王道的召還
「ん?」
俺は町の図書館に読書をしにやってきていた。
俺、岩谷尚文は大学二年生だ。人よりも多少、オタクであるという自覚はある。
様々なゲームにアニメ、オタク文化と出会ってから、それこそ勉強より真面目に取り組んで生きている。
両親もそんな俺を足早に見限り、弟を有名な塾に通わせて将来の地固めをしている。
そんな目に入れても痛くないほど大切にしていた弟は受験の疲れで不良化、髪を金髪に染め、罵詈雑言を家で言い放っていたものだ。一時期我が家も暗くなった。
そこに現れた救世主こそ、俺!
常時舌打ちして機嫌の悪そうな弟に気さくに話しかけ、有名な美少女恋愛ゲームを勧める。
「ああ!? ざっけんなよ!」
「まあ、騙されたと思って遊んでみてくれよ」
俺は知っている。弟が不良になってしまった本当の理由を。
好きなものを自由に買い与えられて育った俺に対し、弟は勉強をしなくてはいけなかったからなのだ。
そんな遊びのスペシャリストの俺が勧めるゲームと聞いて、弟も興味を持ったと後に語る。
結果だけで言うと、世界にオタクがまた一人増えた。
今や弟の部屋は俺の勧めた美少女恋愛ゲームのグッズで占められている。
しかも悔しいことに受験の疲れから精神的な解放をされた弟は有名進学校に合格、トップ街道を駆け抜けている真っ最中らしい。
この、俺の大いなる活躍により、両親はますます俺を甘やかす結果となり、俺は自由な大学生活を満喫している。
ちなみに岩谷家のダメな方と言えば俺だ。
さて、話は脱線したが、その日、俺は町の図書館へ読書しに来ていた。
両親がくれる月々の軍資金は一万円。友人同士でエロゲやエロ本、ライトノベルに漫画を回しているとあっという間になくなってしまう金額だ。
アルバイトをして5万円ほど軍資金にしているが夏と冬、その他地方の祭典に参加しているとそれも即座に底を付く。
クレクレ乞食の弟の為にもと両親はイベント期間中のみ、祭典近くの時のみ宿泊する場所を提供してくれているが……。
まあ、生活があるのでそこまで投資してくれない。学費と衣食住の提供だけで十分だ。
だから節約の為に、懐が寂しい時は古本屋で立ち読みしたり、図書館で読書をしたりしている。
暇ならネットゲームでもやれば良いのだろうが、アレは極めるとなると無限に時間を浪費していく。
そもそも俺は浅く広い知識で遊ぶタイプなのだ。
レベルカンストを目指すよりもゲーム内では如何に金銭を稼ぐかということに夢中になる。斯く言う今もネットゲーム内で俺の作成したキャラクターはレアアイテムを露店で販売している真っ最中である。
そのため、リアルの俺は絶賛暇を持て余している。
でだ。
事件はこの後起こった。
俺は古いファンタジーを扱っているコーナーへ目を通していた。
何分、人類の歴史に匹敵する程、ファンタジーの歴史は古いからな。聖書だって突き詰めればファンタジー小説だ。
「四聖武器書?」
なにやら古そうな、タイトルでさえ辛うじて読める本が、本棚から落ちてきた。
おそらく、前に手に取った奴が棚に戻すのをおざなりにして立ち去ったのだろう。
まあ、これも何かの縁だ。
俺は椅子に腰を掛けて四聖武器書を開いて読む。
ペラ……ペラ……。
世界観から入る話だ。
要約すると、とある異世界で終末の予言がなされた。
その終末は幾重にも重なる災厄の波がいずれ世界を滅ぼすというもの。
災厄を逃れる為、人々は異世界から勇者を呼んで助けを乞うたとか何とか。
……うーむ。使い古されたネタであるが、これだけ古臭い本となると問題が無かったのかもしれない。
そして召喚された四人の勇者はそれぞれ武器を所持していた。
剣、槍、弓、そして盾。
いや~そもそも盾は武器じゃなくて防具だろう~。
などと苦笑しながら続きを流し見ていく。
勇者達は力をつけるため旅立ち、己を磨き、災厄の波に備える。
「ふわぁ……」
ヤバイ、眠くなってくる。
王道過ぎて眠い。古いからか可愛いヒロインとか全然出てこない。
精々、王女様くらいだけど、四人も勇者がいると途端にビッチ臭がしてきてイライラする。
王女も、どの勇者にも色目を使いやがって、どれか一人にしろよ。
大活躍の剣の勇者とか、仲間思いの槍の勇者とかさ。
弓の勇者はロビンフットのように悪い国の王様を退治しているなぁ……
お? 盾の勇者の方へ物語がシフトして――
「あれ?」
ページを捲った俺は思わず声を上げた。
盾の勇者を語るページから先が真っ白だったのだ。
何度見直しても真っ白で、その先は無い。
「何なんだ?」
そう呟いたのを最後に、俺の意識はスーッと遠くなっていった……。
まさか、これで異世界に行くとは夢にも思いはしなかった。
初めに読んでいただきありがとうございます。
勇者紹介
「おお……」
感嘆する声に俺はハッと我に返る。
纏まらなかった視点を前に向けるとローブを着た男達が何やらこちらに向って唖然としていた。
「なんだ?」
声のするほうに目を向けると俺と同じように状況を飲み込めていないらしき男が三人。
一体どうなっているのか、首を傾げた。
俺、さっきまで図書館に居たよな、なんで……ていうかここはドコだ?
キョロキョロと辺りを見渡すと石造りの壁が目に入る。
レンガ調という奴か? とにかく、見覚えの無い建物だ。間違っても図書館ではない。
下を見ると蛍光塗料を塗られて作られたかのような幾何学模様と祭壇。
なんとなくファンタジー物に出てくる魔方陣に似たのがある。そんな感じだ。
その祭壇に俺達は立たされていた。
でだ……なんで俺、盾を持ってるんだ?
妙に軽く、ピッタリと引っ付く盾を俺は持っていた。何で持っているのか理解に苦しむので地面に置こうとするのだけど手から離れない。
「ここは?」
とにかく、どうなっているのか気になっている所で前に居る剣を持った奴がローブを着た男に尋ねた。
「おお、勇者様方! どうかこの世界をお救いください!」
「「「「はい?」」」」
異口同音で俺達は喋った。
「それはどういう意味ですか?」
何だろうこのフレーズ。ネット小説とかで読んだ事があるような気がしないでもない。
「色々と込み入った事情があります故、ご理解頂ける言い方ですと、勇者様達を古の儀式で召喚させていただきました」
「召喚……」
うん。あれだ。何かのドッキリである可能性は非常に高いが、一応は話を合わせて聞いておくにこしたことは無い。
「この世界は今、存亡の危機に立たされているのです。勇者様方、どうかお力をお貸しください」
ローブを着た男が深々と俺達に頭を下げる。
「まあ……話だけなら――」
「嫌だな」
「そうですね」
「元の世界に帰れるんだよな? 話はそれからだ」
俺が話を聞こうと喋っている最中、遮るように他の三人が言う。
はい?
必死に頭を下げている奴になんて態度で答えるんだよコイツ等。
話だけでも聞いてから結論を述べれば良いだろうに。
俺が無言の眼力で睨むと三人は俺に視線を向ける。
……なんで半笑いなんだよ。微妙にテンションが上がってるのが分かるぞ。
実は嬉しいんだろお前ら。
まあ、これが真実なら異世界に跳躍できたという夢を叶える状況だけどさー……。
お前らの態度も常套句だよな。でもさ、だからこそ話を聞いてやれよ。
「人の同意なしでいきなり呼んだ事に対する罪悪感をお前らは持ってんのか?」
剣を持った男、パッと見だと高校生くらいの奴がローブを着た男に剣を向ける。
「仮に、世界が平和になったらっポイっと元の世界に戻されてはタダ働きですしね」
弓を持った奴も同意してローブの男達を睨みつける。
「こっちの意思をどれだけ汲み取ってくれるんだ? 話に寄っちゃ俺達が世界の敵に回るかもしれないから覚悟して置けよ」
これは、アレだ。自分達の立場の確認と後の報酬に対する権利の主張だ。
どれだけたくましいんだコイツ等は、なんか負けた気がしてくる。
「ま、まずは王様と謁見して頂きたい。報奨の相談はその場でお願いします」
ローブを着た男の代表が重苦しい扉を開けさせて道を示す。
「……しょうがないな」
「ですね」
「ま、どいつを相手にしても話はかわらねえけどな」
たくましい奴らはそう言いながら付いて行く。俺も置いて行かれないように後を追うのだった。
それから俺達は暗い部屋を抜けて石造りの廊下を歩く。
……なんだろう。空気が美味しいと表現するだけしか出来ないのは俺の語彙が貧弱だからだろうか。
窓から覗く光景に俺達は息を呑む。
どこまでも空が高く、そして中世ヨーロッパのような町並みが其処にはあった。
そんな町並みに長く目を向ける暇は無く、俺達は廊下を歩き、謁見の間に辿りついた。
「ほう、こやつ等が古の勇者達か」
謁見の間の玉座に腰掛ける偉そうな爺さんが俺達を値踏みして呟いた。
なんとなく印象が良くないなぁ……。
人を舐めるように見る奴を俺はどうも好きになれない。
「ワシがこの国の王、オルトクレイ=メルロマルク32世だ。勇者共よ顔を上げい」
さげてねーよ! と、突っ込みを入れたい衝動に駆られたがグッと我慢する。
一応は目上の相手だし、王様らしいからな。
「さて、まずは事情を説明せねばなるまい。この国、更にはこの世界は滅びへと向いつつある」
王様の話を纏めるとこうだ。
現在、この世界には終末の予言と言うものが存在する。いずれ世界を破滅へ導く幾重にも重なる波が訪れる。その波が振りまく災害を撥ね退けなければ世界は滅ぶというのだ。
その予言の年が今年であり、予言の通り、古から存在する龍刻の砂時計という道具の砂が落ちだしたらしいのだ。
この龍刻の砂時計は波を予測し、一ヶ月前から警告する。伝承では一つの波が終わる毎に一ヶ月の猶予が生まれる。
当初、この国の住民は予言を蔑ろにしていたそうだ。しかし、予言の通り龍刻の砂時計の砂が一度落ちきったとき、災厄が舞い降りた。
次元の亀裂がこの国、メルロマルクに発生し、凶悪な魔物が大量に亀裂から這い出てきた。
その時は辛うじて国の騎士と冒険者が退治することが出来たのだが、次に来る波は更に強力なものとなる。
このままでは災厄を阻止することが出来ない。
だから国の重鎮達は伝承に則り、勇者召喚を行った。
というのが事のあらましだ。
ちなみに言葉が分かるのは俺達が持っている伝説の武器にそんな能力があるそうだ。
「話は分かった。で、召喚された俺たちにタダ働きしろと?」
「都合のいい話ですね」
「……そうだな、自分勝手としか言いようが無い。滅ぶのなら勝手に滅べばいい。俺達にとってどうでもいい話だ」
先ほどの笑い方から、内心は大喜びの癖にぬけぬけと何を言っているのやら。
まあ、俺も便乗するか。
「確かに、助ける義理も無いよな。タダ働きした挙句、平和になったら『さようなら』とかされたらたまったもんじゃないし。というか帰れる手段があるのか聞きたいし、その辺りどうなの?」
「ぐぬ……」
王様が臣下の者に向けて視線を送る。
「もちろん、勇者様方には存分な報酬は与える予定です」
俺を含め、勇者達はグッと握り拳を作った。
よし! 話し合いの第一歩。
「他に援助金も用意できております。ぜひ、勇者様たちには世界を守っていただきたく、そのための場所を整える所存です」
「へー……まあ、約束してくれるのなら良いけどさ」
「俺達を飼いならせると思うなよ。敵にならない限り協力はしておいてやる」
「……そうだな」
「ですね」
どうしてコイツ等は常に上から目線なんだよ。
現状、王国が敵になったら一番困るのは俺達だぞ。
まあ、ここはしっかりしておかなきゃ骨折り損のくたびれもうけになりかねないからしょうがないか。
「では勇者達よ。それぞれの名を聞こう」
ここで俺は気が付いた。これ、さっきまで読んでいた本。四聖武器書に似ていないか?
剣に槍に弓、そして盾。
勇者という共通項もあるし、という事は俺達は本の世界に迷い込んでしまっているのかもしれない。
剣の勇者が前に出て自己紹介を始める。
「俺の名前は天木錬だ。年齢は16歳、高校生だ」
剣の勇者、天木錬。外見は、美少年と表現するのが一番しっくり来るだろう。
顔のつくりは端正で、体格は小柄の165cmくらいだろうか。
女装をしたら女の子に間違う奴だって居そうな程、顔の作りが良い。髪はショートヘアーで若干茶色が混ざっている。
切れ長の瞳と白い肌、なんていうかいかにもクールという印象を受ける。
細身の剣士という感じだ。
「じゃあ、次は俺だな。俺の名前は北村元康、年齢は21歳、大学生だ」
槍の勇者、北村元康。外見は、なんと言うか軽い感じのお兄さんと言った印象の男性だ。
錬に負けず、割と整ったイケメンって感じ。彼女の一人や二人、居そうなくらい人付き合いを経験しているようなイメージがある。
髪型は後ろに纏めたポニーテール。男がしているのに妙に似合っているな。
面倒見の良いお兄さんって感じだ。
「次は僕ですね。僕の名前は川澄樹。年齢は17歳、高校生です」
弓の勇者、川澄樹。外見は、ピアノとかをしていそうな大人しそうな少年だ。
なんていうのだろう。儚げそうな、それでありながらしっかりとした強さを持つ。あやふやな存在感がある。
髪型は若干パーマが掛かったウェーブヘアー。
大人しそうな弟分という感じ。
みんな日本人のようだ。これで外人とかだったら驚くけどさ。
おっと、次は俺の番か。
「最後は俺だな、俺の名前は岩谷尚文。年齢は20歳、大学生だ」
王様が俺を舐めるように見る。
背筋が何かむず痒いな。
「ふむ。レンにモトヤスにイツキか」
「王様、俺を忘れてる」
「おおすまんな。ナオフミ殿」
まったく、抜けた爺さんだ。そりゃあ……なんとなくこの中で俺は場違いな気もするが其処はこう、忘れないで欲しい。
「では皆の者、己がステータスを確認し、自らを客観視して貰いたい」
「へ?」
ステータスって何!?
「えっと、どのようにして見るのでしょうか?」
樹がおずおずと王様に進言した。
いきなりステータスとか何の話だよコラ!
「何だお前ら、この世界に来て真っ先に気が付かなかったのか?」
レンが、情報に疎い連中だと呆れたように声を出す。
知るか! というか、何だその情報通ですって顔は。
「なんとなく視界の端にアイコンが無いか?」
「え?」
言われるまま、俺は何処を見るでもなくぼんやりとすると視界の端に何か妙に自己主張するマークが見える。
「それに意識を集中するようにしてみろ」
ピコーンと軽い音がしてまるでパソコンのブラウザのように視界に大きくアイコンが表示された。
岩谷尚文
職業 盾の勇者 Lv1
装備 スモールシールド(伝説武器)
異世界の服
スキル 無し
魔法 無し
さらっと見るだけで色々な項目があるけれど割愛する。
ステータスとはこれの事か。
っていうかなんだよこれ! 妙にゲームっぽいな。
「Lv1ですか……これは不安ですね」
「そうだな、これじゃあ戦えるかどうか分からねぇな」
「というかなんだコレ」
「勇者殿の世界では存在しないので? これはステータス魔法というこの世界の者なら誰でも使える物ですぞ」
「そうなのか?」
現実の肉体を数値化して見ることが出来るのが当たり前なのか、これは驚きだ。
「それで、俺達はどうすれば良いんだ? 確かにこの値は不安だな」
「ふむ、勇者様方にはこれから冒険の旅に出て、自らを磨き、伝説の武器を強化していただきたいのです」
「強化? この持ってる武器は最初から強いんじゃないのか?」
「はい。伝承によりますと召喚された勇者様が自らの所持する伝説の武器を育て、強くしていくそうです」
「伝承、伝承ね。その武器が武器として役に立つまで別の武器とか使えばいいんじゃね?」
元康が槍をくるくる回しながら意見する。
それもそうだ。というか俺は盾。武器ですらない物を持たされているのだから必要なものだ。
「そこは後々、片付けて行けば良いだろ。とにかく、頼まれたのなら俺達は自分磨きをするべきだよな」
異世界に勇者として召喚されるという燃えるようなシチュエーション。
是が非でもやってみたいという思いが沸々と湧いてくる。
なんていうか夢一杯の状態で興奮が冷めそうに無い。
それは他の連中も同様でみんな己の武器に御執心だ。
「俺達四人でパーティーを結成するのか?」
「お待ちください勇者様方」
「ん?」
これから冒険の旅に出ようとしていると大臣が進言する。
「勇者様方は別々に仲間を募り冒険に出る事になります」
「それは何故ですか?」
「はい。伝承によると、伝説の武器はそれぞれ反発する性質を持っておりまして、勇者様たちだけで行動すると成長を阻害すると記載されております」
「本当かどうかは分からないが、俺達が一緒に行動すると成長しないのか?」
ん? なんか武器の所に伝説の武器の使い方とかヘルプがついていた。
みんな気が付いたようで目で追っている。
注意、伝説の武器を所持した者同士で共闘する場合、反作用が発生します。なるべく別々に行動しましょう。
「本当みたいだな……」
というか何このゲームっぽい説明は。
まるでゲームの世界に入り込んだみたいだ。
ズラーっとこの武器の使い方が懇切丁寧に記載されているけれど、今は全部読んでいる暇はなさそうだ。
「となると仲間を募集した方が良いのかな?」
「ワシが仲間を用意しておくとしよう。なにぶん、今日は日も傾いておる。勇者殿、今日はゆっくりと休み、明日旅立つのが良いであろう。明日までに仲間になりそうな逸材を集めておく」
「ありがとうございます」
「サンキュ」
それぞれの言葉で感謝を示し、その日は王様が用意した来客部屋で俺達は休むこととなった。
勇者相談
来客室の豪華なベッドに座り、みんなそれぞれの武器をマジマジと見つめながら説明に目を向けている。
窓の方を見ると何時の間にか日がとっぷりと沈んでいる。
それだけ集中して説明を読んでいる訳だ。
えっと、伝説の武器はメンテナンスが不必要の万能武器である。
持ち主のLvと武器に融合させる素材、倒したモンスターによってウェポンブックが埋まっていく。
ウェポンブックとは変化出来る武器の種類を記載してある一覧表であると。
俺は武器のアイコンにあるウェポンブックを開く。
ズラーーーーーーーーーーーーーーーー!
