飴と鞭
「奴隷商!」
俺は朝一で奴隷商のテントに乗り込んでいた。
「朝からどうしたというのです勇者様。ハイ」
「お前の所の魔物紋が不良品だったぞ。返答しだいでは俺の危険な奴隷と魔物がここで暴れる事になる。な?」
「フィーロ、お腹空いたから後でね」
「……いい加減にしないとお前を朝飯にするぞ」
フィーロに掛けた魔物紋がどうも思い通りに発動せず、しかも外せないとは。
「おや? それはどういう事ですかな?」
奴隷商に俺は朝の出来事を説明する。あの後が大変だった。フィーロをどうにか宥めて人間の姿にさせてからテントにやってきた。
ラフタリアに至ってはフィーロが変な事をしないか常時気を張っていて、大変そうだ。
「どうやらフィロリアル・クイーンには普通の魔物紋では拘束を解いてしまわれるようですね。ハイ」
「というと?」
「高位の魔物は普通の魔物紋では縛れないのですよ。くじの景品である騎竜には特別な魔物紋を刻みます」
「つまりコイツには普通の魔物紋だと効かないと?」
「ええ」
奴隷商の奴、新たな事実にやや興奮気味に手帳に何かをカリカリと書いている。
「で、その特別な魔物紋は施してくれるのか?」
「いやはや、それはサービスの適応外です。ハイ」
「なんだと」
「さすがに安くはない金銭がかかりますので、サービスするには厳しい所です。こちらの被害も限界に近いですので」
くっ! これ以上のサービスはさすがに出せないと言う訳か。
まあ、あれだけの被害を出させてしまったのだから、しょうがないか……。
「幾らだ?」
「勇者様の将来に期待して、大マケにまけて銀貨200枚でどうでしょう」
くうううう……高い。
「そこを――」
「ちなみに相場は安くて銀貨800枚ですぞ。私、勇者様には期待しておりますので嘘は吐いておりません」
ぐは!
俺の精神に多大なダメージが与えられた。
敗北を認め、非常に遺憾ながらも奴隷商に銀貨200枚を渡す。
「……嘘だったら俺の危険な配下が貴様を血祭りにあげるからな」
「承知しておりますとも」
キョロキョロと辺りを見渡していたフィロリアル・クイーンの姿をしているフィーロの大きな翼をラフタリアが手を繋いで、連れて来る。
「そこでジッとしていろよ、フィーロ」
「なんでー?」
「ジッとしていたら後で良いものを食べさせてやる」
「ホント?」
「ああ」
目を輝かせたフィーロは奴隷商の指示する場所でジッとしている。
よし、魔法を施すなら今だ。
俺が奴隷商に目で合図を送る。奴隷商も頷き、顔の見えないローヴを着た部下を12人も呼んでフィーロを取り囲む。
そして何やら薬品を地面に流し、フィーロに向って全員で魔法を唱えだした。
床が光り輝き、フィーロを中心に魔法陣が展開される。
「え、な、なーに」
バチバチとフィーロは抵抗を試みるが、それも叶わず、魔方陣がフィーロに侵食する。
「い、いたーーーい! やめてー!」
魔物紋の更新に痛みを感じたフィーロが暴れ回り、その度にバチバチと魔法陣が揺らぐ。
奴隷商の部下から驚愕の声が発せられた。
「念には念を、多めの人数で魔法拘束をさせておりますが……この重圧の中で動けるとは、将来が末恐ろしいです。ハイ」
そういや、まだLv19だものな、これで70とか行ったらどれだけの強さを見せるのか。奴隷商の言葉も頷ける。
やがて、魔法陣はフィーロの腹部に完全に刻み込まれ、静かになった。
「終わりです。ハイ」
俺の視界にも前のよりも高度な指示を与えられるらしい魔物のアイコンが表示されている。俺は迷わず、俺の言う事は絶対とチェックを入れた。
「はぁ……はぁ……」
フィーロは肩で息をしながら俺の方に歩いてくる。
「ごしゅじんさまひどーい。すごく痛かったー」
俺は自分でも邪悪に笑っているのだろうなと思いながらフィーロに命令する。
「まずは人型になれ」
「えー、痛かったからやだー。おいしいものちょうだい!」
舐めた口調で命令を拒否し、食べ物をねだるフィーロの魔物紋が輝く。
「え、いや! 何、やだやだ」
フィーロは魔物紋に何か魔法を飛ばすが、今度は弾かれて呪いが発動した。
「いたい、いたい、いたい!」
フィーロは魔物紋の痛みで転がる。
「俺の言う事を聞かないと、もっと痛くなるぞ」
「いたい、いたい! うう……」
嫌々ながら人型に変身するフィーロ。すると魔物紋の輝きは収まった。
「ふむ……今度はちゃんと発動したな。よくやったぞ、奴隷商」
「ええ、かなり強力な紋様なので、簡単には弄ることは出来ません。ハイ」
俺は倒れているフィーロの前に出て告げる。
「お前本体で銀貨100枚、次にその魔物紋で200枚。合計銀貨300枚の損失だ。その分は俺の指示に従って返してもらうからな」
「ご、ごしゅじんさまー」
フィーロがよろよろと俺に手を伸ばす。
なんか純粋そうな顔をしている子供にこんな事を言うのも良心が傷つくのだけど、俺だってワガママな奴を野ざらしにしておきたくはない。
「言う事を聞け」
「や、やー」
「そうかそうか、どうしても俺の言う事に従えないのなら、ここであの怖いおじさんにお前を引き取ってもらおう」
「……!?」
フィーロの奴、やっと自分の立場が分かったのか、恐怖に顔が歪む。
奴隷商の奴、何か微妙に困ったような嬉しそうな表情で俺を見ているな……。
「いくらでコイツを買ってくれる?」
「そうですねぇ。珍しいので迷惑料込みとして金貨30枚出しても購入したいですな。重度の魔物紋を刻んでいるのでもう暴れることも出来ないでしょうし、使い道には事欠かないかと。ハイ」
奴隷商の奴、自分で売買されるのが困ると言っていた癖にここぞとばかりに値段を付けてきた。
本音は知らないが、こいつの手に渡ればフィーロの一生は終わるな。
それにしてもフィーロの奴、凄く怯えた表情で俺を見上げている。
これはきつい……消えたはずの俺の良心が活性化している。
だが、フィーロの態度しだいでは本当にそういう未来を選ばなければならない。
俺は優しいお兄ちゃんでもなければ、ペットを溺愛する飼い主でもない。
「だ、そうだ。今度はお前が暴れても俺は迎えに来ないぞ……にがーい薬を飲まされて、色々体を弄繰り回された挙句……死んじゃうんだろうなぁ……?」
「や、やーーーー!」
フィーロは大きな声で拒否する。
「ごしゅじんさまーフィーロを嫌いにならないでー……」
俺の足に縋って懇願するフィーロ。
くっ! これは厳しい……。
それでも俺は引くわけにはいかない。
「俺の言う事を素直に聞くなら嫌いにならない。これからはちゃんと聞くんだぞ」
「う、うん!」
「よしよし、じゃあ宿屋で寝るときは絶対に本当の姿になるな。これが最初の約束だ」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるフィーロに俺の数少ない良心が疼く。
さて、今日はこれから武器屋に行かなきゃなぁ……。
と、フィーロから視線を逸らすと奴隷商がこれでもかと言う程、楽しげな笑みを浮かべている。
「素晴らしい程の外道っぷりに私、ゾクゾクしています。アナタこそ伝説の盾の勇者です!」
賞賛の観点が間違っている気がするが……文句を言うのもどうかなぁ。
と、その隣にいるラフタリアも微妙な顔で俺を見てる。
「ナオフミ様……さすがにあんまりでは……」
「こうでもしないと言う事聞かないだろ、コイツは。お前だって最初はそうだったろうが」
俺の返答にラフタリアも頷く。
「そういえば、そうでしたね」
「ワガママは許せる所と許しちゃいけない所があるんだ」
主に俺の本意で決まるとはあえて言わない。
「飴と鞭ですね分かります。ハイ」
「奴隷商、貴様には言っていない」
しかも、勝手に俺を理解するな。
「色々迷惑を掛けたな」
「そう思うのでしたら是非、扱いやすいよう、私共が用意したフィロリアルの育成を――」
「さて、今日はまだ行く所があるんだ。行かせてもらおう」
「極力、私共のペースに飲まれないようにしている勇者様の意志の強さに尊敬の念を抱きます。ハイ」
こんな調子で話を終えた俺達はテントを後にした。
ご褒美
フィーロには一応、俺のマントを羽織らせて武器屋に顔を出した。
「お、アンちゃん」
俺が来るのを待っていたと言わんばかりに親父は手を振る。
「何かあったか?」
「おうよ。ちょっと待ってな」
そう言って武器屋の親父は店を一度閉店して、俺達を案内する。
すると俺達に魔法書をくれたあの魔法屋にたどり着いた。
「あらあら」
武器屋の親父と一緒に顔を出すと魔法屋のおばちゃんは朗らかに笑って出迎える。
「ちょっと店の奥に来てくれるかい?」
「ああ、フィーロ、俺が許可するまで本当の姿になるなよ」
「はーい」
魔法屋の奥に入るとそこは生活臭のする部屋と、作業場らしき部屋があった。
俺達が案内されたのは作業場らしい部屋だ。
天井がやや高く、3mくらいはある。
床には魔方陣が書かれ、真ん中には水晶が鎮座している。
「ごめんねぇ、作業中だからちょっと狭くて」
「いや……それより、この子の服はここで売っているのか?」
「朝一で知り合いに尋ねてみたら魔法屋のおばちゃんが良いものがあるって言うからよ」
「そうなのよ~」
おばちゃんは水晶を外して、台座に古いデザインのミシンっぽい道具を載せる。糸巻き機だっけ? 眠り姫とかの童話で出てくるアレ。
「その子、本当に魔物なのかしら?」
「ああ、だから本当の姿に戻ると服が破ける。フィーロ、元に戻れ」
ここでなら本当の姿に戻しても大丈夫だろう。
「うん」
俺が指示を出すとフィーロはコクリと頷き、マントを外して元の姿に戻る。
「あらあら、まあまあ」
魔法屋のおばちゃんはフィロリアル・クイーンの姿に戻ったフィーロを、驚きながら見上げる。
「これでいいの?」
声はフィーロのままだからなんとも異様な光景だ。
こんな生き物と会話が成立するというのもファンタジーの世界に来た時のお約束だけど……。
ふと、ラフタリアの方へ目を向ける。
「なんですか?」
「いや」
そういえばラフタリアも亜人だ。
よくよく考えれば、ロマンを感じていた頃の俺からすれば大興奮の相手だったかもしれない。
そういう意味では元康のあの反応も合点が行く。今の俺からすれば最早過去の話だがな。
「じゃあ服を作るかしらね」
「作れるのか? 変身しても破れない服が」
「そうねえ……厳密に言えば服と呼べるのか分からないけどね」
「は?」
「勇者様は私が何に見えるかしら?」
「魔法屋……魔女っぽい」
「そうよ。だから変身という事には多少の知識があるのよ」
この世界の常識って言うのは今一理解が及ばないが……俺の知る魔女には確か動物に変身するとか出来たよな。
「まあ、動物に変身するというのは大体、面倒な手順と多大な魔力、そしてリスクが伴うのだけどね。変身が解ける度に服を着るのは面倒でしょう?」
む? 変身というのは魔法使いとかなら出来るらしいな。
おばちゃんは裁縫用の木製の道具を弄りながら答える。
見たところ俺の世界で言う、ミシンに近い。
「自分の家とかで元に戻れるのなら良いけど、見知らぬ場所で変身が解けたらそれこそ大変よね」
「まあ、そうだよな」
主に服とかだろう。全裸で歩いていたらそれこそ目立つ。
「だから変身しても大丈夫なようにそれ相応の服があるの、変身が解けると着ている便利な服がね」
「なるほど」
一理ある。変身中は消えて、変身が解けると着ている服か。
「魔物のカテゴリーに入ってしまったりする亜人の一部にも伝わる技術なのよ。有名所だと吸血鬼のマントとか」
あー……確かに蝙蝠に変身したり、狼に変身するとか昔の映画で見た。この世界にもいるのか。
「で、これがその服の材料を作ってくれる糸巻き機よ」
「へー……どういう理屈で変身すると服に?」
「厳密に言えば服……とは言いがたい物かしら、服に見えるようにする力が正確ね」
俺は魔法屋のおばちゃんの返答に首を傾げる。
どういう意味だ?
「この道具は魔力を糸に変える道具なの、そして所持者が任意のタイミングで糸か、魔力に変えれる訳」
「分かりやすく言うと人型になった時、魔力を糸に変えれるようになるってことさ」
「ああ、そういう事か」
武器屋の親父の補足でなんとなく理解する。
確かに服とは言いがたいかもしれない。人間の姿をしていない時は形の無い魔力となり、所持者の体の中で循環し、人型の時には形を成して服となる。
「それじゃあ、フィーロちゃんかしら? この道具のハンドルをゆっくりと回して」
「うん」
フィーロは糸巻き機のハンドルを回し始める。
すぐに糸が出てきておばちゃんが糸巻き機の先にある回る棒に括り付ける。すると糸はそこに集まって糸巻きとなっていく。
「あれ? なんか力が抜けるような感じがするよ」
「魔力を糸に変えているからね。疲れるはずよ。だけどもうちょっと頑張って、服を作るにはまだ足りないわ」
「うう……おもしろくなーい」
……本質的には子供だからだろう。生後1週間にも満たないからな。
フィーロはキョロキョロと糸巻き機を回しながらアッチを向いたりコッチを向いたりしている。
「我慢しろ、それが終われば約束を守ってやるから」
「ゴハン? おいしいもの?」
「ああ」
俺は約束は守る男だ。フィーロには後で美味しいものを食べさせると約束していたことだしな。
「じゃあがんばる!」
ギュルギュルとフィーロが糸巻き機を回しだした。
「わぁ、がんばるわね」
おばちゃんも驚きの速さらしい。
「武器屋の親父、お前とも約束があったな。この後は暇か?」
「昼過ぎまでは閉店すると店には書置きを残しておいたからな。アンちゃん、何か奢ってくれるのか?」
「そんな所だ。大きな鉄板とかを用意できないか?」
「ん? そんなものを何に使うんだ?」
「料理に使うんだよ」
「アンちゃんの手料理か? ちょっと期待しているのとは違うんだが」
「なんだよ」
ガッカリした表情の親父にちょっとムッとする。
「まあ期待しておくか」
「じゃあラフタリア、市場で炭と、適当に野菜、肉を買ってきてくれ、フィーロの食欲を考えて5人分くらいな」
「わかりました」
銀貨を渡し、ラフタリアに買い物に行かせる。
「ゴッハン~ゴッハン~」
フィーロのテンションも高く、糸巻き機がグルグルと回っていく。
「そろそろ良いかしらね。回すのをやめて良いわよ」
それからしばらくして、おばちゃんが回すのをやめさせた。
「もっと回したらごはん増えるかな?」
「増えない。もう回すな」
「は~い」
フィーロは魔物の姿で俺の元へ戻ってくる。
「ごしゅじんさま~ごはん」
「まだだ。服が出来てないだろ」
「えー……」
非常に残念そうにフィーロは声を出す。ラフタリアがまだ戻っていないのだ。ゴハンもクソも無い。
「店を出るときには人の姿に戻るんだぞ」
「はーい」
本当に分かっているのか?
「後はこれを布にして、服にすれば完成ね」
魔法屋は出来上がった糸を、俺達に見せる。
「布の方は機織をしてくれる人に頼めば何とかなるだろ」
「そいつにはあてがある。付いてきな」
「じゃあ、買い物に出かけたお嬢ちゃんが戻ってきたらなんて言えば良いかしら?」
「城下町を出る所にある門で待っていてくれと伝えて欲しい」
「分かったわ」
武器屋の親父の勧めで、そのまま俺達は魔法屋を後にする。
「料金は後で武器屋から頂くわよ~」
「……幾らくらいになりそうなんだ?」
非常に気になるので尋ねてみる。
「魔力の糸化の事? 水晶がちょっと値が張るのよ、勇者様には原価で提供させてもらうけど銀貨50枚よ」
クッ! どうしてこうもフィーロには金が掛かるのだ。
これから糸を布にして服に変えるとなるとどれだけの金銭が掛かるか分かったもんじゃないぞ!
で、機織をしてくれる人の所に行き、糸を布にしてくれるという話になった。
「珍しい素材だから、こっちも色々とやらなきゃダメっぽいなぁ……たぶん、今日の夕方には出来上がるから、今のうちに洋裁屋に行ってサイズを測ると良いよ。後で届けとく」
との事なので、俺達はそのまま洋裁屋に行く。
服一つが出来るのにこんなにも時間が掛かるとは……かなり大変なんだな。
「わぁ……凄くかわいい子ですね」
洋裁屋には頭にスカーフを巻いたメガネの女の子が店員をしていた。
ちょっと地味な印象を受ける。なんていうのだろう。俺の世界だったら同人誌とか書いてそうなイメージの平均より上の容姿をした子って感じ。
「羽が生えていて天使みたい。亜人にも似たのがいるけど……それよりも整っているわね」
「そうなのか?」
親父に聞くと肩を上げられた。
「羽の生えた亜人さんは、足とか手とか、他の所にも鳥のような特徴があるのよ。だけどこの子、羽以外にそれらしいのは無くて凄いわ」
「ん~?」
フィーロは首を傾けて洋裁屋の女の子を見上げる。
「ああ、コイツは魔物なんだ。人に化けている。本当の姿だと普通の服じゃ破けるんだ」
「へぇ……じゃあ依頼は魔力化する布の洋裁ね。面白いわぁ」
何かメガネが輝いてる。
やっぱりこの子、俺のいた世界じゃオタクに該当するタイプだ。
似た様な知り合いが同人誌即売会で販売側にいるので懐かしい。
もちろん俺はその子からサークル参加の入場券をもらって度々入っていたので親しみ易いタイプでもある。
へぇ……異世界だとこんな仕事をするんだな。
「素材が良いからシンプルにワンピースとかが良いかも、後は魔力化しても影響を受けそうにないアクセントがあれば完璧!」
「へ? あ、へ?」
マントを羽織ったフィーロをメジャーでサイズを測定し、何やらデザインを始める。
「魔物化した時の姿が見たいわ!」
フィーロが困り顔で俺の方を見てくる。うん、俺もなんか空気に飲まれそう。
「ここじゃギリギリだな」
天井の高さが2m弱しかない洋裁屋じゃあフィーロが元に戻った時に天井に頭がぶつかるな。
「座って戻る?」
「まあ、それで良いだろ」
フィーロは天井を気にしながら魔物の姿に戻り、洋裁屋の女の子を見つめる。
「おおー……ギャップが良いアクセントね!」
フィーロの本当の姿にも動じないとは……この洋裁屋、できる!
絶対に同人誌の類に手を出す性格をしていやがる。ここが異世界でよかったな。
「となるとリボンが良いアクセントになるわ」
フィーロの首回りを測定し、洋裁屋は服の設計を始めた。
「じゃあ素材が届くのを待っているから!」
何やら興奮気味に答えられる。
「コイツは良い職人なんだぜ」
「だろうな」
ああいうタイプは一度火がつくと凝るタイプだ。仕事は必ずやり遂げるだろう。
「ま、明日には完成しているだろうな」
「早いな。それよりも結局、金額は幾らになるんだ? 合計だ」
「アンちゃんにはどれも原価で提供したとして……銀貨100枚って所だろうなぁ……」
くっ……目も当てられない。
「フィーロ、分かっているな。お前には銀貨400枚もの大金を掛けたんだ。相応に働いて返してもらうぞ」
「はーい!」
本当に分かっているのか? 人型に戻ったフィーロと一緒に洋裁屋から出る。
とにかく、やる事は大体終わったので、城下町の門で待っていたラフタリアと合流する。
「ナオフミ様、言われた通りの食材を買ってきましたよ」
「フィーロに合計銀貨400枚掛かった。ラフタリアはもっと安かった」
「私が安い女みたいな言い方しないでくださいよ」
はぁ……これでやっていくしかないか。
「じゃあ親父、鉄板を持ってきてくれ、フィーロ、お前は荷車を武器屋の前に付けて運んでくるんだ」
「うん!」
「おうよ」
フィーロはトテトテと武器屋の親父と一緒に行き、しばらくすると荷車を引いて帰って来た。
……なんで人の姿で引いてくるかな。
荷車には俺の想像の範囲の鉄板が入れてある。
「よし、じゃあ城を出て、草原の方にある川原に行くぞ」
そうして川原に到着した俺達。
俺は早速、石を詰んで鉄板を置き、下に炭を敷いてから火を点ける。
「ラフタリアと親父は火の世話をしておいてくれ」
「あ、ああ……」
「はい」
曲がりなりにも武器屋の親父だ。火の管理はお手の物のはずだ。
「フィーロは?」
「お前はそうだな……バルーンが近寄ってこないか見張っていろ」
「はーい!」
変に好奇心を働かされてフィーロに参加されると失敗しそうだから別の仕事をさせておく。
俺はラフタリアが調達した野菜や肉を適度な大きさにナイフで切り、一方は鉄串を通しておく。
「炭の準備ができたぞアンちゃん」
「ああ」
親父とラフタリアが指示通りに鉄板を熱くしてくれたので、鉄板の上に脂身の肉を先に乗せて油を滲ませる。
それから野菜や肉をばら撒き、隅の方で直火で鉄串に刺した物を焼いて転がす。
「アンちゃん器用だなー」
作業用のナイフや木の棒を使って肉や野菜を焦げないようにひっくり返す。
「まあ、こんな所だろう」
そう、川原でバーベキューが今日の昼飯、兼フィーロへのご褒美だ。
「フィーロ、できたぞ」
「はーい」
匂いで既に涎を垂らしていたフィーロがやってきて俺の渡したフォークを使って肉を食べる。
「わぁ! 凄く美味しい!」
パクパクとフィーロは焼きあがった肉や野菜を口に放り込んでいく。
「コラ、みんなの分もあるんだから全部食うなよ」
「ふぁーい」
頬張りながら頷くフィーロ。
本当に分かっているのか?
