって、もう一つ罰を与えられるまで、ここにいるつもり?」 「いや、もう罰を与えられるのは御免《ごめん》っすよ。じゃ、またあとで」 「ええ。特別歩哨勤務でね」  ブランデーは笑わずに言った。ダブル・|X《クロス》も、ブランデーの言葉を聞いても少しも笑わなかった。 「ここは、どこだ?」  フールはホバージープの天蓋《てんがい》を開《ひら》いて立ちあがり、地平線に目を凝《こ》らした。  探さなければ――なにを? フールには自分が何のために[#「何のために」に傍点]周囲を見ているのか、よくわからなかった。だが、見るべきものは何もない。地表に丸石が転がり、小さな草木が生《は》えているだけだ。この『何もない』場所に、想像を超える事態が待ちかまえていることを、まだフールは知らない。  地図を取りだして見ていたビーカーが、顔を上げた。 「ご主人様、おおよその推測ではございますが、われわれの現在位置は、ゼノビア政府庁舎と基地との中間ではないかと思われます。しかし、予定していた針路を大きくはずれております。正確な現在位置を把握するのは、非常に困難です。計器類は現在の状況に必要な情報を提示しておりません」  フールはホバージープの後部座席に座りこみ、ビーカーの肩ごしに計器パネルをのぞきこんだ。 「ああ、そのようだな。では、その地図で、この近くに何か目印になる建物がないか探してくれ」 「なにもございません。それに、これは地図ではなく、ゼノビア政府から提供された陸地測量図でございます。ゼノビア政府には、われわれに知らせたくない情報があったのかもしれません」 「宇宙連邦に対して情報を隠匿《いんとく》するのは、かなり問題だな」  ふとフールは、ゼノビアのクァル航宙大尉を軍事オブザーバーとしてオメガ中隊に迎えたとき、いまのゼノビア政府と同じように、知られたくない情報を隠したことを思いだして、肩をすくめた。 「とにかく、目で見たかぎりでは、このへんに軍事施設らしきものはなさそうだ。軍事施設が偽装されていれば話は別だが……」  しばらく、フールは考えこんだ。 「うーむ。そういえば、われわれは高等な偽装技術を持つエイリアンを見つけようとしているところだったな」 「もしかしたら、その〈姿なき敵〉が、われわれをここへ連れてきたのかもしれません。そうは思われませんか?」ビーカーは笑い、さらに言葉をつづけた。「そうだとしたら、なぜ〈姿なき敵〉は、われわれをここに連れてくる必要があったのでしょう? いや、わたくしは別にエイリアンの心理を理解しようとは思いません。正直なところ、わたくしにとっては、ヒューマノイドの心理を理解するのが精一杯でございます」  ビーカーは意味ありげにうなずき、フールを見た。  フールはビーカーを無視した――というより、ビーカーの言葉を最後まで聞かず、真剣な口調で言った。 「恒星間の戦争中に、エイリアンの心理を研究する暇はない。そもそも、エイリアンの心理を研究するためのサンプルもない。サンプルを採集するために恒星間を移動するのは、費用も時間もかさむ。料金の安い超光速交通網を完備している種族なら、エイリアンの心理を研究するために異星へ移動するのは簡単だ。そういう種族でなければ、恒星間の戦争を起こすことはできない。そこに、われわれ宇宙軍の存在意義がある。ひとつの種族が横暴なやりかたで異星を侵略し、侵略を受けた側が超光速交通網を完備していなければ、われわれ宇宙軍が侵略を阻止《そし》すればいい」 「ご主人様。それは正論でございます。しかし、このゼノビア星には姿の見えないエイリアンが侵入していることは明らかです。そのエイリアンが、母屋に超光速交通網を有する種族かどうかは不明でございます。ただ、『ゼノビア星にエイリアンが侵入した』という話には、なんの確証もありません。つまり、『ゼノビア政府が何らかの理由で、われわれをだました』という可能性が、ないとは言いきれないのでございます」 「ぼくも、そう思う。ゴッツマン大使も、ゼノビア政府の話が本当かどうかを疑っておられた。でも、あまり心配する必要はないだろう。ぼく自身はゼノビア政府を頭から信じようとは思わないが、『嘘《うそ》を言っている』と決めつけたくもない。その点については、判断を保留しているところだ。でも、いろいろな要素を考えあわせると、ぼくにはゼノビア政府が嘘《うそ》をついているとは思えない。ただ、ぼくが投げかけた質問に、すべてゼノビア政府側が明確な返答をしたわけではない。少し疑問が残る部分もある」  そのとき、ビーカーはためらいがちに呼びかけた。 「ご主人様……」  フールはビーカーを無視して話しつづけた。 「ゴッツマン大使は、われわれ宇宙連邦の兵器がゼノビア軍に奪われる危険性を憂慮《ゆうりょ》しておられた。そうなれば、われわれは即座に倒され、ゼノビア軍は新たな兵器の入手経路を得る。でも、それは『宇宙連邦の兵器が、ゼノビア側の兵器よりも遥《はる》かに優《すぐ》れている』と仮定した場合の話だ。そうなれば、宇宙連邦の優れた兵器を複数の種族が奪いあい、あげくのはてに惑星間戦争が勃発《ぼっぱつ》するかもしれない。それに、宇宙連邦の兵器が複製されることも考えられる。宇宙連邦が何らかの対策を講じる前に、宇宙連邦の兵器で武装したエイリアンが攻めてきたら、防ぎようがない。まあ現実には、そこまで事態が悪化するほど宇宙連邦の兵器が優れているとは思えない」 「ご主人様!」  ビーカーはフールの肘《ひじ》をつかんだ。  フールは話しつづけた。 「ただ、われわれ宇宙連邦がゼノビア製スタンガンに対する防護手段を強化するのは、決して得策とは言えない。われわれの防護手段をゼノビア側に知られたら大変だ。コーグ第一総統は、そんなことを一言も口に出さなかった。でも、ゼノビア側が宇宙連邦の対ゼノビア製スタンガン防護策を知れば、それを超える強力なスタンガンを作れる。そんなことを許しては……おや、ビーカー! あれは何だ!?」  フールは異変に気づき、ホバージープの右側を見た。ビーカーはフールの袖《そで》を力いっぱい引きながら、さっと左側を指さした。 「ご主人様! いま、あの丸石が動きました!」  フールは即座に振り返り、腰にさげていた拳銃に手を伸ばした。 「丸石がどうしたって?」  だが、もう遅かった。 「おれ、ボチャップ少佐、きらい」  タスク・アニニは独特のぶっきらぼうな口調で言った。  食堂のテーブルの角《かど》に座っているスーパー・ナットが、言葉を返した。 「それは、あなただけじゃないわ。オメガ中隊員の大半が、あなたと同じ気持ちを持ってるのよ。きっとボチャップ少佐は痒《かゆ》みみたいなものね。身体が痒くなるのは、よくあることだけど、決して気持ちの良いものではないわ」 「痒くなること、『よくあること』、違う」  そう言って、タスク・アニニは横目でスーパー・ナットを見た。 「いや、『よくあること』さ」  ドゥーワップは左の腋《わき》の下をポリポリと掻きながら、言葉をつづけた。 「どうせ、おれたち全員が罰をくらうんだろ? これがホロ映画のビデオだったら、最高に面白いだろうな」 「あなたは中隊の全員が罰を受けることを面白がってるの?」スーパー・ナットはスプーンですくったスープを口に運び、話しつづけた。「悪い冗談はやめて。それに、タスク・アニニを困らせないでちょうだい。複雑な言いまわしをすると、タスク・アニニの質問が増えるわよ」  そこへマハトマが近づいてきて、同じテーブルの空席に盆を置いた。 「質問をするのは、悪いことではありません。人が何かを学ぶために最《もっと》も良い手段は、質問をすることです。そのことを、わたしは常にブランデー曹長に申し上げています」  スーパー・ナットは顔をしかめた。 「マハトマ、いまのオメガ中隊には、上官に質問することが『何かを学ぶために愚も良い手段』だと思ってる下士官は一人もいないわ。でも、こんなことを言っても、あなたにとっては新しい質問の種が一つ増えるだけでしょうけど」  マハトマは肩をすくめた。 「わたしは『質問することが何かを学ぶための唯一《ゆいいつ》の手段だ』とは言ってません。そうでしょう?」 「そんなに質問したけりゃ、ボチャップ少佐のところに行けよ。でも、あの野郎に学んでもらいたいことも山ほど[#「山ほど」に傍点]あるけどな。おれに言わせりや、いちばん最初に物事を学ぶべき人間は、ボチャップ少佐だね」と、ドゥーワップ。 「できれば、他人を傷つけずに学んでほしいわね。ボチャップ少佐みたいに知ったかぶりをする人は危険よ。それも、ただの『知ったかぶり』じゃないわ――わたしが言いたいこと、わかってくれるわよね?」 「だれが『知ったかぶり』だって?」  大きな声が響きわたった。  そのテーブルにいた全員がギクリとして、目を上げた。  チョコレート・ハリーだ。盆を片手で持ってバランスを取りながら、ニヤニヤと笑みを浮かべている。その姿を見て、全員がホッと胸をなでおろした。 「おれは軍曹だが、仲間に入れてくれよ。かまわないだろ?」と、ハリー。 「『ダメだ』って言ったら、どうする?」と、ドゥーワップ。そのとき、ドゥーワップの脇腹《わきばら》をスーパー・ナットが肘でつっついた。ドゥーワップは、あわてて言いなおした。 「ああ、かまわないよ」 「どうぞ、ハリー。いっしょに話しましょうよ」  スーパー・ナットは何事もなかったかのように平然と言った。ドゥーワップはスーパー・ナットを睨《にら》んだが、黙っていた。『これ以上、余計なことは言わないほうがいい』と思ったからだ。 ハリーは空席に向かってテーブルの上で自分の盆を滑《すベ》らせ、空席に回りこんで腰かけた。そしてコーヒーを一口のみ、舌なめずりをすると、誰にともなく話しかけた。 「なあ、エスクリマは料理の天才だと思わないか? あいつはどこへ行っても、うまい料理を出してくれる。最高級のホテルなんか一つもない砂漠のド真ん中でも、エスクリマの料理だけは間違いなく最高級だ」ハリーは少し考えてから、言葉をつづけた。「もちろん、このゼノビア星では、おれたちは最高級のホテル並みの宿泊施設を使ってるけどな」 「そうね。でも、わたしは料理にケチをつけてるわけじゃないわ」と、スーパー・ナット。 「そうか。じゃあ、なににケチをつけてるんだ?」  テーブルに気まずい沈黙が漂《ただよ》った。お互いに顔を見あわせている。いつも自分の意見を人に聞かせたくてウズウズしているマハトマも、いまは何も言わない。  やがて、タスク・アニニが沈黙を破った。いつものとおり、少しも回りくどいところのないズバリとした言いかただ。 「新しい中隊長、なにもかも悪い」  ハリーは片眉を上げた。 「『なにもかも』だと? なあ、料理は少しも悪くないじゃないか。それ以外に、いったい何が悪いんだ?」  そのとき、ドゥーワップがブツブツと罵《ののし》りの言葉をつぶやいた。  ハリーはドゥーワップに向きなおった。 「おい、ドゥーワップ。おれに聞こえるように言え。それが嫌《いや》なら黙ってろ。おまえたちが困ってるなら、おれも力を貸してやる。だが、おまえたちが黙ってたら、おれは力の貸しようがない」 「たぶん、あんたの力じゃ、どうしようもないさ。だから話したくないんだ」と、ドゥーワップ。  ハリーはドゥーワップを見た。二人のあいだに気まずい空気が流れ、やがてドゥーワップは肩をすくめた。 「わかった。話すよ。おれたちが困ってるのは、規則にうるさいボチャップ少佐のことだ。服装規定を守れ! 髭《ひげ》を剃《そ》れ! 上官に会ったら敬礼しろ! 朝は五時に起きろ! わたしに向かって話すときは必ず『少佐殿』と言え! こうしろ! ああしろ! あれをするな! これをするな! ……もうウンザリだ。こんなバカバカしい規則がなくても、おれたちはちゃんとやってるじゃないか。それなのに、なぜボチャップ少佐はオメガ中隊にバカバカしい規則を持ちこむんだ?」 「ボチャップ少佐は、わたしの質問に答えてくださいません」と、マハトマ。 「ボチャップ少佐、ペアを壊すと言ってた」と、タスク・アニニ。少し顔をしかめている。温和な性格のタスク・アニニにとっては、精一杯の険《けわ》しい表情だ。大きな手を、自分のパートナーであるスーパー・ナットの肩に置いた。  ハリーは理路整然と話しだした。 「みんな、わかってると思うが、ボチャップ少佐は中隊長だ。だから、それだけの権限を持ってる。それに、宇宙軍の中でパートナー制度を採っているのは、おれたちだけだ。パートナー制度は例外的なやりかたなんだ」 「おれたち、オメガ中隊。ほかの宇宙軍兵士と違う。オメガ中隊、ほかの宇宙軍兵士より、優《すぐ》れてる。ほかのやりかた、気にすることない。ボチャップ少佐は、良い中隊に来た。でも、良い中隊、悪い中隊に戻してる。それ、いけない」  ハリーはタスク・アニニを見た。そして、テーブルを囲む全員の顔をぐるりと見まわした。全員がハリーの返事を待っている。  やがてハリーは話しだした。 「わかったよ。おまえたちの気持ちは、よくわかった。たしかに、おれはボチャップ少佐に意見を述べる立場にいない。おれは、ただの軍曹だ。だが、打つ手がないこともない。それを教えてやる。ただし、『ハリーから聞いた』なんて絶対に言うなよ。つまり、こういうことだ――」  テーブルを囲む中隊員たちは、ハリーに顔を寄せた。ハリーは小声で一言つぶやいた。すると、中隊員たちは『賛成!』と言わんばかりにうなずいた。 「なるほどね。あなたの話を聞いたら、良いアイデアの一つや二つは、すぐに浮かびそうだわ。とにかく、あの二人[#「あの二人」に傍点]に話してくるわね。なにがどうなるかは、あとのお楽しみ」と、スーパー・ナット。  ハリーは念を押した。 「おい、人に頼むな。自分でやれ。わかってるな? いいか、おれは何も言ってないぞ」  スーパー・ナットはニヤリと笑った。 「『何も言ってない』ですって? そうね。あなたから聞いたのは、例の迷彩服のデタラメな宣伝文句だけよ。なにが『アンドロイド反乱軍』なの? あんなインチキ迷彩服を信用するほど、わたしたちはバカじゃないわ!」  基地の周辺の警備には、全中隊員が交代で当たる。今夜の当直はガルボとブリックだ。くじ引きの結果、この二人が最初に基地周辺の警備を担当することになった。  ガルボとブリックは同じ時期に入隊し、同じ航宙艦に乗って、初めての赴任地であるローレライ宇宙ステーションにきた。ガルボもブリックも遠慮がちな性格で、中隊から孤立することが多いと気づいたフールは、二人にペアを組ませた。最初のうちは、二人のあいだに気まずい空気が漂った。ガルボはガンボルト人、ブリックは地球人だ。しかも、二人とも一人で行動することを好んだ。だが、驚くべきことに二人は急速に友情を深めあい、非番のときも二人で一緒に行動するようになった。  ガルボとブリックは警備の担当区域に着《つ》いた。アームストロング中尉は二人の装備を点検した。 「よし。すべて宇宙軍の標準支給品だな。警備の手順については、ブランデー曹長が指示したとおりだ。ところで、新しい暗視ゴーグルはどうだ?」 「はい。これは超すごい[#「超すごい」に傍点]ゴーグルです。でも、ガルボはこういうものを好まないと思います」と、ブリック。ランドール星に赴任したとき、いくらかランドール独特の方言が染《し》みついたようだ。 「それは本当か? なぜガルボはゴーグルを好まない?」  アームストロングが言うと、ガルボの声が翻訳機を通して聞こえた。 「日を傷《いた》めるからです。濃い色がチラチラするのは良くありません。それに、このゴーグルを装着しても、とくに視界が良くなるとは思えません」  すると、アームストロングはパチンと指を鳴らした。 「なるほど。そうか! 地球のネコは、暗闇でも目が見える。その理屈で考えれば、ネコ型エイリアンのガンボルト人も同じだな」  ブリックは、自分のパートナーの有能さを自慢する口調で言った。 「ガルボはゴーグルを使わなくても、暗闇で目が見えます。それに、ゴーグルを付《つ》けると目の前で濃い色がチラチラするのは、ガルボの言うとおりです。それにしても、このゴーグルはイケてませんね。でも、暗闇で目が見えるようになるのですから、少しぐらい格好が悪くてもしかたがありません」 「そうだな。この闇夜では、ゴーグルなしでは何も見えない。日中、半径一キロメートルの範囲をひとわたり見まわしたが、目につくほど大きいものは岩石だけだ――それも、せいぜい地球人の身体ぐらいの大きさのな。とくに危険はない。油断は禁物《きんもつ》だが、やたらとスタンガンを撃つのも問題だ。あくまでも慎重に行動してくれ」 「了解いたしました。ひとつ伺《うかが》いますが、予想外の事態が起こった場合、どのように対処すべきでしょうか?」と、ブリック。 「敵が攻撃をしかけてこない限り、こちらからは手を出すな。基地の周辺を囲むフェンスには、弱い電流が流れている。小さな動物ぐらいなら、これで充分に侵入を防げる。このフェンスでは敵の侵入を防げない場合もあるが、決して『敵を一発でしとめよう』などとは思うな。敵をスタンガンで気絶させてから、通信センターに連絡をとれ。すぐにマザーが救援部隊を手配する。わかったな?」 「はい。敵を気絶させて、通信センターに連絡するんですね? わかりました」と、ガルボ。 「では、警備を始めてくれ」  そう言って、アームストロングは速成基地に向かって歩きだした。  やがてアームストロングがブリックとガルボの声が届かない位置に達すると、ブリックは草むらを覗《のぞ》きこんで言った。 「こんなところを歩いてると、待ち伏せ隊に配属されたような気分になるわ。わたし、こんな闇夜に外を歩いたことがないの」 「あなたは都会で育ったのね。そうでしょう?」と、大ネコのガルボ。 「ええ、そうよ。都会は夜も明るいし、たくさんの人がいるわ。でも、ここは……なにもなさすぎて、なんだか怖いわね」 「わたしに言わせれば、都会のほうが怖いわ」  二人はフェンスにそって、ゆっくりと歩きながら、闇の中で基地の周辺のあちこちに目を配った。  ガルボは話しつづけた。 「都会では、ひとつの場所に人が集中しすぎているし、その中には悪い人が混《ま》じっていることもあるわ。でも、こんな砂漠にいるのは少数の動物たちだけよ。動物たちは日々の暮らしに忙しくて、人に構っている暇《ひま》がないわ。なんの心配もないわよ」  ブリックは闇に目を凝《こ》らした。 「ここに動物たちがいるの? たしかに、そうかもしれないわね。でも、動物たちしかいなければ、べつに警備する必要もないわ。なぜボチャップ少佐はわたしたちに警備をさせるのかしら? きっと動物のほかに何か[#「何か」に傍点]がいるのよ。もしかしたら、ゼノビア人が言う〈姿なき敵〉がいるかもしれないわ」  すると、ガルボは言い返した。いかにもブリックをバカにする口調だ。 「わたしに言わせれば、〈姿なき敵〉は、ずっと姿を隠しつづけると思うわ。わたしたちを攻撃する理由がないし――」  そのとき、フェンスの外から大きな鋭い音が聞こえた。 「シーッ! あれは何の音?」  そう言ってブリックはガルボを黙らせた。音が聞こえた方向に向きなおり、闇の中の一点を指さした。きっと小さな動物よ――ブリックは、かがみこんでスタンガンを向けた。  ガルボはブリックの横にかがんだ。 「なにか動いたわ! 大きいわよ。なにかしら? 臭《にお》いを嗅《かげ》ばわかるけど、わたしたちは風上《かざかみ》にいるから、こちらに臭いが流れてこないわ」  ブリックは小声でささやいた。 「そんなに大きなものは、この周辺にいないはずよ。どうしよう?」 「命令を思いだして。まず相手の出かたを待って、様子を見るのよ。でも、こっちに近づいてきそうにないわね。もし近づいてきたら、スタンガンで気絶させてから救援部隊を呼べばいいのよ」 「気絶させるのね。わかったわ」  ブリックは緊張した口調で答えた。カチッと音をたてて、スタンガンの安全装置をはずし、大きな音が聞こえてきた方向に目を凝らした。  わたしもガンボルト人と同じく、なみはずれた聴覚と嗅覚が欲しい――いままでブリックは何度も思った。暗視ゴーグルをつけても、砂漠と基地との境界線を見きわめるのは難しい。周囲の光景が、自然の色どおりに見えない。このゴーグルは、物体の表面温度の違いを色で示すだけだ。  地球に似た環境では、身体の大きな生命体は体温が高く、地表は温度が低い。その差が、暗視ゴーグルの中では鮮《あざ》やかな色の対比によって示され、闇の中にある生命体の存在を知ることができる。  だが、ここゼノビア星では、体温の高い生命体が少ない。そのため、生命体の体温と地表の温度との差が小さい。暗視ゴーグルを通して闇の中の生命体を見ても、色の対比がわかりにくい。つまり、闇の中で生命体の動く音が聞こえても、姿は見えにくい。  基地から少し離れたところに、水の涸れた小さな谷がある。そこから何かがゆっくりと近づいてきた。やがて、暗視ゴーグルを付《つ》けたブリックの目に、どんどん近づいてくる何かが鮮《あざ》やかな色の対比として映った。それは人の姿をしていた。ガルボとブリックに向かって、まっすぐに近づいてくる。 「うそ! 冗談でしょ!?」  ブリックは叫び、待ちきれなくなってスタンガンを撃とうとした。 「撃たないで! あれは人よ!」と、ガルボ。だが、遅かった。すでにブリックは発射ボタンを押してしまった。  ブリックは暗視ゴーグルを通して自分の手元を見た。スタンガンが放ったビームは、青緑色の円錐形に見える。円錐形の頂点が標的に向かって伸びてゆき、円錐形は直線に変わった。人影は、そのまま近づいてくる。直線は人影にふれたかと思うと、ふたたび円錐形に変わり、人影を包みこんだ。そのとき、霞《かすみ》のようなものがパッと人影の周囲に広がった。ブリックはスタンガンをおろし、人影が倒れるのを待った。  だが、なにも起こらない。  撃たれたはずの人影は、さらに近づいてくる。 「止まって! また撃つわよ!」  ブリックは叫んだ。頭の中が混乱している。狙《ねら》いがはずれたわ! どうすればいいの!? 「両手を上げなさいー」  ブリックは近づいてくる人影の頭部に狙いを定めた。それでも内心は不安で一杯だ。また撃ちそこねたら、どうしよう!? このスタンガンは故障してるわ! いいえ、さっき発射したことは間違いないわ。故障なんかしてない。わたしが撃ちそこねただけよ。でも、もしスタンガンが故障してたら、どうしよう? 敵が攻撃してきたら、どうしよう!?  やがて人影は立ち止まり、ブリックとガルボを見て両手を上げた。 「名前を言いなさい!」と、ブリック。  スタンガンを構えるブリックの後《うし》ろで、ガルボが通信センターのマザーに連絡をとり、救援を求めている。 「撃つ必要はない。ぼくは武装していない。そっちへ行ってもいいかい?」  どういうわけか、聞きおぼえのある声だ。 「ジェスター中隊長!」  ブリックは叫び、立ちあがって相手の顔をよく見た。この距離では、相手の目鼻立ちを見わけるのは不可能だ。とくに、暗視ゴーグルを付けているせいで、奇妙な色の対比ばかりが目につき、細部が見えにくい。だが、ブリックは声を聞いて確信した。あれはジェスター中隊長よ!  ガルボは振り返った。 「あれはジェスター中隊長とは達うわ」  しばらくガルボは闇に目を凝らして、敵の顔を見つめた。そしてブリックに小声で言った。 「ここは慎重に行動しましょう。救援隊が来るまで、敵を逃がさないように気をつけてね。あとの判断は、ほかの人たちに任せましょう」  ガルボは敵に向かって声を上げた。 「そこにじっとしてて! もう逃げられないわよ。動かないで。あなたが何もしなければ、わたしたちも撃たないわ」 「ぼくは動かない」  フールの声だ。明るさと落ちつきが感じられる。自分の部下に銃口を向けられた人間の声には思えない。 「ぼくは早く救援隊が来ることを祈るよ。こんな暗闇の中で得たされるのはご免だ」 「すぐ来るわ。それまでは、動かないで」  ブリックは敵に向かって言った。自分の口調が思った以上に厳しく聞こえる。 「ぼくはどこにも行かないよ。今のところはね」  フールの声は笑いを含んでいた。  ブリックの心に不安が広がった――そのとき、救援隊が到着した。  助かったわ! ブリックはホッと胸をなでおろした。 [#改ページ]       11 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五六〇[#「執事日誌ファイル 五六〇」はゴシック体]  ご主人様がアンドロマチック社に依頼して作らせたアンドロイドには、〈ファット・チャンス〉カジノのオーナーであるご主人様が不在のときに代理を務《つと》めるためのプログラムが組みこまれている。だが、軍隊の慣習については、ごく表面的な知識だけしかプログラムしていない。当初は、それで充分だと思われたからだ。 〈ファット・チャンス〉カジノの警備に当たる『隊員たち』は、じつは俳優である。軍隊に所属した経験を持たない者が大半だ。だが、現役の宇宙軍士官や退役《たいえき》した士官がカジノを訪れる可能性は、『ない』とは言いきれない。そこで登場するのがアンドロイドだ。士官たちの会話が軍事の分野に及んだ場合、アンドロイドは適当に相槌《あいづち》を打ち、一般的な話題に切り替えるようにプログラムされている。こうした〈ファット・チャンス〉カジノの内情に気づいた者は、今のところ一人もいない。  だが、そのアンドロイドがオメガ中隊の駐屯地《ちゅうとんち》に現われたとなれば、話は別だ。アンドロイドは軍事については素人《しろうと》だが、外見は本物のオメガ中隊長と瓜ふたつである。あえて本格的な軍事の知識をアンドロイドに組みこまなかったことが、深刻な問題に発展したことは言うまでもない。しかも折り悪しく、アンドロイドにまつわる事情を正確に説明できる人物は、駐屯地から遠く離れた場所にいた。 [#ここで字下げ終わり]  気がつくと、フールは建物の中に横たわっていた――いや、『建物』というより、テントのように見える。だが、壁や天井は布で作られているわけではなさそうだ。  フールは頭の奥に鈍《にぶ》い痛みをおぼえた。まるで、宇宙軍の下士官たちが集まる店で夜おそくまで酒を飲み、二日酔いの朝を迎《むか》えたかのような気分だ。 「ここは、どこだ?」  そうフールは言ってから、ふと気づいた――いかにも陳腐《ちんぷ》な決まり文句じゃないか! 前に、なにかの本で同じような言葉を見たことがある。そのとき、フールの右耳ちかくでビーカーの声が聞こえた。 「ご主人様、われわれは〈姿なき敵〉の捕虜《ほりょ》にされたものと思われます。敵はゼノビア製スタンガンに似た武器を使って、われわれを気絶させ、拘束したようです」 「ビーカー、おまえは〈姿なき敵〉を見たのか?」  フールは上半身を起こし、いま自分が閉じこめられている建物の壁に手を伸ばした。柔らかくて滑《なめ》らかな手ざわりだ。弾力性はない。出入口や窓は一つもないが、息苦しくはない。かなり通気性の良い壁らしい。  ビーカーは答えた。 「いいえ、少しも見ておりません。たいへん恐縮ながら、わたくしが意識を取りもどしたのは、ご主人様よりも後《あと》でございました。しかし、われわれ二人が意識を取りもどしたとなれば、まもなく敵は姿を見せるでしょう」 「〈姿なき敵〉が姿を見せるとなれば、ぼくたちにとっては願ってもないチャンスだ」  フールは別の壁をつっついてみた。 「それにしても、出口は一つも見あたらないな」 「ご主人様、敵がわれわれを生きたまま捕らえたのは、敵に何らかの意図《いと》があるからではないでしょうか? われわれを殺す気ならば、とっくに殺していたはずです。おそらく、われわれが目をさますことはなかったでしょう」  フールは顔をしかめた。 「おまえの話には、かなり仮説が多いな。ぼくたちを捕らえた者が未知のエイリアンだとすれば、ぼくたちの常識が必ずしも通用するとは限らない。考えてもみろ。ゼノビア人は、ぼくたちが絶対に食べない動物の生肉《なまにく》を喜んで食べるんだぞ」 「そのような目的のために敵がわれわれを生かしておいたとは、まちがっても考えたくありません」  ビーカーは落ちついた表情で言った。だが、フールはビーカーの声を聞いて、いつもは冷静なビーカーがひどく緊張していることに気づいた。 「ぼくたちが敵に食べられるとすれば、たっぷりと餌《えさ》を与えられて、まるまると太ってからの話だ。つまり、ぼくたちは少なくとも飢《う》え死にはしない。ただ、ぼくたちの食習慣を敵が知らない可能性はある。ぼくたちが一日に何度の食事をするか、一度の食事で何を、どれだけ食べるか――そういうことを敵が知らなければ、それこそ本当の危機だ」 「ご主人様、お言葉を返すようですが、現在の状況を考えますと、われわれは既《すで》に『本当の危機』にあると申し上げても過言ではございません。一刻も早く脱出の手段を考えるべきです」 「ああ、そのとおりだ。だが、あわてることはない。ぼくたちは〈姿なき敵〉の正体をあばく最高の機会を得た。そもそも、〈姿なき敵〉というのはゼノビア人が勝手につけた名前だ。敵が自分たちのことを何と呼んでいるかは、わからない。ホバージープに翻訳器が二つ積んであるはずだ。敵が現われたら、少なくとも会話はできる」 「そのご見解には、大いに疑問の余地がございます。オメガ中隊の現状をお考えください。中隊内で共通の言語が使われていることは確かですが、だからといって全隊員がスムーズに意思の疎通《そつう》をはかっているとは思えません。隊員の中には、他人との会話が苦手な者もいます。問題は、そればかりではございません。われわれがホバージープへ翻訳器を取りに戻ることを、敵が素直に許すと考えるのは、あまりに楽観的すぎます」 「ふーむ……。状況はかなり複雑だな。だったら、こちらの意思を身ぶり手ぶりで伝えるのは、どうだ?」 「ごく限られた範囲では、身ぶりによる意思の伝達は非常に有効でございます。敵意や焦燥感といった感情でしたら、なんの誤解もなく敵に伝えることができます。しかし、もっと複雑なことを伝えるとなると、わたくしの手には負えません」  フールはうなずいた。 「そうだな。ぼくも『自信がある』とは断言できない。だが、ぼくたちが翻訳器を取りにホバージープへ戻ることを敵に納得させるための手段を、今のうちに考えておくことは必要だ。こちらから敵に話しかける機会が一度でもあれば――」  そのとき、ビーカーは早口でつぶやいた。 「ご主人様! なにやら異変が起こった模様です!」 「どこだ!?」  ビーカーはフールの問いに答える代わりに、一枚の壁を指さした。  みるみるうちに壁の端《はし》が黒ずみ、無数の小さな穴が壁いっぱいに開《あ》きはじめた。まるで繊維質の物体を拡大して見ているかのような光景だフールとビーカーは同時に後《あと》ずさりし、呆然《ぼうぜん》と立ちつくしたまま、壁を見つめた。なにが始まったのか、二人にはわからなかった。ただ、二人の想像を超えるとんでもない[#「とんでもない」に傍点]事態が起こりつつあることだけは、はっきりとわかった。 「砂漠の中で、なにをなさっておられたのですか?」  アームストロング中尉はフールに向かって問いかけた。二人は通信センターにいた。他人と対面して話すことが苦手なマザーの視界に入らないように、二人とも気をつけている。アームストロングは部下に命じて冷たい飲み物を持ってこさせ、渇《かわ》いた喉《のど》を潤《うるお》した。だがフールは、ほんの少し口をつけただけだ。  アームストロングはフールに疲労の色が見えないことに、ほっと胸をなでおろした。そしてフールに次々と質問を投げかけた。 「ホバージープに何か問題があったのですか? お怪我《けが》はありませんか? ビーカーはどこにいるんです?」 「おいおい、アームストロング。まあ落ちつけ」  そうフールは言って、くつろいだ笑みを浮かべ、話しつづけた。 「一度にたくさんの質問をされても、答えられないじゃないか。とにかく、怪我は一つもない。少し砂をかぶっただけだ。シャワーを浴びて着がえて、そのあと冷たい物をもう一杯もらえば、なんの問題もない。ビーカーも大丈夫だ。いまビーカーは中隊の仕事から離れて、ぼくの個人的な用事を済ませているところだ。すべて用事を済ませたら、すぐに戻ってくる」  アームストロングは安心した様子で言葉を返した。 「そうですか。お怪我がなくて幸いです。ゼノビア政府との交渉は、いかがでしたか? 中隊長のお帰りが遅いので、もしかしたら交渉が難航《なんこう》しているのではないかと、われわれは心配して――」 「おい、アームストロング! あまり気をもむな。なにもかも順調に運んでいるよ。さあ、もっと肩の力を抜いて楽しめ! こんなチャンスは二度と来ないぞ!」  フールは笑みを浮かべたままだ。  アームストロングは驚いて言い返した。 「『肩の力を抜け』ですって? 本気で、そう思っておられるのですか!? たしかに、わたしは少し頭が固くて融通《ゆうずう》の利《き》かない人間です。自分でも、よくわかっています。しかし新しい中隊長が着任した今は、『肩の力を抜く』べき時《とき》ではないと思いま――」 「いいか、アームストロング! こんなチャンスは二度とないんだ! ここでウダウダと話しているうちに、きみは大金を得るチャンスを逃《のが》すかもしれない。それでもいいのか? それに、ぼくはシャワーを浴びなければならない」  アームストロングは顔をしかめた。 「大金ですって? たしかに、わたしは自分が投資した株の値うごきを心配したことは一度もありませんが……今が株のことを話すのにふさわしい時《とき》だとは、とても思えません。それはともかく、中隊長にボチャップ少佐と会っていただくことが先決です。できるだけ早く支度《したく》をととのえなければなりません」  アームストロングは真剣な口調で言った。だが、フールはアームストロングの背中をポンとたたき、ウインクをした。そして後ろを振り返ると、基地の奥へ向かって歩きはじめた。  あとに残されたアームストロングは、フールの不可解な言葉に首をひねった。おれは、ジェスター大尉の型やぶりなやりかたを理解しようと、ずっと努力してきた。だが、その努力が『実った』と思ったことは一度もない。ジェスター大尉がオメガ中隊長に着任なさって以来、おれが中隊長のお言葉を聞いてピンと来たことは、ただの一度もない。  アームストロングはオメガ中隊に配属されて三年になる。だが、階級は中尉のままだ。その理由は簡単に説明できる。フールの言葉を聞いて『ピンと来ない』ことが、アームストロングの昇進を遅らせている原因だ。 「おい、信号らしいものを捉《とら》えたぞ!」  スシは旧式の装置を見つめながら言った。装置は間《ま》に合わせの台の上に置かれている。ここはスシとドゥーワップが共同で使っている部屋だ。  携帯用のシューティング・ゲーム機で暇《ひま》をつぶしていたドゥーワップは、顔を上げてスシを見た。 「そのセリフは十回めだ。九回めは、『信号をキャッチした』と言った直後に装置が壊れただろ。もうダメだよ。おれたちは失放したんだ。おれたちがやってることは、無駄なあがきだよ。だいたい、こいつは[#「こいつは」に傍点]……えーと、なんという名前だっけ? とにかく、あんたが作ったこの装置は、もう三台めじゃないか」 「おまえの助言には本当に感謝するよ」  そうスシは言いながらも、装置に表示された数値から目を離さない。分圧器のツマミを少し上げると、数値が大きくなった。もっと正確に信号を捉えようと、スシが電圧を上げたからだ。 「『自分のやりかたが、まちがっているんじゃないか?』と疑いはじめたときこそ、仲間の前向きな助言が、ものすごく大切なんだ」 「へ?」と、ドゥーワップ。  ようやくスシは装置から目を離し、ドゥーワップを見た。 「おれが言いたいのは、おまえも[#「おまえも」に傍点]このプロジェクトに参加してるってことだよ。おれたちがゼノビア星に来たのは、西部劇ごっこをするためじゃない。ゼノビア軍の軍事アドバイザーとして〈姿なき敵〉を探す手伝いをするためだ。中隊長は、おれたちに『〈姿なき敵〉の正体を探《さぐ》れ』と命じた。おれたちは中隊長に『やめろ』と言われない限り、命じられた任務をつづけなければならない。たとえ、始めの一歩に少々まちがいがあっても、やるべきことをやらなきゃならん」  ドゥーワップはポリポリと頭を掻《か》いた。 「それはそうだが……ボチャップ少佐が何を言いだすか、わからないだろ? ボチャップ少佐は、ジェスター大尉の計画をすべて白紙に戻したらしい」 「ボチャップ少佐は今までの経緯《いきさつ》を知らないんだから、しかたないさ。おれたちはボチャップ少佐に『中断しろ』と命令されない限り、今の任務をつづけるだけだ。ボチャップ少佐が何を考えようと、おれたちが心配することじゃない。考えてもみろ。おれたち二人の任務がオメガ中隊全体の任務に直結していることは、たしかな事実だ。ボチャップ少佐も『中断しろ』とは言わないさ。おれたちに任務を命じたのがボチャップ少佐でなくて、ジェスター大尉だとしても、任務であることには変わりないんだからな。まぁ、現実にはどうなるかわからないが、おれは今の任務を中断したくない。〈姿なき敵〉の正体をあぱくことは当然だが、それ以外にもなにか[#「なにか」に傍点]が見つかりそうな気がするんだ」 「え? たとえば?」 「ビーカーのことさ。ジェスター大尉は基地に戻ってきた。でも、大尉にビーカーのことを尋《たず》ねても、まともな返答はない。なんとなく不自然だろ? おれはビーカーが何か秘密をにぎってると思う。もしかしたら、ジェスター大尉は一芝居《ひとしばい》うつ気かもしれないぞ。目的は、ボチャップ少佐に『ジェスター大尉など恐れるに足《た》りない』と思わせるためだ。ジェスター大尉は、こっそりビーカーに準備をさせておいて、そのうちボチャップ少佐が腰を抜かして驚くようなことをやるかもしれない。たとえば、『ジェスター大尉が一人で〈姿なき敵〉の正体を突きとめる』という筋書きは、どうだ? ジェスター大尉とボチャップ少佐の立場が一気に逆転するだろ? そうなれば、ボチャップ少佐がオメガ中隊に不必要な存在であることを、宇宙軍司令部のお偉方《えらがた》に見せつけてやれる。お偉方はボチャップ少佐を解任し、オメガ中隊はジェスター大尉の手に戻る――なにもかも丸くおさまるじゃないか」  スシの話を聞いて、ドゥーワップは疑わしげな口調で言った。 「そんなに簡単に宇宙軍司令部が動くかな?」 「もちろん簡単なことじゃない。でも、ジェスター大尉ならできる。中隊長と宇宙軍司令部の知恵くらべで、『どっちかに賭《か》けろ』と言われたら、おれは中隊長に賭けるね。同じ賭けを何回やろうと、おれの気持ちは変わらない」 「スシ、おれにはまだわからない。ジェスター大尉が一芝居うとうとしてるとき、ビーカーは砂漠のド真ん中で何をやってるんだ? ここは交戦地域だぞ」 「ジェスター大尉とビーカーは、〈姿なき敵〉を見つけたのかもしれない。それと同時に、宇宙軍司令部のお偉方がオメガ中隊を乗っ取るためにボチャップ少佐を送りこんだことを知ったのかもしれない。そこで中隊長は一人で基地に戻り、ビーカーは〈姿なき敵〉と交渉するために砂漠に残った――そういう可能性もある。さっき、この装置で捉えた信号は、ビーカーの動向に関係していたのかもしれない。おれは、そう思う。信号の周波数が、いつもと全然ちがうんだよ」 「なるほど、そうかもしれないな」  ドゥーワップは身をかがめて、装置が示す数値をスシの肩ごしに覗《のぞ》きこんだ。 「でも、この信号が偽物《にせもの》だったら、どうする? 今までだって何度も信号みたいなものを見つけたが、どれもこれも偽物ばかりだったじゃないか。それに、せっかく信号をキャッチしても、すぐに消えちまう。これじゃあ、信号の発信源を突きとめられないぜ」 「そう思って、ゆうべ一晩かかって装置を改良した。そのあいだ、おまえは丸太みたいに眠ってたけどな。運が良ければ、信号が消える前に発信源がわかるはずだ。説明はともかく、実際に装置を動かしてみよう……」  スシは装置の操作パネルに手を伸ばし、ボタンを押した。光が点滅しはじめた。 「それは何だ?」 「なあドゥーワップ。おれは、さっきからこれ[#「これ」に傍点]をセットしてたんだぞ。もっと早く気づけよ。これは記録ディスクだ。記録ディスクに信号のデータを記録して分析すれば、信号の発信源を正確に突きとめられる。信号が消えてしまっても、記録ディスクさえあれば大丈夫だ」 「なるほど。で、さっきの信号の発信源はわかったのか?」  スシは装置が示す数値を見つめた。 「信号の発信源を正確に知るには、もっと詳《くわ》しい分析が必要だ。だが、信号が出ている位置は、だいたいわかった。たぶん、この基地とゼノビアの首都との中間地点だろう。ちょうどジェスター大尉がホバージープで通ったコースの上だ」  フールとビーカーが呆然《ぼうぜん》と見つめているうちに、壁に開《あ》いた無数の穴は一点に集まり、やがて一つの大きな穴になった。