壁を越えてアイコンは長々と記載されていた。
そのどれもがまだ変化不可能と記載されている。
すげぇ……
ふむふむ、特定の武器に繋がるように武器を成長させたりも出来るみたいだな。
アレだ。ネットゲームのスキルツリーみたいな感じだ。
スキルを覚えるには変化出来る武器に収められた力を解放する必要があるっと……。
ホント、ゲームっぽいな。
「なあ、これってゲームみたいだな」
俺以外の連中もヘルプを見ているのだろう。俺の問いに空返事しながら答える。
「っていうかゲームじゃね? 俺は知ってるぞ、こんな感じのゲーム」
元康が自慢げに言い放つ。
「え?」
「というか有名なオンラインゲームじゃないか、知らないのか?」
「いや、俺も結構なオタクだけど知らないぞ?」
「お前しらねえのか? これはエメラルドオンラインってんだ」
「何だそのゲーム、聞いたことも無いぞ」
「お前本当にネトゲやったことあるのか? 有名タイトルじゃねえか」
「俺が知ってるのはオーディンオンラインとかファンタジームーンオンラインとかだよ、有名じゃないか!」
「なんだよそのゲーム、初耳だぞ」
「え?」
「え?」
「皆さん何を言っているんですか、この世界はネットゲームではなくコンシューマーゲームの世界ですよ」
「違うだろう。VRMMOだろ?」
「はぁ? 仮にネトゲの世界に入ったとしてもクリックかコントローラーで操作するゲームだろ?」
元康の問いに錬が首をかしげて会話に入ってくる。
「クリック? コントローラー? お前ら、何そんな骨董品のゲームを言ってるんだ? 今時ネットゲームと言ったらVRMMOだろ?」
「VRMMO? バーチャルリアリティMMOか? そんなSFの世界にしかないゲームは科学が追いついてねえって、寝ぼけてるのか?」
「はぁ!?」
錬が声高々に異を唱える。
そういえば、コイツは一番早くステータス魔法ってのに気が付いたな。
何か手馴れている印象を受ける。
「あの……皆さん、この世界はそれぞれなんて名前のゲームだと思っているのですか?」
樹が軽く手を上げて尋ねる。
「ブレイブスターオンライン」
「エメラルドオンライン」
「知らない。っていうかゲームの世界?」
ゲームっぽいとは思うけど、まったく知らないゲームの世界に来てしまったのか俺は?
「あ、ちなみに自分はディメンションウェーブというコンシューマーゲームの世界だと思ってます」
みんなそれぞれ聞いたことも無いゲームの名前を告げる。
「まてまて、情報を整理しよう」
元康が額に手を当てて俺達を宥める。
「錬、お前の言うVRMMOってのはそのまんまの意味で良いんだよな?」
「ああ」
「樹、尚文。お前も意味は分かるよな」
「SFのゲーム物にあった覚えがありますね」
「ライトノベルとかで読んだ覚えがある」
「そうだな。俺も似たようなもんだ。じゃあ錬、お前の、そのブレイブスターオンラインだっけ? それはVRMMOなのか?」
「ああ、俺がやりこんでいたVRMMOはブレイブスターオンラインと言う。この世界はそのシステムに非常に酷似した世界だ」
錬の話を参考にすると、VRMMOというものは錬にとって当たり前のようにある技術で、脳波を認識して人々はコンピューターの作り出した世界へダイヴする事ができるらしい。
「それが本当なら、錬、お前のいる世界に俺達が言ったような古いオンラインゲームはあるか?」
錬は首を横に振る。
「これでもゲームの歴史には詳しい方だと思っているがお前達が言うようなゲームは聞いたことが無い。お前達の認識では有名なタイトルなんだろう?」
俺も元康も頷く。
間違ってもオンラインゲームに詳しいのなら聞いたことが無いというのはおかしい。
そりゃあ、俺達の視野が狭い可能性があるかもしれないが、間違っても有名タイトルくらいなら言えるはずだ。
「じゃあ一般常識の問題だ。今の首相の名前は言えるよな」
「ああ」
みんな頷く。
「一斉に言うぞ」
ゴクリ……。
「湯田正人」
「谷和原剛太郎」
「小高縁一」
「壱富士茂野」
「「「「……」」」」
聞いたことも無い首相の名前だ。間違っても歴史の授業に出てきた試しは無い。
それから俺達は自分の世界で有名なネット用語やページ、有名ゲームを尋ねあい。
そのどれもが知らないと言う結論に至った。
「どうやら、僕達は別々の日本から来たようですね」
「そのようだ。間違っても同じ日本から来たとは思えない」
「という事は異世界の日本も存在する訳か」
「時代がバラバラの可能性もあったが、幾らなんでもここまで符合しないとなるとそうなるな」
なんとも奇妙な四人が集まったものだ。
だとしても、みんなオタクなのは共通認識なのだろう。気にする必要も無いか。
「このパターンだとみんな色々な理由で来てしまった気がするのだが」
「あんまり無駄話をするのは趣味じゃないが、情報の共有は必要か」
錬がなんとも鼻にかかる、俺はクールだぜと主張するように話し出す。
「俺は学校の下校途中に、巷を騒がす殺人事件に運悪く遭遇してな」
「ふむふむ」
「一緒に居た幼馴染を助け、犯人を取り押さえた所までは覚えているのだが」
……錬が脇腹を摩りながら事情を説明している。
幼馴染を助けるとか何処のヒーローだよお前と、ツッコミを入れてやりたいがまあ良いとしよう。
大方、犯人を捕まえたのは良いけど揉み合いで脇腹を刺されたといった所か。
見栄と嘘を堂々と言う辺り、信用したくないカテゴリーに入れたいが勇者仲間だ。聞き流してあげよう。
「そんな感じで気が付いたらこの世界に居た」
「そうか、幼馴染を助けるなんてカッコいいシュチエーションだな」
俺のお世辞にクールを装って笑っている。もうそれは良いから。
「じゃあ次は俺だな」
軽い感じで元康が自分を指差して話し出す。
「俺はさ、ガールフレンドが多いんだよね」
「ああ、そうだろうよ」
何か面倒見のよさそうなお兄さんっぽいし。女の子が好きっぽいイメージある。
「それでちょーっと」
「二股三股でもして刺されたか?」
錬が小ばかにするように尋ねる。
すると元康は目をパチクリさせて頷きやがった。
「いやぁ……女の子って怖いね」
「ガッデム!」
俺は怒りを露にして中指を立てる。
死ねこの野郎。いや、死んだからこの世界に召喚されたのか?
おっと、樹が胸に手を当てて話し出す。
「次は僕ですね。僕は塾帰りに横断歩道を渡っていた所……突然ダンプカーが全力でカーブを曲がってきまして、その後は……」
「「「……」」」
十中八九轢かれたか……なんとも哀れな最後だ。
ん?
この中で俺、浮いてないか?
「あー……この世界に来た時のエピソードって絶対話さなきゃダメか?」
「そりゃあ、みんな話しているし」
「そうだよな。うん、みんなごめんな。俺は図書館で不意に見覚えの無い本を読んでいて気が付いたらって感じだ」
「「「……」」」
みんなの視線が冷たい。
何? 不幸な身の上でこの世界に来なきゃ仲間に入れてくれないのか?
ヒソヒソと三人は俺には聞こえないように内緒話をしだす。
「でも……あの人……盾だし……」
「やっぱ……所もそう?」
「ああ……」
なんだか馬鹿にされているような気がしてきた。
話題を逸らそう。
「じゃあみんな、この世界のルールっていうかシステムは割と熟知してるのか?」
「ああ」
「やりこんでたぜ」
「それなりにですが」
なるほどなぁ……となると俺だけ素人ってことになるじゃねえか!
ひっでぇ。
「な、なあ。これからこの世界で戦うために色々教えてくれないか? 俺の世界には似たゲームは無かったんだよ」
錬は冷酷に、元康と樹は何故かとても優しい目で俺を見つめる。
「よし、元康お兄さんがある程度、常識の範囲で教えてあげよう」
何かうそ臭い顔で元康が俺に片手を上げて話しかけてくる。
「まずな、俺の知るエメラルドオンラインでの話なのだが、シールダー……盾がメインの職業な」
「うん」
「最初の方は防御力が高くて良いのだけど、後半に行くに従って受けるダメージが馬鹿にならなくなってな」
「うん……」
「高Lvは全然居ない負け組の職業だ」
「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
それは聞きたくなかった!
何その死亡通告、俺は最初から負け組ですよと言いたげだな。おい!
「アップデート、アップデートは無かったのか?」
職業バランスとか!
「いやぁシステム的にも人口的にも絶望職で、放置されてた。しかも廃止決定してたかなぁ……」
「転職は無いのか!?」
「その系列が死んでるというかなんていうか」
「スイッチジョブは?」
「別の系統職になれるネトゲじゃなかったなぁ」
げ!? これが本当なら難しい職業をやらされる羽目になるのか。
俺は自分の盾を見つめながら思う。
お前、そんなに将来が暗いのか?
「お前らの方は?」
錬と樹に目を向ける。
すると二人ともサッと目を逸らしやがった。
「悪い……」
「同じく……」
えー! という事は俺はハズレを引いてしまったのか?
放心する俺を横目に三人はそれぞれのゲームの話題に花を咲かせる。
「地形とかどうよ」
「名前こそ違うが殆ど変わらない。これなら効率の良い魔物の分布も同じである可能性が高いな」
「武器ごとの狩場が多少異なるので同じ場所には行かないようにしましょう」
「そうだな、効率とかあるだろうし」
どいつもコイツも目の奥に俺ってチート能力に目覚めたんじゃね? って思っているような気がしてきた。
……そうだ。
俺が弱いなら仲間に頼ればいいじゃないか。
やる方法は幾らでもある。
俺がダメでもPTで戦えば自然と強くなれる。
「ふふ……大丈夫、せっかくの異世界なんだ。俺が弱くてもどうにかなるさ」
三人から何かかわいそうな物を見る目で見られているような気がしたけど、気にしたら負けだ。
そもそもだ。俺の装備は防具だし、ゲームとは違うんだ。成長する専用の盾を捨てて武器を使えば良い。
「よーし! 頑張るぞ!」
己に活を入れる。
「勇者様、お食事の用意が出来ました」
お? どうやら晩飯が食べられるみたいだ。
「ああ」
みんな扉を開け、案内の人に騎士団の食堂に招待された。
ファンタジー映画のワンシーンのような城の中にある食堂。
そのテーブルにはバイキング形式で食べ物が置いてある。
「皆様、好きな食べ物をお召し上がりください」
「なんだ。騎士団の連中と同じ食事をするのか」
ぶつぶつと錬が呟く、これで文句を言うなんて失礼な奴だな。
「いいえ」
案内の人は首を振る。
ん?
「こちらにご用意した料理は勇者様が食べ終わってからの案内となっております」
そう言われて、俺は辺りを見渡す。
すると騒がしいと思っていた人たちはコックであるのに気が付いた。
なるほど、優先順位という奴か。
俺達が食べ終えてから騎士団の連中に披露すると。
「ありがたく頂こう」
「ええ」
「そうだな」
こうして俺達は異世界の料理を堪能した。
ちょっと味が薄いと思ったけど、食べれない料理は無かった。
ただ、オムレツっぽいのにオレンジの味がしたりと変わった食べ物がかなり混じっていたけど。
食事を終えた俺達、部屋に戻ると途端に眠くなって来た。
「風呂とか無いのかな?」
「中世っぽい世界だしなぁ……行水の可能性が高いぜ」
「言わなきゃ用意してくれないと思う」
「まあ、一日位なら大丈夫か」
「そうだろ。眠いし、明日は冒険の始まりだしサッサと寝ちまおう」
元康の言葉にみんな頷き、就寝に入った。
明日から俺の大冒険が始まるんだ!
俺を含め三人とも明日が待ち遠しいと就寝した。
特別支度金
翌朝
朝食を終えて、王様からお呼びが掛かるのを今か今かと俺達は待ちわびた。
さすがに朝っぱらから騒ぐわけにも行かず、日の傾きから10時過ぎくらいになったかなぁ……と思った頃俺達は呼び出しを受けた。
待ってましたと俺達は期待に胸を躍らせて謁見の間に向う。
「勇者様のご来場」
謁見の間の扉が開くと其処には様々な冒険者風の服装をした男女が12人ほど集まっていた。
騎士風の身なりの者もいる。
おお……王様の援助は凄いな。
俺達は王様に一礼し、話を聞く。
「前日の件で勇者の同行者として共に進もうという者を募った。どうやら皆の者も、同行したい勇者が居るようじゃ」
一人に付き3人の同行する仲間が居るのなら均等が取れるな。
「さあ、未来の英雄達よ。仕えたい勇者と共に旅立つのだ」
え? そっちが選ぶ側?
これは俺達も驚きだった。
まあ、よくよく考えれば異世界の良く分からない連中に選ばせるよりも国民の方に重きを置くよなぁ。
なんか順番に並ばされる。
ザッザっと仲間達が俺達の方へ歩いてきて各々の前に集まっていく。
錬、5人
元康、4人
樹、3人
俺、0
「ちょっと王様!」
なんだよコレは! 幾らなんでも酷いんじゃねえか。
俺のクレームに王様は冷や汗を流す。
「う、うぬ。さすがにワシもこのような事態が起こるとは思いもせんかった」
「人望がありませんな」
事もあろうに呆れ顔で大臣が切り捨てる。
そこへローブを着た男が王様に内緒話をする。
「ふむ、そんな噂が広まっておるのか……」
「何かあったのですか?」
元康が微妙な顔をして尋ねる。
さすがにこれでは不公平も甚だしい。何だよこの、小学校でチームを作って遊ぶ時に一人だけ仲間はずれにされたような感覚は。
幾らなんでも異世界に来てこんな気持ちになるなんて聞いて無いぞ。
「ふむ、実はの……勇者殿の中で盾の勇者はこの世界の理に疎いという噂が城内で囁かれているのだそうだ」
「はぁ!?」
「伝承で、勇者とはこの世界の理を理解していると記されている。その条件を満たしていないのではないかとな」
元康が俺の脇を肘で小突く。
「昨日の雑談、盗み聞きされていたんじゃないか?」
似たゲームを知らないっていうアレか? あれが原因で俺は仲間はずれにされているのか?
というかなんだよその伝承。
俺は詳しくないけど、曲がりなりにも盾の勇者だぞ!
そりゃあ他の勇者の話曰く、負け組みの武器持ちだけど、ここはゲームじゃねえよ!
「つーか錬! お前5人も居るなら分けてくれよ」
何か怯える羊みたいな目で錬に同行したい冒険者(男を含む)が錬の後ろに隠れる。
錬もなんだかなぁとボリボリと頭を掻きながら見て。
「俺はつるむのが嫌いなんだ。付いてこれない奴は置いていくぞ」
と、突き放す口調で話すわけだが、そいつらは絶対に動く気配が無い。
「元康、どう思うよ! これって酷くないか」
「まあ……」
ちなみに男女比は、女性の方が多いという不思議。
ある意味ハーレムが完成しかけている。
「偏るとは……なんとも」
樹も困った顔をしつつ、慕ってくれる仲間を拒絶できないと態度で表している。
ちなみに元康の仲間はみんな女だ。何処までも女を引き寄せる体質なのかコイツは。
「均等に3人ずつ分けたほうが良いのでしょうけど……無理矢理では士気に関わりそうですね」
樹の最もな言葉にその場に居る者が頷く。
「だからって、俺は一人で旅立てってか!?」
盾だぞ! お前らの理屈だと負け職の武器だぞ!
仲間が無くてどうやって強くなれってんだ!
「あ、勇者様、私は盾の勇者様の下へ行っても良いですよ」
元康の部下になりたがった仲間の女性が片手を上げて立候補する。
「お? 良いのか?」
「はい」
セミロングの赤毛の可愛らしい女の子だ。
顔は結構可愛い方じゃないか? やや幼い顔立ちだけど身長は俺より少し低いくらいだ。
「他にナオフミ殿の下に行っても良い者はおらんのか?」
シーン……誰も手を上げる気配が無い。
王様は嘆くように溜息を吐いた。
「しょうがあるまい。ナオフミ殿はこれから自身で気に入った仲間をスカウトして人員を補充せよ、月々の援助金を配布するが代価として他の勇者よりも今回の援助金を増やすとしよう」
「は、はい!」
妥当な判断だ。
俺を気に入らないなら仲間になりたい奴を探して補充するのが一番良いに越したことは無い。
「それでは支度金である。勇者達よ、しっかりと受け取るのだ」
俺達の前に四つの金袋が配られる。
ジャラジャラと重そうな音が聞こえた。
その中で少しだけ大き目の金袋が俺に渡される。
「ナオフミ殿には銀貨800枚、他の勇者殿には600枚用意した。これで装備を整え、旅立つが良い」
「「「「は!」」」」
俺達と仲間はそれぞれ敬礼し、謁見を終えた。
それから謁見の間を出ると、それぞれの自己紹介を始める。
「えっと盾の勇者様、私の名前はマイン=スフィアと申します。これからよろしくね」
「よ、よろしく」
何か遠慮かそんなのが無い感じでマインは気さくに話しかけてくる。
あんな出来事があったからなのかちょっと気遅れちゃったけど、俺の仲間になってくれた子だ。
仲間は大切にしていかなきゃな。事俺は、他の勇者と比べて負け組みの武器な訳だし。
「じゃあ行こうか、マイン、さん」
「はーい」
マインは元気に頷くと俺の後ろに着いて来た。
城と町を繋ぐ跳ね橋を渡ると、そこは見事な町並みであった。
昨日もチラッと見たけれど、近くで見るとますます異世界に来たんだなぁと実感させる。
石造りの舗装された町並みに、家、そこに垂れ下がる看板。
そして食べ物のおいしそうな匂いが立ち込めていて、我ながら感動する。
「これからどうします?」
「まずは武器とか防具が売ってる店に行きたいな、これだけの金があるのなら良い装備とか買えるだろうし」
そう、盾しか持っていない俺はまず武器が必要だ。
得物が無ければ魔物とかと戦えないし、あいつらに追いつくのだって難しいだろう。
何せ、あいつ等は成長する武器を持っているのだ。
それなら少しでもスタートダッシュせねばあっという間にぶっちぎられてしまう。
「じゃあ私が知ってる良い店に案内しますね」
「お願いできる?」
「ええ」
マインはスキップするような歩調で俺に武器屋を紹介してくれる。
城を出て10分くらい歩いた頃だろうか、一際大きな剣の看板を掲げた店の前でマインは足を止めた。
「ここがオススメの店ですよ」
「おお……」
店の扉から店内をのぞき見ると壁に武器が掛けられていて、まさしく武器屋といった面持ちだ。
他にも鎧とか冒険に必要そうな装備は一式取り扱っている様子。
「いらっしゃい」
店に入ると店主に元気良く話しかけられる。筋骨隆々の、まさしく絵に描いた武器屋の店主って感じの人がカウンターに立っている。これでぶよぶよの脂肪の塊みたいな店主だったらそれはそれで嫌だったから良い。
本当に異世界に来たんだなぁ。
「へー……これが武器屋かぁ……」
「お、お客さん初めてだね。当店に入るたぁ目の付け所が違うね」
「ええ、彼女に紹介されて」
そう言って俺はマインを指差すと、マインは手を上げて軽く手を振る。
「ありがとうよお嬢ちゃん」
「いえいえ~この辺りじゃ親父さんの店って有名だし」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。所でその変わった服装の彼氏は何者だい?」
そう、今の俺の服装は異世界の服なのだ。
ともすればお上りにしか見えないか、もしくは変な奴だ。
「親父さんも分かるでしょ?」
「となるとアンタは勇者様か! へー!」
まじまじと親父さんは俺を凝視する。
「あんまり頼りになりそうに無いな……」
ずる。
「はっきり言いますねぇ」
言っちゃ何だけど、確かに頼りなくは見えるだろう。だから強くなるわけだし。
「良いものを装備しなきゃ舐められるぜ」
「でしょうね……」
ははは……表裏ない気持ちのよさそうな人だ。
「見たところ……はずれ?」
ピキ、
俺の頬が引きつるのを感じた。
どうして俺の噂の伝達は早いのだろうか。
まあ、いい。気にしたら負けだ。
「盾の勇者である岩谷尚文と申します。今後も厄介になるかもしれないのでよろしくお願いしますね」
念を押して親父に自己紹介だ。
「ナオフミねえ。まあお得意様になってくれるなら良い話だ。よろしく!」
まったく、元気な店主だ。
「ねえ親父さん。何か良い装備無い?」
マインが色目をしながら親父さんに尋ねる。
「そうだなぁ……予算はどのくらいだ?」
「そうねぇ……」
マインが俺を値踏みするように見る。
「銀貨250枚の範囲かしら」
所持銀貨800枚の中で250枚……宿代とか仲間を雇い入れる代金を算出すると相場なのかな。
「お? それくらいとなると、この辺りか」
親父さんはカウンターから乗り出し、店に飾られている武器を数本、持って来る。
「あんちゃん。得意な武器はあるかい?」
「いえ、今のところ無いんですよ」
「となると初心者でも扱いやすい剣辺りがオススメだね」
数本の剣をカウンターに並べた。
「どれもブラッドクリーンコーティングが掛かってるからこの辺りがオススメかな」
「ブラッドクリーン?」
「血糊で切れ味が落ちないコーティングが掛かってるのよ」
「へぇ……」
そういえば俺の世界の刃物は何度も肉を切っていると切れ味が落ちるって聞いた覚えがある。
つまり切れ味が落ちない剣って訳か。
中々の業物みたいだ。
「左から鉄、魔法鉄、魔法鋼鉄、銀鉄と高価になっていくが性能はお墨付きだよ」
これは使用している鉱石による硬度か?