「そんな訳だ。ラフタリアと親父も食え」
「はい」
「おうよ」
俺の渡した葉っぱを小皿にラフタリアと親父も俺が焼く肉と野菜を食べ始める。
「お、こりゃあ美味い。ただの焼いた肉がこんなに美味しいなんて驚いた」
「何故かナオフミ様が作る料理は不思議と美味しいんですよね」
「世辞として受け取っておく」
「お世辞じゃねえよ。これ、店が開ける次元じゃないか?」
親父が首を傾げながら料理をついばんで行く。
「理由として考えられるのは習得した料理スキルの所為だろうな」
「盾の力か?」
「ま、そんな所だ」
先ほどから俺の視界の隅に、
焼肉ができました。品質、良い→上質
と、変化しているアイコンが引っ切り無しに出ている。
「不思議な盾だよなぁ。本当に羨ましくなって来たぜ」
「外せねえし、かなり不便なんだぞ」
攻撃力無いし……。
そうそう、ビーニードルシールドの類にある専用効果『針の盾』は敵が俺に与えようとした攻撃の一部を跳ね返すというカウンター系の効果がある。
だけど、これ……バルーンとかの頭が悪い魔物相手じゃないと倒すまでに逃げられる可能性が高い。
さすがに不利を悟ったら魔物だって逃げる。
頭の良い奴は俺を無視してラフタリアを狙ったりするから面倒だ。
「アンちゃんも大分強くなってきたんじゃないか?」
「他の勇者と比べたらどうか分からないな」
「そうだろうけど、伝説の武器ってどんな力が備わるんだ?」
「そうだな……俺の経験則だが良いか?」
「ああ」
「じゃあ――」
色々と技能を修得しているので、ある程度やれば人並み以上には出来るのが伝説の武器に備わっている力のようだ。
しかもステータスアップの類は能力解放すれば累積して俺のステータスに付与される。
モンスター、素材、レベル、ツリーに繋がる盾、など複数の条件を満たせば変化させ装備できる。
そして盾を装備して能力を解放すれば専用効果以外は永続的に効果を得られる。
解放さえすれば、弱い盾でもそれなりに防御力も維持できるという事だ。
装備ボーナスは引き継がれるので、態々別の盾にしなくても技能は発動するし、解放後は使っていない盾の方が多い。
ステータスにはどれだけ付与されたか、一応の数字として見れる。ラフタリアと比べると俺の総合ステータスの方が高い。曲がりなりにも勇者という事だろう。
特に防御力だけ見たら3倍以上ある。更にこれに加えて盾の解放による永続効果も加わる。
元々攻撃を受けないラフタリアには良い防具を与えていないので一概には言えないが、盾の勇者としての潜在能力は、やはり防御力に重点を置かれている。その代価として攻撃力は10分の1以下だ。
この世界の住人と勇者の違いはこの盾による付与効果による差なのだろう。
でなければ防御力に特筆する種族やモンスターと俺は変わらない。
伝説の武器の補正が加わる事によって勇者が形成されていくと見れば、勇者と普通の人の違いは、やはり武器に集約する。
憎らしいがこの盾によって俺を含む勇者達は特別なのだろう。
それは勇者の仲間にまで影響を及ぼす。
奴隷使いの盾によってラフタリアは普通の亜人よりも能力に優れ、フィーロに至っては、まだLvが追いつかれていないのにラフタリアを上回っている部分が多い。
成長補正の効果がどれだけあるのか分からないが、相当な補正が掛かっていると思われる。
俺は奴隷使いの盾と魔物使いの盾だったが、仮に仲間の盾や友の盾の様な物があったなら、影響を及ぼすはずだ。
つまり勇者にとって仲間という存在は必要不可欠。
――仲間か……俺には最も遠い存在だな。
「なるほどなぁ……勇者は一般人とは根底が違うと言う訳か」
「そうなんだろう」
世界中を巡って、様々な魔物や素材を武器に吸わせ、成長させて強くなる。
正直な所、どれだけの種類があるのか未だに見当が付かない。
盾をどこまで育てたら良いのかすらわからない。
だが、怠けていれば厄災の波がやってくる。
それも何回来るかも分かっていないんだ。
既に二回。最終的に五回なのか、十回なのか、百回なのか、わからない事だらけだ。
どちらにしても今はやるべきことをするしかない。
……そういえば、カースシリーズという盾についても気になるところだ。
ラフタリアが奪われそうになったあの時、盾を侵食して解放されたはずのカースシリーズという盾。あれから俺は何度もツリーを探してみた。
しかし、どれだけ探しても見つからない。
ヘルプで呼び出そうとする。
カースシリーズ
触れる事さえ、はばかられる。
ただこの一文で終わっている。しかも何度も調べると。視界に電撃が走り文字が変わるのだ。
カースシリーズ
手を染めし者にそれ相応の力と呪いを授ける武具。勇者よ、触れることなかれ。
だから、探しても見つからないこの武器を俺は後回しにすることにした。
いずれ、必要になったときに出てくるかもしれない。そんな限られた条件の盾なのだろう。
「ごしゅじんさまーお肉なくなった」
「なに!」
見ると既に肉が無い。鉄串に刺した奴も既にみんなが食べきっていた。残っているのは野菜だけだ。
「もうお仕舞い? フィーロ食べ足りない」
「はぁ……じゃあ、草原を抜けた森にいるウサピルを5匹くらいとって来い。追加で焼いてやる」
「はーい!」
フィーロは全速力で森にまで走って行った。
「いやぁ、美味い。こりゃあ得をしたな」
「そう思うなら服の代金を割り引け」
「これ以上割り引いたらこっちが大損だぞアンちゃん」
まあ、こんな感じで今日は夕方近くまで川原でバーベキューをして一日を終えた。
ちなみにフィーロはウサピルを10匹ほど捕獲してきた。
俺に至っては殆ど食べる暇も無く、ウサピルの解体と焼肉作りで終わった。
行商
翌日
洋裁屋に顔を出すとあのオタクっぽい子が笑顔で出迎えてくれた。
「はいはーい。服は出来てますよー。久々に徹夜しちゃった」
その割りにギンギンとテンションが高い様子の洋裁屋。その洋裁屋は店の奥からフィーロの服を持ってきた。
基本色が白のワンピースだった。真ん中には青いリボンに所々青い色を使ったコントラストが施されており、素朴だけど綺麗に作られているのが分かる。
なんていうのだろう。着る相手を選びそうなシンプルイズベストという感じだ。
「ごしゅじんさまーこれを着るの?」
「ああ」
「わーい!」
今までマントを羽織っていたフィーロはその場で全裸になろうとする。
「ダメです」
「えー」
それをラフタリアが止めて、店の奥へと案内してもらう。
俺は店内で着替えてくるのを待った。
「じゃあ魔物の姿にも変わってね」
あの店員の声が店の奥から聞こえてくる。
「なんでー?」
「じゃないとリボンが肉に食い込みますよー」
「やー!」
微妙に怖いことを言うな。
「分かったー」
ボフンと変身する時に聞こえる音がして、そして。
「うん。やっぱり似合うわぁ……」
なんともうっとりするような声が聞こえた。
「じゃあ行きましょうね」
「うん!」
店の奥から女性陣が出てくる。
そしてフィーロの方へ目を向ける。
……うん。元々の容姿が良いからか本格的に天使みたいになっている。
白いワンピースに、純白の羽……胸に青いリボンがアクセントとして、なんていうか。
二次元のお子様天使ヒロインみたいだ。
「ごしゅじんさまー」
「あ?」
「どう? 似合う?」
「まあ、似合うんじゃないか」
ここまでフィーロの外見のスペックを生かした服を作れるとは、オタクっぽい洋裁屋、お前も中々の逸材なのだろう。
「えへへ」
照れたフィーロが服をひらひらとなびかせて笑う。
服の代金は既に武器屋の親父に払っている。
まったく、とんだ出費だ。
拠点にしているリユート村へ戻る為にフィーロに荷車を引かせる。
あの服、フィーロが魔物の姿になると確かに消えて、リボンがフィーロの首輪に変わるという離れ業をかます様になっていた。
高いだけあって便利な機能が備わっている物だ。
「あ、盾の勇者様」
魔法屋のおばちゃんと城下町を出るときに偶然会う。
「リユート村に行くのかい?」
「ああ」
「私もちょっと用事で行くんだよ。ついでに乗せてってくれないかい?」
魔法屋のおばちゃんは笑顔で提案してくる。
まあ、どうせ行きがけの途中だし、魔法屋のおばちゃんには色々厄介になっているから断るのもどうかと思う。
「乗り心地は保障しないが良いか?」
「ええ」
ラフタリアは既に乗り物酔いと戦う為になんか遠くを見ている。
「じゃあ失礼して」
魔法屋のおばちゃんは荷車に乗る。
「よし、フィーロ。あんまり速度を出さないように進めよ」
「はーい」
通りかかった通行人がフィーロの方を見て驚いている。喋る魔物は珍しいのだろう。
トコトコと荷車は道を進んでいく。
まったく、ここ数日がとても忙しく感じた。
いや、普段から忙しいけど、特に忙しいというか。
その全てがフィーロに集約されているというのがなんとも……。
「どうだい? 魔法の勉強は捗っているかい?」
「う……」
魔法屋のおばちゃんが痛い所を突いてくる。
正直、捗っているとは言えない。
水晶玉をくれれば良いじゃないかと言い返すのもなんだし、安くフィーロの服の糸を作ってくれたのだから文句も言い辛い。
「俺は異世界人ですから、文字がまだ読めなくて」
「そうなの……ごめんねぇ」
おばちゃんは本当に悪そうに謝る。だから俺も自身の勉強不足を酷く嘆いた。
俺はやられた事はやり返す。
良い意味でも悪い意味でも。
だからおばちゃんから善意を受けたなら、それに報いたい。
なるべく、覚えなくてはいけない。
あのクソ勇者のような知識は俺には無いのだ。だからこそ、俺は常に学び続けなければいけないのだろう。
そして、波から生き残る為に出来る限りの良い装備を手に入れねばならない。
文字翻訳とか、レシピの解放の可能性はこの際、考えから外そう。
ずいぶん時間は掛かるだろうけど、覚えてみようと決めた。
「ふぁ……軽い」
トコトコと荷車を運びながらフィーロは欠伸交じりに呟いた。
3人も乗っている荷車が軽いのか。
良い傾向だ。俺にはとある考えが既にある。フィーロがいなくては出来ない事だ。
リユート村に到着すると魔法屋のおばちゃんは俺に銅貨25枚くれた。
「これは?」
「運んでくれた料金よ」
「ああ、なるほど」
これも考えの一つに混ぜておこう。
リユート村は相も変わらず復興中だ。宿屋に顔を出すと店主が快く俺達を出迎えてくれる。
一応としてキメラの肉について謝罪しておいた。
あっちも無いなら無いでしょうがないと妥協してくれたので助かる。
「さて、これからラフタリアの乗り物酔いの訓練と材木運びに出かける」
肉の賠償として復興の手伝いをすると約束した。少ないが報酬もくれるとの話だ。
「え!?」
ラフタリアが渋い顔をする。まあ、苦手の克服となったらしょうがないか。
「これから俺達の移動手段はフィーロの引く荷車になるんだぞ、慣れろ」
「は、はい」
「はーい!」
「フィーロ、お前は引く側だ」
「うん!」
フィロリアルは本当に荷車を引くのが好きなんだな。フィーロの目がメチャクチャ輝いてる。
「あの……何か考えが?」
「ああ、これから俺達は行商を始めようと思うんだ」
「行商、ですか?」
「あんまり品揃えは良くないが薬を基本にな、後は運び屋とかだな、手広く行きたい」
「はぁ……」
ラフタリアはピンと来ないようだ。まあ、俺自身も成功するか見通しが立たない。けど、どうせそろそろ色々と回らなくちゃいけない頃合なのだ。
せっかくの荷車があるのだ。利用しない手は無い。
「と言う訳で、運び屋もするとなるとフィーロの最高速で荷車を引いていく事にもなる。その度に乗り物酔いで倒れられたら俺も困るんだ」
「理由は分かりましたけど……」
「何……酔いにくいと言われる場所を知っている。最初はそこで慣れるといいさ」
「そんな所があるんですか?」
「ああ」
と、本日の仕事を始める前に、俺はラフタリアを酔いにくい場所……フィーロの背中に乗せる。
「ごしゅじんさまが良いのに、なんでお姉ちゃんを背中に乗せなきゃいけないの……」
フィーロはラフタリアを背中に乗せてブツブツと呟く。
「それはこちらも同じです。これ、かなり恥ずかしいんですよ」
フクロウみたいな体形をしているフィーロが中腰でラフタリアを乗せると何か変な感じだな。
「きつくはないか?」
「うん。楽だよー」
元々の体形に近いからなのか、フィーロ自身は問題ないらしい。
「じゃあ行くか」
「うん!」
フィーロはラフタリアを乗せながら荷車を引いて行く。
結構な重量のはずなのに、本人曰くそこまで重くないとか。
俺はその間に、翻訳しながら中級レシピの本の解読を始めた。
……ゴトゴト。
…………ゴトゴト。
心地の良い車輪音をバックミュージックに難解な異世界言語に集中していると。
「あの……」
………………ゴトゴト。
「あ、あの……」
ん?
ふと気が付いてフィーロの方を見ると何故か人型になってラフタリアを背負っている。ラフタリアが困り顔で俺に何度も話しかけていたのだった。
ヒソヒソと通りすがりの冒険者が俺達を指差しながら囁き合っている。
「変な噂が出るような事をするんじゃない!」
奴隷の女の子に女の子を背負わせた挙句、荷車を引かせて強制労働させている。なんておかしな噂が流れたらやっと良くなってきた俺の風聞がもっと悪くなる。
「えー……」
「荷車を引いているときも人化するな」
「はぁい」
不満そうにフィーロは頷き、魔物の姿に戻る。
たぶん、退屈なのだろう。ラフタリアもまだ乗り物酔いをしていないようだ。
ならば少しハードにしても大丈夫だろう。
「よし、じゃあスピードアップだ」
「わーい!」
俺の指示にフィーロはテンションを上げて頷き走り出す。
ガラガラガラ!
荷車の車輪が音を立てて回る。
「わ!」
ラフタリアが驚きの声を出し、フィーロにしがみ付く。
まあ、目的地まで早くたどり着けるだろう。
馬車の旅
うーむ……。
「うう……到着したんですか?」
目的地に到着し、若干グッタリしているラフタリアを見て俺は唸る。
前よりは問題なさそうだけど、まだ爆走するのは無理だな。
「小屋に着いたよ?」
フィーロはまだ走り足りないようで荷車を止めても足をばたつかせている。
ラフタリアは気持ち悪そうにフラフラしている。
「じゃあ材木を運ぶか」
小屋から出てきた木こりと一緒に材木を荷車に載せる。
ついでに木こりと一緒に伐採作業も行った。技能のお陰で品質が向上する。
とりあえず、ラフタリアの乗り物訓練はしばらく続いた。そのついでに材木が反応したので吸わせてもらった。
キノキの盾の条件が解放されました。
レスギの盾の条件が解放されました。
キノキの盾
能力未解放……装備ボーナス、木工技能1
レスギの盾
能力未解放……装備ボーナス、初級木工細工レシピ
ウッドシールドの派生だ。この二つはこの世界だとメジャーな木材らしい。キノキは俺の世界で言うヒノキに何か香ばしい匂いがする木で、レスギは杉に似ているけど木目が伐る場所毎に変わる変な木だ。
まあどうでも良いか。
数日後。
カンカンカン。
俺は荷車を馬車に改造する為に木槌片手に精を出していた。
先日出た木工技能1のお陰で多少は性能が向上すると睨んでいる。
荷車の上に骨組みを追加でつけて、後は上に厚手の布を被せて止める。
リユート村の復興は順調に進み、俺達が手伝わなくても大丈夫な所にまで至っていた。
村人も俺が荷車を馬車に改造している所を見て、手伝ってくれている。
「よし、こんな所だろう」
「完成ですね」
数名の村人と一緒に馬車を完成させて祝う。
フィロリアルが動かすのに馬車……まあいいか。
「手伝ってくれた事を感謝する」
「いえいえ、勇者様には色々と協力して頂きましたのに、この程度しか力になれず申し訳ありません」
村の奴等、いい笑顔で俺に力を貸してくれていた。
命の恩人とは言ってもそれに甘えるわけには行かない。だけど、ここは素直に感謝の気持ちを抱く。
「そう言ってもらえると嬉しい」
「行商をするのでしたっけ?」
「具体的には何でも屋だな、村から村、町から町へ荷物運びをしながら商品を売り、人を運ぶ」
「はぁ……」
村人の奴等もさすがにピンと来ないようだ。
まあ元康の言動から勇者のする行動ではないのは事実だが。
俺だって成功する見通しは立っていない。だけどせっかくフィーロがいるのだから使わない手は無いのだ。
「ん? うわぁ……荷車が馬車になったー」
先ほどまで人型の姿で遊んでいたフィーロが荷車が大きく変わって驚いている。
「これをフィーロが引くの?」
目をキラキラと輝かせて、フィーロは聞いてくる。
「ああ、そうだ。お前はこれからこの馬車を引いて、国中を走るんだ」
「ホント!?」
とても楽しげにフィーロは声を上げる。
俺だったら重労働に嫌気がさしそうな仕事だと言うのに……。
「本当にやるんですね」
ラフタリアが憂鬱気味に呟く。
未だに乗り物酔いを完全に克服していないラフタリアはどうも馬車の旅に乗り気ではない。
「いずれ慣れる。それまでの辛抱だ」
「はい」
俺はフィーロに顔を向けて何度も確認する。
「フィーロ、お前の仕事は?」
「えっとね。フィーロの仕事は馬車を引いてごしゅじんさまの言うとおりの場所に行くこと」
「ああ」
「そして槍を持ったあの人を見つけたら蹴ること」
「正解だ」
「後半は違います! なんですかそれは?」
ラフタリアが何かおかしいことでもあるかのように異議を唱える。
「なんですか……そのまるで私がおかしいみたいな目は」
元康を見つけたら蹴る。何がおかしいと言うのだ?
いちいち相手をしていたらキリが無い。
「さて、じゃあこれから行商の始まりだ。俺は馬車の中に隠れているからラフタリア。お前が最初に村や町に着いたら物を売るんだ」
「はぁ……分かりました」
俺の悪名はリユート村近隣以外では未だに轟いている。だから下手に俺が交渉に出たら売れるものも売れない。
だからラフタリアが販売と交渉を担当することになっている。
これでもラフタリアは容姿に優れる。人見知りする訳でもないし、客商売に向いていると見ていいだろう。
「では出発するとしよう」
準備を終えた俺達は馬車に荷物を載せて、フィーロに引かせる。
「あ、勇者様」
「ん? どうした?」
リユート村の連中が総出で俺達の出発に集まってくる。その中で一際衣服の良い壮年に入りかかった男が俺の前に来る。
「私はこのリユート村を国に任されている領主です。盾の勇者様、今までどうもありがとうございました」
「気にするな、ちょうど拠点にこの村がよかっただけだ」
「……これを」
領主はそう言って一枚の羊皮紙を俺に手渡す。
「これは?」
「行商をする上で役に立つ商業通行手形です」
「商業通行手形?」
「はい。この国では行商をする時、各々の村、町に着いたら一定の金銭をその地域の領主に振り込まねばなりません」
……そうだったのか。まあ、勇者の権力を振りかざし……って俺の悪名が祟って悪影響を与えかねないか。
「そこで私の判を押した商業通行手形の出番です。これさえあれば基本的には金銭を払う必要は無くなります。どうかお役に立ててください」
「えっと……良いのか?」
「はい。私は勇者様が行った事に対して相応の対価を支払わねば村人に合わせる顔がありませんので」
考えてみればここはメルロマルク国の近くにある農村だ。交通の便も良いのでここの領主をしているというのはそれだけ権力や威厳も必要となる。
俺が波で被害を最小限に抑えたのはリユート村の連中の目に入っている。悪名が響き、王様に睨まれても村人の為に苦渋の決断を背負わされた……にしては顔が明るい。
「……アナタの悪名が商売の障害にならないようにするための配慮です」
善意的に受け取ってくれている。だから俺は素直に感謝する。
「感謝する。使わせてもらう」
「いってらっしゃいませ」
「……ああ、行って来る」
「私達も勇者様の仕事の助けになるよう。色々とご協力させていただきます」
「自分達の生活に無理が出ない程度に頼む」
「はい!」
こうして俺達は何でも屋として旅立つことになるのだった。
手始めに行ったのが薬の販売。
品は少ないけれど相場より安めで売る。
目玉は治療薬と栄養剤だ。これだけは初級よりも高位の薬なのでそれなりに高値で売れる。
そして立ち寄った村で知っている薬草などを買い取り、移動中は薬に調合しておく。
基本的にフィーロの足が速いので一日の内に次の村に辿り着けるのだが、稀に野宿になるときもある。
そういう時は馬車を止めて、焚き火を起こして食事を取る。
「ごしゅじんさま! フィーロの隣! あいてるよ。一緒に寝ようよ!」
パンパンと自分の隣を魔物の姿で座って欲しいと懇願するフィーロ。
「お前の隣は暑いんだよ……」
どうもフィーロは俺と一緒に寝たがる。宿屋で魔物の姿になるなと命令したからか、野宿だと尚の事、ワガママを言う。
まあ、野宿なら迷惑を掛ける相手がいないから、時々なら良いのだけど……。
「フィーロは本当にナオフミ様が好きなんですね」
「うん! ラフタリアお姉ちゃんには負けないよ」
「なんでそうなるんですか!」
何か微妙に仲が悪いような良いような喧嘩をラフタリアとフィーロはする時がある。
フィーロなんて子供と一緒なんだから何をムキになっているというのだ。
あ、ラフタリアも実質子供だもんな。精神年齢では一緒か。
「はいはい。二人とも早く寝ような。交代になったら起こすぞー」
「あーまたフィーロをこども扱いするー!」
「そうです! 子供扱いしないでください」
「そうだなーラフタリアもフィーロも大人だよなー」
「絶対にそう思ってない!」
「うん! ごしゅじんさまヒドーイ!」
なんて馬鹿な会話をしつつ、俺達の行商は続いていく。
勇者達の噂
「ん?」
次の村までおおよそ一時間程の馬車内で作業をしていた俺は変な音に気がついた。
馬車の隣で、ゼェゼェと息を切らした声が聞こえる。顔を出すと何やら焦った表情で男は手提げ袋を片手に走っていた。
「何を急いでいるんだ?」
こういう時には好奇心を働かせるのが良い商談を持ち出す秘訣だ。
「おい、そこの奴、どうしたんだ?」
「早く、山向こうの村に戻らないと……」
「急いで山向こうの村に行きたいのか?」
何やら親が病で倒れて薬を買いに来ていた男が走っているのをフィーロが追い抜いたようだ。
「はい。一刻を争う状態でして」
ガタガタと揺れる馬車に並走して走る全力疾走の男の事情を聞く。
ふむ……山向こうなら距離的に平均相場銅貨50枚くらいか……。
「フィーロ、最高速で走ったら直ぐに到着するか?」
「うーんとね。馬車を引かずに走ったらもっと早くつくよ」
「分かった」
俺はラフタリアのほうに視線を向けると心を読み取ったのかラフタリアは頷いた。
「銀貨1枚で運んでやろうか?」
「え!?」
男は驚きの表情を浮かべる。
「ですが私には薬を買うだけで、もうお金が……」
「銀貨1枚相当の物でも良いぞ? 薬草とかを次に来た時に渡すでも良い。シラを切ったら許さんが」
「そ、それなら……」
「よし、話は決まった。フィーロ!」
「はーい!」
フィーロは馬車を急ブレーキさせて、道端に止め、後ろに回る。
俺はそのままフィーロの背中に乗り走らせて、男を追って、拾い上げた。
「うわぁ!」
驚く男をフィーロは両手で担ぎ、全速力を出す。
ラフタリアが馬車で手を振っている。
「出発だ!」
「おー!」
ドタドタドタ!