その穴から出てきたのは、食べ物をのせた二枚の皿と、水を入れた二つのコップだ。食べ物は温かく、ほんのりと薄く味がついている。片方の皿には、わずかにシナモンの香りが漂《ただよ》う白っぽい塊《かたまり》が盛りつけてある。だれかに『マッシュポテトです』と言って出せば、なんの疑いもなく食べてもらえそうだ。もう片方の皿に盛ってあるのは、肉のようなものだ。オープンで焼いた鶏肉のような味がする。コップの水は冷たくて新鮮だ。少なくとも、敵は二人を飢死《がし》[#ママ]させるつもりはないらしい。  だが、疑問は残っている。フールは考えこんだ――ぼくたちを捕らえたのは、どんな種族なのか? なぜ、ぼくたちを捕らえたのか? その疑問を解く手がかりはゼロに等しい。食べ物を盛った皿は、とくに変わった形ではない。材質はセラミックで、どこの惑星でも生産できるものだ。そもそも、この皿を作った種族の姿を、ぼくたちは一度も見ていない。 「〈姿なき敵〉が、長いあいだゼノビア軍の捜索の目をくぐりぬけているのは、まったく驚くしかない。まあ、姿が見えないんだから、ゼノビア軍兵士の鼻先に〈姿なき敵〉がいても気づかない――」  フールが言いおわる前に、ビーカーが言った。 「そうは断言できません。ご主人様はお忘れかもしれませんが、ゼノビア人は乾燥した砂漠を避《さ》け、湿地帯で生活しております。つまり、『ゼノビア人は砂漠の状況を把握していない』と考えられます。われわれは寒冷地を避けて暮らしております。したがって、地球の北極や南極の状況を完全に把握してはおりません。北極や南極に何度も探検隊が派遣されたことは確かです。だからといって、われわれが北極や南極のことを詳しく知っているとは申せません。たとえば、寒さに強い種族がランドール星やハスキン星の南極ちかくに飛来し、何年ものあいだ発見されずにいたとしても、決しておかしくはないのでございます。実際、このような状況が多くの惑星で見られます。ほとんど人間が住んでいない地域で、生物学者が見たこともない大型の動物が発見されたというニュースは何件もございます」 「それとこれとは話が別だ。秘境に住む大型の動物に害はない。航宙技術を持つエイリアンが異星に飛来して僻地《ヘきち》に潜《ひそ》み、原住民を侵略しようと企《たくら》んでいたら、大問題だ」 「理論的には、ご主人様のおっしゃるとおりです。しかし、僻地に飛来したエイリアンが『原住民を侵略しよう』という意志を持たず、その地域の気候に適合して暮らしていれば、積極的に僻地を出ようとは思わないでしょう。そうなると、原住民がエイリアンの存在に気づくまで、長い時間がかかるかもしれません。とくに、ゼノビア人は砂漠を避け、湿地帯で暮らしています。ゼノビア人の好まない砂漠に〈姿なき敵〉が潜んでいるとすると、いままで両者が接触する機会がなかったのは当然でございます」  フールは顔をしかめた。帽子でハタハタと顔を扇《あお》いでいる。 「湿地帯でも砂漠でも、好きなようにすればいい。どちらでも、〈姿なき敵〉がゼノビア屋に存在することには変わりない。ただ姿が見えないだけだ。それにしても、ぼくたちは今のままでは動きようがない。なんとかして、ホバージープの中にある翻訳器を取ってくることはできないかな? 翻訳器があれば、ぼくたちを捕らえた連中と意思の疎通《そつう》をはかれる。身ぶりや推測に頼る必要はなくなる。なにか良いアイデアはないか?」  ビーカーは右手の甲に顎《あご》をのせて考えこんだ。 「われわれに翻訳器が必要なことは確かな事実ですが、その事実を敵に伝える手段はありません。われわれは『論理の迷宮』の中で、同じ道を何度もグルグルと歩きまわっているようなものでございます。このような状況を本で読めば、さぞかし楽しめることでございましょう」 「おまえは楽しいかもしれないが、こっちは頭がおかしくなりそうだ。そんなに楽しければ、おまえ一人で考えてくれ」  ビーカーは冷静な口調で言い返した。 「ご主人様、なんというお言葉でございましょう。わたくしは先程《さきほど》から熟慮《じゅくりょ》に熟慮を重ねているところでございます。しかしながら、まだ納得のゆく解決策を見いだしかねております。問題の解決には、もう少し時間が必要かと存じます」 「急げ、ビーカー! この牢獄《ろうごく》を出られるかどうかは、おまえの両肩にかかっているんだぞ! それに、わざわざ言うまでもないが、『もっとうまいものを食べられるかどうか』という問題もな」  フールは残った食べ物を指さした。  ビーカーは肩をすくめた。 「ご主人様、たしかにこの食べ物は薄味でした。その点では、わたくしもご主人様と同意見でございます。しかし、われわれを捕らえた者にとっては、この薄味こそが五つ星に値《あたい》するのかもしれません」 「捕虜《ほりょ》に五つ星レストラン並みの高級料理を出すバカが、どこにいる!? 死刑囚の最後の食事でも、ありえない……」  ふとフールは黙りこみ、不安げな表情でビーカーを見た。 「『死刑囚の最後の食事』だなんて、縁起でもない!」と、フール。 「そのような地球の古い伝統を、敵が認識しているとは思えません。死刑囚うんぬんは、ただの言葉にすぎないのです。恐《おそ》れる必要はございません。同じように『敵がわれわれに食事を与えるのは、われわれを太らせてから食べるためだ』というのも、ただの言葉であって、現実ではありません」 「ビーカー、ぼくが今の言葉にどれほど勇気づけられた[#「勇気づけられた」に傍点]か、おまえにはわからないだろうな。目の前に輝かしい[#「輝かしい」に傍点]未来への展望が開《ひら》けてきたよ。ぼくは自分の運命を素直に[#「素直に」に傍点]受け入れることができそうだ。こんな狭苦《せまくる》しい場所に閉じこめられて余生をすごすなんて、じつに素晴らしい[#「素晴らしい」に傍点]運命じゃないか! 牢獄だか、論理の迷宮だか知らないが……」 「ご主人様、皮肉をおっしゃるのでしたら、言葉の端々《はしばし》まで計算しつくしてからになさってください。皮肉とは、優位な立場にある者が発すべきものです。『牢獄だか、論理の迷宮だか知らないが……』などと、ご自分の無知を公然と示す語句でお言葉を結ばれては、皮肉の効果が半減いたします」  フールはビーカーを睨《にら》みつけたが、すぐ部屋の隅《すみ》に腰をおろした。 「この場所を何と呼ぶべきか、たったいま気づいた。これほどの皮肉はないよ。あと五秒でも気づくのが早ければ、皮肉の効果を損ねるバカバカしい発言をしなくて済んだのに……」  ビーカーはピクリと眉《まゆ》を上げた。 「本当でございますか、ご主人様? では、この場所を何と呼ぶべきか、お教えくださいませんか?」 「拷問《ごうもん》部屋だ。ほかに、どんな呼びかたがある? ぼくが何か言うたびに難癖《なんくせ》をつけたがる人間と一つ屋根の下にいなければならないのは、まさに『拷問』としか言いようがない」 「おそらく、ご主人様のお言葉は正しいのでしょう。わたくし自身は、そのような見識を持ったことがございません。しかし、わたくしは今のご主人様のお言葉を、そのままお返しいたします」  フールは顔を上げてビーカーを見た。 「『そのまま返す』だと? どういうつもりだ!?」 「いかにも『難癖をつけろ』と言わんばかりの言葉を発しつづける人間と、一つ屋根の下にいなければならないとしたら――しかも、その人間が唯一の話し相手だとしたら、これを拷問と呼ばずして、なんと呼べばよろしいのですか?」 「ジェスター大尉は、どこだ!?」  ボチャップ少佐は声を荒げた。  このまま黙っていると、面倒なことになりそうだ――アームストロング中尉はボチャップの口調から察した。 「ジェスター大尉が密《ひそ》かに戻ってきたことは、スナイプ少尉から報告を受けた。なぜジェスター大尉は、わたしのもとに出頭しないのかね?」  アームストロングは答えた。 「少佐殿、たしかにジェスター大尉は基地に戻られました。途中でホバージープが故障したとのことで、砂漠の中を歩いて――」 「『ホバージープが故障した』だと!? さては、配車センターでホバージープの点検に手ぬかりがあったのだな?」  ボチャップは非難する口調で言った。『アームストロングのせいでホバージープが故障した』と言わんばかりだ。  アームストロングは汗をかきはじめた。 「少佐殿、それは違います。配車センターでは、宇宙軍の基準に適合した方法で点検をおこない――」 「いくら口先でごまかしても、いずれ真相は明らかになる。それにしても、ジェスター大尉の私用車が僻地《へきち》で故障したら、即座に別の車を手配するような配慮が、きみにはないのか? アームストロング中尉、もはやオメガ中隊は気楽な警備任務に携《たずさ》わっている場合ではない。きみも知ってのとおり、このゼノビア星は交戦状態にある。もっと気持ちを引きしめろ!」  アームストロングは、おどおどしながら言葉を返した。 「少佐殿、正確には『交戦状態』とは申せません。われわれはゼノビア軍の軍事アドバイザーとして――」 「『交戦状態ではない』だと?」  ボチャップは言葉を止め、さっとアームストロングに向きなおった。 「きみはバカ正直な男だな。あのトカゲどもは宇宙連邦の仲間入りをしたい一心で、われわれの機嫌を取ろうと必死だった。宇宙連邦加盟条約に調印を済ませると、そのインクが乾くよりも早く、オメガ中隊を軍事アドバイザー[#「軍事アドバイザー」に傍点]としてゼノビア星に呼んだ。ゼノビア政府は、オメガ中隊を一種の精鋭部隊のようなものと勘違《かんちが》いしたらしい。その精鋭部隊をたたきつぶせば、宇宙連邦は致命的なダメージを受け、自分たちが宇宙連邦を支配できると思ったのだろう。まったく、おめでたい連中だ! 〈姿なき敵〉などという言葉は、われわれを陥《おとしい》れるための罠《わな》だ。そうでなければ、攻撃をしかけてこない〈姿なき敵〉を急いで捜しまわる必要がどこにある?」  そのとき、だれかの声がした。穏《おだ》やかで愛想の良い口調だ。 「それは戦争が勃発《ぼっぱつ》するのを避《さ》けるためです、少佐。どんな理由があろうと、争いごとはいけません。争いごとを防止するのが、ぼくの最優先事項です」 「ジェスター大尉!」  ボチャップはフールを振り返り、軍人らしく姿勢を正してから、言葉をつづけた。 「きみが基地へ戻ってから、わたしのもとへ出頭するのに、これほど長い時間がかかるとは思わなかった。きみも話は開いたと思うが、宇宙軍司令部から辞令が出た。これからは、わたしがオメガ中隊の指揮を執《と》る。わたしが見る限り、これまでのオメガ中隊には非常に問題が多かった――それが率直《そっちょく》な感想だ」  ボチャップがフールを見る表情は険《けわ》しい。『非常に問題が多いのは、ジェスター大尉も同じだ』と言わんばかりだ。[#。 追加]  フールは白いディナー・ジャケットを着こみ、格子縞《こうしじま》の蝶《ちょう》ネクタイを襟元《えりもと》にあしらい、同じ格子縞のカマーバンドを腰に巻いている。〈ファット・チャンス〉カジノで客を迎《むか》える姿としては合格だが、戦地では場ちがいも甚《はなは》だしい。さらに、フールは左手にマティーニのグラスを持っている。ボチャップの目はマティーニのグラスに釘づけとなり、あからさまに非難の色を浮かべた。  だが驚いたことに、ボチャップの棘《とげ》を含んだ言葉にフールは少しも動揺せず、ボチャップに右手を差しだして握手を求め、こう言った。 「アームストロング中尉、ボチャップ少佐に飲み物のご注文を伺《うかが》ってくれ」  さらにフールはボチャップに向きなおり、笑顔で言った。 「当店のおごり[#「おごり」に傍点]です。ご遠慮なくお召しあがりください」  ボチャップ少佐は表情を固くし、軽蔑《けいべつ》する目つきでフールを見た。 「ジェスター大尉、わたしは今までオメガ中隊に関する驚異的な報告を山ほど聞かされた。その報告の中には、小さな事実を大袈裟《おおげさ》に表現した部分が含まれているだろうと思ってもいた。それに、ある程度まで個人の自由を許すのが宇宙軍の伝統であることは、わたしも認める。だが、士官となれば話は別だ。紳士的であることを求められる。つまり、士官は個人の自由を尊重しながらも、ある程度の分別《ふんべつ》を持ちあわせていなければならない。その点、きみには非常に問題が多い。きみは交戦地帯にありながら軍服を身につけていない。しかも――単刀直入に言えば――きみは昼前から酒に酔っている! きみをオメガ中隊長から外《はず》すというブリッツクリーク大将のご判断は正しかったようだ。ただちに宿舎へ戻り、軍服に着がえてから、わたしのところに出頭したまえ! きみに新しい任務を与える。きみのような人間にも、失敗なく遂行できる任務があるはずだ。もし適当な任務が見つからなければ、きみを『任務に適さない人間』として宇宙軍司令部へ送り返すことになるだろう」  フールはヘラヘラと無意味な笑みを浮かべた。 「さあ、ボチャップ少佐。カタい話は抜きにして、おくつろぎください。ここは日ごろの鬱憤《うっぷん》を晴らすための場所です」  ボチャップはアームストロングに向きなおり、大声で怒鳴《どな》りつけた。 「アームストロング中尉! すぐにジェスター大尉を軟禁《なんきん》しろ! 完全に酔いがさめて、自分が起こした問題の大きさを自覚できるようになるまで、一滴たりとも酒を飲ませるな」 「了解いたしました、少佐殿」  そう言って、アームストロングは敬礼した。困惑した表情を浮かべながらも、フールの肘《ひじ》をとり、できるだけ穏やかに話しかけた。 「ジェスター大尉、そろそろお休みの時間です。宿舎《クォーター》までご案内いたします」  すると、フールは呆《ほう》けた笑みを浮かべて言った。 「硬貨《クォーター》はレジで両替できる。だが、きみがレジに行く必要はない。ぼくがチップをあげよう。スロット・ゲームは配当率が高いぞ。さあ、一山《ひとやま》あてようじゃないか!」  そのとき、ボチャップの怒声《どせい》が飛んだ。 「早く連れだせ!」  アームストロングは動揺を隠しきれず、フールを連れて重い足どりで立ちさった。  ボチャップは後ろを振り返り、『司令センター』へ向かって歩きだした。いよいよ決断をくだすべき時《とき》が来た。乱れきったオメガ中隊の風紀を正し、わたしの権力を余すところなく発揮するために、なにをすべきか――わたしは今こそ決断しなければならない。  ボチャップは厳しい表情で出入口を通り、速成基地に入っていった。片づけなければならない仕事がある。  フールが基地に戻り、ボチャップからオメガ中隊長の解任を申しわたされてから二日めの朝が来た。朝食を済ませた数人のオメガ中隊員たちが、午前の任務が始まるまでの短いあいだ、速成基地の前で他愛もない世間話に花を咲かせている。『自由を尊重するオメガ中隊員として、わずかな時間をも楽しむチャンスを失いたくない』と言わんばかりだ。  さらに中隊員たちが集まってきて、いくつかのグループを形づくり、話したり、ふざけあったりしていると、速成基地の出入口が開《ひら》いた。現われたのは、アタッシェケースをさげたフールだ。フールは、キャンバス地の日よけが影を落とす外のテーブルへ向かい、椅子に腰かけた。  ボチャップは、決まりきった日常業務をフールにまかせようと考えた。フールがオメガ中隊員たちの人柄や経歴を詳《くわ》しく知っている点を買ったからだ。フールは軟禁を解《と》かれ、機械的にこなせる事務の仕事を与えられた。  だが、フールが使うはずだったオフィスは、ボチャップが『司令センター』として使っている。ボチャップは『どこでも空《あ》いている場所で仕事をして良い』とフールに言った。空いている場所と言えば、外のテーブルしかない。結局、フールは書類をアタッシェケースに入れて運び、外のテーブルで仕事をすることにした。  さっそくフールはアタッシェケースを開《ひら》き、取りだした書類に目を通しはじめた。数メートル先にいる中隊員たちの存在は、まったく目に入っていない。  まもなくブリックがフールの存在に気づき、横にいる中隊員を肘でつついた。 「ちょっとジェスター大尉のところに行ってくるわ。アンドロイド反乱軍のことをお尋《たず》ねして、すぐに戻るわね。わたしたちが『アンドロイド反乱軍と戦うことになるかもしれない』って、ハリー軍曹がおっしゃってたでしょう。ジェスター大尉にお尋ねすれば、はっきりしたことがわかるはずよ」 「そうだな。なにかわかったら、教えてくれ」  いつもジェスター大尉は、わたしたちの質問や提案に耳を傾《かたむ》けてくださる。レネゲイズ団[#ママ アンドロイド反乱軍?]のことも、きっとわかるはずよ――ブリックは期待しながらも、遠慮がちにフールのテーブルに近づいた。フールは折りたたみ式の椅子に腰かけ、テーブルに広げた書類の山に向かっている。 [#挿絵317 〈"img\PMT_317.jpg"〉] 「ジェスター大尉、お忙しいところを申し訳ありませんが……」  そうブリックが声をかけると、フールは顔を上げた。いぶかしげな表情だ。 「ん? だれだ?」 「わたしはブリックと申します。入隊したばかりですので、ジェスター大尉は覚えていらっしゃらないかもしれませんが……」 「ああ、ブリックか。覚えているよ」  フールは作り笑いを浮かべて言い、きょろきょろと辺《あた》りを見まわした。まるで、『ブリック』と名のった声の主《ぬし》を探しているかのようだ。 「ブリック、どうした? なにも隠れることはない。さあ、出てきてくれ」 「あの……ジェスター大尉?」  ブリックは困惑した。なぜジェスター大尉は、目の前にいるわたしにお気づきにならないの? きっと、なにかの冗談ね。それとも、砂漠で辛《つら》い経験をなきったことが、よほど堪《こた》えているのかしら? わたしたちが思った以上に、ジェスター大尉は傷ついていらっしゃるのかもしれない。そういえば、『ジェスター大尉は基地へお戻りになってから、おかしな行動をとるようになった』という話を聞いたわ。  ブリックは少し考えてから、突っこんだ質問は控えようと決めた。 「ジェスター大尉、お話があります。じつは、『ゼノビア星にアンドロイド反乱軍が襲ってくるらしい』という噂《うわさ》を聞きました。ジェスター大尉は、わたしたちの気持ちをご理解してくだきると思いますが、わたしたちは真実を知りたいんです。もちろん、お話できる範囲で結構です。任務内容について守秘義務があることは、よく承知して――」 「アンドロイド反乱軍だと?」  フールはブリックの言葉をバカにしたように笑った。だが、あいかわらず目をきょろきょろさせている。 「『アンドロイド反乱軍』なんてものは存在しない。これだけは確かだ。アンドロイドは精巧《せいこう》な機械だ。緻密《ちみつ》な設計書をもとにして作られるアンドロイドが間違いを起こすことはありえない。ただし、人間が間違いを起こすことはある。きみにだって間違いはある。アンドロイドは信頼できる存在だ。きみに言っておくが、『アンドロイドを信頼できない』と言うやつは、とんでもない誤解をしている。すぐに考えを改めるべきだ。ぼくの言葉を信じてくれ。わかったな!?」 「わかりました、ジェスター大尉」  そうブリックは答えながらも、内心ではフールが『アンドロイド』と聞いて急に語気を強めたことに驚いた。 「では、わたしたちとアンドロイドとの戦いはありえないとお考えなのですね?」 「戦いだと? バカなことを言うな。人間とアンドロイドとの戦いなんて、絶対にありえない。冗談にも程《ほど》がある!」  フールは沈黙し、しばらくして再び《ふたた》口を開いた。 「ブリック、いったい何をやってるんだてまだ隠れつづける気か?」  ブリックは紫色の迷彩帽を取った。 「『隠れる』ですって!? いいえ、わたしは隠れていません。ジェスター大尉、大丈夫ですか? 冷たい水を召し上がると、ご気分が良くなるかもしれません。砂漠の暑さのせいで、ご体調を崩されたのだと思います」 「なんだ、そこにいたのか!」  フールは、まっすぐにブリックを見た。 「ぼくは大丈夫だ。砂漠の暑さは平気だが、あとで水を飲んでおくよ。用心に越したことはないからな。さて、ほかに質問がなければ、ぼくは仕事に戻る。この書類に目を通さなければならないんだ」 「了解いたしました」  ブリックは紫色の迷彩帽をかぶりなおし、フールに向かって敬礼すると、後《うし》ろを振り返った。そして、首をかしげながら仲間たちのもとへ戻った。  ロードキルは尋ねた。 「どうだった? やっぱり、おれたちはアンドロイドと戦うのか?」 「ジェスター大尉は否定なきったわ。ただ、ジェスター大尉のお言葉がどこまで信用できるのか、わからないのよ。ジェスター大尉は砂漠の暑さにやられて、頭がおかしくなったのかもしれないわ。わたしはジェスター大尉の目の前にいたのに、ジェスター大尉にはわたしの姿が見えなかったみたいなの」 「なんだって? それは気の毒だな」  ロードキルは、書類をめくっているフールを同情する目つきで見た。 「一日も早く、もとのジェスター大尉に戻ってくれることを祈ろう。ボチャップ少佐のせいでメチャクチャになったオメガ中隊をもとの状態に戻すためには、ジェスター大尉が必要だからな。ジェスター大尉なら、やかましいボチャップ少佐の口を封じる作戦を考えてくださるはずだ」  ブリックが何か言おうとしたとき、ブランデーが近づいてきて、大声で言った。 「さあ、みんな! そろそろ、やるべきことがあるんじゃない? みんな忘れてるかもしれないけど、ここは宇宙軍の基地よ!」 「なにをおっしゃいますか!? 忘れるわけがありませんよ!」  ロードキルは他《ほか》の中隊員たちと一緒に走りだし、自分の持ち場へ向かった。  その様子を見てブランデーはうなずいた。中隊員たちが任務に励《はげ》む様子を見れば、きっとボチャップ少佐は満足するでしょうね。中隊員たちに重すぎる罰を与えて苦しめたりはしないはずよ。それにしても、わたしの一番の関心事は、『士官と下士官たちのあいだに距離を置くこと』なのね。こんな日々が、ずいぶん長くつづいてるような気がするわ。  だがブランデーは、笑みを浮かべながら書類に目を通すフールの姿を見て、ひとつの確信を得た――もうすぐ問題は解決するかもしれない。ロードキルの言葉は当たってるわ。きっとジェスター大尉はボチャップ少佐からオメガ中隊を守ってくれるはずよ。でも、それが実現しないうちは、憂鬱《ゆううつ》な日々がつづきそうだわ――オメガ中隊の下士官たちにとっても、曹長のわたしにとっても。  ドアをノックする音がした。レンブラント中尉は顔を上げ、笑みを浮かべた。 「チョコレート・ハリー、どうぞ! さあ、座ってちょうだい」  レンブラントは読みかけの報告書を机の上に置いた。ボチャップ少佐が着任する前のレンブラントは、あまり報告書を読まなかった。オメガ中隊にとって重要な内容が書いてある報告書だけを選んで、目を通す程度だった。だが、今のレンブラントは報告書の山に埋もれている。しかも、大して重要とは思えないことが読みにくい文章で書きつらねてある報告書ばかりだ。  つまらない報告書から離れられれば、だれが、どんな話を持ってこようと構わない。なにが起こっても大歓迎するわ――そうレンブラントは思った。  ハリーは会釈《えしゃく》し、レンブラントの向かい側に腰かけると、なんの前置きもなく本題を切りだした。 「相談があります」 「ずいぶん深刻そうね。いったい、どうしたの? お願いだから、『またレネゲイズ団が追ってきた』なんて言わないでね。わたしたちはレネゲイズ団から十光年以上も離れた惑星にいるのよ」 「そんな単純な話じゃありません」  ハリーは椅子を引き、身をかがめて小声で言った。 「ジェスター大尉のことです」  レンブラントも小声で言った。 「ジェスター大尉を心配してるのは、みんな同じよ。ジェスター大尉は知らないあいだに中隊長を解任されて、その後釜《あとがま》にボチャップ少佐がおさまったのよ。これが平気でいられる?」 「とても無理ですね! まったく、宇宙軍司令部の陰謀がプンプン臭《にお》いますよ。でも、別に驚きはしません。あの[#「あの」に傍点]宇宙軍司令部らしいやりかただと思います。規則にうるさいボチャップ少佐は、いかにも宇宙軍司令部が好みそうな人物です。今のところは、おれが管理してる補給物資をボチャップ少佐に掻《か》きまわされることはなさそうですが、くだらない報告書を山のように書けと言われて、ウンザリですよ! まぁボチャップ少佐は他《ほか》の部署の規則違反を見つけるのに忙しいですから、おれまで手が回らないかもしれません。そうなれば、おれはボチャップ少佐のいない静かなところで報告書を一気に書きあげられます。おれが心配しているのは、報告書のことじゃありません」 「ジェスター大尉のことね」  レンブラントは沈黙し、好奇心に満ちた目でハリーを見た。 「そのとおりです。ちかごろ、ジェスター大尉の様子がおかしいと思いませんか?」 「おかしいって、どういうふうに?」  ハリーは髭《ひげ》を生《は》やした顎《あご》を手でさすった。慎重に言葉を選んでいる。やがて口を開《ひら》いた。 「おれにも、よくわかりません。ただ、ジェスター大尉の服装や態度は、〈ファット・チャンス〉カジノにいるときと同じです。場ちがいなディナー・ジャケットを着て、基地の中を歩きまわってるじゃないですか。まるで大使と食事に出かけるかのような格好です。でも、おれが見る限り、ここに大使はいません。〈姿なき敵〉が潜《ひそ》んでる砂漠も不気味ですが、まったく場ちがいなディナー・ジャケット姿で歩きまわってるジェスター大尉も、かなり不気味です」 「たしかに変ね。ジェスター大尉は、いつも『オメガ中隊の制服に誇《ほこ》りを持て』とおっしゃっていたし、ご自分が率先して制服を着て、みんなに手本を示していたわ」 「そのとおりです。それに、ジェスター大尉の話しかたも、いかにもカジノの支配人ふうです」  ハリーは再び《ふたた》黙りこみ、また口を開いた。 「ジェスター大尉は病原体か何かに感染して、頭をやられたんじゃないでしょうか?」 「砂漠の暑さで、精神的にダメージを受けたのかもしれないわ。ジェスター大尉が基地にお戻りになった夜、出むかえた当直の中隊員たちの話では、そのとき既《すで》にジェスター大尉の行動は変だったらしいの。そのことはアームストロングも認めてるわ。もしかしたら、ジェスター大尉はゼノビア軍のスタンガンに撃たれた影響で、おかしくなったんじゃないかしら? 『ゼノビア軍兵士が敵と勘違いしてジェスター大尉を撃った』という可能性は、ないこともないわ」 「砂漠の暑さは、かなり影響するかもしれませんね。でも、おれはこう思うんです――」  ハリーはレンブラントに近づいて、声をひそめた。 「――ジェスター大尉がおかしくなったのは、ゼノビア政府との交渉からお戻りになった直後です。それに、まだビーカーは戻ってきてません。『ジェスター大尉とビーカーはゼノビア政府の陰謀に巻きこまれた』という説は、どうですか?」 「陰謀って、どういうこと?」  レンブラントは驚いた。ジェスター大尉の奇妙な行動にゼノビア人が関係しているなんて、一度も考えたことがなかったわ。 「おれが思うに、ゼノビア政府で出された食べ物か飲み物に、薬物が入っていたのかもしれません。なにしろ、この基地には宇宙連邦の最新式兵器がフル装備されてます。その兵器がゼノビア軍に奪われたら、おれたちは危機に陥《おちい》ります。〈姿なき敵〉の話も、おれにはどうも信じられません。あのトカゲどもは、ジェスター大尉に薬物を盛って正常な判断力を消し、宇宙連邦の兵器をゼノビア軍に横流しさせようと考えたのかもしれません」 「かなり深刻な問題ね。でも、それを裏づける証拠がなければ、へたに動けないわ」 「だから、相談しているんじゃないですか。この問題に対してボチャップ少佐がどう動くかは、わかりません。でも、いずれにしろボチャップ少佐は何もかも規則どおりに物事を進めようとするでしょう。それでは複雑な問題を解決できません。ボチャップ少佐への報告は、状況を完全に把握した後《あと》でも遅くはないでしょう」  レンブラントは考えこんだ。星際問題に発展しそうな重大問題を上官に隠しておいたことが明るみに出れば、軍法会議にかけられて重い処分を受けることは確実だ。それに、好むと好まざるとにかかわらず、今の上官がボチャップ少佐であることは明白な事実[#「明白な事実」に傍点]だ。だが、ボチャップ少佐は何の根拠もなくオメガ中隊を非難し、『すべての問題はジェスター大尉にある』と決めつけ、オメガ中隊を自分の思うままに動かそうとしている。そんなボチャップ少佐に重要事項を報告する必要はない。  レンブラントは決意した。わたしがすべきことは、ただ一つ――問題を詳《くわ》しく調査して、事実を明らかにすることよ。オメガ中隊を脅《おびや》かす外敵《がいてき》の存在を明らかにするまで、ボチャップ少佐に手だしをさせてはいけないわ。でも、わたしはハリーのゼノビア政府に対する意見を、なんの考えもなく受け入れる気はない。わたしが行動するのは、なにが起こっているのかを知りたいからよ。真実が明るみに出るまで待つなんてことはできない。 「わかったわ。どこから始めればいいの?」 「よくぞ訊《き》いてくれました!」  ハリーは叫んだ。だが、これといった計画は、まだ一つも思いうかばなかった。 [#改ページ]       12 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五六九[#「執事日誌ファイル 五六九」はゴシック体]  オメガ中隊の指揮官になられて、ご主人様は大いに視野を広げられた。たとえば、地球人以外の知的生命体と親しくなられ、ナメクジ型のシンシア人からネコ型のガンボルト人まで、いくつかの種族について詳しい知識を得られた。また、地球人としては初めてゼノビア人と接触し、この種族に宇宙連邦との同盟関係を結ばせるという幸運にも恵まれた。地球人とは違う異星人を……文化も心理も決して一様ではない種族を観察する機会も、たっぷり与えられた。  しかし、ご主人様も、目に見えない異星人との接触は予想なさらなかった。ご自分を含めて、誰ひとり見たことがない種族――そのような異星人を理解する心の準備は、まだ、できていらっしゃらなかった。 [#ここで字下げ終わり] 「相手はまだ、気配ひとつ見せない」と、フール。この一時間、ビーカーといっしょに閉じこめられた狭い牢獄の中を行ったりきたりしている。「いつ姿を現わすつもりだろう?」 「ご主人様、もしかしたら、もう現われたのではないでしょうか?」と、ビーカー。片隅《かたすみ》に身体を丸めて座り、足を身体に引きつけている。いらいらと歩きまわるフールに踏まれては、たまらない。「われわれの目には見えず、物音も聞こえない相手かもしれません」 「どうすればそんなことができるのか、さっぱりわからない」と、フール。足を止めて、ビーカーを振り返った。「物体が、どういう場合に目に見えなくなるかという問題は、かなり研究されている。嘘じゃない。この現象が実用化できる段階に達していれば、銀河系じゅうの軍隊が採用するだろう。目に見えないという現象は、特殊な状況でしか……たとえば奇術師の舞台装置みたいな所でしか起こらないんだ」 「それは、いかにも妥当《だとう》な比喩《ひゆ》と申せましょう」と、ビーカー。「われわれを捕えた者は、この壁の外に、ありとあらゆる高度な装置を設置しているかもしれません。この壁の中でわれわれが呼吸する空気……われわれに与えられる食べ物や飲み水に、どんな物質が混ぜてあるか、想像のしようもありません。われわれをだまして、なんの得がありましょう? 時間も労力もかかります。費用はともかくとして――まあ、相手が貨幣に相当するものを使っているかどうか、わかりませんので」  フールは、今度は牢獄の中をあちこち歩きまわりはじめた。 「なあ、ビーク、もしかしたら、先方にとっては、費用なんか物の数じゃないのかもしれないぞ。惑星ランドールの任務でぼくが学んだいちばん大事なことは、『費用の心配をしない』ということだった。前は直感を頼りに突き進んで成功していたのに、あのとき初めて、事業にかかる費用の心配をした。しかし、ランドールでもやはり、ぼくが心配する必要はなかった。仲間たち――中でも、おまえは欠かせない人材だ――のおかげで、結果は、始めたときよりも財政状態良好と出た」  ビーカーは眉をひそめた。 「ごもっともです、ご主人様。しかし、あれは非常に特別な状態で……」  フールは手を振って、ビーカーの言葉をさえぎった。 「とにかく、われわれは立派に任務を果たした。長い目で見たら、心配するだけ無駄だ。部下の任務遂行能力を信頼せずに、よけいな心配なんかすれば、自分が苦しむだけだ。ほかの隊員たちだって、そう思ってるに違いない。ぼくは、スシとドゥーワップを〈姿なき敵〉の調査担当にした。あの二人ならきっと、われわれがどうなったかを突き止めてくれる。真相を突き止めたら、われわれを解放する方法だって見つけてくれるさ。だから、心配することはないんだ。そうだろう?」  ビーカーは両手を組み合わせた。 「ご主人様が資金の心配をおやめになるとは、喜ばしいことでございます」微笑を浮かべた。「でしたら、一つ提案をさせていただきたいと思います。とくに今は、わたくしの提案を重んじてくださるようですので、潮時かと存じます。わたくしの給料をあげていただく――というのは、いかがでございましょう?」 「その件は、ここから出てから話し合おう」と、フール。「ここじゃ、カネがあってもなくても、大して違いはないだろう」  ビーカーは動揺ひとつ見せなかった。 「ご主人様、昇給が決まった日から、新しい元金で利息が計算されます。この利息分は、バカになりません」 「確かに、そうだな」と、フール。次の瞬間、目を見張った。「ちょっと待て……。また穴が開《あ》くぞ」  二人は壁に目を向けた。食事が出てきたときと同じように、壁が黒ずんでいる。その部分だけ、小さな孔《あな》がたくさんあるスポンジ状の材質に変化したかのようだ。ついに、相手と対面できるのだろうか? それとも、また食事が出てくるだけなのだろうか? 地球人がどのくらいの間隔を置いて食事を必要とするか、〈姿なき敵〉が知っているとはかぎらない。だが、前に出てきた食事から考えると、相手は地球人に必要な栄養素をよく知っているようだ。  フールは壁のそばで上体をかがめ、目をこらした。近くで見れば、何かわかるかもしれない。だが、開口部は相変わらず不透明だ。不透明でも、この部分は固体ではないらしい。やがて不透明な孔からボンと人間の頭くらいの丸い物体が飛び出し、そのままチリンチリンと音を立てながら牢獄の床を転がって、ビーカーの足元で止まった。ビーカーはかがんで、その物体を手に取った。 「いったい全体、これは、なんでしょう?」と、ビーカー。片手に、その物体をのせている。  フールは、しばらくその物体を見つめた。 「こんな状況でなかったら、グラヴボール用の球《たま》だと思うだろうな。ただし、どういうわけか中に鈴が入っている」  レンブラント中尉は一時間の休みを利用して、中隊基地の敷地のすぐ外側に見えるごつごつした地形をスケッチしていた。いつものことだが、白い紙に風景をくっきりと描き出す作業に熱中すれば、ほんのしばらくでも、ほかのことは考えずにすむ。だが、これも毎度のことだが、ほかの問題が次々と容赦《ようしゃ》なく心の中に押し寄せてきて、落ち着いてスケッチもしていられない。 「わかったわ、スシ。何を見つけたのか話してちょうだい」と、レンブラント中尉。あきらめて、スケッチブックと鉛筆を脇《わき》に置いた。「あなたとドゥーワップがどこに雲隠れしてたかなんて、聞かせてもらってもしょうがないけど」 「そんなこと、こっちだって話す気はありませんよ」と、スシ。「わたしたちが〈姿なき敵〉の調査をしてることは、まだボチャップ少佐にはバレてませんが、バレるのは時間の問題でしょう。少佐が、この調査を許可するとは思えません。ドゥーワップとわたしは、何があろうと調査をつづけるつもりです。ドゥーワップの言いぐさじゃありませんが、『少佐は、結果が気に入らなけりゃ、揉《も》み消しちまえばいいんだから』ってことで」 「ドゥーワップらしいわね」と、レンブラント中尉。「でも、わたしが気に入らなかったらどうするかも、考えるべきよ」 「まあ、その点はかなり真剣に考えなきゃなりませんね」と、スシ。「でも、わたしの知るかぎりじゃ、この件について最終決定権を持つのはジェスター大尉です。ジェスター大尉があきらめろとおっしゃるなら、調査はやめます。それ以外の人からの命令には、こっちで従わない権利があります」 「で、ジェスター大尉はなんて言ってるの?」  スシは、すぐには答えなかった。やがて、こう言った。 「ジェスター大尉とは話してないんです。しかし、聞いた話ですが、大尉はとても奇妙な行動を取ってらっしやるそうです。きっと、砂漠で迷ったときに、どこかおかしくなったんでしょう――よくわかりませんけどね。とにかく、わたしとしては、ジェスター大尉から命じられた仕事をつづけるのが一番だと思います」  レンブラント中尉はため息をついた。 「スシ、たとえオメガ中隊といえども、上官の命令を無視することはできないのよ。わたしだって、ボチャップ少佐なんかに来てほしくなかったわ。でも、いくらそう思っても、規則は変わらないの。ジェスター大尉が戻ってきても、この中隊の指揮官はボチャップ少佐よ――あなたの気に入るかどうかは、関係なく」  スシはウインクして答えた。 「中尉、わたしはボチャップ少佐の命令を無視してるわけじゃありません。まだ、命令を受けてないだけです」 「それは少佐がここに到着してからずっと、ドゥーワップとあなたが無断でどこかへ雲隠れしてたからでしょう?」と、レンブラント中尉。「本当は、わたしだって、あなたたち二人から報告を受けてないという意味で、宇宙軍の行動規定に違反してるのよ」 「そちらが何も教えてくれないのなら、こっちも報告しませんよ」と、スシ。「とにかく、わたしがここにきた理由を説明します。誰かに見られないように、別の場所へ行きましょう。いっしょにいるところが誰かの目にとまったら、目撃したほうも、われわれ二人のことを報告しようか……隠しとおせるだろうかと、悩むでしょうから」 「言っておくけど、わたしは、あなたに何かを報告するつもりはないわよ」と、レンブラント中尉。「でも、言うとおりにするわ。あなたがわたしに何か知らせるために、わざわざ雲隠れ先から戻ってきたというのなら、喜んで話を聞きましょう。でも、話がすんだら、いっしょにいるところを告げ口の得意な誰かさんに見られないうちに逃げたほうがいいわよ」 「へえ、あっしのプランに期待してくださるんで?」と、スシ。わざと悪党じみた口調で言うと、レンブラント中尉のほうへ身を乗り出した。「新しい探知機が、砂漠から出てる信号をキャッチしました。ゼノビア人が捜している侵入者に違いありません」  レンブラント中尉は座ったまま背筋を伸ばした。 「信号ねえ。あなたのことだから、ゼノビアの施設が出す信号はちゃんと除外したんでしょうね。あなたの言うとおり、正体不明の信号だったら、あなたとドゥーワップは、おもな任務の一つを二人だけで片づけたことになるわ」  レンブラント中尉はいったん言葉を切り、スシの目をのぞきこんで、先をつづけた。 「でも、あなたはなぜ、中隊長であるボチャップ少佐じゃなくて、わたしに報告するの? 報告を知る必要があるのは指揮官よ。少佐に報告したら、表彰状だってもらえるかもしれないわ」 「ひやーつ、豪勢だな」と、スシ。空中でくるくると指をまわした。「しかし、レミー、まじめな話、少佐がこの報告を喜ぶとは思えませんね。少佐がここへきた目的は、ただ一つ――ジェスター大尉の評判を落とすことです。ジェスター大尉はドゥーワップとわたしに侵入者の探知を命じましたが、こういう大胆なやりかたは、お偉方《えらがた》には好かれません。ボチャップ少佐は、宇宙軍のやりかたで物事《ものごと》を進めて、失敗したがってる人です。ほかの方法でなら成功したいところでしょうが、宇宙軍のやりかたでは成功したくないんです。とくにジェスター大尉の発案だとなれば、まず、ぶちこわすでしょう。少佐にこの件を報告しても、無視するのが関の山です。へたをすれば、わたしに調査を続行させて完了させ、汚《きたな》いやりかたで手柄《てがら》を盗むでしょう。ですから、何か手を打たなきゃなりません」 「どんな手を?」 「今しなきゃならないのは、あの信号をたどって発信源を突き止めることです。そうすれば、ホバージープとビーカーが見つかると思います。もしかしたら、ジェスター大尉に何が起こったのか……どうすれば治るかも、わかるかもしれません」 「もっともな提案ね」レンブラント中尉はうなずいた。「すでにチョコレート・ハリーが、『ホバージープを捜しに行くために捜索班を作りたい』という希望を出したのよ。