鉄のカテゴリー武器って感じか。
「まだまだ上の武器があるけど総予算銀貨250枚だとこの辺りだ」
あれだよな。
コンシューマーゲームだと最初の町の武器はあんまり良いのが揃ってない感じだけど、結構な品揃えがあるようだ。
となるとオンラインゲームに近い世界。いや、異世界の現実なんだから普通は大きな国の武器屋だと品揃えもよくなるか。
「鉄の剣かぁ……」
徐に剣の柄を握り締める。
あ、やっぱずっしりと重量がある。
持ってる盾が軽すぎて気にならなかったけど、武器も結構重いんだな。
この武器で出会う魔物と戦うのかぁ……。
バチン!
「イッ!」
突然強い電撃を受けたかのように持っていた鉄の剣が弾かれて飛ぶ。
「お?」
親父さんとマインが不思議そうな顔で俺と剣を交互に見る。
「なんだ?」
俺は落としてしまった剣を拾う。
先ほどのような変な気配は無い。
なんだったんだ?
そう思いながら考えを戻す。
バチ!
「イッテ!」
だから何なんだよと俺はいたずらかと親父を睨むが、親父は首を横に振る。
マインがするはずも無いけど、俺はマインに顔を向ける。
「突然弾かれたように見えたわよ?」
そんな馬鹿な。
ありえないと思いながら俺は自分の手の平を凝視する。
すると、視界に文字が浮かび上がってきた。
『伝説武器の規則事項、専用武器以外の所持に触れました』
なんだコレは?
急いでヘルプを呼び出して説明文を探す。
あった!
『勇者は自分の所持する伝説武器以外を戦闘に使うことは出来ない』
なんだって!?
つまり俺は盾以外を使うことが出来ないってのか!?
盾だけで戦うなんてどんなクソゲーだよ。
「えっと、どうも俺はこの盾の所為で武器が持てないらしい」
苦笑いを浮かべつつ、俺は顔を上げる。
「どんな原理なんだ? 少し見せてくれないか?」
俺は親父に盾を持つ手を向けて見させる。
外れないのだから仕方が無い。
武器屋の親父が小声で何かを呟くと、盾に向かって小さい光の玉が飛んでいって弾けた。
「ふむ、一見するとスモールシールドだが、何かおかしいな……」
「あ、分かります?」
よくスモールシールドだと理解した。
ステータス魔法にもスモールシールドと記載されていた。
(伝説武器)と言う項目が付いてるけど。
「真ん中に核となる宝石が付いているだろ? ここに何か強力な力を感じる。鑑定の魔法で見てみたが……うまく見ることが出来なかった。呪いの類なら一発で分かるんだがな」
見終わった親父は目線を俺に向けてトレードマークの髭を撫でる。
「面白いものを見せてもらったぜ、じゃあ防具でも買うかい?」
「お願いします」
「銀貨250枚の範囲で武器防具を揃えさせるつもりだったが、それなら鎧だな」
盾は既に持っているわけだし、結果的にそうなるよな。
親父さんは店に展示されている鎧を何個か指差す。
「フルプレートは動きが鈍くなるから冒険向きじゃねえな、精々くさりかたびらが入門者向けだろう」
といわれて、俺はくさりかたびらに手を伸ばす。
ジャラジャラ……。
鎖でつながれた服だ。
そのまんまだよな。防御は見たとおりって所か?
ん? アイコンが開いた。
くさりかたびら 防御力アップ 斬撃耐性(小)
ふむふむ、剣の項目で出てこなかったのは装備できないからだな。
「あれの値段はどれくらいなんですか?」
マインが店主に尋ねる。
「おまけして銀貨120枚だな」
「買取だと?」
「ん? そうだなぁ……新古品なら銀貨100枚で買う所だ」
「どうしたの?」
「盾の勇者様が成長して不必要になった場合の買取額を聞いていたのですよ」
なるほどなぁ……俺もLv1だし成長したらもっと強力な装備が着用できるだろう。
これより下の装備もあるようだけど、現状だとこれが一番効果が高いみたいだ。
「じゃあこれをください」
「まいど! ついでに中着をオマケしておくぜ!」
店主の気前のよさに俺は感謝の言葉も出なかった。銀貨120枚を渡し、くさりかたびらを手に入れた。
「ここで着ていくかい?」
「はい」
「じゃあ、こっちだ」
更衣室に案内され、俺は渡されたインナーとくさりかたびらに着替えた。
元々着ていた服は店主がくれた袋に入れる。
「お、少しは見えるカッコになったじゃねえか」
「ありがとうございます」
褒め言葉なんだよなコレ。
「それじゃあそろそろ戦いに行きましょうか勇者様」
「おう!」
冒険者っぽい格好になった俺は気持ち高らかにマインと一緒に店を出るのだった。
それから俺達は城門の方に歩いて、城門を潜り抜ける。
途中、国の騎士っぽい見張りが会釈してくれたので俺も元気良く返した。
ワクワクの冒険の始まりだ。
盾の現実
城門を抜けると見渡す限り草原が続いていた。
一応石畳の道があるが一歩街道から外れると何処までも草原が続いていると思うくらいに緑で覆いつくされている。
こんなのは北海道へ旅行に行った時以来だ。
とはいえ空の高さや地平線が見えるとなると初体験。
この程度ではしゃいでは勇者として示しが付かないので当然を装う。
「では勇者様、このあたりに生息する弱い魔物を相手にウォーミングアップを測りましょうか」
「そうだね。俺も戦闘は初体験なんだ。どれくらい戦えるか頑張ってみるよ」
「頑張ってくださいね」
「え? マインは戦ってくれないの?」
「私が戦う前に勇者様の実力を測りませんと」
「そ、そうだね」
考えてみれば経験はマインの方が上だろうし、俺も自分がどれだけできるのかわからない。
マインが安全だと思う魔物を相手に戦ってみよう。
しばらく草原をとぼとぼと歩いていると、なにやら目立つオレンジ色の風船みたいな何かが見えてくる。
「勇者様、居ました。あそこに居るのはオレンジバルーン……とても弱い魔物ですが好戦的です」
なんか酷い名前だな。オレンジ色の風船だからオレンジバルーンか?
「ガア!」
凶暴な声と二つの凶悪そうな目つきが敵意を持っているのを感じさせる。
畑にある鳥避けの風船みたいな奴がこちらに気づいて襲い掛かってくる。
「頑張ってください勇者様!」
「おう!」
カッコいい所を見せてやる。
俺は盾を右手に持って鈍器の要領でオレンジバルーンに向けて殴りかかる。
バシ!
ボヨン!
殴ったその場で跳ね返った。意外と弾力がある!
すぐに割れると思ったのに……
オレンジバルーンは牙をむいて俺に噛み付いてきた。
「い!」
カン!
何か硬い音が聞こえる。
痛くも痒くも無い。
オレンジバルーンは俺の腕に噛み付いているがまったく効果が無いようだ。
ふんわりと盾から淡い防壁が出て守ってくれているような気がする。
俺は無言のままマインの方を見る。
「勇者様がんばって!」
……ダメージは受けないけど与えられもしないが仕方ない。
「オラオラオラオラオラ!」
格闘家の伝承者みたいに俺はオレンジバルーンを殴りつけ続けた。
それから五分後……。
パァン!
軽快な音を立てて、オレンジバルーンは弾けた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ピコーンと音がしてEXP1という数字が見える。
経験値が1入ったと言う訳か。
しっかし、これだけ戦って1とは……先が思いやられるな。
っていうか硬いよコイツ。素手じゃ限界があるって。
パチパチパチ。
「良く頑張りましたね勇者様」
マインが拍手してくれているけど、なんていうかむなしい。
スタスタスタ!
なにやら足音が聞こえてくる。
振り返ると錬とその仲間が小走りで走っていくのが見える。
話しかけようかと思ったけど、真面目な表情で走る連中に声を掛ける余裕が無い。
あ、 錬の前にオレンジバルーンが三匹現れた。
ズバァ!
錬が剣で一閃するとオレンジバルーンはパァンと音を立てて割れる。
一撃!? おいおい……どんだけ攻撃力に差があるんだよ。
「……」
放心している俺にマインが何度も手を前にかざす。
「大丈夫ですよ。勇者様には勇者様の戦い方があるのですから」
「……ありがとう」
戦闘を初体験した限りだと、五分間もオレンジバルーンに食いつかれていたのに無傷な俺は相当防御力が高いようだ。
戦利品のオレンジバルーンの残骸を拾う。ピコーンと盾から音が聞こえる。
徐に盾に近づけると淡い光となって吸い込まれた。
GET、オレンジバルーン風船
そんな文字が浮かび上がり、ウェポンブックが点灯する。
中を確認するとオレンジスモールシールドというアイコンが出ていた。
まだ変化させるには足りないが、必要材料であるらしい。
「これが伝説武器の力ですか」
「うん。変化させるには一定の物を吸い込ませると良いみたいだね」
「なるほど」
「ちなみにさっきの戦利品ってどれくらいの値段で取引されているの?」
「銅貨1枚行ったら良いくらいですね」
「……何枚集まれば銀貨1枚?」
「銅貨の場合は100枚です」
まあ、錬の様子を見ると相当弱い魔物みたいだし、しょうがないか。
「じゃあ次はマインだね」
「まあ、そうなりますね」
と言いつつ、オレンジバルーンが二匹俺達の方へ近づいてきていた。
マインは腰から抜いた剣を構えて二振り。
パァンという音と共にオレンジバルーンは弾けた。
うわぁ……俺って弱すぎ……?
俺の名前は岩谷尚文。現在20の大学生。口元を両手で隠している
異世界に召喚されて晴れて勇者になり二日。
戦闘5分で、適正魔物や役割が分かる。
『勇者適応テスト』
受けた人は4人を突破。結果もすぐ分かると大人気だ。
CHECK!
>>アナタの適性狩場は?
おっと混乱してしまっていた。
とにかく、俺が、というか盾が弱いのは存分に分かった。
こうなったらマインに戦ってもらった方が効率が良いだろう。
「じゃあ、マインが攻撃、俺が守るから行ける所まで行こうか」
「はい」
マインは二つ返事で答えてくれた。
その後、日が傾く少し前まで草原を歩き、遭遇するオレンジバルーンとその色違いイエローバルーンを割る作業を続けるのだった。
「もう少し進むと少し強力な魔物が出てくるのですが、そろそろ城に戻らないと日が暮れますね」
「うーん。もう少し戦っておきたかったんだけどなぁ……」
ダメージ受けないし、バルーンの攻撃を守るのは簡単だから大丈夫かと思うんだけど。
「今日は早めに帰って、もう一度武器屋を覘きましょうよ。私の装備品を買ったほうが明日には今日行くより先にいけますよ」
「……そういえば、そうだね」
Lvアップも、もう少し先のようだし、今日はコレくらいにしておいた方が良いか。
ちなみに盾に吸わせる分は満たしたようで、風船は手元に残っている。
後は……レベルアップすると変化出来るみたいだな。
とにかく、色々とお預けの一日目の冒険を切り上げ、俺達は城下町の方へ戻るのだった。
地雷と言う名の裏切り
夕方、城下町に戻った俺達は武器屋にまた顔を出した。
「お、盾のあんちゃんじゃないか。他の勇者たちも顔を出してたぜ」
みんなこの店で買ったのか。
ホクホク顔の親父が俺達を出迎える。
「そうだ。これって何処で買い取ってくれる?」
オレンジバルーン風船を親父に見せると親父は店の外の方を指差した。
「魔物の素材買取の店がある。そこへ持ち込めば大抵の物は買い取ってくれるぜ」
「ありがとう」
「で、次は何の用で来たんだ?」
「ああ、マイン。仲間の装備を買おうと決めてさ」
俺がマインに視線を向けるとマインは店内の装備をジッと凝視していた。
「予算額は?」
手元に残っているのは銀貨680枚。そこからどれだけの装備品を買うと良いか。
「マイン、どれくらいにしておいた方が良い?」
「……」
マインはとても真面目な表情で装備品を見比べている。
とてもじゃないが俺の言葉など耳に入っていない。
宿代がどれくらいか分からないけど、一ヶ月の生活費は残しておかなきゃいけないだろうしなぁ。
「お連れさんの装備ねぇ……確かに良いものを着させた方が強くなれるだろうさ」
「はい」
どうも俺は攻撃力とは無縁のようだし、マインに装備の代金を集中させる方が良さそうだ。
「割と値が張りそうだから雑談しながら今のうちに値引きしてやる」
「お、面白いことを抜かす勇者様だ」
「8割引!」
「幾らなんでも酷すぎる! 2割増」
「増えてるじゃねえか! 7割9分」
「商品を見せてねぇで値切る野郎には倍額でも惜しいぜ!」
「ふ、抜かせ! 9割引!」
「チッ! 2割1分増!」
「だから増やすな! 10割引」
「それはタダってんだ勇者様! しょうがねえ5分引き」
「少ない! 9割2分――」
それからしばらくして、
マインはデザインが可愛らしい鎧と妙に高そうな金属が使われている剣を持ってきた。
「勇者様、私はこのあたりが良いです」
「親父、合計どれくらいの品? 6割引」
「オマケして銀貨480枚でさぁ、これ以上は負けられねえ5割9分だ」
マインが決める前に行っていた値切り交渉が身を結び、値段は下げることが出来た。
でも、さすがに残金、銀貨200枚は厳しくないか?
「マイン……もうちょっと妥協できないか? 俺は宿代とか生活費がどれだけ掛かるか分からないんだ」
「大丈夫ですよ勇者様、私が強くなればそれだけ魔物を倒したときの戦利品でどうにか出来ます」
目をキラキラ輝かせ、俺の腕に胸を当ててマインはおねだりをしてくる。
「しょ、しょうがないなぁ……」
銀貨200枚、考えてみれば錬や元康、樹は最低3人は連れているのだ。活動費は元より装備品にだって金を回させるのがやっとだろう。
ともすれば200枚あれば一月生活するには十分である可能性は高い。
仲間を募集するのはLvアップして稼ぎが軌道に乗ってからでも悪くは無いかも。
「よし、親父、頼んだぞ」
「ありがとうございやした。まったく、とんでもねぇ勇者様だ」
「はは、商売は割と好きなんでな」
ネットゲームでも俺は金を稼ぐのが好きだった。
オークションイベントでも出来る限り安く買い、最も高く売るを繰り返す手腕はある。
人間相手の値切りこそ簡単なものは無い。分かりやすい金額が目の前にあるのだから。
「ありがとう勇者様」
ご機嫌なマインが俺の手にキスをした。
これは好感度アップ!
明日からの冒険が楽になるぞ!
装備を新調したマインと一緒に俺は町の宿屋に顔を出した。
一泊一人銅貨30枚か……。
「二部屋で」
「一部屋じゃないの?」
「勇者様……」
無言の圧力をマインが出してくる。
う……しょうがない。
「じゃあ二部屋で」
「はいはい。ごひいきにお願いしますね」
宿屋の店主が揉み手をしながら俺達が泊まる部屋を教えてくれる。
値段基準を頭に叩き込みながら、宿屋に並列している酒場で晩食を取る。
別料金の食事銅貨5枚×2を注文した。
「そういえば……」
俺は帰りがけに購入した地図を広げてマインに聞いた。
「今日、俺達が戦っていた草原はここだよな」
地図にはこの辺りの地形が記されている。錬や元康に聞いたほうが良いのかもしれないが、昨日の態度から見るに教えてくれそうに無い。
あの手の連中は他者を出し抜くのにためらいが無いのだ。俺が完全に無知なのを良いことに強力な魔物の巣へ導かれては堪ったものではない。
だからその辺りを知っていそうなマインに聞く。
「はい。そうですよ」
「昼間の話から推察するに、草原を抜けた森辺りが次の狩場か?」
地図を広げるとこの国の地形が大まかに分かる。
基本的に城を中心に草原が広がり、そこから森へ続く道と山へ続く道、他に川へ突き当たる場所や村がある道があるのだ。
あんまり大きな地図ではないので、近くの村もそんなに無い。
森の後に何があるか、この地図では予想が出来ないがこれから行く道と適正の魔物がいるのを予測しておかなくては戦いようが無い。
「ええ、この地図には載っていませんが私達が行こうとしているのは森を抜けたラファン村です」
「ふむ……そうか」
「ラファン村を抜けた先あたりに初心者用ダンジョンがあるんですよ」
「ダンジョン……」
夢が広がるな! ネトゲ基準だとモンスター狩りしかないけど。
「あまり実入りは無いでしょうが勇者様がLvを上げるには良い場所かと思います」
「なるほどね」
「装備も新調しましたし、勇者様の防御力にも寄りますが楽勝です」
「そうか、ありがとう。参考になったよ」
「いえいえ、所で勇者様? ワインは飲まないのですか?」
酒場故に酒が料理と一緒に運ばれてきたのだが、俺はまったく手をつけていなかった。
「ああ、俺はあんまり酒が好きじゃなくてな」
飲めない訳じゃない。殆ど酔わないくらい酒に強い体質だ。
で、俺は酒に酔う趣味が無いのだ。
大学のサークルとかの飲み会で、みんなへべれけになっている中、飲んでいるのに酔わず、シラフでいるうちに嫌いになった。
「そうなんですか、でも一杯くらいなら」
「悪いね。本当、嫌いなんだ」
「でも……」
「ごめんな」
「そう、ですか」
残念そうにマインはワインを引っ込めた。
「まあ、明日からの方針を相談できて助かったよ。今日は早めに休むから」
「はい、また明日」
食事を終えた俺は騒がしい酒場を後にして割り当てられた部屋に戻る。
さすがに寝るときまでくさりかたびらを着けているわけにはいかない。
脱いで椅子に立てかけておく。
「……」
銀貨の入った袋を備え付けのテーブルに置いた。
残り銀貨200枚か……先払いの宿だから199枚とちょっと。
少し心もとない気がして落ち着かないのは俺が貧乏人根性でも染み付いているのだろうか。
徐に観光地に行く日本人の如く、俺は銀貨30枚ほど盾の中に隠す。
うん。なんとなく安心したような気がしてきた。
今日は色々あったなぁ。
魔物を倒す手ごたえってあんな感じなのか。
風船を割っていただけとしか言い様が無いけど。
ベッドに腰掛け、そのまま横になる。
見慣れない天井、昨日もそうだったけど、俺は異世界に来たんだ。
ワクワクが収まらない。
これから俺の輝かしい日々が幕を開けていくんだ。
そりゃあ勇者仲間には出遅れているけれど、俺には俺の道がある。
何も最強を目指す必要は無い、出来る事をやっていけばいい。
なんだか……眠くなって来たな。酒場の方から楽しげな声が聞こえてくる。
元康っぽい声や樹らしき奴が雑談をしながら部屋を通り過ぎたような気がした。あいつらもここを宿にしたのかな。
室内用のランプに手を伸ばして消す。
少し早いけど、寝るとしよう……。
チャリチャリ……
ん~……なんだぁ。今の音?