フィーロの本気の走りはふざけた体形でも変わらず、かなり速い。
平均的なフィロリアルの倍は出せる。
あっという間に山向こうの村にある、男の家にたどり着く。
「な、なんて速さだ……」
「それよりも早く親に薬を飲ますんだろ? 落とすなよ」
「は、はい!」
男は家に入る。俺はそれを追って中に入った。まだ報酬の話を終えて無いからな。
至って普通の農村の民家だ。
中に入ると、コホコホと咳き込む声が聞こえる。
「おふくろ、薬だ。我慢して飲んでくれ」
声の方に歩いて行くと、顔面蒼白の今にも死にそうな老婆に男は薬を飲ませようとしている。
何の薬か、今の俺の知る薬よりも効果が高そうではある。
ふむ……。
「おい。俺が飲まさせてやるから、お前はお湯でも沸かして精の付くものでも作ったらどうだ?」
「いいのですか?」
「何、行きがけのついでだ」
男から薬を受け取り、俺は老婆の背を持ちながら飲ませる。
……前に習得した薬効果上昇というスキルが上手く作動すれば良いのだが。
「ゴホ……ゴホ……」
老婆は俺が持つ薬をどうにか口に含み、飲み込む。
俺の視界に淡い光が生まれて散る。
どうやら効果があったらしい。
老婆の容態が目に見えてよくなっているように感じた。青かった顔色に赤みが宿り、咳も心なしか少なくなる。
「ゆっくりと休むといい。すぐにお前の家族が食べ物を持ってくる」
老婆は震える表情で俺を見上げ、そして横になる。
「さて」
俺は老婆のいる部屋を後にして男のいる台所に向う。
「あ、飲んでくれました?」
「ああ、容態も落ち着いたようだ」
俺の返答に男はホッと一安心したように肩を降ろす。
「後で来るから金は払えよ」
「はい」
俺は男の家から出て、待っていたフィーロにまたがり、馬車を置いておいた場所に戻った。
そして村に到着すると何やら男が何か緊迫した表情で出迎える。
「あの……」
「どうしたんだ?」
行商する品と頼まれた積荷を降ろしながら男に答える。
「おふくろの様子が目に見えてよくなっていたのですが、アナタは一体……」
「俺を知らないなら知る必要は無い」
知ったら悪名の方が頭に浮かぶだろう。そして変な疑いの視線を向けてくるに決まっている。
「せめて名前でも」
「答える義務は無い。薬が特別効いたんだろう。それより銀貨1枚かそれ相応の物をもってこい」
「は、はい!」
男は家中から物をひっくり返して、食べ物を出してきた。
「まあ、こんな所か。じゃあ、また会ったらよろしくな」
「はい! 本当にありがとうございました!」
男の顔が心なしか晴れやかだった。
ちなみに、再度、この村に来訪した時、この男の親である老婆はかなり元気な……元気すぎるババアになっていたのは余計な話か。
そうして俺は馬車に隠れて薬の調合と中級レシピの解読を進めた。
魔法書よりも解読がしやすそうな中級レシピの方が取り組みやすい。
やっと解読ができたのが治療薬だった時はかなり脱力したものだ。
思えば俺は今まで勉強を蔑ろにしていた。
ここ一ヶ月色々あって忘れていたが、もしも生きて弟に会えたら何か言ってやるのも良いかもしれない。
「ナオフミ様、ここでの販売は終わりましたよ」
村に到着したのが昼過ぎ、現在の時刻は夕方になっていた。
「次の村へ持っていく荷物や手紙は?」
「承っていますよ」
馬車を降りて、荷物を載せる。
見知らぬ行商に任せる荷物などタカが知れている。
盗まれても良い、安い物が多い。
それでも小銭は稼げるので問題は無い。
こんな感じで村から村、町から町へと行商をする。
治療薬を欲する奴には直接飲ませ、効果上昇を掛けてのプランを行った。
2週間位経った頃には、どうも珍しい魔物を連れた何でも屋として近隣では有名になり始めていた。
有名になるというのは信用を得るという事であり、馬車に乗り込む客も増えてくる。
結果的に金銭も少しずつ上昇傾向になってきた。
行商の旅の長所は何個かある。
まずは移動中に作った薬が売れる。
次に、移動中に出てくる魔物を倒して盾の種類が増える。まあ、大体がステータス上昇系なんだけど……。
旅を始めてわかった事だが、地方によって魔物の種類はガラリと変わる。
弱い魔物でも盾に吸わせる事で強くなる俺には、行商は結果的に正解だったと考えて良いだろう。
そして、様々な情報が耳に入ってくる。
今まで知らなかったが俺以外の勇者、元康、錬、樹がどの辺りを拠点に活動しているのかが推測できるようになった。
元康は城から南西地域を重点的に回っているようで、話によると飢饉で苦しんでいた村を、伝説に存在する作物の封印を解いて救ったとか聞く。大方、ゲームとかで知った知識を使っているのだろう。
錬は城から南東地域を拠点にしているらしいが、凶暴な魔物が生息する地域なら何処へでも行く傾向があるようだ。東の地で凶暴なドラゴンが暴れていたのを討伐したとか、様々な噂が流れてくる。
樹は……何がしたいのか良く分からないけど、メルロマルク国から来訪した冒険者として北方にある小さな国の悪政を布く支配者をレジスタンスと一緒に倒したとか噂が流れてくる。
ただ、樹だと特定する決定的な材料が欠けていて良く分からない。何か弓を持った冒険者が一番強かったとか……樹を連想させる様な、そんな曖昧な話しか聞かないのだ。
俺が異世界に来る前に読んだ四聖武器書と酷似した出来事が起こっているとも取れるが……。
まあ、そんな感じで馬車の旅は続いていく。
ここ2週間の成果として俺達のLvは。
俺 Lv34
ラフタリア Lv37
フィーロ Lv32
へと成長していた。
……魔物だからかフィーロの上がりが異常だ。
この頃になるとフィーロの身体的能力の上昇が顕著になり、馬車を両手(翼?)で引いていたフィーロが片手で欠伸交じりに引くようになった。
もちろん注意するのだが、本人曰く。
「馬車が軽すぎてやる気が落ちるのー」
だそうだ。まあ、良い。
盾はやはりステータスアップ系と耐性系が多い。
他の目立つ変化というと。
ツルハシの盾
能力解放済み……装備ボーナス、採掘技能1
水晶鉱石の盾
能力解放済み……装備ボーナス、細工技能1
だろうか。丁度、鉱山で栄えている町に着いた時に、道端に落ちていた折れたツルハシと、質が悪くて捨てられていた水晶鉱石を盾に吸わせて出た盾だ。
この二つ……金を稼ぐのには良さそうなスキルなのだろうけど、いまいち、踏み込むにはまだ情報が足りない。
落ちてた水晶鉱石を適当に磨いたらぶっ壊れてクズ石になったので、やっぱり何かレシピ的な物が必要なのだろうと思う。
そもそも、俺は薬屋から貰った中級レシピを読み解かねばならなかった。
さすがに2週間も経てば解読は終わる。元々3週間近くにらめっこしていたのだから分からないはずも無い。
解毒剤
除草剤
ヒール軟膏
治療薬(既に作れた)
栄養剤(既に作れた)
火薬
強酸水
魔力水
魂癒薬
殺虫剤
ここまで解読した所で本は終わった。これが中級の基礎で、薬の効果の上下は混ぜるもので変わるらしい。
なんともあやふやなものだが、あの薬屋がオマケしてくれた部位で平均的なレシピは理解している。
そこにまで至った所で俺は徐に薬の中級レシピ本を盾に吸わせた。
それで出た盾がこれだ。
ブックシールド
能力解放済み……装備ボーナス、魔力上昇(小)
うん。下手に薬の中級レシピが自然と出ると思って吸ったら危なかった。善意を無下にする所だった。
しかも、防御力が凄く低い。
でだ。話は中級レシピの解読が終わった翌日の事だった。
トレントという魔物が現れ、俺達は早速倒して盾に吸わせた。
トレントシールドの条件が解放されました。
ブルートレントシールドの条件が解放されました。
ブラックトレントシールドの条件が解放されました。
トレントシールド
能力未解放……装備ボーナス、植物鑑定2
ブルートレントシールド
能力未解放……装備ボーナス、中級調合レシピ1
ブラックトレントシールド
能力未解放……装備ボーナス、半人前調合
これは何のいじめだ。
解読が終わってから出るとか酷いだろ!
唯一の救いはヒール軟膏までだった所か。おそらく、前回がマッシュだったので植物系のモンスターがレシピの出る盾の材料なのだろう。
レシピ2と3が早急に出たら泣く。
解毒剤に除草剤、ヒール軟膏は知っている草から作れたけれど火薬から下は素材自体が何処にあるのか分からない。
薬屋の補足によると火薬は代用可能との事。だからパチパチ草とか言う燃えやすい草を代用して火薬は作ってみた。
やはり粉末のような……燃える灰みたいな物で、試しに小さな袋に纏めて爆弾にしてみた。
火を付けて敵に投げつけようとしたら。
バチンと痛みと共に足元に落としたときは焦った。まあ、爆弾と呼ぶにはお粗末な燃え上がる程度の灰だったけど。
攻撃には爆弾のような道具すらも使うことが許されていないのは、呆れを通り越して感心した。
強酸水はガラス製のビンに詰める、硫酸より酸性度が若干低い水のようだ。
これは薬草ではなく、この世界独自の鉱石を組み合わせて水を加えると出来る……らしい。まだ作っていないから一概に言えないけど、これを欲しがる奴はどうかしてる――ので盾用にだけ作るか考え中だ。
魔力水は飲むと急速に魔力が回復するアイテムだ。ただ、材料が希少で入手が難しい。
売っている薬草では高い。これを作るくらいなら売る方が良いかも知れない。
同様に魂癒水も同じでSPを回復させる効果がある。やはり希少で、揃えるのは難しい。
殺虫剤は簡単だった。虫除けの草同士を混ぜて固めるか水に溶かすだけ。
新しく作れるようになったアイテムで売れるのは解毒剤、ヒール軟膏、殺虫剤という所だ。
ただ……除草剤は少量の材料でずいぶん作れる所を見るに売る場所さえ考えれば良いかもしれない。
これも余ったのを少し盾に吸わせる。
アンチポイズンシールドの条件が解放されました。
グリホサートシールドの条件が解放されました。
メディシンシールドの条件が解放されました。
プラントファイアシールドの条件が解放されました。
キラーインセクトシールドαの条件が解放されました。
アンチポイズンシールド
能力未解放……装備ボーナス、防御力5
グリホサートシールド
能力未解放……装備ボーナス、植物系からの攻撃5%カット
メディシンシールド
能力未解放……装備ボーナス、薬効果範囲拡大(小)
プラントファイアシールド
能力未解放……装備ボーナス、火耐性(小)
キラーインセクトシールドα
能力未解放……装備ボーナス、昆虫系から攻撃3%カット
アンチポイズンシールドの本来の習得技能はおそらく、毒耐性(中)これはキメラヴァイパーシールドによって先に習得してしまった事による変化だと思う。
どうも習得している技能で重複する物は置き換わるようなのだ。
メディシンシールドはなんか範囲拡大と出ているが、これは何の範囲なのか不明だ。
一つの薬の効く範囲が増えるのか、それとも周りが薬の効果を受けることができるのか。
後者は幾らなんでも便利すぎるような気がする。
プラントファイアシールドに至っては大半の魔法すら無傷の俺に意味があるのか疑問。
グリホサートって何だ? 除草剤に使われる薬品名っぽいな。キラーインセクトシールドαは……たぶん、混ぜる薬草によってβとか種類が増えると予想する。
効果は敵の種類による攻撃のダメージカット。便利な能力だとは思う。
問題は魔法書の解読だ。
これはかなり困難を要する。
最近ではラフタリアはコツが分かって来たらしくて、それらしい現象を、まだ習得していないにも関わらず出来るようになっている。
光の玉がラフタリアの前に数秒だけ浮かぶのだ。
これは勇者の面目が潰れかねない。
だから、フィーロが変身の魔法を使えるので、ラフタリアが寝た後、尋ねてみた。
あれを魔法と呼ぶかは非常に難しいが、藁にも縋る気持ちで聞いたのだ。
「えっとねー。体の底から力をねーぎゅっと入れてバッと考えてね、なりたい自分にね、なるの」
うん。分からん。
考えてやっている訳ではないのが分かった。
後は書いてある文字を読み解けば使えるわけではないのが魔法のようだ。
俺は魔法の無い異世界から来た人間なんだから使えないと逃げる気持ちが湧いてくる。
それでも……俺は魔法を覚えねばならない。
魔法屋のおばちゃんの期待だけではなく、生きる為に。
波の戦いには基本的に不参加で問題は無いだろう。敵前逃亡なんてした日には何をされるか分かったもんじゃないので、近隣の村や町の守護が俺の仕事にピッタリだ。そうなると魔法が使えるのと使えないのとではいずれ差が出てくる。
水晶玉を買うと言う選択もあるけれど、安く覚えられるのなら本で覚えるに越したことは無い。
だから最近は馬車の中で魔法書を片手にうんうん唸っている。
ラフタリア曰く、書いてある文字に魔力を反応させ、魂に同調させるとかフィーロと同じく、体感的で難しい説明をされた。
フィーロよりは理解できそうなものだけど、魔力って何だよ? そんな感覚があるのか?
と、疑問が頭をぐるぐる回ってしょうがない。
まあ、こんな感じが2週間の成果だ。
命以外の全てを奪う
「いやぁ……神鳥の馬車に乗れるとは私も幸運でした」
「神鳥ですか?」
その日は次の町に行きたいという商人が馬車に乗せてくれと言ったので、乗せていた。
「ご存知ない? えっと、アナタが馬車の持ち主ですよね?」
商人は世間話をしていたラフタリアではなく、俺を指差す。
一応ラフタリアに馬車の主を装わして調合役のフリをしていたのだが。
「そうだが……」
「巷で有名になっていますよ。神の鳥が引く馬車が奇跡を振りまきながら各地で商売をしていると」
ゴトゴトと揺れる車内で俺はフィーロに視線を向ける。
ずいぶんと高く見られているんだな。本人はただの食いしん坊の甘えたがりなのに。
しかし、奇跡とは何の事を指しているのか良く分からん。
ん?
「クエエエエエエエエエエエ!」
そのフィーロが突然奇声を上げて爆走する。
「うわ!」
車内にいた俺とラフタリアと商人は転がらないように馬車の手すりにしがみ付く。
「―――ギャアアァァァァァ……」
「――ヤス様ああぁぁぁぁぁ……」
ガラララララララ!
車輪が音を立てていたので外の状況がよく聞こえない。
たまにこういう爆走をフィーロはするんだよなぁ。
行商を始めてもう4回目か。気まぐれな奴だ。
「俺達だけじゃないんだから気をつけろよ」
「はーい、じゃなくて……クエ!」
商人に聞かれない様に小声でやり取りする。
何だかんだで喋る魔物とは注目を浴びてしまうし、いらぬ厄介事を招きかねない。
……既に注目は浴びているような気もするけど。
商人の奴、俺の方を見てビックリしている。
「人語を解するとは聞きましたが凄いですね」
「俺もそう思う」
考えてみれば人の話を理解するのは良いとしても、喋れるとかどれだけハイスペックなんだ。
魔物の可能性の高さと見れば良いのだろう。そういう意味では凄く珍しいかもしれない。
「俺達は普通に薬の行商やこうして乗り馬車代わりの仕事を何でもこなしているだけなのだがな」
話を戻し、商人に答える。
「病で苦しむ人々を馬車に乗った聖人が特別な薬を飲ますだけで救ったと話題になっていますよ」
「へー……」
あれって、ちょっと高いけど、民間人でも手が届く治療薬なんだがな。
ちなみに症状にあわせて薬草を変える事も可能だ。
俺が最初に作った治療薬はその中でも万能タイプで質が低い。呼吸器系に若干効果が高い程度だ。
今は多種多彩な薬草が手に入っているので、用途に合わせて作っている。
熱病、肺病、消化器系、皮膚病と使う薬草によって効果が変わる。一応は治療薬の一括りで纏められているだけだ。
中級レシピの本にはその辺りは事細かに記載されていた。一応、盾で出た技能にも混ぜる薬草の種類によるアシストが表示される。
「ただの治療薬だぞ?」
俺は商人に商品箱から治療薬を見せる。
「これが奇跡の薬ですか」
商人は治療薬の蓋を外して匂いを嗅ぐ。
「確かに……昔服用した薬と同じ匂いがしますね」
「……わかるのか?」
こいつも薬屋なのか?
と、疑問に思い尋ねると商人は首を振る。
「いえ、ただなんとなくですよ」
分からないのかよ!
まあ、突っ込むのもどうかと思うし流すとしよう。
「で、お前は何の商人なんだ?」
「私は宝石商ですよ」
宝石というとアレだよな。この世界にもいるんだな。
大方貴族のアクセサリーとかを商売にしているという所か。
「宝石商ね……そんな金持ち御用達の商人が一人?」
金持ちの商人が商売をするのならそれ相応の護衛が必要だろう。なのに一人旅とは、ちょっと怪しい。
「痛い所を突きますね」
ハハハと軽く笑いながら商人は答える。
「ピンからキリまで居ますよ。厳密に言うのなら私はアクセサリー商とでも言うべきでしょうか」
「どこが違うんだ?」
「では私の商品を見てみますか?」
そういってアクセサリー商は自身の荷物袋を俺に見せてくれた。
中を見ると確かにブローチとかネックレスとかが入っている。他にブレスレットか。
しかし、使っている金属はどうも鉄や銅が目立つ。そして嵌っている宝石も……なんていうか、宝石と呼ぶには些か厳しそうな曇りがあった。
「今回は基本的に安物しかありません」
「はぁ……商売で失敗でもしたのか?」
「いえ、今回扱っているのが稼ぎの低い冒険者用のアクセサリーでして」
「へー……」
アクセサリー商の話によると、アクセサリーには魔法の付加を掛けて、能力を補佐する効果があるらしい。
「ちなみに1個どれくらいの金額で売れるんだ?」
「そうですねぇ……この、攻撃力増強の鉄製ブレスレット一つで銀貨30枚程度でしょうか」
う……結構高めだ。俺の薬は治療薬でもそこまで高く売れない。
「魔力付与すれば1個100枚は行くでしょうね」
「そうなのか」
「ええ」
ふむ……これは考える余地は必要だ。
薬の販売は現在、頭打ちにある。一応は完売に近い反響は得られるが薬草の買い取りも行っているので利益がそこまで出ない。
いちいち採取していては間に合わない状況になっている。
行商をする前なら良かったかもしれないが、採取して作るでは効率が悪い。
「そういうのは細工で作るで良いのか?」
「そうですねぇ……形を作るのは良いですが、私はこれから魔力付与を行いますので、そこまで含めれば細工でしょうかね」
……なるほど、アクセサリーの形を作り、魔法を付与させて始めて効果を発揮する訳か。
魔力付与……これが曲者だ。
嫌な響きでもある。なんていうのだろう。薬の調合にも時々混じる単語でもあるのだ。
魔力水と魂癒水の作り方にかなり入っている。
これは魔法が使えなければ作れない事を意味しているのだ。
「中々為になった。礼を言おう」
「いえいえ、こちらこそ」
「ごしゅじんさまー、なんか来るよ」
フィーロが若干緊迫した声を出して俺に注意して足を止める。
俺とラフタリアは急いで止まった馬車から外の様子を確認する。
すると森の奥深くから人影が現れた。
全員、それぞれ武器を持ち、善意的な歓迎とは反対の態度でこちらに向ってくる。
格好はかなり疎らだが、それぞれ鎧を着込み、野蛮そうだ。どうも山賊とかそういう類の連中に見える。
「盗賊だ!」
アクセサリー商が焦ったように叫ぶ。
「へへへ……お前等、金目の物を置いていきな」
なんとも常套句の台詞に半ば呆れる。
こういうのはアレだよな。無言で襲撃することに意味があるんじゃないか?
