盾の勇者の成り上がり (16-30)

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波に備えて

 ロープシールドの条件が解放されました。

 ピキュピキュシールドの条件が解放されました。

 ウッドシールドの条件が解放されました。

 ロックシールドの条件が解放されました。

 バタフライシールドの条件が解放されました。

 パイプシールドの条件が解放されました。

 etc……

 ロープシールド

 解放済み……装備ボーナス、スキル『エアストシールド』

 ピキュピキュシールド

 解放済み……装備ボーナス、初級武器修理技能1

 ウッドシールド

 解放済み……装備ボーナス、伐採技能1

 バタフライシールド

 解放済み……装備ボーナス、麻痺耐性(小)

 パイプシールド

 解放済み……装備ボーナス、スキル『シールドプリズン』

 etc……

 あれから1週間と1日。

 俺達は武器屋の親父から聞いた通り村に向った。

 村の名前はリユート村。拠点にするには良さそうな村であり、宿は一つしかないが宿泊費は銀貨1枚。

 買取商人も二日に一度は滞在するという好立地だった。

 薬屋は無いが村人が薬を欲しているので城下町の薬屋よりも安めに売る。

 その代わり品質が悪いと念を押して売った。

 ちなみに俺の悪名は響き渡っており、村に来た当初、戯けた事をするのでバルーンの刑に処してやったことが数回ある。

 で、だ。

 このあたりの魔物や薬草、その他鉱石から材木、色々と武器に吸わせた結果、様々なスキルや技能を覚えた。

 ステータス付与も色々、数えるのが面倒になるほどだ。

「待てー!」

 不利を悟って逃げる全身が針のヤマアラシのような魔物、ヤマアラをラフタリアと一緒に追いかける。

 ラフタリアも順調にLvを上げ、俺はLv20、ラフタリアはLv25になった。

 意外と成長が早い。

 ……そして俺は未だに布の服で戦えてしまっている。

 いい加減、ここまでノーダメージで戦えると本当に弱いのか首を傾げたくなる。

 とはいえ、一度痛い思いをした。

 防御力を侮り、弱い盾で戦っていたら、ものの見事に痛みが走ったのだ。

 今回追っているヤマアラの不意打ちを受けてちょっと怪我をした。

「あーちょっと痛いな。久々の感覚だ」

 流血する傷口にヒール丸薬を塗りつけながら走る。

 針が刺さったら痛いよな。普通。

 この世界に来てから生憎と盾が保護してくれていたので忘れていた。

「だから言ったじゃないですか。ナオフミ様もそろそろ装備を買うべきだと」

「いや……弱い盾にしてたのが原因だ」

 何時の頃だったか、ラフタリアがご主人様では無くナオフミ様と名前で呼ぶようになったのは。

 馴れてきたのは良いことなのか悪いことなのか。

 まあ良い。

 どうも俺の盾は盾の形状をした全身を覆う装備のようで、別に構えている必要はあんまり無い。

 一応、盾の部分が一番硬いようなのだが、今までダメージを受けていなかったのだ。

 今回、初ダメージ経験とも言える。

 でだ。砥石の盾の効果なのだが、やはり予想通り自動で研磨してくれるという便利な盾だった。

 研磨時間は8時間。それより前に引き抜くと効果なし。

 難点は使用中、SPを常時使用して回復しないという所だ。

 あ、他に覚えたスキル一覧を復習してみるか。

「エアストシールド!」

 初めて覚えたスキルだ。効果は射程5メートルくらいの範囲で盾を生み出すスキル。

 うん。俺だけだと何の役にも立たないな。

 精々足止め用と割り切る感じ。

 意識を集中して、出したい場所にイメージすると出る。効果時間が過ぎると消滅する不思議な盾だ。

 掛け声があるとなおよし。

 ヤマアラは俺の出した盾に驚いてよろめく。

 しかし、即座に体勢を立て直して逃亡を再開。

 くー……5メートルなら追いつけると思ったのに、逃げ足の速い奴だ。

 しょうがない。

「シールドプリズン!」

 射程6メートルくらいの範囲で盾で四方を囲む檻を作り出す。

 今回はヤマアラにターゲットを付けて発動させた。

 対象を守るスキルらしいが、中に入った者を拘束する効果もある。

 うん、どっちも守る系で攻めには使えない。

「キー!」

 逃げ場所の無くなったヤマアラはシールドプリズンの中で暴れまわる。

 どちらも効果時間は15秒。

 その間にラフタリアはプリズンの至近距離まで近づき、消えると同時に中に居たヤマアラに剣を突き刺した。

「キイ!?」

「やりました!」

 ヤマアラを掴んでラフタリアは戻ってくる。

「よし!」

 EXP48

 中々の収穫だ。

 獲物は倒して武器に吸わせるだけでも変化するが、細かく分けた方が得だ。今まで知らなかったのだが、ここ1週間で発見した。バルーンやマッシュ、エッググは本体が素材だったからな。気付くわけも無い。

 早速ヤマアラを解体して針と肉と皮、骨と分ける。

 どれも素材になるので馬鹿に出来ない。

 盾に幾らか吸わせている。

 骨系は複数の魔物の骨が必要で、皮系はステータスアップの装備効果がある。無論、ツリーとLvを満たせていればの話だが。

 肉は料理系。と系統がはっきり見えてきた。

 針がちょっと楽しみだ。ヤマアラシールド自体は入手済みだ。

 アニマルニードルシールドの条件が解放されました。

 動物の針の盾か。針盾……解放効果に興味が湧くな。

 アニマルニードルシールド

 未解放……装備ボーナス、攻撃力1

 専用効果 針の盾(小)

 よっしゃー! 攻撃力アップだぁあああああああああああ!

 うん。分かってる。たった1しか上がらないって事くらい。

 専用効果、針の盾(小)がどういった物なのかは分からないけど、どうにか攻撃的な盾のツリーを見つけることが出来た。

 これを取っ掛かりに、ツリーに繋がりそうなアイテムを重点的に探せば俺も攻撃ができるようになる。

 防御力は、まあ鉱石系の盾よりも少し低いけど、大丈夫だろう。

「どうです?」

「ああ、攻撃力が上がる盾みたいだ」

「やりましたね。所で防御力は?」

 ラフタリアはどうも俺が怪我をするのに怪訝な顔をする。

「程々かな」

「そうですか……あの、剣の研磨をお願いしたいのですが……」

「分かった。そろそろ狩りを中断して村に戻るか」

「はい!」

 盾を砥石の盾に変化させて、ラフタリアの剣を差し込んだ。

 研磨中……。

 さて、俺達のLvはバンバン上がり、手広く金稼ぎに1週間近く費やしたお陰で所持金はなんと銀貨230枚にまでなった。

 薬が程々に売れるし、盾が付与してくれる技能系スキルのお陰で伐採や採掘など手広く商売をしているお陰だ。

 問題は浅く広くと、俺のオンラインゲームプレイと同じ傾向になってしまっている所だろうか。

 まあ、手段を選ばずに金稼ぎに終始していたらこうなるよな。

 強くなるためには無駄な行動だがな。生きる為にはしょうがない。

「さて、そろそろ城下町に戻ってラフタリアの装備を一新するか」

「……ナオフミ様?」

 ん? なんかラフタリアが妙に背筋が凍りつくような笑顔で俺に微笑みかけている。

「私の装備を買っていただけるのは非常にありがたいのですが、その前にご自身の格好を少々お考えください」

「なんか変か?」

「盾以外、村人と殆ど変わらないですよ」

「んー……必要無いからな……着替えがある程度で大丈夫だろ?」

 ガシ!

 ラフタリアが俺の肩を掴んで満面の笑みで脅してくる。

「それで先ほどお怪我をなさったのではありませんか」

「解放目的の弱い盾、だったしなぁ……まだ大丈夫だろ。それよりお前の武器を新調すればもっと良い場所へ――」

「ナオフミ様? 戯れは程々にしませんと死んでしまいます」

「死!?」

 何か予備の剣の柄を握ってラフタリアが脅してくる。

 奴隷の制限で俺を傷つけることはできないはずなんだが。

「……いい加減、ご自身の装備を見直す時です。期限が近づいているのでしょう?」

「……ああ」

 そういえば、そうだった。

 考えてみれば後数日で災厄の波というのが訪れる可能性がある。

 それまでの間に強くならねばならなかったのだ。

 となると確かに、この村人と大して差が無い格好では不安にもなる。

 目的と手段が摩り替わっていた。

「はぁ……」

 もう少し、攻撃力を上げていきたかったのだが。

「今は私よりもナオフミ様の装備を探しましょう」

「そうだな、とりあえず装備を買って、残った金でお前の武器を買えば良いか」

「はい」

 馴れてきたとは聞こえが良いけど、図々しくなってきたなぁ……。

 いい加減、立場の違いを分からせてやりたいけど、設定した禁則事項に違反しない強かさを最近身につけている。

 あえて言うなら、面倒な奴隷になってきた。

 17/1217

蛮族の鎧

「お、盾のアンちゃんじゃないか、1週間ぶりだな」

 城下町で行くところなんて商店街辺りしかない俺達。

 武器屋の親父は何故かラフタリアの方を見てポカンと口を開ける。

「しばらく見ないうちに見違えたなぁ……別嬪さんに育ったじゃないか」

「はぁ?」

 何を言っているのだろう。訳の分からない事を親父はほざいている。

「恰幅も良くなって……前来た時の痩せこけた姿とは大違いだ」

「太ったみたいな言い方しないでくださいよ」

 何やらモジモジとラフタリアは手を捏ねて答えている。

 その態度は不愉快だ!

 あのクソ女を連想させる。

「ガハハ、可愛く育ってるじゃないか」

「育つ? まあLvは上がったな」

 約1週間前、Lv10だったが今は25だ。それだけ身体的特徴に現れていると言えばそうなのだろうさ。

「ふうむ……アンタは朴念仁になってきたな」

「何を訳のわからん事を」

 そもそも見た目10歳の女の子が可愛いと思うのは誰だって同じだろうに、まあここ最近、肉ばかり食わせていたから少し太ってきたのかもしれないが。

 腹が減ったと良く騒ぐので、出会う魔物の肉を料理して食べさせていた。

 栄養バランスが崩れて脚気になるかもしれないと危惧し、断腸の思いで薬草を和えた物にしたりと工夫もした。

 最近は咳もしなくなった。治療薬を飲ませていたのが効いたのだろう。

「ここ1週間、何していた? 戦いだけかい?」

「宿の人にテーブルマナーを教えてもらいました。ナオフミ様のように上品に食事がしたくて」

「順調のようじゃねえか」

 何やら武器屋の親父の機嫌が良い。これならよい装備を値切れるかもしれん。

 もっとおだてろ、ラフタリア。

「で、今日は何のようだ?」

「ああ、装備を買おうとな」

 ラフタリアを指差しながら言う。するとラフタリアが何か不気味な笑顔で俺の肩を強く掴む。

「今回はナオフミ様の防具を買おうと思いまして」

「分かってるよ。何をそんなムキになっているんだ?」

「ご自身の胸に手を当ててお考えください」

「ん~……まあ、波に備えてだけど?」

「アンタの本音が何で、嬢ちゃんが何を伝えたいかは俺にはハッキリ分かったがなぁ……」

 一体何を言っているんだコイツ等?

 前々から俺の装備を買うと決めていたじゃないか。

「さて、じゃあアンタの防具で良いんだな。予算はどれくらいだ?」

「銀貨180枚の範囲でお願いします」

 ラフタリアが勝手に値段をほざいた。

 なんかかなりイラついてきたぞ。

 それでは今の武器より良い物は買えないだろ!

「そうだなぁ……その辺りでバランスの良い防具となるとくさりかたびらだな」

「くさりかたびら……ハッ!」

 ほぼ無意識で腹の底からどす黒い感情が噴出する。

 何が悲しくて、元々俺の物だった装備を買いなおさなければいけないんだ。

「まあ……盾のアンちゃんがそこまで嫌ならしょうがないな」

 事情を薄っすらと理解している親父はポリポリと鼻を掻きながら納得し、視線を別の防具に向ける。

「となると、ちと厳しいかもしれないが、鉄の鎧が妥当な範囲か?」

 そう言って指差した防具に目を向ける。

 鉄で板金されたフルプレート……あれだ。城とかの置物で飾られている鎧がそこにあった。

 知っているぞ、確かフルプレートメイルと呼ばれる種類の防具で着ると碌に動けなくなるとか、一人で起き上がれないとか、沼地で沈んで死者が出たとか俺の世界では言われている。

「体力さえあればどうにかなるだろう。難点はエアウェイク加工されていない所だな」

「エアウェイク加工?」

「着用者の魔力を吸って重量を軽くさせる加工だ。効果は優秀だぞ」

「なるほどな」

 つまりこの世界ではエアウェイク加工していない全身防具など、動けない的のような物か。

 いや、体力さえあればどうにかなるとも言っていた。

 だが、幾ら俺でもそんなに体力は無い。

「重そうな部分を外せば安く、軽くなりそうだなぁ……」

「アンちゃん。やっぱりその辺りを考えていたか」

「当たり前だろ」

「となると鉄の胸当てを買ったほうが安いだろうよ。守れる範囲が狭いがな」

「ふむ……防御力が必要ではあるのだが、敏捷が下がっては話にならないからなぁ……」

 俺が壁になるのは良いが、守れないのでは大きな問題が起こる。

 動きにくい装備は出来る限り断りたい。

 エアウェイク加工だったか、それを行うにはどれだけの金が必要になるのやら。

「後は……素材を持って来ればオーダーメイドをしてやっても良いが……」

「良いな、そういうのは好きだぞ」

「アンちゃんは好きそうな顔しているからなぁ……そうだなぁ」

 武器屋の親父は材料名と完成予想図の書かれた羊皮紙を広げる。

「読めない」

 この世界の文字は俺には読めない。全て盾が翻訳してくれているから意思疎通が出来ている。

 武器屋の親父は困ったなぁ、というような顔をして説明する。

「そこの工房で安物の銅と鉄を購入、後はウサピルとヤマアラの皮、そしてピキュピキュの羽を持って来い」

「皮と羽はありますよ」

 ラフタリアがニコニコしながら荷物袋に入れていた寝巻き用の皮と羽を取り出す。

 それなりに暖かいから使っていた布団&毛布だったのだが、まあ……いいだろう。

「ちょっと質が悪くなっているが、使えるくらいの程度ではあるな」

「これで何が出来るんだ?」

「蛮族の鎧だ。性能はくさりかたびらとトントンだが、防御範囲も広くて寒さに強い」

「ほう……」

 蛮族の鎧……なんか嫌なフレーズだ。

「追加オプションに骨をプラスすれば魔法効果も付くんだが、これは後からでも出来るから材料が集まったらまた来い」

「助かる。じゃあ鉄と銅を買って来るとするか」

「行きましょう! すぐに行きましょう」

 ラフタリアが何やら元気良く俺の手を引っ張って買出しに行こうとしてくる。

「どうしたんだよ」

「これでナオフミ様も一端の冒険者の格好になるのですよ。急がなくてどうするのです」

「ま、まあ……そうなんだが」

 村人とほぼ変わらないといわれてしまったからなぁ。

 ちょっと野蛮な装備になるけど、無いよりマシか。

 そうして俺達は金属工房の方に顔を出し、鉄と銅を購入した。

 武器屋の親父から話が行っていたらしく、思いのほか安く売ってくれた。

 なんでもラフタリアが話通り可愛い子だからオマケしてくれたとか何とか。

 ラフタリアを見ながらニヤニヤする金属工房のおっさん共。ラフタリア本人も愛想良く手を振っている。

 この世界ではドンだけロリータコンプレックスが居るのかと説教したくなるな。

「あっさりと材料が集まったな」

「アンちゃんが頑張ったお陰だろ」

「まあ、それよりも親父の知り合いにロリコンが多いことに付いて二、三個指摘したいのだが」

「ロリコン? アンタ何を言っているんだ?」

「ロリコンの意味が伝わっていないのか? 盾には翻訳機能があるはずだが」

「いや、少女趣味の知り合いは居ないと思ったが……」

「ラフタリアが可愛いからって安く売ってくれたぞ」

「アンちゃん……もしかして本当に分からないのか?」

「何が?」

「親父さん。その話は良いですから」

 何やらラフタリアが首をブンブン振っている。

 親父は何か察したのか、ヤレヤレと言った感じで肩をすかして視線を俺に戻した。

「明日までには完成させておく、それまで待っていてくれ」

「早いな、最低でも二日以上は掛かると思っていた」

「ま、知らない野郎ならそれくらい掛けるが、なんたってアンちゃんだからな」

「一応、礼は言っておく」

「ははは、ケツが痒くなるな」

 感謝した俺が馬鹿を見たような気がしてくるな。

「で、オーダーメイドの金額はどんなもんだ?」

「銅と鉄の購入代込みでー……銀貨130枚で手を打ってやる。更に拡張オプション込みだ」

「骨だったか? それを持って来れば良いんだな」

「ああ、その代金込みで130枚、これ以上は安く出来ねえよ」

「分かった。それで良いだろう」

 俺は銀貨130枚取り出して親父に渡した。

「毎度」

「所で親父、銀貨90枚で買える範囲の武器も欲しいのだが」

「嬢ちゃんの武器だろ」

「ああ」

 一応、1週間前に購入した剣と研磨が終了し普通の剣になった元錆びた剣を持っているが、これは下取りに出すか。

「ラフタリア」

「はい」

 ラフタリアは腰から剣を出してカウンターに置いた。

「下取り込みで頼む、後、貰った剣も一緒だ」

「ふむ……今回はちゃんと手入れをしていたみたいだな」

「俺の盾がな」

 研磨の盾に寝る前に差し込んでおけば翌朝には大体手入れは終わる。

 切れ味もそこまで落ちる事は無かった。

「便利な盾だなぁ……俺も欲しいぜ」

「代わりに武器が装備できねえよ」

 攻撃力が低すぎて俺はタダの壁でしかない。

 それでも良いのなら喜んで譲ってやりたい。譲れるのならだけど。

「そいつは困った部分だな」

 ガハハと笑う親父にイラっとしつつ、下取りを待つ。

「あの錆びた剣が見違えたもんだ。さすが伝説の盾か、驚きの性能だ」

 感心した様子で元、錆びた剣を親父は評価していた。

「これならそうだな……魔法鉄の剣くらいなら売ってやっても良い」

 確か、魔法鉄は鉄の剣の上の武器だったはずだ。

「ブラッドクリーンコーティングは付与されているんだよな」

「ああ、オマケしてやるよ。アンちゃんが頑張っているのは俺には分かってるからな」

 気の良い親父だ。考えてみれば無一文になってからもこの親父は俺に色々と恵んでくれた。

「ありがとう……」

 心から俺は親父に感謝の言葉を述べる。

「アンタ。初めて会った時と同じ目をしたな、それで良い。良いものを見せてもらったよ」

 何やら親父は満足したようにラフタリアに魔法鉄の剣を手渡した。

「良い武器があればそれだけ強くはなれる。けれどそれに見合う能力が無ければ武器が可哀想だ。でも、アンタ達なら満足に使いこなせるだろうよ。嬢ちゃん、頑張りな」

「はい!」

 ラフタリアは瞳を輝かせて貰った剣を腰にある鞘に収めた。

「それじゃあ、明日、今くらいの時間に来てくれ」

「ああ」

「ありがとうございました!」

「いいってことよ」

 こうして俺達は武器屋を出るのだった。

 武器屋から出た後、なんとなく昼を過ぎたので飯でも食うかと考える。

 何を食べても味がしないのだが、腹は減る。

 残りの所持金は銀貨10枚だ。ここ1週間とちょっとが一瞬で消えてしまった。

 まあ良い。それだけの性能を期待できるのなら、未来の投資で十分だろう。

 幸い、金稼ぎの方法は山ほどある。

「そうだ、前に来たときの店に、飯でも食いに行くか」

「良いのですか?」

「またラフタリアが食べたがったのを食べさせてやるぞ」

「やめてください! もう、私はそんな子供じゃありません!」

 先ほどまでご機嫌だったラフタリアがプイっと怒って頬を膨らませている。

 1週間で子供が大人ぶって何を張り合っているのだろうか。

 背伸びしたいお年頃という奴だな。

「はいはい。本当は食べたいんだよな。分かった分かった」

「ナオフミ様全然話を聞いてませんね」

「良いんだよ。大人振るなよ。やっぱり……食べたいんだろ?」

「子供を諭す優しい目で見透かしたつもりになってる!? いりませんからね!」

 まったく、面倒な年頃の子だ。

 俺達はあのお子様ランチ?を出す店に入る。

「いらっしゃいませ!」

 お? 今回は愛想が良い店員に案内されてテーブルに座る。

 髪型を変えた効果か? あの頃は酷かったからな。

「俺は一番安い定食、この子には旗の付いた子供用のランチを」

「ナオフミ様!」

 メニューを確認した店員が俺とラフタリアを交互に見ながら何やら困惑の表情を浮かべている。

「えっと、私も一番安い定食をお願いします」

「は、はい」

 店員はラフタリアの提案に頷いて戻っていった。

「一体どうしたんだ? 本当に嫌なのか?」

「ですから、もう十分なんですって」

「うー……む」

 しょうがない。ここはラフタリアのワガママに付きあってやるとするか。

 食べたいものを食べさせてやるのも主である俺の責務な訳だしな。

 18/1217

龍刻の砂時計

 翌日、俺達は武器屋に顔を出した。

「お、アンちゃんじゃないか」

「頼んだ品は出来たか?」

「おうよ! とっくに出来てるぜ」

 親父はそう言うとカウンターの奥から一着の鎧を持ってきた。

 粗野で乱暴そうな……それでいて野生的とも言える無骨な鎧がそこにあった。

 襟の部分にはふわふわのウールのように加工されたウサピルの皮が使われていて胸には金属板が張られている。

 そして金属で保護できない稼動部はヤマアラの皮で繋がれている。中に手を入れるとヤマアラの皮を二重に張って中にピキュピキュの羽が詰められているようだ。

「……これを着るのか?」

 なんていうか、盗賊団のボスとかが着ていそうな鎧だ。

 蛮族の鎧とはよく言ったもので、俺が着ると世紀末の雑魚のような格好になりそうだ。

「どうしたんだアンちゃん」

「いや、滅茶苦茶悪人っぽい鎧だなと思って」

「今更何を言ってんだ、アンちゃん?」

 む?

 それは俺が既に真っ黒な悪人だとでも言うつもりか?

 確かに金銭を得る為に手段を選ぶつもりは無いけど、コレはないだろう。

「ナオフミ様ならきっと似合いますよ」

「ラフタリア……お前」

 言うようになったじゃないか。

「とにかく着てみてくれよ」

「うー……できれば……着たくないがせっかく作った鎧だからしょうがない」

 店の更衣室にいそいそと入って着替える。

 ……サイズを測ってないのにピッタリフィットする鎧に驚きで声が出ない。

 さすがは武器防具を扱う武器屋の親父が作っただけあるか。俺を目視でサイズを特定したのだろう。

 更衣室から出て、親父とラフタリアにお披露目する。

「ふむ……顔から野蛮さは感じられないが目付きで乱暴者っぽい感じになったな」

「あ? それは俺の目付きが悪いとでも言うつもりか?」

「アンちゃんはやさぐれたっていうのが正しいかも知れねえな」

 ったく、何を言っているんだか。

「ナオフミ様、似合っていてカッコいいですよ!」

 笑顔でほざくラフタリア。

 俺はジッとラフタリアを睨みつける。

 あまりに調子に乗っている様なら一度痛い目に……。

 ……本心で言ってやがる。

 どんな環境で育ってきたんだ?