酒場の奴ら、まだ騒いでいるのか?
むにゃ……。
ゴソゴソ……
熱いなぁ……服が引っかかる。
「ん?」
寒いなぁ……
陽光が顔を照らし、朝であるのを俺に知らせる。
眠気まなこを凝らしながら起き上がって窓の外に目を向ける。
思いのほか寝入ってしまっていたらしい。太陽がそれなりに高くなってきている。
体内時計によると、9時位かな。
「あれ?」
何時の間にか服装がインナーだけになっていた。無意識に脱いだかな?
まあ、いいや。
外の景色に目を移すと、当たり前のように人々が通りを行き交っている。
昼食の準備にと定食屋や出店が大忙しで材料を調理している光景や、馬車がトコトコと道を進んでいるのを見ると、何度だって俺は夢心地の気分にさせてくれる。
ああ、本当に異世界とは素晴らしい。
馬車には馬と鳥の二種類があるらしく。鳥はダチョウのような、某ゲームで言う所のチョ○ボみたいな生き物が引いている。
どちらかといえば馬の方が高級品のようだ。
時々、牛が引いていたりと、なんとも中世チックで素晴らしいな。
「さて、そろそろ飯にでもして旅立つか」
脱いだはずの服を探してベッドの布団を調べる。
……おかしいな。無いぞ?
椅子に立てかけていたくさりかたびらは……。
何処にも無い。
テーブルに置いた銀貨を入れた袋もなくなっている!
しかも予備の着替えにと残しておいた俺の私服さえ無い!
「な……」
まさか!
枕荒らしか!?
寝ている最中に泥棒を働くとは笑止千万だ!
この宿……警備がまったく行き届いていないとは何事か!
とにかく、仲間であるマインに急いで伝えないと!
バン! っと俺は扉を開けて、隣で寝ているはずのマインの部屋の戸を叩く。
「マイン! 大変だ! 俺達の金と俺の装備が!」
ドンドンドン!
何度叩いても一向にマインが出る気配が無い。
ザッザッザ!
なにやら騒がしい足音が廊下の方から俺に近づいてくる。
見ると城の騎士達が俺の方へやってきた。
コレは闇夜に提灯、枕荒らしに会った事を説明して、犯人を捕まえてもらおう。
まさか勇者の寝首を掻いて泥棒とは飛んだ馬鹿が居たものだ。
「あなた達は城の騎士だったよな、ちょっと話を聞いてくれないか!」
俺は騎士の方を向いて懸命にアピールする。
マイン、早く部屋から出てきてくれ、今大変な事が起こってるんだ。
「盾の勇者だな!」
「そう、だけど」
なんだよ。妙に敵愾心を感じる応答だな。
「王様から貴様に召集命令が下った。ご同行願おう」
「召集命令? いや、それよりも俺、枕荒らしに遭っちまったんだ。犯人を――」
「さあ、さっさと着いて来い!」
ぐい。
「痛いって! 話を聞けよ」
騎士達は俺の腕を掴むと半ば無理やり連行していく。
殆ど下着だっていうのになんだよ。この扱いは!
「おい、マイン! 早く――」
騎士達は俺の事情を聞かずに、俺はマインを宿屋に置いて城へ強制送還された。
先ほどの馬車は俺を連れて行くために来た物であったらしい。
こうして俺は訳の解らないまま、まるで犯罪者でも扱うかの様な視線を受け続けた
冤罪
カッコッカッコと揺られ、しばらくするとインナーのまま俺は城の前にまで連れて行かれ、騎士達が俺を槍で拘束したまま謁見の間にまで案内する。
其処にはなにやら不機嫌そうな王様と大臣。
そして……。
「マイン!」
錬と元康に樹、その他の仲間が集まっていた。
そしてマインは俺が声を掛けると元康の後ろに隠れて、こちらを睨んでいた。
「な、なんだよ。その態度」
まるで俺が悪人みたいにみんなが俺を睨んでいる。
「本当に身に覚えが無いのか?」
元康が仁王立ちで俺に詰問してくる。
一体なんだってんだ。
「身に覚えってなんだよ……って、あー!」
元康の奴、俺のくさりかたびらを着ていやがる。
「お前が枕荒らしだったのか!」
「誰が枕荒らしだ! お前、まさかこんな外道だったとは思いもしなかったぞ!」
「外道? 何のことだ?」
俺の返答に、謁見の間はまるで裁判所のような空気を醸し出した。
「して、盾の勇者の罪状は?」
「罪状? 何のことだ?」
「うぐ……ひぐ……盾の勇者様はお酒に酔った勢いで突然、私の部屋に入ってきたかと思ったら無理やり押し倒してきて」
「は?」
「盾の勇者様は、「まだ夜は明けてねえぜ」と言って私に迫り、無理やり服を脱がそうとして」
元康の後ろに居たマインが泣きながら俺を指差して弾劾する。
「私、怖くなって……叫び声を上げながら命からがら部屋を出てモトヤス様に助けを求めたんです」
「え?」
何のことだ?
昨日の晩、俺はマインと別れた後はぐっすり眠っていて身に覚えはまったく無いぞ?
泣きじゃくるマインに困惑するしかない。
「何言ってんだ? 昨日、飯を食い終わった後は部屋で寝てただけだぞ」
「嘘を吐きやがって、じゃあなんでマインはこんなに泣いてるんだよ」
「何故お前がマインを庇ってるんだ? というかそのくさりかたびらは何処で手に入れた」
昨日、初めて会った仲だろう?
「ああ、昨日、一人で飲んでいるマインと酒場で出会ってな、しばらく飲み交わしていると、マインが俺にプレゼントってこのくさりかたびらをくれたんだ」
「は?」
どうみてもそれは俺のだろう。
もちろん、マインのポケットマネーで購入した私物の可能性はゼロでは無いが俺のくさりかたびらが無くなって元康が持ってたら誰だって疑うだろう。
元康では話にならない。ここは王様に進言するとしよう。
「そうだ! 王様! 俺、枕荒らし、寝込みに全財産と盾以外の装備品を全部盗まれてしまいました! どうか犯人を捕まえてください」
「黙れ外道!」
王様は俺の進言を無視して言い放った。
「嫌がる我が国民に性行為を強要するとは許されざる蛮行、勇者でなければ即刻処刑物だ!」
「だから誤解だって言ってるじゃないですか! 俺はやってない!」
しかし、この場にいる連中全てが俺を黒だと断定して話を進めている。
ドッと自分の血が下がっていくのを感じる。
なんだコレ? 何だよコレ? 何なんだよコレ!?
身に覚えの無い事で何故俺はこんなにも罵倒されていなきゃいけないんだ?
パクパクとマインに目を向けると誰からも見られていないと踏んだのか、マインは俺に舌を出してあっかんベーっとする。
ここで俺は悟った。
そして元康を睨みつける。
腹の奥からどす黒い感情が噴出していくのを感じる。
「お前! まさか支度金と装備が目当てで有らぬ罪を擦り付けたんだな!」
元康を指差し、俺はこんなに大きく声が出るのだと自分でもびっくりする音量で言葉を発した。
「はっ! 強姦魔が何を言ってやがる」
マインを俺から見せないように庇いながら元康は恭しく被害者を助けたヒーローをアピールする。
「ふざけんじゃねえ! どうせ最初から俺の金が目当てだったんだろ、仲間の装備を行き渡らせる為に打ち合わせしたんだ!」
元康の仲間になりたかったマインにこう囁いたんだ。俺が負け組みの盾だから、マインに良いものを買い与える。そして買い与えた後、持っている金と一緒にこうして美人局をした挙句、被害者面で城に報告、俺を抹殺するつもりなんだ。
……やってくれるじゃねえか。
そもそもだ。マインは俺の事をずっと勇者様としか呼ばないくせに、元康の事は名前で呼んでいる。
これが証拠でなくて何が証拠なんだ。
異世界に勇者は一人だけで十分ってか?
「異世界に来てまで仲間にそんな事をするなんてクズだな」
「そうですね。僕も同情の余地は無いと思います」
錬と樹が俺を断罪するのに躊躇いが無い。
そうか……コイツ等、最初からグルだったんだな。盾だから、弱いから、強くないから俺を足蹴にして、少しでも自分が有利に事を運びたい と、思ってたんだ。
――汚い。
何処までも卑怯で最低な連中なんだ。
考えれば最初からこの国の奴等も俺を信じようとすらしない。
知ったことか! なんでこんな連中を守ってやらなきゃいけない。
滅んじまえ! こんな世界。
「……いいぜ、もうどうでもいい。さっさと俺を元の世界に返せば良いだろ? で、新しい盾の勇者でも召喚しろ!」
異世界? ハ!
なんで異世界に来てまでこんな気持ちにならなきゃいけないんだよ!
「都合が悪くなったら逃げるのか? 最低だな」
「そうですね。自分の責務をちゃんと果たさず、女性と無理やり関係を結ぼうとは……」
「帰れ帰れ! こんなことする奴を勇者仲間にしてられねえ!」
俺は錬、元康、樹を殺す意思をこめて睨みつけた。
本当は楽しい異世界になるはずだったんだ。なのにコイツ等の所為で台無しだ。
「さあ! さっさと元の世界に戻せ!」
すると王様は腕を組んで唸った。
「こんな事をする勇者など即刻送還したい所だが、方法が無い。再召喚するには全ての勇者が死亡した時のみだと研究者は語っておる」
「……な、んだって」
「そんな……」
「う、嘘だろ……」
今更になって三人の勇者様はうろたえてやがる。
元の世界に、帰る術が無い?
「このままじゃ帰れないだと!」
ふざけやがって!
「何時まで掴んでんだコラ!」
俺は乱暴に騎士の拘束を剥がす。
「こら! 抵抗する気か」
「暴れねえよ!」
騎士の一人が俺を殴る。
ガン!
良い音がした。けれど痛くも痒くも無い。
どうも騎士の方はそうではなかったようで殴った腕を握って痛みを堪えている。
「で? 王様、俺に対する罰は何だよ?」
腕を振り回し、痺れを治してから尋ねる。
「……今のところ、波に対する対抗手段として存在しておるから罪は無い。だが……既にお前の罪は国民に知れ渡っている。それが罰だ。我が国で雇用職に就けると思うなよ」
「あーあー、ありがたいお言葉デスネー!」
つまり冒険者としてLvを上げて波に備えろって訳ね。
「1ヵ月後の波には召集する。例え罪人でも貴様は盾の勇者なのだ。役目から逃れられん」
「分かってる! 俺は弱いんでね。時間が惜しいんだよ!」
チャリ……。
あ、そうだった。念には念をと盾に隠して置いたんだったな。
「ホラよ! これが欲しかったんだろ!」
最後に残った俺の全財産である銀貨30枚を取り出して元康の顔面に投げつけてやった。
「うわ! 何するんだ、お前――!」
元康の罵倒が聞こえてくるが知ったことではない。
城を出ると道行く住民全てが俺の方を見てヒソヒソと内緒話をしている。
ホント、噂話の伝達が早いことで。
呆れて物も言えない。
もう、全てが醜く見えて仕方が無い。
こうして俺は信頼と金……全てを失い、最悪の形で冒険が幕を開けたのだった。
堕ちた名声
あれから一週間の時が流れた。
俺は未だに城の近隣を拠点に活動している。
「おい、盾のあんちゃん」
「ああ!?」
城を飛び出し、インナー姿という半裸姿で町を歩いていると武器屋の親父に呼び止められた。
ちょうど武器屋の前を歩いていたというのも理由だが、何のようだと言うのだ。
「聞いたぜ、仲間を強姦しようとしたんだってな、一発殴らせろ」
俺の話など最初から聞くつもりの無いのか親父が怒りを露にして握り拳を作っている。
「てめえもか!」
どいつもコイツも俺の話を聞くつもりがありやしねえ。
そりゃあ、俺はこの国、この世界からしたら異世界人で常識には疎いのかもしれないが、間違っても嫌がる女を犯すような真似は絶対にしない。
あー……なんだ。武器屋の親父があのクソ女の顔に見えてきた。
今なら殴り殺せそうだ。
俺も強く拳を握って睨みつける。
「う……お前……」
「なんだよ。殴るんじゃなかったのか?」
親父は握り拳を緩めて警戒を解く。
「い、いや。やめておこう」
「そうか、命拾いしたな」
今ならどんなに攻撃力が低くても満足するまで人を殴れる自信がある。
しかし、無意味に殴るのもなんだと自分を言い聞かせ、これからの活動のために金稼ぎに行こうとする。
バルーンでも殴れば少しは気が晴れるだろう。
「ちょっと待ちな!」
「なんだよ!?」
城門を抜けて草原に行こうとする俺に武器屋の親父がまた呼び止める。
振り返ると小さな袋を投げ渡される。
「そんなカッコじゃ舐められるぜ。せめてもの餞別だ」
袋の中を確認すると少し煤けたマントと麻で作られた安物の服が入っている。
「……ちなみに幾らだ?」
「銅貨5枚って所だな。在庫処分品だ」
「……分かった。後で返しに来る」
下着で動き回るのもさすがにどうかと思っていた所だ。一応、商売として受け取ろうじゃないか。
「ちゃんと帰って来いよ。俺は金だけは信じているんでな」
「あーはいはい」
俺はマントを羽織ながら、服を着て、草原へ出るのだった。
それから俺は草原を拠点にバルーン系を討伐していった。
「オラオラオラオラオラオラオラ!」
一匹、五分掛かるが幾ら噛み付かれてもダメージを受けないので困る事態は無い。
憂さ晴らしに一日中戦って、ある程度のバルーン風船を手に入れた。
レベルアップ!
Lv2になりました。
オレンジスモールシールド、イエロースモールシールドの条件が解放されます!
そして、念には念をで色々と仕込みや下調べを日中に行う。
夕方頃になり、俺は空腹を覚えた。
渋々、城下町に戻り、魔物の素材を買い取る商人の店に顔を出した。
小太りの商人が俺の顔を見るなりへらへらと笑っていやがる。
……思いっきり足元を見るつもりだな。
見るだけで分かる。
先客が居て、色々な素材を売っていく。
その中に俺が売ろうと思っているバルーン風船があった。
「そうですねぇ……こちらの品は2個で銅貨1枚でどうでしょう」
バルーン風船を指差して買い取り額を査定している。
2個で銅貨1枚か……。
「頼む」
「ありがとうございました」
客が去り、次は俺の番になった。
「おう。魔物の素材を持ってきたんだが買い取ってくれ」
「ようこそいらっしゃいました」
語尾にヘヘヘと笑っているのが聞こえないとでも思ったのか。
「そうですねぇ。バルーン風船ですねぇ。10個で銅貨1枚ではどうでしょうか?」
5分の1! どれだけ足元を見やがる。
「さっきの奴には2個で銅貨1枚って言ってなかったか?」
「そうでしたかね? 記憶にありませんが?」
何分、うちも商売でしてねぇ……等と言い訳を続けている。
「ふーん。じゃあさ」
商人の胸倉を掴み、引き寄せる。
「ぐ、な、何を――」
「コイツも買い取ってくれよ。生きが良いからさ」
ガブ!
俺はマントの下に隠れて噛み付いているオレンジバルーンを引き剥がして商人の鼻先に食いつかせる。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!」
転げまわる商人の顔に引っ付いているバルーンを引き剥がしてやり、商人を足蹴にする。
「このままお前を草原まで引きずって、買い取って貰おうか?」
マントの下に隠していた5匹のバルーンを見せ付ける。
そう、幾ら噛み付かれても痛くも痒くも無いなら、引き剥がして誰かに引っ付けることが出来るのではないかと閃いたのだ。
我ながら名案であり、こうして交渉の役に立っている。
如何せん。攻撃力が無いので、脅しが出来ないしな。
コイツも理解するだろう。俺がそれを実行した時、自分が骨すら残らずバルーンの餌食になる未来を。
「高額で買えとは言わんよ。でも相場で買取してもらわないと話にならないからさ」
「こんな事をして国が――」
「底値更新するような値で冒険者に吹っかけた商人の末路はどうなんだ?」
そう、この手の商人は信用が第一、俺を相手ではなく、普通の冒険者相手にこんな真似をしたら殴られかねない。
しかもだ。客が来なくなるオプション付きだ。
「ぐ……」
睨み殺さんとばかりに恨みがましい目を向けていた商人だったが、諦めたのか力を抜く。
「……分かりました」
「ああ、下手に吹っかけたりせず、俺のお得意様になってくれるのなら相場より少しなら差し引いても良い」
「正直な所だと断りたい所ですが、買取品と金に罪はありません。良いでしょう」
諦めの悪い人物だと理解したのか、買取商は俺のバルーンを相場よりちょっとだけ少なめで買い取ってくれた。
「ああ、俺の噂を広めておけよ。ふざけたことを抜かす商人にはバルーンの刑だ」
「はいはい。まったく、とんだ客だよコンチクショウ!」
こうして今日の稼ぎを手に入れた俺はその足で武器屋の親父に服とマントの代金を払い。飯屋で晩飯にありついた。
ただ、何故かまったく味がしない。最初はふざけているのかと思ったが俺の味覚がどうかしているようだ。
宿? 金が無いから草原で野宿だよ! バルーンに噛み付かれていたって痛くも無いから問題ない。
次の日の朝、目が覚めると鳥葬みたいにバルーンに食いつかれていたけど、ストレス発散に殴り割りをしてやった。
朝から小銭ゲットだぜ!