あ、フィーロが先に気付いたから、そのまま襲撃したのか。
勝てるとか舐めたこと考えているような顔に見えるし。
「知っているんだぞ! この馬車に宝石商が乗っていることくらい!」
盗賊の連中が俺達の方に怒鳴り散らす。
俺は馬車内でアクセサリー商に顔を向ける。
「高値で売れる代物は無いとか言ってなかったか?」
「はい……今回の売り物ではありませんが……」
恐る恐る、アクセサリー商は懐に手を入れて大事そうに押さえている。
「高額で取引されるアクセサリーがありましてね」
「なるほど……それが目当てか」
厄介な客を乗せてしまったもんだ。
「個人的理由と安物しか扱っていない商人なら襲われるはずも無いと護衛費をケチりまして」
「馬鹿かお前は、はぁ……」
溜息しか出ないな。
「後で迷惑料を請求するからな」
「……わかりました」
アクセサリー商は渋い顔をしながら頷く。
「ラフタリア、フィーロ、敵だ」
「はい!」
「うん!」
俺の指示にラフタリアは馬車から飛び出して臨戦態勢を取る。
アクセサリー商を引きずって俺も後を追う。
「絶対に俺から離れるなよ」
「は、はい!」
能力解放中の盾から戦闘用の盾に変化させる。
「あ、あなたは盾の?」
「ああ……」
神鳥の馬車の持ち主が悪名高い盾の勇者だと知って、アクセサリー商の奴は驚いている。
「なんだ? 俺達とやろうってのか」
「ああ、降りかかる火の粉は払わねばやっていけないのでね」
俺は盗賊を睨みつけながら答える。
今回の戦闘において重要なのは敵の目的を達成させないこと。
それはすなわち、アクセサリー商の所持する物を奪われないようにする。
「ラフタリア、フィーロ、やれるか?」
「ええ、やらねばやられます」
「丁度退屈だったの」
「そうか、じゃあ……ヤレ!」
俺の命令と同時に盗賊も武器を振りかざして襲い掛かってくる。
敵の数は見た感じで15人前後。それなりの人数だ。
「エアストシールド!」
走り抜けてくる敵にこれ見よがしに空中に盾を出す。そして俺は徐に次のスキルを発動させた。
「チェンジシールド!」
チェンジシールドはエアストシールドとシールドプリズンで出現している盾を俺の知る盾に変化させるスキルだ。
俺が指示したのはビーニードルシールド。
ビーニードルシールドの専用効果は針の盾(小)とハチの毒(麻痺)
「な、突然盾が! ガハ――」
走ってくる盗賊の一人の顔面が突然現れた盾にぶつかり、転び、痺れて痙攣する。上手く専用効果が作動してくれて助かった。
「シールドプリズン!」
「なんだこ――」
そして盾の檻で他の盗賊を一人拘束した。
それぞれ制限時間はある。チェンジシールドのクールタイムは30秒。連続で使用するのは厳しい。
けれど、数はそれだけ削れるので、効果は高い。
盗賊が3名ほど俺の目の前に来る。護衛の癖に盾しか持っていないバカとでも思ったのだろう。
俺は商人の前に立ち、攻撃に備える。
盾を構えた所に火花が散り、盗賊の攻撃は金属音と共に跳ね返される。どうやら俺の防御力を上回る攻撃力が無いらしい。
今装備している盾はキメラヴァイパーシールド。
専用効果は蛇の毒牙(中)とフック。
盾に施されている蛇の彫刻が動き出し、俺に攻撃を仕掛けた盗賊たちに噛み付く。蛇の毒牙は俺を攻撃した敵に反撃する毒の攻撃だ。
「グアアア!」
「く、この程度……ガハ!」
「き、きぶんが……」
蛇の毒牙はそのまま攻撃してきた相手を毒にする。耐性のある奴には効果が薄い。
毒の効果は高い、人間に効果があるか試していなかったけれど、威力はやはり高いようだ。決定打にならないのが致命的だが。
俺は盾からフックを指示。盾に施された蛇の装飾が盗賊を一人縛り上げる。
このフックという効果、攻撃能力は無いが射程範囲は2メートル、物を引っ掛けたり、崖を上るときに役立つ。
盗賊の動きが見る見る悪くなり倒れるものが出てくる。
「こ、こいつ、盾の勇者だ!」
盗賊の連中に緊張が走る。
曲がりなりにもこの国では有名である勇者と遭遇してしまったと言う事に今更気付いたのだろう。
しかし、今更遅い。しかもその戦慄は自分達の不利を招くことだと盗賊たちは即座に理解する。
「てえい!」
「えーい!」
ラフタリアが剣を使い、隙を見せた盗賊に斬りかかる。防具で受け止めはしたがラフタリアの斬りが強かったのか吹っ飛んで盗賊は頭を打ち付けて倒れた。
フィーロに至っては高速で動き回り、一人、また一人と強靭な足で蹴り飛ばして行く。その度に盗賊が元康のように5メートル……違う。20メートル飛んで転がる。
……あれは死んだんじゃないか?
あっという間に盗賊の数は減り、満足に立っているのは6名にまで減っていた。
「チッ! 撤退だ!」
「させるか!」
この盗賊のリーダーくさい奴をシールドプリズンで拘束、逃げる盗賊をフィーロに乗ったラフタリアが捕獲した。
思いのほか弱い連中で助かった。
というか……ラフタリアとフィーロがかなり倒してくれていた。
「さて」
俺は縛り上げた盗賊たちを見定める。
「コイツ等、何処かの町の自警団とかに出せば報奨金とか出るか?」
「今のご時勢そこまでお金を出しているか……」
ラフタリアが困った表情を浮かべて答える。
「お前は知ってるか?」
アクセサリー商に尋ねるが、やはり首を振る。
「だけど、やはり自警団に渡すべきかと」
「ふむ……そうなんだが……」
盗賊団のリーダーっぽい奴が俺を見てヘラヘラしている。
大方、考えているシナリオの想像がつく。
「『盾の勇者に襲われた。俺達はただの冒険者だ』か?」
リーダーの顔が不快に歪む。
「そうだ! なに、自警団の連中も悪名高い盾の勇者より俺達を信じるさ」
「ま、その可能性も確かにあるだろうなぁ……」
どうしてこうも俺の悪名は轟いているのやら……よくよく考えてみれば納得行かないよなぁ。
あのクソ王女とクソ王の所為で正しい行いをしても周りが信じてくれない。
はぁ……。
「しょうがない。死んでもらうか」
その選択を選ばないと思っていたのか、盗賊の連中……途端に表情を青くする。
中には必死に縄を解こうとしている奴も居るが、速攻でフィーロに蹴られて悶絶する。
「俺の危険な魔物に人間の味を覚えさせるのもいいなぁ……」
威圧を込めた声を出しながら、俺は盗賊団に呟く。
「ごはん?」
フィーロが涎を垂らしながら盗賊団を凝視する。
「ヒ、ヒィイイイイ!?」
「どうするかな」
「し、神鳥の馬車なんだろ! 奇跡を振りまくくせに人殺しをするのか!」
「別に自称した覚えは無い。降りかかる火の粉は払うのが当たり前だろ? 今まで他人の汁を啜ってきたんだ。今度はお前の番になったと思って諦めてくれ」
「い、命ばかりは助けてくれ!」
「じゃあ、金目の物と装備を寄越せ、お前等のアジトの場所も教えろ。いくらでも嘘を吐いていいぞ。ただし俺は騙されるのが死ぬ程嫌いだ。一度でも嘘を吐けば神鳥がお前等の四肢を一個一個引き千切って食べるからな」
震え上がる盗賊達に軽い感じで答える。
悪名高い盾の勇者だからか、非常に効果的だ。
「わ、わかった! 俺達のアジトの場所は――」
地図上で何処にあるかを確認した。
近いな。
「よし、交渉成立だ」
俺が手を下げるとフィーロが盗賊全員に失神するくらいの力を込めて一撃を加えた。
「とりあえず、金目の物を剥ぎ取れ、お? コイツ良い装備しているな、ラフタリア、お前の装備にするぞ」
「盗賊の身包みを剥ぐなんて……やってることが盗賊と変わらないですよ」
そう言うラフタリアは俺の指示に従ってテキパキと盗賊から装備を奪っていく。
「後は毒にさせた奴に解毒剤を飲ませて馬車に乗せろ。早くしろ、こいつらのアジトにも寄るからな」
「はーい!」
盗賊達のアジトが本当かを確認し、見張りをしていた奴等も同様の手口で身包みを剥ぐ。
そしてたんまりと溜め込んだ盗賊達の宝を馬車に詰め込んだ後、全員アジトに縛る。
宝の種類は豊富だ。
単純に金、食料、酒、武器防具、貴金属、ヒール丸薬などの安い薬、などなど。
想像よりも随分と持っていたので思い掛けない臨時収入だ。
もしかするとこいつ等、ここ等辺を荒らしていた盗賊団かもしれないな。
「なんて……したたかさだ」
アクセサリー商の奴、今までの出来事に半ば放心して、俺を見つめていた。
「で、お前はどれくらい迷惑料を払うんだ?」
俺の問いにアクセサリー商の奴、我に返る。
「銀貨数枚なら……」
一応、脅しを掛ける。
お前の所為でこんな面倒な事になっているのだ。その程度で済んだら苦労しない。
品物のアクセサリー一個を譲り受けるという条件で了承した。
「……盗賊に襲われてもタダじゃ転ばないその精神……感銘を受けました」
何か感激されている。アクセサリー商の奴、先ほどより俺を見る目が熱い。
嘘を言ってない気がした。
「良いでしょう。私が秘蔵にしていた細工と魔力付与。そして流通ルートを斡旋させていただきます」
「……些か多くないか? それ」
幾らなんでも報酬が大きすぎる。逆に怪しいな。
アクセサリー一個を奪われた腹いせに騙している可能性が高い。
「いえいえ、昨今、アナタのような貪欲でタダでは転ばない商人が少なくなっているのです」
「欲が深い連中は幾らでも湧くんじゃないか?」
「意味が違いますよ。誰かから利益を搾り取り、使い捨てるのではなく、生かしながら絞るという塩梅を見極めている者が必要なのです」
「使い捨てるねぇ……」
俺から搾り取られて縛られている盗賊達に目をやる。
羽振りが良かったのか衣類も良い物を着ていたので装備も含め全部奪ったんだが……。
自業自得とはいえ、すべてを奪われた奴の末路って感じだ。
「あれでか?」
「彼らは私とアナタから金銭と命を奪い取ろうとしました。ですがアナタは妥協し、生かして身包みを剥ぐだけで抑えたじゃないですか。命あってのモノダネ、殺されるのが自然です。アナタの身分と比べれば彼等には最高の結果でしょう」
まあ、俺は悪名が轟いているので、自警団が盗賊の証言を信じる可能性は十分にある。信じない可能性もあるけど。
「彼らは全財産で自らの命をアナタから買ったのです」
「そういう表現も出来るが……」
「そして……アナタに復讐しようと財産を増やした彼等から、アナタはまた搾り取る!」
アクセサリー商が残忍に笑っている。
なんだコイツ!? とてもおぞましい奴に見えてきたぞ!
「ま、まあ、次の町で降ろしてやるから」
「いえ、色々と教えます。それまでは降りませんからね」
このアクセサリー商、俺に何を教え込むつもりだ!
アクセサリー商が妙にやる気なのが不安だが……。
ともあれ、こうして盗賊から奪った宝で懐を温めた俺達の行商は続いていく。
どうでも良い補足かもしれないが、アクセサリー商が乗っている情報を盗賊に売った商人組合員がいたそうなのだが、後に粛清されたらしい。
更に奴隷商へ売るという案もありました。
魔法習得
あれから俺達の行商に何故かアクセサリー商が同行していた。
乗車賃はもらっているので文句は言わないが、こいつの行動理由がわからない。
どうにも盗賊の一件で偉く俺を気に入ったのか、アクセサリー商の奴、自身の身分を明かして、降りるまでずっと俺にレクチャーするとか言い出した。
何でも、この辺りを荒らしている行商の顔を覚え、釘を刺すために乗り込んだのが目的だったらしい。商人組合の刺客って奴だ。
それが俺の資質を見出し、磨きたくなったとか……。
しかも組合内でかなり権力を持っているアクセサリー商で、表面上は優しいけど、弟子とかに教えるような事をする人じゃないと有名だったと、後に知り合った商人仲間に愚痴られた。
教えられた内容は、まずは宝石等の付与に使う物の調達、これはこのアクセサリー商の知り合いが居る採掘場を斡旋してくれた。
次に貴金属をアクセサリーに加工する作業。色々と凝ったデザインが今は受けるらしい。絵は俺自身がオタクだから多少心得があるので、なんとなくそれっぽいのを作ったら気に入られた。
そして加工するための道具を安く売ってくれた。
この世界にしか無い魔法道具で燃料は石炭に似た魔法石という物だ。
やはり盾が反応しているけれど、原価はかなり高いので吸わせるわけにはいかない。
俺の世界で言う、研磨機という奴やバーナーみたいなのが数点ある。これを使ってアクセサリーを作る。
鉄とかの硬い金属の加工は製鉄所に金型を作って持っていくのが当たり前なのだとか。まあ、ここまで来ると細工技能のお陰で補正が発動する。
そして本題はこれからだ。
魔力付与という作業。
これはやはり魔法が使えなければいけない。
俺が魔法を使えず魔法書片手に唸っているとアクセサリー商が話しかけてくる。
「勇者様は魔法が使えないので?」
「ああ、配下の奴からは魔力を同調させると言われたのだが、その魔力というのがよくわからなくてな」
「ああ、なるほど……そういうことでしたか」
アクセサリー商は、何やら懐から透明で小さな破片を出し、俺に持たせた。
「なんだこれは?」
「とある珍しい鉱石の欠片です。高いんですよ」
「へー……」
「文字は読めるのですよね」
「一応……簡単な奴なら」
一ヶ月近くこの世界の文字に触れ、真面目に取り組んでいれば覚えてくる。
まだ難しい言い回しとかは読めないけれど、簡単な物なら読める様になった。
「なら後は魔法の習得だけです。魔力を感じ取れれば十分です」
うーむ……中々難しい事を言う。
そう思いながら、俺は渡された欠片を手で転がす。
ぼんやりと欠片が輝きだした。
それは……なんていうのだろう。今まで知らなかった俺自身にある、もう一つの手が動き出すかのような感覚とでも言うのだろうか。
今までそんな器官があって、それを知らずに居たというのを今まさに突きつけられたかのような、そんな感覚。
飛ぶことを知らなかった鳥が始めて羽ばたきを知ったような……。
「なんか、変な感じだ」
「本当はそんな物は無くても魔力を感じる事が出来るのですが、アナタはそれを知らずに育ったようで、ですから試しと思って見ましたが成功のようですね」
「……そうなのか」
俺は魔法書に書かれている解読済みの概念を開きながら暗唱する。
魔力というもう一つの腕を自身の腕にあわせて、意識した。
文字が輝きだす。これは俺にしか読めない俺自身に刻まれる魔法。
『力の根源たる盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を守れ!』
「ファストガード!」
ターゲットマークが視界に浮かぶ。試しに自分を選んでみた。
淡い輝きが俺に宿った。
ステータスをチェックするとその分が上昇している。
「おお……」
「どうやら習得できたようですね。では魔力付与を教えますよ」
アクセサリー商の奴、俺の感動を横に流してレクチャーを始めた。
せっかく覚えたのにあっさり流されるのというのはなんだかな……。
で、アクセサリー商に教えられるまま、俺は魔力付与を覚えた。
加工した宝石に魔力を与え、宝石に備わっている力の方向性を制御する物だ。
最初は手間取ったが魔法が使える様になった今、盾からの補正もあって数回である程度の物ができる様になった。
難しいものとなると、別の宝石の力を混合させたり、別の、例えば薬から魔力を吸い出して付与する事だって出来るらしい。
「まあ、基本はこんな所でしょう。では後は自力で覚え、商売の役に立ててください」
そう言ってアクセサリー商は馬車を降りていった。
こうして俺は薬の調合以外に細工技術も覚えることが出来たのだった。
細工用の鉱石が必要になったので、斡旋された採掘場のある町にたどり着いた。
「へー……あの方の紹介ですか」
炭鉱夫みたいな体つきの良い男が怪しむ様に俺を見ているが、アクセサリー商の紹介状を見せると驚きながら聞いてきた。
「確かに、あの方の証文がありますね。あのお金に厳しい方の紹介とは……」
「どういう意味だ?」
話によるとアクセサリー商は非常にケチで知られる商人なのだそうだ。
炭鉱夫はそんなケチからの紹介状を持ってやって来た俺を怪しんだらしいが、本物を見て驚いた、という話だ。
「あの方の紹介ですからいいですよ。幾らで買いますか? 紹介状もありますし、融通しますが」
「あのさ、俺にも掘らせてくれないか? それなら、もっと安く出来るだろ?」
「え? あ、まあ……それなら殆どタダでお譲りできますが……」
採掘技能に興味があったんだよな。
俺はラフタリアとフィーロに商売を任せて、採掘場のある洞窟にツルハシを持って入った。
カンカンとツルハシで叩く音が洞窟内で木霊している。正直、騒がしいな。
何か空気が篭って暑苦しい。
ただ、やはり異世界なのだろう。壁に水晶が露出していて淡い光を放っている。
「この洞窟内なら余程の事が無い限り安全なので、何処を掘っても問題はありませんが、崩落の危険性はゼロではないので注意してください」
そうだろうなぁ。
炭鉱夫の言葉から何個かある洞窟の中で、頑丈な場所を案内してくれたのだろう。
徐に俺はツルハシを振り上げる。
すると壁が十字に輝くポイントが浮かび上がる。
なんだ? ここに突き立てれば良いのか?
「てい!」
勢いをつけて、俺はツルハシを振るった。
ガツンという音と共に壁にヒビが入る。
その亀裂がメキメキと広がって崩れた。
「おわ!」
凄く脆いなぁこの壁。
「は?」
炭鉱夫の奴、俺の方を見て惚けている。
「あの固い岩盤を一振り……?」
……固いのか?
採掘技能のお陰か、一振りするごとに壁が崩れ、あっという間に宝石の原石がごろごろと出てくる。
ただ、やはり技能のLvが低い所為か幾ら打っても掘れない壁がある。
「じゃあこれだけ貰っていくぞ」
「は、はい」
宝石の原石を袋に詰めて足早に採掘場を後にした。
ちなみに採掘場の近くならクワで畑を掘るかのように耕しても宝石の原石が採掘できた。
案外、この辺りは出やすい傾向があるようだ。
問題は地表近くの原石は魔力的には質が悪い傾向があるようだけど。
俺の世界の知識によると、宝石掘りで有名な場所では、畑で掘るかのようにごろごろと宝石が取れたらしい。
この辺りは異世界だからだろう。質の良い宝石は地中深くに埋まっているそうだ。
ルビーブレスレットが出来ました!
品質 良い→高品質
試しに作ってみた所、元々の質が良いので、かなりの一品が作れるようだ。
魔力付与もついでに行ってみる。
ルビーブレスレット(火耐性+)
品質 高品質→普通
う……魔力付与で品質が随分下がった。
こんな感じで装飾品にも手を出し、俺の行商の旅は進んでいく。
ちなみに馬車の中でアクセサリー作りをするのはかなり難しく、夜の休息前くらいにしか作れない。
しかも……原石にしろ完成品にしろ、盾に吸わせてもツリーとLvが足りなくて変化できやしない。
売る専門だな。
ちなみに先ほどのブレスレットは製作日数2日で銀貨80枚で売れた。土台の腕輪を作るのに時間が掛かる。
この世界での宝石の価値って、俺の世界より低いみたいだ。
どれだけ流行に乗った斬新なデザインかに値打ちがあるとか。些か矛盾した題材だ。
なんでも今はそういうブームらしい。異世界でも流行って奴があるみたいだ。
というか、高価な宝石はどうも俺の知らない宝石らしい。
しかし……制作に掛かる日数を考えると微妙なラインだな。
とはいえ、大分金も稼げている。そろそろ本格的に装備の新調をするのも悪くはない。
鉄鉱石の盾の条件が解放されました。
銅鉱石の盾の条件が解放されました。
銀鉱石の盾の条件が解放されました。
鉛鉱石の盾の条件が解放されました。
鉄鉱石の盾
能力未解放……装備ボーナス、製錬技能2
銅鉱石の盾
能力未解放……装備ボーナス、製錬技能1
銀鉱石の盾
能力未解放……装備ボーナス、悪魔系からの攻撃2%カット
鉛鉱石の盾
能力未解放……装備ボーナス、防御力1
武器屋の親父に任せておけば良いだろって技能が出てくる。何でもやれば良いって物じゃない。
鉛鉱石の盾は何かが置き換わっているようだ。
この技能は使わないだろうな。
そんな感じで行商の日々を続けていたある日。
丁度、南方の街へ寄った時の事。
とある信頼できる筋……アクセサリー商からの斡旋で、除草剤を大量に欲している地方があるという情報を耳に入れた。
なんでも速度からして間に合うのは神鳥……フィーロ位なものらしい。
死の商人ではないが大金が手に入るならと、俺達は南西にあるという村へ急行した。
封印された理由
大量の除草剤を欲していると聞き、急いでその村へ向かった俺達だが……。
フィーロの足が早い事もあり数日で該当の地域に近付いていた。
「ごしゅじんさまー」
「どうした?」
「えっとねー植物が凄いのー」
「はぁ?」
ラフタリアと一緒に馬車の外を見る。
すると道を埋め尽くさんと蔓のような植物が蠢いていた。
「な、なんだぁ!?」
進行は遅いが少しずつ、確実に植物の支配領域は増えて行っている。
「村は……」
辺りを確認すると難民キャンプみたいに人が寄り集まっている所を発見した。
「フィーロ、あそこへ行け」
「うん」
俺達はキャンプをしている所に辿り着き、行商を始める。
「さて、どれくらいで除草剤を売るか」
きっとあの侵食する蔓を駆除する為に欲しているんだろう。
なるほど、あれならアクセサリー商が大金になると断言したのも頷ける。
はてさて、どれ位の金額になるか。
「もしかしたら、専門の買取業者がいるかもしれませんよ」
「そうだな」
馬車から降りて、事情を尋ねる。
ちなみに盾はブックシールドに変えている。そして腕の裏側に回して本を持っている行商人の振りをしている。
目立つ盾が無ければ盾の勇者だと気付かれないからだ。
「除草剤を高く買い取ってくれると聞いてやってきた者だが」
キャンプの中で偉そうな装飾をしている人に尋ねる。
「おお……行商の方ですか。助かります」
待っていたとばかりに答えられる。
「しかし、一体どうしたんだこれは?」
俺は植物が侵食する大地の方を見ながら呟く。
「その……私達の村は飢饉だったのです」
ああ、そういえばそんな噂があったな。
でもあれば元康が解決したんじゃなかったのか?