でも、その要求は、ボチャップ少佐の机の上で書類の山に埋まってる。ジェスター大尉のふるまいがおかしいことは、みんな気づいてるわ。でも、ボチャップ少佐は、ロボット・ドクターにジェスター大尉を診察させないかもしれない。少佐は、ジェスター大尉を助けたいなんて思ってないのよ。大半の隊員は、ジェスター大尉に、うまくこの局面を切り抜けてほしいと思ってるわ――自分たちが普段やってるみたいにね。ボチャップ少佐がよそ見をしてる隙《すき》に、ジェスター大尉を力づけるつもりなの。でも、いつもジェスター大尉のそばにいてお世話できる人間は、ビーカーだけでしょうね」 「そうです」と、スシ。「だからこそ、ビーカーを見つけて連れ戻さなければならないんです――『できれば』の話ですけど」 「わかったわ。それで、わたしに何をしてほしいの?」  スシは笑みを浮かべて説明しはじめた。 「わたしのプランでは……」  スナイプ少尉は、照りつける太陽をちらり[#「ちらり」に傍点]と見あげた。額《ひたい》には一面に汗が浮いている。エアコンのきいた執務室へ戻りたい。このまま、あと五、六分も外にいたら、軍服も汗まみれになるだろう。  おれは、本当は、もっと居心地のいい場所に派遣されたかもしれないんだ――そう思うと、つい腹立たしくなる。お偉方も、ジェスター大尉を転属させたいのなら、オメガ中隊が前の駐屯地《ちゅうとんち》にいるあいだにやってくれればよかったのに。惑星ランドールのオメガ中隊本部は、豪勢なリゾートホテルだった。この速成基地だって、標準兵舎よりは快適だが、それにしても……。  機会を一つ逃がすと、ますます、目の前にある機会にしがみつきたくなるものだ。ボチャップ少佐は、おれにとって、宇宙軍司令部から目をかけてもらうための有力な手づる[#「手づる」に傍点]だ。利用しない手はない。暑さなんかで音《ね》をあげてたまるか。出世階段の一段目に足をかけた以上、おれもボチャップ少佐に負けない重要人物だ。少佐の役に立つためには、前中隊長の評判を落として破滅させる方法を、できるだけたくさん見つけてやらなければならない。さいわい、この種の仕事はお手のもの[#「お手のもの」に傍点]だ。  中隊員が何人か集まって、忙しそうにしている光景が目についた。何をしているのか調べてやろう――スナイプ少尉は大股《おおまた》にそちらへ向かった。難癖《なんくせ》をつけようと思えば、種《たね》はいくらでもある。何か見つかれば、ジェスター大尉の経歴に汚点《おてん》を一つ加えてやれる。スナイプにとって、中隊員のあらさがし[#「あらさがし」に傍点]は当然の行動だ。  スナイプは作り笑いを浮かべて、隊員たちに近づいた。宇宙軍の面汚《つらよご》しどもを叱り飛ばせば、不愉快な暑さも忘れられるかもしれない。  隊員たちは、近づいてくるスナイプ少尉に気づいた。 「おい、密告《スニーク》少尉がきたぞ」  低いささやき声が聞こえ、スナイプは眉をひそめた。言葉は、はっきり聞こえた。耳は悪くない。だが、誰が言ったかまではわからなかった。有能な士官は、部下に罰を加えるべき場面で、『違反者を見抜けなかった』などというヘマはしない。この場の隊員すべてに償《つぐな》いをさせてやろう。そのほうが、おもしろいじゃないか。  スナイプは、ささやき声を無視するふりをした。 「何をしている?」  スナイプは鋭い口調で尋《たず》ねた。拳《こぶし》を腰に当ててふんぞり返った姿勢が、むしろ、どこか滑稽《こっけい》に見える。だが、隊員たちは手を止めてスナイプを振り返った。 「仕事してるっす、少尉」  中の一人が答えた。ひょろりと背の高い男で、『ストリート』という名札をつけている。なまりが強いため、スナイプは一瞬、なんと言われたのかわからなかった。 「仕事だと?」と、スナイプ。隊員たちをにらみつけた。「ちゃんと仕事をしたほうがいいぞ。ここはレジャー・クラブじゃないんだからな」 「あいつ、天才じゃねえか?」  スナイプには見えない所で、誰かがつぶやいた。スナイプは、この皮肉も無視することに決めた。まあ、おべっかのつもりだと解釈してやってもいい。 「正確に言えば、どんな仕事をしているんだ?」と、スナイプ。  旧式のメガネをかけた、丸顔の若い男が答えた。 「底の深いご質問です、少尉。われわれ全員が互いに厳密な質問をしあえば、正しい答えが出るのではないかと思います」 「どういう意味だ?」と、スナイプ。その男の名札を見て、付け加えた。「マハトマ?」  スナイプはその男に近づいて、しげしげと見つめた。ようやく、ファイルで見た名前と目の前の顔が一致した。上官に対して生意気な口をきくというのは、こいつじゃなかったか? 「おまえは、自分たちが何をしているか、わからないというのか?」と、スナイプ。 「自分が何をしているか、本当にわかってる者など、いるでしょうか?」と、マハトマ。微笑を浮かべている。「単純きわまる行動でさえ、誰も予想しなかった結果を生みます」 「いいぞ、マハトマ、その調子」  ストリートが小声で言った。感心してうなずき、両手をこすり合わせている。 「ここは宇宙軍基地だ」と、スナイプ。マハトマに厳しい視線――そう見えてほしい――を向けた。「結果について考えるのは、士官の仕事だ。おまえたちの仕事は、命令に従うことだ。おまえたちが命令どおりに仕事をすれば、立派な結果が出る」  スナイプは言葉を切った。ここで考える時間を与えて、『命令に従わなければ、どうなるか』を想像させようという魂胆だ。  だが、スナイプはマハトマの想像力を計算に入れていなかった。マハトマは、並の人間にはついていけないとっぴ[#「とっぴ」に傍点]な想像力の持ち主である。 「スナイプ少尉、質問してもよろしいでしょうか?」と、マハトマ。勉強熱心な高校生のように手をあげている。無視することは不可能に近い。 「なんだ、マハトマ?」  スナイプは顔をしかめた――なんだか、おれの最初の目的とは違う方向へ流れてしまいそうだ。まあ、いい。こいつの場違いな質問を片づけたら、すぐに元の軌道に戻してやる。  マハトマは、この上なく真剣な表情で尋ねた。 「スナイプ少尉、われわれは、われわれに命令するのは誰かを知っておいたほうがいいのではないでしょうか? そのほうが、命令が正しいかどうか判断できます」  スナイプはマハトマをにらみつけた。 「どのような場面のことを言っているのか、わたしにはわから――」 「どのような場面にでも当てはまります、少尉」と、マハトマ。礼儀正しい口調で、ケチのつけようがない。「人をひとりひとり見分けるのが難しいこともあります。中の一人が士官で、もう一人はそうでない場合、どうなりますか? わたしたちの知らない人がきて、自分は士官だと言ったら、その人の命令に従うべきでしょうか? それとも、命令に従う前に、その人の権限を確かめたほうがよろしいでしょうか?」 「ああ、いや、わたしについては、そんな心配は無用だ」と、スナイプ。顔をゆがめ、凶暴な表情を浮かべた。「ボチャップ少佐は、宇宙軍司令部からオメガ中隊の指揮権を与えられた。少佐はその命令書を、ジェスター大尉に見せた」 「しかし、ボチャップ少佐がここへ来られたとき、ジェスター大尉は不在でした」と、マハトマ。「命令書を大尉に見せる機会はありませんでした。それなのに、少佐はただちに指揮権を引き継いだとお考えです。少佐のご命令が軍法に則《のっと》ったものかどうか、われわれにはわかりません」 「そうだ。マハトマの言うとおりだ」ほかの隊員がつぶやいた。「いいぞ、マハトマ、その調子だ」  スナイプの首筋がチタチクした。毛が逆立っているらしい。こいつらは反乱を正当化する気か?『よけいなことは言わずに、仕事に戻れ』と言い聞かせるべきだろうか? それとも、ボチャップ少佐に知らせて、必要な措置《そち》を取ってもらうべきだろうか?  「この中隊の士官たちは、ボチャップ少佐を指揮官として受け入れたぞ」  とりあえずスナイプはそう答えた。考える時間を稼ぎたい。 「知っています。だからこそ、わたしたちも命令に従ってきたのです」と、マハトマ。冷静な口調だ。「しかし、それはジェスター大尉が戻ってこられる前のことです。今、ジェスター大尉から命令を受けたら、わたしたちはどうすればいいのでしょう? ジェスター大尉は、今でも士官ですよね?」 「ジェスター大尉は現在、中隊長の任を解かれている」と、スナイプ。額を汗が流れた。「さらに、ボチャップ少佐のご命令で自室に軟禁されている。大尉の立場については、まだ結論が出ていない。士官としての権限は、一時的に無効になった」 「はい、われわれも、そう聞きました」と、マハトマ。「つまり、ジェスター大尉のご命令には従わないほうがいい――ということでしょうか?」 「おまえたちは――」  答えかけたスナイプは、マハトマの質問に含まれた落とし穴に気づいた。ここは、よけいなことを言わないで、短い返事ですませたほうがいい。 「それは、時と場合による」と、スナイプ。「大尉の命令が軍法に違反する内容でなければ、従うべきだ。しかし、ボチャップ少佐の命令と食い違う場合は、従ってはならない」 「よくわかりました、少尉。これで、すっきりしました」と、マハトマ。微笑が、歓喜に満ちた笑顔に変わった。「もう一つだけ、よろしいですか、スナイプ少尉? ジェスター大尉の命令がボチャップ少佐の命令と矛盾するかどうか、いちいち少佐に確認していただかなければ、われわれにはわかりません。どうすればよろしいでしょう?」 「いい質問だ」と、スナイプ。「今のところ、ジェスター大尉の命令は無視していいだろう。少佐の承認を得てから、命令に従えばいい」 「ありがとうございました、少尉」と、マハトマ。「これで、疑問はすっかり解決したと思います」 「けっこう。では、仕事に戻れ」  スナイプは、チャンスだとばかりに、その場を立ち去った。あとで、その場に残って忠告の結果を見届けなかったことを後悔した。だが、スナイプはオメガ中隊《ギャング》と付き合った経験がない。マハトマにも、いま出会ったばかりだ。隊員たちが上官の忠告をどう利用するか、予測できなかったのも当然だろう。  明かりのついた部屋に入ったジョーダン・エアズ牧師は、中で待っていた顔ぶれを見て、目をパチクリさせた。アームストロング中尉とレンブラント中尉が並んでソファーに座り、片方の肘《ひじ》かけにブランデーが腰をおろしている。 「かけてください、レヴ」と、チョコレート・ハリー。この秘密会議にレヴを呼んだ張本人だ。 「どうも。ああ、おかまいなく。自分でやるから」  レヴは高い背もたれ[#「背もたれ」に傍点]のついた椅子を、自分でソファーの前まで引っぱってきた。ハリーはブランデーとは反対側の肘かけに、あぶなっかしく巨体を乗せた。二人の大柄《おおがら》な下士官が両側から二人の中尉をはさんで座った様子は、まるで本をはさんだブックエンドだ。レヴは自分を見つめる四人の顔を見返した。 「あんたがたが顔をそろえておれを呼ぶというのは、重大な話に違いない。そちらから話してくれないか? それとも、こちらで当てなければならないのかな?」  四人のうちで最古参の士官であるレンブラント中尉が、口火を切った。 「わたしたちの最大の問題は、あなたもご存じだと思うわ」 「ボチャップ少佐のことだな」  レヴの言葉に、四人がそろってうなずいた。レヴも、うなずき返した。だが、そのあとは、誰も何も言わない。レヴは肩をすくめて、言葉をつづけた。 「まあ、あんたがたの立場には同情できる。しかし、ここにいるわれわれがなんとかできるという性質のものではない。少佐は、宇宙軍司令部から中隊長に任命された人間だ。我慢して、少佐の下で働くしかない」 「普段なら、わたしも同じように考える」と、アームストロング。「少佐は、正式に任命されたわれわれの上官だ。少佐が、今までのわたしたちのやりかたと違う考えを持っているなら、われわれは、命令に従うか、不服従で任を解かれるか、どちらかしかない。少佐の命令はどれも厳密に規則どおりのものだから、異論のはさみようがない」 「まったくそのとおりだ、アームストロング中尉」と、レヴ。重い口調だ。「わが〈主〉も、かつて軍隊に召集されたが、命令に従い、ほかの若者たちと同じように兵役につかれた。あの名高い〈主〉エルビスでさえ、特別あつかいはされなかった。それどころか、髪を短く刈るという少なからぬ犠牲まで払われた。〈主〉が耐えしのばれたのなら、われわれも耐えられるのではないかな?」  レンブラント中尉はうなずいて答えた。 「それが理にかなった姿勢ね。もっとたくさんの隊員たちがそういう心がまえでいてくれれば、わたしたちも楽なんだけど。でも、正直なところ、今のわたしたちにとって必要なのが、その姿勢かどうか、わたしにはわからないわ」 「レンブラント中尉、そうお考えなら、おれはあまりお役に立てないようだ」レヴは椅子から立ちあがった。「たしかに〈主〉は、一部の人々にとっては反逆児に見えたかもしれない。しかし、ご自身の心の底では、権威を非常に尊重しておられた。〈主〉は、一部の人物に敬意を表するために、わざわざ――」  ブランデーが口をはさんだ。 「座ってよ、レヴ。一つ、はっきりさせておくわ。わたしたちは、反乱を起こすために、あなたに隊員たちを煽動《せんどう》してもらおうなんて思ってはいないの。そんなことをしても、ボチャップ少佐は一人できれいに片づけてしまうわ。隊員たちが何かをしでかす[#「しでかす」に傍点]とすれば、あらゆる手を使って、少佐が自分から転属願いを出すように仕向けるしかない。隊員たちに、危険をかえりみずに行動する気を起こさせる人物は、一人しかいないわ。その人物が何も言わないので、隊員たちは動けないのよ――命令がないのに動くと、予想以上にその人物が傷つくのではないかと心配してるの」 「ジェスター大尉のことだな」と、レヴ。まだ立ったままだが、片手を椅子の背に置いている。 「そのとおり」と、ブランデー。レヴから目を離さない。「この中隊は全員が――士官、下士官、入隊ほやほやの新兵を問わず――ジェスター大尉のためならブラックホールに飛びこむこともいとわない覚悟でいるわ。でも、大尉を傷つけるのではないかと心配してるかぎり、いつまでたっても最初の一歩が踏み出せないの。それに、大尉はこのごろ、とても変なのよ――あんたが気づいてるかどうかは知らないけど」 「もちろん、気づいているとも、ブランデー」と、レヴ。「砂漠から戻られて以来、たいそう混乱しておられるようだ。暑さのために、精神のバランスが崩れたに違いない。執事は、もう見つかったのかね?」 「いや、ビーカーはまだ行方不明だ」と、アームストロング。にこり[#「にこり」に傍点]ともしない。「ビーカーの手がかり[#「手がかり」に傍点]を探《さが》しているのだが、詳しいことは話せない。わたしは、あまり大きな成果はあがらないのではないかと思う」 「残念だな」と、レヴ。「ビーカーは善良な仲間だった。非常に善良な男だったのに」  レヴは困惑して頭を振り、元どおり腰をおろして、四人に目を向けた。 「しかし、それなら、おれに何をしてほしいというんだ?」 「ジェスター大尉と話していただきたいの」と、レンブラント中尉。「オメガ中隊付きの牧師としてあなたを呼んだのは、ジェスター大尉よ。あなたなら、筋の通った話ができるかもしれないわ。わたしたちは、大尉には相手にしてもらえないけど」 「本当にそう思うか?」と、レヴ。表情が、かすかに熱っぽくなった。 「ええ、そう思うわ」と、レンブラント中尉。「これは、あなたが得意とする領域でしょ。ジェスター大尉の力になってあげてちょうだい。大尉が正気に戻ってくだされば、中隊の指揮権を取り戻すかどうか、大尉がご自分で決断できるわ。大尉が中隊長に復帰してくださるまでは、わたしたちはやきもき[#「やきもき」に傍点]するばかりで、何もできない。あなたが手伝ってくだされば、大尉も元に戻れるんじゃないかしら」 「おれが手伝えば?」と、レヴ。椅子に座ったまま背筋を伸ばし、得意げに胸をふくらませた。「よろしい。ジェスター大尉が正気を取り戻す手助けをしてほしいということなら、任《まか》せなさい。やってみよう」 「ありがとう、レヴ。感謝するわ」と、レンブラント中尉。「わたしたちのために、やってちょうだい」  レンブラント中尉はレヴの手を握った。ほかの三人も、順々にレヴと握手をかわした。レヴは向きを変え、部屋を出て行った――任務《ミッション》[#ここから割り注](「伝道」の意味もある)[#ここまで割り注]――を帯びた男として。  レヴの姿が消えると、レンブラント中尉はほかの三人を振り返った。 「これでいいわ。大尉を元どおりにする仕事は、レヴが引き受けてくれた。大尉が中隊長に復帰なきったら、次は何をしていただけばいいかしら?」  四人は無言で視線をかわした。レンブラント中尉が提示した話題に当惑して、もじもじしている。次の瞬間、まるで誰かがスイッチを入れたかのように、四人がいっせいにしゃべりだした。  しばらく夢中でしゃべるうちに、気づいた――四人とも、望むことは同じだ。  ジョーダン・エアズ牧師は、デリケートな考えかたをしない。人生における数々の問題の答えを、いつも自力で見いだす。壮大で、華麗《かれい》で、公然と口にできる答えばかりだ。真の信仰を持つ者として、見つけた答えを周囲の人々に説き、たいていは成功した。だが、これは説得力があったからではない。問題を解決するために『座って考える』だけではなく、ほかにも、いろいろな方法があることを教えてきたからだ。そのようなとき、人間は手当たりしだいに、なんでもする。レヴが教えたことも、その一例でしかない。  しかし、ジェスター大尉の場合は原因が何であるにせよ、正気に戻すにはデリケートな方法が必要になる。いつも隊員たちを相手におこなうカウンセリングと同じ方法では、だめだ。大尉はもともと精神の安定した人間で、ありあまるほどの権力と財力の持ち主だ。いつも身体にぴったり合った服を着て、他人を疑うことはめったになく、内心の葛藤《かっとう》を顔に出すことも少ない。考えてみると、〈主〉によく似たタイプだ。ホームシックにかかった宇宙軍の新入り隊員を慰める手法は、あの大尉には向かない。人生の問題は何でもディリチアム・エキスプレス・カードを振るだけで解決してきた人間だ。 「おはようございます、大尉」  レヴは声をかけて、フールが座っているベンチに近づいた。フールは分厚い中隊員の個人記録を、ぱらぱらとめくっていたが、顔をあげて明るい笑みを浮かべた。 「おや、おはようございます。しばらくでしたね。少し世間話でも、いかがです?」 「では、遠慮なく」レヴは、するりとフールの隣に腰をおろした。「二人で愉快な話をしてから、ずいぶんたちますね。大尉がしばらくここを離れていらしたからです。非常に……その……興味深い[#「興味深い」に傍点]ご旅行だったんでしょうな」  旅の話をすれば、大尉の抱《かか》えている問題の原因がわかるかもしれない。 「あなたなら、そう言うでしょうね」と、フール。肩をすくめた。「実を言うと、たいして話すことはないんですよ。正直な感想は、『とにかく、ここまでこられてよかった』といったところかな」 「ごもっともです」  レヴは当惑した――予定とはかなり違う展開だ。方向を変えよう。大尉が乗ってきてくれるといいが。 「砂漠の旅で、大変な思いをなさったでしょう。傷は、ご自分で思っていらっしゃるより深いかもしれません。最初に大尉が――」 「いや、わざわざ話すほどのものはありません。あなたこそ、おもしろい話がいろいろとおありでしょう」  フールはレヴを手振りでうながした。まるで、レヴに話をさせるために呼んだかのようだ。  レヴはため息をついた――ひょっとしたら、いつものやりかたに戻したほうがいいのではないか? いつものやりかたなら、一定の成果はあがる。だが、ジェスター大尉は〈主の教会〉に帰依した信者ではない。 「わたしが知っている一番いい話は、自分のことではなく、昔の地球に生きた貧しい少年の物語です」と、レヴ。「少年は幼かったころ、誰にもかえりみてもらえませんでした。身内の人たちが、金持ちでも有力者でもなかったからです。社会の下層に生きる不幸な人人で――」  フールが手をあげて話をさえぎった。 「誰にでも、少しばかり運の悪いときはありますよ。ぼくに言わせれば、一番いいのは、地道に働きながら転機を待つことです。もちろん、勝算は頭に入れておかなきゃなりません。そうすれば、よけいな危険を冒《おか》さずにすみます。賭けをする以上は、頭を使ってもらいたいものですね。自分の頭では追いつけない勝負なら、やめたほうがいい」  フールは、にやりと笑った。まるで、深遠な言葉でも吐いたかのような表情だ。  レヴは眉をひそめた。 「そりゃ、そうです、大尉。おっしゃるとおりです」と、レヴ。自分が狙《ねら》っていた方向へ、話を戻そうとした。「しかし、この話に出てくる少年は、内面に燃えさかる情熱を抱えていたのです。ありあまるほどの熱意です」 「それはけっこう。すばらしいことです」フールはうなずいた。「その少年がここでの作戦に向いているとお考えなら、役に立ってくれるかもしれません。人事部に連絡して、面接してもらいましょう。面接であなたのお名前を出すよう、少年に伝えておいてください。ぼくからも、その少年の申しこみをまじめに考慮するよう――」 「いえ、そういうことをお願いしているつもりはないんです、大尉」  レヴは頭を掻《か》いた。ジェスター大尉は、こっちの話をよく聞いていなかったらしい。こんなことは初めてだ。これまで勤めた所では、上役はみな口先ばかりの人間で、『いちばん大事なことは、部下の話をちゃんと聞くことだ』と言いながら、実行していなかった。だが、ジェスター大尉はいつも相手の話に耳を傾け、聞いたことをよく覚えている。そして――これが肝心《かんじん》なところだ――適切に対応してくれた。それなのに、今は……。 「寄ってくれて、ありがとう。楽しかったです」と、フール。「このところ忙しくて、友人たちと話す暇もないんです。しかし、もちろん、あなたならいつでも歓迎しますよ」 「ありがとうございます、大尉。しかし、わたしが言いたいのは――」  最後にひとこと言おうとしたレヴを、フールはさえぎった。 「山のように仕事がたまってるんです。もう、怠《なま》ける口実も種切《たねぎ》れになりました。充分に楽しんだから、今度は全力で仕事をしなきゃ」  フールは立ちあがり、レヴに手を差し出した。 「また寄ってください。今度は、宇宙ステーションへも顔を出してほしいですね」 「あー、はい、大尉」と、レヴ。無意識にフールの手を取って握り、上下に振った。「ええと、もう一つ――」  フールは、レヴの言葉には動かされなかった。 「ここにいるあいだに、あなたも楽しんではいかがです?」と、フール。「くつろいで、本来の自分に戻るのは、誰にとっても楽しいものです。忠告を一つ――われわれがカネを落とせば、宇宙ステーションにとっても大きな利益になります」  フールはウインクして元どおり腰をおろし、書類に視線を落とした。話が終わったことを、はっきり知らせる姿勢だ。  レヴは困惑して、その場を去った。予想よりひどい事態だ。なんとかレンブラント中尉の所までたどりついたものの、すぐには言葉も出なかった。  デスクトップ・コンピューターから顔をあげたレンブラントは、心配そうな表情を浮かべた。 「どうだった、レヴ?」  レヴは頭を振った。 「言いたくないが、中尉、まったくまずい事態だ。全然だめだった」と、レヴ。言葉を切って床に目を落とし、あらためてレンブラントに向き直った。「あんたが大尉の助けを必要としているなら、かなり長いあいだ待たなきゃならないだろうな」  レヴの報告を聞いて、レンブラントは決心した――大至急、スシの計画を実行に移さなければならない。ジェスター大尉のホバージープが……それとビーカーがどうなったのか、確かめよう。この時点で、スシの計画が最優先事項になり、レンブラントは捜索班のメンバーを選びはじめた。  隊員たちに声をかければ、ほとんど全員が行きたいと言うに決まっている。レンブラントは最終的に、候補を六名に絞《しぼ》った。偵察に慣れた鋭い目の持ち主と、荒れ地でのサバイバル経験がある者ばかりだ。選考基準に達しないとされた隊員たちが何人か、レンブラントを取り囲んで『欠けている部分は、ほかの能力で補える』と抗議する一幕《ひとまく》もあった。レンブラントは惑星ランドールで隊員たちに同じような救出班を作らせた[#ここから割り注](『銀河おさわがせマネー』参照)[#ここまで割り注]ときのことを思い出して、隊員たちを説得した。  クァル航宙大尉は、はずせない。ゼノビア人だから、この土地に関する知識の量は、ほかの隊員とは比べものにならない。クァル航宙大尉が育った場所は、乾燥地帯ではなく湿地帯である点を考えに入れても、メンバーとして必要だ。でも、ゼノビア人を全面的に信用していいのかしら? なんといっても、首都からのジェスター大尉の通信の内容は、『交渉会議をゼノビア軍に立ち聞きされた』と言わんばかりであった。それに、この基地にはゼノビア人がほとんどいない。クァル航宙大尉が基地から姿を消せば、ほかの隊員がいなくなった場合よりも目立つ。  だが、レンブラントはさまざまな問題点を考え合わせた末に、結局、土地勘のあるクァルを捜索班に加えたほうがいいと判断した。  三人のガンボルト人を入れたほうがいいかしら? ネコ型人はすばらしい偵察能力を持っている。でも三人ともいなくなってしまうと、基地のほうが不安だ。レンブラントはしぶしぶ、この案をあきらめ、結局、ガンボルト人のデュークスとルーブは基地に残し、ガルボ――三人の中でいちばん、地球人との共同作業に慣れている――を加えることにした。それから、ガルボの相棒のブリックも選んだ。ガルボとブリックが切っても切れないコンビだからではなく、ブリック自身の能力が捜索班に向いているからだ。都会育ちと思われていたブリックだが、実は、故郷の惑星では田舎の出身で、ヌエバ・アラキスと呼ばれる不毛の地で育ったという。砂漠での偵察に必要不可欠な勘の持ち主だ。乾燥地帯で何年もすごした者に特有の、本能的な知識が身についている。  マハトマとダブル・|X《クロス》も、捜索班で役立つ人材だ。しかも、一週間あまり基地からいなくなっても、ほとんど誰にも気づかれない。捜索班に向いているというだけなら、ブランデーとエスクリマが最初に候補にあがっただろう。だが、この二人は目立つ立場にいる。いなくなれば、誰でも気づく。まあ、できるだけ優秀な捜索班を編成して、あとはそのメンバーが立派に役目を果たしてくれることを期待するしかない。  いちばん頭が痛いのは、捜索班の指揮を誰に任《まか》せるかだ。三人の軍曹がそれぞれ班長として加わりたがったが、軍曹が基地から姿を消せば、たちまち気づかれてしまう。レンブラントは三人に向かって、決然と言い渡した。 「ボチャップ少佐は、ここでの任務にはなんの関係もないし、ジェスター大尉は普段の状態じゃない。少佐と大尉をのぞけば、いちばん上の階級にいるのは、わたしよ。だから、捜索班はわたしが指揮するわ」  このやりとりのあとで、スシがレンブラントの執務室に飛びこんできて、捜索班に入れてほしいと要求した。レンブラントは最初の直感で――そもそも捜索班を派遣するというプランはスシが出したのにもかかわらず――スシを候補からはず[#「はず」に傍点]していた。 「スシ、あなたは連れて行けないわ」と、レンブラント。「あなたは都会育ちでしょ。捜索班がでかける先は荒れ地よ。あなたは、みんなの足手まといになるわ。それに、あなたには侵入者の信号を見張って、何か変わったことがあったら知らせてほしいの。だから、あなたはここに残って、通信機で連絡してちょうだい」  スシは引きさがらなかった。 「通信機は、雑音だらけで使えませんよ。忘れたんですか? 外縁部より四、五キロ離れたら、もう通じません。捜索班が向かう地域と交信するなんて、とても無理です。侵入者が使う周波数はわかりましたから、わたしが摸索班に加わっても、携帯用探知機で信号をモニターしながら進めます。ここ二、三日、携帯用の装置を造ってたんですよ。重さを三キロまで減らしました。大きさは靴箱くらいです」  スシから新しい探知機を見せられて、レンブラントは納得し、スシを捜索班に加えることにした。だが、そうなると、ほかの誰かをはずさなければならない。人数が多いと班をまとめにくくなる。誰をはずすか――この決断には苦労した。候補者はみな、役に立つ技術の持ち主だ。とくに、クァル航宙大尉は絶対にはずせない[#「はずせない」に傍点]。ガルボとブリックは、どちらか一人をはずせば相棒も辞退するだろう。二人いっしょに抜けられては困る。そうすると、はずれるのはマハトマかダブル・|X《クロス》だ。  レンブラントは昼すぎからずっと、この問題で頭を悩ませつづけた。日没が近づいたころ、通信器で、『士官は司令センターに集合せよ』という呼び出しが届いた。うむを言わせぬ命令だ。司令センターへ向かって駆けだしたレンブラントは、角を曲がった拍子に、危《あや》うくシンシア人のルーイと衝突しそうになった。ルーイはいつものように飛行ボードに乗って、音も立てずに廊下を疾走し、曲がり角にさしかかったところだった。ルーイはレンブラントにぶつかる寸前に、ひょいと飛行ボードをかわした。  だが、レンブラントのほうは、急停止した拍子に腰をひねったらしい。ボチャップ少佐のいる司令センターに着いたときには、腰から下がこわばりはじめた。会議が終わるころには、立ちあがれなくなった。ロボット・ドクターの診察を受けると、筋肉の痙攣《けいれん》という診断で、痛み止めを一瓶《ひとびん》わたされた。机に向かって仕事をするには、さしつかえない。だが、捜索班を率いて荒れ地へでかけるのは無理だ。  レンブラントは捜索班から抜け、クァル航宙大尉が事実上の班長になった。レンブラントは思った――結局、自分を売りこみにきたスシを入れておいて、よかったわ。クァル航宙大尉を別にすれば、スシは班員の中でも一番すぐれた統率力と明確な使命感を持っている。クァル航宙大尉の話す言葉も、よく理解できるようだ。ひょっとしたら、これがいちばん大事な点かもしれない。ゼノビア語は翻訳器を通すとめちゃくちゃになって、言葉そのものは確かにこちらの言葉なのに、宇宙連邦税法よりも難解になる。  捜索班が出発するとき、レンブラントは足をひきずって敷地の外縁部まで見送りに出た。捜索班は真夜中すぎに、そっと基地を抜け出した。真ん丸より少し欠けた月の明かりだけが頼りだ(文献の説明によると、この衛星――ゼノビア人はヴォーノと呼ぶ――は地球の有名な巨大衛星〈月《ルナ》〉よりも少し小さいそうだ。だが、隊員のほとんどが小さな衛星しか持たない惑星や、衛星のない惑星の出身だ。隊員たちから見れば、ゼノビアの月も充分に明るくて、感動的だった)。  白昼堂々と出発しても大丈夫だったかもしれない。ボチャップ少佐とスナイプ少尉をのぞくオメガ中隊員すべてが、捜索班が出発することを知っていたからだ。だが、ボチャップ少佐に見つかって騒ぎ立てられれば、予定よりいくつか余計に規則を破らなければならなくなる。もともと、これは規則を無視して出発する捜索班だ。立派に任務を果たして帰っても、少佐に罰せられるだろう。そのとき少佐が、どんな顔でどんな罰を言い渡すか――この光景は、どの隊員にも想像できた。  結局、無用な摩擦《まさつ》を避けるため、夜間に出発することに決まった。  捜索班は、装備や食糧の最終チェックを終えると、クァル航宙大尉を先頭に、基地の外の闇の中へ進んだ。運がよければ、正体不明の侵入者にも探知されず、ボチャップ少佐にも気づかれずに、目的地まで行けるだろう。  レンブラントはその場に立ったまま、闇の中へ消える捜索班を見送った。自分が加われなかったことが残念で、心が痛む。しかし、腰の痛みのほうが強烈だ。自分の決断は正しかったと、納得せざるを得ない。レンブラントは向きを変えると、そろそろと足を進めて自分の部屋へ向かった。わたしの決断がどれも、今と同じように正しければいいんだけど。わかってる――答えは、すぐに出るわ。 [#改ページ]       13  どこの惑星でもそうだが、ゼノビアの砂漠も、都会人が想像するよりはるか[#「はるか」に傍点]に豊かで変化に富んだ土地だ。とくに、ゼノビア人は大多数が沼地で暮らしているため、広大な乾燥地帯はどこもみな同じだと思ってしまう。だが、正体不明の信号の発信源を探《さぐ》るために送り出された捜索班は、進みだすとすぐに、この広大な土地が一面の乾いた砂地だけではないことを悟った。たくさんの生き物が生息しており、活発に動くものや、用心しないと危険な動物もいる。  クァル航宙大尉は、砂漠の野生動物のことも、いくらか知っていた。都会育ちだが、軍の訓練や故郷の動物園で見たことがある。ゼノビアの砂漠で案内役がつとまるのはクァル航宙大尉だけだ。しかし、本人も認めるとおり、目につく生き物の多くは初めて見るものばかりだった。 「なんだかわからないものを発見したら、近寄らないように」  クァル航宙大尉は、きびきびと言い渡した。ほかの者たちはまじめくさってうなずき、その忠告を忘れないようにした。  だが、(砂漠に慣れた者たちの経験をもとに、夜間に進む計画を立てたものの)暗闇で知らない土地を進みながら『わからないものには近寄らない』ようにするのは、容易ではなかった。たしかに、夜なら不快な暑さは感じないし、誰かに見つかる恐れも少ない。だが、ゼノビアの砂漠の生き物は夜行性で、捜索班にとっては、うるさいほど頻繁《ひんぱん》に現われる。思いがけない物音がして、何かが近づいてくるたびに、ゼノビア生まれでない隊員の誰かが跳《と》びあがりそうになった。  クァル航宙大尉が生き物の名前を教えてくれることもあった。大きな声を出すずんぐりした生き物は、『グランプラー』。地面に巣穴を掘る小さな生き物は、『西部フラーン』。宇宙軍支給品の暗視ゴーグルを通して光る目が見えた――こそこそ動くその生き物は『まだらスルーン』だという。翻訳器から、クァル航宙大尉の重々しい声がそう教えた。  たいていは害のない生き物だが、ワニに似た小型の生き物は別だ。驚くと、高くジャンプしてとびかかり、長さが一センチあまりもある歯で噛みつく。行く手に少しでもその生き物の動く気配がすると、一行はたじろぎ、それぞれの言葉――言語は三種類だが、さらにいくつかの方言に分かれる――で思いきり悪態をついた。この『跳ねワニ』は低い茂みに溶けこんで、姿が見えにくい。噛まれないよう早めに居場所を突き止めたいが、暗視ゴーグルをつけていてもなかなか見えない。二、三回、噛みつかれそうになったあと、一行は草木の生えた場所を迂回《うかい》して進んだ。時間がかかる割には、距離がはかどらない行軍だ。  やがて、足首を埋める短い草におおわれた場所に出た。先頭を進むクァル航宙大尉が停止を命じ、後続の中隊員たちを振り返った。 「これでは、進みかたが遅すぎる」と、クァル航宙大尉。静かな声だ。「こうすれば、はかどるかもしれんな」  そう言うとクァル航宙大尉は、吊り革で肩にかけたスタンガンをおろし、両手で構えた。 「まあ、すごい。いい考えね」と、ブリック。「スタンガンで危険な野獣を撃って、相手が気絶しているあいだに通り過ぎればいいのね。今まで思いつかなかったのが、不思議だわ」 「あまり何度も使える方法ではないぞ」と、クァル航宙大尉。「大勢でスタンガンを発射すれば、仲間に当たるかもしれない。ひそかに接近して撃とうと思っても、通り道で巻きこまれた小さな動物が枝や空中から落ちれば、狙《ねら》う相手を警戒させてしまう。また、スタンガンで撃たれた生き物の中には、落下の衝撃で死んだり、先に意識を回復した生き物に食われたりするものもいる。しじゅうスタンガンを使うのは、エネルギーの無駄だ。エネルギーの補充には時間がかかる。そういうときに危険な野獣と出会っては、まずい」 「エネルギーが切れたときに出会うと、決まったわけじゃありませんよ」と、スシ。砂漠用の装備が身につかず、ぎごちない様子だ。だが、ほかのメンバーから遅れることはない。都会育ちでも、毎日のように何時間も武術の訓練をしているので、身体は頑健だ。 「まずいときに危険な野獣に出会うことも考えに入れて、どんな場合にも対応できるようにしておかなければなりません」と、マハトマ。例によって、笑顔を浮かべている。「曹長や軍曹が、いつも言っておられます。しかし、もちろん、そんなことは不可能です」 「『不可能』か。超光速航宙だって、昔は、不可能だと言われたんだ」と、スシ。「昔の物理学者にきいてみるといい。もちろん、タイムトラベルでもしなきゃ会えないけどな――『不可能』と言った学者は、みんな故人だ。軽々しく『不可能』なんて、言わないほうがいい」 「『不可能』という言葉は、ピエロ大尉の口から出たことはないようだな。わしは聞いたことがない」と、クァル航宙大尉。「だから、『不可能』という言葉で片づけないで、考えてみてもらいたい。『グリフは、グリフの見かたでしか物を見ない。だから、グリフは山を知らない』と、わしのタマゴの母がいつも言っておった。もちろん、グリフは頭の悪い生き物だ」 「グリフって、なんすか?」と、ダブル・|X《クロス》。 「大きくて不器用な、雑食の動物だ」と、クァル航宙大尉。「砂漠には生息しておらん。だから、グリフのことは心配しなくてよい」  クァル航宙大尉はスタンガンを前方へ向けて、発射ボタンを押した。 「行こう。しばらくは、わしが道を切り開《ひら》いて進む。後ろから、ついてきてくれ。わしのスタンガンのエネルギーが半分になったら、次の者に代わってもらう」  クァル航宙大尉は一行の前に進み出ると、行く手を掃射しはじめた。やがて前進しはじめ、ほかのメンバーがあとにつづいた。今度は、『跳ねワニ』には悩まされなかった。  ボチャップ少佐にとっては、抜きうちの巡視ほど楽しいものはない。思わぬときに中隊長の姿を目にしてあわてる隊員たちの様子は、自分の権力を実感させ、爽快感《そうかいかん》を与えてくれる。いい大人が――男も女も――身を縮め、ボチャップ少佐の姿が目に入らなかったふりをして、心の中で『早くどこかへ行ってくれ』と祈る。少佐も、ときには本当に用事があって巡視するが、たいていは気まぐれだ。隊員たちから見れば、いつ現われるか予測がつかない。  油断《ゆだん》していた隊員たちは、横流しで手に入れた品物を隠す暇がないと、パニックに陥《おちい》る。ぞくぞくするほど楽しい眺《なが》めだ――その気持ちを、ボチャップ少佐は隠そうともしない。この中隊では、いつも誰かが禁制品など見られては困る物を持っている。それを見つけ出すのが、もう一つの楽しみだ。隊員たちが怠《なま》けたり、悪事をはたらいたりしている証拠をすべて見つけ出し、思い知らせてやる。落ち度ひとつひとつについて、たっぷり罰を与えてやる。手加減《てかげん》せずに厳しい懲罰をおこなえば、隊員たちは新しい中隊長を恐れるだろう。上官を恐れて暮らせば、士気の高い中隊ができあがる――それが、ボチャップ少佐の考えかただ。  朝一番に司令センターの入口から外へ足を踏み出したボチャップ少佐は、残忍な笑みを浮かべた。こんな早朝に中隊長が現われるとは、誰も思わないだろう。ひょっとしたら隊員たちは、まだ寝ぼけているかもしれない。ボチャップ少佐は左右に視線を走らせ、鼻に皺《しわ》をよせた。まるで、獲物を嗅ぎ出そうとするかのようだ――今日はどこからまわってやろうか? まだ決めていないが、いずれ、攻撃目標も定まるだろう。いったん狙いが定まったら、絶対に逃しはしない。わたしの正義の怒りを受けた隊員を、震えあがらせてやる。このさき何年も、今日のことを思い出してビクつかせてやる。  基地中央の練兵場を横切る途中で、道具小屋の陰に、格好の攻撃目標が見えた。異星人隊員の一人――ボルトロン人だ。正規の部隊ではつとまらないから、クズの集まりであるオメガ中隊に放りこまれたのだろう。ボルトロン人は、本を読んでいた。宇宙軍の隊員には、読書などしている暇はない。あのイボイノシシに、規則一般についてたっぷり説教してやろう。  だが、練兵場の向こうにいる相手に向かって、いきなり突進するのはまずい。あのボルトロン人が本を隠したければ、こっちが近づくのを見てこそこそ[#「こそこそ」に傍点]逃げてしまうだろう。そうなれば、こっちは無駄な力を使うことになる。ここは気づかないふりをして遠回りし、あの怠け者を、自分から罠《わな》に落ちこませたほうがいい。  左手に、何人かの隊員が見えた。ボチャップ少佐は、まず、そちらの集団から片づけることにした。  近づくにつれてボチャップ少佐は目を剥《む》き、しまいには目玉が飛び出さんばかりになった。行く手に見える光景は、今までオメガ中隊で見たどんな場面よりも、ひどい。どの隊員もぶらぶら[#「ぶらぶら」に傍点]しているだけで、何もしていない。