それからは死に物狂いで戦わずとも金の稼ぎ方を覚えた。
まず、バルーンの戦利品以外にも売れる品を見つける。
それは草原に群生している薬草である。
薬屋の卸問屋にて売っている薬草を見て覚え、買取をしている店を見つける。
後は草原で似た草を摘んでいると、盾が反応した。徐に採取した薬草を盾に吸わせる。
リーフシールドの条件が解放されました。
そういえばウェポンブックを見ていなかったな。
俺はウェポンブックを広げて点灯している盾を確認する。
スモールシールド
能力解放! 防御力3上昇しました!
オレンジスモールシールド
能力未解放……装備ボーナス、防御力2
イエロースモールシールド
能力未解放……装備ボーナス、防御力2
リーフシールド
能力未解放……装備ボーナス、採取技能1
ヘルプで再確認する。
『武器の変化と能力解放』
武器の変化とは今、装備している伝説武器を別の形状へ変える事を指します。
変え方は武器に手をかざし、心の中で変えたい武器名を思えば変化させることが出来ます。
能力解放とはその武器を使用し、一定の熟練を積む事によって所持者に永続的な技能を授ける事です。
『装備ボーナス』
装備ボーナスとはその武器に変化している間に使うことの出来る付与能力です。
例えばエアストバッシュが装備ボーナスに付与されている武器を装備している間はエアストバッシュを使用する事が出来ます。
攻撃3と付いている武器の場合は装備している武器に3の追加付与が付いている物です。
なるほど、つまり能力解放を行うことによって別の装備にしても付与された能力を所持者が使えるようになるという事か。
熟練度はおそらく、長い時間、変化させていたり、敵と戦っていると貯まる値だろうな。
何処までもゲームっぽい世界だ。
ウンザリした思いをしつつ、リーフシールドの装備ボーナスに興味を引かれる。
採取技能1
おそらく、薬草を採取した時に何かしらのボーナスが掛かる技能だろう。
今、俺は金が無い。
とすれば、やることは一つ。どれだけ品質が良くて労力の低い物を手に入れるかに掛かっている。
俺は迷わずリーフシールドに変化させた。
シュン……という風を切るような音を立てて、俺の盾は植物で作られた緑色の草の盾に変わる。
……防御力の低下は無い。元々スモールシールド自体が弱すぎたのだ。
さて、目の前に群生している薬草を摘んでみるか。
プチ。
良い音がして簡単に摘み取れる。
ぱぁ……
何か本当に淡く薬草が光ったように見えた。
採取技能1
アエロー 品質 普通→良質 傷薬の材料になる薬草
アイコンが出て変化したのを伝えてくれる。
へー……簡単な説明も見えるのか、思いのほか便利だな。
その後は半ば作業のように草原を徘徊し袋に薬草を入れるだけでその日は終わった。
ちなみに採取をしていた影響なのか、それとも変化させて時間が経過したからかリーフシールドの能力解放は直ぐに終わった。
ついでに他の色スモールシールドシリーズもその日の内に解放済みとなる。
そして俺は城下町に戻り、袋を片手に薬の買取をしてもらう。
「ほう……中々の品ですな。これを何処で?」
「城を出た草原だよ。知らないのか」
「ふむ……あそこでこれほどの品があるとは……もう少し質が悪いと思っていましたが……」
等と雑談をしながら買取をしてもらう。この日の収入は銀貨1枚と銅貨50枚だった。
今までの収入としてはかなり多い。むしろ記録更新だ。
ちなみに酒場で飯を食っていると仲間にして欲しいと声をかけてくる奴がチラホラと出てくる。
どいつもガラの悪そうな顔の奴ばかりでウンザリした。
……あの日から何を食べても味がしない。
酒場で注文した飯を頬張りながら何度目かの味覚の欠落を自覚する。
「盾の勇者様ー仲間にしてくださいよー」
上から目線で偉そうに話しかけてくる。
正直、相手にするのもわずらわしいのだけど、目つきが、あのクソ女と同じなので腹が立ってきた。
「じゃあ先に契約内容の確認だ」
「はぁい」
イラ!!
落ち着け、ここで引き下がると何処までも着いて来るぞこの手の連中は。
「まず雇用形態は完全出来高制、意味は分かるな」
「わかりませーん」
殴り殺したくなるなコイツ!
「冒険で得た収入の中でお前等に分配する方式だ。例えば銀貨100枚の収入があった場合、俺が大本を取るので最低4割頂く、後はお前等の活躍によって分配するんだ。お前だけなら俺とお前で分ける。お前が見ているだけとかならやらない。俺の裁量で渡す金額が変わる」
「なんだよソレ、あんたが全部独り占めも出来るって話じゃねえか!」
「ちゃんと活躍すれば分けるぞ? 活躍出来たらな」
「じゃあその話で良いや、装備買って行こうぜ」
「……自腹で買え、俺はお前に装備を買ってまで育てる義理は無い」
「チッ!」
大方、俺に装備品を買ってもらって、無意味に後ろに着いてこようとしていたのだろう。
挙句の果てにどこかで逃亡して装備代を掠める。
汚いやり方だ。あのクソ女と同類だな。
「じゃあ良いよ。金寄越せ」
「あ、こんな所にバルーンが!」
ガブウ!
「いでー! いでーよ!」
酒場にバルーンが紛れ込んだと騒ぎになったけど俺の知ったことではない。騒いでいる馬鹿に噛み付くバルーンをサッと引き剥がし、食事代を置いて店を去った。
まったく、この世界にはまともな奴は居ないのか。
どいつもコイツも人を食い物にすることしか考えてない。
とにかく、そんな毎日で少しずつ金を貯め、気が付いた頃2週間目に突入した。
奴隷と言う名の物
ひーふーみー……。
2週間掛けて手に入った金額は銀貨40枚だった。
あのクソ勇者に投げつけた分と少しがやっと集まった訳か。
なんだか虚しくなって来たな。
というか俺の攻撃力じゃいける場所もたかが知れてるんだよ。
ダメージこそ受けないが一度だけ森の方へ行った事がある。
レッドバルーンだったか。
俺が素手で殴るとカンという缶を殴るような衝撃を受けた。
そして30分近く殴っても一向に割れる気配が無い。
いい加減ウンザリして森から去った。
つまり、この草原に居る程度の魔物しか俺は戦うことが出来ない訳だ。
ちなみに2週間でレベルは4まで上がった。
クソ勇者共は今頃どれだけ上がってるか知らんがな。
レッドバルーンは未だに俺の腕に喰らい付いたままガリガリと噛み切ろうと繰り返している。
森に行ったのは一週間前だったっけ?
一発殴ってみる。
カン!
「はぁ……」
攻撃力が足りない。
足りないから魔物を倒せない。
倒せないから経験値を稼げない。
稼げないから攻撃力が足りない。
嫌なループだ。
酒場から草原に出るための裏路地を歩いていた。
その日は今までと少し違う日となる。
「お困りのご様子ですな?」
「ん?」
シルクハットに似た帽子、燕尾服を着た、奇妙な奴が裏路地で俺を呼び止める。
なんていうかメチャクチャ肥満体のサングラスを着けた変な紳士。
そんな奇妙な奴だ。
中世な世界観から逸脱しており、こいつだけ浮いている印象を受ける。
ここは無視するのが良いだろう。
「人手が足りない」
ピタリ。
俺の痛いところを的確に突く言葉だ。
「魔物に勝てない」
イラっとする言葉を続ける奴だ。
「そんなアナタにお話が」
「仲間の斡旋なら間に合ってるぞ?」
金にしか目が無いクズを養う余裕なんてまったく無い。
「仲間? いえいえ、私が提供するのはそんな不便な代物ではありませんよ」
「ほう……じゃあ何だよ?」
ズイっとその男は俺に擦り寄ってきて声を出す。
「お気になります?」
「近寄るな気持ち悪い」
「ふふふ、あなたは私の好きな目をしていますね。良いでしょう。お教えします!」
もったいぶって、ステッキを振り回しながら変な紳士は高らかにシャウトする。
「奴隷ですよ」
「奴隷?」
「ええ、奴隷です」
奴隷とは、人間でありながら所有の客体即ち所有物とされる者を言う。人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる人。所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡・売買の対象とされた。
確かウィキペディアにそんな記事が書いてあった覚えがある。
この世界は奴隷の販売もあるのか。
「なんで俺が奴隷を欲していると?」
「裏切らない人材」
ピク……
「奴隷には重度の呪いを施せるのですよ。主に逆らったら、それこそ命を代価にするような強力な呪いをね」
「ほう……」
中々面白い話をするじゃないか。
逆らったら死ぬ。下手に人を利用しようとか馬鹿な考えをしない人材とはまさしく俺が欲している物なのは確かだな。
俺には攻撃力が欠けている。だから仲間が欲しい。けど仲間は裏切るから金を掛ける訳にもいかない。
だから仲間は増やせない。
だけど奴隷は裏切れない。裏切りは死を意味するから。
「どうです?」
「話を聞こうじゃないか」
奴隷商はニヤリと笑い、俺に案内をするのであった。
裏路地を歩くことしばらく。
この国の闇も相当に深いようだ。
昼間だというのに日が当たらない道を進み、まるでサーカスのテントのような小屋が路地の一角に現れる。
「こちらですよ勇者様」
「へいへい」
奴隷商は不気味なステップで歩いていく。なんていうの? スキップにしては跳躍距離が長い。
それから、奴隷商は予想通り、サーカステントの中へ俺を案内した。
「さて、ここで一応尋ねておくが、もしも騙したら……」
「巷で有名なバルーン解放でしょうね。そのドサクサに逃げるおつもりでしょう?」
ほう……そんな呼び名がつけられているのか。
まあ、たわけた連中に制裁を加えるのに便利な手段だからな。有名にもなるだろう。
「勇者を奴隷として欲しいと言うお客様はおりましたし、私も可能性の一つとして勇者様にお近付きしましたが、考えを改めましたよ。はい」
「ん?」
「あなたは良いお客になる資質をお持ちだ。良い意味でも悪い意味でも」
「どういう意味だ?」
「さてね。どういう意味でしょう」
なんとも掴み所の無い奴隷商だ。俺に何を期待しているのだろうか。
ガチャン!
という音と共にサーカステントの中で厳重に区切られた扉が開く。
「ほう……」
店内の照明は薄暗く、仄かに腐敗臭が立ち込めている。
獣のような匂いも強く、あまり環境が良くないのはすぐに分かった。
幾重にも檻が設置されていて、中には人型の影が蠢いている。
「さて、こちらが当店でオススメの奴隷です」
奴隷商が勧める檻に少しだけ近づいて中を確認する。
「グウウウウ……ガア!」
「人間じゃないぞ?」
檻の中には人間のような、皮膚に獣の毛皮を貼り付けて鋭い牙や爪を生やした様な生物……簡単に表現するなら狼男が唸り声を上げて暴れまわっていた。
「獣人ですよ。一応、人の分類に入ります」
「獣人ね」
ファンタジーでは割りと良く出てくる種類の人種だな。
主に敵としてだけど。
「俺は勇者で、この世界に疎いんでね。詳しく教えてくれないか」
他のクソ勇者のように俺は世界に詳しく無い。だから常識一つ知らないのだ。
確かに町を見ていると、時々、イヌの耳をした人種や猫の耳を生やした奴を見かけることがある。
あれを見て、あーファンタジーだなぁとは思うが、数は少ない。
「メルロマルク王国は人間種至上主義ですからな。亜人や獣人には住みづらい場所でしてね」
「ふーん……」
城下町となるとさすがに亜人、獣人を見かけるが確かに旅の行商か冒険者崩れ程度しか見かけない。つまり差別されていて、まともな職には就けないという事だろう。
「で、その亜人と獣人とは何なんだ?」
「亜人とは人間に似た外見であるが、人とは異なる部位を持つ人種の総称。獣人とは亜人の獣度合いが強いものの呼び名です。はい」
「なるほど、カテゴリーでは同じという訳か」
「ええ、そして亜人種は魔物に近いと思われている故にこの国では生活が困難、故に奴隷として扱われているのです」
何処の世の中にも闇がある。しかも人間では無いという認識のある場所ではこれほど都合の良い生き物は居ないという事か。
「そしてですね。奴隷には」
パチンと奴隷商が指を鳴らす。すると奴隷商の腕に魔法陣が浮かび上がり、檻の中に居る狼男の胸に刻まれている魔法陣が光り輝いた。
「ガアアア! キャインキャイン!」
狼男は胸を押さえて苦しみだしたかと思うと悶絶して転げまわる。
もう一度、奴隷商がパチンと鳴らすと狼男の胸に輝く魔法陣は輝きを弱めて消えた。
「このように指示一つで罰を与えることが可能なのですよ」
「中々便利な魔法のようだな」
仰向けに倒れる狼男を見ながら俺は呟く。
「俺も使えるのか?」
「ええ、何も指を鳴らさなくても条件を色々と設定できますよ。ステータス魔法に組み込むことも可能です」
「ふむ……」
中々便利な設計をしているじゃないか。
「一応、奴隷に刻む文様にお客様の生体情報を覚えさせる儀式が必要でございますがね」
「奴隷の飼い主同士の命令の混濁が無いために、か?」
「物分りが良くて何よりです」
ニイ……っと奴隷商は不気味に笑う。
変な奴だ。
「まあ、良いだろう。コイツは幾らだ?」
「何分、戦闘において有能な分類ですからね……」
金銭において俺の噂は絶えないだろう。下手に吹っかけても買う気は無い。
「金貨15枚でどうでしょう」
「相場が良く分からないが……相当オマケしているのだろうな?」
金貨1枚は銀貨100枚相当に匹敵する。
王様がバラで渡したのには理由がある。金貨はその単位の大きさゆえ、両替に困る特色を持っている。
城下町で売っている装備品は基本的に銀貨で買ったほうが店の方も対処が楽なのだ。
「もちろんでございます」
……。
俺の凝視に奴隷商も笑顔で対応する。
「買えないのを分かっていて一番高いのを見せているな?」
「はい。アナタはいずれお得意様になるお方、目を養っていただかねばこちらも困ります。下手な奴隷商に粗悪品を売られかねません」
どっちにしても怪しい奴だ。
「参考までにこの奴隷のステータスはコレでございますよ」
小さな水晶を奴隷商は俺に見せる。するとアイコンが光り、文字が浮かび上がる。
戦闘奴隷Lv75 種族 狼人
その他色々と取得技能やらスキルやらが記載されている。
75……俺のレベルの20倍近い。
こんな奴が配下に居たらどれだけ楽に戦えるか分からないな。
おそらく、他の勇者よりも現時点では強いだろう。
金銭の割に合うかと聞かれれば怪しいラインか。
そもそも、健康状態もあまり良くなさそうなのは元より、命令に従っても普段の行動に支障をきたしそうな奴だ。
迷惑料を差し引いてこの値段なのだろう。
「コロシアムで戦っていた奴隷なのでしたがね。足と腕を悪くしてしまいまして、処分された者を拾い上げたのですよ」
「ふむ……」
これで粗悪品という事か。
Lvに見合わない程度か。
「さて、一番の商品は見てもらいました。お客様はどのような奴隷がお好みで?」
「安い奴でまだ壊れていないのが良いな」
「となると戦闘向きや肉体労働向きではなくなりますが? 噂では……」
「俺はやっていない!」
「ふふふ、私としてはどちらでも良いのです、ではどのような奴隷がお好みです?」
「変に家庭向きも困る。性奴隷なんて持っての他だ」
「ふむ……噂とは異なる様子ですね勇者様」
「……俺はやってない」
ああ、俺は何だって言える。俺はしていない。
俺に今必要なのは俺の代わりに敵を倒すことが出来る奴だけだ。
それは別に使えれば何だって良いんだ。
「性別は?」
「出来れば男が良いが問わない」
「ふむ……」
奴隷商はポリポリと頬を掻く。
「些か愛玩用にも劣りますがよろしいので?」
「見た目を気にしてどうする」
「Lvも低いですよ?」
「戦力が欲しいなら育てる」
「……面白い返答ですな。人を信じておりませんのに」
「奴隷は人じゃないんだろ? 物を育てるなら盾と変わらない。裏切らないのなら育てるさ」
「これはしてやられましたな」
クックックと奴隷商は何やら笑いを堪えている。
「ではこちらです」
そのまま、檻がずっと続く小屋の中を歩かされること数分。
ギャーギャーと騒がしい区域を抜けると、今度はビービーとうるさくなってきた。
不意に視線を向けると小汚い子供や老人の亜人が檻で暗い顔をしている。
そしてしばらく歩いた先で奴隷商は足を止めた。
「ここが勇者様に提供できる最低ラインの奴隷ですな」
そうして指差したのは三つの檻だった。
一つ目は片腕が変な方向に曲がっているウサギのような耳を生やした男。見た限りの年齢は20歳前後。
二つ目はガリガリにやせ細り、怯えた目で震えながら咳をする、犬にしては丸みを帯びた耳を生やし、妙に太い尻尾を生やした10歳くらいの女の子。
三つ目は妙に殺気を放つ、目が逝っているリザードマンだ。ただ、なんかリザードマンにしては人に近い気がする。
「左から遺伝病のラビット種、パニックと病を患ったラクーン種、雑種のリザードマンです」
なるほど、三つ目は雑種、混血か。
「どれも問題を抱えている奴ばかりだな」
「ご指名のボーダーを満たせる範囲だと、ここが限界ですな。これより低くなると、正直……」
チラリと奥のほうに目を向ける奴隷商。俺も視線を向ける。
遠目でも分かる、死の臭い。
葬式で微かに臭う、あの臭いの濃度が濃い。あの先には何かが充満している。
なんとなく腐敗臭もしてきている。
あそこは目に入れると心が病みそうだ。
「ちなみに値段は?」
「左から銀貨25枚、30枚、40枚となっております」
「ふむ、Lvは?」
「5、1、8ですね」
即戦力を見たら混血のリザードマン、値段を見たら遺伝病か。全体的にやせ細っているな。
ラビット種と呼ばれた男は片腕が使えなくても他の部位は問題がなさそう。
表情は暗いが……ここに居る奴隷はみんな同じだ。
「そういえば、ここの奴隷はみんな静かだな」
「騒いだら罰を与えます故」
「なるほど」
しつけは出来ているのか、もしくはしつけが出来ない奴隷を俺には見せていないか。
リザードマンは戦力としては役に立つだろうが、他はダメだろうな。
「この真ん中のはなんで安いんだ?」
ガリガリに痩せていて、怯えているが、見た感じ少女だ。顔は……良い方では無いけど。
ラクーン種、直訳だとアライグマかタヌキか。
それでも人に近い外見の女の子なら別の購買層が喜びそうだ。
「ラクーン種と言う見た目が些か悪い種族ゆえ、これがフォクス種なら問題ありでも高値で取引されるのですが」
「ほう……」
愛玩用の粗悪品で値下がっている訳か。
「顔も基準以下でしかも夜間にパニックを起します故、手を拱いているのです」
「在庫処分の中でまともな方がコレか?」
「いやはや、痛いところを突きますな」
他の奴隷に比べて労働向きでは無い。
Lvも一番低いと来たものだ。
どれが良いものか。
悩む所ではある。
ラクーン種の奴隷と目が会う。
そこで俺は心の底から湧き上がる感情に気が付いた。
そうだ。コイツは女、あのクソ女と同じ性別なんだよな。
怯えるその目を見て、なんとも支配欲を刺激される。
あの女を奴隷にしたと思うのなら良いかも知れないなぁ……。