「ですが槍の勇者様の来訪によって古に封印された奇跡の種を入手し、飢饉は解消されたのですが……」
「まさかその奇跡の種が?」
俺は侵食する蔓の方を見る。よく見ると様々な果物や野菜が蔓から生えていた。
このキャンプの連中も食料には困っていないようで、炊き出しとかは行われていない。根っこからは芋が取れるようで、農民が侵食する蔓の方へ行って、土を掘っている。
つまり、植物から食べ物は得られるが繁殖のし過ぎで自分達の住処を追われたという事か……。
馬鹿じゃないのか?
よくよく考えてみれば封印されているにはそれ相応の理由があるよな。問題が無ければ残っているはずだし。
元康の奴、何を思ってこんな真似をしたんだ。
「しかも外周はまだ問題が無いのですが、村の方へ行きますと植物が魔物化しておりまして」
変異性の植物って奴か。
馬鹿じゃないのか?
なんで俺がこの短時間にこんな気分にならなくてはいけない。
本当、あいつは俺を不快にする天才だな。
「だから除草剤が欲しいと?」
「はい」
農民とかなら植物の駆除方法とかを熟知していそうなものだが……。
「最初は豊かでみんな喜んでいたんです。ですけど、畑から家にまで生えてきて……がんばって村中で刈り取っていたのですが、それも追いつかなくなり……」
「ちなみに……何時からだ?」
「勇者様が去った後、2週間は問題なかったのです。ですが半月ほど前から……」
「へぇ。国には申告したのか?」
「はい。ですがお忙しい勇者様が来るのにもうしばらく掛かる様で、除草剤でこれ以上の侵食を抑えている状況です」
はぁ……思わず溜息が出る。
「火で焼き払えば良いのではないですか?」
「考えうる全てを試したのですが……」
「ああ、既にやったわけね」
おそらく、冒険者にも駆除を頼んでいたのだろう。
周りを見ると村人ではない、武器などを持った連中も見かける。
「うわぁああああああああああああ!」
村のある方向から叫び声が聞こえてくる。
「なんだ!?」
「冒険者がLv上げに行くと止めたのにも関わらず入って行きましたので、その声かと」
半ば諦めたかのように村人は答える。
「チッ! フィーロ!」
「はーい!」
俺は村の方を指差すと、植物から実った食べ物を頬張っていたフィーロが走り出す。
植物地帯を高速で駆け抜けて、フィーロは三人のボロボロの冒険者を担いで持ってくる。
「村のほうはどうだった?」
「えっとね。植物の魔物がぐねぐねと動いてたよ。毒とか酸とか吐いてくる面白いのもいたの。弱いのにあんな所へ行くなんてバカだねー」
「最後の一言は余計だ」
「はーい!」
フィーロが流暢に喋るので村人は驚いている。
「あ、アナタは最近噂になっている神鳥の馬車に乗る聖人様ですか?」
今更になって村人は俺に手を合わせて尋ねる。
「まあ……聖人かどうかは知らんが、馬車と鳥の持ち主だな」
「お願いします! どうか、私達をお救いください! ここには植物に侵食された者もいるのです!」
「寄生能力まで持っているのかよ……」
俺は治療薬と除草剤を片手に案内されたテントに入る。
するとそこには体の半分が植物になっている人が数名、横になっていた。
「治るかわからないからな。後、俺は慈善家じゃないから治療費は寄越せよ」
「はい……」
人々がそれぞれ、槍の勇者が来なければこんなことには……と、小さく嘆く声が聞こえ、若干気分が良い。
とりあえず、一番近くに居た息苦しそうに寝ている子供に近づき、治療薬を飲ませる。
淡い光が宿り、子供の呼吸が大人しくなる。そして除草剤を患部に撒いた。
子供はしばらく苦しんだが、植物が枯れて、ハラハラと落ち、見た感じ全快した。
「おお……」
「さすが聖人様だ」
感嘆の声が漏れる。
続けて、他の患者にも同様に治療薬を飲ませて、除草剤を撒く。
全員の治療が終わった所で、何故かキャンプ中の雰囲気が明るくなっている。
まあ、多少なりとも改善の兆しがあれば明るくもなるか。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
人々が俺に礼を述べる。
「まずは治療費だ」
俺は相場より若干高めの金銭を要求する。
ここはアレだ。既に国に救助要求しているのなら他の勇者と出遭う危険性が高まる。
そうなれば俺の正体が判明してコイツ等の態度が悪くなる可能性が高い。
村の連中は笑顔で俺に金を渡す。
「さて、じゃあ後は除草剤を売るから買ってくれ、そしたら、もうここには用が無い」
「あの……聖人様、どうかこの村を救って頂けないでしょうか?」
「ああ!? 国の勇者に頼むんだろ?」
「その……」
う……なんか村人の奴、全員が集まって俺に祈るように懇願してきやがる。
俺は何でも出来るような人間じゃない。ましてや義理も無い。
「断る」
「お願いします。お金ならどうにか工面するので」
「……先払いだぞ、後……何があっても後から不満は聞かないからな。他に槍の勇者が解いた封印の概要とかを知ってる範囲で答えろ」
俺の返答に村人の連中は自らの懐から寄付を募り、財産を集める。その間に俺は情報を最大限集めた。
話によると近くの遺跡に封印されていた植物の種子で、堅牢な守護者が守っていたらしい。
そんな守護者が守っていた種なら何か問題があったのではないかとか疑わなかったのか?
とてつもなくツッコミたい衝動に駆られたがどうにか我慢した。
で、槍の勇者……元康からの話はそれ以外無かったそうだ。
村人の調査によると、大昔にこの辺りを根城にしていた錬金術師が作った傑作の一つだったのだけど、封印された物だと言う。
記述では一時期、この近隣が植物によって支配されていたとか……。
「そんな伝承があるのなら封印を解くなよ! 誰も気付かなかったのか?」
皆一斉に視線を逸らした。
勇者が持ってきたから安全な物とでも思っていたのだろう。
これ以外の情報は見つかっていないらしい。
で、しばらく話していると寄付金が集まった。
……結構な金額だ。
先払いなら、俺の正体を知っても逃げ切れるな。
「分かった。じゃあやってみるとするか」
そして盾を戦闘用であるキメラヴァイパーシールドに変化させる。
「た、盾の勇者!?」
村人の奴等の声を無視して蔓の中を進む。俺の後をラフタリアとフィーロが付き従う。
受け取った金のたっぷり入った袋を腰に下げて、植物が侵食する大地に歩いて行く。
侵食植物
「ラフタリア、フィーロ、気を付けろよ」
さて、今回の敵は植物と来たものだ。
普段、薬草とかに良く触れる俺からしても目の前にある植物は異色だ。
蔓からは様々な果実が実っていて、根には芋が出来る。
それだけではなく、人体に寄生する能力を持ち、酸や毒を吐くそうだ。
効果がありそうなのは除草剤か……物理的に倒せば効果があるのか分からないな。
しばらく進むと蔓が蠢き、俺達に襲い掛かってきた。
「ハァ!」
「やあ!」
ラフタリアとフィーロが蔓をなぎ払う。
周り中の蔓が俺たちに向って来る。
一応……魔法を使うか。
『力の根源たる盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を守れ!』
「ファストガード!」
ラフタリアとフィーロに防御魔法を掛ける。
効果は対象の防御力を%でアップさせる。元々防御力の高い俺に使うと効果が高い補助魔法だ。
「ナオフミ様、ありがとうございます」
「ありがとーう」
二人は俺に礼を言うと各々、襲い掛かる蔓に攻撃を続行した。
まあ、このまま進んでいくのは良いけれど、どうすればこの植物を除去出来る事やら。
アレだよな。強力な魔法で焼き飛ばすとか、専用の薬、魔法が無ければ抑えられないとなると今は撤退しかない。
だけど、とにかくここの敵を殲滅していくのも一応は手だ。
村のほうに居る魔物に何かしらのヒントが隠されている可能性は高い。
伝承の類に駆除をどう行ったか明らかにされていないので、具体的な方法は見つかっていない。
ならば正攻法で攻めて、無理なら何かしら別の手を考えるしか無いだろう。
蔓の攻撃は、俺の防御力を突破する事は出来ないようで、進みを妨害することは出来ていない。
「とりあえず、調査するために進むぞ!」
「はい!」
「はーい!」
俺は走り出し、村にある植物の根元であろう中枢部に進む。
そこには植物型の魔物が溢れかえっていた。
敵の強さは俺を始め、ラフタリアやフィーロで処理できる程度。
ただ、ラフタリアとフィーロには防御面で不安が残る。
「えっと……」
魔物の名前はバイオプラント、プラントリウェ、マンドラゴラ。
バイオプラントはこの植物の全ての総称で、プラントリウェは蔓で構築された人型の魔物。マンドラゴラはウツボカズラのような非移動型の魔物のようだ。
フィーロの言っていた毒を吐くのはプラントリウェで頭に位置する大きな花から毒の花粉をばら撒く。
次にマンドラゴラは蔓から酸性の溶解液を吹きかけ、弱らせた獲物を蔓で本体まで引き寄せて捕食するようだ。
バイオプラントはこの二種の魔物を生産している大本の魔物だ。時折、膨れ上がった蔓が弾けて中からこの二種の魔物が出てくる。
試しに除草剤を撒くと会心の一撃でも受けたかのように枯れる。
盾の攻撃判定に違約しないらしい。
まあ、感覚で言えば魔物というより凶暴な植物でしかないからか……。
どういう基準なんだろうか?
あれか、アンデットモンスターに聖水や回復魔法を掛けるみたいな、本来の用途と違うからだろうか。
あるいは寄生状態を回復させる薬だから、とも考えられるが……。
わからん。
考えを広げてみると病原体はウィルスだから、ウィルスに効果のある治療薬を使えるのに似ているのかもしれない。
「どうしたものかな」
ガンガンと俺に無意味な攻撃を蔓やプラントリウェは続けている。
敵の攻撃に意味は無いが、毒の花粉の所為で若干息苦しい。
酸も厄介だ。どうも防御力低下の効果があるようで、ステータスを見るとかなりの低下が起こっている。
それでも突破できないのは良いのだけど。蛇の毒牙(中)がまったく効果を発揮しない。
当たり前か。敵も毒を使うし、植物だ。
「ラフタリア」
「ゲホ……! なんですか?」
空気が悪いからかラフタリアの奴、若干咽ている。
完治したとはいえ、ラフタリアは以前呼吸器系を痛めているから弱いのかもしれない。
「一応、お前も除草剤を持っていろ」
「あ、はい!」
俺は除草剤をラフタリアに投げ渡す。いざという時に使わせるとしよう。
……よくよく考えれば蠢く蔓。エロゲとかならヒロインが蹂躙されそうな題材だ。
「ナオフミ様?」
ラフタリア辺りは捕まって犯されるとかそういうのが起こりそうな魔物だよな。
「なんか失礼なことを考えていますね」
ピュルルと蔓がラフタリアに絡みつくけど、平然とラフタリアは引きちぎる。
思いのほか耐久力は無いらしい。
「ナオフミ様? 早く行きますよ!」
「お、おう」
先に進んでいくと、村の中心に大木があった。
いや、よく見ると木ではなく、大きな蔓の集合体だ。
「あれが本体……だといいなぁ」
と、思って集合体に近づくと集合体の幹から巨大な目のような器官が俺達を凝視する。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
不気味だな。
だけどあれが本体っぽい。
「ごしゅじんさまーフィーロいくねー!」
フィーロが駆け出して本体の目玉に跳躍する。しかし途中で巨大な蔓が襲い掛かる。
「えい!」
ゲシっとフィーロは強靭な足で蔓を蹴り飛ばしてそのまま飛び上がる……しかし悲しいかな、距離が足りない。
「ごしゅじんさまー」
「分かってる! エアストシールド!」
俺は落下するフィーロの足元にエアストシールドを出し、足場として使わせる。
盾の上に一度着地したフィーロはもう一度飛び上がって、目玉の目の前に到達した。
「てい!」
ビチャ! っと音を立てて、目玉がフィーロの蹴りで消し飛ぶ。
う……かなりグロイ。
「!!!!!!!!!!!!!!」
蔓がメチャクチャ暴れだして大地が揺らぐ。
やはり目玉を破壊した程度で倒せはしないか。
うーむ……どうしたものか。
「倒れないねー」
「そうだな」
目玉がシュウシュウと音を立てて再生していく。
その最中……ふと、目玉の中に植物の種のような何かが見えた。
「ラフタリア、フィーロ。あの本体っぽい目玉の中に何かがある。そこに渡した除草剤を流し込んでみてくれ」
クールタイムは終了している。次のエアストシールドは放てる。ちなみに俺にはプラントリウェとマンドラゴラが総出で攻撃していたりする。上から無限に思えるほど降ってくるんだ。
「分かりました!」
「りょうかーい!」
ラフタリアはフィーロの背中に乗り、再生中の目玉に向って跳躍する。
目玉は脅威を悟ったのか、何本もの蔓が二人に向って雨のように降り注いだ。
「シールドプリズン!」
咄嗟に二人を守る盾の檻を出現させる。
空中に存在する盾の檻、その中なら攻撃を凌げる。
効果時間は15秒だ。
その間に降りかかる蔓は全てプリズンで跳ね返せる。
ゲ……蔓がプリズンを取り囲む。
15秒経過し、プリズンが消える。その瞬間に俺はフィーロの足場になるエアストシールドを展開させる。
「てえい!」
足場に乗ったフィーロに群がる蔓をラフタリアが剣で一閃する。
見事に蔓は切断され、フィーロの二段目の跳躍は成功。
徐に二撃目の蹴りを目玉に加える。
「!?????」
目玉の奴、修復中だった部分に追撃を受けて動きが一瞬止まった。
その隙を突いて、目玉の中にあった種っぽい部分にラフタリアが除草剤を振り掛ける。
「!!!!?????」
凄い声とも音とも言い得ない振動が辺りに響き渡り、バイオプラントの動きがピタリと止まる。
「やったか?」
自分でも死亡フラグな気もするが、別に俺は攻撃を受けても痛くもかゆくもないので問題ない。
しかし、それだけでバイオプラントは、また動き出した。
「すいません。上手く撒けなかったようです」
「いや、ちゃんと掛かっていた。どうやら薬としての効果が枯らすに至らなかったのだろう」
となると打つ手が無いなぁ……。
と、考えた所で閃く。
俺には薬効果上昇の技能がある。さっきだってその技能で人を助けた訳だし。
という事は俺が使ったらどうなるんだ?
「じゃあ次は俺が使ってみるとしよう」
除草剤を片手に群がる敵を無視して歩く。
最近、気付いたのだけど、俺の防御力は力にも範囲が及んでいるらしく、大量に敵にしがみ付かれても進める。
ただ、攻撃となるとてんで効果を発揮しないようだ。
だから大量の魔物を抱えても全く問題なく歩ける。
で、先ほどのバイオプラントの根元に辿り着いた。
「本当ならフィーロに乗って患部に撒いた方が効果が高いのだろうけど」
俺は根元に除草剤を何個も撒く。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!???????????」
先ほどよりバイオプラントの動きが強まる。まるで断末魔かの様な振動だ。
そしてバイオプラントは目玉の部分から茶色に染まり、枯れていく。
スーッと音を立てているかのように、全てが枯れ始めた。
バキバキと音を立て、バイオプラント本体が崩れ落ち、俺達は急いで避難する。
「おお……」
見れば他の魔物も全てが茶色に染まっている。実った果実以外の全てが茶色一色になり、辺りで動いているのは俺達だけになった。
そして……バイオプラントが聳え立っていた場所に光り輝く種が降り注ぐ。
……あれ、放置していたらやばそうだなぁ……。
「一応、掃除だな。盾にも吸わせられるかもしれない。集めておくぞ」
「はい」
「ごっはん!」
種などを集めている俺達を他所に、フィーロは残った果実と芋を頬張っていた。
品種改良
「こんなもんか?」
「はい、後は村の方に頼めば良いかと」
奇跡の種……もとい元康の失敗であるバイオプラントを討伐した俺達は種子などを集めていた。
拳大の光る種を集め、ついでに盾に枯れた植物を吸わせてみた。
バイオプラントシールドの条件が解放されました!
プラントリウェシールドの条件が解放されました!
マンドラゴラシールドの条件が解放されました!
バイオプラントシールド
能力未解放……装備ボーナス、植物改造
専用効果 フック
プラントリウェシールド
能力未解放……装備ボーナス、中級調合レシピ2
マンドラゴラシールド
能力未解放……装備ボーナス、植物解析
植物系の盾から繋がるツリーで出てきた。他にも開くようだけどツリーが足りない。
「植物改造?」
俺はバイオプラントシールドに変えて植物改造とは何なのかを実験する。
視界に魔力付与を行いたい植物の種に使用してくださいとアイコンが表れる。
とりあえず、先ほど拾ったバイオプラントの種に魔力付与をしてみる。
ふわりと種が空中に浮かぶ。
繁殖力 9
生産力 9
生命力 9
免疫力 4
知能 1
成長力 9
変異性 9
特殊能力
なんだろうか。
とりあえず下げてみる。
ピピピと音を立てて数字が低下する。
試しに他の項目も下げて、一つの項目だけを伸ばしてみた。
繁殖力 1
生産力 1
生命力 1
免疫力 1
知能 1
成長力 43
変異性 1
特殊能力
うーむ……分からん。
ああ、成長力だけ増やしてみれば良いか。
あ、この技能を使うとMPがごっそり減る。
「ナオフミ様?」
成長力だけに特化したバイオプラントの種を枯れた所に落としてみた。
「おお!」
ぶわっと緑が地面に生い茂る。
しかし……。
「あれ?」
3メートルほど緑が生い茂ったかと思うと一瞬で枯れた。
「何をしているんですか?」
「ああ、なんか植物改造って技能が出たからこの種を使って実験してみた」
「危ないことをしないでください!」
ラフタリアに怒られた。
まあ、他人だったら俺も怒ると思う。
しかし、これは面白そうな技能だ。
使い方を考えれば新たな金の種になりそうだ。
「ナオフミ様、なんか凄くいやな笑みをしてますよ」
おっと、顔に出ていたか。
「ともかく、村に戻るか」
「ええ」
静まり返った茶色の植物地帯から俺達はキャンプに戻った。
「ありがとうございます、勇者様!」
人間というのは現金なものだ。
俺が村を救うと連中は快く歓迎した。
まあ、村の掃除をしなきゃ住めないから色々と大変だろう。その日は枯れた植物の片付けで終わってしまった。
なんか本体は枯れても実と根の芋は残っているらしく、しばらく食料は問題が無いらしい。
ただ……大地が枯れたりしないのか些か不安だ。
「飢饉に逆戻りなんじゃないか?」
「まあ……そうなんですけどね」
近い未来、この村は別の所へ移動するかもしれないな。
そう思いながら植物改造を進めていた。
特殊能力が何なのかがまだ分からないのだ。
調べても、植物解析が必要とアイコンが出る。
マンドラゴラシールドにそれがあったので、解放するのを待つ。
……どちらかといえばマンドラゴラシールドの方が解放が早そうなので、その日はマンドラゴラシールドに変化させたまま寝る。
翌朝には解放されたので、バイオプラントシールドに変えて改造を続行した。
繁殖力 9
生産力 9
生命力 9
免疫力 4
知能 1
成長力 9
変異性 9
特殊能力
枯れた時、種子生産
変異範囲拡大
なるほどなぁ……つまりこれがバイオプラントの能力だった訳か。
元々は食糧生産が目的だったのだけど変異性が高くて魔物化してしまうという問題を抱えていたという事なのだろう。
そうなると大昔の錬金術師とやらも根からの悪人ではなかったのかもしれない。
免疫力が低いから除草剤が効くんだな。
特殊能力のアイコンを調べる。すると色々な項目が現れた。
同様に特殊指示も色々と項目が出現する。
どうもステータスを犠牲に能力と指示を選べるみたいだ。
この村の連中もこのままじゃ飢饉の再来で困るよな。
そんな訳で実験的に弄ってみようと考えた。
繁殖力……4 これは単純に増える力だ。些か多すぎるので下げておこう。
生産力……15 そのまま実とかを宿す能力だろう。飢饉が無くなる程度にはほしい。
生命力……6 どんな大地でも芽吹く力かな。少し落とそう。
免疫力……4 これは病に抵抗する力。これは除草剤の効き目があるのでそのまま。
知能……1 なんだよこれ、魔物の知能か? 増やす意味がわからない。
成長力……15 植えて直ぐに育つ値だ。ここの部分は多めにしよう。
変異性……1 たぶん、これが魔物化の原因だ。
特殊能力 変異範囲拡大を解除して出たポイントと一緒に作物の品質向上を入れる。
枯れた時種子生産、品質向上
「完成だ」
「どうしたんですか?」
眠そうに起きたラフタリアが俺の方を見ながら尋ねてくる。
昨日は村人達が聖人様、神鳥様と勧めてくるので村で一泊した。
食べ物は程々に美味しい……というか、バイオプラントの芋やら実だ。
迷惑な植物だが、味は良いんだよな。
改良が成功していれば村の名産品にもできるかもしれない。
「ああ、昨日の続きをちょっとな」
「まだやっていたんですか……」
「このままじゃいけないって分かっているだろ?」
ここはいずれ飢饉が訪れる。だからどうにかして止めなくてはいけない。
他の地域へ買出しに行けば良いという考えもあるだろうが、人口的に無理だ。
昔から住んでいる人が易々と移り住んだりも、難しいと思う。
「さて」
徐に馬車から降りて枯れた大地に種を落とす。
ぶわぁ……と、種から植物が成長し、枯れた茶色に染まっていた村の跡地の一角を覆っていく。
「な、なにが起こっているんだ!」
キャンプで休んでいた連中が驚いて駆け寄ってくる。
「ああ、悪い、実験をちょっとな」
「何をしているんですか?」
植物への恐怖か、村人は恐れながら尋ねる。
「安全な植物に変える実験……かな」
繁殖力が低いので一定の範囲まで伸びた植物がそれ以上の成長をしなくなる。
そして……。
ポンポンと赤い、トマトのような瑞々しい実を宿した。大本はトマトっぽい植物だったようだ。
「一応、成功だと思う」
「おお……」
「問題は一種類って所か、使うかはお前等次第だけどな。もしもダメだったら今回の様になる前に手を打てよ」
変異範囲拡大と変異性は、様々な植物の実を生産する代わりに、魔物化する危険性を持っていたという事か。
除草剤を撒いて、植物を枯らして種に戻す。そしてその種をそこの領主らしき男に渡した。
「と言う訳で俺達は行く、じゃあな」
起き出したフィーロはまだ残っているトマトみたいな実を頬張って馬車を引き出した。
「お待ちください!」
「ん? なんだ」
「まだお礼を渡し切れません。是非――」
「あいつ等、在庫処理に困ったから俺に押し付けたんじゃないのか?」
「ど、どうでしょう……」
現在、俺の馬車は4車両になっていた。
先頭の馬車の後ろに3台の荷車がバイオプラントの実らせた作物を積載している。
荷車と一緒に俺に贈与された物だ。
笑顔で渡されたので仕方なく受け取ったけれど、体のいい処分だったのではないかと疑いたくなるぞ。
これだけ連結していると言うのにフィーロはご機嫌で馬車を引いている。
「重くて楽すぃいー!」
フィロリアルとは変わった魔物だよな。
ゴトゴトと馬車は揺れながら旅は続いていく。
尚、除草剤が武器として使える事が判明したので、トレントが湧いた際、撒こうとしたら弾かれた。
……どうも寄生能力を持っている植物の魔物にしか使えないらしい。
基準がわからん。
あるいはバイオプラントは魔物ではなく、唯の植物だったのかもしれない。
まあ良い。もうラフタリアとフィーロがいる今、無理に俺が攻撃する必要もなくなりつつある。
とりあえずこの食いきれない食料を処分する事だけを考えよう。
そういえば……北方で飢饉があるとか噂を聞いたな。そっちに売りに行くとしよう。
「じゃあ北へ出発だ」
「はーい!」
将軍様……
北へ向う道中で立ち寄った町での事。
「あ? 商業通行手形だと?」
町へ入ろうとした時、検問所の様な場所で町の見張りらしき人物に領主からの通行税と商業税を請求されたのでリユート村発行の商業通行手形を見せたのだが……。
「そんなものは受け付けん! さっさと払え!」
「ですが」
ラフタリアの交渉にも見張りは応じず、金の請求ばかり。
俺も前に出て交渉しようとしたのだけど、見張りは一歩も引かなかった。
「強情な奴だ!」
一触即発な程、見張りは俺達に向けていきり立っていた。
うーむ……ここまで強く出るには何か理由があるな。
この世界で行商を始めて幾つか学んだ事がある。
一つは脅迫、力による威圧を行うことで無理を通したり、弱みを握って高めに買わせる事。これは舐めた相手に効く手段。
次に交渉、相手と話をしながらノリで下げたり上げたりを行うことで人間関係を循環させる。敵意の無い相手に効く。
この二つが効かない相手となると、考えられる理由は……。
「ここの領主はとんでもない奴みたいだな」
ふと、町の方を見ながら呟く。すると見張りの奴の表情が若干変化が生まれる。
「領主様の悪口を言うな! 不敬罪に処すぞ」
なるほどな。これは上が問題を抱えているパターンだ。この場合、脅迫も交渉も意味が無い。
あっちは引くに引けないのだ。引いてしまえば自分が処罰されてしまう。
それでも下げさせる方法といったら騒ぎを起こすか、その領主が出るまで問題を起こすしかない。
けど……そこまでのリスクを払うメリットが俺にはない。
「わかったよ。お前も苦労しているな」
俺が言われた金額を見張りに渡す。
すると見張りの奴、肩透かしを食らったように呆けた。
「ああ……それなら良いんだ」
そして見張りはポツリと耳元で答える。
「すまない……」
「しょうがないさ」
クズ王の管轄かな? この国も腐った領主というのがいるのだろう。
荷車に満載した食料を叩き売ろうかと思ったが、売り上げに税がかかるので売るのはやめておいた。
そして、宿を取る。近隣と比べて遥かに高い。
この町……殆どの場所に税が掛かっているのか、日用品から食料、武器防具、細工品、挙句の果てに宿代まで、なにもかもが割高だ。
住み辛いな。
商業も衰退傾向にあって、市場も活気が無い。
相当重い税金が掛けられているに違いない。
「何処の村であの食料を買ってくれるか、情報を集めてくる」
「分かりました」
「はーい! ごしゅじんさまーおみやげ待ってるねー」
「あれだけ食料があってまだ欲しいのか!」
フィーロの奴、ここの物価が高いというのに土産を要求するとは……。
宿の室内にラフタリアと人型になっているフィーロをおいて俺は酒場の方に顔を出した。
ちなみに盾をブックシールドに変えて、ラフな格好で酒場に入る。
そこで見覚えのある、遭いたくない奴を見かけた。
「……のようです」
弓を持っているというのに何故か剣を腰に差し、格好も地味で質の悪い装備をしている。
しかも俺のブックシールドに似た様な、偽装ができる小さな弓だ。
初対面だったら手甲と勘違いするな。
そして仲間なのか取り巻きの一人に目立つ色の鎧を着せて、自分はその影に隠れている。そんな感じだ。
そう、弓の勇者である樹が酒場の隅で何やら話し合いをしている。
こっちに気付いていないようだ。
何を話しているのか……近づける範囲まで行って聞き耳を立ててみよう。
「ここの領主は……」
どうやら仲間達とここの領主の悪名について情報を収集していたみたいだ。
奴等の話によると、領主の奴、私腹を肥やすために国の方針以上に税を引き上げ、近隣の商人から賄賂を受け取り、用心棒を雇って異議を唱えるものには厳罰に処しているとか。
これまたありきたりなダメ領主の話だな。
「これは少し、懲らしめてあげなくてはいけませんね」
おおっと!