 あ、そういえばラフタリアは亜人か。もしかしたら美的センスが俺とは違うのかもしれん。

 ステータスを確認すると確かにくさりかたびらと同等の防御力があるようだ。むしろ少しだけ高い。

 親父に顔を向けるとウインクしやがる。これはオマケの付与効果と考えて良いのだろうな。

「はぁ……ありがとう」

 正直な所だと趣味の類じゃないけど、波に備えるのならしょうがないよな。

 と、自分を納得させるのだった。

「さて、これからどうしたものか」

「そういえば、城下町の雰囲気がピリピリしていますものね」

「波が近いからだろうけど、何処で、何時起こるんだ?」

「ん? アンちゃん教わってないのか?」

「何をだ?」

 武器屋の親父が知っていて俺が知らないとは……この国の災害に対する対処は適当なんだな。と内心毒づきながら親父の話に耳を傾ける。

「国が管理している時計台が広場の方へ行くと見えるだろ?」

「そういや、見えるな、城下町の端にそれっぽい建物」

「そこにあるのが龍刻の砂時計だ。勇者ってのは砂時計が落ちたとき、一緒に戦う仲間と共に厄災の波が起こった場所に飛ばされるらしいぜ」

「へぇ……」

 この辺りはどうせ、あのクソ王や勇者のお仲間が教えてくれる情報……だったのだろう。

「何時ごろか分からないなら、見に行ってみれば良いんじゃないか?」

「そう、だな」

 何時何処に飛ばされるか分からないというのは俺からしても困る。

 安全を期すために行ってみるとしよう。

「じゃあな、親父」

「おうよ!」

「それでは」

 親父に礼を言ってから俺達は時計台の方へ行った。

 城下町の中でも高低の高い位置に存在する時計台、近くで見れば見るほど大きな建物だった。

 なんとなく、教会のような面持ちのドーム上の建物の上に時計台がある。

 入場は自由なのか、門が開かれ、中から人が出入りしている。

 受付らしきシスター服の女性が俺を見るなり怪訝な目をした。顔を知っているのだろう。

「盾の勇者様ですね」

「ああ、そろそろ期限だろうと様子を見に来た」

「ではこちらへ」

 そう言って案内されたのは教会の真ん中に安置された大きな砂時計だった。

 全長だけで7メートルくらいはありそうな巨大な砂時計。

 装飾が施されていて、なんとも神々しいような印象を受ける。

 ……なんだろう。背筋がピリピリする。

 見ているだけで本能のどこかが刺激されるような変な感覚が俺の体を駆け巡っていた。

 砂の色は……赤い。

 サラサラと音を立てて落ちる砂に視線を向ける。

 落ちきるのはもう直ぐだというのは俺にも分かった。

 ピーンと盾から音が聞こえ、盾から一本の光りが龍刻の砂時計の真ん中にある宝石に届く。

 すると俺の視界の隅に時計が現れた。

 20:12

 しばらくして12の目盛りが11に減る。

 なるほど、正確な時刻がこうして分かるようになるという訳か。

 これに合わせて行動しろと。

 しかし……20時間となるとやれることは少ないな。精々、今日は草原で薬草摘みでもするのが精一杯だろう。

 回復薬の準備も必要か。

「ん? そこにいるのは尚文じゃねえか?」

 聞きたくない声が奥のほうから聞こえて来た。

 見るとゾロゾロと女ばかりを連れた槍の勇者、元康が悠々と歩いてきやがる。

 気に入らないな。今すぐにでもぶっ殺してやりたい所だが理性で抑えた。

「お前も波に備えて来たのか?」

 目付きがなんともいやらしい。蔑むような視線で俺を上から下まで一瞥する。

「なんだお前、まだその程度の装備で戦っているのか?」

 なんだと?

 誰の所為だと思ってやがる。お前とお前の後ろにいるクソ女が原因だろうが。

 元康は約一ヶ月前の時とは雲泥の、なんていうか高Lvだと一目で分かる装備をしていた。

 鉄とは違う。銀のような輝く鎧で身を固め、その下には綺麗な新緑色の高そうな付与効果がついているだろう服を着ている。しかもご丁寧に鎧の間にくさりかたびらを着込み、防御は絶対だと主張しているかのようだ。

 持っている伝説の槍は最初に会った時の安そうな槍ではなく、なんとも痛そうな、それでいてカッコいいデザインの矛になっていた。

 矛は……まあ、槍だよな。

「……」

 しゃべるのもわずらわしい。

 俺は元康を無視して時計台を後にしようとする。

「何よ、モトヤス様が話しかけているのよ! 聞きなさいよ」

 と、俺の殺意の根源が元康の後ろから顔を覗かせる。

 これでもかと睨みつけるがソイツは相変わらず、俺を挑発するように舌を出して馬鹿にする。

 この女、いつか絶対ブッ殺してやる。

「ナオフミ様? こちらの方は……?」

 ラフタリアが首を傾げつつ、元康たちを指差す。

「……」

 俺は答えるよりもここを去る選択を決め歩きだそうとした。

 入り口から樹と錬がやってくるのを見つけるまでは。

「チッ」

「あ、元康さんと……尚文さん」

 樹は舌打ちをした俺を見るなり不快な者を見る目をし、やがて平静を装って声を掛ける。

「……」

 錬はクール気取りで無言でこちらに歩いてくる。やはり装備している物が旅立った日より遥かに強そうな物で占められている。

 それぞれ、ゾロゾロと仲間を連れて。

 時計台の中はそれだけで人口比率があっという間に増えた。

 4+12+1

 4は俺達、召喚された勇者で12は国が選んだ冒険者、そして1はラフタリアだ。

 17人も居たらそりゃあ、うっとうしくもなる。

「あの……」

「誰だその子。すっごく可愛いな」

 元康がラフタリアを指差してほざく。

 こいつ、女なら何でも良いんじゃないのか?

 勇者が幼女に欲情とは……この国も終わったな。

 しかも鼻にかかった態度でラフタリアに近づき、キザったらしく自己紹介する。

「始めましてお嬢さん。俺は異世界から召喚されし四人の勇者の一人、北村元康と言います。以後お見知りおきを」

「は、はぁ……勇者様だったのですか」

 おずおずとラフタリアは目が踊りながら頷く。

「あなたの名前はなんでしょう?」

「えっと……」

 困ったようにラフタリアは俺に視線を向け、そして元康の方に視線を移す。

「ら、ラフタリアです。よろしくお願いします」

 俺が不機嫌なのを察しているのだろう。ラフタリアは冷や汗を掻いているのが分かる。

 こいつも俺より元康の方へ行きたいとか思っているんだろう。

 まったく、サッサとここから出たいというのに、コイツ等はまだ俺を嵌める気か?

「アナタは本日、どのようなご用件でここに? アナタのような人が物騒な鎧と剣を持っているなんてどうしたというのです?」

「それは私がナオフミ様と一緒に戦うからです」

「え? 尚文の?」

 元康が怪訝な目で俺を睨みつける。

「……なんだよ」

「お前、こんな可愛い子を何処で勧誘したんだよ」

 元康が上から目線で俺に話しかけてきた。

「貴様に話す必要は無い」

「てっきり一人で参戦すると思っていたのに……ラフタリアお嬢さんの優しさに甘えているんだな」

「勝手に妄想してろ」

 勇者仲間より異世界のビッチを信用するクズと話しているとそれだけでムカムカしてくる。

 俺は錬と樹の方にある出入り口の方へ歩き出す。

 二人とその仲間は道を開ける。

「波で会いましょう」

「足手まといになるなよ」

 事務的でありきたりな返答をする樹と、お前は何処まで偉そうなんだという勇者様態度の錬に殺意を覚えつつ、背を向ける。

 ふと振り返るとラフタリアがオロオロとしながら周りをキョロキョロとしつつ俺の方へ駆け寄る。

「行くぞ」

「あ、はい! ナオフミ様!」

 俺が声を掛けた所、やっと我に返ったのか元気に返す。

 まったく、不愉快で仕方がない。

 やっと時計台を後にした俺は苛立ちながら城下町を抜けて草原の方へ出る。

「な、ナオフミ様? どうしたのです?」

「別に……」

「あの……」

「何だ?」

「いえ……」

 俺の機嫌が悪いのを察したラフタリアは俯くように俺の後ろに着いてくる。

 ……バルーンが寄って来た。

 ラフタリアが剣を取り出す。

「ああ、今回は俺一人に任せてくれ」

「え……でも」

「良いんだ!」

 俺が怒鳴るとラフタリアはビクっと驚いて縮こまる。

 バルーンが俺の目の前にやってきた。

「オラオラオラオラ!」

 くそ! クソクソクソクソクソクソ!

 憂さ晴らしにバルーンを殴りつけ、少しは溜飲が下がった。

 視界の隅にある残り時間を確認する。

 18:01

 後、18時間。

 それまでに出来ることか。

 結局、あの後草原でバルーンを探しながら薬草摘みをするしかやることは無かった。

 手に入れた薬草は回復薬に調合し、波に備える。

 その日の晩の事……宿の部屋で休んでいるとラフタリアが申し訳なさそうに話しかけてくる。

「ナオフミ様」

「……なんだ?」

「昼間、時計台に居た方々がナオフミ様と同じ、勇者様なのですね」

「……ああ」

 いやなことを思い出させる。

 せっかく憂さ晴らしで忘れかけていたというのに。

「一体……何があったのですか?」

「言いたくない。知りたかったら酒場にでも顔を出して聞いて来い」

 どうせ俺が本当の事を言ったって信じてくれないんだ。それはコイツだって同じだ。

 だが、他の奴等とラフタリアとの大きな違いはラフタリアが奴隷だという事だ。

 俺の命令に逆らったり、逃亡したり、拒むような態度を取れば呪いが降りかかる。

 ラフタリアは俺が何も話すつもりが無いと言うのを察してそれ以上聞いてこなかった。

 俺は明日に備えて、薬の調合を寝るまでの間、ずっとしていた。

 18/1217

 翌日、俺達は武器屋に顔を出した。

「お、アンちゃんじゃないか」

「頼んだ品は出来たか?」

「おうよ! とっくに出来てるぜ」

 親父はそう言うとカウンターの奥から一着の鎧を持ってきた。

 粗野で乱暴そうな……それでいて野生的とも言える無骨な鎧がそこにあった。

 襟の部分にはふわふわのウールのように加工されたウサピルの皮が使われていて胸には金属板が張られている。

 そして金属で保護できない稼動部はヤマアラの皮で繋がれている。中に手を入れるとヤマアラの皮を二重に張って中にピキュピキュの羽が詰められているようだ。

「……これを着るのか?」

 なんていうか、盗賊団のボスとかが着ていそうな鎧だ。

 蛮族の鎧とはよく言ったもので、俺が着ると世紀末の雑魚のような格好になりそうだ。

「どうしたんだアンちゃん」

「いや、滅茶苦茶悪人っぽい鎧だなと思って」

「今更何を言ってんだ、アンちゃん?」

 む?

 それは俺が既に真っ黒な悪人だとでも言うつもりか?

 確かに金銭を得る為に手段を選ぶつもりは無いけど、コレはないだろう。

「ナオフミ様ならきっと似合いますよ」

「ラフタリア……お前」

 言うようになったじゃないか。

「とにかく着てみてくれよ」

「うー……できれば……着たくないがせっかく作った鎧だからしょうがない」

 店の更衣室にいそいそと入って着替える。

 ……サイズを測ってないのにピッタリフィットする鎧に驚きで声が出ない。

 さすがは武器防具を扱う武器屋の親父が作っただけあるか。俺を目視でサイズを特定したのだろう。

 更衣室から出て、親父とラフタリアにお披露目する。

「ふむ……顔から野蛮さは感じられないが目付きで乱暴者っぽい感じになったな」

「あ? それは俺の目付きが悪いとでも言うつもりか?」

「アンちゃんはやさぐれたっていうのが正しいかも知れねえな」

 ったく、何を言っているんだか。

「ナオフミ様、似合っていてカッコいいですよ!」

 笑顔でほざくラフタリア。

 俺はジッとラフタリアを睨みつける。

 あまりに調子に乗っている様なら一度痛い目に……。

 ……本心で言ってやがる。

 どんな環境で育ってきたんだ?

 あ、そういえばラフタリアは亜人か。もしかしたら美的センスが俺とは違うのかもしれん。

 ステータスを確認すると確かにくさりかたびらと同等の防御力があるようだ。むしろ少しだけ高い。

 親父に顔を向けるとウインクしやがる。これはオマケの付与効果と考えて良いのだろうな。

「はぁ……ありがとう」

 正直な所だと趣味の類じゃないけど、波に備えるのならしょうがないよな。

 と、自分を納得させるのだった。

「さて、これからどうしたものか」

「そういえば、城下町の雰囲気がピリピリしていますものね」

「波が近いからだろうけど、何処で、何時起こるんだ?」

「ん? アンちゃん教わってないのか?」

「何をだ?」

 武器屋の親父が知っていて俺が知らないとは……この国の災害に対する対処は適当なんだな。と内心毒づきながら親父の話に耳を傾ける。

「国が管理している時計台が広場の方へ行くと見えるだろ?」

「そういや、見えるな、城下町の端にそれっぽい建物」

「そこにあるのが龍刻の砂時計だ。勇者ってのは砂時計が落ちたとき、一緒に戦う仲間と共に厄災の波が起こった場所に飛ばされるらしいぜ」

「へぇ……」

 この辺りはどうせ、あのクソ王や勇者のお仲間が教えてくれる情報……だったのだろう。

「何時ごろか分からないなら、見に行ってみれば良いんじゃないか?」

「そう、だな」

 何時何処に飛ばされるか分からないというのは俺からしても困る。

 安全を期すために行ってみるとしよう。

「じゃあな、親父」

「おうよ!」

「それでは」

 親父に礼を言ってから俺達は時計台の方へ行った。

 城下町の中でも高低の高い位置に存在する時計台、近くで見れば見るほど大きな建物だった。

 なんとなく、教会のような面持ちのドーム上の建物の上に時計台がある。

 入場は自由なのか、門が開かれ、中から人が出入りしている。

 受付らしきシスター服の女性が俺を見るなり怪訝な目をした。顔を知っているのだろう。

「盾の勇者様ですね」

「ああ、そろそろ期限だろうと様子を見に来た」

「ではこちらへ」

 そう言って案内されたのは教会の真ん中に安置された大きな砂時計だった。

 全長だけで7メートルくらいはありそうな巨大な砂時計。

 装飾が施されていて、なんとも神々しいような印象を受ける。

 ……なんだろう。背筋がピリピリする。

 見ているだけで本能のどこかが刺激されるような変な感覚が俺の体を駆け巡っていた。

 砂の色は……赤い。

 サラサラと音を立てて落ちる砂に視線を向ける。

 落ちきるのはもう直ぐだというのは俺にも分かった。

 ピーンと盾から音が聞こえ、盾から一本の光りが龍刻の砂時計の真ん中にある宝石に届く。

 すると俺の視界の隅に時計が現れた。

 20:12

 しばらくして12の目盛りが11に減る。

 なるほど、正確な時刻がこうして分かるようになるという訳か。

 これに合わせて行動しろと。

 しかし……20時間となるとやれることは少ないな。精々、今日は草原で薬草摘みでもするのが精一杯だろう。

 回復薬の準備も必要か。

「ん? そこにいるのは尚文じゃねえか?」

 聞きたくない声が奥のほうから聞こえて来た。

 見るとゾロゾロと女ばかりを連れた槍の勇者、元康が悠々と歩いてきやがる。

 気に入らないな。今すぐにでもぶっ殺してやりたい所だが理性で抑えた。

「お前も波に備えて来たのか?」

 目付きがなんともいやらしい。蔑むような視線で俺を上から下まで一瞥する。

「なんだお前、まだその程度の装備で戦っているのか?」

 なんだと?

 誰の所為だと思ってやがる。お前とお前の後ろにいるクソ女が原因だろうが。

 元康は約一ヶ月前の時とは雲泥の、なんていうか高Lvだと一目で分かる装備をしていた。

 鉄とは違う。銀のような輝く鎧で身を固め、その下には綺麗な新緑色の高そうな付与効果がついているだろう服を着ている。しかもご丁寧に鎧の間にくさりかたびらを着込み、防御は絶対だと主張しているかのようだ。

 持っている伝説の槍は最初に会った時の安そうな槍ではなく、なんとも痛そうな、それでいてカッコいいデザインの矛になっていた。

 矛は……まあ、槍だよな。

「……」

 しゃべるのもわずらわしい。

 俺は元康を無視して時計台を後にしようとする。

「何よ、モトヤス様が話しかけているのよ! 聞きなさいよ」

 と、俺の殺意の根源が元康の後ろから顔を覗かせる。

 これでもかと睨みつけるがソイツは相変わらず、俺を挑発するように舌を出して馬鹿にする。

 この女、いつか絶対ブッ殺してやる。

「ナオフミ様? こちらの方は……?」

 ラフタリアが首を傾げつつ、元康たちを指差す。

「……」

 俺は答えるよりもここを去る選択を決め歩きだそうとした。

 入り口から樹と錬がやってくるのを見つけるまでは。

「チッ」

「あ、元康さんと……尚文さん」

 樹は舌打ちをした俺を見るなり不快な者を見る目をし、やがて平静を装って声を掛ける。

「……」

 錬はクール気取りで無言でこちらに歩いてくる。やはり装備している物が旅立った日より遥かに強そうな物で占められている。

 それぞれ、ゾロゾロと仲間を連れて。

 時計台の中はそれだけで人口比率があっという間に増えた。

 4+12+1

 4は俺達、召喚された勇者で12は国が選んだ冒険者、そして1はラフタリアだ。

 17人も居たらそりゃあ、うっとうしくもなる。

「あの……」

「誰だその子。すっごく可愛いな」

 元康がラフタリアを指差してほざく。

 こいつ、女なら何でも良いんじゃないのか?

 勇者が幼女に欲情とは……この国も終わったな。

 しかも鼻にかかった態度でラフタリアに近づき、キザったらしく自己紹介する。

「始めましてお嬢さん。俺は異世界から召喚されし四人の勇者の一人、北村元康と言います。以後お見知りおきを」

「は、はぁ……勇者様だったのですか」

 おずおずとラフタリアは目が踊りながら頷く。

「あなたの名前はなんでしょう?」

「えっと……」

 困ったようにラフタリアは俺に視線を向け、そして元康の方に視線を移す。

「ら、ラフタリアです。よろしくお願いします」

 俺が不機嫌なのを察しているのだろう。ラフタリアは冷や汗を掻いているのが分かる。

 こいつも俺より元康の方へ行きたいとか思っているんだろう。

 まったく、サッサとここから出たいというのに、コイツ等はまだ俺を嵌める気か?

「アナタは本日、どのようなご用件でここに? アナタのような人が物騒な鎧と剣を持っているなんてどうしたというのです?」

「それは私がナオフミ様と一緒に戦うからです」

「え? 尚文の?」

 元康が怪訝な目で俺を睨みつける。

「……なんだよ」

「お前、こんな可愛い子を何処で勧誘したんだよ」

 元康が上から目線で俺に話しかけてきた。

「貴様に話す必要は無い」

「てっきり一人で参戦すると思っていたのに……ラフタリアお嬢さんの優しさに甘えているんだな」

「勝手に妄想してろ」

 勇者仲間より異世界のビッチを信用するクズと話しているとそれだけでムカムカしてくる。

 俺は錬と樹の方にある出入り口の方へ歩き出す。

 二人とその仲間は道を開ける。

「波で会いましょう」

「足手まといになるなよ」

 事務的でありきたりな返答をする樹と、お前は何処まで偉そうなんだという勇者様態度の錬に殺意を覚えつつ、背を向ける。

 ふと振り返るとラフタリアがオロオロとしながら周りをキョロキョロとしつつ俺の方へ駆け寄る。

「行くぞ」

「あ、はい! ナオフミ様!」

 俺が声を掛けた所、やっと我に返ったのか元気に返す。

 まったく、不愉快で仕方がない。

 やっと時計台を後にした俺は苛立ちながら城下町を抜けて草原の方へ出る。

「な、ナオフミ様? どうしたのです?」

「別に……」

「あの……」

「何だ?」

「いえ……」

 俺の機嫌が悪いのを察したラフタリアは俯くように俺の後ろに着いてくる。

 ……バルーンが寄って来た。

 ラフタリアが剣を取り出す。

「ああ、今回は俺一人に任せてくれ」

「え……でも」

「良いんだ!」

 俺が怒鳴るとラフタリアはビクっと驚いて縮こまる。

 バルーンが俺の目の前にやってきた。

「オラオラオラオラ!」

 くそ! クソクソクソクソクソクソ!

 憂さ晴らしにバルーンを殴りつけ、少しは溜飲が下がった。

 視界の隅にある残り時間を確認する。

 18:01

 後、18時間。

 それまでに出来ることか。

 結局、あの後草原でバルーンを探しながら薬草摘みをするしかやることは無かった。

 手に入れた薬草は回復薬に調合し、波に備える。

 その日の晩の事……宿の部屋で休んでいるとラフタリアが申し訳なさそうに話しかけてくる。

「ナオフミ様」

「……なんだ?」

「昼間、時計台に居た方々がナオフミ様と同じ、勇者様なのですね」

「……ああ」

 いやなことを思い出させる。

 せっかく憂さ晴らしで忘れかけていたというのに。

「一体……何があったのですか?」

「言いたくない。知りたかったら酒場にでも顔を出して聞いて来い」

 どうせ俺が本当の事を言ったって信じてくれないんだ。それはコイツだって同じだ。

 だが、他の奴等とラフタリアとの大きな違いはラフタリアが奴隷だという事だ。

 俺の命令に逆らったり、逃亡したり、拒むような態度を取れば呪いが降りかかる。

 ラフタリアは俺が何も話すつもりが無いと言うのを察してそれ以上聞いてこなかった。

 俺は明日に備えて、薬の調合を寝るまでの間、ずっとしていた。

 19/1217

記憶/黒い獣

 00:17

 後、17分で次元の波が訪れる。

 城下町では既にその事が知れ渡っているのだろう。

 騎士隊と冒険者が準備を整え、出撃に備えていて、民間人は家に立てこもっている。

 勇者である俺は時間になったら砂時計が波の発生地点に飛ばしてくれる。

 それはパーティーメンバーにも適応しており、ラフタリアも一緒に飛ばされるだろう。

「あと少しで波だ。ラフタリア」

「はい!」

 戦意高揚しているのかラフタリアは若干興奮気味で頷く。

 まあ、やる気があるのなら何も言うまい。

「ナオフミ様……ちょっとお話して良いですか?」

「ん? 別に良いが、どうした?」

「いえ、これから、波と戦うと思って感慨深くなりまして」

 ……死亡フラグっぽい事でも呟くのか?