死んだら死んだで憂さも少しは晴れるだろうし。
「じゃあ真ん中の奴隷を買うとしよう」
「なんとも邪悪な笑みに私も大満足でございますよ」
奴隷商は檻の鍵を取り出してラクーン種の女の子を檻から出して首輪に繋ぐ。
「ヒィ!?」
怯える女の子を見て、なんとも満たされた気持ちになっていくのを俺は感じていた。
あの女がこんな顔をしている光景を想像すると何だか気持ちがよくなってくる。
それから鎖で繋がれた女の子を引きずって、元来た道を戻り、少し開けたサーカステント内の場所で奴隷商は人を呼び、インクの入った壷を持ってこさせる。
そして小皿にインクを移したかと思うと俺に向けて差し出す。
「さあ勇者様、少量の血をお分けください。そうすれば奴隷登録は終了し、この奴隷は勇者様の物です」
「なるほどね」
俺は作業用のナイフを自分の指に軽く突き立てる。
誰かに刃物を突きつけられると盾は反応するが自分の攻撃には意味が無いらしい。
そして戦闘での使用では無い場合。盾は反応しない。
血が滲むのを待ち、小皿にあるインクに数滴落とす。
奴隷商はインクを筆で吸い取り、女の子が羽織っていた布を部下に引き剥がさせて、胸に刻まれている奴隷の文様に塗りたくる。
「キャ、キャアアアアアアアアア……!」
奴隷の文様は光り輝き、俺のステータス魔法にアイコンが点灯する。
奴隷を獲得しました。
使役による条件設定を開示します。
ズラーっと色々と条件が載っている。
俺はざっと目を通し、寝込みに襲い掛かるや、主の命令を拒否するなどの違反をした場合、激痛で苦しむように設定する。
ついでに同行者設定というアイコンが奴隷項目以外の所で目に入ったのでチェックを入れる。
奴隷A、名前が分からないからこう書かれている。
どうやら任意で条件を変更できるようだから、後で細かく指示するとしよう。
「これでこの奴隷は勇者様の物です。では料金を」
「ああ」
俺は奴隷商に銀貨31枚渡す。
「1枚、多いですよ?」
「この手続きに対する手数料だ。搾り取るつもりだったんだろう?」
「……よくお分かりで」
先に払いましたという顔をすればあちらも文句は言い辛い。
これで尚、俺から毟り取るつもりなのなら……どうしたものか。
「まあ、良いでしょう。こちらも不良在庫の処分が出来ました故」
「ちなみに、あの手続きはどれくらいなんだ?」
「ふふ、込みでの料金ですよ」
「どうだかな」
奴隷商が笑うので俺は笑い返してやった。
「本当に食えないお方だ。ぞくぞくしてきましたよ」
「どうとでも言え」
「では、またのご来店を楽しみにしております」
「ああ」
俺はよろよろと歩く奴隷に来るように命令してサーカステントを後にする。
暗い面持ちで奴隷は俺の後を着いて来る。
「さて、お前の名前を聞いておこうか」
「……コホ……」
顔を逸らして返答を拒否する。
だが、その行動は愚かだ。
俺の命令を拒否した場合、奴隷としての効果が発動する。
「ぐ、ぐう……」
奴隷は胸を押さえて苦しみだした。
「ほら、名前を言え」
「ラ、ラフタリア……コホ、コホ!」
「そうか、ラフタリアか、行くぞ」
名前を言ったので楽になったラフタリアは呼吸を整える。
そして俺はラフタリアの手を掴んで路地裏を進むのだった。
「……」
ラフタリアは手を繋ぐ俺を上目遣いで見つめながら歩いていく……。
お子様ランチの旗
「アンタ……」
武器屋に顔を出すと親父がラフタリアを連れた俺を見て絶句しながら声を絞り出す。
そう、俺が欲しいのは戦う物……攻撃力なのだ。
武器を買わせなければ話にならない。
「コイツが使えそうで銀貨6枚の範囲の武器を寄越せ」
「……はぁ」
武器屋の親父は深い溜息を吐いた。
「国が悪いのか、それともアンタが汚れちまったのか……まあいいや、銀貨6枚だな」
「後は在庫処分の服とマント、まだ残ってるか?」
「……良いよ。オマケしてやる」
武器屋の親父が嘆かわしいと呟きながら、ナイフを数本持ってくる。
「銀貨6枚だとコレが範囲だな」
左から銅、青銅、鉄のナイフだ。
グリップの範囲でも値段が変わるようだ。
俺はラフタリアの手に何度もナイフを持ち比べさせ、一番持ちやすそうなナイフを選ぶ。
「これで良い」
ナイフを持たされて顔面蒼白のラフタリアは俺と親父に視線を送る。
「ホラ、オマケの服とマント」
親父はぶっきらぼうに俺にオマケの品を渡し、更衣室へ案内させる。
ナイフを没収した後、ラフタリアにオマケの品を持たせて行く様に指示する。
よろよろと咳をしながらラフタリアは更衣室に入り、着替える。
「まだ小汚いな……後で行水でもさせるか」
草原の近くに川が流れている。
この国にも通る川とは上流から分岐した川で、最近では俺の生息地域はそこにシフトしている。
魚を釣れば食料にも困らないので良い場所だ。
手づかみでも取れるくらい魚が居て、フィッシュシールドと言う解放効果、釣り技能1という盾も既に取得している。
おずおずと着替えを終えたラフタリアは俺の方へ無言で駆けてくる。
命令無視は痛みを伴うのが分かっているのだろう。
俺はラフタリアの視線にまで腰を降ろして話しかける。
「さて、ラフタリア、これがお前の武器だ。そして俺はお前に魔物と戦う事を強要する。分かるな?」
「……」
ラフタリアは怯える目を向けながらコクリと頷く。
そうしないと苦しくなるからだ。
「じゃあ、ナイフを渡すから――」
俺はマントの下で食いついているオレンジバルーンをラフタリアの前に見せ付けて取り出す。
「これを刺して割れ」
「ヒィ!?」
俺が魔物を隠していた事にラフタリアは武器を取り落としそうになるほど驚いた声を上げる。
「え……い……いや」
「命令だ。従え」
「い、いや」
ブンブンと首を振るラフタリア。しかしラフタリアには命令を拒むと苦しむ魔法が掛けられている。
「ぐ……」
「ほら、刺さないと痛くなるのはお前だぞ」
「コホ……コホ!」
苦痛に顔を歪ませるラフタリアは震える手に力を込めて武器を握り締める。
「アンタ……」
その様子を武器屋の親父は絶句しながら見下ろしていた。
ラフタリアはしっかりと攻撃の意志を持って、俺に喰らいつくオレンジバルーンを後ろから突き刺した。
ブニ……。
「弱い! もっと力を入れろ!」
「……!? えい!」
突きが跳ね返されたラフタリアは驚きながら勢いを込めてバルーンにもう一度突きを加える。
バアン!
大きな音を立ててバルーンは弾けた。
EXP1
同行者が敵を倒したのを理解させるテロップが俺の視界に浮かび上がる。
ここで一つ、俺は殺意が浮かんだ。
あのクソ女。俺と同行しているつもりも無ければシステム的なことをするつもりすらなかったという事か。
「よし、良くやった」
ラフタリアの頭を撫でてやる。
するとラフタリアは不思議そうな顔をして俺に顔を向けた。
「じゃあ次はこれだ」
俺に一週間近く喰らいついている一番強いバルーン。レッドバルーンを掴み、先ほどと同じように見せ付ける。
一週間、飲まず食わずで噛み付いているレッドバルーンは少し弱ってきているようだ。
これならLv1のひ弱な少女の攻撃だって耐えられないだろう。
コクリと頷いたラフタリアは先ほどよりもしっかりした目でバルーンを後ろから突き刺す。
バアン!
EXP1
同行者EXP6
と、アイコンが目に入った。
「よし、どうやら戦えるようだな、行くとしよう」
「……コホ」
武器を腰にしまうように指示を出し、ラフタリアは素直に従う。
「あーあれだ。言わせてくれ」
「なんだ?」
親父が俺を睨みつけながらほざく。
「お前、絶対、ろくな死に方しないぞ」
「お褒めに与り光栄です」
嫌味には嫌味で返してやった。
店を出た俺はその足で草原の方へ向う為、露店街を進む。
ラフタリアは町並みをキョロキョロとしながら手を繋いで隣を歩く。
その途中で食い物屋の屋台の匂いが鼻を刺激する。
所持銀貨、あと3枚……そういえば小腹が空いてきたな。
ぐう……。
ラフタリアの方からそんな音が聞こえてくる。
顔を向けると、
「あ!」
ブンブンと違うと主張する。
何を我慢しているのだろうか。
今は、ラフタリアが敵を仕留めてくれないと俺の稼ぎにならない。
刃の無いナイフは必要無い。腹が空かれて力が出ないでは困る。
俺は手ごろな定食屋を探して店に入る。
「いらっしゃい……ませ!」
ボロボロの格好なので、店員は嫌な顔をしつつ、座る場所へ案内してくれる。
その途中、ラフタリアは別の席に座っている親子を眺めていた。
そして子供がおいしそうに食べているお子様ランチのようなメニューを羨ましそうに指を銜えている。
アレが食べたいのか。
席に座った俺達は、店員が去る前に注文する。
「えっと、俺はこの店で一番安いランチね。こいつには、あそこの席にいる子供が食べてるメニューで」
「!?」
びっくりした表情で俺を見つめるラフタリア。何かそんなに驚くようなものでもあったのだろうか?
「了解しました。銅貨9枚です」
「ほい」
銀貨を渡し、お釣りを貰う。
ぼんやりとメニューが運ばれてくるのを待ちながら店内を見渡す。
……
俺の方を見ながらヒソヒソと内緒話をする連中が多いな。
まったく、とんだ異世界だ。
「なん、で?」
「ん?」
ラフタリアの声が聞こえたので視線を下げる。
するとラフタリアは不思議そうな顔で俺を見つめていた。
「お前が食いたいって顔してたからだろ。別のを食いたかったか?」
ラフタリアはブンブンと頭を横に振る。
微妙にフケが飛ぶな。
「なん、で、食べさせてくれるの?」
「だから言ってるだろ、お前が食べたいって顔しているからだ」
「でも……」
何をそんなに意固地になっているのか。
「とにかく飯を食って栄養をつけろ。そんなガリガリじゃこの先、死ぬぞ」
まあ、死んだらそれまでの稼ぎで新しい奴隷を買うだけだけどな。
「お待たせしました」
しばらくして注文したメニューが運ばれてきた。
俺はラフタリアの前にお子様ランチ?を置いて自分の飯(ベーコン定食?)に手を伸ばす。うん。味がしない。
「……」
ラフタリアがお子様ランチ?を凝視しながら固まっている。
「食べないのか?」
「……良いの?」
「はぁ……良いから食べろ」
俺の命令にラフタリアの顔が少し歪む。
「うん」
恐る恐ると言った様子でラフタリアはお子様ランチ(?)に素手でかぶりつく。
ま、育ちの悪い子はしょうがないよな。
何やらヒソヒソ話が大きくなっているような気がするけど、気にする必要も無い。
チキンライスっぽい主食の上にある旗をラフタリアは大事そうに握っている。
もぐもぐもぐ。
一心不乱に食べるラフタリア。
俺はそんな奴隷との食事をしながら、これからの方針を頭に浮かべているのだった。
奴隷の成果
食事を終えた俺達は店の外に出て、草原に出る。
道中、ラフタリアは機嫌が良いようで鼻歌を歌っていた。
が、草原に出るや、怯えた目をして震えだす。
「怯えるな、絶対に魔物からは守ってやるから」
俺の言葉にやはりラフタリアは首を傾げる。
「ほら、俺は雑魚にかまれている位じゃ痛くも痒くも無いんだ」
マントの下に隠していたバルーンを数匹見せるとラフタリアはビクっと驚く。
「痛くない、の?」
「全然」
「そう……」
「行くぞ」
「うん……コホ……」
咳が気になるが、まあ大丈夫だろう。
草原で薬草を摘みながら、森の方へ向う。
お、出てきた出てきた。
レッドバルーンが3匹、森の茂みから飛んでくる。
俺はラフタリアが噛まれない様注意しながらレッドバルーンを食いつかせる。
「ほら、さっきやったようにナイフで刺すんだ」
「……うん!」
幾分かやる気を出したラフタリアは勢い良く、レッドバルーンを後ろから突き刺した。
バアン! バアン! バアン!
この時の戦闘でラフタリアのLvが2に上昇した。
レッドスモールシールドの条件が解放されました。
レッドスモールシールド
能力未解放……装備ボーナス、防御力4
即座に盾を変化させる。
するとラフタリアは目を丸くさせて盾を見ていた。
「ご主人様は……何なのですか?」
俺が盾の勇者だと知らないのか。まあ、亜人で奴隷だしな。
「勇者だよ。盾のな」
「勇者ってあの伝説の?」
「知っているのか?」
ラフタリアはコクリと頷く。
「そうだ、俺は召喚された勇者。他に三人居る中で……一番弱いけどな!」
俺は自分の手を爪が食い込む程握り、半ば八つ当たりの様な態度を取った。
あいつ等の顔が頭に浮かんできて殺意しか湧かない。
ラフタリアが怯えた目を見せるので、これ以上は話さなかった。
「とりあえず、今日はこの森で魔物を退治するのが仕事だ。俺が押さえるからお前は刺せ」
「うん……」
多少馴れてきたのか、ラフタリアは素直に頷いた。
そうして、森の中を探索しながら出会う敵出会う敵を俺が矢面に立ち、ラフタリアに倒させる戦闘スタイルで進んでいった。
途中、バルーン以外の敵と初めて遭遇。
ルーマッシュ。
白い、動くキノコだった。何か目つきが鋭くて、大きさは人の頭くらい。
試しに殴ってみたけど、レッドバルーンと同じ手ごたえ。
これもラフタリアに倒させた。
他に色違いのブルーマッシュなる敵とグリーンマッシュが居た。
マッシュシールドの条件が解放されました。
ブルーマッシュシールドの条件が解放されました。
グリーンマッシュシールドの条件が解放されました。
マッシュシールド
能力未解放……装備ボーナス、植物鑑定1
ブルーマッシュシールド
能力未解放……装備ボーナス、簡易調合レシピ1
グリーンマッシュシールド
能力未解放……装備ボーナス、見習い調合
ステータスボーナスでは無く、どれも技能系のボーナスのようだ。
調合か……薬を卸す時に役立ちそうなスキルだな。
この日の内にラフタリアのLvが3、俺は5に上がる。
夕方、草原を歩きつつ、野宿する川辺に歩いていった。
「コホ……」
ラフタリアは文句を言わずに俺に着いて来る。
まあ、しばらくはまた金稼ぎに精を出さないとダメだろう。
川辺に到着した俺は、袋からタオルを取り出してラフタリアに渡し、薪を組み火を付ける。
「とりあえず行水してこい。凍えたら火で体を温めろよ」
「……うん」
ラフタリアは服を脱ぎ、川に入って行水を始めた。
俺はその間に釣りを始めて、晩飯の準備を始める。
その間にもラフタリアにはちゃんと目を向けておく。
何だかんだでこの辺りはバルーンが湧く、注意しておくに越したことは無い。
俺は今日の収穫物に目を向ける。
草原産の薬草、結構な量。
草原では生えていなかった薬草、結構な量。
バルーン風船、それなり。
各種マッシュ、それなり。
解放した盾、4種。
うん。明らかに効率が違う。
奴隷を購入して正解だったな。
そうだ。調合とやらに挑戦してみるか。
簡易レシピを呼び出す。
其処には俺の持っている薬草で作れる範囲の組み合わせが載っていた。
機材は……川辺にある板みたいな岩と小石で擦り合わせばどうにかなるだろう。乳鉢で作れるレシピに挑戦しよう。
コツがあるのだろうけど、簡易レシピには載ってない。
ゴリゴリゴリ……。
薬草を売っている店で店主が調合していた組み合わせを見よう見真似でやってみる。
ヒール丸薬が出来ました!
ヒール丸薬 品質 悪い→やや悪い 傷の治療を早める丸薬、傷口に塗ることで効果を発揮する。
俺の目の前にそんなアイコンが浮かぶ。
よし、成功だ。
盾が反応しているけど、今はまだ吸わせない。
一応、知らない組み合わせにも挑戦する。
時々失敗して真っ黒なゴミになるが、意外と面白いな。
パチパチパチ……。
火が弾ける音が聞こえる。
見ると行水を終えたラフタリアが焚き火で温まっていた。
「温まったか?」
「うん。コホ……」
どうも風邪っぽいな。奴隷商も病持ちとか言っていた。
そういえば……作った薬の中に風邪薬があったな。
常備薬 品質 やや良い。 軽度の風邪になら効果がある薬。
「ほら、これを飲め」
軽度って所が気になるが、無いよりマシだ。
「……苦いから、嫌……ぐ……」
愚かにもワガママを言おうとしてラフタリアは胸に手を当てて苦しむ。
「ほら」
「は、はい」
震えながらラフタリアは俺が渡した薬を思いっきり飲み込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「よしよし、良く飲んだな」
頭を撫でてやるとやはりラフタリアは不思議な表情で俺をぼんやりと見つめる。
あ、タヌキの耳はふかふかだ。
尻尾の方に目を移すと何をするのか察したのか、頬を染め、触らせないとばかりに尻尾を抱き締めて拒絶された。
「ほら、晩御飯だ」
俺は焼きあがった魚をラフタリアに渡し、調合作業に戻る。
こういう、微妙な作業は昔から好きなんだ。
日が完全に落ち、焚き火の明かりで調合を続ける。
ふむ……色々と作れるようで面白いな。
魚を食べ終えたラフタリアはウツラウツラと眠そうに火を凝視している。
「寝てもいいぞ」
俺の指示にラフタリアは首を何度も振る。
あれか? 寝たくないと駄々を捏ねる子供みたいな……て、子供か。
放っておいても勝手に寝るだろう。
そういえば、常備薬が少しは効果があったのか? 先ほどから咳が出ていない。
一頻り調合に挑戦し、あらかた出来る薬を調べた。
内、粗悪品になってしまった物は盾に吸わせて変化させる。
プチメディシンシールドの条件が解放されました。
プチポイズンシールドの条件が解放されました。
プチメディシンシールド
未解放……装備ボーナス、薬効果上昇
プチポイズンシールド
未解放……装備ボーナス、毒耐性(小)
どっちもリーフシールドとマッシュシールドから繋がる盾だ。薬効果上昇は良く分からない効果だな。
俺自身が薬を使って効果があるのか、俺が作った薬の効果が上昇するのか。
まあ、良い。
今日は収穫が多くて助かったのは間違いないのだから。
「いや……助けて……」
ラフタリアが変な声を上げた。
見ると眠っているラフタリアがうなされている。
「いやぁあああああああああああああああああああああ!」
キーンと耳が遠くなるのを感じた。
やばい、声に釣られてバルーンが来るかもしれない。
急いでラフタリアの元へ行き、口を塞ぐ。
「んーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
それでも漏れる声が大きくて、奴隷商が問題ありと言っていた意味を悟る。
確かにこれは大変だ。
「落ち着け、落ち着くんだ」
俺は夜泣きするラフタリアを抱え上げて、あやす。
「いやぁ…………さん。……さん」
親を呼んでいるのだろうか、ラフタリアはずっと涙を流して手を前に出して助けを求める。
「大丈夫……大丈夫だから」
頭を撫で、どうにかあやし続ける。
「泣くな。強くなるんだ」
「うう……」
泣き続けるラフタリアを抱き締める。
「ガア!」
そこに声を聞き届けたバルーンが現れた。
「ふ……」
まったく、こんな時に。
俺はラフタリアを抱き抱えながら、バルーンに向って走るのだった。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
チュン……チュン!