さらにあきれたことには、誰も制服を着ていない! それぞれ勝手な私服姿で、さまざまなデザインの異様な紫色の服が混じっている。みな、髪はもじゃもじゃのまま、髭《ひげ》も剃《そ》っていない。宇宙軍に入隊して以来、こんな光景を見たのは初めてだ。  ボチャップ少佐は、無防備な弾薬置き場を見つけたホバージェット戦闘機のような勢いで、その集団めがけて襲いかかった。 「いったい何をしておる?」と、ボチャップ少佐。鋭い声だ。「規律違反だぞ! 制服はどうした?」 「ぬいだんす、少佐」と、隊員。なまりがある――標準語と崩《くず》れた言葉の中間といったところか。「スナイプ少尉の命令っす」 「なんだと?」ボチャップ少佐の顔が紅潮し、隊員たちの着ている対アンドロイド迷彩服と同じ色になった。「本当にそんなことを言ったのなら、あいつをクビにする! 少尉がその命令を出したのは、いつだ? 正確に答えろ」 「えーと、ほんの昨日のことです、少佐」と、若い女性隊員。なんとなく見覚えのある顔だ。「わたしたちが、『どの命令に従うべきか?』と尋《たず》ねたところ、少尉は――」 「『どの命令』だと? 非常識きわまる!」ボチャップ少佐の怒りは頂点に達した。「隊員は、すべての命令に従うものだ。そうでない場合など、ありえない! 軍曹たちはどこにおる?」 「知らないっす、少佐」と、最初に答えた中隊員。『ストリート』という名札をつけている。「軍曹たちは、われわれがちゃんと仕事してるかぎり、あんまりうろちょろ[#「うろちょろ」に傍点]しないもんで――」 「では、軍曹たちにはあとで申し開きをさせよう!」ボチャップ少佐は怒りにまかせてどなった。「おまえたちはなぜ、そんな格好をしていいと思った?」  この問いに対して、隊員たちがいっせいにしゃべりはじめた。 「あのう、ボチャップ少佐、軍曹が言ったんです。『今度の任務はアンドロイド相手の戦いになりそうだから……』」 「前に着てた制服を支給してくれたのは、ジェスター大尉です。だから、もう着ちゃいけないと思ったんです。ジェスター大尉はもう、中隊長じゃないから……」 「大尉が『アンドロイドのことは心配いらない』と言ったんすけど、おれたちは大尉の命令に従うんじゃなくて……」 「もっと前に着てた制服は、もう持ってないもんで……」 「私服しか持っておりません。あたしが入隊したときは……」 「静かに[#「静かに」はゴシック体]!」  ボチャップ少佐は声を張りあげて一喝《いっかつ》した。全員が――事実上、基地全体が――水をうったようにシーンと静まり返った。聞こえるのは、あまり遠くないところから聞こえてくるブーンというかすかな機械音と、給水ポンプのゴボゴボというリズミカルな音だけだ。ボチャップ少佐は腰に手を当て、基地全体の温度がさがるような冷たい声で言った。 「スナイプ少尉がなんと言ったか知らないが、わたしは宇宙軍の規律をまげるつもりはない。おまえたちは皆、スナイプ少尉の指示を仰《あお》いで、宇宙軍の隊員らしくないふるまいを教えてもらいたいようだ。だが、まず今から自分の部屋へ戻って正規の制服に着替えてこい。それから、罰として全員に作業を命じる。恐ろしくきつい[#「きつい」に傍点]作業をな。覚悟しておけ!」 「でも、ボチャップ少佐――」集団の後ろのほうから声があがった。 「うるさい、黙れ[#「黙れ」はゴシック体]!」  ボチャップ少佐は基地全体をにらみまわした。次の犠牲者は、どいつだ? いまいましいことに、さっきのボルトロン人はどこかへ行ってしまったらしい。だが、ほかにも罰を加える相手は見つかるだろう。いくらでも、いるはずだ。  捜索班は一晩じゅう砂漠を進みつづけて、ようやく足を止めた。まもなくゼノビアの太陽が昇《のぼ》る。日陰に入らなければならない。一行は小さな丘の北側に、断熱テントを二つ張った。ここなら、いくらか日陰になる。日中は眠って疲れをとり、日没が近づいたら、また進む予定だ。  休止する少し前に、水たまりの近くで小さな生き物が、ガルボの姿に驚いて逃げ出した。ガルボとクァル航宙大尉がそれを追いかけて捕《つか》まえ、今、ガルボとブリックが煮こんでいる。携帯用の乾燥野菜を加えた鍋《なべ》が、二つのテントのあいだに置いた加熱器にかけてあった。おいしそうな匂いだ。ゼノビア人のクァル航宙大尉は――生《なま》の料理を好む種族なので――獲物を捜しに砂漠へ出ていった。  スシはテントの中で携帯用探知機を組み立て、近くにある刺《とげ》だらけの植物とテントとのあいだに、幅が二、三メートルもあるアンテナを広げた。目指す信号を、より正確に捉《とら》えるつもりだ。 「スシ、あとどのくらい進むことになりそうですか?」と、マハトマ。このテントは、スシとダブル・|X《クロス》、マハトマが使っている。「砂漠の旅が愉快じゃないといっても、ボチャップ少佐ほどじゃありません。でも、楽だとも言えません」 「なかなか正確な表示が出ないんだ」と、スシ。周波数の微調整をしている。「発信源での信号の強さがわかれば、もっとはっきりした答えを出す方法もあるんだがな。だいたい、あと二、三日も進めば行き着くんじゃないかと思う。だが、おれの予想以上に強い信号だったら、発信源はもっと遠くだろう」 「この惑星を半周することになっちまったら、どうするんで?」と、ダブル・|X《クロス》。寝袋の上に片肘《かたひじ》をついて寝そべり、もう一方の手で小型のコンピューターゲーム機をあやつっている。「おれ、そんな遠くまで歩く気はないすよ。ボチャップ少佐の鼻先から離れてられるのはありがたいけど、そこまではごめんだ」 「どこまで行くかは、クァル航宙大尉が決めることだ」と、スシ。「〈姿なき敵〉に侵略されてるのは、クァル航宙大尉の惑星だからな。信号の発信源を突き止めることは、ゼノビア人にとってはかなり優先順位の高い仕事だ。突き止められる見こみがゼロでなきゃ、あきらめないんじゃないかな」 「クァル航宙大尉が『見こみゼロ』だと思わなかったら、どうなるんで?」と、ダブル・|X《クロス》。「クァル航宙大尉は途中で食べ物を調達できるだろうけど、おれたちの食糧は、いずれなくなるんすよ。ときどきは、さっきみたいに砂漠のネズミを捕まえるとしても、追っつかないすよ」 「ガルボの狩りを見て思いましたが、この先は、もっと獲物が手に入るんじゃないでしょうか?」と、マハトマ。「ガルボは非常に有能なハンターです。それに、わたしの鼻がごまかされているのでなければ、ガルボが捕まえた獲物は、とてもおいしそうです」 「うん、いい匂いだ」と、ダブル・|X《クロス》。「けど、このさき死ぬまで毎晩あの料理を食うのは、ちょっと――」  スシが手をあげてダブル・|X《クロス》を制した。 「ちょっと静かにしてくれ。何か聞こえる」と、スシ。  探知機が、一連のかんだかい音とピーッという音を発しはじめた。 「チェッ、いいかげんにしてほしいっすよ、スシ。ただのノイズじゃないすか」と、ダブル・|X《クロス》。「こんなのに意味あるわけないすよ。あんた、砂漠の太陽にあたりすぎたんじゃないすか?」  マハトマが、のんびりした動作でダブル・|X《クロス》を制止した。 「静かにしないと、意味があるかどうか、スシが判断できません。あなたこそ、いいかげんに口を閉じたほうがいいですよ」  一瞬、ダブル・|X《クロス》はマハトマに言い返そうとした。だが、もっともだと思いなおし、無言でうなずいた。探知機から、たえずピーッという音が聞こえている。スシが微調整をつづけるにつれて、音は大きく、柔らかくなった。 「これは絶対に、繰り返しパターンの信号だ」と、スシ。「だが、どうしても発信源が特定できない。ああ、ジェスター大尉のポータブレインがあればなあ」 「うん、あんなすごいオモチャを買えるカネがあればなあ。けど、そんなカネがあったら、おれは別のことに便っちまうだろうな」と、ダブル・|X《クロス》。小さな声だ。 「弱くなってきた」と、スシ。身をかがめて探知機に耳を近づけた。「ああ、消える…… ちくしょう! いや……シーッ! はっきりしてきたぞ……」  ほかの二人は息を殺した。だが、次の瞬間、それらしい信号は完全に消えて、明らかなノイズに変わった。スシは拳《こぶし》を自分の腿《もも》に叩きつけた。 「ああ、また消えちまった。しょうがない。飯《めし》でも食うか」 「この正体不明の侵略者が暑さに弱いとしたら、今ごろは、眠る準備をしているのかもしれません――わたしたちと同じように」と、マハトマ。「夜が明けると信号が消えるのは、そのためとも解釈できます」 「毎日、夜明けとともに消えるわけじゃない」スシはぼやいた。「ということは、別の解釈が必要だ」 「そのうちに、わかるでしょう」と、マハトマ。立ちあがって、付け加えた。「でも、今いちばん興味があるのは、あの煮こみがどんな味かという点ですね。ガンボルト料理を味わうのは初めてですから」 「あら、料理はわたしも手伝ったのよ」と、ブリック。わざと憤慨《ふんがい》したような口調で、三人をからかった。 「では、まずくて食べられなかったら、ガルボだけではなく、あなたのせいでもあるのですね」と、マハトマ。まじめくさった口調だ。ブリックに逆襲される前に、さらに言葉をつづけた。「しかし、食べ物らしくない臭《にお》いはしませんね。あなたがたお二人が、非難を受ける恐れはないようです」 「その調子でおしゃべりをつづける気なら、料理を盛るときに、あなたの分だけ忘れるわよ」と、ガルボ。翻訳器は異星人の言葉の微妙なニュアンスをあまりうまく伝えられないが、今回はガルボの言葉につづいて、笑い声そっくりの音が聞こえた。  隊員たちはニヤニヤ[#「ニヤニヤ」に傍点]笑いながら、携帯食器に煮こみ料理を盛って食べはじめた。不満な顔をする者はいない。たしかに、うるさいエスクリマもほめてくれそうな味だった。  調理担当軍曹エスクリマは、スープ鍋の蓋《ふた》を取って胸いっぱいに匂いを吸いこみ、鼻に皺《しわ》を寄せた。ちゃんとした料理になるだろうか?  不足しはじめたハーブやスパイスの供給源を、ジェスター大尉が見つけてくれた。ランドールを出発する直前にその荷物が届いたため、梱包《こんぽう》したまま新しい基地まで運んできて、今ようやく使いはじめたところだ。今のところ、上質のものばかりだ。だが、エスクリマはあわてて結論に飛びつく人間ではない――少なくとも、この料理ができあがるまでは、結論は出せない。  ローリエを使うのは、今回が初めてだ。『うちは、宇宙連邦議会の食堂にも納品している』という栽培農家のすすめで、買ってみた。この種のおおげさな宣伝文句はあてにならないが、鍋から立ち昇《のぼ》る香りは、なかなかいい。それは認める。しかし……味はどうだろう? 確かめる方法は一つしかない。  エスクリマは、ぐつぐつと煮える液体に向かって顔をしかめ、考えこんだ――もう味見をしてもいいころだろうか? スプーンを突っこんでみようか?  そのとき、調理場に誰かが入ってきた。エスクリマはくるりと振り向いて、闖入者《ちんにゅうしゃ》をにらみつけた。正当な用事があるのかもしれないが、『誰でも好きなときに調理場に出入りしてもいい』と思われては困る。おれは、自分の仕事場を立派に守る男だ。評判を落としてたまるか。  入ってきたのは、新しい中隊長のケチャップ少佐とかいう男だった。少佐は書類の束を振りまわして、がなりたてた。 「軍曹、この購入申込書から、おまえが宇宙軍の物資供給網以外の所から食糧を調達していることがわかった。これは軍の方針に反する。おまけに、必要以上に経費がかかる。いったい、なんのつもりだ?」 「あんたこそ、おれの調理場でいったい何をする気です?」と、エスクリマ。目が、燃える石炭のようにぎらぎらしている。「おれの料理に、文句でもあるんですか?」『文句でも言おうものなら、ストライキに入ってやる』と言わんばかりの口調だ。  少しでも自己防衛意識を持った人間なら、ここで、ていねいに「いや、とんでもない」と答え、つづいて謝罪の言葉を並べながら、調理場から出てゆくだろう。とくに、エスクリマに背中を向けないよう、気をつける。恐ろしげな料理人の手が届く範囲に、さまざまなナイフや肉切り包丁があるからだ。  だが、ボチャップ少佐は自己防衛意識に欠けた人間だった。 「メニューはチェックした」と、ボチャップ少佐。「こんな贅沢《ぜいたく》な食事で隊員たちを甘やかし、カネを浪費するとは。わたしには信じられないが、隊員たちは別に――」 「信じられない――ですと?」エスクリマは目を剥《む》いた。「おれに何を言わせたいんです?『スープ鍋に突っこまれないうちに、さっさとここから出て行け』と言われたいのですか? いや、鍋に入れるのはやめよう。料理がまずくなって、食えなくなっちまう」  エスクリマはしだいに声を高めながら、少しずつボチャップ少佐に近づいた。 「あんたはたっぷり脂《あぶら》がついてるから、ラードは取れるが――」 「きさまは上官を脅《おど》すつもりか?」と、ボチャップ少佐。口から唾を飛ばしそうな勢いだ。しかし、言いながら後退した。「営倉《ストッケイド》にぶちこんで――」 「きさまこそ、おれが|スープ鍋《ストック・ポット》にぶちこんでやる!」  エスクリマはそうどなると、調理台の上の肉切り包丁をつかんだ。  エスクリマが本当に包丁を使う気だったのかどうか、ボチャップ少佐にはわからなかった。次の瞬間、少佐は尻尾を巻いて調理場から退散したからだ。  スナイプ少尉は、ひどい詐欺《さぎ》にひっかかったような気分だった。自分のヘマを責められるだけでもたまらないのに――いつだって、責任を取らされるのは士官だ――どういうわけかボチャップ少佐は、うまくいかない事柄《ことがら》は何もかもスナイプ少尉のせいにする。今日はまた、うまくいかないことばかりらしい。ボチャップ少佐との不愉快きわまるミーティングで、そう言われた。こんなに罵《ののし》られたのは、入隊してから初めてだ。ボチャップ少佐の下で働くと、何かあるたびに過ぎたことを蒸し返して責められるのは日常茶飯事だが、今日の八つ当たりはとくに忘れられない。 『前中隊長の命令には、従わないほうがいいだろう』というおれの言葉を、隊員たちが意図的に誤解した。この件は、たしかにおれの責任かもしれない。しかし、これを、『ボチャップ少佐の着任以前に出された命令はすべて無効だ』などと解釈するのはメチャクチャだ。そんな受け取りかたがあるか? それに、調理担当軍曹が凶暴な縄張《なわば》り意識を剥き出しにしたことなんか、おれにはなんの関係もない。ボチャップ少佐だって今までに調理担当軍曹を一人も知らなかったわけじゃあるまいし、それなりの心がまえを持っているのが当たり前じゃないか。そりゃ、上官に向かって『スープ鍋にぶちこんでやる』などと言うのは、普通じゃないとしても……。  ボチャップ少佐の堪忍袋《かんにんぶくろ》は、命からがら調理場から外へ飛び出したときには、まだ無事だった。ところが、外へ出たとたんに、ビキニしか身につけていない大女の隊員とぶつかった。ブランデー曹長だ。ブランデーは非番だったし、ここの暑さを考えれば、『ちょっと日光浴をしようと思って』という弁明も充分にうなずける。ブランデーは体格も立派だが、見事な反射神経の持ち主で、ぶつかって跳《は》ね飛ばされたボチャップ少佐が倒れる前に、すばやく少佐の身体をつかまえた。どちらも怪我《けが》をせずにすんだ。  何も問題はないはずだった。だが、近くにいた数人の隊員が、この場面を目にして笑った。ボチャップ少佐は笑われるのが大嫌《だいきら》いだ――少なくとも、自分が笑われるのは。少佐が屈辱を感じると、最初に不機嫌をぶつける相手は、スナイプ少尉だ。おかげで、スナイプはひどい目にあった。こんなときは、自分より下の誰かに八つ当たりして憂《う》さばらしをするしかない。ありがたいことに、八つ当たりの相手はそこらじゅうにいる。  スナイプはひどく不機嫌な顔で基地の建物から出てくると、あたりを見まわして八つ当たりする相手を捜した。口実はなんでもいい。オメガ中隊のことなら、もう、わかっている。遠くまで行かなくたって、口実はいくらでもある。  ほら見ろ、手ごろな餌食がひとり近づいてきた。名前はまだ知らないが、顔は覚えている。てかてか[#「てかてか」に傍点]した黒髪。規則違反ギリギリまで伸ばしたもみあげ[#「もみあげ」に傍点]。人を小バカにしたような笑いを浮かべた薄い唇《くちびる》。こんなやつは虫が好かない。記憶違いでなければ、昨日こいつと話をした。おれの言葉を文字どおりに解釈して、今回の面倒に巻きこんでくれた連中の一人だ。仕返しに、思いきりどやしつけて[#「どやしつけて」に傍点]やろう。  スナイプは脇目《わきめ》もふらずに、不運な犠牲者に近づいた。標的をめざして飛ぶ弾道ミサイルも顔負けの勢いだ。 「おい、おまえ。ボチャップ少佐の命令を聞かなかったのか?」と、スナイプ。吠えるような大声だ。「勤務中は、常に制服を着用のこと!」 「少尉、ぼくは制服を着てます」と、隊員。当惑の表情だ。  いいぞ。相手はすでに防御体勢に入っている。よけいな口をきく元気はなさそうだ。 「正しい着用のしかたでなければ、着ていないのと同じことだ」と、スナイプ。相手の襟《えり》もとを指さした。「いちばん上のボタンが、はずれている!」 「少尉、この暑さですので――」  スナイプは最後まで言わせなかった。 「言いわけは聞きたくない。罰として、臨時の炊事当番を命じる――今すぐだ! 通常任務も、きちんと片づけろ。でないと、また別の罰当番を命じるぞ! わかったら、早く失せろ」 「了解、少尉!」  中隊員はくるり[#「くるり」に傍点]と向きを変えて、調理場へ向かった。  スナイプは微笑を洩《も》らした。明るい笑みではないが、作り笑いでもない。口答えする隊員に炊事当番を命じるとは、われながら天才的な思いつきだ。罰当番の隊員をあと半ダースも送りこめば、調理場は人であふれかえる。凶暴な調理担当軍曹は、大事な仕事場で邪魔されないよう、そいつらに適当な仕事をあてがおうとして頭を痛めるに違いない。また別の隊員を見つけて、罰を加えてやろう――スナイプは、基地内をのんびりと歩きはじめた。  ところが、驚いたことに、十歩ばかり進んだところで、さっき炊事当番を命じた隊員と出くわした! 間違いなく、この顔だ。人を小バカにしたようないまいましい[#「いまいましい」に傍点]薄ら笑いは、忘れようがない。 「こら、おまえはどういうつもりだ? 炊事当番を命じたはずだぞ」 「少尉、わたしの炊事当番は今日ではありません」と、中隊員。困惑の表情だ。「当番は明日です」  さっきの男とは、ちょっと声が違うんじゃないか?――スナイプは思った。だが、そんなことはどうでもいい。どう見ても同じ顔だ。 「おまえは頭がおかしいのか? それとも、頭が悪いのか?」スナイプはどなった。「罰当番を命じてから、まだ二分もたっていないぞ。営倉にぶちこまれないうちに、さっさと調理場へ行け!」  中隊員は両手を広げた。 「それは、わたしではありません。きっと――」 「失《う》せろ!」  スナイプは顔を真っ赤にしてわめいた。相手は口答えをあきらめたらしい。敬礼すると、走って調理場へ向かった。  スナイプは、あらためて犠牲者を捜しはじめた。制服のボタンをはずした隊員が、もうひとり見つかった。別の一人は、ブーツがスナイプの好みより汚《よご》れていた。スナイプは二人を、炊事当番として調理場へ送ってやった。だが、角を曲がったとたんに顎《あご》がはずれそうになった。またしても、さっきと同じ隊員が、椅子に座って本を読んでいる! 「おい!」スナイプは唾《つば》を飛ばさんばかりに吠えたて、もみあげを伸ばした無法者に近づいた。「おまえは……」  隊員は顔をあげると、にっこり笑って答えた。 「何かご用かな、息子よ?」 「『息子』ではない、『少尉』と言わんか!」と、スナイプ。金切り声だ。「士官と話すときは、立って『気をつけ』の姿勢をとれ。おまえはいま、大変な立場にあるんだぞ。気づいていないのなら……」  隊員は本を閉じて立ちあがり、どうやら『気をつけ』らしい姿勢をとった。なぜか、さっきより背が高くなったようだ。おまけに、少し老けている。 「少尉、この中隊では、あまり形式ぼるのはどうかな。ジェスター大尉は、おれの階級がどうあるべきかなんて説教はしなかった。しかし、あんたは新入りのようだから、喜んで仰《おお》せのとおりにしよう。それで、おれに何か用かな、少尉?」  スナイプは顎がはずれそうなほどあんぐりと口を開《あ》けた。こいつのふるまいは、まるで、さっきのことなど忘れたかのようだ。だが、罰当番を言い渡してから、まだ十五分もたっていない。この男は、きっと精神異常者だ。この中隊にどんな人間がいるかを考えれば、別に驚くことでもない。たぶん、多重人格だろう。そうとしか考えられない――表情がすっかり変わるし、声やなまりまで違う。オメガ中隊でなければ、不適格者として除隊されているはずだ。  なんと答えたらいいかと、スナイプは迷った。そこへ別の隊員が大股《おおまた》に近づいてきて、声をかけた。 「失礼します、牧師《レヴ》。少し、お話しできますか?」  初めに本を読んでいた隊員が、その男を振り返って答えた。 「ちょっと待ってくれ、息子よ。今は何か少尉が、お話ししたいそうだ。たぶん、十五分くらいたてば身体があくと思う」  あとからきた隊員はうなずき、スナイプに向かってきりり[#「きりり」に傍点]と敬礼すると、その場を去った。本を読んでいた隊員はスナイプに向きなおり、期待を含んだ笑顔を見せた。 「さて、少尉。ご用はなにかな?」  スナイプは声も出なかった。目をこすって、その男を見なおした。制服の名札には、『ジョーダン・エアズ牧師』とある。襟《えり》には見慣れない記章がついている――古代の楽器のようだ。  だが、スナイプが仰天したのは、この男の身分ではない。原因は、少し前に近づいてきて完璧《かんぺき》な軍隊式の敬礼をし、礼儀正しい返事をして去った男のほうだ。あの男はいま目の前にいる男と、まったく同じ顔をしていた。  スナイプは口の中で何やらもごもご[#「もごもご」に傍点]とつぶやき、頭を振りながら、その場を離れた。オメガ中隊の隊員が、みな同じ顔に見える。砂漠の暑さで、頭をやられたに違いない。そうとも――太陽のせいだ。部屋に戻って冷たい水を飲んでから、ちょっと横になって休もう。速成基地の建物の入口を通るまでは、なんとか平静を保っていられた。ところが、中に入ったとたんに、もう一人の隊員と出くわした。明らかに女性だが、さっきの男と同じ顔立ちで、人を小バカにしたような薄ら笑いを浮かべている。その瞬間、スナイプは完全に自制心を失って悲鳴をあげた。  レンブラント中尉は身体をこわばらせ、用心深く足を進めて通信センターに入った。ロボット・ドクターの薬のおかげで腰は順調に回復しているが、よくきく最新の薬でも、とくに治りが早まるわけではない。  通信機に向かったマザーの背後に、まっすぐな固い背もたれ[#「背もたれ」に傍点]のついた椅子がある。レンブラントはため息をついて、そろそろと椅子に腰をおろした。マザーが片方の眉をあげてレンブラントの全身を見まわし、小さな声で尋《たず》ねた。 「まだ痛むの、レミー?」  恥ずかしがり屋のマザーは、男性とは面と向かって会話ができない。だが、相手が女性なら、ときどきしゃべる。 「ええ」と、レンブラント。「来週の半ばには、ほとんど百パーセント回復するらしいわ。今は十五パーセント以下くらいの気分よ」 「腰の痛みはつらいわね」マザーはうなずいた。「わたしが子供のころ、父も腰を痛めたんです。治っても、すっかり元どおりとはいかなかったわ。あなたは、そんなことにはならないと思うけど」 「ありがとう。わたしも、そんなことにはならないでほしいわ。ルーイに飛行ボードごと衝突されてたほうが、よかったかもしれない。ぶつかって怪我《けが》しても、今より大してひどくはならなかったわ、きっと」 「ええ、そういう場合もあるわね」と、マザー。レンブラントと通信機の表示のあいだで、視線を往復させている。「でも、ルーイがあなたに衝突してたら、二人とも怪我をしたかもしれないわよ」 「わたしも、自分にそう言い聞かせてるの。とにかく、なんとかやっていけるわ。それに、前よりよくなってるし」レンブラントはいったん言葉を切ってから、あらためて尋ねた。 「お願いした通信に、応答はあった?」 「あなたが入ってくるちょっと前に、あったわ。マル秘だって言うから、プリントアウトはしてないわよ。まずい相手に読まれるかもしれないから。まあ、たいして報告することはないわ。『通信を受け取った。候補者を探《さが》しておく』という返事よ。あまり期待できないわ」 「司令部も、もっと熱意を示してくれてもいいのにね」と、レンブラント。「ジェスター大尉が中隊長になってから、オメガ中隊は宇宙連邦じゅうの人気者になったんだから」 「そうよ。ついでに、百五十ドルあれば、銀河系内ならどこでも、宙域の公共回線を使って一分間の通信ができるようになったわ」と、マザー。「でも、お偉方《えらがた》がこっちに注意を向けてくれる時間は、十億分の一秒よ。向こうが文句をつけたくなる通信だけは別だけど」 「それにしても、この中隊の状況には、司令部だって興味を持って当然でしょう?」と、レンブラント。眉間《みけん》に皺《しわ》を寄せた。「あの人たちには、ここへ人をよこそうと本気で努力する気なんかないんだわ。わたしたちは、ローレライ宇宙ステーションから亜光速航宙でほんの二、三日しかかからない距離にいるのに、まるで銀河系の外にいるみたいに忘れられて――」 「二、三日の距離が、あの人たちにとっては無限も同然なんでしょうね」マザーは肩ををすくめた。「あんまり期待しすぎちゃダメよ、レミー。あなたは、お偉方に抵抗するために知恵を絞《しぼ》ってるんでしょう? わたしは、あなたの味方よ。ジェスター大尉なら、戦うはずよ――本来の、あのかたならね。早く、前みたいに元気になってほしいけど――」 「わたしもそう思うわ、マザー。それまでは、ジェスター大尉ならどうするかと考えて、同じようにやるしかないのよ。いい結果が出ればいいんだけど」 「あら、結果が必要なの?」マザーがまぜかえした。「ねえ、ロボット・ドクターからもらった薬で目がまわってるんじゃない? わたしたちは宇宙軍よ。宇宙軍は、結果なんか信じないわ。ただ、『われわれはやるんだ』と言うだけよ」小さな笑い声を洩らした。だが、顔は真剣だ。 「ジェスター大尉は違うわ」レンブラントは顎を突き出した。「大尉は、結果を信じるだけじゃなくて、ちゃんと手に入れるわ」 「わかってるわ。ただ、ジェスター大尉の運も、とうとう尽きたんじゃないかと心配なのよ。まだ尽きてほしくないけど、そんな考えは虫がよすざるかしら?」 「ジェスター大尉は、ここでわたしたちにあきらめてほしいとは思わないはずよ」と、レンブラント。「軍の仕組みに振りまわされない方法を、考え出してほしいと思うはずだわ。わたしは、それを実行しようとしてるの」 「わかってるわ」と、マザー。「がんばってね。ここでお偉方に勝たせたら、どうなるか――考えたくもないわ」 「わたしもよ。ろくでもない連中に負けないように、できるだけのことをするわ」 「でも、それで間《ま》に合わなかったら、どうすればいい?」と、マザー。  レンブラントは立ちあがり、腰の痛みを感じて、ひるんだ。そのままマザーを見おろし、あきらめの口調で答えた。 「わからないわ。わたしの手元には、強い札《ふだ》は少ないから」  マザーはため息をついた。 「ま、あなたの作戦でうまくいくことを祈りましょう、レミー」  レンブラントは無言でうなずくと、そろそろと通信センターから出て行った。マザーはその姿を見送って悲しげに頭を振り、通信機の画面に向きなおった。 [#改ページ]       14 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五七三[#「執事日誌ファイル 五七三」はゴシック体]  オメガ中隊の赴任先には奇妙な特徴がある。文明とはほど遠い不便な場所が多いという点だ。もちろん、わがご主人様は、いつも任地で最高の宿泊施設に中隊員たちを移し、この問題を解消してこられた。 しかしゼノビア星を訪《おとず》れた地球人は、われわれが初めてだ。そのため、ご主人様は特注の速成基地キットをご用意なさった。水道、電気、空調設備、ベッド、最新式キッチンなど、快適な生活に欠かせないものがお湯をかけたインスタント・ラーメンのように即座にできあがる。  だが、カネを注《つ》ぎこんでも得られないものもある――とくに軍事面において、それを否定できない。外部から飛来した航宙船を発見するシステムも、そのひとつだ。ほとんどの惑星で導入されているのにもかかわらず、ゼノビア星では実用化されていない。  しかも、オメガ中隊がそのシステムを必要としていることを、宇宙軍司令部もゼノビア軍も理解していなかった。  のちのち、これが重大な結果をもたらす。 [#ここで字下げ終わり] 「ボチャップ少佐がお呼びだと?」と、スナイプ少尉。ベッドで丸くなったまま顔をあげた。頭からシーツをかぶり、もう何時間もここに隠れている。  だがボチャップ少佐の命令で、一人の中隊員が捜しにきた。ボチャップ少佐の選んだ中隊員が、顔を整形した――いや、『主のお姿』を見習った――者でなかったのは偶然にすぎない。  だが今度ばかりは、この選択は適切だった。スナイプ少尉が顔をあげ、またしてもあの顔[#「顔」に傍点]を見たら……。 「そのとおりです、少尉」と、中隊員のココ。ローレライで加わった新入隊員の一人だ。内気だが、礼儀正しい。ルーシャ星の農村出身の若者だ。「大事なご用があるそうです」 「少佐は大げさだ。どうせ、大した用事じゃない」と、スナイプ少尉。最初はボチャップ少佐におべっか[#「おべっか」に傍点]ばかり使っていたくせに、この変わりようである。「いま行く。でもシャワーを浴びて、制服の皺《しわ》を伸ばしてからだ」不機嫌な口調だ。  だが、その口調とは裏腹に、五分とかからずに身支度《みじたく》を終えた。急いでココの後を追い、ボチャップ少佐のオフィスに入った。 「スナイプ少尉、ただいま参上いたしました!」  ボチャップ少佐は顔をあげ、ちらりとスナイプ少尉を見て、うなずいた。 「よろしい、スナイプ少尉。そろそろ現われると思っていた。早速だが、このプリントアウトから何がわかるかね?」  薄い紙の束を渡し、スナイプ少尉の返事を待った。  スナイプ少尉はプリントアウトに目を通し、ボチャップ少佐を見あげた。 「いつ記録されたものでございますか?」 「まだ一時間もたっていない」と、ボチャップ少佐。スナイプ少尉をにらみつけた。「『何がわかるか?』と訊いたはずだぞ」 「この惑星の軌道上に一隻の航宙船が存在することがわかります」と、スナイプ少尉。「宇宙軍の船ではないようです」 「宇宙連邦軍の船でもない。かといって、ゼノビア以外の船でもなかろう。通信センターのマザーとやらに命じて、ゼノビア政府に呼びかけてみた。だが、返ってきたのは妨害電波だけだ。独自の軍隊を持つゼノビア人なら、通信衛星くらい打ちあげられるはずだ。今のままじや、まともな通信もできない。マヌケなトカゲどもめ」 「仰《おお》せのとおりです、少佐」と、スナイプ少尉。考えこんでいる。「現在の状況は?」 「船に呼びかけたが、応答がない。だから、敵と見なすしかない」と、ボチャップ少佐。「エイリアンがスパイ行為をはたらいている――そう言ってゼノビア人たちは、われわれをここへ呼び寄せた。ジェスター大尉には詳しく事情を話してあるらしい。だが、あいつ[#「あいつ」に傍点]から情報を得ることはできない。なにしろ、ゼノビア人がジェスター大尉に渡したデータはすべて、ホバージープといっしょに消えた。事態が落ち着いたら、捜索隊を派遣する。データは無理でも、ホバージープだけは取り戻したい。現時点で、エイリアンについての新しい情報は得られそうにない。あるのは、赴任前に得た情報だけだ」 「仰せのとおりです、少佐」と、スナイプ少尉。うなずいている。「では、どういたしましょうか?」 「ひとまず基地に警戒をうながした」と、ボチャップ少佐。「きみは基地に出向き、隊員たちが油断なく準備を進めているかどうか確認してくれ。仕事を怠《なま》けていないか、厳重にチェックしてこい。これは冗談ではないぞ。わたしの昇進にかかわる問題だ」  スナイプ少尉はうなずいた。にこり[#「にこり」に傍点]ともしない。宇宙軍での昇進のしくみ[#「しくみ」に傍点]を、よく理解しているからだ。 「わたくしの日の届くかぎり、怠慢《たいまん》は断じて許しません、少佐!」 「頼んだぞ」と、ボチャップ少佐。「わたしはここで状況を監視する。何か気づいたら、すぐに報告してくれ。遠隔監視システムは完璧に作動している。それでも、指揮官《CO》には信頼できる目と耳が必要だ。きみなら、わたしの目と耳になれる。いや、それ以上の働きをしてくれるだろう。ジェスターの部下は軟弱者ばかりだ。せいぜいジェットコースターに乗ったことがあるくらいで、ほんとうの危険を知らない。連中に本物の戦闘を教えてやる。これが連中にとって唯一の経験になるかもしれないぞ、スナイプ少尉。だが、貴重な経験になるはずだ。連中は必ず打ちのめされる。その前に根性を叩きなおしてやれ。怠け者を見つけたら、容赦なく吊《つ》るしあげろ」 「かしこまりました、少佐!」と、スナイプ少尉。きびきびと敬礼し、司令センターを後にした。  スナイプ少尉は決意した――あいつらの根性を叩きなおしてやる。あいつらが望んでいようといまいと関係ない。怠け者を吊るしあげるのも楽しみだ。今日はツイてない一日だった。中隊員全員を懲《こ》らしめてやれば、気分が晴れる。 「だんだん発信地に近づいています」と、スシ。探知器の計器を見た。 「それを聞いて安心した」と、クァル航宙大尉。「〈姿なき敵〉の本拠地まで、あとどれくらいかな?」 「正確にはわかりません」と、スシ。「でも、信号が広範囲で拾えるようになってきました。つまり、発信地に近づいているということです。問題は、発信地の広さです。発信地の直径が数百メートルなら、すぐ近くにあると考えていいでしょう。しかし数百キロなら、はるか彼方《かなた》にあると思われます」  クァル航宙大尉はうなずいた。 「発信地の広さを判断する根拠はないのか?」  スシは探知器から顔をあげた。 「具体的な根拠はありません。信号が強くなってきた――それが発信地に近づいている証拠かもしれません。しかし、わずか数メートルの距離をおいて交信する場合、わざわざ無線信号を使うでしょうか? ほかに有効な手段があるはずです」 「そうとも言い切れんぞ」と、クァル航宙大尉。「われわれに光が見えるのと同じように、無線周波数を見ることのできる種族もおるだろう。そのような種族なら、無線信号を使っても不思議ではない。その証拠に、わしとガルボには地球人の可視光線だけでなく、赤外線も見える」 「なるほど。音も、われわれ地球人は低い周波数しか聞き取れません」と、スシ。「おっしゃるとおりかもしれません、クァル航宙大尉。でも、視野を広げる必要が生じないかぎり、考えうる可能性の数は最小限にとどめておきたいんです。そうしないと、可能性をひとつずつ消していくというめんどくさい[#「めんどくさい」に傍点]作業に時間を費やすはめになります」 「どうして、可能性を消すことができるのか?」と、クァル航宙大尉。「可能性は次々に現われるものだぞ。たとえ、われわれが『メンドリくさい』作業をつづけようと関係ない」  スシは思わず、笑みをもらした。 「地球語がお上手ですね。ときどき感心します。たぶん、ご自分で思っていらっしゃる以上にお上手ですよ」  クァル航宙大尉は大きな笑みを返し、鋭い牙《きば》をむき出しにした。 「わしは地球語を少しも話せんぞ、スシ。何もかも翻訳器のおかげだ。翻訳器も経験を積んで学習しておる。だから、わしの地球語がうまくなったように聞こえるのだろうな」 「一理ありますね」と、スシ。やがて、顔をしかめた。「ちょっと待ってください。今、いい考えを思いつきました。今まで思いつかなかったのが信じられない。われわれのキャッチした信号がなんらかのメッセージだとしたら、どうでしょう? 翻訳器を通せば、意味を理解できるかもしれません。足を止めて、試してみましょう。翻訳器を貸してください。それを探知器の受信部に接続して……」 「実に興味深いアイデアだ、スシ」と、クァル航宙大尉。「もちろんお貸しする。しばらくは、あなたと会話ができなくなるが、しかたがない。今は有益な情報を得るのが先決だ。危険は覚悟のうえだ。おお、そう言えば、ガルボも翻訳器を持っておるぞ。ガルボから借りてはどうかな? わしは状況を見てアドバイスしてさしあげたい。そのためには、この翻訳器が必要だ」 「それはいい」と、スシ。「次の休憩地点でやってみます。接続に時間はかかりません」  ふたたび捜索隊は、スシが探知した発信地に向かって進みはじめた。だが、まもなくスシは足を止めた。 「みんな待ってくれ。変だぞ」 「変って、どこが?」と、ブリック。「信号をキャッチしなくなったの?」 「いや、方向指示器が使いものにならなくなった」と、スシ。「信号が四方八方から発してくるせいだ。ちょっと待てよ……なるほど、そういうわけか。結論は、ひとつしかない」 「わかったぞ」と、クァル航宙大尉。「つまり、ここが発信地だ。だが、見えるのは砂漠だけだ」ベルトから携帯スポットライトをはずし、あらゆる方向を照らした。 「こいつは驚いた」と、ダブル・|X《クロス》。「〈姿なき敵〉はほんとうに[#「ほんとうに」に傍点]目に見えないんすか」 「そんなはずはない」と、スシ。「地下にでも隠れているんだろう」 「では、発信源はわれわれの足もとですね」と、マハトマ。「そう探知器が示しているんでしょう?」 「そうじゃない。信号は、いろんな方向から発せられている。頭の真上《まうえ》も例外ではない」と、スシ。「今こそ翻訳器を探知器に接続し……」 「あら、あれは何?」と、ブリック。砂漠の向こうを指さしている。クァル航宙大尉は勢いよく振り返り、ブリックが指さしたほうにスポットライトを向けた。金属製の物体がキラリと光った。 「正体を確かめよう」と、スシ。「クァル航宙大尉のお考えはいかがですか?」 「待ってください。わたくしには見えます」と、ガンボルト人のガルボ。「あれは宇宙軍のホバージープです!」 「きっとジェスター大尉のジープだ」と、ダブル・|X《クロス》。「あんなところで何してるんすか? まさかハイキングじゃないっすよね。だって、食糧も、身を守るものも持ってないんすよ」 「いい質問だ」と、スシ。「もうすぐ、その答えがわかる。いや、それ以上の答えを引き出せるかもしれない」 「そのとおり」と、クァル航宙大尉。「わしに、ちょっとした考えがある。わしとスシがそっと近づいていき、ジープを調べよう。ほかのかたがたは援護隊として、ここに残ってもらう。油断なく構《かま》え、不意打ちに備えるのだ。夜目のきくガルボに援護隊の指揮を任せよう。不穏《ふおん》な動きに気づいたら、大声で知らせるのじゃ。よいな?」 「かしこまりました、クァル航宙大尉」と、ガルボ。ささやき声だ。  ガルボはホバージープを見通せるよう援護隊に散開を指示した。クァル航宙大尉とスシはスタンガンを構えて慎重に前進し、次の展開を待った。  砂漠は静まり返っている。  スナイプ少尉は司令センターから広い基地へ出た。いつになく基地は活気にあふれている。ブランデー曹長の号令にしたがい、中隊員たちは守備位置についた。目に入るかぎり、全員がヘルメットと防護服を身につけている。スナイプ少尉の血が騒いだ。  すぐ近くにアームストロング中尉を見つけた。高倍率の立体双眼鏡で空をながめている。  スナイプ少尉は急いで歩み寄り、アームストロング中尉の横に立った。 「何が見えますか?」 「まだ例の航宙船は地平線下にいるなあ」と、アームストロング中尉。のんびりした口調だ。スナイプ少尉には真似できない。「今のところ、ミサイルや上陸用シャトルを発射する気配はないようだ」 「そのまま厳重に監視をつづけてください」と、スナイプ少尉。とげとげしい声だ。「新《あら》たな兆候に気づいたら、すぐ知らせてください」  アームストロング中尉は双眼鏡をおろし、スナイプ少尉をにらみつけた。この目を見たら、どんなに意志の強い人間でもたじろぐ。 「もちろんだよ、スナイプ少尉閣下。ただちに知らせる。だが、報告すべきかどうかの判断は、わたしに任せろ。あと数分で、あの船は地平線上に姿を現わす。緊急手配が必要なら――」 「わかりました。それで結構です。監視をつづけてください」と、スナイプ少尉。アームストロング中尉の冷やかな声に気づいていない。  スナイプ少尉はきびすを返し、基地の周辺部へ向かった。守備態勢を確認するためだ。意外にも、二人の中隊員の姿しか見えない。二人とも、塹壕《ざんごう》の縁《へり》にすわって、黙々とサンドイッチを食べている。