 死なれたら困るから守るが……っと、俺も大概、アニメや漫画に影響を受けすぎだな。

 この世界はゲームでもなければ、本の世界でもない。現実なんだ。

 何よりもクソ勇者共があんなに良い装備をしていた。俺の防具で耐えられるかすら分からない。

 もしかしたら怪我を負うかもしれない。

 怪我で済むならまだ良い。命を落とすかもしれない。

 そうなった時、この国の奴等は俺の死体を見てこう思うだろう。

 ――犯罪者の末路。

 ……やめよう。俺は誰の為でもない、俺の為に戦うんだ。

 もう一ヶ月生き残る為に。

「実は私……最初の波が来た時の災害で奴隷になったんです」

「……そうか」

 まあ、そうだろうなとなんとなく想像していた。

「私はこの国の辺境、海のある街から少し離れた農村部にある亜人の村で育ちました。……この国ですから裕福とは言えませんでしたけど」

 両親は優しく、村のみんなとも仲良く平和に過ごしていた。

 しかし、骸骨兵が大量に、災厄の波から溢れ出てきたという。

 最初は骸骨兵は数こそ多かったが、近隣に居た冒険者達で対処できていた。

 が、獣、大きな甲虫などが大量に溢れ返り、防衛線は決壊。

 その果てに、黒い三つの頭を持つ犬のような化け物が現れ、人々はまるで無抵抗な草花のように蹂躙されていった。

 ラフタリアの村もその被害を抑えきれず、必死に、化け物たちから逃げ出した。

 しかし、化け物たちは逃亡を許さず、まるで遊びのように見知った人々を殺して回った。

 ラフタリアの両親も同様で、彼女たちは逃げ、海の崖の上まで化け物たちは追い続けた。

 逃げ切れないと悟ったラフタリアの両親は顔を見合わせ、ラフタリアに微笑む。

 そんな逃げられない状況だというのに、優しく、怯えるラフタリアの頭を撫でたらしい。

「ラフタリア……これから、お前はきっと大変な状況になると思う。もしかしたら死んでしまうかもしれない」

「でもね。ラフタリア、それでも私達は、アナタに生きていて貰いたいの……だから、私達のワガママを許して」

 両親が命を掛けて助けようとしているのが幼い彼女でも理解できた。

「いやぁ! お父さん! お母さん!」

 ドン!

 二人は、ラフタリアに生きて欲しいと願いをこめて、崖から海へ突き飛ばした。

 ラフタリアは突き飛ばされ、海へ落ちる最中、化け物たちが両親に向って襲い掛かるのを目撃してしまった。

 水しぶきを立ててラフタリアは海へ落ち、奇跡的に近くの浜に流れ着いた。

 気が付いた時、ラフタリアは体を起こして、両親を探すようにあの崖へ足を運んだ。

 既に化け物は国が出した冒険者と騎士団によって辛うじて討伐されていたらしい。

 死骸の転がる荒野を歩き、やっとの事で両親と別れた崖にたどり着いた。

 そこにはおびただしい血と……肉の切れ端が転々と転がっていた。

 両親の死を理解した時、ぷつりとラフタリアの中で何かが弾けた。

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 泣きじゃくり、現実から逃避し、それでも両親の願いを心に、当てもなく彷徨い。

 気が付くと奴隷として、あのサーカステントのような場所に収監されていた。

 その場所は……一言で例えれば地獄だった。

 毎日、誰かが購入され、戻ってくる。

 ラフタリアも一緒だった。

 最初は、召使にでもしようとしたのだろう。恰幅の良い貴族が彼女を買って、色々と教えようとした。

 この時には既に咳が出るようになり、夜中寝ているとあの悪夢を見て絶叫する。

 その所為で翌日にはテントに戻された。

 次の買主も同じようにラフタリアに仕事を教えようとして次の日にはテントに戻された。

 俺の前の買主が一番酷かったという。

 買ったその日の晩に、彼女を鞭で打ちつけ、ボロボロにしてから次の日には売り払ったそうだ。

 この国に加虐趣味を持った悪質な変態がいた所で驚きもしない。

 そうして病に苦しみ、心が悪夢によって壊されかけ、何度目か忘れた頃……俺に買われたと彼女は言った。

「私は、ナオフミ様に出会えてよかったと思っています」

「……そうか」

「だって、私に生きる術を教えてくださいました」

「……そうか」

 俺はラフタリアの話を半ば事務的に聞き流していた。

 それくらい。どうでも良かったから。

「そして私にチャンスをくださいました。あの波に立ち向かうチャンスを」

「……そうか」

「だから、頑張ります」

「ああ……頑張れ」

 自分でも酷い対応をしたと思う。

 けど、この時の俺には、こんな対応しか出来なかった。

 00:01

 残り時間があと1分を切った。

 俺は身構えて、転送に備える。

 00:00

 ビキン!

 世界中に響く大きな音が木霊した。

 次の瞬間、フッと景色が一瞬にして変わる。転送されたのだろう。

「空が……」

 まるで空に大きな亀裂が生まれたかのようにヒビが入り、不気味なワインレッドに染まっている。

「ここは……」

 何処に飛ばされたのか辺りを確認しているとダッと飛び出す影が3つ。そしてそれを追う12人。

 あのクソ勇者共だ。

 俺と同じく転送されたのだから当たり前だけど、何処へ向っているんだ?

 と、走っていく先を見ると亀裂の中から敵がウジャウジャと湧き出ていた。

「リユート村近辺です!」

 ラフタリアが焦るように何処へ飛ばされたか分析する。

「ここは農村部で、人がかなり住んでいますよ」

「もう避難は済んで――」

 ここでハッと我に返る。

 何処で起こるか分からない厄災の波だぞ? 避難なんてできるわけが無い。

「ちょっと待てよ、お前等!」

 俺の制止を聞き入れず、三人の勇者とその一行は波の根源である場所に駆け出していく。

 その間にもワラワラと溢れ出た化け物たちが蜘蛛の子を散らすように村のある方向へ行くのが見えた。

 で、勇者一行が何をしたかというと照明弾のような光る何かを空に打ち上げただけだった。

 騎士団にこの場所を知らせる為とか、そんな所だろう。

「チッ!! ラフタリア! 村へ行くぞ!」

 リユート村の奴等には色々と世話になった。

 波で死なれたらそれこそ寝覚めが悪い。

「はい!」

 俺達はクソ勇者共とは別の方向に駆け出した。

 20/1217

厄災の波

 村に着くと、丁度、波から溢れていた化け物たちが、まさに暴れだす瞬間だった。

 駐在していた騎士と冒険者が辛うじて化け物たちと戦っているが、多勢に無勢……防衛線は決壊寸前だ。

「ラフタリアは村民の避難誘導をしろ」

「え、ナオフミ様は……?」

「俺は敵を引き付ける!」

 防衛線に駆け出し、イナゴの群のような魔物に向けて盾を使って殴りかかる。

 無論、金属を殴った音がしてダメージはまるで入っていない。

 だが注意を引く位はできる。

 これまでラフタリアとやっていた事と何も変わらない。

「グギ!」

 イナゴのような小さな魔物が群を成して俺に向って襲い掛かる。他にハチ、グールと化け物の種類は決まっているようだ。

 ガン! ガン! ガン!

 蛮族の鎧のお陰か、それとも盾の効果か、相変わらずダメージは受けない。

「ゆ、勇者様?」

「ああ……お前等、俺が引きつけている間にサッサと体制を立て直せ!」

 リユート村の連中は俺と顔なじみの奴も多い。

「は、はい!」

 これ幸いにと、深手を負っていない奴まで下がり、防衛線が俺一人になった。

「おい……」

 何を考えていやがる。

 半ば呆れつつ、化け物たちは俺を倒そうと牙やハリ、爪で攻撃してくる。

 ガキンガキンと音を立てているけれど、痛くも痒くもない。ただ、全身を這われる感覚は気持ち悪くてしょうがない。

 化け物を殴りつける。

 ガイン!

 ったく、この世界の連中はどうしてこうも人任せなんだ?

 厄災の波が始まって早々イラだってしょうがない。

「た、助け――!!」

 世話になっていた宿屋の主人が後方で化け物に襲われそうになっている。

 化け物の爪が宿屋の主人を貫こうとする瞬間、俺は咄嗟に叫んだ。

「エアストシールド!」

 スキルを唱え、宿屋の主人を守る盾を呼び出した。

 突然現れた盾に宿屋の主人は驚いていたが、俺の方を向く。

「早く逃げろ!」

「……あ、ありがとう」

 腰が抜けていた主人は礼を言うと、家族と一緒にその場を去った。

「きゃああああああああああああああああ!」

 絵に描いたような絹を裂くような悲鳴。

 見ると逃げ遅れたらしき女性の方へ魔物が群を成して近づきつつある。

 俺は射程圏内まで近づき、

「シールドプリズン!」

 女性を守る四方の盾を呼び出した。

 突然の盾の出現に、化け物たちはターゲットを俺に変更する。

 そうだ。こっちにこい。狙いは俺だけで良い。

 シールドプリズンの効果時間が切れる前に化け物を引きつれ、村の防衛線にまで戻る。

 ガインガイン!

 ぐっ……。

 だんだんと圧し掛かる魔物が多くなって体が重くなってくる。

 そこに降り注ぐ火の雨。

 化け物の群れの中から外を見ると騎士団が到着し、魔法が使える連中が火の雨をこちらに向けて放っていた。

「おい! こっちには味方がいるんだぞ!」

 俺だけだが。

 あっという間に引火して燃え盛る化け物たち。

 昆虫が多いからな、火の魔法で燃え盛っていく。

 どうやら俺は物理防御力だけでなく、魔法防御力も高い様だな。

 真紅に燃え盛る防衛線の中、味方の誤射とはなんだろうかと腹が立ちながら、俺はその戦場からツカツカと騎士団を睨みつけながら近づき、マントを靡かせ、炎を散らす。

「ふん、盾の勇者か……頑丈な奴だな」

 騎士団の隊長らしき奴が俺を見るなり吐き捨てた。

 そこに飛び出すように剣を振りかぶる影。

 ガキンと音を立てて吐き捨てた奴は剣を抜いて鍔迫り合いになる。

「ナオフミ様に何をなさるのですか! 返答次第では許しませんよ!」

 殺意を込めて、ラフタリアが言い放つ。

「盾の勇者の仲間か?」

「ええ、私はナオフミ様の剣! 無礼は許しません!」

「……亜人風情が騎士団に逆らうとでも言うつもりか?」

「守るべき民を蔑ろにして、味方であるはずのナオフミ様もろとも魔法で焼き払うような輩は、騎士であろうと許しません!」

「五体満足なのだから良いじゃないか」

「良くありません!」

 ギリギリと鍔迫り合いを続けるラフタリアを騎士達は囲む。

「シールドプリズン!」

「な、貴様――」

 鍔迫り合いの相手を盾の牢獄に閉じ込め、俺は多勢に無勢を働こうとした騎士達を睨む。

「……敵は波から這いずる化け物だろう。履き違えるな!」

 俺の叱責に騎士団の連中は分が悪いように顔を逸らす。

「犯罪者の勇者が何をほざく」

「なら……俺は移動するから、残りはお前達だけで相手をするか?」

 燃え盛る前線から化け物たちが我が者顔で蠢き、最前線にいる俺に襲い掛かる。

 その全てを耐え切っている俺に、騎士達は青い顔をした。

 仮にも俺は盾の勇者だ。コイツ等だけでは持つはずもあるまい。

「ラフタリア、避難誘導は済んだか?」

「いえ……まだです。もう少し掛かると思います」

「そうか、じゃあ早く避難させておけ」

「ですが……」

「味方に魔法をぶっ放されたが、痛くも痒くもない。ただ……俺が手も足も出ないと舐めた態度を取っているのなら……」

 ラフタリアの肩を叩きながら、騎士団を睨みつける。

「……殺すぞ。どんな手段を使っても、最悪お前等を化け物のエサにして俺は逃げてもいいんだぞ」

 俺の脅しが効いたのか騎士団の連中は息を呑んで魔法の詠唱を止める。

「さて、ラフタリア。戦いを始めるのは邪魔な奴等を逃がしてからだ。なに、敵はいっぱいいる。それからでいい」

 思いのほか、耐えられるようだからな。これなら大丈夫そうだ。

「は、はい!」

 指示に従い。ラフタリアは村の方へ駆け出す。

「くそ! 犯罪者の勇者風情が」

 牢獄の効果時間が切れた途端、隊長らしき馬鹿が俺に怒鳴りつける。

「そうか、お前は……死ぬか?」

 俺の背後に迫る化け物たち。

 さすがに守ってもらわねば自分に降りかかるのを察したのか馬鹿は黙って下がる。

 まったく、どいつもこいつも、碌な奴が居ない。

 俺が守るしか能の無い盾の勇者じゃなかったらこんな奴等、誰が好き好んで助けてやるか。

 その後、足止めが効いたお陰か波から溢れ出た化け物の処理はある程度完了した。

 邪魔な連中の避難を終えたラフタリアが前線に復帰すると俺は攻撃に撃って出た。

 騎士団の連中の援護を利用しつつ、空の亀裂が収まったのは数時間も後の事だ。

「ま、こんな所だろ」

「そうだな、今回のボスは楽勝だったな」

「ええ、これなら次の波も余裕ですね」

 波の最前線で戦っていた勇者共が今回の一番のボスらしきキメラの死体を前に雑談交じりに話し合いを続けている。

 民間人の避難を騎士団と冒険者に任せて何を言ってやがる……。

 一ヶ月も経っているというのにゲーム気分の抜けない奴等だ。

 注意するのも面倒な俺はそんなクソ勇者共を無視して、波を乗り切った事を安堵していた。

 空は何時ものような色に戻っている。やがて夕日に染まるだろう。

 これで最低一ヶ月は生き延びられる。

 ……ダメージを受けなかったのは、波がまだ弱いからだろう。次が耐えられるか正直分からない。

 いずれ俺が耐えられなくなった時……どうなるのか。

「よくやった勇者諸君、今回の波を乗り越えた勇者一行に王様は宴の準備ができているとの事だ。報酬も与えるので来て欲しい」

 本来は行きたくない。けど、俺には金がない。だから俺は引き上げる連中に付き添い。一緒に付いて行く。

 確か、支度金と同等の金銭を一定期間毎にくれるはずだ。

 銀貨500枚。今の俺には大金である。

「あ、あの……」

 リユート村の連中が俺を見るなり話しかけてくる。

「なんだ?」

「ありがとうございました。あなたが居なかったら、みんな助かっていなかったと思います」

「なるようになっただろ」

「いいえ」

 別の奴が俺の返答を拒む。

「あなたが居たから、私たちはこうして生き残る事が出来たんです」

「そう思うなら勝手に思っていろ」

「「「はい!」」」

 村の連中は俺に頭を下げて帰っていった。

 自分達の村の損耗は激しい。これからの復興を考えると大変だろう。

 命を助けて貰ったら礼を言うだけ、普段は俺を蔑むくせに……現金な連中だ。

「ナオフミ様」

 長い戦いの末、泥と汗まみれになったラフタリアが笑顔で駆け寄ってくる。

「やりましたね。みんな感謝してますよ」

「……そうだな」

「これで、私の様な方が増えなくてすみます。ナオフミ様のお陰です!」

「……ああ」

 戦後の高揚からか、それとも自身の出自と重ねてなのか、ラフタリアは涙ぐんでいる。

「私も……頑張りました」

「ああ、お前は良く頑張ったな」

 ラフタリアの頭を撫でて、俺は褒めた。

 そうだ。ラフタリアは俺の指示通りちゃんと動き、戦った。

 それは正しく評価しなくてはいけない。

「一杯化け物を倒しました」

「ああ、助かったよ」

「えへへ」

 嬉しそうに笑うラフタリアに少々不快な思いをしつつ、俺達は城へと向うのだった。

「いやあ! さすが勇者だ。前回の被害とは雲泥の差にワシも驚きを隠せんぞ!」

 陽も落ち、夜になってから城で開かれた大規模な宴に王様が高らかに宣言した。

 ちなみに死傷者は前回どれ程なのか知らないが、今回の死傷者は一桁に収まる程度だったらしい。

 ……誰の活躍かなんて自己主張するつもりは無い。

 あの勇者共が湧き出す化け物達を倒してはいたらしいので全部俺の手柄だとは思わない。

 だが、いずれこの程度では済まなくなるのだろうなと俺自身思っている。

 砂時計によって転送される範囲が近かったから良かったものの、騎士団が直ぐにこれない範囲で起こったらどうするつもりなんだ。

 課題は多いな……。

 ヘルプを呼び出し、確認する。

 波での戦いについて

 砂時計による召集時、事前に準備を行えば登録した人員を同時に転送することが可能です。

 これって騎士団の連中も登録しておけば一緒に行けたんじゃないのか?

 あの態度だ。俺に登録されようなんて輩はいないだろうがな。

 しかし……あのクソ勇者共は使わなかったな。

 一体何故だ?

 知っているゲームなら手配していてもおかしくないはずだ。

 ……大方、そこまで大変じゃないとか、確認を怠っているとかそんな所だったのだろう。

 言うのも煩わしい。

 俺は宴が催されている中、隅の方で適当に飯を食べる。

「ご馳走ですね!」

 ラフタリアが普段は食べられない食べ物の山を見て、瞳を輝かせている。

「食いたければ食って良いぞ」

「はい!」

 あんまり良いものを食べさせてあげられなかったからな……こんな時こそ好きなものを食べさせるべきだろう。それに見合う戦果をラフタリアは上げている。

「あ……でも、食べたら太っちゃう」

「まだ育ち盛りだろ」

「うー……」

 なんかラフタリアが困った顔で悩んでる。

「食べれば良いだろ」

「ナオフミ様は太った子は好きですか?」

「はぁ?」

 何を言ってんだ?

「興味ない」

 女と言うだけであのクソ女が浮かんでくるんだ。好きとかそんな感情が浮かんでこない。

 そもそもが女という生物が生理的に気に食わない。

「そうですよね。ナオフミ様はそういう方でした」

 半ば諦めたかのようにご馳走に手を伸ばす。

「美味しいです、ナオフミ様」

「良かったな」

「はい」

 ふう……宴とやらが面倒だな。報酬は何時貰えるんだ。

 こんなクズの集まり、見ているだけで腹が立つ。

 ……よく考えると明日とかの可能性もあるな。

 無駄足だったか? いや、食費が浮くから良いか。

 本人は気にしている様だがラフタリアは亜人で成長期だ。食費もバカにならない。

「タッパーとかあれば持ち帰れたのにな」

 保存が利かないから明日までだろうが、金を考えたらもったいない。

 ……後でコックにでも頼んで包んでもらおう。他にもあまりの食材を頂いて行くのも良い。

 等と考えていると怒りの形相をした元康が人を掻き分けて俺達の方へ向かってきやがる。

 まったく、一体なんだって言うんだ。

 相手をするのも面倒だから避けようと人混みの方へ歩くと元康の奴、俺を睨みつけながら追ってくる。

「おい! 尚文!」

「……なんだよ」

 キザったらしく手袋を片側だけ外して俺に投げつける。

 確か、決闘を意味する奴だっけ。

 元康の次の言葉に周りがざわめいた。

「決闘だ!」

「いきなり何言ってんだ、お前?」

 ついに頭が沸いたか?

 よくよく考えてみればゲーム脳の馬鹿だ。

 助けるべき人を見捨ててボスに突撃する様なイノシシだからな、槍のクソ勇者様は。

「聞いたぞ! お前と一緒に居るラフタリアちゃんは奴隷なんだってな!」

 闘志を燃やして俺を指差しながら糾弾する。

「へ?」

 当の本人はご馳走を皿に盛って美味しそうに食事中だ。

「だからなんだ?」

「『だからなんだ?』……だと? お前、本気で言ってんのか!」

「ああ」

 奴隷を使って何が悪いというのだ。

 俺と一緒に戦ってくれるような奴はいない。だから俺は奴隷を買って使役している。

 そもそもこの国は奴隷制度を禁止していないはずだ。

 それがどうしたというんだ?

「アイツは俺の奴隷だ。それがどうした?」

「人は……人を隷属させるもんじゃない! まして俺達異世界人である勇者はそんな真似は許されないんだ!」

「何を今更……俺達の世界でも奴隷は居るだろうが」

 元康の世界がどうかは知らない。けれど人類の歴史に奴隷が存在しないというのはありえない。

 考え方を変えれば、社会人は会社の奴隷だ。

「許されない? お前の中ではそうなんだろうよ。お前の中ではな!」

 勝手にルールを作って押し付けるとは……頭が沸いているなコイツ。

「生憎ここは異世界だ。奴隷だって存在する。俺が使って何が悪い」

「き……さま!」

 ギリッと元康は矛を構えて俺に向ける。

「勝負だ! 俺が勝ったらラフタリアちゃんを解放させろ!」

「なんで勝負なんてしなきゃいけないんだ。俺が勝ったらどうするんだ?」

「そんときはラフタリアちゃんを好きにするがいい! 今までのように」

「話にならないな」

 俺は元康を無視して立ち去ろうとする。何故なら勝負しても俺には得が無い。

「モトヤス殿の話は聞かせてもらった」

 人込みがモーゼのように割れて王様が現れる。

「勇者ともあろう者が奴隷を使っているとは……噂でしか聞いていなかったが、モトヤス殿が不服と言うのならワシが命ずる。決闘せよ!」

「知るか。さっさと波の報酬を寄越せ。そうすればこんな場所、俺の方から出てってやるよ!」

 王様は溜息をすると指を鳴らす。

 どこからか兵士達がやってきて俺を取り囲んだ。

 見ればラフタリアが兵士達に保護されている。

「ナオフミ様!」

「……何の真似だ?」

 俺はこれでもかと瞳に力を入れて王様を睨みつける。

 コイツ、俺の言う事を全く信じなかった。

 それ所か俺の邪魔しかしない。

「この国でワシの言う事は絶対! 従わねば無理矢理にでも盾の勇者の奴隷を没収するまでだ」

「……チッ!」

 奴隷に施してある呪いを解く方法とか、国の魔術師とかは知っていそうだ。

 つまり、戦わねばラフタリアは俺の元からいなくなるという事に繋がる。

 ふざけるな! やっとの事で使えるようになった奴隷だぞ!

 どれだけの時間と金銭を投資したと思っているんだ。

「勝負なんてする必要ありません! 私は――ふむぅ!」

 ラフタリアが騒がないように口に布を巻かれて黙らされる。

「本人が主の肩を持たないと苦しむよう呪いを掛けられている可能性がある。奴隷の言う事は黙らさせてもらおう」

「……決闘には参加させられるんだよな」

「決闘の賞品を何故参加させねばならない?」

「な! お前――」

「では城の庭で決闘を開催する!」

 王様の野郎、俺の文句を遮って決闘をする場所を宣言しやがった。

 くそ、俺には攻撃力が無いんだぞ? 出来レースじゃねえか!

30分程ですが、欠けている物を投稿していましました。

既に直してありますが、30分以内に読んでしまった方、

すみませんでした。

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矛盾の実践

前回、更新時30分程欠けた物を投稿していました。

そちらを見てしまった方は欠けた部分を見てから、

続きを見てください。

 城の庭は今、決闘会場と化していた。

 辺りには松明が焚かれ、宴を楽しんでいた者達がみんな勇者の戦いを楽しみにしている。

 しかし、決着がどう付くかは既に周知の事実となっているのだ。

 攻撃する手段の無い俺と、槍の勇者である元康の戦い。

 盾の勇者一行と槍の勇者一行の戦い……ではなく、俺と元康の一騎打ちになった。

 さすがに元康自身のプライドが許さなかったらしく、一対一になった。

 結果は誰だって想像くらい出来る。

 現にこの手のお約束である賭博行為をする声がまったく聞こえてこない。

 まあ城に居るのが貴族が多いと言うのもあるけれど、波で戦った冒険者だって居るのだ。

 普通であれば賭博が行われないはずが無い。

 つまりみんな分かっていて尚、俺に敗北を要求している。

 錬や樹も城のテラスからこちらを傍観して笑っている。

 俺が負け、奴隷を失う瞬間を楽しみに見ているのだ。

 クソ! クソクソクソクソ!