「朝か」
大変な夜だった。
群で来たバルーンを割り終わった頃、ラフタリアの夜泣きは小さくなったのだけど。少しでも離れると、大声で泣くのだ。
するとまたバルーンが沸く。
それでろくすっぽ眠ることも出来なかった。
「ん……」
「おきたか?」
「ひぃ!?」
俺に抱き抱えられていたのに驚いてラフタリアは大きく目を見開く。
「はぁ……疲れた」
城門が開くまでまだ少し時間がある。今なら仮眠くらい取れるだろう。
今日、するのは昨日作った薬の買取額と、摘んだ薬草の代金の差だ。
薬にして売るよりも薬草の代金の方が高いなら作る必要が無い。
「少し寝るから、朝飯は……魚の残りで良いか?」
コクリとラフタリアは頷く。
「じゃ、おやすみ。魔物が来たら起こせ」
目を開けているのも苦痛の俺は直ぐに眠りの世界に誘われるのだった。
ラフタリアが何に怯えているのかは分からない。聞くつもりも無い。
大方、親に身売りにされたショックか、連れ去られたのだろうな。
後者でも返す義理は無い。こっちだって高い金を払って奴隷を購入したのだから。
恨まれたっていい。俺も生きなくてはならない。
元の世界に帰るための手段を探さなきゃいけないんだ。
お前の物は俺の物
日が大分上がった頃、俺の目が覚めるのをラフタリアは待っていた。
「城下町に行くの? コホ」
「ああ」
また咳が出ている。
俺は無言で常備薬を渡すと、ラフタリアは渋い顔をしながら薬を飲む。
それから薬屋に買取を申請する。
「ふむ……品質は悪くありませんね。勇者様は薬学に精通しているので?」
もはや馴染みの客になっている気もするが、俺は作った薬を見てもらう。
「いや、昨日初めて作った。直接薬草を売るのとどっちが儲かる?」
「難しい塩梅ですな。小回りが利く薬草の方が使いやすいですが、薬も薬で助かる場合も多い」
ラフタリアを見て渋い顔をする薬屋だが、下手に足元を見たり嘘を付くと見抜かれると理解しているのか素直に話す。
「最近は予言の影響で薬の売れ行きが良いので、今のところですが薬の買取額の方が高いですよ」
「ふむ……」
失敗した時のリスクと買い取り額、道具を揃えるとなるとどれだけの金額が飛ぶか分からないな。
でも時代が時代だ。揃えておいて、損は無い。
「なあ、もう使わない道具は無いか?」
「……2週間、薬草を売りに来ている辺りで、言うと思いましたよ」
薬屋は笑っているのか分からない顔で俺の返答を理解していた。
今回は授業料という条件で薬草はタダ、薬は買取、中古の機材を譲ってくれた。
乳鉢のほかにも色々と道具を貰う。
薬研とか、計量系にフラスコに蒸留器など。
新品で買ったらそれなりの値になりそうなものまで。
「あくまで倉庫に眠っていた中古品ですから、いつ壊れるか分かりませんよ」
「初心者には良い道具だろ」
とにかく、これで調合にも挑戦できるようになった。
後はバルーン風船の処分だけだ。
買取商人にバルーン風船を買い取って貰う途中。
横を通り過ぎる子供が目に入る。
割れたバルーン風船を縫い合わせて風船が売り出されているようだ。子供がバルーンをポンポンとボールのようにして遊んでいる。
それをラフタリアは羨ましそうな目で見ている。
「なあ、あれって」
「はい?」
買取商人に子供が持っているボールを指差して尋ねた。
「ええ、バルーン風船の利用先ですが」
「なるほど、買い取り額から差し引いて1個分作ってくれないか?」
「え、まあ……よろしいですが」
買取商人は売却した物を受け取り売買金額をこちらに寄越す。そしてバルーン風船で作られたボールを1個くれる。
「ほら」
受け取ったボールを俺はラフタリアに投げ渡した。
ラフタリアはボールと俺の顔を何度も交互に見て、目を丸くさせる。
「なんだ? いらないのか?」
「う、ううん」
ラフタリアは首を何度も振って嬉しそうに笑った。
初めて笑ったな。
「今日の分の仕事が終わったら、遊んでいて良いからな」
「うん!」
何か元気になって来たようだな。良い傾向だ。
ラフタリアが元気になって得をするのは俺だからな。
それから俺達は昨日の森まで歩いていき、採取と魔物退治を繰り返した。
俺自身の防御力の高さで行ける範囲を拡張する。
……森を進んだ先には村があるらしいが、あのクソ女が勧めた道は腹が立つので却下した。
割りと幸先良く、色々な物が見つかり、余裕がありそうなので山の近くまで範囲を伸ばした。
お? 見慣れない敵を発見。
卵みたいな生き物だ。
生態系的にバルーンの親戚っぽいな。
「初めて戦う魔物だ。俺が先行して様子を見る。大丈夫そうだったら突くんだぞ」
「うん!」
良い返事だ。
俺は魔物に向って走り、魔物もこちらに気づいて、牙を向く。
ガン!
やっぱりノーダメージ。痛くも痒くも無い。
そのまま羽交い絞めにしてラフタリアが刺しやすいよう構える。
「たあ!」
昨日よりも勢いのある突きが魔物を貫く。
エグッグ
これが先ほどの敵だった。
エグッグはパリンと砕け散り、中から黄身を飛び散らせる。
「ぶえ、気持ち悪!」
これは殻が売れるのか? もったいないなぁ。
匂いも腐ってるっぽいし、食べるのは無理かな。
殻は一応盾に吸わせる。
同様に数匹、エグッグは現れたので手馴れた感じでラフタリアが刺して倒していった。
エッグシールドの条件が解放されました。
エッグシールド
能力未解放……装備ボーナス、調理1
また技能系のスキルが出た。
今度は料理か。
そしてやっぱり色違いの魔物が出て、俺達は狩り続けた。
ブルーエッグシールドの条件が解放されました。
スカイエッグシールドの条件が解放されました。
ブルーエッグシールド
能力未解放……装備ボーナス、目利き1
スカイエッグシールド
能力未解放……装備ボーナス、初級料理レシピ
なんでこう、技能系ばかり出てくるのかね。
倒す敵によるのか?
まあ、その間にも見慣れぬ薬草とか色々と採取して行ってるけど。
山に入りきるにはちょっと日が暮れそうだ。
今はまだ、ラフタリアの装備に不安が残る。
で、本日の収穫。
俺、Lv8
ラフタリア Lv7
くそ。何か追いつかれ始めた。
倒しているのはラフタリアなのでしょうがないが。
ぐう……。
「お腹空いた……」
ラフタリアが困った顔で俺に言う。
「そうだな、帰ったら飯にするか」
探索を切り上げ、俺達は城下町に引き返した。
城下町に入ると、調合で使えそうも無いエグッグの殻類を買い取りして貰う。
昼間に売った分と合わせて銀貨9枚にもなった。
あの殻に何の使用用途があるのか些か疑問であるが思いのほか高く買い取ってくれたのは幸いだ。
薬草と薬も良い感じに売れたし、今日は何を食うかな。
と、思っているとラフタリアが屋台を見て涎を垂らしていた。
甘やかすつもりはないが値段相応の働きはしている。まあいいだろう。
「今日はそれにするか」
「え? 良いの?」
「食べたいんだろ?」
俺の問いにラフタリアはコクンと頷く。
素直になってきたな。
「ケホ……」
また咳が出てきている。
無言で常備薬を渡し、屋台で売っているマッシュポテトを固めて串に通したような食べ物を注文した。
「ほら、良く頑張ったな」
俺が串を渡すと薬を飲み終えたラフタリアは嬉しそうに受け取り、頬張る。
「ありがとう!」
「お、おう……」
……元気になって何よりだ。
もぐもぐと食い歩きしながら、俺は安宿を探して入る。
「今日はここに泊まるの?」
「ああ」
ラフタリアの夜泣きで徹夜は勘弁してほしいし、バルーンとの戦いは骨が折れる。
宿の中に入る。
店主は俺を見るなり、露骨に顔を歪ませるが、即座に営業スマイルで対応する。
「ちょっと連れが夜泣きするかもしれないが泊めてくれないか?」
半ば脅しと言わんばかりにマントの中に隠したバルーンをチラつかせる。
「そ、それは――」
「頼めるよな? 出来る限り静かにさせる」
「は、はい」
この世界に来て、脅迫は商売に必要な要素だと学んだ。
国の奴等は俺を馬鹿にする対象にしているが、被害が出ても王様に報告しきれないのだ。
いや、報告していたとしても、泳がすしか出来ないとも言えるのだろう。
まったく、異世界サマサマだぜ。
金を払い、一部屋借りて俺達は荷物を降ろした。
ラフタリアはボールを持って目を輝かせている。
「日が落ちきる前に帰って来いよ。後、なるべく宿の近くで遊べ」
「はーい!」
まったく、歳相応の子供なんだな。
亜人は軽蔑の対象らしいが、冒険者扱いなら其処まで問題も起こさないだろう。
窓から下でボール遊びをしているラフタリアを見つつ、調合の研究をする。
それから……20分くらい経った頃か。
子供の大きな声が聞こえてくる。
「亜人がなんで俺達の縄張りで遊んでんだ!」
なんだ? 窓の外から様子を見る。
すると、どう見てもクソガキ共がラフタリアに向って喧嘩腰で話しかけている。
まったく、何処の世の中にもあんなガキは居るもんだな。
「コイツ、良い物持ってるぜ、よこせよ」
「え、あ、その……」
亜人の立場は低いというのをラフタリアは知っているらしい。変に逆らう気配が無い。
はぁ……。
俺は部屋を出て、階段を降りた。
「よこせって言ってるだろ」
「い、いや……」
弱々しく拒否するラフタリアだが、クソガキ共は暴力によって奪うつもりらしく集団で囲んでいる。
「ちょっと待てクソガキ共」
「何だよ、おっさん」
ぐ、おっさんだと!
まあいい、これでも20歳なんだが、この世界の成人年齢は知らない。
おっさんかもしれんしな。
「他人の物を寄越せとはどういう了見だ?」
「はぁ? そのボールはアンタのじゃないだろ?」
「俺のだ。俺がこの子に貸し与えている。それを奪うという事は俺から奪うという事だ」
「何言ってんだおっさん」
はぁ……どうやら頭に血が上って理解できて無いみたいだな。
俺はガキであろうとも容赦はしない。人の物を奪おうとする輩は制裁を加えてやる。
「そうかそうか、じゃあ取っておきのボールをあげよう」
俺の態度にラフタリアがハッと相手の子供に逃げるように声を絞り出す。
「逃げて!」
しかしガキ共は舐めた目で俺を見ていた。
内心ほくそ笑みつつ腕に齧り付いているバルーンを取り出す。
ガブ!
「いでぇええええええええええええ!」
ガキにバルーンを噛み付かせて即座に懐に収める。
「さーて、今のボールを本当に、君達にあげようか?」
「いてぇええ!」
「冗談じゃねえよ。ばあか!」
「死ね! あほぅ!」
「知るかクソガキ!」
逃げていくガキ共に俺は罵倒を吐いて宿に戻る。
「あ、あの……」
ラフタリアが俺のマントを掴む。
「おい、そこにはバルーンが居るぞ」
ビクッと手を離して怯えるラフタリアだったが、おずおずと顔を上げて笑った。
「ありがとう」
何を言ってんだか。
「あ……」
俺はくしゃくしゃとラフタリアの頭を撫でてから宿に戻った。
治療薬
日も落ち、夜も更けた頃、またラフタリアのお腹がなったので、宿に荷物を置いて、近くの飯屋で晩飯を取る。
さっきのは食前のおやつみたいなものだ。
ラフタリアは見知らぬ店なので、何が良いのか分からないらしい。
まあ、財布の中はある程度潤っているし、これからしばらく野宿の予定だ。
多めに食べさせてやろう。
「えっと、デリアーセットを二人前とナポラータを頼む」
店員に注文し、メニューが運ばれてきた。
「じゃあ食うぞ」
「うん」
ラフタリアはやっぱ手づかみでもぐもぐと食べだした。
10歳くらいと言うと育ち盛りだろう。俺の分までモノ欲しそうにしたので、追加注文する。
「明日から野宿になるから多めに食べて良いぞ」
「はぁぐい!」
食べるか頷くかどちらかにしろと言いたかったけど、おいしそうに食べるので放っておいた。
それから、改めて気づいたラフタリアの問題点に付いて部屋に戻ってから処理をする。
「髪がボサボサだな、少し整えるぞ」
「……はい」
何か不安そうな顔をするラフタリアに俺はポンと頭に手を載せる。
「大丈夫だ。変な髪型にはしない」
むしろ今の方が変だ。
ある程度手グシで解いてからナイフで無駄な毛を切る。
長過ぎの髪を肩くらいで整えてから散髪を終えた。
「よし、これくらいで良いだろ」
前よりは幾分、見れる髪型になった。
これで多少は身なりがよく見えるだろう。
ラフタリアはくるくる回りながら自身の変化に顔を綻ばせている。
何が嬉しいのやら。
毛を掃除していると盾が反応する。
……。
気づいていないな。
すう……。
ブックを開いて確認。ツリーとLvが足りないと出ている。
「ん?」
ヤバイ、振り向いた。
「さて、そろそろ寝なさい」
「うん!」
昨日と違って妙に素直だな。
まあ、良いだろう。
叫ぶかもしれない、騒ぐまで調合でもしておこう。
……。
栄養剤が出来ました。
栄養剤 品質 悪い→やや悪い 疲労回復効果のある薬、他に栄養を急速に補給する効能もある。
治療薬が出来ました。
治療薬 品質 やや悪い→普通 病を治療する効果のある薬。重度の病には効果が薄い。
ふむ……森と山の薬草で色々作れるな。
確か薬屋だと結構な金額で取引されている品だったはず。
ただ、材料の消耗は激しい。割りに合うか微妙なラインだ。
栄養剤が合計6本出来上がり、その他の薬もある程度出揃った。
ただ、品質が良いものを作るのはやはり難しい、本職には勝てそうに無い。
そもそも俺は盾の勇者であって薬剤師ではないが。
……盾に吸わせておくとしよう。
カロリーシールドの条件が解放されました。
エナジーシールドの条件が解放されました。
エネルギーシールドの条件が解放されました。
カロリーシールド
能力未解放……装備ボーナス、スタミナ上昇(小)
エナジーシールド
能力未解放……装備ボーナス、SP増加(小)
エネルギーシールド
能力未解放……装備ボーナス、スタミナ減退耐性(小)
一応、ステータス系のボーナスが揃っているか。
スタミナってなんだ? 体力の事か?
調べる必要がありそうだな。
後は薬草類だけど……いい加減技能系の習得が増えすぎていくなぁ。
もっと戦闘寄りの技能が欲しい。
あ、薬草類だけじゃ、まだ解放条件を満たしきれない。
まあ良いか。
「ん~……」
背伸びをして、そろそろ寝ようかと考えているとパチッとラフタリアと目が合う。あれは寝てるな。夜泣きの前兆。
「キャ――」
咄嗟に口を抑えて叫びを消し、ポンポンと抱き抱えながら宥める。
ふう、今日はどうにか抑えられた。
このまま放そうとすると叫びだすんだよな。
しょうがないか。一緒に寝てやろう。
……なんか冷たい。
なんとなく顔に日の光を感じ、目を開く。
すると、一緒に寝ていたはずのラフタリアが部屋の隅で震えている。
「どうしたんだ?」
「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!」
必死に謝罪の言葉を繰り返すラフタリアに俺は眉を寄せ、何故冷たいのか下を見て察した。
そう……ラフタリアはおねしょをしてしまっていたのだ。
はぁ……。
俺が怒ると思っているんだな。
10歳の子供がおねしょをするかは知らないが、そんな怯えた目をされては怒る訳にもいかないだろう。
俺はラフタリアの元へ行く。
そして手を伸ばすとビクっとラフタリアは頭を庇って丸まった。
「まったく……」
その手で震えるラフタリアの肩を撫で。
「おねしょしたのならしょうがないだろ。ほら、急いで洗うから脱げ」
予備の服も必要だな。
「え……」
不思議そうな顔でラフタリアは俺を見つめる。
「怒らないの?」
「反省している奴に鞭を打ってどうする。お前が反省しているなら怒らない」
シーツが汚れてるな。店主にどれくらい払えば良いか……とりあえず布として貰って置こう。
それから俺は店主に事情を説明、シーツの弁償をし、武器屋に予備の服を買いに走った。
井戸の水は冷たいが、洗濯板で染みを揉み、荷物袋に詰める。
草原を歩いていく最中に枝に括り付けて乾かせばいいだろう。
「さてと」
申し訳なさそうに歩くラフタリアになんとなくイライラしてくる。
「気にするなっての!」
「……はい」
はぁ……素直な子なんだろう。
でも、やる気が無いとこちらも困るのだ。
ぐう……。
またラフタリアのお腹が鳴る。
あ、恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「そろそろ朝飯にするか」
「うん……」
俺の裾を掴みながらラフタリアは付いてくる。
「……コホ」
「じゃあ罰としてこの薬を飲め」
治療薬を入れた器をラフタリアに渡す。
病持ちだから、定期的に薬が必要なようだし、ちょうど良いだろう。
匂いを嗅いで、すごく渋い顔をするラフタリアだったが、罰と聞いて飲もうと努力する。
「うわぁ……苦い……」
「我慢しろ」
ゴクゴクゴク。
飲みきったラフタリアは今にも吐きそうなくらい青い顔をしていた。
ちなみに調合した薬類は良い値で売れた。品質が悪いが、枯渇気味だったらしい。
命を奪うという事★
とりまる様から頂いたイラストを挿絵しています。
苦手な方はご注意ください。
草原を抜け、拠点を山と森に移す。
その頃になると戦い方も大分慣れてきたのかラフタリアの動きも良くなって来た。
採取も順調。魔物から得る経験値と副産物で荷物が大分かさばって来る。
と、その時だった。
今まで、なんとなく無生物系っぽい魔物ばかり相手にしていた俺達だったが、とうとう動物に似た魔物に出会った。
一頭身の……茶色いウサギ?