樹の台詞に危うく足を滑らして転びかけた。
まず何処からツッコミを入れたら良いものか……。
自分の正体を意味も無く隠して、何がしたいのかは置いて置くとして、何処の将軍だ、お前は。
世直しの旅でもしたつもりになっているのだろうか。
噂を聞く限り、弓の勇者が何かした、という話は聞かない。
結果論だけなら俺も神鳥の聖人とか言われているから人の事は言えない。だが俺の場合、盾の勇者という悪名があるからな。未だに正体がバレると警戒されるので、最近では勝手に勘違いしてくれる聖人でごまかしている。
少なくとも、俺の知る範囲で弓の勇者である樹が経歴を隠す理由が思い浮かばない。
これは例の……国の依頼って奴か?
だが、樹は情報が少なすぎる。
後で弓の勇者が解決させた、という情報すら流れてこない。
意図的に隠しているのか……?
「では皆さん、行きましょう」
話を終えた樹達は酒場を後にして夜の町に消えていった。
……明日にはこの町の領主は降ろされているな。
たぶん、領主の屋敷で一暴れした後、部下である仲間が樹の正体を明かして説教するとかそんな所だろう。
クズ王の耳に入って、ここの領主は別の奴に変わるとか安易な結末が予想できる。
俺の世界の時代劇で世直しの旅に出るご老公みたいな感じで。
……馬鹿じゃないのか?
関わり合いになるのも面倒だ。
俺は当初の目的である食料の売却先の情報を軽く探して、その日は宿に戻った。
フィーロへの土産? そんなもん、こんな物価の高い街で買う訳ないだろ。
当然土産を持ってこなかった俺に対してフィーロは何か言っていたが、俺は魔法書を読み解いて、その日は終わった。
そのおかげで魔法を一つ覚えた。
魔法屋のばあさんが言っていた通り、補助回復系が多いのは盾の勇者だからだろうな……。
翌朝。
俺の予想通り、国から雇われた冒険者がこの町を密かに視察し、領主は失脚したという話が町にもたらされた。
何か町の往来のど真ん中で、美人の女の子と何やら世間話をしている樹達を見かけた。
「本当に、ありがとうございました」
「いえいえ、なんて事はありませんよ。これは秘密ですよ」
秘密ですよ、じゃねーよ!
うん。
疑惑が確信に変わった。
樹の噂がなんで出てこないか分かったぞ。
コイツ、自身を隠し、目立たないけど実は凄いんですよって思っているタイプだ。
それを実感して喜ぶというのは、ちょっと趣味が悪い。
あいつは馬鹿だ。
自己顕示欲を満たす為だけに自分の正体を隠していやがる。
でなければ、こんな目立つ所で立ち話なんて普通しないだろ。
少なくとも俺の様に負い目がある、という訳がないのだけはわかった。
大方、あの女性も税の代わりに連れ去られそうになっていた、病気で床に伏せっている爺さんの娘とかそんな所だろう。
馬鹿馬鹿しい。俺達は足早にその町を後にした。
それから半日ほど進んだ隣国の国境付近の村での事。
昨日売れなかった馬車の食料を売り出すと見る見る売れた。飢饉のあった地域に入ったらしい。
ただ、何かこの村の住人じゃないっぽい奴が多い。
服装とか、なんていうのだろう。この国と微妙に異なる。
「なあ。お前等……」
隣国の圧政を敷く悪い王が退治されたとか噂を聞く地域だったはずなのだが。
その辺りの連中が行商に来ているのか?
彼等は俺の馬車を覗くと、鬼気迫る勢いで商談を持ち掛けてきた。
何か金じゃなくて物々交換で買おうとしている。薬草は良いけど材木とか……木工品とか渡されてもな。
俺は馬車を降りて、そいつ等から事情を尋ねる。
「金の方が助かるんだが」
藁の束とか紐とか炭とか渡されても、こっちは大量に在庫を抱えている分、処分に困る。
大量の薬草は薬にすれば良いから買い取るが。
「すいません。何分、売るものが殆どなくて……」
見ると、なんともやせ細っていて、今にも死にそうに見える。
「……どうせもらい物だ。少しだけ炊き出しをするから食っていけ」
しょうがないので大きめの鍋を村の連中から借りる。
村の連中も飢えで苦しんでいたのもあって、快く協力してくれる。
生モノ故に腐る危険がある。もらってまだ4日ほどだけど。
まあ俺は腐敗防止の技能を取得しているので、普通よりは腐りづらいが。
「ありがとうございます!」
みんな貪るように振舞った鍋を食べきる。
その間に、どうしてこんな事になっているのかを尋ねた。
なんでも圧政を敷く王は倒されたまではよかったのだという。
税も軽くなり、人々の生活が少しだけ楽になった。
けれど、それも直ぐに元に戻ってしまった。
なんとレジスタンスだった連中が今度は税を引き上げたのだと言う。
「なんでだ? せっかく悪い王を倒したんだろ?」
「……その、国の運営となると金が必要になり、戦力の減少を抑える為に税の引き上げが起こりまして」
なるほど、別に圧政を敷いていた悪い王、ではなく、国を守る為に軍事力を最低限確保しようとしていた訳か。
民なくして国ではないというが、民を守れなくては国ではない、とも言えるのか……。
そんな状況で王様の悪い噂だけを集めていたら、そりゃあ退治されるかもしれないな。
王様の気分なんて知った事ではないが、悪い王として処分された王様に妙な親近感を覚える。
王とかって、悪い事だと分かっていてもやらなきゃいけない事もあるだろうし。
ま、この国のクズ王は、最初から馬鹿で悪だけど。
「頭が変わっただけで生活が出来ません。ですからどうにか金になるものを持ってきて、こうして少しでも裕福なメルロマルク国に来ています」
「王様がかわいそうー! 本当はみんなのことを一番に考えてたのにねー。今おなかが空いてるのはだれのせいなんだろうねー?」
「黙れ鳥! 飼い主である俺の精神を疑われるだろうが!」
「はーい」
人の傷口を抉る様に毒を吐いたフィーロを叱る。
最近こいつは妙な知恵を付けて来たのか、口が悪くなってきた。
「一体誰に似たんだ……」
ボソッと呟くとラフタリアがこっちを微妙な表情で見ている。
「なんだ?」
「いえ、なんでもありません……」
フィーロはああ言っているが、あの樹がレジスタンスに加担したんだ。根からの善人では無かったのかもな。
ともあれ、こいつ等は密入国して闇米とかを買いに来ている感じか?
そういえば食べ物の物価がこの辺りじゃ急上昇しているようだし。そのお陰で稼げてはいるけど。
確か、樹が……将軍様がこの辺りの世直しをしているんだよな。
アフターサービス位しておけよな……。
その場で自分の正義感を満足させているだけになっているぞ!
「このままじゃ何処かの国が弱っている私達の国に攻めてくるかもしれない……でも、飢饉で生活ができないんですよ」
「なるほどなぁ……」
波の影響なのか、各地で飢饉が頻発しているのかもしれない。
「しょうがないな」
俺は改造したバイオプラントの種をそいつ等のリーダーらしい奴に一個渡す。
「これは?」
「植えたら直ぐに育つ、国の南方の地で問題を起こした植物の種を特殊な技術で改造した物だ。おそらく大丈夫だろうが管理には気をつけろよ。下手に扱うと危険な代物でもある」
「は、はぁ……」
「また近々、この辺りを通る。その時にでも礼を寄越せ」
3台あった荷車の2台が完全に売り切れたのでオマケで種を渡し、その場を後にした。
次にこの近隣に来たとき、熱烈な歓迎をされるのは別の話か。
俺の正体も完全にばれていたし、その小さな隣国も飢饉から脱して住民は食べるに困らなくなったらしい。
尚、ここで腐るほど大量に薬草を手に入れたので、東の地方で疫病が流行していると聞き、俺達はそっちに売りに行く事にした。
静まれい! この弓が目に入らぬかー!
とか言っていたかもしれません。
疫病の村
その日は野宿となった。
「どうにかあの処分に困った食料を高値で処理できたな」
南方じゃ飢饉が解消されていたから売れず、北方に来てやっとだった。
まだ一台は食料を満載した荷車が残っているけれど、これは食いしん坊鳥の餌だ。
「ごっはーん!」
布を被せた荷車に頭を入れて中身を貪る鳥。
「おーいすぃーいぃ!」
どっかで聞いた事のあるウザイフレーズだ。
コイツ、成長が終わっているのに大食漢なんだよ。日々の食費が馬鹿にならない。その代わりに移動は異様に早く済む。
けれど、色々と無茶をしている所為で馬車がすぐにおかしくなる。
修理代もかなりの金額に上っているし……。
「どうしたものか」
この際、木製ではなく金属製にするかな。フィーロが軽い軽いうるさいし、でも耐久力考えるとかなり高くつきそうだ。
ラフタリアは乗り物酔いを克服したけど、フィーロの全速力だと同乗する客が凄い勢いでリバースするんだよな。
スプリングとかを入れさせてショックを緩和するのも良いかも。
最近ではかなり金が貯まってきている。武器屋の親父に会うのが楽しみだ。
この国を回ってみて分かるのは、やはり国の中枢である城下町の武器屋が一番良い物を売っている。
他の勇者が何処で武器防具を買っているか知らないが、俺が回った町や村では親父の店よりもよい装備は売っていない。
「ごしゅじんさまー」
もふ……フィーロの羽毛が俺に圧し掛かってくる。
北方だからか少し肌寒い。だからフィーロの羽毛は本体の体温もあって温かい。
「えへへー」
「むう……」
ラフタリアが何故か俺に引っ付くように座る。
「へへへ、みんなでポカポカ」
「俺はもう暑い……」
なんで少し肌寒いからってこんなに固まっているんだ。
「フィーロ、離れなさい。アナタが離れれば丁度よくなります」
「やー、ラフタリアお姉ちゃんが離れれば良いんだよ。ごしゅじんさまを独り占めよくない」
「独り占めしてません!」
さわがしい!
「さっさと寝ろ。お前等!」
「そんなー……」
「一緒に寝ようよーごしゅじんさまー」
「俺は東の地域に到着する前に薬を作っておかなきゃいけないんだよ」
在庫の治療薬だけでは間に合わないのを見越して、大量に手に入った薬草で鋭意調合中だ。
それでも足りるか分からないのが痛いなぁ……これが行商の難点だ。
「ぶー……」
フィーロはむくれながら俺から離れて眠る。
同時にラフタリアも馬車の中に入った。地べたで寝るよりは寝心地が悪くないからだろう。
「さて」
俺は火の番をしながら治療薬の調合を続ける。
「ナオフミ様」
「ん?」
ラフタリアの声に馬車の方を見る。
するとラフタリアが馬車の中から手招きしている。
「どうした?」
「……一緒に寝ませんか?」
「お前もか……まったく」
見た目は大人でも中身は子供。寂しいのだろう。
「フィーロを人型にして添い寝してもらえば良いだろ」
「寂しいとかじゃなくて……その……」
ラフタリアは何か俯いて恥ずかしそうに呟く。
そういえば何時の間にか夜泣きをしなくなったよなぁ……アレからずいぶん経った気もする。
「ナオフミ様は……好きな人とか……いるんですか? 元の世界に」
「は? 別にいないぞ」
一体何の話がしたいというのだ。
意図が掴めない。
「いきなりどうしたんだ?」
「いえ……ナオフミ様は私の事をどう思っているのかなと」
は?
うーむ……何かクソ女が頭に浮かんできてムカムカするがラフタリアに怒る理由は無い。
なんでクソ女はこんな時に浮かぶのかの理由が俺自身不明だ。
「奴隷という立場で無理をさせてしまっている」
「その……それ以外では?」
「何かあるのか?」
首を傾げながら答える俺にラフタリアは何とも微妙な顔をする。
「俺を信じてくれているからな。俺もお前を信じて大切にしている」
「は、はい! ……あれ?」
笑顔で頷くラフタリアだけど、何か疑問を持ったように首を傾げつつ、馬車にある寝床に戻った。
「さて」
俺は次の行商の為に作業を続行した。
ちなみにここ最近の行商時に起こる戦いによってそれぞれLvは上がってきている。
俺 Lv37
ラフタリア Lv39
フィーロ Lv38
フィーロにすら抜かれた。俺のLvアップは相当遅いのか?
いや、二人はアタッカーだ。特にフィーロはラフタリアよりも俊敏で敵を瞬殺する。
だから上がりも早いのだろう。
ラフタリアは堅実な攻撃をするのでそれに拍車をかける。
国の東の地域に到着した。
なんていうのだろう。辺りの木々が枯れていて空気が重たい。
別に特別、寒いわけでもない地域だと言うのに。
大地の色も黒く、例えて言うのなら暗黒の大地みたいだ。
空を見上げると雲も分厚く、大きな山脈が少しずつ近づいてくる。
何とも不吉な感じだ。
「えっと」
道が割れていたので地図を確認する。
「フィーロ、山の方へ進め」
「はーい!」
「二人とも念のために布で口を覆っておけよ。この辺りは疫病が流行しているらしいからな」
「はい」
俺も口を布で覆い、最低限の防御をしてから目的の農村に辿り着いた。
村の印象をあえて言うのなら、暗い。暗雲がこみ上げていて、何とも黒っぽい村だ。
「……行商の……方ですか? 申し訳ありませんがこの村は、疫病が蔓延していまして、ゴホ……避難した方が……」
苦しそうに咳き込みながら村人が俺達に説明する。
「分かっています。だから治療薬を売りに来ました」
「そ、そうですか! 助かった」
村人が走り出し、薬の行商が来たことを告げに行く。
……かなり緊迫した様子だ。
この調子じゃ在庫に不安があるな。
俺の不安は的中し、村中から薬を欲する声が響く。
「ち、巷で有名な神鳥の馬車だ! これで村も救われる!」
うわぁ……期待が重いなぁ。
これで俺の作った薬の効果が無いとかだと途端に信用が落ちる。
しょうがない。
「薬を飲ませたい奴は何処だ?」
治療薬を購入した奴から順に一番効果が高い方法の俺が飲ませるという行動に出る。
「こちらです。聖人様」
前々から聖人とか言われているけど、なんかむず痒い。盾の勇者といやな目で見られるよりは良いけど。
案内されたのは症状の重い者達を一緒に集めた建物だった。
隔離施設的なものだったのだろう。
施設の裏には墓地があり、真新しい墓標が何本も建っている。
……死の匂いがすると言えば伝わるだろうか。病院や墓場独特の嫌な空気の原因だと確信する。
治療薬だけで治せるか不安だ。
中級レシピを解読した程度で自惚れてはいけない。
もしも、ここで治療薬の効果が無かったら手段が無くなる。
いや……高く付くが高額の薬を俺が服用させれば効果は出るだろう。
それでも……対応できるようになりたい。例え解読が難しくても、高くても何も手段が無いよりはあった方が良い。
上級レシピの本を今度、薬屋に売ってもらえないか聞こう。
「妻をお願いします!」
「ああ」
俺は病で咳を止め処なくする女性を起こし、少しずつ、治療薬を飲ませる。
パア……っと光が女性を中心に広がった。
少しは効果があっただろうか。女性の血色がよくなったように感じる。よかった。効果があるようだ。
「次!」
俺が顔を上げると案内した村人の奴、驚愕の眼差しで俺を見ていた。
「どうした?」
「あ、あの……」
女性の隣で横になっている子供を指差す。
先ほどまで女性同様に咳き込んでいたはずなのに、咳が止まっていた。
ん?
死んだ……?
俺はその子供の呼吸を確認する。
……よかった。まだ生きている。
しかし直前まで咳き込んでいたはずなのに随分と安定している。
「どうなっているんだ?」
「聖人様が妻に薬を飲ませるとほぼ同時に隣の子の呼吸も和らいだように見えました」
ふむ……もしかして、薬効果範囲拡大(小)とはこの事を指していたのか?