 どいつもこいつも俺から毟り取る事しか考えやがらない。

 波での戦いであっても俺に火の雨を降らす。

 世界中の全てが俺をあざ笑う敵にしか見えない。

 ……良いだろう。俺には敗北しか選択肢は無いのだろう。だが、タダで負けてなんかやらない。

 見ていやがれ元康。お前には抑えきれない程の恨みがあるんだ。

「では、これより槍の勇者と盾の勇者の決闘を開始する! 勝敗の有無はトドメを刺す寸前まで追い詰めるか、敗北を認めること」

 手首が上手く回るか試し、指を鳴らしつつ、俺は構える。

「矛と盾が戦ったらどっちが勝つか、なんて話があるが……今回は余裕だな」

 元康に至っては鼻に掛けた態度で俺を蔑むように睨んでいる。

 ふざけやがって。

「では――」

 元康、戦いは相手を倒すことだけじゃないことを教えてやる。

 矛盾とは最強の矛と盾を売ろうとした商人にどっちが最強なんだと聞いた回りの連中から話が始まる。辻褄が合わない事を指す言葉だ。

 だけど、この矛盾という言葉自体が、矛盾であると俺は思っている。

 そもそも、何を持って勝負が決するというのか。

 将棋と囲碁で勝負するようなものだぞ。

 仮にそれでも勝負するなら持ち手はどうだ?

 矛の目的は相手を殺す武器。

 盾の目的は持ち手を守る防具。

 ここまで視線を広げると、最強の矛から持ち手を守った盾の勝利、であるという考えもある。

 根本的に目的が違うんだ。矛と盾では。

「勝負!」

「うおおおおおおおおおおおおお!」

「でりゃあああああああああああ!」

 俺はテレフォンパンチの構えをしながら元康の方へ駆け寄り、元康も矛を構えながら走って、俺に一突きしようと試みる。

 距離が一気に近づき、元康の槍の間合いに入った俺に元康は勢いを付けて矛を前に突く。

 どこから出てくるか分かる攻撃に対処できない攻撃は無い。

「乱れ突き!」

 元康の矛が一瞬にして何個も別れて飛んでくる。

 スキルか! いきなりかましてくるとはやってくれる。

 俺の突進は止められない。

 盾で頭を守りながら走り抜ける。

 ガインガイン!

 ズシュ!

 く……肩と脇腹に痛みが走った。

 かすり傷だけど、やはり勇者の攻撃だけあって耐え切れない。

 しかし元康のスキルはそれで一度打ち切り、クールタイムに入ったようだ。

「喰らえ!」

 それでも元康は俺に向けて矛を放つ。

 槍、もしくは矛の弱点はその射程にある。

 中距離を得意とする長物の武器は射程の内側に来られると途端に扱いが難しくなるのだ。

 本来であれば近付かれる前に敵を倒せば良い。だが俺は、盾は一撃では倒れない。

 俺は紙一重で元康の突きを避け、全体重を掛けて突進し、組み伏す。

 そして元康の顔面に拳を叩き込んだ。

 ガン!

 チッ! やっぱり俺ではダメージを負わすことができない。

 しかし、俺の攻撃はこれだけで納まるはずも無い。

 元康の野郎は俺の攻撃が痛くも痒くも無いのか舐めた目をしやがる。

 何時までそんな顔で居られるかな?

 俺はマントの中から必殺武器を取り出して元康の顔にねじ込む。

 ガブウ!

「いて!」

 波の時に火の雨を受けて全滅してしまったが、城に来る途中で拾ってきた脅しの道具だ。

「な? な!?」

 ククク……元康の奴、メチャクチャ戸惑いの声を上げてやがる。

 ガブガブガブ!

「いて、いて!」

 元康は大事な顔を噛まれて痛みに悶えている。

 そう、俺の攻撃は何も素手だけではない。

 バルーンと言う人間専門の便利な武器があるんだよ!

「オラオラオラ!」

 顔に二匹、そして立ち上がれないように足で元康を押さえつけながら股間にバルーンを投げつける。

「な、なんでバルーンが!?」

 観衆が悲鳴を上げる。

 知ったことか!

 後は全体重を掛けて、股間にバルーンと共に蹴りを加え続ける。

「グ……てめえ! 何の真似だ!」

「どうせ勝てないなら、精一杯嫌がらせしてやるよ! ターゲットはモテ男の命である顔と、男の証である股間だ! てめぇなんて面と玉がなけりゃタダのキモイオタクなんだよ!」

「なっ!? やめろおおおおぉぉぉぉ!」

「不能になりやがれれえええぇぇぇ!」

 ガツンガツンと俺は元康の股間を執拗に蹴り付ける。

 元康は顔面に引っ付いたバルーンを引き剥がすのがやっとで、倒れた体勢では強く矛も振るえない。

 そのため、顔面のバルーンを割るごとに俺が追加のバルーンを投げつけるとまた対処に時間を食う。

 無論バルーンだけではなく、エグッグなども含め元康は針の筵状態だ。

 この間に出来る限りの嫌がらせをする。

 どうせ負けるんだ。なら、最大限のトラウマを元康に刻み込んでやる。

「オラオラオラ!」

「くっ! このやろおおおお!」

 全力で起き上がろうとする元康を全体重で押さえつけ、俺の陰湿な攻撃が続いていく。

 フッフッフ!

 爽快だなぁ! もっと苦しそうに喚け!

 と、自然と笑みが零れて笑っている中。

「ぐあっ……!」

 突然背後を強く押され、よろめく。

 何があったかよろめきながら来たと思わしき方角を見る。

 するとそこにはあの地雷女!

 マインが人混みにまぎれてこっちに向けて手をかざしていたのだ。

 おそらく、風の魔法だ。

 確か、ウイングブロウという拳大の空気の塊を当てる魔法。

 空気の塊故に見た目は透明。良く見なければ視えない。

 マインの奴、してやったりという笑みを浮かべ、あっかんべーと挑発している。

「てめえええええ!」

 俺の叫びは俺がよろめき、押さえが軽くなって起き上がった元康の反撃にかき消された。

 倒れた俺に元康が肩で息をしながら、矛を首筋に当てる。バルーンは既に全部割られていた。

「はぁ……はぁ……俺の、勝ちだ!」

 厄災の波よりもつらそうな表情で元康は槍を掲げて宣言した。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

感想に対する返事ですが、

タイミングが良いのか悪いのか、この話が尚文の最底辺です。

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聞きたかった言葉

「何が勝ちだ、卑怯者!」

 一対一の決闘に横槍が入ったじゃねえか!

「何の事を言ってやがる。お前が俺の力を抑えきれずに立ち上がらせたのが敗因だろ!」

 ……本気で言ってんのか、この野郎?

 何が勇者だ! 何が勇者に奴隷は許されないだ!

 出来レースすら満足に全うできないクズが勇者気取ってんじゃねーよ!

「お前の仲間が決闘に水を差したんだよ! だから俺はよろめいたんだ!」

「ハッ! 嘘吐きが負け犬の遠吠えか?」

「ちげえよ! 卑怯者!」

 俺の言い分を無視した卑怯者、元康は勝ち誇った態度で見下してくる。

 本当に、横槍が入ったんだ。なのに……この野郎は!

「そうなのか?」

 観衆に元康は目を向ける。

 だけど観衆はその事実に気付いているのかいないのか……沈黙が支配する。

「罪人の勇者の言葉など信じる必要は無い。槍の勇者よ! そなたの勝利だ!」

 この野郎! 言うに事欠いて、主催者である王様が堂々と宣言した。

 さすがに周りの連中は若干思うところもあったのだろう。目が泳いで何かを言いたげにしている。だが、ここで一番の権力者である王様が断言してしまえば覆せる奴なんて居ない。

 それこそ王様によって抹殺されかねないのだろう。

 ここは独裁国家かってんだ!

「さすがですわ、モトヤス様!」

 事の元凶であるクソ女が白々しく元康に駆け寄る。そして城の魔法使いが元康だけに回復魔法を施し、怪我を治す。

 俺には掛けるつもりもないようだ。

「ふむ、さすがは我が娘、マルティの選んだ勇者だ」

 と、王様はマインの肩に手を乗せる。

「な、んだとっ……!?」

 マインが王様の娘!?

「いやぁ……俺もあの時は驚いたよ。マインが王女様だなんて、偽名を使って潜り込んでたんだな」

「はい……世界平和の為に立候補したんですよ♪」

 ……そうか、そういう事だったのか。

 いくらなんでも被害者の証言だけで俺が犯罪者のレッテルを貼られるなんて変だと思っていたんだ。

 なるほど……お忍びの王女様がお気に入りの勇者の一番になる為に、勇者の中で一番劣る俺を生贄にして、金を騙し取り、その父親はバカ娘のワガママを寛容に許し、証拠をでっちあげて冤罪を被せる。

 そうして犯罪者から王女を救った勇者である元康は、お忍びの王女と結果的に仲良くなり、他の女性よりも関係が深まる。

 ここで最初の支度金が俺だけ多かったのも説明が付く。

 つまり王女は良い装備を合法的に手に入れ、お気に入りの勇者である元康を優遇する。

 最初から他の冒険者よりも遥かに高価な装備を付けていたら、元康だっておかしいと思って距離を置くはずだ。

 どこまで計算されているのかは、もはや本人に直接尋ねる他ないが、ここまでする奴等だ、絶対に証拠を残したりはしないはず。要するに、後に残るのは犯罪者で役立たずの盾の勇者と、王女を華麗に救った槍の勇者だけ。

 芋蔓式に出てくる推理。

 ダメージこそ受けなかったが、俺をよろめかせる程高威力のウイングブロウを放てるのは、それだけ育ちが良い証拠に他ならない。つまりこの国の王女である、偽らざる証。

 出来レースを開催した挙句、横槍の異議を無理矢理封殺したのは、そんな裏があった訳か。

 そりゃあ娘が決闘の邪魔をしたら、娘のお気に入りである元康を庇うよな。

 だとすると元康が俺と決闘するのも最初から仕組まれていたと見るべきだ。

 ……なに、簡単だ。あの女好きの元康の耳元でこう囁くだけでいい。

『あの女の子は盾の勇者に無理矢理隷属させられている奴隷ですわ。今すぐ助けてあげてください』

 未来の夫の評価と優しい自分を同時に手に入れる最大の機会だ。ここまでするあいつ等が、このチャンスを見逃さないはずがない。

 最終的に元康が王女と結婚すれば、犯罪者から奴隷の少女を救った英雄譚の完成だ。

 英雄の伝説は、悪が強大であればある程、英雄が際立つ。

 後々の人民には同じ力を持った悪い勇者を倒した伝説の英雄と、その妻の名が永遠に語り継がれるという訳だ。

 クソッ! なんてクズな王とビッチな王女なんだ!

 いや、待てよ……王女が、ビッチ……?

 このフレーズ、どこかで聞いた覚えがある。

 どこだ? 一体どこでそんな話を聞いた。

 ……思い出した。四聖武器書を読んだ時だ。

 あの本の王女はどの勇者にも色目を使うビッチだった。

 仮にクソ勇者共と同じく、俺が図書館で読んだ四聖武器書が、この世界となんらかの関わりがあるのならば、王女がビッチである理由にも納得が行く。

 身体の底から沸騰するような怒りが全身を駆け巡る。

 ドクン……。

 盾から、何か……鼓動を感じた。

 カースシリーズ

 ――の盾の条件が解放されました。

 心の底から溢れるドス黒い感情が盾を侵食して、視界が歪む。

「さあ、モトヤス殿、盾の勇者が使役していた奴隷が待っていますぞ」

 人垣が割れ、ラフタリアが国の魔法使いによって奴隷の呪いを、今まさに解かれようとしていた。

 魔法使いが持ってきた杯から液体が零れ、ラフタリアの胸に刻まれている奴隷紋に染み込む。

 すると俺の視界に映っていた奴隷のアイコンが明滅して消え去る。

 これで正式に、ラフタリアは俺の奴隷ではなくなってしまった。

 腹の底に蠢く、黒い感情が心を支配していくのを感じる。

 この世界では俺をあざ笑い、嘲り、そして苦しむ様を喜ぶようにしか見えなくなってきた。

 そう、もう俺の視界には……黒い笑みを浮かべる影しか見えなくなりつつある。

「ラフタリアちゃん!」

 元康がラフタリアの方へ駆け寄る。

 口に巻かれた布を外されたラフタリアが近付いてくる元康に向けて言葉を、涙を流しながら元康の頬を……。

 ――叩いた。

「この……卑怯者!」

「……え?」

 叩かれた元康が呆気に取られたような顔をする。

「卑怯な手を使う事も許せませんが、私が何時、助けてくださいなんて頼みましたか!?」

「で、でもラフタリアちゃんはアイツに酷使されていたんだろ?」

「ナオフミ様は何時だって私に出来ない事はさせませんでした! 私自身が怯えて、嫌がった時だけ戦うように呪いを使っただけです!」

 俺の意識は薄く、何を言っているのか良く聞こえない。

 いや、聞こえてはいる。

 だけど、もう誰の言葉も聞きたくない。

 こんな場所から早く逃げたい。

 元の世界に帰りたい。

「それがダメなんだろ!」

「ナオフミ様は魔物を倒すことができないんです。なら誰かが倒すしかないじゃないですか!」

「君がする必要が無い! アイツにボロボロになるまで使われるぞ!」

「ナオフミ様は今まで一度だって私を魔物の攻撃で怪我を負わせた事はありません! 疲れたら休ませてくれます!」

「い、いや……アイツはそんな思いやりのあるような奴じゃ……」

「……アナタは小汚い、病を患ったボロボロの奴隷に手を差し伸べたりしますか?」

「え?」

「ナオフミ様は私の為に様々な事をしてくださいました。食べたいと思った物を食べさせてくださいました。咳で苦しむ私に身を切る思いで貴重な薬を分け与えてくださいました。アナタにそれができますか?」

「で、できる!」

「なら、アナタの隣に私ではない奴隷がいるはずです!」

「!?」

 ラフタリアがなんか……俺の方へ駆け寄ってくる。

「く、来るな!」

 ここは……地獄だ。

 悪意で作り上げられた世界。

 女は、いや、この世界の奴等の全てが俺を蔑み、苦しむように責め立てる。

 触ったらまた嫌な思いをする。

 ラフタリアはそんな俺の態度に再度、元康を睨む。

「噂を聞きました……ナオフミ様が仲間に無理やり関係を迫った、最低な勇者だという話を」

「あ、ああ。そいつは性犯罪者だ! 君だって性奴隷にされていたんだから分かるだろう」

「なんでそうなるんですか! ナオフミ様は一度だって私に迫った事なんて無いんですからね!」

 そしてラフタリアは俺の手を掴んだ。

「は、放せ!」

「ナオフミ様……私はどうしたら、アナタに信頼して頂けるのですか?」

「手を放せ!」

 世界中の人の全てが俺を謂れの無い罪で責め立てるんだ!

「俺はやってない!」

 ふわ……。

 激高する俺に、何かが覆いかぶさる。

「どうか怒りを静めてくださいナオフミ様。どうか、アナタに信じていただく為に耳をお貸しください」

「……え?」

「逆らえない奴隷しか信じられませんか? ならこれから私達が出会ったあの場所に行って呪いを掛けてください」

「う、嘘だ。そう言ってまた騙すつもりなんだ!」

 なんだ。俺の心に無理やり入って来る。この声はなんだ!

「私は何があろうとも、ナオフミ様を信じております」

「黙れ! また、お前達は俺に罪を着せるつもりなんだ!」

「……私は、ナオフミ様が噂のように誰かに関係を強要したとは思っていません。アナタはそんな事をするような人ではありません」

 この世界に来て……初めて、聞きたかった言葉が聞こえた。

 ふわりと視界を覆う黒い影が散っていくような気がする。

 人肌の優しさが伝わってきた。

「世界中の全てがナオフミ様がやったと責め立てようとも、私は違うと……何度だって、ナオフミ様はそんな事をやっていないと言います」

 顔を上げるとそこには今まで俺の瞳に映っていた少女ではなく、17歳くらいの女の子がいた。

 その顔立ちは何処と無くラフタリアを彷彿とさせるが、比べるのも失礼だと思うくらい可愛らしい少女。

 汚れてくすんだ色をしていた髪が綺麗に整っており、カサカサだった皮膚は健康的な物に変わっている。

 ガリガリで骨が見えていた様な身体もしっかりと肉が付いて、外見相応な、元気な姿。

 何よりも俺を見つめる瞳が、濁った、何もかもを諦めた色ではなく、強い意志が篭っている。

 俺はこんな女の子を知らない。

「ナオフミ様、これから私に呪いを掛けてもらいに行きましょう」

「だ、だれ?」

「え? 何を言っているんですか。私ですよ、ラフタリアです」

「いやいやいや、ラフタリアは幼い子供だろ?」

 ラフタリアを自称する。俺を信じると言ってくれた女の子が困ったように首を傾げる。

「まったく、ナオフミ様は相変わらず私を子供扱いするんですね」

 声は……確かに聞き覚えのあるラフタリアの声だ。

 だけど、姿がまったく違う。

 いやいやいや、幾らなんでも、仮にラフタリアだとしてもおかしいだろ。

「ナオフミ様、この際だから言いますね」

「何?」

「亜人はですね。幼い時にLvをあげると比例して肉体が最も効率の良いように急成長するんです」

「へ?」

「亜人は人間じゃない。魔物と同じだと断罪される理由がここにあるんですよ」

 恥ずかしそうにラフタリアを自称する女の子は続ける。

「確かに私は……その、精神的にはまだ子供ですけれど、体は殆ど大人になってしまいました」

 そしてラフタリアはまた俺を……その良く見ると豊満な胸に顔を埋めさせて告げる。

「どうか、信じてください。私は、ナオフミ様が何も罪を犯していないと確信しています。貴重な薬を分け与え、私の命を救い、生きる術と戦い方を教えてくださった偉大なる盾の勇者様……私はアナタの剣、例えどんな苦行の道であろうとも付き従います」

 それは……ずっと、誰かに言ってもらいたかった言葉。

 ラフタリアが俺と一緒に戦う事を誓ってから、ずっと言い続けている言葉。

「どうか、信じられないのなら、私を奴隷にでも何にでもしてください。しがみ付いてだって絶対に付いていきますから」

「くっ……う……うう……」

 この世界に来て、初めての優しい言葉に無意識に嗚咽が漏れる。

 泣いてはダメだと意識でどうにかしようと思うのに、涙が溢れて止まらない。

「ううう……うううううううううう」

 ラフタリアに抱きつくような形で俺は泣き出してしまった。

「さっきの決闘……元康、お前の反則負けだ」

「はぁ!?」

 錬と樹が人混みの間から現れて告げる。

「上からはっきり見えていたぞ、お前の仲間が尚文に向けて風の魔法を撃つ所が」

「いや、だって……みんなが違うって」

「王様に黙らされているんですよ。目を見てわかりませんか?」

「……そうなのか?」

 元康が観衆に視線を向けるとみんな顔を逸らす。

「でもコイツは魔物を俺に」

「攻撃力が無いんだ。それくらいは認めてやれよ」

 今更、正義面で錬は元康を糾弾する。

「だけど……コイツ! 俺の顔と股間を集中狙いして――」

「勝てる見込みの無い戦いを要求したのですから、最大限の嫌がらせだったのでしょう。それくらいは許してあげましょうよ」

 樹の提案に元康は不愉快ながらも、諦めたかのように肩の力を解く。

「今回の戦いはどうやらお前に非があるみたいだからな、諦めろ」

「チッ……後味が悪いな。ラフタリアちゃんが洗脳されている疑惑もあるんだぞ」

「あれを見て、まだそれを言えるなんて凄いですよ」

「そうだな」

 バツが悪そうに、勇者達が立ち去ると、観衆も釣られて城に戻っていく。

「……ちぇっ! おもしろくなーい」

「ふむ……非常に遺憾な結果だな」

 不愉快の化身二人も苛立ちながら立ち去り、庭には俺達だけとなった。

「つらかったんですね。私は全然知りませんでした。これからは私にもそのつらさを分けてください」

 優しい、その声に……俺の意識はスーッと遠くなっていった。

 それから一時間くらい俺はラフタリアに抱きつく形で寝入ってしまっていた。

 本当に驚いた。まさかラフタリアがこんなに成長しているとは思いもしなかった。

 どうして、気付かなかったのか。

 ……たぶん、余裕が無かったからだ。

 俺の目にはラフタリアの成長に気付く余裕が無かった。全てをステータス魔法で計測して、ラフタリアを評価していた。

 宴はとっくに終わり、城で用意された使用人の使っていないやや埃塗れの部屋でその日は本格的に眠ることになった。

 誰かが信じてくれる。ただ、それだけで、心が少しだけ軽くなったような気がした。

 翌日の朝食でその意味が明らかになった。

 マインに裏切られてからまったく感じなかった味覚が、蘇ったのだ。

 23/1217

分け合う痛み

 前回と同じく、10時ごろに俺達は謁見の間に通された。

 たく、配るのが翌日だったのならさっさと言えば良いものを……このクズ王は俺への嫌がらせに命でも掛けているのかってんだ。

 ただでさえ顔を合わせるのも嫌な奴等と一緒に居るんだ。胃に穴が空いたらどうするんだ。

「では今回の波までに対する報奨金と援助金を渡すとしよう」

 報奨金?

 ツカツカと金袋を持った側近が現れる。

「ではそれぞれの勇者達に」

 金袋の方に視線が向う。

 確か、月々の援助金は最低でも銀貨500枚は確定しているはず。

 支度金だけ500枚……では困る。

「やりましたね」

 ラフタリアが俺に向って微笑む。

「ああ」

 今回の金で何を買うか。

 とりあえずラフタリアの武器あたりが妥当か? それとも、この際だから良い防具を買うという選択もある。

 ああ、でもそろそろ薬の調合で使う機材の新調もしたい所だしなぁ。実はあの機材、盾が反応していて吸わせたら何になるか興味があったんだよなぁ。

 ジャラジャラと金袋の音に、何を買うかの夢が広がる。

 俺は金袋を手渡され、中身を確認した。

 ひーふーみー……うん。500枚ある。

「モトヤス殿には活躍と依頼達成による期待にあわせて銀貨4000枚」

 おい!

 呆気に取られた俺は元康の持つ、重そうな袋に目を奪われる。

 文句を言ったらそれこそ、何倍もの嫌味を言われそうだから黙っているが、拳に力が集まるのを感じる。

「次にレン殿、やはり波に対する活躍と我が依頼を達成してくれた報酬をプラスして銀貨3800枚」

 お前もか!?

 クールを装っているが、元康に負けているのが悔しいような顔つきで錬が金袋を持っている。しかも小声で「王女のお気に入りだからだろ……」と、毒づいている。

「そしてイツキ殿……貴殿の活躍は国に響いている。よくあの困難な仕事を達成してくれた。銀貨3800枚だ」

 樹に至ってはこの辺りが妥当でしょうと呟きつつ、元康の方へ羨ましそうな目を向けているのがわかった。

 依頼って何だよ?