ウサピル。
変な名前だ。
「ぴょ!?」
ウサピルは俺達を確認するや否や、跳躍して大きな前歯で俺達に襲い掛かってきた。
「危ない!」
弱そうだと判断したのかラフタリアをターゲットにしている。
だから俺がラフタリアを庇って前に出る。
ガイン! ガイン!
まだ俺の防御力の方が上のようだ。
「よし! 突き刺せ」
「あ……ああ……」
「どうした?」
「い、生き物、血、血がでそう……」
うろたえるラフタリアの言葉に何を伝えたいのか察する。
「我慢しろ、これからこんな敵と戦っていくんだ」
「で、でも」
ガイン! ガイン!
ウサピルは何度も俺に噛み付きを繰り返している。
「我慢しろ、そうじゃないと俺はお前の面倒を見切れない」
そうだ。折角の奴隷だが、戦えないのでは必要ない。
悪いがあの奴隷商に買い取ってもらって別の、戦える奴隷を買うまでだ。
「い、イヤ!」
目が据わったラフタリアが子供にしては恐ろしい形相でウサピルの背中にナイフを何度も突き刺した。
引き抜いた時に、血が吹き出る。
「あ……」
ガクリとウサピルが事切れ、地に転がる。
その様子をラフタリアは目で追いながら、ナイフに付いた血を見て震えている。
顔色が蒼白になり、見ているだけでいたたまれない気持ちにさせる。
けど、同情する訳には行かない。
これから俺はこんな事を何百何千とさせ続けなければいけないのだから。
「ぴょ!」
茂みからもう一匹、ウサピルが出てきて、ラフタリアに噛み付こうと跳躍する。
「あ――」
すかさずラフタリアとウサピルの間に入り攻撃を防ぐ。
ガイン!
「……悪いな。本当だったら俺がやらなきゃいけない事なんだろう。だが、俺は守ることしか出来ない。だからお前にやらせるしか無いんだ」
ウサピルを腕に噛み付かせて俺はラフタリアに言った。
「俺は強くならなきゃいけない。そのために手伝って欲しい」
そうしなければここから先、俺に生きる道は無い。期限は迫っている。後一週間と数日で初めての災害の波に遭遇するのだ。
今のままではとても生き残れる自信が無い。
「……でも……」
「一週間と少しした後、世界を脅かす波が訪れる」
「え!?」
「それまでの間に少しでも強くなりたいのが当面の目的だ」
ラフタリアがワナワナと震えながら俺の話に聞き入った。
「あの……災害と戦うの?」
「ああ、それが俺の役目なんだそうだ。やりたくてやっている訳じゃないけど……そういう意味ではお前と俺は似ているかもしれない。強制させている俺が言えた義理ではないが」
「…………」
「だから、できるなら俺にお前を手放させるような真似はさせないで欲しい」
また育てなおすロスも然ることながら、あの檻にもう一度入れるのはあまり気分が良くない。
でも、今の俺には金が無い。売らねば、新しい奴隷は買えない。
「……分かった。ご主人、様、私……戦い、ます」
蒼白だったラフタリアの顔色が徐々に血色が戻り、ゆっくりと頷きながら血塗れのナイフでウサピルの急所を一突きした。
なんとなく、先ほどの怯えた態度を一転させ、決意に満ちた目をしている。
コロンと転がるウサピルをラフタリアは見て、静かに目を瞑る。
そして前に出て解体しようとナイフを持ち替える。
「それは俺にやらせろ。お前にばかりさせるわけには行かない」
「はい」
俺は解体用のナイフを取り出し、ウサピルを解体した。
これは現実。ゲームではない。
できる事なら目を逸らしたい現実だがしょうがないんだ。
生き物を捌くのは初めてだったが、これがこの世界で生きるための手段。
手にウサピルの血が付いた時、少なからずラフタリアの気持ちが理解できた。
二匹を一通り解体した所で盾に吸わせる。
ウサレザーシールドの条件が解放されました。
ウサミートシールドの条件が解放されました。
ウサレザーシールド
能力未解放……装備ボーナス、敏捷3
ウサミートシールド
能力未解放……装備ボーナス、解体技能1
後者の盾に変化させ、俺は立ち上がる。
「ご主人、様。どうか、私を、見捨てないで」
ラフタリアが高揚した表情で俺に懇願する。
余程あの場所に戻りたくないと思っているのだろう。
夜は叫び、病気持ちでガリガリ。
下手をすれば死んでしまうかもしれない。それは後味が悪い。
あのクソ女と重ねて死ぬ瞬間を嘲笑ってやりたいとも思うが、実益に合わない。
「役割をこなせば見捨てたりはしない」
まだ、死んで貰っては困るのだ。
まだ……そう、クソ女と同じ性別の生き物には……クソ女の!
頭の中がぐるぐるしてくる。
この考えは止めよう。心が病む。
今は、少しでも奴隷と一緒に強くなる方法を模索していく時だ。
EXP7×2
「私は、ご主人、様の、力になりたい、です」
それからラフタリアは見違えるほどやる気を出して現れる魔物に切りかかった。
一度なんて俺が足止めする前に、攻めようとしたので制止させたくらいだ。
良い傾向だが、何か……心を逆なでする。
俺のやっている事は決して褒められる事ではない。
全部私利私欲の為なんだ。
だが……それでも、しない訳にはいかない。
その日の晩は森の休憩に良さそうな広い場所で薪に火を点け、キャンプをする事にした。
採取した薬草で食べられそうなのとウサピルの肉を鍋で煮た料理を作った。
残った肉を焚き火の傍で焼く。
明日の夕方には一度町に戻る予定だが、魔物の肉が売れる確証は無い。
食べられるかどうか不安だったが目利きスキルにも食べられると出ている。
料理が終わった肉を一切れ、試食して問題が無いのを確認する。味は分からないが。
ただ、焼いただけだし、煮ただけなので素っ気無い料理になってしまっている。
料理スキルが作動して、品質は普通からやや良いになっているので不味くは無いだろう。
「ほら、食えよ」
出来上がった鍋と焼肉をラフタリアに食べさせる。
「お、美味しい!」
先ほどからグウグウとお腹を鳴らしてできるのを待っていたラフタリアは、目を輝かせておいしそうに食べだした。
今日の戦いで俺のLvは10、ラフタリアもLv10に上がった。
ついに追いつかれてしまった。
まあ、しょうがない。
俺は焚き火の明かりを元にして調合作業に入る。
今は少しでもお金を貯めて装備を充実させる方向で行かねばならない。知っている薬の中でもっとも高く売れる物を作る。
ゴリゴリゴリ
薬研で薬草を擦り合わせ、混ざった薬草を絞り、エキスをビーカーに移す。
治療薬が出来ました。
栄養剤が出来ました。
もう、作れるレシピはあらかた試した。
簡易調合レシピ1では限界が来ている。この二つだって、直感で作った奇跡の代物だ。
盾の力を使った付け焼刃のなんちゃって調合では限界も来る。
品質だって基本的には、やや悪いだ。
「……ケホ」
薬の効果が切れたか。
無言で治療薬を渡すと、ラフタリアは渋い顔をしながら飲み干す。
とにかく、新たな金策をするにも強くなっていかねばならない。
「交代で焚き火の番をするぞ、お前が先に寝て、そうだな……しばらくしたら起こす」
「分かりました」
妙に素直だな。初めて会ったときとは雲泥の差を感じる。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。そうだ。どうせ明日には売るんだ。毛皮を毛布にして寝ると良い」
料理中に燻してダニやノミの類を追い払った毛皮をラフタリアに渡す。
少々小ぶりだが、重ねておけば多少は暖かいだろう。
「はい」
ラフタリアは毛皮の匂いを嗅いでちょっと渋い顔をした。
「煙いか」
「はい。とても煙いです」
「だろうな」
「でも、暖かそうです」
ピタリと俺の背に寄りかかるようにしてラフタリアは目を閉じる。
まあ、良いか。
薬の調合作業を続け、ラフタリアが悲鳴を上げるであろう時間まで焚き火に薪をくべながら待つ。
……ふう。
こんな生活をどれだけ続けるのか分からないな。
最低、後一週間とちょっとか。
死ぬかもしれないなんて思いたくも無いけど、備えなければいけないんだ。
……そろそろだな。三日目ともなると騒ぎ出す時間が分かってくる。
「ん……」
徐にラフタリアは起き上がって目を擦る。
「起きたのか?」
悲鳴を上げなかったな。
あ、そうか。俺を背にして暖かいように寝ていたからな。
トラウマだろうが、人肌を背にして寝ていれば大丈夫なのか。
ぐう……。
「……お腹空いた」
あんなに食べたのにもうお腹空いたのか。
「はいはい」
明日の朝用に残しておいた焼肉の残りをラフタリアに渡す。
ラフタリアはおいしそうに肉を頬張る。
「じゃあそろそろ俺は寝るから何かあったら起こせ」
「うん!」
もぐもぐと肉を食べながらラフタリアは頷いた。
まったく、元気になるのは良い傾向だけど、食いしん坊になりそうな様子だ。
亜人の特徴
仮眠を交代で行い、朝になった。
そしてその日の昼頃、問題は起こった。
遭遇したウサピルを狩っていると、
「あ……」
ポキンとラフタリアに渡していたナイフが折れてしまった。
「受け取れ」
しょうがないので作業用のナイフを渡し、俺に噛み付いていた最後のウサピルにトドメを刺させる。
「ごめんなさい」
「どんな物にも寿命はある。壊れてしまったならしょうがない」
安物のナイフだったし、碌に研磨もしていなかったからな。
「とりあえず、これくらいにして城下町に戻るぞ」
「はい」
結構な大荷物になった袋をラフタリアと分けて持っていく。
ちなみに俺のLvは11に上がり、ラフタリアも11になった。
その道中、何度か魔物に遭遇したが、渡したナイフはどうにか持ちこたえてくれた。
さて、色々と薬とか物を売っていくと合計銀貨70枚にまで貯まった。
チャリチャリ……。
「どうしたものかな」
「ナイフ?」
屋台でラフタリアに昼飯を食べさせながら呟く。
生活費は野宿すればどうにかなる。
食費もウサピルとかを解体して肉にすれば問題はなさそうだ。
しばらくの間は篭れるだろう。
何処へ行けばいいのか見当も付かないが、いい加減買える限界の装備で経験値稼ぎもしたい。
「まあ、武器屋に行くか」
「うん」
ぐう……
後ろから腹の音が響く。
「お腹すいた」
「さっき食べたばかりだろう!?」
成長期か!?
一日に何回食べる気だ!
「はぁ……」
エンゲル係数が跳ね上がりそうだ。
早く狩りに行かないと、このままでは食費に追われる。
「という訳だ親父、銀貨65枚の範囲で良い武器と防具を寄越せ、作業用ナイフも込みで」
何やら親父が額に手を当てて唸っている。
「まあ……安物を渡した俺も俺だが、ちゃんと手入れしろよ」
「すまんな。ブラッドクリーンコーティングとやらが掛かっているつもりで使わせていた」
そう、バルーン、マッシュ、エッググはどれも無機物に見える生き物。エッググは割れば体液がこぼれるが拭えば問題ない。
けれどウサピルクラスとなると血が付着する。
しかも手入れをしていなかったのだからなおさら劣化も早かっただろう。
「しかし、三日しか経ってないが血色が良くなったなぁ。少しふっくらしてきたんじゃないか?」
ラフタリアが営業スマイルで頷く。何を言っているんだか。
「お? 表情も良いな」
「うん!」
よし、そのまま値切れ。
「親父、出来る限り武器を重点にして売ってくれ」
「アンタは?」
「俺はいらん」
「いらないの?」
ラフタリアが俺を見上げて尋ねる。
「お前には必要に見えたのか?」
今まで俺は魔物の攻撃で傷一つ付いていない。
あのクソ勇者達も言っていたでは無いか、盾職は初盤は楽だが後半は厳しくなると。
だから俺はダメージを受ける場所に着くまで装備は必要無い。
「うーん」
納得しかねる表情でラフタリアは唸る。その手にはボールを大事そうに抱えていた。
「まあ、これも何かの縁だ。少しだけオマケしてやる」
「高いなら値切るまでだ」
「アンタには原価ギリギリにしてるよ。下手に吊り上げたらバルーンを押し付けられるんだろ?」
やっぱり噂になっているか、まあ意図的に流させた訳だけど。
「理不尽には理不尽で返しているだけだ」
「……俺は困らんが、対策を取っても別の手段に訴えそうだよな。アンタは」
「良く分かってるじゃないか」
「見てれば分かる。勇者の中で一番商魂たくましいからな、アンタ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「さてと……」
親父はラフタリアを見ながら自分の顎を揉む。
「そろそろ嬢ちゃんにはナイフじゃなくて剣に挑戦させてみるか」
「大丈夫なのか?」
「やる気があるようだしな。短めの剣だから入門に良いだろう」
親父はガチャガチャと武器屋の隅にあるコーナーを弄る。
「そうか」
「剣を使うの?」
「らしいな」
「ついでに使い方をレクチャーしてやる」
それから店の奥のほうから皮でなめされた胸当てを持ってきた。
「鉄のショートソードと皮の胸当てだ。ちょっと古いが我慢してくれよ。サイズも合わせてやる」
親父はラフタリアに剣を持たせ、皮の胸当てを布の服の上から着させる。
ぐう……
「またか!」
「おい、この子亜人だろ? 子供で、Lv上げたら当たり前じゃないか」
なんだ? 常識なのか? 良く分からないがこの世界はどんな基準で動いているのだろう。
そういえば昔、カラスのヒナは餌を与え続けなければ死んでしまうという話を聞いた事がある。
「そうなのか……しょうがない。レクチャーしてもらっている間に買って来るから大人しくしていろよ」
「はーい!」
その様子を見て何やら武器屋の親父がガハハと笑いやがる。
「行って来い、それまでには基本を教えといてやる」
武器屋を出て、市場の方へ急いで行く。
まったく、Lvを上げる代償が空腹とは亜人とは変な種族だ。
ステータスも順調に伸びているようだし、少しずつ強くなっている自覚はある。
だからって、食費が馬鹿にならない。
それから屋台で飯を買って戻ると、親父がラフタリアに剣の振り方や使い方をレクチャーしている最中だった。
「ホラよ」
「ありがとう!」
もぐもぐと食べながら振る動きや回避を親父は熱心に教える。
なんか様になってきてる気がしなくも無い。
「アンタはどうなんだ?」
「回避は見て覚えておく」
「まあ、アンタは耐えるタイプみたいだしな。下手にバランスを崩すと危ないか」
と、親父の武器講座が終わり、会計を済ます。
すると親父は俺に白い石の塊を渡した。
「何だこれ」
「砥石だ。今回の武器もコーティングが掛かっていない。定期的にメンテナンスしないとあっという間に壊れるぞ」
「ふうん……」
徐に掴むと盾が反応した。
だから吸わせる。
「お、おい!?」
砥石の盾の条件が解放されました。
お? シールドって付かない初めての装備だ。
まあ盾だけど。
鉱石系から派生する物が多いな……あ、本来の派生ではなく、辛うじて近いスカイエッグシールドとウサミートシールドからの複合で繋がっている。
料理には包丁が欠かせないからか?
防御力はエッグシールドに毛が生えた程度だな。
ウサピルの死体を解体せずに吸わせたウサピルシールドの方が高い。
砥石の盾
能力未解放……装備ボーナス、鉱石鑑定1
専用効果 自動研磨(8時間)消費大
専用効果?
ヘルプを確認する。
『専用効果』
専用効果とはその武器である時のみ発揮する効果です。
この効果は解放による能力付与のように覚えることの出来ないものなので、必要な場合はその武器に変化させましょう。
あれか?
ゲームとかで○○系に効果大みたいなタイプだろうか。
急いで盾を変化させる。
「おう!? なんだ、それは」
砥石の盾、形状はスモールシールドよりもやや大きい。白い大きな石の盾だ。
ただ、盾の上に何個か穴がある。細い穴だったり太い穴だったり、紙が通りそうな穴だったりと色々ある。
「おいアンタ! 聞けよ」
ふむ……自動研磨(8時間)消費大とは何なのだろう。
名称通りの効果なら多少期待は持てるが……。
「おい!」
「あ? なんだ親父」
「一体なんだその盾は!」
「前にも見ただろう。伝説の盾だ」
「聞いてねえし見てねえよ」
「見たじゃないか、スモールシールドの時」
「はぁ!? どうして砥石になってるんだ?」
「砥石を吸わせたからだろ?」
「……」
武器屋の親父が、ダメだ、会話が成立していないという顔をしている。
「伝説の武器には不思議な力があるとは聞いたが、これがそれか」
「他の勇者から聞かなかったのか?」
「最近は見ねえよ。それに目の前で実践したのはアンタが初めてだ」
本来であれば強大な敵が残り1週間少しと迫っている現状、情報は少しでも共有するべきだろうに。結局奴等は仲間同士にすら教えていない自分本位の秘密主義者という事か。
少なくとも俺ならそんな奴は信用しない。
……まあ態々見せる必要も無いのも事実だが。
無駄の無い奴らだこと。
「で、何を悩んでいるんだ?」
「ああ、自動研磨(8時間)消費大という効果があるらしくな。字面から勝手に研磨してくれそうなんだが」
何を消費するのか分からん。
「ふうむ……」
武器屋の親父が錆びた剣をカウンターから出して俺の盾の溝に差し込んだ。
「処分品の武器をオマケしてやる。それで試せば良いだろ」
「ああ、感謝する」
視界の隅のアイコンに『研磨中』とか出てる。
微妙に重いな。
あと、何か肩が重く感じる。
ふとアイコンを見ていると俺のステータスにあるSPという今まで変動した事の無い項目が徐々に減っていく。
大方、スキルとかその辺りに使う値だろうと考えていたが、こういったものでも減るんだな。
「さて、そろそろ行くか」
「行くの?」
「ああ」
ある程度様になったカッコのラフタリアの頭を撫でて俺は武器屋を後にする。
今は、Lvを上げるのと、成長期で飢えているラフタリアの飯の調達のために旅に出るとしよう。
「あ、そうだ親父」
「……まだ用があるのか?」
いい加減、ウンザリとしているという口調で親父は俺を睨む。
「森を抜けた村の先にあるダンジョンと同等の魔物がいる場所を知らないか」
安物の地図を広げ、あのクソ女が勧めたダンジョンのある方角を指差して尋ねる。
一応、参考程度には良いだろう。信じるかは別だ。
「森とは違う、街道の先にある村の方も似た様な魔物が居ると聞くぞ」
「そうか、じゃあそっちに行ってみるか」
今は期日までにどれだけ盾を成長させられるか、それと金を稼げるかに掛かっている。