こちらに背を向ける形だ。一人は男性雑誌のヌード写真に見入り、もう一人はイヤホンから流れる音楽に合わせて頭を振っていた。 「何をしている?」と、スナイプ少尉。思わず、声が裏返った。「敵とおぼしき正体不明の船が基地に近づいているんだぞ。すわってヌード雑誌を見ている場合か?」 「まあまあ落ち着いて、少尉」と、イヤホンをつけた隊員。名札に『ストリート』と書いてある。「昼メシを食ってるだけっすよ」 「昼メシだと!?」と、スナイプ少尉。ぽかんと口を開《あ》けている。「そんなバカな話は聞いたことがない! ここは交戦地帯だ。しかも、われわれは敵の攻撃にさらされようとしている。誰がメシを食っていいと言った?」 「ブランデー曹長です」と、もう一人の中隊員。  スナイプ少尉は名札を見た。『ギアーズ』と読める。 「それに、まだ誰も攻撃してこないじゃないっすか?」と、ストリート。「攻撃が始まったら、守備位置に戻りますよ」 「だから、しばらくは持ち場を離れて勝手なことをしていい――そう思っているのか?」と、スナイプ少尉。うなるような口調だ。「いずれ、このことはボチャップ少佐の耳に入る。呼び出しを覚悟しろ」 「そんなことを言うから、仲間はずれにされるんすよ」と、ストリート。「とにかく、おれはブランデー曹長の命令にしたがう」手を伸ばし、イヤホンの音量をあげた。スナイプ少尉の存在を完全に無視している。  スナイプ少尉は激怒した。方向転換し、ブランデー曹長を捜しはじめた。だが予想に反して、近くに見当たらない。やがて、基地の向こう端《はし》に人影を見つけた。ブランデーに間違いない。スナイプ少尉は勢いよく近づいていった。動きがぎこちない。まるで、ねじを巻きすぎたオモチャの兵隊のようだ。  ブランデーは塹壕《ざんごう》の手すりに立ち、砂漠を見わたしていた。 「ブランデー曹長!」と、スナイプ少尉。大股でブランデーの横に並び、腰に両手を置いた。「ちょっと話がある」 [#挿絵395 〈"img\PMT_395.jpg"〉]  ブランデーはゆっくりと振り返り、スナイプ少尉を見た。 「わたしたちは今、危機に直面してます、スナイプ少尉。大事な話ですか? そうでなかったら、この問題が解決するまで待ってもらえませんか?」 「危機に直面しているって!? 言わんこっちゃない」と、スナイプ少尉。「なにしろ、きみは西側周辺部の守備をたった二人の隊員に任せて、持ち場を離れた。あの二人から聞いたぞ。メシを食っていいと、きみが言ったそうだな!?」 「でも、あの船は東から接近してるんです、少尉」と、ブランデー。「西側に着陸しようとすれば、わたしたちの目に入らないはずがありません。そもそも、まだ、あの船が着陸すると決まったわけじゃないでしょ? これから着陸するとしても、ほかの中隊員たちを西側に戻す時間は充分にあります」 「そういう問題ではない」と、スナイプ少尉。「ちゃんと訓練どおりにやってくれなきゃ――」 「もう勘弁してよ」と、ブランデー。大きな手でスナイプ少尉を追い払う身振りをした。 「あんたたち司令部にとっては、訓練なんてゲームにすぎないんでしょ? でも、オメガ中隊は――」 「そのとおりだ。あのマヌケなジェスター大尉は無謀にも、宇宙軍の何世紀にもおよぶ伝統をブチ壊そうとしている」と、スナイプ少尉。「まあいい。早く現実に目覚めろ。今後は宇宙軍の伝統にのっとった方法でやっていく。だから、きみも――」  その瞬間、スナイプ少尉の背後で声があがった。 「船が接近してくるぞ」さらに、そっけない口調で付け加えた。「着陸しようとしてる」 「なんてこった!」と、スナイプ少尉。顔から血の気が引いた。  スナイプ少尉はブランデーを振り返った。だが、すでにブランデーは隊列を散開させ、きびきびと命令を出していた。  全員が沈黙した。しだいに小さな光の点が近づいてくる。やがて、誰の目にも見える大きさになった。船が高度を下げるにつれて、いっそう中隊員たちは静まり返った。スナイプ少尉はうっとりと船を見つめた。船は中隊員たちを焦《じ》らすかのように、ゆっくりと降りてくる。  クァル航宙大尉とスシは注意深くホバージープに近づいた。だが、ホバージープには誰も乗っていない。驚くというよりも、がっかりした。運転席にフールとビーカーの所持品が残されている。これは紛《まぎ》れもなくフールのポータブレインだ。ほとんどの惑星の政府予算に匹敵する高価な代物《しろもの》である。 「大尉の身に重大な事態が起こったとしか思えません。これを置いていったのが、何よりの証拠です」と、スシ。「それに、ビーカーがそばにいたら、ポータブレインを持っていくよう忠告したはずです。どうして大尉は、ポータブレインを基地に持って帰ってこなかったんでしょう?」 「スイッチが入ったままだ」と、クァル航宙大尉。ポータブレインのパイロットランプを指さした。「ピエロ大尉はスイッチを切る間もないほど、あわててジープを降りたにちがいない」 「おっしゃるとおりです」と、スシ。不意に興奮した口調になった。ポータブレインに顔を近づけ、まじまじと見つめている。やがて、前面パネルの砂埃《すなぼこり》を吹き払い、さらに顔を近づけて表示画面を見た。「見てください。モデムが作動しつづけています。どこに、つながっているんでしょうか?」 「ピエロ大尉がジープを降りる直前までアクセスしていたのだな」と、クァル航宙大尉。 「ちょっと待ってください」と、スシ。「これほど長くネットワークに接続しつづけられるはずがありません。放っておくと、自動的に接続が切断されるはずです。では、大尉はほんの少し前までここにいたのか……いや、それはあり得ない。だって、われわれ捜索隊が出発するころには、すでに基地に戻っていたんですから。では、ポータブレインを動かしているのは――」 「われわれが追っている信号だ!」と、クァル航宙大尉。大きく口を開《あ》け、ニヤリと笑った。「グレート・ガズマ! 〈姿なき敵〉はポータブレインとの交信を試みていたのだ!」  スシはクァル航宙大尉に笑みを返した。 「一方的に信号を送っていたんですね。相手から返事があるはずもないのに、さまざまな周波数の信号を試したのでしょう」  クァル航宙大尉の翻訳器が奇妙な音を発した。どうやら笑い声らしい。 「連中は知的生命体と機械の区別もつかんのか?」と、クァル航宙大尉。  スシは真顔になった。 「でも、連中をバカにすることはできません。昔、地球のコンピューター科学者が有名な実験をおこないました。機械が考えているかどうかをテストしたんです。チューリング・テストと呼ばれています。ポータブレインなら、このテストに合格できます。〈姿なき敵〉に知的生命体と勘違いされたくらいですからね。高価な機械だったら、当然でしょう」 「われわれと、あなたがた地球人とでは、機械に対する考えかたが違う」と、クァル航宙大尉。「ゼノビア人は紛《まぎ》らわしい機械は作らんぞ。知的生命体と間違われる機械を作ったら、混乱のもとになる」 「地球人は役に立つ人工知能を作りたいだけです。そのためなら、少しくらいの混乱は気にしません」と、スシ。「地球にはバカな人間が山ほどいます。その人間よりバカな機械を作っても、無意味です。ポータブレインは、全人類の英知を集めてもかなわないほど優秀かもしれません。でも、〈姿なき敵〉は奇妙なやつらですね。交信を試みた相手が機械であることに気づかなかったなんて……。いや、ちょっと待てよ」 「もちろん、お待ちするぞ」と、クァル航宙大尉。肩をすくめている。「だが、その前に大尉の執事殿を捜すべきではないか?」  スシは笑った。 「いいえ、あなたに『待て』と言ったのではありません。ちょっと思いついただけです。われわれが追いつづけてきた奇妙な信号は、この辺《あた》りから発しています。でも、発信源となる装置の影も形もありません。ここにあるのはホバージープと、車内に残された中隊長たちの所持品だけです」 「そのとおり」と、クァル航宙大尉。「まるでジグソーパズルのようですな」  スシは顔をしかめ、肩をすくめた。 「〈姿なき敵〉は意図的に姿を隠しているのではなさそうです。身体が小さすぎて、われわれの目に触れないだけかもしれません。そのせいで、こちらから連中が見えないだけでなく、連中もこちら[#「こちら」に傍点]の存在に気づかないんです。少なくとも、連中はわれわれの正体に気づいていません」 「小さすぎる?」と、クァル航宙大尉。振り向いて、四方八方を見まわした。「連中は目に見えないほど小さな生命体でありながら、機械や建物を必要としておる。でも、その機械や建物すら、われわれの目には見えない――そうおっしゃるのかな?」 「ええ」と、スシ。「急に自分の考えに自信が出てきました。今こそ、さっきお話ししたテストを実行してみましょう。ジェスター大尉とビーカーは首都を訪《おとず》れたとき、翻訳器を持っていませんでしたか?」 「そう言えば、持っておられたな」と、クァル航宙大尉。「トランクに入っているはずだぞ」  ホバージープのトランクはロックしてある。だが、スシの手にかかると、あっという間に開《あ》いた。ネオプラスチック製のケースに入った翻訳器がふたつ。スシは翻訳器をつかんだ。クァル航宙大尉は援護隊に合図を送り、集合を呼びかけた。  今度はクァル航宙大尉の指揮で、メンバーたちは周辺の捜索を開始した。もちろん、フールとビーカーの形跡を見つけるためだ。 「翻訳器がふたつなら、ますます便いようがあるぞ」と、スシ。「〈姿なき敵〉はポータブレインと交信を試みている。なんとか、このポータブレインに翻訳器を接続できないだろうか?」 「おもしろそうね」と、ブリック。スシを手伝ってトランクから翻訳器を引っ張り出した。「でも、まずは自分のがらくた[#「がらくた」に傍点]で試したらどう? 大尉のポータブレインは高価すぎるし、宇宙連邦評議会よりもはるかに優《すぐ》れた知能を持ってるのよ。このポータブレインは、もうどのくらい作動しつづけてるのかしら?一週間? いくらなんでも、勝手に言葉をしゃべりはじめたわけじゃないわよね。それなら、翻訳器をつないでみる価値はあるわ」  スシは笑った。 「きみの言うとおりだ。そうしよう。ほかに意見はないな? わたしは、ずっと方法を考えつづけてきた。どこから始めるかは、わたしに任せてほしい」  スシは翻訳器を置き、自分の受信器と工具を取りに行った。  約一時間後、クァル航宙大尉は捜索から戻ってきた。スシがホバージープの後尾扉《テールゲート》を作業台にして、悪戦苦闘している。クァル航宙大尉は黒いサングラスをはずし、もつれた配線を見つめた。 「それをどうするつもりかな、お若いの?」  スシは身を起こし、ため息をついた。 「もともと互いに接続して使うものじゃないんです。それに、部品も道具も足りません。近くにホームセンターがあれば、必要なものを調達できるんですけどね。こんな場所じゃ、最初から作業がうまくいくはずがありません」 「では、計画は実現不可能かな?」と、クァル航宙大尉。 「いや、なんとかしてみせます」と、スシ。「大尉のポータブレインを勝手にいじくっていいという許可は得ていません。おまけに、こんなことをしたら、ポータブレインはふため[#「ふため」に傍点]と見られない姿になるかもしれません。でも大尉は、この計画の根本方針を認めてくださるはずです」 「絶対に認めてくださるわ。ビーカーさんを助けるためですもの」と、ブリック。「ポータブレインが壊れても、また新品を買えばいいのよ。でも、ビーカーさんの代わりはいないわ」 「ビーカーが無事でいてくれるといいんだがな」と、スシ。静かな口調だ。「でも、ビーカーがジープを降りてから、もう何時間にもなる。しかも、非常用の食糧をジープに残したままだ。この砂漠で食糧も水も手に入らないとなると……」 「〈姿なき敵〉に捕《つか》まっていれば、食事くらいは与えられるのではないかな」と、クァル航宙大尉。 「そう信じたいものです」と、スシ。「〈姿なき敵〉との交信に成功しないかぎり、連中がビーカーの居所を知っているかどうかすら確認できません。問題は、そこです。おそらくビーカーは大尉といっしょに基地に戻ろうとしたんでしょう。でも、戻れなかった。無理もありません。ビーカーは、もう若くは――」 「わしはビーカー殿のご無事を信じるぞ」と、クァル航宙大尉。「ピエロ大尉に事情をうかがうべきだったな」 「ごもっとも[#「ごもっとも」に傍点]です」と、スシ。「でも、どう考えても、基地に戻ってからの大尉は変でした。ここから基地に戻るあいだに何かあったに違いありません。ブリック、きみが話しかけたら、大尉は妙な顔をしたんだろう?」 「ええ、まるで初対面みたいな態度だったわ」と、ブリック。真面目な口調だ。「わたくしの声は聞こえているようだったし、質問にも答えてくださった。でも、わたくしをまともに見てくださらないのよ――まるで、わたくしの姿が見えなかったみたい。今にして思えば、ピントはずれの返事も多かったわね」 「そのとおり。どこかちぐはぐ[#「ちぐはぐ」に傍点]だった」と、クァル航宙大尉。「わしも大尉と話した。しかし、わしを見る大尉の目は、いつもと違っておった。『見たこともない種族だ』とでも言いたげだった」 「まったく不思議ですよ」と、スシ。作業台から顔をあげようともしない。やがて、二本のワイヤーをつなぎ合わせた。「これでうまくいくか試してみよう」  スシは翻訳器のスイッチを入れ、顔を近づけた。スピーカーに異常はない。それから、ポータブレインを起動させた。だが、何も起こらない。 「うそ!」と、ブリック。「また画面が真っ白になっちゃったの?」 「いや、こいつを調整するあいだ、画面を消しておいただけだ」と、スシ。少しもあわてていない。「プログラムを初期状態に戻す必要があったからね。設定は保存してある。ほら……」  スシはコマンドを入力した。そのとたんに、ポータブレインの画面が変化した。 「これでよし。見てろよ」と、スシ。ポータブレインのキーを叩いた。翻訳器のスピーカーから低い雑音が聞こえてきた。まもなく、はっきりした音声に変わった。 「インターシステム・スクラーン社――二千株、売値《うりね》十七。ペットの訓練について指示ねがいます。つづいて、ピックアップ・ピザ株式会社の株価収益率を報告します。もしもし? 聞こえますか? 聞こえましたら、応答ねがいます。トランター・エンターテインメント社の優先株――五百株、売値四十五を維持。五百株を買います。注目のピックアップ・ピザ株式会社、買値《かいね》は十以下……」  捜索隊はスピーカーから流れる声に聞き入った。  スシは仲間を振り返り、にっこり笑った。 「どんなもんだい?」 「実にすばらしい、スシ」と、クァル航宙大尉。歯をむき出した。「ついに〈姿なき敵〉の声を聞くことができたな!」 「最高よ、スシ」と、ブリック。「でも、いったい何の話をしてるのかしら?」 「ジェスター大尉のポータブレインは、株価を自動チェックして取引するよう設定してあったんだ」と、スシ。「〈姿なき敵〉は、ポータブレインの指示を自分たちへの呼びかけと勘違いしたらしい。だから、なんとか応《こた》えようとしたんだろう。もちろん、ポータブレインは初期プログラムにしたがって、信号を発しつづけるだけだ。でも、やっと通信チャンネルを開《ひら》くことができた。今度は、われわれがポータブレインの代わりに〈姿なき敵〉と交信できる」クァル航宙大尉に向き直った。「クァル航宙大尉、指揮官はあなた[#「あなた」に傍点]です。まずは、なんと呼びかけましょうか?」 「もちろん、決まっておる」と、クァル航宙大尉。「『ビーカーという地球人はどこにいるか?』だ」 「オーケー」と、スシ。ふたたびポータブレインにコマンドを入力しはじめた。  ほかのメンバーは期待をこめた目で、なりゆきを見守った。  謎《なぞ》の航宙船は急激に高度を下げてきた。守備位置についた中隊員たちは油断なく見つめた。船が攻撃のそぶり[#「そぶり」に傍点]を見せたら、いつでも対処できる。 「ほんとうに攻撃してくる気があるのなら、地平線上に姿を現わす前にミサイルを発射してきたはずです」と、一人の中隊員。 「そうね。でも、レーザー・ビームが確実にわたしたちをねらってくるわ」と、ブランデー。「低く構えて。わたしが命令したら、すぐ行動するのよ」 「船の型式は確認できましたか?」スナイプ少尉はアームストロング中尉に訊いた。  相変わらずアームストロング中尉は立体双眼鏡で船を迫いつづけている。スナイプ少尉の視界の隅《すみ》に、二人のシンシア人が映った。二人の乗った飛行ボードは唸《うな》りをあげ、守備位置に降り立った。二人とも派手なヘルメットを身につけ、巨大な武器をかついでいた。 「まだ見えない。大気のひずみ[#「ひずみ」に傍点]が大きすぎるせいだ。中型船だということしか確認できない」と、アームストロング中尉。スナイプ少尉を見た。「通信センターに行けば、マザーから情報を得られる。ひょっとすると、船が着陸許可を求めてきているかもしれない。そうでなくても、何か手がかりを得られるはずだ」  スナイプ少尉はうなずき、考えこんだ――つねにボチャップ少佐は通信電波をチェックしている。だから、船からの呼びかけを捉《とら》えていても不思議ではない。だが、まだ命令変更の知らせはない。  そのとき、けたたましい音とともにホバーバイクが通りすぎた。チョコレート・ハリーだ。真剣な表情で、ハンドルから身を乗り出している。スナイプ少尉は思わず、飛びのいた。 「船から呼びかけがあれば、ボチャップ少佐が知らせてくださる。今は、どんな事態にも対処できるよう準備しろ」と、スナイプ少尉。首を左右に振った。 「少尉、もうとっくに準備は終わっているよ」と、アームストロング中尉。あてつけがましくスナイプ少尉に背を向け、ふたたび双眼鏡で船を見た。  しばらくして、いっそう轟音《ごうおん》が大きくなった。いよいよ船が迫ってきた。  スナイプ少尉はブランデーを振り返った。 「曹長、あの船が攻撃してきたら、どうするつもりだ?」  ブランデーはフンと鼻を鳴らした。 「問題は、『どんな武器で攻撃してくるか』です。こんな近くに着陸しようとしてるんだから、まさか核兵器じゃないでしょ?」 「核兵器?」と、スナイプ少尉。ゴクリと唾《つば》を呑《の》んだ。その可能性までは考えていなかった。 「まあ、わたしたちに攻撃をしかけるなんて自殺行為よね」と、ブランデー。「きっと伝統的な武器を使って、速攻をしかけてくるわ。でも、わたしたちは、そう簡単には倒されないわよ。あの船の心臓部を吹き飛ばしてやる。前にもやったから、大丈夫よ。でも今は、ただ見てるしかないわ。そうでしょ?」 「そうかもしれんな」と、スナイプ少尉。顔が青ざめてきた。  船は速度を落とし、着陸準備に入った。ブランデーは轟音に負けない大声で話しつづけた。 「ほかに方法があるとしたら、少しでも武器の威力をやわらげることくらいかしら? あの大きさの船なら、クラス四のUVレーザーを搭載してる可能性があるわ。でも、厚さ二十センチほどの鉛を盾《たて》にすれば、攻撃されても平気よ。土壁なら、三メートルの厚さが必要ね」 「三メートル?」と、スナイプ少尉。辺《あた》りを見まわし、その厚さの壁を持つ塹壕《ざんごう》を探した。 「そう、三メートルあれば充分よ」と、ブランデー。「いったん、わたしたちが姿を隠したら、敵は攻撃をしかけてくるわ。きっと歩兵がいても、おかまいなしね。そうとなると、厄介《やっかい》だわ」 「厄介だと?」と、スナイプ少尉。息を呑んだ。 「そうよ。接戦ほど厄介なものはないわ」と、ブランデー。声を限りに叫んだ。「でも、あんたは経験ずみなんでしょ? なんといっても少尉ですものね」  スナイプ少尉は口を開《あ》け、何か言おうとした。  そのとき、アームストロング中尉が叫んだ。 「船が着陸するぞ。急いで守備位置につけ」 「ぐずぐず[#「ぐずぐず」に傍点]するんじゃないわよ!」と、ブランデー。大声を張りあげ、船を見やった。砂煙《すなけむり》におおわれて何も見えない。「砂煙がおさまったら、ビームを放ってくるかもしれないわ。頭を低くして待機しなさい」  突然、船のエンジン音が静まった。全員が固唾《かたず》を呑んだ。やがて、砂煙がおさまりはじめた。  スナイプ少尉は縮《ちぢ》みあがった。殺人ビームが自分をねらってくるかもしれない――そう思っただけで生きた心地がしない。あわてて周囲を見まわし、近くのホバージープの陰に隠れた。これだけで絶対に安全だとは思わない。それでも、ブランデーが言った『クラス四のUVレーザー』からは身を守れる。  どこかでアームストロング中尉の声がした。 「出入口《ハッチ》が開《ひら》くぞ」  スナイプ少尉はホバージープの陰から顔だけをのぞかせた。そのとたんに、しりもち[#「しりもち」に傍点]をついた。何か巨大なものが唸りをあげ、一直線に向かってきたからだ。  自慢の『ホバーバイク』にまたがったチョコレート・ハリーが、猛烈な勢いで通りすぎていった。 「おい、みんな、頭をあげろ!」と、ハリー。信じられないほどのスピードで遠ざかってゆく。  もういちどスナイプ少尉はおそるおそる顔を出した。砂煙の向こうに数人の影が見える。貨物ベイから正体不明の機材を投げおろしては、積み重ねてゆく。やがて船から車のようなものが現われた。つづいて、いくつかの人影(ほんとうに人間なのか?)が降り立った。  ほんの一瞬だけなら、敵に姿を見せても危険はないだろう――そうスナイプ少尉は判断し、急いでアームストロング中尉に駆け寄った。アームストロング中尉は、腰の高さに積み重ねた箱の陰に立ち、立体双眼鏡で敵の行動を監視している。 「連中は何をしているのですか?」と、スナイプ少尉。息をはずませている。箱の陰に身をかがめ、冷静なアームストロング中尉をほれぼれ[#「ほれぼれ」に傍点]と見あげた。 「見てのとおりだ。機材を降ろしている」と、アームストロング中尉。いかにも頼もしい口調だ。びくびくするスナイプ少尉を見おろし、付け加えた。「こっちに来るぞ」  スナイプ少尉は箱の陰から顔をのぞかせた。ゆっくりと車が近づいてくる。見た目はホバージープそのものだ。中に乗りこんだ人影はビーム発射台のようなものを抱《かか》えていた。さらに車の後ろから、『侵略者』の一団が歩いてくる。  ブランデーは守備位置についた中隊員たちに呼びかけた。 「落ち着いて。あわてちゃダメよ」  今のところ『侵略者』たちが攻撃してくる気配はない。スナイプ少尉はホッとして立ちあがった。すでに砂煙はおさまり、鮮やかな黄色のホバージープがはっきり見えた。軍隊の色ではない。車の側面に何か文字が書いてある。だが、スナイプ少尉の位置からは読み取れない。ジープの前部座席からひとつの人影が立ちあがり、中隊員たちに姿を見せた。 「侵略者には見えないな」と、スナイプ少尉。ささやき声だ。 「ああ、見えないね」と、アームストロング中尉。「あの連中の正体がわたしの推測どおりだとしたら、あんたもボチャップ少佐もがっかり[#「がっかり」に傍点]するぞ。侵略者のほうが、まだまし[#「まし」に傍点]だったとな」 「なんですって?」と、スナイプ少尉。接近してくるジープを見つめた。  ここまで近づいてくれば、立ちあがった人影を識別できる。女だ。にっこり笑いながら、宇宙軍基地に向かって手を振っている。 「どこかで見た顔だ」と、スナイプ少尉。顔をしかめた。 「当然さ」と、アームストロング中尉。双眼鏡をおろし、女に手を振り返した。守備についていた最前列の中隊員たちも立ちあがり、女に手を振った。  スナイプ少尉は首をかしげた――どういうことだ?  ジープは向きを変え、地面のでこぼこを避けた。  その瞬間、ようやく側面に書いてある文字が読み取れた。『星際ニュース・サービス』。では、ジープから立ちあがった女性は、ジェニー・ヒギンズか。ジェスター大尉をメディアの寵児《ちょうじ》に押しあげた張本人だ。  これもまた、ひとつの侵略と言える。マスコミという名の侵略者の仕業だ。  薄暗い場所に閉じこめられているのは、退屈だ。ほかに言いようがない。たとえ相棒がいても関係ない。すでに、現状を打破するための意見も出つくした。もう話題がない。信じられないくらい退屈だ。  フールは、差し入れのグラヴボールを向こうの壁に投げつけて退屈を紛《まぎ》らそうとした。だが、ボールを投げるたびに、中に仕込まれた鈴が鳴る。それが神経にさわった。ビーカーも嫌《いや》な顔をした。フールは三回ほどボールを投げつけたあと、ふたたび力なく壁にもたれた。逃げる方法を考えよう。敵と話し合いたい。しかし、いい考えが浮かんでも、ことごとくビーカーに反対された。  それでも、ときどき退屈に耐えかねて、またしてもボールを見てしまう。フールは思った――鈴を取り出す方法があるかもしれない……。でも、取り出そうとしたら、鈴はもっとうるさく鳴り、ビーカーから冷たい視線と皮肉を浴びせられる。それくらいなら、もう少し退屈を我慢しよう。  しかし、いよいよ深刻な事態が起こりはじめた。ボールに触れていないのに、また低い鈴の音が聞こえた。間違いない。でも、ボールは目に見える形では動かなかった。じゃあ、どういうことだ?一人きりで監禁されると精神に異常をきたすという。執事といっしょに監禁された場合はどうなのか、わからない。だが少なくとも、これが悪い兆候であることはたしかだ。 「ご主人様、やめていただけませんか?」と、ビーカー。ますますフールを苛立《いらだ》たせる言葉だ。 「やめるって、何を?」と、フール。「そうがみがみ[#「がみがみ」に傍点]言うなよ。静かに考えごともできやしない」 「ボールをいじるのは、おやめください」と、ビーカー。フールをにらみつけた。「鈴の音がうるさくてたまりません」  フールは姿勢をただした。 「おまえにも聞こえるのか? てっきり空耳《そらみみ》かと思ったよ」 「空耳ではございません。ご覧くださいませ。ちゃんと動いております」と、ビーカー。ボールを指さしている。  ボールが小刻みに震えた。床《ゆか》全体が揺れているのか?  二人は思わず、ボールから離れた。何が起ころうとしているのか、わからない。とにかく今までにない展開だ。食事とボールの差し入れがあってから、変化はない。物音や振動ひとつ感じなかった。だが今、向こう端《はし》の壁の色が変わりはじめた。いや、色が薄くなってきたと言うべきか? 無色の液体で薄められてゆく感じだ。  やがて、壁ごしに人影が透《す》けて見えるようになった。  フールは手を打った。 「ここから出してもらえるらしいぞ」 「そのようでございます」と、ビーカー。「しかし逆に敵が入ってきて、尋問されるかもしれません」 「何人も入れるほど、ここは広くないさ」と、フール。「でも、シンシア人くらいの大きさの人間なら……」 「おっしゃるとおりです」と、ビーカー。「連中は今まで正体をさとられないよう行動してきました。だからといって、われわれの知る種族とはかぎりません」  フールはビーカーの肩に手を置いた。 「その正体が、もうすぐわかる」  すでに壁の一部は透明に近い。まもなく穴が開《あ》く。人影が近づいてくるのがわかった。  意外にも、その人影はかがみこみ、穴から顔をのぞかせた。 「おい、ビーカーさん! そこにいるんですか?」 「あの声は……」と、フール。思わず、身を乗り出した。「スシ! ここで何をしているんだ?」  フールは穴からのぞくスシの姿を確認した。 「中隊長[#「中隊長」に傍点]!」と、スシ。「中隊長こそ何をしていらっしゃるんですか? いや、それよりも、ここにいる中隊長が本物なら、基地にいるのは誰ですか?」 「なんのことだ? さっぱりわからないぞ」と、フール。  フールとビーカーは急いで外へ転《ころ》がり出た。小高い丘の陰にいる。どうやら、砂地に掘った洞穴《ほらあな》に監禁されていたらしい。スシとクァル航宙大尉と数人の中隊員たちを見たとたんに、ホッとした。だが、二人の視線は、もうひとつの姿に釘付けになった。  ひとめ見て、フールは思った――なんだ、こりゃ? まるでホバージープとポータブレインが……合体して生まれた人造人間みたいだ。おまけに、余った部品がみすぼらしくてっぺん[#「てっぺん」に傍点]にくっつけてある。  見れば見るほど、ホバージープとポータブレインのハーフのように思えてきた。焦点のずれたホロ映像のように、ちらちら揺《ゆ》らめいている。  でも、こんなものにかまってはいられない。ほかに解決しなければならない問題が山ほどある。それに、今は監禁を解かれた喜びにひたりたい。  だが、たちまち、その思いは吹き飛んだ。厳しい現実を見せつけられたからだ。 [#改ページ]       15 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五八〇[#「執事日誌ファイル 五八〇」はゴシック体]  ご主人様とわたくしは監禁という非常に不快な状態にあっても、救出される望みを捨てなかった。救出されたあとで、監禁されていた時間が意外にも短かったことを知り、驚いた。狭い場所に閉じこめられていると――とくに、外界との接触を絶たれた情況にいると――時の流れを遅く感じる。何度も投獄された常習犯でも独房に監禁されることを極度に恐れるというが、それもうなずける。実際、心の通じあった相手と二人で監禁されていたとはいえ、ご主人様もわたしも解放されたときには心からホッとした。  勘の鋭い読者諸氏がお察しのとおり、明るい太陽のもとに解放されたご主人様とわたくしは、監禁者の正体を知って仰天した。 [#ここで字下げ終わり] 「よくわからないな」  フールはスシの隣に立つロボットのようなものを指さして言った。「この生命体がぼくたちを捕《つか》まえたのなら、どうして今まで姿が見えなかったんだ?」  スシは肩をすくめた。 「中隊長、わたしはその場に居合わせたわけではありません。ですから、あくまでも推測ですが、その時点では、この生命体は今の形では存在していなかったと思われます。この姿になったのは、われわれとコミュニケーションを取りはじめてからです」 「『存在していなかった』のでございますか?」と、ビーカー。「スシ様、それではこの生命体は、どうやってわたくしたちを捕まえたのですか?」 「『今の形では存在していなかった』と言ったんだよ、ビーカー」と、スシ。「お二人を捕まえた生命体は、微小な知的機械生命体です。ひとつひとつは微小な機械ですが、必要に応じて結合し、大きな形になります。話し合いがはじまるまではわれわれに姿を見せる必要がなかったので、微小な形を取っていたんです」 「これで合点《がてん》がいった」と、クァル航宙大尉。「探知器を使ってもこの生命体を探知できなかったのも、この生命体がホバージープやポータブレインを知的生命体だと思ったのも、ピエロ中隊長をアニマル・コンパニオンだと思ったのも、すべて同じことですな」  フールは口をあんぐり[#「あんぐり」に傍点]とあけた。まるで顎《あご》がはずれたかのようにしばらくポカンとした。 「なんだって?」と、フール。調子はずれな声だ。「ビーカーとぼくを……ペットだと思ったのか?」  スシは、笑いをこらえながら答えた。 「はい。まあ、機械生命体はそう仮定したと考えるのが最も適当でしょう。お二人がホバージープから降りようとしたので、機械生命体はお二人が持ち主から逃げようとしていると思ったんでしょう。それでお二人を捕らえ、持ち主――ホバージープかポータブレイン――がどう出るか[#「どう出るか」に傍点]わかるまで、とりあえず保護しようと思ったんでしょう。中隊長、機械生命体にとっては知能を持つのは動物ではありません」 「機械でございますか?」ビーカーが口を挟《はさ》んだ。「僭越《せんえつ》ながら、スシ様、わたくしにも機械が独自に進化して知的生命体になるとは思えません」 「実は、わたしも信じられない思いです」と、スシ。肩をすくめた。「これはわたしの推測ですが、おそらく、惑星外から来た生命体が機械のガラクタを放置し、そのガラクタが機械生命体に進化したのでしょう。とにかく、相手の世界は微小機械文明です。個体は知的レベルの低い機械ですが、結合して大きくなると――マクロ化すると――人間と同等の知能を持ちます」 「そのようなことができるのなら、理論的には、この機械生命体には人間以上の知能を持つ可能性がありますね」と、ビーカー。しぶしぶ認める口調だ。「しかしながら、わたくしは機械が勝手に進化する話など聞いたことがございません」 「わたしも聞いたことがありません」と、スシ。「何事も、最初はそういうものです」 「スシの言うとおりだ」と、フール。「現実をありのままに受け入れよう。どんな情況なのか、スシが今から話してくれるだろう」フールは期待のこもった笑みを浮かべてスシを見た。 「承知いたしました。クァル航宙大尉のおっしゃるように、機械生命体はホバージープとポータブレインを知的生命体だと考え、交信しようとしました。中隊長が翻訳器をつけていたら、ホバージープの交信器がとらえた雑音を解読できたかもしれません。しかし、ホバージープから離れてしまった今、それを言っても仕方ありませんな」 「それで機械生命体は、ぼくとビーカーを捕虜にして、ホバージープと交渉しようとしたのか」と、フール。「ジープとの交渉は失敗しただろうな」 「ええ、ですが機械生命体はポータブレインのモデムから信号を受信して、中隊長の持ち株の株価をダウンロードしつづけていました」と、スシ。「機械生命体はポータブレインを知的生命体だと思いました。ポータブレインから反応がなくても、まだ、お二人が機械を操作する知的生命体だと気づきませんでした。そこで機械生命体はお二人を人質にとったのですが、それでもポータブレインは無反応だったというわけです」 「あまり愉快な話ではございませんね」と、ビーカー。 「ペット扱いぐらいで済んでよかったよ」と、フール。「思い出してもみろ、一時はやつらの昼飯にされるのかとバラバラしたじゃないか」 「やつらには有機体を食べる習慣はないようですよ。食べられることはないでしょうが、砂漠に置き去りにされて飢え死になさったかも知れません」と、スシ。  ビーカーが鼻で笑った。 「『有機体を食べる習慣はない』でございますと? それでは、どんな動力――エネルギーで動くのですか?」  スシは困惑した表情で肩をすくめた。しかし、顔には笑みを浮かべている。 「わかりません。しかし、研究する価値はあります。やつらの動力がわかれば、われわれが仲介して、その動力を……」  フールは背筋を伸ばして、拍手した。 「そうか、宇宙軍がひと儲け[#「ひと儲け」に傍点]できるぞ! 探求心さえあれば、金儲けの方法はどこにでも転がっているものだな。スシ、きみに礼を言うよ。これもきみがきっかけ[#「きっかけ」に傍点]を作ってくれたおかげだ。この問題は、ぜひとも追求させてもらう」 「お礼には及びません、中隊長」と、スシ。そわそわと自分の爪をいじりながら、先をつづけた。「機械生命体は株をうまく操作して大儲けしたようです。われわれが動力を売ろうとすれば、喜んで買うはずです。つきましては、動力を発見した暁《あかつき》には、その発見料を頂きたいと……」 「心配するな、スシ。きみの提案したことなんだから、きみの取り分を忘れるはずがない」と、フール。 「ありがとうございます、中隊長」と、スシ。「中隊長なら、きっとそう言ってくださると信じておりました。さあ、まずは、この情況を解決しましょう。わたしはポータブレインのモデムをインターネットの幼児番組――『ロジャー・ロボット』を延々と流している番組です――にセットしました。そうとも知らずに、微小機械はポータブレインと交信を試みているはずです。すぐにあきらめるでしょうがね。時間稼ぎにはなります。今のうちに、ここから脱出する作戦と、基地に戻る作戦を練りましょう。基地に着いてからの作戦も考えなくてはなりません」  フールは笑った。 「基地での作戦だって? そんなに難しいことなのか? ゆっくりとシャワーを浴びて、着替えて、冷たい飲み物を飲む。それから今までにたまった問題を解決する。〈姿なき敵〉の正体は、すでに判明した。つぎになすべきことは、〈姿なき敵〉とゼノビア人に話し合いをさせることだ。〈姿なき敵〉の目的は何なのか、両者に共通点はあるのか? それを探《さぐ》るのが、なによりも重要だ。これ以上の問題があるとは思えな――」 「中隊長は、基地がどんなことになっているかご存じないんです」と、スシ。残念そうに頭を左右に振った。「まったく、おわかりになっていません」  これからマスコミの相手をすると思うと、ボチャップ少佐は不愉快だった。マスコミ嫌《ぎら》いなのではない。実を言えば、マスコミに取りあげられた自分の記事を残らずファイルしている。手間暇かけて集めた記事の中から、とくに華々しい場面――と言っても大したことはない――を選《え》りすぐり、丁寧にファイルする。カメラの前でレポーターの質問に答えるのが嫌いなわけでもない――レポーターが予定したよりも長々と答えることもしばしばある。マスコミの長所は、よく心得ているつもりだ。  今日、レポーターたちが集まったのは、ボチャップ少佐のためではなく、左遷されたジェスター大尉のためだ。それが気に食わない。  マスコミのハゲタカどもめ、おまえたちは勝者に注目すればいい。なぜ、ジェスター大尉のような負け犬に注目するのだ? ジェスター大尉は過去の中隊長だ。ジェスター大尉がどうしょうが構わないはずだ。 「ボチャップ少佐は、おわかりになっていないようですわね」と、星際ニュース・サービス社のレポーター、ジェニー・ヒギンズ。「オメガ中隊が世間の注目を浴びるようになったのは、ジェスター大尉のおかげです。それなのに、ジェスター大尉は突然、この中隊の指揮官を退《しりぞ》かれた。世間はことのいきさつ[#「いきさつ」に傍点]を知りたがっています。また、ジェスター大尉から感想を聞きたいと思っています」 「ヒギンズさん、警告いたしますが、ここは交戦地帯です」と、ボチャップ少佐。執務室にはフールが取りつけた高性能の気温コントロール・システム――この部屋はもともと[#「もともと」に傍点]フールの執務室だった――が稼働しているが、ボチャップ少佐は汗をかいている。  これほど緊張するのは、ジェニーの後ろにカメラマンが控えているからだ。言葉を選んで話さなければ、ホロテレビで銀河じゅうに醜態が放映されてしまう。ゴールデン・アワーには、何十億という視聴者がホロテレビを見る。たった一言の失言で、せっかく築きあげた経歴が崩れてはたまらない。 「民間人が宇宙軍の任務に興味を持つ気持ちはわかります。しかし、われわれは慎重にならざるを得ないのです。敵がわれわれの任務についての情報を探ろうと目を光らせておりますからな」 「もちろん、それは理解しております、少佐」と、ジェニー。まばゆい笑顔を見せながら言った。「不適切な報道のために、こちらの勇敢な中隊員さんが危険に陥るのを望む視聴者はおりません」  ジェニーはますますにっこり[#「にっこり」に傍点]して、デスク越しにボチャップ少佐に顔を寄せた。 「だからこそ、中隊員さんたちとお話しするまえに、少佐に会いにきたのですわ。これまでの経験で学びましたの――任務の責任者と深くおつき合いするほうが、安全を守りつつ視聴者の希望にも応えられる報道ができます。今の情況の概要をお話しくださるだけでいいんです――お望みならばオフレコにいたします。それさえお話しいただけたら、残りの滞在期間中、わたくしたちは軍の基本原則に従います。それでいかがでしょうか?」  ボチャップ少佐は、ますます暑苦しさを感じた。  エアコンを点検する必要があるな。しかし、この美人レポーター――ジェニーはたしかに美人だった――の言うことも一理ある。中隊の人気はウナギのぼりだ。これに乗じて、自分の名前を広め、名実ともにジェスター大尉の座を奪う絶好のチャンスだ。ジェスター大尉はマスコミの扱いがうまかった。まるで、名プレイヤーがシンセサイザーを演奏するかのような巧みさだ。よし、今度はおれの番だ。  ボチャップ少佐はジェニーを見つめ、ささやいた。 「そうですね、ヒギンズさん。われわれは協力しあえるようですね。さあ、ご質問をどうぞ」 「少佐ご自身のことをお聞かせください」と、ジェニー。甘ったるい口調だ。「なぜ軍人になる道を選んだのですか? どのようないきさつ[#「いきさつ」に傍点]でこの中隊の指揮官に任命されたのですか?」  ボチャップ少佐は深呼吸した。満足げなほほえみを浮かべている。  さあ、ここからはおれの思うとおりにしゃべりまくるぞ。今こそ、銀河じゅうの人々にエルマー・ボチャップの出世物語を聞かせてやる。軍の要職についた尊敬すべき男、エルマー・ボチャップの物語だ。  ボチャップ少佐は、まっすぐホロカメラを見据えた。 「少年時代」と、ボチャップ少佐。「わたしは指揮官として天性の素質に恵まれていることに気づきました……」  ホロカメラは静かに回りつづけ、ボチャップ少佐の一語一句を記録した。 