「ふん、盾にはもう少し頑張ってもらわねばならんな。援助金だけだ」

 名前ですらない! 誰が盾だ。

 頭の血管が切れそうな苛立ちを感じる。

 昨日あんだけ我侭をほざいた貴様が言うのか!?

「あの、王様」

 ラフタリアが手を上げる。

「なんだ? 亜人」

「……その、依頼とはなんですか?」

 ラフタリアも察しているのだろう。報酬が少ないのは目を瞑って、別の所から尋ねる。

「我が国で起こった問題を勇者殿に解決してもらっているのだ」

「……何故、ナオフミ様は依頼を受けていないのですか? 初耳なのですが」

「フッ! 盾に何ができる」

 うぜぇ!

 謁見の間が失笑に包まれる。

 ああ、やばい。怒りで暴れだしそう。

 と思ったらラフタリアの方から拳を握り締める音が聞こえて来た。見ると怒りを押し殺していて震えている。

 ……うん。堪えきれそう。

「援助金を渡すだけありがたいと思え!」

「ま、全然活躍しなかったもんな」

「そうですね。波では見掛けませんでしたが何をしていたのですか?」

「足手まといになるなんて勇者の風上に置けない奴だ」

 苛立ちも最高潮だ。せめて嫌味だけでも言っておくか。

「民間人を見殺しにしてボスだけと戦っていれば、そりゃあ大活躍だろうさ。勇者様」

「ハッ! そんなのは騎士団に任せておけば良いんだよ」

「その騎士団がノロマだから問題なんだろ。あのままだったら何人の死人が出たことやら……ボスにしか目が行っていない奴にはそれが分からなかったんだな」

 元康、錬、樹が騎士団の団長の方を向く。

 団長の奴、忌々しそうに頷いていた。

「だが、勇者に波の根源を対処してもらわねば被害が増大するのも事実、うぬぼれるな!」

 この野郎……お前がそれを言うのか?

 城で踏ん反り返っていただけの分際で偉そうに。

 そもそも勇者って俺も勇者だよ。それともアレか、盾は勇者じゃないってか?

「はいはい。じゃあ俺達はいろいろと忙しいんでね。金さえ貰ったらここには用がないんで行かせて貰いますヨー」

 ここでムキになっても意味は無い。この程度で立ち去るのが妥当だろう。

「まて、盾」

「あ? なんだよ。俺は貴様と違って暇じゃないんだ」

「お前は期待はずれもいい所だ。それが手切れ金だと思え」

 くっ!?

 つまり、これから波の後の報酬として援助金は無い! という事を言いたいのだろう。

「それは良かったですね、ナオフミ様」

 満面の笑みでラフタリアが答える。

「……え?」

「もう、こんな無駄な場所へ来る必要がなくなりました。無意味な時間の浪費に情熱を注ぐよりも、もっと必要な事に貴重な時間を割きましょう」

「あ……ああ」

 なんかラフタリアが頼りになってきている気がする。

 ギュッと手を握られると怒りが静まっていくのを感じた。

「では王様、私達はおいとまさせていただきますね」

 と軽やかな歩調で俺をリードし、俺達は城を後にする。

「負け犬の遠吠えが」

 お前が言うなと言いたくなる元康と、無言で肩を上げる錬と樹。

 ……うん。理不尽を共有するって、こんなにも気分が楽になるんだな。

「さて、ではあのテントに行って呪いを掛けてもらいましょう」

「え?」

 城を出るとラフタリアが振り向いて言った。

「でないとナオフミ様は私を心から信じてくれませんからね」

「いや……別に……」

 昨日の言葉が蘇る。

 それだけでラフタリアは信じても良いと、思うんだけど。

「もう……別に奴隷とかじゃなくても良いんだぞ」

「ダメです」

「はい?」

「ナオフミ様は奴隷以外を信じられない方ですので、嘘を吐いたってダメですよ」

 ……俺はラフタリアの育て方を間違えたのかもしれない。

 まあ、確かに奴隷以外信じられないというのは事実だけど、ラフタリアは信じても良いと思うんだ。

 うん。

「あのさ、ラフタリア」

「なんですか?」

「別に呪いを掛けなくても良いんだぞ?」

「いいえ、掛けてもらいます」

 ……何故、この子はこんなにもこだわるんだ?

「私もナオフミ様に信じてもらっている証が欲しいからです」

「はぁ……」

 第一に、変な奴だなぁ……という思いが浮かんでくる。

 第二に、何故かマインの顔が浮かんで腹が立った。

 何故だ? 自分でも分からないしラフタリアに八つ当たりするつもりもない。

 普通だったら別の感情が……芽生えるのか? 変な感じだ。

「さ、行きましょう」

「分かった」

 そこまで言うのなら止め様が無い。

 俺達は奴隷を扱っている、あのテントに顔を出すことにしたのだった。

 24/1217

たまごガチャ

「これはこれは勇者様。今日はどのような用事で?」

 テントに顔を出すとあの紳士の奴隷商がもったいぶった礼儀の掛かるポーズで俺達を出迎える。

「おや?」

 奴隷商はラフタリアをマジマジと見つめて関心したように声を漏らす。

「驚きの変化ですな。まさかこんなにも上玉に育つとは」

 とか言いながら俺の方を何かガックリ来るように肩を落とす。

「……なんだよ」

「もっと私共のような方かと思っていたのですが期待はずれでしたな」

 それはどういう意味だ? とは言わないよう我慢しよう。

「生かさず殺さず、それでいて品質を上げるのが真なる奴隷使いだと答えてやる……」

 ドスの利いた声で奴隷商に返答する。

「お前の知る奴隷とは使い捨てるものなのだろうな」

「な、ナオフミ様?」

 ラフタリアが上目使いで心配そうにこちらを見上げた。

 自分でもちょっと調子に乗っていると自覚はある。

 なんというのか以前より少し余裕ができた。

「……ふふふ。そうでしたか、私ゾクゾクしてきましたよ」

 奴隷商の奴、俺の答えが気に入ったのかこれでもかと笑みを浮かべる。

「して、この奴隷の査定ですな……ここまで上玉に育ったとなると、非処女だとして金貨7枚……で、どうでしょうか?」

「なんで売ることが既に決定しているんですか! それに私は処女です!」

 ラフタリアの言葉に奴隷商は驚きの声を発する。

「なんと! では金貨15枚に致しましょう。本当に処女かどうか確かめてよろしいですかな?」

「ナオフミ様!」

 ラフタリアが金貨15枚だと!?

「ナオフミ様!? ねえ、なんか言ってくださいよ」

 金貨15枚、確かLv75の狼男が買える金額だぞ!

 そんな思考をしているとラフタリアが凄く怖い顔でガシッと俺の肩を握り締める。

「ナオフミ様……お戯れは程々にしませんと怒りますよ」

「どうしたんだ? 怖い顔をして」

「私が査定されているにも関わらず、全然擁護しないからです」

「余裕を見せないと舐められるからだ」

 と、誤魔化すしかないだろう。ちょっと考えが脳裏に過ぎったのを見抜かれたらラフタリアに見限られかねない。

 さすがに俺をこの世界で唯一信じてくれた子を売るような真似はしない。

「金貨15枚か……」

 小さく呟くとラフタリアの力が強くなる。

「いたい、いたい!」

 ラフタリアの攻撃力って……俺の防御力を上回っているんだなぁ。

 これは頼りになる。戦闘的な意味で。

「……このまま逃げてもよろしいでしょうか?」

「冗談だよ。ラフタリアがそんなにも綺麗になって高く評価をされているんだなと思っただけだよ」

「そ、そんな……ナオフミ様ったら……」

 なんかラフタリアが大人しくなって照れている。

 この動作はむかつく。

 ……自分でも思うが、何故? 一体どうしたと言うのだ?

「まあ奴隷商、コイツは売らないと決めているんだ」

「そうですか……非常に残念です。して、何の御用で?」

「ああ、お前は聞いてないか? 城での騒ぎ」

 俺の問いに奴隷商はまたもニヤリと笑う。

「存じておりますぞ。奴隷の呪いが解かれてしまったのですね」

「知っているなら話は早いな……というか、何しに来たのか分かっているなら査定をするな」

 主に俺がラフタリアに愛想を尽かされそうになっていたというのに。

 まったく……。

「あの王の妄言程度でこの国の奴隷制度はなくなりませんよ。ハイ」

「ん? 貴族は奴隷を買わないんだろ?」

「いえ、そんな事はありませんよ。むしろ富裕層の方々の方が多い位であります。使用用途は色々ありますからね。ハイ」

「あのクズ王、元康……槍の勇者の肩入れしてあんな事言ったら貴族が反感を抱いたりしないのか? いや、俺なら抱くぞ」

 そうなると滑稽なんだがな。

 というかむしろそうなってくれればこの国も良くなるのに。

「まあ、この国も一枚岩ではございませんので。そんな事をすれば手痛い目に遭うのは掲げた貴族です。ハイ」

「あのヒゲ親父が、そんなに権力を持っているのか?」

 独裁国家的な国なのだろうか。

 だとしたら十年持たないな。いずれ反乱でも起こって滅亡するだろう。

 なんせクズ王が国を治めて、ビッチな王女が後継者だもんな。

「それはですね。この国では王より――」

「あの……奴隷紋の話はどうなったのですか?」

「そういえばそうだったな」

 脱線してしまった。考えてみれば、もう会わないクズ王の事なんてどうでも良いな。

「で、呪いを掛けてもらいに来た訳ですね。ハイ」

「ああ、出来るか?」

「何時でも出来ますよ」

 パチンと奴隷商は指を鳴らすと奴隷認証をした時の壷を部下が持ってくる。

 ラフタリアは恥ずかしそうに胸当てを外して胸を露出させる。

「ど、どうですか?」

「何が?」

「……はぁ」

 ?

 何をそんなに恥ずかしそうにしているのだろうか。

 しかも溜息までする始末。

 俺が何かしたのだろうか?

 後は前やった時と同じように俺の血を染み込ませたインクをラフタリアの奴隷紋があった場所に塗りつける。

「文様は破壊されていますが、修復も割合可能なのですよ」

「へー……」

 消えていた文様が浮かび上がり、ラフタリアの胸で輝き始める。

「くっ……」

 やはり痛いのだろう。ラフタリアは痛みを堪えている。

 俺の視界に奴隷のアイコンが復活する。

 命令や違約行為に対する該当項目をチェック。

 ……前よりは少なめにして大丈夫だろう。

 ラフタリアは俺に信じてもらう為に奴隷に戻ったのだ。俺もラフタリアを信じなければいけない。

「さて」

 どうするかと考えていると不意に残ったインクのある皿が目に入る。

 触れてみると盾が反応していた。

「なあ、このインクを分けてもらえないか? その分の金は払うから」

「ええ、良いですよ」

 インクを入れた皿から盾に残ったインクを掛ける。

 スー……と盾はインクを吸い込んだ。

 奴隷使いの盾の条件が解放されました。

 奴隷使いの盾Ⅱの条件が解放されました。

 奴隷使いの盾

 能力未解放……装備ボーナス、奴隷成長補正(小)

 奴隷使いの盾Ⅱ

 能力未解放……装備ボーナス、奴隷ステータス補正(小)

 奴隷使いの盾か……まあ、なんとなく頷ける結果だな。

 ツリーは独自の物なのか新しく出現。元はスモールシールドから派生している。その分、あまり強くない。

 だけど、装備ボーナスがちょっと魅力的だ。

 成長補正か。

 というかインクを少し流しただけでなんで二つも開いたんだ?

 徐にラフタリアの顔を見る。

「なんですか?」

 そういえば髪の毛を盾に吸わせた事があったな。あの時はラクーンシールドに目が行ってたけど、こっちも満たしていたのかもしれない。

 たぶん、奴隷使いの盾Ⅱがそれだったのだろう。ツリーを満たしたので一緒に解放された。

 そんな所だと推察する。

 となると……。

「ラフタリア、ちょっと血をくれないか?」

「どうしたのですか?」

「いやな、少し実験してみたくてな」

 首を傾げつつ、ラフタリアは俺がインクに血を入れた時と同じように指先にナイフを少しだけつけて血を滲ませ、俺が差し出した盾に落とす。

 奴隷使いの盾Ⅲの条件が解放されました。

 奴隷使いの盾Ⅲ

 能力未解放……装備ボーナス、奴隷成長補正(中)

 よし! 推理は当たった!

「ナオフミ様? なんか楽しそうですよ」

「ああ、面白い盾が出てきたんでな」

「それはよかったですね」

 俺は盾を奴隷使いの盾に変えて解放を待つことにした。

「さてと……ん?」

 ここでの用事も大半が済んだし帰ろうとすると、テントの隅に卵の入った木箱に目がいった。

 見覚えが無いものだ。なんだろうか。

「あれはなんだ?」

 奴隷商に尋ねる。

「ああ、あれは私共の表の商売道具ですな」

「お前等の表の仕事ってなんだよ」

「魔物商ですよ」

 なんかテンション高めに答えられた。

「魔物? というとこの世界には魔物使いとかもいるのか」

「物分りが良くて何より、勇者様はご存じないですか?」

「会った事はない気がするが……」

「ナオフミ様」

 ラフタリアが手を上げる。

「どうした?」

「フィロリアルは魔物使いが育てた魔物ですよ?」

 聞いたことも無い魔物の名前だ。一体何を指しているんだろう。

「何だ、それは?」

「町で馬の変わりに馬車を引いている鳥ですよ」

「ああ、あれか」

 チョ○ボにしか見えないあの鳥ね。

 この世界独特の動物かと思ったら魔物だったのか。

「私の住んでいた村にも魔物育成を仕事にしている人がいましたよ。牧場に一杯、食肉用の魔物を育ててました」

「へー……」

 あれか? この世界にとって牧場経営とかの類は魔物使いというカテゴリーに組み込まれているのかも知れない。

「で、あの卵は?」

「魔物は卵からじゃないと人には懐きませんからねぇ。こうして卵を取引してるのですよ」

「そうなのか」

「既に育てられた魔物の方の檻は見ますか?」

 欲しいのなら売る。奴隷商は商魂逞しいな。

「いや、今回は別にいい」

 他に用事もあるし。

「で、あの卵のある木箱の上に立てかけてある看板は何だ?」

 なんて書いてあるのか分からないけど木箱に矢印がついていて、数字らしき物が書いてある。

「銀貨100枚で一回挑戦、魔物の卵くじですよ!」

「100枚とは高いな」

 俺達の所持金は銀貨508枚、かなりの大金だ。

「高価な魔物ですゆえ」

「一応参考に聞くが、フィロリアルだっけ? それはお前の所じゃ平均幾らだ?」

「……成体で200枚からですかね。羽毛や品種などで左右されます。ハイ」

「成体という事はヒナはもっと安いのか。更に卵の値段だけで、育成費は除外だとすると……得なのか?」

「いえいえ、あそこにあるのは他の卵も一緒でございます」

「なるほど……くじと言っていたからな」

 ハズレもあれば当たりもあると言う奴か。

 ハズレを引けば目も当てられない。当たりを引けば元より高め。

「で、あの中には当たりが無いって所か」

「なんと! 私達がそんな非道な商売をしていると勇者様は御思いで!?」

「違うのか?」

「私、商売にはプライドを持っております。虚言でお客様を騙すのは好きでありますが、売るものを詐称するのは嫌でございます」

「騙すのは好きだけど、詐称は嫌いって……」

 どんな理屈だよ。と、半ば呆れつつ考える。

「それで? 当たりは何なんだ?」

「勇者様が分かりやすいように説明しますと騎竜でございますね」

 キリュウ、騎竜……たぶん、騎士団の将軍クラスが乗っていたドラゴンか?

「馬みたいなドラゴン?」

「今回は飛行タイプです。人気があります故……貴族のお客様が挑戦していきますよ」

 飛ぶドラゴンかー……夢があるな。

「ナオフミ様?」

「相場ですと当たりを引いたら金貨20枚相当に匹敵します」

「ちなみに確率は? その騎竜の卵の出る奴だけで良い」

「今回のくじで用意した卵は250個でございます。その中で1個です」

 250分の1か。

「見た目や重さで分からないよう強い魔法を掛けております。ハズレを引く可能性を先に了承してもらってからの購入です」

「良い商売をしているな」

「ええ、当たった方にはちゃんと名前を教えてもらい。宣伝にも参加していただいております」

「ふむ、確率がな……」

「十個お買い上げになると、必ず当たりの入っている、こちらの箱から一つ選べます。ハイ」

「さすがに騎竜とやらは入っていないのだろう?」

「ハイ。ですが、銀貨300枚相当の物は必ず当たります」

 自然と笑みが零れる。

 待てよ……コレってコンプガチャじゃねえか、コラ!

 こういうのは大元が得をする様に出来ているんだ。

 あと少しでまた騙される所だった。 

「うーむ……」

 しかし、中々面白いものを見せてもらったなぁ。

 考えてみれば仲間がラフタリアだけではちょっと心もとなくなってくるかもしれない。

 奴隷を新しく買うのと魔物を飼うのではどっちが得だ?

 新しく出た奴隷の盾を試してみるのも面白いよな。ラフタリアはLvが上がっているから成長補正の恩威が少し受けづらいし。

 しかし、ふと元康とかの顔が浮かぶ。

 あいつ等、奴隷を解放しろとかうるさかったからなぁ……ラフタリアが美少女だからかもしれないけど。

 それにラフタリアとだって面倒だなと感じた事は何度もある。

 そもそも奴隷には装備を買わなければいけないから、金の無い俺には厳しい。

「よし、じゃあ試しに1個買わせて貰うか」

「ありがとうございます! 今回は奴隷の儀式代込みでご提供させていただきます」

「太っ腹じゃないか。俺はそういうの好きだぞ」

「ナオフミ様!?」

「どうした?」

「魔物の卵を買うのですか?」

「ああ、ラフタリアだけじゃこの先の戦いが厳しくなるだろうと思ってな。奴隷を買うのは装備代を考えると高くつくし、一発魔物辺りでも育てて見るのも一興かとね」

「はぁ……でも、魔物も大変ですよ」

「それくらい分かってる。ラフタリアもペットくらいは欲しいだろ?」

「……ドラゴンを狙っているのではないのですか?」

「最悪ウサピルでも問題は無い」

 小動物は嫌いじゃない。ネトゲでだってテイミングペットがあるじゃないか。あれと同じ感覚で、一種の清涼剤代わりになってくれれば良い。何より奴隷と同じく命令できるのなら俺よりは攻撃力があるはずだ。

 金銭に余裕が少しだけあるからか財布の紐が緩んでいる自覚はある。だけど悪い投資ではないはずだ。

 何より奴隷に盾があるならば魔物にあっても不思議じゃない。

「育てて売れば奴隷より心が痛まないしな」

「ああ、なるほど、そういう事ですか」

 愛着は湧くけれど、俺達には金銭が無いんだ。我慢するしかない。

 奴隷は相手が人故に売る時が一番厳しいと思う。何だかんだでラフタリアが俺を慕ってくれるようにいらなくなった、慕う奴隷を売るとなると、俺には出来るかわからない。

 その点、魔物には喋る口が無いからな。どんなに懐いていたって、心が少し痛む程度で済む。

 良い買主に巡りあえよ。とか勝手な願望を押し付けられるし。

「そういう斡旋もやってるだろ?」

「勇者様の考えの深さに私、ゾクゾクしますよ! ハイ!」

 奴隷商のテンションも上昇中だ。

 とりあえず一杯並んでいる卵を見る。

 サーチとかはできないようにしてあるっポイ事を言っていたからな。

 まあ、ここは適当に選べば良いだろう。 

「じゃあこれだな」

 なんとなくの直感で、右側にある一個を選び、取り出す。

「では、その卵の記されている印に血を落としてくださいませ」

 言われるまま、卵に塗られている紋様に血を塗りたくる。

 カッと赤く輝き、俺の視界に魔物使役のアイコンが現れる。

 奴隷と同じく禁止事項を設定できるようだ。

 ……俺の指示を無視すると罰が下るように設定する。ラフタリアに比べると厳しい目にチェックしておく。

 所詮は魔物だ。こちらの言葉は理解できるのか良く分からないからきつい方が良いだろう。

 まだ孵化していないけどな。

 奴隷商はニヤリと笑いながら孵化器らしき道具を開いている。

 俺はその卵を孵化器に入れる。

「もしも孵化しなかったら違約金とかを請求しに来るからな」

「ハズレを掴まされたとしてもタダでは転ばない勇者様に脱帽です!」

 奴隷商の機嫌も最高潮に達している。まったく、潜在的な被虐願望でもあるんじゃないかコイツ?

 男を詰る趣味は無いが……まあ、他のクソ勇者が苦しむ顔は見たいな。

「口約束でも、本当に来るからな。白を切ったら乱暴な俺の奴隷が暴れだすぞ」

「私に何をさせるつもりですか!」

「心得ておりますとも!」

 奴隷商の奴、すっげー機嫌が良い。

「何時頃孵るんだこれ?」

 銀貨100枚を奴隷商に渡してから尋ねる。

「孵化器に書いております」

「ふーん……」

 なんか数字っぽいこの世界の文字が動いている。

「ラフタリアは読めるか?」

「えっと、少しだけなら……明日くらいに数字がなくなりそうです」

「早いな。まあ良いけど」

 明日には何かの魔物が孵化するのか、楽しみになってきた。

「勇者様のご来場、何時でもお待ちしております」

 こうして俺達は卵を持って、テントを後にするのだった。

 25/1217

命の御礼

 さて、これからどうするか。

 そう考えた所で波で余った回復薬を思い出す。

 念のために準備していたのだけど、使わないのだから薬屋に売った方が金になるだろう。

「薬屋に行って、それから武器屋かな」

「ナオフミ様、もう援助金は手に入らないのですから財布はきつく結んでいてくださいね。今回の様な事はご自身の首を絞めます」

「分かっている」

「今のところ、装備に困っておりません。必要になってから購入をお考えください」

「……」

 ふむ、これも理にかなってはいる。

 しかし、俺達が持っている装備は他の勇者達に比べれば安物だ。

 この際、より強い敵と戦う為に良い武器をラフタリアに持たせるのが得策だと思うのだが……。

「それに武器を新調してからまだ数日ですよ? 親父さんがどんな顔をするか考えてください」

「うーん……」

 確かに武器屋の親父には色々とサービスしてもらっている。下取りを込みでサービスしてくれているのだから、今の所持金ではあまり強さに差が出るとは思えないか……。

「分かった。今は貯金しておくとしよう」

「はい!」

 ある程度、金に余裕が出てから買い揃えるのも悪い考えではない。

「じゃあ薬屋に行くぞ」

 宣言通りに薬屋に顔を出すと店主が俺の顔を見るなり、親しげに微笑む。

「なんだ? どうしたんだ?」

 何時もは渋い顔をしながら薬を買ってくれるというのに笑みを浮かべられると背筋に寒気がくる。

「いやね。アンタが来たら礼を言っておこうと思ってね」

「は?」

 俺もラフタリアも首を傾げる。

「リユート村の親戚がアンタに助けて貰ったと言いに来てね。出来れば力になってくれと言われているんだ」

「ああ……なるほど」

 波が終わった時、リユート村の連中は揃って俺に礼を述べていた。あの中に薬屋の親戚がいたらしい。

「だから今回はその礼に」

 薬屋の店主は戸棚から一冊の本を取り出して俺に渡す。

「なんだ?」

「お前さんが作ってくる初級の薬より高位のレシピを集めた中級レシピの本だ。そろそろ挑戦するには良い頃合だと思ってね」

「……」

 俺は徐に中級レシピの本を広げてみる。ややボロく、ちょっと問題のある装丁であるが文字が書かれているのが分かる。

 うん。読めない。

「か、感謝する。頑張ってみよう」

 せっかくの厚意なのだから礼を言わねば悪いだろう。

 たぶん、この中には高値で売れる薬だってあるはずなのだ。

「そう言って貰えて嬉しいよ」

 う……人の善意に応えられないプレッシャーが俺を刺激する。

 この世界の文字は読めないからと諦めていたけど……覚えた方が良いんだろうなぁ……。

「魔法屋の奴も来いと言っておったぞ」

「魔法屋?」

「ナオフミ様、魔法を覚える為の書物を扱っている店ですよ」

「ああ、なるほど」

 本屋だと思っていたあそこは魔法屋か……考えてみれば水晶玉とかが店の奥にあった。

「何処の店だ?」

「表通りの大きな所だよ」

 ……ああ、城下町で一番か二番に大きい本屋ね。

「で、今日は何のようだ?」

「ああ、今回は――」

 回復薬をいつもより高く買い取ってくれた。

 そのお金で機材を新調し、言われた通り魔法屋に顔を出す。

「ああ、盾の勇者様ね。うちの孫がお世話になりまして」

「はぁ……」

 誰の事を言っているか分からないけどリユート村の住民なのだろう。魔法屋のおばさんは俺達を丁重に出迎える。

 おばさんはなんていうか、小太りで、魔女みたいな衣装を着ている。

「で、俺に何の用だ?」

 本屋だと思っていた魔法屋の店内を見る。

 古臭い本が並び、カウンターの奥には水晶がたくさん置いてある。

 他に杖とか、なんていうか確かに魔法を扱っている雰囲気があった。

 そういえばこの世界で魔法ってどうやって覚えるんだ?