範囲が増えるって、有能すぎるだろ。
見た限りだと半径1メートル程度、薬を服用させた者の周囲に同様の効果を出せるようだ。
どれだけのスペックを秘めているんだこの盾は。
ただ、戦闘になると範囲外である可能性は高いな。1メートル内で固まっていたら格下でない限り一網打尽にされる。
「それなら話は早い! 治療薬の効く奴は半径1メートル範囲で飲ませる。いそげ!」
「は、はい!」
人手が足りないのでフィーロとラフタリアにも病人を運ばせて、近くで薬を飲ませた。
薬の節約にもなり、隔離施設の連中の治療も思いのほか早く終わった。
ただ……あれからしばらく経ったけれど、症状の緩和だけで完全に快方に向っている訳ではないのが厳しい所だ。
「やはり俺の治療薬じゃこれが限界か……」
「ありがとうございました!」
感謝されこそすれ、俺は満足とは言い切れない状況だった。
感染する危険性も孕んでいるし、根絶できないとは。
「そういえば、この病は何処から? 風土病か何かからか? いや普通は流行り病か」
治療薬がこの程度しか効果が無いという事はかなりの病だ。
俺達も感染する危険性がある。
最悪、足早にここを去るという選択を決断せねばならないだろう。
「その……実は魔物の住む山から流れてくる風が原因だと治療師は説明しておりました」
「詳しく話せ」
「では、彼に……」
治療師とは俺の世界で言う医者に近い、回復魔法と薬学に精通した職種だ。
その治療師はこの村で病に効果のある薬の調合を行っており、丁度俺達が治療中に隔離施設に来て治療を手伝っていた。
「お前、治療薬より高位の薬が作れるか?」
「はい。現在製作中です。聖人様が行った薬で症状の大規模な改善が見られたので、放置しています」
「早く作業を再開しろ、完全に治療できていないという事は、いずれ再発する」
「は、はい!」
「待て」
走って作業を続行しようとする治療師を呼び止める。
「お前がこの病の原因が山からの風だと説明していたそうだな。何故だ」
「あ、はい。約一ヶ月ほど前、山脈を縄張りにする巨大なドラゴンを剣の勇者様が退治いたしました」
そういえば、そんな噂が流れたな。
「ドラゴンは人里離れた地を根城にして巣を作るのですが、このドラゴンははぐれ者だったようなのです」
「それと何の関係があるんだ?」
「一時期、この村には勇者様の偉業を見に冒険者が集まったそうです。そして冒険者は山に上り、勇者様が倒したドラゴンの素材を持ち帰ってきました」
ドラゴンの素材で優秀な武器とか防具を作れば良いものなぁ……。
ちょっと羨ましい。
「で?」
「ここからが本題です。素材が剥がされたまではよかったのです。そのお陰でこの寂れた村も非常に潤いました。ですが……そのドラゴンの死骸が腐り始めた頃に問題が起こったのです。ちょうど同時期に死骸を見に行った冒険者が病を発症しました」
「……分かってきたぞ。その死骸がこの病の原因か」
「おそらくは……」
素材を剥ぎまくっているのに……という所で安易に想像が付く、ドラゴンの死骸で残されていそうな部位。
肉だな。幾らドラゴンといえど一番に腐るといったらその辺りだろう。
一部の美食家とかが欲するかもしれないが大抵は腐りかけの肉など冒険者は欲しない。
物語とかだとドラゴンって余す所が無いとか、肉でも美味しいとか言われるけど、この世界の基準だとどうなのだろう。
後は臓物だ。特に肝臓の類は腐りやすい。
錬は素材目当ての可能性が高いから臓物辺りは無視していそうだ。
精々、心臓とか……魔力的効果の高そうな部位だろうなぁ。
「原因が分かっているならササッと処分すれば良いだろ」
「それが……元々冒険者でもなければ入らない凶悪な魔物の住む地域の山脈なので……近隣の農民では撤去も不可能なのです」
「じゃあ、冒険者に頼めば良いだろ」
「気付いた頃には山の生態系が劇的に変化していまして、空気には毒が混ざり、病の影響で並みの冒険者では入ることさえ困難に……しかも流行り病を警戒して冒険者も近づきません」
はぁ……。
錬の奴、魔物の死骸くらいちゃんと処分していけ。
錬は勇者の中で一番年下だ。
俺が高校生の時に、物が腐って困る、なんて発想は出てこなかっただろう。
ましてや、あいつは勇者の中で一番ゲームに精通している。
それもVRMMOとかいうSFの産物だ。
ゲームと現実の違いに一番遠いと言われれば、この結果は必然と言える。
「聖人様、どうしましょう」
「国には報告したのか?」
「はい。近々、薬が届く予定です」
「……勇者は?」
「何分、忙しい身なので、後回しになっている可能性が高いかと」
元康といい錬といい。
腹立たしくてしょうがない。
「国への依頼料とかは既に払っているのか?」
「ええ……」
「キャンセルしたら戻ってくるか?」
治療師の奴、俺をまっすぐに見て目を見開く。
「聖人様が行くのですか?」
「どうせ薬が出来るまで時間が掛かるだろ?」
「はい……後半日は掛かるかと」
「分かった。その間にドラゴンの死骸を処分しに行ってくる。代わりに国への依頼料を寄越せ」
「わ、わかりました」
こうして俺達は山の方へドラゴンの死骸を処分しに行く事になった。
カースシリーズ
「わぁあ……魔物がいっぱいだー」
元々不毛の大地だった影響か山は岩がごろごろしている岩山だった。
東の国への山道があるおかげでどうにか進めている。
登りだして30分程経っての事。
フィーロが魔物を蹴り飛ばしながら呟く。
現在の所持品は回復薬と念のために治療薬、そして毒が空気に混ざっているというので解毒剤。
ちなみに出発前、馬車を置いていこうとした所。
「やー! これにはフィーロの思い出がたくさん詰まってるのー!」
などとフィーロの奴、絶対に引いていくと駄々を捏ねたので、そのまま引かせている。
生まれて一月の分際で人生を語るか。
まあフィーロにとって馬車は一生の九割近くを引いていたのだから愛着があるのも理解できるが……。
敵はポイズンツリーやポイズンフロッグ等、毒系統をもつ魔物が多い。
倒した後はマメに盾に吸わせる。
ポイズンツリーシールドの条件が解放されました。
ポイズンフロッグシールドの条件が解放されました。
ポイズンビーシールドの条件が解放されました。
ポイズンフライシールドの条件が解放されました。
どれも毒耐性系が置き換わってステータス系アップの装備ボーナス盾になっている。
唯一の例外はポイズンビーを解体して出た盾がこれだ。
ビーニードルシールドⅡ
条件未解放……装備ボーナス、攻撃力1
専用効果 針の盾(小) ハチの毒(毒)
防御力がビーニードルシールドと殆ど変わらず、麻痺が毒に変わっただけの性能互換だ。
という話は置いて置いて、敵の出現が激しい。
倒しても次々と湧いてくるというくらいだ。
確かに、これは疫病を振りまく風と毒、更に地面から瘴気みたいのが立ち込めていて、普通の冒険者は厳しいかもしれない。
「相手をしていてはキリが無い! フィーロ、駆け抜けろ!」
俺とラフタリアは馬車に乗り、フィーロに指示を出す。
「はーい!」
フィーロは馬車を引いて全力で駆け抜ける。
それだけでバシバシと敵を跳ね飛ばして若干、経験値が入る。
道中、ヘドロみたいな魔物と遭遇したが、フィーロが跳ね飛ばしてしまったので盾に吸わせる余裕がなかった。
そしてしばらくして……。
「やっと目的地か」
毒の瘴気と腐敗臭が辺りに立ち込めている根源、ドラゴンの死骸が見えてくる。
大きさは10メートル弱、絵に描いた西洋風のドラゴン……だったのだろう。けれど今はその面影を感じることは出来ない。
何色のドラゴンだったのか、それすらも認識する事が不可能なほど腐敗は進み、黒い皮が認識できる程度だ。
致命傷は腹部への一撃だったのだろう。腹部に大きな傷跡があり、内臓が露出して異臭を放つ。
ポイズンフライがドラゴンの腐った肉に群がり、不快感を増長させる。
「お腹すいたー」
「あれを見て食欲が湧くお前は凄いよ……」
フィーロが馬車に入れてある作物をむしゃむしゃと食べだしたので俺は思わず突っ込んでしまう。
「ラフタリア、大丈夫か?」
「は、はい」
呼吸器系が弱いラフタリアは空気の悪いここでは調子が悪くなるのではないかと聞いたのだけど、本人は大丈夫だと主張している。
「きつくなったら直ぐに休めよ」
「はい」
ポイズンフライを倒しながらドラゴンの死骸へ向う。
錬や冒険者たちに剥ぎ取られて行ったのだろう。爪や角、ウロコ、皮、翼などの主要な部分は殆ど無くなっている。舌すらも無い。
残されているのは骨と肉だけと言っても過言ではない。
皮もごく一部を除いて、残されていないようだ。
鼻が曲がるような異臭が辺りに漂っている。これは確かに厳しい。
毒耐性があるから俺は平気だけど、ラフタリアには厳しいかもしれない。フィーロは知らない。
「フィーロはポイズンフライの駆除、ラフタリアは俺と一緒に死骸の解体だ。大きすぎて盾に吸わせられない」
下手に埋めるよりも盾に吸わせて消した方が確実だろう。大地が腐る危険性もあるし。
「うん」
と、食事を終えて腹をパンパンに膨れさせたフィーロが頷く。
「ちょっと気持ち悪くなっちゃった」
「それは食いすぎだ」
打ち合わせ通りに解体をしようとドラゴンの死骸に近づく。
ゴソ……。
「……気のせいか?」
「えっと……」
今、ドラゴンの死骸がビクリと動き出したように見えた。
まあ、ポイズンフライが死骸に群がっている所為でそのように見えたのだろう。
ゴロリ……。
……うん。気のせいじゃない。
ドラゴンの死骸が動き出し、四つんばいになって臨戦態勢を取った。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
牙も角も無いドラゴンの頭部が持ち上がって咆哮をあげる。
「あれで動き出すってどうなってんだよ!」
「ナオフミ様落ち着いてください!」
動き出したドラゴンの死骸……ドラゴンゾンビを前にして俺は叫んでいた。
おいおい。幾らなんでも今の俺達には荷が重過ぎる相手なんじゃないか?
必要Lvは不明だけど、ドラゴンゾンビってゲームとかだと生前よりも能力が高くなるとかあるよな。
その辺り、この世界だとどうなのよ!
ボコボコとドラゴンゾンビは各々の器官を再生させつつ、俺達に顔を向ける。
再生した部位は羽、そして尻尾だ。牙や爪などの器官の再生にはまだ時間が必要なのかわからない。
腐敗した肉が液状化して羽と尻尾に変化したようにも見える。内臓部分にもそれは及び、致命傷だと思わしき傷は塞がっていた。
幾らなんでもこれに対処するなんて俺には不可能だ。
「逃げるぞ!」
「ですがフィーロが既に」
ラフタリアがドラゴンゾンビに向けて指差す。
「てりゃあ!」
するとフィーロが丁度、ドラゴンゾンビに跳躍し、その頭部に蹴りを加える瞬間だった。
ドゴっと良い音がしてドラゴンゾンビが仰け反る。
「案外……戦える、のか?」
フィーロの攻撃力が高いと言うのもあるが、このドラゴンゾンビ、攻撃の要である爪と牙がない。
もしかしたら勝てるかもしれないが……相手にはスタミナという概念が無いと思われる。
しかし、ここで俺達が引いたら、村の方へこのドラゴンゾンビが来る危険性がある。
もちろん、生前と同じようにここを縄張りにする可能性もあるが、再生中だと思う。今倒さねば次に戦う誰かが厳しくなるかもしれない。
「無茶をするなよ!」
「うん!」
「よし、ここは俺達が止めるぞ!」
「はい!」
と、息巻いて戦ったまではよかった。
俺も一番防御力の高いキメラヴァイパーシールドに変えて、ドラゴンゾンビの攻撃を受け止めきった所は良いとしよう。
だが、
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
ドラゴンゾンビの腹部から何かが咽あがってきて、俺達に向けてドラゴンゾンビが口から紫色のガスを放った。
ラフタリアとフィーロは打ち合わせ通りに俺の背後に回って盾にする。
俺も盾を構えて相手のブレスに備えたのだが……。
「う……なんだこれ!」
「ゲホ、ゲッホ!」
ブレスの正体は高濃度の毒ガスだった。
毒耐性のある俺ですらも若干、めまいに似た息苦しさを感じる。背後にいたラフタリアに至っては咳き込み、息をするのでやっとになってしまった。
フィーロは毒ガスを物ともせず、いや、正確には息を止めていたのかもしれないがブレスを吐くドラゴンの隙を突いて蹴りを加えた。
「ラ、ラフタリア大丈夫か!?」
「ゲホゲホゲホ――」
涙ながらラフタリアは俺に大丈夫ですと答えたかったようなのだが、咳が止まらずにいる。
……これは厳しいかもしれない。
俺とフィーロは戦えるけれど、ラフタリアが持たない。
「早く、ラフタリアは戦線から離脱しろ、馬車に解毒薬がある。それを飲んで安静に」
「ゲホゲホ!」
ラフタリアが必死にドラゴンゾンビの方を指差した。
俺はその指の先を見て絶句する。
ドラゴンゾンビがちょうど、大きなアギトを広げ、跳躍から落下するフィーロに向けて掬うように喰らい付く瞬間だったのだ。
「あ――」
バグン!
大きな音が響き、ドラゴンゾンビの口から真紅の液体が滴る。
「フィーロォオオオオオオオオオオ!」
俺かラフタリアか、どっちが声を出していたのか、頭が真っ白になって、俺には理解できていなかった。
まだ生まれて一ヶ月しか経っていないお調子者の鳥……生まれて直ぐに俺に擦りより、何時も俺と一緒に居たがった甘えん坊。
走馬灯のようにフィーロとの思い出がフラッシュバックする。
何が起こった?
何が……。
ドラゴンゾンビは口に含めた獲物を何度か咀嚼すると、
ゴクリ。
という大きな音を立てて飲み下してしまった。
「ゲホ!」
ラフタリアが放心する俺に向けてドンと強く頬を叩く。
目には涙を浮かべている。
ここで、放心しているだけでは事態は悪くなるだけだと言っている。
しかし……俺は大切な仲間が目の前で失われた事による怒りが、心を支配して行った。
――チカラガ、ホシイカ?
盾からそんな声が聞こえた気がした。
ほぼ無意識に盾に視線を向け、声に耳を傾ける。
――スベテガ、ニクイカ?
ドクンと心臓の鼓動が強まる。
盾から闇が生み出される感触を覚えた。
これは……元康と戦ったときに起こったあの時と同じ……。
盾のツリーが俺の視界に浮かび上がる。
そして、そのツリー画面が裏返り、黒とも赤とも言えない不気味な背景をした……もう一つのツリーが姿を現した。
カースシリーズ
ふと、このフレーズが脳裏に過ぎる。
一つだけ、明るく点灯する盾が存在する。
カースシリーズ
憤怒の盾
能力未解放……装備ボーナス、スキル「チェンジシールド(攻)」「アイアンメイデン」
専用効果 セルフカースバーニング 腕力向上
ココロガウミダス、サツイノ盾……。
特別に説明文まで書かれたこの盾に……俺は自らの意識なのか無意識なのか……感情の赴くままに盾に手をかざし、思ってしまった。
憤怒の盾。
盾から激しい感情の流れが解放され、赤黒い光と共に盾が変化する。
そこには禍々しい炎を意識した装飾が施された、真っ赤な盾があった。
ドクン……ドクン……。
意識が、怒りに飲み込まれて行く。
あの時、世界の全てが憎くてしょうがなかった。
世界に存在する全てが黒く、俺をあざ笑う影にしか見えなくなった。
その感情が俺を支配していく。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!」
叫ぶ黒い大きな影が俺に向って腕を伸ばす。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
憤怒の盾
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
咆哮に張り合うように叫び、影の腕を盾で受け止める。
痛くも痒くもない。
「GYA!?」
黒い影の奴、俺をあざ笑っていたくせに、驚愕に口元を歪ませている。
滑稽だ。
「死ね!」
俺が受け止め、そのまま黒い影を投げ飛ばす。
黒い大きな影は驚きの声を出しながら飛んでいった。
「GYAOOOOO!」
しかし、黒い大きな影は俺の攻撃など物ともせず、直ぐに起き上がって俺の方へ駆けて来る。
……この盾でも敵を攻撃することは出来ないのか。
使えない。
黒い影は懲りずに俺に腕と、後ろから尻尾を伸ばして叩き伏せる。
「きかねえよ!」
ガインという音と共に黒い影の攻撃は全て俺に効果が無い。
「はは……馬鹿じゃないのか?」
しかし、倒す手段が無いな。
そう思った直後、俺を中心に黒い炎が巻き起こり、黒い大きな影の腕と尻尾を焼き焦がす。
「GYAOO!?」
影はその事実に驚き、転倒した。
「へぇ……ここまで攻撃力のある反撃効果があるのか」
怯えるように俺から距離を取ろうとする影。
「は、今更命乞いか? 許すわけねえだろ!」
俺は徐にスキルを唱える。
「アイアンメイデン!」
しかし、スキルは発動せず、俺の視界にスキルツリーが浮かび上がった。
シールドプリズン→チェンジシールド(攻)→アイアンメイデン。
発動条件か?
面倒だな、こうなったらワザと影にぶつかってカウンター効果を発動させるとしよう。
「待ってろ……必ず殺してやる……」
近づいてくる俺の向ける殺意、怒りに、影が怯えた様に腕を振り回す。
それに盾をぶつけて黒炎を影に燃え上がらせる。
肉を焼き払い、骨を溶かす。
火力が足りない……存在その物を消滅させたい。
「――――っ!」
なるほど……憤怒の盾とやらは俺が怒り狂えば狂う程、力が増すらしい。
ソンナコト簡単ダ。
アイツ等に抱いている感情を思い出せば良い。
マイン=スフィア……本名はマルティだったか。
名前を思い出すだけで怒りが込み上げて来る。
次にクズ王、元康、錬、樹。
コイツ等から受けた物を一つ一つ思い出す。
憎い……殺したい……。
真っ赤な盾に俺の怒りが溶け出して、黒く染まっていく。
「今度コソ殺ス……全員……」
影の腕を受け止めて、憤怒の炎で全てを消し炭にする。
瞬く間に炎は影全体を包み込み、何もかもを飲み込む。
そこで俺の手に誰かが触れる。
ドクン……。
それは……あの時と同じ優しい何か……。
「世界中の全てがナオフミ様がやったと責め立てようとも、私は違うと……何度だって、ナオフミ様はそんな事をやっていないと言います」
……え?
黒く歪んでいた視界が僅かに揺らぐ。
心のどこかで、怒りに任せていてはもっとも大切なものを失うと心がざわつく。
否定したい。だけど……。
「どうか、信じてください。私は、ナオフミ様が何も罪を犯していないと確信しています。貴重な薬を分け与え命を救い、生きる術と戦い方を教えてくださった偉大なる盾の勇者様……私はアナタの剣、例えどんな苦行の道であろうとも付き従います」
声が俺に囁きかける。
このまま殺意に飲まれてはいけない。
守らねばいけない。
イカリをワスレタノか?
……忘れない。だけど、それよりも俺は自分を心から信じている者に報いたい。
ワレニサカラウノカ?
命令が気に食わない。俺は俺自身で道を決める!
……イツデモワレガ隙ヲ狙ッテイルトオモエ……。
黒い声がスーッと引いていき、視界が少しだけ鮮やかになる。
「ゲホ! ゲホ!」
気が付くとラフタリアが咳を必死に堪えながら俺の手を握り締めていた。
「だ、大丈夫か!?」
酷い火傷を負っていた。
ここには炎を使える敵なんていない。
一体……何が……。
あ……。
憤怒の盾の専用効果、セルフカースバーニングに巻き込んでしまったんだ。
「ラフタリア!」
「ゲホ――」
崩れ落ちるようにラフタリアは微笑んで倒れる。
俺の……所為でラフタリアが重傷を負ってしまった。
『力の根源たる盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源たる盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源たる盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
『力の根源たる盾の勇者が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を癒せ!』
「ファストヒール!」
俺の魔力が尽きるまで、俺は魔法を唱えるのをやめない。
ラフタリアは……ラフタリアは俺を唯一信じてくれた大切な人なんだ!
酷い火傷だ。治療するには初級の回復魔法では足りない。急いで馬車の方へ行ってヒール軟膏を使わねば。
「GYAOOOOOO!」
振り返るとドラゴンゾンビが咆哮をして、俺達に向けて焦げた腕とは反対の腕をブレスと共に降ろす瞬間だった。
「邪魔をするな!」
腕を振り上げると、ドラゴンゾンビの攻撃は受け止められる。
盾が黒く光り輝き、セルフカースバーニングを発動させようとする。
「やめろ!」
俺の声に呼応するかのごとく、盾は沈黙する。
ここで盾が発動したら今度こそラフタリアも一緒に焼き殺してしまう。
そんな事をするわけにはいかない。だけど、こうしてずっと毒のブレスを耐えることはラフタリアの生命力から厳しい。
俺の意思に呼応したように、盾はセルフカースバーニングで毒のブレスだけを焼き払う。だが、本格的に敵を屠るには出力が足りない。
どうしたものか。
盾からは常に殺意と怒りが俺に供給され、飲み込まれまいとする意識でどうにかねじ伏せているが、いつまた怒りに飲まれるか分からない。
今は一刻も早く馬車に戻ってラフタリアの治療をしなくてはいけない。
俺の意思は辛うじて、ラフタリアを守ろうとする事で保たれていた。
「GYA!?」
そんな攻防をしている最中、突如ドラゴンゾンビはおかしな声を上げ、胸を掻き毟りながら悶え苦しみだした。
「な、何が……」
一体何が起こっているんだ? セルフカースバーニングの炎が侵食しているとでも言うのか?
「GYAOOOOOOOOOO!!!」
やがてドラゴンゾンビはピクリとも動かなくなり、元の骸に戻った。
今は、事態を観察している状況じゃない。
見ると、辺りをブンブンと飛んでいたポイズンフライの姿が無い。ドラゴンゾンビが暴れまわった所為でしばらくの間、どこかへ逃げたのだろう。
俺はラフタリアを抱えて馬車へ戻り、馬車の中にあるヒール軟膏と即席で作った火傷治しの薬草混合物をラフタリアの患部に塗る。
そしてラフタリアに解毒剤を服用させた。
「あ……ナオフミ様」
呼吸が静かになったラフタリアは目を開けて笑顔で俺に声を掛ける。
「大丈夫か!?」
「はい……ナオフミ様の薬のお陰で……」
それでも、やけどがかなり酷い。単純な火傷は薬のお陰で治っているが……黒い魔法的効果というのだろうか、黒い痕が残っている。少しずつ良くなっているのだけど、治りが悪い。
「わ、私よりも……早く……ドラゴンを」
「ドラゴンゾンビはもう動いていない」
「そう、ではなく……早く死骸の処理をしないと」
「……分かった」
ラフタリアの視線は強く、俺がドラゴンの死骸を処理しないといけないと注意していた。
「ここに置いていって大丈夫か?」
「自分の身を守る程度には戦えます」
「そうか……分かった」
俺は馬車から降りて、ドラゴンの死骸に向けて歩き出した。
あれを解体して盾に吸わせなければならない。
そしてフィーロ……せめて遺体だけでも引き摺りだして、墓を立ててやらないとな……。
死骸に近づくと、モゾモゾと内臓が蠢いているのが見て取れた。
これから一体、何が起こるというのか……。
今の俺には戦う術が辛うじて存在する。
憤怒の盾……。
この、心を侵食する危険な盾は強大な防御力と強力なカウンター攻撃を持っている。
さすがに常に出し続けるには俺の心が持たないために、今はキメラヴァイパーシールドに変えている。
でも、何時でも対応できるように常に構える。
そして死骸に近づいた。
蠢きが一箇所で止まり、腹を食い破って何かが現れる!