「新しい指揮官か」と、フール。スシから基地の情況を説明され、フールは頭を左右に振った。「なるほど、これは面倒なことになりそうだな。そのうえ、何者かが、ぼくになりきっているというんだな?」 「そのとおりです、中隊長」と、スシ。「その男はある夜、砂漠からやってきました。ガルボとブリックがあの晩の当直でしたから、二人に尋《たず》ねるとよろしいかと思います。問題は、その男が挙動不審だということです。自分がどこにいるのかまったくわかっていないみたいなんです。中隊員たちは、中隊長が砂漠で日射病にかかって頭がおかしくなったと思っています。でも、今にして思えば、あの男が中隊長ではないという証拠がいくつもありました。あいつが誰なのか、中隊長には見当がつきますか? 宇宙軍司令部が中隊長の信用を傷つけるために、ニセ中隊長を送りこんで、奇行を演じさせているんでしょうか?」 「おそらく、ほとんどの者には本物のご主人様とニセ者の区別がつかないでしょう」と、ビーカー。 「司令部がそんなことをするとは思えない」と、フール。ビーカーの発言を無視した。 「宇宙軍司令部は意地が悪い。だけど、あまり利口じゃない。でも、基地がどんなに混乱しているか、想像がつくよ。もしぼくの推測があっていれば、そのニセ者の正体はすぐに判明する。それよりも、ボチャップ少佐がきみの言うようなひどい男なら、そっちのほうが気になるな」 「わたしの話に嘘はありません」と、スシ。「もっとひどいくらいです。いやな指揮官の話を全部ひっくるめたようなやつ[#「やつ」に傍点]です。軍曹たちも閉口しています。こんなことは初めてです」 「それは、よくない徴候だな」と、フール。スシに同調した。「宇宙広しといえども、軍曹をてこずらせるものは、あまりいない――チョコレート・ハリーを追ってきたレネゲイズ団くらいだ。でも、もしあの[#「あの」に傍点]ブランデー曹長もボチャップ少佐をもてあましているとなると、ただごとじゃないな」 「基地に戻ったら、ご自身の目でお確かめください」と、スシ。「それから、これは難しいかも知れませんが、ボチャップ少佐を説得してください――ボチャップ少佐は中隊長とわれわれ捜索隊を、|無届け外出《AWOL》で懲戒免職にするかもしれません。あるいは、中隊長はニセ者と勘違いされて、営倉に放りこまれるかもしれません」 「捜索隊のことは、ぼくが責任をとる」と、フール。「ボチャップ少佐にはこう説明してくれ――『ボチャップ少佐が基地に着任するまえに、ジェスター大尉から〈姿なき敵〉の捜索を命じられた』ってね。ボチャップ少佐が着任したときには、ぼくは基地にはいなかった。だから、捜索任務について説明できなかった。ボチャップ少佐はその点を非難するかもしれないが、みんなで口裏をあわせれば、それ以上の文句は言うまい。なんといっても、命令を出した時点では、ぼくが正式な指揮官だったんだからな」 「ご高配に感謝します」と、スシ。「ボチャップ少佐はしつこく追及するでしょうが、中隊長が味方になってくださるのなら安心です。ありがとうございます、中隊長」 「これくらいなんでもないよ、スシ」と、フール。「いいかい、われわれがここに着任したときの最重要任務は、ゼノビア帝国と協力して〈姿なき敵〉を見つけることだった。きみはその任務を果たした――きみの功績を認めるのは当然だ」 「〈姿なき敵〉に別の名前を考える必要がありますね」と、スシ。「やつらは姿がないのではなくて、小さすぎて見えなかったんですから――」 「微小機械生命体《ナノイド》っていうのはどうですか?」と、マハトマ。「微小工学《ナノテク》という言葉をもじって――」 「ああ、覚えやすくていいな」と、スシ。「微小機械生命体《ナノイド》か――」 「安易な命名でございますな」と、ビーカー。  ビーカーは鼻で笑ったが、たしかにピンとくる名前だ。  ジェニー・ヒギンズは、顔をほころばせた。新しい指揮官――ボチャップ少佐――とのインタビューを終え、これから中隊員たちと顔を合わせる。そう思うと、古巣に帰ってきたような懐かしさを感じた。ジェニーが食堂に入ると、調理担当軍曹のエスクリマがじきじき[#「じきじき」に傍点]にジェニーの皿に料理をよそい、自慢げに『新しいメニューだぞ』と説明した。  チョコレート・ハリーはニタニタしながら、紫色の迷彩柄のTシャツとオメガ中隊の記章をつけた作業帽――こちらも同じく紫色だ――をジェニーに渡した。  これを身につけたジェニーが中隊員たちの会話に加わると、たちまち座が盛り上がった。  ブランデー曹長はジェニーを両腕で抱きしめた。まるで妹が帰ってきたかのような歓迎ぶりだ。そして自ら案内役を買って出て、ジェニーと速成基地――ゼノビア星におけるオメガ中隊の本部だ――の中をまわった。  実際、中隊の誰もが――ただし、ボチャップ少佐の副官である横柄なスナイプ少尉だけは例外だ――ジェニーを歓迎した。そして、どんなことも気軽に話した。だが、ジェニーがフールのことに触れたとたんに、中隊員たちは一様に顔を曇らせた。 「自分で中隊長と話してみろよ」――チョコレート・ハリーには、こう言われた。誰もが似たり寄ったりの返事をして、それ以上は語ろうとしない。人から話を聞き出すのがジェニーの仕事だが、これほどあきらかに無視されることは珍しい。  問題は、ジェニーがジェスター大尉――宇宙軍に入隊する前の名で呼ぶならウィラード・フールだ――に会えないことだ。  ゼノビア星に着いてすぐに、ジェニーはフールを見かけた。オメガ中隊の基地の中はまるで今にも侵略がはじまりそうな緊迫した雰囲気に包まれていたが、フールはテントの中でデスクに座り、山積みになった書類をのんびりと処理していた。  フールがジェニーに気づくまえに、ジェニーはスナイプ少尉に追い払われ、司令センターに連れていかれた。ジェニーが戻ってきたときには、フールの姿はもうなかった。誰に尋《たず》ねてもフールの居所《いどころ》はわからない。実際、フールの宿舎の場所さえ、誰も知らない。わたしに隠し事をしているのではないわ。ジェニーは有能なレポーターだ。それくらいの嘘はすぐに見抜ける。  オメガ中隊がゼノビア星で何をしているのかについても、情報集めに苦労した。『ゼノビア帝国からの要請で、奇怪な現象の謎を解くために派遣された』――ここまでは中隊員の意見は一致した。しかし、『奇怪な現象』とはどんなことなのか? それについては中隊員たちの意見はてんでん[#「てんでん」に傍点]バラバラだった。誰も本当のことを知らないようだ。  ゼノビア人ですら、騒ぎの原因である謎の侵略者の姿を見たことがないらしい。基地の中でこの問題にもっとも詳しいのはフールだが、肝心のフールと話すことができない。ジェニーは苛立ちを募《つの》らせた。  いったいなぜウィラード・フールと面会できないの?  ジェニーはあれこれ真剣に考えた。  仮説その一――ウィラードは病気である(中隊員たちの話では、ウィラードは砂漠から歩いて基地に帰ってきたらしい。かなり遠くから歩いてきたらしく、ホバージープはいまだに見つかっていない)。  仮説その二――ウィラードは新しい少佐の着任にショックを受けて、精神のバランスを失った。そのために話ができる状態ではない。  仮説その三――宇宙軍司令部の陰謀で、ウィラードはマスコミに会うことができない。  仮説その四――気づかないうちにわたしがウィラードの気を悪くするようなことをした。  ジェニーは悩みながら報道関係者用のテント――ボチャップ少佐の許可を得て、オメガ中隊の基地内に建てたものだ――から出て、目を見はった。  なんと、ウィラード・フールが天幕の下で丸椅子に座っているではないか! 山積みになった資料のひとつをパラパラとめくっている。  相変わらず気だてのよさそうな顔だが、身体じゅうから「現在、仕事中。話しかけるな」というオーラを発している。  ジェニーは人が発する無言のメッセージに敏感だ。相手がよく知らない人でも同じだ。だからこそ、レポーターとして、ここまで成功できた。フールとは、何度かデートした仲だ。惑星ハスキンと惑星ランドール、高級リゾート・ステーション――ローレライ宇宙ステーション――で、ジェニーとフールは五つ星レストランで食事を楽しみ、ダンスを踊った。フールのはからい[#「はからい」に傍点]で、ジェニーは中隊員の誰にでもインタビューできた。しかも、フールはインタビューのあいだじゅうホロカメラを回すことも許可してくれた。ジェニーがもの[#「もの」に傍点]にした特ダネのいくつかは、フールという最高の協力者のおかげだ。  いま、この星で起こっていることは、前代未聞の大スクープになるわ――ジェニーの勘だ。いくら中隊長が忙しくても、絶対に話を聞かせてもらうわよ。 「ああ、やっと見つけましたわ! ご機嫌いかが?」  ジェニーはフールに声をかけ、ニコニコしながら、まっすぐフールに近づいた。チョコレート・ハリーにもらった紫色の作業帽のゆがみを整え、最高の笑顔を作っている。ジェニーの声が聞こえたらしく、フールは顔をあげた。ところがフールの視線は、ジェニーのずっと向こうを見ている。  ジェニーは、その場に凍りついた。  ジェニーは人から注目されることに慣れていた――通りすがりの男性は賞賛のまなざしで、女性は羨望のまなざしでジェニーを見る。毎日、毎日、銀河じゅうで何十億という目がホロテレビに映るジェニーを見た。どこへ行っても、ジェニーは注目の的だ。  無関心な目で見られて――これはジェニーにとっては、存在を無視されたのと同じだ――ジェニーは青ざめた。しかも、相手は、ともに楽しい時を過ごし、協力しあって苦難を乗り越えた友人だ。  どういうこと?  ジェニーはわけがわからず、フールと視線を会わせようと努力した。だが、フールはまるで彫像のように無関心のままだ。ついにジェニーはあきらめ、フールから目をそらした。  この人は、わたしの知っているウィラードじゃない。ウィラードに何があったのか知らないけど、わたしのせいなのかしら?  こんな屈辱は生まれて初めてだ。ジェニーはくるりと向きを変え、うちひしがれた気持ちで、よろめきながら走り去った。  天幕の中のフールは、不思議そうにあたりを見まわし、つぶやいた。 「たしかに、ぼくを呼ぶ声がしたんだが……」  フールは肩をすくめると、ふたたび山積みの書類を片づけにかかった。 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 五九三[#「執事日誌ファイル 五九三」はゴシック体]  中隊の基地をめざす帰還の旅は、予定より時間がかかった。全員が一度にホバージープに乗ることができなかったからである。しかし、ご主人様は全員が同時に基地に到着することが肝心だとお考えになり、シャトル・システムをご考案なさった。まず、一行を三班に分け、第一班を基地まで歩いていけるところまでホバージープで送る。第一班を下《お》ろしたあと、ホバージープはトンボ返りして第二班を拾いに戻る。一方、第一班はその地点で、残りの人員の到着を待つ。ホバージープが三往復して、すべての人員と備品が基地の近くまで移動した。  ご主人様はどのような形で基地に入るべきか、ご思案なさっていた。新しい指揮官が着任したのなら、これまで思い描いていたような『凱旋《がいせん》』にはならないであろう。わたくしにとっても、これは見たくもない絞首刑の立ち会いにいくようなものであった。 [#ここで字下げ終わり] 「やりましたぞ、ピエロ中隊長、ついにここまで来ましたぞ」と、クァル航宙大尉。  一行はこんもり[#「こんもり」に傍点]と茂った低木の陰に身を潜《ひそ》めた。もうオメガ中隊の基地が見えている。「さて、ここからが問題ですぞ。どうやって無事に貴官を基地の中にいれるか?」と、クァル航宙大尉。 「新しい指揮官に気づかれずにアンドロイドを連れ出すことのほうが困難かと存じます」と、ビーカー。フールに向かって、話をつづけた。「ですからこそ、以前に、わたくしはご主人様に『アンドロイドに替え玉を演じさせるのは危険だ』と申しあげたのです」 「ああ、アンドロイドのことなら心配ない」と、フール。「スシにアンドロイドを基地から連れ出してもらうつもりだ。アンドロイドは、ぼくの声紋に反応する。だから、ぼくが話しかけてプログラムし直す。ビーカー、おまえはホバージープでアンドロイドを微小機械生命体《ナノイド》の基地に送ってくれ。向こうに到着したら、ポータブレインから翻訳器をはずし、アンドロイドにつけかえるんだ。これで、アンドロイドと微小機械生命体《ナノイド》がコミュニケーションを取れる。それがすんだら、おまえはまたホバージープでここに戻ってくるんだ。ポータブレインを忘れずにな! 基地のみんなには、ぼくがおまえに個人的な用事を頼んだと説明しておく。すべてうまくいったら、誰もここにぼく[#「ぼく」に傍点]が二人いたとは思わないはずだ」 「大混乱が見られないのが、残念な気もしますな」と、スシ。「ボチャップ少佐が中隊長とアンドロイドを同時に見たら、さぞかし[#「さぞかし」に傍点]おもしろいことになるでしょうに」 「きみの気持ちもわかる。だが今は、そんなことは考えるな」と、フール。「アンドロイドに微小機械生命体《ナノイド》との橋渡し役をさせることのほうが重要だ。われわれは微小機械生命体《ナノイド》と永久的にコミュニケーションを取る必要がある。もし、われわれが見た微小機械生命体《ナノイド》の能力が本物なら、微小機械生命体《ナノイド》は同盟にとって強力な助《すけ》っ人《と》になる。しかし、ここからは外交官どうしの話し合いになるだろうな。微小機械生命体《ナノイド》にも外交官が存在すればの話だけど」 「今はいなくても、すぐに外交官を作ることでございましょう。順応性の高さが、微小機械生命体《ナノイド》の特徴でございます」と、ビーカー。ひと呼吸おいて話をつづけた。「正しい指導を受ければ、微小機械生命体《ナノイド》は執事としても立派に通用すると思います」  一瞬、フールは返事に詰まった。だが、すぐに頭を左右に振って答えた。 「それは御免《ごめん》こうむりたいね。この銀河系の文明は、新星から暗黒物質[#ここから割り注](電磁波による通常の方法では直接に観測できない星間物質)[#ここまで割り注]の雲まで、いろいろな問題をかかえている。そのうえ、おまえみたいな執事がゾロゾロと出てきたら、この銀河は大混乱だ」 「その反対でございます、ご主人様」と、ビーカー。思いきり背筋を伸ばして反論した。「これは、真の文明の誕生でございます」 「つづきは、お二人きりで朝までどうぞ」と、スシ。笑いをこらえているため、顔がひきつった。「でもその前に、さっさとかた[#「かた」に傍点]をつけてしまいましょう。もちろん、何のことかおわかりでしょう、中隊長?」 「うむ」と、フール。クスクス笑っている。「よし、ビーカー。アンドロイドを連れてくるまで、ここでホバージープに乗って待機していてくれ。誰かに見つかった場合は、おまえの判断で対処していい。それから、ぼくに連絡するときは、プライベート周波数を使ってくれ。必要に応じて待ち合わせ場所を変更しよう」  ビーカーがホバージープのコックピットに乗ると、フールたちは用心しながら基地に近づいた。捜索隊が出発したあとにボチャップ少佐がどんな警備システムを配備したかわからないので、一瞬たりとも気が抜けない。ただ、ボチャップ少佐が『侵入者には即座に攻撃しろ』という命令を出したことだけは確かだ。攻撃に使われる武器は、ゼノビア式スタンガンである可能性が高い。したがって、撃たれても命にかかわることはないが、身体の自由を奪われて、尋問されたら、フールが計画を実行するのは難しくなる。いや、計画を実行するどころか、ここにいる全員が|無届け外出《AWOL》の罪に問われるだろう。なにしろ、現在は全中隊員が基地から出ることを禁じられている。おそらくボチャップ少佐は、フールの説明を聞こうともせず、いきなり厳罰を下すだろう。  フールたちは物陰に潜みながら――といっても基地のまわりには、隠れ場所になるものがほとんどない――じりじりと基地に近づいた。フールは安全性を考慮して、見通しのよい場所に基地を建てたことを後悔した。一行の進行方向には身を隠す物陰もまばら[#「まばら」に傍点]だ。基地の中から周囲を見張っている歩哨《ほしょう》からは、一行の姿が丸見えだろう。しかし幸いにも、この基地の主はオメガ中隊だ。ボチャップ少佐が期待するほど警備は厚くないかもしれない。  突然、大声がした。 「そこにいるのは誰だ? 銃をぶっぱなすぞ」 「聞きおぼえのある声だ」と、スシ。  フールが何か言おうとしたが、それよりも先にスシが立ち上がって両手を振った。 「おおい、ストリート、おれだ」と、スシ。声を張りあげた。「ほかのやつが気づくまえに、銃を下ろしてくれ」 「動くな」と、ストリート。さきほどより、やや声を落とした。薄明かりの中に、ストリートともう一人のシルエットが浮かびあがった。二人でなにやら[#「なにやら」に傍点]言葉を交わしたあと、ストリートが叫んだ。 「おまえがスシだという証拠は?」 「いいから、銃を下ろせって」と、スシ。「いま、おまえの前まで出ていく――」 「待て、撃たれたくなかったら、そこから動くな」と、ストリート。「合言葉を言え」 「合言葉?」と、スシ。小声だ。「そんなもの、以前はなかっただろう?」 「ええ。ボチャップ少佐の命令で使用されるようになったのよ」  スシのすぐそばにいるブリックが教えた。「あなたは歩哨の当番が回ってくるまえに、中隊長を探しに行っちゃったから、知らないでしょうけど」 「もう一人は誰だと思う?」と、スシ。「そいつと話をつけよう」と、スシ。 「わからないわ」と、ブリック。「まだ声を出していないもの。なんとか返事をさせてよ。そうしたら、声で誰だか判別できると思うわ」 「それには及ばないわ」と、ガンボルト人のガルボ。翻訳器を通した声だ。「向かい風にのって匂いが漂ってくるわ。あれは……ギアーズっていう隊員よ」 「しめた。ギアーズならボチャップ派じゃないぞ」と、スシ。「ほかに歩哨がいないなら、ラッキーだ。あの二人を説得するだけでいい」  スシは声を大きくした。 「おおい、ストリート。ギアーズもそこ[#「そこ」に傍点]にいるんだろ?」 「ほんとうにスシなら、合言葉を知ってるはずだ」と、ストリート。「合言葉を知らないやつを中にいれたら、ボチャップ少佐に大目玉をくらっちまう」 「落ちつけよ。ボチャップ少佐には内緒にしておけばいい」と、スシ。「とにかく、落ちつけ」スシは振り返ってフールに話しかけた。「ストリートの話が本当だとすると、ボチャップ少佐はそうとう中隊員をびびらせて[#「びびらせて」に傍点]いるようです。さて、どうしましょうか、中隊長?」 「やるしかないだろう。ブリックは左へ、ガルボは右へ移動しろ。それから基地にむかって進め。ストリートとギアーズの注意をこちらに引きつけておくから、そのあいだにやつらに近づくんだ」  ブリックとガルボは身を乗り出して、フールの作戦に聞き入り、自分たちの役割を確認して、うなずいた。 「おまかせください、中隊長!」と、ブリック。静かだが自信たっぷりの口調だ。ブリックとガルボはフールの指示どおり左右に分かれ、腹ばいになって進みはじめた。  スシはストリートと話しつづけた。 「いいか、ストリート、おまえも知ってのとおり、おれが基地から出たのはボチャップ少佐から極秘任務を命じられたからだ。ボチャップ少佐はおれが基地を出たことを忘れて、合言葉を作ったに違いない。おれには合言葉のことなんか一言《ひとこと》も言わなかった。でも、おれは基地に戻ってきたんだから、ボチャップ少佐に報告しなきゃならん。おまえに撃たれずに中に入るにはどうしたらいい?」 「そんなこと知るか」と、ストリート。あきらかに混乱している。「誰かをボチャップ少佐のところに確認に行かせるしかない」 「待て、待て」と、スシ。慌てた口調だ。「ボチャップ少佐を起こすのはまずい。そんなことをしたらボチャップ少佐が不機嫌になるだろ。とにかく、おれを中に入れてくれ。ボチャップ少佐に報告するまえに、シャワーを浴びて、ちょっと眠りたいんだ。ただでさえ悪い報告をしなきゃならない。おれが汚れた制服のままで報告したら、ボチャップ少佐の機嫌がよけいに悪くなる」 「悪い報告?」と、ギアーズ。心配そうな声だ。「悪いってどういうことだ?」  返事の代わりに、ゼノビア式スタンガンの小さな発射音がした。発射したのはブリックとガルボだ。 「な、悪いことが起こっただろ?」と、スシ。静かな口調だ。  フールの一行はストリートとギアーズが気絶したのを確かめてから、静かに前進しはじめた。二人が目覚めるころには、一行は基地の中に入っていた。  オメガ中隊の基地でこんな夜更けに活動しているのは、通信センターだけだ。だがその通信センターも、今は静まりかえっている。通信センターの一角には、当直の士官のためにデスクが用意されているが、深夜にわざわざ散らかったデスクに座る者はいない。フールが配給した腕輪通信器のおかげで、当直の中隊員は通信センターで待機しつづける必要がなくなった。何か問題が生じたら、マザーが即座に担当の士官――あるいは指揮官――の腕輪通信器に知らせてくれる。  しかし、今夜の当直のスナイプ少尉は、オメガ中隊で訓練を受けていない。スナイプ少尉の目には、オメガ中隊の隊員の勤務ぶりはたるみきっている[#「たるみきっている」に傍点]としか見えなかった。スナイプ少尉はオメガ中隊を叩き直すために配属された。だから、スナイプ少尉は当直のときも、宇宙軍士官学校の教えを守り、通信センターのデスクに座って緊急事態に備えた。ボチャップ少佐の言うように(中隊員は誰もまじめに聞いていないようだが)この惑星は交戦宙域だ。いつ何が起こるかわからない。何が起ころうともすぐに対処できるように、誰かが常に警戒していなければならない。規則によれば、今夜の場合、その『誰か』とはスナイプ少尉だ。  スナイプ少尉のほかに通信センターにいる人間――地球人――は、マザーだけだ。人見知りの激しいマザーは、まるでスナイプ少尉から隠れるように身体を丸めて通信コンソールに向かい、深夜の交信をモニターしている。この時間帯に受信するのは、ほとんどが惑星外からのメッセージで、内容も決まりきっている。だが、オメガ中隊の歩哨からも通信が入る。運悪く今も、深夜の当番に当たった隊員が、とりあえず『異常なし』と定期報告をしてきた。通信の量は大したことないのだが、マザーは通信コンソールから顔を上げようとしない。あくまでもスナイプ少尉の存在を認めたくないらしい。  もうひとつのデスクにはボルトロン人のタスク・アニニが座っている。スナイプ少尉がタスク・アニニをうとましそうににらんでも、タスク・アニニはまったく無視して読書――地球の歴史学者ギボン[#ここから割り注](十八世紀の英国の歴史学者)[#ここまで割り注]の著書『ローマ帝国の衰亡』の第二巻――をつづけた。ものすごいスピードでどんどんページをめくっていく。  今夜もいつもと同じように、何事もない退屈な夜になりそうだ。スナイプ少尉の軍隊生活は、今までずっとそうだった。  スナイプ少尉はついにタスク・アニニを威嚇《いかく》するのをあきらめ、別の努力をしはじめた。睡魔との戦いだ。今にも負けそうになったとき、通信器から小さなブザーが聞こえ、スナイプ少尉はハッと目を覚ました。 「今のは何だ?」と、スナイプ少尉。マザーを見つめて問いかけた。「侵入者がどうのと聞こえたようだが?」 「○※☆#$×……」  マザーが何やら説明した。通信コンソールの陰でいっそう身を縮めている。 「おれ、聞いた」と、タスク・アニニ。本にしおり[#「しおり」に傍点]を挟《はさ》み、机の上に置くと、マザーに近づいた。マザーの肩越しに通信コンソールの表示画面を見ると、タスク・アニニはイボイノシシのような顔をいつも以上にしかめた[#「しかめた」に傍点]。  スナイプ少尉も立ちあがり、タスク・アニニと一緒に通信コンソールをのぞこうとした。  そのとき、タスク・アニニが両手でスナイプ少尉の頭を挟み――明らかに意図的だ――揺さぶった。  スナイプ少尉は『上官の命令を聞け』と言いたいのをグッとこらえ、遠慮がちにタスク・アニニに尋《たず》ねた。 「何事だ?」 「まだ、わからない」と、タスク・アニニ。「スナイプ、黙ってろ。マザー、聴いてる」  言い返そうとした瞬間、スナイプ少尉はあたりの大混乱に気づいた。 [#改ページ]       16 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 六〇〇[#「執事日誌ファイル 六〇〇」はゴシック体]  ご主人様はオメガ中隊の基地の中に入りさえすれば、問題はすべて解決できると考えておられた。まず、ご主人様の替え玉を演じるアンドロイドを見つけ、アンドロイドを微小機械生命体《ナノイド》とゼノビア帝国の橋わたし役となるようにプログラムし直す。そしてご主人様はアンドロイドと入れ替わる――つまり、もとどおり宇宙軍の士官になる。その後、ゼノビア帝国が抱《かか》える問題――〈姿なき敵〉――についての解決策を示して信望を得ることができれば、ボチャップ少佐から指揮権を取り返せる。多少は政治工作をしたり、宇宙軍のお偉方をけむ[#「けむ」に傍点]にまく必要があるだろうが、焦《あせ》らずに――そしてディリチアム・エキスプレス・カードを思う存分に利用すれば――うまくいくはずだ。  このとき、ご主人様は事態が目まぐるしく変化していることをほとんど理解なさっておられなかった。 [#ここで字下げ終わり] 「さて、どこに行くのですかな? ピエロ中隊長」と、クァル航宙大尉。いかにもトカゲ型エイリアンらしい声で囁《ささ》やき、シューシューと喉《のど》を鳴らした。  基地周辺の防衛線を突破した一行は、チョコレート・ハリーが責任者を務《つと》める補給庫の裏手に潜《ひそ》んだ。この補給庫は宇宙軍の支給品で、組立式の建物だ。ここから少し離れたところに基地がある。今ごろは、ほとんどの中隊員がこの基地で眠っているはずだ。 「さあ、どうしましょうか」と、フール。しばし考えてから、クァル航宙大尉の問いかけに答えた。「まずは、アンドロイドを見つけて、ぼくの替え玉を演じるプログラムを解除すべきでしょう。誰か、アンドロイドの宿舎の場所を知らないか?」 「士官棟だと思います」と、スシ。補給庫の周囲を見回しながら答えた。「中隊長、士官棟へ行くおつもりですか? ボチャップ少佐と鉢あわせするかもしれませんよ」 「平気さ」と、フール。「ボチャップ少佐には、ぼくとアンドロイドの区別はつきゃしない。だって、ボチャップ少佐は、アンドロイドがぼくの替え玉になっていることを知らないんだから」 「中隊長が話してくださるまでは、わたしたちもまったく[#「まったく」に傍点]知りませんでした」と、スシ。思い出し笑いをした。「アンドロイド相手に会話をしたと知ったら、顔から火の出るような恥ずかしい気分になる者もいるでしょうね。ビーカーを探しに出発する前に、いろいろと妙な話を聞きました――」 「シーッ! 様子が変だわ」と、見張り役のブリック。 「なんだって?」と、フール。瞬時に身構えた。  その問いかけに答えたのは、ブリックではなく基地から聞こえた大音量の警報だった。  一行は顔を見合わせた。  教練につぐ教練で、中隊員たちは警報を身体で覚えこんでいる。今の警報は、戦闘配置につく合図だ。こんな時間に教練がはじまったか、基地が攻撃されたかのどちらかだ! 「どうしますか、中隊長?」と、スシ。  武装した中隊員が基地から飛びだし、持ち場へと向かっている。  フールは即答した。 「どうすべきか、きみたちにはわかっているはずだ。みんな武器は持っているな? それじゃ、各自の戦闘部署で戦闘に備えるんだ」 「ですが……。せっかく基地にもぐりこんだのに、自分から出ていくんですか? 見つかったら即座に、|無届け外出《AWOL》で懲罰を受けるに違いありません」と、ブリック。 「きみたちが決められた戦闘部署にいるかぎり、誰も文句は言わない」と、フール。「さあ、急げ。戦闘部署にいれば、誰も、きみたちに注目しないはずだ」 「中隊長のおっしゃるとおりだ」と、スシ。ブリックの身体を押して促《うなが》した。「おれたち六人がここに固まっていたら、余計に目立つ。さあ、各自の戦闘部署へ向かうぞ。中隊長、われわれの持ち場はご存じですね?」 「もちろんだ」と、フール。「さあ、ぐずぐずしていると、ほかの中隊員にわれわれがここに潜んでいたことを気づかれる」  反論する者はおらず、一行は自分の持ち場を目指してバラバラに進みはじめた。  持ち場のないクァル航宙大尉は、中隊員たちを見送るとフールに問いかけた。 「みごとな指揮ですな。ところで、ピエロ中隊長はどこへ行かれますか?」 「まず、ビーカーにこの事態を知らせて、用心させなければなりません」と、フール。 「もし基地が警戒態勢に入ったのなら、いずれ誰かがセンサーでホバージープを感知し、敵が侵入したと考えるでしょう。ビーカーは、たいていのトラブルを自分で切り抜けることができます。しかし、いつ中隊員に誤って撃たれるかとヒヤヒヤしながら説得しなくても済むのなら、それに越したことはありません」 「そうでしょうとも」と、クァル航宙大尉。「わしに何ができますかな?」 「アンドロイドを探すのを手伝っていただけますか?」と、フール。「替え玉の存在に気づかれないうちに、アンドロイドをプログラムし直さなければなりません。ボチャップ少佐がぼくを妨害するのを阻止してくださると、大いに助かります」 「万が一そんなことがあれば、なんとしても阻止いたしますぞ」と、クァル航宙大尉。牙《きば》をむきだして、ニヤリと笑った。 「頼りにしてます」と、フール。基地に向かいながら、うわの空で答えた。実は、まだ行動方針を決めていない。だが、すぐに事態の収拾がつくだろう――そう確信した。オメガ中隊はいつもそうしてきた。  とりあえずフールは、一つの場所を目指した。あそこならば、よほど運に見放されないかぎり、誰の邪魔も入らずに準備できるはずだ。  ジェニー・ヒギンズは眠れずにいた。ジェニーらしくもない。今までレポーターの仕事で数々の異星を訪れ、ここよりももっと[#「もっと」に傍点]粗末な場所で寝起きしたことがある。それを思えば、このテントはとくに寝心地《ねごこち》が悪いわけではない。この基地は砂漠の真ん中にあるので、昼間は非常に暑いが、夜になるとグッと涼しくなる。今は、そよ風が吹き、砂漠に棲息する生き物の鳴き声も聞こえてくる。ジェニーの故郷《ふるさと》に棲息するフレンダーやオロクシの奏《かな》でるセレナーデのようにはいかないが、眠りを妨《さまた》げるほどうるさくはない。寝台も、寝袋も、ゼノビア星では最高級のものだ。  いや、眠れない理由ならよくわかっている。ウィラード・フール――宇宙軍での名前はジェスター大尉――のことが気になっているからだ。  今はじめて、気づいたわ。わたしはこんなにも、ウィラードのことを気にしていたのね。でも、ジェニー・ヒギンズは、何事にもめげない気丈な女の子だったはずよ。報道の仕事を通じて、ひとつのニュースにこだわりすぎるなと学んだでしょ。この件は忘れるべきだわ――今が潮時なのよ。  でも、口で言うほど簡単じゃないわ。  だって、わたしはウィラードのことが好きなんだもの。オメガ中隊の人たちのことが好きなんだもの。みんながお偉方の政治ゲームの駒になってしまったことが腹立たしい。ウィラードがおとなしく新しい指揮官を受け入れたなんて、信じられない。わたしの知っているウィラードなら、なんとかして抵抗したはずよ。中隊のみんなだって喜んでウィラードに加勢したはずだわ。  今朝、書類を見ていたウィラードには、まるで気力がなかった。わたしの目をまともに見ることもできなかったわ。  やるべきことは、わかっている。宇宙軍のお偉方の本音を暴《あば》くのよ。わたしがホロスクリーンに現われただけで、宇宙軍の将軍たちが身震いするような特ダネをすっぱ抜く……。  だが、フールの助けがなくては、やる気[#「やる気」に傍点]が湧いてこない。頼りのフールにも――今朝の姿を見るかぎり――そんな気力はなさそうだ。  やはり、ゼノビア星に来たことが間違いだったのかもしれない。わたしがあきらめたりしたら、オメガ中隊のみんな――わたしの大切な友人よ――ががっかり[#「がっかり」に傍点]するかもしれない。でもレポーターにとっては、ニュースになるか、ならないかが勝負なの。勝ち目のない戦いに、いつまでもしがみついては[#「しがみついては」に傍点]いられないのよ。勝てるとしたら――  そのとき、警報が鳴り響き、ジェニーはベッドから跳《は》ね起きた。基地で何かが起こったらしい。あちこちから中隊員たちの緊迫した声が聞こえる。  ジェニーはベッドから飛びおり、宇宙軍支給の作業服――以前にオメガ中隊の隊員たちからプレゼントされたものだ――に手早く着替えた。  みじめな取材旅行を帳消しにしてくれる特ダネかもしれないわ。  ジェニーは素早く手ぐしで髪を整えた。急いでいるので、明かりをつけて顔を確かめる余裕はない。絶対に何かあるわ。カメラマンを連れていかなくちゃ。もしこれが価値のあるニュースなら、わたしがスッピンでホロスクリーンに映っても視聴者は許してくれるはずよ。  ジェニーはテントの出入り口をまくりあげて外へ出て、ホロカメラマンをたたき起こしにいった。戦闘の様子を撮影できるかもしれない。非常警報が遠くで鳴りつづけている。  アンドロマチック社製のアンドロイドは睡眠状態から目覚めた。睡眠状態のときに、アンドロイドはバッテリーを充電したり、活動中に発生した小さな機械トラブルを自動復旧したりする。  アンドロイドの高感度センサーが、周囲の気配を察知した――人々が慌ただしく動いている。アンドロイドの仕事の時間がきたということだ。  アンドロイドの内部モニターは、高速システム・チェックを作動させた。すべて完璧な状態だ。アンドロイドは、まず精密体内時計をゼノビア星の現地時間に合わせた。そのあと、服装を宇宙軍の制服姿――このあたりで最もよく見受けられる服装だ――から、イブニング・フォーマルに変えた。夜間――二一〇〇時から〇六〇〇時まで――は、この服装に着替えるようにプログラムされている。ここではイブニング・フォーマルを来ている者は見当たらないが、命令なのだからしかたない。このアンドロイドは命令に対して非常に従順だ――すくなくとも、プログラムされた命令に対しては。  アンドロイドは〈秘密の宿舎〉にいた。すぐ近くで人の声がするので、アンドロイドは声が収まるまで――すぐに収まるだろう――外に出るのを待つことにした。アンドロイドの存在は、ごく限られた者にしか知られていない。アンドロイドが睡眠状態のときに使う〈秘密の宿舎〉のありかを人に知られてはならない。もし誰かに〈秘密の宿舎〉から出る姿を見られたら、もうこの場所は使えなくなる。新しい場所を探さなければならない。本物のジェスター大尉ではないことに気づかれるかもしれないからだ。アンドロイドは、本物の宇宙軍の士官がどんなものか知らない。だが、宇宙軍の士官が清掃具入れで夜を明かさないことは確かだ。  誰にも見られずに外に出て、アンドロイドは満足した。アンドロイドは素早く廊下に出て、最寄りの出口へ向かった。外で人間たちの集まる気配がする。仕事の時間だ。 「いったい何事だ?」  チョコレート・ハリーは慌てて暗がりの中に飛びだした。宇宙軍の作業帽をかぶり、超特大サイズのパジャマの上に紫色の迷彩ベストを無造作にはおって[#「はおって」に傍点]いる。  睡眠を邪魔されたため、明らかに不機嫌だ。 「きっとまた教練ですよ」と、べつの中隊員。ハリーの巨体が戸口をふさいでいるので、中隊員は外に出られない。 「ボチャップ少佐は、教練が大好きですからね」と、中隊員。まだハリーが戸口をふさいでいるので、もう一度、催促した。「軍曹、おれを通してくださいよ。集合場所に行くのがビリになると、ブランデー曹長から大目玉をくらっちまう」 「ああ、ああ、わかった」と、ハリー。顔をしかめながら、道をあけた。また教練か。こんな時間に教練でたたき起こされるのには、もううんざり[#「うんざり」に傍点]だ。  でも、ハリーはボチャップ少佐からこの[#「この」に傍点]教練について何の説明も受けていない。まあ、いいか。おれは補給庫の担当なんだから、基地の防衛線まで出ていく必要もなきゃ、武装した敵を追《お》っ払《ぱら》う真似ごとをする必要もない。  ハリーはノロノロと補給庫に向かいはじめた。前線部隊のレーザー銃がバッテリー切《ぎ》れになったら、そのときが補給庫の出番だ。いやな仕事だが、誰かが担当しなくてはならない。  補給庫にいく途中で、ハリーは誰かが走ってくるのに気づいた。見覚えのある人影だ。 「あれ、中隊長!」と、ハリー。大声で呼びかけた。「中隊長も今の音で起きて出てきたんですか?」  フールは立ち止まり、親しみをこめてハリーの力《ちから》こぶをたたいた。 「ちょうどよかった、ハリー。いったい何事だ?」と、フール。  ハリーはフフンと鼻で笑った。 「中隊長が知らないのに、どうして軍曹のおれが知っているんですか?」ハリーは立ち止まり、目を細めた。「すみません、中隊長、教えてください。中隊長に訊《き》くしかないんです――でも、もしおれの出る幕じゃないんなら、そう言ってください――大変なことが起こったんじゃないんですか? こんな時間に中隊長と補給庫で出くわすとは思ってもいませんでした」  フールはハリーに近づき、声を落とした。 「まもなく、最新の極秘作戦が実行される」フールはハリーの肘を掴《つか》んだ。「ここできみに会えて、実にラッキーだった。作戦を成功させるためには、有能な中隊員の協力が必要なんだ。きみならまさに[#「まさに」に傍点]うってつけだ。絶対に口外しないと誓えるか?」 「『極秘』ですか?」と、ハリーはフールの言葉を繰り返し、背後を確認してからうなずいた。「まかせてください。おれは絶対に秘密を守ります、中隊長」緊張のためか、声がかすれている。「お話を伺いましょう」  フールはあたりを見回した。いかにも、今から陰謀を話すという感じだ。 「きみも知ってのとおり、ぼくとビーカーはゼノビア政府の高官と交渉しにいった」と、フール。「ゼノビア人は、宇宙連邦が今まで知らなかった最先端の武器をたくさん持っている。ぼくたちはその武器を試したいと考えて、交渉に行った――まあ、ゼノビア式スタンガンのときと同じだ」 「すげえ」と、ハリー。熱っぽくうなずいた。あのゼノビア式スタンガンには、たまげた。補給担当軍曹のハリーは、中隊に入ってくる新しい武器に誰よりも早く触れることができる。「こんどは、どんな武器を手に入れるんですか?」 「そこが極秘なんだ」と、フール。あいかわらず、声をひそめている。「実は、武器の輸送を手配してもらうために、ビーカーだけ向こうに残してきた。もう手配は終わったと思うんだが、ビーカーがここへ戻ってくるところを誰かに見られるとまずい。もし、敵に見られたら、何かあると感づかれるだろうし……。つまりだな、ぼくの言いたいことは……」 フールは言葉を濁した。 「読めましたよ」と、ハリー。すでにやる気満々だ。「誰にも見つからねえようにビーカーを基地に入れればいいんですね? 中隊長、もう何も言わないでください。このハリーが、ひと肌脱ぎましょう! それで、おれは、何をすりゃいいんです、中隊長?」 「よし、計画を話す」と、フール。ハリーの耳元で、フールは指示を出した。すぐに、補給担当軍曹ハリーは熱っぽく、うなずき始め、フールが話し終わると、口を大きくあけて、ニヤリと笑った。 「承知しました、中隊長」と、ハリー。「バッチリです」 「よし」と、フール。「さあ、計画実行だ!」  警報が鳴り響いたとき、ボチャップ少佐は熟睡していた。安眠を邪魔されたボチャップ少佐は不機嫌になった。  くそっ、教練は予定していないはずだぞ。ボチャップ少佐は首をかしげた。スナイプ少尉め、この責任は取ってもらうからな。  そのとき、警報の音にまざれて別の音がした。ベッドのそばにあるナイトスタンドから、腕輪通信器の発信音が聞こえてくる。何か問題が発生したらしい。  ボチャップ少佐はベッドから起き上がり、腕輪通信器を掴んだ。 「こちらボチャップ」不機嫌な声だ。「いったい何事だ?」 「トラブル発生です、少佐」と、スナイプ少尉。声がうわずって[#「うわずって」に傍点]いる。 「そんなことは、わかっている。このバカ者!」ボチャップ少佐は怒鳴った。「どんなトラブルかと訊いているのだ」 「ブルー・セクターで警報が鳴っております、少佐」と、スナイプ少尉。うわずり、それ以上に苛立った声だ。「防衛線にあるブルー・セクターの歩哨《ほしょう》が、応答しません。ここは敵地であることを考え、安全を確保するために全面警戒態勢をとるよう命じました。