「その前に、盾の勇者様のお仲間は隣のお嬢ちゃんだけで良いのかい?」

「ん? ああ」

 ラフタリアと顔を合わせてから頷く。

「じゃあちょっと待ってておくれ」

 おばさんはそう言うとカウンターから水晶玉を持ち出して、何やら呪文を唱えだした。

「よし、じゃあ盾の勇者様、水晶玉を覗いてみてくれるかい」

「あ、ああ」

 一体なんだというんだ?

 と、俺は思いつつ水晶玉を覗き込む。

 ……なんか光ってるけど、特に何か見えるわけじゃないな。

「そうだね……盾の勇者様は補助と回復の魔法に適性があるようだね」

「え?」

 魔法の適性診断してくれてたのか!?

 早く教えてくれれば理解できたというのに……まあ、文句を言うのは間違っているが、説明が飛んでるぞ。

「次は後ろのお嬢ちゃんね」

「あ、はい」

 俺は横に退いて今度はラフタリアが水晶玉を覗き込む。

「うーん。やっぱりラクーン種のお嬢ちゃんは光と闇の魔法に適性が出ているようね」

「やっぱりという事は常識なのか?」

「そうねぇ……光の屈折と闇のあやふやさを利用した幻を使う魔法が得意な種族だから」

 なるほど、ラクーン種はタヌキやアライグマ辺りに似ている。俺の世界の日本でもタヌキは人を化かす妖怪だ、なんて信じられていた。

 そういう所はこの世界でも似通っているのかもしれない。

「で、結局なんなんだ?」

「はい。これが魔法屋のおばちゃんが渡したかった物よ」

 と、おばちゃんが俺達にくれたのは三冊の本だった。

 また本か! 俺は読めないと言うのに、どうしてこうも親切心で本をくれるかな。

「本当は水晶玉をあげたいのだけど、そうなるとおばちゃんの生活が大変でね」

「どういう意味だ?」

「盾の勇者様は知らないのかい? 水晶玉に封じた魔法を解放すれば対応した魔法を一つ覚えられるんだよ」

 何!? じゃあ文字が読めなくても魔法が使えるというのか?

「ずいぶん前に国が勇者様用に……大量発注して、それなりの数を出荷したのだけど、盾の勇者様は知らないのかい?」

「知らないな」

 あのクズ王の事だ。大方、俺以外の勇者に後で渡しているのだろう。

 まったく、意図的な仲間外れに殺意が湧いてくるな。

「魔法書はかなり大変だけど、真面目に取り組めば一月で10の魔法が覚えられるだろうね」

 水晶玉は一つ、魔法書は大体一冊三つと言った所か。読めればの話なのだろうが。いや、一月と言っていたからもっとあるのかもしれない。

「ごめんねぇ」

「いえ、タダで魔法書を譲ってくださるだけで十分ですよ」

 ラフタリアが微笑んで対応し、俺も頷く。

「大体、どれくらいの魔法までが使えるんだ?」

「どれも初級の魔法だね。これより高位は……お金を出して買ってくれないかい」

「あ、ああ」

 あっちも商売だ。身を切る思いで俺達に譲ってくれているのだから我侭は言えない。

「感謝する」

 難しい言い方をしてしまったけど、俺達は魔法屋から魔法書を頂いた。

「はぁ……」

 思わず溜息が出る。

 あんまり勉強は好きじゃなかったからな。成績の低い俺はどうしたら良いのだろう。

 分かっている。この書物を必死に解読してレシピや魔法を覚えた方が良いという事くらい。

 なんていうのだろう。

 盾の中に『異世界文字翻訳』とか無いかと思ってしまう。

 薬の方のレシピとかは盾にある可能性は高い。探せば見つかるとも思う。

 だけど、対応する盾を探す労力と、文字を覚え、本を読んで作れるようになるのとではどちらに軍配が上がることやら……。

 後者は値段と別の物にも挑戦できる利点がある。

 だけどなぁ……やっぱ異世界文字翻訳とかある可能性を考えてしまうと無駄な労力になりそうで、覚える気力が萎える。

「一緒に魔法を覚えましょう」

 ラフタリアが元気に俺に話しかけてくる。

「俺はこの世界の文字が読めないんだよ……」

「ええ、ですから一緒に覚えて行きましょうよ」

「まあ……そうなるよな」

 薬作りの合間に覚えておいて損は無い。か。

「そういえば次の波は何時来るのでしょう?」

「ん? ああ、ちょっと待ってろ」

 視界の隅にあるアイコンを弄り、波の襲来時期を呼び出す。

 後、45日と14時間。

「45日もあるぞ」

 一月毎じゃなかったのか!

 いや、まあ、二ヶ月分ではないけど……って良く考えたら事が起こってから俺達を召喚したんだよな、この国は。

 となると期限は思いのほか多いのかもしれない。

 ラフタリアが奴隷になって俺に会うまでの日数とかも考えると自然な結果か。

 一月後とは……大きい範囲で言ったものだ。

「まあ、時間があるのは良い事だけどさ」

 その間に出来る限りの事をしていくと考えると、少ないのかもしれない。

「とりあえず、ここでの用事は済んだのか?」

「そうですねぇ……奴隷紋の再登録と武器防具に薬の処分、そして本も貰いましたし、当面はありませんね」

 ラフタリアに確認を取る。

 何か忘れ物をして戻ってくるのはタイムロスだからな。

「じゃあ、飯でも食ってからLv上げに行くか」

「はい」

 今日の朝食には驚いた。味覚が回復していたからな。

 飯が美味いというのは活力を与えてくれる。

 乳鉢の盾の条件が解放されました。

 ビーカーの盾の条件が解放されました。

 薬研の盾の条件が解放されました。

 乳鉢の盾

 能力未解放……装備ボーナス、新入り調合

 ビーカーの盾

 能力未解放……装備ボーナス、液体調合ボーナス

 薬研の盾

 能力未解放……装備ボーナス、採取技能2

 食事を終えた俺達はその足で城下町を後にし、リユート村の方へ行く。

 あの辺りから先の場所に手ごろな魔物が生息しているからだ。

 俺は他の勇者が知っているような穴場の狩場は知らない。だから、この世界の住人から聞くか、自分の足で探すしかない。

 地図を広げて、手ごろな場所を見つけるというのも中々難しいが、それだけやり応えがあるとも言える。

 競っている訳じゃないけど、あの勇者共に遅れているのは若干悔しい。だが、知らない魔物と戦い勝てば盾が成長するので悪い話では無い。

 結構説明を省いているが、色々と盾が出ているのだ。大体が能力上昇系なのが困り所ではある。

 防御力アップが多いのは盾だからだろう。他に敏捷やスタミナ、魔力、SPと攻撃以外のステータスは上がっている。

 このお陰で前回の波では殆ど無傷で済んだ訳だしな。

 その道中…。

「……そういえば波の敵は盾で吸えるのか?」

 そのまま帰ってきたから忘れていたけど、盾の成長の為にも試してみたいと思う。

 で、リユート村が見えてきた辺りで、波の化け物の死骸をかなり見つけた。

 次元ノイナゴの盾の条件が解放されました。

 次元ノ下級バチの盾の条件が解放されました。

 次元ノ屍食鬼の盾の条件が解放されました。

 次元ノイナゴの盾

 能力未解放……装備ボーナス、防御力6

 次元ノ下級バチの盾

 能力未解放……装備ボーナス、敏捷6

 次元ノ屍食鬼の盾

 能力未解放……装備ボーナス、所持物腐敗防止(小)

 ついでに分解して他の盾が出ないか挑戦してみた。

 が、どうもこのシリーズでは満たせるものは殆ど無いようで一つしか解放できなかった。

 ビーニードルシールドの条件が解放されました。

 ビーニードルシールド

 能力未解放……装備ボーナス、攻撃力1

 専用効果 針の盾(小) ハチの毒(麻痺)

 まあ、こんなものだろうと歩いて行くと、キメラの死骸を村人達が撤去中だった。

「よ」

「あ、盾の勇者様」

 昨日今日の影響か、村の連中は俺を見ると快く歓迎してくれる。

「波のボスだったか、コイツは」

 キメラの死骸を見て俺はポツリと零す。

 なんていうか……良く見るとキメラとは言うが、この世界の魔物とは何か違うような感覚がある。

 色合いなのか、なんなのかを具体的に説明するのは難しいけど。

「恐ろしいものです」

「……そうだな」

 村人の声に俺も同意する。

 他の勇者や騎士団が素材を剥いで行ったのだろう、原型こそ留めているが皮や肉がごっそりと切り取られている。

「俺も少しもらって良いか?」

「どうぞどうぞ、処分に困っていた所ですから、何なら村で加工して装備にしますか?」

「それも悪くは無いけど……使えそうな所はあんまり無いぞ」

 皮は剥がされ、鎧などには出来ない。肉と骨……後は尻尾の蛇の部分くらいか。

 頭の部分は切り取られて無かった。見た感じ、三つくらいは生えていたと思われるが……。

 まあいいや、俺はラフタリアと一緒にキメラの死骸を分解して盾に吸わせてみた。

 キメラミートシールドの条件が解放されました。

 キメラボーンシールドの条件が解放されました。

 キメラレザーシールドの条件が解放されました。

 キメラヴァイパーシールドの条件が解放されました。

 キメラミートシールド

 能力未解放……装備ボーナス、料理品質向上

 キメラボーンシールド

 能力未解放……装備ボーナス、闇耐性(中)

 キメラレザーシールド

 能力未解放……装備ボーナス、防御力10

 キメラヴァイパーシールド

 能力未解放……装備ボーナス、スキル「チェンジシールド」 解毒調合向上 毒耐性(中)

 専用効果 蛇の毒牙(中) フック

 最後のはなんか色々と便利なボーナスがついているな。防御力もかなり高い。

 ただ、変化させるには必要Lvがかなり高く、しかもキメラシリーズを何個か解放しないと出来ないみたいだ。

 後回しで良いだろうけど、次の波でのメインになる可能性が高いな。

「残りはどうするんだ?」

 村人に聞く。

「どうせ埋めるだけですからご自由にお願いします」

「うーむ……」

 些かもったいない気もするけど、残った部分は殆ど肉と骨しかない。

 骨はまあ、物持ちが良いけど、肉は干し肉にするとか考えが浮かぶよな。

 食用では絶対に無いだろうけど。

 あれだ。魔法薬の材料とかになりそうなイメージがある。

 ……とはいえ、何処で誰が買い取ってくれるかわからないからなぁ……腐ると困るし、下手に保存して再生とかされたら恐ろしい。

 骨でも言えるけど。まだ安心できそうなイメージがある。

 だけど……さすがにそんな警戒するのもどうかと思う。

「じゃ、出来る限り頂いておこう」

「え、ですがかなりの量になりますよ?」

「この村で預かってくれるだろ?」

「え? 盾の勇者様がそう言うのでしたら……」

「まあ、肉は干し肉にして、少し残してくれれば行商とか買いたい奴に売っておいて良い。復興費くらいにはなるだろう。波の大物の肉とでも言えば研究材料目的で買う奴もいるだろ」

「確かにそれなら買う方もいらっしゃるかも」

 村人も復興資金が欲しいらしく、俺の提案を受け入れる。

 内臓とか腐りやすそうな部分は盾に吸わせて処分し、俺達がリユート村にたどり着いた頃には日も落ちかけていた。

 村は半壊していて、生き残った人たちは比較的破損が無かった家で纏まって生活している。

 俺達は割と安全だった宿屋の一室を店主が空けてくれたお陰でその日はゆっくりと休むことが出来た。

「……復興の手伝いとかはしてやりたいが、人の事を考えている余裕は無いからな……」

 今日はリユート村の連中に甘えっぱなしだった。

 キメラの死骸を肉や骨として処分したのは感謝されたが、食事と宿を無償で提供されると言うのは些か悪い。

「そうですね。私達も得をして村の方々にも得になる事が出来れば良いのですが」

 村の連中で読み書きができる奴にこの世界の文字を読む為の表を書いてもらった。

 分かりやすく言うなら、あいうえお表みたいな奴。英語で言うとアルファベット表。

 後は、少しだけ文字が読めるラフタリアにどの文字が俺の世界の文字で言う何に当たるかを発音してもらって、解読表に置き換える。

 おそらく、これに単語とかも合わさるのだから、解読は困難を要するだろう。

 だけど、一応……覚えておくに越したことは無い。

 薬を作る合間に、俺は文字を覚えようと四苦八苦するのだった。

 26/1217

フィーロ

 翌日の昼前。ラフタリアが昨日の夜更かしの所為で寝坊した。魔法書片手にうんうん唸っていた。

 俺? 薬草を煎じて薬にしていた。

 寝坊の分も取り戻す為に出かける準備をしていると。

「あ、孵るみたいですよ」

 宿の部屋の窓際に置いておいた。昨日買った卵に亀裂が入っていたのをラフタリアが気づいた。

 何か生物の毛の様な、羽の様な、柔らかい物体が隙間から覗いている。

 本格的に生まれるのが近い様だ。

「そうか」

 何が生まれるのか興味がある。

 ヒビが入った卵を見に行く。

 ピキピキと卵の亀裂は広がり、パリンと音を立てて、中から魔物の赤ん坊が顔を出した。

「ピイ!」

 ふわふわの羽毛、頭に卵の欠片を乗っけたピンク色のヒヨコみたいな魔物と俺の視線が合う。

「ピイ!」

 元気良く跳躍し、俺の顔にぶつかった。

 全然痛くなかったけど、生まれたばかりだというのに元気そうな魔物だ。

 種族はわからないが、体調は良さそうなのでしっかりと面倒を見てやれば元気に育つだろう。

「これは何の魔物だ? 鳥系という事はピキュピキュか?」

 ピキュピキュはあまり高く飛べないデフォルメされたコンドルのような魔物だ。

 それの幼生体とかなら納得が行く姿をしている。

 成長すればバルーンなどと比べると、身体は俊敏で攻撃もクチバシがあるので期待はできる。

「うーん……私も魔物に詳しい訳じゃないですから」

 ラフタリアも困り顔で答える。

「しょうがない。村の連中に聞いてみるか」

 魔物商の扱っている魔物なのだからそこまで危険な魔物ではないだろう。聞けば答えてくれるかもしれない。

 俺が魔物の雛に手を伸ばすと、雛は俺の手に乗っかり、肩まで駆け上って跳躍し、頭に腰を据える。

「ピイイイ」

 スリスリと頬ずりをしている。

 なんか……可愛らしい態度だな。

「ふふ、ナオフミ様を親だと思っているのですよ」

「まあ刷り込みだろうな」

 事前に登録をしてあるし、初めて見る動く相手が俺だったから親と思っているのだろう。

 卵の欠片を片付けようとすると盾が反応した。

 よくよく考えてみれば、盾に卵の欠片を吸わせれば何の魔物か分かるかもしれない。

 だから卵の欠片を盾に吸わせてみた。

 魔物使いの盾の条件が解放されました。

 魔物の卵の盾の条件が解放されました。

 魔物使いの盾

 能力未解放……装備ボーナス、魔物成長補正(小)

 魔物の卵の盾

 能力未解放……装備ボーナス、料理技能2

 ……なんか予想とは違う盾が出た。でも便利そうだから解放中だった奴隷使いの盾Ⅱから魔物使いの盾に変化させる。

「何か分かりました?」

「いや、別の盾が出て分からなかった」

 結局、この雛が何の魔物なのだろうか。村の奴等が知っているとありがたいのだが。

 復興中の村の中を歩きながら、今日は何処でLvを上げるか考える。

 やはり妥当なラインは村の西部にある沼地辺りだろうか? 前回は北西部の山を探索したので、手ごろな敵が居る場所を探したい。

 という所で、村人と顔を合わせる。

「あ、盾の勇者様」

「おはよう」

「おはようございます」

 ここでは一週間と少しいたからな、波で守ったのもあるが顔なじみは結構多い。

「おはようございます」

 深々と頭を下げられてしまった。何か恥ずかしい気持ちになってくる。

「ピイ!」

 頭の雛が元気良く鳴く。

「おや?」

 村人が俺の頭に乗っかっている雛に目を向ける。

「どうしたんですか?」

 雛を指差して訪ねる。

「魔物商から卵を買ってね」

「ああ、なるほど」

「ただ、中身が何か分からないって触れ込みのくじ引きだった。この魔物が何か知らないか?」

 村人は雛をマジマジと見つめる。

「そうですねぇ……たぶん、フィロリアルの雛だと思いますよ?」

「え? あの馬車を引く鳥か?」

 それなら元の金額より高いから若干お得だった事になるのだが……まあ、村人の話が本当ならの話だけど。

「ええ、なんなら村の外れに牧場がありますから見てもらうと良いですよ」

「じゃあ行ってみるよ」

 俺はラフタリアと一緒にその牧場を経営している奴の家に顔を出す。

 牧場は波の被害を結構受けていて、飼育していた魔物が半分くらい死んでしまっていたらしい。

「と言う訳で、この魔物はフィロリアルであっているのか?」

 牧場主に聞くと、頷かれる。

「そうですね。見た感じ、フィロリアルの雌ですねぇ」

 雛を持ち、マジマジと鑑定しながら牧場主は言った。

「品種はよくある種類、フィロアリア種で、荷車を引かないと落ち着かない生態を持っています」

「……それは生き物としてどうなんだ?」

「何かおかしい所でも?」

 ああ、この世界で生まれたときから当たり前のように居たら不思議とか思わないか。

 うーむ……大方、卵とか巣など守らないといけない対象物を、便利に運べる荷車のような何かを使って守る生態とかがあるのだろう。

「ま、外れではなく、割と当たりって所か」

 成体が銀貨200枚の魔物を100枚で買えたと考えれば悪くはない。

 育ちきるのにどれだけ金と時間が掛かるか分からないけど、出来なくはないだろう。

「ピイ!」

 フィロリアルの雛は俺の頭の上で鳴いた。

「コイツは何を食うんだ?」

「最初は豆を煮とかした等、柔らかい物ですね。大きくなったら雑食ですから何でも食べますよ」

「なるほど、ありがとう」

 自分でも驚くほどすんなり礼が言えた。

 とりあえず、村で出している煮豆辺りで良いらしい。

「で、名前はどうしますか?」

 ラフタリアが雛を撫でながら聞いてくる。

「売るかもしれないペットに名前をつけるのか?」

 こういうのって名前を付けると愛着が湧いて売れなくなるとか聞く。

「ずっと雛ちゃんとかフィロリアルって呼ぶんですか?」

「む……」

 それは確かに面倒くさい。

「じゃあ……そうだな、フィーロとでも呼ぶか」

「……安直ですね」

「うるさい」

「ピイ!」

 名前をつけられたのを理解したのか雛は機嫌よく鳴いた。

 礼を言った後、俺達はフィーロ用のエサとついでに朝食を取ってから狩りに出かけた。

「今日は何処へいきますか?」

「ピイ?」

「そうだなぁ……どこが良い狩場なのかまだ知らないから自分の足で稼ぐしかないだろ、いつも通りに行くぞ」

「はい」

 ラフタリアが大きく、頼りになっているからな。前よりは戦いやすくなっているはずだ。

 フィーロは俺の頭の上でピイピイ鳴いていた。

 騒がしくて、ちょっと心地よい。

 夕方に差し掛かった頃、さすがの俺も異変に気が付いた。

 今日は思いのほか魔物との遭遇が多く、しかも効率的に倒して回れた。

 武器や防具を新調したお陰だろう。前来た時よりサックリと敵を倒せている。

 その日の結果はこうだ。

 俺 Lv23

 ラフタリア Lv27

 フィーロ Lv12

 フィーロは碌に戦っていなかったのに経験値が入ってLvが急上昇していた。

 それは良い。幼い亜人はLvが上がると肉体が急成長すると聞いていたし、魔物も同じ理屈で育ちが早くなるらしい。

 ただ……なぁ……。

 フィーロの外見が、目に見えて変化していた。

 小さなヒヨコみたいだったフィーロが、今では両手で抱えて持っても重い程に大きく成長していた。

 なんていうか、丸くて、饅頭みたいな体形になっている。そしてパラパラと羽根が生え変わり、色もピンクから桃色に変化していた。

 徐に羽根を吸ってみる。

 魔物使いの盾Ⅱの条件が解放されました。

 魔物使いの盾Ⅱ

 能力未解放……装備ボーナス、魔物ステータス補正(小)

 さすがにラフタリアの成長に気付かない俺だって分かる程の変化だ。

「ピヨ」

 鳴き方まで変わっていて、重いからと降ろしたら自分でトコトコと歩き出していた。

 ぐううう……。

 先ほどからフィーロから常時鳴り続けている音に嫌な予感がヒシヒシとする。

 一応、多めにエサを買っておいたのだけど、とっくに底を付き、雑食らしいので道端の野草とか牧草っぽいのを既に与えている。

 食わせても食わせても尽きぬ食欲……これは急成長の証なのだろうな。

「あの……ナオフミ様……」

「分かってる。魔物って凄いな」

 一日でこんなに成長するとは……これなら足代わりになるのも時間の問題だ。

 と、期待をするのは良いけど、体だけデカくて精神が未熟な魔物になりそうで怖い。

 だからかなり厳しい制限を施しておいた。

 宿に戻った俺は店主にフィーロを見せ、何処で寝かせれば良いか相談する。すると宿の馬小屋に案内され、藁を巣の代わりにさせて寝かせる事になった。

「ん? ここにはキメラの肉と骨が置いてあるんだな」

 まだ腐敗していない所を見るに、持ちは良いのか、それとも異界の化け物だから腐らないのか?