「ぷはぁ!」
そこには体中を腐った液体で滴らせた見慣れた鳥がドラゴンの死骸から体を出していた。
「ふう……やっと外に出られたー」
「フィーロ? 無事だったのか!? 怪我はしていないか?」
「うん。怪我なんてしてないよ」
「じゃあ……お前が食われたとき出たあの血はなんだ?」
「血? フィーロ、ドラゴンにパックンされた時にお腹を押されてゴハンを吐いちゃったの」
フィーロが食べていたのはトマトに似た赤い実……あれを吐いて血に見えたって訳か!?
確かに戦闘前に食いまくっていたが。
「驚かすな! お前が死んだかと思ったんだぞ!」
「あの程度の攻撃じゃフィーロ痛くもかゆくもなーい」
化け物かこの鳥。
いや、魔物ではあるのは事実だが……。
まったく……おどろかせやがって。
「ごしゅじんさま、フィーロのこと心配してくれるのー?」
「知るか」
「ごしゅじんさま照れてるー」
「今度は俺自ら引導を渡してやろうか?」
「やーん」
はぁ……無事だったなら良いんだ。
ニヤニヤしているフィーロに腹が立つ。後で覚えてろよ。
「それで何があった」
「うん。このドラゴンのお腹の中を引き裂いて進んでいったら紫色に光る大きな水晶があったの……」
「ヘー……」
もしかしてあれか?
ドラゴンゾンビの体を動かしていた大本がその大きな水晶なのか?
フィーロが出てきた場所は胸の辺り……心臓か。
しかしなんでそんなものが……。
ドラゴンだからか? 死んでも体に宿った魔力が死後の放置された骸で結晶化して動き出したとか……。
ありうる。
「で……その結晶は?」
「ゲッフゥウウウ!」
うん。この返答はアレだよな、食ったんだな。何か腹部が光ってるし。
こいつ……殴りたい……。
「少しだけ余ったの。ごしゅじんさまにおみやげ」
そう言って、フィーロはポンっと紫色の小さな欠片を俺に渡す。
……どうしたものかな。
一応、半分にして盾に吸わせた。
やはりツリーやLvが足りなくて解放されない。
「ラフタリアは怪我をしているからフィーロ、お前と一緒にこの死骸を掃除するぞ」
「はーい!」
まったく……本当にこの鳥は俺を驚かせる。
フィーロを見ていて思う。
あの時、怒りに任せなくて良かった。
フィーロの仇を討つ為に盾を変えたというのに後半は怒りで完全に我を失っていた。
ラフタリアが止めていなければ、俺はフィーロすらも燃やしていたはずだ。
憤怒……呪われた盾。
勇者の意識すら乗っ取って何をさせようとしていたのか……。
ただ言える事は、あのままだったら俺はあいつ等を殺しに向ったはず。
……少なくともあの時は、その事しか考えられなかった。
「いただきまーす!」
「こらフィーロ、その肉は腐ってる! 食うな!」
「お肉は腐りかけが一番おいしいんだよ、ごしゅじんさまー」
「腐りかけじゃない! 完全に腐ってるんだよ!」
なんだか緊張感の無いまま、ドラゴンゾンビの処理は終わった。
骨とか肉とか皮とか、色々とあった訳だけど、ツリーを満たせなかった。
それでもドラゴンゾンビの皮とかドラゴンの骨とかは素材になりそうで、一部を馬車に乗せることにした。
行商の成果
「これは呪詛ですね」
村に急いで戻った俺達は黒い火傷を負わせてしまったラフタリアを急いで治療師に見てもらった。
「しかも相当強力な類ですよ。山のドラゴンの死骸にはこんなにも強力な呪いが?」
「え……いや……その」
俺がつけてしまったと素直に答えて良いのだろうか、言葉が詰まる。
「はい。私が誤ってドラゴンの腐肉を浴びたらこんな火傷と共に……」
ラフタリアが内緒だと俺に視線を送りながら笑みを向ける。
「どうにかできないか? 金なら幾らだって払う」
ラフタリアだって女の子だ。こんな黒い痣のような痕があっては目立つし困るだろう。
「出来なくはないですが……」
治療師は調合中の部屋に戻って透明な液体の入ったビンを持ってくる。
「かなり強力ですからね。直ぐに治せるか……」
「それは何だ?」
「聖水ですよ。呪いには聖なる力で除去するのが一番なのですが……」
「そうか」
憤怒の盾で起こる傷は傷の治りを悪くさせる呪いの効果まで宿っているのか。
あれは非常に危険だ。
敵味方の区別が付かず、しかも仲間すら巻き込むカウンター効果がある。
考えて使わないといけない。
しかも盾のツリーを見ると解放の進行がまったく進んでいなかった。
短い間だったけど、あの盾は解放できない。そんな予感のような何かを覚えた。
「聖水を包帯に染み込ませて……」
治療師は聖水を染み込ませた包帯をラフタリアの黒い痣のある場所に巻いていく。
「今は簡易的な物で申し訳ありません。出来れば大きな町にある教会で作られた強力な聖水を使ってください」
「どれくらいで治る?」
「正直……かなり強い呪いです。簡単に根絶できるかどうか……ドラゴンが施したとなると……」
本当は俺がしたのだけど……ドラゴンがやったと頷けるほどに強力な呪いなのか。
「そうだ。薬は後どれくらいで出来る?」
「一応、少しだけ出来ました。聖人様、どうか病で苦しんでいる者達に」
「ああ」
俺はラフタリアを治療師の部屋に残して、病人を収容している建物に薬を持って入った。
さすが本職が作った薬だ。
治療薬では出来なかった病の根絶をしてくれている。
寝息が静かになった病人達を見てホッとする。
……あんな盾に頼らなくても良いほどの強さが欲しい。
誰かを病から救うという意味も込めて、自身の弱さが呪わしい。
フィーロだって、大丈夫だったから良かったけど、いずれ大丈夫ではなくなる時が来るかもしれない。
目の前で失われる命に頭が真っ白になってしまった。
何度も思う。ここはゲームの世界ではないんだ。
死んだら誰も生き返らない。
隔離施設の裏にある墓場に目を向けて思う。
裏切られて、騙されたからこそ――俺は、俺を信じてくれる人を失わない為に守りたい。
治療師の部屋に戻り、包帯で体中を巻いているラフタリアに話しかけた。
「すまなかった」
「大丈夫ですよ」
「でも……」
「私は、ナオフミ様がどこか遠くへ行ってしまう方が怖かったんです」
「え?」
「あの力は、ナオフミ様をどこか遠くへ連れて行ってしまう。そんな気がするのです。だからナオフミ様を止めることができたのなら、こんな痕は安いものです」
そう笑ったラフタリアの表情が俺の心に突き刺さる。
絶対に、守らねばいけない。あんな盾に負けるわけには行かないと俺は固く決意を刻んだ。
「ラフタリアは病とかは大丈夫か?」
「一応……大丈夫ですね」
「次の薬ができたら、近くに居ろよ。予防も兼ねて」
「はい」
こうして俺達はその日は村で眠った。
次の日も疫病の根絶の為、俺達は精一杯働いた。
治療師の仕事の手伝いができないかと尋ね、薬の材料を調合し、作業は予定よりも早く終わった。教わろうかと思ったが今の俺ではかえって邪魔になる気がした。
病で苦しむ人々がいなくなり、村は平穏になってくれることを願う。
「次はどこへ行商に行くか。治療師に薬の作り方を聞くのも手だな」
ラフタリアの聖水が最優先だけど、上位の薬の作り方も知りたい。
「あのナオフミ様? そろそろ波ではありませんか?」
な!?
ラフタリアに言われて我に返る。
そういえばそうだった。
急いで波の到来予測を開く。
後3日と半日しかない!
「やばい! 3日と少ししか残ってないぞ!」
色々と準備が足りない。
「フィーロ、急いで城下町へ行くぞ!」
「りょうかーい!」
「あの聖人様……これを……」
そう言って村の長から渡されたのは金の入った袋。
「聖人様、所望の金銭です。どうかお納めください」
そういえば、今回は俺の正体がばれていなかったな。
「ああ……」
俺は金の入った袋を受け取り、どれくらい入っているかを数える。
……そして半分ほど別の袋に入れて返した。
「え?」
「俺だけの力じゃない。この村にいる治療師の手柄でもある。そいつに渡しておけ」
「は、はぁ……」
そう、今回はあの治療師が居なかったら危なかった。俺だけでは病の進行を抑えるので限界だっただろう。
そういう意味では功労者は奴だ。
「じゃあな」
「あ、ありがとうございました!」
村の連中が総出で俺達を見送った。
この後、俺の正体が分かったら、奴等は嫌な顔をするだろうか?
考えれば複雑な気持ちだ。
というのは頭の片隅において、今は急いで準備を整えねばならない。もはや馬車の調子なんて気にしていられるか!
俺達は急いで城下町に急行した。
その日、もの凄い速度で爆走する馬車を見たという噂が流れたとか……。
その道中。
「ごしゅじんさまーなんかいるよー」
「ん?」
馬車から顔を出す。
野生のフィロリアルAが現れた!
野生のフィロリアルBが現れた!
野生のフィロリアルCが現れた!
「「「グア!?」」」
フィロリアル達はフィーロを見て驚愕の表情を浮かべる!
フィロリアルA、B、Cは驚愕の表情のまま逃げ出した!
「なんだったんだ?」
遭遇すると同時に逃げるとは……。
なんか経験値と金銭が美味しいレアモンスターみたいな行動パターンだ。
まあそこ等中にいるフィロリアルを倒した所でそんな高い経験値は望めないだろうが。
まあ、フィロリアル・クイーンを目撃して驚いて逃げたとかだろう。もしくはこの辺りにも居るのかも知れない。
「なんかおいしそうな鳥だよねー。人が飼ってるのとすれ違うたびに思うの」
「あれはお前の同族だ」
舌なめずりをするフィーロに注意する。コイツは何でも食べ物に見えているんじゃないのか?
簡単に共食いをしそうで怖い。
「今なら追いかければ仕留められるよごしゅじんさまー」
「……やめておけ」
今更遅いか?
まったく、緊張感の無い奴だ。
そういえば、ドラゴンゾンビ戦の後のLvを見ていなかった。
俺 Lv38
ラフタリア Lv40★
フィーロ Lv40★
★……星?
「なあ、お前等のLvに星が入っているのだが何か知らないか?」
凄くいやな予感がする。なんだろうか。
「さあ……」
「フィーロわかんない」
う……ヘルプを見てみよう。
……わからん。
もしかしたら載っているのかも知れないが★で見つけることが出来ない。
やっとの事でその日の内に城下町に到着した。
「でだ親父、波に備えて武器と防具を売ってくれ」
なんか久々に見た武器屋の親父が何か眉間に手を当てて考え込んだ。
「アンちゃんは何時も、いきなり来るな」
「商売とは突然の出来事の連続だと思わないか?」
「まあ、そうだが。予算金額はどれくらいだ?」
「そうだな」
ドンっと親父の立つカウンターにここ一ヶ月ちょっとの収入を乗せる。ずっしりと入った大きな金袋を4つほどだ。
「銀貨何枚だったか、これだけある」
「アンちゃんちゃんと数えろよ! どれだけ荒稼ぎしたんだよアンちゃん!」
「ははは、行商の成果だ」
「まったく……アンちゃんは驚かせる趣味でも持っているのか?」
「あいにく無いな」
「さて、じゃあどれだけあるか数えるか」
「おう」
親父と俺、そしてラフタリアで金袋の中身を数えた。
「そういえば嬢ちゃん怪我でもしたのか?」
親父は金を数えながら包帯巻きのラフタリアを指差す。
「ええ、この前、強力な魔物の攻撃で強力な呪いを受けてしまいまして」
俺は思わず、数えるのをやめてラフタリアの方に顔を向ける。
「ああ、呪いかーそうなると厄介だよな。治療中って奴か」
「ええ、この後、教会で聖水を買おうとも思ってますよ」
「なるほどな」
ごまかせたか……。いや、俺が付けた呪いとか思うわけ無いか。
ふう。
「後は装備を買った後で良いが金属製の馬車とか依頼できないか?」
「アンちゃんホント何でも俺に頼むな」
「出来ないのか?」
「まあ……金属を扱うのは慣れているけどさ」
量が多く見えたけど、銅貨も多く、銀貨に換算すると意外と少なくなっていく。
「金貨70枚相当だぞ! ものすごい稼いだなアンちゃん」
「商才の自覚はあるさ」
自分でも商売の才能があるんじゃないかと自惚れてはいる。
些か死の商人みたいな事をしていた気もするが。
「後は、盗賊から奪った装備とか色々とあるな」
俺は店の品をキョロキョロと見ていたフィーロに指示を出し、店の前に止めていたボロボロの馬車から色々と持ってこさせる。
「これも下取りに出す」
「アンちゃん、手広くやってるな」
「で、これだけでどれくらいの装備を売ってくれる?」
「そうだなぁ……お嬢ちゃんの武器と防具、で、アンちゃんの防具を売るとなるとなぁ」
武器屋の親父が感慨深いと言うかのように考え込む。
「うちの店を贔屓にしてくれるのはありがたいが、別の店へ行くのも手だぞ?」
「どういう意味だ?」
「いやな、他の勇者は最近、めっきり顔を出さなくてな、どこかに優秀な店でもあるのだろうと思ってな」
「ふむ……」
考えられない話では無い。あの連中はゲームの情報を持っているから、親父の店より品揃えや性能が高い装備を売っている場所を知っている可能性は非常に高い。
城下町で一番性能の良い店が親父の店だとして……どこか別の国か?
「心当たりがあるとすれば?」
「隣国辺りまで行けば、俺の所より良いものを売ってるかも知れねえな」
「そんな雲を掴むような可能性に掛ける位なら親父の店で十分だ」
「アンちゃん……」
「最悪、親父に武器と防具を作ってもらえば良い。見た感じ……腕は良いのだろ?」
「おうよ! 俺は若い頃に東方の名工の弟子をしていたんだぜ」
「そういう訳だ。効率とかそう言う全てを考えて俺は親父に頼んでいる」
「アンちゃん。わかったよ。俺もアンちゃんの期待に答えなきゃな」
武器屋の親父はカウンターから乗り出して自身の店の商品を眺めた。
「そうだなぁ……嬢ちゃんの武器には魔法上級銀の剣辺りが妥当な範囲だろうなぁ。もちろんブラッドクリーンコーティング加工済みでな」
金貨10枚相当と指示して、分ける。もちろん、下取り分を混ぜて10枚だ。
「次に魔力防御加工が掛かった魔法銀の鎧が妥当な範囲だろうな」
「魔力防御加工?」
「装着者の魔力を吸収して防御力を上乗せする加工だ」
「なるほどな」
俺が守りきれずに怪我をさせてしまう可能性を視野に入れたらラフタリアの装備は重点的に着けさせたい。
親父はまた10枚相当を移動させる。かなりの高額だな。
だが……。
「なあ、もっと金を掛けて良い装備にしても良いんだが?」
「金属製の馬車と嬢ちゃんの治療費をどうするんだよアンちゃん。後な、自身に釣り合わない装備じゃ無茶が出るってんだ」
「そういうもんか」
「あと、今うちにある在庫の装備じゃこの辺りが限界だ」
「ああ、そういう事か」
親父の店でも扱いやすい方の装備で良い方なのか、なら納得。
「ここから先はオーダーメイドになるな。そうなると少し時間が掛かる」
「それは困るな。後三日で波が来るらしいから間に合うか?」
「材料の調達を考えると間に合わないだろ」
……それもそうだな。
「かなり色々な素材を持ってきているが、どれも足りないんだよ」
「そうか……腐竜の皮とかは使えるかと思ったんだけどなぁ……」
「問題はそれだな、アンちゃんはどうする?」
「どうするって?」
「アンちゃんの場合は重い装備をエアウェイク加工で軽くさせて売れるが、持ち寄った素材で新しい装備も作れるぞ」
「ちなみにどっちが性能が良いんだ?」
「トントンだな、拡張性が高いから作る方を勧めたい所だ」
「ふむ……そういえば、蛮族の鎧に骨を付与すれば性能が上がるんだったか」
「ああ、それを勧めるつもりだったよ。キメラとドラゴンの骨なんて凄い素材じゃないか。後は腐竜の皮を張り替えて……腐竜の核を鎧の中心に装飾すれば完璧だ」
腐竜の核って確かフィーロのお土産のアレだよな……。良い装備になりそうだ。
「へー……じゃあそれを頼むか」
「毎度! 骨の付与代はオマケとして、加工費と素材代っと」
そう言って親父は金貨5枚を移動させて素材をカウンターの奥に持っていく。
「アンちゃんも装備している蛮族の鎧を置いていけよ」
「分かった」
更衣室に行き、着替えて蛮族の鎧をカウンターに置いた。
「ごしゅじんさま村人みたいー」
「うるさい」
鳥は口が悪くてしょうがない。
「ねえねえ、フィーロは?」
「お前は馬車があるだろ」
親父と打ち合わせをし、金属製の馬車を発注してもらった。これがかなり高くついた。
金貨10枚もしたのだ。
まあ、それもかなりオマケしてもらった訳だけど。
「えーフィーロもごしゅじんさまやラフタリアお姉ちゃんみたいなのが欲しい」
「ダメだ」
「欲しい欲しい欲しい!」
駄々を捏ねる鳥にかなりイラついてきた。
「まあまあ、アンちゃん。鳥の嬢ちゃんにも装備くらい買ってやったらどうだ?」
「だがなぁ……」
コイツ、素手というか足だけでラフタリアの攻撃力を超えているんだよなぁ。
十分すぎるだろ。
「何かあるか?」
「うーん。鳥の嬢ちゃんは普段、魔物の姿で戦っているんだろ?」
「ああ」
「じゃあ俺の管轄外だろうなぁ。用意は出来なくは無いが魔物商から買った方が確実だな」
「魔物商……」
あの嫌な笑みが蘇る。俺の想像の中であの紳士がウェルカムとか言ってる。
「紹介するか?」
「いや、当てがある」
一応、会いに行くとするか。
「じゃあ、そうだな……二日後に来てくれ、その頃にはアンちゃんの装備ができてる」
「わかった。……そうだ。なあ親父」
「なんだ?」
「Lvの隣に星が付いたんだがなんか知らないか?」
「お? アンちゃん達もクラスアップの領域に達したか」
「クラスアップ?」
「アンちゃん知らないか。クラスアップって言うのは成長限界突破の事だ。それを超えることで更にLvを上げられるのさ、しかもクラスアップした時、かなりパワーアップできるぞ」
なん、だと!?
つまりアレか、ゲームとかで言う所の転職とかその辺りの通過儀礼的な奴か?
クラスアップしないと強くなれないのか。
「本来、クラスアップは国に認められた騎士とか魔術師と、後一部のお抱え冒険者じゃないと出来ないんだけどな。アンちゃんは勇者だから信用は足りているだろ?」
これを逆に考えると盗賊団が思いのほか弱かったのにも頷けるな。最高でもLv40だ。信用のおけない冒険者や村人にはクラスアップが出来ないという枷を掛けて、力で管理している。
国が信用できない人間はクラスアップを行うことができない訳か……。
「クラスアップするときに自分の方向性を決めるんだが、俺も悩んだものだぜ……星に達しているとなると全部の可能性が開いているからなおの事だろうな」
「……何処でクラスアップできるんだ?」
「アンちゃん行った事無かったか? 龍刻の砂時計で出来るぞ」
あんな所で出来るのか? よくよく考えてみれば確かに高尚そうな、管理が厳重な施設だった。
……もしかして、あそこで他の勇者共に会えたのも……クラスアップが理由か?
あいつ等Lv幾つなんだよ。
さすがに苛立ってきた。
「じゃあ行ってくる」
出来るのならさっさとさせるべきだろう。
俺達は武器屋を後にして龍刻の砂時計へと急ぐ……。
馬車は限界を迎えたので、武器屋の裏に置いて来た。
その影響でフィーロは人型だ。
「どうしたの?」
「いや……」
毎日、宿屋で見ているはずなのに、何か珍しい構図になってしまっているような気がする。
コイツは最近、ずっと鳥で居る方が多かったからな。
その所為だろう。
「そういえば、クラスアップは可能性を広げると言うが、どういうものなのだろう?」
「私はナオフミ様の思うとおりクラスアップしたいです」
「……それはやめておけ。ラフタリア、お前が自分で自分の可能性を決めろ」
昔やったゲームだと、光のルートと闇のルートが選べるクラスチェンジというのがあったが、これは本人に決めさせるべきだ。
「波が終わって、俺が元の世界に帰った時、俺が居なくなっても生きていけると思う方になれ」
「え……ナオフミ様は帰ってしまうのですか?」
「ああ」
この世界に何の愛着も無い。精々、恩を受けた連中がいるが、それも世界を救ったら報いる事になるだろう。
となれば、こんな不快な世界に残る意味がわからない。
「私は連れて行ってくださらないのですか?」
「何処へ?」
何を言ってるんだ? 俺の世界にラフタリアのような子が来ても奇異な目で見られるだけだ。
「フィーロが運んで行きたい。何処へ行くの?」
「フィーロじゃ行けないなぁ……」
「そうなの?」
「まあ良い。フィーロはどういうクラスアップをしたい?」
「えっとねーフィーロは毒を吐けるようになりたい」
「…………」
絶句した。何を言っているんだ? この鳥は。
アレか、最近、毒ばかり使う魔物と戦ってきたからフィーロが変な憧れを抱いたのか?
バイオプラントとかドラゴンゾンビとか。
「既に吐いているがな」
毒舌という意味で。
「ホント!?」
フーっと口をすぼめてフィーロは息を吐く。
「出ないよ?」
「そう言う意味じゃねぇから。ともかく行ってみよう」
俺達はクラスアップへの期待に胸を弾ませて、龍刻の砂時計へ向かった。