少佐殿から、何かご命令がございますか?」  スナイプ少尉の説明を聞いたボチャップ少佐は、納得してうなずいた。どうせこんなことだろうと思った。 「このまま様子を探《さぐ》れ、スナイプ少尉」ボチャップ少佐は声を張り上げた。「すべてをわたしに報告するんだ、いいな、すべてだぞ。わたしはこれから司令センターにゆく」  ボチャップ少佐はスナイプ少尉の応答を待たずに、腕輪通信器のスイッチを切った。  基地は非常に便利にできていて、司令センターはボチャップ少佐の宿舎のすぐ近くにある。  この宿舎を設計したのがフールだと知ったら、ボチャップ少佐はどんなに驚くだろう。この宿舎にはさまざまな長所がある。まず、防音装置がつけられていること。そして、基地のどこへでも迅速《じんそく》に行けること。基地周辺の防衛線で指揮官が必要とされることはほとんどないが、実際に必要があれば、五分でどこにでも行ける。  ボチャップ少佐は制服に着替え、指で髪を撫《な》でつけた。急いで金属製の横開きのドアをくぐって、司令センターに入った。すでに中隊員が配置についている。例の長いもみあげ[#「もみあげ」に傍点]のある生意気そうな顔の若い地球人だ。いけ好かないやつだが、なぜそう感じるのかボチャップ少佐にもわからない。たぶん、薄ら笑いが傲慢《ごうまん》な印象を与えるからだろう。 「おい、おまえ」と、ボチャップ少佐。「何が起こったのか説明したまえ」 「はあ、侵入者が発見された模様です」と、中隊員。明らかに女性の声だが、顔はどう見ても男性だ。もみあげ[#「もみあげ」に傍点]のせいで、男性に見えるのかもしれない。侵入者の正体はいずれ判明するだろう。それよりも、今はほかのことを知りたい。 「どこから侵入されたのだ? 侵入に対して、どう対処している?」と、ボチャップ少佐。キビキビとした口調で尋《たず》ね、中隊員が見ていた表示画面をのぞき込んだ。 「はあ、チョコレート・ハリー軍曹の補給庫の裏手でした」と、中隊員。表示画面のだいたいの方向を指さした。 「『でした』?」と、ボチャップ少佐。「でした[#「でした」に傍点]だと? すると侵入者はもう撤退したのか?」 「いえ、違います、ボチャップ少佐」と、中隊員。「チョコレート・ハリー軍曹の補給庫の裏手で――」  中隊員が言い終わらないうちに、快活な声が聞こえた。 「やあ、こんばんは。ごきげんよう。みなさん、今夜のツキはいかがですか?」  フールが満面に笑《え》みをたたえ、ゆっくりと[#「ゆっくりと」に傍点]司令センターに入ってくる。ピシッとアイロンをかけたタキシードを着て、片手でマティーニのグラスを揺らしている。 「ジェスター大尉! 気でも狂ったのか?」ボチャップ少佐は叫んだ。「基地が攻撃されたというのに――」 「それは警備員に任せましょう」と、フール。『たいした問題ではない』と言わんばかりに、手のひらをヒラヒラさせた。「トラブルは警備員に任せて、心配事は忘れましょう。悩みを忘れるためにここにお越しくださったのではありませんか。ここはまさに最高の場所ですよ」  フールは敬礼する代わりにマティーニのグラスをボチャップ少佐に向けて軽く揺らし、口元へ運んだ。 「何だと!」  ボチャップ少佐は叫ぶと同時に、フールの手につかみかかり、グラスを払い落とそうとした。「この酔《よ》っ払《ぱら》いめ! 制服くらい着たらどうだ? 宇宙軍から追い出してやる、解雇だ、カイコ!」 「カイケイ? ああ、会計でしたら、一階にございます。カジノ入口のすぐそばです」と、フール。ボチャップ少佐の手からマティーニのグラスを庇《かば》いながら答えた。「まあ、落ち着いて。悩みを忘れるためにお越しくださったんでしょう? 飲み物でも召し上がって、ちょっとゲームを楽しんでください。いい気分転換になりますよ。きっと世界が違って見えます。今は頭を使ってゲームをしてください。でも、賭けすぎは禁物です。さて、わたしは失礼するとします。ほんとうににぎやか[#「にぎやか」に傍点]な夜だなあ!」  ボチャップ少佐の返事も開かずに、フールはくるりと踵《きびす》を返し、司令センターから出ていった。  ボチャップ少佐はフールが去ってからも、しばらく首をひねりつづけた――なんだ、今のは? だが、中隊員の声で我《われ》に返《かえ》った。 「あの、ボチャップ少佐、スナイプ少尉から通信が入りました」と、中隊員。ボチャップ少佐は中隊員からマイクを奪った。 「スナイプ少尉! この基地で何が起こっているんだ?」 「はい、ボチャップ少佐」と、スナイプ少尉。「さきほど報告いたしましたように、ブルー・セクターで警報が鳴りまして――」 「そんなことは、わかっておる。このマヌケ」と、ボチャップ少佐。「誰かをブルー・セクターまで様子を見に行かせただろうな?」  バカ正直なスナイプ少尉はごまかす[#「ごまかす」に傍点]こともできずに、口ごもった。 「あ、はい、ボチャップ少佐。すぐに手配いたします」 「ぐずぐずしていたら、基地が陥落してしまうぞ」ボチャップ少佐は、スナイプ少尉を怒鳴りつけた。「あと五分早く、報告してもらいたかった。わかるか、おい? さっさとしろ!」 「は、はい、ボチャ――」  スナイプ少尉が言い終わるまえに、ボチャップ少佐は通信を切った。司令センターのセンサーに目を移したボチャップ少佐は、状況を理解した――事態は口で言うほど単純ではなさそうだ。  基地は、防衛線の持ち場へ向かう黒い制服の中隊員でごった返していた。  ジェニー・ヒギンズは立ち止まって自分の位置を確認した――中隊員の持っているような暗視ゴーグルをつけていないので、暗闇の中では周囲がよく見えない。ウィラードに暗視ゴーグルをいただこうかしら? いいえ、ダメダメ。もうウィラードの好意には頼りたくないわ。 「ぼくはどこで構えればいいのかい?」  近くで聞きなれた声がした。  ホロカメラマンのシドニーだ。突然たたき起こしたのにもかかわらず、戦闘に備えてきてくれた。シドニーの右肩に見える黒っぽいものは、ホロカメラのセットに違いない。ジェニーは辺りを見まわして答えた。 「そうね、どうしようかしら、シドニー?」と、ジェニー。「この暗さの中で、撮影できる?」 「照明があればね」と、シドニー。 「わかったわ」と、ジェニー。あきらめたような口調だ。「戦闘を撮影するために投光照明をつけたら、中隊のみんなに迷惑がかかるわ。実際にこの基地が攻撃されているとしたら、わたし[#「わたし」に傍点]は投光照明は遠慮してもらいたいわ」 「実を言えば、ぼくも投光照明を使うつもりはない」と、シドニー。「戦闘があるかどうか、様子を見ることにしよう。おそらく数回は爆発があるだろう。それだけでも充分、絵になる」 「わたしも桧になるシーンが欲しいけど、爆発はずっと向こうの砂漠で起こってほしいわ」と、ジェニー。「基地の中には、友人が大勢いるんですもの」 「おいおい、ぼくは爆発のクローズアップを狙う気はないよ」と、シドニー。「遠くから撮影するだけで充分さ」 「了解。じゃ、真実を暴《あば》きにいきましょ。この騒ぎが教練なら、テントに戻って寝直すわ。でも、きっと士官の誰かからスクープが聞けるわよ」 「オーケー。でも、いまの指揮官はボチャップ少佐だろ? あんまり期待しないほうがいいぜ」と、シドニー。「あの人じゃ、クソの役にも立ちゃしない」 「だったら」と、ジェニー。シドニーの意見に賛成する口調だ。「通信センターに行ってみましょうよ。通信センターにいる中隊員は、何が起こっているのか知っていると思うわ。これが教練じゃなくて本当の戦闘だったら、通信センターの明かりを頼りに撮影できるはずよ」  ジェニーは基地を目指して歩きはじめた。ジェニーの後ろから、シドニーがぴったりとついてくる。 「おおい、マザー」  通信センターに駆けこんできたチョコレート・ハリーは、スナイプ少尉を無視した。まるでスナイプ少尉の姿が目に入らないかのようだ。 「中隊長からのメッセージを送信してくれ」 「ハリー軍曹、何か忘れていないかね?」と、スナイプ少尉。顔をしかめている。スナイプ少尉はグイと胸を張った。だが、巨体のハリーより頭一つ分ほど背が低く、頭のてっぺんがハリーの肩くらいまでしか届かない。 「ああ、あんたか。こりゃ、どうも」と、ハリー。一応、スナイプ少尉にあいさつをしたが、まるで戦艦がゴミ運搬船を見くだすかのようにそっけ[#「そっけ」に傍点]ない。「おい、マザー、聞いてくれ。大変なことになった――」 「ハリー軍曹、この基地で緊急事態が発生した」と、スナイプ少尉。ガミガミ口調だ。「戦闘目的以外の通信は、差し控えねばならない。当直士官である本官が、通信許可の決定をくだす」 「バカ言うな。おれは中隊長から、このメッセージを送れと頼まれたんだ」と、ハリー。くるりと振り向き、はじめてスナイプ少尉と顔をつき合わせた。「文句があるなら、中隊長に言ってくれ、わかったか? それとも――」  突然、通信センターのドアがバタンと開き、ハリーは言葉を呑み込んだ。  星際ニュース・サービスのジェニー・ヒギンズが、ホロカメラマンを従えて入ってきた。 「バーイ!」と、ジェニー。いかにもレポーターらしい笑顔をふりまいた。「どなたか教えてくださらない? これは教練なの? もし本当に戦闘がはじまったのなら、ニュース記事を書かなきゃ」 「ジェニーちゃん、こいつはマジで大事件だ」と、ハリー。ジェニーにウインクを送った。「今は話せないが、あとでおれのところにきてくれ。恐ろしくて髪の毛が丸まっちまうような話を聞かせてやるぜ」 「ジェニーの髪、今だって丸まってる」と、タスク・アニニ。本から顔を上げて不思議そうな顔をした。ボルトロン人のタスク・アニニに地球語の比喩表現が通じないのは、無理もない。  スナイプ少尉は声を荒げた。 「ただちに通信センターから出ていきたまえ。ボチャップ少佐は基地に全面警戒態勢を敷かれた」 「ボチャップ少佐、ない」と、タスク・アニニ。「数分前、スナイプ少尉、自分でやった」 「コメントをお聞かせください」と、ジェニー。スナイプ少尉に近づいてマイクを向けた。ジェニーの後ろからシドニーもついてくる。シドニーのホロカメラが、音も立てずに回っている。 「こちらはオメガ中隊のアーウィン・スナイプ少尉です。スナイプ少尉、視聴者のみなさんにご説明ください。基地は攻撃されているのですか?」 「おい、ジェニー、スナイプ少尉を困らせちゃいけないぜ」と、ハリー。ダメダメと手を振りながら言った。「質問なんかしたら、スナイプ少尉がますます[#「ますます」に傍点]浪乱しちまうだろ。誰が半人前の少尉にホントのことを教えるかよ」 「何を言うか!」と、スナイプ少尉。声が一《いち》オクターブも高くなった。「本官は前線から報告を受けた――」  スナイプの言葉が途切れた。  またしても通信センターの扉が開き、誰かの声がしたからだ。 「やあ、みなさんここにお集まりでしたか!」  ピッタリにあつらえたタキシードを着たフールが、マティーニのグラスを片手にして立っている。 「中隊長!」と、ハリー。「おれはてっきり中隊長が――」 「予定変更だ」と、フール。ハリーにウインクを送った。「どんなに重要な用件があろうと、ぼくはバラの香りを楽しむことを優先させる」 「ジェスター大尉、本官は確たる理由に基づいて、基地が攻撃されていると考えたのです」と、スナイプ少尉。「関係者以外は通信センターから退室していただきたい――」  ジェニーが一歩、進み出た。 「ジェスター大尉、スナイプ少尉は基地が攻撃されているとおっしゃっていますが、本当ですか?」  スナイプ少尉が声を大きくした。 「関係者以外はただちに[#「ただちに」に傍点]お立ち去りください。さもないと警備兵を呼びますぞ!」 「おい、少尉さんよ、ハッタリをかます気か?」と、ハリー。 「○※☆#$×……」 「みなさんのご予定は知りませんが、ぼくはこれからスロット・マシーンのそばに用意させたビュッフェ・サービスで腹ごしらえするつもりです。当カジノ自慢のサービスです!」と、フール。 「ジェスター大尉、噂の真偽《しんぎ》はいかがですか?」と、ジェニー 「○※☆#$×!」 「警備兵を呼ぶと言っているのがわからないのか?」と、スナイプ少尉。 「警備兵を呼ぶだと? 誰がだ?」と、ハリー。 「さあ、ルーレットのゲームを見に行きませんか?」と、フール。  みんな好き勝手に話している。  そのとき、スピーカーから怒鳴り声が聞こえた。 「ちょっと黙っててよ!」  全員がギョッとして、通信コンソールに注目した。マザーが立ち上がって、マイク片手に全員をにらんでいる。  マザーは急に六人の視線に気づき――おまけに銀河じゅうに映像を配信するホロカメラまで回っている――「キャッ」と小さな悲鳴をあげた。そして、まるで後ろから誰かに首根っこを引っ張られたかのように、通信コンソールの陰に隠れてしまった。  静まり返った通信センター、フールの声が響いた。 「さて、ビュッフェ・サービスに行くとするかな」  フールが通信センターから出ても、誰も何も言わなかった。正確に言うと、全員が今のマザーらしからぬ大声にあっけ[#「あっけ」に傍点]にとられて、フールのことなど気にしていなかった。 「おい、マザー、何か言いたかったのかい?」と、ハリー。珍しくおどおど[#「おどおど」に傍点]した口調だ。 「マザー、何か言った。でも、誰も聞いてなかった」と、タスク・アニニ。肩をすくめた。 「もう、遅い」 「いや、まだ間に合う」と、スナイプ少尉。急速に悪化していく状況をなんとか回復させようとしている。 「そうとも。まだ、遅くはないよ」フールがするり[#「するり」に傍点]と通信センターに入ってきた。宇宙軍のつなぎの制服を着ているが、その制服は、ここしばらく洗濯もアイロンかけもしていないかのようにヨレヨレだ。 「中隊長!」と、ハリー。しばらくフールを見つめ、感心して頭を振った。「さっきは、制服からタキシード。今度はタキシードから制服……。こんな早技《はやわざ》を見たのは生まれてはじめてだ。どうやって着替えたんですか?」 「ああ、中隊長、おかえり、なさい」と、タスク・アニニ。「マザー、ビーカーから、中隊長あての、メッセージ、受信しました。でも、マザー、中隊長、いないと思った」 「ビーカーから!」と、フール。驚いた表情だ。  フールは腕輪通信器のボタンを押した。 「ビーカーが連絡してきたということは、緊急事態が発生したに違いない。マザー、ビーカーからの通信を安全チャンネルで受信してくれ。ぼくの腕輪通信器は受信準備完了だ」  フールは腕輪通信器を耳元に近づけた。  通信センターはシーンと静まりかえった。誰もがビーカーからの通信を聞こうと耳を澄ましている。だがフールが腕輪通信器をピタリと耳につけているので、ビーカーの声は聞こえない。聞こえるのは雑音と、フールの返答――「もしもし?」、「本当か!」、「すぐに誰かにやらせるよ」、「でかしたぞ、ビーカー」などだけで、会話の内容はいっこうに[#「いっこうに」に傍点]わからない。  腕輪通信器をおろしたフールは、全員の視線に気づいた。フールは振り返り、ニヤリと笑った。 「みんな、各自の仕事をすすめてくれ」と、フール。それだけ言うと、さっさと通信センターから出ていった。  沈黙を破ったのは、ハリーだ。 「やれやれ、徹底した秘密主義だな」ハリーは頭を左右にふり、マザーに話しかけた。 「でも、これで思いだした。おれは中隊長から命令を受けたんだった――中隊長は何も言わなかったから、あの命令は撤回されていないってことだな。マザー、このメッセージを全中隊員に送ってくれ」 「ちょっと待った、ハリー軍曹」と、スナイプ少尉。「われわれは緊急事態にある。指示があるまで、当直士官である本官が、通信を許可する権限を持つ」  ハリーは、スナイプ少尉の顔をまじまじと見つめた。 「だからさ、さっき中隊長が『みんな、各自の仕事をすすめてくれ』って指示しただろ? マザー、このメッセージを頼む。ハッタリ屋のスナイプ少尉が邪魔しようったって、おれがそうはさせない」 「ハリーに賛成」と、タスク・アニニ。腕ぐみをして、ハリーと一緒にスナイプ少尉をにらみつけた。  スナイプ少尉は驚いて目をパチクリさせながら立ち上がり、そそくさと通信センターから出ていった。スナイプ少尉がどこに行くのかわかりきっていたが、誰もスナイプ少尉を止めようとしなかった。スナイプ少尉とボチャップ少佐が束《たば》になっても、ハリーとタスク・アニニにかなうわけがない。 「おーい、ブランデー曹長、これは教練なんですか?」  塹壕《ざんごう》に身を潜《ひそ》めていた中隊員の一人が、闇夜にぬっ[#「ぬっ」に傍点]と顔を出した。 「用がないんなら、エアコンのきいた部屋に戻って、フカフカのベッドでもう一眠りしたいんですがね」 「あんたは、わたしがここにデートしにきたとでも思っているの?」と、ブランデー曹長。「わたしにも、これが教練なのかどうかわからないわ。ただね、これが教練じゃないとしたら、無駄口なんか叩いてると〈姿なき敵〉にレーザー銃でお尻を撃たれるわよ。それとも、このブランデー曹長があんたをローレライ宇宙ステーションまで蹴飛《けと》ばしてあげましょうか? どっちにしろ、そんなことになったら、あんたはお陀仏《だぶつ》よ。命が惜しけりゃ、無駄口をやめて、実戦のつもりで取り組みなさい」 「ちぇっ、休ませてくれよぉ、ブランデー曹長」と、中隊員。文句を言いながらも、警戒して声を潜《ひそ》め、防衛線のかなたの砂漠を見つめた。  本当に砂漠で何事かが起こっているのだろうか? 暗視ゴーグルをつけていても、あんなに遠くては何も見えない。だが、ブランデー曹長は、いたずらに中隊員を脅すタイプではない。ブランデー曹長が『緊急事態のつもりで取り組め』というのなら、それはブランデー曹長の本心のはずだ。  どのくらい時間が経過しただろうか?  ブランデー曹長の腕輪通信器がビーッと鳴った。  ブランデー曹長はため息[#「ため息」に傍点]をつきながら、腕輪通信器の小さなボタンを押した。きっと呼びかけ通信だわ。今夜の教練は、これで終了ってことかしら? ああ、今日もまた無駄な訓練をしちゃったわ。ボチャップ少佐は、無駄な訓練をさせるのがお得意みたいね。ジェスター中隊長の計画する訓練には、つねに目的が――わたしにも納得できる目的が――あったのに。  まわりの中隊員の腕輪通信器がつぎつぎ[#「つぎつぎ」に傍点]に、ピーッ、ピーッと鳴りはじめ、ブランデー曹長はハッとした。どうも、これはただの教練ではなさそうだわ。 [#改ページ]       17 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 六〇五[#「執事日誌ファイル 六〇五」はゴシック体]  ご主人様は常に敵対者に勝ちつづけてこられた。その理由は、ただひとつ――敵が、あまりにもお粗末《そまつ》だったからである。なにしろ、予想できる事態でさえ避けることができない。ビジネスにおいて、『機転をきかせて苦境を乗り切る』能力が低くても、賛辞の対象にはなる。それでも、真の改革者はご褒美《ほうび》をもらうよりも、妨害を受けることのほうが多い。宇宙軍においては――とくに士官のあいだでは――昔から、ひとつの考えが受け継がれてきた。したがって、典型的な宇宙軍士官がご主人様の計画にどのような反応を示すのか、完全に予想がつく。  軍隊において、こういう頑固さは美徳と見なされる。わたくしが軍人の道を歩む気になれなかったのは、幸運だった。わたくしは安全で快適な距離をおいて、軍人の行動をながめるだけで充分だ――いや、できれば、数キロの距離をおきたい。 [#ここで字下げ終わり]  スナイプ少尉は司令センターに駆けこんだ。 「ボチャップ少佐、これは反乱です」 「反乱だと?」ボチャップ少佐はうなるような口調で「あのクズどもに反乱など起こせるはずがない。酒場でのケンカ騒ぎも、まともに起こせない連中だぞ。それよりも、きみは持ち場を離れて何をやっているんだ?」と言い、顔をしかめた。 「わたくしが目を通す前に、補給担当軍曹が勝手に指令を送信してしまいました!」 「ふん、その指令というのは、これか?」と、ボチャップ少佐。スナイプ少尉にプリントアウトを渡した。「このプリントアウトから何がわかる?」  スナイプ少尉は厳しい表情でプリントアウトを読んだ。 「ジェスター大尉の命令である――ただちに〈新《あら》たなる黙示の教会〉の信者全員は補給庫に集まれ。そう書いてあります。この緊急時に、いったいジェスターは何をするつもりでしょうか? わたくしには理解できません」 「じゃあ、おれも行かなきゃ」と、コンソールの前にいた中隊員。 「おまえは、そこを動くな」と、ボチャップ少佐は言い、スナイプ少尉に向き直った。 「そもそもジェスターは、自分で送るべきメッセージを補給担当軍曹に託した。あいつが何をするつもりか知りたい。おそらく、きみの考えるとおりだろう。あいつは陰謀をくわだてているにちがいない。そうは思わないか、スナイプ?」  スナイプ少尉は顎《あご》をさすり、けわしい表情で考えこんだ。 「われわれが撃退しようとしている侵略者どもを、ジェスターは歓迎するつもりだ――そう考えると、納得がいきます。守備チームから要《かなめ》となる隊員たちを引き抜いたのが、何よりの証拠です」 「そのとおりだ」と、ボチャップ少佐。「ジェスターは侵略者を制圧するために、ここへ派遣された。だが、その敵にわれわれを売りわたそうとしている。あいつが何をたくらもうと、わたしは驚かない。でも、そのような陰謀を堂々と口にするとは、あきれた男だ。こんなに愚《おろ》かなやつとは思わなかった。これだけの根拠があれば、ジェスターを宇宙軍から追放できる。しばらく刑務所に入ってもらおう」 「たっぷり懲《こ》らしめてやりましょう!」と、スナイプ少尉。「じつは、ほかの連中も懲らしめてやれたらいいと……おや、あれは何ですか?」 「遠方探知器のアラームです」と、コンソールの前にいる中隊員。「何か巨大な物体が基地外縁部に近づいてるみたいですね」 「『近づいてるみたいだ』と言ったな?」と、ボチャップ少佐。「近づいてるみたいだと?『近づいてる』のか『近づいてない』のか、はっきりしろ」 「だから……よくわからないんですよ」と、中隊員。ふくれっつらだ。「そんなに言うなら、自分で見りゃいいでしょ?」 「よし、見てやろう」と、ボチャップ少佐。中隊員を押しのけ、自分がコンソールの前にすわった。  中隊員は何も言わず、これ幸いとドアへ向かいはじめた。  ボチャップ少佐はコントロール装置をいじくり、ぼそりと悪態をついた。次に、別のコントロール装置のキーをいくつか叩き、またしても悪態をついた。さらに、いくつかのコントロール装置をいじくりまわしたあげくに黙りこみ、だらしなく口を開《あ》けて、両手を震わせはじめた。  長い沈黙のあと、ボチャップ少佐は低く口笛を吹いた。 「ちくしょう。そんなデカいものが、どうして目に見えないんだ?」 「さあ、どうしてでございましょう」と、スナイプ少尉。「でも、猛烈なスピードで動いていることは、たしかで――」 「おれの言ったとおりだろ?」と、中隊員。作り笑いを浮かべ、今にもドアから出ていこうとしている。  だが、ボチャップ少佐は中隊員の動きに気づかなかった。まじまじとコンソールの表示画面を見つめている。  スナイプ少尉も不安になってきた。 「どういう筋書だ、チョコレート・ハリー?」と、レヴ。ハリーから中隊員の一団に視線を移した。同じ顔がいくつも並んでいる。長いもみあげ[#「もみあげ」に傍点]……分厚い唇《くちびる》……ギリシャふうの鼻……。どれもこれもレヴとそっくりだ。  たちまちレヴはさとった。〈新たなる黙示の教会〉――またの名を〈主の教会〉という――の信者全員が補給庫に集まったのは、謎《なぞ》の指令で呼び出されたからだ。 「おれは指令を託されただけだぞ、レヴ」と、ハリー。「計画の全容を知ってるのはジェスター中隊長ひとりさ。ちょっとした用事を済ませたら、ここに来て事情を説明する――そう中隊長はおっしゃった。だから、落ち着いてくれ。何が起こるにしても、そのときは必ず中隊長がそばにいてくださる」 「おれは落ち着いてるよ」と、レヴ。「心配なのは、いつボチャップ少佐がおれたちの計画にケチをつけるかわからないってことだ。おれたちが緊急時に持ち場を離れたと見なされたら、ヤバイんじゃ――」 「その点は、ぼくに任せてくれ」  聞き覚えのある声だ。 「中隊長!」と、ハリー。「いいところに来てくださいました。ご命令どおりに、全員が集まっているはずです」 「そのとおり」と、レヴ。「おれの弟子をひとり残らず集めました。みんな、中隊長のお話を聞きたがってます」 「二人とも、よくやってくれた」と、フール。「さて、みんなに頼みがある……」 「どうすればいいのでしょうか、少佐?」と、スナイプ少尉。ボチャップ少佐の肩ごしに戦闘状況モニターの画面を見つめた。「どう対処すればいいんですか?」  画面には巨大でいびつ[#「」に傍点]な光点が表示されている。どうやら、基地のすぐ外の砂漠地帯に何かが存在するらしい。だが、奇妙なものを発見したという報告は受けていない。 「あれが目に入らないとは、マヌケなやつらだ。まったく信じられない」と、ボチャップ少佐。つぶやき声だ。「機械が嘘をつくはずはない」すわったまま画面を見つめ、しばらく顎《あご》をなでた。やがて、振り返って、スナイプ少尉を見た。「スナイプ」 「なんでございましょうか?」と、スナイプ少尉。ボチャップ少佐の表情をうかがっている。「いいえ、なりません、少佐! そのようなことをお考えになっては……」 「きみまで、わたしの期待を裏切るのか?」と、ボチャップ少佐。怒気を含んだ声だ。「なにやら不可解なことが起ころうとしている。だが、わたしは危険をおかすつもりはない。あのオメガ中隊のマヌケどもがますます役立たずになったのか? それとも、わざと敵の侵略を知らせないようジェスターが命令したのか? そのどちらかだろう。わたしには協力者が必要だ。スナイプ少尉、きみしかいない」 「少佐」と、スナイプ少尉。いやいや服従した。「わたくしにどうしろと、おっしゃるのですか?」  ボチャップ少佐はスナイプ少尉の肩に手を置いた。 「ブルー・セクターへ行ってくれ。あの場所が怪しい。状況を報告したうえで、どんな事態にも対処できるよう準備を進めろ。いいか、スナイプ? どんな事態にも対処できるようにするんだぞ。最悪の事態を想定したほうがいい。わかったな?」 「かしこまりました、少佐」と、スナイプ少尉。言葉とは裏腹に、不満げな表情だ。「喜んでご命令にしたがいます」腰につけたホルスターを叩いた。武器を入れてある。  スナイプ少尉は『気をつけ』の姿勢を取り、きびきびと敬礼した。つづいて、くるりと向きを変え、かっこよく退室しようとした。だが、床《ゆか》の上の太い電気ケーブルにつまずき、うつ伏せに倒れこんだ。それでも、すぐに立ちあがり、もういちど敬礼してドアへ向かった。  部屋を出ようとしたとたんに、今度は一人の中隊員とぶつかり、またしても転《ころ》びそうになった。しかし、中隊員に片腕で抱きとめられた。 「失礼しました、スナイプ少尉」と、中隊員。「今度から気をつけます」  スナイプ少尉は中隊員を見つめた。卵型の顔に、オールバックの黒髪……長く残したもみあげ[#「もみあげ」に傍点]……ゆがめた分厚い唇。あざける表情にも、ふくれっつら[#「ふくれっつら」に傍点]にも見える。 「まだ、ここにいたのか?」と、スナイプ少尉。名札を見た。『トゥーベロ』と書いてある。 「いいえ、わたくしは勤務についたばかりですわ」と、トゥーベロ。女性の声だ。「少尉がおっしゃってるのは、サンドバッグ二等兵のことでしょ?」 「ああ、そうかもしれんな」と、スナイプ少尉。「では、ボチャップ少佐、失礼いたします」急いで身体の向きを変え、今度はまとも[#「まとも」に傍点]にドアを出た。  暗闇。  しばらくは自分がどこにいるのかもわからなかった。ふと、通信センターに暗視ゴーグルを置いてきたことを思いだした。  スナイプ少尉は思った――でも、少佐は早く状況を知りたがっている。ゴーグルを取りに戻る暇はない。目が暗闇に慣れるのを待とう。  ブルー・セクターはどっちだ? たしか、侵入騒ぎは補給庫の近くで起こったと聞いた――それなら、基地を出て左側か? 間違いない。司令センターを出る前に表示画面を確認した。でも、いま自分がいる場所との位置関係がわからない。まあいい。どうせ、たいして大きな基地じゃない。そのうち見つかるだろう。  そのとき、背後で声がした。 「失礼ですが、何かご用ですか?」  スナイプ少尉は跳《と》びあがった。  振り返ると、またしても、あの中隊員がいた。オールバックの黒髪……長いもみあげ[#「もみあげ」に傍点]。暗視ゴーグルを首に引っかけている。 「きみは司令センターで勤務につくはずではなかったか?」と、スナイプ少尉。中隊員はにっこり笑った。 「できたら、そうしたかったんですけど。だって、こうして走りまわるだけの教練よりも、楽しそうですからね」  男の声だ。では、さっきのトゥーベロという女性隊員とは別人か……。だが、顔は気味が悪いほどそっくりだ。  スナイプ少尉は身震いした。 「ブルー・セクター周辺を調査しなければならん。これは教練ではない。ここが交戦地帯だということを忘れるな」 「ええ……もちろんです」と、中隊員。暗くて名札は見えない。「ブルー・セクターなら向こうですよ」左を指さした。「補給庫のすぐ先です。案内してさしあげたいのですが、ぼくは持ち場に行かなくてはなりません」 「それだけ聞かせてもらえば、充分だ」と、スナイプ少尉。言われたとおりの方向へ歩きはじめた。  ようやく目が暗闇に慣れてきた。見あげると、名も知らぬ星座が夜空を埋めつくしていた。もちろん、明かりとしては不充分だ。それでも、ホバージープくらい大きな物体にぶつかる心配はない。  スナイプ少尉は慎重に進んだ。どんなものと出くわすか、わからない。  少し先に巨大な影が見えた。補給庫だな。決然とした足取りで近づいた。しかし、半分の距離も進まないうちに、大きな人影に行く手をさえぎられた。 「何者だ?」と、人影。静かな声だ。  とっさにスナイプ少尉はあとずさった。暗闇の中でも、巨大な武器を向けられていることがわかる。 「武器をおろせ。わたしはスナイプ少尉だ。ボチャップ少佐のご命令により、ここへ来た」 「これは失礼いたしました」と、人影。小さな赤い明かりでスナイプ少尉の顔を照らし……つづいて自分の顔を照らしてみせた。一瞬、暗闇の中に浮かびあがったのは、オールバックの黒髪と長いもみあげ[#「もみあげ」に傍点]……。 「おまえは、さっき向こうへ行ったはずだろう?」と、スナイプ少尉。思わず、首をかしげた――わたしを追いかけてきたのか? 「いいえ、少尉。だって、ここがおれの持ち場ですから」と、中隊員。やっと聞こえる小さな声だ。さらにスナイプ少尉に顔を寄せ、ささやきかけた。「ちょっと訊いていいっすか? おれたちは今夜、戦闘に加わることになるんすか? 教練にしては長すぎる気がするんすけど」 「これから何が起こるかなんて、知るものか」と、スナイプ少尉。「だからこそ、調べにきたんだ。おまえは戦闘の気配を察しているのか?」 「いいえ」と、中隊員。「ここは、まったく静かなもんすよ。少尉のほかには誰も見かけませんでした」 「そうか」と、スナイプ少尉。「ちょっと待て。向こうで何か音がする!」補給庫とおぼしき影を指さした。  二人が行動に出る前に、一団の人影が駆け寄ってきた。スナイプ少尉は腹に銃口を押し当てられるのを感じた。 「ここで何をしてる?」と、ひとつの人影。低い声だ。どうやら中隊員らしい。 「ス……スナイプ少尉だ。ボチャップ少佐のご命令を受けた」 「スナイプ? そんなはずはない」と、また別の中隊員。「だって、あいつは、おれたちがあくせく[#「あくせく」に傍点]仕事してるあいだ、ベッドにすわってたんだぜ。おい、明かりをよこせ」  ふたたび柔らかな赤い光がきらめいた。スナイプ少尉は一瞬、明かりの中に自分を囲む中隊員たちの顔を見た。ぜんぶ同じ顔だ――そう気づいたとたんに絶叫し、気を失った。 [#挿絵478 〈"img\PMT_478.jpg"〉] [#挿絵479 〈"img\PMT_479.jpg"〉]  司令センター。  ボチャップ少佐は落ち着きなく歩きまわった。ときおり足を止め、中隊員の肩ごしにコンソールを見やる。スナイプは何をぐずぐずしているのか? 画面に表示された物体は、ますます近づいてきている。今や、この基地と同じくらい大きく見えた。外縁部の守備位置から見えないはずがない。もちろん、スナイプ少尉の目にも見えるはずだ。  通信器でスナイプ少尉に呼びかけた。だが、例の干渉波が返ってきただけだ。ゼノビア星に到着してからずっと、この電波のせいで交信がうまくいかない。妨害工作か? そうに決まっている。オメガ中隊の連中が考えるのは、この程度のことだ。基地は敵に包囲されている。敵は、われわれの息の根を止めようと全力で向かってくるはずだ。さらに今度は、中隊内部の敵が姿を現わしはじめた。 「もういちど、スナイプに呼びかけろ」と、ボチャップ少佐。鋭い口調だ。  コンソールの前にいる中隊員は、スナイプ少尉に呼びかけた。だがスピーカーから聞こえるのは、ゴロゴロという低い音と、ホワイトノイズ[#ここから割り注](かなり広い周波数帯域において、どの部分でも無秩序な振動スペクトルを示す雑音)[#ここまで割り注]だけだ。ほんとうに、ただのノイズなのか? いや、何か一定の秩序がありそうだ。しかし、宇宙軍の暗号分析装置では解読できない。あまりにも複雑な暗号だからか? それとも……。いや、ほかの理由は考えたくない。  不意にドアが開《あ》いた。ボチャップ少佐は振り向き、侵入者をにらみつけた。しかしドアから入ってきたのは、フールとアームストロングに抱きかかえられたスナイプ少尉だった。顔色が悪い。 「なにごとだ?」と、ボチャップ少佐。  フールとアームストロングは、意識のないスナイプ少尉を椅子にすわらせた。 「待ってください、少佐。スナイプ少尉を休ませてやりたいんです」と、アームストロング。冷水器から使い捨てのコップに水をくんできた。「たいしたことはありません。でも、多少の休息が必要です」 「わかった、わかった。それよりも、何が起こったのか話してほしい」と、ボチャップ少佐。 「どうやらスナイプ少尉は気を失ったようです」と、フール。  ふと、ボチャップ少佐は気づいた――今度は、ちゃんと制服を着ているな。 「ブルー・セクターの地面に倒れていました。暑さにやられたのか、よほどの恐怖を味わったのか……」と、フール。 「恐怖?」と、ボチャップ少佐。わずかに眉《まゆ》を吊《つ》りあげた。「恐怖と言ったな? この男は宇宙軍士官だぞ。怖いものなど、あってたまるか」 「ブルー・セクターで信じがたいことが起ころうとしています」と、フール。「何かが基地に忍びこもうとしているんです。コンソールの画面をよくご覧ください! たしかに何かが存在しています。でも、誰の目にも見えません。だからこそ、われわれはこの地に派遣されたのです」 「そんな話は信じないぞ」と、ボチャップ少佐。顎《あご》を食いしばった。「〈姿なき敵〉など、ただの子供だましだ。ホロドラマの見すぎだよ。何が忍びこんでこようとも――」 「スナイプ少尉が目を覚ましそうです」と、アームストロング。スナイプ少尉のそばをうろついている。「さあ、この水を飲め」カップを差し出した。 「ちょうどいい。スナイプ自身の口から事情を聞こう」と、ボチャップ少佐。スナイプ少尉に近づき、怒鳴りつけた。「起きろ! さあ、ブルー・セクターで何を見た?」 「暗い」と、スナイプ少尉。目を半開《はんびら》きにしている。「暗い。あの顔が……わたしを見ています……」 「顔?」と、ボチャップ少佐。「なんの話だ?」 「見当もつきません」と、フール。「ひょっとすると……いや、そんなはずはない。これは地元の迷信だ」 「どんな迷信だ?」と、ボチャップ少佐。うなるような口調だ。「話してくれ! このままでは、大勢の命が危険にさらされる」  またしても勢いよくドアが開《あ》いた。 「ピエロ中隊長!」  トカゲに似た小柄な生き物が駆けこんできた。制服を着ている。ボチャップ少佐の存在に気づき、複雑な身振り――敬礼のつもりらしい――をした。 「ボッチャン少佐! ご報告に参上いたしました!」 「この生き物はなんだ?」と、ボチャップ少佐。 「われわれの連絡士官で、ゼノビア軍のクァル航宙大尉です」と、フール。「何が起こっているのかわかる者がいるとしたら、クァル航宙大尉だけです。なにごとですか、クァル航宙大尉? われわれはブルー・セクターに何か[#「何か」に傍点]の存在を感知しました。でも、誰にもその姿は見えません」 「ああ」と、クァル航宙大尉。かんだかい声だ。「わしの恐れていたとおりです、ピエロ中隊長。〈姿なき敵〉が襲来したのです。われわれには、なすすべ[#「すべ」に傍点]がありません」 「なすすべ[#「すべ」に傍点]がない?」と、ボチャップ少佐。あざける口調だ。「われわれを見くびってもらっては困るな、クァル航宙大尉。オメガ中隊をバカにしないでくれ。たしかに、わたしが着任したときはクズだらけだった。しかし今では成長し、本気で戦いに挑《いど》もうとしている」 「そこまで隊員たちを仕込むのは、たいへんなご苦労でしたな、ボッチャン少佐」と、クァル航宙大尉。「〈姿なき敵〉は、こちらの攻撃を避けようとしません。それどころか、実際に攻撃を受けても、少しもダメージを受けません。この目で見たのですから、たしかです。われわれゼノビア軍は沼地侵略者撃退部隊を出動させ、〈姿なき敵〉に集中砲火を浴びせました。だが、弾薬を無駄にしただけでした。いったん〈姿なき敵〉を怒らせると、恐ろしいことになります。こちらの精神を攻撃しはじめるのです」 「精神を攻撃してくるだと?」と、ボチャップ少佐。鼻で笑っている。「冗談はやめてくれ。攻撃されてもダメージを受けない化け物? しかも、怒らせると、こっちの精神を攻撃してくるって? くだらない。正規軍に聞かせてやりたいね!」 「冗談ではありませんぞ。これは事実です」と、クァル航宙大尉。「その証拠に、〈姿なき敵〉の攻撃を受けた者は人の顔の見分けがつかなくなります。まるで銀河じゅうの人間がひとつの卵から孵《かえ》ったかのように、みんな同じ顔に見えてくるのです」  ボチャップ少佐は大笑いした。温かさのかけら[#「かけら」に傍点]もない笑い声だ。 「失礼をお赦《ゆる》しいただきたい、クァル航宙大尉。しかし、どう考えてもバカげている。そんな話はいただけないね。いくら肥料をやっても収穫が期待できないトマト畑と同じだ」 「やあ、みなさん、ここにいらっしゃったんですね」と、ドアの向こうから陽気な声。  ボチャップ少佐は振り返り、呆然《ぼうぜん》と目を見開《みひら》いた。  フールだ。タキシード姿で、片手にマティーニのグラスを持っている。 「おまえは!」と、ボチャップ少佐。怒鳴り声だ。つづいて、視線を戻した。もうひとり、制服姿のフールがいる。冷静で、新兵募集ポスターのモデルのように姿勢がいい。  ボチャップ少佐は目を疑った。 「ジェスターが二人?」 「なんとおっしゃいました、少佐?」と、制服姿のフール。無表情を心がけた。 「やっぱり若い女性がいないと盛りあがりませんね」と、タキシード姿のフール。「わたしにお任せください。今夜は、ホテルのディスコの女性サービス・デーです。これから見物に行きませんか?」きびすを返し、さっさと出ていった。誰ひとり、止める間もなかった。  こういったやり取りをよそ[#「よそ」に傍点]に、アームストロングはスナイプ少尉に水を飲ませようとしつづけた。ようやくスナイプ少尉は起き直り、周囲を見まわした。 「どうやって、ここへ戻ってきたんだ?」と、スナイプ少尉。「ありがたい。もう真っ暗闇じゃないぞ。それに、なつかしい顔が見える。てっきり、わたしは――」 「まあ落ち着け」と、アームストロング。「何が起こったのか話してくれないか?」 「お話しちゅう失礼いたします、少佐。新《あら》たな物体を画面にとらえました」と、コンソールの前の中隊員。肩ごしに振り返った。その瞬間、中隊員の顔が見えた。 「うそだ!?」と、スナイプ少尉。「また、あの顔だ! あっちもこっちも、あの顔だらけだ!」  そのまま白目をむき、またしても気絶した。  司令センターに四人の士官がいる。ボチャップ少佐。フール。アームストロング中尉。クァル航宙大尉。  スナイプ少尉は鎮静剤を打たれ、私室に戻った。スナイプ少尉の休息をじゃまする者が入らないよう、大柄な中隊員がドアの外で見張りについた。  一見、ボチャップ少佐は平静を保っている。だが何度も、フールとアームストロングとクァル航宙大尉を見比べた。今にも三人が同じ顔に変身するんじゃないか――そう疑う目だ。 「われわれは〈姿なき敵〉に太刀打《たちう》ちできませんぞ」と、クァル航宙大尉。