「とりあえず、加工しやすいように吊るして柔らかくなるのを待っているのですよ」

「へー……」

 食用じゃないだろうに、一応、扱いやすいように加工するのか。

「それから干し肉にしまして、購入者を募ろうと思っております。今でも欲しい方には売っています。魔法に携わる方が数名来てますよ」

「良いんじゃないか?」

 結構大きなキメラだったのでまだ在庫は結構あるようだ。牛二頭くらいはあるだろうか。

 食用にするには厳しいし、かといって研究資料に持っていくには多い。

 こんな所だろう。

「ピヨ」

 ぐうう……

 まだ腹が減っているのか。

 村で追加のエサを貰って与えているのだけど、あっという間に平らげてしまった。

 あの体の何処に入っているのだろうか……。

 ビキ……ビキビキ……

 骨と肉が軋む音? まだ成長しているのか?

「一日でここまで育てるなんて……かなりのご無理をなさったのでは?」

 店主が心配そうに俺の顔を見る。

「まだ、12なんだがな」

「へ? 12?」

 俺の答えに店主はフィーロを見て驚く。

「生後数日でここまで育つには20前後必要だったと思うのですが、さすがは勇者様の力ですね」

 んー……まあ、成長補正(小)があるし、影響を及ぼしている可能性は否定できないな。

 ステータスを確認すると、見るたびに変動する。成長中なのだろう。

 まだ戦闘には出せないな。

「ピヨ!」

 元気に鳴いているフィーロにスクスクと育てと思う。

 フィーロの頭を撫で、寝息を立てるのを確認すると、俺はラフタリアと部屋に戻った。その後は、この世界の文字を覚える為に勉強をする。

 やることが多くて困りものだ。

 27/1217

成長中

 翌朝。

 目が覚めた俺は夜遅くまで勉強していたラフタリアを起こさないように部屋を抜け出し、フィーロの様子を見に行く。

 空腹で死なれたら困るし何より、やることが無い。

 薬草の採取をしていたが、薬の調合は昨日の内に終わっていたからだ。

「グア!」

 俺が馬小屋に来ると野太い声が聞こえる。

 見ると、饅頭みたいだった体形が変わり、足が長く伸びて首も長くなっていた。なんていうかダチョウっぽい。

 凄い変化だ。俺の知る鳥類とは全く違う成長をする。

 高さは俺の胸くらい。まだ人を乗せるのは無理だな。

 ぐう……。

 腹が減っているらしい。だから朝一で牧場からエサを買って持ってきた。

 少々、金の消費が厳しいが装備を買うよりは安い。

 一日でここまで育つとか……なんかすさまじい気がしてくる。

「お前、まだ生まれて一日経ってないぞ」

「グア!」

 スリスリと俺に懐くフィーロに自然と笑みが零れる。

 別に動物に対する愛情が目覚めた訳ではない。

 大きくなったら何をさせるか心が躍っているだけだ。

 馬車代わりだからな、一体どれだけ稼いでくれるか……期待に胸を膨らます。

 っと、またも羽根が生え変わってよく見ると白と桜のまだら色になっている。

 掃除がてらに羽根を盾に吸わせる。

 魔物使いの盾Ⅲの条件が解放されました。

 魔物使いの盾Ⅲ

 能力未解放……装備ボーナス、成長補正(中)

 む……血じゃなくても良かったのか。じゃあラフタリアの髪をもう一度切って吸わせてみるのも良いかも知れない。

 フィーロはまだ生まれたばかりだと言うのに、元気に走り、じゃれてくる。

「グア!」

 犬ではないが、木の枝を遠くに投げ、フィーロに拾わせて戻ってくる遊びをする。

 足は速いようで、枝が地面に落ちる前より早くキャッチして、戻ってきた。

 なかなか知能がある。

 ククク……やっと俺にも運が廻ってきた様だな。

 とまあ、ラフタリアが起き出すまでフィーロと遊んでいた。

 一種の清涼剤だよな。こういうペットって。

「む……ナオフミ様が今まで見せた事の無いさわやかな笑顔をしています」

 ラフタリアが起きて俺を探して来た所、なんか不機嫌そうに呟く。

 どちらかといえば邪悪な笑みだがな。

「どうした?」

「何でもありません」

「グア?」

 ちょん、ちょん。とラフタリアをくちばしで軽くつつくフィーロ。

 スキンシップを取っているのだろう。

「はぁ……しょうがないですね」

 ラフタリアは笑みを浮かべてフィーロの顔を両手で撫でる。

「グアァ……」

 フィーロは気持ち良さそうに目を細めて撫でたラフタリアに擦り寄った。

「さて、今日はどの辺りを探索するかな」

「そうですねぇ、フィーロのエサ代の節約の為に南の草原に行くのはどうでしょうか?」

「ふむ……そうだな」

 あの辺りは雑草が生い茂っているし、薬草類も豊富だ。良い場所だとは俺も思う。

 目下の目的は良い装備を揃える金銭だからなぁ。

「よし、じゃあ行くか」

「グア!」

「はい!」

 まあ、こんな感じで気楽に草原へ行って、魔物と戦い。Lvも少し上がった。

 俺 Lv25

 ラフタリア Lv28

 フィーロ Lv15

 薬草の採取とか、フィーロのエサとかを重点的に回っていたので今日の収穫はまちまちだ。

 色々と魔物を倒して盾の条件を解放しているけれど、精々ステータスボーナスを+1か2程度だ。

 ……中級調合レシピが出る盾は未だ見つかっていない。

 その日の夕方。

 フィーロが立派なフィロリアルに成長した。

「早いなぁ……」

 宿屋の店主も牧場主も驚いている。幾らなんでも早過ぎるとか。

 成長補正(小)と(中)が掛かっているからだろう。

「……ラフタリアを買った時にインクに気付けばなぁ……」

「あはは……」

 ラフタリアも、あんなふうに成長したいと思うのかな。

 ビキ……。

 何か骨が軋む様な音が響いている。成長音という奴だろうか。

「グア!」

 もう、人を乗せられるくらいに成長したフィーロは俺の前で座る。

「乗せてくれるのか?」

「グア!」

 当たり前だというのかようにフィーロは鳴いて、背中に乗るよう頭を向ける。

「じゃあ失礼して」

 手綱とか鞍とか付けてないけど大丈夫なのか?

 とは思ったけど、乗れと言うのなら乗ってやるか。盾のおかげで頑丈だし。

 落ちても大丈夫だろう。

 乗り心地は……羽毛のお陰で悪くない。

 バランスさえちゃんと取れば問題なさそうだ。

「グア!」

 ずいっとフィーロは立ち上がる。

「うわ!」

 かなり視界が高くなる。そうかー……これがフィロリアルに乗って見える景色なのか。

 乗馬とかしたこと無かったから知らなかったけど、生き物に乗って進むって、何か感慨深い気もする。

「グアアア!」

 めっちゃ機嫌よく鳴いたかと思うとフィーロは走り出した!

「お、おい!」

「な、ナオフミ様――」

 ドタドタドタ!

 は、早い! 景色があっという間に後ろに通り過ぎていく。ラフタリアの声が一瞬で遠くなった。

 ドタドタドタ!

 フィーロは試したかったのだろう。村を軽く一周すると、馬小屋の前で止まった。

 そして座って、俺を降ろす。

「大丈夫でしたか!」

 ラフタリアが心配そうに俺に駆け寄る。

「あ、ああ。大丈夫だ。しかし速いな」

 大して疲れてもいない様子のフィーロは自らの羽の手入れを始めている。

 思ったよりもスピードが出るのに驚いた。良い買い物をしたかもしれない。

「さてと、今日はこれくらいにして、部屋に戻るか」

 ガシっと鎧の襟を誰かが掴む。

 見るとフィーロがくちばしで俺の襟を掴んでいた。

「どうした?」

「グアアア!」

 何か泣いているような鳴き方で俺を呼び止める。

「ん?」

 まあいいや。

 と、立ち去ろうとすると、またも掴まれた。

「なんだよ」

「グアア!」

 若干地団駄を踏むように不機嫌そうにフィーロは鳴いた。

「えっと、遊び足りない?」

 ラフタリアが尋ねるとフィーロは首を振る。

 言葉が通じるのか?

「寂しい?」

 コクリと魔物の分際でなまいきにも頷いた。

「グアア!」

 翼を広げてアピールを始める。

「とは言ってもなぁ……」

 馬小屋で寝るとか俺は嫌だし、こんな大きな魔物を宿の部屋には連れて行けない。

「寝入るまでここで相手をしてあげましょうよ」

「む……まあ、良いか」

 コイツは体こそ大きいが生まれてまだ二日。幾らなんでも一匹、夜に馬小屋で放置するには早過ぎるか。

 その日は、ラフタリアと一緒にこの世界の文字の勉強を馬小屋でした。

 フィーロは大人しく俺達を見ながら巣でジッとしている。

 ビキ……。

「あー……ほんと楽に文字が読めるようにならないかな!」

 そういう盾があるのなら早く見つかって欲しい。

「見つからないのですからしょうがないですよ。何でも伝説の盾に頼ってはナオフミ様の為にはならないと思います」

「……ラフタリア。言うようになったじゃないか」

「ええ、ですから一緒に、文字と魔法を覚えましょう」

 ……くそ。

 楽をして良いことなんて無いか。こういう努力が水の泡にならないことを祈りながら、フィーロが寝息を立てるまで、俺達は馬小屋で勉強を続けた。

 その後、部屋に戻ると、新しく手に入った薬草で薬作りに挑戦。

 ……結果は、まあ、レシピの解読ができていないから聞かないで欲しい。

 28/1217

蹴り逃げ

 翌朝。

 今日はラフタリアも早くに起き出したので、一緒に馬小屋に顔を出す。

「グア!」

 俺達が来るとフィーロは嬉しそうに声を出して駆け寄ってきた。

「もう、体は大人なのか?」

 心なしか……昨日より頭一個分大きくなっている気もするが。曖昧だ。

「大体、この辺りが平均ですよね」

「そういえばそうだな」

 城下町や街道で見るフィロリアルの外見と殆ど変わらない姿をしている。

 色は白……で、少し桜色が混じっている。

 綺麗な色合いだ。

 あの奴隷商。中々の仕事をするじゃないか。

「今日は腹減ってないのか?」

「グア?」

 フィーロは首を傾げて鳴く。

 うん。もう成長期は抜けたみたいだな。

 ビキ……。

 相変わらず変な音が響いている。

 まあ良いか。

 その後、俺達は朝食を終えて、これからどうするかを考える。その最中。

「グア……」

 村の中を通っていく木製の荷車をフィーロは羨ましそうに見つめていた。

「やっぱアレを引きたいのか?」

「ですかねぇ」

「どうしたのですか、勇者様?」

 俺が荷車を指差してラフタリアと雑談をしていると村の男が聞いてくる。

「ああ、俺のフィロリアルが荷車を見ていたから、引きたいのかって話をしてたんだ」

「まあ……フィロリアルはそう言う習性がありますからね」

 納得したように男は頷き、俺のフィロリアルに目を向ける。

「今、この村の建物は修復中で、人手が足りないのですよ。勇者様、何なら荷車を一つ分けるのを条件に手伝ってくれませんか?」

「む……」

 悪い話じゃない。せっかく、そういう魔物が手に入ったのだから利用しない手はない。

 上手くいけば移動中は別の作業ができるようになる。

「何をすれば良いんだ?」

「近くの森で材木を切っていますので、村に持ってきて欲しいのですよ」

「森か……」

 そういえば、あの森は行ってなかった。

「帰りが遅くなるが良いか?」

「ええ」

「分かった。話を受けよう」

 こうして俺は村の連中の厚意に乗り、荷車を一個譲ってもらった。

 車輪や物を載せる台の全てが木で作られている。些か安っぽいものではあるが、タダなのだからしょうがない。

 新品という訳ではなく、ちょっと古いようだ。

「グア♪」

 自分用の荷車を用意され、フィーロは機嫌よく、荷車を引き出した。

 ついでに手綱を村人は用意してくれて、見た目だけだけど、馬車っぽい。

「よし! 今日は森へ出発だ!」

「はーい!」

「グアーーー!」

 俺が行く方向を指差すとフィーロは元気良く、荷車を引き出した。

 ゴトンゴトン!

 と、のん気な……。

 ゴトンゴトンゴトン! ガラガラガラガラガラ!

 徐々に車輪から大きな音を響かせ、昨日のように景色が高速で通り過ぎていく。

「速い! 速い! スピード落とせ!」

「グア……」

 速度を落とし、フィーロはトコトコと不満そうに鳴きながら歩く。

「う……なんか気持ち悪くなってきました……」

 ラフタリアが乗り物酔いをしたのかぐったりして荷車で横になっている。

「大丈夫か?」

「ええ……でも、あんまり揺らさないで……」

「そうか、ラフタリアは乗り物酔いをするんだな」

「……みたいです。ナオフミ様は大丈夫なのですか?」

「俺は酔った事無いんだよなぁ……」

 酒も然ることながら乗り物酔いとも無縁だ。小学生の頃、学校の遠足でバスに乗ったとき、リュックに入れた、漫画とライトノベルを読んでいたら尽く隣の座席の奴が気持ち悪いと俺の方を見ながら言って席替えをさせられた覚えがある。

 その他、親戚に会いに行く為の約一日の船旅で家族全員が船酔いでダウンする中、船内で携帯ゲームをやっていた覚えがある。

「まあゆっくりとしていろ、フィーロと俺が目的地まで運んでやるから」

「お言葉に甘えて休ませてもらいます……」

 元気なく言うラフタリアは荷車で横になっていた。

 そんな道中……遭いたくない奴と遭遇してしまった。

「ぶはっ! なんだアレ! はは、やべ、ツボにはまった。ぶわははははははっはは!」

 奴は俺を見るなり腹を抱えて笑い出した。その後ろのクソ女も一緒に笑ってやがる。

 一体何が琴線に触れたのかは知らんが、笑われているだけでムカムカしてくる。

「いきなりなんだ。元康」

 女を連れた元康が街道で俺達を見つけるなり、笑い出したのだ。

「だ、だってよ! すっげえダサイじゃないか!」

「何が?」

「お前、行商でも始めたのか? 金が無い奴は必死だな。鳥もダセェーーーー!」

 む……行商か! それも悪い手じゃない。

 フィーロの能力しだいでは実現も可能だ。本格的に考えておこう。

「ダッセェエエエエエエ! 馬じゃなくて鳥だし、なんだよこの色、白にしては薄いピンクが混じっているし、純白だろ普通。しかもオッセー!」

「何が普通かは知らんが……」

 コイツの笑いのツボがわからん。

 いい加減時間の無駄だ。こんな奴等無視してさっさと行くか。

 そう考えていると元康はフィーロを指差しながら近付いてきた。

 直後。

「グアアアア!」

 フィーロが元康の股間目掛けて強靭な足で蹴り上げた。

 俺には見えた。

 ヘラヘラと笑っていた元康の顔が衝撃で変に歪みながら後方に5メートルくらい錐揉み回転しながら飛んでいくのを。

「うげ……」

「キ、キャアアアアアアアアアア! モトヤス様!」

 はは、アレは玉が潰れたな。

 すっげえ爽快。これが見れただけでもフィーロを買った価値があるな。

 さすが俺の魔物だ。俺の代わりに復讐してくれた訳か。

 フィーロ、今夜は特別に美味い物を食わせてやるぞ。

「グアアアアアアアア!」

 バタバタと羽を羽ばたかせて、フィーロはドタドタと走り出していく。

 あっという間に元康達が見えなくなった。

 いやぁ……最高の瞬間。こんな場面に立ち会えるとは夢にも思わなかった。

「な、何かあったのですか?」

 ぐったりしているラフタリアは顔を上げて尋ねてきた。

「ん? なんでもない」

「……その割りには見たことも無い程晴れやかな顔をしてますよ」

 おっと。顔に出ていたか。

 しっかし、凄い脚力だ。槍の勇者をアレだけ吹き飛ばすとは。

「あの……もっとゆっくり走ってください」

 ラフタリアの声が耳に入らないくらい、俺は晴れやかな気持ちでフィーロを走らせていくのだった。

 その後、ラフタリアは道中でリバースし、森へたどり着いた頃には限界を迎えていた。

「う……うう……」

 青い顔をして唸るラフタリアにやりすぎたと反省する。

 全て元康が悪いのだ。あいつがあんなに俺の気分を爽快にさせるから。

「すまん」

「グア……」

 それはフィーロも同じようで申し訳なさそうに意気消沈している。

「だ、大丈夫です……よ」

「とてもそうは見えない。どこかで休めると良いんだが」

「あ、盾の勇者様ですね」

 森の近くには小屋があり、そこから木こりらしき村人が出てくる。

「ああ、村の連中に頼まれてな、木材を貰いにきたのだが」

「あの……お連れの方は大丈夫ですか?」

「たぶん、大丈夫じゃないと思う。休ませておきたいのだが良い場所はないか?」

「ではこちらに寝床があるので、寝かせましょう」

 そう言うと木こりは小屋へ案内し、俺はラフタリアの肩を持って運び、ベッドに寝かせた。

「フィーロが戦える範囲の敵を相手に軽く戦う程度にして、今日は荷物運びに従事するとしよう」

 ラフタリアが乗り物に弱いみたいだし、しばらく慣れるまでは荷車で爆走するのはやめよう。

「という訳だ、申し訳ないが荷車に材木を載せておいてくれ、しばらくしたらもう一度来る」

「あ、はい」

 フィーロは荷車を外して小屋の外からこちらの様子を眺めていた。

「じゃあ行くぞ」

「グア!」

 元康をアレだけ蹴り飛ばしたんだ。攻撃力は相当期待できるかもしれない。

 軽く森の中を回ってこよう。

 森の中に入ると意外にも、魔物とは遭遇しなかった。

 静かな森の中でフィーロと一緒に歩いて回る。

 森林浴とは言うけれど、なんとなく空気が澄んでいるような気がした。

 そういえば……この世界に来て、こんなゆっくりと景色を見て回るような真似をした覚えが無い。

 原因はなんだろう。

 あの元康が苦痛に歪む顔を見たら全てが吹き飛んでしまった。

 ……違う。

 ラフタリアが信じてくれたからだと思う。

 そのラフタリアが乗り物酔いでここにいない。

 なんとなく寂しい。

 考えてみればまだ半月、三週間くらいしか一緒にいないのに、もう当たり前のような関係になっている。

「乗り物酔いの薬とかあれば良いのだけど」

 とりあえず手近な薬草を探して採取する。

「しっかし……魔物が出てこないなぁ」

 しばらく歩き続けているのだけど、魔物の気配がしない。

「グア」

「ん?」

 不意にフィーロの声が遠くに聞こえる。

 振り向くとフィーロが何かを丁度口に入れる瞬間だった。

 ……気のせいか? ウサピルっぽい生き物だったような。

 やがてゴックンと何かを飲み込んだ。

「グア!」

 何事もなかったかのようにフィーロはこっちに駆けて来る。

 EXP34獲得。

 ……気にするのはやめておこう。

 そうして小一時間ほど、探索しつつ採取を繰り返し、木こりの小屋に戻ってくると、荷車には木材が満載されていた。

 小屋に入るとまだラフタリアがぐったりとして寝ている。

 これは困った弊害だ。

 フィーロの最高速で走らせるとラフタリアが持たないのか。

 これはしばらく訓練が必要かも知れない。ラフタリアが乗り物に馴れないと移動中の作業ができない。

「しばらくは荷車に慣れる訓練が必要だな」

「う……うう」

 俺の言葉にラフタリアが呻く。やっぱきついか。

「あの……材木を載せ終えましたのですが」

「あ、ああ。じゃあ一回村に届けに行くから彼女を頼めるか?」

「はい! 盾の勇者様のお仲間なら何が何でもお守りします」

 些か不安だけど、何もしないで待つと言うのは我慢できない。

「じゃあ行って来る」

 俺は荷車に乗り、準備万端だったフィーロに出発の指示を出す。

「グアアア!」

 元気な声を出してフィーロは走り出した。

 29/1217

翼を持つ者

 帰り道では元康と遭遇しなかった。

 大方、怒り狂いながら俺を探しているかと思ったが、杞憂だったようだ。

 それから村で荷物を降ろし、戻ってくるとラフタリアが元気になっていた。

「大丈夫だったか?」

「はい」

「は、はやいですね……」

 木こりは俺達が戻ってくるのが早くて驚いている。

「コイツは健脚みたいでな」

 フィーロを撫でながら木こりに答える。

「グア!」

 元気に答えるフィーロ。うん。お前は速いな。

「じゃあ本格的に森を探索するか」

「ええ」

「帰りはゆっくり走れよ」

「グア!」

 ピキ……。

 なんだ? この音。成長は終わったはずだよな。

 フィーロから聞こえて来る。

 変な病気じゃないと良いのだけど。

 その日の収穫は中々の物だった。

 ラフタリアの活躍も然ることながら、フィーロの動きや攻撃力は目を見張るものがある。

 正直、速さと一撃の強さはラフタリアに勝るかもしれない。

 俺、Lv26

 ラフタリア Lv29

 フィーロ Lv19

 ホワイトウサピルシールドの条件が解放されました。

 ダークヤマアラシールドの条件が解放されました。

 ウサピルボーンシールドの条件が解放されました。

 ヤマアラボーンシールドの条件が解放されました。

 ホワイトウサピルシールド

 能力未解放……装備ボーナス、防御力2

 ダークヤマアラシールド

 能力未解放……装備ボーナス、俊敏2

 ウサピルボーンシールド

 能力未解放……装備ボーナス、スタミナ上昇(小)

 ヤマアラボーンシールド

 能力未解放……装備ボーナス、SP上昇(小)

 見事にステータスアップ系ばかりだ。

 もっと効率が良ければ性能の高い盾を装備すれば良いが、俺は金も経験値も効率の良い場所を知らない。地道に能力を解放して盾全体の底上げをするしかない。

 解放した能力の合計はどれだけいったか……数が多すぎてわからない。

 そもそもオレンジスモールシールドなどの下級装備は解放してから一度も使っていない。

 精々砥石の盾などの専用効果がある盾を必要な時に使っている位だ。

 専用でなければ全ての盾で使えるしな。

 まあ少なくとも今日見つけた四つは解放したらもう二度と使わない。

 日が落ちだした頃、ゆっくりと歩かせて俺達はリユート村へ戻ってきた。

 ラフタリアには荷車に慣れる訓練が必要だからだ。

 途中何度か気持ちが悪くなって来たらしいので休み休み、進む。

 結果、日がほとんど落ち切ってからの到着となった。

「もうしわけございません」

「気にするなって、徐々に慣れていけば良いさ」

 自分でも不自然な程、俺は酔うという事が無い。だけど、だからと言って他人に根性が無いとか言う気は無い。

 乗り物酔いというのは慣れれば大丈夫になると聞いたことがある。

 だから早くラフタリアには荷車に慣れてもらいたい。

 まあ、何かあると爆走するフィーロが悪いのだけど。

「グア!」

 この時、異変は既に始まっていた。

 正確には遥か前からというのだろうが、俺達はまだ気付かなかった。いや、気付いていたのに無視をしていたのだ。

 翌朝。

 さすがの俺も異変に気が付き、ラフタリアも俺と同様、考え込む。

「グアア!」

 馬小屋に顔を出した時には既に変化は極まっていた。

 フィーロが……どう見ても、フィロリアルの平均から逸脱して大きくなっていたのだ。

 フィロリアルの平均身長は2m30cm前後だ。これはダチョウの身長と殆ど同じだ。

 ただ、フィロリアルの方が骨格がガッシリとしていて、顔や首が大きい。

 のだが……フィーロの身長は2m80cmに達していた。

 もはや立ち上がると馬小屋の天井に頭が届いている。

「俺は本当にフィロリアルの卵を貰ったのか? 別の何かを買ったのではないかと疑いたくなって来たぞ」

「ええ……私もそう思います」

「グア!」

 パクっとフィーロが何かを飲み込んでいた。

 良く見たら、馬小屋に干していたキメラの肉が無い。

 牛二頭分くらいあったはずの肉が、見るも無残に消えていた。

 今食べたのは最後の一切れか?