悲しげな口調だ。「狂気をまぬがれられるかどうかは、もう少したってみないとわかりませんぞ」 「よくわかった。つまり、スナイプは予断を許さない状態なんだな」と、ボチャップ少佐。 「さっきは、わたしまで幻覚を見たような気がした」 「少佐の身に何も起こらなくてよかった」と、アームストロング。「指揮官は、いわば舵《かじ》取り役です。強靭《きょうじん》な精神を持っていただかなくては困ります」 「ああ、そのとおりだ」と、ボチャップ少佐。沈んだ口調だ。クァル航宙大尉に向き直り、尋《たず》ねた。「〈姿なき敵〉に精神を攻撃されつづけた場合、どれくらいもつのか?」 「それは種族によって異なりますな、ボッチャン少佐」と、クァル航宙大尉。「連中はグループのリーダーにねらい[#「ねらい」に傍点]を定めてきます。でも、あなたがたのように頑固な知的生命体なら……まあ、数百時間はもつかもしれません」  クァル航宙大尉は牙《きば》をむき出して笑い、鉤爪《かぎづめ》のある手でコンソールを示した。相変わらず画面には、謎《なぞ》の物体の存在が表示されている。 「とにかく、敵が存在することはたしかです。いずれ答えが出るでしょう」 「ああ、きっと引き出せる」と、ボチャップ少佐。暗い口調だ。 「もちろんです、少佐」と、アームストロング。「オメガ中隊は、すばらしい指揮官に恵まれました。部下の代わりに危険に立ち向かおうとなさるとは、さすが少佐殿です」 「わたしに選択の余地はない」と、ボチャップ少佐。「この惑星を離れるには、シャトルを使うしかない。そうすれば、周回軌道に乗れる。予備のエネルギーも充分だ。しかし、居住可能な惑星に到達することはできない。ほかの航宙船が通りかかるのを待っていたら、わたしは餓死してしまう」 「それほど難しくはありませんぞ」と、クァル航宙大尉。「じつは、この星系には宇宙連邦の巨大宇宙ステーションがあります。そこへ行けば、簡単に定期船を拾えます。ローレライ宇宙ステーションです――少佐も名前はご存じでしょう。しかし、少佐がここに残って〈姿なき敵〉と戦うおつもりなら、いま申しあげたことはお忘れください」  ボチャップ少佐は眉を吊りあげた。 「ローレライ? あのリゾート・ステーションか? つまりゼノビア星とローレライは同一星系にあるのか?」 「そうです。初めに知ったときは、われわれも驚きました」と、フール。「でも、無理もありません。ローレライと同一星系に居住惑星があるとは、誰も知らなかったんですから。これまで、われわれ地球人はゼノビア星に住んだことがありませんでした。宇宙連邦とゼノビア帝国とのあいだに協定が結ばれて初めて、ゼノビア星がどこに位置するかを知ったんです」 「警戒するのが当然ですな――相手の意図がわからない場合は」と、クァル航宙大尉。 「もちろん今のわれわれは同盟関係にあり、このようなことを貴官たちもご存じだと確信しますぞ」 「ローレライか」と、ボチャップ少佐。考えこむ口調だ。「スナイプをこの惑星から避難させたほうがいい――」 「実に優しいお言葉ですね」と、アームストロング。「もちろん、スナイプ少尉は自分でシャトルを操縦できません。誰かを同行させたほうがいいでしょう。わたしが喜んで――」 「ちょっと待て。もう少し考えさせてくれ」と、ボチャップ少佐。「これは即断すべき問題ではない。スナイプが回復したら、ゼノビアを離れる必要はなくなる。それよりも――」  ドアが開《ひら》き、ひょっこりタキシード姿のフールが現われた。 「カジノ・フロアでは朝食を無料でご提供いたしております! どうかお忘れなく」マティーニのグラスを揺らし、ふたたび部屋を出ていった。  みるみるボチャップ少佐は青ざめた。 「わたしは特殊タイプのシャトルを操縦した経験がある。やはり、なんとしてもスナイプを安全な場所へ避難させなければならない」 「しかし危険な旅になります」と、アームストロング。「部下のひとりが危険な目にあっても平気なのですか?」 「少佐、命知らずの士官を同行させるべきです」と、フール。「それなら、このわたしがうってつけ[#「うってつけ」に傍点]――」 「いや、けっこうだ!」と、ボチャップ少佐。「きみはローレライで最大のカジノを所有しているそうだな!? ここから逃げ出し、高級ホテルのスイートルームにチェックインして、レジャー三昧《ざんまい》の生活を送るつもりだろう? そうはいかないぞ、ジェスター。きみが自分の命を賭けてまで、あのシャトルに乗りこむはずがない」 「そうですか、少佐。ご信用いただけなくて残念です」と、フール。「では、誰を同行させましょうか?」  ドアが開《あ》き、レヴことジョーダン・エアズ牧師が顔を出した。 「失礼、みなさん。当地のモラルについて話があるんですが……」  ボチャップ少佐はポカンと口を開け、きっちり十五秒間、レヴを見つめつづけた。 「スナイプに出発の準備をさせろ! それから隊員をひとり、わたしの部屋へよこして荷造りをさせてくれ! わたしがスナイプをローレライへ連れていく!」 「勇気あるご決断ですな。でも、少佐が不在のあいだ、誰が指揮をとれば――」と、アームストロング。 「ジェスターがいるじゃないか」と、ボチャップ少佐。すでに部屋を出ようとしている。 「どうせジェスターは頭がおかしくなりかかっているんだ。〈姿なき敵〉と手を組んで、好きなようにすればいい! とにかく、わたしはこの狂気の惑星を離れる。まともな脳細胞が少しでも残っているうちにな!」  ボチャップ少佐は猛烈な勢いで部屋を出ていった。あとに残された四人は呆然《ぼうぜん》とドアを見つめた。  沈黙を破ったのはクァル航宙大尉だった。 「意外に意志の弱い男ですな。もっと興味深い展開を期待していたのに残念ですぞ」 「これでいいんです」と、アームストロング。「もっとおもしろい展開は、あとに取っておきましょう。いつブリッツクリーク大将が訪《たず》ねてきてもいいようにね」  レヴは困惑した表情で立ちつくした。 「また内緒ごとですか? たまには、おれにも教えてくださいよ。なんで、あいつは、おれの顔を見たとたんに、あわてて出ていったんですか? おれの顔のどこがマズかったんでしょうか?」  フールはニヤニヤ笑った。 「レヴ、あとで説明するよ。でも、きみの顔を見て、これほどうれしく思ったのは初めてだ」  アームストロングとクァル航宙大尉も笑いだした。 [#改ページ]       18 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 六一一[#「執事日誌ファイル 六一一」はゴシック体]  わがご主人様はオメガ中隊の実質的な指揮権を取り戻し、即座に足固めを始められた。まず、ボチャップ少佐とスナイプ少尉が無事にゼノビア星を離れたことをご確認なさった。中隊員の大半が二人を嫌っていたが、ご主人様は二人に特別な憎悪は持っておられない。二人が速く安全に目的地に到達すれば、ご主人様にとっては都合がよかった。  次の仕事は、例のアンドロイドをプログラムし直すことである。ご主人様はアンドロイドを見つけ出し、ようやく替え玉役のプログラムを解除なさり、ボチャップ少佐と同じシャトルでローレライへ送り返そうかとも思われた。だが、その必要はなかった。ただでさえシャトル内は狭く、アンドロイドを乗せるスペースがなかったからだ。いずれにしても、ご主人様はアンドロイドをもっと有効利用する計画を練っておられる。  いちばん重要な仕事は、ゼノビア政府に微小機械生命体《ナノイド》との遭遇《そうぐう》を詳しく説明し、両者の関係を条文化するよう示唆《しさ》することだ。なにしろ、両者ともゼノビア星の土着の種族である。そう信じるだけの根拠もあった。この問題を解決するため、クァル航宙大尉に調停役を依頼した。そのおかげで、われわれはゼノビア側から同意と思われる言葉を聞くことができた。あとは、両者を引き合わせ、ご主人様のご成功を確かめるだけだ。  やり残していることも、確認すべきことも山ほどある。それにもかかわらず、何もかもが奇妙なほど円滑に進んだ。準備のあいだ、わたくしはずっと基地の外で待ち、夜明けになってからホバージープを運転して戻ってきた。忙しくなる前に、わずかな暇を見つけてシャワーを浴び、制服を着替えた。だが予想に反して、夕方までには、すべての準備が整った。 [#ここで字下げ終わり]  基地外縁部で、オメガ中隊の幹部たちはフールと向き合った。大半がニコニコ笑っている。だが、ぼうっとしている者も何人かいた。なにしろ、この二十四時間に事態は目まぐるしく変化した。筋書のないドラマのようなものだ。記憶が曖昧《あいまい》になっても無理はない。フール自身も、何が起こったのか理解しきれていない。しかし、ほとんどの出来事は、宇宙軍司令部のもくろみ[#「もくろみ」に傍点]を阻《はば》むのに役立った――そう確信していた。  フールの横にアンドロイドがいる。フールの替え玉としてローレライの〈ファット・チャンス〉カジノに残され、その後、誘拐《ゆうかい》を逃《のが》れて、この基地にたどり着いた。数人の中隊員がフールとアンドロイドを何度も見比べた。まるで見分けがつかない。  アームストロング中尉が全員の思いを代弁した。 「実に奇妙です。こうして中隊長とアンドロイドが並んでじっと立っていると、まったく区別がつきません」 「アンドロイドの機能解除プロトコルを使わなければ、もっと区別が難しくなります」と、ビーカー。 「どういうことだ?」と、チョコレート・ハリー。 「つまり、特定の命令のみにしたがうよう設定してあるのさ」と、フール。「でも設定変更すれば、また、ぼくの替え玉を演じるようになるよ。プログラムどおりに、ぼくの言動を真似し、周囲の出来事にも的確に反応する。ただし、ロボット三原則に違反しない範囲でね」 「的確な反応と言うには、問題があります」と、レンブラント中尉。落ち着きなく笑った。 「たとえ中隊長が戻ってこられなくても、このアンドロイドが本物の中隊長でないことくらい、わたしたちも気づいたはずです。時間はかかったかもしれませんけどね。中隊長のことをよく知らないボチャップ少佐なら、最後まで見破れなかったにちがいありません」  フールは顔をしかめた。 「アンドロマチック社に大金を支払ったかい[#「かい」に傍点]があったよ」皮肉のこもった口調だ。「でも、きみたちも最初は誰ひとりとして、ぼくとアンドロイドの違いに気づかなかった。ぼくとしては気分がよくないな」 「注意深く観察すれば、すぐにアンドロイドだと見抜けたはずです」と、ハリー。「アンドロイドは、紫色の迷彩服を着た人間に対して反応せず、まるで何も見えないかのようでした。そのことを誰かが知らせてくれたら、おれは即座に真実を見破ってみせたのに……」 「でも、あんなふうにわたし[#「わたし」に傍点]を無視したのが本物のあなた[#「あなた」に傍点]じゃなくて、よかったわ」と、ジェニー・ヒギンズ。言葉を切り、顔を近づけてフールを見た。「あれは、ほんとうにあなたじゃなかったのね?」 「ぼくは紳士であり、宇宙軍士官でもある。誓って嘘はつかない」と、フール。片手をあげ、誓いのポーズを取った。  ジェニーは口をとがらせた。 「信じていいのかしら?」 「おいおい、ぼくの言葉だから信じる価値があるんだよ」と、フール。 「その証拠に、ディリチアム・エキスプレス・カードを持っていらっしゃいますものね」と、レンブラント。ウインクしている。  突然、ブランデーが砂漠を指さした。 「何かが近づいてきます、中隊長」 「やっと来たか」と、フール。「微小機械生命体《ナノイド》が最終合意のために来てくれた」 「恐ろしい速さで近づいてきます」と、ハリー。「バイクか何かに乗ってるんですか?」 「そのようでございます」と、ビーカー。「どうやら、特別な目的に応じて合体する能力があるようです。おそらく、あなたのホバーバイクと似た形を選んだのでございましょう」 「そんなことはどうでもいい」と、ハリー。大きな手を目の上にかざした。「とにかく、ものすごい勢いで近づいてくる。そんなに落ち着いてていいんですか、中隊長? あれが間近《まぢか》に迫ってくる前に、まだ対戦車レーザーの照準を定める時間はあります」 「心配するな。われわれに危害は加えてこない」と、スシ。「たとえ、あのがらくたの塊《かたまり》が攻撃してきても、ライフルで太刀打《たちう》ちできる」 「うまくブレーキがきくかな? このままじゃ、真っ直《す》ぐに突っこんでくるぞ」と、アームストロング。 「そうだな」と、フール。少し脇へよけた。  ほかの中隊員たちも脇へよけ、近づいてくる砂煙《すなけむり》を見つめた。猛スピードのわりに、不気味なほど静かに進んでくる。  中隊員たちはフールを見習って、冷静に待ち受けた。  もう少しで基地に突っこんでくる――そう思ったとき、謎《なぞ》の物体は中隊員たちの数メートル手前で急停止した。  やがて、砂煙がおさまりはじめた。ようやく中隊員たちはわれに返った。 「こいつをみ……見ろ! アンドロイド反乱軍だ!」と、ハリー。地面に伏せ、武器に手を伸ばした。 「たしかに、そう見えるよな」と、スシ。「『ロジャー・ロボット』という子供向けのホロ・アドベンチャーを延々と見せられていた影響で、ロボットの形になったんだろう。立っていいぞ、ハリー。微小機械生命体《ナノイド》に挨拶《あいさつ》しろよ」 「微小機械生命体《ナノイド》? そりゃ、いったい何だ?」と、ハリー。ゆっくりと立ちあがり、新《あら》たな来訪者を疑わしげに見つめた。 「われわれがゼノビア星に派遣された理由は、これだ」と、フール。「微小機械生命体《ナノイド》もゼノビア人と同じように、この惑星を居住地にしている。ふたつの種族が平和共存できるよう調整してやるのが、われわれの務めだ。その役にうってつけ[#「うってつけ」に傍点]の大使に心当たりがある」 「大使? 誰ですか?」と、アームストロング。  どこか聞き覚えのある声がした。 「もちろん、ぼくだ」  声の主《ぬし》はフールのアンドロイドだった。タキシード姿で、目立つ|書類ばきみ《ポートフォリオ》を小脇に抱えている。 「このアンドロイドが?」と、ジェニー。 「そのとおり」と、フール。「ゼノビア人たちは承認してくれたよ。アンドロイドがぼくにそっくり[#「そっくり」に傍点]だからだ。それに、ぼくを並外《なみはず》れた誠実さと統率力を持つ人間だと認めて――」 「ゼノビア人がそのような考えを持つとは、とても思えません」と、ビーカー。そっけない口調だ。  フールはビーカーを無視した。 「微小機械生命体《ナノイド》はアンドロイドの論理に好意的に反応する。でも、有機生命体の大使が相手だと、そうはいかない。だから、ゼノビア人と微小機械生命体《ナノイド》の双方がアンドロイドを信用してくれたら、しばらくは宇宙連邦に対する忠誠心を保てる。アンドロイドはプログラムどおりの行動しか取らないから、安心だ」 「本気でそう思ってらっしやるんですか?」と、ハリー。いぶかしげにアンドロイドを見た。 「もちろんだとも、軍曹」と、アンドロイド。フールそっくりにウインクしてみせた。 「ところで今日はみんな、あのバカげた紫色の服は着ていないな。ああ、よかった。きみたちを無視するのは、つらかったからね」 「なんだって?」と、ハリー。「今まで、紫色の迷彩服を着たおれ[#「おれ」に傍点]の姿が見えてたってのか? だって――」 「そのとおりさ、軍曹」と、アンドロイド。 「じゃあ、どうして見えないふりをしてたの?」と、ジェニー。不満げな表情だ。 「簡単ですよ、ミス・ヒギンズ」と、アンドロイド。「アンチ・アンドロイド迷彩服の配給元はフール・プルーフ武器製造会社です。欠陥商品であることをぼくが暴露したら、ぼくの所有者にとって大損になります。もちろん、もともと、ぼくにはアンチ・アンドロイド迷彩服など通用しません。そうプログラムされているからです。だから、プログラムし直してもらうまで、迷彩服に宣伝どおりの効果があるかのようなふり[#「ふり」に傍点]をしていたんです」  ハリーは低く長い口笛を吹いた。 「たいしたもんだ。おれよりも一枚、上手《うわて》だな。中隊長、こいつがおれたちの味方でほんとうによかったですよ」 「まったくだよ、ハリー」と、フール。クスクス笑っている。「ぼくも、そう思う」 [#ここから2字下げ] 執事日誌ファイル 六一二[#「執事日誌ファイル 六一二」はゴシック体]  ゼノビア星からブリッツクリーク大将のもとに、オメガ中隊が見事に任務を達成したとの知らせが届いた。しかし、ブリッツクリーク大将は少しも喜ばなかった。  第一に、三人の判定役――ハボック大将とゴッツマン大使と、お二方《ふたかた》が選んだゼノビア帝国のコーグ第一総統――から、賭けに負けたことを宣言されたからだ。バトルアックス大佐に千ドルを支払わなければならない。  だが、これは始まりにすぎなかった。  第二に、宇宙連邦評議会から呼び出しを受けたからだ。ご主人様のご尽力によりゼノビア帝国と微小機械生命体《ナノイド》とのあいだに結ばれた協定について、証言を求められている。通信チャンネルが開《ひら》かれた結果、微小機械生命体《ナノイド》は宇宙連邦にとって有利な交易相手であると判明した。だが、ブリッツクリーク大将がオメガ中隊のゼノビア星派遣に反対したことは、公式に記録してある。今回の成功に関与していないことは、明らかだ。そのため、ご主人様の報告を頼りに証言するしかない。ブリッツクリーク大将にとっては、その点が癪《しゃく》に障《さわ》るらしい。  そのうえ、大将みずからがオメガ中隊の指揮官として選んだ男は、尻尾《しっぽ》を巻いて逃げ出した。中隊が新《あら》たな種族との交渉を開始しようとした矢先だった。いちばん厄介《やっかい》なのは、そこだ。ボチャップ少佐を選んだ失態をごまかそうにも、なすすべ[#「すべ」に傍点]がない。  どうして何もかもが失敗に終わったのかを、大将は理解していない。それでも、うまく乗り切る方法を探そうと必死である。 [#ここで字下げ終わり]  ブリッツクリーク大将は親指と人差し指で鼻筋をつまんだ。またしても副鼻腔《ふくびこう》の裏が痛む。頭痛の前兆だ。横になりたい。だが、三十分後に宇宙連邦評議会に出頭しなければならない。その前に、筋《すじ》の通った話を用意する必要がある。これ以上、物笑いの種《たね》にはなりたくない。 「よろしい。今回の件をどう釈明すればいいか、もういちど教えてくれ」と、ブリッツクリーク大将。「ボチャップ少佐とスナイプ少尉は侵略者とおぼしき相手に遭遇《そうぐう》し、オメガ中隊から逃げ出した。しかも、よりによって、ローレライへ逃げた。ローレライ[#「ローレライ」に傍点]だぞ! どうして、あんな最高級リゾート・ステーションを選んだのか?」  スパローホーク少佐は唇《くちびる》を引き結び、ブリッツクリーク大将を見つめた。これまで、わたくしは大将と運命をともにしてきた。だから、いつも大将が望む答えを与えてきたつもりだ。でも、わたくしがこの世界で生き残るためには、それではいけない。大将に聞かせる必要のある答えを示すべきだ。今こそ、チャンスだわ。  スパローホーク少佐はノートに星形を描いた。 「宇宙連邦の前哨地点でゼノビアからいちばん近いのは、ローレライです。その点を強調なさってください、大将閣下」 「その手で評議員をだませるかな?」と、ブリッツクリーク大将。目を見開き、スパローホーク少佐をにらみつけた。「われわれにとって状況は非常に悪い。悪すぎる」  バトルアックス大佐は、宇宙軍代表団の控え室を行ったり来たりした。ここで評議会からお呼びがかかるのを待つ。 「大将閣下の選ばれた指揮官が逃げ出したのは、まずいですね」と、バトルアックス大佐。ふと足を止めた。「でも、ラッキー・ボーイのジェスター大尉が後始末をしてくれました。ずる賢い人間なら、その点を利用するはずです。なんといっても、ジェスター大尉は民間人だけでなく評議会にもウケがいいですからね。わたくしたちが追及を逃《のが》れるには、今回の件をジェスター大尉の手柄にするしかありません」 「癖に障るが、しかたがない」と、ブリッツクリーク大将。「まったく、あいつは不死身だよ、大佐。これが宇宙軍のためでなければ――」 「大将閣下が宇宙軍の立場をご心配なさるとは珍しいですね」と、バトルアックス大佐。「ジェスター大尉はこういう事態を扱い慣れています。最初から、ジェスター大尉に始末を任せればよかったのです。結局はボチャップ少佐に責任を押しつける形になりました。でも、もともとボチャップ少佐に大した期待はしていなかったのですから、ボチャップ少佐の経歴に傷がつくこともないでしょう」 「なんとかボチャップ少佐の件から話をそらせないでしょうか?」と、スパローホーク少佐。静かな口調だ。「ローレライにはボチャップ少佐でなければ解決できない問題があった――そう主張なさってはいかがでしょう、大将閣下? さらに、ウケのいいジェスター大尉を利用して――」 「何が『ウケがいい』だ!?」と、ブリッツクリーク大将。この上なく不満な口調だ。「あのマヌケは、いったい、どうやって人気を保っているのか?」 「マヌケだろうと何だろうと、ジェスター大尉が人気者であることは事実です」と、バトルアックス大佐。「ジェスター大尉ひきいるオメガ中隊は、命じられた任務を見事にこなしました。いいえ、それ以上の働きを見せました。わたくしたちがジェスター大尉に救われたのは、これで三度目です」  バトルアックス大佐自身がマヌケだと思う相手は誰なのか? その答えは大佐の表情を見れば、明らかだ。 「そんな話はもうたくさんだ、大佐」と、ブリッツクリーク大将。うなるような口調だ。「きみは賭けに勝った。何もかも、ジェスターとあのクズどもと――見る目のない判定役のおかげだな。きみの勝ち誇った顔など見たくは――」  スパローホーク少佐は咳払《せきばら》いをした。言いにくいことだが、誰かが言わなければならない。 「ジェスター大尉は、お二人のご命令にしたがって行動した――そう主張なされば、宇宙軍の立場もよくなるはずです。ジェスター大尉がお二人の命令を無視したことは、秘密にしておきましょう。ここはジェスター大尉のお手柄を利用するべきです。そのためにも、ジェスター大尉をオメガ中隊の指揮官に戻し、さらに昇進させれば――」  ブリッツクリーク大将は背筋をピンと伸ばした。 「あいつを昇進させる[#「昇進させる」に傍点]だと? それくらいなら、悪魔を昇進させたほうがまし[#「まし」に傍点]だ!」 「どうぞ、なんとでもおっしゃってください」と、スパローホーク少佐。肩をすくめている。「ジェスター大尉の評価は評議会が決めます」  結果は、またしてもスパローホーク少佐の言うとおりになった。 [#改ページ] [#底本は横組み] 解説@ハヤカワ文庫SF掲示板 [#地から4字上げ]翻訳家 [#地から1字上げ]大森 望 【1:53】[#「【1:53】」は太字]『銀河おさわがせアンドロイド』を語ろう![#「『銀河おさわがせアンドロイド』を語ろう!」はゴシック体] ―――――――――――――――――――― 1[#「1」は太字] [#ここから2字下げ] 新刊出ました。アスプリンのオメガ中隊ものというか銀河おさわがせの4冊目。 このシリーズ結構好きなんでスレッド立ててみました。適当に語って下さい。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 2[#「2」は太字] [#ここから2字下げ] ビーカーさん萌え〜 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 3[#「3」は太字] [#ここから2字下げ] 1作目はよかったよ [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 4[#「4」は太字] [#ここから2字下げ] まだ続いてたとは知りませんでした。『銀河おさわがせ中隊』は学生のころ読んですげえ面白かったよ。友だちに勧めまくった。ひさしぶりにまた読むか [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 5[#「5」は太字] [#ここから2字下げ] そうか、1巻目からもう10年たつんか。ちょっとショック(W [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 6[#「6」は太字] [#ここから2字下げ] 作中では全然時間経ってないけどな。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 7[#「7」は太字] [#ここから2字下げ] 気になってるけど読んでない。タイトルがなあ〜。いいんですか、これ? 読んだひとの感想希望。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 8[#「8」は太字] [#ここから2字下げ] 自分で読め、ボケ [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 9[#「9」は太字] [#ここから2字下げ] 「銀河最大の兵器会社の御曹司で億万長者、そのうえ宇宙軍中尉のウィラード・フール。そのフールはとんでもないドジをふみ、罰として辺境惑星に駐留するオメガ中隊指揮官に任ぜられてしまった。オメガ中隊――それは宇宙軍の落ちこぼれの吹きだまり。このはみだし連中を立派な兵士にしてやる! 思いたったが百年め。鋭い頭脳と豊富な財力にモノをいわせたフールの大活躍が始まった……爆笑の痛快ユーモア・ミリタリーSF!」 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 10[#「10」は太字] [#ここから2字下げ] コピペうざい。自分で書けよ [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 11[#「11」は太字] [#ここから2字下げ] 9は1作目のカバー裏まるうつし。でもまあそんな話かな。爆笑するかどうかは知らんけど。アスプリンが書けなくなったらしく、3作目からはピーター・J・ヘックと共作。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 12[#「12」は太字] [#ここから2字下げ] で、ビーカーつてだれですか。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 13[#「13」は太字] [#ここから2字下げ] アスプリンはマジカルランドで忙しいと思われ。やっぱりファンタジーのが売れるらしい。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 14[#「14」は太字] [#ここから2字下げ] こっちのシリーズもそれなりに売れてるんでは〉13。ローカスのベストセラーリストだとペーパーバック部門で初登場2位(ちなみに1位はカードの『エンダーズ・シャドウ』)。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 15[#「15」は太字] [#ここから2字下げ] 新刊出たのか。また7年またされるのかと思たよ。明日本屋へ行こう。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 16[#「16」は太字] [#ここから2字下げ] 旧作まだ新刊書店で買えるん? [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 17[#「17」は太字] [#ここから2字下げ] 買えるはず。今までの4作をざっとまとめてみると、 Phule's Company,1990『銀河おきわがせ中隊』←ダメ兵士をカネの力で鍛えまくり Phule's Paladise,1992『銀河おきわがせパラダイス』←カジノ経営に乗り出して大儲け Phule's Money,1999『銀河おさわがせマネー』←遊園地に飛ばされて絶叫マシンでG0 Phule's Me Twice,2000『銀河おきわがせアンドロイド』←フール中隊長に最強の敵登場 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 18[#「18」は太字] [#ここから2字下げ] ビーカーは大金持ちのご主人様(フール)を陰で支える忠義者の執事です〉12さん。今回はわりとイヤミ。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 19[#「19」は太字] [#ここから2字下げ] で、今度のはどう? だんだん長くなってる気がするが…… [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 20[#「」は太字] [#ここから2字下げ] フールを蛇蝎のごとく嫌ってる宇宙軍のナントカ大将の陰謀で、軍規ばっかりふりかざすアホみたいな少佐(ボチャップだっけ?)が新任の中隊長として赴任してくる。ちょうどフールは基地を留守にしてたもんだから、このアホがオメガ中隊をしっちゃかめっちゃかにひっかきまわすといういつものドタバタ話。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 21[#「21」は太字] [#ここから2字下げ] いや、今度の主役はやっぱり替え玉アンドロイドだと思われ。タイトルになってるぐらいだし。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 22[#「22」は太字] [#ここから2字下げ] 替え玉アンドロイドって『おさわがせマネー』に出てきたやつか? [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 23[#「23」は太字] [#ここから2字下げ] それ。フールの身代わりで、経営者として例のカジノに常註してるそっくりさん。そのアンドロイドがなぜか中隊基地にタキシード姿で迷い込んで大騒ぎという。とぼけたセリフがいい味出してます [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 24[#「24」は太字] [#ここから2字下げ] 一番の傑作はチョコレート・ハリーが売りまくる対アンドロイド迷彩服でしょ。バカすぎる〜。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 25[#「」は太字] [#ここから2字下げ] ていうかアレほとんどおとぎ話じゃん。ハリポタにああいうの出てこなかった? [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 26[#「26」は太字] [#ここから2字下げ] この能ナーシども! そんなネタはどれもチッポーケなことです!今度の本でもっとも重要なのは断固エルビス・プレスリー様です! プレスリー様は神様です! それがわからないやつら、コーロしてやります! [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 27[#「27」は太字] [#ここから2字下げ] 激しく同意。やぼりエルビスでしょ。あれはワラタ [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 28[#「28」は太字] [#ここから2字下げ] なぜプレスリー??? 全然わからん。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 29[#「29」は太字] [#ここから2字下げ] 自作自演スレッドうざい [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 30[#「30」は太字] [#ここから2字下げ] 20だけど、プレスリーは、オメガ中隊付きの牧師が布教してる〈主の教会〉派のイエス様。信者はみんなプレスリー顔に整形する。あと26は『マネー』のマイナキャラが乗り移ってると思われ。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 31[#「31」は太字] [#ここから2字下げ] あわてて読んだ。あいかわらず面白かったけど、フールがカネ使いまくるシーンが少なくてちょっとがっかり。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 32[#「32」は太字] [#ここから2字下げ] 隊員がみんなプレスリーの中隊って……かなりイヤかも。 俺は宇宙のプレスリー? [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 33[#「33」は太字] [#ここから2字下げ] 隊員がみんな吉幾三よりマシだろ [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 34[#「34」は太字] [#ここから2字下げ] 「俺はぜったい!プレスリー」を忘れるな!吉幾三様のデビュー曲な [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 35[#「35」は太字] [#ここから2字下げ] 続きは吉幾三スレッドでどうぞ [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 36[#「36」は太字] [#ここから2字下げ] つか、今回フールは脇役でしょ〉31。後半ほとんど中隊にいないし。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 37[#「37」は太字] [#ここから2字下げ] で、マジカルランドとどっちが面白いの? [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 38[#「38」は太字] [#ここから2字下げ] 男なら黙って銀河おさわがせ。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 39[#「39」は太字] [#ここから2字下げ] SFヲタなら黙って銀河以下略。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 40[#「40」は太字] [#ここから2字下げ] SFネタしょぼすぎじゃん! いまどきあの×××××ネタはないだろ [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 41[#「41」は太字] [#ここから2字下げ] ギャグとか駄酒落を求めるならマジカルランドかな。「おさわがせ」は一応まともなプロットがあってふつうに読める。部分的にシチュエーション・コメディ風。そんなにハチャメチャじゃないよ [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 42[#「42」は太字] [#ここから2字下げ] このシリーズにSF求めるのがマチガイ。むしろSFネタがあることに驚く [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 43[#「43」は太字] [#ここから2字下げ] まとめると、今回は主人公の代役のアンドロイドがタキシード姿で新任のアホバカ中隊長をやりこめてプレスリーそっくりの吉幾三が歌って踊って大団円ってことでよろしいですか、皆さん [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 44[#「44」は太字] [#ここから2字下げ] スーパー・ナットがプレスリーになってたら萎える [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 45[#「45」は太字] [#ここから2字下げ] オレは断固タスク・アニニ派。顔がプレスリーでもOK。しかし非ヒューマノイド・タイプも〈主の教会〉に入るとプレスリーの顔になるのか? ネコ型とかトカゲ型とかどうよ [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 46[#「46」は太字] [#ここから2字下げ] このシリーズ、まだ続きは出るんでしょうか [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 47[#「47」は太字] [#ここから2字下げ] この2人の合作であと2冊は出るらしい。それも2002年中とか。どこで読んだか忘れたが。ちなみにピーター・J・ヘックのホムペはここhttp://www.sff.net/people/peter.heck/。アスプリンのサイトはないらしい [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 48[#「48」は太字] [#ここから2字下げ] いまどき「おさわがせ」とかタイトルついてると買う気が失せるんですけど。だいたい作者の名前がアスプリンじゃなあ。ヘックと言えばアスピリンてか。 [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 49[#「49」は太字] [#ここから2字下げ] 作者名ネタは前スレッドで既出。ぽちぽちネタ切れの模様? [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 50[#「50」は太字] [#ここから2字下げ] 46です。47さんサンクス。しかしこのシリーズ、これからどうするんでしょうね。今回は「中隊長が不在のあいだに留守番の隊員たちが頑張る」っていう趣向の番外篇みたいだったし。オメガ中隊が宇宙軍きっての有名部隊になっちゃった以上、最初の頃みたいなドタバタはもう期待できないのでは。フールが宇宙軍でどんどん出世して内部から機構改革する話になるのか? [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 51[#「51」は太字] [#ここから2字下げ] ミリタリーSFと言いつつ戦争してないのが許せん! 悪い宇宙人とどんどん戦え!宇宙テロリスト国家撲滅! [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 52[#「52」は太字] [#ここから2字下げ] ↑ネタ? [#ここで字下げ終わり] ―――――――――――――――――――― 53[#「53」は太字] [#ここから2字下げ] 2ですが、やっと読みました。ビーカーさんとフールさんが2人きりで監禁される場面にちょっとドキドキ、でも今回、あんまりお金が儲かってないのでちょっと残念。次からはまたがんがん稼いでね〜 [#ここで字下げ終わり] ――――――――――――――――――――  と、そんなわけで……もクソもないのだが、ウィラード・フール率いる我らがオメガ中隊の活躍を描くこのシリーズも本書で四冊め。お話としては前巻からそのまま続いてるので、あらためて説明すべきことはとくにない。  ローレライ宇宙ステーションやリゾート惑星のランドール星と違って、今回の舞台のゼノビア星はけっこう苛酷な環境。オメガ中隊も創設以来たぶん最大の危機に直面するわけですが、絶体絶命のこのピンチをどう乗り切るかが読みどころ。もちろん笑いどころも満載なので心配無用。いやまさかアレが伏線だとはなあ。  なお著者コンビのうち、ロバート・アスプリンの経歴については『銀河おきわがせ中隊』巻末を、ピーター・J・ヘックの経歴については『銀河おさわがせマネー』巻末を、それぞれ参照されたい。 ---------------------------------------- 銀河《ぎんが》おさわがせアンドロイド SF1388 二〇〇二年一月二十日 印刷 二〇〇二年一月三十一日発行 著者 ロバート・アスプリン    ピーター・J・ヘック 訳者 斎藤《さいとう》 伯好《はくこう》 (一般小説) [R・アスプリン&P・J・ヘック] 銀河おさわがせアンドロイド.zip 47,574,938 50f2d2c7d0bcb6128ef2e5815007a0d15481c502 テキスト化 スチール 公開日 2011/07/21 校正