「食欲が無くなったのかと思っていたが……」

「食べてたんですねー!」

「グアー!」

「「ハハハハハハハハ」」

「笑い事じゃねえよ!」

 さて、どうしたものか……とりあえず、外見に関して特別大きいんですとか今なら誤魔化せる。

 ……しかし。

 ピキ……。

 相変わらず成長音が鳴り響いている。

「まだ音がしてるぞ!」

「あの、もしかしてナオフミ様の盾の力でこんな成長をしているのではありませんか?」

「可能性は十分あるな。魔物使いの盾Ⅲにも成長補正(中)というボーナスがあった」

「な、ナオフミ様……確か奴隷の盾もありましたよね?」

「ああ、奴隷使いの盾という似たボーナスの付いている盾がある」

「……その、力は私に?」

「ああ、とっくに解放済みだ。ラフタリアも少しは影響を受けている」

「いやああああああ!」

 ラフタリアが叫びながら馬小屋から走り出した。

「ら、ラフタリア!?」

「最近、体が軽いなぁって思ってたんですよ。ナオフミ様の所為だったんですね!」

「お、落ち着け!」

「わ、私もフィーロみたいに大きくなっちゃうんですか!? 怖いです!」

「お前からは成長音がしないだろうが!」

「そ、そういえばそうでした。良かった、ほんとに良かった!」

 ……予断を許さない状況であるのは変わらないけどな。

 ムキムキマッチョに育つラフタリアを想像しながらフィーロへ視線を向ける。

「なんか失礼なこと考えてませんか?」

「……どうしたものか」

 ラフタリアの疑惑を無視して話を続行する。

「一度、あのテントに行って確認を取るのがよろしいかと」

「そうだな」

 しょうがない。意味も無く城下町に戻るのは嫌なのだが……行くしかないだろう。

「グア!」

 元気良く、荷車を引くフィーロと乗り物酔いと戦うラフタリアを心配しつつ、俺達はリユート村を後にした。

 途中、フィーロが飢えを訴えるので、エサをやり、魔物と戦いながら、城下町に着いたのは昼過ぎだった。

「おい……」

 気が付くとフィーロの外見がまたも変わっている。

 足と首が徐々に短くなり、気がついた頃には短足胴長のフクロウみたいな体形に変化していた。

 それでも荷車を引くのが好きで、合いも変わらず、荷車を引いている。

 しかし、引き方に大きな変化が生まれていた。

 前は綱で荷車と結んで引いていた。

 今は手のような翼で器用に荷車の取っ手を掴んで引いている。

「クエ!」

 鳴き方まで変わり、色は真っ白になっている。

「ん?」

 徐に荷車から降りてフィーロの身長を目視で測る。

 縮んだ?

 2m30cmくらいにまで身長が縮んでいる。だけど横幅が広がっていて、前よりも威圧感が出ているかもしれない。悪く言えば遊園地のマスコットみたいで不自然に肥っている。

「クエ?」

「いや、なんでもない」

 フィーロは自身の変化に気付いているのか?

 もはや何の生物か分からないぞ。

「いやぁ……どうしたのかと思い、来てみれば驚きの言葉しかありません。ハイ」

 奴隷商の奴、冷や汗を何度も拭いながらフィーロをマジマジと観察している。

「クエ?」

 縦にも横にも太くなったフィーロはフクロウっぽい魔物でしかなくなっている。

 人懐っこいダチョウみたいな姿は何処へやら。

「で、正直に聞きたい。こいつはお前の所で買った卵が孵った魔物なんだが、俺に何の卵を渡したんだ?」

 事と次第によっては……。

 俺が指を鳴らすとフィーロが今にも襲い掛かると威嚇する。

「クエエエエエエ!」

 奴隷商の奴、なんか焦って何度も書類らしきものを確認している。

「お、おかしいですね。私共が提供したくじには勇者様が購入した卵の内容は確かにフィロリアルだと記載されておりますが」

「これが?」

「クエエエ!」

 俺が結構大きなエサを投げるとフィーロは器用にパクッと口に放り込んで食べる。

「えーっと……」

 そういえば、さっきからフィーロの方から成長音がしなくなったような気がする。

 やっと身体的に大人になったという事なのか……?

「しかし、まだ数日しか経っていないのにここまで育つとは、さすが勇者様、私、脱帽です」

「世辞でごまかすな。さっさと何の卵を渡したか教えろ」

「その……最初からこの魔物はこの姿で?」

「いや」

 俺は奴隷商にフィーロが生まれてから今までの成長記録を話した。

「では途中まではちゃんとフィロリアルだったのですね?」

「ああ、今は何の魔物か分からなくなっているがな」

「クエ?」

 首を傾げながら、なんとなく可愛らしいポーズを決めるフィーロに若干の苛立ちを覚える。

 誰の所為でこんな事をしてなくちゃいけないと思っているんだ。

「クエエエ」

 スリスリと俺に全身を使って擦り寄る。かなり大きな翼で抱きつかれるとフィーロ自身の体温が鳥ゆえに高いからか正直熱い。

「む……」

 ラフタリアが眉を寄せて俺の手をとって握る。

「クエ?」

 何かラフタリアとフィーロが見詰め合ってる。

「どうしたんだ、お前等?」

「いえ、なにも」

「クエクエ」

 双方、首を振って意思表示をしている。どうしたというんだ? 

「で? どうなんだ?」

「えっと……その」

 奴隷商の奴、困ってる困ってる。

 魔物を扱っているのにその魔物がどんな育ち方をするのか知らないのか?

「とりあえず、専門家を急遽呼んで調べますので預からせて貰ってもよろしいですか? ハイ」

「ああ、間違ってもバラさないと解らないとか言って殺すなよ」

「クエ!?」

「分かっていますとも、ですが専門家が来るのに少々お時間が必要なだけです。ハイ」

「……まあ、良いだろう。任せた。何かあったら慰謝料を要求するだけだ」

「クエエエ!?」

 俺の返答にフィーロが異議を申し立てるように羽ばたく。

 しかし、奴隷商の部下がフィーロに首輪をつけて檻に連行した。俺が近くにいることもあってか、意外にも素直に檻に入る。

「じゃあ、明日には迎えに来る。それまでに答えを出しておけよ」

 念のためにクギを差し、俺はラフタリアを連れてテントを出る。

「クエエエエエエエ!」

 フィーロのでっかい声がテントを出ても聞こえて来た。

 その日の晩……宿に泊まっていると、急に宿の店主に呼ばれた。

「あの勇者様」

「ん? どうした?」

「お客様がお見えになっています」

 誰だ? と思って、店主が待たせているカウンターに顔を出す。するとそこには見覚えの無い男がいた。

「何の用だ?」

「あの、私……魔物商の使いのものです」

 魔物商……ああ、奴隷商か。確かに表立って自己紹介できないもんな。

「どうしたんだ?」

「あの、お預かりしている魔物をお返ししたく主様に仰せつかってきました」

「はぁ!?」

 あれから数時間しか経っていないというのに……どうしたというのだ。

 ラフタリアを連れてテントに行くと、まだフィーロの鳴き声が木霊していた。

「いやはや、夜分遅く申し訳ありません。ハイ」

 少々くたびれた様子の奴隷商が俺達を出迎える。

「どうしたんだよ。明日まで預ける約束だっただろ?」

「そのつもりだったのですが、勇者様の魔物が些か困り物でして」

「クエエエエエエ!」

 バタバタと檻で暴れるフィーロは俺達を見つけるとやっと大人しくなった。

「鉄の檻を三つ程破壊し、取り押さえようとした部下5名を治療院送り、使役していた魔物三匹が重傷を負いました。ハイ」

「弁償はしないぞ」

「こんな時でも金銭を第一に考える勇者様に脱帽です。ハイ」

 マゾか? この奴隷商。

「で、どうなんだ? 分かったのか?」

「いえ……ただ、フィロリアルの王に似たような個体がいるという目撃報告があるのを発見しました」

「王?」

「正確にはフィロリアルの群にはそれを取り仕切る主がいるとの話です。冒険者の中でも有名な話でありまして」

 奴隷商の奴、どうも知る限りの情報網で、何か引っかからないかを調べていたらしい。

 で、野生のフィロリアルには大きな群が存在し、それを取り仕切る王がいると言う話を聞いた。

 滅多に人前に現れないフィロリアルの主であり王が……フィーロなのではないかという憶測だ。

「ふーん」

 又聞きって奴か。

 魔物紋を解除して、盾に吸わせれば本当なのか分かるかもしれないけど、それってフィーロを殺す事になるんだよな。

 羽根とか血とか吸わせても俺の魔物だからか魔物使いの盾しか出てこないし、何か点灯しても不明なんだよなぁ……。

 必要レベルとツリーが足りない。

 フィーロをジッと見つめる。

「……クエ?」

 仲間の魔物ってステータス魔法で種族名が出ないんだよなぁ……敵対関係の相手なら分かるのだけど。

「で、それはなんと呼ばれているんだ?」

「フィロリアル・キング、もしくはクイーンと呼ばれております」

「フィーロは雌だからクイーンか」

「で、ですね……ここまで勇者様に懐いていますと、この状態で売買に出されると私、困ってしまいます」

 鳴いて暴れて、鉄の檻を三つ破壊だったか。

 クッ! 尽く予定が崩される!

 売る予定は無かったけど。

「……さま」

「ん? いま、聞き覚えの無い声が聞こえなかったか?」

「はて? 私もそのような声が聞こえた気が」

「あ、あの……」

 ラフタリアが口元を押さえながら、フィーロの居る檻を指差す。同様に奴隷商の部下も絶句したように指差していた。

 俺と奴隷商はどうしたんだと首を傾げつつ振り返った。

「ごしゅじんさまー」

 そこには淡い光を残滓に、白い……翼を持った少女が裸で檻の間から俺に向けて手を伸ばしていた。

 お約束ですよね。

 30/1217

変身能力

「親父親父親父親父!」

 俺は閉店している武器屋の扉を何度も叩いた。

 するとやや不機嫌な様子で武器屋の親父が渋々扉を開けてくれる。

「いきなりどうしたんだ盾のアンちゃん。もうとっくに店閉まいだぞ」

「そんな状況じゃねえんだよ!」

 俺はマントを羽織らせた少女の姿をしたフィーロを親父に見せる。

「アンちゃん。良い奴隷を買えたからって自慢に来るなよ」

「ちっげーよ!」

 親父は俺を何だと思ってんだ!

 親父の中の俺に会ったら、迷い無く殺せそうだ。

「ごしゅじんさまー? どうしたのー?」

「お前は黙ってろ」

「やだー」

 クソ! 一体どうなっていると言うんだ!

 あの後のざわめきは果てしなかった。

 奴隷商の奴、パクパクと俺を指差して驚くわ。その部下も驚いて言葉が出ないわ。

 ラフタリアだって絶句しているし。

 フィーロに至っては俺に近付きたいが為に、人の姿になるわで。

 気が付いたら親父の店にフィーロを担いでやってきていたんだった。

「へ……ヘックシュン!」

 ボフン! ビリイイイイ!

 変身して、羽織わせていたマントが破れる音が響く。

 一瞬にしてフィーロはフィロリアル・クイーン(仮)の姿になった。

 この鳥が! マントだってタダじゃないんだぞ。

「な……」

 親父の奴も言葉を失い。フィーロを見上げる。

 フィーロはまた人型に戻って、俺の手を握った。その頭の上には辛うじて原型をとどめているマントが落ちてくる。

「……事情は分かったか?」

「あ……ああ」

 親父は凄い複雑な顔で俺を店内に案内した。

「で、俺に会いに来た理由は、その子の装備か?」

「ぶっちゃけ防御力とか論外で、変身しても破れない服は無いか?」

 無理を承知で親父に頼む。

「というか何故変身するんだ!」

「アンちゃん。少し落ち着け」

 そうだ。良く考えてみればなんでフィーロは人型になっているんだ?

 背中には名残なのか羽が生えていて、金髪碧眼の少女だからか天使っぽい。

 しかも可愛いというのを絵に描いたように顔は整っている。

 年齢は10歳前後。昔のラフタリアと同じくらいの背格好だ。

 ぐうううう……。

 随分と古典的な腹の虫が響く。

「ごしゅじんさまーお腹空いた」

「我慢しなさい」

「やだー」

 くっ! 一体どうなっているんだ。

「とりあえず、うちの晩飯を食うか?」

 そう言うと親父は店の奥から鍋を持ってくる。汁物っぽいな。

「やめ――」

「わぁああ、いただきまーす」

 フィーロは親父から鍋を奪うと中身を全部、口に流し込んだ。

「んー……味はあんまりかなー」

 鍋を親父に返す。

 親父も唖然として俺を見つめた。

「その、すまない」

「……アンちゃん。後で飯おごれよ」

 どんどんドツボにはまっていくような錯覚を覚えてくる。

「そうだなぁ……変身技能持ちの亜人の服があったような気はするんだが……というか武器屋じゃなくて服屋に行けよアンちゃん」

「見知らぬ服屋にこんな夜中に全裸の女の子を連れて行けってか? しかも魔物に変わる女の子をだぞ?」

「……それもそうか、ちょっとまってな」

 ゴソゴソと店の奥のほうで親父は商品を漁りに行く。

「サイズが合うかわからないのと、かなりのキワモノの服だからあんまり期待するなよ」

「分かっている」

 結局、親父が出てきたのはそれからしばらく経ってからだった。

「悪い。見た感じだと変身後のサイズに合う服がねえ」

「なん、だと!」

 最後の砦だったというのに、俺はどうしたら良いと言うのだ。こんな、何時全裸になって俺に親しげに接してくるのか分からない幼女に服を着させられないというのか。

 タダでさえ、最近、良く見てもらえ始めた俺への評価が急降下する。

「ごしゅじんさまー」

「お前は変身するな!」

 魔物紋を使ったとしても、人間に変身するのを禁止にするような項目は無い。さすがに魔物が人間化する事自体が珍しいのだろう。

「やだー」

 く……この子は一体何がしたいんだ!

 しかも俺の言う事を尽く拒否する。

 反抗期か? 生まれて数日で反抗期も無いだろうに。

「だって……フィーロが本当の姿だとごしゅじんさま、一緒に寝てくれないもん」

 ギュウっとフィーロは俺の手を握り締めて満面の笑みを浮かべる。

「……なんで一緒に寝なきゃいけないんだ?」

「寂しいんだもん」

「あー……なんていうか、アンちゃん。大変だな」

 俺は子守をしにこの世界に来たわけじゃないのだが……。

「そういえばラフタリアは何処だ?」

「やっと追いつきました」

 ラフタリアが肩で息をしながら店の中に入ってくる。

「いきなり走っていってしまうから……探したんですよ」

「ああ、悪い」

「あーラフタリアお姉ちゃん」

 フィーロが元気に手を振る。

「ごしゅじんさまはあげないよ?」

「何を言っているんですか、この子は!」

「あげないよって、俺はお前等のものじゃないぞ。むしろお前等が俺の物だろ」

 奴隷的な意味で。

「まあ、とりあえずおあつらえ向きの服が無いか探しておくから今日は帰ってくれ」

「ああ、すまなかったな」

「ごちそうさまー」

「まったく……アンちゃんには何時も驚かされるな」

 武器屋を後にして、ふらふらと宿の方へ歩いて行くとラフタリアが呼び止める。

「あ、奴隷……魔物商さんが呼んでましたよ」

「ん? 分かった」

 テントに戻った俺達を奴隷商は待っていたとばかりに出迎えた。

「いやぁ。驚きの展開でしたね。ハイ」

「ああ」

「して、フィロリアルの王が何故目撃証言が少ないか判明しました」

「お? 分かったのか」

「はい。というか勇者様も理解していると思いますよ」

 なんだ? 奴隷商の奴、もったいぶった言い回しをしやがって。

「分かりませんか?」

「……だから言えよ」

 奴隷商は人型でボロボロになったマントを羽織るフィーロを指差した。

「フィロリアルの王は、高度な変身能力を持っているのですよ。ですから同類のフィロリアルに化けて人目を掻い潜っていた。というのが私共の認識です」

 なるほど……一目でフィロリアルのボスであるのを分からせない為、化けて隠れる習性を持ち、その習性を利用して人型に変身した。という訳か。

「いやはや、研究が捗っていないフィロリアルの王をこの目にすることができるとは、私、勇者様の魔物育成能力の高さに感服です。ハイ」

「は?」

「ただのフィロリアルを女王にまで育て上げるとは……どのような育て方をすれば女王になるのでしょうか?」

 ……奴隷商の目的が分かったぞ。こいつ、フィロリアルを王にする方法を俺から聞いて量産する気だ。

 かなり珍しい魔物に分類されるだろうし、変身能力を持っているんだ。チビチビとけち臭く、それでいて高く売れば大儲けだ。

「たぶん、伝説の盾の力って奴だと思うぞ」

 成長補正の力でここまで育ったのだろうと推理する。そうでもしないと説明できない。

「そうやってうやむやにする勇者様に私、ゾクゾクしてきました。どれくらい金銭を積めば教えてくれますかな?」

「そういう意味じゃねえから!」

「では、もう一匹フィロリアルを贈与するので、育ててみて――」

「結構だ!」

 これ以上増えたら俺の財布が持たない。ただでさえ、フィーロの服とかどうするかを考えなきゃいけないのに、これ以上食い扶持が増えたって碌な事が無い。

「はぁ……後は思いつく可能性と言うとアレだな」

「なんでございましょう」

 う……奴隷商の奴、目を輝かせている!

 気持ち悪い。

「波で倒された大物の肉をコイツは食っていた。だから、その影響を受けている可能性を否定できない」

 まあ、自分でも無理矢理捻り出した感はある。

 だけど、フィーロはキメラの肉を食べていたからなぁ。間違った事も言ってない。

「ふむ……それではしょうがありませんね」

 奴隷商の奴も、信じていないが俺が嫌がっているのだからしょうがないって態度で引き下がる。

「何時でもフィロリアルはお譲りしますので、試してください。ハイ」

「出来れば断りたいがなぁ……」

「もしも扱いやすい個体に育てたらお金は積みますよ」

「ふむ、余裕が出たら考えておこう」

 自分でも守銭奴になってきた自覚が今の一言で確信に変わった。

「お話は終わりました?」

「ああ」

「所でどうしましょう」

「なにが?」

 フィーロが会話に入り込んで疑問符を浮かべる。

「アナタの処遇ですよ」

「ごしゅじんさまと一緒にねるー」

「させません!」

「あーずるーい! ラフタリアお姉ちゃんはごしゅじんさまを独り占めしてるー」

「してません!」

 何を騒いでいるのやら……。

「さて、じゃあフィーロは宿に備え付けられている馬小屋で寝ような」

「イヤ!」

 鳥の分際でハッキリと拒否しやがった。

「ごしゅじんさまとねるのー!」

 ……これは子供が親と一緒に寝たいとか言う駄々と同じだな。

「そうかそうか、しょうがない」

「ナオフミ様!?」

「ここで否定したって、ワガママ言うんだからある程度あわせてやらなきゃいけないだろ?」

「まあ……そうですけど」

 納得しかねると言うかのようにラフタリアが呟く。

「でも、絶対人前で裸になるんじゃないぞ」

「はーい!」

 ほんとに分かっているのか? まあ、良い。明日、武器屋の親父がどうにかしてくれることを祈って、宿屋に戻るしかあるまい。

 宿屋に戻り、店主に追加の宿泊代を払って部屋に帰って来た。

 勉強とか調合を……する余裕は、フィーロが人型になった所為でなくなってしまったな。

「わぁ! 柔らかい寝床ー!」

 ポンポンとベッドに乗って跳ねるフィーロに注意を促しつつ、今日は早めに寝る事にした。

 ……熱い!

 なんで熱いんだ!?

「うう……」

 体が思い通りに動かない。

 どうなっているんだ?

 恐る恐る目を開けると視界は白一色。

 羽毛に包まれていた。

「すー……すー……」

 このベッド、呼吸しているぞ!

 徐に顔を上げると、寝ていたところはベッドではなく、本当の姿に戻ったフィーロの腹の上だった。

 何時の間にか元の姿に戻ったフィーロがベッドから転げ落ちて俺を抱き枕にして寝入ったようだ。

「起きろ! このデブ鳥!」

 誰が本当の姿に戻って良いと言った!

「やーん」

 こいつ、本当の姿でも喋れるようになってやがる。

「な、なにをしているんですか!」

 ラフタリアが寝ぼけ眼で俺の方を見て叫ぶ。

「おお、ラフタリア、助けろ!」

 殴ってもコイツは起きやしない。単純に俺の攻撃力が足りない所為だ。

「起きなさいフィーロ!」

「むにゃむにゃ……ごしゅじんさまー」

 ごろんとフィーロは床を転がる。

 ミシミシミシ……

 嫌な音が床から聞こえてくる。木製の床じゃ耐久限界が近い。

「起きろ!」

 しかし、フィーロは俺を抱き締めたまま起きる気配が無い。

「起きなさい!」

 ラフタリアが俺を抱き締めるフィーロの腕を力技で開く。

 俺はその隙を逃さずにどうにか脱出した。

「ふう……朝から散々だ」

「んにゃ?」

 抱いていた俺が居なくなったのを察知してフィーロが目を覚ました。

 フィーロは俺とラフタリアが睨んでいるのに気付き、首を傾げる。

「どうしたの?」

「まずは人型になれ!」

「えーおきていきなりー?」

 くっ! この手だけは使いたくなかったが、しょうがない!

 俺はステータス魔法から魔物のアイコンを選び、禁則事項に俺の言う事は絶対という部分にチェックを入れる。

 こうすればどんな命令でも従わざるを得ない。

「人型になれ!」

 命令がフィーロに向って響く。

「えー……もうちょっとごしゅじんさまと寝たいー」

 俺の命令に背いた所為でフィーロの腹部に魔物紋が浮かび上がる。

「え?」

「聞かねば苦しくなるぞ」

 赤く輝く魔物紋がフィーロの体を侵食していく。

「やーん」

 フィーロの翼から何か幾何学模様が浮かび上がり、魔物紋へ飛んでいく。

 スーッと音を立てて、魔物紋は沈黙した。

「は?」

 俺は魔物のアイコンを確認する。何故か禁則事項に設定した項目が外されている。

 再度チェックを入れようとしたけれど、幾ら弄っても変わらない。

 言う事を聞かない魔物とはどういう事だ。

 くそっ! 俺は魔物が命令を聞くから買ったんだぞ。

 奴隷商……今すぐ貴様の所に行くからな。首を洗って待っていろ。